Coolier - 新生・東方創想話

ゆらめき

2005/05/15 15:39:57
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光陰矢のごとし。

十六夜咲夜が彼女の主人であるレミリアの前から姿を消して、何年かが経った。

メイド長はいつ戻るのだろうか。そんなメイド達の会話を聞く度、パチュリーはつまらなさそうな流し目を彼女達に遣ってから、通り過ぎる。

今日もそんな通過儀礼を終えてから、月と星の光以外は射さないテラスで、パチュリーは紅茶を飲んでいた。相席にはレミリアが座り、彼女はパチュリーが本から目を上げても、斜に構えたまま、どこかをじっと見つめている。紅茶はとっくに冷めていた。

パチュリーはレミリアに声をかけることを今一度、躊躇う。どのような言葉が、彼女の微妙な均衡を崩すことか。その虞《おそれ》が、パチュリーの口を重くする。本心を云えば、そのような斟酌どころではなく、喉から心臓が飛び出そうな程の好奇心に満ち溢れている。

現在、咲夜は時間の矢の唯中にいる。彼女が矢そのものと云っても良い。パチュリーにはその状況を説明できる幾つかの理論を用意する知識や閃きはあったが、それは意味が無いということもよく理解していた。なにせ、時間の矢が過去から未来、あるいはそれに代替する概念を貫くものだとして、それをこちら側から観測することなど不可能である。不可能であるからには諦める。それがパチュリーのモットーであった。

一方、レミリアは違う。彼女には能力もあり、不可能を可能にする業があり、想いもある。パチュリーは全てを決定するのはレミリア自身なのだろうということを最後に、この数年間にほぼ毎日繰り返された問いの答えを実行した。

「ねえ、レミィ」

レミリアの背中の羽が強張る。彼女はこの数年間、一度もパチュリーと話をしていなかった。

「あなたには咲夜の居場所なんて関係無いのかもしれない」
「空間的に捉えている限り、私達のことを理解することは無理よ」
「でも、お互いの身体を抱き合いたいときだってあるでしょう? 目を合わせたいときも、声を聞きたいときも」
「それらのどれもが、相手の存在を意識するためのものに過ぎない。私はそんなことをしなくても充分なの」
「少なくとも私は、あなたに目を合わせてもらいたいわ」
「今はまだ希望があるの。絶望が私を取り囲むときが来たら、あなたを標《しるべ》にするわ」

そう、と答えたぎり、パチュリーは黙り込んだ。

絶望か。なるほど、そんなときこそ友人の出番だろう。だが、友人の立場から云わせてもらえば、彼女はとっくに絶望に取り囲まれている。

咲夜がレミリアと同じ時を過ごすために旅立ったとき、レミリアはすぐに後悔したはずだ。時……その云い方も我ながらどうだろう。そもそも、咲夜が置かれているだろう状況から考えれば、時間の概念自体が無意味になる。時間を操る能力者の一世一代の大仕事が、時間の意味を無くすことだった。

パチュリーには皮肉で嗤う趣味は無かったから、その代わりに自嘲を口元に浮かべた。彼女が席を辞そうと立ち上がり、背を向けたとき、レミリアは引き止めなかった。

「ねぇ、レミィ」

レミリアはパチュリーに初めて目を向けたが、彼女は振り向こうとはしなかった。

「咲夜は狂う程に長い一瞬の中で待ち続けているわ。彼女はあなたに希望を味わう時間を与えた。それじゃあなたは、何を彼女に与えられるのかしら」
「あの子に届く運命は最初から一つしか無い」
「そう、それならおやりなさい。私はいつまでもあなたの友人よ」

パチュリーがいよいよテラスから去った後、レミリアは冷めた紅茶を飲み干した。固まってしまった液中の血が舌に不快な触りを残す。彼女は一度、先ほどから何度も見つめていた一点を睨むと、席から立ち上がる。椅子の足が鳴ると同時に、彼女が自分の片腕を自身の爪で切り落とした。

片腕の付け根から血が噴出する一方、眼球が零れ落ちそうなほど飛び出る。痛みには慣れていたが、想像以上の不快さであった。人間とは身体の造りそのものが違うとはいえ、自分の身体から大量の血液が流れ出るなど、耐えられるものではない。しかし彼女は、不敵な笑みだけはその顔に湛え続けていた。

「これでフランをだっこしてあげられなくなったわね」

床に落ちた片腕を持ち上げると、その肌に爪で文字を刻む。その工程が進むと、腕自体が形を変える。それは腕を代償に作り上げた、純度の高い、グングニルという槍の存在。レミリアがその名を冠した技とは違う、咲夜に届く唯一の運命。

そして、いざ行かんとしたところで、膝が地に着いた。限界が近い。レミリアには死ぬつもりは毛頭ない。彼女は最後に今一度、一点を睨んだ。その先には北極星があった。

「咲夜、あなたに墓標をあげる。――受け取りなさいなっ!!」

レミリアの構えられた腕が投槍の要領で振り下ろされる。その力だけでテラスの先に広がる湖は割れ、轟音に館中の者が身を縮めた。そんな中、パチュリーだけが、本を読み続けている。そのときの表情を、彼女に仕える小悪魔は終生まで忘れることは無かった。

投擲されたグングニルはその時点で秒速二十七万キロメートルを突破。

その先端が前方に集積していく有象無象を叩き壊し、貫き、ぐちゃぐちゃにしていく。

到達点を四次元上に認識。

更に加速。

加速。

加速。

光速に達した。

「お嬢様、ありがとうございます」

その言葉がいつ発せられたかはわからない。瀟洒な従者はその存在を完全に消し去った。

グングニルはそのままどこぞへと突き進む。

どこに向かう? そんなことを考える暇も無い。その槍は次の一瞬には、あなたに届いているかもしれないのだから。
Dir en greyなんぞ聞きながら書くものじゃない。

構想よりもちょいと短くなってしまったのでプチに投下しようとも思ったのですが、ある考えがあって、こちらに投下させていただくことに。

時間の解釈については実際のそれとは、ずれている可能性があります。ハイデガー以上に。
司馬漬け
[email protected]
http://moto0629.hp.infoseek.co.jp/
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コメント



0.1450簡易評価
9.60与作削除
ぬ、ぬぬう……?
なんというか、難解です。読み終わっても、半分も読み解けた気がしない。
説明不足、いや、これはこういうもんなのか……。
うーむ
11.50沙門削除
 不死の主と共に、死を迎えたいと願う咲夜さんと、あなたを殺したい位、愛してると誓うレミリアお嬢様の話だったのかな、と。見当外れかもしれませんが。
17.40無為削除
どこかで運命や時間を操るものはソレ等に縛られるとか聞いた。
じゃあ「物理的に」縛られたらどうなるのか。
四次元への過干渉。「向こう側」への神隠し。
十六夜咲夜が「十六夜咲夜」であることの崩壊。そして救いとは何か。

そんな作品だと思いました。なんとなく。
20.無評価おやつ削除
光の速さを超えれば、物理的に時間を越えられる・・・
それは今ではない、いつかの咲夜を打ち抜き、そのまま彼女の墓標となった・・・
彼女自身に、既に存在の証はなく、ただそこに槍があるという事実だけがその存在の証明・・・
って言うお話…か?

読後にひたすら考えさせられる話は久しぶりです。
こういうのは大好きです。
自分は見当違いの解釈してる可能性が高いのでフリーレスで。
22.40名前を間違われる程度の能力削除
一世一代の大博打は失敗に終わり、咲夜は時という牢屋に囚われた。
それを、己の持つ能力により知ることのできた主は、
片腕を犠牲にして、死ぬことも許されなくなった彼女を葬り、弔ってあげた。

と、勝手に解釈した上で、そんなこのSSが好きなので40点を。
23.80七死削除
西洋哲学を基準に考えるなら光陰=すなわち光の矢の如きエネルギーを持って己を封印した馬鹿狗に思案をめぐらせるべきであるが、しかしこの七死は答えを直角に曲げて出す。

光陰の中の膨大なエネルギーで止まっていた咲夜は、本当に咲夜としての咲夜だったのか?

レミリアは、自ら、片腕を捥いだ。 自ら、咲夜を殺した。
過ぎた時は戻らず、決別は己の中にしかなく、死が時の止を意味するなら、果たして止まっていたのは誰か? 光陰を追いかける光速の檻、その無謀な時の中で止まっていたのは誰か? 絶望に捉われた孤独の中から、本当に救われなければならなかったのは誰か? レミリアが貫いた咲夜は、しかしそれはレミリアに見えている咲夜ではなかったのか?

答えよう。
見た感じ、咲夜は間違いなくレミリアの片腕だったように見える。
25.無評価shinsokku削除
そして当然のように槍は届く。

それは彼女らの紅。血肉という名の生の証。
左様。
心臓を貫き奈辺へ消ゆ間に、この身全てを行き渡るのも、
げにげに、容易いことである。
何より、風穴は塞がれる。
彼女らの残滓色濃い、私の紅い血によって。

妄言失礼。面白うございました。
44.30名前が無い程度の能力削除
ロンギヌスの槍w