貪っていた
「はぁ…はぁ…んっ…」
暗闇の中で、ソレを
「あは、美味しい…オイシイヨ…」
――そう、あなたは隠しても無駄なの――
「はぁ…はぁ…あぐっ…んむっ…」
――紅家の血は呪われた血――
「んぐ…んぐ…じゅる…」
――人肉を喰らう妖怪の血――
「はぁ…はぁ……え…?」
――くすくす、お馬鹿さん。面を上げなさい。そこにあるのは誰の死に顔なの?――
「…!!いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「ぁぁぁぁぁぁ……あ…うう……また、あの夢……」
気づくと目に映るものはいつも見慣れている自分の家の天井。
美鈴はあたりを見回す。日差しが明るくて、雀のさえずりが聞こえる、ごく普通の朝だった。
美鈴が夢を見始めたのは今日が初めてというわけではなかった。
そしてその夢は断続的に現れ、恐ろしいほど生々しいもので、それを見る間は現実と同じぐらいに意識がはっきりした状態なのだ。
悪夢の舞台は必ず黒の空間。何も見えず、何も聞こえず。
いや、あるとすれば二つ聞こえるものがあった。
ひとつは美鈴自身が立てる食事の音。
人肉という、人間としては考えられない非常識なものを食べる食事の。
もうひとつは、何者かの声。
舞台にはもう一人の人物がいる。食事をしている美鈴の後ろにいる人物だ。
美鈴は自分自身、この夢の中で振り返ってそれが何者なのかを確認したことは無い。人肉を食べることに夢中なのだから。
ただ、その声は全くもって美鈴自身にそっくりなのだ。いや、全く同じといってもいい。
もし童話的に話したのなら、そいつは悪魔の心を持った自分自身の心かもしれない。
しかし、その悪魔はまっさらな自分をその道へ誘導するようなおしゃべりはしていない。
私は最初から人肉を食べていた。そいつが言葉を発する前に。空腹の欲望と自分の意思で。
…ということは…
あの時後ろにいたのは…隠された本当の私だとでもいうの…?
龍雄が森で危険な目にあってから幾日かが経過していた。
最近は妖怪の出現が少ないのだろうか、美鈴に依頼する人というのがほぼ皆無なのだ。
もしいたとしたら、それは龍雄だ。
依頼云々というよりも、ただ悪戯をしにやってくるだけなのだが。
例のごとく今日もまたこの家に駆けつけてくる依頼人も現れず、日が傾いてしまった。
だが、目が覚めてから夜になるまでという間、美鈴は全く暇というわけではない。
ずっと考えているのだ。断続的に現れる、あの悪夢を。
私が人肉を喰らう…そんなのありえない…私は人間なのよ?
…でも後ろのヤツはそう言っている…それならなんなの、私は妖怪です、とでもいうの…?
そんなの…私は認めたくない。事実、私は人肉など食べたことがない。それに食べたくもない。
でも…なんであの時私はそれを貪っていたんだろう…?
止まることの知らない自問自答の渦。その中を美鈴は必死で泳ぎ続けた。
ぐぅ~…
「…あっ」
その渦を止めたのは以外にも美鈴の腹の虫であった。
朝起き上がってからずっと美鈴は何も食べていなかったのだ。
それに加えてずっと頭の中で考え続けるというのは、さすがに腹の虫も怒ったらしい。
地中に掘って作った手作りの燻製釜から、豚肉の燻製を取り出す。
家の隣の畑に行って自分が育てた白菜をもぎとる。
火をおこし、切った白菜をなべの中に入れる。
豚の燻製も入れて、塩と醤油を少々。
煮詰まってきたら味噌で味を調え、水を使って火を弱めにする。
かまどで炊いたご飯をよそって、もうひとつのお椀にそれを入れる。
シンプルだけどなかなか美味しい、そんな夕食の出来上がり。
「それじゃあいただきま―――」
美鈴が汁物を喉に通した瞬間、誰もいないはずの引き戸が開いた。
「美鈴姉ちゃん!大変だ!」
「…っ、げほっ!げほっ!どうしたの?」
引き戸を開けたのは龍雄であった。
「オイラの住んでいる村が…変な奴らに襲われてる!」
美鈴と龍雄は走った。襲われた村のほうへ。
「オイラ、見たんだ。こうもりの羽を持った人間みたいなヤツが何匹か仲間を連れて村にやってきたのを」
「こうもりの羽?」
「そう、こうもりの羽。それでね、そいつら村の女の子をひとりさらっていったんだ」
その言葉を聞いたとき、美鈴は走りながら夜空を見上げた。
そこにあるのは、狂おしいほどに紅い、完全なる満月。
美鈴は確信した。
その女の子をさらった犯人はレミリア・スカーレットであることを。
美鈴が駆けつけた時、村には異常な光景に包まれていた。
夜というのに、村人の若い衆は皆外に出ていたのだ。そして彼らは皆手に大きな弓を持ち、背中には数え切れないほどの矢を抱えている。
そして村人たちはその武装をしたまま、北の森へと走っていった。
「急げ!相手はあの森にまだ潜んでいるかもしれん!」
リーダー格と思われる男が大声を張り上げて走っていく兵士たちにその言葉を伝える。
声を出し終えて後ろを振り向いたときに、男は美鈴の存在に気づいた。
「お前は…退魔師の紅美鈴か?」
その言葉に対し、「ええ」という二言返事で美鈴は返した。
「お前に頼みがある。状況はもはや分かっていると思うが…、一応説明はしておく」
そう言って、もう一度森の方へと向きなおした。
「少し前、俺たちの村に妖怪が現れた。その妖怪は多数の仲間を引き連れて女の子を一人さらった。俺たちも応戦したんだが…先発で戦った者は皆やられた。妖怪は女の子をさらったまま北の森に逃走。そこに今も潜んでる可能性が高い。そこでだ、退魔師であるお前に北の森での捜索活動を依頼したい。もし見つけたならば、まずは女の子の命を最優先にしてほしい。あと、報酬なんだが―――」
「報酬?そんなのいらないわ」
その言葉に、男は少しの間呆気に取られていた。
「きっとこれは、決められた運命。私は女の子を救ってみせる。そして、倒してみせる。あの紅い悪魔を」
呪われた歯車が、今、ゆっくりと動き出す。
えらそうな事書いてすみません。次回楽しみにしてます。
擬音語の削除の件に付いては、その方向性で良いかと。
ただ真意については書かずとも良かったのでは?
以上、音速遅い上に長々と失礼しました。あなたの美鈴は見習いたい位大好きです。