Coolier - 新生・東方創想話

届かぬ思い、されど君は微笑む

2005/05/15 06:37:53
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窓の外を見ると、今日も空は晴れていた。
幻想卿に夏が訪れていて、太陽がこれでもかというほど照りつけている。こんな時に何も準備もしないで暢気に空でも飛んだ日には、確実に日射病にやられること間違いなしだ。
しかしそれは外の話で、夏の陽気も地獄のような暑さも水不足もこの森の中では無縁な話である。鬱蒼と生い茂った木々の葉が殆どの日光を遮り、薄暗いが快適な環境が保たれている。風はよく吹き込み、空気を循環してくれているし、湧き水も所々姿を見せている。はっきり言って夏を過ごすにはこの森は最適な場所であるし、何より殆ど人が来ないので私にとっても最適な環境である。
もう一度窓の外を見た。何度見ても空は晴れている。
しかし、私の気分は空ほど晴れている訳ではなかった。その原因は、認めたくないがこの森に住むもう一人の魔法使いにある。少し前までは、たまに会っては話したり悪口を言い合ったりしていたり宴会の席で一緒になったりしたが、このごろメッキリと会わなくなってしまった。前の私ならそんな事に動じる事はしなかったのだが、気が付けば魔理沙の事を考えている私を発見して自己嫌悪に陥ったりしている。
唯でさえ気分がモヤモヤとしていて苛苛する毎日に、更に拍車をかける事があった。紅魔館に住む引きこもり魔女パチュリーと、魔理沙はこのごろよく会っているのが分かっていた。確かに以前から結構仲がよかった事は知っていたのだが、最近メッキリとお熱を上げだしたようだ。傍から見ていると何となくお似合いのような気がするが、気が付けばパチュリーに対して暗い嫉妬の炎を盛大に上げている私がいた。そのせいで、私の魔理沙に対する気持ちはより一層複雑な物となっていた。
深いため息を付いて窓越しに空を見上げる。こうしてため息を付きながら空を見上げ始めたのは、何時の頃からだろうか。
しばらく、何も考える事なしに唯ぼんやりと空を見上げていた。木々の葉の間から雲が流れ行く様を見ながら、ただ時が流れてゆく。
ふと、雲が流れていく先に魔理沙の家が在ることを思い出した。そして、今日は魔理沙が家に居る可能性が高い事も思い出す。これと決まった行動パターンを持たない魔理沙だが、彼女との少し長い付き合いの間に何となく予測がつくようになっていた。私の直感によれば今日は家に居る日だ。
こうしてウジウジしていても始まらないので、魔理沙の家を訪れる事を決意した。魔理沙は殆ど家の中に人を入れたがらないが、特別なお土産を持っていけば話は別のはずだ。確か魔理沙がまだ持っていないはずの本が数冊有ったはずなので、それを持って出かける事にした。
魔理沙を物で釣らなければならない自分が酷く情けない気がしてならなかった。



扉をノックしようとして腕が途中で止まった。訪問を伝えるべく声を出そうとすると、突如頭の中が真っ白になり声が出なくなってしまった。窓がある位置まで移動し直接姿を見せようとして、足がすくんで動けなくなってしまった。かと言ってスッパリと諦めて帰ろうとしても、体が全力で拒んで動けなくなってしまった。
こうして霧雨邸の前で身動きが取れなくなってから、はやどれだけの時が流れただろうか。傍から見れば唯のアホか変質者である。どうしても最後の一押しが出来ずどれも途中で体が止まってしまうので、霧雨邸の玄関を占拠し続ける羽目になった。こんなところを魔理沙に見られたらと思ったら、もはや羞恥心で何をするか分からないだろう。
深呼吸を二度行い、今度こそと思って腕を振り上げた。振り下ろす勢いを利用して、盛大に扉を叩こうとする。が、結局寸前の所で腕が止まってしまった。
魔理沙に会おうと思ってここまで来たのに、こんな所で尻込みをする自分が堪らなく悔しい。来たときはまだ太陽が高い位置にあったのだが、気が付けばかなり低い位置まで来ている。もはや情けなさや色んな自分に対する負の感情で泣き出しそうになるのを必死で我慢する始末だ。
「なあ、いい加減私は家に入りたいんだがな。」
あまりの驚きで、文字通り飛び上がった。後ろを振り向くといつの間にか魔理沙が立っていた。
「ま、魔理沙、いつからそこに!?」
「ああ、私の腹時計で大体三刻ぐらい前からかな。それより如何したんだアリス。急に驚くんだから、私まで驚いたぜ。」
「私は、別に、唯魔理沙に用事があって来ただけよ。大体、急に声をかけられて驚くなって方が無理よ。」
「ふうん、私はてっきりアリスが新しい宗教を始めたもんだと思ったぜ。傍から見ていると結構面白かったぞ。」
見られていた。顔から血の気が引くのが自分でもよく分かった。激しく格好悪い自分をありのままライブ中継をしていたとなっては、もはやこの場にいることは出来なかった。
卒倒しそうになる自分を叱咤しながら、この場から立ち去ろうとした。
「おーい、私に用があるんじゃないのか。何処へ行くっていうんだ。」
「頼むから、ほっといてよ。私は用事を思い出しただけだから、もう魔理沙と喋っている暇は無いのよ。」
「何だ、残念だぜ。せっかく美味しいお菓子をたんまりとゲットしてきたから、たまにはアリスでもお茶に誘おうと思ったのにな。アリスが駄目なら、明日辺りにパチュリーでも誘うか。」
「あれ、私、何の用事か忘れちゃったわ。しょうがないから魔理沙に付き合ってあげるわよ。」
そう言って私は強引に魔理沙の腕を掴んだ。羞恥心よりも利益を優先した結果だ。パチュリーなんぞに渡してたまるか。
「あ、ああ。じゃあ、まあ上がれよ。まあ、面白い物を見せてもらったお礼だ。」
「あら、知らないの。あれは今巷で流行っている新しい健康法よ。よく効くんですって。」
何か今ひとつ納得がいかなさそうな魔理沙の背中を押して、家に入ろうとした。
そして、少しは自信があった魔理沙の行動の予測が見事に外れていたのを考えないようにした。



前に来た時から、ものの見事中綺麗になっていなかった。そればかりか、むしろ汚くなっているくらいだ。集めた道具に殆どのスペースが奪われている上に何かの調合をした後だろう、かなり床が汚れていた。調合の基本は、家を綺麗に保つ事なのに。
「これはむしろ芸術の領域よね。如何したらこんなに汚く出来るのかしら。」
「そんなに褒めるなよ。照るぜ。」
「褒めた覚えは無いわよ。少しは整頓して家を綺麗にしろって言っているのよ。」
魔理沙が私が席についている、色々な要因を突破して辛うじて使用できる小さいテーブルにティーカップを二つ持ってきた。カップから美味しそうな匂いが漂って来ているが、少し汚れが目立っている。私は今日だけはそれに全力で気が付かなかったことにして、出されているまだ綺麗そうなお皿に魔理沙が手に入れてきたお菓子を並べ始める。クッキーや洋菓子など見るからに美味しそうな物が多かった。
「私はこの環境で満足しているんだがな。誰にどうこう言われる筋合いは無いと思うぜ。」
「魔理沙なら、そう言うと思ったわよ。別に魔理沙に何か期待して言ったわけじゃないわ。」
これまた少し汚いホークで洋菓子を少し摘み、口の中に入れる。濃厚な味わいと少し効いているブランデーの味が口の中に広がった。口の中の物を喉の奥に押し込んで、チィーカップに手を伸ばした。
「それで、今日は何しに来たんだ。まさか嫌味を言いに来た訳じゃないだろう。何か、またあったのか。」
カップに口をつけ、お茶を喉に流し込む。美味しさに浸りながらクッキーを一つ二つと摘んだ。
「別に今日はこれといった特別な用事は無いわよ。たまには魔理沙の持っているものを見せてもらおうと思っただけよ。」
丁度いいサイズのクッキーを口の中に入れながら、お茶を飲む。クッキーといい、お茶といい、洋菓子といい、どれも美味しいものばかりだ。
「それにしてもこのお菓子とお茶、どこで手に入れてきたの。それに魔理沙にこんな趣味が有ったなんて驚きだわ。」
「このお菓子は私が人里を駆けずり回って手に入れてきたものなんだぜ。紅魔館ご用達の店を何軒か回ってな。しっかし自分でも驚いたぞ。紅魔館でパチュリーにお茶をご馳走になっていたら、いつの間にか舌が肥えていたんだもんな。おかげで最近は苦労する事が増えて仕方が無いぜ。」
ここで、もっとも聞きたくない名前が魔理沙の口から出された。自分の顔が嫉妬心で歪まないように気をつけながら洋菓子を口に入れお茶で流し込んだ。
「それにしてもアリスとこうして喋るのも、何だかすごい久しぶりってな感じだぜ。」
「あら、私に会えなくて寂しかったの。」
「そんな馬鹿な事があるかよ。私はアリスと違ってアウトドア派だから友達は多いんだぜ。」
素知らぬ顔で私の心情を逆撫でする魔理沙に、間違っても私の心の内を見せまいと必死で努力した。何故私はこんな奴を気になって仕方が無いのだろうか。
気を紛らわす為に周りを見渡したら、無造作に積み上げられている本の山を発見した。近寄って確かめてみると、まだ私が持っていない物ばかりだし、私が持ってきたものよりもはるかに優れている物ばかりだ。
「何処で手に入れたの、こんなレアな物ばかり。」
「ああ、このごろ快くパチュリーが貸してくれるから、ついつい調子に乗って借りてきちまった。」
またしても、魔理沙の口からからパチュリーの名前が飛び出した。私の憎悪の炎が燃え上がった。
その後も楽しそうにパチュリーの事を話し出した魔理沙の言う事は殆ど聞き流して、必死に怒り狂いそうになる自分を抑え続けた。それは地獄のような時間であり、せっかく楽しかったお茶の時間が私の中で修羅場と化した。
しかし、私は分かっていた。こんなにパチュリーの事を楽しそうに話す魔理沙の心の中には、私が最早付け入るスキマが無い事に。この事実を認めたくないがためにパチュリーに対して憎悪を向けている事に。
パチュリーに怒りの矛先を向けている反面、そんな自分がどれだけ醜く、小さく、情けないものかを実感していた。心が、もう如何しようもなく荒んでいた。
ふと、底の知れない暗闇に捕らわれそうになっていたとき、私の目に信じられない物が飛び込んできた。私が長年探し求めていた魔術書だ。
「ま、魔理沙、これ、どうしたの!?」
急に私が大声を上げたので、魔理沙は泡を喰らったようだ。
「あ、ああ。それは私がこの間見つけてきたものだぜ。」
「もう、読んだ!?」
「ああ、読んだぜ。苦労して探し出した甲斐があったていうもんだぞ、これに書かれている内容は。」
「お、お願い。少しの間でいいから、私に貸して!!」
「ち、ちょっと待てよ。これは私がどれだけ苦労して探し出したと思っているんだ。おいそれ人なんかに貸せれたもんじゃないぜ。」
「そこをなんとか。私だってこの本を探し続けていたのよ。だから、頂戴って言っている訳じゃないんだから、貸して!!」
「嫌だね。絶対に誰にも貸さないぜ。これは今じゃ私の一番の宝物だからな。」
ここで引き下がるわけにはいかなかった。なおも魔理沙にしつこく食い下がり続けた。
「私と魔理沙の間じゃない。硬いこと言わずにお願い!!」
「ああ、分かった。分かったから揺らすな。死ぬほど気持ち悪いから、人形どもに土下座させるな。こっそりと最終手段の準備をするな。」
「ありがとう。じゃあ、これ借りていくね。」
そう言い残し、まだ納得がいかなさそうな魔理沙を気にしないで、霧雨邸を出ようとした。早く読みたくて堪らないのだ。
「それ、汚すなよ、破るなよ。間違っても紛失するなよ!!」
「大丈夫よ。魔理沙じゃあるまいし。」
「すぐに返せよ!!」
まだ何かを言い喚く魔理沙を後に、思わぬ収穫にさっきまでの沈んだ気持ちを忘れ、帰路を急いだ。



気持ちはかなり複雑になっていたが、しばらくは考えなくてすみそうだった。数日前に魔理沙から強引に借りたこの本は、私の期待を裏切らない内容だった。寝食を忘れ読む事に没頭したおかげで、殆ど読むことが出来た。重要な部分は別に書き写し、読み終えた後も熟考を重ねることが出来るようにしている。今の私の頭の中は殆ど本の内容で占められていた。
しかし、いい加減魔理沙にこの本を返さなければならないかもしれないと思うようになってきた。期日は決められていないが、すぐに返せと喚き散らしていたのでそろそろ返さなければならないと思うのだ。あまり長く借りていると、魔理沙に嫌われるかもしれないからだ。
仕方が無いので、後ろ髪が引かれる思いで本を返しに行く事にした。
久しぶりに外に出て、気が付いた。今日は珍しく夏なのにかなり涼しい。そして、さっきまで窓から日光が差し込んでいたのに、恐ろしく雲行きが怪しくなってきた。
一瞬、今日は止めようかと思ったが霧雨邸までの距離を考え、強行する事にした。パッと行ってパッと帰ってくればいいだけの話なのだ。
宙に舞い上がり、全速力で霧雨邸を目指した。全力で何かをするということに抵抗を感じたが、些細な事に構っていてびしょ濡れになるのは馬鹿げていた。
もうすぐ霧雨邸に着くという時だった。雲行きが、いよいよ深刻なものになってきた。雲の中が光ったりもしている。焦りが募る中、一心不乱で飛び続けた。
霧雨邸が視界に入ってきたので高度を下げた。不意に、轟音と共に目の前が閃光に包まれる。一瞬何が起きたか分からず、次の瞬間巨木が炎を上げながら倒れてきた。一瞬の事で判断が遅れ、避けようとした時にはもう遅かった。咄嗟に左腕で身を庇った。衝撃。
何かが砕ける感じがして、意識がそこで途切れた。



体が濡れる感じと全身に走り回る激痛で意識を取り戻した。目を開くと、少し離れたところに巨木が燃え盛っていた。どうやらあの木に弾き飛ばされて、地面に叩きつけられたようだ。
起きようとして、無様に地面に顔から突っ込んだ。庇った左腕がまるで動かなかったし、体全体の反応が恐ろしく悪い。叩きつけられた弾みで、かなりのダメージを受けているようだ。あの巨木にしてやられた自分の不運を呪った。しかし、燃える木の下敷きになるよりは遥かにマシだ。
何とか体を起こし本が無事か確認をしようとして、愕然とした。無い。大事に持ってきた本が、何処にも無かった。汚すといけないから鞄に入れて、丁重に右肩に掛けていたものが何処にも見当たらなかった。
まさかと思い、まだ燃えている木の方を見た。かなり降ってきた雨で大分火の勢いは衰えてきてはいるものの、私の鞄を灰にするには十分な火力だ。慌てて近寄って私の鞄の姿を探したが、それらしき物やそれだった灰は見つからなかった。しかし、以前紛失している事実にはかわりがないので胸をなでおろす訳にはいかなかった。最悪な場合、木の下敷きになっている可能性も否定できないのだ。
雨が酷く降りしきる中、鞄の捜索を続けた。茂みの中、木の枝など考え付く限りの場所を探したが、見つからなかった。雨で体温が奪われ、代わりに焦りだけが募っていく。
いつの間にか燃えていた木が、鎮火していた。辺りは完全な闇に覆われ、さらに状況が悪化する。
ほとんど何も見えない中、それでも探索を続行する。どうして魔理沙に見つからなかったなって言えようか。そんな事を言った日には、確実に激怒し絶交されるのは目に見えていた。それだけの物を私は失くしたのだから。
茂みの中をもう一度手探りで探そうとしたが、左腕はまるで動かないので右腕だけの探索となった。まるで能率が上がらない。動くはずの右腕までもが感覚が無くなりかけてきた。
一通り茂みの中を探し終えて、天を仰ぎ見る。どうしても見つからない。
絶望感が私の体を支配した。



体がまるで鉛のようだ。もともと動かない左腕はもとより、全身の感覚が殆ど無くなっていた。しかし、そんな事はどうでもいいことだった。
無い。あれだけ大事にしなければならなかった本が無い。どれだけ必死に探しても、どれだけ体に鞭を打って探しても、どれだけ泣きながら探しても見つからないのだ。
もし見つからなかったと魔理沙に報告したら、何と言って私を罵倒してくるだろうか。
嫌だった。魔理沙に嫌われるのだけは嫌だった。だから見つけなければならないのだ。
もう何度も探したところを再度探し始める。こんな作業をもうどのくらい続けているのか。
魔理沙に捨てられた私。惨めに朽ち果て、一人誰にも知られずに死んでいく私。
嫌だ。そんなのは嫌だ。確かに私は友達が殆どいないけど、魔理沙だけには覚えていて欲しい。こんな愚かな私が生きていた事を。こんな私にいつも笑顔を向けてくれた魔理沙の心の中に。
寒い
先ほどから、全身に殆ど感覚が無いくせに寒気だけが感じる事が出来た。それは時間を追うごとに酷くなり、不快な感じがしてならなかった。
寒い・
激しく降る豪雨は、私の体を襲い続けた。体がまるで氷で出来ているようにも感じない事も無かった。しかしそれはどうでもいいことだ。本当に寒いのは私の心なのだから。
寒い・・
とにかく眠りたくて仕方がなかった。このまま眠れればどんなに気持ちがいいことだろうか。しかし、私の体は動き続けた。まるで私に眠る資格が無いかのごとく。
寒い・・・
体が寒くて仕方が無かった。本当に今は夏なのだろうか。しかし、私の心はもっと寒かった。絶望という闇の氷に閉ざされて、もうまともな判断すら出来ずにいる。体の芯から寒かった。
寒い・・・・
遂に体が動かなくなった。そのまま茂みの中に顔から突っ込む。かなり強かに顔面を打ったが、まるで何も感じなかった。ネジが切れた玩具のように、動く事を止めただけだ。魔理沙に捨てられた私にはなんともしっくり来る最後ではないか。
寒い・・・・・
何故こんな事になってしまったのか。家を出る時にためらっていればこんな事にはならなかったのに。そもそも、あの本を魔理沙から借りなければ良かったのに。
寒い・・・・・・
私の中で何かが近づいてきている。それは、以前は忌み嫌うものだったはずなのだが、今は親しみすら覚えるものだ。魔理沙は私が死んで謝れば許してくれるだろうか。
寒い・・・・・・・
もう目も見えなくなった。ただ極寒の寒さの中、一人暗闇の中で朽ちていく。やはり私にはそれがぴったり合うようだ。
寒い・・・・・・・・
魔理沙と楽しく過ごした日々。その光景が浮かんでは消えて行った。どれも酷く懐かしいものばかりで、そしてどれも二度と手に入る事は無いもの。こんな私があの世に持っていくにはもったいないものばかりだから、ここに置いていく事にした。
寒い・・・・・・・・・
最後の光景が消え、私の意識は闇に呑み込まれた。
御免ね・・・魔理沙・・・今まで・・・ありがとう・・・



体が酷く熱く、そして酷気持ちが悪かった。体にはまるで力が入らなかったし、目を開けるのもままならなかった。
しばらく高熱にうなされていると、口が開けられ何かが口の中に流れ込んできた。何かが唇に触れている感じがしたが、そんな事よりも口の中の液体を喉に流し込む事に必死だった。やっとの思いで全て飲み込み、今度は吐き気と格闘する事になった。
苦しい。息をするのも酷く苦しい。何故私がこんなに苦しまなくてはならないのか、まるで見当がつかなかった。それ以前に物事を考えるという事が出来ない。
何かが額から離れていき、しばらくすると今度は冷たい物が額に乗せられた。そのおかげで少し気分がよくなり、また泥のように意識が崩れて行った。



起きては苦しむ事を一体何度繰り返した頃だろうか。意識が覚醒すると、あまり苦しくなかった。
思い切って目を開けてみると、ぼんやりと天井が見えてきた。しかし、この見上げている薄汚れた天井は私が知る天井のどれでも無かった。ここは一体何処なのだろうか。
今度は体を起こしてみる事にした。まださすがに気だるさが残っているからなのか、上手く起こす事が出来ない。何度目かのトライの時、私が右手しか使っていない事に気が付いた。左腕は全然動く気配が無かった。
やっとの事で体を起こすことができ、それだけで息が切れた。そして辺りを見回して、初めて自分がベッドで寝ていた事に気が付いた。服も私が知らない寝巻きのような物に着替えさせられているし、左腕には厳重にギプスが巻きつけられていた。
そして、このまるで整理がされていないゴミの山なのか宝の山なのか判別がつかないごちゃごちゃの部屋を見渡して、ようやくここが霧雨邸の中だという事が分かった。
何故私が霧雨邸で寝ているのかは分からなかったが、私がしなければならない事は思い出せた。本を探し出さなければならない。
フラフラしてなかなか言う事を聞かない体に舌打ちしながらも、何とか玄関までたどり着いた。意外と重い扉を四苦八苦しながら開いて、今が昼である事を初めて知った。
そのまま裸足で霧雨邸を出、あの場所に向かって歩き出した。探さなきゃ。
少し歩いただけで、完全に息が上がり倒れそうになる。探さなきゃ。
おぼつかない足取りで歩く事を再開した。探さなきゃ。
目が回り、感覚が可笑しくなってきた。今私が何処に向かって歩いているのかも分からなかった。それでも進む事を止めない。
無いと知りつつ、探す事しか私には許されていないのだ。



遂に膝が折れた。勢いよく倒れこみ、地面が物凄い勢いで迫ってきた。しかし、寸前の所で誰かに抱きとめられた。魔理沙だ。
「離して・・・魔理沙・・・」
「何が離してだ、アリス。馬鹿な真似は止めろ。」
「離してよ・・・私は・・・探さなきゃ・・・いけないの・・・」
「ああ、もう、いい加減にしろ!!」
「お願いだから・・・離してよ・・・」
「五月蝿い。病人兼怪我人は黙って寝ているもんだぜ!!」
そう言って魔理沙は私を抱き上げ、そのまま箒に跨り宙に浮いた。
「止めてよ・・・探さなきゃ・・・魔理沙に・・・嫌われちゃう・・・」
「ああ、嫌うね。こんな状態の癖に外を出回る奴なんか。大人しく寝ていろってんだ。」
順調に箒は今来た道を戻りだした。たいして歩いていないのですぐに霧雨邸に着いた。
「まったく、世話をかけさせやがって。ちょっと目を放した隙にこれだからな。」
「お願いだから・・・探させてよ・・・」
「だああ、もう。さっきから一体何だって言うんだ。探すとか、離せだとか。大体、アリスは何であんな所であんな状態で倒れていたんだよ。別に動けない怪我じゃなかったはずだから、私の家まで来ればよかったじゃないか。それなのにあの辺りから動こうとしないで、まるで私には理解できないぜ。」
「だって・・・あの本を・・・探さなきゃ・・・いけなかったから・・・」
「あの本って、前に貸したあの本のことか。」
私は魔理沙に事のあらましを、喘ぎながら説明した。熱がぶり返してきて吐き気がしていたし、涙もこみ上げて来ていた。話をし終えたとき、魔理沙は怒っていた。顔色を変えて、信じられないといった感じの表情になっていた。多分謝っても許してはくれないだろう。
「馬鹿やろう!!」
「ご、御免なさい・・・必ず・・・本は探すから・・・」
「本なんてどうでもよかったんだ。もう少しでアリスは死ぬとこだったんだぞ。」
「えっ・・・だってあの本は・・・」
「たかが本だろうが。そんな物のために命を落として如何するんだ。」
「だって・・あの本は・・凄い重要な物だし・・魔理沙が・・とても大切にしていた物・・」
「ああ、いっぺんに喋るな。顔色が悪すぎるぜ。そもそもだな、アリス。あれがどんな凄い物だろうがお前の命に代えられないだろう。」
「だって・・だって・・だって・・」
「それにな、あれは事故だったんだろ。お前の責任じゃなかったんだろ。それなのに私がアリスを責めるとでも思ったのか。」
もう、何も言えなかった。何故私は魔理沙をもっと信じる事が出来なかったのか。
魔理沙に抱きかかえられながら、霧雨邸の中に入った。入るや早々私はベッドに放り込まれ、変な薬を飲まされ、そのまま布団を被せられた。
「大人しく寝ているんだぞ。今度また起きて何処か行こうとしたら、ベッドに縛り付けてやるぜ。」
結局、魔理沙に見守られながら寝る事になった。吐き気や気だるさが全身を襲っているが、それ以上に体が睡眠を求めていた。
不思議だった。何故こんなに魔理沙が近くにいるだけで、暖かいのだろうか。眠りに落ちるまでの間、ふと思ってみた。



あれから数日後、目が覚めるとまた魔理沙は居なかった。しかし、今度は言いつけ通りベッドの上で過ごす事にした。どうやら今は夜のようだ。
ベッドの上でまどろみながら、自己嫌悪に陥っていた。あれから色々と思うようになったのだ。
結局魔理沙は私を許してくれた。何故魔理沙が私を許してくれないなって思ったか、今となっては分からなかった。確かにあの時私は焦っていた。パチュリーに負けるかと思い、空回りをし続けていた。その結果が今回の事だ。
何となく私は結論が分かっていた。魔理沙は私を信用してくれていたが、私は魔理沙を信用していなかっただけの事ではないのか。ならば、私には魔理沙の傍にいる資格が無い。
玄関が勢いよく開き、魔理沙が帰ってきた。手には何かが入っていそうな袋を持っていた。
「よ、気分はどうだ。今度はちゃんと寝ていたみたいだな。」
「上々よ。それより何処行っていたの?」
「紅魔館だぜ。パチュリーに薬の予備を貰いに行っていた。」
また、パチュリーの名前が出てきた。しかし、今はなんとも思わなかった。
「何故パチュリーなの。薬なら永琳の専門分野じゃない。」
「あー、こう言っちゃ何だが、何だかいまいちあの宇宙人を信用できなくてな。だから私はパチュリーに頼んだんだ。パチュリーの腕は私が一番よく知っているからな。」
何も言えなかったが、何か打ちのめされた気分に襲われた。
「アリス、後でパチュリーにちゃんと礼を言っとけよ。パチュリーはアリスのために徹夜で調合をし続けてくれたんだからな。」
自分がどれだけ浅ましい生き物か、はっきりと分かってしまった。パチュリーは私のために色々してくれたっていうのに、私はパチュリーを憎んでいただけだ。
もう、魔理沙を直視できなかった。俯いて唇を噛み、布団に爪を立てているだけだった。
「ありがとう、魔理沙。もう私は大丈夫だから、帰ってもいいよね。ちゃんと薬は飲むし、体にも気を使うから。」
魔理沙の傍に居たくなかったし、傍に居る資格も無かった。このままでは自責の念で発狂しそうだ。
「もう一晩ぐらい泊まっていけよ。急いてまたぶり返しでもしたら、アホみたいだぜ。」
「お願いだから、私に構わないで。構う必要なんて何処にも無いんだから。」
「嫌なこった。アリスみたいな危なっかしい奴、放っとける訳ないぜ。」
恐らく魔理沙は私に笑顔を向けているのだろう。しかし、今の私にはとても直視に耐えられない。
結局私はもう眠るからと言って、魔理沙を強引に遠ざけた。あのまま近くに居られたら、無様に泣き出していただろうし、それを見て魔理沙は私を慰めてくれただろう。そんな事をされた日には、私の心は自己嫌悪で押し潰されたに違いない。
魔理沙は好きだ。しかし、魔理沙の近くにはとても居られない。魔理沙の笑顔が大好きだ。しかし、とても直視なんて出来ない。
明日からも、望んでいた変わらぬ日々が訪れるだろう。魔理沙は私を嫌いになんかならず、笑顔を向けてくれるだろう。だけど、その笑顔は私の心を引き裂くに違いない。それだけ私は自分が嫌いになったのだから。こんな私に魔理沙の笑顔は許されないのだ。
夜中、布団を頭から被り一人静かに泣き続けた。この胸が張り裂けそうな思が、どうにもならないのだ。
こんなに辛い思いをするなら、いっそうの事魔理沙に出会わなければ良かった。
今日ほど、運命の女神を呪った事は無かった。
お久しぶりです。
すいません。やっちゃいました。恐ろしく暗い話になってしまいました。ついつい地が出てしまいました。
何て言うか、かなり鬱陶しい書き方になってしまいまして、本当にすいませんでした。もっと文章力があればと思う日々です。
今回は、救いがあるようで、実はまるで救いが無いというような話が創りたくて、こんな物が出来てしまいました。多分、上手く出来ていないでしょう。
しかし、こうすると私の心がアリスに対する良心の呵責に耐えられないんですよね。もし良心に負けたら、話を続けて行こうかと思います。負けなかったらこれでお終いです。南無~
しかし、分からないものです。確か霊夢の話を創りたかったのに、いつの間にかアリスが主役になっているんだから、困った物です。
それでは、また。
ニケ
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コメント



0.2760簡易評価
3.70名前が無い程度の能力削除
せつねぇ…!
切なさ乱れうち……!!・゜・(ノД`)・゜・
12.70名前が無い程度の能力削除
BADENDで終るのは嫌いじゃないんですが、続きが気になる終り方なので
なるべく良心の呵責に負けるのを待ってます・゜・(ノД`)・゜・
33.80名前が無い程度の能力削除
アリスってこんな子だよね、たぶん。
34.80名無し毛玉削除
内に篭るアリスの性格がなんとも絶妙で…。
しかし作中、魔理沙と距離が近いのがパチェだと見えてきて…。・゚・(ノД‘)・゚・。
37.70おやつ削除
切ないっす・゜・(ノД`)・゜・
アリスの内に溜め込む性格が凄くらしくて……
とりあえず、良心に負けて欲しいです…が、このままの話も好きな私……