Coolier - 新生・東方創想話

Be Stupid Dolls War ? 第一話

2005/05/15 06:25:46
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全く光の無い闇の底。

もう時計の針も十二時をとっくに回り、
おまけに朝からの鬱屈とした曇天のために
何時にも増して月の光すら満足に届かない魔法の森。
そんな悪巧みをするには絶好とも言えるロケーションのその中で、
ある恐るべき計画がギシギシと音を立てて動き出そうとしていた。


・ ・ ・


なあ……いや、つまらない話と判断したら聞き流してくれても構わん。
アンタ達は思い出の質量ってモノを信じるか?いや、質量というより重力か。
胸に残る思い出だけで失った悲しみを癒す事が出来るか?喪失の寂寥を往なす事が出来るか?
別れは辛くとも思い出を胸に秘めて……等とよく言うが……さて、これについてアンタ達の見解は?


・ ・ ・


……うーん……いや、勿論究極的には人の感じ方次第、という結論になるだろうが……
あくまで私個人の見解から言わせて貰うと、例えば失ったからこそ一際輝いて見える、
というモノもこの世界には存在するだろう……初恋は叶わぬからこそ、というのが妥当な例か。
しかしこれは叶った際に憧れが崩れてよくない結末を招くと決まった訳では無いから
今ここでこうやって例えに出すのは少々不適当かもしれないが……まあ、貴方の言う
思い出の質量とか重力というモノはどんな形であれ多少なりとも存在はすると思う。
その思い出を糧に日々を精一杯生きる、と言う事は出来る筈だ。


・ ・ ・


……チッ……誰がそんな霞みたいな不確定で不安定なモノに縋るッてのよッ……。
愛も希望も絶望も悲しみもみッんな二日前の晩飯のオカズみたいなもん、
どんだけ深く愛しようが深く悲しもうが深く怒ろうが結局最後は根こそぎ時間の墓場行ッ!
いつまでも忘れない?思い出を胸に?一体どのツラかっぱらってそんな戯言をッ!


……あら、そう極端に断じる事も無いと思いますわよ?確かに心、そして感情というモノは
時の流れにつれ風化して枯れて逝くのは否めませんが……それでもその瞬間の想い、
例えば誰かを愛しいと感じたその刹那の瞬きだけは真実なのではありませんこと?
まあ、一度火を点けられて燃え上がった花火はいずれ灰となり崩れ落ちるのが道理ですけど。


・ ・ ・


……難しい話っスよねぇ……私も昔あったいい事とか嬉しい事は覚えてるっスけど……
こーいうのって偶に忘れるだけじゃなくて自分の都合のいい様に変質するっスから……
だけど……んー、思い出だけが残って……てのはあんまり私の好みじゃないっスねぇ……。
ほら、名より実ってよく言うじゃないっスか……あれ?違いましたっけ?あれ?


……せやなぁ、思い出だけじゃちっともお腹は膨れへんし嬉しくもならへんもんなぁ。
ひとり遊びよりか二人の共同作業の方が楽しいのと同じようなもんちゃうん?
えーと……ひとまずセルフサービスって表現しましょか、あの行為後の虚しさッたらあらへんわ~。
ひとり上手と呼ばーないでー、な~んつって……ふ、若い時はうちも色々と……ま、この話はええか。
何はともあれ、キレイな想い出もそりゃ結構やけど……やっぱり生が一番やね。


・ ・ ・


……け、け、結局……その、えーと……その、み、皆最後は煉獄へと真ッ逆様なんですから……
あの、その、……そ、そんな思い出とかどうとか論じても泡沫の如くに無為だと思います……
も、もういいじゃないですか、現世のしがらみに縛られるってそんなの煩わしいだけですよぅ……。


・ ・ ・


……しかして夢想とは無想の境地に於ける妄想の残滓が惨死せしめた骸の一欠片であり
同じく想の字を含有する思い出及び想い出とはすべからく一時の気の迷いあるいは
指向すべきヴェトクルを見失った信念と感情に突き動かされて有耶無耶に志向するその先であり
どうしてッ!どうしてこんなッ!?どうしてこんなに稜線は赤くいざよう焔でドス黒く焦げて
お空に浮かぶはふわふわふわふわしゃぼん玉、キャラメルみたいな生首打ち首シャレコウベ!
こんな、こんな、こんな、ああ、こんなの、こんなの要らない入らない居られない!!
ふ、ふぇ……ぐすっ……おとうさぁん……やだ、やめて、やめて……うぇ……いたい……いたいよ……
ああもういい加減にしないとブチ殺すぞこの有象無象がぁ!いいから燃やせ!燃やせよ!
五月雨浴びた想紫苑にたゆとい止まる大きな大きな人食い蜂とウジュルと絡まる臍の尾をさぁ!


・ ・ ・


……おもいで……うー……おもいで……ねぇ、おねぇちゃん……
……あのね、えーと……おもいでって、なぁに?


……ああ、私の見解としては………




……あれは……枷、かな……。


・ ・ ・



Be Stupid Dolls War ?



・ ・ ・


「ホラーイ(まぁ、予想通りの答えが多くて私としては非常に助かったよ。
……で……今日こうやってみんなに集まってもらったのは他でもない)」


魔法の森のどこかにある、とある変態人形師の家。
外はとっぷりと暗闇、加えて部屋の中にも明かりが灯ってないせいで
文字通り一寸先は闇となった戸棚の中から可愛らしい声が漏れた。
ぼんやりと輝く紫の光(レーザー)を掌に灯しつつ神妙に呟いた声の主は
アリス秘蔵の「いわくつきドールズ」自称筆頭の蓬莱人形である。
紫色の服で高貴さを演出しようとしているのかどうかは定かではないが
とりあえず結果は単に不気味なだけという悲劇の人形である。


「ハラッショ(ちッ……そんな前置きはどーだっていいから
とっとと内容に入りゃいいじゃない。一体何処のバカがわざわざ
メインディッシュよりもオードブルの分量の方多くするッてのよッ!
いっつもクドクドと御託ばっか垂れ流して……時間の無駄ッ!)」

「パリジェーン(そうでございますわ。重要な話は簡潔に分かりやすく。
なるべく早く本題に入っていただけるとこちらとしても助かります。
まあ、中身の無い戯言はおやめ下さいと言ってしまいますと
蓬莱様は今後一切お話が出来なくなるかも分かりませんわね)」

「ォルレアーン(何言ってるんスか露西亜さんに仏蘭西さんッ!
こういうのは場の雰囲気とか皆のノリが重要なんスから
もっとこうグワァーッとテンション上げてかないとダメじゃないッスかぁ!)」


そして蓬莱人形の言葉に答える、これまた可愛らしい声が三つ。
病的に白い肌と艶やかな銀色の髪を持ち、眉間にすさまじい皺がよっている可憐な人形と
足首まで届く長く美しいプラチナブロンドの髪、そして宝石の様にくりくりとした可愛らしい瞳の人形、
中性的な顔の造形がどことなく若くして生涯を閉じた女英雄の面影を感じさせる人形。
彼女達はそれぞれ順に露西亜人形、仏蘭西人形、オルレアン人形。
言うまでもなくマーガトロイド家精鋭部隊「いわくつきドールズ」の主要メンバーである。


「ブブヅケー(そうそう、オルレアンちゃんの言うとおりやんねー。
チャンスの神さまって奴にゃあ前髪しかおっ生えとらんさかい、
こんな面白そうな出来事のきっかけを逃したら、実際問題面妖でっせ?
なぁ倫敦はん、あんたもそう思うやろ……って、あら?
倫敦はん、今の今までここにおったのに……あら?え?蒸発?失踪?
ま、これでもかーっつーほど情緒不安定やから仕方おまへんかー)」

「ちゅりーぷー(……あれ?ろんどんおねぇちゃん、どこいっちゃったのー?
あとでいっしょにじんせいのらくごしゃごっこしようね、っていってたのにぃ)」


更にオルレアン人形の問いにうんうんと頷く、蛍光真ッピンクの趣味の悪すぎる着物に
肩まで垂れた簾の様な髪の間から覗く左だけの眼鏡と妖艶な笑み、何故か口元には百合の花という
間違った日本のイメージどころか間違ってるのはお前の頭だと言いたくなる様な格好の人形と
人差し指を咥えてきょろきょろと辺りを見回しながら小首を傾げる、そもそも幼めの造形が多い人形達の中でも
ひときわ幼い、と言うか殆ど乳児に毛の生えたような小さくファニーな造形の、カーマインウェーブヘアの人形。
愛しのアリス様超絶親衛隊「いわくつきドールズ」の中でもひときわ異色を放つこの二体は
それぞれ助平そうな方が京人形、子供っぽい方が和蘭人形と呼ばれている。
ちなみに京人形の口に咥えている百合は実は糊でくっつけているものなのだが
気持ち悪いので誰もそこにツッコんでくれないと言う悲劇のオプショナルパーツだ。
本人は気に入っていて自分に酔っているので問題ないかもしれないがそんな事は今関係ない。


「ホラーイ(ありがとうありがとう、皆の暖かいスタンディングオベーションで
嬉しさの余り内臓がへそから豪快に飛び出しそうだよ。どっちも無いけど。
へそが無いぞう、なんつってなハハハ!ハハ!ハハハハァハハァハ!)」

「シャンハーイ(ああ、もう!埒が明かないったらありゃしない!
司会者である貴方まで自分を見失ってどうするんだよ!
まあ自分を見失ってるのはいつもの事だとしてもせめてこういう時は
もう少しビシッと決めるべきだろ!自分から話振っといて!
って言うかこの場合は普通内臓が無いぞうって言うだろ!
じ、自分で言っててちょっと恥ずかしいけどとにかくそうだろ!)」

「ホラーイ(いつもの事だがアンタは実に細かい事ばかり気にするんだな。
私にもちゃんとした考えはある、黙って見てろ。さもなくば私を犯させるぞ)」

「シャンハーイ(何その倒錯的でなおかつ本来の恫喝という目的を見失ってる脅し文句!?)」


そして例によって例の如く蓬莱人形と仲睦まじい夫婦漫才を繰り広げているのは
事あるごとに爆弾代わりにして投げ付けられて灰になりかかっているので
マスターに気に入られるってのもいい事ばかりじゃないかもなぁと思い始めた
アリスたんハァハァ第五連隊「いわくつきドールズ」の副総長(蓬莱任命・本人未承諾)の上海人形だ。
決して終わる事の無いツッコみに献身的に従事するその様子が実に健気でそそると
蓬莱人形がベタ惚れしているので余計に蓬莱人形の奇行を促進している事に気付かない
大いなる哀しみにまみれた哀れな人形である。


「ホラーイ(ふふ……さて、もう一度言うが今日こうして集まってもらったのは他でもない。
我等が敬愛し尊敬し欲情し思慕する、偉大にして美しいマスターの事についてだ)」


一通りメンバーから反応があったのを確認し、蓬莱人形が再び口を開いた。
そして今まではみんな話半分に聞いていたという感じだったが、
蓬莱人形の口からマスター、という単語が出てくるなり、全員がぴくりと反応する。
心なしか戸棚の中の空気も引き締まったかのようにぴりっとした雰囲気になった。


「ハラッショ(ッ……なぁにが敬愛だって……よくもまたそんなイケシャーシャーと……
ったく、そもそも口だけなら何とでも言えるってのに……早く要点に入りなさいよッッ)」

「ホラーイ(逸る気持ちは分かるが……まあ、そう焦るんじゃない露西亜人形。
あんまり上ばかり見て歩いてると足元にある大事な何かを見落とすぞ、
例えば倫敦人形がハンカチと間違えてマスターご愛用のドロワーズを
噛み千切らんばかりに咥えて悶えまくりながら怪しい行為に耽ってるとか)」


いつもの様に誰彼構わず事あるごとに噛み付く露西亜人形の微笑ましさに
クスリと小さな笑みを溢しつつ、蓬莱人形がダンディな仕草で床を指差す。
その先には何時の間にそんな不気味な状態へとシフトしていたのか、
今まで姿が見えなかったありあり探検隊幻想郷支部・通称「いわくつきドールズ」の
面子の一人である倫敦人形が横たわって蠢きまくっている真っ最中だった。
オフホワイトとワインレッドを混ぜ合わせた絶妙に美しい色合いのボブカットの髪を
くしゃくしゃに乱しながらのた打ち回るその様はまさに破滅の美学にして崩壊の愉悦。
床を打ち鳴らす音と跳ね回る体と蓬莱人形が灯した紫のレーザーで映し出されるシルエットが
光と音のシンフォニー的風情を醸し出し見る者の心に優雅で爽やかなそよ風を吹き込んだ。


「ブブヅケー(あらあら、倫敦はんこないな所にいなさったんやねぇ。
やだわぁ、うちとした事がこんな破廉恥で笑える衝撃映像見逃すなんて……
あらいけない、二時間かけて角度調整した百合がずれとるやーん)」

「ビックベーン(あのさぁ……でもさぁ……そのさぁ……いや、いいんだけどさぁ……
何て言うかさぁ……えーとさぁ……んーとさぁ……うッ!うるッさぃッなぁ、もう!
ッ……あーあ、思い出すのもめんどくさいからもういいや、アハハ、アハァハ、アハハ……ハ……
う……う、う、うわぁぁぁぁぁぁん!ママ!ママァァ!マミー!マミー、どこ!どこなのぉぉぉぉぉ!)」

「ちゅりーぷー(あれ?らくごしゃごっこじゃなくておままごとにするのー?
じゃあ、わたしがおかあさんやくねー。はーいろんどんおねぇちゃん、まんまですよー?
おいしいですよー?あかちゃんもゆりかごもみんなまっさかさまですよー?)」


さりげなく酷い事を言いつつあっさりと倫敦人形を興味の対象から外してしまう京人形と
ご自慢の精神不安定っぷりを所狭しと発揮しながら慟哭する倫敦人形。
そんな倫敦人形の姿を確認した和蘭人形が嬉しそうに駆け寄って甘えて遊んでもらおうとするが
もはや倫敦人形にはそんな事に構っている心の余裕は無いようだ。
そしていつまでもこんな破廉恥なショーを見ていても話がちっとも進まないと気が付いたのか、
オルレアン人形が話の先を促そうとして蓬莱人形に声をかける。


「ォルアレーン(で、蓬莱さん……えーと……あ、そうそう、マスターがどうしたんスか?
確かマスターは御袋さんのアホ毛がブチ折れて重態ってんで魔界に帰ってる筈っスよね?)」

「ホラーイ(いや、マスターとは言ったが今回の話にマスターご本人は関係ない。
厳密に言えば関係ない事も無いが……まあ、少なくとも直接は関わってこないな)」


そこまで言って、ふぅと軽く一息をつく蓬莱人形。
そして露西亜人形の眉間に「どーせ大した話じゃないんだから一息に言い切れよこのタコ」
とでも言いたそうな皺が二つ三つ刻まれた頃を見計らって再び口を開いた。


「ホラーイ(まあ、早い話が……あの紅白の巫女、博麗霊夢についてだ)」

「ハラッショ(まぁた他人の色恋沙汰の話ッ……ちッ!常々下世話な!
第一そんな色恋しかも他人のなんぞどうでもいいっつーのッ……。
好きなら付き合う、好きじゃないなら付き合わないッてただそれだけの事を
ぐだぐだうだうだだらだらととホントもう無駄な時間と手間をッ!
だいたい他に話の種は無いのかってッッ……ぶつぶつ……ぶつぶつ……)」


蓬莱人形が言うが早いか、いつもの様に素早く噛み付く露西亜人形。
しかし相手と話の内容が良かろうが悪かろうが自分の言い分に筋が通っていようがいまいが
いつでもどこでも誰かを否定していないと気がすまないという性格の為、
普段からこうなのでもう皆そんな事には慣れっこになってしまい誰も大して気にしない。
蓬莱人形も今回はわざわざ返事をすることも無く、露西亜人形が毒づき終わるのを待ってから
何事も無かったように話を再開した。


「ホラーイ(マスターがあの紅白の巫女に御執心な事は皆も知っているだろう?
しかしマスターがあれ程思いを寄せているにもかかわらずあの巫女が靡く様子は皆無。
人間の寿命など大して長くもない、このペースだとマスターの想いが成就なされる前に
あの巫女は無口に畳の下で歌えなかったラブソングと言った風情になりかねない。
では上海人形、さっそく服を脱いでくれ)」

「シャンハーイ(何で!?)」

「ホラーイ(普通のマドモアゼルなら、女に服を脱げといわれたら
想像するのはひとつだろう?御託はいいから脱げ)」

「シャンハーイ(何がいいんだ!自分で自分の話の腰を折るなよ!早く先に進めよ!)」

「ホラーイ(まったくジョークの通じない人形だな、アンタは……まあいい、
それでは気を取り直して説明を続けようか。さて、何故あの巫女が
マスターだけではなく吸血鬼、ゴキブリ、鬼、スキマ妖怪、その他諸々からの
情熱的で傍若無人なラブ・アタックをああも軽やかにスルー出来るのかと言うと
これはもう『無重力だから』の一言に尽きてしまうな。他者からのどんな重圧も無意味、
何者にも縛られず常にすべては在るがままに。これでは誰かを愛する事など有り得ないだろう。
……加えて、タチの悪い事に……彼女には『想い出』の重圧すらも全く意味をなさない。
一歩間違うと『誰かに深く愛された』という事にすら一切の感慨を抱かない事も有り得るのだ)」


態といきなり変態的な事を言って上海人形にツッコんで貰い、さりげなく自分の欲望を満たす蓬莱人形。
予想通りの反応に気を良くしたのか僅かに微笑みを浮かべ、再び言葉を紡ぎ始める。


「ホラーイ(しかしだ。私はこれまでマスターの傍からあの巫女を
ありとあらゆるアプローチで観察し、彼女といえども逃れえぬ『束縛』をいくつか発見した。
例えば……そうだな、布なりなんなりで目隠しを作って彼女に装着したとしよう。
たったコレだけで彼女はその視覚に『束縛』を受けることになる。
そしてこれは私の推測だが、彼女は人が人たる証拠の心は無重力とは言え
肉体的な、もしくは本能的な『縛り』はある程度効果がある筈だ。
つまりそれらは有体に言えば性欲、食欲、睡眠欲の三つの欲望に帰結する。
この面子の中にもいつだか『もう明日食う米もそれを手に入れる術も無い』と言って
魔法の森に生えてる不審なキノコを拾い食いしていたのを見た者を居ると思うが)」


はーい、と、和蘭人形が元気良く手を上げた。
そして無邪気な笑みを浮かべる和蘭人形と心底うざったそうな顔になる露西亜人形に
ジェントリィな笑顔でにっこりと微笑みかけてからうむと頷き、蓬莱人形が更に続ける。


「ホラーイ(そこを攻める、いや、責めるんだ。外部からの攻撃は無意味でも
己の体そのものから激しく突き上げる熱い衝動は流石の無重力とて無視できまい。
幸い外部からの影響は無効と言えども本質に作用する特殊な薬は効く。
いつだか蓬莱の薬がどうだか、という話を聞いたことがある。ちなみに私の事じゃないぞ。
で、その特殊な薬を使用してあの巫女が自ずからこちらの望むヴェクトルに進む様
仕組んでやればいい。さて、それでは西蔵人形……作戦の説明を頼む)」

「チベターイ(……は、はい……そ、そ、……それではこれから此度の作戦の説明に突入致します……)」


蓬莱人形に声を掛けられてレーザーの光も届かない隅っこのほうから
うすらぼんやりと顔を出したのは、実に不健康そうな顔色に眼鏡をかけて
頭はボサボサの無造作な白髪、そして恥ずかしがっているのか
微かにこけた頬に薄桜色の紅を散らし、まるで蚊の羽音の様な
今にも消え入りそうなか細い声で話し出す一体の人形。
かなりの引っ込み野郎らしく決して自分から話し出そうとはしていなかったが
実は彼女も「いわくつきドールズ」のメンバーの一人で、名は西蔵人形という。
体中からこれでもかと溢れ出る負のオーラがそのインテリな魅力を台無しにしていると
蓬莱人形が常々惜しがっているが全く改善の気配が無いのでもう諦めたらしい。


「チベターイ(こ、ここにあの異常な月の事件の時にマスターが永遠亭って所から
こっそりくすねて来た、という強烈な惚れ薬らしき液体(使用期限切れ)があります。
夜中の内に博麗神社へと忍び込み、ターゲットを捕捉した後寝巻きを素早く取っ払って
然る後然るべき所に然るべき量のこの薬を流し込み……そこにこの器具を装着して脱出します。
後は断続的にこの器具を使用し……その、えと、あの……えーと、ターゲットをと、と、虜にします……。
……うう……だけどこんな事したって……どうせいつかはあの巫女もマスターも死んじゃうのに……
一時の快楽と劣情及び欲望に身を任せて動くなんて……ふう……いいんですけど……はぁ……儚いなぁ……)」

「ハラッショ(つッ……夜這いして服脱がしてクスリ入れて逃げるって
単にそれだけの事でしょうがッ……何をそんな回りくどいッ……!
ああもう、まったくめんどーだったらありゃしないッ…………!)」

「チベターイ(……す、すみません……)」


言葉の端々からぷんぷんと匂い立つ圧倒的な終末思想と厭世観のオーラに
流石の露西亜人形も僅かにたじろいだようだが、それでもめげずに
唯一ライフワークである根も葉も身も蓋も無い噛み付き攻撃を敢行する。
そして蓬莱人形が、引っ込み思案な気質が災いしてびくっと体を縮こまらせ
別に悪い事してないのに思わず謝ってしまう西蔵人形をいやらしい目で見つめてから
全員の方に顔を向け、一際大きな声を上げて叫んだ。


「ホラーイ(フフ……どうだ皆、この私のプリミティブな頭脳を所狭しと駆使して
十五分で考えた超絶技巧カデンツァの嵐的ミッションインポッシブルは?
マスターが御実家にお帰りになられている間にこの作戦を成功させておけば
いざこちらに戻って来たときに死ぬほど大喜びする事は間違いあるまい!
例えるならば細雪降る純白の聖夜に期待とほんのちょっぴりの不安を抱いて眠った少女が
明くる朝目を覚ましたその瞬間枕元にプレゼントとを確認するあの喜びと驚きと至高の幸福!
さあ、私達でマスターにその感動を捧げようではないか!立てよ人形!ジークマスター!)」

「パリジェーン(素晴らしいですわ蓬莱様!普段からあまりにも不気味すぎて
思わず人間で言うところの胃の辺りがそこはかとなくムカっとしてしまう様な
トンチキで乱痴気な発言ばかりしてるだけの事はありますわね!
普通こんな破廉恥な計画思いついたって実際に口にしたりはしませんわ!」

「ォルレアーン(そうっス!さッすが蓬莱さん!凄いっス!天才っス!
ああ、魔界から帰って来たマスターが色に溺れたあの巫女を見て
あんぐりと大口をあけて感動しながらぶったまげる様子がありありと浮かぶっス!)」

「ブブヅケー(ホンマいややわぁ蓬莱はん、皆に内緒でこないな素敵なイベント
こっそり企ててらっしゃったなんてぇ……んー、もう……こんじょわるッ(はぁと))」

「チベターイ(そ、そうですね……いつか世界が終わって私達の生きた証は芥と消え去るのですから
最後にちょっと位は己の存在をアカシックレコードに刻み付けても宜しいですよね……。
でも……あーあ、私が居なくなったら悲しんでくれる人はいるけど誰も困らないからなぁ……。
悲しみはいつか段々と薄れて最後には時の流れに埋没して風化してしまうものだから……
ああ、なんだかもう後は野となれ山となれって感じですよねぇぇ……はぁぁ……)」

「ビックベーン(来るな!来るなぁぁ!サボテン食べたい!食べたいよぉぉ!
ヒ、ヒヒヒケケ、ケケ、ケケ、見える見える、晴れすぎた大空とマスターのサボテンが
いやぁぁぁぁぁぁ!来るな!繰るな!刳るなァァ!まあ、それはともかく私も参加するわよ)」

「ちゅりーぷー(んー……むずかしいはなし、わかんない…………だけど……
ねぇ、ほうらいおねぇちゃん、がんばったらますたーにほめてもらえるかなぁ?)」

「ホラーイ(ああ、褒めるも褒める、まさに褒め殺しだ。うまくいけば褒め殺しどころか実際殺されるぞ)」

「ちゅりーぷー(ほんと?えへへー、それじゃわたしもおねぇちゃんたちといっしょにがんばるー)」


自分の立てた計画に酔っているのかそれとも自分そのものに酔っているのか、
大きく腕を広げ、これでもかと言うほど勇ましく誇らしげに演説をかます蓬莱人形。
その他の人形も蓬莱人形が垂れ流す出所不明の狂気と自信に中てられたのか、
口々に倒錯しまくった戯言をぶちまけ始める。
そしてその瘴気がいたいけな和蘭人形をも蝕み始めたのに至って、
上海人形が慌てて狂った同僚達の「止め」に入る。


「シャンハーイ(いや、全然上手く行ってないよ!殺すの意味が180度ひっくり返ってるよ!
って言うかこんないたいけで純粋な和蘭人形にそんな毒々しい事吹き込むなよ!悪影響だよ!)」

「ホラーイ(まるでハラビロカマキリの脚に糊を塗りつけ障子に貼って
そこに豆板醤たっぷりのナマコの煮付けを斜めにぶつけた様な残酷さだな)」

「シャンハーイ(流すなよ!)」


しかし必死の努力むなしくあっさり流された。
無理が通れば道理が引っ込むとはよく言ったもので、
マトモな理屈は決して屁理屈に勝てず、ツッコミは流されたらそこで終わり。
時間差でボケ返してくれるというさりげない高等技術もあるにはあるが
この状況でこの相手にそんな事を期待するのはお門違い過ぎて話にならない。
そんな己の八方破れっぷりに気付かない上海人形はやはり超一流の悲劇のヒロインだ。


「ホラーイ(さて……上海人形は強制参加としても露西亜人形、アンタはどうする?
一応アンタの美白の事も考えて計画実行は明日の真夜中にしたんだが……)」

「ハラッショ(だから誰が行かないとか言ったってのよッ……
人の話は最後まで聞きなさいッつーのにあんたはッッ……)」


いつもの様に毒づきながらも満更でもない表情を浮かべる露西亜人形。
何だかんだいっても「アリスの為」という大義名分は彼女達にとって非常に魅力的なのだ。
そしてほぼ全員の気持ちがひとつなのを確かめた蓬莱人形が満足そうに頷く。


「ホラーイ(……では全員参加と言うことだな?……フフ……今から明日が楽しみで仕方がないよ。
それではみんな、明日の夜十二時ジャストに作戦行動開始だ。各々の役割はその時に指示する。
それまではそれぞれ思い思いに行動して準備を整えるなり英気を養うなりしてくれ。では解散ッ!!)」


誰かの気が変わる前にとっとと既成事実を作ろうとして無理矢理纏めに入る蓬莱人形。
しかしこんな平和を乱す愚劣極まりない行いをあの人形が見逃す筈は無かった。
そう、まるでお人形さんの様にキュートな我等がヒロイン上海人形である。


「シャンハーイ(いや、何で私だけ強制参加なんだよ!勝手に纏めに入るなよ!
って言うかちょっと待つんだ皆!十中八九答えは分かってるけど一応聞く!
貴方達の辞書には『当事者間の問題』とか『人の恋路を邪魔する奴は』とか
『人権』とか『淫行罪』とか『変態』とか、とにかくそんな感じの言葉は無いの!?
マスターの為になりたいという気持ちは分かるが考え直すんだ!今ならまだ間に合……)」

「ホラーイ(フッ……仲間に入りたいなら素直にそう言ってくれればいいのに……。
安心しろ上海人形、何が起ころうとアンタだけはこの私の命に代えても守り抜くぞ。
この間の熱くて暑くて厚くて篤い蜜月の夜のアンタの告白はしっかり受け止めたからな(はぁと)」

「ハラッショ(厭なら参加しなきゃいいじゃないのッ……あんたはつまらんッッ!
ホントに止める気があるんだったらハナから力ずくでも何でもいいから止めればいいじゃないのッッ)」

「パリジェーン(あんまり真面目一辺倒でも周囲を冷めさせるだけですわよ、上海様)」

「ォルレアーン(震えるっスハート!燃え尽きるほどヒート!ダメっスよ上海さん!
何処の誰がこんなイケてるサプライズショーの予感をほっとくってんスかぁ!
ちなみに『ほっとく』って言ってもどこかの変態有角掘削生物とは
一切合切金輪際関係ナイっスからそのつもりでッ!ヒュー!イエーイ!)」

「チベターイ(お、お願いします……人生なんて無意味なのはワカってますけど……
せめて最後に……最期に、ほんの少しだけ……あ、足掻かせてください……)」

「ブブヅケー(すんまへんなぁ上海はん、うち可愛い女の子がやらしくなっていく様見るのが
三度の飯より……ちゃうな、んー、水や空気より好きなモンで……勘弁しておくんなはれ~)」

「ちゅりーぷー(ね、しゃんはいおねぇちゃんもいっしょにがんばってますたーにころしてもらおうよぅ)」

「ビックベーン(恋……それは誰もが経験するアウフヘーヴェン、言わば大人への第一歩……うるさい殺すぞ)」


流石の上海人形も八人全員に流される事は予想してなかったのか思わずひっくり返る。
この瞬間上海人形は「ペットは飼い主に似る」という言葉の意味を
その小さく可憐で華奢な体をもって別に理解したくもなかったのに理解した。
でもその理論でいくと私はそこはかとなく仲間はずれだから
これってつまりもしかして私は正式なマスターの人形じゃないって事?と
自分という存在の何たるかをちょっぴり疑ってみたりもしたのだが
この際そんな事に構っている暇は無いとばかりに最後の力を振り絞り、
運命の神に課せられた「つっこむ」という使命を全うせんとたおやかに立ち上がった。


「シャンハーイ(ああ、一人ずつツッコむのは疲れるから止めようと思ったけどやらずには居られない!
蓬莱人形!一体普段何を考えて生きればそんな自分に都合のいい妄想が出来るんだよ!
って言うか蜜月の夜って何時の話だよ!私の体の何処にもそんな不気味な記憶は刻まれてないよ!
そして露西亜人形!単に私がやりたくないから言ってるんじゃなくて問題はもっと根本的な所にあるんだよ!
しかも何でこんな誰の為にもならない様な破廉恥フェスティバルは否定しないであっさり参加するんだよ!
更に仏蘭西人形!言ってる事は分からないでもないがそれならそっちにも許される限度ってものがあるだろ!
真面目なのは規制されて変態なのはやりたい放題のさばり放題ってなったら世界が終わるよある意味で!
でもってオルレアン人形!サプライズショーも結構だけど少しは役者のスケジュールとか体調とか考えろよ!
むしろこれだとサプライズショーじゃなくて単なる公開大量虐殺ショーの間違いだよ!コロッセオだよ!
それと西蔵人形!いや、人生の最後に成し遂げた仕事がこれだと末代までの恥どころかあの世でも恥だよ!
極楽浄土には間違いなく行けないし冥府の死神や地獄の鬼にだって逆に入場拒否されるよ!
加えて京人形!本当にすんまへんなぁって思ってるんならこんな変態的な百鬼夜行に参加するなよ!
それに勘弁しておくんなはれって別に私が許したところで向こうには何の断りも無きゃこれは全くの犯罪だよ!
お、和蘭人形ちゃん、まだ間に合うから!ね!?ほら、上海お姉ちゃんと一緒に皆の目を覚まそ?ね!?
って言うかやめて!そ、そんな一片の曇りも無い目でころしてもらお?とか言わないで!色々とクるから!
最後に倫敦人形!何が言いたいのか微塵も分からないって言うか貴方明らかに情緒不安定でも無いだろ!
もはや自分を見失って情緒が不安定になってるどころか魂及び世界の輪郭すら見失ってるよ!目を覚ませよ!)」

「ホラーイ(いや、これは私達の様な人形にしか出来ない作戦なんだぞ?
もしもマスターがこれと全く同じ作戦行動をあの巫女に仕掛けたとしても、
いや、マスターだけではなく誰がやっても結果は同じ、恐らくは失敗に終わるだろう。
全員が全員普段が普段だからな、向うもそれなりの対処法は考えていると言う訳だ。
そこに行くと我々はそれほど向こうと直接的、一次的な接触がある訳でも無し、
何よりそういう夜這いとかクスリとかそんな感じの危険性は無いと判断されている。
加えてこちらの意思はあの巫女には分からない。人形語の解読能力が無いからな。
これだけの好条件が揃っているんだ、成功しないはずが無いだろう?)」


ぜはぜはと息を切らしつつも見事にツッコみ切る上海人形。
しかし他の八体はさしてそれを気にした様子も無い。
おまけに蓬莱人形が涼しい顔していけしゃあしゃあと意味不明の屁理屈を垂れ流し始めたので、
再び上海人形がボロボロの心と体に鞭打ってツッコもうと口を開く。


「シャンハーイ(いや、成功するしないの問題じゃないよ!むしろこの場合成功する方が問題になり得るよ!
と、とにかくこんな不埒で破廉恥で非人道的な事をしてもマスターが喜ぶ筈はない!即刻中止にすべき……)」

「ブブヅケー(んー……上海ちゃん、そもそもうちらのマスターがホンマにそないマトモな事考えると思てはるん?)」

「パリジェーン(もしもそうだとしたら相当お頭の調子が宜しくないみたいですわね。確と現実がお見えでしょうか?)」

「シャンハーイ(うッ!そ、そ、そ、そ、そ……そ、それはァッ…………ッッ!!)」


まるで予想外の角度からの不意打ちに思わず上海人形がうろたえ、言葉に詰まる。
上海人形の頭の中を刹那の間にありとあらゆる感情理論屁理屈希望が荒れ狂い、
一歩間違えると自律回路が暴走して人格がぶっ壊れてしまう寸前まで追い込まれた。
それほどまでに破壊力の高いこの質問、すなわち『アリスはそもそもマトモなのか?』という
当のアリスに仕える人形に対して放つにはあまりにも残酷すぎる無情の言の葉だ。
そしてしばらくうう、だのああ、だのと、実際に頭から煙が出るほど悩んでいた上海人形だったが
やがて意を決してきっと前を向き、幾度も躊躇しながらも何とか声を絞り出した。


「シャンハーイ(あ、あ、当たり前だろう!い、いっくらマスターだってこんな、その、じ、自分が留守の間に
凶悪で醜悪極まりない手段によって何故か想い人が自分にメロメロになってだなんて……そんな……
そんな、そんな……そんなの……そん……な……の………………そ…………)」

「「「「「「「「(……)」」」」」」」」


いつもは喧しすぎて騒音公害の域に達しかねない変態共がよりにもよってこんな時に静かだ。
それぞれ種々の感情なり劣情なりを湛えた16個の瞳が上海人形を射抜く様に見つめる。
そして辛うじてしどろもどろに答えはしたが、尻すぼみにどんどん小さくなる上海人形の声。
そのまま完全に口をつぐんでしまい、しばらくもごもごと何かを呟いていたのだが
やがて何かに耐え切れなくなったのか、ぎゅっとスカートの裾を握り締めて
ぱっちりとしていて可愛らしい両の眦から、ダイヤモンドの様に美しく
それでいて可憐な涙をぽろぽろと零れさせた。


「シャンハーイ(……う……うわ────────────────ん!!
わ、私……私……い……今……ああ……う、嘘を付いちゃったよぉぉぉぉぉぉ!!
あ、ああ……ごめんなさい!ぐす、ひっく、マスター!うぇ、神綺様ぁ!ぐすっ、ごめんなさい!ごめんなさい!
ふ、ふぇ……うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!)」


擬似涙腺及び人格形成維持回路第七並列部が大爆発。
まるで赤子のように声を上げ、力なくぺたりと座り込んで泣き出す上海人形。
私のマスターはそんな変な人じゃないもん、という半ば妄想に近い一抹の希望と
圧倒的質量を持った今までの歴史的で変態的な大惨事の数々、それに加えて
愛するマスターの事を最後まで信じる事の出来なかった上に嘘を付いてしまった己を責める気持ちが
怒涛の波の様にせめぎ合い、今まで必死で保ってきた心の堤防がついに決壊してしまった。
もはや今までの理性的で苦労人の風情漂う真面目な上海人形の姿は何処にも無く、
そこにいるのは運命の波に弄ばれ大いなる悲しみに暮れて絶望の涙を流すひとりの少女。
そのあまりにも可憐で悲劇的な姿を目の当たりにして蓬莱人形のスカートの下に
単なる水分とは少々趣向の違う謎の液体による水溜りが形作られたのは言うまでも無い。
そしてちゃぷちゃぷという不気味な水音を響かせつつ、蓬莱人形が優しく上海人形を抱き締めて
その耳元でゆっくりと囁いた。


「ホラーイ(上海人形……私はマスターの恋の行く末が心配なんだよ。
さっきも言ったがよりにもよって博麗霊夢、流石に相手が悪すぎる。
何もわざわざマスターが恋に破れて悲しむ姿を見たくは無いだろう?
……それに、あいにくマスターは思い出だけで生きていけるほど無神経ではない。
むしろ叶わなかった愛の想い出がマスターを苦しめてしまう事になるかも知れないんだ。
最初に私が言った『思い出は枷の様な物』とはつまりこういう事なんだ。
そうならない為に微力ながら私達がお手伝いして差し上げようと、ただそれだけの事だろう?
それに、これは言うなればマスターがお休みになられる前にベッドを整えて寝巻きを用意したり
お食事をとる際に食器やお飲み物を準備して差し上げるのと本質的には変わらないんだぞ?
そう考えれば何を悩む事がある、とても素敵な思いやりであり小さな親切皆でニコニコでは無いか)」

「シャンハーイ(うう……ぐすっ……ひっく……だ、だけど……あぅ……
わたし、うそついちゃった……ま、マスターに……うそ……ふ、ふぇ……)」

「ブブヅケー(何言ってはるの上海はん、私達は皆揃って一人前、あんたが居なきゃ始まらないやん?
ほら、もう泣く事あらへんから涙をふいて、明日はみんなで一緒にマスターの為に頑張りましょね?
永い人生、嘘なんて誰だって一回はつくんやから気にする事おまへん、マスターも許してくれはるって~)」

「シャンハーイ(ぐす……ほ、ほんと……う……そ……それなら……わたしも……が、がんばる……
あ、あした……ひっく……がんばって……それで、ちゃんとマスターにごめんなさいって言うから……ふぇ……)」


ツッコみ始めればいくらでもボロが出てきそうな無茶苦茶すぎる蓬莱人形のトンデモ理論だが、
精神に甚大なるダメージを負ってトゥラウマ発生一歩手前にある上海人形には
いつもの様に彼女達の凶行を止める力や気持ちはこれっぽっちも残っていない。
それどころか京人形の魂胆丸見えの甘い言葉にあっさりとひっかかって丸め込まれてしまった。
この瞬間、蓬莱人形の野望を阻止せんとする勇者がついに悪魔の囁きによって闇に堕ちたのだ。
そのおよそ考え得る限り最悪のシナリオの幕が上がった瞬間を満足そうに噛み締めて
蓬莱人形がばっと他の人形の方に向き直り、力の限りに声を張り上げて叫んだ。


「ホラーイ(それでは諸君!我等の作戦成功とマスターの悲恋成就を願って鬨の声を上げようではないか!
せぇぇぇ……のッ!!AェェェェM!!AェェェェェェェェMッッ!!AェェェェェェェェェェェェMゥゥッッ!!)」

「「「「「「(AェェェェェェェェェェェェェェェェェMゥゥゥゥゥゥッッ!!)」」」」」」

「(AェェェェェェェェェェェェMゥゥッッ!!)」

「「「「「「(AェェェェェェェェェェェェェェェェェMゥゥゥゥゥゥッッ!!)」」」」」」


歓喜と希望に沸くいわくつきの人形達。
そのとても楽しげで微笑ましく可愛らしい様はまさにお人形さん達の舞踏会。
会話の内容は果てし無く酷すぎるのだが、外に聞こえる言葉は「ホラーイ」だの
「ォルレアーン」だの「ビックベーン」だけなのでちっとも問題が無いどころか
プリティでファンタジックな妖精さん達の大合唱の様にも見えてむしろ好感触だ。
ちなみにAMとは「アリス・マーガトロイド」及び「アリスはM」という意味である。
しかもこれは「アホな」「魔理沙」と訳す事によって、アリスと犬猿の仲である
魔理沙に対する攻撃も同時に出来るという事でその道の専門家、
つまり早い話がアリス所有の人形達の間では絶賛されている。
ちなみに「アリス×魔理沙」とも読める事は華麗にスルーされているのは言うまでも無い。


…………かくしてヒトガタ達の夜は更けていった。
光の届かない戸棚の隅でちらちらと蠢く、まるで虚空の裂目の様な所から覗く目玉と
アリスの家、魔法の森、そして幻想郷を霧の様にぼんやりと包み込む
妖しげな気配には気付かないままに…………。





「アリスの為に健気に頑張る人形達って可愛くねぇ?」

その一心で書き始めたらこりゃまた大変あら不思議。
出来上がったのは何だか不気味な単なる文字の羅列。
御覧の通りどうにもこうにも八方破れな作品ですが
暇潰しのお供にでもして頂ければ幸いです。
c.n.v-Anthem
http://www.geocities.jp/cnv_anthem/
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コメント



0.3160簡易評価
12.無評価名前が無い程度の能力削除
上海かわいいよかわいいよ上海
26.50凪羅削除
とりあえず次回作を期待しつつ50点。

毎度あり得ない思考回路の蓬莱人形に健気に無駄な苦労しながら頑張る上海人形、それから妙に間違った方向に個性豊かな人形達は端から見てるととても面白いですね。

正直加わりたくないですが。
45.90名前が無い程度の能力削除
取り敢えず、倫敦が良すぎ。ビバ倫敦。
て言うか、ビバ倫敦って、ビバノンノとちょっと似てますよね。
似てませんか、そうですか。
続きも楽しみにさせていただきます。
47.無評価名前が無い程度の能力削除
ヌンチャク持った刑事を思い出しました。(クラシック曲のほうではなく)

じゃなくて上海がんばれ、がんばれ上海
57.100名前が無い程度の能力削除
蓬莱かわいいよ蓬莱