「これくらいでいいですね」
野菜(主に根菜)を風呂敷で包みまして、お土産の準備は完了っと。
「まだ夕方にもなってませんが、神社でお茶でも淹れてもらって、宴会までのんびりと待ってればいいですよね」
あの寂れた雰囲気の中で飲む緑茶は格別ですからね~。
さて、風呂敷を背負いましょうか。よいしょっと。ん~、ちょっと詰めすぎたかな?
それでは、ぼちぼち行くとしますか。
ん? ちょっと待てよ。
「……そういえば、わたしが育てた野菜って、人間に食べさせても平気なんでしょうか?」
成長速度を早めるために、結構『力』を注いでますし。……もしかして妖刀ならぬ妖野菜なんじゃあ?
う~ん。そういう言い方をすると、明らかに人体に悪そうですね。
「まあ、霊夢さんも含めて、宴会には人間の方も大勢来るようですし」
その人達に毒見してもらうことにしましょうか。
あの紅白や黒白な人やその知り合いが、たかが野菜くらいで死ぬことはないでしょうしね。たぶん。
< 東方清流譚 ~第二話~ >
蒼衣がそんな物騒ことを考えている頃。
昼過ぎの博麗神社では、人体実験候補壱号こと博麗霊夢が、
「れ~い~む~。終わったよ~」
結局、昨日ほっぽり出した境内の掃除を酔いどれ鬼娘にさせていた。
「ありがとう。相変わらず早いわね。ふぅ。やっぱり掃除をするってのは良いことだわ♪」
あんたは何もしてない! 萃香はそうツッコミたかったが、
霊夢にそんなことを言っても無駄だと分かっているので、とりあえず呑み込んでおく。
「そうだ。たまには、掃除を手伝ってくれたお礼に何かあげるのも悪くないわね」
「え? (霊夢がお礼!? そんなのありえないわ!)」
悲しいかな。どうやらこの巫女、周囲から『素直にお礼をくれる奴』とは思われてないようである。
口元に手を当て、いかにも『今考え中です』の仕草をする霊夢に対して身構える萃香。
そのまま睨み合う(?)こと十数秒。ついにこの均衡が崩される!
「……そうねえ。あんたには感謝の印として、境内に茣蓙を敷く義務を……って、萃香? どこ行ったのー?」
茣蓙の『ご』の字が出た瞬間。萃香は全反射神経を駆使し、文字通り、煙が強風に流されるが如き速さで霧散していた。
てか、霊夢さん。権利を通り越して義務ってのはいくらなんでも酷いんじゃあ?
「ちっ。逃げたか」
そう言って舌打ちする様は、どんなにひいき目に見ても巫女らしくなかった。(何を今更)
「全く、こういう会場の準備とかも幹事がやるべきだってのに。いつもいつも場所と日時だけ勝手に決めて……」
ぐちぐち言いつつも(めんどくさそうに)茣蓙を敷して回る。
なんだかんだ言いながら、宴会は楽しみなのかもしれない。
「まあ、こんな感じでいいわね。さて、みんなが来るまでお茶でも……」
「今日はちゃんと掃除したんですね。感心感心」
昨日に引き続き、今日も今日とて空から声。
一応言っておくが、境内を掃除したのはあくまで萃香である。
「蒼衣、登場の仕方がワンパターンよ」
「あれ? 日常に韻を踏んでみたんですけど。面白くありませんでした?」
蒼空に浮かぶは、でっかく膨れた緑色の風呂敷。もとい、蒼い少女。
「容赦なく言わせてもらうけど、全然面白くなかったわよ。芸人になるのはあきらめなさい」
「うぅ……。芸の道は厳しいです」
がっくりと項垂れながら、よろよろと地面に降り、
「それはさておき、これは約束のお土産です」
地に足がついた途端、にっこりと微笑んで、よっこらせと背負っていた物を
ドスンッ!
と、やたら重い音と共に地面に降ろした。
「……随分と持ってきたわねえ」
降ろした拍子に解けた風呂敷の中には、
ジャガイモやらニンジンやらカボチャやらその他の野菜が、優に二週間は暮らしていけるぐらいはあった。
「まあ、これからしょっちゅうここに来るつもりなので、その時のお賽銭代わりといったところです」
「だったら、その時その時で少しづつ持ってくればいいのに。まあ、とりあえず、ありがたくもらっておくわ。
……それにしても、こんだけの量を私一人で食べきれるかしら?」
無理すれば食べられないこともないだろうが、だからといって腹を壊しては元も子もない。
「大丈夫ですよ」
無駄に存在を誇示する野菜を前にして、ちっとばかしげんなりしている霊夢に、その元凶は微笑みかけて、
「地味に嫌がらせも兼ねてますから」
「オイ」
どうやら多すぎるという自覚はあったらしい。
ところで、無自覚な迷惑者と自覚ありまくりな迷惑者ではどっちが性質が悪いのだろうか?
「まあ、三割方冗談はさておき」
「七割は本気なのか」
「知り合いに御裾分けすればいいじゃないですか」
「……それはそれで面倒なのよ。あんたが直接配ってくれない?」
「面倒だから嫌です。言ったでしょう。地味に嫌がらせも兼ねている、と」
ころころ笑う蒼衣を冷たい目で睨みながら、「なんで私の周りにはまともな人間がいないかなあ?」と、
密かにため息をつく霊夢であった。
「まあ、宴会までまだ時間があるからお茶でも飲みましょ」
「ええ。元よりそのつもりです。ところで、これはどうします?」
指差す先には野菜の小山。
「そこに置いといて。どうせ配るんだから、仕舞ってもしょうがないし」
「分かりました」
「それじゃあ、とりあえず上がっ……」
そこまで言いかけて、凍りついたように止まる霊夢。
「どうしました?」
「ほんと、どうしたの霊夢?」
眉を寄せてに問いかけてくる二人。霊夢はぷるぷると震える手でその片方を指差し、
「ゆ、ゆ、ゆ」
「幽々子?」
「違う!」
「そういえば、幽々子さんは元気でやってます?」
「ええ。元気もいいとこ。相変わらず快眠快食で羨ましいわ」
不生相手に元気も何もない気がするが、二人の間では会話が通じてるので気にしない。
まあ、霊夢にとってもそんなことはどうでもいいわけで、そんなことよりも、
「紫! 何、勝手にお茶飲んでるのよ!」
そんなことよりも、いつのまにやら縁側に腰掛けて茶を飲んでいるスキマ妖怪のほうが問題なのだ。
「何を今更言ってるのかしら? ねえ?」
「ええ。さっきからずっといましたよね?」
同意を求める紫(むらさき)と、あっさり頷く蒼。
うん。仲良きことは美しきかな。
「さっきって、いつよ?」
「え~と、わたしが来てすぐ」
「気づいてたんなら教えなさいよ!」
ものすごい剣幕で食ってかかる霊夢。
その形相はまさしくジャック・ザ・ルドビレ。
「でも、人差し指を立てて『しー』ってポーズをとられたら、黙っているのが人情ってやつじゃありません?」
「うふふ。分かってくれて嬉しいわ」
「いえいえ。単にこうしたほうが面白そうだっただけですよ」
「こ、こいつらは……!」
友情全開。
微笑みあう二人に無重力が干渉する隙など無し。
「ところで、あなた誰?」
友情崩壊。
あまりの物言いに、何かにひびが入ると同時に、蒼衣の額に青筋が浮かぶ。
「おやあ~? しばらく会ってなかったとはいえ、それはないんじゃないですか?
それとも、年を取り過ぎで老人性痴呆にでもなりました?」
微笑みをひくつかせながらの挑発に、今度は紫のこめかみがひきつる。
「ほほほ。冗談が厳しいですわ」
「ふふふ。全然本気ですが、それがなにか?」
歪に笑う二人の間に一食触発の空気が流れる。
先に動いたのは紫!
「来なさい藍!」
突如、蒼衣の背後にスキマが生まれ、そこから彼女の式が飛び出す!
「そこの不届きな輩に口の利き方を教えてあげなさい!」
「はっ!」
飛び出した勢いそのまま、いや、さらに加速しつつ蒼衣との間合いを詰める!
迫りつつある危機にも動じず、蒼衣はゆっくりと振り向き、
「悪いが主の命により少々痛い目に……って、あなたは!?」
急に失速する藍。その隙を蒼衣は見逃さない。
「気づくのが遅すぎますよ」
振り向いた少女のその手には
「流符……
蒼く輝く一枚の札
……『大河咆哮』!!」
その名を宣言され、秘められた力が解放される!
「ちょ、ちょっと待……ぶッ!?」
スペルカードより生まれた蒼き奔流が藍を飲み込み、
「うわーーーーーーーッ!?」
そのまま、空の彼方に押し流した!
一方その頃、宴会場に向かう途中の亡霊主従は、
「あら?」
「どうしました? 幽々子様?」
「見て御覧なさい、妖夢。虹よ」
「あっ、ホントですね」
「綺麗ねえ……って、どうしたの? 浮かない顔して」
「いえ、その、どうもあの虹に同情を禁じえないと言いますか、近親感が沸くと言いますか……」
さすがは妖夢。伊達に大きな半幽霊が憑いてるわけではないらしい。
「それにしても、雨が降ったわけでもないのになんで虹が?」
「ああ、それはきっと狐の御蔭よ」
「狐? 狐の嫁入りのことですか? ですから、雨は降ってないと言ってるじゃ……」
「いやいや、妖夢」
従者の言葉を否定した主は楽しそうに、
「狐の涙よ」
本当に楽しそうに、そう言ったのだった。
場所は再び博麗神社。
狐を虹にした張本人はというと、
「う~ん。半里先くらいまで飛んだかな? いや、さすがにそれは無理ですか」
なんて、呑気なことをほざいていた。
「藍……ッ!」
自分が全幅の信頼を置いている式神がやられた。その事実に紫はギリと歯噛みする。
「さてと、次は……」
蒼衣も振り返り、紫と相対する。
再び緊迫した空気が境内を包む。
紅白の巫女が固唾を呑んで見つめる先に、互いに相手を見据える妖怪二匹。
先ほど先手をとったのは紫。今度はどちらが先に動くか?
永遠と一瞬の境界が曖昧になった時間の中、今度は二人同時に動いた!
「久しぶりね、蒼衣。元気そうで良かったわ」
「ええ。紫さんもお元気そうでなによりです」
ずるっ
「ちょっと待て、あんたら!」
あまり変わりように一旦こけたあと、素早く立ち上がってつっこむ紅白。
敵意を込めた視線で睨みあってた連中が、ころっと態度を変えて微笑みあってりゃあ、
霊夢じゃなくたって、そりゃつっこむ。
「何よ、霊夢? せっかく感動の再開シーンなのに」
「まあまあ、紫さん。とりあえず話だけでも聞きましょう」
なんか、とっても仲良さげな二人に色々と怒りを覚えつつも、ただ怒っても仕方がないので、
とりあえず蒼衣から問い詰めることに決定。即決行。
「さっきまでのは、いったいなんだったのよ?」
「えっと……」
しばし視線を泳がしたのち、首を傾げて、
「……茶番?」
「茶番ね」
何故か疑問系の答えに頷く紫。
その茶番で空の彼方に飛ばされた藍のことなぞ、まるでどうでもいいといった様子である。
ああ、哀れなり。
「まったく、そんなことであの狐をいじめないで欲しいわね」
そんな非道二人に抗議する霊夢。
もし藍が聞いてたら、力強い味方に喜んだであろうが、ここにはいないので無意味。
ifを語るのは空しいことなのだ。
「おかげで、ていのいい労働力一人減ったじゃない」
前言撤回。あんたら全員非道だ。
「宴会が終わる頃には帰ってきますよ。きっと」
「そして、後片付けを任せるのね」
ふらふらになって帰ってくるであろう藍に対する仕打ちは決まったようである。あまりにも酷すぎる。
ちなみに、話題の人物は「……絶対わざとだ……二人とも絶対わざとだ……」とうわ言のように呟きながら、
その辺に落ちてた長い枝を杖代わりに、ぼろぼろの体を支えながらよろよろと博麗神社に向かっている途中である。
とりあえず言わせてもらおう。まあ、がんばれ。
「それならいいわ。さ、お茶でも飲みましょ」
神社と自分に被害がなければそれで良し。短い人生、呑気に過ごすのが一番である。
「さて、まずはお湯を沸かさないと……」
「その必要はないわよ」
台所に向かおうとした霊夢を紫は押しとどめて、
「蒼衣、久しぶりに『アレ』をやってくれないかしら?」
「『アレ』ですか? まあ、別にいいですけど。霊夢さん、ここの飲み水ってどこにあります」
霊夢は全く話の見当がつかなかったが、とりあえず水の在り処を教えればいいらしい。
「水ならそこの井戸から汲んでるけど、それがどうしたの?」
「こうするんですよっと」
蒼衣が井戸に手を向ける。すると、井戸から水が吹き上がり、その一部がこちらに飛んできて、
ちょうど、蒼衣の手の前で静止した。
「ん」
人差し指を立て、くるくると円を描く。その上で、つられるように水も輪となって回り始める。
「ふっ」
もう片方の手で握り拳を作り、それをぱっと開くと同時に炎が生まれ、水の輪を包み込む。
燃え盛る赤の中で回転する水環。それはちょっとしたスペクタクルであった。
そのまま、待つこと数十秒。
「このくらいでいいですね」
そう言うやいなや炎が掻き消える。それを確認した紫は急須のふたを開けて、
「よっ」
回していた指を一振り、熱湯が蒼衣の元から離れて、寸分違わず急須の中に納まる。
「はい。ご苦労様」
ふたをして、労いの言葉を送る紫。
「なんていうか、すごいわね」
さすがの、霊夢も感心しているようである。
「でもこれ、見た目の割りに効率が悪すぎるんですよ。やかんに水を入れたほうがどれほど早いやら」
今のはどうやら観賞専用らしい。
「ところで、今のがあんたの能力?」
「ええ、そうですが。それが何か?」
「昨日言ってた『農作物を育てる程度』ってのはやっぱり嘘?」
そう。農作物を育てる能力なんかで、魔理沙のマスタースパーク跳ね返したり、さっきのような芸当ができるわけがない。
「全くの嘘ってわけじゃないですよ。わたしの能力を利用すれば、植物を育てることもできますから」
「で、そのあんたの能力ってのはいったいなに?」
「さあ、なんでしょう?」
微笑を崩さないまま、なおも焦らす蒼衣に霊夢が怒りを覚え始めたその時、
「もう、蒼衣ったら、もったいぶらずに『流れを操る程度の能力』って言えばいいじゃない」
隣で我関せずと、いつのまにやら茶をすすっていた紫があっさりばらした。
「あーっ! 酷いですよ、紫さん。もうちょっと焦らしたほうが楽しいんですから」
「駄目よ。霊夢をからかうのは私の専売特許だから」
「あんたらは人をおもちゃにするな!」
ガイン! ゴイン!
怒号一喝! 放たれた二つ湯飲みは見事、額に命中する。
「……い、痛ひ……」
「霊夢……暴力はいけないと思うわ」
そう言いつつも、しっかりと湯飲みをキャッチしているので、結構余裕があると霊夢は判断した。
「で、『流れを操る程度の能力』ってどういうこと?」
「え~とですねえ。例えば清らかな水の流れ。例えば吹き荒れる風の流れ。例えば美しき弾の流れ。
そういう様々な物事の流れを操る力ということです」
あ、時間の流れは無理です。と、涙目で額をさすりつつ補足する。
「へえ。じゃあ、魔理沙のマスタースパークを跳ね返したのもその力?」
「ますたーすぱーく? ああ、あのぶっといレーザーですか? ええ、そうですよ。
まあ、跳ね返したと言うより、流れの向きを逆にしたんですけどね」
「それって、反則くさくない?」
「いえ、逆流できるものにも限度がありますから。あれを返すのだって、実はいっぱいいっぱいでしたし」
そう言って苦笑し、お茶をすすって一息つく。
その様子に霊夢は疑問を覚えた。
「(あれ? 誰も急須に触ってないのに……?)」
種を明かせば、なんてことはない。急須の中のお茶の流れを操って自分の湯飲みに注いだのだ。
なんとも無駄な能力の使い方である。
「ふぅ。……さて、のんびりできるのはここまでのようですね」
「どういうこと?」
「言ったでしょう。蒼衣の能力は流れを操ることだって。だから、この娘には色々な物の流れが分かるのよ。
例えば……
「おーーーーーい! れーいーむーーーー!」
……人の流れとかもね」
「なるほどね。さて、宴会に出す料理の準備でもするか」
「あ、手伝いますよ」
「二人とも頑張ってね~(はぁと)」
「あんたもなんか手伝え」
「あん。引っ張っちゃいや~」
そのあとは色々とあった。
幽々子が蒼衣の顔を見るなり、「久しぶり~」と言って、友人二人を驚かせたり。
(二人とも、幽々子は絶対忘れていると思っていた)
妖夢がいつもの三倍ほど弄られたり。(南無)
蒼衣の水芸(?)が割りと好評だったり。
やっとの思いで戻ってきた藍が、仲良く飲み交わす主人とその友人を見て、
「ああ、やっぱり」と、げんなりしたり。
宴が終わった後、「体調に変化はありませんか?」と聞いて回る蒼衣にみんなが首を傾げたり。
萃香に加えて、片付けに役立つ能力を持った人材が一人増えたり。
まあ、とにかく、こうして幻想郷に愉快な仲間が、また一人増えたのだった。
つづく
でも 最後の一文で折角のオリキャラが浮いてしまったような。
せっかくうまく溶け込ませてあったのに(´Д`;
三人称の文体で登場人物にツッコミを入れるのとかなんか納得いかない