思えば、ずっと昔っからアイツに恋をしていたのかも知れない。
でも、そんな思いは降っていても気が付かない程度の霧雨みたいなもので、上がってから、あぁ降っていたんだなって気が付いた。
いずれにしたって、アイツを好きになるなんて事は、恋に恋するか、夢の中で夢を見るくらいに愚かなことだった。
博麗霊夢。何にも縛られず、在るがままに。
特別など何処にも無く。自然以外の何かを、本当の意味で受け入れることなど無く。
受け入れられることが無いのなら、せめてお前に飲み込まれたかった―
しんしんと、霧雨が降っていた。
濡れて帰るのはなんか面倒だな。止むまで何か話しでもしてるか。
その時、魔理沙はそう思った。
本当に、ただ軽い話をするつもりだった。何かに踏み込むつもりなど無かった。いや、踏み込める機会があるのなら、迷わず踏み込んでいっただろう、それは本心だ。けれど、その時そんなつもりは無かった。
結局、分かったことは、踏み込もうと思ったって、決してそれは踏み込むことなんて出来やしない、そんな事実だけだった。
知ったところで、どうにもならないことがあるなんて知っていた。踏み入った所で、出来ることが何も無いこともあるなんてことも知っていた。
でも、踏み込むことすら出来ない、そんなものに対してはどうすればいい? 足掻くことさえ出来ない。
「なら、知らないほうが良かったって…? そんなわけ…ないさ」
こつん、と家の窓に魔理沙は額をぶつけた。
部屋には乱雑に散らばった研究道具。
こんな日は、研究なんて上手く行かない。窓の外には霧雨。
「形が変わったところで何も変わらない…。分かるよ、だけど。私達は、霧雨で、博麗である前に、人間なんじゃないのか…」
悲痛に呟く、その声は誰に耳にも届かない。鉛のように重い霧雨は、言葉だけでなく、心さえ沈めていく。
名は体を現す。言葉には霊が宿り、力をもたらし、言霊と成る。
神社なのだから、そこには神の祝福とか、そんなのがあるのだと思っていた。
「だってのに『魄霊』だって…。あれじゃまるで…呪いじゃないかっ!」
家の外にまで漏れ出る声。
けれど、暗雲一つでも消えることなど当然無く、降る雨も勢いを弱めることも無ければ、強めることも無い。
ただ、その声が言霊になったのか、室内に幾雫もの雨が降る。
瞳からそれは溢れ出し、零れ、床を濡らした。まるで、雨のように。
「なぁ霊夢。お前はさ、なりたいものとかってあるか?」
自身の姓、霧雨。それを見て感傷的にでもなったのか、口をついて出てきたのはそんな言葉だった。
言葉を受けて、神社の縁側で、雨の降る空を見上げたり、顔を下ろしては緑茶を啜っていた霊夢が声に反応して振り向く。
「魔理沙って、時々変なことを言うわよね」
二人の距離は、互いに手をちょっと伸ばせば届く程度。故に、言葉は霧雨程度に消されることは無く、はっきりと近く聞こえる。
「私は今、何か変なこと言ったか?」
顎に手を当てて、魔理沙は真剣に考えてしまうが、そんな様子を見ても霊夢は、何、本当に分からないの? という顔をしてから。
「生まれた時からずっと、私は私よ。既に私であるのに、他の何かになる必要なんてないし、なれるわけないじゃない」
事無げに、あっけらかんと言った。
「むー、深いですな。巫女殿」
神妙ぶって言うが、魔理沙の顔には、全く持って意味がわかりません、と書かれている。
「深くも何とも無いと思うけれどね」
表情も口調も変えること無く言って、霊夢は立ち上がる。
「例えば、この霧雨」
「うむ、紛う事なき霧雨だな。私ではないぞ」
「はいはい」
半ば呆れながらも、霊夢は続ける。
「これが豪雨だったり、雹だったりしたところで、結局同じものじゃない」
「何も変わりませんか」
「変わらないでしょ?」
確かに元が何なのか、という点については変わらない気は魔理沙もした。しかし、そんな風に言い切れてしまうものなのかと思った。
霊夢に疑問の表情は無く。手を伸ばせば届く距離だというのに、なんて遠いのだろうかと魔理沙は感じる。
「じゃあ、霊夢は今、一体何者なんだ?」
また「私」、とでも当然のように返されると思っていた。けれど、霊夢は真面目な顔で、声で返してきた。
「私は霊夢。博麗。博麗霊夢。そして巫女よ。けれど、名前すら私には意味を為さない。いえ、むしろその名があらゆる縛り付けを撥ね付ける。私は私でしかいられない」
「言っている意味がわからないぜ」
「魄に霊と書いて、『はくれい』と読むことは知ってる?」
「魄に霊だって?」
「そう。意味は『魂』。霊である場合もあるわね。つまりは、博麗と私の名の霊という字は同じこと。二乗させて意味を上乗せでもしてるのかしらね。その辺はよく分からないけれど、どっちにしろ魂が見る夢、みたいな感じよ。何をしたところで魂の形は変わらない。私は生まれながらにして、博麗霊夢であることしか在り得ない。変わらぬ魂だけを抱いて、幻想郷という夢を見るだけ」
ゆっくりと数歩、魔理沙から離れるように歩き、くるりと廻る。そうしたら、また数歩、今度は魔理沙に近づくように歩いた。いつも空ばかり見るその顔を俯かせ、足元を見ながら。
歩く度、木の板で作られた廊下がきしきしと定められたリズムで音を上げる。くるりと廻る度、静かに、流れるように巫女服の裾がふわりと踊った。
鈴も、剣も、榊も笹もその手にありはしない。けれど、それは間違いなく、小さな小さな神楽、巫女舞であった。
そんな風にしながら、霊夢は喋った。淡々と、何の執着も無いように。水が流れるように、上から下へ水が落ちるように、空から雨が降るように。当たり前のように。
「それは…どうにもならないのか?」
夢を見るだけ。何もその手には掴めないということ。いや、そもそも魂だけだという彼女は、何かを掴もうとすら思わないだろう。
それじゃあまるで、生きているのに死んでいるみたいじゃないかよ…。
胸中で呟き、自身のその言葉に魔理沙は胸が刺された。
「何で、魔理沙がそんな顔をしているのか分からないけど、別にどうにかする必要もないでしょ」
悲しそうな顔をする魔理沙に、僅かに笑って見せて、言葉と巫女舞を終わらせた。
気が付けば、霧雨は止んでいた。
「そう…だな」
帽子を普段より深く被り直し、箒を手に取る。
「じゃあ、帰る。またな、霊夢」
「えぇ、またね」
微笑して、いつものように。感情をすぐ顔に出す、そんな霊夢がそこにいた。けれど、それをまともに見れない。
楽しければ笑う。皮肉には皮肉を返し、顔を歪ませる。間違いなく、博麗霊夢という少女がそこに生きづいている。
なのに、霊夢のあの言い方じゃ、生きているのに自分という人間が居ないみたいじゃないか。
ただ距離が遠いのだと思っていた。遠いから実像が見えぬのだと思っていた。けれど、そうではなかった。初めから、距離の問題などではなかった。
霊夢は、この世界に存在する夢で、幻だった。実体があるのに掴めない。居るのに居ない、あるのに無い、そんな存在だった。
それが、博麗という祝福の名だった。
風とは別に何かを切り裂くように、魔理沙は箒を持てる最大の力で走らせ家へ帰った。
それは、何にも縛られないではなく、実体があるというのに、何も縛ることが出来ないということ。
肉体があり、魂が在るのに、生きているのではなく、ただ生きているという事。
何も隔てることは無く、受け入れることも無く。
「それじゃあ、まるで最初から居ないのと同じみたいじゃないか…」
それでは呪いだ。言霊なんていうものじゃない。魂に刻み込まれた呪いだ。家を、名を、言葉を捨てたところでどうにかなるレベルのものではない。魂に刻み込まれたそれは、魂を捨てなければ消える事などは無い。
そして、魂を捨てるとは、文字通り居なくなることを指し示す。
つまり、彼女は生を受けたその瞬間から、死に抱かれるまで、いや、その後もずっとそう在り続けるということ。
悲しいなどとは思わないだろう、辛いとも思わないだろう。魄が常に、自身は博麗霊夢であると言い続けるのだから。それを受け入れているのだから。
「何かに怯えているみたいに見えるわ、魔理沙」
魔道書を読み漁り、失われたはずの解呪の法を世界各地を巡り探し回り、神社に寄り付かなくなった私を心配でもしたのか、ある日尋ねてきた霊夢が言った言葉だ。
「怯えてるか…そうか」
馬鹿みたいだと思った。
霊夢が遠くへ行くのだと思っていた。距離など無かったのだと、思い知らされたはずだったのに。それなのに、離れて行ってしまうような、そんな気がしていた。それに怯えていた。
何をしようと、どんな足掻こうと、離れることも近づくことも有りえ何てしないのに!
「クソっ!!」
テーブルを力任せに殴りつけた。
使い込まれてはいても、手入れなどされていない、そのテーブルのささくれだった木が刺さり、血が出る。薬品の入ったビーカーが倒れる、落ちる、割れて異臭を放つ。
「ちょっ、ちょっと魔理沙! 何してるの!?」
「無い、無いッ! 無い無い無い無い無いッ!!! どこにも無いッ!!!! どうしようも無いッ!!!!」
慌てて霊夢は、部屋の窓を全開にして周る。どんな薬品かは分からないが、空気に触れたことによって、有害なものに変化する可能性があると思ったからだろう。
「何をそんなにささくれだっているのよ?」
えいっ、と言いながら刺さった細い木を引っこ抜く。私に声を掛けながら、自分の手で、私の手を包み込む。
暖かい。確かに、博麗霊夢はここに居る。生きている。
けれど、何にも縛られぬように、その魂は縛られている。
それを解呪する方法なんて何処にも無くて。神の呪いとでも思うような祝福を、無くす方法なんてあるはず無くて。仮にあったとしても、そんなもの人の身で行使することなど出来るはずも無いことなんて、簡単に理解出来てしまって。
離れることなんて無い。近づくことも無い。
なんて優しくて、甘い 悪夢だろう お前は
霊夢。
私は、その胸に抱かれて泣いて、そして夢に落ちた。
霊夢という、夢の中に――
でも、そんな思いは降っていても気が付かない程度の霧雨みたいなもので、上がってから、あぁ降っていたんだなって気が付いた。
いずれにしたって、アイツを好きになるなんて事は、恋に恋するか、夢の中で夢を見るくらいに愚かなことだった。
博麗霊夢。何にも縛られず、在るがままに。
特別など何処にも無く。自然以外の何かを、本当の意味で受け入れることなど無く。
受け入れられることが無いのなら、せめてお前に飲み込まれたかった―
しんしんと、霧雨が降っていた。
濡れて帰るのはなんか面倒だな。止むまで何か話しでもしてるか。
その時、魔理沙はそう思った。
本当に、ただ軽い話をするつもりだった。何かに踏み込むつもりなど無かった。いや、踏み込める機会があるのなら、迷わず踏み込んでいっただろう、それは本心だ。けれど、その時そんなつもりは無かった。
結局、分かったことは、踏み込もうと思ったって、決してそれは踏み込むことなんて出来やしない、そんな事実だけだった。
知ったところで、どうにもならないことがあるなんて知っていた。踏み入った所で、出来ることが何も無いこともあるなんてことも知っていた。
でも、踏み込むことすら出来ない、そんなものに対してはどうすればいい? 足掻くことさえ出来ない。
「なら、知らないほうが良かったって…? そんなわけ…ないさ」
こつん、と家の窓に魔理沙は額をぶつけた。
部屋には乱雑に散らばった研究道具。
こんな日は、研究なんて上手く行かない。窓の外には霧雨。
「形が変わったところで何も変わらない…。分かるよ、だけど。私達は、霧雨で、博麗である前に、人間なんじゃないのか…」
悲痛に呟く、その声は誰に耳にも届かない。鉛のように重い霧雨は、言葉だけでなく、心さえ沈めていく。
名は体を現す。言葉には霊が宿り、力をもたらし、言霊と成る。
神社なのだから、そこには神の祝福とか、そんなのがあるのだと思っていた。
「だってのに『魄霊』だって…。あれじゃまるで…呪いじゃないかっ!」
家の外にまで漏れ出る声。
けれど、暗雲一つでも消えることなど当然無く、降る雨も勢いを弱めることも無ければ、強めることも無い。
ただ、その声が言霊になったのか、室内に幾雫もの雨が降る。
瞳からそれは溢れ出し、零れ、床を濡らした。まるで、雨のように。
「なぁ霊夢。お前はさ、なりたいものとかってあるか?」
自身の姓、霧雨。それを見て感傷的にでもなったのか、口をついて出てきたのはそんな言葉だった。
言葉を受けて、神社の縁側で、雨の降る空を見上げたり、顔を下ろしては緑茶を啜っていた霊夢が声に反応して振り向く。
「魔理沙って、時々変なことを言うわよね」
二人の距離は、互いに手をちょっと伸ばせば届く程度。故に、言葉は霧雨程度に消されることは無く、はっきりと近く聞こえる。
「私は今、何か変なこと言ったか?」
顎に手を当てて、魔理沙は真剣に考えてしまうが、そんな様子を見ても霊夢は、何、本当に分からないの? という顔をしてから。
「生まれた時からずっと、私は私よ。既に私であるのに、他の何かになる必要なんてないし、なれるわけないじゃない」
事無げに、あっけらかんと言った。
「むー、深いですな。巫女殿」
神妙ぶって言うが、魔理沙の顔には、全く持って意味がわかりません、と書かれている。
「深くも何とも無いと思うけれどね」
表情も口調も変えること無く言って、霊夢は立ち上がる。
「例えば、この霧雨」
「うむ、紛う事なき霧雨だな。私ではないぞ」
「はいはい」
半ば呆れながらも、霊夢は続ける。
「これが豪雨だったり、雹だったりしたところで、結局同じものじゃない」
「何も変わりませんか」
「変わらないでしょ?」
確かに元が何なのか、という点については変わらない気は魔理沙もした。しかし、そんな風に言い切れてしまうものなのかと思った。
霊夢に疑問の表情は無く。手を伸ばせば届く距離だというのに、なんて遠いのだろうかと魔理沙は感じる。
「じゃあ、霊夢は今、一体何者なんだ?」
また「私」、とでも当然のように返されると思っていた。けれど、霊夢は真面目な顔で、声で返してきた。
「私は霊夢。博麗。博麗霊夢。そして巫女よ。けれど、名前すら私には意味を為さない。いえ、むしろその名があらゆる縛り付けを撥ね付ける。私は私でしかいられない」
「言っている意味がわからないぜ」
「魄に霊と書いて、『はくれい』と読むことは知ってる?」
「魄に霊だって?」
「そう。意味は『魂』。霊である場合もあるわね。つまりは、博麗と私の名の霊という字は同じこと。二乗させて意味を上乗せでもしてるのかしらね。その辺はよく分からないけれど、どっちにしろ魂が見る夢、みたいな感じよ。何をしたところで魂の形は変わらない。私は生まれながらにして、博麗霊夢であることしか在り得ない。変わらぬ魂だけを抱いて、幻想郷という夢を見るだけ」
ゆっくりと数歩、魔理沙から離れるように歩き、くるりと廻る。そうしたら、また数歩、今度は魔理沙に近づくように歩いた。いつも空ばかり見るその顔を俯かせ、足元を見ながら。
歩く度、木の板で作られた廊下がきしきしと定められたリズムで音を上げる。くるりと廻る度、静かに、流れるように巫女服の裾がふわりと踊った。
鈴も、剣も、榊も笹もその手にありはしない。けれど、それは間違いなく、小さな小さな神楽、巫女舞であった。
そんな風にしながら、霊夢は喋った。淡々と、何の執着も無いように。水が流れるように、上から下へ水が落ちるように、空から雨が降るように。当たり前のように。
「それは…どうにもならないのか?」
夢を見るだけ。何もその手には掴めないということ。いや、そもそも魂だけだという彼女は、何かを掴もうとすら思わないだろう。
それじゃあまるで、生きているのに死んでいるみたいじゃないかよ…。
胸中で呟き、自身のその言葉に魔理沙は胸が刺された。
「何で、魔理沙がそんな顔をしているのか分からないけど、別にどうにかする必要もないでしょ」
悲しそうな顔をする魔理沙に、僅かに笑って見せて、言葉と巫女舞を終わらせた。
気が付けば、霧雨は止んでいた。
「そう…だな」
帽子を普段より深く被り直し、箒を手に取る。
「じゃあ、帰る。またな、霊夢」
「えぇ、またね」
微笑して、いつものように。感情をすぐ顔に出す、そんな霊夢がそこにいた。けれど、それをまともに見れない。
楽しければ笑う。皮肉には皮肉を返し、顔を歪ませる。間違いなく、博麗霊夢という少女がそこに生きづいている。
なのに、霊夢のあの言い方じゃ、生きているのに自分という人間が居ないみたいじゃないか。
ただ距離が遠いのだと思っていた。遠いから実像が見えぬのだと思っていた。けれど、そうではなかった。初めから、距離の問題などではなかった。
霊夢は、この世界に存在する夢で、幻だった。実体があるのに掴めない。居るのに居ない、あるのに無い、そんな存在だった。
それが、博麗という祝福の名だった。
風とは別に何かを切り裂くように、魔理沙は箒を持てる最大の力で走らせ家へ帰った。
それは、何にも縛られないではなく、実体があるというのに、何も縛ることが出来ないということ。
肉体があり、魂が在るのに、生きているのではなく、ただ生きているという事。
何も隔てることは無く、受け入れることも無く。
「それじゃあ、まるで最初から居ないのと同じみたいじゃないか…」
それでは呪いだ。言霊なんていうものじゃない。魂に刻み込まれた呪いだ。家を、名を、言葉を捨てたところでどうにかなるレベルのものではない。魂に刻み込まれたそれは、魂を捨てなければ消える事などは無い。
そして、魂を捨てるとは、文字通り居なくなることを指し示す。
つまり、彼女は生を受けたその瞬間から、死に抱かれるまで、いや、その後もずっとそう在り続けるということ。
悲しいなどとは思わないだろう、辛いとも思わないだろう。魄が常に、自身は博麗霊夢であると言い続けるのだから。それを受け入れているのだから。
「何かに怯えているみたいに見えるわ、魔理沙」
魔道書を読み漁り、失われたはずの解呪の法を世界各地を巡り探し回り、神社に寄り付かなくなった私を心配でもしたのか、ある日尋ねてきた霊夢が言った言葉だ。
「怯えてるか…そうか」
馬鹿みたいだと思った。
霊夢が遠くへ行くのだと思っていた。距離など無かったのだと、思い知らされたはずだったのに。それなのに、離れて行ってしまうような、そんな気がしていた。それに怯えていた。
何をしようと、どんな足掻こうと、離れることも近づくことも有りえ何てしないのに!
「クソっ!!」
テーブルを力任せに殴りつけた。
使い込まれてはいても、手入れなどされていない、そのテーブルのささくれだった木が刺さり、血が出る。薬品の入ったビーカーが倒れる、落ちる、割れて異臭を放つ。
「ちょっ、ちょっと魔理沙! 何してるの!?」
「無い、無いッ! 無い無い無い無い無いッ!!! どこにも無いッ!!!! どうしようも無いッ!!!!」
慌てて霊夢は、部屋の窓を全開にして周る。どんな薬品かは分からないが、空気に触れたことによって、有害なものに変化する可能性があると思ったからだろう。
「何をそんなにささくれだっているのよ?」
えいっ、と言いながら刺さった細い木を引っこ抜く。私に声を掛けながら、自分の手で、私の手を包み込む。
暖かい。確かに、博麗霊夢はここに居る。生きている。
けれど、何にも縛られぬように、その魂は縛られている。
それを解呪する方法なんて何処にも無くて。神の呪いとでも思うような祝福を、無くす方法なんてあるはず無くて。仮にあったとしても、そんなもの人の身で行使することなど出来るはずも無いことなんて、簡単に理解出来てしまって。
離れることなんて無い。近づくことも無い。
なんて優しくて、甘い 悪夢だろう お前は
霊夢。
私は、その胸に抱かれて泣いて、そして夢に落ちた。
霊夢という、夢の中に――
その矛盾をつきつめれば魔理沙なら平気なのでは・・・!?
頑張れ魔理沙! 夢に落ちてる場合じゃない!
とか思いました。 的外れ?
人である前に博麗霊夢という巫女、とも取れるか。
うーん、なんとなく分かってはいるんだけど、それを言語化出来ないもどかしさ。