Coolier - 新生・東方創想話

狐の出稼ぎ・前編

2005/05/14 10:25:24
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「うーん…」

マヨヒガの八雲家。
その居間にて、帳面を睨んで唸る妖弧があった。
彼女が睨んでいるのは家計簿。
そこに記された文字は真っ黒。

「どうしたもんかな」

赤字などは全く無い。
八雲家の家計は、基本的に右肩上がりである。
しかし、藍は気に入らない所が一つ、ある。

「いつまでも狩猟生活じゃなぁ」

ここである。
八雲一家の収入源は、紫の隙間の漂流物や香霖堂との物々交換。
その収入は常にランダムで安定していない。

「このままではいかん…」

藍が心配するのは橙への影響である。
人間の中での暮らしが長かった藍。
彼女は人間と妖怪の生き方の長所と短所をよく知っていた。
橙にはそれを理解したうえで、なるべく幸せになってもらいたい。

「紫様と相談するか」

根は真面目な藍と、根は胡散臭い紫では、橙への教育方針はだいぶ異なる。
だからこそ、二人は常にお互いに相談し、一家のアイドル育成に勤めてきた。
性格の異なる主従だが、親馬鹿なのは決定的に共通している二人だった。
藍は立ち上がり、紫の部屋へ向かう。

「起きてる……はずが無いか」

紫の部屋。
例によって例のごとく眠っていた紫にため息を吐く藍。
一応揺すってみるものの全く反応が無い。

「仕方ないな……御免!!」

そう言いながらも、微塵も躊躇を見せない藍の速攻。
掛け布団を剥ぎ、敷布団から紫を転がして庭に干す。
戻ってきてまだ寝てる紫の鳩尾に軽く体重を乗せてやるのが紫様離床のコツである。

「おはようございます。愛する我が主、紫様」
「ぐっごふっ」

にっこり笑って挨拶する藍。
紫の返答は無い。
蹲って咳き込みながらプルプルしている紫は、藍の嗜虐心を刺激してやまない。

「おや? まだお目覚めになられない? どれ、もう一度…」
「ちょっ! 待ちなさい!! これ以上されたら死ぬから」
「私の紫様は、起きたらちゃんと『おはよう』という方ですよ」
「おはよう藍!! これでいい!?」
「はい。おはようございます、紫様」

まぶしい笑顔の藍。
なにやら必死の紫。

「あー…痛かった」
「さっさと起きないのが悪いんですよ」
「いくらなんでも、主人を足蹴にするなんてやりすぎだと思わない?」
「そんなこといってたら日が暮れますよ。私も暇じゃないんです」
「はぁ…。いつからこんな娘になったのかしら……」
「いつから? 紫様が揺すっても叩いても起きなくなってからですよ。決まってるじゃないですか」
「……」

これは事実なので言い返せない。
昔は普通に起こされていたのだ。

「昔の貴女はよかったわ…」
「昔?」
「そう。まるで陶器人形みたいに可愛……」

言って、紫は思い出す。
初めて藍にあった頃。
当時の藍は……

「……そうね。貴女は丸くなったのかもしれないわ」
「でしょう? 紫様。暴力の時代は終わったんです」

未だに痛む鳩尾を擦りながら、藍の戯言を聞く紫。

(用があるから起こされたのよね。それ聞いたら弾幕結界に放り込む……)
「ところで、何かあったの?」
「まずは着替えて居間に。話はそれからです」
「……私、何かしたかしら」
「は?」
「いえ、無いならいいのよ」

微妙に弱気な紫。
藍に説教されそうなネタには事欠かない上に、正直前科が多すぎる。
ついこの間も、幽々子と宴会した時にゴミを隙間に捨ててきた。
何処に流れ着くか分からないので、藍に禁止されているのだが。

「橙のことです。それと、我が家のこれからについて」
「ああ、そう…分かったわ」
(貴女にこれからは無いのよ。橙は私に任せて、夢と幻に抱かれて影に戯れてらっしゃいな……)

ようやく紫に笑みが浮かぶ。
何処と無く、禍々しい笑みが。
それに気付いているのかいないのか。
何時もどおりに応対する藍。

「それでは、先に行ってますので」
「はーい」

藍の背を、若干の殺意を込めて見つめる紫。
しかし藍は扉の所で立ち止まり、切り札を切った。

「そういえば紫様…」
「何かしら?」
「この間の宴のゴミですけどね…」
「!?」
「霊夢のところに行ったそうですよ…」

紫の背筋に冷たい汗が滴る。
いつの間にか肩越しに振り向いている藍。
その瞳は深紅に染まり、口から吐く息は狐火が漏れている。

「何かの間違いじゃない? 萃香が萃めたゴミかもしれないじゃない」
「ゴミの中に妖夢の半霊が混ざってたんですよ」
「……」
「切れた霊夢から、散々苦情と幾ばくかの弾幕をプレゼントされましたよ。寝てた人は知らないでしょうがね」
(やばぃ…)
「その話も後ほどじっくりと。逃げても必ず連れ戻しますので御覚悟を」

藍が立ち去り、紫一人が部屋に残る。
そこには自分の未来を悲嘆し、滂沱の涙を流す隙間妖怪の姿があった。



*   *   *



―――半刻後

紫色のドレスに、日傘を携え、完璧に化粧を施した紫が居間にやってきた。
その様子に、やや呆れる藍。
紫に化粧など無意味だと思う。
しかしこれは紫の趣味であり、そのスキルは超一流。
藍に言わせれば、これほど無駄な技はない。

「また、無駄な抵抗をなさってたんですね」
「何が無駄なのよ!」
「そのままの意味ですが…」
「これは女の嗜みなのよ」

あえて、誤解をさせる言い方で話す藍。

(やってもやらなくても美人なんだから、わざわざ時間を掛けなくてもいいだろうに)

絶対に、紫に直接は言ってやらない。
藍がどれだけ紫のことを慕っているか。
それは、藍本人だけが知っていればいいことだ。
少なくとも、藍はそう思っている。

「それにしても…」
「何です?」
「髪、伸びたわね」
「…? ああ、私ですか」

藍の髪は、背中にかかっている。
昨年、紫に伸ばすよう言われた為である。

「鬱陶しいんで、そろそろ切りたいんですが…」
「駄目よ。絶対駄目」
「いいじゃないですか。自分の髪をどうしたって」
「じゃあ、毎日ちゃんとお化粧する?」
「まっぴらです」

髪を伸ばす際の交換条件がこれだった。
毎日化粧をするか、髪を伸ばして紫に遊ばせるか。
藍は即座に後者を選んだ。
伸ばすだけなら、放っておけばいいと思ったからだ。
だが、

「結構手入れが大変なんですよ? まして尻尾もあるんですから」
「そのふかふかの尻尾は、我が家の家宝だから大事にしてね」
「不条理な…」
「それと、あなたの髪は私の大切な玩具だから、これも大事にすること」
「理不尽な…」
「手入れが大変なのは私も一緒よ? 貴女だけじゃないわ」

紫の髪も確かに長い。
しかしそれは本人が好きでしていることである。
藍の苦労は紫と違い、自分で買って出たものではないのだ。
それでも髪型を弄る時の紫が、あまりにも楽しそうなので、あまり強く出れない藍だった。

「まぁ、それは置くとして……」
「フ…、腹もくくって覚悟も決めた。何処からでも掛かってらっしゃい」
「…へぇ」
「……でも痛いのは勘弁して」
「その話は後でしましょう。今は橙のことです」

最初に説教が来ないというのは珍しい。

「橙がどうかしたの?」
「少し心配なことがあるんですよ」

そう藍が切り出した。
橙は今のところ、紫と藍が養っているが、いつかは自立するときが来る。
その際、橙の生き方の指標となるのは今の八雲家だろう。
しかし今、家では狩猟生活しかしていない。
このまま橙が成長すれば、橙は貨幣制度を知らぬままに大人になる可能性がある。
それは彼女の選択肢を狭めることになるのではないか。

「ふ…む。それで、どうしたいの?」

橙をずっと手元に置くという選択肢は、紫にもない。
橙にはいずれ、ここを巣立って幸せになった貰いたい。
そして出来るなら『八雲』を名乗って欲しくないとも思っている。
この名は、幻想郷の影の歴史そのものと言っていいほどに業が深い。
橙にはこんな物は必要ないというのが、二人に共通した想いだった。

「少し、貨幣を使うことのメリットを教えておこうかと」
「わざわざ人間が作ったシステムに馴れ合う必要があるかしら?」
「…それは、少し違います」

確かに、それは妖怪の価値観には合わないかもしれないが、知っていれば使える。
望んだものを自分だけで手に入れられればいいが、そうとは限らない。
しかし人の中の貨幣制度ならば、対価さえ払えば大抵のものは手に入る。
そのうえ、わざわざ争うことをしなくていい。
上手く利用すれば、橙がこれから生きていく上で犯すリスクを、大幅に減らせるだろう。

「そこでしばらく、通貨だけで橙を養ってみようと思いまして」
「なるほどねぇ」
「賛成していただけますか?」
「いいわよ。あてはあるの?」
「まぁ、あるにはあります…」
「何処?」
「…紅魔館」

そのとき、八雲家の気温は3度下がった。

「……何処で働くって?」
「いや、ですから……紅魔館で」

紫はたっぷり三秒ほど停止した。
そして、ようやく事態を飲み込んだらしい。
その顔がみるみるうちに青ざめる。

「駄目よ! 絶対に駄目!! いくらなんでもあんな所に大事な貴女をやるなんて……」
「ああ、紫様の愛を感じます」
「茶化さない。何も悪魔の館に行かなくても、働き口ならあるでしょう?」
「例えば?」
「あ……えっと…香霖堂?」
「あそこの常連は閑古鳥さんですよ」

人は来ても金を払うものなどいない。
それは客とは言わないだろう。
そんなところで人を雇う余裕があるか?
考え込む紫。
そういわれると、妖怪の働き口はそうそう無い。

「私も、いろいろ考えたんですけどね…。無いんですよ、他に」
「う」
「それに、妖怪の私がいきなり食料にされる事もないでしょうし」
「うう」
「とりあえず、行ってみようかと」
「ううう」

ひたすら困り顔で唸る紫。
藍の顔も、やや引き攣っている。

「流石に一人じゃ心配だわ…」
「ええ、私としては妖夢でもつれて行こうと思ってますけど」
「あの子を?」
「はい、あいつにもいい経験になるでしょうし」

まだいい顔をしない紫。
彼女が悪魔の館で藍の助けになるとは思えなかった。

「頼りになるの? あの子が」
「いや、あの子の家事能力はかなりの物ですよ」
「そんなことどうでもいいわ。戦力としてよ」
「…既に殺り合うことを前提として話してませんか?」
「違うというの?」
「だから、あくまで労働力を提供して、その代価を貰いに行くんですよ。そうそう物騒なことにはなりませんって」
「甘いわよ藍。あそこの悪魔は面白そうだというだけで、喧嘩を売ってくるわよ」
「そのときは、逃げますよ」

眉を潜める紫。
藍は紫や橙に対する危険には臆病な程の細心で事に当たる反面、自分に対する危機意識は存外低い。
傷を負っても死ななきゃいい、くらいの気でいる節もあるため、紫は案外気を使っている。

「じゃあ、それはいいとしてよ。幽々子が妖夢を貸すかしら?」
「そっちは大丈夫でしょう。ちゃんと、代わりを用意しますから」
「代わり?」
「ええ、ですがとりあえず、先に準備をしてしまいましょう」
「準備? 何かあるの?」

紫が言うと、藍は懐から書類を取り出す。

「必要なことは、殆どこっちで書きますから、紫様はこれにだけサインしてください」
「これは?」
「働くときに、身元保証人が必要な場合があるんですよ。私に不手際があった時、責任を取る人です」
「そんなモノがあるの? 理不尽ねぇ…」
「殆ど形式的なものですよ。紫様に私の詰め腹を切らすことはさせません」
「ならいいけど…」

紫は何処から取り出したのか、名前入りの判子を押す。
藍の顔に笑みが浮かぶ。
紫をして、不吉を感じさせる笑みを。

「何!? 何なの?」
「別に…はい、押しましたね……」
「押したけど…?」
「それ、身元保証人の証明じゃないんですよ」
「え?」
「譲渡契約書です」
「なぁ!?」
「文面はよく見て署名してくださいね」
「騙したのね、この雌狐!!」
「騙したとは人聞きの悪い。私は必要な場合がある、と言っただけです」

これがその証明だとは一言も言ってない。
紫曰く詐欺の論理。
藍曰く交渉術。
ああ、なんと悲しき価値観の相違。

「私を何処に売るつもりな訳?」
「なに、別に紅魔館に行けなんて言いませんよ。妖夢を借りる間、白玉楼で代わりをして貰うだけです」
「……なら、私と一緒に紅魔館行けばいいじゃない?」
「それは駄目です」

紫が紅い悪魔やその狗に顎で使われる。
そんなことは絶対にさせたくない藍だった。
これも本人には言わないことであるが。

「ああ、藍の愛を感じるわ」
「…茶化さないでください」

この二人の間で黙っていてもあまり意味はないかもしれない。

「橙も、この際白玉楼に置いて貰いましょう」
「そうね。霊夢の所の食費を増やすのも可哀想だし」
「……」

先日のゴミ騒動で霊夢の機嫌を損ねなければ、そっちを頼りたい藍だった。
いまさら言ってもしょうがないのだが。

「それでは、橙が帰ってきたら早速行きましょう」
「……ひょっとして、私あの庭掃除やるの?」
「当然です。偶には従者の苦労を知ってください」

それは半霊をゴミと一緒に捨てられた妖夢が、半泣きになって藍を頼ってきてから考えた、紫に対する罰だった。
紫は当然、あの無駄なまでに広い庭の全容を知っている。
あまりの作業量に呆然とする紫。
その瞳は、既に失われつつある睡眠時間という楽園を映していた……



*   *   *



翌日、藍といまいち事情の飲み込めない妖夢の姿が、紅魔館付近の森にあった。

「あの…藍殿」
「なんだ?」
「どうして、私がここにいるんです?」
「何度も説明したじゃないか」
「その度に聞き返してますけどね…」

それでも、妖夢は藍の言うことならついてくる。
口でどう言おうとも、妖夢はこのマイペースな姉貴分を全面的に信頼していた。

「せっかく紫様が反省して、お前の仕事を代わってくれたんだ。空いた時間は修行に当てないでどうする? 半人前」
「む、半人前は事実ですけど、どうしてそれが悪魔の館の下働きになるんですか?」

不満そうな妖夢。
彼女の中の修行と言うのは、剣のことしかないらしい。

「お前の中の世界ってさ…」
「はい?」
「冥界の中でも、白玉楼と、後は八雲周辺だけで固まってないか?」
「それは……」
「違うのか?」
「いえ…」
「だからさ。別の場所で別の者と触れ合い、お前と彼女らの価値観の違いを知ることが出来れば、それはお前にとって悪いことにはなるまいよ」
「……」

思わず黙り込む妖夢。
理屈では、藍の意見を是としている。
しかし、感情ではなかなか納得できない。
妖忌が居なくなってから、妖夢はまず藍を目指した。
その選択は正しかったと、今でも思っている。
そして、現状ではまだまだ藍に及ばない。
その自覚がある妖夢としては、直接的な鍛錬以外は回り道に見えるのだ。

「焦っているのか?」
「…そうかもしれません」
「背伸びしたって見える景色は変わらないよ」
「…はい」

やはり納得は出来ていないらしい。
無理もない、と藍は思う。
それは実際に背伸びして見なければ分からない類のことだろう。
今はいくらでも、好きなように無茶をすればいい。
そのあと、フォローするのは周りの大人の役目である。

「だけど、さっきから何してるんですか?」
「ん?」
「なんか、同じ様なところをグルグル回っているような…」
「ほほぅ。鋭いじゃないか」
「あの、それはどういう…?」
「うん、まあ、なんていうか迷った」
「はぁ!?」

あっさりと言う藍に妖夢の顔が引き攣る。
こういうことは珍しい。
何時も、妖夢から見る藍は殆ど完璧に見えたのだが。

「近くまで来てることは確かなんだがな」
「……どうするつもりですか」
「と言うより、お前は来た事あるんだろ? 案内してくれよ。何でついて来るんだ?」
「流石に場所を知らないとは思わなかったからですよ」
「それは悪かったな」
「もういいんですけどね…」

疲れを滲ませて呟く妖夢。

「それじゃ、ついてきてください」
「ああ、よろしく……ってちょっと待て」

藍は歩き出そうとする妖夢を静止する。

「どうしました?」
「今、何か聞こえなかったか…?」
「え?」

言われて耳を澄ます妖夢。
だが、何も聞こえない。

「何も聞こえないですけど…?」
「今はな。だけど、確かにさっき……」
「何が聞こえたんですか?」
「鈴の……っ!?」

藍は咄嗟に妖夢を抱え、押し倒しざまに身を伏せる。
次の瞬間、二人が立っていた場所に色とりどりの気弾が舞い散った。

「な!?」
「あれぇ? 外れちゃいましたね」
「……」

第三者の声が、辺りに響く。
不意打ちをかわされたにも関わらず、陽気な声が。
森の木々に反響しているせいか、妖夢には声が聞こえる方向は特定できない。
ふと藍を見ると、その視線は自分達が歩いてきた方を凝視していた。

「そっちの狐さんは、これが聞こえたみたいですねぇ」

いつからいたのか。
そこには緑の服に、燃える様な紅い髪の女の姿があった。
彼女が手にした鈴は振っているにも関わらず、一切音がしない。

「貴女は…」
「近づくなよ、妖夢」

藍は妖夢の手を引いて静止をかける。
先ほどの奇襲は鈴の音を聞いたから察知できた。
決して相手の気配や殺気を感じた為ではない。
弾が飛んできた方向と、女の第一声がなければ居場所すら分からなかったのだ。

「駄目なんですよね、奇襲ってどうも苦手で」
「響無鈴……か」
「はい。私はこれに妖気を込めて、術を使うんですけどね。そのとき鳴っちゃうんですよ」

女は苦笑して告げる。
藍はそんな女を無表情に眺めつつ、周囲の気配を探る。
潜んでいるのはこの女一人とは限らない。
妖夢は既に目の前の相手のことでいっぱいらしいが。

「他には誰もいないんで、大丈夫ですよ?」
「それは助けを呼んでも無駄だということか?」
「目撃者はでないぞってことかも知れませんよ」
「そんなに物騒な意味じゃないですってば」

女の言うことを鵜呑みにしたわけではないが、どうやら他にはいないらしい。
藍はそう判断した。
女はスラリとした長身を伸ばし、優雅に一礼する。

「はじめまして。紅魔館外回りの責任者を務めております、紅美鈴と申します。以後、お見知りおきを」
「ほぅ。貴女が、あの……。咲夜殿から、噂は聞き及んでおります」
「ちなみに、どんな噂か、聞いていいですか?」
「ゴキブリも素足で逃げ出す生命力で、日頃のストレス発散に大いに役立つ門番がいる…と」
「……他に何か言ってました?」
「さぁ? 特には」

突如、美鈴は座り込んで草をむしり出した。
暗いオーラを纏い、なにやら咲夜に愚痴っているようだが、内容は聞こえなかった。
そんな美鈴などまるで気にせず、藍は名乗りを返す。
彼女が聞いているかは分からないが、それは藍の知ったことではない。

「はじめまして。私は隙間妖怪、八雲紫の従者で、八雲藍と申します」
「……はーい……藍さんですねぇ……」

妖夢は二人の名乗りを黙して聞いていた。
妖夢は美鈴と会ったのは初めてではない。
以前、萃香が起こした宴騒動のとき、紅魔館の門前で顔を合わせたことがある。
そのとき、明らかに侵入者の自分に対して、『私、今休憩時間なんですよ』と通してしまっていた。
その態度が、主に対しての不誠実と感じた妖夢は、美鈴に対してあまりよい印象を持っていなかった。

「よーむちゃんも久しぶりですね~」
「……お久しぶりです」
「なんだ? 知り合いか」
「ええ、以前少し…」

あくまでもマイペースな藍と美鈴。
その中に在って、妖夢はやや不機嫌だった。
あまり馴れ馴れしくして欲しい相手ではないだけに。

「ところで、私達は紅魔館に短期間の就労を希望しているものだ。侍従長の十六夜殿に、取り次いでいただきたいのだが」
「ここに就労? あんまりお勧めしませんが……」
「ああ。私も気は進まないが、これも可愛い我が子のためだ。涙も呑むさ」
「はぁ…。そういうことなら構いませんが。取り合えず、武器はこちらで預からせてくださいね?」
「分かった……はい」

藍は服の内に仕込んだ小太刀と暗器を渡す。

「苦無に飛針に鋼糸に油…。あぁ、貴女とは気が合いそうですねぇ」
「私もそんな気がしてたよ」
「それじゃ、よーむちゃんも……」
「嫌です」
「あれ?」
「おい、妖夢」

真っ向から、美鈴の要求を跳ね除ける妖夢。
藍が嗜めようとするも、聞き入れる様子はない。

「うーん。流石に屋敷で咲夜さんに許可もらうまでは、武器の携帯はご遠慮していただいてるんですけどね」
「そうだよ。立場が逆なら、お前もそうするだろう?」
「それでも、貴女のような人にこれを預けるわけにはいきません」
「貴女のような人…ねぇ」

肩を竦める美鈴。
実は妖夢が自分をよく思っていないことも、その理由も既に察している。
いちいち気にする美鈴でもなかったが。

「それってつまり、取りたきゃ力ずくで来いってことですか?」
「ええ」
「そう言わずに渡してくれません? 私は平和主義者なんです」
「平和主義者が不意打ちなんてするんですか?」
「そりゃ、仕事中は門番ですもん。」
「……仕事中は、か」
「はい。私は強い妖怪じゃない上に、病弱な身。職務遂行のためには、いろいろ工夫する必要があるんです」

全く悪びれない美鈴の態度に、妖夢は次第に憤りを覚える。
その様子に、藍は眉を潜める。

(私が、この女だとしたら……)
「もはや、貴女と語ることはない」
「大した腕もなしに腕ずくなんてしたら、怪我しちゃいますよ?」
「!? よく言ったぁ「はいそこまで」

藍は妖夢の白楼剣を勝手に抜くと、その頭にブッ刺した。
なすすべもなく倒れる妖夢。
あまりのことに、美鈴も目が点になっている。

「郷に入っては郷に従え。とりあえず大人しく、言うとおりにしようじゃないか」
「あ~…たぶん聞こえてないと思いますけどね」

藍はそれでも構わぬとばかりに白楼剣を抜くと、楼観剣と一緒に美鈴に渡す。

「もう少し、勝負以前のことに気が回らないもんかね」
「私こういう真面目なタイプ好きですよ? やり易いし」
「とにかく、こいつの獲物はこの二つ。他はないよ」
「そうですね。彼女は暗器なんて持てないでしょうから」

美鈴は妖夢と顔を見たことがある、程度の面識しかない。
だが、既にその性格は大方把握されている。
それは、実戦においてかなりの情報を奪われたことになる。
しかも妖夢は美鈴のことを、殆ど無意識に侮った。
そのように誘導されてのことであるにしても。
おそらく、妖夢は勝てない。
そして、美鈴には相手を生かしておく理由も、必要もない。
藍にはそれが分かる。
分かるからこそ、絶対にこの二人の戦いを回避させねばならなかった。

「世話の焼ける子だよ、まったく…」
「でも、可愛くて仕方ないんでしょう?」
「わかるか?」
「もちろん。あ~ぁ…昔は咲夜さんも可愛かったのになぁ」
「今は?」
「鬼のメイド長ですね」
「私はそいつの所に身売りするんだな」

そういうものの、藍は特に気にした様子もなく気絶した妖夢を背負う。

「それでは、行くとしようか」
「はい、ついてきて下さい。ご案内しますよ」
「助かったよ。予定外の出来事で、案内役が伸びたから」
「自分でやっといて、それは酷いんじゃないですか?」
「構うもんか。安い挑発に乗りおってからに……」

苦い表情の藍。
妖夢のことだけではない。
藍にとっても、化かし合いを得意とする相手は苦手なのだ。
自分がそうであるが故に。

(なるべく事を構えたくない相手だね)

風を象る紅い髪。
前を歩むその女を見つめながら、藍はこっそりとため息を吐いた……



【続】











あれ? 終わんない?
もともとの遅筆に加えて、リアルの忙しさから執筆の安定感がまるでないです。
ここまで書いたものの、その後の展開は白紙だし……
ともあれ、投稿四つ目にして初の前後編に挑戦……したつもりはないんですが、なっちゃいました。
今しばらく、私の駄文にお付き合いいただければと思います。
ここまで読んでくださった皆様に感謝です。
おやつ
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コメント



0.6030簡易評価
11.60沙門削除
心理戦で優位に立つ、美鈴が良いですね。さすが中国妖怪。次回は藍も妖夢も、紅魔館の制服を着る事になるんでしょうか。楽しみです。
13.80司馬漬け削除
巫女を食っても良いとか云ってた中国が響無鈴を持ってるあたりが皮肉が効いていて、良いですね。何より、藍がとても良い性格に仕上がっていて、読むのが楽しかったです。

次回、楽しみにしてます。
14.70春雨削除
ああ、おやつ様の(藍への)愛を感じます。
中国がしっかり門番しているのもなんだか嬉しいですね。
続きも気長に待っています。
20.60TAK削除
美鈴がいいですね~。門番に相応の実力者という事を感じさせてくれます。
藍って…昔はどんなだったんでしょう…。
では、続きを楽しみにしております。
23.無評価七死削除
おやつさんの書く藍が好きです。 格好いい、そう素直に思えます。
33.70他人四日削除
いやぁ、よかったっす。
藍と妖夢のその後が早く読みたいです。
38.無評価刺し身削除
敢えて弾幕ごっこさせなかった所、いいですねぇ。
じっくり貯まってますよ。
続きが気になる今日この頃。
47.90AG削除
姉貴っぽい藍様も素敵だー!!
最初のやりとりから最後までリズム良く読めました~
55.80名前が無い程度の能力削除
ロングヘア藍様とな!?
そういう路線でくるとは思わなかった。
続きに期待してます。
69.80nagare削除
美鈴のかっこよさに興奮しつつ次回に大期待させていただきます!(´∀`*
74.50nem削除
狐耳、ロングヘア、メイド服、さらに尻尾。
次回の藍さまは妄想が膨らみます。
97.90東京狼削除
 おやつ氏は「強さ」と云う概念を正しく認識している。畢竟、畳針と急所の場所さえ判れば幼稚園児でもプロレスラーに勝てるのだ。
119.100daiLv4削除
やっぱめーりんは強いと思う。続き楽しみだ