チルノは今日も空虚だった
妖精、と言う枠で考えるのなら卓越した能力を持っている彼女の地位は紅魔湖一帯に住み着く妖精コミュニティの中で顔役
まとめ役に相当、他の妖精達からは姉さん、姉御、お姉ちゃんと慕われ
退屈だと呟けばダース単位の蛙が差し出され、のどが渇いたと呟けば取れたて極上の朝露が差し出される
この状況はチルノにとって多少むず痒くもあったが、慕われる、尊敬されると言うのは
単純に気分が良いものなので、チルノの人生は概ねハッピーだと言えた。
が、これも昔の話
幻想郷を不自然な霧が包み込んだ夏、この時の敗北は仕方が無かったし、状況にも救われる
空飛ぶ巫女と空飛ぶ魔女の実力は、妖精全員が身をもって体験済みだった事に加え
真夏に氷精が力を出せる訳無いじゃん? と尋ねたならば ああ、それも全くな話ね と一同納得
むしろあの二人の化け物相手に良く持ちこたえた、流石は我らのチルノと逆に株を上げる結果にもなった
しかし次が不味かった
不自然に長かった冬に最後が訪れた日、あの雪山での敗北は致命的だった
あの日、チルノは一人で遠出していた為に目撃者はゼロ
一つの事実は噂好きの妖精達の手によって背ビレだの尾ビレだのが追加された結果
氷精のくせに真冬の雪山でチルノが負けた
巫女でも魔女でも無い普通の人間にチルノが負けた
説明するまでもないがこの普通の人、とは紅魔館メイド長を勤める十六夜 咲夜その人であり
縦横無尽に空を飛び、自由自在に時を止め、百発百中のナイフを放るその姿は
ちょっと気の弱い妖精が見た場合、その後三日は悪夢でうなされるような
それはそれは恐ろしい人間であり、普通の人間なんかでは無い事を補足しておく。
とにかく、事実がどうあれこのショッキングな内容の噂は妖精達の間を駆け巡り
チルノの評価は失墜、更には喉元過ぎて熱さを忘れた一部の妖精が
よくよく考えたら巫女も魔女も大したことなかった、つまりチルノも大したことなかった
などと吹聴を始める始末、妖精の噂も45日と言う事で噂自体は早々に消えたが
それ以降は平穏な日々が続いてしまい、チルノも汚名返上の機会を掴む事が出来ず
まるで透明の巨大な化け物に飲み込まれてしまった様な、なんとも言えない断絶感を抱え悶々とした日々を過していた
「……でね…らしくて………だよね」
「──あ、うん…」
今日も元気の無い親友の為に色々と話題を仕入れてきた大妖精、しかし当の本人は上の空
「でね?……が………で、、ってチルノちゃん全然聞いてないし~、んーー」
「ひゃっ、ひひゃいってあー」
過日の栄華に浸っているのか、空返事を返すだけのチルノの両頬をむにゅ~と引っ張り現実に連れ戻す
「もうっ、この話すっごく恐いんだからちゃんと聞いてよね?」
…恐い話を無理やり聞かせるのもどうかと思ったが、こう見えて大妖精は頑固な性格をしているのでチルノは大人しく従う事にした
「じゃあ最初からね……」
なんでも東の森を抜けると竹林があるらしい
そして更に奥へ進むと巨大な鳥が居るらしい
そいつは全身が燃えてるらしい
大妖精の話をまとめるとこうなるのだがチルノの思考の針は全く触れない
(アホらし…体が燃えてるのに生きてる訳ないじゃん)
「…だよね、恐いよね~」
「うん、そりゃあ恐いね、体がボーボー燃えてるんだし」
「その鳥が今にもここにやってくるんじゃないかってみんな震えてるよ」
「ふーん…… へ?」
「だからぁ、東の森を…」
「ううん、話は分かったけど……震えてる?」
「そうそう! 最初は噂だけだったけど本当に見たって子まで出てきて…あの三角池に住んでる子」
「へーえ………あれれ?」
「ん? どうしたの?」
すぐに立ち昇っては消えるような物ではなく、ここまで影響力のある噂なら…噂で失った地位ならまた噂で取り戻せるのでは……
(あ、あたいってやっぱり天才かも!)
「─────行く」
「どこに?」
「行くっ! あたいは行くよ! 行ってその鳥だか何だか分からない奴を懲らしめるんだからーーー!」
らー らー らー らー
チルノの叫びはそこらを漂っていた名も無い妖精により補足されその、これまたショッキングな内容により
話は一夜で紅魔湖を駆け巡り、翌朝にはその一帯に住む妖精全員が知る所となる。
そして決行の日、大妖精はあの日以来ショックで寝込んでおり今も布団でうんうん唸ってるが
比較的仲の良い妖精数匹が見送りだか説得だかに訪れていた
「ねえー、危ないから止めときなよ」
「だって燃えてるんだよ? 火出てるんだよ?」
「それにチルノは氷精なのに… 火だなんて…」
「もう、あんたらは心配しすぎだから、ナメクジじゃあるまいし火に近寄ったくらいで死にゃあしないってば
ま、今のあたいにかかりゃあ火で燃えてる鳥だろうが虎だろうが───」
くんっ、と右手の人差し指と中指が軽く振られたかと思うと周囲の気温が極端に下がり
収束された冷気が近くに生えてた一本の木を包み込み、それは一本の氷柱に姿を変えた
「お土産に羽でも抜いて持ってきてあげるよ」
その鮮やかな手並みに呆然とする妖精達を背にチルノは颯爽と飛び立つ
(うっわー、今のあたいってばカッコ良すぎない? ウヒヒヒヒ)
しかしその顔はだらしなく緩んでいた
チルノは最初から噂なんて信じていなかった
(体が燃えてる? 鳥? そんなの居る訳無いじゃーん)
恐いも何も体が燃えてる生物なんて存在する訳が無いのだ、どうせ夕暮れに染まる雲か何か
をおっちょこちょいの妖精が見間違えたに違いない、羽は…まあ、その辺の夜雀でも捕まえて引っこ抜けばいいだろう
それを持ち帰って武勇伝の一つでもでっちあげれば……
「その為には、もっと情報が必要ね」
何しろ自分はこれからウソを付くのだ、いかなる質問やツッコミにも対応出来るように
手ゴマは一つでも多い方が良い、最低でも竹林程度は見つけておきたいものだが………あった
速度を保ちながら空をとび続けていると鬱蒼と生い茂る針葉樹の海が不意に途切れ、視界一杯に竹が広がっていた
東の森を抜けると竹林がある、あったのだ、本当にあったのだ
「ま、、まぁ竹なんて何処にでも生えてるし、竹は竹よ、単なる竹なんだから…」
得体の知れない恐怖を飲み込むべく、訳の分からない事を呟きながら高度を下げ
チルノは竹林に入り更に奥を目指す事にした、所詮は竹だし。
(───この感覚は妖精の類か、ふむ……)
チルノに分かるはずも無いのだが実は竹林一帯に探知式の結界が張り巡らされており
侵入者の存在は即座に慧音の知る所となった
(…まあ、こんなちっぽけな奴がどうこう出来る訳も無いか、ほっとこう、最近は月の具合もおかしいから
無駄に力を使うのはあまり利口とは言えないな)
知る所となったが、白沢様のお眼鏡(メガネけーね!委員長!)に適う事も無く放置された、良かったねチルノ
気が付けば風を切って飛んでいたはずのスピードも今では地面を歩く程度まで減速していた
(東の森…竹林)
最初は小さなシミのような違和感
(東の森…竹林)
それが時間の経過と共に広がり続け
(東の森…竹林…)
チルノの心を一色に塗りつぶし
(東の森…竹林…火の)
「だからそんなの居ないって!」
半分なみだ目になりながら、まるで懇願するように叫ぶ
そもそも自分は何をしているのだろう
居る訳が無い物を自分は何故探す事になってるのだろう
当初の目的すら忘れかける程に混乱してきたチルノは更に考える
そもそも本当に自分の意思で探し回っているのだろうか
もしかして…東の森と竹林と言う奇妙な符合とは別の、無意識の底に押し込んだもう一つの違和感
これは探し回ると言うより───誘い込まれてるような……
「こんばんは、お嬢さ…」
「ひぎゃああああああぁああぁああー!!」
「うわっ」
得体の知れない重圧に押しつぶされそうになっていた頃、不意にかけられた声
チルノはひっくり返りそうな…事実、器用にも空中でひっくり返りながら叫び声を上げた
「何なのよっ! あっあああ、あたい! あたいは燃えてる鳥なんか恐く無いんだからね!」
「ほう……燃えてる、鳥、ねえ…」
声が裏返りながらも矢継ぎ早にまくしたてると、謎の少女の表情が変わり
そんなチルノの一語一句をかみ締めるように深く頷く
「そうよ、その鳥よ、そいつを探してるのっ!」
「ふーん、氷精なんかがここに来て何をしてるのかと思ったら…輝夜の所も相当に人手不足みたいね」
「なーに急に出てきてわけわかんない事言ってるのよアンタ、全く、脅かさないでよね」
すっかりペースを取り戻したチルノは特徴的な赤い瞳を持つ少女に向き直りとりあえず虚勢を張ってみたが
それが更に少女の虫の居所を悪くしたのだろうか、口調が荒くなる
「うるさいなぁ、お前は見たいんだろ? 燃えてる鳥が」
「へ…?」
「だから燃えてる鳥が見たいなら見せてやるって言ってるんだよ、あいつは毎度毎度鬱陶しい奴を遣して…腹立たしい」
「だから…あいつ?」
いまいち状況を理解出来ずにきょとんとしてるチルノからすーっと距離を取り、赤い瞳の彼女、藤原 妹紅は最後の口上を述べた
「野を焼き書を焼き人を焼き、しまいにゃ己を焼き尽くす、始原の猛禽、目に焼き付けさせてやるよ、文字通りの意味でね!」
と、同時に妹紅から全方位へ向けた弾幕が展開され、これには流石のチルノも反応し即座に回避行動を取る
速度は遅いものの台風の如く吹き荒れる弾幕の渦を前にお前は急に何をするんだなんて問いかけてる余裕なんて無い
どうなってるのか良く分からないがともかく犀は投げられたのだ、チルノは腹を決めた
(むりむりむりむりこんなの無理だってぇ~)
潔く腹を決めたチルノは早々に泣き言を漏らす、妹紅の弾幕は狙いが甘くただ放射状にばら撒いてるだけなのだが
その量がとにかく異常、視界に広がるのはただ、弾のみ
僅かな隙間を見つけそこに潜り込んでも次の瞬間にはその隙間も塞がれる
相手の正面をキープ出来てるのなら、先程から放ってる反撃の氷弾も当てられるのだろうが
攻撃を避けている間にどんどん位置関係が悪くなり、ジリ貧に陥ってきた
(先に抜くなんて悔しいけどっ、もうどうしようも無い!)
チルノは防御に特化した符、パーフェクトフリーズを抜き放った、その瞬間チルノの周囲をぐるりと囲み殺到する弾幕の全てが停止
それまで響いていた轟音は嘘の様に消え、カードの効果で弾幕だけではなく辺り一帯が凍りついたかの如く静まる
ここぞとばかりにチルノは凍りついた弾をジグザグに避けながら、妹紅の正面にたどり着き連装式の氷弾を叩き付け、全弾命中
「え? なんで当たってんの?」
カードの効果では弾を止める事が出来ても相手の動きを固定する事までは出来ない
チルノ自身もこれが命中するとは思わず、これはあくまで展開を覆す為の布石としての行動
でも何発か当たればラッキーだな、程度の認識で放った攻撃が、全弾、もれなく命中
妹紅の体が落下すると同時に周囲にまだ固定されていた弾幕も全て消失
(あ、これってもしかしてもしかする? もしかして私!)
────リザレクション
自らの勝利を確信したチルノがうっかりとピースマークを出してしまったその時
力無く落下する妹紅の体から一瞬、鳳凰を模したような形の巨大なエネルギーが噴出し
妹紅は何事も無かったかのようにチルノの前に対峙していた。
「ふーん、アンタ面白い事するんだね、弾を凍らせる氷精なんて初めて見たよ…
力の総量はともかくとして質はそれなりの物を持ってるみたいだね」
「ちょ、ちょっとなんでそんなにピンピンしてるのよ! さっきわたしの弾が全部直撃して」
「うん、直撃したね、痛かったね、死に掛けたね、でも今私はこうしてる」
「さっきだって、避けようと思ったら簡単に…」
「うん、あんな考え無しの攻撃簡単に避けられるよ、でもね」
嬉しそうに微笑みながら一度首をコキっと鳴らして妹紅は言葉を続ける。
「私、死にかけないとどうにも力が出せなくてね、わざと当たらせてもらう事にしたのよ
今回は中々に面白いお客さんみたいだから、相応の持てなしをする為にね」
カードの宣誓により辺り一帯に立ち込めていた空気の質が変わる、妹紅の両肩に先程の鳳凰が具現した。
「くっ、燃えてる鳥ってアンタの事だったのね?」
「何処の誰が言ったか分からないけど確かにそうかも知れないねぇ、ま、もっとも
真に燃え盛る鳳凰が見たいならもう少し頑張ってもらう必要があるんだけどね」
「馬鹿にしてっ!」
チルノの言葉を皮切りに再び両者は弾幕を展開し始める、先程と比べて妹紅の攻撃は弾の密度が比較的薄く、速度も大した事が無い
チルノは何ら問題無くそれらを避けながら妹紅に氷弾を撃ち込み続ける…が
どうやらあの両肩に見えるエネルギーの塊が弾の威力を殺しているらしく
当たってはいるものの特に目に見える程のダメージは与えれてない
だがそれも積み重なれば…事実被弾する度に鳳凰の翼がすこしづつブレていく。
(うん、弾も良く見えてるしこの調子なら……行けるかもしれない)
確かな手応えを感じつつ更に弾を撃ち込み続けるチルノ
弾道もほぼ見切り終わり、回避に回していた意識を攻撃に転換し始めたその瞬間
全身の毛が逆立つような悪寒を感じ弾が来ても居ないのに全力で回避行動を取った
するとそれまでチルノが居た位置を後方から飛んできた弾が薙ぐ
それは速度こそ遅かったものの、触れれば確実なダメージを約束する確かなプレッシャーを秘めている
何事かと、危険を承知で後ろを見やったチルノは我が目を疑う事となった。
避けたはずの弾幕群がそこには留まり、あまつさえこちらを目指して進んできてるではないか
そしてチルノは全てを理解した、このカード、前方からの攻撃は単なる囮
本命は今もゆっくりとこちらに迫りつつある後ろのアレだ!
理解は出来た、だが出来た所で即座に攻略方法を思いつける訳ではなく
これからは前方の攻撃に加え後ろからの強襲にも注意しなくてはならない、ならないが…
(そんな簡単に出来たら苦労はしないわよっ、もう嫌~!)
前方に意識を向ければ後方が、後方に向ければまた前方が
こうなってくると先程まで大した事ないと思っていた前方からの弾幕さえ回避不能な恐ろしい攻撃に思えてくる
前と後ろ両方からのプレッシャーがこれほどに恐ろしい物だとは…
「ふふっ、気が付いた時はもう手遅れ、前後から迫る弾幕をコイツはどう対処するつもりだろうね」
離れた距離では表情までは見えなくても、相手が慌てる様子はしっかりと見て取れる
全てを理解し急にせわしなく動き始めたチルノを見ながら妹紅は楽しそうに呟いた
それでもなんとか避け続けるチルノではあるが、時間が経つに従い背後に展開された弾幕の密度が濃くなり
かすり続けて全身だってボロボロ、今も偶然体が傾かなければ背後の弾が直撃していた
(なんとなしないと、何とかしないと…)
最初に妹紅から放たれた放射状の弾幕を見た時感じたこと
これはいつもの弾幕ごっこじゃない
違うのだ、空気が、攻撃自体は激しいものの、何処と無くなあなあな雰囲気が漂ってるいつもの弾幕ごっこじゃないのだ、この空気は
自然霊であるチルノはこうした感情であるとか、場の雰囲気を無意識の内に読み取る事に優れその結果、導き出した答えは
少なくともあいつは私を殺すつもりでかかってきてる
こうやって考えてる時間だって惜しい、相手が弾を吐き出せば吐き出すほど流れ弾は背後に溜まり
それは軌道を変えゆっくりとゆっくりと自分の命を刈り取る為に迫ってくる
今も尚自分の攻撃は当たり続けているが、まだ妹紅を倒すまでは及ばないようだ
(でも考えないと、考えないと…! どうしよう、どうしよう…!)
最早パニック状態で弾幕の海を漂うチルノ、いっその事楽になってしまおうか…そんな考えすら浮かんだその時
いつもの弾幕ごっこでは無い事態を察知したチルノの本能が一つの答えを導き出した
(これしかない…! でも、いやだぁ、いやだよおおおぉぉおおおおっ)
チルノが涙目になりながら導き出したこれ、とは後方の弾幕のスピードが極端に遅い事に目を付け
前方の弾幕を避けながら急接近、背後の弾幕群が決壊を起こす前に全速で妹紅を落とす事だ
ただこれは前から飛んでくる弾幕に対し自らスピードを上げた状態で正面から突っ込み
更にそれを避ける必要があるので、一歩間違えれば自ら相手の弾に飛び込む事となり
……正直言ってバンザイ気味の作戦だった。
(でも、やんないと、やんないと、うわあああぁぁああん!)
もう悩んでる暇も躊躇して暇も無い、特攻を決意した(泣きながら)チルノは叫び声をあげながら急加速
今も放射状に展開される前方の弾幕に突っ込んだ
「ちくしょおおおおおっ、ふざけやがってえええええぇえぇえええー!!」
涙と鼻水を流しながら、それでもカクッカクッっと適切な回避行動をとりつつ
ヤケクソ気味な速度で妹紅に肉薄したチルノはこれまた意味不明な言葉を叫びつつありったけの氷弾をお見舞いした
この時の妹紅はチルノの顔があまりにも面白すぎて軽く噴き出してしまった
(何笑ってんのよおおおっ、くっ、早くっ、落ちなさいってば!)
無論、いくら近づいた所で相手の弾を封じられる訳も無く、チルノが必死の形相で打ち込み続ける今も
妹紅は弾を放ち続けてるのだが、当たらない、広がりきる前の収縮した状態だと言うのにチルノは避け続ける
もう弾も見ていない様な気がするがそれでも避け続け、打ち込み続け、ついに鳳凰の翼は霧散した
同時にチルノのすぐ背後まで迫っていた弾を含めた全ての弾幕が消滅
「はあっ、はあっ、はあっ…」
もう全身汗だくで顔も髪もグシャグシャ、浮かんでるのが不思議なくらいボロボロになったチルノが大きく息を…
───リザレクション
まるで、見計らっていたかのようなタイミングで声が響く
ゆらり、と上体を起こした妹紅は何故かぽかーんと口を開けていた
「最初は笑っちゃったけど、結局最後まで避けきるなんて……」
「月のいはかさをあんな風に避けるなんてアンタが初めてよ…しかも弾も見ないでどうやって避けてたのよ」
「はあっ、はあっ、あっ、あ、あたいにっ、はあっ、かかればっ、はあっ、あんなの、はあっ、はあっ」
最後まで言い切る事も出来ずに再び荒い呼吸を繰り返す
「面白い奴だねぇ、、本当に輝夜の刺客なの?」
「だからっ、はあっ、はあっ、かぐやって、はあっ、誰なのよ」
「あらら? もしかして私の勘違いかな?」
「でもアンタ、明らかな意思を持って竹林に踏み込んで来たわよね、目的は?」
「初めに言ったでしょ、はあっ、ふーーーー、体が燃えてる鳥を探してるって」
「ああ…言葉通りの意味だったんだ」
「まさか本当に居るとは思わなかったけどね」
「うん、事情は分かった、でも途中で止める訳にいかないってのも分かるわよね?」
「ま、まぁね」
「では改めて」
再び妹紅はその場から距離を取り
「ちょっと順番が変わるけど、この程度なら問題無いでしょ」
少しでも体力を回復させる為、チルノは返事を返さない
「じゃあ行くね、お待ちかねの、体が燃えてる、鳥」
───不死「火の鳥 -鳳翼天翔-」
ぐにゃり、と空間が歪みそれまでとは全く異質の空気が立ち込め──空気と言うより熱気とでも呼ぶべきだろうか
妹紅と中心とした半径3メートル程にはうっすらと陽炎すら見える
(こいつはいよいよもってヤバそうね…)
チルノの予想裏付けるが如く膨張を続けるエネルギーは、ある一点越えると堰を切ったように妹紅の両翼に流れ込む
そして妹紅が微笑んだように見えたその時、巨大な鳳凰が出現したかのように見えた
その正体は大小様々な炎弾の集合体だが、そのあまりにも神々しく、猛々しく、荒々しいその姿は正に鳳凰
居たのだ、東の森の奥にある竹林の更に奥、体が燃えてる鳥は確かに居たのだ。
バシュ、そしてその巨大な鳳凰は放たれる
前に抜けるのは不可能、後ろに下がるなんて持っての他、では横しかない
疲弊した体に鞭打ってチルノは90度真横に全力で動いた、なんとか回避
しかし妹紅は休む暇も与えずに、バシュ、第二射、先程と全く同サイズの鳳凰が放たれ
またもチルノは全力で真横に逃げこれを回避するが、二発目を避けた時点で降参した、もう動けない
もう体はボロボロだ、正直言って普通に飛ぶ事だって苦しい
「あ、あは…」
そんなチルノが目にしたのは余りにも無慈悲な光景
どうせまた飽きもせず火の鳥でも出してるんでしょう、と投げやり気味に妹紅を見やったチルノは
「あははっ…」
笑うしか無かった、妹紅の周囲に輝くは六対の翼、都合5匹の鳳凰が産み出されていた、が直ぐには放たれない
あんな強大なエネルギーの塊を同時に5個もコントロールしているのだ、制御に時間がかかるのだろう
とにかく、チルノに最後の時間が与えられた。
仮に体調が万全だとしてもあれを避けきるのは不可能、だろう
どの方向に逃げた所であの炎に絡め取られるのがオチだ、ではスペルカードでは……残念ながらこれも無理だと思う
先程の会話の間に完全な状態で一発撃てる程度の符力は溜まったし、今も少しずつ少しずつチャージされてる
だがその符力を使って何を撃てばいいのだろうか、唯一この状況を打破出来るであろうパーフェクトフリーズ
それはもう既に失われてしまった、残る自分のカードはどれも広範囲に散らばる物ばかり
あの超高密度の炎の塊に対抗出来るスペルは、、、一つだけあるじゃないか……
巫女に魔女にメイドに、一泡噴かせてやろうと開発した新スペルが…今までの自分に欠けていた決定力を補う為の新スペル
集めた冷気を一点に圧縮、収束して撃ち出すアレが、まだ未完成なアレがあるじゃないか…
5匹の鳳凰はもうどこも欠けてる部分も無く完全な形で出現していた、次の瞬間にも打ち込まれるだろう
チルノは覚悟を決めた
いや、最初に鳳凰を見た時から覚悟は出来ていた、例え未完成だろうがなんだろうが
あの圧倒的質量に対抗する為にはこれしかないだろうと……
バシュ、バシュ、バシュ、バシュ、バシュ、妹紅の手を離れ自由になった鳳凰がその軌道上のあらゆる存在を蹂躙しながら迫り来る
(これだけ大きけりゃ、狙う必要も無いか…)
チルノは両目を閉じ、右手をゆっくりと前に掲げ、それはまるで氷精の本質を体現したような、普段の彼女からは
考えられないような落ち着きはらった声で澱みなく呟く
───凍符「コールドディヴィニティー」
紡がれた言霊はその瞬間、不可視の力に変換され、刹那の間を置いて突風に
突風は吹雪に変じ、辺りは瞬時に極寒の地獄と化した
しかし鳳凰は動じない、過去何人もの刺客を飲み込んできたそれは
冷気を飲み込み、氷精を飲み込みその腹に収める為に勢いを失う事無く直進、吹雪の壁を突き破り続ける
やはりこんな吹雪では燃え盛る鳳凰を阻む事など───否、これは単なる布石である
この数cm先も見えない劣悪な視界の中、確認出来る者が居よう筈も無いが
吹雪はチルノの突き出した右手の前方一点に収束しているのだ
そこには大小様々な氷塊、氷塊、氷塊、氷塊、大きさも形もてんでバラバラな氷塊
妹紅のそれとは違い美しさの欠片も無いそれら、何かに例えるとしても
単なる群体としか形容の出来ないそれは今も尚、歪に、醜悪に、力強く、膨張を続け、やがてピークに達したその時
ぶるん、と全ての氷塊が一斉に震え、チルノの前から吐き出された
やがて炎の鳳凰と氷の群体、全く反対の性質を持つ巨大なそれらの塊が正面からぶつかった時、辺りは光に包まれ
肉体も精神も限界まで酷使し、薄れ行く意識の中チルノもまた光に包まれた
(あ、わたしできたんだ…アレ、あいつに見せたかったなぁ…)
(ていうか、ここからあの山みえるじゃない…この光で眠ってるあいつが目を覚ましたらなぁ…また遊べるのに……)
……………………
(あつ…あつい…あつい、あついあついあついあつい……ああもうっ!)
寝苦しさに耐え切れず布団を思いっきり蹴飛ばしたつもりチルノだったが、力を入れた足はまるで動かず
「ひぎゃあああああぁあああぁっ!!」
雑巾と間違われてそのまま全身を絞られたような痛みが襲った
「ひっ、ひっ、ふー、ひっ、ひっ、ふー」
「ああ、目が覚めた様だな、丁度いい」
カラリ、とふすまを開けて見知らぬ女が入ってくる
「体の調子はどうだ? まだロクに動けないだろうから無理はしない方がいい」
「………」
「………」
「聞きたい事が多すぎてわけわかんないんだけど」
「だろうな、私もどこから説明していいものやら…」
「じゃあとりあえず二つだけ、あんたの名前とそのおぼんに乗ってる食事は誰の為の物なのか教えてよ」
「はははっ、確かに変わり者だな、いいだろう」
「私の名前は上白沢 慧音、で、こっちの食事はお前の想像通りだよ」
かしゃんとチルノの枕元におぼんを置くと
「わたしはチルノって言うの、よろしくね」
「何に対してのよろしくなんだ?」
「ご飯、食べさせてくれるんでしょ?」
「ああ、勿論そのつもりだ」
慧音と名乗った少女は笑いをこらえながらチルノの上体をゆっくりと起こす
その後チルノは少しだけ食事をし少しだけ慧音と話をし眠った
人間とは体の作りが少々異なる妖精は傷の治りもまた早く、全身ズンボロで死にかけていたチルノも2.3日で立って歩ける程に回復
寝たきりだった頃に聞いた事、色々と話した事を思い出しながら近所を散歩していた。
あの竹林で対峙した奴は藤原 妹紅と言う名前だった事、そいつは蓬莱人である事、蓬莱人とは不死身の存在である事
よりにもよってそいつが重症のチルノを慧音の庵に運んだ事、でも一番の疑問
なんで私を殺そうとした奴が私の命を救ったのか
こればっかりは慧音も本人から聞いてくれとしか答えず、チルノはいつか訪れるであろう客人を思いながら帰途の道を進んだ
そして4日目の朝、食事を持ってチルノの部屋を訪れたのはここ数日で見慣れた慧音の姿ではなく、あの藤原 妹紅だった
「……」
「……」
二人はしばし見つめ合った後チルノはとりあえず、と渡された朝食を受け取り無言で掻き込む、勿論妹紅も無言
そのまま朝食をたいらげ一気飲みした湯のみをチルノがコトンと置くと二人同時に
「ところで、さ」「あのね」
……沈黙
「そ、そっちから先に言いなよ…」
「あ、ああ、うん、あーあーあーあー」
「私の名前は藤原…」
「知ってる」
……
「じゃ、じゃあ次はお前だ」
「う、うん、あーあーあーあー」
「私の名前はチルノ」
「知ってる」
……
「あああっ、これじゃ話が続かないじゃない!」
「分かってるならなんとかしてよ、なんでお互い分かりきってる事を聞くんだ!」
「アンタが先にするから釣られちゃっただけよ!」
あれが単なる弾幕ごっこなら今頃は仲良く月見でもしているのだろうが
この前のは純然たる殺し合い、しかも初対面の相手とだ
こんな妙な空気が流れるのも仕方ない事だった、ってけーねが言ってた
「じゃあ言うよ、お前を殺そうとしたのは輝夜の刺客だと勘違いしたからで
助けたのはそれが誤解だって分かった事と、その…何だろう、気まぐれよ」
「か、勘違いって! 気まぐれ? そんなんで…」
「すまないとは思ってる、ただ長らく蓬莱人なんて物をやってると命の重さ、と言う奴が良く分からなくなってね」
「あの時、途中で誤解だと気が付いたが結局最後の最後まで私はお前を殺すつもりだった」
確かに、妹紅の弾幕の全てには滲み出るような殺意が込められていた、あれは殺し合いと呼べた
当たり所が悪ければいかに弾幕ごっこと言えども死に至る事はあるし、ごっこだからと言っておもちゃの弾を使う訳ではない
非常に曖昧な弾幕ごっこと殺し合いの境界線、それは意思、相手を殺そうとする意思の有無で決まるのである
「じゃあなんでトドメ刺さなかったのよ、殺し合いなのに」
「最後に私が火の鳥を放った時の事を覚えてる?」
「ああ、うん、何となく…だけど」
あの時は正直言ってあんまり良く覚えてない
到底避けられそうも無い様な弾を避けていたような、到底行使出来ようも無い力を行使していた様な
でもこれだけは、新しいスペルカードを使用した時は懐かしいような温かいような
不思議な空気に包まれていた事、これだけは気を失う前から今もずっと確かな実感として記憶に残ってる
「あの時は驚いた……私も1000年程生きてるけど、鳳翼天翔を凌いだ氷精なんて初めて見たよ」
「まー、あたいはそこいらの氷精とは訳が違うからね」
「他にも、どんな噂を聞いたのか知らないけど氷精のくせに火を臆さずあんな所までやってくるし
氷精のくせにギャーギャーうるさく喚くし、氷精のくせにあんな涙と鼻水だらけの、ぷっ」
月のいはかさを使用した時に見た面白すぎるチルノの顔を思い出し軽く噴出す
「う、うるさいっ! あん時はあたいだって必死だったんだからっ!」
「あははっ、それもだよ、氷精のくせにやたらと必死で、全力でさ」
「氷精なんてものは仮に目の前に槍を突きつけられたとしてもつーん、とすましてる様な物なんだよ
あいつらは感情ってやつが凍ってしまってるからね」
「ふんっ、変わり者の氷精で悪かったわね、でも生憎だけどこれがあたいなの、今更生き方を曲げる気は無いよ」
「多分…私も良く分からなかったからさっきは気まぐれだと答えたんだけど」
「何がさ」
「お前を助けた理由だよ、私は変わり者のお前と話をしてみたかったんだと思う」
「………」
「1000年も生きてるとね、もう何もかも大抵の事は分かってしまうの
お前には分からないと思うけどこれがまた苦痛でね、生きてても驚きが無い、新鮮に思える事が無い
空虚なのよ、何もかもが、不死の存在を仮に殺せる物があるとしたらそれは…退屈って奴だと思うよ」
「だからお前みたいな、常識の枠から外れた奴を見るのは楽しいし、話をしてみたらもっと楽しかった」
妹紅は自身に刻まれた不死と言う名の呪い、それをもう諦めたようなあっけらかんとした表情で伝えた
「えーーーーとっ、つまり、不死だかなんだかってのは私には分からないんだけど
……要するに私と友達になりたいって事でいいの?」
「友達ねぇ…ま、そういう事でいいかな」
「なら友達成立ね、じゃあ早速、私の友達である所の妹紅に言っとくわ」
「事情はともかくとして、私の事助けてくれてありがとうね」
すっ、とチルノは右手を妹紅に差し出す
慧音を除き長らく他者との交流が無かった妹紅は初め、右手を差し出された理由が分からなかったが
やがてその意味に気が付くとチルノの手を握り返す、氷精特有のひんやりと気持ちいい体温を感じた
「涼しい手だね、しかしあの時のお前は…」
「チルノって呼んでよ、友達なんだし」
「じゃあチルノ、あの時のチルノはまるで星火燎原の如く…これは言いすぎか」
「なんなのそのせーかりょーげんって?」
「ああ、それはね………」
結局体が燃えてる火の鳥の羽は手に入れられなかったものの、代わりに一人の友達を得たチルノは
実に5日振りに帰る事になった、来た時とは逆の進路に向かい竹林を抜け、森を抜けると見慣れた光景が広がった
まだ残暑の厳しい照りつけが湖全体に反射してキラキラと輝いている、そこは住み慣れた紅魔湖だった
と、さっそくどこぞの妖精の後ろ姿が見えたのでこっそりと後ろから接近、急に声をかけてやった
「たっ、だいまーーーー」
「ひゃうっ!! ………もう驚かせないでよ~」
と妖精は後ろを振り返るとしばし硬直、妙な間が出来て手持ちぶたさなチルノはとりあえずウインクをしてみた
「ぎゃっ、ぎゃああああーーーーあああーーーーー」
叫ぶや否や名も無き妖精は脱兎の如く飛んで行き後には片目を瞑って一人浮かんでるチルノが残った
「時間差で驚くなんて器用な事する奴ね…ま、とりあえず大妖精のとこにでも行こうっとー」
と進路を変え大妖精が遊んでいそうな所に目星を付けしばらく飛ぶと、やっぱり居ました大妖精
最近は湖に波紋を走らせて絵を描く練習をしてるらしいが今日はそのトレーニング中のようだ
向こうからも確認出来るくらいに近づいたチルノは片手を振り大声で叫んだ
「たーだいまー、かえってきたよーーー」
湖面から顔を上げた大妖精はさっき驚かせた妖精と同じ様にしばらく硬直した後
プンッっとまるで限界まで速さを追求したF1マシンが眼前を横切った時に聞える音の様な
乾いた音を立てながら一息でチルノに接近、ガシガシにぎにぎと一通りチルノの体をまさぐり
「うわはあああぁあああぁああん!!!ぢうううう、ぢうおちゃんがいぎでだよおおおおおおおおお!!!!」
チルノは思いっきり抱きしめられ背骨にみしみしと、顔にふにふにとした感覚を覚える
「ふーー! んんーーー!!」
「うえへえええんん!!! チルノちゃぁぁああん、チルノちゃぁああぁあああん!!!」
「んー!! んんんーー!!! ………」
「よかったよおおおぉお! 本当によかったよおおおおお!!!」
「んーーー!!!」
どんっ、っと全身に力を込めて大妖精を引き離す、運良く拾えた命をここで失うのはあまりに馬鹿げた話だろう
「あうっ、チルノちゃんが生きてた、お姉ちゃん・・・…ずっと心配してたんだよ・・・うっ、ううっ、チールーノーちゃああぁぁあん!」
「だからもうキリが無いってばっ!」
しばらくの間、泣いてる大妖精を落ち着かせる→大妖精落ち着く→落ち着いて現状を理解した大妖精は泣き出す
といったループコンボを決めた後、涙も枯れて憔悴しきった大妖精から事情を聞いた
なんでも5日前にチルノが出発した時に一部の妖精達が後を付けていたらしく
その後のチルノの目的は全て目撃されていたのだ、竹林に突入した事
妹紅から放たれる理不尽な弾幕をスペルカードで凌いだ事、恥ずかしいピースマークを出した事
その後も月のいはかさを超近接状態で破った事も、妹紅の鳳翼天翔を避けた事も(鳳凰を見た時に妖精の9割が逃げ出した)
しかし、その後チルノが使ったコールドディヴィニティーにより発生した吹雪で
残りの妖精達も吹き飛び気絶、目を覚ました頃にはチルノの姿も妹紅の姿も無く
その最後まで残っていた妖精達の報告によりチルノはその火の鳥使いと相打ちになった、と言う事になっており
湖畔には勇敢なチルノの偉業を称える記念碑まで立ってたらしい、材質は氷だったからもう解けてるだろうけど
とにかく、一連の出来事に相変わらず噂好きな妖精達の手によって背ビレだの尾ビレだのが追加された結果
紅魔湖一帯におけるチルノの新たな評価が固まった
やっぱりチルノは強くて頼りになる氷精の中の氷精
想像も出来ないような手順を踏む羽目にはなったが当初の目的を達成したチルノは
木陰に設置された専用のハンモックに寝転がり、今度は大妖精でも連れて妹紅のとこに遊びに行こうかなぁ
なんて事をぼんやり考えながらそのまま寝た、妖精とは本来自由気ままなその日暮らしを楽しむものなのだ。
妖精、と言う枠で考えるのなら卓越した能力を持っている彼女の地位は紅魔湖一帯に住み着く妖精コミュニティの中で顔役
まとめ役に相当、他の妖精達からは姉さん、姉御、お姉ちゃんと慕われ
退屈だと呟けばダース単位の蛙が差し出され、のどが渇いたと呟けば取れたて極上の朝露が差し出される
この状況はチルノにとって多少むず痒くもあったが、慕われる、尊敬されると言うのは
単純に気分が良いものなので、チルノの人生は概ねハッピーだと言えた。
が、これも昔の話
幻想郷を不自然な霧が包み込んだ夏、この時の敗北は仕方が無かったし、状況にも救われる
空飛ぶ巫女と空飛ぶ魔女の実力は、妖精全員が身をもって体験済みだった事に加え
真夏に氷精が力を出せる訳無いじゃん? と尋ねたならば ああ、それも全くな話ね と一同納得
むしろあの二人の化け物相手に良く持ちこたえた、流石は我らのチルノと逆に株を上げる結果にもなった
しかし次が不味かった
不自然に長かった冬に最後が訪れた日、あの雪山での敗北は致命的だった
あの日、チルノは一人で遠出していた為に目撃者はゼロ
一つの事実は噂好きの妖精達の手によって背ビレだの尾ビレだのが追加された結果
氷精のくせに真冬の雪山でチルノが負けた
巫女でも魔女でも無い普通の人間にチルノが負けた
説明するまでもないがこの普通の人、とは紅魔館メイド長を勤める十六夜 咲夜その人であり
縦横無尽に空を飛び、自由自在に時を止め、百発百中のナイフを放るその姿は
ちょっと気の弱い妖精が見た場合、その後三日は悪夢でうなされるような
それはそれは恐ろしい人間であり、普通の人間なんかでは無い事を補足しておく。
とにかく、事実がどうあれこのショッキングな内容の噂は妖精達の間を駆け巡り
チルノの評価は失墜、更には喉元過ぎて熱さを忘れた一部の妖精が
よくよく考えたら巫女も魔女も大したことなかった、つまりチルノも大したことなかった
などと吹聴を始める始末、妖精の噂も45日と言う事で噂自体は早々に消えたが
それ以降は平穏な日々が続いてしまい、チルノも汚名返上の機会を掴む事が出来ず
まるで透明の巨大な化け物に飲み込まれてしまった様な、なんとも言えない断絶感を抱え悶々とした日々を過していた
「……でね…らしくて………だよね」
「──あ、うん…」
今日も元気の無い親友の為に色々と話題を仕入れてきた大妖精、しかし当の本人は上の空
「でね?……が………で、、ってチルノちゃん全然聞いてないし~、んーー」
「ひゃっ、ひひゃいってあー」
過日の栄華に浸っているのか、空返事を返すだけのチルノの両頬をむにゅ~と引っ張り現実に連れ戻す
「もうっ、この話すっごく恐いんだからちゃんと聞いてよね?」
…恐い話を無理やり聞かせるのもどうかと思ったが、こう見えて大妖精は頑固な性格をしているのでチルノは大人しく従う事にした
「じゃあ最初からね……」
なんでも東の森を抜けると竹林があるらしい
そして更に奥へ進むと巨大な鳥が居るらしい
そいつは全身が燃えてるらしい
大妖精の話をまとめるとこうなるのだがチルノの思考の針は全く触れない
(アホらし…体が燃えてるのに生きてる訳ないじゃん)
「…だよね、恐いよね~」
「うん、そりゃあ恐いね、体がボーボー燃えてるんだし」
「その鳥が今にもここにやってくるんじゃないかってみんな震えてるよ」
「ふーん…… へ?」
「だからぁ、東の森を…」
「ううん、話は分かったけど……震えてる?」
「そうそう! 最初は噂だけだったけど本当に見たって子まで出てきて…あの三角池に住んでる子」
「へーえ………あれれ?」
「ん? どうしたの?」
すぐに立ち昇っては消えるような物ではなく、ここまで影響力のある噂なら…噂で失った地位ならまた噂で取り戻せるのでは……
(あ、あたいってやっぱり天才かも!)
「─────行く」
「どこに?」
「行くっ! あたいは行くよ! 行ってその鳥だか何だか分からない奴を懲らしめるんだからーーー!」
らー らー らー らー
チルノの叫びはそこらを漂っていた名も無い妖精により補足されその、これまたショッキングな内容により
話は一夜で紅魔湖を駆け巡り、翌朝にはその一帯に住む妖精全員が知る所となる。
そして決行の日、大妖精はあの日以来ショックで寝込んでおり今も布団でうんうん唸ってるが
比較的仲の良い妖精数匹が見送りだか説得だかに訪れていた
「ねえー、危ないから止めときなよ」
「だって燃えてるんだよ? 火出てるんだよ?」
「それにチルノは氷精なのに… 火だなんて…」
「もう、あんたらは心配しすぎだから、ナメクジじゃあるまいし火に近寄ったくらいで死にゃあしないってば
ま、今のあたいにかかりゃあ火で燃えてる鳥だろうが虎だろうが───」
くんっ、と右手の人差し指と中指が軽く振られたかと思うと周囲の気温が極端に下がり
収束された冷気が近くに生えてた一本の木を包み込み、それは一本の氷柱に姿を変えた
「お土産に羽でも抜いて持ってきてあげるよ」
その鮮やかな手並みに呆然とする妖精達を背にチルノは颯爽と飛び立つ
(うっわー、今のあたいってばカッコ良すぎない? ウヒヒヒヒ)
しかしその顔はだらしなく緩んでいた
チルノは最初から噂なんて信じていなかった
(体が燃えてる? 鳥? そんなの居る訳無いじゃーん)
恐いも何も体が燃えてる生物なんて存在する訳が無いのだ、どうせ夕暮れに染まる雲か何か
をおっちょこちょいの妖精が見間違えたに違いない、羽は…まあ、その辺の夜雀でも捕まえて引っこ抜けばいいだろう
それを持ち帰って武勇伝の一つでもでっちあげれば……
「その為には、もっと情報が必要ね」
何しろ自分はこれからウソを付くのだ、いかなる質問やツッコミにも対応出来るように
手ゴマは一つでも多い方が良い、最低でも竹林程度は見つけておきたいものだが………あった
速度を保ちながら空をとび続けていると鬱蒼と生い茂る針葉樹の海が不意に途切れ、視界一杯に竹が広がっていた
東の森を抜けると竹林がある、あったのだ、本当にあったのだ
「ま、、まぁ竹なんて何処にでも生えてるし、竹は竹よ、単なる竹なんだから…」
得体の知れない恐怖を飲み込むべく、訳の分からない事を呟きながら高度を下げ
チルノは竹林に入り更に奥を目指す事にした、所詮は竹だし。
(───この感覚は妖精の類か、ふむ……)
チルノに分かるはずも無いのだが実は竹林一帯に探知式の結界が張り巡らされており
侵入者の存在は即座に慧音の知る所となった
(…まあ、こんなちっぽけな奴がどうこう出来る訳も無いか、ほっとこう、最近は月の具合もおかしいから
無駄に力を使うのはあまり利口とは言えないな)
知る所となったが、白沢様のお眼鏡(メガネけーね!委員長!)に適う事も無く放置された、良かったねチルノ
気が付けば風を切って飛んでいたはずのスピードも今では地面を歩く程度まで減速していた
(東の森…竹林)
最初は小さなシミのような違和感
(東の森…竹林)
それが時間の経過と共に広がり続け
(東の森…竹林…)
チルノの心を一色に塗りつぶし
(東の森…竹林…火の)
「だからそんなの居ないって!」
半分なみだ目になりながら、まるで懇願するように叫ぶ
そもそも自分は何をしているのだろう
居る訳が無い物を自分は何故探す事になってるのだろう
当初の目的すら忘れかける程に混乱してきたチルノは更に考える
そもそも本当に自分の意思で探し回っているのだろうか
もしかして…東の森と竹林と言う奇妙な符合とは別の、無意識の底に押し込んだもう一つの違和感
これは探し回ると言うより───誘い込まれてるような……
「こんばんは、お嬢さ…」
「ひぎゃああああああぁああぁああー!!」
「うわっ」
得体の知れない重圧に押しつぶされそうになっていた頃、不意にかけられた声
チルノはひっくり返りそうな…事実、器用にも空中でひっくり返りながら叫び声を上げた
「何なのよっ! あっあああ、あたい! あたいは燃えてる鳥なんか恐く無いんだからね!」
「ほう……燃えてる、鳥、ねえ…」
声が裏返りながらも矢継ぎ早にまくしたてると、謎の少女の表情が変わり
そんなチルノの一語一句をかみ締めるように深く頷く
「そうよ、その鳥よ、そいつを探してるのっ!」
「ふーん、氷精なんかがここに来て何をしてるのかと思ったら…輝夜の所も相当に人手不足みたいね」
「なーに急に出てきてわけわかんない事言ってるのよアンタ、全く、脅かさないでよね」
すっかりペースを取り戻したチルノは特徴的な赤い瞳を持つ少女に向き直りとりあえず虚勢を張ってみたが
それが更に少女の虫の居所を悪くしたのだろうか、口調が荒くなる
「うるさいなぁ、お前は見たいんだろ? 燃えてる鳥が」
「へ…?」
「だから燃えてる鳥が見たいなら見せてやるって言ってるんだよ、あいつは毎度毎度鬱陶しい奴を遣して…腹立たしい」
「だから…あいつ?」
いまいち状況を理解出来ずにきょとんとしてるチルノからすーっと距離を取り、赤い瞳の彼女、藤原 妹紅は最後の口上を述べた
「野を焼き書を焼き人を焼き、しまいにゃ己を焼き尽くす、始原の猛禽、目に焼き付けさせてやるよ、文字通りの意味でね!」
と、同時に妹紅から全方位へ向けた弾幕が展開され、これには流石のチルノも反応し即座に回避行動を取る
速度は遅いものの台風の如く吹き荒れる弾幕の渦を前にお前は急に何をするんだなんて問いかけてる余裕なんて無い
どうなってるのか良く分からないがともかく犀は投げられたのだ、チルノは腹を決めた
(むりむりむりむりこんなの無理だってぇ~)
潔く腹を決めたチルノは早々に泣き言を漏らす、妹紅の弾幕は狙いが甘くただ放射状にばら撒いてるだけなのだが
その量がとにかく異常、視界に広がるのはただ、弾のみ
僅かな隙間を見つけそこに潜り込んでも次の瞬間にはその隙間も塞がれる
相手の正面をキープ出来てるのなら、先程から放ってる反撃の氷弾も当てられるのだろうが
攻撃を避けている間にどんどん位置関係が悪くなり、ジリ貧に陥ってきた
(先に抜くなんて悔しいけどっ、もうどうしようも無い!)
チルノは防御に特化した符、パーフェクトフリーズを抜き放った、その瞬間チルノの周囲をぐるりと囲み殺到する弾幕の全てが停止
それまで響いていた轟音は嘘の様に消え、カードの効果で弾幕だけではなく辺り一帯が凍りついたかの如く静まる
ここぞとばかりにチルノは凍りついた弾をジグザグに避けながら、妹紅の正面にたどり着き連装式の氷弾を叩き付け、全弾命中
「え? なんで当たってんの?」
カードの効果では弾を止める事が出来ても相手の動きを固定する事までは出来ない
チルノ自身もこれが命中するとは思わず、これはあくまで展開を覆す為の布石としての行動
でも何発か当たればラッキーだな、程度の認識で放った攻撃が、全弾、もれなく命中
妹紅の体が落下すると同時に周囲にまだ固定されていた弾幕も全て消失
(あ、これってもしかしてもしかする? もしかして私!)
────リザレクション
自らの勝利を確信したチルノがうっかりとピースマークを出してしまったその時
力無く落下する妹紅の体から一瞬、鳳凰を模したような形の巨大なエネルギーが噴出し
妹紅は何事も無かったかのようにチルノの前に対峙していた。
「ふーん、アンタ面白い事するんだね、弾を凍らせる氷精なんて初めて見たよ…
力の総量はともかくとして質はそれなりの物を持ってるみたいだね」
「ちょ、ちょっとなんでそんなにピンピンしてるのよ! さっきわたしの弾が全部直撃して」
「うん、直撃したね、痛かったね、死に掛けたね、でも今私はこうしてる」
「さっきだって、避けようと思ったら簡単に…」
「うん、あんな考え無しの攻撃簡単に避けられるよ、でもね」
嬉しそうに微笑みながら一度首をコキっと鳴らして妹紅は言葉を続ける。
「私、死にかけないとどうにも力が出せなくてね、わざと当たらせてもらう事にしたのよ
今回は中々に面白いお客さんみたいだから、相応の持てなしをする為にね」
カードの宣誓により辺り一帯に立ち込めていた空気の質が変わる、妹紅の両肩に先程の鳳凰が具現した。
「くっ、燃えてる鳥ってアンタの事だったのね?」
「何処の誰が言ったか分からないけど確かにそうかも知れないねぇ、ま、もっとも
真に燃え盛る鳳凰が見たいならもう少し頑張ってもらう必要があるんだけどね」
「馬鹿にしてっ!」
チルノの言葉を皮切りに再び両者は弾幕を展開し始める、先程と比べて妹紅の攻撃は弾の密度が比較的薄く、速度も大した事が無い
チルノは何ら問題無くそれらを避けながら妹紅に氷弾を撃ち込み続ける…が
どうやらあの両肩に見えるエネルギーの塊が弾の威力を殺しているらしく
当たってはいるものの特に目に見える程のダメージは与えれてない
だがそれも積み重なれば…事実被弾する度に鳳凰の翼がすこしづつブレていく。
(うん、弾も良く見えてるしこの調子なら……行けるかもしれない)
確かな手応えを感じつつ更に弾を撃ち込み続けるチルノ
弾道もほぼ見切り終わり、回避に回していた意識を攻撃に転換し始めたその瞬間
全身の毛が逆立つような悪寒を感じ弾が来ても居ないのに全力で回避行動を取った
するとそれまでチルノが居た位置を後方から飛んできた弾が薙ぐ
それは速度こそ遅かったものの、触れれば確実なダメージを約束する確かなプレッシャーを秘めている
何事かと、危険を承知で後ろを見やったチルノは我が目を疑う事となった。
避けたはずの弾幕群がそこには留まり、あまつさえこちらを目指して進んできてるではないか
そしてチルノは全てを理解した、このカード、前方からの攻撃は単なる囮
本命は今もゆっくりとこちらに迫りつつある後ろのアレだ!
理解は出来た、だが出来た所で即座に攻略方法を思いつける訳ではなく
これからは前方の攻撃に加え後ろからの強襲にも注意しなくてはならない、ならないが…
(そんな簡単に出来たら苦労はしないわよっ、もう嫌~!)
前方に意識を向ければ後方が、後方に向ければまた前方が
こうなってくると先程まで大した事ないと思っていた前方からの弾幕さえ回避不能な恐ろしい攻撃に思えてくる
前と後ろ両方からのプレッシャーがこれほどに恐ろしい物だとは…
「ふふっ、気が付いた時はもう手遅れ、前後から迫る弾幕をコイツはどう対処するつもりだろうね」
離れた距離では表情までは見えなくても、相手が慌てる様子はしっかりと見て取れる
全てを理解し急にせわしなく動き始めたチルノを見ながら妹紅は楽しそうに呟いた
それでもなんとか避け続けるチルノではあるが、時間が経つに従い背後に展開された弾幕の密度が濃くなり
かすり続けて全身だってボロボロ、今も偶然体が傾かなければ背後の弾が直撃していた
(なんとなしないと、何とかしないと…)
最初に妹紅から放たれた放射状の弾幕を見た時感じたこと
これはいつもの弾幕ごっこじゃない
違うのだ、空気が、攻撃自体は激しいものの、何処と無くなあなあな雰囲気が漂ってるいつもの弾幕ごっこじゃないのだ、この空気は
自然霊であるチルノはこうした感情であるとか、場の雰囲気を無意識の内に読み取る事に優れその結果、導き出した答えは
少なくともあいつは私を殺すつもりでかかってきてる
こうやって考えてる時間だって惜しい、相手が弾を吐き出せば吐き出すほど流れ弾は背後に溜まり
それは軌道を変えゆっくりとゆっくりと自分の命を刈り取る為に迫ってくる
今も尚自分の攻撃は当たり続けているが、まだ妹紅を倒すまでは及ばないようだ
(でも考えないと、考えないと…! どうしよう、どうしよう…!)
最早パニック状態で弾幕の海を漂うチルノ、いっその事楽になってしまおうか…そんな考えすら浮かんだその時
いつもの弾幕ごっこでは無い事態を察知したチルノの本能が一つの答えを導き出した
(これしかない…! でも、いやだぁ、いやだよおおおぉぉおおおおっ)
チルノが涙目になりながら導き出したこれ、とは後方の弾幕のスピードが極端に遅い事に目を付け
前方の弾幕を避けながら急接近、背後の弾幕群が決壊を起こす前に全速で妹紅を落とす事だ
ただこれは前から飛んでくる弾幕に対し自らスピードを上げた状態で正面から突っ込み
更にそれを避ける必要があるので、一歩間違えれば自ら相手の弾に飛び込む事となり
……正直言ってバンザイ気味の作戦だった。
(でも、やんないと、やんないと、うわあああぁぁああん!)
もう悩んでる暇も躊躇して暇も無い、特攻を決意した(泣きながら)チルノは叫び声をあげながら急加速
今も放射状に展開される前方の弾幕に突っ込んだ
「ちくしょおおおおおっ、ふざけやがってえええええぇえぇえええー!!」
涙と鼻水を流しながら、それでもカクッカクッっと適切な回避行動をとりつつ
ヤケクソ気味な速度で妹紅に肉薄したチルノはこれまた意味不明な言葉を叫びつつありったけの氷弾をお見舞いした
この時の妹紅はチルノの顔があまりにも面白すぎて軽く噴き出してしまった
(何笑ってんのよおおおっ、くっ、早くっ、落ちなさいってば!)
無論、いくら近づいた所で相手の弾を封じられる訳も無く、チルノが必死の形相で打ち込み続ける今も
妹紅は弾を放ち続けてるのだが、当たらない、広がりきる前の収縮した状態だと言うのにチルノは避け続ける
もう弾も見ていない様な気がするがそれでも避け続け、打ち込み続け、ついに鳳凰の翼は霧散した
同時にチルノのすぐ背後まで迫っていた弾を含めた全ての弾幕が消滅
「はあっ、はあっ、はあっ…」
もう全身汗だくで顔も髪もグシャグシャ、浮かんでるのが不思議なくらいボロボロになったチルノが大きく息を…
───リザレクション
まるで、見計らっていたかのようなタイミングで声が響く
ゆらり、と上体を起こした妹紅は何故かぽかーんと口を開けていた
「最初は笑っちゃったけど、結局最後まで避けきるなんて……」
「月のいはかさをあんな風に避けるなんてアンタが初めてよ…しかも弾も見ないでどうやって避けてたのよ」
「はあっ、はあっ、あっ、あ、あたいにっ、はあっ、かかればっ、はあっ、あんなの、はあっ、はあっ」
最後まで言い切る事も出来ずに再び荒い呼吸を繰り返す
「面白い奴だねぇ、、本当に輝夜の刺客なの?」
「だからっ、はあっ、はあっ、かぐやって、はあっ、誰なのよ」
「あらら? もしかして私の勘違いかな?」
「でもアンタ、明らかな意思を持って竹林に踏み込んで来たわよね、目的は?」
「初めに言ったでしょ、はあっ、ふーーーー、体が燃えてる鳥を探してるって」
「ああ…言葉通りの意味だったんだ」
「まさか本当に居るとは思わなかったけどね」
「うん、事情は分かった、でも途中で止める訳にいかないってのも分かるわよね?」
「ま、まぁね」
「では改めて」
再び妹紅はその場から距離を取り
「ちょっと順番が変わるけど、この程度なら問題無いでしょ」
少しでも体力を回復させる為、チルノは返事を返さない
「じゃあ行くね、お待ちかねの、体が燃えてる、鳥」
───不死「火の鳥 -鳳翼天翔-」
ぐにゃり、と空間が歪みそれまでとは全く異質の空気が立ち込め──空気と言うより熱気とでも呼ぶべきだろうか
妹紅と中心とした半径3メートル程にはうっすらと陽炎すら見える
(こいつはいよいよもってヤバそうね…)
チルノの予想裏付けるが如く膨張を続けるエネルギーは、ある一点越えると堰を切ったように妹紅の両翼に流れ込む
そして妹紅が微笑んだように見えたその時、巨大な鳳凰が出現したかのように見えた
その正体は大小様々な炎弾の集合体だが、そのあまりにも神々しく、猛々しく、荒々しいその姿は正に鳳凰
居たのだ、東の森の奥にある竹林の更に奥、体が燃えてる鳥は確かに居たのだ。
バシュ、そしてその巨大な鳳凰は放たれる
前に抜けるのは不可能、後ろに下がるなんて持っての他、では横しかない
疲弊した体に鞭打ってチルノは90度真横に全力で動いた、なんとか回避
しかし妹紅は休む暇も与えずに、バシュ、第二射、先程と全く同サイズの鳳凰が放たれ
またもチルノは全力で真横に逃げこれを回避するが、二発目を避けた時点で降参した、もう動けない
もう体はボロボロだ、正直言って普通に飛ぶ事だって苦しい
「あ、あは…」
そんなチルノが目にしたのは余りにも無慈悲な光景
どうせまた飽きもせず火の鳥でも出してるんでしょう、と投げやり気味に妹紅を見やったチルノは
「あははっ…」
笑うしか無かった、妹紅の周囲に輝くは六対の翼、都合5匹の鳳凰が産み出されていた、が直ぐには放たれない
あんな強大なエネルギーの塊を同時に5個もコントロールしているのだ、制御に時間がかかるのだろう
とにかく、チルノに最後の時間が与えられた。
仮に体調が万全だとしてもあれを避けきるのは不可能、だろう
どの方向に逃げた所であの炎に絡め取られるのがオチだ、ではスペルカードでは……残念ながらこれも無理だと思う
先程の会話の間に完全な状態で一発撃てる程度の符力は溜まったし、今も少しずつ少しずつチャージされてる
だがその符力を使って何を撃てばいいのだろうか、唯一この状況を打破出来るであろうパーフェクトフリーズ
それはもう既に失われてしまった、残る自分のカードはどれも広範囲に散らばる物ばかり
あの超高密度の炎の塊に対抗出来るスペルは、、、一つだけあるじゃないか……
巫女に魔女にメイドに、一泡噴かせてやろうと開発した新スペルが…今までの自分に欠けていた決定力を補う為の新スペル
集めた冷気を一点に圧縮、収束して撃ち出すアレが、まだ未完成なアレがあるじゃないか…
5匹の鳳凰はもうどこも欠けてる部分も無く完全な形で出現していた、次の瞬間にも打ち込まれるだろう
チルノは覚悟を決めた
いや、最初に鳳凰を見た時から覚悟は出来ていた、例え未完成だろうがなんだろうが
あの圧倒的質量に対抗する為にはこれしかないだろうと……
バシュ、バシュ、バシュ、バシュ、バシュ、妹紅の手を離れ自由になった鳳凰がその軌道上のあらゆる存在を蹂躙しながら迫り来る
(これだけ大きけりゃ、狙う必要も無いか…)
チルノは両目を閉じ、右手をゆっくりと前に掲げ、それはまるで氷精の本質を体現したような、普段の彼女からは
考えられないような落ち着きはらった声で澱みなく呟く
───凍符「コールドディヴィニティー」
紡がれた言霊はその瞬間、不可視の力に変換され、刹那の間を置いて突風に
突風は吹雪に変じ、辺りは瞬時に極寒の地獄と化した
しかし鳳凰は動じない、過去何人もの刺客を飲み込んできたそれは
冷気を飲み込み、氷精を飲み込みその腹に収める為に勢いを失う事無く直進、吹雪の壁を突き破り続ける
やはりこんな吹雪では燃え盛る鳳凰を阻む事など───否、これは単なる布石である
この数cm先も見えない劣悪な視界の中、確認出来る者が居よう筈も無いが
吹雪はチルノの突き出した右手の前方一点に収束しているのだ
そこには大小様々な氷塊、氷塊、氷塊、氷塊、大きさも形もてんでバラバラな氷塊
妹紅のそれとは違い美しさの欠片も無いそれら、何かに例えるとしても
単なる群体としか形容の出来ないそれは今も尚、歪に、醜悪に、力強く、膨張を続け、やがてピークに達したその時
ぶるん、と全ての氷塊が一斉に震え、チルノの前から吐き出された
やがて炎の鳳凰と氷の群体、全く反対の性質を持つ巨大なそれらの塊が正面からぶつかった時、辺りは光に包まれ
肉体も精神も限界まで酷使し、薄れ行く意識の中チルノもまた光に包まれた
(あ、わたしできたんだ…アレ、あいつに見せたかったなぁ…)
(ていうか、ここからあの山みえるじゃない…この光で眠ってるあいつが目を覚ましたらなぁ…また遊べるのに……)
……………………
(あつ…あつい…あつい、あついあついあついあつい……ああもうっ!)
寝苦しさに耐え切れず布団を思いっきり蹴飛ばしたつもりチルノだったが、力を入れた足はまるで動かず
「ひぎゃあああああぁあああぁっ!!」
雑巾と間違われてそのまま全身を絞られたような痛みが襲った
「ひっ、ひっ、ふー、ひっ、ひっ、ふー」
「ああ、目が覚めた様だな、丁度いい」
カラリ、とふすまを開けて見知らぬ女が入ってくる
「体の調子はどうだ? まだロクに動けないだろうから無理はしない方がいい」
「………」
「………」
「聞きたい事が多すぎてわけわかんないんだけど」
「だろうな、私もどこから説明していいものやら…」
「じゃあとりあえず二つだけ、あんたの名前とそのおぼんに乗ってる食事は誰の為の物なのか教えてよ」
「はははっ、確かに変わり者だな、いいだろう」
「私の名前は上白沢 慧音、で、こっちの食事はお前の想像通りだよ」
かしゃんとチルノの枕元におぼんを置くと
「わたしはチルノって言うの、よろしくね」
「何に対してのよろしくなんだ?」
「ご飯、食べさせてくれるんでしょ?」
「ああ、勿論そのつもりだ」
慧音と名乗った少女は笑いをこらえながらチルノの上体をゆっくりと起こす
その後チルノは少しだけ食事をし少しだけ慧音と話をし眠った
人間とは体の作りが少々異なる妖精は傷の治りもまた早く、全身ズンボロで死にかけていたチルノも2.3日で立って歩ける程に回復
寝たきりだった頃に聞いた事、色々と話した事を思い出しながら近所を散歩していた。
あの竹林で対峙した奴は藤原 妹紅と言う名前だった事、そいつは蓬莱人である事、蓬莱人とは不死身の存在である事
よりにもよってそいつが重症のチルノを慧音の庵に運んだ事、でも一番の疑問
なんで私を殺そうとした奴が私の命を救ったのか
こればっかりは慧音も本人から聞いてくれとしか答えず、チルノはいつか訪れるであろう客人を思いながら帰途の道を進んだ
そして4日目の朝、食事を持ってチルノの部屋を訪れたのはここ数日で見慣れた慧音の姿ではなく、あの藤原 妹紅だった
「……」
「……」
二人はしばし見つめ合った後チルノはとりあえず、と渡された朝食を受け取り無言で掻き込む、勿論妹紅も無言
そのまま朝食をたいらげ一気飲みした湯のみをチルノがコトンと置くと二人同時に
「ところで、さ」「あのね」
……沈黙
「そ、そっちから先に言いなよ…」
「あ、ああ、うん、あーあーあーあー」
「私の名前は藤原…」
「知ってる」
……
「じゃ、じゃあ次はお前だ」
「う、うん、あーあーあーあー」
「私の名前はチルノ」
「知ってる」
……
「あああっ、これじゃ話が続かないじゃない!」
「分かってるならなんとかしてよ、なんでお互い分かりきってる事を聞くんだ!」
「アンタが先にするから釣られちゃっただけよ!」
あれが単なる弾幕ごっこなら今頃は仲良く月見でもしているのだろうが
この前のは純然たる殺し合い、しかも初対面の相手とだ
こんな妙な空気が流れるのも仕方ない事だった、ってけーねが言ってた
「じゃあ言うよ、お前を殺そうとしたのは輝夜の刺客だと勘違いしたからで
助けたのはそれが誤解だって分かった事と、その…何だろう、気まぐれよ」
「か、勘違いって! 気まぐれ? そんなんで…」
「すまないとは思ってる、ただ長らく蓬莱人なんて物をやってると命の重さ、と言う奴が良く分からなくなってね」
「あの時、途中で誤解だと気が付いたが結局最後の最後まで私はお前を殺すつもりだった」
確かに、妹紅の弾幕の全てには滲み出るような殺意が込められていた、あれは殺し合いと呼べた
当たり所が悪ければいかに弾幕ごっこと言えども死に至る事はあるし、ごっこだからと言っておもちゃの弾を使う訳ではない
非常に曖昧な弾幕ごっこと殺し合いの境界線、それは意思、相手を殺そうとする意思の有無で決まるのである
「じゃあなんでトドメ刺さなかったのよ、殺し合いなのに」
「最後に私が火の鳥を放った時の事を覚えてる?」
「ああ、うん、何となく…だけど」
あの時は正直言ってあんまり良く覚えてない
到底避けられそうも無い様な弾を避けていたような、到底行使出来ようも無い力を行使していた様な
でもこれだけは、新しいスペルカードを使用した時は懐かしいような温かいような
不思議な空気に包まれていた事、これだけは気を失う前から今もずっと確かな実感として記憶に残ってる
「あの時は驚いた……私も1000年程生きてるけど、鳳翼天翔を凌いだ氷精なんて初めて見たよ」
「まー、あたいはそこいらの氷精とは訳が違うからね」
「他にも、どんな噂を聞いたのか知らないけど氷精のくせに火を臆さずあんな所までやってくるし
氷精のくせにギャーギャーうるさく喚くし、氷精のくせにあんな涙と鼻水だらけの、ぷっ」
月のいはかさを使用した時に見た面白すぎるチルノの顔を思い出し軽く噴出す
「う、うるさいっ! あん時はあたいだって必死だったんだからっ!」
「あははっ、それもだよ、氷精のくせにやたらと必死で、全力でさ」
「氷精なんてものは仮に目の前に槍を突きつけられたとしてもつーん、とすましてる様な物なんだよ
あいつらは感情ってやつが凍ってしまってるからね」
「ふんっ、変わり者の氷精で悪かったわね、でも生憎だけどこれがあたいなの、今更生き方を曲げる気は無いよ」
「多分…私も良く分からなかったからさっきは気まぐれだと答えたんだけど」
「何がさ」
「お前を助けた理由だよ、私は変わり者のお前と話をしてみたかったんだと思う」
「………」
「1000年も生きてるとね、もう何もかも大抵の事は分かってしまうの
お前には分からないと思うけどこれがまた苦痛でね、生きてても驚きが無い、新鮮に思える事が無い
空虚なのよ、何もかもが、不死の存在を仮に殺せる物があるとしたらそれは…退屈って奴だと思うよ」
「だからお前みたいな、常識の枠から外れた奴を見るのは楽しいし、話をしてみたらもっと楽しかった」
妹紅は自身に刻まれた不死と言う名の呪い、それをもう諦めたようなあっけらかんとした表情で伝えた
「えーーーーとっ、つまり、不死だかなんだかってのは私には分からないんだけど
……要するに私と友達になりたいって事でいいの?」
「友達ねぇ…ま、そういう事でいいかな」
「なら友達成立ね、じゃあ早速、私の友達である所の妹紅に言っとくわ」
「事情はともかくとして、私の事助けてくれてありがとうね」
すっ、とチルノは右手を妹紅に差し出す
慧音を除き長らく他者との交流が無かった妹紅は初め、右手を差し出された理由が分からなかったが
やがてその意味に気が付くとチルノの手を握り返す、氷精特有のひんやりと気持ちいい体温を感じた
「涼しい手だね、しかしあの時のお前は…」
「チルノって呼んでよ、友達なんだし」
「じゃあチルノ、あの時のチルノはまるで星火燎原の如く…これは言いすぎか」
「なんなのそのせーかりょーげんって?」
「ああ、それはね………」
結局体が燃えてる火の鳥の羽は手に入れられなかったものの、代わりに一人の友達を得たチルノは
実に5日振りに帰る事になった、来た時とは逆の進路に向かい竹林を抜け、森を抜けると見慣れた光景が広がった
まだ残暑の厳しい照りつけが湖全体に反射してキラキラと輝いている、そこは住み慣れた紅魔湖だった
と、さっそくどこぞの妖精の後ろ姿が見えたのでこっそりと後ろから接近、急に声をかけてやった
「たっ、だいまーーーー」
「ひゃうっ!! ………もう驚かせないでよ~」
と妖精は後ろを振り返るとしばし硬直、妙な間が出来て手持ちぶたさなチルノはとりあえずウインクをしてみた
「ぎゃっ、ぎゃああああーーーーあああーーーーー」
叫ぶや否や名も無き妖精は脱兎の如く飛んで行き後には片目を瞑って一人浮かんでるチルノが残った
「時間差で驚くなんて器用な事する奴ね…ま、とりあえず大妖精のとこにでも行こうっとー」
と進路を変え大妖精が遊んでいそうな所に目星を付けしばらく飛ぶと、やっぱり居ました大妖精
最近は湖に波紋を走らせて絵を描く練習をしてるらしいが今日はそのトレーニング中のようだ
向こうからも確認出来るくらいに近づいたチルノは片手を振り大声で叫んだ
「たーだいまー、かえってきたよーーー」
湖面から顔を上げた大妖精はさっき驚かせた妖精と同じ様にしばらく硬直した後
プンッっとまるで限界まで速さを追求したF1マシンが眼前を横切った時に聞える音の様な
乾いた音を立てながら一息でチルノに接近、ガシガシにぎにぎと一通りチルノの体をまさぐり
「うわはあああぁあああぁああん!!!ぢうううう、ぢうおちゃんがいぎでだよおおおおおおおおお!!!!」
チルノは思いっきり抱きしめられ背骨にみしみしと、顔にふにふにとした感覚を覚える
「ふーー! んんーーー!!」
「うえへえええんん!!! チルノちゃぁぁああん、チルノちゃぁああぁあああん!!!」
「んー!! んんんーー!!! ………」
「よかったよおおおぉお! 本当によかったよおおおおお!!!」
「んーーー!!!」
どんっ、っと全身に力を込めて大妖精を引き離す、運良く拾えた命をここで失うのはあまりに馬鹿げた話だろう
「あうっ、チルノちゃんが生きてた、お姉ちゃん・・・…ずっと心配してたんだよ・・・うっ、ううっ、チールーノーちゃああぁぁあん!」
「だからもうキリが無いってばっ!」
しばらくの間、泣いてる大妖精を落ち着かせる→大妖精落ち着く→落ち着いて現状を理解した大妖精は泣き出す
といったループコンボを決めた後、涙も枯れて憔悴しきった大妖精から事情を聞いた
なんでも5日前にチルノが出発した時に一部の妖精達が後を付けていたらしく
その後のチルノの目的は全て目撃されていたのだ、竹林に突入した事
妹紅から放たれる理不尽な弾幕をスペルカードで凌いだ事、恥ずかしいピースマークを出した事
その後も月のいはかさを超近接状態で破った事も、妹紅の鳳翼天翔を避けた事も(鳳凰を見た時に妖精の9割が逃げ出した)
しかし、その後チルノが使ったコールドディヴィニティーにより発生した吹雪で
残りの妖精達も吹き飛び気絶、目を覚ました頃にはチルノの姿も妹紅の姿も無く
その最後まで残っていた妖精達の報告によりチルノはその火の鳥使いと相打ちになった、と言う事になっており
湖畔には勇敢なチルノの偉業を称える記念碑まで立ってたらしい、材質は氷だったからもう解けてるだろうけど
とにかく、一連の出来事に相変わらず噂好きな妖精達の手によって背ビレだの尾ビレだのが追加された結果
紅魔湖一帯におけるチルノの新たな評価が固まった
やっぱりチルノは強くて頼りになる氷精の中の氷精
想像も出来ないような手順を踏む羽目にはなったが当初の目的を達成したチルノは
木陰に設置された専用のハンモックに寝転がり、今度は大妖精でも連れて妹紅のとこに遊びに行こうかなぁ
なんて事をぼんやり考えながらそのまま寝た、妖精とは本来自由気ままなその日暮らしを楽しむものなのだ。
あたいチルノは、こんなに強いのですか。
こんなに賢いのですか。
やっぱり⑨なのですか?
……そうですか……(涙
馬鹿カッコイイチルノに乾杯
……要するに私と友達になりたいって事でいいの?」
この台詞が好きですね。いかにもチルノって感じで。
氷の弾幕を燃えると言うがごとし。
チルノがかわいいいいいいいぃぃlっぃlkぃぃぃぃぃ!