これは、今から15年程前の物語。
夜の幻想郷の広い草原を、風が静かにそっと撫でていく。その草原の中央付近で、下弦の月に照らされて相対する二つの影がいた。
一つは赤銅色に輝く鎧をまとい、頭から四本の角を生やした「鬼」。先端に鬼の頭を模した棍を両の手で構え、目の前の相手を睨みつけている。
対する相手は、目の前の鬼よりも遥かに巨大な四足の「異形の獣」。
まるで小山のような巨体を揺すりながら、鬼に対して威嚇の唸り声を上げている。その体は複数の猛獣をより集めた様な奇怪な姿だった。
獣の凶眼を正面から受け止めながら、鬼は叫ぶ
「おい、バカ弟子。聞こえてるか。奴はここで仕留める。危険だと感じたら、お前は博麗神社に走れ。万が一、俺が殺られたら・・・・・・ 後は神主の力だけが頼りだ。頼んだぜ」
草原から離れた林の中で、少年は自分の師匠の声を確かに聞いていた。しかし体が恐怖で震えていう事を聞かない。
今までにも師匠が、様々な怪物を倒してきた場面を見てきたが、今度の相手はまるで桁が違っていた。離れて見ているだけなのに、心が萎縮してしまう。
正直、すぐにでも逃げ出したかった。でも体が動かない。
その間にも鬼と獣は少しづつ、だが確実に間合いを縮めていく。
獣が吼えた。そして目の前の鬼に対して右の前肢を振るう。
破城槌に匹敵するような一撃を、鬼は身を翻しつつ避け、逆に獣の懐に潜り込み、手にした棍の一撃を獣の腹に喰らわせる。
巨体に見合わない素早さで、獣は宙を舞い鬼と距離を取る。目の前の相手を強敵だと認めたようだ。姿に似合わず、知能が高い。
対する鬼は、右肩に裂傷を負っていた。
獣が後退した時、尾の先端の大蛇の牙が鬼の肩をかすめた。直撃はしなかったが、傷からは血が流れ続けている。
「破っ!」
轟く気合と共に、鬼の肩の傷が塞がった。
こいつは厄介だなと、鬼は内心舌を巻く。今まで戦ってきた中で、たぶん最強だ。鬼は棍を構え直す。
再び、両者は相対する。
時が止まった様に動かない。だが、目には見えない殺気が常に交錯し続ける。
ふと、獣の目が動いた。
鬼は、そいつが笑ったように思えた。そして、獣は跳躍した。
鬼にではなく、木陰から除く少年に向かって。
「バカ野郎!、早く式を出せ」
鬼の叫ぶ声は聞こえているが、こちらに向かってくる獣の凶眼に射すくめられて、少年は式を出す事ができない。
その間にも獣の顎が迫る。
遅れて鬼も動いた。疾風のように風を巻き走る。
だが、それは獣の罠だった。
少年の目の前で、そいつは体の向きを変えた。獣の尾に少年は弾き飛ばされる。
薄れていく意識の中、少年の眼が最後に見た物は、獣の奇襲を受け血飛沫を上げる鬼。「焔鬼」の姿だった。
弾き飛ばされた少年の体は、止まる事無く転がり続ける。
その先に待ち受けるのは切り立った断崖。意識を失ったまま、少年は崖から転げ落ちた。
-幕間。時間は、その日の朝に戻る-
東京の柴又にある、甘味処であり裏では「魔化魍」と呼ばれる妖怪退治を専門とする、「鬼」に転じる人間達の溜まり場でもある「たちばな」に、一本の電話が入った。
電話の相手は、幻想郷にある博麗神社の神主。
始めは、にこやかに対応していた鬼達を束ねる店主の顔つきが変わる。
「わかりました。うちで一番の手練を向かわせます」
そして店主は、店の二階で寝ている居候達を叩き起こした。
「悪いが出番だ。早く仕度してくれないか」
「くそ、ゆっくり寝ていられると思ったんだがなあ」
大欠伸をしながら、起きた三十代前半の男が返事をする。出番と聞いて表情が変わった。
「おい、バカ弟子。仕事だ、起きろ」
隣で眼をこすっている、中学生くらいの少年の頭を軽くこずく。
「おやっさん、今度はどこだい」
男が店主にたずねる。
「お前さんも知ってるだろう、幻想郷だが、そこにとんでもないのが出やがった。妖怪食いの魔化魍だそうだ」
男の表情が厳しくなった。
数時間後、高速道路を幻想郷目指し、男と少年を載せた大排気量のバイクが轟音を響かせながら走る。法定速度を無視したスピードで。
リアシートで少年が悲鳴をあげる。
「師匠!! もっと安全運転しましょうよ。ほらほら、白黒の車がなんか言ってますよ。二人乗りするなとか、なんとか」
師匠と呼ばれた男は答える。
「お前なー、俺のスペシャルカスタムバイクが、パトカーごときに捕まると思ってんのか。こっちは急いでるんだ、点にしてやるぜ」
男はバイクのアクセルを全開にする。
少年の悲鳴と轟音を残し、それは道の彼方へ走り飛ぶ。あっけにとられたパトカーは、ナンバーを確認する事もできず取り残された。
ちなみにこの事が、少年の乗り物に対するトラウマとなった。
「おい、着いたぞ。いい加減、眼を覚ませ」
顔を軽くはたかれて、少年は目を覚ます。目の前には年季の入った神社が建っていた。
少年は知らなかったが、それは幻想郷を取り巻く大結界の出入り口。博麗神社と呼ばれている建物だった。
どうやら、悪夢のような旅は終わった。
できれば、帰り道は下道にしてほしいな。と、思っていた少年の目の前に、小さな女の子が浮かんでいた。それはもう、見事な位ふわふわと。
「し、ししょー。とんでます、おんなのこが!」
男は、さも当然のように答える。
「何驚いてやがる、ここは幻想郷だ。人間と妖怪が住む魅惑の里だぞ、この位で驚くな」
そして、女の子にたずねる。
「霊夢ちゃん、おかーさんはどこにいるのかな」
「私はここにいます。霊夢、あなたは家に入りなさい。焔鬼さん、お久しぶり。あなたは、いつも賑やかに現れるから、すぐわかりますよ」
巫女装束の綺麗な女性が現れ、少年の師である男、焔鬼に答える。
「この子はあなたのお弟子さんかしら。初めまして、この神社の神主です」
「は、はじめまして」
「バカ弟子、挨拶もろくにできねえのか。それよりも早速本題に入りたいんだが・・・・ひててて、霊夢ちゃん。痛いよ」
霊夢に顔を引っ張られ、苦笑する焔鬼。
「だめよ、霊夢。本当に、この子ったら悪戯が好きで」
「子供はこのくらい元気があった方がいいですよ。あっはっは」
バカ弟子と呼ばれ続けられる少年は、気づかれ無いように自分の師匠を呪った。
場所は博麗神社の中の和室に移る。二人は出されたお茶を飲みながら、神主から一部始終を聞き終えた。
「それで、魔化魍を産み出した人妖の、「童子」と「姫」は森近の旦那が倒したけど、肝心の魔化魍の行方がわからない、と」
「はい、それともう一つ、今回人間には被害はまだ出ていません。どうやら彼ら人妖は、妖怪達を餌に魔化魍を育てていたようです」
本来ならば、魔化魍と呼ばれる妖怪は、産みの親の人妖の、「童子」と「姫」から、餌となる人間を与えられ育つ。成長しきると、本能のままに行動し人間を喰らいまくる。それを阻止し倒すのが、焔鬼達「鬼」の仕事だった。だが、今回はいつもと事情が違う。
「そいつは確かにやっかいだ。そのうち、人間も食い始めるのは目に見えてる。最近の目撃情報は、何か無いのかい」
「北の森の付近で、その姿を見た者がいます。特徴から考えて、どうやらヌエのようですが、とてつもなく大きな巨体だったとか。それに魔化魍は、あなた達の様な鬼の持つ、清めの音の術でなければ調服する事ができません。私達の術では、動きを止めるのが精一杯です」
「善は急げだな。じゃ、早速追跡に入るか」
焔鬼は弟子に声をかける。
「はい!!」
少年は力強く返事を返す。彼は気が付かなかったが、焔鬼は一瞬だけ微笑を浮かべた。今回の件が、こいつの試金石になると良いが、と。
そして、捜索が始まった。
北の森の近くの草原で新しい目撃情報を頼りに、動物の形を模した式を繰り出す。
紙で出来た鶴と狛犬。彼らは、情報の収集や、戦闘時の援護もしてくれる。式達は空と地上の二手に分かれ、標的を目指す。
焔鬼は自分の武器の手入れに余念がない。
命懸けの戦いでは、何が起きるかわからない。不安要素を少しでも取り除くために、心を込める。
少年は周囲に注意をはらいながら、帰ってきた式達から情報を聞き取る。今のところは、全部ハズレの様だ。
「師匠、でかい図体だそうですが、中々見つかりませんね」
焔鬼は答える。
「まだ、狛犬達が帰ってこない。のんびり行こうぜ」
結局、夕暮れ時になっても魔化魍は見つからなかった。式の狛犬達も。
その時、夜雀の悲鳴が森の中から響いた。焔鬼は立ち上がる。
「どうやら、やっこさん、向こうから来てくれたようだな」
そして少年に言う。
「サポートは要らない、反対側の木陰に隠れていろ。見る事も修行の一つだ。見る事で、恐れを乗りこなせる様にだ。お前が本当に鬼になりたいと思うならな」
少年は師匠の指示に従い木陰を目指す。
そして、焔鬼は腰に無造作にぶらさげた、鬼の頭の形をした音叉を取り出し指で弾く。高い澄んだ音が辺りに響き渡った。次の瞬間、赤い炎が渦を巻き、焔鬼の体を包み込む。人の体が徐々に「鬼」の姿へと変わる。
「業っ!! 」
裂帛の気合と共に、炎は消え鬼がその姿を現した。
それと同時に、森の中から静かに巨大な獣が現れた。
猿の頭、虎の四肢、大蛇の尻尾を持つ化け物。その顎には哀れな餌食が咥えられていた。
日は沈み、月が昇り始めている。
獣は鬼を認識し、餌食となった妖怪を吐き捨てる。鬼もまた、自分の倒すべき相手を凝視する。
そして死闘は始まった。
「痛たた」
少年は意識をとり戻した。
体のあちこちが痛むが、幸い骨には異常は無い様だ。そして、自分が誰かに抱きかかえられているのに気付いた。
「大丈夫か、少年」
奇妙な形の帽子をかぶった少女が、自分の顔を覗き込む。彼女は、自分を抱えて宙に浮いていた。
「あなたは・・・、誰ですか」
当惑気味の少年の問いに、少女が答えた。
「君は、鬼の弟子だろう。私は上白沢慧音という妖怪だ」
顔を引きつらせる少年を、少女はさとす。
「安心しろ、私は人間の味方だ。私も魔化魍とやらを探すよう、博麗の神主に頼まれてね。そしたら君が崖から落ちる所に出くわした」
そうだったのか。
少年は、自分を救ってくれた少女に感謝した。そして、窮地にある師匠の姿を思い出す。
「この上で師匠が、焔鬼師匠が魔化魍と戦っているんです。お願いします、助けてください」
少女は少し考え込み、少年に答えた。
「お前は焔鬼の弟子なのか。そうだな、だがもう、お前の師匠が魔化魍に殺されていたらどうする」
少年は師匠の言葉を思い出した。俺が殺されたら神主だけが頼りだと。
そして、あの獣の顔も思い出す。恐怖を具現化した獣に、自分はただ震えている事しかできなかった。恐れがまだ体の芯に残っている。
その時、いつも自分をバカ弟子呼ばわりする、師匠の言葉が脳裏に響いた。
「見る事も、修行の内だ。見る事で、恐れを乗りこなせる様にだ」
恐れを乗りこなせ。
少年は自分に言い聞かせ、答えた。
「その時は、俺が師匠の仇を取ります。俺だって、鬼になる為にずっと鍛えてきたんです」
その少女は、まっすぐに少年の眼を見返す。そしてたずねた。
「君は、何の為に鬼になりたいんだ。人より強くなりたいだけとか、そういう理由かい」
迷いの無い目で、少年は答えた。
「ただ見ているだけしかできない、黙っているだけの人間になりたくないから。だから、俺は鬼になりたいんです。弱虫の自分に負けない、強い鬼に」
慧音は、昔の自分を思い浮かべ、心の中でつぶやいた。
外の世界にも、己と懸命に戦い続けている者がいるのだな、と。
「わかった。君が失神していたのは、ほんの2,3分だ。急げば間に合う。飛ぶぞ」
慧音は少年を抱きかかえると、戦場に向かって宙を舞う。
草原では今も戦いが続いていた。
奇襲で負った傷の為に焔鬼は獣に押されている。
「慧音さん、ここで下ろしてください」
「いいのか、少年」
「はい、慧音さんは、神主さんに連絡お願いします」
少年に気押され、慧音はうなずく。
「わかった、ところで少年、名は何と言う」
名をたずねられ、彼は、自分が鬼になった時の為、考えていた名を口にした。
「ヒビキ、響鬼です」
彼女はうなずき浮き上がる。
「響鬼か、よし覚えておくぞ、くれぐれも無理をするな」
彼女は、博麗神社へ向かって飛んで行く。
その姿を見送り、少年は腰に挿した自分の音叉を取り出し、指で弾く。
恐れを乗りこなせ。
自分の心を奮い立たせろ。
腹の奥底の方から、何か熱い力がわき上がってくるのを感じる。
なれる。
絶対になれる。
俺は、「鬼」になる。
音叉からの音が、体中に響き渡る。そして、音叉を額に近づける。音が増幅され体中に力がみなぎる。
少年は、夜の闇の中を凶獣目指し吼え、走り始めた。
そして、彼の体が、紫色の炎に包まれる。
熱く!
少年の体が鬼に、「変身」していく。
熱く!
巨大な獣は、焔鬼の体を押し倒し、止めを刺そうとしていた為、走りながら近づいてくるもう一体の「鬼」に気づかなかった。
もっと、熱く熱く熱く熱く!!
弱虫な自分を焼き焦がす程に!!
少年は加速した体を、そのまま獣に叩き込む。小山の様な巨体が吹っ飛んだ。
焔鬼は、鬼に転じた弟子を見た。
紫色に輝く鎧をつけ、二本の銀色の角を生やした鬼を。
「バカ弟子と呼ぶのはもう止めだ。野郎に止めを刺す。これを使え」
手渡されたのは焔鬼の武器の棍。
「ヤツのせいで、右手が殺された。技は、竜虎方陣の型だ、できるな」
「はい!」
「じゃ、糞化け物の腹に喰らわせるぜ。」
二体の鬼は、立ち上がりつつある獣に突進する。
焔鬼が左の拳で、獣の脚を殴り折る。
少年は跳躍し、獣の眉間を渾身の力を込め棍で突く。巨体が叫びと共に横倒しになる。
「これで終わりだ!!」
焔鬼は腰のベルトから、清めの音を放つ太鼓状の道具を外し、獣の腹に押し付ける。
それは見る見るうちに巨大化し、大きな火炎太鼓と化した。
少年が叫ぶ。
「昇華、竜虎方陣の型!」
二人の鬼がその前に立ち、清めの音を交互に叩き込む。少年は棍で、焔鬼はその拳で。
轟!! 音が響く。
業!! 音が叫ぶ。
傲!! 音が吼える。
劫!! 音が唸る。
剛!! 清めの音が高らかな歌を奏でる。
幻想郷の夜を、力強く勇壮な打刻音が木霊する。
「「破っ!!」」
二人の気合を込めた一撃と共に、清めの音を全身に刻み込まれた獣は、その力に耐え切る事ができず爆散した。
二人は、その場に座り込んだ。安堵の息を吐く。
傷ついた右腕を押さえ、焔鬼が少年に言う。
「とうとう、鬼になりやがったか」
少年は、嬉しそうに答える。
「はい、師匠」
「そうなると、名前が必要だな」
「いや、もう決めてるんです」
焔鬼は、弟子を睨みつける。
「なにぃ、お前の名前はなぁ、人が聞いたら爆笑されるような、愉快な名前にしてやろうって決めてんだ。タタキとかポンキッキとか」
「そんな名前、絶対に嫌ですよ」
「今回、鬼になったからって自慢にはならねえぞ。じゃ、明日からはスペシャル特訓メニューだな」
「そんな、殺生な」
「俺は師匠だぞ。文句あるか」
そして、二人は顔を見合わせ笑い始めた。
月の光を浴びながら、草原に二人の鬼の笑い声が流れ続ける。
こうして、幻想郷の魔化魍騒動は終わりを告げた。
現在も、彼はどこかで戦い続けている。恐れを乗りこなし、昨日の自分を越え続ける為に。
「終」
夜の幻想郷の広い草原を、風が静かにそっと撫でていく。その草原の中央付近で、下弦の月に照らされて相対する二つの影がいた。
一つは赤銅色に輝く鎧をまとい、頭から四本の角を生やした「鬼」。先端に鬼の頭を模した棍を両の手で構え、目の前の相手を睨みつけている。
対する相手は、目の前の鬼よりも遥かに巨大な四足の「異形の獣」。
まるで小山のような巨体を揺すりながら、鬼に対して威嚇の唸り声を上げている。その体は複数の猛獣をより集めた様な奇怪な姿だった。
獣の凶眼を正面から受け止めながら、鬼は叫ぶ
「おい、バカ弟子。聞こえてるか。奴はここで仕留める。危険だと感じたら、お前は博麗神社に走れ。万が一、俺が殺られたら・・・・・・ 後は神主の力だけが頼りだ。頼んだぜ」
草原から離れた林の中で、少年は自分の師匠の声を確かに聞いていた。しかし体が恐怖で震えていう事を聞かない。
今までにも師匠が、様々な怪物を倒してきた場面を見てきたが、今度の相手はまるで桁が違っていた。離れて見ているだけなのに、心が萎縮してしまう。
正直、すぐにでも逃げ出したかった。でも体が動かない。
その間にも鬼と獣は少しづつ、だが確実に間合いを縮めていく。
獣が吼えた。そして目の前の鬼に対して右の前肢を振るう。
破城槌に匹敵するような一撃を、鬼は身を翻しつつ避け、逆に獣の懐に潜り込み、手にした棍の一撃を獣の腹に喰らわせる。
巨体に見合わない素早さで、獣は宙を舞い鬼と距離を取る。目の前の相手を強敵だと認めたようだ。姿に似合わず、知能が高い。
対する鬼は、右肩に裂傷を負っていた。
獣が後退した時、尾の先端の大蛇の牙が鬼の肩をかすめた。直撃はしなかったが、傷からは血が流れ続けている。
「破っ!」
轟く気合と共に、鬼の肩の傷が塞がった。
こいつは厄介だなと、鬼は内心舌を巻く。今まで戦ってきた中で、たぶん最強だ。鬼は棍を構え直す。
再び、両者は相対する。
時が止まった様に動かない。だが、目には見えない殺気が常に交錯し続ける。
ふと、獣の目が動いた。
鬼は、そいつが笑ったように思えた。そして、獣は跳躍した。
鬼にではなく、木陰から除く少年に向かって。
「バカ野郎!、早く式を出せ」
鬼の叫ぶ声は聞こえているが、こちらに向かってくる獣の凶眼に射すくめられて、少年は式を出す事ができない。
その間にも獣の顎が迫る。
遅れて鬼も動いた。疾風のように風を巻き走る。
だが、それは獣の罠だった。
少年の目の前で、そいつは体の向きを変えた。獣の尾に少年は弾き飛ばされる。
薄れていく意識の中、少年の眼が最後に見た物は、獣の奇襲を受け血飛沫を上げる鬼。「焔鬼」の姿だった。
弾き飛ばされた少年の体は、止まる事無く転がり続ける。
その先に待ち受けるのは切り立った断崖。意識を失ったまま、少年は崖から転げ落ちた。
-幕間。時間は、その日の朝に戻る-
東京の柴又にある、甘味処であり裏では「魔化魍」と呼ばれる妖怪退治を専門とする、「鬼」に転じる人間達の溜まり場でもある「たちばな」に、一本の電話が入った。
電話の相手は、幻想郷にある博麗神社の神主。
始めは、にこやかに対応していた鬼達を束ねる店主の顔つきが変わる。
「わかりました。うちで一番の手練を向かわせます」
そして店主は、店の二階で寝ている居候達を叩き起こした。
「悪いが出番だ。早く仕度してくれないか」
「くそ、ゆっくり寝ていられると思ったんだがなあ」
大欠伸をしながら、起きた三十代前半の男が返事をする。出番と聞いて表情が変わった。
「おい、バカ弟子。仕事だ、起きろ」
隣で眼をこすっている、中学生くらいの少年の頭を軽くこずく。
「おやっさん、今度はどこだい」
男が店主にたずねる。
「お前さんも知ってるだろう、幻想郷だが、そこにとんでもないのが出やがった。妖怪食いの魔化魍だそうだ」
男の表情が厳しくなった。
数時間後、高速道路を幻想郷目指し、男と少年を載せた大排気量のバイクが轟音を響かせながら走る。法定速度を無視したスピードで。
リアシートで少年が悲鳴をあげる。
「師匠!! もっと安全運転しましょうよ。ほらほら、白黒の車がなんか言ってますよ。二人乗りするなとか、なんとか」
師匠と呼ばれた男は答える。
「お前なー、俺のスペシャルカスタムバイクが、パトカーごときに捕まると思ってんのか。こっちは急いでるんだ、点にしてやるぜ」
男はバイクのアクセルを全開にする。
少年の悲鳴と轟音を残し、それは道の彼方へ走り飛ぶ。あっけにとられたパトカーは、ナンバーを確認する事もできず取り残された。
ちなみにこの事が、少年の乗り物に対するトラウマとなった。
「おい、着いたぞ。いい加減、眼を覚ませ」
顔を軽くはたかれて、少年は目を覚ます。目の前には年季の入った神社が建っていた。
少年は知らなかったが、それは幻想郷を取り巻く大結界の出入り口。博麗神社と呼ばれている建物だった。
どうやら、悪夢のような旅は終わった。
できれば、帰り道は下道にしてほしいな。と、思っていた少年の目の前に、小さな女の子が浮かんでいた。それはもう、見事な位ふわふわと。
「し、ししょー。とんでます、おんなのこが!」
男は、さも当然のように答える。
「何驚いてやがる、ここは幻想郷だ。人間と妖怪が住む魅惑の里だぞ、この位で驚くな」
そして、女の子にたずねる。
「霊夢ちゃん、おかーさんはどこにいるのかな」
「私はここにいます。霊夢、あなたは家に入りなさい。焔鬼さん、お久しぶり。あなたは、いつも賑やかに現れるから、すぐわかりますよ」
巫女装束の綺麗な女性が現れ、少年の師である男、焔鬼に答える。
「この子はあなたのお弟子さんかしら。初めまして、この神社の神主です」
「は、はじめまして」
「バカ弟子、挨拶もろくにできねえのか。それよりも早速本題に入りたいんだが・・・・ひててて、霊夢ちゃん。痛いよ」
霊夢に顔を引っ張られ、苦笑する焔鬼。
「だめよ、霊夢。本当に、この子ったら悪戯が好きで」
「子供はこのくらい元気があった方がいいですよ。あっはっは」
バカ弟子と呼ばれ続けられる少年は、気づかれ無いように自分の師匠を呪った。
場所は博麗神社の中の和室に移る。二人は出されたお茶を飲みながら、神主から一部始終を聞き終えた。
「それで、魔化魍を産み出した人妖の、「童子」と「姫」は森近の旦那が倒したけど、肝心の魔化魍の行方がわからない、と」
「はい、それともう一つ、今回人間には被害はまだ出ていません。どうやら彼ら人妖は、妖怪達を餌に魔化魍を育てていたようです」
本来ならば、魔化魍と呼ばれる妖怪は、産みの親の人妖の、「童子」と「姫」から、餌となる人間を与えられ育つ。成長しきると、本能のままに行動し人間を喰らいまくる。それを阻止し倒すのが、焔鬼達「鬼」の仕事だった。だが、今回はいつもと事情が違う。
「そいつは確かにやっかいだ。そのうち、人間も食い始めるのは目に見えてる。最近の目撃情報は、何か無いのかい」
「北の森の付近で、その姿を見た者がいます。特徴から考えて、どうやらヌエのようですが、とてつもなく大きな巨体だったとか。それに魔化魍は、あなた達の様な鬼の持つ、清めの音の術でなければ調服する事ができません。私達の術では、動きを止めるのが精一杯です」
「善は急げだな。じゃ、早速追跡に入るか」
焔鬼は弟子に声をかける。
「はい!!」
少年は力強く返事を返す。彼は気が付かなかったが、焔鬼は一瞬だけ微笑を浮かべた。今回の件が、こいつの試金石になると良いが、と。
そして、捜索が始まった。
北の森の近くの草原で新しい目撃情報を頼りに、動物の形を模した式を繰り出す。
紙で出来た鶴と狛犬。彼らは、情報の収集や、戦闘時の援護もしてくれる。式達は空と地上の二手に分かれ、標的を目指す。
焔鬼は自分の武器の手入れに余念がない。
命懸けの戦いでは、何が起きるかわからない。不安要素を少しでも取り除くために、心を込める。
少年は周囲に注意をはらいながら、帰ってきた式達から情報を聞き取る。今のところは、全部ハズレの様だ。
「師匠、でかい図体だそうですが、中々見つかりませんね」
焔鬼は答える。
「まだ、狛犬達が帰ってこない。のんびり行こうぜ」
結局、夕暮れ時になっても魔化魍は見つからなかった。式の狛犬達も。
その時、夜雀の悲鳴が森の中から響いた。焔鬼は立ち上がる。
「どうやら、やっこさん、向こうから来てくれたようだな」
そして少年に言う。
「サポートは要らない、反対側の木陰に隠れていろ。見る事も修行の一つだ。見る事で、恐れを乗りこなせる様にだ。お前が本当に鬼になりたいと思うならな」
少年は師匠の指示に従い木陰を目指す。
そして、焔鬼は腰に無造作にぶらさげた、鬼の頭の形をした音叉を取り出し指で弾く。高い澄んだ音が辺りに響き渡った。次の瞬間、赤い炎が渦を巻き、焔鬼の体を包み込む。人の体が徐々に「鬼」の姿へと変わる。
「業っ!! 」
裂帛の気合と共に、炎は消え鬼がその姿を現した。
それと同時に、森の中から静かに巨大な獣が現れた。
猿の頭、虎の四肢、大蛇の尻尾を持つ化け物。その顎には哀れな餌食が咥えられていた。
日は沈み、月が昇り始めている。
獣は鬼を認識し、餌食となった妖怪を吐き捨てる。鬼もまた、自分の倒すべき相手を凝視する。
そして死闘は始まった。
「痛たた」
少年は意識をとり戻した。
体のあちこちが痛むが、幸い骨には異常は無い様だ。そして、自分が誰かに抱きかかえられているのに気付いた。
「大丈夫か、少年」
奇妙な形の帽子をかぶった少女が、自分の顔を覗き込む。彼女は、自分を抱えて宙に浮いていた。
「あなたは・・・、誰ですか」
当惑気味の少年の問いに、少女が答えた。
「君は、鬼の弟子だろう。私は上白沢慧音という妖怪だ」
顔を引きつらせる少年を、少女はさとす。
「安心しろ、私は人間の味方だ。私も魔化魍とやらを探すよう、博麗の神主に頼まれてね。そしたら君が崖から落ちる所に出くわした」
そうだったのか。
少年は、自分を救ってくれた少女に感謝した。そして、窮地にある師匠の姿を思い出す。
「この上で師匠が、焔鬼師匠が魔化魍と戦っているんです。お願いします、助けてください」
少女は少し考え込み、少年に答えた。
「お前は焔鬼の弟子なのか。そうだな、だがもう、お前の師匠が魔化魍に殺されていたらどうする」
少年は師匠の言葉を思い出した。俺が殺されたら神主だけが頼りだと。
そして、あの獣の顔も思い出す。恐怖を具現化した獣に、自分はただ震えている事しかできなかった。恐れがまだ体の芯に残っている。
その時、いつも自分をバカ弟子呼ばわりする、師匠の言葉が脳裏に響いた。
「見る事も、修行の内だ。見る事で、恐れを乗りこなせる様にだ」
恐れを乗りこなせ。
少年は自分に言い聞かせ、答えた。
「その時は、俺が師匠の仇を取ります。俺だって、鬼になる為にずっと鍛えてきたんです」
その少女は、まっすぐに少年の眼を見返す。そしてたずねた。
「君は、何の為に鬼になりたいんだ。人より強くなりたいだけとか、そういう理由かい」
迷いの無い目で、少年は答えた。
「ただ見ているだけしかできない、黙っているだけの人間になりたくないから。だから、俺は鬼になりたいんです。弱虫の自分に負けない、強い鬼に」
慧音は、昔の自分を思い浮かべ、心の中でつぶやいた。
外の世界にも、己と懸命に戦い続けている者がいるのだな、と。
「わかった。君が失神していたのは、ほんの2,3分だ。急げば間に合う。飛ぶぞ」
慧音は少年を抱きかかえると、戦場に向かって宙を舞う。
草原では今も戦いが続いていた。
奇襲で負った傷の為に焔鬼は獣に押されている。
「慧音さん、ここで下ろしてください」
「いいのか、少年」
「はい、慧音さんは、神主さんに連絡お願いします」
少年に気押され、慧音はうなずく。
「わかった、ところで少年、名は何と言う」
名をたずねられ、彼は、自分が鬼になった時の為、考えていた名を口にした。
「ヒビキ、響鬼です」
彼女はうなずき浮き上がる。
「響鬼か、よし覚えておくぞ、くれぐれも無理をするな」
彼女は、博麗神社へ向かって飛んで行く。
その姿を見送り、少年は腰に挿した自分の音叉を取り出し、指で弾く。
恐れを乗りこなせ。
自分の心を奮い立たせろ。
腹の奥底の方から、何か熱い力がわき上がってくるのを感じる。
なれる。
絶対になれる。
俺は、「鬼」になる。
音叉からの音が、体中に響き渡る。そして、音叉を額に近づける。音が増幅され体中に力がみなぎる。
少年は、夜の闇の中を凶獣目指し吼え、走り始めた。
そして、彼の体が、紫色の炎に包まれる。
熱く!
少年の体が鬼に、「変身」していく。
熱く!
巨大な獣は、焔鬼の体を押し倒し、止めを刺そうとしていた為、走りながら近づいてくるもう一体の「鬼」に気づかなかった。
もっと、熱く熱く熱く熱く!!
弱虫な自分を焼き焦がす程に!!
少年は加速した体を、そのまま獣に叩き込む。小山の様な巨体が吹っ飛んだ。
焔鬼は、鬼に転じた弟子を見た。
紫色に輝く鎧をつけ、二本の銀色の角を生やした鬼を。
「バカ弟子と呼ぶのはもう止めだ。野郎に止めを刺す。これを使え」
手渡されたのは焔鬼の武器の棍。
「ヤツのせいで、右手が殺された。技は、竜虎方陣の型だ、できるな」
「はい!」
「じゃ、糞化け物の腹に喰らわせるぜ。」
二体の鬼は、立ち上がりつつある獣に突進する。
焔鬼が左の拳で、獣の脚を殴り折る。
少年は跳躍し、獣の眉間を渾身の力を込め棍で突く。巨体が叫びと共に横倒しになる。
「これで終わりだ!!」
焔鬼は腰のベルトから、清めの音を放つ太鼓状の道具を外し、獣の腹に押し付ける。
それは見る見るうちに巨大化し、大きな火炎太鼓と化した。
少年が叫ぶ。
「昇華、竜虎方陣の型!」
二人の鬼がその前に立ち、清めの音を交互に叩き込む。少年は棍で、焔鬼はその拳で。
轟!! 音が響く。
業!! 音が叫ぶ。
傲!! 音が吼える。
劫!! 音が唸る。
剛!! 清めの音が高らかな歌を奏でる。
幻想郷の夜を、力強く勇壮な打刻音が木霊する。
「「破っ!!」」
二人の気合を込めた一撃と共に、清めの音を全身に刻み込まれた獣は、その力に耐え切る事ができず爆散した。
二人は、その場に座り込んだ。安堵の息を吐く。
傷ついた右腕を押さえ、焔鬼が少年に言う。
「とうとう、鬼になりやがったか」
少年は、嬉しそうに答える。
「はい、師匠」
「そうなると、名前が必要だな」
「いや、もう決めてるんです」
焔鬼は、弟子を睨みつける。
「なにぃ、お前の名前はなぁ、人が聞いたら爆笑されるような、愉快な名前にしてやろうって決めてんだ。タタキとかポンキッキとか」
「そんな名前、絶対に嫌ですよ」
「今回、鬼になったからって自慢にはならねえぞ。じゃ、明日からはスペシャル特訓メニューだな」
「そんな、殺生な」
「俺は師匠だぞ。文句あるか」
そして、二人は顔を見合わせ笑い始めた。
月の光を浴びながら、草原に二人の鬼の笑い声が流れ続ける。
こうして、幻想郷の魔化魍騒動は終わりを告げた。
現在も、彼はどこかで戦い続けている。恐れを乗りこなし、昨日の自分を越え続ける為に。
「終」
やりましたなダンナ!
と言いたい所ですがさすがにあれは無理でしょうか?
→13枚のスペルと同時に融合!?
泥酔ライダー伊吹鬼、この後すぐ。
→萃香JBマジ爆裂強打
555はリグルですな?
光るし、蹴るし、弱いし。
555はどううすかねーw
ギアだけおちててドタバタとかでしょうか
でも弾幕ごっこでオートバジンとかジェットスライガーとか
ちょっといやだなぁw
>555はどううすかねーw
たびたびご感想ありがとうございます。ファイズは、オルフェノク絡みならいけるかもしれません。でも、それだと白き鬼とネタがかぶりますね。難しいところです。
>555はリグルですな?
ご感想ありがとうございます。そうすると、カイザとデルタは誰だろう。
妹紅と慧音さんかしら。書くとしたら、もっと鍛えてから挑みます。
>剣、鬼ときたら次は555もお願いします
と言いたい所ですがさすがにあれは無理でしょうか?
ご感想ありがとうございます。幻想郷の人達に、外界に出てもらえば話が作れるかも。魔理沙の運転するジェットスライガーとか見てみたいですね。
>ふはっ!(水○しげる風)
やりましたなダンナ!
ご感想ありがとうございます。ビビビビビ、やってしまいましたよ。お叱り(書き手にとってはありがたい事です)を受けたので、書き足ししました。また読んでいただけると光栄です。でわでわ。
内容の方も燃えますッ! 焔鬼さん、かっこええ! イブキやザンキさんとは、また違ったタイプの師匠。
にしても、本当、東方と違和感なし。何気に、チビ霊夢が可愛いし。
こうなったらいっそ、幻想郷での「白き鬼」と「鬼」の邂逅とかも期待したくなりますッ!!
ご感想ありがとうございます。いや、個人的にはすごくやりたいんですけど、ダブルライダー物とか好きなんで。足りない頭をフル回転してひねり出してみます。でわでわ。