春うらら。草木も鳥も、全ての生き物達がペルセポネの帰還を謳歌する季節。
柔らかく鼻腔をくすぐる花の香りで目を覚ました。
外はこれ以上無い晴天。一筋の白い雲が蒼穹に映え、その下に広がる湖と紅の屋敷を交えて一枚の油絵の如き美しさだった。
「まあいい天気。喧嘩売ってるのかしらね」
叩きつけるように窓を閉め天蓋付きのベッドにUターンする。
折角朝から目を覚ましたというのに何だこの豊富な紫外線。私を吸血鬼と知っての狼藉だろうか。
はーもうグッタリ。寝よ寝よ。
今日は咲夜の紅茶と薄い胸を楽しむつもりだったが興がそがれた。月が顔を見せるまで二度寝して過ごそう。
そう決めてベッドのヴェールを閉めようとしたところでドアをノックする音がした。
「……入りなさい」
安眠妨害か。上等だ。誰だ一体。咲夜がこんな爽やかな二度寝日和に無粋な真似をするとは思えない。他のメイド達が直接私の部屋に訪れる事など無いし、パチェだろうか。
「失礼します…」
扉を開け入ってきたのは美鈴だった。珍しい。この時間、普段の彼女なら警邏を兼ねた草むしりに汗を流している筈だ。
「除草剤なら六番倉庫の戸棚の中よ」
「はえ?」
「? 除草剤の在り処を求め、私の運命操作を頼ってやって来たのではないの?」
「ち、違いますよう。除草剤くらい運命に頼らず探しますよ。そして六番倉庫は妹様のレモンシャーベットを保管する冷蔵室です」
「……良く冷えた除草剤のありがたみを知らないようね」
「負け惜しみは結構ですから本題に入らせて下さい。お嬢様」
部下の意をいち早く汲むデキる上司の真似事は、妹のおやつの前に膝を折った。
ち、プロレタリア階級が。咲夜に命じて減給してやる。
「…いいわ。話してみなさい」
「はい。……実は先程咲夜さんが私のところに来まして」
軽く頷いて先を促す。
「咲夜さんが言うには、今、紅魔館の財政事情は厳しいらしいんです」
「あら初耳ね」
「咲夜さんはそういった話でお嬢様を煩わせないようにしてらっしゃいますから……」
良く出来た従者と褒めたものか、それとも仲間はずれにされた御主人様として拗ねてみるか。どちらにしても咲夜の反応が楽しそうなので熟考の上試みよう。
「それでしばらく給料を現物給付にするとのことで……」
「へえ。美鈴、今日から労働基準監督署の者が来たら追い返すように」
「は、はい」
「…ん、けど貴方の仕事は館外警邏に正門警備隊の統轄でしょう。ウチは製造業なんて営んでいないし、何をもって給料とするのかしら」
「は、はい…その事で伺ったんですが……、…咲夜さんは私に『好きなだけ芝を毟っていけ』と」
「まあ……」
斬新な給与形態だ。流石は咲夜。私が減給を命じる前に既に手を打っていたとは。しかも単なる賃金カットではなく、給金を芝と化す死の錬金術の実践である。
「それは天晴れな経済観念ね。後で頭を撫でてあげましょう」
「ええ!? そ、そんな反応なんですか? 私にこれから両手一杯の芝で生きていけと?」
「咲夜がそうしろと言ったのならそうなさい。大丈夫。貴方の国では椅子以外の有足物は全て食料とするのでしょう」
「芝に足はありませんよう。お嬢様、ちょっと咲夜さんに甘すぎですよ……」
「なら貴方も咲夜になりなさい。そうすれば愛玩してあげるわ」
「またそんな無茶を……。お願いしますよお嬢様、咲夜さんに給料の現物給付を止めるよう言って下さいよ」
「煩いわね。自分でなさい。私はこれから二度寝するの。労働契約の改善は咲夜に直接訴えなさいな」
「そんなあ……。私じゃ無理ですよ…。朝、咲夜さんのスカートをズリ下ろすまで縋り付いてお願いしたのにダメだったんですから」
「あ、貴方咲夜のスカートを引き下ろしたの? …………どうだった?」
「……純白のヒップハンガーでした」
「OH~ゥ……GOOD!」
大きくガッツポーズをとる。流石は瀟洒なメイドだ。主人の期待を裏切らない。後で躓いたフリをして咲夜の足元に仰向けでヘッドスライディングをしよう。空中で不自然に身体を捻るため、咲夜に不審に思われるかもしれないが構うものか。手足をバタつかせて泣きじゃくればいくらでも誤魔化しはきく。
「ブラウスの裾で下着を隠そうとわたわたする咲夜さんは失神モノの愛らしさだったんですが、その後が地獄変相で……。以来咲夜さんは口もきいてくれないんです…」
「そんなことはどうでもいいわ。美鈴、貴方まさかその神々の恩寵を一瞬に凝縮したベストシーンを、保存していないなんて事はないでしょうね?」
「それは勿論。計7台の盗撮カメラを駆使して様々なアングルから収めましたよ。あの永遠の白を」
「よくやった! ビバ、チラリズム! さあ美鈴! 今すぐ献上なさい!」
「えー……」
「えーじゃないわ勤労妖怪! その映像は貴方如きが所持できる物ではないの!」
「だってーー……ぁ」
明らかに不満げだった美鈴の顔が不意に輝いた。ち、この門番何か閃きやがったか。
「それじゃお嬢様こうしましょう。咲夜さんがお給料の現物給付を取りやめてくれたら、映像はお嬢様にお譲りします。どうですか?」
「くっ、このアマ小賢しいことを……」
門番の癖に主に交換条件を持ちかけるなんて。
だがよく考えろレミリア。あの咲夜が下着を隠そうと羞恥に悶える姿だぞ? これを逃したら二度と手に入れるチャンスは無いかもしれないレアモノだ。門番の多少の増長を許してでもゲットしておきたい逸品であることは間違いない。
「さあどうしますかお嬢様? いいんですよ私はどちらでも。その気になれば芝でも生きていけますし」
生きていけるんかい。
「…いいわ。その条件飲みましょう。貴方の思惑通り咲夜に現物給付撤回を命じてあげるわ。そのかわり……」
「ありがとうございますお嬢様。ええ、その暁には映像はお嬢様のものですよ」
ニンマリと美鈴が答える。美鈴の策に嵌る形であるのが気に食わないが、モノがモノだ。なりふり構ってはいられない。プライドなど事後の弾幕ごっこでいくらでも取り戻せる。プライオリティはスカートの中身にあり、と十年前から決めていた。
この門番には後でグランギニョル座ばりの多目的劇場の建築を命じてウサを晴らそう。勿論その後は大スクリーンで丸秘映像の鑑賞会と洒落込むのだ。
「まあ素敵……」
ウットリだ。
「――さあ、そうと決まれば早速咲夜のところへ行くわよ美鈴」
「え? い、いえ今咲夜さんは私の事怒ってらっしゃいますから……私はお留守番を…」
「何言ってるの。当事者がいなくては話にならないわ。さっさとついてらっしゃい」
「うぅ……そんな…って、ほわぁぁ!」
ゴネる美鈴の足首を掴み飛び上がる。美鈴を逆さに吊ったまま、羽をパタつかせて咲夜を探しに部屋を出た。
「お嬢様! 引き摺ってる引き摺ってる! 分かりました! 分かりましたから自分で歩きますって! ちょっ、か、階段! 階段に何故かエレメンタルハーベスターが! ひぎゃああ!」
うるさい門番だ。
◇
目当ての咲夜はサロンにいた。珍しく図書館から出てきたパチェと最近は頻繁に地下室から出てくるフランに、紅茶を振舞いつつ談笑している。はしゃぐフランに、見た目はそっけないくせに誰よりも会話を楽しむパチェ。咲夜は二人をもてなしながら自分も紅茶を楽んでいた。
その光景に幸せを感じた。彼女らは紅魔館の華だ。彼女達のある限り紅魔館に影が差すことなど無いだろう。
そして花園に紅い二輪が加わる。
「ここにいたのね咲夜」
サロンに入り徒花の足首を離す。
「ぎゅう…」
美鈴はヨレヨレになっていた。
「あら中国、血化粧が綺麗ね」
パチェが言う。
「……血化粧というか唯の生傷ですけどね。パチュリー様、階段にスペルをお忘れでしたよ…」
「そう。その血が乾いたら回収してきてね」
「この出血はそのイキのいい歯車のお陰なんですけどね…」
「あーっ。お姉様おそーい!」
悲哀の谷底で更なる労務を課せられる美鈴を尻目に、フランが私に飛び込んでくる。
「ごめんなさいねフラン。あんまり太陽が照っているものだから」
抱きしめて羽を撫でてやるとフランは猫のように喉をならした。
可愛い妹の柔らかさを堪能しつつ咲夜に向き合う。
「少し探してしまったわ」
「おはようございますお嬢様。それは失礼致しました。何か御用でしたか?」
「おはよう咲夜。ええ、ちょっとね。チラリズムに……いえ、給与形態について話を、と思って」
「? その二つは間違えようの無い程かけ離れた単語だと思いますが……給与についてですか?」
特に美鈴を意識する事もなく首を傾げこちらを見る咲夜。芝を与える無茶をカマした割に平素どおりの振る舞いだ。流石は咲夜。大物である。部下の門番が吊られたまま入室してきたのを見、眉一つ動かさなかった時点で既に凡骨の器でない事は確かなのだが。
「ええ。実は美鈴が泣きついてきてね。チラリズム…いや、給料の現物給付をやめさせて欲しいと」
「……いやに耳障りな単語が飛び出しますね。まあそれはともかく、美鈴の給料ですね?」
咲夜はやれやれと息をつき、パチェと会話するフリをして咲夜の視界から逃れようとしていた美鈴に声をかける。
「…美鈴。ちょっと、ほら隠れてないで出てきなさい」
「うぅ……、さ、咲夜さん…もう怒ってませんか……?」
「怒ってないからこっちに来なさい。……もう、お嬢様に迷惑かけて」
「だ、だって…両手一杯の芝じゃ……」
涙目の美鈴を見てますます盛大にため息をつく咲夜。
「あのね美鈴。あんまりお嬢様達の前で言いたい話じゃないんだけれど、紅魔館は基本的に衣食住の提供でメイド達の労働に報いているの。それに耐えられないものは最初から館にやって来たりしないわ。衣食住に加えた貨幣での給料は貴方を含めた外勤の者達だけに出ているのよ。労働条件の違いを考慮して特別にね。…今回カットの対象になった貴方の給与もその+αの部分なの。三食のみで働いている内勤のメイドと同じ扱いになっただけなのだから、少し我慢して頂戴ね?」
「……」
何だ随分聞いた話と違うじゃないか。美鈴の話しぶりでは芝だけで一月生き延びろと言わんばかりの労働条件だったが、単に特別扱いが無くなっただけではないか。というかこの門番、紅白やら黒白やらの侵入をアッサリ許す癖に報酬は人一倍多かったのか。
「うぅ……。普段の食事だけじゃ足りませんよぅ。行商の中華まんを買うのが楽しみで門番になったのに……」
「…貴方厨房におやつを頼んでいただけでなく、買い食いまでしていたの?」
「だっておなかが空くんですよう」
この門番随分優雅な食生活を堪能していたらしい。燃費の悪いボディのツケを紅魔館に回していたとはいい度胸だ。
「……美鈴。私は貴方のおやつの為にかり出されたというわけね…」
美鈴の首根っこをがっしと掴む。
「ひぃっ。ご、誤解ですお嬢様! 私にとって中華まんは言わば魂の本質と中核! つのだ☆ひろの☆みたいなものでして……!」
「言い訳は結構よ。紅色の冥界と千本の針の山、どちらがお好みかしらね」
「お、お慈悲を! さ、咲夜さん! ヘルプ! ヘルプミー!」
「お嬢様の気が済むまで弾幕られなさいな」
「そ、そんなっ。パチュリー様、妹様っ。何か打開策を!」
「終わったらエレメンタルハーベスターの回収をお願いね、中国」
「お姉様っ。私も弾幕るーっ」
「ぎゃー。四面楚歌チャーミング! お、お嬢様お嬢様っ! チラリズム! チラリズム協定!」
「勿論映像は頂くわ。けど罰は罰。……映像は手に入れる。罰も与える。両方やらなくっちゃあいけないってのが主の辛いところね。覚悟は良い? 私は出来てる」
「何の覚悟ですかあ!」
「この味は! 嘘をついている味ね!」
「それ全然違うシーン……っ、ぎゃー!」
◇
「馬鹿ね」
「馬鹿ですね」
狂乱の残滓を微塵も残さない健康的なサロンで爽やかなティータイムを楽しむ。メンバーは変わらぬ五人。スペルのフルコースでカッ飛んでいった美鈴も数分後には帰ってきて茶会に復帰し、椅子の上で背中を丸めてメソメソいじけていた。実に素晴らしい生命力。弄られキャラの素質満点である。
「咲夜、さっきの話だけれど、外勤の特別手当をカットしないと拙いって事は、館の財政事情は芳しく無いの?」
一つのテーブルを五人で囲み、一息ついたところでパチェが切り出した。
それは私も聞こうと思っていた事だ。
「え、ええ……。申し訳ありません。私の采配が至らないばかりに…。ハンティング部隊が帰還するまでの話ではあるんですが……」
「咲夜のせいではないわ。元々大した消費も無いのをいいことに何の経済活動もしていなかったのだから。紅魔館は」
「パチェの言う通りよ。貴方の気に病むことではないわ。むしろ責められるべきは、そこで紅茶の雫を使った恋占いに興じている門番の食欲ね」
美鈴はテーブルにべったりと頬をつけ、カップを傾けぽたぽたと滴る紅茶を眺めて、占いの結果に派手に一喜一憂している。フラン以上に落ち着きが無い。ちなみにフランは今だ私に張り付いてゴロゴロ甘えていたりする。
「わ、見て下さい咲夜さん! 私と妹様の相性は八十九点ですって!」
「立ち直り早いわね美鈴」
全くだ。扱いやすくて大変結構。反省の色も見られないが。
「それじゃ何か手を打つことにしましょうか。館の事を咲夜一人に押し付けるわけにはいかないし、丁度この場に五人いる。紅魔館経済復興政策の企画会議を開きましょう」
「お嬢様……」
「そんな顔しないの咲夜。ほら笑って。館の事を全て一人で背負い込む必要は無いのよ」
「そうねレミィ。中国のおやつはともかく、貧窮して館の維持も覚束なくなっては困るわ。本代も欲しいし」
「さ、咲夜さんっ。あれ! あの本代削って下さいよっ! パチュリー様ったら鬼高い魔導書一杯買い込んでっ」
「落ち着きなさい美鈴。パチュリー様の七曜は館や地下室の魔力補強に役立っているのよ。一冊で家が買えるような値段の本でもダメとは言えないの」
「くわっ。そ、そんな高いんですか!? だったら尚更ですよう! 一冊購入を控えれば中華まんが唸る程買えるじゃないですかあ!」
「煩い門番ね」
「ぎゃー」
エメラルドメガリスの大玉によって美鈴が何処かに流されていく。涼しい顔でそれを見送ったパチェはなんら臆することなく話を戻す。
「それじゃ案を出し合いましょう。レミィ、何かある?」
「え、ええ……そうね、どうやら一時的な困窮のようだし、手っ取り早いのは館にある物を売り払う事かしら」
「本! 本売りましょうよ本! 一冊売れば家まで買えますよ!?」
「お帰りなさい美鈴。早いわね」
一粒三百メートルみたいな勢いで走りこんできた美鈴が唾を飛ばす。ホント元気だ。
「まあ待ちなさい美鈴。魔導書はパチュリー様にとって大切なもの。貴方の言う、つのだ☆ひろの☆みたいなものなの。あれが無ければ魔理沙を口説く事も出来ないでしょう?」
「そ、そんな不純な動機で……」
不満げな美鈴。だがダメなものはダメなのだ。
「落ち着きなさい。とりあえず本は保留よ。他に何か無いかしら?」
「はーいお姉様」
「フラン、何か思いついた?」
「館に一杯あるものでしょ? ならメイドっ」
「……」
満面の笑みのフランにパチェが渋い顔をする。
「妹様、流石に人身売買はマズいわ」
「なによう! パチェの本がダメって言うからっ」
水を差されたフランがパチェに食って掛かる。
「ほらほらフラン。泣かないの。いい案よ。けどメイドは補充が難しいの。出来れば最後の手段にしたいのよ」
「うー……うん…」
フランの目の端に溜まった雫を拭ってやる。……こんなに子供っぽい妹だっただろうか?
「それじゃ、咲夜は何かある?」
拗ね気味のフランの頭を撫でつつ咲夜に話を振る。
「そうですねえ。私も以前一通り考えたんですがどうも……。無造作に倉庫に突っ込んである宝石も曰く付きばかりですしねえ」
「まあ、あれは売ったら訴えられるかもね」
ぞんざいな言い方だが宝石の保管も咲夜は隙無くこなしている。硬度7以下の宝石は空気に触れないよう、それ以外の宝石も、石同士が接触しないようにきちんと管理されていた。咲夜が館にやってくる前は言葉どおり倉庫にぶち込んであるだけだったのだが。
「確かに館に豊富にあるものといったら魔導書にメイドに宝石、あとは紅茶に予備のメイド服くらいね。紅茶もメイド服も素人が大量に売り捌けるものではないし、困ったわね」
「あ、私メイド服なら捌く自信ありますよ」
真っ直ぐ手を上げて美鈴がパチェに言う。
「…中国、その客は正規のメイドでしょうね?」
「ど、どうでしょう……」
「……ダメよ。世の中には香霖堂の店主みたいなハイエンドユーザーがゴロゴロしているの。未使用のメイド服とはいえ、紅魔館の採用品をそんな手合いに流すわけにはいかないわ」
「そ、そうですか。誰よりも喜んでくれると思うんですけどね」
「ウチに頼らずとも彼らは自作できるだけのスキルはあるわ」
「……」
俄かに物騒な話題に、膝に乗せたフランの耳を塞ぐ。
「?」
不思議そうに此方を見るフラン。ああ、純粋な目が痛い。どうして私はこの会話を理解出来てしまうのか。
だが、それはともあれパチェの言うとおり館にあるものは限られている。在りものを売って急場を凌ぐ作戦は無理があるだろうか。
「別路線を考えましょうか。ハンティング部隊が戻るまでの額でいいのだし、何も館を切り売りするような真似をすることもないわ」
そう。何を狩ってるんだか知らないが、部隊とやらが戻れば懐は暖かくなるらしい。要はそれまで食いつなげればそれでいいのだ。焦って大切なものを手放す必要は無い。
「……いえ、お待ち下さいお嬢様。紅茶です。紅茶は商品になります」
「…咲夜?」
静かに訴える咲夜。その顔を見る限り本気のようだ。
「どういうこと? そりゃまあ紅茶は売れなくは無いでしょうけど、パチェの言うとおり大量に捌けるものでは無いと思うわ」
「はい。茶葉のままではそうでしょう」
「淹れたものを売るというの? 咲夜、確かに貴方の淹れた紅茶は他では飲めない味だわ。けど淹れた紅茶をどうやって売るの? ポットをコゼーで保温しても三十分もすれば冷め始めてしまうわ」
「いえ、此方から売り歩くのではありません。お客の方から来て頂くのです」
「?」
咲夜の言葉に、得心したとばかりパチェが頷く。
「分かったわ咲夜。喫茶店、という奴ね?」
「流石パチュリー様。外界についても博識ですね。…ええ、喫茶店です。ですがそれほど手の込んだものではなく、……そうですね、学園祭の模擬店と言った方が良いかもしれませんね」
「……成る程。模擬店ということにすれば、多少アラのある接客とメニューも雰囲気で押し通せるわね」
「はい。勿論メニューの品数以外はメイド一同、一流の自負を持っておりますが」
「要は適当に飲み食いさせて金を毟り取ろうということね。レミィ、私は面白いと思うわ。どうかしら?」
「どうもこうも、知らない単語ばかりでサッパリよ。フラン、貴方は分かる?」
フランの顔を覗き込む。
「んー?」
しまった。フランの耳を塞いだままだった。
「ご、御免なさいね。これじゃ聞こえなかったわね」
慌てて手を離す。しかし我が妹。姉の手とはいえ耳を塞がれたまま嫌がりもしないとは。ああ、なんて可愛いのかしら。
「まあ早い話がお店屋さんごっこです。素人が遊び半分で店を開いて、お客も遊び半分で金を落としていくのです」
「わー。私もやるっ」
両手を上げるフラン。
「それは確かに面白そうだけど……そんなので纏まったお金になるのかしら? いくら急場を凌ぐためとはいえ、それなりの金額は必要なのでしょう?」
「ご安心を。この手のお祭り騒ぎではボッタクリが基本です。加えてこの紅魔館という閉鎖空間は女学園の如き付加価値を装備しておりますので、紅茶一杯一万円はカタいですわ」
「流石ね咲夜。歌舞伎町も真っ青だわ」
「恐れ入りますパチュリー様」
なるほど。雰囲気に金を払うという名目の詐欺商法か。それはいい。紅茶なら最高のものを唸るほど買い込んである。それだけの値段で売れるのならば一週間もすれば紅茶成金の出来上がりだ。そして何より詐欺紛いというところがグッと来る。商いの基本は等価交換だ。客の笑顔に店の笑顔。だが一方は腹の底からの大爆笑なのだ。
「いいわね。それこそ吸血鬼の城よ」
恐怖の象徴たるヴァンパイアが詐欺喫茶というのはショボイ気もするが、まあ気にすまい。金が入る上に爽快な気分になれるのだ。
「はい。ですがお嬢様。理不尽は値段だけです。相手はあくまでお客様。満足して帰って頂く事が一番なのです」
「そう……。そうね。ただの遊びでは無いのよね」
「ええ、そうです。遊びと商いの境の妙を楽しむのですよ。この手の騒ぎは」
なかなか奥が深そうだ。
「分かったわ。……ちょっと美鈴、さっきから黙っているけれど、貴方も異存は無いのかしら?」
「え? え、ええ。良い、と思いますよ」
「歯切れが悪いわね。何か不満なのかしら?」
「不満ってことは無いんですけれど、それだと私の出番はないなあ、って……」
「何いってるの美鈴。貴方もやるのよ。調理も接客も。プロも素人も全員参加。模擬店とはそういうものよ。普段何気なく蹴散らしている門番が紅茶を淹れて振舞ってくれる。そういう非日常を楽しみにお客はやって来るの」
「何気なく門番を蹴散らす日常の方が楽しそうですが……、けどそういうことなら私も参加させていただきます。こう見えて私、お祭り大好きなんですよ!」
こう見えても何も、あからさまに好きそうだ。
「けどただの模擬店じゃ芸が無いわね」
「あらパチュリー様。何か良い考えがありまして?」
「いえ、良いのだけれどね。おそらくは当座の資金は稼げるでしょう。けどそれだけじゃちょっと味気ないと思ってね」
「はあ、さり気なく物騒なパチュリー様のことですから、何か企んでらっしゃいますね?」
「失礼ね。別にいくつかの紅茶に媚薬を盛ってやろうとか、そういうことじゃないわ」
「是非おやめ下さい」
「咲夜、接客や調理は全員が参加するのよね? 私やレミィも含めて」
「ええ、そうして頂ければそれに越した事はありませんが」
「そう……」
「パチェ?」
パチェの目が光る。
「――OK。分かったわ。ここにいる五人は強制参加。それぞれが別室で客をもてなすの。紅茶のレシピもデザートや軽食の調理もオリジナルを用意する。そして客には判断してもらう。五人のうち、誰の店が一番だったかを」
「…パチュリー様、先ほども申し上げたとおりこれは遊びでは……」
「まあ待ちなさい咲夜」
「お嬢様……ですが…」
「いいじゃないの。折角の機会だし、楽しめるものは楽しみましょう。それに稼ぐだけならメイド達の店で十分じゃない。私達はそれとは別に独自の店を開く。そしてこちらの客は……そうね、私達に縁のある者達、霊夢や魔理沙、幽々子あたりに絞りましょうか。彼女達に五人のどの店が良かったかを投票してもらう。……そういう事でしょう? パチェ」
頷くパチェ。
「ええ、その通りよレミィ。大体紫や永琳達なんてそんなイベント絡みでもない限りお金を払おうとしないわ」
「霊夢あたりはそれでも代金を渋りそうね」
昨今の博麗神社の寂れっぷりは相当なもので、社殿や母屋は真冬の海の家と比してもなお寒々しい有様を惜しげもなく晒している。申し訳程度のIQがあれば、誰であれあのラクーンシティさながらの荒廃したエリアに賽銭を投げ込む気は起きないだろう。つまりは霊夢の収入はウチ以上にヤバいということだ。博麗霊夢はこと貯蓄額に関しては、郷内最下層をひた走る孤高のトップランナーである。
まあ五人の店はオマケの遊びに近い。メインの稼ぎはメイド達に任せるのだから、霊夢達は無料でもいいかもしれない。
「……仕方ないですね。メイド達に頑張ってもらう事にしましょうか。それじゃ、お嬢様、フランドール様、パチュリー様、美鈴、私の五人は別個の店を持ち、霊夢ら招待客にその評価してもらう、それでいいですね?」
ニッ、と笑う咲夜。何だかんだいって咲夜もお祭り好きなのだ。
「それじゃあ早速調理場やホールの準備とボッタクリ喫茶開催のプロパガンダ、特設店への招待客の選出と投票券の送付をしなくてはいけませんね」
「待って咲夜、肝心な事を忘れているわ」
「? 何ですかパチュリー様、開催日時ですか? それなら一週間後の午前10時辺りから午後7時くらいまでを予定しておりましたが…」
「あら随分短いのね。一週間も続ければ相当な稼ぎになりそうなのに」
「はい。こういうものは期間限定だからこそレアリティが付くものなのですよ、お嬢様。大丈夫。数時間といえども、当座の生活費くらいは十分に稼げますから」
「そう。まあそういったことは任せるわ」
「はい。お任せ下さい。…で、パチュリー様、肝心な事とは開催日時ではなく?」
「違うわ。……ペナルティよ」
「……また良からぬ事を言い出しましたね、この知識人は」
「なんですって? …まったく、独創性を競った後はいかがわしいペナルティで汗を流す。基本でしょうに」
嘆かわしい、とばかりに首を振るパチェ。この女はこれで心底本気だから恐ろしい。
「……そういえば以前罰ゲームと称してキスを迫ってくれやがりましたね」
「アレは罰ゲームに託けた愛情表現よ!」
「全体的にダメな人ですね」
呆れ顔の咲夜。
「良いじゃないの咲夜。パチェがダメな人なのは概ね正解だけれども、そのアイディアは面白いわ。得票数最下位の者が一位の者の言う事を何でも聞く。そんなペナルティもハリがあって良いんじゃないかしら」
「流石はレミィ。分かってるわね。そして的確な人格評価をありがとう」
「どういたしまして。それじゃあ大筋は決まったかしら? 当日はロビーと西館一階の解放を許可するわ。残りの細かい調整は咲夜にお願いするわね」
「お任せ下さいお嬢様」
咲夜がその薄い胸を叩く。頼もしいような決してそんな事は無いような、微妙な均衡が堪らない。
「ねーお姉様……。私紅茶淹れられない…」
乗り気だったフランがしょんぼりと私の服を引っ張る。
「あら、そういえば私も淹れられないわね……」
スカーレット姉妹は根本的な参加条件を満たしていなかった。
「大丈夫。一週間の間に私が御二人にお教えしますわ。紅茶の淹れ方も、デザートの作り方も、接客の仕方もね」
「ありがとう咲夜。お願いするわ。フランもそれでいいでしょう?」
「うん!」
「あーっ、お嬢様たちいいなあ……。咲夜さん、私にも教えて下さいよう」
「ダメよ。貴方はパチュリー様にでも師事なさい」
「えー…? パチュリー様、紅茶の淹れ方とか詳しいんですか?」
「任せなさい中国。まずは枝豆と空手の有段者を用意して……」
「いいです。自分で何とかします」
馬鹿にするなとそっぽを向く美鈴。分かってない。パチェは本気なのだ。
「まあ皆それぞれ頑張りましょう。それじゃとりあえず解散ね」
「はい。お嬢様、昼食の時間にお呼びいたしますのでその時間にはお部屋にいて下さいね」
「うんっ。またねお姉様」
「――そこで重要なのが枝豆の煎り具合でね、倦怠期の熟年夫婦が見せる最後の輝きを……」
「ああ、烏龍茶でもいいのかなあ……。咲夜さん、お店が成功したらお給金を芝から貨幣に戻してくださいね」
様々な反応と無反応を返す四人を置いてサロンを出た。
◇
さてと、だ。さっきは皆涼しい顔をしていたが心の底では気付いているはずだ。そう。これは勝者が絶対の権利を得るサバイバルゲーム。軽い言葉でさっさと流したが勝者が敗者を好きにできるなんて、法治国家ではあり得ないミリオンチャンスである。勿論リスクは同率で存在する。だが逃す事の出来ないオイシイ機会だ。咲夜にあんな事やそんな事を強いることも、フランに倫理協会が歯を剥いて激昂しそうなネチョ展開を迫ることも、美鈴に言い様の無い過酷な労働を課すことも、あまつさえパチェに身内に媚薬を盛る癖を矯正させることすら思いのままなのである。
よく考えるまでも無く素晴らしい特典が勝利の暁に転がり込んでくる。乾坤一擲のティーロワイアル。だが他の四人もそれを自覚しているはず。自らの勝利を目指して手段を選ばないだろう。
そしてもう一つ重要な事は、これは決して紅茶の味や接客態度だけで評価が決まる訳ではないということ。大体において日頃その辺りをフラッカフラッカ飛び回っている妖怪達に紅茶の味が分かるわけが無い。以前チルノに極上のディンブラを振舞ってやったら『やっぱりキリマンジャロは一味違うわね』ときたもんだ。あのしたり顔は永遠に忘れまい。つまりはその程度の舌の持ち主が相手ということだ。評価の基準は人間関係と事前の根回し、これに尽きるであろう。
ハイリスクハイリターンのこの勝負、皆本気でかかって来るだろう。ならば受けてたとうではないか。吸血鬼の本気、舐めて貰っては困る。このレミリア・スカーレットの神業と謳われた根回しの極意を見るがいい。
「ふふふ。勝利は貰ったわ。今日から早速根回しね。まずは永遠亭から行こうかしら」
ジャポネの組織は縦社会。ここ幻想郷でもそれは同じ。故に将を手中に収めれば配下はゴッソリ付いてくる。狙いは輝夜、幽々子、紫の三人だ。この三人を抱きこめれば組織票を丸ごとゲットできる。永遠亭の四票、白玉楼の二票、マヨヒガの三票。計九票が手に入る。後は正攻法で構わないだろう。おそらく残りの独立勢力の票は五つに割れる。九票が約束されている私に負けは無い。
「完璧ね。待ってなさい、勝利の美酒よ」
選出される投票権者は私が想像する者達とほぼ相違ないだろう。そして咲夜達も根回しの相手をトップに絞る知恵はある。間違いなく幽々子たちを狙うだろう。だが組織のトップにナシをつけるには相応の格が必要。まして今回の第一の目的は金稼ぎだ。根回しに山吹色の手土産は使えない。ネゴの手腕とカリスマがモノをいうのだ。そしてこの二つを私以上に備えた者など紅魔館はおろか、幻想郷中を探しても存在しない。此度の勝負、運命を操作するまでも無く勝率は――100%だ。
「輝夜は娯楽の提供かしら? 幽々子は食べ物ね。紫は……本人に聞きましょう」
代価の用意も抜かりない。さあ今日の目標は永遠亭だ。今から全力で飛べば昼には帰ってこれる。ランチに呼びにきた咲夜に訝しまれず事を運べるのだ。
「全く嫌な天気…。けど勝利が約束された今ではそれも些事ね」
自室の扉に鍵をかけ特注の日傘で武装して、燦燦と照る日の中に窓から飛び出した。
◇
「それじゃ準備はよろしいですか? お嬢様」
「ええ、大丈夫よ咲夜」
開店準備におおわらわのロビーの隅で五人が集まっている。周りの喧騒もなんのその。五人は不敵に笑いあう。
早いものであっという間に七日経った。今日は紅魔館資金調達詐欺喫茶兼、敗者の人権争奪戦開催日である。あと数十分もすればゲートは開き、長蛇の列を作っている客たちがなだれ込んでくる。
私とフランは一週間咲夜に師事し、紅茶の淹れ方に調理法、接客マナーの極意を学んだ。その結果、私達姉妹は見た目のコケティッシュさと相まって珠玉のウェイトレスに化ける事が可能となった。これはイケる。もはや美鈴の苦みばしった紅茶や、パチェの沼幽霊のような接客精神では、逆立ちしても太刀打ち出来ないティーパラダイスを展開できてしまう。真っ正直に味や店の空気で評価する輩の票は根こそぎ奪えるだろう。
加えて根回しも万全だ。幽々子、輝夜にはそれぞれの望むものを代価に、私への投票を約束させた。組織票の要請も通してある。マヨヒガの紫だけは行方知れずで抱き込む事叶わなかったが、それでも六票が確定している。他の四人もそれぞれ懇意にしている者へ圧力をかけているかもしれないが、この票差を覆すのは容易ではない筈。
四人のうち誰が敗者になるのか知らないが、覚悟しておくことだ。このレミリア・スカーレットの人心掌握術に挑んだのだ。相応のペナルティを受けてもらうとしよう。
「ふふふ…」
「嬉しそうですねお嬢様。さて、最後に確認しておきます。本日の目的はあくまで当座を凌ぐ資金集め。誠心誠意、世の中を舐めたお客様にご満足頂けるよう、財布の中身を根こそぎ吸い上げる事です。まあこれはメイド達に任せておけば大丈夫でしょう。彼女達も私が手塩にかけて育てた一流の修羅。荒事から色事までソツ無くこなすヴェノマスヴィクセン揃いです。……そしてもう一つのイベント。どうやらこちらに血道を上げている方もいらっしゃるようですが、お嬢様、フランドール様、パチュリー様、美鈴、私の五人はメインのボッタクリティーパーティーとは別に独自の店を開く事になっております。それぞれ御自分の店のデコレーションはお済みでしょうが、一応公平を期すために五部屋は同じ間取りのものを選んであります。後は各自思い思いに振舞って下さい。此方の特設店舗への招待客はこのリストに載っています。後ほどご確認を」
リストを配り、四人を見渡す咲夜。
「そう。セッティングご苦労様」
言ってリストを見る。
「ふーん。ねー咲夜。これどうやって決めたの?」
フランが尋ねた。
リストは計31名。所謂『霊魔魅宵姉氷鶉小病時血妹冬猫独春弦管盤半桜狐境霖本鬼蟲鳥史兎瞳薬竹掘生』から魅本掘鬼を引いた者達だ。いや、史と掘はどちらがやってくるのか分からないが。
「出来るだけ皆と面識のある者を中心に招待させて頂きました。中には初対面の方もいらっしゃるかと存じますが、フランドール様、これを機にお友達が出来ると良いですね」
「ん、うん…」
「萃香や魅魔達は連絡の取り様が無いから仕方ないわね。けどその割にシッカリ混入している香霖堂の店主は何かしら」
「ああ……、実は彼はその露出癖のため呼ぶ気は無かったのですが、そうしますと招待客が丁度三十名となってしまいまして。これだと五人の得票が六票ずつのドローゲームになる可能性がありますので、已む無く一番呼びやすいメガネを招待させて頂きました」
成る程。あの店主がやってくると風紀が著しく乱れる可能性もあるが、そういうことなら仕方ない。なに、イザとなれば有り金巻き上げて叩き出せば良いのだ。
「さ、それじゃそろそろ開門ね。皆頑張って。己が欲望の充足を目指してベストを尽くしましょう」
「そうねレミィ。それじゃ私も自分の店に行くわ。美味しい媚薬の調節は火加減が微妙でね。あんまり目を離したくないのよ」
ひらひらと手を振ってロビーを出て行くパチェ。後でメイドの一人にパチェの店の出入り口で解毒剤を売らせよう。値段は有り金全部だ。
「パチュリー様は敵ではなさそうですね。それでは私も戻ります。高麗人参ケーキの仕上げに入りますので」
「分かったわ。頑張ってね美鈴」
「はい。お嬢様も」
「……どうして素直に普通の人参を使えないのかしらね」
「中華の誇りが邪魔をするのでしょう。さ、それでは私達も参りましょうか、フランドール様。そろそろ先ほどのフィナンシェが焼きあがりますよ」
「わーい。じゃあねお姉様」
「ええ、また後でね。二人とも」
二人は一緒に厨房を使っていたらしい。焼き菓子の最後の伝授か。可愛い妹と従者の仲睦まじい姿は見ていて心温まる。
だが勝負は勝負。完膚なきまでの勝利を収め、トラウマになるようなペナルティを行使するのはこの私であるべきなのだ。
行くとしよう。ばさりと羽を翻す。早々と勝者の風格を身に纏い、足音響かせロビーを出た。
◇
「それじゃ開票といきましょうか」
午後八時。客という名の獲物から財産を巻き上げるハンティングゲームは大盛況を収め、今はメイド達が後片付けと収支計算に追われている。が、計算結果を待つまでも無くとんでもない利益が出ていることは間違いない。我が紅魔館の誇るメイド達がその話術や魔眼を駆使し、暴利を水に溶かしたかの如き紅茶をこれでもかと飲ませ続けたのだ。キャッシャーに催眠を行使する程度の能力者を配したのも良かった。客たちは気持ちよく代金を払い、鼻歌交じりに帰路についた。これで紅魔館の財布ははちきれんばかりに潤った。一時の蓄えどころか数年暮らせるだけの額を一日で売り上げたのだ。メイド達には大入り袋を出してやろう。
「気が早いですねお嬢様。けどそうしますか」
そしてもう一つの重要イベント。五人だけの特別店舗。此方も盛況だったと言えるだろう。客の夜雀が食われかけたり、パチェの店から艶っぽい悲鳴が聞こえてきたりと、小さなハプニングはあったが概ね良い催しだった。フランのフィナンシェも好評だったようで、フランは始終笑顔だった。それだけでも今日は収穫があったと言えるかもしれない。
だがこの勝負はそんな美しい一面を台無しにする、果て無き欲望の銀盤である。四人のうちの誰かが私に人権を捧げる至福の宴なのだ。さあ誰がその身を投げ出してくれるのか。相手によってはネチョWIKI行きの顛末を辿る事となるだろうが、構うものか。あれだけ根回しに労力を割いたのだ。ピンク色のボーナスがあったってバチはあたるまい。
「じゃあ美鈴、お願いね」
「はい。咲夜さん」
分厚い鉄の投票箱の前に立つ美鈴。幅広の青竜刀を無造作に振るい箱を四分割する。無論箱の中の投票券に傷などつかない。それも当然。傷がつけば私に殴られるからだ。
「ご苦労様。それじゃ咲夜、結果を纏めて頂戴」
「畏まりました」
投票券は投票者の名が書かれた白い封筒の中に、選んだ候補者の名前を刻んだカードが入っている。封筒の口は投票者によりそれぞれ魔力や妖気、ホチキスなどで封してあり、投票内容の改竄はほぼ不可能である。……ホチキス? 香霖堂の店主か。
「……集計終わりました」
「ありがとう咲夜。それじゃ発表もお願いするわ。さ、だれが半裸で酌してくれるのかしらね」
「ろくな事考えて無いですね。まあいいです。それじゃまず美鈴票から」
「なんかどきどきしますねっ」
はしゃぐ美鈴。それも今のうちだ。歓喜の丘に立つのはこの私なのだから。
「はいはい落ち着いて美鈴。美鈴の店に票を投じたのは、えっと…チルノ、大妖精、レティ、ルーミア、八雲藍、森近霖之助。以上六名ですね」
「わ、結構入ったんですねぇ。ケーキに漢方を混ぜたのが良かったのかなあ」
あのニガいケーキは漢方か。
「流石に門周辺に住む妖怪の票はキープしてるわね。レティはチルノ絡みかしら」
「そうかもしれませんねパチュリー様。藍は……何かシンパシーがあるんでしょうかね。香霖堂の変態店主に至っては動機が皆目見当もつきませんが」
変態の単語にぽん、と手を叩く美鈴。
「ああ、霖之助ってあの三日前から門の前にいた裸人(ラビット)ですか。あの人、お店が楽しみで仕方ない、って感じでキラキラ目を輝かせて門前に居座っていたんですけど、いざ開門という段になって男子禁制で追い返されまして、門を開けた私に一票入れてションボリ帰っていきました」
「哀れね。何も三日間野宿させた挙句に追い返さずとも、最初に見かけた時点で男子禁制と教えてあげれば良いのに」
「はあ、なんか近寄りがたくて……」
「大体男子禁制ならどうしてあの男に投票権を与えたのかしら」
咲夜を見る。
「…ま、彼ならば入場できなくとも投票だけはしていくだろうと思いまして」
「確かにそういった熱意は人一倍あるわね。あのメガネは」
咲夜も酷な事をする。が、まあいい。森近霖之助は幻想郷で最も粗雑な扱いに慣れた男だ。気にすることは無い。
仮に男子禁制でなくとも、あって無きが如きドレスコードに引っかかって退場となる男である。
「けど六票とはなかなかやるわね」
「自分でも吃驚ですよ」
正直驚いた。私が先回りして随分票を奪っているのだ。その中で六票というのは大きい。美鈴がこれだけ善戦したとなると、他の三人は少々悲惨な数字かもしれない。
微かに心が痛む。
最下位となった者を自分の好きに出来るとはいえ、それとは別次元で彼女達のがっかりする姿は見たくなかった。矛盾するようだが偽らざる心だ。彼女達の全てが欲しい。そして彼女達には笑っていて欲しいのだ。特にフランなど一票も入らなかった、なんて結果になれば、目に見えてしょんぼりしてしまうに違いない。勝負事の残酷さゆえ、仕方ないとは言ってもやはり妹の泣き顔は見たいものではない。
「それでは次はフランドール様の結果を」
「はーい」
「……っ」
無邪気なフラン。その無垢な笑顔は客たちにも好評だったようだが……ああ、どうかその微笑が崩れませんように。
「フランドール様に入れた方々は……、魔理沙、妹紅、ミスティア、八雲紫、橙、鈴仙の六名ですね」
「わー」
「なッ!? 魔理沙ッ!?」
笑うフランと絶叫するパチェ。
「同点ですね妹様」
「ふふー」
良かった。フランも六票。美鈴と同じく大健闘だ。本人もそれなり満足な結果らしく、しゃらしゃら羽を鳴らしてご機嫌である。
しかし……鈴仙だと? おかしい。あのウサギは永遠亭の居候。輝夜の指揮下の筈だ。密約通りならば永遠亭の票は全てこのレミリアに流れてくる筈。どういうことだ? まさかあの平安求婚者バスター、約束を反故にするつもりか? それとも鈴仙は客分として、自らの影響の外と考えているのだろうか。
「お姉様っ。私六票だってっ」
「え、ええ、そうね。おめでとう。よく頑張ったわフラン」
喜ぶフランを抱いて褒めてやる。
まあいい。鈴仙はイレギュラーだ。奴は永遠亭の客人に過ぎないのだろう。フランが笑っているのだ。良しとしようではないか。
座薬王を除けば後は問題ない面子。話をつけられなかったマヨヒガの票もこれで出揃った。妹紅、紫には今後ロリコンのレッテルを貼るとして、残りの浮動票はそう多くない筈だ。仮にそれが三等分されるなら、パチェと咲夜には気の毒な結果となるだろう。勿論それは同時に我が毒牙の獲物を意味するので美味しくもあるのだが。
「さ、それじゃ次はパチュリー様の得票発表といきますか。ほらパチュリー様、いつまでも泣き叫んでないで」
「魔理沙! ムァリサァァ! あああ!」
恋に敗れた知識人の慟哭がジンジャガストに乗って木霊する。その形振り構わぬ狂乱は、隣に座る美鈴とテーブルに備え付けのシナモンシュガーを巻き込んで、悲鳴と粉末を撒き散らす褐色の竜巻と化している。
「落ち着きなさいパチェ。これは店の評価なのよ? 魔理沙が貴方を否定したわけじゃないわ」
「うぅっ……、はぁ、はぁ…、そ、そうね。そうよね魔理沙?」
「修羅場は霧雨家でおやりなさい。ほらパチェ、深呼吸して。一息ついたら砂糖塗れの美鈴をウォーターエルフで濯ぎ洗いしてやって頂戴」
「え、ええ。ありがとうレミィ。落ち着いたわ」
「それではパチュリー様の結果を」
ウォーターエルフで濯がれてグッタリする美鈴を気にかけることも無く、淡々と進める咲夜。この手の暴走は日常茶飯事なのだ。
「えーと、パチュリー様がゲットしたのは、小悪魔票、リグル票、てゐ票、メルラン票、リリカ票、リリー票の六票ですね」
「そう…。魔理沙票は無いのね……」
そらないわ。
「パチュリー様、元気を出して下さい。何となく影の薄い票や、それとなく腹黒い票をガッチリキープしてるじゃないですか」
大変に失礼な物言いだった。
「そうね……。彼女達にはお礼に媚薬でも送るわ」
「それはお止め下さい」
どうしてこの女はすぐに媚薬に頼るのか。
パチェにも困ったものだ。
そして再び訪れたイレギュラー。パチェまでもが六票である。よくもまあ、あの色からしてデンジャーな紅茶に票が入るものだが、それはいい。だがてゐだと? 因幡てゐは鈴仙とは違う。正真正銘永遠亭の従僕だ。輝夜が協定を守っているならば絶対に私に投票する人物である。いや、投票しなければいけないのだ。
「くっ……」
あの蓬莱人参、約束を守る気が無いのか? それとも命じたものの部下に無視されたか? ……まったく、カリスマ不足にも程がある。毎日毎日ネットゲームにうつつをぬかしているから僕に舐められるのだ。
流石に上下関係ではなく信頼で付き合っているらしい永琳にまで、その意向を無下にされるということは無いだろうが、これで二票が永遠亭から流出した事になる。困ったものだ。代価のゲーム内通貨は半分にしてやろう。
「さ、それでは私の票数ですね」
咲夜の言葉に、はっと思考の深淵から解放される。ここまで皆六票。輝夜の蜻蛉の如き威厳のお陰で、我が確定票は四票となってしまったが、浮動票の流れ方次第では咲夜こそ可愛そうな結果になっている事だろう。
――ペナルティは咲夜か
大変に望ましいグッドエンディングだが落胆する咲夜を見るのは胸が痛い。ああ、ごめんなさい咲夜。隙の無い瀟洒な振る舞いの店だったのに。悪いのは貴方では無いの。その悲しみは後で私がバスルームで癒してあげるわ。
どちらかというと癒されるのは自分のような気もするが、まあいいだろう。主人の喜びは従者の喜びだ。
「私に入れて下さったのは、霊夢、慧音、アリス、ルナサ、妖夢に永琳。六名ですね」
「――なっ!?」
「お嬢様?」
「い、いえ……なんでも…」
何故、何故ッ!? 残る浮動票が全て咲夜にッ!? いや、それはいい。良くは無いが今は捨て置く。だが妖夢に永琳、この二票は看過できない。永遠亭の右腕に白玉楼の独りぼっちの小間使いではないか。彼女らの票こそこのレミリアに入っていなくてはおかしい。
何かの間違いではないのか? 詐欺? 陰謀? ミスディレクション? 開封を任せた咲夜が時を止めて? …いやそれはない。フランを除き、この場にいる者達はそれぞれ己が信ずる道を極めた変態揃いではあるが、票を誤魔化すようなセコイ真似は決してしない。いずれも事前の根回しなど実力のうちと割り切る好漢達だ。その結果を私欲で歪める無粋を何よりも嫌う筈。
では何故。私をも上回る根回しの結果か。それとも部下に下命をスルーされる程、幽々子と輝夜のカリスマは絶望的に失われているのか。
――シット! この私としたことがなんて過ちを。人選ミスだ。あの能天気な主どもの影響力を僅かでも信じた私が愚かだった。組織票など期待せず、一人一人脅迫紛いの戸別訪問をしておけばよかった。
蓬莱人参と極楽蝶の甲斐性に頼ったばかりにこのザマだ。咲夜票を見れば確かに咲夜に入れそうな面子。丸め込むは主ではなかったのだ。将を射んと欲すれば先ず馬を射るべきだったのだ。この場合、別段将に価値があるわけでもないが。
「最後はお嬢様ですね」
「く…ぅ……っ残票は……ッ」
な……に、二票!?
咲夜の手元に残ったカードは二枚。おそらくは幽々子に輝夜。本人達は律儀に私に入れたのだろうが、二人だけでは意味がない。
「そ、そんな……嘘でしょ…」
この私が……二票? さ、最下位だと? 浮動票を全く獲得できなかったなんて…。客の紅茶をガブ飲みしたマズかったのだろうか。
ということは半裸の咲夜を侍らせるのも、美鈴に一日中、郷ひろみのモノマネをさせるのも、全てパア? それどころか私が半裸で咲夜に侍らされ、美鈴に一日中、郷ひろみのモノマネをさせられるというの? 前者はともかく後者は……。
「い、嫌……そんなの…」
「お姉様?」
ああフラン、一体どうしたらいいの?
「ええと、幽々子に輝夜に……どうしましたお嬢様? 顔色が宜しくない様ですが」
「……ッ! 白々しいっ! 私一人大差で負けたのよ! 笑ってなんていられないわよ!」
「お、落ち着いて下さいお嬢様。負けたなんて、どうして……」
「煩いっ! 二票しか残ってないじゃない! それでどう勝つというのよ! ……ッ!」
叫んだら涙が出てきた。馬鹿みたいだ。自分勝手に舞い上がって。気付いた時には一人道化で。
「うぅっ……」
「……もう。仕方の無いお嬢様ですね」
「何よ! 咲夜なんて……っ!?」
椅子を跳ね上げ、部屋を飛び出そうとしたところを咲夜に抱き留められた。
「ちょっ、何よ! 離して!」
咲夜に抱かれるのは好きだが、こんな形など望んではいない。振り解こうとするも、何故か思う様に力が入らなかった。
「落ち着いて下さいお嬢様。これはゲームなのですから」
「ゲームといっても……っ」
「ええ、お嬢様は随分とこのゲームに熱を上げていたようですね。……ですが冷静に考えて下さい。確かに箱に入っていたカードの残りは二枚。けれどもそれだけでは計算が合わないでしょう。美鈴から私まで、皆六票ずつ。お嬢様が二票では計二十六票にしかなりません」
「え……」
どういうこと? だって咲夜は二枚しかカードを持っていないじゃない。
「投票者は三十一名。最初に確認したでしょう、レミィ」
ナイトドレスの胸元を開き、スッと胸の谷間からカードを引き抜くパチェ。カードに書かれた名前はレミリア・スカーレット。
「あ……」
そうか。三十一名の中には私達も含まれていたのだ。という事はあれはパチェの票。パチェは私に? どうして……。
「お嬢様もたまには可愛いことをなさるんですねえ」
同じ様に胸の大峡谷からカードを抜き取る美鈴。そのカードにもレミリア・スカーレットの文字が。
「お姉様、泣かないで」
「フラン……」
フランも胸を開けてカードを出し手渡してくれる。そこにもやはりレミリア・スカーレット。
「ここまで接戦になると分かっていたら、こんな……あ、あれ? ちょ、くっ……この…」
咲夜もカードを出そうと胸元に手を突っ込む。が、挟むモノが無い為か、カードは胸からおなかの辺りまで移動してしまったらしい。咲夜はブラウスに肘まで突っ込み悪戦苦闘している。
咲夜、貴方まさかフランよりも……。
「さ、咲夜、いいのよ。無理しないで裾の方から取って頂戴……」
「お、お嬢様、私にも矜持が…ッ!」
「いいの。嬉しいわ咲夜。私は貴方の防弾チョッキのような胸も大好きよ」
「そ、それはあんまりなお言葉では……」
善戦虚しく、結局ブラウスの裾からカードを取り出す咲夜。しょんぼり差し出されたそのカードにも、レミリア・スカーレットの文字が躍っていた。
「……っ。皆どうして…」
「お嬢様はゲームに随分入れ込んでましたからねえ。あ、別に皆で申し合わせた訳ではありませんよ。それぞれが勝手に同じ事を考えただけのことです」
「それにしたって……」
「勿論勝負に手を抜いたわけでもありません。お店の方は全力でしたよ。ただ私にとって一番はお嬢様。それだけのことです。…まあ、本来は味に投票するのが筋なんですけどね」
「咲夜……。皆、も…?」
「うんっ」
「まあ…ね。レミィの紅茶も美味しかったしね」
「そうですよ。お嬢様の紅茶、本当に美味しかったです」
皆少し気恥ずかしそうに、だが心から笑って言ってくれる。
「貴方の紅茶には悪質なニガみがあったわね、中国」
「なっ!? パチュリー様! ドクダミは身体にいいんですよっ?」
「それは紅茶ではなくドクダミ茶よ」
「貴方達……」
優しく微笑む咲夜や、ギャアギャア喚く美鈴達を見て声が詰まる。私が彼女らをどう侍らせるか、その一点のみに命を懸けてあらゆるプレイの検索をしていた頃、彼女達は私を想って一票投じていたのだ。しかし決して勝負を汚すわけでもない。差し出すのは己の一票のみ。その高潔さも眩しかった。
「それとお嬢様。幽々子と輝夜から伝言です。『運命は分からないから面白い』それに『代価は結構』だそうです。……お嬢様?」
「……」
まったくもってその通り。この私が他人に運命を説かれるとは。なんだ、あいつら心得て部下に好きにやらせたのか。趣味がいいのか悪いのか。
参った。私一人が子供だったようだ。
「……ふふ。咲夜、今回の稼ぎで永遠亭にウサギ小屋を五百戸、白玉楼に未検査の英吉利牛を五百頭送ってやって」
「はあ、それはまた善意のような嫌がらせのような、際どい贈り物ですね」
「そこがいいのよ。…けどこれで皆六票ずつなのね。拍子抜けのような気もするけれど、こんな結果もありなのかもしれないわね」
幽々子票、輝夜票、咲夜票、パチェ票、フラン票、美鈴票。私までもが六票だ。
「あは、お嬢様涙目だったくせに」
「なんですって? この駄門番っ」
「うあっ! 冗談! 冗談ですよお嬢様っ。ふ、不夜城レッドはチョットッ!? ぎゃー!」
メシアのように紅い十字架に磔られる美鈴。メシアと違うのは、DB(2)→A×2→6A(2)→デーモンロードウォークからキャンセルでカチ上げられたところだろうか。
「祝! 美鈴パッチ!」
何故か笑顔で床に叩きつけられる美鈴。好き放題コンボを叩き込んだ相手が嬉しそうなのだ。何か善行を施したようでこちらとしても非常に気分がいい。紅魔館は良い門番に恵まれたものだ。
「…ドローではありませんよ。お嬢様」
「咲夜?」
フラつく美鈴を椅子に座らせ咲夜が言う。
「投票者は計三十一名。開票済みは六×五で三十票。お嬢様、後は貴方の一票で全てが決まるのですよ」
「あ……」
そうだった。この私も投票権を持っていたのだ。
ふと見渡せば皆私を見つめている。最後の一票、誰に投じるのかと。ここまでは皆六票ずつ。私の一票で勝者が決まる。
ゆっくりと咲夜を見る。フランを、パチェを、美鈴を見る。
「ふふ、決まっているじゃない」
そう。決まっている。意図してでは無いとしても、ここまで演出してくれたのだ。ここでヘタれるようでは主失格である。
前を見て、胸を張る。精一杯の笑顔でカードに名前を刻み込む。
「私が入れるのは私、レミリア・スカーレットよ」
カードを指先で弾き飛ばす。それは綺麗な弧を描き、四つに割れた鉄の投票箱に突き刺さった。
「えええ!? そんな唯我独尊な決断なんですか!? ホラ、ここで私に入れたりすれば何となく美談じゃないですか!」
「煩いわね。つのだ☆ひろがどうとかホザいたり、砂糖塗れで宙を舞ったりした時点でそんな綺麗なお話ではないわ」
「いいのよ美鈴。これがお嬢様の良いところなのだから。それに美しい展開になり得ない事は、開幕数行で誰もが察するわ」
「うぅ……」
「諦めなさい中国。貴方も妹様を見習って大人しくレミィを寿ぎなさいな」
「はあ……そうですねパチュリー様。お嬢様らしいといえばらしいですものね」
「わーい。お姉様ーっ」
「フラン。ありがとう。この勝利は貴方がいなければ手に入らなかったわ」
飛び込んできたフランを抱きとめる。純粋に姉の勝利を喜んでくれるデキた妹だった。そしてフランを抱いたまま高らかに宣言する。
「七、六、六、六、六! 勝者は私よ! さあ、貴方達の人権はこの瞬間ロストしたわ!」
敗者は四人。ペナルティも四人に。最高だ。予想を四倍上回る極上のグランドフィナーレだ。
「ええええ! ちょっと咲夜さん! お嬢様あんな事言ってますよ!?」
「いいのよ美鈴。これがお嬢様の良いところなのだから」
「それさっきも聞きました! さ、咲夜さんダマされてますよ! 恋は盲目どころじゃないじゃないですか! 夜雀の歌じゃないんですから、シッカリ現実を見て下さいよ! くっ……ぱ、パチュリー様っ!」
「諦めなさい中国。貴方も妹様を見習って大人しくレミィを寿ぎなさいな」
「ゥオイ! それもさっき聞いたわ!」
なにやら美鈴が煩いが気にしない。何を言おうと負け犬の遠吠えなのだ。
「さあ、咲夜とフランは服をはだけて酌をしなさい! パチェはこのデッカイ葉っぱでパタパタ扇ぐの! 美鈴にはそこで郷ひろみの歌を唄って貰うわ!」
「チョット! なんか私だけアクの濃い要求じゃないですか!?」
「敗者は勝者に従いなさい! さあ!」
「ええええ!?」
ああ愉快。半裸の咲夜とフランを侍らせ、パチェの奉仕を受けつつ美鈴のクドいパフォーマンスを眺め悦に入る。これぞ極楽、これぞ勝利。
メイド達のボッタクリ喫茶により金も手に入った。皆のお陰で酒池肉林も手に入れた。宴の後は美鈴から没収した、咲夜の羞恥に震える映像を眺めつつブランデーを傾けよう。
ステキ過ぎる。これだから紅魔館の主はやめられない。
「美鈴! もっと小節をきかせて!」
「やってられるかぁぁぁ!」
ビバ、紅魔館。
ていうかなんだこの素敵な紅魔館は。二つあって片方無くしても構わない臓器を売り払ってでも入り浸りたいですよ。
こんな何とも素晴らしい創想話をありがとう御座いました。本当に。
ん? ……ストロー六百円……? ストロー?
なんていい紅魔館だ!!
私もぼられに逝きたい……
いやいや。ホロリとした話で最後を締めると思っていたら最後の最後で大爆笑してしまいました。
(ノД`)咲夜さん切ねえ……
そして初台詞から全開で素敵なレミリアお嬢様に乾杯。
冬扇様の描かれる紅魔館の日常は、桃色フィルター越しに地獄の4丁目を覗いてるかのような錯覚を受けるとです。
れみりゃかわいいよれみりゃ、アントワネット様もはだしで逃げ出すよ。
にしても未検査の英吉利牛五百頭なんて亡霊嬢には嫌がらせにもならないんじゃ・・・
しかし、ハンティング部隊の仕事内容って一体・・・
欲を言えばレミィの交渉やら各人の接客内容やらが欲しかったところ。でもそれがあると丈が2、3倍に膨れ上がるか……
アリス=独
つД`)・゚・。・゚゚・*:.。
ところで、本って誰?
香霖堂の第一話に出てきた名無し本読み妖怪の事と思われる。
霖の後に書いてありますし
本は香霖堂の本読み妖怪・朱鷺子(仮)では?
霖の後ろですし。
しかし、あの価格設定でエビピラフをオーダーする猛者はいたのか…?
とりあえず、普通にサンドイッチと紅茶、砂糖をオーダーしたら…7ま(思考停止)
涙目の勝利宣言が目に浮かびます。
マジで面白かったです。
自分としてはストローの使い道が気になる・・・
くだらない! 意味がない! とてもよい!
レミリア様素敵過ぎ。
ボッタクリでもグッド!
中だるみも無く、オチもバッチリで3度おいしい…そんな味があるギャグセンスも○
…私なら苦いケーキやお茶は苦手なので、メイド長に一票いれますw
冬扇様のSS、期待を右ナナメ12度ほど上回る、すばらしい作品でしたっ!
あと、中国の今後に合掌。
エビピラフなんて震えがきます。(´∀`*
遠慮会釈なくポンポン飛び出す無礼ボキャブラリー
の数々にいい性格が出てますwww
暴れんぼ将軍なレミリア様最強です。ごちそうさまでした!
・・どんなにふんだくられてもいい。レミリア様のストロゥ(済)が欲しいッッ!!
それでこそ・・・なんですかね。
紅茶が一万円は無茶な設定だよなーなんて思っていた自分が恥ずかしい。
レミリア様最高!アリスの文字に泣いた。
お嬢様…貴女はいつまでもそのままでいてくれwww
あそこからアクセルがかかった感じでした。
ちょっくらキリマンジャロ飲んできますw
私もレミリアを愛しています