Coolier - 新生・東方創想話

「蒼き風走る(壱)・ある旅人と猫」

2005/05/12 08:14:05
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 ある秋の日の山深い森の中の林道。
 重なり茂る木々の為、まだ昼だというのに薄暗い道を、一人の男が紅いオフロードバイクを押しながら歩いていた。
 男はツーリングの途中、初めて見るその山に興味を引かれた。
 どことなく人間を寄り付かせ無い様な雰囲気を持つ山を。
 付近の住人達からは、この山には妖怪が出るなどと警告めいた事を言われたが、初めて入る山道といえど自分の技量と経験で何とかなるだろう、それに今時妖怪だなんてまゆつば臭い。と、男は軽い気持ちで山道を走り始めた。
 昼くらいには山を越えられるだろうと。

 しかし、その自分の認識が甘い物だったと男は思い知らされていた。

 男は山の中で迷っていた。
 地図に無い道が延々と続き、自分がどこに居るのかさっぱりわからない。
 バイクの燃料も残り少ないので、男はエンジンを止め押し歩く事にした。幸い、道はゆるやかな下りになっている。
 歩きながら男は、自分はどのあたりから迷い始めたのだろうと考えていた。
 確か、かなり古そうな小さな祠のある四辻。
 あそこで北東方面に向かう道を選んだ辺りから、徐々に方向感覚が狂い始めた様な気がする。
 流れる汗をタオルで何度も拭う。
 いつもなら軽々と自分を運んでくれるバイクも、エンジンが止まれば只の鉄隗だ。
 だが、男は不平をもらさず黙々と歩き続ける。
 いつも乗せてもらってばかりだから、たまには自分が押してやっても良いだろうと思いながら。

 下り道の終点で日が沈みかけているのを確認し、男は野宿をする事にした。
 荷台に積んだ野営用の道具を降ろし始める。男にとって野宿をする事は別に珍しい事では無い。今までに出かけた場所でも、気に入った風景があれば二、三日留まる事がざらだった。

「日常」の中で削られた魂を癒す。それが男の休日の習慣になっていた。
 
 適当な野営地を探す。
 幸いにも、近くから水が流れる音がする。男はその音を頼りに草原に足を進めた。
 そして小さいが、澄んだ水が湧く泉を見つける事が出来た。その側には乾いた砂浜もある。
 男はいったんバイクの元へ戻り、それを道から離れた場所に移動させる。万一、通行者が来た時の配慮だ。そして野宿の為の荷物を抱え泉の側に戻ると、そこには先程まではいなかった先客がいた。

 人間ではなかったが。

 黒い子猫が一匹、水面を眺めていた。男が現れた事にも動じる事無く。
「悪いが、お邪魔させてもらうよ」
 
 男は猫に一声かける。
 猫は一瞬だけ男の方に顔を向けると、関心が無いように、また水面に目を向ける。おおかた、泉の中の魚でも狙っているのだろう。
 そして男は野営の準備を進める。一人用のテントを組み上げ、使い古された寝袋を広げた。後は食事の準備だ。
 猫から離れた場所で水を汲み、試しに飲んでみた。都会の薬混じりの物とは違う味がして、正直旨かった。
 スチールのカップに水をくみ、火を灯したコンロの上に乗せる。インスタントコーヒーの粉末を中に入れ、沸くのを待つ。
 その頃にはすでに日は沈み、夜空には三ヶ月が煌々と輝き、泉を銀色に照らしていた。
 火傷しない様に、ふうふうと冷ましながらコーヒーを飲む。
 それは、男が普段飲んでいた物が、まるで泥水だったかのように思えるほど旨かった。
 コーヒーを飲み終え、体が温まったのを確認した後、男は夕飯の準備を始める。
 飯盒に無洗米を入れ米を炊く。おかずは山のふもとでもらった鮎の塩焼き数本と漬物。少々寂しいが、男は魚を温める為、コンロの近くに串ごとさす。米が炊ける頃には、魚の焼けるいい匂いが漂ってきた。

 男は、いつの間にかに、あの子猫がコンロの近くにいるのに気がついた。魚の匂いにでも惹かれたのだろうと思い、声をかけた。
「お前も食うか、ちょっと待ってろよ」
 
 男は、荷物の中から小皿を取り出し、いい焼け具合の魚の身を、その上にほぐし分け子猫の前に置いた。
「熱いから、気をつけな」
 
 子猫はそれに鼻を近づけ、そして食べ始めた。中々の食いっぷりだと思いながら、男も食事を進める。結局、焼き魚を子猫と半分ずつ平らげる事になったが、男は、奇妙な客との夕餉を楽しんだ。

 食事の後片付けをして、男は月見酒を楽しむ事にした。小さなグラスに酒を注ぐ。男の膝の上には,そこにいるのが当然の様に、子猫が丸くなり月を見ている。
「お前も、一杯やるかい」
 
 グラスに酒を注ぎ足し子猫に差し出す。子猫は興味深そうに酒を眺め、そしてひと舐めする。

 なぁーお。

 子猫が始めて鳴いた。そしてさも旨そうに酒を舐め続ける。
「結構いける口だね、お前さんは」
 
 男は、グラスとは別の、ウイスキーボトルの中の酒をラッパ飲みする。酔ってきたせいか、子猫の尻尾が二本に見えた。ずいぶんと早く酔いが回ってきたもんだと男は苦笑する。
 
 酒を飲み終え、男はテントの中の寝袋に潜り込む。子猫もその隙間に潜り込んできた。
「おやすみ」
 
 ごろごろと、のどを鳴らす子猫に男はつぶやき、眠りにつく。どこか遠くの方で、狐の鳴き声が聞こえた様な気がした。

 
 その晩、男は不思議な夢を見た。
 目の前に九つの尾を生やした大きな狐がいる。その狐は人の言葉を話した。
「私の式が、ずいぶんと世話になったようだ。礼を言う」

「本来なら、お前を我が主の糧にしようと思っていたが止めだ」

「今回だけは見逃す。くれぐれもあの四つ辻に近づくな。我らは人とは相容れぬ存在だからな」

「今後は興味本位で立ち入るなよ。さらばだ、チェン、行くぞ」

 狐の足元には、あの黒い子猫がいた。
「ご馳走様でした。じゃあね」
 
 子猫も人の言葉で男にさよならを告げ、九尾の狐の後を追っていった。

 
 朝が来て男がテントから外に出ると、そこは、あの道に迷うきっかけとなった四辻だった。
 テントの隣には、バイクも、男の荷物も、全部揃っていた。
 男は、辻にある祠を覗き込む。
 そこには、狐や猫の像が大小様々に飾られ、そして奥には、なにやら蜘蛛の様な壁画が描かれ奉られていた。
「ずいぶんと面白い所に潜っちまった様だな」
 
 男は笑いながら荷物をバイクに載せ、エンジンを始動する。何故か燃料も満タンになっていた。
「さてと、次は何を土産にしようかね」
 
 男とバイクは「日常」の世界へ帰還する為、疾走を始める。

 男が、自分が迷い込んだ場所が「幻想郷」と呼ばれる事を知るのは、また、別の物語で。

 四辻には魔が集う。下手な興味は命を捨てる事になる。

 だが、この男の様に命を拾う者もいる。

 あなたは、どちらかな。

「終」
 
 
 




 
 沙門です。以前書いた「マヨヒガへ」の過去話です。なんと続きがあるみたいです。でもがんばります。蛇足ですが、私の実家の隣には古ーいお稲荷さんがあります。誰もいないのに時たま鈴が鳴ります。くわばらくわばら。

05/07/26 タイトル・文章修正と書き足し。
沙門
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コメント



0.1210簡易評価
2.60名無し削除
妖怪にあっても冷静でいられる⇒様々な修羅場をくぐってきたって感じがします。
そのうち妖怪に襲われた挙句「お前に魂を吹き込んでやる!」とか言ってスーパーアクションで切り抜けるシーンとか無いものでしょうか。
12.80名前が無い程度の能力削除
>「お前に魂を吹き込んでやる!」
斑鳩だけに弾幕を紙一重で避けたり
15.無評価沙門削除
>妖怪にあっても冷静でいられる⇒様々な修羅場をくぐってきたって感じがします。
 
 ご感想ありがとうございます。主人公は確かに、「日常」の中で修羅場をくぐり続けています。弾幕はありませんが。「DーLIVE」は、私も好きな作品です。
 スーパーアクションはどうしたものかなと考えています。個人的には凄くやりたいのですが、難しい所です。でわでわ。

>斑鳩だけに弾幕を紙一重で避けたり

 ご感想ありがとうございます。あの台詞が、作品に惚れ込んだきっかけでした。私見ですが、私のゲームの楽しみの一つが、「自機との一体感」だったりします。そのため、「レイフォース」とかやってる時は、完全に向こう岸に行っちゃってます。はたから見たら、変態でしょうね。でわでわ。
25.無評価名前が無い程度の能力削除
ふと思ったんですけど「スプリガン」の御見苗が幻想郷に~というのも面白そうだなと
26.無評価沙門削除
>ふと思ったんですけど「スプリガン」の御見苗が幻想郷に~というのも面白そうだなと

ご感想ありがとうございます。私は「スプリガン」も大好きなのですよ。個人的には、慧音とからめたらおもしろいかな、などと。でわでわ