ある秋の日の山深い森の中の林道。
重なり茂る木々の為、まだ昼だというのに薄暗い道を、一人の男が紅いオフロードバイクを押しながら歩いていた。
男はツーリングの途中、初めて見るその山に興味を引かれた。
どことなく人間を寄り付かせ無い様な雰囲気を持つ山を。
付近の住人達からは、この山には妖怪が出るなどと警告めいた事を言われたが、初めて入る山道といえど自分の技量と経験で何とかなるだろう、それに今時妖怪だなんてまゆつば臭い。と、男は軽い気持ちで山道を走り始めた。
昼くらいには山を越えられるだろうと。
しかし、その自分の認識が甘い物だったと男は思い知らされていた。
男は山の中で迷っていた。
地図に無い道が延々と続き、自分がどこに居るのかさっぱりわからない。
バイクの燃料も残り少ないので、男はエンジンを止め押し歩く事にした。幸い、道はゆるやかな下りになっている。
歩きながら男は、自分はどのあたりから迷い始めたのだろうと考えていた。
確か、かなり古そうな小さな祠のある四辻。
あそこで北東方面に向かう道を選んだ辺りから、徐々に方向感覚が狂い始めた様な気がする。
流れる汗をタオルで何度も拭う。
いつもなら軽々と自分を運んでくれるバイクも、エンジンが止まれば只の鉄隗だ。
だが、男は不平をもらさず黙々と歩き続ける。
いつも乗せてもらってばかりだから、たまには自分が押してやっても良いだろうと思いながら。
下り道の終点で日が沈みかけているのを確認し、男は野宿をする事にした。
荷台に積んだ野営用の道具を降ろし始める。男にとって野宿をする事は別に珍しい事では無い。今までに出かけた場所でも、気に入った風景があれば二、三日留まる事がざらだった。
「日常」の中で削られた魂を癒す。それが男の休日の習慣になっていた。
適当な野営地を探す。
幸いにも、近くから水が流れる音がする。男はその音を頼りに草原に足を進めた。
そして小さいが、澄んだ水が湧く泉を見つける事が出来た。その側には乾いた砂浜もある。
男はいったんバイクの元へ戻り、それを道から離れた場所に移動させる。万一、通行者が来た時の配慮だ。そして野宿の為の荷物を抱え泉の側に戻ると、そこには先程まではいなかった先客がいた。
人間ではなかったが。
黒い子猫が一匹、水面を眺めていた。男が現れた事にも動じる事無く。
「悪いが、お邪魔させてもらうよ」
男は猫に一声かける。
猫は一瞬だけ男の方に顔を向けると、関心が無いように、また水面に目を向ける。おおかた、泉の中の魚でも狙っているのだろう。
そして男は野営の準備を進める。一人用のテントを組み上げ、使い古された寝袋を広げた。後は食事の準備だ。
猫から離れた場所で水を汲み、試しに飲んでみた。都会の薬混じりの物とは違う味がして、正直旨かった。
スチールのカップに水をくみ、火を灯したコンロの上に乗せる。インスタントコーヒーの粉末を中に入れ、沸くのを待つ。
その頃にはすでに日は沈み、夜空には三ヶ月が煌々と輝き、泉を銀色に照らしていた。
火傷しない様に、ふうふうと冷ましながらコーヒーを飲む。
それは、男が普段飲んでいた物が、まるで泥水だったかのように思えるほど旨かった。
コーヒーを飲み終え、体が温まったのを確認した後、男は夕飯の準備を始める。
飯盒に無洗米を入れ米を炊く。おかずは山のふもとでもらった鮎の塩焼き数本と漬物。少々寂しいが、男は魚を温める為、コンロの近くに串ごとさす。米が炊ける頃には、魚の焼けるいい匂いが漂ってきた。
男は、いつの間にかに、あの子猫がコンロの近くにいるのに気がついた。魚の匂いにでも惹かれたのだろうと思い、声をかけた。
「お前も食うか、ちょっと待ってろよ」
男は、荷物の中から小皿を取り出し、いい焼け具合の魚の身を、その上にほぐし分け子猫の前に置いた。
「熱いから、気をつけな」
子猫はそれに鼻を近づけ、そして食べ始めた。中々の食いっぷりだと思いながら、男も食事を進める。結局、焼き魚を子猫と半分ずつ平らげる事になったが、男は、奇妙な客との夕餉を楽しんだ。
食事の後片付けをして、男は月見酒を楽しむ事にした。小さなグラスに酒を注ぐ。男の膝の上には,そこにいるのが当然の様に、子猫が丸くなり月を見ている。
「お前も、一杯やるかい」
グラスに酒を注ぎ足し子猫に差し出す。子猫は興味深そうに酒を眺め、そしてひと舐めする。
なぁーお。
子猫が始めて鳴いた。そしてさも旨そうに酒を舐め続ける。
「結構いける口だね、お前さんは」
男は、グラスとは別の、ウイスキーボトルの中の酒をラッパ飲みする。酔ってきたせいか、子猫の尻尾が二本に見えた。ずいぶんと早く酔いが回ってきたもんだと男は苦笑する。
酒を飲み終え、男はテントの中の寝袋に潜り込む。子猫もその隙間に潜り込んできた。
「おやすみ」
ごろごろと、のどを鳴らす子猫に男はつぶやき、眠りにつく。どこか遠くの方で、狐の鳴き声が聞こえた様な気がした。
その晩、男は不思議な夢を見た。
目の前に九つの尾を生やした大きな狐がいる。その狐は人の言葉を話した。
「私の式が、ずいぶんと世話になったようだ。礼を言う」
「本来なら、お前を我が主の糧にしようと思っていたが止めだ」
「今回だけは見逃す。くれぐれもあの四つ辻に近づくな。我らは人とは相容れぬ存在だからな」
「今後は興味本位で立ち入るなよ。さらばだ、チェン、行くぞ」
狐の足元には、あの黒い子猫がいた。
「ご馳走様でした。じゃあね」
子猫も人の言葉で男にさよならを告げ、九尾の狐の後を追っていった。
朝が来て男がテントから外に出ると、そこは、あの道に迷うきっかけとなった四辻だった。
テントの隣には、バイクも、男の荷物も、全部揃っていた。
男は、辻にある祠を覗き込む。
そこには、狐や猫の像が大小様々に飾られ、そして奥には、なにやら蜘蛛の様な壁画が描かれ奉られていた。
「ずいぶんと面白い所に潜っちまった様だな」
男は笑いながら荷物をバイクに載せ、エンジンを始動する。何故か燃料も満タンになっていた。
「さてと、次は何を土産にしようかね」
男とバイクは「日常」の世界へ帰還する為、疾走を始める。
男が、自分が迷い込んだ場所が「幻想郷」と呼ばれる事を知るのは、また、別の物語で。
四辻には魔が集う。下手な興味は命を捨てる事になる。
だが、この男の様に命を拾う者もいる。
あなたは、どちらかな。
「終」
重なり茂る木々の為、まだ昼だというのに薄暗い道を、一人の男が紅いオフロードバイクを押しながら歩いていた。
男はツーリングの途中、初めて見るその山に興味を引かれた。
どことなく人間を寄り付かせ無い様な雰囲気を持つ山を。
付近の住人達からは、この山には妖怪が出るなどと警告めいた事を言われたが、初めて入る山道といえど自分の技量と経験で何とかなるだろう、それに今時妖怪だなんてまゆつば臭い。と、男は軽い気持ちで山道を走り始めた。
昼くらいには山を越えられるだろうと。
しかし、その自分の認識が甘い物だったと男は思い知らされていた。
男は山の中で迷っていた。
地図に無い道が延々と続き、自分がどこに居るのかさっぱりわからない。
バイクの燃料も残り少ないので、男はエンジンを止め押し歩く事にした。幸い、道はゆるやかな下りになっている。
歩きながら男は、自分はどのあたりから迷い始めたのだろうと考えていた。
確か、かなり古そうな小さな祠のある四辻。
あそこで北東方面に向かう道を選んだ辺りから、徐々に方向感覚が狂い始めた様な気がする。
流れる汗をタオルで何度も拭う。
いつもなら軽々と自分を運んでくれるバイクも、エンジンが止まれば只の鉄隗だ。
だが、男は不平をもらさず黙々と歩き続ける。
いつも乗せてもらってばかりだから、たまには自分が押してやっても良いだろうと思いながら。
下り道の終点で日が沈みかけているのを確認し、男は野宿をする事にした。
荷台に積んだ野営用の道具を降ろし始める。男にとって野宿をする事は別に珍しい事では無い。今までに出かけた場所でも、気に入った風景があれば二、三日留まる事がざらだった。
「日常」の中で削られた魂を癒す。それが男の休日の習慣になっていた。
適当な野営地を探す。
幸いにも、近くから水が流れる音がする。男はその音を頼りに草原に足を進めた。
そして小さいが、澄んだ水が湧く泉を見つける事が出来た。その側には乾いた砂浜もある。
男はいったんバイクの元へ戻り、それを道から離れた場所に移動させる。万一、通行者が来た時の配慮だ。そして野宿の為の荷物を抱え泉の側に戻ると、そこには先程まではいなかった先客がいた。
人間ではなかったが。
黒い子猫が一匹、水面を眺めていた。男が現れた事にも動じる事無く。
「悪いが、お邪魔させてもらうよ」
男は猫に一声かける。
猫は一瞬だけ男の方に顔を向けると、関心が無いように、また水面に目を向ける。おおかた、泉の中の魚でも狙っているのだろう。
そして男は野営の準備を進める。一人用のテントを組み上げ、使い古された寝袋を広げた。後は食事の準備だ。
猫から離れた場所で水を汲み、試しに飲んでみた。都会の薬混じりの物とは違う味がして、正直旨かった。
スチールのカップに水をくみ、火を灯したコンロの上に乗せる。インスタントコーヒーの粉末を中に入れ、沸くのを待つ。
その頃にはすでに日は沈み、夜空には三ヶ月が煌々と輝き、泉を銀色に照らしていた。
火傷しない様に、ふうふうと冷ましながらコーヒーを飲む。
それは、男が普段飲んでいた物が、まるで泥水だったかのように思えるほど旨かった。
コーヒーを飲み終え、体が温まったのを確認した後、男は夕飯の準備を始める。
飯盒に無洗米を入れ米を炊く。おかずは山のふもとでもらった鮎の塩焼き数本と漬物。少々寂しいが、男は魚を温める為、コンロの近くに串ごとさす。米が炊ける頃には、魚の焼けるいい匂いが漂ってきた。
男は、いつの間にかに、あの子猫がコンロの近くにいるのに気がついた。魚の匂いにでも惹かれたのだろうと思い、声をかけた。
「お前も食うか、ちょっと待ってろよ」
男は、荷物の中から小皿を取り出し、いい焼け具合の魚の身を、その上にほぐし分け子猫の前に置いた。
「熱いから、気をつけな」
子猫はそれに鼻を近づけ、そして食べ始めた。中々の食いっぷりだと思いながら、男も食事を進める。結局、焼き魚を子猫と半分ずつ平らげる事になったが、男は、奇妙な客との夕餉を楽しんだ。
食事の後片付けをして、男は月見酒を楽しむ事にした。小さなグラスに酒を注ぐ。男の膝の上には,そこにいるのが当然の様に、子猫が丸くなり月を見ている。
「お前も、一杯やるかい」
グラスに酒を注ぎ足し子猫に差し出す。子猫は興味深そうに酒を眺め、そしてひと舐めする。
なぁーお。
子猫が始めて鳴いた。そしてさも旨そうに酒を舐め続ける。
「結構いける口だね、お前さんは」
男は、グラスとは別の、ウイスキーボトルの中の酒をラッパ飲みする。酔ってきたせいか、子猫の尻尾が二本に見えた。ずいぶんと早く酔いが回ってきたもんだと男は苦笑する。
酒を飲み終え、男はテントの中の寝袋に潜り込む。子猫もその隙間に潜り込んできた。
「おやすみ」
ごろごろと、のどを鳴らす子猫に男はつぶやき、眠りにつく。どこか遠くの方で、狐の鳴き声が聞こえた様な気がした。
その晩、男は不思議な夢を見た。
目の前に九つの尾を生やした大きな狐がいる。その狐は人の言葉を話した。
「私の式が、ずいぶんと世話になったようだ。礼を言う」
「本来なら、お前を我が主の糧にしようと思っていたが止めだ」
「今回だけは見逃す。くれぐれもあの四つ辻に近づくな。我らは人とは相容れぬ存在だからな」
「今後は興味本位で立ち入るなよ。さらばだ、チェン、行くぞ」
狐の足元には、あの黒い子猫がいた。
「ご馳走様でした。じゃあね」
子猫も人の言葉で男にさよならを告げ、九尾の狐の後を追っていった。
朝が来て男がテントから外に出ると、そこは、あの道に迷うきっかけとなった四辻だった。
テントの隣には、バイクも、男の荷物も、全部揃っていた。
男は、辻にある祠を覗き込む。
そこには、狐や猫の像が大小様々に飾られ、そして奥には、なにやら蜘蛛の様な壁画が描かれ奉られていた。
「ずいぶんと面白い所に潜っちまった様だな」
男は笑いながら荷物をバイクに載せ、エンジンを始動する。何故か燃料も満タンになっていた。
「さてと、次は何を土産にしようかね」
男とバイクは「日常」の世界へ帰還する為、疾走を始める。
男が、自分が迷い込んだ場所が「幻想郷」と呼ばれる事を知るのは、また、別の物語で。
四辻には魔が集う。下手な興味は命を捨てる事になる。
だが、この男の様に命を拾う者もいる。
あなたは、どちらかな。
「終」
そのうち妖怪に襲われた挙句「お前に魂を吹き込んでやる!」とか言ってスーパーアクションで切り抜けるシーンとか無いものでしょうか。
斑鳩だけに弾幕を紙一重で避けたり
ご感想ありがとうございます。主人公は確かに、「日常」の中で修羅場をくぐり続けています。弾幕はありませんが。「DーLIVE」は、私も好きな作品です。
スーパーアクションはどうしたものかなと考えています。個人的には凄くやりたいのですが、難しい所です。でわでわ。
>斑鳩だけに弾幕を紙一重で避けたり
ご感想ありがとうございます。あの台詞が、作品に惚れ込んだきっかけでした。私見ですが、私のゲームの楽しみの一つが、「自機との一体感」だったりします。そのため、「レイフォース」とかやってる時は、完全に向こう岸に行っちゃってます。はたから見たら、変態でしょうね。でわでわ。
ご感想ありがとうございます。私は「スプリガン」も大好きなのですよ。個人的には、慧音とからめたらおもしろいかな、などと。でわでわ