「吸血鬼よ。」
少女は言った。
傷つき、ぼろぼろの私に。
その圧倒的な威圧感でもって。
殺されると思った、感じた、理解した。
悲鳴を出す気力も残ってない自分が歯がゆかった。
「ああ、ところであなた。」
顔を上げるのも辛い。全身が軋みをあげていた。
構わず吸血鬼は続けた。
「あの妖怪、まだ生きてるわよ?」
顔を上げた。振り向いた。
ゆらり、と殺したはずの少女が立ちあがっていた。
「殺人人形じゃ、妖怪を殺すのには一歩及ばなかったみたいね。」
さぁ、どうする?と吸血鬼は笑う。
助けを求める?と吸血鬼は嘲笑う。
この私を。嘲笑する。
ふざけるな。吸血鬼が殺人鬼を笑うだと?
―――――ふわり、と周囲のナイフが浮き上がる。
念動力。私の忌み嫌われた力の正体。
時を止める能力は私しか知らない。疎まれていたのはこっちの力による――――ポルターガイスト。
「秘技―――――――」
ナイフの切っ先が殺し損ねた少女を向く。
それら全てがいっせいに飛んで行く。
少女はそれを弾こうと身構える。
其処までは予測済みだ。
「―――――操りドール!」
ナイフの数本かが軌道をいきなり変える。
「へぇ、やるじゃない。」
吸血鬼が笑う。うるさい、黙っててくれ。
「なにっ!」
妖怪が驚く。うるさい、息の根を止めてやる。
それでも何本かは弾かれる。
「シフト。」
弾かれたナイフがまた標的のほうを向く。
「な、なめるなぁぁぁぁ、人間風情がぁぁぁぁぁぁあ!」
妖気の塊とも言うべき色とりどりの弾丸が放たれる。しかも、無差別に。
「人間風情にやられてるのはあなたじゃない。」
吸血鬼が言う。
「―――――時よ、止まれ!」
空間停止。凍結。
弾丸をすりぬけ、妖怪の前に立つ。
「動け!」
凍結、解除。
私は、手に持った最後のナイフで妖怪を解体する。
まずは、腕。
「ぐ、うあぁぁぁ!」
その間にもナイフは次々と標的に刺さって行く。
ごとり、と右腕が落ちる。
ごとり、と左腕が落ちる。
「情けないわねぇ、妖怪の癖に。」
いい加減耳障りな吸血鬼の声にもなれてきた。
「そろそろ、私が引導を渡してあげるわ。どきなさい、其処の殺人鬼。」
訂正。まだなれそうにない。
しかし、膨大な力が背後に集まっている。多分このままいると、
死ぬ。
仕方なく、避けることにする。
私の最後の異能力。
――――――――空間転移。
「紅の撃―――――――スカーレットシュート」
吸血鬼の後ろへと転移するのと同時に膨大な紅色の力が視界を埋め尽くした。
妖怪の少女などどこにいるのか解らないどのアカ。
同じ『鬼』でもここまで違うものかと痛感させられた。
紅は血の色。
紅は死の色。
紅はやがて黒になる。
紅はなににも染まらない。
長い長い紅が終わった時には妖怪の姿などどこにも見当たらなかった。
「あなた、面白い人間だわ。」
妖怪を消し去るなり吸血鬼が話し掛けてきた。
こちらは声を出す気力もないのに。
あれだけの力を放出しておきながら。
悠々と。
綽綽と。
荘厳に。
華麗に。
吸血鬼は佇んでいた。
―――――勝てない。
そう、思った。
―――――殺される。
そう、思った。
「面白い人間さん、あなた、紅茶は入れられる?」
意識が、途絶え………た…………………
目が醒めるとベットの上だった。しかも傍らには吸血鬼。
「あら、目が醒めたのね。」
「………………………どこ?」
端的に、且つ簡潔に質問を繰り出す。
「紅魔館。私の館よ。」
「紅魔………館?」
「そう、紅魔館。スカーレット家の由緒あるお屋敷なの。」
どうだ、とばかりに胸を張る吸血鬼。
残念ながら張れるほどの胸は無かったが、意外と面白い奴なのかもしれない。
「レミリア様、お水をお持ちしました。」
ノックの音とともにメイドが入って来る。
「ああ、其処の人間に渡してあげて。」
「解りました……どうぞ。」
「ど、どうも。」
吸血鬼に仕えるメイドから水を受け取る私。
大丈夫、水が赤いなんてオチは無い。
一応確認してから一口含む。
冷たい水が乾いた喉に心地よかった。
「少しは、落ち着いたかしら?」
「私ははじめから落ち着いてる。」
「そうだったかしら。まぁ、いいわ。じゃあまず昨日返事を聞き損ねた質問から」
「紅茶なら一応入れられるわ。」
昨日はあの質問で気が抜けて倒れたんだった。
「そう………二つ目、あなたここで働く気は無いかしら?」
「私が?ここで?必然性が感じられないわ。」
「残念ながら、全ては必然性の上に成り立っているのよ。あなたが私に出会ったのも、全てね。」
「運命の赤い糸って奴かしら?」
精一杯の皮肉と虚勢を込めて言い返す。
「そうね、あなたが時を操れるように私は運命を操るわ。それが私の力。」
その一言で―――――――――私の虚勢は、かくも無残に、砕け散った。
「あははははは、それは無しよ。勝てないに決まってるじゃないの、そんなの!運命を操るですって?ああ、もう、私の負けよ。」
砕け散ったというのに、私は何故か笑っていた。
それは元の世界では味わえなかった充実感。
「むー。あなた、さりげなく馬鹿にしてない?」
「私なんかが馬鹿にするわけ無いでしょう、レミリア様?」
「うぅ、なんか戦いに勝って勝負に負けた気分だわ。」
悔しげな吸血鬼、もといレミリア様の顔がおかしくて―――私はまた笑っていた。
「そういえば、あなた名前はなんて言うの?」
あはは、と笑っていた空気がぴたりと止まる。
名前。名前。名前。
この性質を呼ぶのにもっとも適した記号。
「―――――――――ない。」
「ない?」
「そう、ないわ。」
名前など、言いたくなかった。
せっかくあの狂った世界から抜け出したというのに。
あの世界の残滓がまだ私にまとわりつく。
「そう、じゃあ私がきめるわ。」
「は?ちょ、ちょっと!?」
紅は無情だった。
ともすれば昔の世界に思いを馳せていたとも取れないことも無い思いを。
完璧にぶち壊した。
紅は傲慢にして傍若無人。
黒以外のなに色にもその存在を主張する。
「十六夜、咲夜。今日からあなたの名前は咲夜ね。」
ほら、話を聞いてない。
そして、私の十六夜咲夜としての人生が幕を開けた―――――――。
TRUE END.