「勝負あったぜ」
勝ち誇るでもなく、ただ事実を告げられる。
手元の和蘭人形は形を保っているが、夕日のようだった髪はくすんでちりぢり。
露草色の双玉を覗き込み、曇りのないことに眉を下げる。
「そうね」
双玉がわずかに大きくなる。
その色から目をそらすようにして顔を上げる。
「気が済んだなら私は帰るぜ」
相手はそう言い残すと、夜空より深いその黒を薄めるようにして消えていった。
熱の残る空気を大きく吸い、ゆっくり吐く。
「どうして、かしら」
互いの家から距離をとった場所を選んだため、少し歩くはめになった。
とはいえ我が庭のような森のこと、苦になる行程ではない。
宵闇に融ける空の紺碧と、夏を迎える深緑に、立待月から射しこむ白。
人形の服に近いコントラストだ。
木の根を踏み越えながら、思いを巡らす。
弾幕遊びに負けたこと、それ自体は構わない。けれど負けるつもりはなかった。
相手よりも少し上の力を用いたのに、最後の最後で押し返された。
結果、人形は自らの放った熱に溶け、自分はこうして惨めに歩いている。
何が間違っていたのか。やっぱり上海人形を連れてくるべきだったのか。
立ち止まり、目を瞑る。浮かぶのは澄んだ青。
傷つき、力を果たし、それでもまっすぐな瞳。
すぐ目を背けたにも関わらず、いまだ鮮明に残っている。
そっと、つなぐ手の先を横目に覗く。
和蘭人形は宙を歩きながら、前だけを見ていた。
「あら、おかえり、お土産はー?」
なぜか紐に吊られながら、そう宣ったのは仏蘭西人形だった。
「ないわよ」
菜花色の髪に、卯花色のドレス。この人形は朝靄のような印象を与える。
「朝帰り 何も無しとは 情けなや」
「どこでそんな言葉を覚えたのよ・・・・・・」
溜息と共にこぼれた言葉に、人形はワイン色の目を丸くする。
「ぇ、わたしは世界と繋がっているのよ光の速さで」
知らなかったの? と、首を吊っている紐を指差している。
蓬莱人形の真似事かと思っていたけれど、何か吹き込まれたのかもしれない。
「そう」
どこからともなく伸びている臙脂の紐。それをハンガーに通して竿にかける。
宙吊りになった人形を両手で掴むと、
「ちょっ、ま、待たれよ」
問答無用で回した。しばらく回り続けて反省なさい。
「いやぁぁぁあああぁぁぁあ~~れ~~」
途中から楽しそうになったのは――気にしないことにした。
さて、自分の場所を確保して一眠りと思ったところだった。
短い足を急がせ、何かを抱えて歩いてくる人形がいる。
静かな滝を思わせる黒艶もつ髪。
古びた服が黒板色なら肌は白墨。京人形だ。
もっとも、幼さの残る足音に優雅さは微塵もない。
私が3歩の距離を15歩かけて届けられたそれは、裁縫セットだった。
受け取ると、小さい韓紅の唇が開いた。
「和蘭がんばったの」
「うん・・・・・・わかってる」
ほんとう? と小首をかしげる京人形。
頭をなでてやってから、玄関に向かう。
帰ってからすっかり忘れていた人形が、うつぶせになっていた。
ぐったりした和蘭人形を拾いあげ、両手でそっと抱えてテーブルへ。
自分の代わりに傷を負った人形に謝りながら、針と布を取り出す。
外では気づかなかったが、人形の右腕は肩から外れかかっていた。
「うーん」
と唸っていると、声。
「眉間の皴は戦士の誇り」
針を指に刺した。浮いてくる朱を舐めて、
「いきなり話しかけないで」
声の主、まだ回っていた仏蘭西人形を睨む。眉は寄せないように。
「こらそこ余所見するなーっ」
はっとして目をやると、針が和蘭人形の腕と首を繋げんとしていた。
「ぐぅ」
「ぐぅの音が出てるうちは平気ね」
言葉を呑んで、針を戻し、作業を続ける。
そのとき、和蘭人形が唇を噛んでいることを見つけた。
「あ、れ、痛かった?」
ふるふると首を振る和蘭人形。
口に手を当て考え込んでいても、返事はない。
なぜかこの和蘭人形はほとんど喋らないのだ。
今日はそれがいつもより酷く、難しい顔をしている。
沈黙に耐えかねたのか、単に回転が止まって退屈になったのか、仏蘭西人形が口を挟んだ。
「鈍感ねー」
「まぁ人形だしね」
「自覚症状なし、と」
「ん?・・・・・・って、もしかして私のこと?」
「末期ね」
和蘭人形はやれやれ、と肩をすくめている。
手を止め言い返そうとするも、続く言葉に遮られた。
「そんな調子だと、負けた原因もわかってないんでしょ」
「ぬ」
見透かされていた。詰まる私。目を細める仏蘭西人形。
「どうして和蘭がそんな顔してるか、わかってる?」
「それは」
和蘭人形も、じっとこちらを見ている。
考えてみれば人形たちと会話らしい会話をするのも久しぶりだ。
弾幕にも上海人形や蓬莱人形を使ってばかりだった。
だからこそ、たまには気晴らしにと連れ出したのだけど。
まぶたを閉じた仏蘭西人形は、静かに呟いた。
「わたしたちだって痛みくらい感じるわ」
「それならどうして」
戦おうとするのと続けようとして、ふと思い至る。
単純なことだ。
私が求めていたのに。
「私が気づいていなかっただけ?」
「そうね」
腕を組み、満足そうに頷く仏蘭西人形。
「私に足りなかったものって・・・・・・単純さ?」
「それは間に合ってます」
仏蘭西人形に針を投げようとして、いつのまにか私を見ている家中の人形に気づいた。
思わず頬が緩んだ。
「本当に一発勝負でいいのか?」
「ただ貴方の全力を出してほしいだけよ」
いつだって全力だぜ、とぼやく魔理沙に構わず、人形と手をつなぐ。
和蘭人形から伝わる想いは純然な緋。
痛みを知り、それでも進むのは応えたいと願う気持ちもあるからだ。
そして、これが自分だと、ごまかしも嘘も無く伝える。
小さい指が握り返してくることに安堵を覚え、深紅の符を放つ。
「紅符」
もはや使う一人と使われる一体ではなく。
「紅毛の――」
共にある二人のすべてをぶつける。
「和蘭人形と私!」
勝ち誇るでもなく、ただ事実を告げられる。
手元の和蘭人形は形を保っているが、夕日のようだった髪はくすんでちりぢり。
露草色の双玉を覗き込み、曇りのないことに眉を下げる。
「そうね」
双玉がわずかに大きくなる。
その色から目をそらすようにして顔を上げる。
「気が済んだなら私は帰るぜ」
相手はそう言い残すと、夜空より深いその黒を薄めるようにして消えていった。
熱の残る空気を大きく吸い、ゆっくり吐く。
「どうして、かしら」
互いの家から距離をとった場所を選んだため、少し歩くはめになった。
とはいえ我が庭のような森のこと、苦になる行程ではない。
宵闇に融ける空の紺碧と、夏を迎える深緑に、立待月から射しこむ白。
人形の服に近いコントラストだ。
木の根を踏み越えながら、思いを巡らす。
弾幕遊びに負けたこと、それ自体は構わない。けれど負けるつもりはなかった。
相手よりも少し上の力を用いたのに、最後の最後で押し返された。
結果、人形は自らの放った熱に溶け、自分はこうして惨めに歩いている。
何が間違っていたのか。やっぱり上海人形を連れてくるべきだったのか。
立ち止まり、目を瞑る。浮かぶのは澄んだ青。
傷つき、力を果たし、それでもまっすぐな瞳。
すぐ目を背けたにも関わらず、いまだ鮮明に残っている。
そっと、つなぐ手の先を横目に覗く。
和蘭人形は宙を歩きながら、前だけを見ていた。
「あら、おかえり、お土産はー?」
なぜか紐に吊られながら、そう宣ったのは仏蘭西人形だった。
「ないわよ」
菜花色の髪に、卯花色のドレス。この人形は朝靄のような印象を与える。
「朝帰り 何も無しとは 情けなや」
「どこでそんな言葉を覚えたのよ・・・・・・」
溜息と共にこぼれた言葉に、人形はワイン色の目を丸くする。
「ぇ、わたしは世界と繋がっているのよ光の速さで」
知らなかったの? と、首を吊っている紐を指差している。
蓬莱人形の真似事かと思っていたけれど、何か吹き込まれたのかもしれない。
「そう」
どこからともなく伸びている臙脂の紐。それをハンガーに通して竿にかける。
宙吊りになった人形を両手で掴むと、
「ちょっ、ま、待たれよ」
問答無用で回した。しばらく回り続けて反省なさい。
「いやぁぁぁあああぁぁぁあ~~れ~~」
途中から楽しそうになったのは――気にしないことにした。
さて、自分の場所を確保して一眠りと思ったところだった。
短い足を急がせ、何かを抱えて歩いてくる人形がいる。
静かな滝を思わせる黒艶もつ髪。
古びた服が黒板色なら肌は白墨。京人形だ。
もっとも、幼さの残る足音に優雅さは微塵もない。
私が3歩の距離を15歩かけて届けられたそれは、裁縫セットだった。
受け取ると、小さい韓紅の唇が開いた。
「和蘭がんばったの」
「うん・・・・・・わかってる」
ほんとう? と小首をかしげる京人形。
頭をなでてやってから、玄関に向かう。
帰ってからすっかり忘れていた人形が、うつぶせになっていた。
ぐったりした和蘭人形を拾いあげ、両手でそっと抱えてテーブルへ。
自分の代わりに傷を負った人形に謝りながら、針と布を取り出す。
外では気づかなかったが、人形の右腕は肩から外れかかっていた。
「うーん」
と唸っていると、声。
「眉間の皴は戦士の誇り」
針を指に刺した。浮いてくる朱を舐めて、
「いきなり話しかけないで」
声の主、まだ回っていた仏蘭西人形を睨む。眉は寄せないように。
「こらそこ余所見するなーっ」
はっとして目をやると、針が和蘭人形の腕と首を繋げんとしていた。
「ぐぅ」
「ぐぅの音が出てるうちは平気ね」
言葉を呑んで、針を戻し、作業を続ける。
そのとき、和蘭人形が唇を噛んでいることを見つけた。
「あ、れ、痛かった?」
ふるふると首を振る和蘭人形。
口に手を当て考え込んでいても、返事はない。
なぜかこの和蘭人形はほとんど喋らないのだ。
今日はそれがいつもより酷く、難しい顔をしている。
沈黙に耐えかねたのか、単に回転が止まって退屈になったのか、仏蘭西人形が口を挟んだ。
「鈍感ねー」
「まぁ人形だしね」
「自覚症状なし、と」
「ん?・・・・・・って、もしかして私のこと?」
「末期ね」
和蘭人形はやれやれ、と肩をすくめている。
手を止め言い返そうとするも、続く言葉に遮られた。
「そんな調子だと、負けた原因もわかってないんでしょ」
「ぬ」
見透かされていた。詰まる私。目を細める仏蘭西人形。
「どうして和蘭がそんな顔してるか、わかってる?」
「それは」
和蘭人形も、じっとこちらを見ている。
考えてみれば人形たちと会話らしい会話をするのも久しぶりだ。
弾幕にも上海人形や蓬莱人形を使ってばかりだった。
だからこそ、たまには気晴らしにと連れ出したのだけど。
まぶたを閉じた仏蘭西人形は、静かに呟いた。
「わたしたちだって痛みくらい感じるわ」
「それならどうして」
戦おうとするのと続けようとして、ふと思い至る。
単純なことだ。
私が求めていたのに。
「私が気づいていなかっただけ?」
「そうね」
腕を組み、満足そうに頷く仏蘭西人形。
「私に足りなかったものって・・・・・・単純さ?」
「それは間に合ってます」
仏蘭西人形に針を投げようとして、いつのまにか私を見ている家中の人形に気づいた。
思わず頬が緩んだ。
「本当に一発勝負でいいのか?」
「ただ貴方の全力を出してほしいだけよ」
いつだって全力だぜ、とぼやく魔理沙に構わず、人形と手をつなぐ。
和蘭人形から伝わる想いは純然な緋。
痛みを知り、それでも進むのは応えたいと願う気持ちもあるからだ。
そして、これが自分だと、ごまかしも嘘も無く伝える。
小さい指が握り返してくることに安堵を覚え、深紅の符を放つ。
「紅符」
もはや使う一人と使われる一体ではなく。
「紅毛の――」
共にある二人のすべてをぶつける。
「和蘭人形と私!」
ってマサルさん風のオチを幻視したのは私だけで十分です。