Coolier - 新生・東方創想話

黒すら染めろ、蘇芳の葉

2005/05/09 03:58:02
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「勝負あったぜ」
 勝ち誇るでもなく、ただ事実を告げられる。
 手元の和蘭人形は形を保っているが、夕日のようだった髪はくすんでちりぢり。
 露草色の双玉を覗き込み、曇りのないことに眉を下げる。
「そうね」
 双玉がわずかに大きくなる。
 その色から目をそらすようにして顔を上げる。
「気が済んだなら私は帰るぜ」
 相手はそう言い残すと、夜空より深いその黒を薄めるようにして消えていった。
 熱の残る空気を大きく吸い、ゆっくり吐く。
「どうして、かしら」

 互いの家から距離をとった場所を選んだため、少し歩くはめになった。
 とはいえ我が庭のような森のこと、苦になる行程ではない。
 宵闇に融ける空の紺碧と、夏を迎える深緑に、立待月から射しこむ白。
 人形の服に近いコントラストだ。
 木の根を踏み越えながら、思いを巡らす。

 弾幕遊びに負けたこと、それ自体は構わない。けれど負けるつもりはなかった。
 相手よりも少し上の力を用いたのに、最後の最後で押し返された。
 結果、人形は自らの放った熱に溶け、自分はこうして惨めに歩いている。
 何が間違っていたのか。やっぱり上海人形を連れてくるべきだったのか。
 立ち止まり、目を瞑る。浮かぶのは澄んだ青。
 傷つき、力を果たし、それでもまっすぐな瞳。
 すぐ目を背けたにも関わらず、いまだ鮮明に残っている。
 そっと、つなぐ手の先を横目に覗く。
 和蘭人形は宙を歩きながら、前だけを見ていた。

「あら、おかえり、お土産はー?」
 なぜか紐に吊られながら、そう宣ったのは仏蘭西人形だった。
「ないわよ」
 菜花色の髪に、卯花色のドレス。この人形は朝靄のような印象を与える。
「朝帰り 何も無しとは 情けなや」
「どこでそんな言葉を覚えたのよ・・・・・・」
 溜息と共にこぼれた言葉に、人形はワイン色の目を丸くする。
「ぇ、わたしは世界と繋がっているのよ光の速さで」
 知らなかったの? と、首を吊っている紐を指差している。
 蓬莱人形の真似事かと思っていたけれど、何か吹き込まれたのかもしれない。
「そう」
 どこからともなく伸びている臙脂の紐。それをハンガーに通して竿にかける。
 宙吊りになった人形を両手で掴むと、
「ちょっ、ま、待たれよ」
 問答無用で回した。しばらく回り続けて反省なさい。
「いやぁぁぁあああぁぁぁあ~~れ~~」
 途中から楽しそうになったのは――気にしないことにした。

 さて、自分の場所を確保して一眠りと思ったところだった。
 短い足を急がせ、何かを抱えて歩いてくる人形がいる。
 静かな滝を思わせる黒艶もつ髪。
 古びた服が黒板色なら肌は白墨。京人形だ。
 もっとも、幼さの残る足音に優雅さは微塵もない。
 私が3歩の距離を15歩かけて届けられたそれは、裁縫セットだった。
 受け取ると、小さい韓紅の唇が開いた。
「和蘭がんばったの」
「うん・・・・・・わかってる」
 ほんとう? と小首をかしげる京人形。
 頭をなでてやってから、玄関に向かう。
 帰ってからすっかり忘れていた人形が、うつぶせになっていた。
 ぐったりした和蘭人形を拾いあげ、両手でそっと抱えてテーブルへ。
 自分の代わりに傷を負った人形に謝りながら、針と布を取り出す。

 外では気づかなかったが、人形の右腕は肩から外れかかっていた。
「うーん」
 と唸っていると、声。
「眉間の皴は戦士の誇り」
 針を指に刺した。浮いてくる朱を舐めて、
「いきなり話しかけないで」
 声の主、まだ回っていた仏蘭西人形を睨む。眉は寄せないように。
「こらそこ余所見するなーっ」
 はっとして目をやると、針が和蘭人形の腕と首を繋げんとしていた。
「ぐぅ」
「ぐぅの音が出てるうちは平気ね」
 言葉を呑んで、針を戻し、作業を続ける。
 そのとき、和蘭人形が唇を噛んでいることを見つけた。
「あ、れ、痛かった?」
 ふるふると首を振る和蘭人形。
 口に手を当て考え込んでいても、返事はない。
 なぜかこの和蘭人形はほとんど喋らないのだ。
 今日はそれがいつもより酷く、難しい顔をしている。
 
 沈黙に耐えかねたのか、単に回転が止まって退屈になったのか、仏蘭西人形が口を挟んだ。
「鈍感ねー」
「まぁ人形だしね」
「自覚症状なし、と」
「ん?・・・・・・って、もしかして私のこと?」
「末期ね」
 和蘭人形はやれやれ、と肩をすくめている。
 手を止め言い返そうとするも、続く言葉に遮られた。
「そんな調子だと、負けた原因もわかってないんでしょ」
「ぬ」
 見透かされていた。詰まる私。目を細める仏蘭西人形。
「どうして和蘭がそんな顔してるか、わかってる?」
「それは」
 和蘭人形も、じっとこちらを見ている。
 考えてみれば人形たちと会話らしい会話をするのも久しぶりだ。
 弾幕にも上海人形や蓬莱人形を使ってばかりだった。
 だからこそ、たまには気晴らしにと連れ出したのだけど。
 まぶたを閉じた仏蘭西人形は、静かに呟いた。
「わたしたちだって痛みくらい感じるわ」
「それならどうして」
 戦おうとするのと続けようとして、ふと思い至る。
 単純なことだ。
 私が求めていたのに。
「私が気づいていなかっただけ?」
「そうね」
 腕を組み、満足そうに頷く仏蘭西人形。
「私に足りなかったものって・・・・・・単純さ?」
「それは間に合ってます」
 仏蘭西人形に針を投げようとして、いつのまにか私を見ている家中の人形に気づいた。
 思わず頬が緩んだ。



「本当に一発勝負でいいのか?」
「ただ貴方の全力を出してほしいだけよ」
 いつだって全力だぜ、とぼやく魔理沙に構わず、人形と手をつなぐ。
 和蘭人形から伝わる想いは純然な緋。
 痛みを知り、それでも進むのは応えたいと願う気持ちもあるからだ。
 そして、これが自分だと、ごまかしも嘘も無く伝える。
 小さい指が握り返してくることに安堵を覚え、深紅の符を放つ。
「紅符」
 もはや使う一人と使われる一体ではなく。
「紅毛の――」
 共にある二人のすべてをぶつける。
「和蘭人形と私!」
初めまして。
これは、ほとんど語られない人形たちを書こうとしたものです。
斬新さや盛り上がりとは無縁な話になってしまいましたが・・・・・・
いろいろと克服できたら乙女文楽やグランギニョルも書きたく。
それゆえ批判・ツッコミなども歓迎です。ではでは、失礼しました。
春雨
[email protected]
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コメント



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13.50無為削除
魔理沙「ってお前の髪も紅くなるのー!?」(ガビーン!)
ってマサルさん風のオチを幻視したのは私だけで十分です。