注意書き。
この文章はミステリ系です。あなたの好きな人物が死んでしまう可能性を持っています。
又、アレな表現がお嫌いな方は避けて下さい。
これは解決編です、これをお読みになる前に前編の方をもう一度お読みになられた方が理解しやすいかと思われます。
では。
~迷探偵八雲紫登場編~
それは夜明けよりも少し前の話である
「式が消えた・・」
ここは白玉楼。嬢と庭師の住まう場所。
私の目の前には親友の西行寺幽々子が座っている。早寝早起きの彼女だが今日は私に付き合ってこんな夜遅くまでこうして碁を打っている。
「紫」
幽々子は既に私の心境の変化を察知したらしく視線は碁盤から私へと変わっていた。
幽々子は一体どのくらいまで見透かしているのだろうか。私より──幻想郷において一番頭が回る人物なのかもしれない。
「式が消えた。藍が・・死んだ」
「え。」
お茶を持ってきた妖夢が驚いて盆を落とした。幽々子より妖夢の方が反応が分かりやすい。自分が盆を落として床に茶が滲み込んでいるのも気付いてない。
幽々子は目を閉じながら。
「行くのね、永遠亭に」
本当に何処まで見透かされているのだか。三手先、むしろ全ての事柄を読んでいる。そんな気さえ感じた。
「ええ。私の右腕の分まできっちり仕返しに行く。」
幽々子はわずかに口元を歪ませ
「分かったわ。妖夢」
呼ばれてやっと気が付いたようで
「は、はい」
「紫に同行しなさい。後で話をあなたから聞くわ」
「分かりました。」
妖夢はそそくさと盆を片付けて私の元へ駆け寄った。まだ動揺しているようだ床が濡れたままである。
「じゃあ幽々子、このヘイスティングス役。借りて行くわね」
「せめてワトスンにしてあげなさい」
私達の会話が分からないようで、妖夢は困惑の表情で私と幽々子を交互に見ている。
「じゃあ行くわ。」
私は手を挙げ、一気に下ろす。手の軌道にあわせる様にスキマが出来る。
そのスキマを横に広げ中に入る、おろおろしている妖夢を一気に引っ張り込む。
「うわぁ」
妖夢が声を上げながらじたばたと隙間の中を転げる。正確に言うと飛び転がっている?・・表現が難しい。
「どうなってるのですか~。紫様~。」
「ここは隙間。物と物との境界。高さと奥行きの世界、即ち二次元空間・・私達が生活している三次元とは全ての理念が違ってるの。妖夢が満足に動けないのも当然よ。」
妖夢はちんぷんかんぷんな顔をした。しかしその顔が妙に可愛く見えた。成る程、幽々子がこの娘を側に置いておく理由が分かった気がする。
「で、どうやったら前に進むのですか?」
私はふぅと息をついて、
「時間がないからコツだけ言うわ。」
「紫様の話が長すぎるんです」
「ここは言ってみれば夢の中よ。自分が行きたいところを強く願えばそこに着く。動く必要なんてない。行けない所なんて皆無。」
「は、はい。それなら何とか分かります。」
「目標、永遠亭。想像できるわね。」
「一度行った事があります。」
「行くわよ。」
妖夢は宙に不自然な体勢で浮かびながら。
「はい!」
返事だけはいいんだけどね
ゴン!
妖夢は永遠亭の壁に頭をぶつけた。正確に言えば結界だ。
言葉にならない悲鳴を上げながら妖夢は地面をゴロゴロと悶え転がっている。
そんな妖夢を尻目に。
「密室の結界ねぇ。完全にこの屋敷を包み込んでいる。」
「ゆがりざまぁーいげないどごろばながっだんじゃないんでずがぁ・・・?(和訳:紫様、行けない所は無かったんじゃないんですか?)」
痛みで言語中枢がやられたのかしら。・・後で幽々子に怒られるわ。
「ナイス質問ねヘイスティングス。結界も隙間と同じ原理なの。何と何の間に壁を作るの。そこを通れないようにね。」
「けど、同じ二次元空間なら何とかならないんですか?例えばその結界に入り込むとか」
流石、鍛えてるだけの事はあって立ち直りも早い。怒られずに済む。
「無茶言わないで。結界はいわば風船の幕。もしそんなところに入ったら最後。メビウスの輪のように脱出は絶対に出来ないのよ。」
「では、どうすれば?」
「簡単。風船なら割ればいいのよ。」
「へ?」
「隙間を移動手段として考えすぎなのよ。」
私は頭を抱えて悩んでいる妖夢を退けて玄関前に立った。
「で、どうするんですか?」
「伊達に結界組なんて呼ばれてないのよ」
とぅ、と「壁」に向って右手を叩き込む。
と、その手の動きに沿って結界が割れていく。
「おお。どうやったのですか?」
「簡単。私の手を境に右と左に分けたのよ。」
「へ?」
「結界とかそういう物の強さは大体、術者の霊力に比例してその効果範囲の面積に反比例するのよ。」
「といいますと?」
「問題。二つの質量は同じです、薄い鉄の板に鉄の釘を打ち込むと?」
「穴が開きます」
「そういうこと」
「??」
「さて突入よ、ヘイスティングス」
「え?あ、待ってください紫様ー!」
私達は凍ったように動かなかった。
ただ一点、藍が居るはずの布団を見据えながら。
「どうなってるんだ・・?」
私の口からはそれしか発せ無い様になったのかただそれを繰り返し呟いていた。
「どうもこうもしない、藍が消えたんだ。」
そしてミスティアが冷静に分析を始める。こういう危機的状況になると誰かがこうやってリーダーシップを取るようだ・・・まるで伝染病のように。
とりあえず橙から色々聞き出して夜の事をまとめてみる。
私とミスティアは夜の間ずっと手をつないでいた。ミスティアが証言し、私もその証言に同意した。
橙は夜中トイレに行って帰ってくる間、藍の生存を確認している。
橙はその後もずっと手を握っていた。
「つまりそれは・・私達以外の誰かがここにいるといて、寝ている間に藍を殺害、そして腕を切断して死体を持ち去った?」
ミスティアの意見に私は異論を唱える。
「だったら腕を切る前に致命的なところを一撃で仕留めたはず。もがかれるリスクを比較的無視できるからね。で、そうであれば布団に付いている血が少なすぎる。」
うーん。とミスティアは低く唸る。
「私は内部に他の誰かいると思うわ」
何処からか声がする。・・・玄関からのようだ。
私は廊下へ出てみる。玄関に人が立っているのが見える。朝日による逆光で見えない・・・
「迷探偵八雲紫参上!この幻想郷で解けない謎は妖忌失踪事件を除いて何も無い!」
「師匠の失踪は幻想郷最大の謎なんですか・・」
その迷(?)探偵の横には呆れ果ててる様子の妖夢がいた。珍しい組み合わせだ。
「紫様ー!!」
橙が私の横を物凄い勢いで駆け抜け、紫目掛けて飛び込んだ。
「藍様が藍様が藍様が!!!」
紫は胸の中で泣きじゃくる橙の頭を撫でながら
「分かってるわ。・・・とても残念なことだけど。」
橙はハッっと紫の顔を見る。橙の中の藍は失踪から死亡に切り替わってしまった。
橙はよりいっそう紫の胸の中で泣いた。妖夢はもらい泣きしてしまったようで後ろを向いて小刻みに肩を揺らしている。
紫は橙を一層強く抱きしめて、
「もう大丈夫。大丈夫だから。私が必ず藍の敵は取るから。」
その言葉を聞いて少しは落ち着いたようだ。妖夢も既にこちらを向いている。
「橙、藍の手帳は?」
「服と一緒に・・」
橙は首を横に振った
もう起床からかれこれ五刻(1時間半)は経っているだろうか。今は巳の一つ(9時)と予想される。
「そう、・・手帳はつけてたのよね」
「はい、藍様は頻りに手帳を開いては書いてました。」
「そう。良かった。じゃあ藍を探しに行きましょうか。」
その言葉に私は驚く
「え?居る場所が分かるんですか?」
「大体ね。まぁ百聞は一見にしかず。」
と言ってる間にも紫は歩き出していた。
長い廊下を左に曲がり。トイレ横の階段を上がる。
「物置ですか?」
妖夢が訊ねる。
「ここが一番物を隠しやすいからね」
「物・・ですか。」
「動かない肉は物同然よ」
紫は何処から取り出したのかランプに火を焚き、辺りを照らす。
今まで真っ暗で見えなかったが意外と広い。屋根裏の構造はT字の左半分を埋め尽くすもので、広いのは当たり前なのだが。─因みに右半分の屋根裏は永琳の部屋などがある為、特殊な装置類が所狭しと並んでいるのだ。
その広い屋根裏で光に微かに照らされている一つの桐箪笥が見えた。
「ここね。」
紫は桐箪笥の前に立ち真ん中の引き出しを開ける。
そこには藍の・・・・・頭部があった。そしてその他の引き出しからも続々と体のパーツが出てきた。
「有った、手帳だわ。」
紫は手帳を読み始める。藍の亡骸が目の前にあるというのに何と言う冷静さ・・・いや、冷酷というべきなのか。
「ふぅ。成る程・・さて、行きましょう」
「紫様、何処へ?」
妖夢が訊ねる。次から次に行動をする紫に振り回されているようだ。髪に付いた埃を払おうとしてボサボサになった頭をそのままにしている。
「台所よ」
紫は第一の事件現場に向かう。
「恐らくこの中には・・」
紫の指示で妖夢が鉄の扉を開ける。台所の鍵は藍の服の中に一つあった。
完全に開ききると部屋の中から血の香りがした。────勝手口にもたれこむ様にしてチルノが死んでいたのだ。レティと同じように首を無くして。
そして流しにはチルノとレティの首が無造作に置かれていた。
「これがこの部屋の鍵ね。」
と紫は床に落ちていた鍵を拾った。
相変わらずの冷酷っぷりである。寧ろ無関心とも言える位反応が無い。本当に謎を解く気が有るのだろうか。
紫はとりあえず現場を調べ始めた。そして私は流しの下にある篭からきゅうりを取って食べる。いくら昨日から何も食べてないとはいえ私もとんでもなく無関心だ。
「皆も食べないか?」
ミスティアや橙は最初嫌そうな顔をしたがやはり空腹だったらしく一様に野菜を食べ始める。無関心だ。
「ヘイスティングス、ちょっと来てみて。」
紫が妖夢を呼ぶ。ヘイスティングスって一体何なんだろう。
紫がチルノの首の断面(下)を観察していた。アレな光景だ、妖夢も顔をしかめている。
「みて、食道が爛れてるわ」
と、おもむろに首の穴(食道管)に指を入れて広げてみせる。
「う・・・そ、そうですね・・」
妖夢は一度見て完全に目をそらしている。それほど強烈らしい。首なし死体でも十分アレなんだが。
「苛性ソーダかしら・・断面自体は爛れてないから苛性ソーダを飲ませて、その後に斬った・・・・のかしら。」
一人で分析をしている。一体何のために妖夢・・いや、ヘイスティングスを呼んだのだろうか。
紫は一瞬眠ったかのように目を瞑り、ハッと目を開けて手帳をめくる。必死に文字を目で追っている。
そしてようやくお目当ての文が見つかったのか。
「成る程。そういうことか・・」
手帳を閉じ。大きく深呼吸をする。
どうやら犯人が分かったらしい。ふふ。
「さて、今回の事件は非常に悪質なものでした。」
私達は居間───の横の部屋に集まっていた。
「この事件は非常に難しくかつ簡単なものです」
「それはどういうことですか?」
ヘイスティングス・・ではなくミスティアが質問をする。
「そうね、まずは・・犯人当てを消去法で考えましょうか。」
「藍の犯した間違いは消えた人物=被害者だと確定してしまったこと。この手帳に書いてあるのだけど・・藍はこの中に犯人が居るのだと考えていたんだわ。」
「では、紫様は違うと?」
今度はヘイスティングス
「ええ、これは連続殺人とかでよく使われる手だわ・・」
と、紫は立ち上がる。
「何処行くんですか?」
これもヘイスティングス
「犯人のところよ。」
一同は顔を見合わせた。
「こういう事件で最も重要なのはアリバイよ。」
歩きながら解説を始める紫。
「そんなことは分かってます。」
「けど、同時にアリバイが要らなくなる例外も存在する。」
「?」
ヘイスティングスは頭をかしげる。
「連続殺人で、一番怪しまれない存在は。被害者よ。」
「けど、死んだ人がそのまま計画を続けられるんですか?」
紫はヘイスティングスの顔を見て。溜息をつき。
「あなたに言われてもねぇ。説得力が欠乏するわ。」
ゆかりは一息つき、続ける
「・・とりあえず。居るのよ一人だけ。藍曰く被害者で、かつアリバイが無いのが・・」
「それって・・」
ヘイスティングスも感付いた様だ。犯人を・・ふふ。
「着いたわ。」
ここは姫の間。紫(と巫女)が以前押しかけてきたときに入った間。
「紫様?ここには何も無かったですよ?」
橙が藍と一緒にチルノを探した事を思い出す。確かにここには何も無い。
「隠し部屋よ。普通真ん中二つの襖を開けるんだけど・・」
紫は一番左端の襖を掴む。
「ここからあけるとあら不思議。」
そこは皆が見慣れぬ廊下に出た。永琳の渾身の傑作である。
「紫様、ではこの奥に・・・」
ヘイスティングスが訊ねる。紫は無言のまま頷く。
そこにいる全員は沈黙を保ったまま歩みを止めない。ただ黙々と廊下を進む。
そして、一気に開けたところに出る。そして一同は鈴仙・U・イナバの死体へ辿り着いた。
「やっぱり死んでいたか・・」
「では、これは他殺ではなく・・」
紫がイナバの顎を持ち上げ口の中を確認する。その拍子にイナバの右手が持っていた湯呑が落ちる。
「爛れてるわね。」
紫はその湯呑と右手を確認し、
「右手が少し被れてるわね。この中に苛性ソーダを溶かした水が入っていたとして間違いないようだわ。」
ミスティアが紫に向かって一歩前に出る。
「犯行の末、自殺したとでも?では鈴仙がどうやってレティやチルノを」
紫はこっちを向かずに
「説明するわ」
といい、一歩皆から離れる。
「まず・・・これはあくまで仮説です。真実を知っている犯人は死んでいるのですから。」
一同は頷く。
「・・・では。まず最初の事件を。」
紫は向こう側を向いたまま続ける。
「まず最初に、彼女がこの事件の第一発見者です。つまり、彼女が犯人であるなら台所に鍵が掛かって無くても「鍵が掛かっていた」と口添えするだけで密室は完成します。詳しいことは後に」
「けど、彼女が犯人だとしてもその後すぐにレティの死体は移動しています。」
ミスティアが口を挟む。その言葉を聴いて紫は此方側を向いた。
「では、鈴仙は列の何処を歩いていた?」
紫が橙に向かって訊ねる
「確か、一番後です」
ミスティアもその言葉にうなずく。
「そう、チルノと一緒にね。この手帳にもそう書いてあるわ。」
「ということはその次の、チルノを隠すことが可能だという事は想像が出来ます。ですが・・」
ヘイスティングスが疑問の声を上げた。確かに一番後ろではレティを移動させることは出来ない。第一発見は先頭を歩いていた藍である。
「これも比較的簡単よ。この屋敷には私達以外には誰もいないと思っていた。・・けど実際そうではなかった。」
「と、いいますと。」
「屋根裏の倉庫に居たのよ。一羽。兎がね」
紫は人差し指を突きたてた。
「まず、台所を移動した藍達は居間に向けて廊下を曲がる。そこで鈴仙はチルノを連れて屋根裏に上がった。その時睡眠薬を使ったとかは不明ですがね。」
私達はじっと紫の答えあわせに耳を傾ける。
「そして、居間の上まで移動する。そしてそこから予め用意してあったレティの格好をさせた兎を下ろし、自分も降りる。そして首を刈り──返り血はレティの持ってきたボストンバック辺りで最小限に食い止めたんでしょう──、今度は床下に抜け、別の部屋に上り何食わぬ顔で最後尾に戻る。抜け穴の一つや二つ、この屋敷ならあるわよね?」
紫が私の方を向いて訊く。私は静かにうなずいた。ここは最後の砦、全ての部屋に脱出用の抜け穴なんて当然装備されている。しかし、床下に抜けるだけで外へは出られない。
「まって、そんな私達が居間に着くまでに屋根上から床下に行って戻ってくるなんて、そんなの無理ですよ。」
ミスティアが当然ともいえる疑問に橙も頷いている。
「そう、時間的には無理がある。しかし、それは鈴仙だから出来たのよ。」
「・・・狂気」
ヘイスティングスが呟く。そうか、この二人は以前にイナバと戦ったのか。
「そう、狂気。彼女は狂気の力で廊下を行くあなた達の感覚を狂わせた。」
「けど、そう上手くいくんですか?」
「わからない。しかし出来るとしたら彼女だけなのよ。それと、これね。」
紫は小さな瓶を取り出す。蓋がしてあり中には白い粉が入っている。
「それは?」
ヘイスティングスが瓶を指差して問う。
「藍の服の中にあったわ。手帳によると鈴仙の部屋に有ったらしいわ。」
紫はその後に「岩塩ね。部屋にメモがあってどうやら慧音に頼まれた物らしい」と、付け加えた。
「しかし、何で岩塩なんですか?」
「苛性ソーダ、水酸化ナトリウムというのは塩化ナトリウム水溶液を分解して出来るわ。」
「すいさんかなと・・ってもっと分かりやすく言ってください。紫様」
「つまり、岩塩を水で溶かして、それを特定の道具に入れると苛性ソーダが出来るのよ。道具の入手先は・・多分香霖堂でしょう。あそこならありそうだわ」
「けどそれだけで、鈴仙が犯人だと決め付けるのはどうでしょう・・」
ヘイスティングスが食い掛かる。確かに決定的なものが無い。
「じゃあ、これを出すわね」
と、紫は紙切れを取り出した。掌位の大きさの紙だ。
「これは?」
「鈴仙が書いたものよ。『レティへ、用を足したら台所まで来たれい。台所は廊下を曲がらずそのまま直進。』ってね。」
紫が私に紙を渡す。確かにイナバの筆跡である。
「ということは・・」
「少なからず。レティを鈴仙は呼んだってことね。」
「けど、それだけでは・・」
「ヘイスティングス、彼女には殺すタイミングがあった。藍の手帳を見る限り、居間から出たのはこの二人のみ。つまり消去法で殺したのは鈴仙なのよ。」
「外部犯説はどうでしょう?」
ミスティアが提案する。
「勝手口は閉まっていたし。もし勝手口に入って内側から閉めたとしても鈴仙が嘘を言わない限り閉まっていた台所の扉の説明が出来ない。玄関から入ってもチルノが気付いたはずよ。鈴仙の時みたいに。」
紫はさらに続ける
「そして、先ほど話した様にチルノを連れて屋根裏に行き、そして探す振りをして消える。」
確かに、チルノを探しに屋根裏に行って「誰も居ない」と廊下の壁からジェスチャーで答えてから消息を絶ってる。とミスティアが呟く。
「で、密室の結界について。これは、鉄の扉や抜け穴と一緒で攻め込まれる時の為に用意された簡易的なものよ。」
私の方を向いて真意を確認する。私はただ黙って頷くだけだ。
「その次は藍ね。恐らくこれはトイレに行ってる間に殺されたんでしょう。」
「けど、ちゃんと藍様と一緒に布団に入りましたよ」
橙が断言する。
「しかし、相手は鈴仙。幻視を見せられたと言われると橙は簡単に否定できるかしら?」
「そ・・それは・・確かにあの時は少し寝ぼけてたかも・・」
橙の答えに「うむ。」と答える紫の姿は少し元気が無かった。
「だけど、どうしても一つ分からないの・・・」
「何ですか?」
ヘイスティングスが訊ねる。
「動機よ。どうしてこんな手の込んだ事をしたのか分からないの。」
紫は大きな溜息をついた。そして顔を上げると
「今日のところは切り上げましょうか・・・動機については少し調べてきます。」
私達はようやく永遠亭を出ることが出来た
・・といっても私は永遠亭に残っているのだが。
それにもう一人、私の隣にはヘイスティングス・・・妖夢が居た。
「実に見事でしたね。」
私達は玄関の上がり口に腰掛けて座っている。昼を過ぎて暫くした為か日光があまり入ってこない。
「何が?」
私は妖夢に返す。
「表面上は紫様の勝利ですが、内面的には完璧に紫様の負けですね。」
妖夢のその口ぶりは他人事のように淡々としていた。
「へぇ」
私はただ相槌を返すのだ。
「貴女がやったのでしょう?輝夜さん。」
妖夢は私の顔を見ていた。その表情にはうっすらと笑みが浮かんでいた。
「何でそう思うの?」
妖夢は「簡単ですよ」と笑う。
「消去法です。消えた人物を全て被害者だとして残った人物でアリバイが曖昧な者。」
「確かに私はチルノが・・・いいえ、イナバが消えてからみんなの前に姿を現したわ。けど、藍の時のアリバイは完璧よ。ミスティアがそう証言してくれる。」
妖夢は笑みを絶やさないで
「ええ、ではまずそこから崩しましょうか。」
「まず貴女は手をつないだ状態で自らの腕を斬ったんです。貴女は蓬莱、一度死ねば五体満足で蘇ります。その後、橙がトイレへ入っている間に藍様の首と腕を刈り、その首を頭に乗せて橙に切り取った腕を掴ませた。」
私は玄関先を見つめながら黙って話を聞く。
「では、レティの方も崩します。まず貴女は勝手口から入ります。」
「あら、勝手口は閉まってたんじゃなかったかしら」
返されることは分かっていても一応突っ込んでおく。今は立場が逆転している。
「いいえ、あの時は開いていたんです。そして貴女はレティから余分の服を借りて首を刎ねます。」
「あら。それはどういうことなのかしら?」
妖夢は笑みを絶やさず──寧ろ増して
「貴女は前日にでもレティと鈴仙に言ったのでしょう。「明日は皆を驚かせましょう」って。」
妖夢は話を続けて、
「その内容は、「私(輝夜)がレティの格好をして死に、その姿を皆に見せ、そして居間に戻ったらレティが生き返っている」という感じでしょうか。つまり貴女と鈴仙とレティはグルなのです。紫様が出した紙は当日連絡に使われたものでしょう。」
私は思わず「ほぅ」と驚嘆の声を上げる。
「そして貴女は台所を冷やし、細胞の活動を低下、よってリザレクションの発生を遅らせ、待ち構える。皆が出て行き鈴仙が扉を閉める。それを見計らって貴女は居間に移動し、スタンバイしていたレティを殺し、床下に首を持って降りる。」
「そうするとチルノの方はどうなるのかしら。」
「貴女は鈴仙の部屋(左側一番奥)に上がり、レティの頭を襖から出してチルノをおびき出した。人差し指を口に当てる仕草を付け加えて」
妖夢は微笑みながら遠くを見ている。
「どうぞ続けて。」
「鈴仙は驚愕しました。生きているはずのレティが死んでいるんですから。しかし、鈴仙は優しかった。最後まで貴女を信じ、屋根裏で貴女を待ち続けたんです。来ると信じてミスティアに「誰も居ない」と伝えてまで。」
「けど、その時私は玄関から戻ってきたのよ。」
「ええ、貴女はチルノを苛性ソーダで殺し、台所に落ちていた鍵を使って台所に運び、首を刎ね、鍵を床へ、レティとチルノの首を流しに置き勝手口から外に出ます。」
「けど、その後藍が外から勝手口を調べたけど閉まっていたわ。」
「それは簡単です。チルノは勝手口にもたれかかって死んでいます。そう、扉の引っ掛けの上に。」
一息置き。
「貴女はチルノの体を立て、扉にもたれさせながら閉めた。その勢いでチルノは座り込み、同時に引っ掛けが下がる。」
「そうね。でも、私が玄関に居た以上鈴仙が行方を絶つ理由が無いわ。暫くすれば会えたんですもの。」
「それは、貴女は毒を盛っていたんでしょう、朝食の時、鈴仙に。」
「どういうことなのか聞くわ。」
「恐らく、テトロドトキシンでしょう。フグ毒。あれは症状が出るのに数時間掛かります。実際、レティの死体発見のときに手が震えていたのは藍様の手帳で確認されてます。彼女は貴女を待ちながら屋根裏で死んだのです。」
「そして、貴女は夜中、死んだ鈴仙に苛性ソーダを溶かした水を流し込み死体を自分の部屋に置いた。苛性ソーダを印象付けることで岩塩を所持していた鈴仙に目が行くようにした。」
「そして、自殺したように見せかけることにより事件は終結ね。大したものだわ」
私は手をたたく。まるで見てきたかのように当たっている。
「で、私に何を望むの?」
「いえ、望みなど何もありません。ただ・・」
妖夢は初めて笑みを崩し玄関先を見た。
「動機を。聞かせて下さい。姫」
そこには永琳が立っていた。すごく真剣な眼差しで。
「妖夢の推理はあなたの入れ知恵ね。・・動機は」
私は永琳から目を離し。
「一度、殺してみたかったの。誰にも分からないような方法で。流石に永琳には敵わないみたいね・・・」
「この死なない体で幾千の時間を過ごして退屈してたときには必ず思い浮かぶの。人や妖怪を殺す方法を・・・それを考えてると気分がスッキリするの。」
「姫・・」
「妹紅と殺し合う事が増えた最近は滅多な事じゃ思いつかないんだけど・・・たまにね・・」
苦笑い。しかしそんなものは意味を成さない
「姫。貴女は命限りあるものをその手で消してしまった。その罪を永遠に背負わなくてはいけないんですよ・・」
「そうね。本当に、私どうかしていたわ・・・死なないこの体を利用してまで・・イナバ達を・・」
「姫・・」
永琳は一発私の頬を打ち。抱きしめてくれた。永琳の温もりが全身を包んだ。逆にそれは私を悲しくさせた
隣に居た妖夢はいつの間にか静かに立ち去っていた。
「幽々子様」
妖夢は白玉楼に帰ってきた。
「お帰り妖夢。新入りを紹介するわ」
と幽々子は座敷に座っている者を妖夢に見せた
妖夢は一同の顔を見、そして万遍の笑みを浮かべ
「ようこそ。そしてお帰りなさい。」
座っていた鈴仙達は妖夢と同様に笑みを浮かべていた。
この文章はミステリ系です。あなたの好きな人物が死んでしまう可能性を持っています。
又、アレな表現がお嫌いな方は避けて下さい。
これは解決編です、これをお読みになる前に前編の方をもう一度お読みになられた方が理解しやすいかと思われます。
では。
~迷探偵八雲紫登場編~
それは夜明けよりも少し前の話である
「式が消えた・・」
ここは白玉楼。嬢と庭師の住まう場所。
私の目の前には親友の西行寺幽々子が座っている。早寝早起きの彼女だが今日は私に付き合ってこんな夜遅くまでこうして碁を打っている。
「紫」
幽々子は既に私の心境の変化を察知したらしく視線は碁盤から私へと変わっていた。
幽々子は一体どのくらいまで見透かしているのだろうか。私より──幻想郷において一番頭が回る人物なのかもしれない。
「式が消えた。藍が・・死んだ」
「え。」
お茶を持ってきた妖夢が驚いて盆を落とした。幽々子より妖夢の方が反応が分かりやすい。自分が盆を落として床に茶が滲み込んでいるのも気付いてない。
幽々子は目を閉じながら。
「行くのね、永遠亭に」
本当に何処まで見透かされているのだか。三手先、むしろ全ての事柄を読んでいる。そんな気さえ感じた。
「ええ。私の右腕の分まできっちり仕返しに行く。」
幽々子はわずかに口元を歪ませ
「分かったわ。妖夢」
呼ばれてやっと気が付いたようで
「は、はい」
「紫に同行しなさい。後で話をあなたから聞くわ」
「分かりました。」
妖夢はそそくさと盆を片付けて私の元へ駆け寄った。まだ動揺しているようだ床が濡れたままである。
「じゃあ幽々子、このヘイスティングス役。借りて行くわね」
「せめてワトスンにしてあげなさい」
私達の会話が分からないようで、妖夢は困惑の表情で私と幽々子を交互に見ている。
「じゃあ行くわ。」
私は手を挙げ、一気に下ろす。手の軌道にあわせる様にスキマが出来る。
そのスキマを横に広げ中に入る、おろおろしている妖夢を一気に引っ張り込む。
「うわぁ」
妖夢が声を上げながらじたばたと隙間の中を転げる。正確に言うと飛び転がっている?・・表現が難しい。
「どうなってるのですか~。紫様~。」
「ここは隙間。物と物との境界。高さと奥行きの世界、即ち二次元空間・・私達が生活している三次元とは全ての理念が違ってるの。妖夢が満足に動けないのも当然よ。」
妖夢はちんぷんかんぷんな顔をした。しかしその顔が妙に可愛く見えた。成る程、幽々子がこの娘を側に置いておく理由が分かった気がする。
「で、どうやったら前に進むのですか?」
私はふぅと息をついて、
「時間がないからコツだけ言うわ。」
「紫様の話が長すぎるんです」
「ここは言ってみれば夢の中よ。自分が行きたいところを強く願えばそこに着く。動く必要なんてない。行けない所なんて皆無。」
「は、はい。それなら何とか分かります。」
「目標、永遠亭。想像できるわね。」
「一度行った事があります。」
「行くわよ。」
妖夢は宙に不自然な体勢で浮かびながら。
「はい!」
返事だけはいいんだけどね
ゴン!
妖夢は永遠亭の壁に頭をぶつけた。正確に言えば結界だ。
言葉にならない悲鳴を上げながら妖夢は地面をゴロゴロと悶え転がっている。
そんな妖夢を尻目に。
「密室の結界ねぇ。完全にこの屋敷を包み込んでいる。」
「ゆがりざまぁーいげないどごろばながっだんじゃないんでずがぁ・・・?(和訳:紫様、行けない所は無かったんじゃないんですか?)」
痛みで言語中枢がやられたのかしら。・・後で幽々子に怒られるわ。
「ナイス質問ねヘイスティングス。結界も隙間と同じ原理なの。何と何の間に壁を作るの。そこを通れないようにね。」
「けど、同じ二次元空間なら何とかならないんですか?例えばその結界に入り込むとか」
流石、鍛えてるだけの事はあって立ち直りも早い。怒られずに済む。
「無茶言わないで。結界はいわば風船の幕。もしそんなところに入ったら最後。メビウスの輪のように脱出は絶対に出来ないのよ。」
「では、どうすれば?」
「簡単。風船なら割ればいいのよ。」
「へ?」
「隙間を移動手段として考えすぎなのよ。」
私は頭を抱えて悩んでいる妖夢を退けて玄関前に立った。
「で、どうするんですか?」
「伊達に結界組なんて呼ばれてないのよ」
とぅ、と「壁」に向って右手を叩き込む。
と、その手の動きに沿って結界が割れていく。
「おお。どうやったのですか?」
「簡単。私の手を境に右と左に分けたのよ。」
「へ?」
「結界とかそういう物の強さは大体、術者の霊力に比例してその効果範囲の面積に反比例するのよ。」
「といいますと?」
「問題。二つの質量は同じです、薄い鉄の板に鉄の釘を打ち込むと?」
「穴が開きます」
「そういうこと」
「??」
「さて突入よ、ヘイスティングス」
「え?あ、待ってください紫様ー!」
私達は凍ったように動かなかった。
ただ一点、藍が居るはずの布団を見据えながら。
「どうなってるんだ・・?」
私の口からはそれしか発せ無い様になったのかただそれを繰り返し呟いていた。
「どうもこうもしない、藍が消えたんだ。」
そしてミスティアが冷静に分析を始める。こういう危機的状況になると誰かがこうやってリーダーシップを取るようだ・・・まるで伝染病のように。
とりあえず橙から色々聞き出して夜の事をまとめてみる。
私とミスティアは夜の間ずっと手をつないでいた。ミスティアが証言し、私もその証言に同意した。
橙は夜中トイレに行って帰ってくる間、藍の生存を確認している。
橙はその後もずっと手を握っていた。
「つまりそれは・・私達以外の誰かがここにいるといて、寝ている間に藍を殺害、そして腕を切断して死体を持ち去った?」
ミスティアの意見に私は異論を唱える。
「だったら腕を切る前に致命的なところを一撃で仕留めたはず。もがかれるリスクを比較的無視できるからね。で、そうであれば布団に付いている血が少なすぎる。」
うーん。とミスティアは低く唸る。
「私は内部に他の誰かいると思うわ」
何処からか声がする。・・・玄関からのようだ。
私は廊下へ出てみる。玄関に人が立っているのが見える。朝日による逆光で見えない・・・
「迷探偵八雲紫参上!この幻想郷で解けない謎は妖忌失踪事件を除いて何も無い!」
「師匠の失踪は幻想郷最大の謎なんですか・・」
その迷(?)探偵の横には呆れ果ててる様子の妖夢がいた。珍しい組み合わせだ。
「紫様ー!!」
橙が私の横を物凄い勢いで駆け抜け、紫目掛けて飛び込んだ。
「藍様が藍様が藍様が!!!」
紫は胸の中で泣きじゃくる橙の頭を撫でながら
「分かってるわ。・・・とても残念なことだけど。」
橙はハッっと紫の顔を見る。橙の中の藍は失踪から死亡に切り替わってしまった。
橙はよりいっそう紫の胸の中で泣いた。妖夢はもらい泣きしてしまったようで後ろを向いて小刻みに肩を揺らしている。
紫は橙を一層強く抱きしめて、
「もう大丈夫。大丈夫だから。私が必ず藍の敵は取るから。」
その言葉を聞いて少しは落ち着いたようだ。妖夢も既にこちらを向いている。
「橙、藍の手帳は?」
「服と一緒に・・」
橙は首を横に振った
もう起床からかれこれ五刻(1時間半)は経っているだろうか。今は巳の一つ(9時)と予想される。
「そう、・・手帳はつけてたのよね」
「はい、藍様は頻りに手帳を開いては書いてました。」
「そう。良かった。じゃあ藍を探しに行きましょうか。」
その言葉に私は驚く
「え?居る場所が分かるんですか?」
「大体ね。まぁ百聞は一見にしかず。」
と言ってる間にも紫は歩き出していた。
長い廊下を左に曲がり。トイレ横の階段を上がる。
「物置ですか?」
妖夢が訊ねる。
「ここが一番物を隠しやすいからね」
「物・・ですか。」
「動かない肉は物同然よ」
紫は何処から取り出したのかランプに火を焚き、辺りを照らす。
今まで真っ暗で見えなかったが意外と広い。屋根裏の構造はT字の左半分を埋め尽くすもので、広いのは当たり前なのだが。─因みに右半分の屋根裏は永琳の部屋などがある為、特殊な装置類が所狭しと並んでいるのだ。
その広い屋根裏で光に微かに照らされている一つの桐箪笥が見えた。
「ここね。」
紫は桐箪笥の前に立ち真ん中の引き出しを開ける。
そこには藍の・・・・・頭部があった。そしてその他の引き出しからも続々と体のパーツが出てきた。
「有った、手帳だわ。」
紫は手帳を読み始める。藍の亡骸が目の前にあるというのに何と言う冷静さ・・・いや、冷酷というべきなのか。
「ふぅ。成る程・・さて、行きましょう」
「紫様、何処へ?」
妖夢が訊ねる。次から次に行動をする紫に振り回されているようだ。髪に付いた埃を払おうとしてボサボサになった頭をそのままにしている。
「台所よ」
紫は第一の事件現場に向かう。
「恐らくこの中には・・」
紫の指示で妖夢が鉄の扉を開ける。台所の鍵は藍の服の中に一つあった。
完全に開ききると部屋の中から血の香りがした。────勝手口にもたれこむ様にしてチルノが死んでいたのだ。レティと同じように首を無くして。
そして流しにはチルノとレティの首が無造作に置かれていた。
「これがこの部屋の鍵ね。」
と紫は床に落ちていた鍵を拾った。
相変わらずの冷酷っぷりである。寧ろ無関心とも言える位反応が無い。本当に謎を解く気が有るのだろうか。
紫はとりあえず現場を調べ始めた。そして私は流しの下にある篭からきゅうりを取って食べる。いくら昨日から何も食べてないとはいえ私もとんでもなく無関心だ。
「皆も食べないか?」
ミスティアや橙は最初嫌そうな顔をしたがやはり空腹だったらしく一様に野菜を食べ始める。無関心だ。
「ヘイスティングス、ちょっと来てみて。」
紫が妖夢を呼ぶ。ヘイスティングスって一体何なんだろう。
紫がチルノの首の断面(下)を観察していた。アレな光景だ、妖夢も顔をしかめている。
「みて、食道が爛れてるわ」
と、おもむろに首の穴(食道管)に指を入れて広げてみせる。
「う・・・そ、そうですね・・」
妖夢は一度見て完全に目をそらしている。それほど強烈らしい。首なし死体でも十分アレなんだが。
「苛性ソーダかしら・・断面自体は爛れてないから苛性ソーダを飲ませて、その後に斬った・・・・のかしら。」
一人で分析をしている。一体何のために妖夢・・いや、ヘイスティングスを呼んだのだろうか。
紫は一瞬眠ったかのように目を瞑り、ハッと目を開けて手帳をめくる。必死に文字を目で追っている。
そしてようやくお目当ての文が見つかったのか。
「成る程。そういうことか・・」
手帳を閉じ。大きく深呼吸をする。
どうやら犯人が分かったらしい。ふふ。
「さて、今回の事件は非常に悪質なものでした。」
私達は居間───の横の部屋に集まっていた。
「この事件は非常に難しくかつ簡単なものです」
「それはどういうことですか?」
ヘイスティングス・・ではなくミスティアが質問をする。
「そうね、まずは・・犯人当てを消去法で考えましょうか。」
「藍の犯した間違いは消えた人物=被害者だと確定してしまったこと。この手帳に書いてあるのだけど・・藍はこの中に犯人が居るのだと考えていたんだわ。」
「では、紫様は違うと?」
今度はヘイスティングス
「ええ、これは連続殺人とかでよく使われる手だわ・・」
と、紫は立ち上がる。
「何処行くんですか?」
これもヘイスティングス
「犯人のところよ。」
一同は顔を見合わせた。
「こういう事件で最も重要なのはアリバイよ。」
歩きながら解説を始める紫。
「そんなことは分かってます。」
「けど、同時にアリバイが要らなくなる例外も存在する。」
「?」
ヘイスティングスは頭をかしげる。
「連続殺人で、一番怪しまれない存在は。被害者よ。」
「けど、死んだ人がそのまま計画を続けられるんですか?」
紫はヘイスティングスの顔を見て。溜息をつき。
「あなたに言われてもねぇ。説得力が欠乏するわ。」
ゆかりは一息つき、続ける
「・・とりあえず。居るのよ一人だけ。藍曰く被害者で、かつアリバイが無いのが・・」
「それって・・」
ヘイスティングスも感付いた様だ。犯人を・・ふふ。
「着いたわ。」
ここは姫の間。紫(と巫女)が以前押しかけてきたときに入った間。
「紫様?ここには何も無かったですよ?」
橙が藍と一緒にチルノを探した事を思い出す。確かにここには何も無い。
「隠し部屋よ。普通真ん中二つの襖を開けるんだけど・・」
紫は一番左端の襖を掴む。
「ここからあけるとあら不思議。」
そこは皆が見慣れぬ廊下に出た。永琳の渾身の傑作である。
「紫様、ではこの奥に・・・」
ヘイスティングスが訊ねる。紫は無言のまま頷く。
そこにいる全員は沈黙を保ったまま歩みを止めない。ただ黙々と廊下を進む。
そして、一気に開けたところに出る。そして一同は鈴仙・U・イナバの死体へ辿り着いた。
「やっぱり死んでいたか・・」
「では、これは他殺ではなく・・」
紫がイナバの顎を持ち上げ口の中を確認する。その拍子にイナバの右手が持っていた湯呑が落ちる。
「爛れてるわね。」
紫はその湯呑と右手を確認し、
「右手が少し被れてるわね。この中に苛性ソーダを溶かした水が入っていたとして間違いないようだわ。」
ミスティアが紫に向かって一歩前に出る。
「犯行の末、自殺したとでも?では鈴仙がどうやってレティやチルノを」
紫はこっちを向かずに
「説明するわ」
といい、一歩皆から離れる。
「まず・・・これはあくまで仮説です。真実を知っている犯人は死んでいるのですから。」
一同は頷く。
「・・・では。まず最初の事件を。」
紫は向こう側を向いたまま続ける。
「まず最初に、彼女がこの事件の第一発見者です。つまり、彼女が犯人であるなら台所に鍵が掛かって無くても「鍵が掛かっていた」と口添えするだけで密室は完成します。詳しいことは後に」
「けど、彼女が犯人だとしてもその後すぐにレティの死体は移動しています。」
ミスティアが口を挟む。その言葉を聴いて紫は此方側を向いた。
「では、鈴仙は列の何処を歩いていた?」
紫が橙に向かって訊ねる
「確か、一番後です」
ミスティアもその言葉にうなずく。
「そう、チルノと一緒にね。この手帳にもそう書いてあるわ。」
「ということはその次の、チルノを隠すことが可能だという事は想像が出来ます。ですが・・」
ヘイスティングスが疑問の声を上げた。確かに一番後ろではレティを移動させることは出来ない。第一発見は先頭を歩いていた藍である。
「これも比較的簡単よ。この屋敷には私達以外には誰もいないと思っていた。・・けど実際そうではなかった。」
「と、いいますと。」
「屋根裏の倉庫に居たのよ。一羽。兎がね」
紫は人差し指を突きたてた。
「まず、台所を移動した藍達は居間に向けて廊下を曲がる。そこで鈴仙はチルノを連れて屋根裏に上がった。その時睡眠薬を使ったとかは不明ですがね。」
私達はじっと紫の答えあわせに耳を傾ける。
「そして、居間の上まで移動する。そしてそこから予め用意してあったレティの格好をさせた兎を下ろし、自分も降りる。そして首を刈り──返り血はレティの持ってきたボストンバック辺りで最小限に食い止めたんでしょう──、今度は床下に抜け、別の部屋に上り何食わぬ顔で最後尾に戻る。抜け穴の一つや二つ、この屋敷ならあるわよね?」
紫が私の方を向いて訊く。私は静かにうなずいた。ここは最後の砦、全ての部屋に脱出用の抜け穴なんて当然装備されている。しかし、床下に抜けるだけで外へは出られない。
「まって、そんな私達が居間に着くまでに屋根上から床下に行って戻ってくるなんて、そんなの無理ですよ。」
ミスティアが当然ともいえる疑問に橙も頷いている。
「そう、時間的には無理がある。しかし、それは鈴仙だから出来たのよ。」
「・・・狂気」
ヘイスティングスが呟く。そうか、この二人は以前にイナバと戦ったのか。
「そう、狂気。彼女は狂気の力で廊下を行くあなた達の感覚を狂わせた。」
「けど、そう上手くいくんですか?」
「わからない。しかし出来るとしたら彼女だけなのよ。それと、これね。」
紫は小さな瓶を取り出す。蓋がしてあり中には白い粉が入っている。
「それは?」
ヘイスティングスが瓶を指差して問う。
「藍の服の中にあったわ。手帳によると鈴仙の部屋に有ったらしいわ。」
紫はその後に「岩塩ね。部屋にメモがあってどうやら慧音に頼まれた物らしい」と、付け加えた。
「しかし、何で岩塩なんですか?」
「苛性ソーダ、水酸化ナトリウムというのは塩化ナトリウム水溶液を分解して出来るわ。」
「すいさんかなと・・ってもっと分かりやすく言ってください。紫様」
「つまり、岩塩を水で溶かして、それを特定の道具に入れると苛性ソーダが出来るのよ。道具の入手先は・・多分香霖堂でしょう。あそこならありそうだわ」
「けどそれだけで、鈴仙が犯人だと決め付けるのはどうでしょう・・」
ヘイスティングスが食い掛かる。確かに決定的なものが無い。
「じゃあ、これを出すわね」
と、紫は紙切れを取り出した。掌位の大きさの紙だ。
「これは?」
「鈴仙が書いたものよ。『レティへ、用を足したら台所まで来たれい。台所は廊下を曲がらずそのまま直進。』ってね。」
紫が私に紙を渡す。確かにイナバの筆跡である。
「ということは・・」
「少なからず。レティを鈴仙は呼んだってことね。」
「けど、それだけでは・・」
「ヘイスティングス、彼女には殺すタイミングがあった。藍の手帳を見る限り、居間から出たのはこの二人のみ。つまり消去法で殺したのは鈴仙なのよ。」
「外部犯説はどうでしょう?」
ミスティアが提案する。
「勝手口は閉まっていたし。もし勝手口に入って内側から閉めたとしても鈴仙が嘘を言わない限り閉まっていた台所の扉の説明が出来ない。玄関から入ってもチルノが気付いたはずよ。鈴仙の時みたいに。」
紫はさらに続ける
「そして、先ほど話した様にチルノを連れて屋根裏に行き、そして探す振りをして消える。」
確かに、チルノを探しに屋根裏に行って「誰も居ない」と廊下の壁からジェスチャーで答えてから消息を絶ってる。とミスティアが呟く。
「で、密室の結界について。これは、鉄の扉や抜け穴と一緒で攻め込まれる時の為に用意された簡易的なものよ。」
私の方を向いて真意を確認する。私はただ黙って頷くだけだ。
「その次は藍ね。恐らくこれはトイレに行ってる間に殺されたんでしょう。」
「けど、ちゃんと藍様と一緒に布団に入りましたよ」
橙が断言する。
「しかし、相手は鈴仙。幻視を見せられたと言われると橙は簡単に否定できるかしら?」
「そ・・それは・・確かにあの時は少し寝ぼけてたかも・・」
橙の答えに「うむ。」と答える紫の姿は少し元気が無かった。
「だけど、どうしても一つ分からないの・・・」
「何ですか?」
ヘイスティングスが訊ねる。
「動機よ。どうしてこんな手の込んだ事をしたのか分からないの。」
紫は大きな溜息をついた。そして顔を上げると
「今日のところは切り上げましょうか・・・動機については少し調べてきます。」
私達はようやく永遠亭を出ることが出来た
・・といっても私は永遠亭に残っているのだが。
それにもう一人、私の隣にはヘイスティングス・・・妖夢が居た。
「実に見事でしたね。」
私達は玄関の上がり口に腰掛けて座っている。昼を過ぎて暫くした為か日光があまり入ってこない。
「何が?」
私は妖夢に返す。
「表面上は紫様の勝利ですが、内面的には完璧に紫様の負けですね。」
妖夢のその口ぶりは他人事のように淡々としていた。
「へぇ」
私はただ相槌を返すのだ。
「貴女がやったのでしょう?輝夜さん。」
妖夢は私の顔を見ていた。その表情にはうっすらと笑みが浮かんでいた。
「何でそう思うの?」
妖夢は「簡単ですよ」と笑う。
「消去法です。消えた人物を全て被害者だとして残った人物でアリバイが曖昧な者。」
「確かに私はチルノが・・・いいえ、イナバが消えてからみんなの前に姿を現したわ。けど、藍の時のアリバイは完璧よ。ミスティアがそう証言してくれる。」
妖夢は笑みを絶やさないで
「ええ、ではまずそこから崩しましょうか。」
「まず貴女は手をつないだ状態で自らの腕を斬ったんです。貴女は蓬莱、一度死ねば五体満足で蘇ります。その後、橙がトイレへ入っている間に藍様の首と腕を刈り、その首を頭に乗せて橙に切り取った腕を掴ませた。」
私は玄関先を見つめながら黙って話を聞く。
「では、レティの方も崩します。まず貴女は勝手口から入ります。」
「あら、勝手口は閉まってたんじゃなかったかしら」
返されることは分かっていても一応突っ込んでおく。今は立場が逆転している。
「いいえ、あの時は開いていたんです。そして貴女はレティから余分の服を借りて首を刎ねます。」
「あら。それはどういうことなのかしら?」
妖夢は笑みを絶やさず──寧ろ増して
「貴女は前日にでもレティと鈴仙に言ったのでしょう。「明日は皆を驚かせましょう」って。」
妖夢は話を続けて、
「その内容は、「私(輝夜)がレティの格好をして死に、その姿を皆に見せ、そして居間に戻ったらレティが生き返っている」という感じでしょうか。つまり貴女と鈴仙とレティはグルなのです。紫様が出した紙は当日連絡に使われたものでしょう。」
私は思わず「ほぅ」と驚嘆の声を上げる。
「そして貴女は台所を冷やし、細胞の活動を低下、よってリザレクションの発生を遅らせ、待ち構える。皆が出て行き鈴仙が扉を閉める。それを見計らって貴女は居間に移動し、スタンバイしていたレティを殺し、床下に首を持って降りる。」
「そうするとチルノの方はどうなるのかしら。」
「貴女は鈴仙の部屋(左側一番奥)に上がり、レティの頭を襖から出してチルノをおびき出した。人差し指を口に当てる仕草を付け加えて」
妖夢は微笑みながら遠くを見ている。
「どうぞ続けて。」
「鈴仙は驚愕しました。生きているはずのレティが死んでいるんですから。しかし、鈴仙は優しかった。最後まで貴女を信じ、屋根裏で貴女を待ち続けたんです。来ると信じてミスティアに「誰も居ない」と伝えてまで。」
「けど、その時私は玄関から戻ってきたのよ。」
「ええ、貴女はチルノを苛性ソーダで殺し、台所に落ちていた鍵を使って台所に運び、首を刎ね、鍵を床へ、レティとチルノの首を流しに置き勝手口から外に出ます。」
「けど、その後藍が外から勝手口を調べたけど閉まっていたわ。」
「それは簡単です。チルノは勝手口にもたれかかって死んでいます。そう、扉の引っ掛けの上に。」
一息置き。
「貴女はチルノの体を立て、扉にもたれさせながら閉めた。その勢いでチルノは座り込み、同時に引っ掛けが下がる。」
「そうね。でも、私が玄関に居た以上鈴仙が行方を絶つ理由が無いわ。暫くすれば会えたんですもの。」
「それは、貴女は毒を盛っていたんでしょう、朝食の時、鈴仙に。」
「どういうことなのか聞くわ。」
「恐らく、テトロドトキシンでしょう。フグ毒。あれは症状が出るのに数時間掛かります。実際、レティの死体発見のときに手が震えていたのは藍様の手帳で確認されてます。彼女は貴女を待ちながら屋根裏で死んだのです。」
「そして、貴女は夜中、死んだ鈴仙に苛性ソーダを溶かした水を流し込み死体を自分の部屋に置いた。苛性ソーダを印象付けることで岩塩を所持していた鈴仙に目が行くようにした。」
「そして、自殺したように見せかけることにより事件は終結ね。大したものだわ」
私は手をたたく。まるで見てきたかのように当たっている。
「で、私に何を望むの?」
「いえ、望みなど何もありません。ただ・・」
妖夢は初めて笑みを崩し玄関先を見た。
「動機を。聞かせて下さい。姫」
そこには永琳が立っていた。すごく真剣な眼差しで。
「妖夢の推理はあなたの入れ知恵ね。・・動機は」
私は永琳から目を離し。
「一度、殺してみたかったの。誰にも分からないような方法で。流石に永琳には敵わないみたいね・・・」
「この死なない体で幾千の時間を過ごして退屈してたときには必ず思い浮かぶの。人や妖怪を殺す方法を・・・それを考えてると気分がスッキリするの。」
「姫・・」
「妹紅と殺し合う事が増えた最近は滅多な事じゃ思いつかないんだけど・・・たまにね・・」
苦笑い。しかしそんなものは意味を成さない
「姫。貴女は命限りあるものをその手で消してしまった。その罪を永遠に背負わなくてはいけないんですよ・・」
「そうね。本当に、私どうかしていたわ・・・死なないこの体を利用してまで・・イナバ達を・・」
「姫・・」
永琳は一発私の頬を打ち。抱きしめてくれた。永琳の温もりが全身を包んだ。逆にそれは私を悲しくさせた
隣に居た妖夢はいつの間にか静かに立ち去っていた。
「幽々子様」
妖夢は白玉楼に帰ってきた。
「お帰り妖夢。新入りを紹介するわ」
と幽々子は座敷に座っている者を妖夢に見せた
妖夢は一同の顔を見、そして万遍の笑みを浮かべ
「ようこそ。そしてお帰りなさい。」
座っていた鈴仙達は妖夢と同様に笑みを浮かべていた。