「あれ、さっきまで夕方だったはずじゃあ?」
気がつくと、西にあったはずのお日様が東に瞬間移動していた。
「……寝てたわけじゃないですよね?」
わたしは『立ったまま寝る程度の能力』などという器用なものは持ち合わせていない。
とある友人なら、それくらいやってのけるかもしれないが。
もしや、その友人が境界を操ったのでは? とも、考えたが、
わたしはその手の能力が使用されれば、たとえ寝ていても何かしらの変化を感じ取れる。
よって、この可能性は却下と。
「それに、なんか肌寒いですし」
夏場にしてはいやに気温が低かった。今着ている薄着だと少しばかり辛いかもしれない。
「ああ、そうか。またやっちゃったんですね」
どうやら、わたしの能力が暴走しただけらしい。まあ、暴走と言っても、周りに被害は全くでないが。……ある意味では。
さてさて、そうと分かれば、ちょっと意識を集中させてみましてと。
「……あれから100年、いえ200年は経ってるようですね。しかも、季節は秋みたいですし」
う~ん。今回は随分と長いです。これじゃあ、誰からも忘れられてそうですねえ。
特に、若干1名。確実に忘れてると断言できる人がいます。ええ、きっとわたしのことなんか既に忘却の彼方でしょう。
まあ、それはいいとして、次は能力の暴走がどのくらいの範囲に影響を及ぼしたか調べないと。
「少なくとも、農園と家までは届いてて欲しいですね」
200年も放っておいた家や農園の手入れなんてまっぴらです。
まあ、その辺が片付いたら、人が集まるところにでも行くとしますか。情報収集は大事ですしね。
「ああ、全く鬱陶しいったらありゃしないッ!」
不肖、わたくし博麗霊夢は、ただ今、敵軍勢と交戦中であります。
「こんな時に限って萃香も出てこないし」
そんなこと言ってる間にも、境内は紅い敵兵に占領されていく。成す術もなく。
「うがぁーーッ! やってられるかぁぁぁぁ!!」
こんな奴らの相手なんかしてたら、体が持つわけないじゃない!
そう、この……
「なんで、秋はこんなに落ち葉が積もるのよ!」
狂ったように舞い散る枯れ葉なんかに勝てるわけがなかったのだ!
いくらなんでも、ちょっと多すぎやしない?
そういえば、今年はどこぞの亡霊が春を集めたり、どこぞのスキマが夜を止めたりしてたわね。
きっとそれの影響なんだわ。うん。そうに違いない。
決して昨日、「そうだ。落ちる前に神社の外に吹き飛ばしちゃえばいいのよ。『夢想封印・散』!!」
と、ろくに考えもせずにスペルカードをぶっ放したせいじゃないはずだ。たぶん。
「まあ、どうせ明日は宴会だから萃香も現れるだろうし。わざわざ今掃除しなくてもいいか」
それに滅多なことじゃあ、まともな参拝者なんて来ないし。
縁側で茶でもすすりつつ、まったりと過ごすか。
そう思って踵を返そうとした矢先、
「あれ? ここは博麗神社じゃないですか。って、随分と散らかってますねえ」
不意に空から人(?)の声。
「文句があるなら来なくて結構よ。あと用がない人も。うちは暇人には事欠いてないんで。
あ、暇人だけじゃなく、暇妖怪にもね」
見上げてみると、青い髪をさらりと伸ばした少女が、呆れ顔でぷかぷかと宙空に浮かんでいた。
「いえいえ、文句はありませんよ。ここはわたしの家でもないですしね。あと、用なら一応ありますよ。
まあ、お賽銭は払いませんけどね。お金も持ってないですし」
「帰れ」
「早ッ! 金づる以外は用なしですか!?」
「まあ、冗談は置いといて」
「全然、冗談に見えない顔をしていたんですが……。なんかこう、見るからに守銭奴って感じの」
失礼な。私はそこまで金に困ってはいない。
「まあ、ここは金の流れが悪いみたいですし、仕方ありませんね」
そこ。あからさまに同情の眼差しを向けない。
「すみません。さっきも言ったとおり、今日は手ぶらなんです。次来るときには、絶対お土産持ってきますから」
「……それは、心の底からそう思って言ってる?」
私の問いに、頭上の少女は悪戯っぽく微笑んで、
「ええ。心の底から1メートルくらいまでそう思っていますよ。ちなみに、底から表面までは10メートル程あります」
つまり、ちょっとだけかい。
まあ、何かくれるというのはホントみたいだから、ありがたく貰っておくとしよう。
「まあ、とりあえず上がっていけば? お茶くらいはご馳走するわよ」
「それでは、ありがたくご馳走になりますね」
相手がふわりと地面に降りるのを確認してから、私は神社に向かって歩き出した。
ん? 何か忘れてるような? …………あ、そうか。
「そういえば、お互い、まだ名乗ってなかったわね。私は博麗霊夢よ。あんたは?」
首だけ後ろに回して聞いてみた。すると少女は微笑んで、
「流瀬蒼衣といいます。花の葵じゃありませんよ。蒼天の衣と書いて蒼衣です」
「蒼衣ね。分かったわ。ああ、あともう一つ」
今度はちゃんと体ごと振り返り、首を傾げる名前のとおり蒼い少女に向かって、
「一応聞いておくけど、あんたは人間? それとも妖怪?」
「妖怪だったら、どうします?」
蒼い妖怪は表情も崩さずにそう問い返してきた。
そんなの決まってる。
「お茶をご馳走する」
「人が集まる場所を探してる?」
ええ。と頷いて茶をすする蒼衣。
「なに? 人間でも襲うつもりなの?」
「いえいえ。これでも『農作物を育てる程度の能力』を持っていますから、食に困ってはいませんよ。
それに、わざわざ人間と対立するなんて、面倒なだけですしね」
「そいつは良かった。私もあんたを退治する手間が省けて助かるわ」
違いない、と笑いあう。そして、同時にお茶を飲む。
あぁ……。やっぱり縁側で飲む緑茶は最高ね。
「まあ、ちょっとした理由で200年ほど寝ていたので、情報収集でもしてみようかと思っただけです」
「200年!? ちょっと待て。どこぞのスキマ妖怪でもそんなに寝ないわよ。きっと」
その言葉を聞いた蒼衣は目を丸くして、
「紫さんをご存知なんですか?」
「一応ね」
「それは幸運。実は紫さんも探していたんですよ。まあ、そのうちひょっこり顔を出すとは思ってましたが、
早く会えるのにこしたことはないですから」
「物好きねえ。あんなのに会いたいだなんて」
「まあ、あんなのでも数少ない友人の一人ですから」
当の本人が聞いたら、「『あんなの』だなんて二人とも酷いわ。よよよ」なんて嘘泣きしそうな会話だが、
今この場にはいないので良しとしよう。
「人が集まる場所を探してるのなら、明日ここに来ればいいわ。境内で宴会をやるから」
「宴会ですか。それはいいですね。結構頻繁にやってるんですか?」
瞬時にとある知り合いの姿が浮かび、どうにもやるせない感情が沸いてきたが、こめかみを押さえることで堪える。
「う~ん。主に黒白な魔法使いが幹事やってるから、そいつの気分次第ってとこね」
「なるほど」
蒼衣は一つ頷くと、湯飲みを置いて立ち上がり、
「それでは、今日はこの辺でお暇させていただきますね」
「あら、もうちょっとゆっくりしていってもいいのに」
「お言葉はありがたいのですが、一応、農園の様子も見ておかないといけないので」
「そう。じゃあ、また明日ね」
「ええ、また明日。お茶ご馳走様でした」
そう答えて、蒼衣は鳥居に向かって歩き出した。
「あら、歩いて帰るの?」
「たまには、こういうのも趣深いでしょう?」
「まあ、そうかもね~」
振り返って微笑む蒼衣におざなりに返すと、できたばかりの知り合いは苦笑を浮かべてまた歩き出した。
その背中に向かい、大きく息を吸い込んで、最も重要な台詞を口にした。
「お土産忘れないでねーーーーー!」
その言葉に蒼衣は、前のめりにずっこける。そして、その目の前には石段。これ即ち、
「わっ、わっ、わわぁぁぁぁぁ!?」
見事な階段落ちをかましてくれるというわけだ。
「そういえば、うちの石段って何段あったかしら?」
確か100は下らなかったような気がする。
「まあ、いいか」
今日も幻想郷は平和である。
「あ、痛たたた。まったく、妖怪だって痛いものは痛いんですよ」
できたばかりの友人に文句を言ってみました。もちろん届くはずもなければ、届かなくても別にかまいません。
ちなみに、さすがに石段を最初から最後まで落ちたわけではありません。
途中で宙に浮いて体勢を整えることで、なんとか難を逃れました。
で、今を神社の傍の道を歩いているところという訳ですね。
「それにしても、なかなか綺麗ですね」
立ち止まって周りの紅葉を眺めてみる。やっぱり歩くのもいいですね。
あの巫女も含め、普通に日々を過ごしてきた生き物は既に見飽きてるのかもしれませんが、
つい昨日まで、夏のひと時を過ごしていたわたしにとっては、秋の風景は目新しいです。
「おっ。なんか知らない奴がいるぜ」
ぼぅっと紅葉を眺めていたら、横から声が聞こえたので、振り返ってみました。
「こんなところで、何してるんだ?」
そこには箒に腰掛けて宙に浮かぶ黒白の服を着た少女。
なるほど。さっき霊夢さんが言っていたのはこの人のことですね。
「見てのとおり、紅葉を眺めていただけですよ」
「ああ、すまない。言い方が悪かった」
黒白少女は一度言葉を切って、
「こんな御利益もなんもない神社に何か用か?」
「お茶をご馳走になってました」
「『た』? 過去形か?」
「ええ。そうです。そういうあなたこそ、どうしたんですか?」
「お茶をご馳走になりにきたぜ」
ふむ。どうやら、この神社は茶店代わりにでもされてるみたいですね。
わたしもちょくちょく利用させてもらうとしましょう。
「こちらからも、質問させてもらいますね。お見受けしたところ、あなたも空を飛べるようですが、
何故わざわざそんな低空飛行を?」
「『も』ってことはお前さんも飛べるんだろ? だったら理由もきっと同じだぜ」
「そうかもしれませんね」
どうやら、ゆったりと進む趣を理解できるのは一人だけではないらしいですね。
「お前はなんて名前なんだ?」
なんの脈絡もなく名前を尋ねてくる黒白少女。とりあえず礼儀云々ネタは使い古されてそうなので割愛。
「わたしは流瀬蒼衣です。蒼衣は…」
「私は霧雨魔理沙だ」
「って、最後まで言わせてくださいよぅ」
恨みがましい視線を黒白……じゃなかった。魔理沙さんに送りますが、
「会話は終了」
そんなわたしをよそに、魔理沙さんは空高く舞い上がり、
「ここからは……」
そう言いながら弾幕を展開する魔理沙さん。
「これで語り合おうぜ!」
「おっとっと」
開始の合図なのでしょう。わずかばかりの弾幕がわたしの元に降り注ぎます。
それをバックステップで避け、相手同様、上空に向かいます。
「……わかりました。受けてたちます」
一瞬だけ目を閉じる。暗闇にて意識を集中し呼吸を整える。
「『今』の魔法使いの実力。試させてもらいます!」
目を開けると同時に、わたしは名前同様、蒼い弾幕を相手に放った。
「なんか、騒がしいわね」
まあ、どっかの誰かが弾幕ごっこでもやらかしてるんだろうけど、神社の近くで弾幕り合うのは止めて欲しい。
そうこうしてるうちに、
ズゴォゴォゴォゴォゴォゴォゴォゴォゴォゴォゴォォォォォォォ…………
大気を震わす、わりと聞きなれた音が聞こえた。
「まったく、魔理沙ったら! マスタースパークはもうちょっと遠慮しなさいよね!」
まあ、騒音も止んだので、今ので決着がついたようである。
それから、少し経って、神社に向かってふらふらと飛んでくる黒白の影。
「よ、よう。霊夢……」
「あら、魔理沙。随分とぼろぼろなのね」
さっき弾幕ごっこのせいなのだろう。魔理沙の服はところどころ破けていた。
どうやらマスタースパークまで撃っておいて負けたようである。
始まった時間から推測するに相手はたぶん蒼衣なんだろうけど、魔理沙に勝つなんて、意外と強者のようだ。
「ああ。新顔を見かけたから、早速弾幕で勝負してみたんだ」
「会ったばかりの相手にいきなり弾幕? 別に襲ってきたわけじゃないだろうし、もっと会話を大事にしなさいよ」
「ほら、よく言うじゃないか。『弾幕は口ほどにものを言う』とか『言葉はいらない。ただ弾幕さえあればいい』とか」
「それは間違ってるわよ」
「そうか?」
まあ、幻想郷じゃあ、合ってるのかもしれないけど。
「しかし、とんでもないのが相手だったな。私の魔砲を跳ね返す奴なんて初めて見たぜ」
「ちょっと待て。跳ね返したって、あのぶっといレーザーを!?」
マスタースパークの攻撃範囲は広い。しかし、あくまで真っ直ぐにしか撃てないため回避する方法はいくらでもある。
しかし、防いだりするのなら話は別。本人が『妖怪も人間も残らない』と豪語するぐらいに破壊力抜群なのだ。
それを、こともあろうか跳ね返した?
「……いったいどうやって?」
「あー。スペルカードを使ってたみたいだが、なんて名前なのかは分からん」
蒼衣は『農作物を育てる程度の能力』を持っていると言っていたが、そんな物で攻撃を跳ね返すことなぞできる訳がない。
ということは、他の能力を持っているはずだ。いったいどんな……
と、そこに人の思考を邪魔する不躾な声。
「で、霊夢。茶でもご馳走してくれ。と言いたいところだが、今日は疲れたから休ませてもらうぜ」
いつのまにか縁側に移動していた魔理沙は、そう言ってだらりと縁側に寝そべる。
「ちょっと魔理沙!」
文句もいうも、時既に遅し、スースー寝息をたて始めた。
「はぁ。全くもう」
ため息をついて蒼い蒼い空を見上げてみる。
「流瀬蒼衣。何者なのかしら?」
つづく