矛盾…楚の国に矛(槍)と盾を売り歩く商人が、矛を売る時は「この矛はとても鋭いので、どんな堅い盾でも突き通す」と言い、盾を売る時は「この盾はとても堅いので、どんな鋭い矛でも突き通せない」と言った。
それを聞いた客の一人に、「それでは、その矛でその盾を突いたら、どうなるんだ?」と聞かれ、返答に困ってしまったというものである。
そこから、矛盾は論理的に辻褄が合わない意味となった。
「うー、アリスめ!ちょこまか逃げるな!」
「はっ!そんな力押しのお馬鹿弾幕なんて、当たる方が難しいわよ!」
「困難に敢えて挑戦してこその魔法使いだろ!根性見せろアリス!」
「何、訳の解らないこと言ってるのよ!頭春過ぎるんじゃない!?」
ここは幻想卿にある、魔法の森。その奥深くで、二人の少女が弾幕ごっこに興じている。黒い服の少女はひたすら弾幕を繰り出し続ける、攻め。青い服を着た少女は、ひたすら弾幕を避け続ける、守り。
「くそっ、もう、魔力が…!」
「弾がぽつりぽつりとしか出てないじゃない!幾らなんでも無様すぎるわよ!降参したら!?」
「誰が降参なんてするか!私は負けるまで負けないぜ!」
「いっぱいいっぱいなんでしょう!?いい加減、堕ちなさい!」
「くっそ~~!」
黒い少女を中心に展開されていた力場が消失し、それを合図に繰り出していた弾幕が一斉に弾けて消える。青い少女に軍配が上がった瞬間だった。
ここ幻想卿で、子供の遊びから、純粋な決闘、いさかいの決着方法にまで、広く浸透しているこの弾幕ごっこ。その基本ルールは至って単純明快。相手の撃った弾に当たらないように、自分の撃った弾を相手に当てればいい。それだけだ。しかし、これが中々奥が深い。この世界の法を定めた、『創造せし者』により、弾幕ごっこにおいて、最重要規約とされていることが五つある。
一つ、弾幕ごっこは、攻撃側と守備側に分かれて行うものとする。
二つ、相手に大怪我を負わせてはいけない。殺生など以っての他。
三つ、守備側は、時間が無い時を除いて、攻撃側が用意した全てのスペルカードを使い切るまでに勝負をつけてはいけない。
四つ、攻撃側は、決して避けられない弾幕を放ってはいけない。
五つ、決着方法は、攻撃側は、霊力や魔力が尽きて力場を破られたら敗北。守備側は、決められた回数被弾するか、スペルカードを使用してしまうと敗北とする。
この五つの重要規約により、弾幕ゲームはとても奥深く、白熱するものとなっていた。
ちなみに黒い少女と青い少女は、弾幕ごっこをする度に、攻守を交互に交代している。今回は、黒い少女が攻めで、青い少女が守りの日だった。結果は、青い少女の圧勝である。二人の総合的なスペックはほぼ互角であるにも関わらず、こんな結果になったのには、さらにもう一つの特別ルールによる。
その特別ルールとは、弾幕ごっこを本人達だけの力で行うのでは無く、口寄せの術を使用して外界に住みながらも遥か昔に袂を分かった幻想卿の存在を心のどこかで信じている、そんな『遊戯人』達の魂を、一時的に幻想卿の中に呼び込み、弾幕ごっこに挑む者達に宿らせ、心・技・体を共有した状態で弾幕ごっこを行うというものだ。故に勝敗の分け目は、本人のスペックよりもむしろ、降霊した『遊戯人』のスペックにあると言えるだろう。
また、その辺の木端妖怪と、幻想卿を執りまとめるような大妖怪が弾幕ごっこを行った時、もし本人達がそのままぶつかり合えば、如何に上の五箇条があろうとも、おそらく手加減する間も無く木端妖怪など跡形も無く吹き飛んでしまうであろう。そういう事態を防ぐためにも、この特別ルールが必要となる。何故なら、本人達でも無ければ、基本的な能力、即ち、弾を撃つ、移動する、用意されたスペルカードを使う、といった個性は出ても、善し悪しの差は出にくい部分しか扱えないので、それならば、木端妖怪と大妖怪の勝負も、そこそこに熱い戦いとなるのだ。まあ、それでも、降霊した遊戯人のスペックが双方伯仲であるならば、スペルカードそのものの性能により、どうしても差が出てしまうのはしかたないことだが…。
今回、黒い少女が口寄せした遊戯人の名は『どんきち』。通常弾を撃たせれば単純過ぎて軽々とあしらわれ、スペルカードを使うタイミングもチキン過ぎてあっという間に黒い少女を魔力切れに追いやってしまった。つまるところ、ありえない程の下手糞、おそらく弾幕ごっこ歴史史上最弱の遊戯人であろうことは疑いようの無い事実。
青い少女が口寄せした遊戯人の名は『むにゃ』。低速移動における高い精密性で足場を固めつつも、いざという時の高速移動の思い切りが良く、持ち前の勘とセンスと度胸で次々と弾幕をすり抜けるかなりの腕の持ち主。彼の実力は、歴代遊戯人の中でも上の中くらいのものを持っていたので、下の下に属する『どんきち』を相手取れば、結果は赤子の手を捻るが如し。
要するに、魔理沙は運が悪かったのだ。
「う~。負けちゃったぜ。」
「勝った日は気持ちがいいわね~。ありがとう、蓬莱、上海。」
「アリスノタメダモノー」
「タメダモノー」
「んふふ。これで999戦、499勝、499敗、1分けね。」
「折角今度こそ引き離してやろうと思ってたのに、またタイか。」
「今日は当たりを引いたかしらね。弾がカスリもしなかったわ。それに、人形操術にも長けていたし。」
「くそっ、私が大ハズレを引いたんだよ!何だよ、『どんきち』って。こんな下手っ糞な遊戯人、前代未聞もいいとこだぜ。」
「で、魔理沙。次の弾幕ごっこの事なんだけど。」
「ああ。」
「いい加減、こうだらだらタイが続いてるんじゃ、締まらないわよね?」
「まあ、そうだな。」
「そこで提案よ。次は記念すべき1000回目。その勝負で、一切合切の決着をつけましょう。」
「つまり、次の勝者が、問答無用で完全勝者、ってことだな。」
「そういうことよ。受けるでしょ?」
「もちろんだぜ。今回の雪辱、そして今までの498回分の雪辱、全部まとめて払ってやるぜ!」
「望むところよ!それじゃあ、決行は明日、この時間に、この場所で。遅れないでよね!」
「お前こそ、人形遊びはそこそこにして早く寝ろよ!歯磨けよ!」
「磨いてるし、人形遊びなんてあんまりしないわよ!」
「エエーアリスネカセテクレナイヨー」
「シー」
「まあいい、アリスよ。また明日だ!」
「ええ、魔理沙。きっとぎゃふんと言わせてやるから!」
ここは紅魔館の一室を間借りして存在するヴアル魔法図書館。黒い少女が、一冊の分厚い本を食い入るように見つめながら、うんうんと唸っている。
「うーん、こいつは…だめだな、守りには向いてない。…『むにゃ』は強かったな。あいつを降霊すれば、或いは…、だが、アリスが口寄せした遊戯人を私が使うなんて、私のプライドが許さん!次!」
「どれどれ…『俺は弾幕の天才だ。お望みとあらばグロッソのど真ん中で踊ってみせらぁ。だけど人形だけは勘弁な。』あー。だめだぜ。次!」
「んー…『アイシクルフォールイージの安置を最近知りました。初心者です。』なんだ?音速遅すぎるぜ。次!」
「ほう…『ありとあらゆるパターン弾幕の安置を完全に把握しています。が、操作が追いつきません。』なにがしたいんだこいつは。次!」
並々ならぬ執念をもって読書に取り掛かっている黒い少女を見て、紫色の少女が近づいてくる。
「あら、魔理沙。精が出るわね、でも、読書とはもう少し静かにするものよ。」
「ん、パチュリーか。今な、ちょっと大変な作業をしているんだ。大目に見てくれ。」
「全く、何をそんなに熱心に読んでいるのかしら…ああ、『遊戯人便覧』ね。弾幕ごっこの準備かしら。」
「ああ。絶対負けられないんだ。ふむふむ…『よおお待ちどう。俺様こそカスリのプロフェッショナル。クリア、攻略そっちのけ、とにかくカスリに命をかける。無謀?本末転倒?だから何。』色物は引っ込んでろ!次!」
「大変ねぇ。」
「ああ、そうだろう、そうだろう。私は絶対に勝てる奴を口寄せしたいんだ。そこそこいい線行ってるやつも多いんだが、相手だって、ここ一番ででっかいカードを持ってくるに違いないぜ。だけど、もう時間もあんまりないんだ。お上品に読んでる場合じゃないんだよ。」
「時間はないけど、妥協はできないってわけね。まあ、応援してあげるわ。」
「感謝するぜ。これが最後のページだな…なになに…『生涯パチュマリ一筋!直球ど真ん中ッ!どストレート
なノリで行くぜ!』…」
「!」
~~~~~~~~少女妄想中~~~~~~~~~
「パチュリー。また来たぜ。」
「もう、なによ。また性懲りも無くここの財産をもってくつもり?」
「ああ、そうだぜ。」
「もってかないでって言ってるじゃない。それに百歩譲って貸してあげるにしても、今までもってった分、返してくれてからよ!」
「あれは借りたんじゃない。もらったんだぜ。もちろん、今日ももらいにきた。」
「お願いだからもってかないでー。」
紫色の少女の手を両手で掴み真剣な眼差しで見つめる黒い少女。
「な、なによ?」
「今日はお前をもらいにきたんだ。パチュリー。」
「…え!?」
「…いやか?」
「う、その、いやとか、そういう…」
「パチュリー。私はビタミンAの代わりにはなってやれない。だけどな。それよりももっと掛け替えの無い物となって、お前をいつまでも支えてやる自信はある!」
「ま、魔理沙…!」
「私は今日、絶対にお前をもってく。いいな?」
「い、いきなり言われても、私、まだ、心の準備が…」
「私がせっかちなのは知ってるだろ?もってっていいか、YESかOKではっきり答えてくれ。パチュリー。」
「…い、YES!魔理沙、私を…もってって……もってってー!」
~~~~~~~~少女妄想完了~~~~~~~~~(この間2フレーム)
「もってってー!」
「うわ!びっくりさせるなよパーチュリー!くそっ、勝てる確信がもてる奴、一人もいなかったぜ。だが私は諦めないぜ、まだアテはあるからな。じゃあな、パチュリー!」
「あ、待って、魔理沙っ!忘れ物よ!私!私!」
「なに言ってんだ?待てないぜ!」
「おいてかないでー!」
話す間も惜しんで箒にまたがった黒い少女は、次の瞬間超高速で図書館出口方面へとカッ飛んでいった。
「…泣き出す前に、ギュっと抱きしめて…」
そこに黒い羽を生やした少女が息を荒げながら急接近してくる。
「お呼びですか!?パチュリー様!ハァハァ。」
「お呼びじゃないわよ!」
「えーと、この辺だったな。」
黒い少女が箒に跨り目指すのはマヨヒガ。
ここに、彼女の言うもう一つの『アテ』がある。
「ああ、ここだここだ。寒気がなきゃあなかなかいい場所だぜ。」
目的地を捕捉し、箒を握りなおして降下していく。
「もう時間もないし、うまくやらないとな。」
「お邪魔しますぜー。」
「あ、魔理沙さん。いらっしゃいませー。」
「よお、橙。ちょっくら用があって来たぜ。まあ、もてなせ。」
「はあ。とりあえず、お上がりくださいな。」
かなり大物な態度で強引に敷居を跨ぐ黒い少女。それに露骨に嫌な顔をしつつも、とりあえず招き入れる猫耳の少女。以前、この黒い少女を含めた約三名に一家揃ってとことんへこまさた苦い記憶があるため、逆らえないのだ。嗚呼、無情。
「そこに座って待っていてくださいね。」
「待ってるぜ。」
「藍様~! 魔理沙さんが来ま」
かくして黒い少女は客間に招き入れられ、そこで待つこと約3秒。狐の尻尾を持つ少女がふすまをぶち抜いて入ってきた。狐少女は黒い少女を一瞥すると、猫耳の少女に駆け寄り、その無事を全身をフル稼働させて見て触って撫で繰り回して確認した。十分堪能…安心したのか。黒い少女に向き直り、対面して腰を据える。
「ふに~…」
「見苦しい所を見せてしまったようで済まなかった。さて、今日はどのようなご用件かな?」
「見苦しかったぜ。そして単刀直入に聞くぜ。お前ら、特別な遊戯人を口寄せしてるだろ?」
「ふむ、つまり、私達が口寄せしている遊戯人について、聞きたいということだな。」
「そうだぜ。お前ら一家、エキストラとファンタズムでぶいぶい言わせてただろ。今でも、下手な遊戯人なんて門前払いじゃないか。私は、お前らが専用のなにか特別な遊戯人を降霊してるんじゃないかと睨んでるんだが。」
「ふうむ、残念ながら、それについては一切答えられない。」
「そりゃないぜ、家主出せ。ってか、家主はどうした。」
「紫様なら就寝中だ。私が応対しよう。」
「まあ、お前は、いまさら私を抓んだりはしないだろうとは思うけど、な?」
「あ、ああ。わかっているさ…」
そこに猫耳の少女が駆け寄り、ヒソヒソと耳打ちする。
(藍様っ、悔しいです!私とても悔しいです!)
(橙、耐えろ、耐えるんだ。今はただ笑って耐えるんだ…。)
(だって、藍様が、私の藍様が…こんな酷い辱めを…。)
(大丈夫だ、橙。もしこの白黒が最後の一線を越えるような真似をすれば…。)
(すれば…?)
(私が一肌脱いで全てチャラにしてやる!)
(わ、私も、脱ぐ!)
(駄目だ橙。お前は綺麗なままでいろ。汚れるのは私だけでいい…。)
(藍様…)
(橙…)
「藍様、大好き!」
「私もだ、橙!」
「うわなんだなんだ?」
狐少女と猫耳の少女は勝手に感極まって強烈な抱擁をぶちかましつつお互いの愛を大音量で確認し始めた。二人の少女のノロケは迷家においては避けることの出来ない強制イベントなのだ。しかし黒い少女は迷家の実態を知らない。その少女が目を白黒させながら上げた素っ頓狂な声を聞いて、正気に戻ったのか、顔を紅潮させつつ話を戻す狐少女。
「ごほんげふん。これはしたり。すまなかった。」
「私の繊細な恋心はボロボロだぜ。」
「橙、お茶をお出ししなさい。台所のヤカンに入っているから。」
「は、はい。」
「歯止めの利かなくなった恋の魔砲が暴発してしまいそうだ。」
「…橙、戸棚の奥のとっておきの玉露を淹れてお出ししなさい…。」
「はい…。うぅ…」
「…いや、藍、お前が淹れてくれ。橙にさせたんじゃあ、温い茶を出されそうだ。」
「そんなことないもん!」
「心配には及ばない。橙には、茶の嗜みも、それなりに仕込んであるからな。」
「いーや、お前にやって欲しいんだ。お前が、私のために、淹れた茶を飲むことに意味がある。」
「…くっ!」
「…うっ…ううっ…!」
狐少女は煮え滾る感情に胸を焦がしつつ、猫耳の少女は目に涙を溜めながら、だが強気に言い返すことも出来ずにいる。そう、それは余りに仰々しいほどの、『服従』を求める圧力。
だが黒い少女にとってこれは、一つの目論見を成就させるための布石でしかない。
「おい、橙。お前は自分のご主人様が色々当てられないことになるのを、見るのが楽しいか?」
「…そんなこと…あるわけない…っ!」
「じゃあ、外で遊んできな。お前は何も見てない。何も知らないんだ。そうだろう?」
「橙…」
「ほら、ご主人様の顔を立ててやるのも、式の仕事だろ?」
「…藍様、ごめんなさい…」
それだけ言うと、猫耳の少女は、一目散に部屋を飛び出していった。
これで邪魔者が一人消えたな…。さて…。
「さあ、藍。お前の可愛い式は川へ洗濯に行ったぜ。今のうちにとっとと茶を立てた方が良いと思うが。」
「…待っていろ、すぐに…、淹れてくる…!」
「おーおー、怖い怖い。言っておくが、服毒とかは勘弁だぜ。」
「…お前に、とっておきの玉露を出してやる…。だが、それはお前に平伏したからじゃあない。お前を、客としてもてなすためだ…。」
そう言うと、狐少女は、ふるふると震えながら、重い足取りで部屋を後にした。
よしよし。これで邪魔者は居なくなったな。それじゃあ…お宝拝見タイムといくぜ。
一方その頃、青い少女はというと…
「うーん、やっぱり、緑茶のお茶請けは和菓子に限るわよねー。特にこの葛餅、泣かせるわあ。んー、甘露甘露。」
「ちょっとアリス、うちのお茶菓子、あんまりぱくぱく食べないでよ。」
「アリスイヤシー」
「イヤシー」
なんとまあ、紅白巫女とのんびりお茶を啜っていたという。
「少しくらい、いいじゃないの。お茶やお茶菓子の備蓄は少なくても、時間は無駄に有り余っているんでしょう?私と過ごす有意義な時間と、あなたのお茶とお茶菓子、トレードしましょうよ。」
「とてもじゃないけど割りに合わないということを、全力で主張させてもらうわ。」
「はふぅ、善哉には白玉だと思っていたけど、タピオカも捨てたもんじゃ無いわねー。」
「人の話を聞きなさいよ、全く!」
青い少女は知っているのだ。大きな壁にぶつかったとき、最も必要なのは、休息であるということを。
いまさら、見苦しくどうこうしようとは思わない。もう一度『むにゃ』を降霊する、それだけよ。
「ねえ、霊夢、お茶が切れちゃったわよ?」
「自分で淹れなさいよそれくらい。」
「しょうがないわねー…」
「ミコケチー」
「イレニコー」
「ケチならとっとと追い返してるわよ。ったく。」
青い少女は人形達を引き連れ急須を持って、勝手知ったる我が家、と言わんばかりに、慣れた足取りで拝殿の中へと入っていく。そして紅白巫女はそれを咎めない。本来その穢れ無き空間に信仰心を持たない者が踏み入ることは許される行為ではないはずだが、ここの神主様は、どうにも気まぐれらしい。
そう、とても、気まぐれなのだ。
「アリスーコレナンダロー」
「カミキレー」
「あら?…ふむ、なにかしらね…」
それは、お茶葉が仕舞われている戸棚の脇に落ちていた。一枚の、紙切れ。
はてさてその頃。
「ううん、どこかに隠してあると踏んだんだがなー。」
黒い少女は、部屋の中を、乱雑にひっくり返していた。
「壷の下か?」
違う
「なら、欄間の隙間か?」
違う
「うーんむ、掛け軸裏かな?」
無い
「全く、どこに仕舞ってるんだ。鬼の居ぬ間に済ませなきゃ、まずいってのに…」
ふと目に付いたのは、頭上の神棚。
「あの隙間妖怪が、神棚なんて置いてたのか。意外だぜ。」
これは臭いな。
魔力で少し体を浮かせ、神棚に置かれた御神札を手に取る。
「…大当たりってやつだぜ。」
これを手に入れた以上、もうここに用は無いな。とっととお暇するとするぜ。
「字が崩れすぎてて、今一つ紐解けないな。」
そう、手元にある御神札こそが、勝利を確実なものとする鍵であることは間違い無い。だが、それに書かれた、あまりに達筆すぎる文字が、箒に跨り決戦の地へ向けて全速力で飛ばす黒い少女を苦しめていた。
「辛うじて読めるのは…、『妖…夢 L…a 25億』『P… 上下…印 生…発…避け』『…帝…IL』か。うーん、これじゃあ、口寄せしようにも、情報が足り無すぎるぜ。」
「しかし、こういうこともあろうかと、新魔法の開発を進めておいてよかったぜ。」
黒い少女がなにやらぶつぶつと呪文の詠唱をすると、手にもった御神札に、ずずず…と彼女の魔力が浸透していく。
「読む以外にも理解する方法はあるってことさ。さあ、引き出してくれ。こいつの記憶を!」
黒い少女が見ているのは、網膜に直接照射したかのような強烈な映像の奔流。飛び乱れる凄まじい弾幕。しかしまるで、それを児戯とでも言わんばかりに、次々に撃破していく、人智を越えた、強大過ぎる、力。
「ひっ!?」
その、全ての弾幕を、遊戯人の存在を、真っ向から否定するかのような圧倒的な存在感を見せ付けられ、危うく箒から落ちかける黒い少女。二度、三度と、箒を跨ぎなおすが、どうも座りがよくない。安定しない。
なぜなら、そう。彼女は震えていたのだ。顔は青ざめ、心底、恐怖していたのだ。
その、絶対暴力とも言える程の、桁外れの強さを持つ怪物の存在に。
「は…、ははは…、ありえねぇ…。」
「なになに…『創造せし者』…『法を敷きし者』… これって、まさか…!」
青い少女は総毛立った。
「アリスドシタノー?」
「ドシタノー?」
そう、それは、言うならば幻想卿そのもの。
その想像もつかぬ、想像することすら許されぬ、超存在が、今、自分の手元にあるという事実。
「上海、蓬莱。…これは…」
「すごいぜ…」
役者は、揃った。
かくして決戦の時がやってきた。
「よお、アリス。」
「来たわね、魔理沙。」
そこには二人の少女が、決戦場所である魔法の森へ揃い踏み、不適な笑みを浮かべて向かい合っていた。
「他人事みたいに涼しい顔だな、アリスよ。今日の弾幕ごっこで完全に勝負が決まるんだぜ。」
「あなたも随分余裕そうね。だけどお生憎様、今日は負ける気がしないのよ。」
「それは奇遇だぜ。私も今日はとんでもなく絶好調なんだ。」
既に弾幕ごっこの開始時間は過ぎている。同意の上の二人の少女がここに揃っている以上、もう戦いは始まっているのだ。
しかし二人の少女は構えることもなく、まるで示し合わせたかのように、お互いにゆっくりと距離を詰めていく。
「しかし、今日はお供のお人形さんはいないのか?」
「ええ。今日はいらないのよ。全ての魔力を一点集中するために、家に置いてきたわ。」
「あいつらがいなきゃ、お前の主力スペルは使えないじゃないか。勝負を捨てたか?」
「ねえ、魔理沙。一つ忠告しておくわ。…最初から本気で来ることね。そうしないと、あっと言う間に終わってしまうから。」
「そりゃあ、お前こそだぜ。どんな手を用意してるかは知らないが、あんまり余裕たれてると、弾幕ごっこに死線を垣間見ることになるぜ。」
お互いの制空権が重なる。弾どころか、手を伸ばしても触れることのできる距離だ。
「それは楽しみだわ。それじゃあ、始めましょうか。」
「ああ。恨みっこなしの、真剣弾幕勝負だぜ!」
至近距離で睨み合っていた状態から、青い少女が後方へ移動して若干の距離をとる。
「いくわよ、魔理沙!」
「来やがれ、アリス!」
少女が言霊に魔力をのせ呪文を唱え始める。周囲の空気が重量感を伴っていく。
「口寄せ!…創造せし者、『神主、ZUN』!」
そして一気に張り詰める空気。それはとてつもないものを降霊したという証。そしてなにより、黒い少女はその名を知っていた。
「ZUNだって…!? そんなんありか!」
そう、それはこの幻想卿に命を吹き込み、法を敷いた幻想卿そのものとも言える存在。
黒い少女は舌打ちをしつつも、さらに距離を離し体制を立て直す。
「あら?さっきまでの勢いはどうしたの?」
「ふん!よくもまあ、いけしゃあしゃあと言ったもんだぜ!」
「ふふ。問題はないけどね。攻めるのは私なんだから。」
青い少女が魔力を纏った右手を掲げる。それに伴い、濃密度の魔力を含む空気の奔流が彼女を中心として大きな渦を作り出す。
「すばらしいわ。これだけ膨大な魔力流の渦中にありながらも、体には全く負担が来ない。…完全に制御できている。これが創造する力、なのね。」
「なんだそりゃあ…」
「でもまだまだ、こんなものじゃない!」
黒い少女へ向け渦の目となっていた右手を振り下ろす。
「くっ!」
強烈な突風が黒い少女に吹き付ける。そしてそれはただの空気ではない。確かな殺傷能力を備えた、弾幕の渦だ。膨大な魔力を内に秘めた空気流が、四方八方から黒い少女を巻き込み引裂かんと襲い掛かる。
「しまっ…!」
魔力流の外側へ避難しようにも、既にそこは黒い少女を中心として新たに発生した魔力の渦の中。
「あっけなかったわね。だから言ったじゃない。全力で来いって。口寄せもしないうちに終わってしまうなんてね。」
「… … … ……!」
黒い少女が何かを言っているようだが、その声は魔力の渦の外までは届かない。
「私の勝ちよ!魔理沙!」
渦の中心部で魔力同士が擦れあう激しい閃光と金切り音を伴いつつ、一気に収束する。
「…え?」
青い少女は目を見開いた。なぜならば、そこに被弾して堕ちていく黒い少女の姿が確認できなかったからだ。
「こっちだぜ。」
「!? いつのまに…どうやって?」
「ふふ。さすがだ。死中に活とはよく言ったもんだが、まさかこんなことが出来るとは思わなかったぜ。渦の中に自ら飛び込んで、魔力の流れに逆らわず共に周り、外周から飛び出るなんて、な。」
それは一歩間違えれば、いや、指先一つ分ほどの体裁きのミスが、そのまま決着に繋がる危険な賭け。それを、黒い少女はやってのけたのだ。正確には、今黒い少女の体を共有している天帝が、だが。
「超越しているわね。それがあなたの遊戯人?」
「ああ。すごいだろ。」
「まさかアレを避けるなんてね。だけど、いつの間に口寄せしたのかしら?」
「渦に飲まれる瞬間さ。ギリギリだったぜ。…聞こえて無かったなら、もう一度改めて宣言しておくぜ。」
黒い少女が胸に当てた手を握り、青い少女を見据えて言い放つ。
「口寄せ!…破壊せし者、『天帝、GIL』!」
「! …なるほどね。」
「不足はないだろ?」
「楽しくなってきたわ。」
お互いに見つめあう二人の少女。今の攻防だけで、とてつもなく超越的なレベルの戦いであろうことが大いに察せるが、二人の口元はやはりまだまだ余裕を感じさせる笑みを浮かべている。
「ところで、そのスペル、初めて見るな。そんな強力なのを、たった一日で用意したのか?」
「まあ、そんなとこかしら?ただし、今のはまだ正確にはスペルカードじゃなくて、ただの通常弾幕よ。」
「んなアホな。」
「私に降霊している神主の力、それはすなわち『創造する』力。今この瞬間、なんの変哲も無いはずの通常弾幕から、新たなスペルが創造されている、ってことよ。それも、とびっきりのね!」
「なんだそりゃ、ルール違反じゃないか。スペルを増やすなんて、反則もいいとこだぜ。」
「いいえ、私が今回使うスペルは、この一つ限り。全ての魔力をこの弾幕に注ぐ。」
「なに?たった一つだと?私を舐めてるのか、アリス。」
「舐めてるのはどっちか、今にわかるわよ…それじゃあ、今更だけど、スペルカード発動宣言をしようかしら。」
「…ほお!」
「ずっとね、名前を考えていたの。どんな名前にしようか…。スペルカードは、名前を与えられて初めてその本当の力を発揮できる。画龍点睛の如く。だから、いろいろ考えたわ。でもね、やはりこれには、この名前しかない。」
「へえ…どんな名前をつけたのか、気になるぜ。」
「無限の変化を繰り返し、創造し続ける弾幕のスペルカード。即ち…」
少女の周囲の空気が再び重量感を帯びる。先程よりもさらに広域に渡り、より濃厚な魔力密度を以って。
「『幻想卿』…発動!」
言霊を放つと同時に、周囲のあちこちから火花が散る。スペルカード宣言と同時に、少女を囲うように魔力によって形作られた力場。それが、あまりにも高密度に圧縮されているため、ショートしかかっているのだ。
「増幅器も持たずに即座にこれだけの魔力を放出できるのかよ。全く冗談じゃないぜ。」
感嘆の声を上げながらも、この比類なき強大な力を前にして、しかし楽しそうに唇の端を吊り上げる黒い少女。なぜなら、喜んでいるのだ。強敵との出会いに。その全力を以ってしても尚ままならぬ程の、好敵手との出会いに。彼女の内にある天帝が、心底、喜び猛っているのだ。それがそのまま、魂レベルで共有する黒い少女にも伝わっているのであろう。青い少女もまた、常人なら即座に押しつぶされそうなほど強力な力場の最中に居ながら、涼しい顔で黒い少女を見つめている。
「だが、それがいい。天帝が吼えてるぜ。こんなのは、初めてだ。楽しくて堪らない…ってな。」
「私も似たような気持ちよ。さあ、休んでいる暇はないわよ!」
青い少女が集めた魔力を両掌に込め、黒い少女目掛けて宙を駆ける。だが黒い少女は動かない。迫り来る圧力すら意に介さず、むしろ渇望するかのように、見定める。刹那の間も無く、日光すら凌駕するほどの光量を伴う極大の魔力が、黒い少女の目の前で炸裂した。
黒い少女は精錬された無駄の無い体裁きで弾幕を縫う。まるで踊るように楽しげに。ほぼ零距離から炸裂した無数の弾幕を綺麗にいなす。
「なんだそりゃあ、止まって見えるぜ!」
「あらそう?…だけど果たして、目で追い切れない物までも…」
直後、背後、いや、周囲全方位から聞こえる無数の炸裂音。いったいどれほどの魔力を込めていたというのだろうか。炸裂弾から派生した大量の弾幕が第一波と同等の規模で一斉にさらに炸裂する。
「…避けきれるかしら!?」
全方位から波涛の如く隙間無く押し寄せる弾幕。
「だが、甘いぜ!」
体制を低く構え、最も密度の低い、だが決して薄いとは言えぬ弾幕の間を縫い、一気に正面へと抜ける。残るは、後方の死角から迫る弾幕のみ。素早く振り返り、即座に弾幕の位置と進路を確認する。
「ははっ。まるで線を引いたように、弾幕がどこをどう通るかがわかるぜ。こりゃあいいや。」
複雑に入り乱れながら高速で飛来する弾幕。しかし黒い少女はそれも難なく避けていく。
「へぇ…。これだけの弾幕を受けて、無傷とはね。」
「もちろん、これで終わるわけじゃあないだろう?」
「当たり前よ。言ったでしょう。いくら強力であっても、馬鹿の一つ覚えじゃ意味が無いわ。だけどこの『幻想卿』は、術者である私の想像の範疇すら超えて、新たな弾幕を創造し、常に変化し続ける!」
「ああ、それでいい!出し惜しみするなよアリス!」
次々と強力な弾幕を創造し、それに加え力場の修復すらも行いつつ、絶え間無く黒い少女に畳み掛ける青い少女。
それがどれ程に強力な弾幕であろうとも、全てかわしてのけ、更に僅かな隙を見つけては青い少女の纏う力場に攻撃を加え、それを削り取っていく黒い少女。
展開された弾幕を悉く避け、力場が損傷すればすぐさまに修復する。二人の少女の戦いは、弾幕ごっこの常識を遥か超越した次元で完全に均衡し、その勝負はただただ平行線を辿る。
だが、青い少女のが数十回目の弾幕を創造しようとした時、試合が動いた。
「なんだそりゃあ、アリス!やる気あるのか!弾幕が急にお粗末になったぜ!?」
そう、先ほどまで青い少女が放ち続けていた難解かつ凶悪な弾幕が、突然統制を乱し、単調なものへと変化したのだ。だが如何にお粗末とは言っても、それは比較対象がおかしいからであり、例えばほとんどの遊戯人ならば、その凄まじさに舌を巻くだろう。例えるなら、嵐。弾幕の嵐だ。
「うぐ…!」
「どうした?」
「魔力の、制御が…!」
見れば、乱れていたのは弾幕だけではない。青い少女を護る力場が、激しく揺らめき、不安定になっている。長時間に渡る強大な魔力の連続、多重制御。尋常ならざる集中力を要するはずだ。普段青い少女が人形達に回している魔力を己一人に還元したことと、生粋の魔法使いであるということで、魔力残量にはまだ余裕がありそうだが、それを制御する術を失いかけている。
「そりゃ、チャンスだぜ!こっちも、魔力が尽き掛けててちょっとやばかった所だ。魔力をセーブして避けに専念していれば、私の勝利は確実だな!楽しい時間が終わるのは少し残念だが、この勝負、私の勝ちで…」
言いながら、吹き荒ぶ弾幕の嵐を巧みにかわす黒い少女。だが、そこで一つふと思いつき、言葉を中断する。
そう、このままいけば、黒い少女の魔力切れより先に青い少女の力場は制御を失い崩壊し、黒い少女に軍配が上がるだろう。しかし、あれだけの高密度に圧縮された魔力で構築された力場だ。それが暴走したら、一体どうなるのか。おそらくは、魔力が暴走したことで、その身に宿す神主の力を維持できなくなる。そして、青い少女がこの膨大な魔力によって形作られた力場の中でも活動が可能な理由は、力場の中の少女がいる位置に、神主の安地を『創造する』力が働いているからだ。もしそれが消えて、その上、その力場が術者を巻き込んで暴走してしまえば…
「やばいぜ…このままじゃ…!」
黒い少女が、この状況を打開するにはどうすればよいものかと、考えを巡らせる。
「…そうだ!」
黒い少女が思いついた案はこうだ。自分が勝負を降りて闘争の範囲から逃亡すれば、青い少女は弾幕を閉じ、力場の制御だけに集中するだろう。そうすれば、なんとかなるかもしれない。
だが、それは無理だ。敵前逃亡など黒い少女の中の天帝が決して許さない。だからと言って、降霊を解除すれば、天帝の力は失われる。そうなれば、無防備な黒い少女だけがこの凄まじい弾幕嵐の中に放り出されることになる。結果など考えるまでも無い。黒い少女はその案が実行不可能であることを悟り、目の前の青い少女が、もしくは自分が、またはその両方が、無残に散る光景を想像する。
「くそおお!」
黒い少女の脳裏に浮かんだ最悪のビジョンは、青い少女もまた同時に見ていたようだ。必死に歯を食いしばり、魔力の制御に全神経を注いでいる。だが、このままでは双方詰むのは時間の問題だ。
「魔理沙…、逃げて…!は、やく…! あなた…だけ、でも…!」
逃げろと言いながらも弾幕の展開を止めないのは、止めないのではなく、止められないのだ。どうやら、もはやその制御すら、完全に失いつつあるらしい。そして、青い少女の放ったその言葉を聞くにつけ、黒い少女が目を見開く。
「馬鹿野郎!気を散らすな!そのまま保て!」
黒い少女が助かるためには、青い少女に早々に暴走してもらったほうが都合が良い。だが、そうなれば、青い少女は己を護るはずの力場から一変、無秩序な暴力へと姿を変えた膨大な魔力の奔流に、押しつぶされることになるだろう。
「…死なせない!そんなことになってたまるかあ!」
「魔…理…沙ぁ…!」
「諦めるな!…たった一つだけ、二人とも助かる方法がある!」
極限の状況下で黒い少女が見出した活路。それはあまりにも無謀。そしてあまりにも困難。だが、それしかない。青い少女の力場に飛び込み、その内側から残された全魔法力を爆発させ、今にも青い少女を飲み込まんとしているその力場を、相殺する。だが、そんなことが、果たして出来るのか。今にも枯渇しようとしている黒い少女の魔力では、その全てを以ってしても、あれだけ巨大な魔力塊の前では、あまりにも小さく頼りない。だが、迷っている暇は無い。このまま弾幕を避け続けていたら、それだけで、残りの魔力は完全に底をついてしまうだろう。そうなっては、なにもかもが手遅れになってしまう。
「ま…り……に…げ…!」
いかに強力な遊戯人を降霊していようとも、本体はあくまで少女達自身だ。既に青い少女は魔力の制御も、黒い少女は魔力残量も、限界域へと突入している。もはや、猶予は無い。
「うわああああああ!!」
叫びともとれる咆哮と共に、箒の柄を握りなおした黒い少女がその魔力を振り絞り、青い少女へ向けて最大加速する。次の瞬間、ついに被弾する。一発。二発。これだけの高密度の弾幕の中を、その中心部に向けて高速で接近しようというのだ。如何に内なる天帝の神がかり的な技を以ってしても、被弾は免れない。だが、そんなことは今は気にしていられない。
「うぐっ!」
三発。四発。
魔力の消耗を少しでも抑えるため、体をガードする最低限の結界すら閉じた。まともに被弾の衝撃を受けた体が悲鳴をあげる。しかしそれを気合で騙し騙し、尚もスピードを上げ青い少女の力場へと突き進む。
「おおおおっ!」
ついに黒い少女が青い少女の纏う力場へと突入した。だがそれは究極とも言えるほどに高められた魔力の塊。激しい痛みが黒い少女を襲う。
「ぐぅ…あああああああ!!」
「!…まり…さ…」
「はぁっはぁっ…アリス!」
息も絶え絶え、黒い少女は、青い少女に抱きつくようにして、今にも潰れそうな安地に滑り込んだ。
「私に掴まれ!」
「で…も、制御…が!」
「いい!私を信じろ!こんな力場…お前がいつも馬鹿にしている私の馬鹿力で、吹き飛ばしてやる!」
「…でも…」
「それに…もしだめだったとしても、一人じゃないぜ、アリス。」
「!!…まり…さぁ…」
黒い少女はミニ八卦炉を頭上に掲げる。
「八卦炉…頼むぜ…!さあ!アリス!力場を手放して、私に掴まれ!」
「…うん!」
黒い少女の腰に腕を回してがっしりと掴まる青い少女。それと同時に、辛うじて保たれていた力場が崩壊をはじめる。黒い少女が、頭上に翳した八卦炉に、もてる全ての魔力を注ぎ込む。そしてついに、二人の少女を包む安地がその範囲を狭め始める。
「南無三!いくぜ!」
青い少女は、その声を聞きながら、ぐったりと黒い少女の胸に顔をうずめていた。その目から零れた一しずくは、決して、絶望でも、後悔によるものでもなかったに違いない。
「…ファイナル…スパアアアアアアアアアアク!」
二人の少女の希望を込めて、光が、爆ぜた。
「う、ううん… …はっ!? い、生きてる。生きてるぜ!おい、アリス!無事か!?」
未だもうもうと立ち込める煙の中、手を動かし、足を動かし、頬を抓り、自分の生還を確信した黒い少女がもう一人の少女の姿を探す。と、そこに、青い少女が這うようにして現れた。極限の恐怖と疲労からか、腰が砕けているが、それでも五体満足での生還が確認できた。
「あうう…なんとか、生きてるわ…。」
「ほっ。良かったぜ。私との弾幕ごっこの最中に死なれたら、寝覚めが悪いからな!」
黒い少女が心底ほっとしたという風に、その場にどかっと腰を下ろす。だが、対照的に、青い少女の目は、険しい色を見せている。
「…馬鹿っ!」
「な、なんだよ。」
「なんで…逃げなかったのよ!なんだって、あんな無茶するのよ!」
「まあ、助かったんだから、いいじゃないか。」
「自分の命を賭けてまで、あんなとんでもない勝負に出るなんて…。あなた、ほんとに、馬鹿よ…」
「そう馬鹿馬鹿言うなよ。」
「馬鹿…!」
「わっと、おいおい…」
またも黒い少女の胸に顔をうずめる青い少女。溢れ出るとめどない涙。黒い少女は、黙って青い少女の頭を、慈しむように撫で続けた。
「なあ、おい、その、なんだ。アリス、そろそろ…」
黒い少女の胸に顔を押しつけ、押し殺した嗚咽を漏らしていた青い少女は、はっと顔を上げる。
「ぐすっ。ふ、ふん、だ!…とにかく、あれよ、ほら。ルール通り、私の勝ちよ!」
「お前…割と元気だな…」
呆れた、とばかりに黒い少女が溜息を吐く。
「…まあ、そうだな。」
生身での被弾に加え、底を突きかけていた魔力を振り絞って放出したことによる過負荷。黒い少女は、そこからくる酷い気だるさに苛まれる体をマッサージしつつ言葉を続ける。
「負けだ負けだ。お前の勝ちだぜ。理由はどうあれ、私が先に折れたんだ。言い訳はしない。それに、あの時お前の魔力が暴走しなければ、逆に私が魔力切れで負けていたんだろうしな。」
しばしの間、疲れた表情で、ただ黙々とマッサージを続ける黒い少女。それを見ながら、青い少女がおずおずと口を開く。
「…ねえ、魔理沙。」
「うん?」
「…やっぱり、今日の勝負はなかったことにしない?」
「なんでまた。」
「やっぱり、あなたに勝ちを譲ってもらったみたいで、スッキリしないもの。それに…」
「…今回の遊戯人は、ごっこでやるには、ヤバすぎるってことか…。確かに、私達には過ぎた力だ。あんなとんでもないものを扱おうとしていたなんて、今から考えるとゾっとしないぜ。」
「ええ。認めたくないけど、認めるしかないわ。魔理沙の判断がなければ、間違いなく…取り返しのつかないことになっていた。」
「…だろうな。私に感謝しろよ。」
「…ありがとう。 だからさ、時を改めて、お互い別の遊戯人を探して、もう一回、弾幕ろ?」
「お前がそれでいいなら、いいさ。願っても無いぜ。」
ただ、黒い少女を真っ直ぐに見詰める、青い少女。
「魔理沙…」
そのいつもとは雰囲気の違う瞳を、ただ見つめ返す黒い少女。
「アリス…?」
無意識の内に、黒い少女をじっと見つめていたことに気づき、恥じ入って話を逸らしにかかる青い少女。
「あ、ああ、そうだ。…次の勝負、すぐじゃなくても、いいよね?」
「ん?ああ。少し、謹慎しとくのもありだよな。」
「うん。」
「そう、それは良かったわ。」
「誰だ!?」
「誰!?」
声のした方を見れば、紅白巫女が二人の少女のもとへ降り立ったところだった。
「霊夢じゃないか。なにが良かったんだ、って、アリス、顔青いぞ。」
「これで、私も、なんの遠慮もなくあんた達をお仕置きできるわ。ねぇ、アリス?」
「れ、霊夢…」
「お仕置きって…話がよく見えないぜ。」
「それはね…」
「霊夢、説明する必要は無いわ。どうせ釈明の余地は無いんだから。」
突如、紅白巫女の声をさえぎるように、言い放たれたもう一つの声。同時に、黒い少女の目の前の空間が揺らぎ、開いたスキマから一人の少女が出てくる。
「ゆ、紫!?」
「魔理沙。話は藍から聞いたわ。随分、好き勝手な真似をしてくれたわねえ。人の物を勝手に持ち出すわ、人の式や式の式をいじめるわ、人の家のふすまに大穴開けるわ…」
「最後の私のせいじゃないぜ!藍に胸に手をあててよく考えろって言っとけ!」
「アリスといい、魔理沙といい…。あんた達には、きっついお仕置きが必要ね。」
「ええ。あなた達、きっかり落とし前はつけさせてもらうわよ。」
「う、うぐ…」
「あうぅ…」
黒い少女には、いざとなったら開き直ればいい、青い少女には、使い終わった後でこっそり返せばいい、というそれぞれの思惑があったのだが、現行犯現場を押さえられ、決死の弾幕ごっこの直後で疲弊したこの状態では、もはやそれもままならない。
黒い少女が青い少女に目配せする。
『やれるか?少しは回復したか?』
それに応じて、こくりと頷く青い少女。
『そうでもないけど、やるしかないでしょ?必要最低限の魔力のみで力場を展開して、速攻でカタをつければ、なんとかなるはずよ。』
お互いの意志を確認し、もう一度頷きあう、二人の少女。
無言のアイコンタクトは成立し、そして活路は開かれた。
「口寄せ!…創造せし者、『神主、ZUN』!」
「口寄せ!…破壊せし者、『天帝、GIL』!」
かに思われた。
「…あら?」
「なんだ?なにも起こらないぜ!?」
狼狽しながら何度も口寄せの呪文を繰り返し唱える二人の少女。
「無駄よ。だって、ねぇ、霊夢。」
「ええ、紫。今、天帝と、神主様は…」
「「私達に、降霊しているんだもの。」」
「「!?」」
「天帝の力と、その意味。考えもせず、振った罪は、限りなく重いわ…。」
「神主様の力を、くだらない喧嘩なんかに持ち出すなんて、罰当たりもいいとこよね…。」
迫り来る恐怖に顔を引き攣らせながらも、青い少女は己に付き従う人形達に指示を出す。
「ほ…蓬莱!上海!グランギニョル呼んで!今すぐ!」
しかし、反応なし。
「え、あ…家に置いてきたんだった…」
「何やってんだよ!」
一瞬前に見せた抜群のチームワークはどこへやら。所詮は付け焼刃の悲しさであろうか。
「う、うるさいわね!…口寄せ!悪しき欲望と傀儡の権化、『むにゃ』!」
「バカアリス!そんな状態で、さっきのアレが相手なんだぜ!いくらなんでも相手になるわけないだろ!」
「じゃあどうしろってのよ!」
「どうしろったって…い、祈れ!祈るんだ!こんな理不尽がまかり通るわけがない!…神様!」
…音信不通。
「仏様!」
…静観。
「魅魔様!!」
…居留守。
「もう、どんきちでも誰でも良いから助けてくれ!」
…受理!
「あ。」
「あなたこそなにやってんのよお!」
「どんきちこのやろおおおお!」
ええ!?俺が何したって言うんですか!?
「ヤル気満々ってわけね…ちょうどいいわ。天帝。まだ、暴れ足り無いでしょう?もう少しだけ、力を使わせてあげるわ。」
「神主様。幻想卿の秩序を乱さんとしたこの者達に、神罰代行の許可を。」
それは、二人の少女に対する、明確な処刑宣告。
もはや戦意など毛程も残っていない二人の少女には、ただ肩を寄せ合い震える事くらいしか、できることなどあろうはずもない。
「ま、待て!お願い待って!話せばわかるぜ!?」
「そ、そうよ!話し合いましょう!ね?ね?」
顔は半ベソ、声は裏返っているという、普段の気丈さからは到底考えられぬ程に動転した二人の哀願。
それを見た紅白巫女とスキマ少女は、にっこりと笑ってこう言った。
「ふふ。ねえ、霊夢、今にも泣き出しちゃいそうよ、あの子達…」
「それはかわいそうね。それじゃあ…一緒に遊んであげましょうか。」
「「~~~~~~~~~~~~~~~~っっっ!!!」」
処刑、執行─────
その日、魔法の森には二人の少女の悲しげな悲鳴がしばらく木霊し続けていたという。
かくしてきついお灸を据えられてしまった二人の少女。
一度は己の身を以って思い知り、更に駄目押しをお腹一杯喰らい、十分に懲りたか。
さすがにもう、同じ愚を繰り返すことはないだろう。
そして、そうであることを切に願う。
破壊する天帝の力と。創造する神主の力。
その二つが、何千分の、何千万分の一かの確率で、同じ日、同じ時、同じ場所に揃っていたからこそ、最悪の事態は免れた。
もし、その条件が、欠けていたならば
もし、その破壊の力を受け止め得る、創造の存在がなかったとしたらならば
今日こそが幻想卿の命日になっていたのかもしれないのだから…
或いは、黒い少女が天帝が口寄せしようとしている事を知った神主が、その少女と近しい青い少女に自らを降霊させたのかもしれない。
だがそれも結局は予測の話。
全ての記録は残されず、全ては幻想卿だけが知っている。
幻想卿は今日も今日とて、呆れるほど寛大に、全てを許容し続けていた。
さらに極めつけは神主様と天帝をぶつけるとは!
どんきちさん…あんたすげぇお人だ・・・
特に遊戯人がなんだかよかった。その設定を引き継いだ作品を書いて欲しい。是非。
勿論斬新な斬り口で。
そしてこの設定・・・・
輝いています・・・
特によかったのは甘ぁ~い部分・・悶えました。
氏には是非一度甘々なのにも挑戦していただきたかったりします。
妖々夢3面Lunaが脳内に広がったのは私だけでしょうか?
神主や天帝と戦うとは、無茶しやがって…(AA略
一発ネタっぷりがたまりません。
ここに書いた事自体が初めてですよ。 一言で言えばGJ!
そしてどんなときでも召喚OKな遊戯人、どんきち氏に萌え。
コソーリ自分にも降臨して欲しいとか考えてたり・・w