Coolier - 新生・東方創想話

「蒼き風走る(零)・マヨヒガへ」

2005/05/07 09:47:49
最終更新
サイズ
3.98KB
ページ数
1
閲覧数
741
評価数
2/22
POINT
980
Rate
8.74
 夕暮れ時を、春風が吹き抜ける。
 
 太陽がその体を沈め、そして徐々に闇が訪れる。

 その光景を目にしながら、逢魔が刻と呼ばれる瞬間を、その男は待っていた。
 
 山深い林道の四つ辻。

 地元の人々からは、「神隠しの森」と恐れられ忌避されている場所。
 
 鎮守の為か、または警告の為建てられたのか。
 
 苔が積もる小さな祠の隣に、蒼いオフロードバイクを止めたまま、男は煙草に火を点す。

 バイクの荷台には、一抱え程の大きさの荷物が載せられている。

 闇が深さを増していく中、男の煙草の火だけが蛍火のように灯り続けている。

 夜雀の声が響き始めた。

 男は丑寅の方角にのびる道へ目を向ける。

 鬼火が見えた。

 蒼く、紅く、それは男を誘うように揺れ動く。

 男は鬼火に向かって呟いた。

「春になったから、また来たよ」

 その返事かどうか、鬼火がある形を成す。

 炎火の、九つの尾を持つ四足の獣。それは人の言葉で男に語りかけた。

「お前も物好きだな。我らが何時も機嫌が良いとは限らんぞ」

 男は臆する事無く笑いながら答える。

「まあ、今度の土産も気に入ってもらえると助かるんだけどね」

 獣が男に命じる。

「ついて来い。その自慢の馬で」

 男は携帯灰皿を取り出し煙草の火を消した。

 祠の側に止めていたバイクに男は跨り、ヘルメットを被る。

 点火キーを捻り、エンジンを始動させる為のセルスイッチに指をかけ押した。

 騎手のひと蹴りを受け鋼の馬が目を覚ます。

 重く響く咆哮が、宵闇に包まれた森をざわめかせた。

 獣は、ゆっくりと走り始める。その後を男の乗る馬が続く。

 空気が濃さを増していく。

 男が知る「日常」とは異なる風が吹く。

「境界」を越えた証だ。

 獣は速度を上げ、地に脚を着ける事無く宙を走る。

「始めから、飛ばしすぎじゃないかい」
 
 男も愛馬のアクセルを開ける。

 金属の駆動音が、擦れ合う鋼の息吹が、車輪に力を与え大地を駆ける。

 時には引き離され、時には併走し、じゃれ合う様に炎火の獣と鋼の馬の奇妙な疾走は続く。

 
 夜空に上弦の月が昇る。


 山肌に刻まれた峠を、静かに流れる小川の側を、草深く茂る獣道を、男は愛馬と一体となり駆け抜ける。

 
 どの位走り続けただろう。

 やがて、目的地が見えてきた。
 
 だが、その目の前に横たわるのは、底知れぬ程の深い谷。

 たった一本、古い丸太の橋が架けられている。その幅は約30センチ、長さは10メートル程度か。

 獣は、その橋の中程に飛び乗り、男を誘う。

「越えてみろ。できないのなら逃げ帰れ」

 橋の手前で男はバイクを止める。

 男は知っている。

 ここで逃げれば確実に命は無い。獣を恐れて身を潜めていた妖怪達が、自分を骨一本残さず喰らい尽くすだろう。

 しかし。


「目の前まで来て、今度も難題が来ると思ってたよ」

 
 男はバイクをアクセルターンで旋回。そして橋から10メートルほど離れ、助走距離を取る。

「幻想郷に入り浸る物好きが、この位で怖気ずくと思うなよ。御狐様」

 男はアクセルを開け、馬に拍車を入れる。

 加速が風をはらみ男を包む。

 その風を体に取り込み鋼の馬が唸りを上げる。轟音が夜を切り裂く。

 車輪が、その牙を大地に刻み付け、そして。


 人と機械が、月光を浴び宙を舞う。

 
 橋の上では、その光景に驚きつつ目で追う獣がいた。


 谷を飛び越え土煙を上げながら、男と馬は着地する。

「どうだい、人間もなかなかやるだろう? 」

 
 男の問いかけに獣が答える。

「まさか、飛び越えるとは思わなかった。もう試す気は無い」

 獣の目が、男とその後ろに建つ影。男の目的地、マヨヒガを見つめる。

「で、今回の土産は何だ」

 男は笑みを浮かべ答える。

「御狐様には立花のお稲荷さんのお重。その式殿にはモンプチ30缶。そして」


 マヨヒガを眺め、男は言う。


「ここの主殿には銘酒『百年の孤独』壱樽。高かったんだぜコレ、今回も気に入ってもらえると嬉しいな」

 獣は呆れ気味に呟く。

「やれやれ、本当に物好きだな、お前は」
 
 そして男に話しかける。

「では、宴を始めよう。私の主もお前の土産に興味津々の様だ。運が良ければ明日の朝日を拝めるだろうさ」

 男は答える。自分の明日の運命か。それともこれから始まる宴の事か。それは、男のみが知る。

「ああ、楽しみだな」

 そして、マヨヒガにて宴が始まった。明かりに照らされ障子に浮かび上がるのは、人間と、人に転じた妖怪達の影。

 何故、男はマヨヒガを知り、そして幾度も訪れるのか。


 その話は、またどこかで。

 
 四辻に魔が集うその刻に。

「終」


 

 
 
 

 

 

 

 
 
 えー、2回目の投稿になります。沙門です。あれっ、マヨイガが正しいんだったっけと思いながらも、まあいいや、と筆を置きます。人が機械の力を使い、幻想郷に入り込む。私はバイク乗りなので、今回こんな話を作ってみました。ちょいと気取りすぎたかな、と反省しつつ、でわでわ。

05/07/26 タイトル及び文章修正。
沙門
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.840簡易評価
4.60名前が無い程度の能力削除
マヨヒガは歴史的仮名遣いというやつで
現代仮名遣いならマヨイガ、とその程度の違いで敢えて言うならマヨヒガのほうが正しいかな

結界越えは主殿のお力ですかね
最後の引きは単発なのか続きものなのか気になりますが
続きがあるなら期待してます
7.無評価沙門削除
>結界越えは主殿のお力ですかね
 
 ご感想、ありがとうございます。今朝、妖々夢でマヨヒガで良いことを確認しました。
 結界越えは、主殿の仕業です。今のところ、旨い酒を持ってくる物好きな餌、くらいにしか思われていないので、主人公に未来があるか未定ですが、過去の話はほぼ出来あがっているので、完成したら投稿します。
 でわ、どうぞ今後ともよろしくお願いいたします。
14.無評価名無し削除
この主人公、妖怪に殺される時も只ではやられないって感じがします。
カッコいいんで続き期待しています。
17.無評価沙門削除
>この主人公、妖怪に殺される時も只ではやられないって感じがします。

ご感想、ありがとうございます。そうですね、たぶんしぶといです。ゴキブリ並みに。今回の話は妖々夢のエキストラステージをモチーフにしています。弾幕はありませんが。次の話は、ほのぼの系に・・・なったらいいな。でわでわ。
24.80名乗ることが出来ない程度の能力削除
かっこしぶい。