夕暮れ時を、春風が吹き抜ける。
太陽がその体を沈め、そして徐々に闇が訪れる。
その光景を目にしながら、逢魔が刻と呼ばれる瞬間を、その男は待っていた。
山深い林道の四つ辻。
地元の人々からは、「神隠しの森」と恐れられ忌避されている場所。
鎮守の為か、または警告の為建てられたのか。
苔が積もる小さな祠の隣に、蒼いオフロードバイクを止めたまま、男は煙草に火を点す。
バイクの荷台には、一抱え程の大きさの荷物が載せられている。
闇が深さを増していく中、男の煙草の火だけが蛍火のように灯り続けている。
夜雀の声が響き始めた。
男は丑寅の方角にのびる道へ目を向ける。
鬼火が見えた。
蒼く、紅く、それは男を誘うように揺れ動く。
男は鬼火に向かって呟いた。
「春になったから、また来たよ」
その返事かどうか、鬼火がある形を成す。
炎火の、九つの尾を持つ四足の獣。それは人の言葉で男に語りかけた。
「お前も物好きだな。我らが何時も機嫌が良いとは限らんぞ」
男は臆する事無く笑いながら答える。
「まあ、今度の土産も気に入ってもらえると助かるんだけどね」
獣が男に命じる。
「ついて来い。その自慢の馬で」
男は携帯灰皿を取り出し煙草の火を消した。
祠の側に止めていたバイクに男は跨り、ヘルメットを被る。
点火キーを捻り、エンジンを始動させる為のセルスイッチに指をかけ押した。
騎手のひと蹴りを受け鋼の馬が目を覚ます。
重く響く咆哮が、宵闇に包まれた森をざわめかせた。
獣は、ゆっくりと走り始める。その後を男の乗る馬が続く。
空気が濃さを増していく。
男が知る「日常」とは異なる風が吹く。
「境界」を越えた証だ。
獣は速度を上げ、地に脚を着ける事無く宙を走る。
「始めから、飛ばしすぎじゃないかい」
男も愛馬のアクセルを開ける。
金属の駆動音が、擦れ合う鋼の息吹が、車輪に力を与え大地を駆ける。
時には引き離され、時には併走し、じゃれ合う様に炎火の獣と鋼の馬の奇妙な疾走は続く。
夜空に上弦の月が昇る。
山肌に刻まれた峠を、静かに流れる小川の側を、草深く茂る獣道を、男は愛馬と一体となり駆け抜ける。
どの位走り続けただろう。
やがて、目的地が見えてきた。
だが、その目の前に横たわるのは、底知れぬ程の深い谷。
たった一本、古い丸太の橋が架けられている。その幅は約30センチ、長さは10メートル程度か。
獣は、その橋の中程に飛び乗り、男を誘う。
「越えてみろ。できないのなら逃げ帰れ」
橋の手前で男はバイクを止める。
男は知っている。
ここで逃げれば確実に命は無い。獣を恐れて身を潜めていた妖怪達が、自分を骨一本残さず喰らい尽くすだろう。
しかし。
「目の前まで来て、今度も難題が来ると思ってたよ」
男はバイクをアクセルターンで旋回。そして橋から10メートルほど離れ、助走距離を取る。
「幻想郷に入り浸る物好きが、この位で怖気ずくと思うなよ。御狐様」
男はアクセルを開け、馬に拍車を入れる。
加速が風をはらみ男を包む。
その風を体に取り込み鋼の馬が唸りを上げる。轟音が夜を切り裂く。
車輪が、その牙を大地に刻み付け、そして。
人と機械が、月光を浴び宙を舞う。
橋の上では、その光景に驚きつつ目で追う獣がいた。
谷を飛び越え土煙を上げながら、男と馬は着地する。
「どうだい、人間もなかなかやるだろう? 」
男の問いかけに獣が答える。
「まさか、飛び越えるとは思わなかった。もう試す気は無い」
獣の目が、男とその後ろに建つ影。男の目的地、マヨヒガを見つめる。
「で、今回の土産は何だ」
男は笑みを浮かべ答える。
「御狐様には立花のお稲荷さんのお重。その式殿にはモンプチ30缶。そして」
マヨヒガを眺め、男は言う。
「ここの主殿には銘酒『百年の孤独』壱樽。高かったんだぜコレ、今回も気に入ってもらえると嬉しいな」
獣は呆れ気味に呟く。
「やれやれ、本当に物好きだな、お前は」
そして男に話しかける。
「では、宴を始めよう。私の主もお前の土産に興味津々の様だ。運が良ければ明日の朝日を拝めるだろうさ」
男は答える。自分の明日の運命か。それともこれから始まる宴の事か。それは、男のみが知る。
「ああ、楽しみだな」
そして、マヨヒガにて宴が始まった。明かりに照らされ障子に浮かび上がるのは、人間と、人に転じた妖怪達の影。
何故、男はマヨヒガを知り、そして幾度も訪れるのか。
その話は、またどこかで。
四辻に魔が集うその刻に。
「終」
太陽がその体を沈め、そして徐々に闇が訪れる。
その光景を目にしながら、逢魔が刻と呼ばれる瞬間を、その男は待っていた。
山深い林道の四つ辻。
地元の人々からは、「神隠しの森」と恐れられ忌避されている場所。
鎮守の為か、または警告の為建てられたのか。
苔が積もる小さな祠の隣に、蒼いオフロードバイクを止めたまま、男は煙草に火を点す。
バイクの荷台には、一抱え程の大きさの荷物が載せられている。
闇が深さを増していく中、男の煙草の火だけが蛍火のように灯り続けている。
夜雀の声が響き始めた。
男は丑寅の方角にのびる道へ目を向ける。
鬼火が見えた。
蒼く、紅く、それは男を誘うように揺れ動く。
男は鬼火に向かって呟いた。
「春になったから、また来たよ」
その返事かどうか、鬼火がある形を成す。
炎火の、九つの尾を持つ四足の獣。それは人の言葉で男に語りかけた。
「お前も物好きだな。我らが何時も機嫌が良いとは限らんぞ」
男は臆する事無く笑いながら答える。
「まあ、今度の土産も気に入ってもらえると助かるんだけどね」
獣が男に命じる。
「ついて来い。その自慢の馬で」
男は携帯灰皿を取り出し煙草の火を消した。
祠の側に止めていたバイクに男は跨り、ヘルメットを被る。
点火キーを捻り、エンジンを始動させる為のセルスイッチに指をかけ押した。
騎手のひと蹴りを受け鋼の馬が目を覚ます。
重く響く咆哮が、宵闇に包まれた森をざわめかせた。
獣は、ゆっくりと走り始める。その後を男の乗る馬が続く。
空気が濃さを増していく。
男が知る「日常」とは異なる風が吹く。
「境界」を越えた証だ。
獣は速度を上げ、地に脚を着ける事無く宙を走る。
「始めから、飛ばしすぎじゃないかい」
男も愛馬のアクセルを開ける。
金属の駆動音が、擦れ合う鋼の息吹が、車輪に力を与え大地を駆ける。
時には引き離され、時には併走し、じゃれ合う様に炎火の獣と鋼の馬の奇妙な疾走は続く。
夜空に上弦の月が昇る。
山肌に刻まれた峠を、静かに流れる小川の側を、草深く茂る獣道を、男は愛馬と一体となり駆け抜ける。
どの位走り続けただろう。
やがて、目的地が見えてきた。
だが、その目の前に横たわるのは、底知れぬ程の深い谷。
たった一本、古い丸太の橋が架けられている。その幅は約30センチ、長さは10メートル程度か。
獣は、その橋の中程に飛び乗り、男を誘う。
「越えてみろ。できないのなら逃げ帰れ」
橋の手前で男はバイクを止める。
男は知っている。
ここで逃げれば確実に命は無い。獣を恐れて身を潜めていた妖怪達が、自分を骨一本残さず喰らい尽くすだろう。
しかし。
「目の前まで来て、今度も難題が来ると思ってたよ」
男はバイクをアクセルターンで旋回。そして橋から10メートルほど離れ、助走距離を取る。
「幻想郷に入り浸る物好きが、この位で怖気ずくと思うなよ。御狐様」
男はアクセルを開け、馬に拍車を入れる。
加速が風をはらみ男を包む。
その風を体に取り込み鋼の馬が唸りを上げる。轟音が夜を切り裂く。
車輪が、その牙を大地に刻み付け、そして。
人と機械が、月光を浴び宙を舞う。
橋の上では、その光景に驚きつつ目で追う獣がいた。
谷を飛び越え土煙を上げながら、男と馬は着地する。
「どうだい、人間もなかなかやるだろう? 」
男の問いかけに獣が答える。
「まさか、飛び越えるとは思わなかった。もう試す気は無い」
獣の目が、男とその後ろに建つ影。男の目的地、マヨヒガを見つめる。
「で、今回の土産は何だ」
男は笑みを浮かべ答える。
「御狐様には立花のお稲荷さんのお重。その式殿にはモンプチ30缶。そして」
マヨヒガを眺め、男は言う。
「ここの主殿には銘酒『百年の孤独』壱樽。高かったんだぜコレ、今回も気に入ってもらえると嬉しいな」
獣は呆れ気味に呟く。
「やれやれ、本当に物好きだな、お前は」
そして男に話しかける。
「では、宴を始めよう。私の主もお前の土産に興味津々の様だ。運が良ければ明日の朝日を拝めるだろうさ」
男は答える。自分の明日の運命か。それともこれから始まる宴の事か。それは、男のみが知る。
「ああ、楽しみだな」
そして、マヨヒガにて宴が始まった。明かりに照らされ障子に浮かび上がるのは、人間と、人に転じた妖怪達の影。
何故、男はマヨヒガを知り、そして幾度も訪れるのか。
その話は、またどこかで。
四辻に魔が集うその刻に。
「終」
現代仮名遣いならマヨイガ、とその程度の違いで敢えて言うならマヨヒガのほうが正しいかな
結界越えは主殿のお力ですかね
最後の引きは単発なのか続きものなのか気になりますが
続きがあるなら期待してます
ご感想、ありがとうございます。今朝、妖々夢でマヨヒガで良いことを確認しました。
結界越えは、主殿の仕業です。今のところ、旨い酒を持ってくる物好きな餌、くらいにしか思われていないので、主人公に未来があるか未定ですが、過去の話はほぼ出来あがっているので、完成したら投稿します。
でわ、どうぞ今後ともよろしくお願いいたします。
カッコいいんで続き期待しています。
ご感想、ありがとうございます。そうですね、たぶんしぶといです。ゴキブリ並みに。今回の話は妖々夢のエキストラステージをモチーフにしています。弾幕はありませんが。次の話は、ほのぼの系に・・・なったらいいな。でわでわ。