二人の賛意が得られた事に、レティは大きく頷いた。
「……さて、始める前に一つ提案があるわ」
「何?」
「勝敗についてよ。
半荘3回勝負の総計で私かチルノのどちらかが貴方達二人を上回れば私達の勝ち。
そして勝者は敗者を一日自由に扱える権利を得る……というのはどう?
無論そちらが勝った場合に関しては、現金でも何でも好きに決めて貰って構わないわ」
「随分と強気に出たものね、例えば『血を寄越せ』とか、それこそ『死んでくれ』等でも受けるという事かしら?」
レミリアが威圧するかのような視線を送る。
が、レティはそれに些かも動じた様子を見せなかった。
「勿論よ」
「へぇ……」
感心したように頷いたのは幽々子。
「分かったわ。その条件飲みましょう」
「って、勝手に決めるんじゃないわよ!」
「別に良いじゃないの、元々お金が欲しくて打ってる訳でも無いのだし。
……それとも貴方は違ったのかしら? だとしたら失礼したわ」
「!? きさ「うきぃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」
その挑発的な台詞に激昂しかけたレミリアだが、それを遮るかのような甲高い叫びが響き渡った。
「このブルジョアが!! 寝惚けた事ほざくのはこの口か!? ああ!? しばくぞ!?」
声の主……アリスはどこから持ち出したのか、巨大なハリセンを片手に幽々子へと詰め寄った。
流石の幽々子もこれは予想していなかったのか、ただうろたえる一方である。
「え、ちょ、な、なんなの?」
「きぃーーーー! 自分がどれだけ酷い事を言ったのかも分かってないと言うの!?」
「こ、こら、やめろ! 別に幽々子もお前が貧乏だとかそういう意味で言った訳じゃないだろ!」
「うきぃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」
思わず止めに入った魔理沙だが、それが逆効果となったのか、更にアリスは憤る。
今日の彼女は、沈んだり切れたりと忙しい事この上無い。
カルシウムのみならず色々と足りてないのだろう。
「大体あんたも悪いのよ!!」
「わ、私か!?」
「この間だって知らない間に誓約書とか書かせたじゃないの!」
「あ、あー、あれは、その、まぁ、ほんの悪戯心というか」
「悪戯であんな目に遭わされたら溜まったもんじゃないわよ! お陰で私は食費すら削る羽目になってるのよ!?」
「そ、そいつは悪かった、すまん。謝る。だから落ち付け」
「謝罪で済むなら裁判所なんていらないわよ!」
「み、民事は勘弁してくれ!」
いつの間にかアリスの矛先は魔理沙へと変わっている。
そんな光景を、5対の目が沈黙を保ちつつ見つめていた。
その視線は、呆れたようなものから戸惑ったものまで様々である。
「……ああもう!! だったらどうしろって言うんだよ!!」
「な、何よ! 逆切れするつもり!?」
「やかましい! そもそも最近のお前にゃ冷静さが欠けてんだよ!
何が都会派魔法使いだ! 次から豪快派魔法使いにでも変更しろ!」
「それはあんたの事でしょうが!! そもそも毎回、誰のせいで冷静さを失ってると思ってるの!」
「ああ? 私のせいだってのか!?」
「他に誰がいるのよ!」
『……また始まったね』
『いつもの事とは言っても、ねぇ』
『こうも毎日見せられると反応に困るよね』
『うん。二人とも、いい加減に気付かないのかなぁ』
「……どうやらあんたは言葉じゃ理解できないようね」
「そいつはこっちの台詞だ。その愚かさ、身体に教え込ませてやるぜ」
お互いの胸倉を掴んでいた手を離し、距離を取る二人。
そして、同時にポケットから一枚のカードを取り出した。
「さようなら魔理沙。貴女の儚い人生は今ここで終わるわ。墓もないわよ」
「ほう、中々センスの良い駄洒落だな。座布団の代わりに棺桶を進呈してやるぜ」
軽い言葉とは裏腹に、二人の表情は真剣そのものである。
どうも、行き着くところまで行ってしまった模様だ。
「グランギニョル座の 「ブレイジング
「やめなさぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああい!!」
詠唱を止めたのは、霊夢の素晴らしき一喝だった。
比喩ではなく、本気で部屋が揺れた程の大音量である。
「くぉぉぉぉぉぉ……」
「み、耳が、耳が……」
耳を押さえて座りこむ二人を、霊夢が憤怒そのものの表情で睨みつける。
「あんた達っ!! ここをどこだと思ってるの!!」
その剣幕に押されたのか、言われる前に自ら正座するアリスと魔理沙。
こんな所まで阿吽の呼吸だった。
「ど、どこって言われても」
「博麗神社……だよ、な?」
「違うっ!!」
「「違うの!?」」
霊夢は首を振ると、ばしんと足元の畳を引っぱたく。
「ここは弾幕ごっこをやる場所じゃないの! 麻雀をやる場所なのよっ! 分かってるの!?」
「「は、はい!」」
「いいや、分かってない! あんたらには少しここのルールって物を教えてやるわ!」
そう言うと、二人の襟首を掴んでは、何処かへと引き摺っていった。
レティはこの日初めての驚きの表情を見せていた。
「何なのアレは……」
普通、ルールについて話し合うだけで、こんな事態が引き起こされる等とは誰も思わない。
だが、残念な事に、ここは普通の概念で捉えられる場所では無かった。
「ああ、外野は気にしないでいいわよ」
「そうそう、こんなのいつもの事よね」
レミリアも幽々子も、別段変わった様子は見られない。
即ち、その言葉は真実だという事なのだろう。
「どいつもこいつも、バカばっかりねー」
何が楽しいのか、ケタケタと笑うチルノを横目に、レティは気合を入れ直した。
「(やはりこいつらはマトモじゃないわ。早い段階でケリを付けるべきね……)」
「……ここよ」
二人は、とある離れの一室へと放り込まれた。
「(い、いったい何をされるの……?)」
アリスは恐怖に慄きながら、その室内を見渡す。
殆ど何も置かれていない、がらんとした和室。
ただ一つ、部屋の中央に置かれた真新しい雀卓だけがやたらと目立っていた。
「言ったでしょう、うちは麻雀をする所だって……。
だからあんた達には麻雀で決着を着けてもらうわ。ここはその為の部屋よ」
「そ、そういう事か。あんまり脅かすな……」
「た だ し!」
ほっと息をついた魔理沙をあざ笑うかのように、霊夢が言葉を紡いだ。
「この部屋には特別な結界が張られてるわ。
一度入ったが最後。勝負にケリがつくまで、私以外は決して外へは出られない。
そして、敗者は決着が着いた後も……」
「な、なんですって!?」
「お、おい! 冗談じゃないぞ!」
「当たり前よ。こっちだって冗談のつもりは無いもの。じゃ、せいぜい頑張りなさい」
その言葉を最後に、ぴしゃり、と襖が閉じられた。
「「ま、待て!」」
二人は慌てて襖を押し開きにかかるが、まるで縫い付けられたかの如く、ぴくりとも動かなかった。
しばらくの間、開かずの襖と延々と格闘を繰り広げていた二人だが、
微塵も開く気配を見せない襖の前に匙を投げたのか、今は床へと座り込んでいた。
「こりゃ駄目だな……」
「……そうね……霊夢がああ言った以上、恐らく私達じゃどうすることも出来ないわ」
魔理沙は不貞腐れたように床へと寝転んだ。
「ったく、何だって私がこんな目に遭わなきゃいけないんだ」
「何よ、私のせいだって言うの?」
「当たり前だろうが、後先考えずにブチ切れやがって。巻き添え食らわされる身にもなってみろってんだ」
「乗ってきたのはあんたでしょ。責任転嫁しないでよ」
「あ?」
その言葉に、魔理沙はゆっくりと身体を起こす。
「その言い草……お前にゃ反省って言葉を教える必要があるな」
「失礼ね。そんなもの未来永劫必要ないわよ」
呼応するようにアリスも立ち上がると、さっと距離を置く。
二人の間に緊張感が漂い始めた。
「ほう、そうかそうか。弾幕り合いたいんなら黙って仕掛けりゃ良いものを」
「弾幕り合う? 少し勘違いがあるようね。
あんたを打ちのめすのに、弾幕も人形も必要ないわ」
アリスの姿が視界からかき消える。
「!?」
魔理沙は本能的に、身を反転させて飛び退った。
直後、今まで立っていた場所に、ずがんと鈍い音を立てて、アリスの足がめり込んだ。
「この……足だけで十分よ」
アリスは身軽な動きで立ち上がると、片脚を軽く持ち上げた独特の構えを取る。
「舐めるなよ……」
体勢を立て直した魔理沙は、顎の下に両手を置くと、体をやや前傾気味にして少しずつ距離を詰める。
「はぁっ!!」
先に動いたのはアリスだった。
目にも止まらぬ速さの蹴りが魔理沙を襲う。
一発、二発、三発、四発、五発……
一つ一つ、確実にブロックしていた魔理沙だが、余りの勢いの前に、少しずつガードが崩れ始めた。
当然、そんな隙を見逃すアリスではない。
「そこっ!!」
「ぐうっ!」
強烈な前蹴りが放たれた。
ガードの隙間を縫うように放たれたそれは、魔理沙の腹部へと強烈にヒットする。
たたらを踏んで後退する魔理沙。背中には壁の感触。
「これで……とどめよ!」
逃げ場を失った魔理沙に向けてアリスが再度の蹴りを放つ。
「(左ハイか?……いや、これは違う!)」
頭部へと迫り来る蹴り足。
だが、魔理沙はそれを無視するかのようにガードを中段へと下げた。
「本命は……こっちだ!」
アリスのハイキックが空を切るとほぼ同時に、逆の足から繰り出される中段蹴り。
しかし、それは魔理沙にがっちりと受け止められていた。
「!?」
「甘いぜアリス!」
魔理沙はそのままの状態で、体を一回転させて床へと倒れこむ。
当然、足を掴まれたままであるアリスも、引きずり込まれるように倒された。
「くぅっ!?」
「まだまだ、本番は……こいつだっ!」
間髪入れずに、アリスの足を独特の形へと極める。
そして、自らの右足をアリスの右足の上へと置いた。
「っっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっ!!!!」
絶叫が室内に響き渡った。
「形成逆転、だな」
「っっっっっぁぁぁぁぁぁぁぁあああ!!」
「痛いだろう。だからさっさとギブアップしちまえ」
「ぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ」
アリスは苦悶の表情を浮かべながらも、首を横に振る。
「強情な奴だな、この技は侮ってると大変な事になるぜ?」
「そ、そんなの……分かってるわよ……ぅぅぅぅぅぅ」
四の字固め……そのネーミングと、地味な見かけに惑わされてはいけない。
使用者の力量によっては、容易く骨を折る事も可能なデンジャラスホールドなのだ。
だが、アリスの心は折れなかった。
「その……対抗手段もねっ!」
キッと魔理沙を睨みつけたかと思うと、勢い良く体を回転させ、そして上体を起こした。
「なっ!? ……くぉぉぉぉぉぉおおおおお!!!」
今度は魔理沙が絶叫する番だった。
「形勢再逆転、ね。
四の字固めは裏返せば仕掛けた者がダメージを受ける……それくらい知らないとでも思ってたの?」
「なんてこったぁあ!! アレはギミックじゃなかったのかあああ!!」
「それは今の魔理沙が一番良く分かってるでしょう? さぁ、参ったと言いなさい!」
「ぬぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
魔理沙は気力を振り絞って、己の身体に力を込める。
再び二人の身体が裏返った。
「いっ!? ぁぁぁぁああああああ!!」
「形成再々逆転……だ!」
「ま……まだよっ!」
「ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「ぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!」
「ぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
「ぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!」
反転しては絶叫、絶叫しては反転。
一体、何回繰り返された事だろうか。
「「……」」
二人は横向きの体勢で固まっていた。
その目は虚ろで、生気というものをまったく感じ取れない。
「……あ……ありす……もう……わたしの……まけで……いいから……はずして……くれ……」
「……さっき……から……はずそうと……おもってたけど……あしが……うごかないの……」
「……わ……わたしもだ……ぜ……」
「……」
「……」
再び沈黙が訪れる。
本日未明、博麗神社内にて二体の死体が発見された。
死因は四の字固めによる悶死。
現場の状況から、無理心中を図ったものと推測される。
第一発見者、R・Hさんの証言。
「二人とも良い友人でした……でもまさか、こんな事になるなんて……」
当局は、原因についてさらに詳しく調査を進めている。
「(そ、そんなゴールは嫌だ! やり直しを要求する!)」
魔理沙は脳内に浮かんだ三面記事を必死に振り払った。
「い、いいか、アリス。何とか、こいつを、解いてみせる。
だから、少しだけ、体勢を、戻すぞ。痛い、だろうけど、我慢しろ」
「わ、わかった、わ」
返事を確認すると、ゆっくりと身体を仰向けに戻す。
「っっっっっ!!!!」
途端に、絶叫が漏れ出した。
「い、いたい、いたいよぅ、まりさぁ」
「す、すまん、もう少しだけ、我慢、してくれ」
「う、うう……」
ぽろぽろと涙を流しながら必死に耐えるアリス。
魔理沙は思い通りに動かない足を、気力のみを持って少しずつ横へとずらす。
「っっっ!! いたい! いたいぃぃ!」
「くっ……こ、のっ!」
そして最後の力を振り絞って、右足を持ち上げ畳へと投げ出した。
「……はぁぁぁぁぁ……」
訪れた開放感に、思わず息が漏れた。
天に感謝を捧げつつ、自由になった右足を使って、絡まったままである残りの足を解く。
ようやくこれで、お互いの身体は自由となった。
感覚のなくなっていた左足がじんじんと痛み出してきたが、それもじきに収まるだろう。
「おい、アリス。生きてるか?」
「……」
「……アリス?」
「……」
へんじがない。ただのしかばねのようだ。
「……っておい! 冗談じゃないぞ!?」
慌てて上体を起こそうと試みるが、どうも腹筋にまで限界が来ていたのか、まったく身体に力が入らなかった。
止むを得ず、うつ伏せに体勢を変えると、匍匐前進でアリスへと近づいた。
何とも間抜けな光景であるが、本人は必死である。
「お、おい、アリス! 死ぬな! 四の字固め殺人なんてギャグにもならないぞ!」
ピクリとも動かないその体に向けて、大声で呼びかける。
「……うるさい、わね。人を、勝手に、殺さないで、よ」
途切れ途切れではあったが、確かに言葉が返って来た。
叫びすぎたのだろう、その声は掠れていた。
「はぁ……」
安堵のため息をつく。
とりあえず最悪の事態は回避されたようだ。
「足……いたい……」
「馬鹿、当たり前だ。さっさと降参すりゃいいものを、意地張りやがって」
「……」
流石に堪えているのだろうか、いつものように言い返しては来なかった。
「(……ったく)」
二人はしばらくの間、黙って足の回復に専念した。
その甲斐あってか、何とか体を起こす程度までには復活したようだった。
「さて、これからどうする?」
「……そんなの決まってるじゃないの」
アリスは、この狭い部屋の中でただ一つだけ存在を誇示していたもの……雀卓まで移動する。
「元々最初から選択師なんて無かったのよ」
「……だろうな」
魔理沙は大げさなジェスチャーで返すと、その対面へと陣取った。
「でもルールとかはどうしたら良いのかしら」
「あー、これがそうじゃないか?」
見ると、卓上に一枚の紙が置かれていた。
< 時と精神と雀鬼の間 概要 >
一つ 二人打ち専用の事。
一つ ランダム生成ルールを採用の事。
一つ ……
「……ご丁寧なこった」
その微細に書き込まれた内容に、思わず呆れる。
「わざわざ結界まで張るくらいだし……霊夢ってこんなに精力的だったかしら」
「さあな……」
二人は気付かない。
紙の最後に、極小の文字でこう書かれていた事を。
なお、対戦中に起きた事故等に関して当局は一切の責任を持ちません。がんば(はぁと)
by ゆかりん
時間は三十分程さかのぼる。
「んー……少し脅しすぎたかしら」
霊夢は帰路の道中、思わず独り言を洩らした。
実は、先程の結界の件に関しては少し誇張して説明していた。
決着が着くまでは出られないというのは本当の事だが、
敗者が閉じ込められたままというのは大嘘。
終わりさえすれば、あの結界は自動的に解かれるようになっている。
というかそんな事をした所で何のメリットも無い訳だし。
「それにしても……」
「すっかりマスターが板について来たわねぇ」
突如、背後からかかるお馴染みの声。
無論それに驚いたりはしない。
そろそろ現れる頃だと予感していたからだ。
「誰のせいだと思ってるのよ」
「さぁ?」
「ったく……で、今日は何の用よ」
「んー、別に用は無いんだけど……なんとなく面白そうな物が見れそうな予感がした、って所かしら」
「そんなもの無い。帰んなさい」
「あらあら。そう言われるとますます帰りたくなくなるじゃないの」
「……本当に困った奴ね」
冷徹な台詞も、当の相手……紫にかかっては、逆効果でしかなかったようだ。
「あー、そうそう。あの部屋、初の使用者が出たわよ」
「へぇ、大丈夫かしらねぇ」
「大丈夫かしらって……あんたが作ったんじゃないの、あそこ」
「……」
「そこで黙るな!」
「やーね、ほんのお茶目よ。大丈夫、死にはしないわ。……多分」
「多分!?」
そんなやり取りを交わしつつ、二人は本殿へと入る。
既に卓上は場所決めへと移行していた。
どうやら先程のルールは採用された模様である。
「先程って言われても、私には何の事だかサッパリなんだけど」
「こら、地の文を読むんじゃないの」
「硬い事言わないの……ん?」
「紫?」
何やら紫が怪訝そうな表情を浮かべる。
その視線の先には、例の黒幕の姿があった。
「あれは……」
「へ? 知り合いなの?」
「……いえ、気のせいよ」
「(だって、あいつは……)」
東家 レティ
「アリアリの25000持ちで30000返し。特殊ドラや割れ目焼き鳥とかは無しで良いわね」
南家 幽々子
「結構よ。インフレ麻雀は好きじゃないもの」
西家 レミリア
「……」
北家 チルノ
「いんふれって何?」
解説 霊夢&紫
「「……解説?」」
東一局
一順目
「(さて、あの強気は虚勢かどうか……)」
レミリアはゆっくりと手牌を開く。
二三四(6)(6)白白白発発発中中
「(……はぁ?)」
声に出さなかったのは立派であると言えたろう。
何せ配牌から大三元テンパイである。
もし誰かが中を落とせば、その段階で終了という恐ろしい局面だ。
「何ぼーっとしてるのよ、貴女の番よ」
「え、あ、ああ」
幽々子に促され牌をツモる。6筒。
「(……あ、まさか!?)」
思わず手拍子で切り捨てる所を、何とか押さえ込む。
冷静に考えてみれば、こんな常軌を逸した配牌が、何らかの介入無しに来るとは思えない。
これは間違いなく誰かが意図的に積み込んだ配牌であろう。
そしてその相手は、賽を振り、配牌の山を積んだ親でしか有り得ない……即ち、レティだ。
しかし、その牌は今レミリアの手元へと来ている。これはどういう事か。
先程レティの振った賽の目は10。
その数値が何を意味しているのか……レミリアは理解していた。
「(ふふ、笑わせてくれるじゃないの)」
どんな表情をしているのかと思い、対面を窺ってみるが、
そののレティはというとポーカーフェイスを保っている。
「肝だけは据わってるようね……まぁいいわ。今回だけは許してあげましょう」
「……」
ニヤリと笑いつつ、改めて6筒を切り捨てる。
「ロン!」
たちまちレミリアの表情が驚愕に歪む。
「な、んだと?」
「これって人和って言うんだよね? かー! 私ってば強すぎー!」
無邪気に喜んでいるのは……チルノ。
「ククク……」
そんな様子を見て、レティはくぐもった笑いを上げた。
「貴様……!」
「悪いけど、貴女を試させて貰ったわ。今回だけは許してくれるんでしょう?」
「くっ……」
「まぁ、こんな簡単に引っ掛かるくらいなら試す必要も無かったんでしょうけどね」
<解説席>
「ねぇ、今のどういう事なの? 何か高度な駆け引きっぽいけど、さっぱり意味分かんないわよ」
「仕方ないわねぇ、少し解説してあげるわ」
そう言うと、紫は隣の卓へと移り、牌を積み始めた。
「三元爆弾という積み込みは知ってる?」
「自分の手に大三元に近い手を送り込むって奴でしょ?」
「その通り。細かい手順は省くとして、大事なところだけ説明するわ。
まずこの積み込みは基本的に親にしか出来ないという事。その理由は……」
賽を手に取り、転がす。出目は5。
「自分の山から配牌を取る必要があるからよ。だから基本的にサイコロの目は5になるわ」
「9でも良いんじゃないの?」
「それだと4枚しか操作できないでしょ。
例外として6を出しても積んだ三元牌のうち6枚は自分に来る上に
他の3枚がバラバラに他家に流れるからからこれもアリなんだけど……」
再び賽を振りなおす紫。今度の目は10。
「最悪なのがこれ。積み込んだ牌がすべて対面に行ってしまうパターンよ」
「って、今のがそうじゃないの?」
「そうよ。だから彼女も賽振りをミスしたと判断したんじゃないかしら。でも結果はこうなった」
「偶然……じゃないわよね」
「でしょうね。恐らくこれは二重……いえ、三重に仕掛けられた罠よ。
恐らくは三元爆弾を仕掛けると同時に、氷精さんへの積み込みも同時に行っていたんでしょう。
出目が10なら下家が取る牌の内、10枚は自由に操れるわ」
「それに加えてチルノの山と幽々子の山にも手を加えた、と。
ついでに当たり牌をレミリアに出させるオマケ付き……そんな事出来るもんなの?」
「不可能では無い……でも限りなく不可能に近いわ。それこそ四槓子を上がるより難易度の高いイカサマね」
怒気を振りまきつつ、点棒を投げ捨てるレミリア。
それを偉そうに受け取るチルノ。
再び表情を消すレティ。
そんな目の前の様子を眺めつつ、幽々子は思案に暮れていた。
「(予感的中という所かしら)」
どうやら先程感じていた不安が現実のものとなったようである。
今の一局は、『この程度の事なら簡単に出来る』という意思表示だったのだろう。
今後、どのような手を仕掛けてくるのか……想像するだに恐ろしい。
が、それと同時に高揚感が湧き上がるのも確かだった。
「楽しい夜になりそうね」
「台詞を取るな!」
「つーか、まだ昼だし」
東四局
10順目
出鼻を挫かれたこともあり、イマイチ流れに乗り切れなかった幽々子だが
ここに来てようやく勝負手となっていた。
「(来たわね……)」
三三三六六六八北北北 白白白
8萬ならトイトイ三暗刻ホンイツ白ドラ2で倍満。7萬でも満貫確定である。
出来れば倍満が欲しいところだが、この際贅沢は言わない。
「ねーレティ、今日の晩御飯なに?」
「そうね、久しぶりにみぞれ鍋にでもしましょうか」
「アレかぁ、じゃ雪取ってこないとね」
「(雪?……じゃなくて、また通してるわね……)」
二人の間で交わされてるたわいも無い会話。
だが、その言葉に何かしらのサインが隠されている事は明白だった。
それを証明するかのように、チルノの切った2索であっさりとレティが上がる。
「あ、それロン。平和のみよ」
「やっすい手ねぇ」
「ふふ、ごめんね」
「白々しい……」
レミリアが憎らしげに吐き捨てる。
「(例え分かっていても……証明する手段が無い以上は止める事は出来ないのよ。
貴女もそれくらい分かっているでしょう?)」
等と思っては見るものの、幽々子としてもこの状況が面白い筈もない。
せめて、そのサインが何を示しているのかでも分かれば反撃の手立ても浮かぶのだろうが、
二人の会話からは今だ共通点を見出せないのである。
「……南入ね」
<解説席>
「心理戦が展開されてるっぽいけど……傍から見てるだけじゃサッパリだわ。あんたは分かる?」
「……」
「紫?」
怪訝に思い横を向くと、何やらスキマに顔を突っ込んでる紫さんの姿が見えた。
下半身だけ露出した姿が実に鬱陶しい事この上無い。
「……」
思わず七年殺しを慣行したくなる衝動に駆られる。
「お願い……それだけは止めて」
「何だ、聞こえてるんじゃないの」
「ちょっとあちらさんの様子が気になったのよ。霊夢も見てみない?」
振り向いた紫がくいくいと手招きをした。
「ん、見るわ」
特に断る理由も無いという事で、倣ってスキマへと顔を突っ込んでみる。
もやもやとした空間の向こう側に、魔理沙とアリス……らしき姿がぼんやりと映っていた。
「もう少しはっきり見えるようにならないの?」
「んー、それは簡単だけど、見てる事が向こうに気付かれると困るでしょ?」
「……それもそうか」
二人並んでスキマに上半身を突っ込んでる姿は間抜けそのものなのだが、
幸いにも、その姿を見ている者はいない。
『……しろ』
『……った、わ』
丁度、向こう側の声が耳に入った。
どうやら音声の方はいくらかクリアに届くようだ。
「? 何か揉めてるみたいね」
「そうみたいねぇ、どうしたのかしら」
興味をそそられたのか、霊夢と紫は更に身を乗り出して耳を凝らす。
『い、いたい、いたいよぅ、まりさぁ』
『す、すまん、もう少しだけ、我慢、してくれ』
「「……」」
二人は、何事も無かったかのように体を戻した。
心無しか、顔が赤い。
「やっぱり覗きって良くないわよね」
「今日ばかりは同感ね」
紫は頷いてスキマを閉じる。
これを最後に、離れの様子が窺われる事は無かったそうな。
南四局
サクサクと場は進み、あっという間にオーラスと相成った。
肝心の得点状況はと言うと、
一位 レティ 45300点
二位 チルノ 33500点
三位 幽々子 11800点
ケツ レミリア 8400点
以上。
氷精コンビの前に完膚無きまでに叩きのめされているといった感じである。
「(こうなれば……止むを得ないか)」
レミリアは決意する。
これまで使用していなかったレミリアの能力、運命操作。
ムキになるのも大人気ないという理由であったのだが、こうも好き放題やられては黙ってはいられなかった。
脳内に形成された擬似フローチャートを正確に、そして素早く手繰る。
「(……あった!)」
そして、ある一つの可能性を引き寄せた。
七順目
「(……よし、来た)」
一九19(1)東東南西北白発中
国士無双、テンパイ。
無論、すべて「予定通り」のものである。
後は9索が出るのを待つのみ。
観測した所によれば、それは少なからずとも近い未来に出る筈であった。
……そう、出る「筈」だ。
数分後。
「テンパイ」
「テンパイ」
「ノーテン」
「……テンパイ」
結局、その局に9索が出る事は無かったのだ。
「(何故だ……まさか奴らに干渉能力がある訳も無いの、に?)」
そこで、以前同じような現象があったのを思い出す。
あの時の犯人は……。
「まさか!?」
一人ノーテンだった幽々子の牌を、有無を言わさず引っくり返す。
三五六4556(7)(8)(9)(9)(9)(9)
「またお前か!!!」
流石にこれには我慢の限界が来たのか、レミリアは幽々子を怒鳴りつけた。
「またって何よ! しょーがないでしょ!」
別に幽々子は、最初から殺すつもりで9索を抱えていた訳ではなかった。
中盤になり、レミリアが国士狙いなのを確信した段階になってから、立て続けにツモったものだったのだ。
それを切り捨てる事が出来ない以上、この結果は当然である。
……もっとも、その局面になってツモる事自体が幽々子の能力の一つであるのだが、
これには幽々子本人も気が付いてはいなかった。
次局、早々にレティがツモ上がりし、あっさりと一戦目は決着となった。
氷精組の大勝である。
「ふぅ……二回戦の前に少し休憩しましょうか」
「えー? 別にいーじゃん。 こんな弱っちぃ連中なんてさっさと片付けちゃおーよ」
「「……」」
チルノの大言にも、二人は返す言葉を持たなかった。
勝負は結果がすべてなのだから。
結局、しばしの休憩と相成り、室内の空気が弛緩したものと変わる。
「(……話がある、境内まで来い)」
「……へ?」
脱力し、卓に突っ伏していたたれゆゆこに、極めて小さな声が届いた。
顔を上げると、既に声の主……レミリアの姿は無い。
レティとチルノは何やら霊夢達と喋っているようで、こちらを気にした風もないようだ。
「……」
幽々子は立ち上がり、そっと部屋を出た。
境内に下りて、何とも無しに周囲を見渡す。
今にも振り出してきそうな空模様。
それはまるで、自分の未来を暗示しているかのように感じられた。
呼びつけてきた相手……レミリアはすぐに見付かった。
立ち並ぶ樹木の一つに寄りかかり、腕組みなぞをして思案中のようだ。
日傘の必要がないこの天気は、彼女にとっては良い天気の範疇なのだろうか、等と考えつつ声をかける。
「来たわよ」
「……」
「聞いてるの?」
「……」
「もしも~し?」
「……あの黒幕とやらは只者じゃない」
レミリアは、ようやくといった感じで口を開いた。
「おまけに運命操作もあんたに邪魔されて効果なしと来た」
「だからアレはわざとじゃないって言ってるじゃないの」
「分かってる。それにもう使うつもりも無い。それでは奴らに勝ったとは言えない……そんな気がするわ」
「……まぁ、同感ね」
「それだけならまだしも、あのチルノとかいう氷精がまた厄介極まりない。
コンビ打ちなのは分かりきっているのに、それを止める手立てが無いんだから……一つを除いてね」
「……一つ?」
「……」
レミリアは答えない。
いや、答えたくはあるのだが、何かが邪魔しているという所か。
難しい顔をして頭をぽりぽりとかく。といったリアクションからも、それが見て取れる。
「……あの日の借りはまだ返していない。でも、こういう状況じゃそうも言ってられないわ。
だから、本当に仕方なくだけど、その」
「そうね、手を組みましょう」
「私と手を……へ?」
「コンビ打ちにはコンビ打ちで対抗。それが唯一で絶対の手段。そういう事でしょう?」
「……そ、そうよ」
先に言われた事が悔しいのか、やや膨れっ面で言葉を返すレミリア。
「そうと決まれば、のんびりもしていられないわ。当面の作戦を立てましょう」
「……ええ」
「(……やっぱりこいつは苦手だ)」
率先して語る幽々子を見ていると、そんな感想が浮かんだ。
普段は何も考えていないようなのに、肝心な所になると、誰よりも早く正確に答えを導き出し
その上で、あえて迂遠な索を取るという矛盾ぶり。
どうしてもっとストレートに事を運ばないのだろうと思う事しきりだった。
にも関わらず、今回は先に言われてしまった。
人がせっかく決意したというのに、あっさりと機先を制してくれる。腹立たしい事この上無い。
思えばあの日以来、いつもこんな調子ではぐらかされてきた気がする。
要するに、何から何まで自分の天敵と呼べる存在なのだ。
「(……でも)」
だからこそ、手を組むとなれば、これ以上頼もしい存在も無いのも事実だった。
小難しい感情はこの際、棚に放り投げておく。
この憎らしい亡霊への対抗策は、あいつらを叩きのめしてから考える事にしよう。
二人は手早く作戦について纏め上げる。
この辺りは、元々頭の切れる彼女らにとって、容易な事であった。
「……大体こんな所ね」
「OK。じゃ戻るわよ。あまり長居もしていられないわ」
「あ、ちょっと待って」
「何よ?」
「ほら、少しの間でもパートナーになるんだから、やる事があるでしょ」
等と言いながら、片方の手を差し出す幽々子。
「……本当に、仕方なくよ?」
「はいはい」
レミリアはぶつぶつと呟きつつも、その手を握り返す。
今ここに、期間限定の幻想郷最強コンビが誕生した。
続編期待してます。では ノシ
…と思ったらしっかりと2段目でコケさせられました。
以下チラシの裏
昔、身近に脱臼した人がいる
続きが実に楽しみでありまする。
けど、レミリアと幽々子の最強コンビも誕生して分からなくなってきましたね…。
続きが非常に楽しみです。
黒幕の2つ名(違)が証明される日が来ましたな
【霊夢vs紫】のサシ内容も見てみたいです。
#徹夜麻雀にて四暗刻やられました、何かの予感か!?
黒幕強いですねぇ。
チルノがいついっぱいいっぱいになるか楽しみです。
しかし妖々夢の一面コンビが紅妖の二帝を蹂躙するとは、こんな話他じゃちょっと見られない。
続き、お待ち申しておりまする。
個人的にはれみりゃとゆゆ様の絡みが堪りません。いいなぁこの二人。
自分も霊夢さまのもとで麻雀したい
ちゃんと役満でも逆転できないようになってた配慮に乾杯ww