幻想郷の一角にある薄暗い森の中、その少女達は道に迷っていた………。
「ああ、もう!山菜取りに来ただけなのにどうしてよっ!」
「………………道に迷うのは妖怪の所為なのって誰かが言ってた気がするわ。」
何度も来たことのある森のはずなのに。
今日はいつもと雰囲気が違って見えた。
「怖い事言わないでよ、ただでさえ不気味な感じがしてるのに。」
「ところで、なんで私たち迷ってるの?」
「いきなり話を変えないでよ…………」
ふと少女は奇妙な感覚に襲われた。
先の見えない螺旋の階段を降りて行くような感覚に。
「私たちが迷うべくして迷ったなら、私たちの運命はどうなるんだろうね?」
「知らないわよ、あんたもうちょっと会話しなさい。」
「あら、山田さんごきげんよう。」
「山田さんってだれよ!」
「見えないの?ほら其処にいるじゃない。」
「頼むから私と会話して。」
強気で正気を保とうとする少女は理解していない。
煙に巻くことで正気を保とうとする少女を。
多分なにかがあれば二人の正気などすぐに消え去ってしまうであろうことを。
――――――――そもそも今日という日はおかしかったのだ。
――――――――色々と。
「あー、すまんが二人ともあすこの森までぜんまいをつんできてくれんかな?」
里長の何気ない一言。
よくよく思い返してみればなにか別の意味を含んでいるようにも思える。
その言葉に一人はこくりと頷き、もう一人はしぶしぶといった感じで了承した。
何故、この二人が行かなくてはならなかったのか?
別に、二人とも何ら変わった所など無い少女なのに。
――――――――何処かのメイドのように時を止められるとかならともかく。
少女達は知らない。知ってはいけない。
少女達が里を出た後、里中が重苦しい雰囲気に包まれていたことを。
「ええと、私たちどっちから来たんだっけ?」
「里から見てこの森は東にあるから………」
「東ね!」
「………西よ。」
沈黙。
「で、西ってどっち?」
「わかれば苦労はしてないわね。」
はぁ、と少女はため息をついた。
ふぅ、と少女は空を見上げた。
「もう夕暮れじゃないの!急いで帰らなきゃ!」
「帰れればね。」
「道に迷ったら人に聞く!」
「誰に?」
沈黙。
「あんたに?」
「解りません。はい御仕舞い。」
昔から少女達はずっと一緒だった。それこそ生まれたときから。
―――――――忌まわしい双子。
少女達は常にそう呼ばれていた。
だから。
だから気付くべきだった。
最近になって里の人間が二人に優しく接し始めた時点で。
気付くべきだった。
だが、二人は気付くには幼すぎた。
気付いたとしても。
既に遅すぎた。
時は夕暮れを通り越し、夜になろうとしていた。
西の空は、まだ、紅い。
世界が、暗転した。
「もう、夜なの?」
「………そうみたい。でも、まだ星すら出てないわ。」
闇よりも尚深い夜。
二人は気付かない。
異常はもう始まってるという事に。
とっくの昔に開始されてるという事に。
「でも、月はでてるわ。」
「月のとこだけ雲が晴れてるのかしら?」
「さっきの夕焼けは快晴だったけど?」
「良い夜よね。お二人さん?」
――――――――夜が始まる。
「そろそろ時間かの。」
「あの忌み子達ですか?そうですね。せいぜい里の役に立ってもらいましょう」
雲一つない快晴の青空を見上げながら里の者達は安堵の息を漏らしていた。
――――――これで、わが身は安全だ。
と。
突如、背後からかかった声に少女達は一斉に振り向いた。
「こんばんは。こんな遅くにどうしたの?」
後ろにいたのは金色の髪の少女だった。
結わえられた紅いリボンがアクセントとなってその存在を闇の中に浮き上がらせている。
「こんばんは。あなた、この森から出る道を知らない?」
「私たち、道に迷っちゃったのよ。」
二人の言葉に少女は何故か満面の笑みを浮かべ、
「そーなのかー。じゃあ………あなたたちは食べられる人類?」
ぞくり。
空気が異質なものへと変化して行く。
いや、もうかなり前から変化はしていたのだ。
二人が気付けなかっただけで。
そして、やっと二人は気付いた。目の前の少女の正体に。
「あ、あなた、妖怪……なの?」
「そーだよー、ルーミアは妖怪だよ。」
恐怖、開始。
「少し、変わったものが食べたい、か。」
「妖怪の考えることは解りませんねぇ。」
「まぁ、そのためにあやつらを行かせたのだ。これでしばらく里も安泰だろう。」
「生贄の一つや二つ、しかも里に不要な存在で安全が確保できるなら安いものですね。」
身勝手な理屈。
理不尽な扱い。
だが、それに気付かなかった少女が悪いのだ。
少しの罪悪感を押しこめるために皆はそう念じる。
――――――里の者たちは気付いていない。
「同じ顔の人間ってやっぱり味も一緒なのかなぁ。どーおもう?」
恐怖に引きつった少女達は答えない。答えられない。
少女達に少しの勇気があれば『私たちなんか食べても美味しくないですよ』などと言えたかもしれない。
遅すぎたのか、早すぎたのか。どちらにしても今の少女達には無理な話だった。
「じゃあ、いただきまーす。」
かぱりと、かわいらしい音を立ててルーミアが口を開き、少女の片割れに向かっていく。
「いや、いやぁ、こないで…………こないで!たすけ、助けて―――――」
もう一人の少女は動かない。
――――――ズぶり
ルーミアの歯が少女の肩に突き刺さった。
「ひぐっ!イタイ、イタイよぉ。助けてよぉ、なんで、なんで動かないのよぉ…………助けて………………………」
「あ、ああああぁあぁああぁ」
「うん、おいし。」
少女は絶えきれず目を閉じた。
――――――ばきり。肋骨を噛み砕く音。
――――――ぐちゃり。肺を噛み千切る音。
――――――くちゃり。肉を咀嚼する音。
視覚を失った分、聴覚からの情報が思考を乗っ取る。
少女は絶えきれず耳をふさいだ。
辺りに血の匂いが立ち込める。
少女は気付いた。この恐怖から逃れることは出来ないのだと。
食べられている少女はもう声も出せない。人とも呼べないモノへと成り下がっていた。
「次はー、目にしようかなぁ?」
ルーミアは指で目を穿り出すと、まるで寒天でも食べるかのように一飲みにしてしまう。
その段階になってはじめて少女の脳裏にある考えが浮かんだ。
――――――この空間から逃げなきゃ。速く。出来うる限り早く!
ルーミアが今食べているものを処理し終えるまであと二十分程度。
少女は震える身体を無理やりに引き起こし、走り出した。
――――――方角なんて、もう知ったことか。
少女は知らない、気付かない。
――――――その後姿をルーミアの紅い眼と少女の空洞が見つめていたことに。
走った。とにかく走った。
死にたくなかった。
食べられたくなかった。
とても怖かった。
何度も振り返った。
あんな風になりたくなかった。
転んだ。泥にまみれた。
視界が開けた。見なれた、里の風景だった。
最後に一度振り向いた。
宵闇の妖怪が立っていた。
「あなたは食べられる人類?」
少女は、食われた。
里は、食われた。
たった、一匹のカーニバルによって。
それはともかく、氏の歯切れ良いこのテンポが大好きです。
次回作も期待してます、頑張って下さい!