一応、それは紅き邂逅の中にから続いてます。
ある都市のはるかな地下にある、カスル・ド・スカーレット。
主とその一族専用の食堂に2人の姿があった。
1人はこの城の主であるブラド=スカーレット、もう1人は、ブラドの対面に座り、
その容姿は紫色のドレスを着こなし、胡散臭さと、怪しさをかもし出している女性だ
った。
八雲紫。東の国に、出来上がった幻想郷の中と外で知らないものなどいない有名人
である。
「…それは、本気なの?」
「我が友よ、獅子はわが子を千尋の谷に突き落とすという。私もそろそろ、心を鬼に
するべきだと思ったのだよ。」
紫は、少し眉をひそめる。ブラドの言葉に対し、怪訝な表情を浮かべる。
「…今の幻想郷は…一言で言うと危険よ。あなたならば生き抜けると思うけど、そん
なところにかわいい子供たちを送り込むなんて…正気の沙汰ではないわね…最も、吸
血鬼に正気って言うだけ無駄だと思うけどね」
「何とでも言うがいいさ。私とて勝算のない戦はしていないつもりだ」
ブラドが、その言葉を一笑に伏し、言葉を続ける。
「…土着の妖怪にとっても吸血鬼にとっても住みにくい世の中になりつつあるのは確
かなようだ。だからこそ吸血鬼の社会でのレミリアとフランドールの地位を確立する
こと…いま、私はそれだけを考え続けている。」
「…噂通りの子煩悩ね…で、結論が危険な幻想郷に子供たちを送り込むこと?かわい
さ通り越して憎さ100倍といったところかしら?」
紫の小馬鹿にしたような笑い声に一瞬渋面をブラドは浮かべるが、それは、本当に
一瞬で消える。
「わが娘は、その程度のことで死ぬような能力の持ち主ではないぞ」
紫の顔には小馬鹿にしたような笑みが張り付いている。
「あら、強がりを、本当は心配でたまらないくせに。」
「心配だから、いくつもの保険をかけている、」
紫は、そのブラドの言葉に何らかの含みがあることに気付いたが、それを口にする
ことなく、笑みを崩さずにブラドに話しかける。
「約束の報酬は?あと、保険ごと持っていくのならばそれなりの物をもらうわよ」
ブラドが呼び鈴を鳴らすと、1人のメイドが何かを盆に載せて持ってくる。
「約束のブランデーと地図だ。」
メイドから小さい紙とブランデーのビンを受け取ると、女性は両方をテーブルの上
に置き、少し瞑想するように目を閉じる。
「今の幻想郷は、神や大妖怪たちと人間たちの何でもありの世界なのだろう?そこに、
一石が投じられるだけだ。嵐の中に石を投げ入れても何もおきんよ。」
ブラドは、不敵な笑みを浮かべる。
少しの間、沈黙が食堂を覆う。紫は、ゆっくりと目を開き、なんともいえないよう
な笑みを浮かべる。
「…いいわ、面白そうですもの…。」
あいつをいじめるのにはいいかもしれない…その言葉を、その紫は飲み込む。
ブラドに気付かれないように表情を崩さずにそのまま、言葉を続ける。
「こう見えても私はスキマと境界の妖怪よ。子供2人とその他大勢、それとデザート
を運ぶことに何の躊躇もないわ。」
ブラドはその後の笑みを決して忘れないだろう。吸血鬼ですらも凍りつかせるよう
な心底邪悪な笑み。
「だって、面白そうですから」
それだけつぶやく。と、自分の足元にスキマを作り出すとそこに沈んでいく。
「ふふふっ、椅子とブランデーと地図はもらったわ。やってあげるわよ。あははは…」
紫の狂気に満ちたような笑い声…それは、途切れることなく、食堂を覆っていた。
それが、細くなり消えていく…それが、完全に消えるのを待っていたかのように1
人の別の女性が入ってくる。
中世のドレスを見事に着こなし、そのまま、どこぞの姫ですといっても問題のない
ような清楚な振る舞いと威厳をたたずませている。
しかし、その目は、ブラドと同じ紅き光をたたえ、かすかに覗いた口には、鋭くと
がった犬歯が生えている。
「カミーラ、観えたのか?」
カミーラは、かすかにうなづく。
「ええ、あの子達は、幻想郷の中で生き抜くことができるわ、ブラド」
「スカーレットは、まだ、完全に伯爵様の信用を勝ち得たわけでもなく、また、この
界隈での力も十分とはいえない。」
ブラドは腕組みをして、カミーラにつぶやく。
「そうね、私たちはここで、あの子達が帰ってくるのを待っていたほうがいいわ。そ
うすれば、再び幻想がこの世界に戻ってくるときに、レミリアとフランドールは帰っ
てこれるわ。そして、この城はあの子たちのものになる。…それが見えるの。」
ブラドは、口元を隠すように腕を組み、それにカミーラが手を乗せる。
「カミーラ、見えたように、黄はあの屋敷に行ってくれたよ。これだけ、陰の気に満
ちたところはやはり龍には辛かったようだ。おかげで、レミリアたちに重要な戦力を
渡すことができる。」
カミーラは何も言わずに、ブラドを見ている。
「カミーラ。お前のその目はどこまで見えている?」
その問いにカミーラは答えずに、ブラドに後ろから腕を回す。
「見えているのは、断片的…でも、これは確定した未来よ。」
カミーラがその腕を解きブラドの横に立つ、その答えに満足したのか、ブラドは頷
き、呼び鈴を鳴らす。
すぐにメイドが1人やってくる。ブラドはいつものように威厳を持ってメイドに命
じた。
「レミリアとフランドールを呼んできてくれ。」
「…このまま何もなく過ぎてくれればいいんだけど。」
黄は、窓から空を見上げながら、かすかにつぶやく。
そこは、とある街を見下ろす丘の上に隠れるようにたっている、真紅に染められた館。
誰にも、建っている場所やその館の形などは確認されていないはずだが、いつしか、
眼下の町では丘の上に紅い館があり、そこには魔が住んでいるとのうわさが立ち始め
ていた。
誰でもなく、その館のことを紅魔館と呼ぶようになった。
その名称は、館の本当の持ち主も大いに気に入り公式な名称となっている。
最初にブラドの案内した場所は、自らの居城である紅き城だった。それは、はるか
な地下に築かれた吸血鬼やグールたちの街に、さらに意図的に作りこまれた陰の気に
満ちた世界。
最初の1年は何とか我慢ができたものの、それは、無意識に嫌がらせを受けている
ようなもので、だんだんと、黄といえども、我慢ができなくなっていった。
それを察したのか、それとも、最初から仕組んでいたのかは定かではないが、黄が
体調を崩したのと同時に、ブラドから黄に、紅魔館を割り当てるとの、破格の条件で
の交渉があり、黄は、それに二つ返事で了解した。
その後に黄と、何十人かの妖怪と人間のメイドが、紅魔館にあてつけられてから、
約6ヶ月が過ぎようとしていた。
黄は、この6ヶ月ですっかり、体調を取り戻していた。
黄は体調が直ってから今日の日まで鍛錬を中心にした生活を送ってきた。
遠距離攻撃、近距離、格闘などなどの鍛錬を積み、また、人間のメイドたちにも、初歩
的な拳法や気の扱い方、退魔術などを教えておいた。
そのせいもあって、カスル・ド・スカーレットように妖怪に人間のメイドが食われると
いうことは少なくなった。
もっとも、街では、近頃行方不明者が続出しているという噂がたっているのはきっと
気のせいではないだろう。
黄は、窓から見える空を見た。
「…空が騒いでいる…何かが起ころうとしているのか?」
黄は、そのために、妖怪たちを寝ずの番で警戒に当たらせていた。
空には真紅の月、黄は、窓から離れて長い廊下を歩き出した。
しかし、真紅の月を横切るようにはしる、紫色の境界には黄は気付くことはなかった。
「黄様!…黄様!!」
「どうしたの?」
夜も半分を終わり、黄が自室に帰ったときのことだった。
突然に、妖怪のメイドがノックもせずに黄の部屋のドアを開けた。
「黄様、大変です!レミリア様とフランドール様が!お見えになって。」
「え、あのブラドのご子息が?2人だけで?」
黄の顔に怪訝な表情が浮かぶ。
1年半前にレミリアと会うことはあったが、後々にブラドから年齢を聞かされて、驚
いたものだった。400歳の吸血鬼、それにしては、魔力、戦術等が甘いわよと指摘を
したら、ブラドが渋顔を浮かべたものだったが。
「エントランスで暴れているのです!!」
止めないといけないようだ。と、黄は判断して、メイドとともにエントランスへと向
かう。
エントランスは混乱の極みにあった。狂気に駆られたフランドールが、エントランス
の中でところでましと暴れ周り、レミリアは、その光景を恍惚した笑みを浮かべて見て
いる。
「あなたたち、何をしているの!?」
黄がエントランスに着き、レミリアを睨みつける。レミリアはその視線を、真正面か
ら受け止める。
「見てわからないのかしら、フランが暴れたくてしょうがないって言ってるから、暴れ
させているのよ。」
「そういうことじゃないわよ!すぐに止めさせなさい!」
レミリアの顔に怒りの表情が浮かぶ。
「…相変わらず、分からないのね。貴族と土着の妖怪の格の違いが!」
レミリアから、紅い光が立ち上る。
「あなたたちは、フランドールを止めに入って!私もすぐに加勢するわ。」
「了解!」
メイドたちが、魔力を集結させて盾を作り出す。受け止めるためではなく、受け流す
ための盾。しかし、それだけのものもフランドールの前では何の役にも立たないのか、
炎の剣が盾を掠めるたびにその盾はほころび始めていた。
一方で、レミリアと黄も格闘戦に入る。
「思い知らせてあげるわ!礼知らずの妖怪!!」
「退いてもらうわ、幼き紅の月!」
かぎ爪と、気のこもった拳、一方ですべてを破壊する剣と受け流す盾の攻防が始まる。
妖力と魔力、そして、気の繰り出す波紋が、紅魔館の魔力の流れを狂わせて、来るべ
き最大の危険から全員の目をそらさせてしまった。
そのころ、紅魔館を見下ろすように2人の人影が空にあった。
1人は八雲紫、そしてもう1人はその式の八雲藍だった。
「紫様、用意すべて整いました。」
藍は、恭しく自らの主人に頭を下げた。
「ふふ、元気があっていいわね。子供って。」
その藍の言葉を聞き流し、紫は、空の上から紅魔館のエントランスで繰り広げられて
いる戦いを幻視していた。
「楽しそうね。後で混ぜてもらおうかしら…ふふっ」
紫は、楽しそうにつぶやくと、藍の差し出している扇を受け取る。そして、ゆっくり
と目を閉じる。脳裏に、送るべき場所を思い浮かべる。
「通るは、地獄の門より広き道。帰るは、くもの糸より細き道。現世と幻想の境界にあ
るは…幻想郷」
詠唱など全く必要ないのだが、詠うように、舞うように紫が言葉をつむいでいく。
「…空にあるは幻想の月、地にあるは人の儚く穢れし夢」
扇が閉じられたまま、紫の目の前を横切っていく。
それは、紫の視線から見れば紅魔館を扇で切っているように見えるであろう。
「成るはとこしえの夢、在るはうたかたの夢。ゆえに幻想は幻想の中に!」
紫の呟きが終わり、紫が目を開くのと同時に紅魔館を横切る巨大なスキマが姿を現す。
「閉ざされし博麗の門よ、開きて新しきものを迎え入れよ。」
紫が扇を開くのと同時に、そのスキマから無数の白い手が紅魔館にびっしりと張り付
き、スキマの中に落とし込んでいく。
やがて、そのスキマは消えて、あたりは何事もなかったかのように静まり返る。
「終わったわ、藍。」
紫は藍に扇を渡して、軽く欠伸をする。
「紫様、僭越ですが」
藍が紫に話しかける。
「なあに?藍」
藍は、少し戸惑っていたようだったが意を決したのか、口を開く。
「博麗には、このことの報告に行かなくてはいけないのでは?」
「そうね~…私は眠いから、藍あなたが後で行ってきて」
その言葉に藍はがっくりと脱力する。
この間、同じようなことをやったときも、こっぴどく博麗に絞られたのだった。
「帰るわよ。しっかり着いてきなさい。」
そんな藍の心中を察したのかどうなのかは分からないが、紫は、マヨイガ行きのスキマ
を作り出し、早々とその中に飛び込む。主人においていかれては帰ることも叶わないので、
藍は渋々とそれに従うしかなかった。
一方の紅魔館は混乱の極みにあった。
「…な、何なのよ!?」
空中にいたレミリアとフランドールは、空間ごと地震に巻き込まれたかのように空中で
バランスを失いエントランスへと落下する。同時に、フランドールもほとんど頭から落下
するのを、レミリアが支え、姉妹で抱き合い、その揺れから身を守ろうとする。
一方、地上でフランドールの攻撃を受けていたメイドたちも柱や、動きにくいものにし
がみつき、難を逃れようとする。
「いや!い…いや!!」
その中で窓枠にしがみついていたメイドが、窓の外を見て、窓枠から手を離し、そこか
ら少しでも離れようと必死になってメイド仲間たちのほうへ這っていく。
その光景を見た全員が怪訝な表情を浮かべて、窓を見て言葉を失った。
窓という窓には、赤ん坊と思しきものから大人の倍はあろうかという手のひらがびっし
りとついていた。
「くっ、」
その地震に見舞われたような紅魔館の中で、メイドたちを励ましながら、黄は、あるこ
とに気付いた。
『どこかに移動しようとしている?…まさか、館ごと神隠しに遭うなんて聞いたことがな
いわ』
不意に空間の揺れが収まり、着地の衝撃が、縦の揺れになって館全体に襲い掛かる。
「キャァーー!!」
メイドたちは、自らのみを守ることで精一杯だった。それはレミリアとフランドールも
一緒のことだった。
最後の衝撃が襲ってから、ほんのわずかな時間が過ぎた。エントランスにいたものたち
にとっては永遠より永い時間だっただろう。
白い手が、少しずつ引いていく。
やがて、その手が見えなくなったところで、黄は、警戒を解いた。
すぐさま、メイドたちに人間たちの安否の確認を命じた。周りを見渡しては見るがあれ
だけの揺れにもかかわらず、全く家具などは動いていなかった。
「大丈夫?2人とも?」
メイドたちがエントランスから出て行くのを見計らって、黄は、レミリアとフランドール
に近づき、心配そうに顔を覗き込んだ。フランドールはおびえたように震えていたが、レ
ミリアは、黄にやり場のない怒りをぶつけた。
「あんたの仕業?これは。私に負けそうになったからって、こんな小細工を。」
レミリアが、怒りながら黄に詰め寄るが、黄は少しあきれながら、レミリアの手を払いの
ける。
「大丈夫みたいね、それだけの口がたたけるんだから。」
黄は、レミリアの前を通り過ぎて、紅魔館のドアの前に立つ。少し深呼吸をして、ドアの
取っ手を握り締める。一瞬の迷いの後に黄はドアを開け放った。
そこには、今まで見たことのない光景が広がっていた。
もはや、人間の世界では消えつつあった広大で暗い森と、満面の水をたたえた海のように
大きな川、そして、空には見たこともない星空が広がっていた。
「…やっぱりか、このときのために私を客分にしたのか…嵌められたわ、見事としか言いよ
うがないわね。」
眼下にあった人間の街は跡形もなく消え去り、そこには、小川と森に囲まれた空き地の中
に建っている紅い館だけがあった。
「ここ、どこなの?…答えなさい、ここは、どこなのよ!」
外に出たレミリアがその変わり果てた光景に驚き、黄に詰め寄るが、当然黄でも、ここが
どこなのかは答えることができない。
しかし、答えは意外なところから来た。
「ここは幻想郷。今は、妖怪や神や人間が本気で殺しあっているところよ。」
それは、幻想郷が平穏や平和というものから最も遠かった時代のこと。
そして、幻想郷の歴史の中に初めて紅魔館が姿を現したときだった。
ある都市のはるかな地下にある、カスル・ド・スカーレット。
主とその一族専用の食堂に2人の姿があった。
1人はこの城の主であるブラド=スカーレット、もう1人は、ブラドの対面に座り、
その容姿は紫色のドレスを着こなし、胡散臭さと、怪しさをかもし出している女性だ
った。
八雲紫。東の国に、出来上がった幻想郷の中と外で知らないものなどいない有名人
である。
「…それは、本気なの?」
「我が友よ、獅子はわが子を千尋の谷に突き落とすという。私もそろそろ、心を鬼に
するべきだと思ったのだよ。」
紫は、少し眉をひそめる。ブラドの言葉に対し、怪訝な表情を浮かべる。
「…今の幻想郷は…一言で言うと危険よ。あなたならば生き抜けると思うけど、そん
なところにかわいい子供たちを送り込むなんて…正気の沙汰ではないわね…最も、吸
血鬼に正気って言うだけ無駄だと思うけどね」
「何とでも言うがいいさ。私とて勝算のない戦はしていないつもりだ」
ブラドが、その言葉を一笑に伏し、言葉を続ける。
「…土着の妖怪にとっても吸血鬼にとっても住みにくい世の中になりつつあるのは確
かなようだ。だからこそ吸血鬼の社会でのレミリアとフランドールの地位を確立する
こと…いま、私はそれだけを考え続けている。」
「…噂通りの子煩悩ね…で、結論が危険な幻想郷に子供たちを送り込むこと?かわい
さ通り越して憎さ100倍といったところかしら?」
紫の小馬鹿にしたような笑い声に一瞬渋面をブラドは浮かべるが、それは、本当に
一瞬で消える。
「わが娘は、その程度のことで死ぬような能力の持ち主ではないぞ」
紫の顔には小馬鹿にしたような笑みが張り付いている。
「あら、強がりを、本当は心配でたまらないくせに。」
「心配だから、いくつもの保険をかけている、」
紫は、そのブラドの言葉に何らかの含みがあることに気付いたが、それを口にする
ことなく、笑みを崩さずにブラドに話しかける。
「約束の報酬は?あと、保険ごと持っていくのならばそれなりの物をもらうわよ」
ブラドが呼び鈴を鳴らすと、1人のメイドが何かを盆に載せて持ってくる。
「約束のブランデーと地図だ。」
メイドから小さい紙とブランデーのビンを受け取ると、女性は両方をテーブルの上
に置き、少し瞑想するように目を閉じる。
「今の幻想郷は、神や大妖怪たちと人間たちの何でもありの世界なのだろう?そこに、
一石が投じられるだけだ。嵐の中に石を投げ入れても何もおきんよ。」
ブラドは、不敵な笑みを浮かべる。
少しの間、沈黙が食堂を覆う。紫は、ゆっくりと目を開き、なんともいえないよう
な笑みを浮かべる。
「…いいわ、面白そうですもの…。」
あいつをいじめるのにはいいかもしれない…その言葉を、その紫は飲み込む。
ブラドに気付かれないように表情を崩さずにそのまま、言葉を続ける。
「こう見えても私はスキマと境界の妖怪よ。子供2人とその他大勢、それとデザート
を運ぶことに何の躊躇もないわ。」
ブラドはその後の笑みを決して忘れないだろう。吸血鬼ですらも凍りつかせるよう
な心底邪悪な笑み。
「だって、面白そうですから」
それだけつぶやく。と、自分の足元にスキマを作り出すとそこに沈んでいく。
「ふふふっ、椅子とブランデーと地図はもらったわ。やってあげるわよ。あははは…」
紫の狂気に満ちたような笑い声…それは、途切れることなく、食堂を覆っていた。
それが、細くなり消えていく…それが、完全に消えるのを待っていたかのように1
人の別の女性が入ってくる。
中世のドレスを見事に着こなし、そのまま、どこぞの姫ですといっても問題のない
ような清楚な振る舞いと威厳をたたずませている。
しかし、その目は、ブラドと同じ紅き光をたたえ、かすかに覗いた口には、鋭くと
がった犬歯が生えている。
「カミーラ、観えたのか?」
カミーラは、かすかにうなづく。
「ええ、あの子達は、幻想郷の中で生き抜くことができるわ、ブラド」
「スカーレットは、まだ、完全に伯爵様の信用を勝ち得たわけでもなく、また、この
界隈での力も十分とはいえない。」
ブラドは腕組みをして、カミーラにつぶやく。
「そうね、私たちはここで、あの子達が帰ってくるのを待っていたほうがいいわ。そ
うすれば、再び幻想がこの世界に戻ってくるときに、レミリアとフランドールは帰っ
てこれるわ。そして、この城はあの子たちのものになる。…それが見えるの。」
ブラドは、口元を隠すように腕を組み、それにカミーラが手を乗せる。
「カミーラ、見えたように、黄はあの屋敷に行ってくれたよ。これだけ、陰の気に満
ちたところはやはり龍には辛かったようだ。おかげで、レミリアたちに重要な戦力を
渡すことができる。」
カミーラは何も言わずに、ブラドを見ている。
「カミーラ。お前のその目はどこまで見えている?」
その問いにカミーラは答えずに、ブラドに後ろから腕を回す。
「見えているのは、断片的…でも、これは確定した未来よ。」
カミーラがその腕を解きブラドの横に立つ、その答えに満足したのか、ブラドは頷
き、呼び鈴を鳴らす。
すぐにメイドが1人やってくる。ブラドはいつものように威厳を持ってメイドに命
じた。
「レミリアとフランドールを呼んできてくれ。」
「…このまま何もなく過ぎてくれればいいんだけど。」
黄は、窓から空を見上げながら、かすかにつぶやく。
そこは、とある街を見下ろす丘の上に隠れるようにたっている、真紅に染められた館。
誰にも、建っている場所やその館の形などは確認されていないはずだが、いつしか、
眼下の町では丘の上に紅い館があり、そこには魔が住んでいるとのうわさが立ち始め
ていた。
誰でもなく、その館のことを紅魔館と呼ぶようになった。
その名称は、館の本当の持ち主も大いに気に入り公式な名称となっている。
最初にブラドの案内した場所は、自らの居城である紅き城だった。それは、はるか
な地下に築かれた吸血鬼やグールたちの街に、さらに意図的に作りこまれた陰の気に
満ちた世界。
最初の1年は何とか我慢ができたものの、それは、無意識に嫌がらせを受けている
ようなもので、だんだんと、黄といえども、我慢ができなくなっていった。
それを察したのか、それとも、最初から仕組んでいたのかは定かではないが、黄が
体調を崩したのと同時に、ブラドから黄に、紅魔館を割り当てるとの、破格の条件で
の交渉があり、黄は、それに二つ返事で了解した。
その後に黄と、何十人かの妖怪と人間のメイドが、紅魔館にあてつけられてから、
約6ヶ月が過ぎようとしていた。
黄は、この6ヶ月ですっかり、体調を取り戻していた。
黄は体調が直ってから今日の日まで鍛錬を中心にした生活を送ってきた。
遠距離攻撃、近距離、格闘などなどの鍛錬を積み、また、人間のメイドたちにも、初歩
的な拳法や気の扱い方、退魔術などを教えておいた。
そのせいもあって、カスル・ド・スカーレットように妖怪に人間のメイドが食われると
いうことは少なくなった。
もっとも、街では、近頃行方不明者が続出しているという噂がたっているのはきっと
気のせいではないだろう。
黄は、窓から見える空を見た。
「…空が騒いでいる…何かが起ころうとしているのか?」
黄は、そのために、妖怪たちを寝ずの番で警戒に当たらせていた。
空には真紅の月、黄は、窓から離れて長い廊下を歩き出した。
しかし、真紅の月を横切るようにはしる、紫色の境界には黄は気付くことはなかった。
「黄様!…黄様!!」
「どうしたの?」
夜も半分を終わり、黄が自室に帰ったときのことだった。
突然に、妖怪のメイドがノックもせずに黄の部屋のドアを開けた。
「黄様、大変です!レミリア様とフランドール様が!お見えになって。」
「え、あのブラドのご子息が?2人だけで?」
黄の顔に怪訝な表情が浮かぶ。
1年半前にレミリアと会うことはあったが、後々にブラドから年齢を聞かされて、驚
いたものだった。400歳の吸血鬼、それにしては、魔力、戦術等が甘いわよと指摘を
したら、ブラドが渋顔を浮かべたものだったが。
「エントランスで暴れているのです!!」
止めないといけないようだ。と、黄は判断して、メイドとともにエントランスへと向
かう。
エントランスは混乱の極みにあった。狂気に駆られたフランドールが、エントランス
の中でところでましと暴れ周り、レミリアは、その光景を恍惚した笑みを浮かべて見て
いる。
「あなたたち、何をしているの!?」
黄がエントランスに着き、レミリアを睨みつける。レミリアはその視線を、真正面か
ら受け止める。
「見てわからないのかしら、フランが暴れたくてしょうがないって言ってるから、暴れ
させているのよ。」
「そういうことじゃないわよ!すぐに止めさせなさい!」
レミリアの顔に怒りの表情が浮かぶ。
「…相変わらず、分からないのね。貴族と土着の妖怪の格の違いが!」
レミリアから、紅い光が立ち上る。
「あなたたちは、フランドールを止めに入って!私もすぐに加勢するわ。」
「了解!」
メイドたちが、魔力を集結させて盾を作り出す。受け止めるためではなく、受け流す
ための盾。しかし、それだけのものもフランドールの前では何の役にも立たないのか、
炎の剣が盾を掠めるたびにその盾はほころび始めていた。
一方で、レミリアと黄も格闘戦に入る。
「思い知らせてあげるわ!礼知らずの妖怪!!」
「退いてもらうわ、幼き紅の月!」
かぎ爪と、気のこもった拳、一方ですべてを破壊する剣と受け流す盾の攻防が始まる。
妖力と魔力、そして、気の繰り出す波紋が、紅魔館の魔力の流れを狂わせて、来るべ
き最大の危険から全員の目をそらさせてしまった。
そのころ、紅魔館を見下ろすように2人の人影が空にあった。
1人は八雲紫、そしてもう1人はその式の八雲藍だった。
「紫様、用意すべて整いました。」
藍は、恭しく自らの主人に頭を下げた。
「ふふ、元気があっていいわね。子供って。」
その藍の言葉を聞き流し、紫は、空の上から紅魔館のエントランスで繰り広げられて
いる戦いを幻視していた。
「楽しそうね。後で混ぜてもらおうかしら…ふふっ」
紫は、楽しそうにつぶやくと、藍の差し出している扇を受け取る。そして、ゆっくり
と目を閉じる。脳裏に、送るべき場所を思い浮かべる。
「通るは、地獄の門より広き道。帰るは、くもの糸より細き道。現世と幻想の境界にあ
るは…幻想郷」
詠唱など全く必要ないのだが、詠うように、舞うように紫が言葉をつむいでいく。
「…空にあるは幻想の月、地にあるは人の儚く穢れし夢」
扇が閉じられたまま、紫の目の前を横切っていく。
それは、紫の視線から見れば紅魔館を扇で切っているように見えるであろう。
「成るはとこしえの夢、在るはうたかたの夢。ゆえに幻想は幻想の中に!」
紫の呟きが終わり、紫が目を開くのと同時に紅魔館を横切る巨大なスキマが姿を現す。
「閉ざされし博麗の門よ、開きて新しきものを迎え入れよ。」
紫が扇を開くのと同時に、そのスキマから無数の白い手が紅魔館にびっしりと張り付
き、スキマの中に落とし込んでいく。
やがて、そのスキマは消えて、あたりは何事もなかったかのように静まり返る。
「終わったわ、藍。」
紫は藍に扇を渡して、軽く欠伸をする。
「紫様、僭越ですが」
藍が紫に話しかける。
「なあに?藍」
藍は、少し戸惑っていたようだったが意を決したのか、口を開く。
「博麗には、このことの報告に行かなくてはいけないのでは?」
「そうね~…私は眠いから、藍あなたが後で行ってきて」
その言葉に藍はがっくりと脱力する。
この間、同じようなことをやったときも、こっぴどく博麗に絞られたのだった。
「帰るわよ。しっかり着いてきなさい。」
そんな藍の心中を察したのかどうなのかは分からないが、紫は、マヨイガ行きのスキマ
を作り出し、早々とその中に飛び込む。主人においていかれては帰ることも叶わないので、
藍は渋々とそれに従うしかなかった。
一方の紅魔館は混乱の極みにあった。
「…な、何なのよ!?」
空中にいたレミリアとフランドールは、空間ごと地震に巻き込まれたかのように空中で
バランスを失いエントランスへと落下する。同時に、フランドールもほとんど頭から落下
するのを、レミリアが支え、姉妹で抱き合い、その揺れから身を守ろうとする。
一方、地上でフランドールの攻撃を受けていたメイドたちも柱や、動きにくいものにし
がみつき、難を逃れようとする。
「いや!い…いや!!」
その中で窓枠にしがみついていたメイドが、窓の外を見て、窓枠から手を離し、そこか
ら少しでも離れようと必死になってメイド仲間たちのほうへ這っていく。
その光景を見た全員が怪訝な表情を浮かべて、窓を見て言葉を失った。
窓という窓には、赤ん坊と思しきものから大人の倍はあろうかという手のひらがびっし
りとついていた。
「くっ、」
その地震に見舞われたような紅魔館の中で、メイドたちを励ましながら、黄は、あるこ
とに気付いた。
『どこかに移動しようとしている?…まさか、館ごと神隠しに遭うなんて聞いたことがな
いわ』
不意に空間の揺れが収まり、着地の衝撃が、縦の揺れになって館全体に襲い掛かる。
「キャァーー!!」
メイドたちは、自らのみを守ることで精一杯だった。それはレミリアとフランドールも
一緒のことだった。
最後の衝撃が襲ってから、ほんのわずかな時間が過ぎた。エントランスにいたものたち
にとっては永遠より永い時間だっただろう。
白い手が、少しずつ引いていく。
やがて、その手が見えなくなったところで、黄は、警戒を解いた。
すぐさま、メイドたちに人間たちの安否の確認を命じた。周りを見渡しては見るがあれ
だけの揺れにもかかわらず、全く家具などは動いていなかった。
「大丈夫?2人とも?」
メイドたちがエントランスから出て行くのを見計らって、黄は、レミリアとフランドール
に近づき、心配そうに顔を覗き込んだ。フランドールはおびえたように震えていたが、レ
ミリアは、黄にやり場のない怒りをぶつけた。
「あんたの仕業?これは。私に負けそうになったからって、こんな小細工を。」
レミリアが、怒りながら黄に詰め寄るが、黄は少しあきれながら、レミリアの手を払いの
ける。
「大丈夫みたいね、それだけの口がたたけるんだから。」
黄は、レミリアの前を通り過ぎて、紅魔館のドアの前に立つ。少し深呼吸をして、ドアの
取っ手を握り締める。一瞬の迷いの後に黄はドアを開け放った。
そこには、今まで見たことのない光景が広がっていた。
もはや、人間の世界では消えつつあった広大で暗い森と、満面の水をたたえた海のように
大きな川、そして、空には見たこともない星空が広がっていた。
「…やっぱりか、このときのために私を客分にしたのか…嵌められたわ、見事としか言いよ
うがないわね。」
眼下にあった人間の街は跡形もなく消え去り、そこには、小川と森に囲まれた空き地の中
に建っている紅い館だけがあった。
「ここ、どこなの?…答えなさい、ここは、どこなのよ!」
外に出たレミリアがその変わり果てた光景に驚き、黄に詰め寄るが、当然黄でも、ここが
どこなのかは答えることができない。
しかし、答えは意外なところから来た。
「ここは幻想郷。今は、妖怪や神や人間が本気で殺しあっているところよ。」
それは、幻想郷が平穏や平和というものから最も遠かった時代のこと。
そして、幻想郷の歴史の中に初めて紅魔館が姿を現したときだった。
気になる点といえば、この話の流れ的に黄龍が紅美鈴になるのかな?
それとも子孫かな?
気になるので続編お待ちしてますw
つづき読みたいです。