その人間は、私が歴史に目を向け始めた頃から、その存在を歴史に刻んでいた。
何百年もの間、ずっと。
そして、ある満月の夜、私たちは出会った。
深い闇を照らす、暖かい月の光の下で。
360度、見渡す限りの竹林の中で。
何億といる人間、何億といる妖怪。
その中の、一人と一人が出会った。
それを、奇跡だと私は思う。
◆
「…もう一度訊くぞ、妹紅。本当にやるのか?」
「当たり前よ。もうアイツには愛想が尽きたわ。」
立ち並ぶ竹林の奥に、ひっそりと佇む永遠亭を眼前にし、2人の少女が会話を交わしていた。
片方は、皆さんご存知満月の夜になるとキャラの変わる半獣、上白沢慧音。
が、残念ながら今宵は満月ではない。
そして、もう片方は、蓬莱の人の形、藤原妹紅。
「…しかし、不死身同士が戦っても決着は永遠につかないと思うのだが。」
少々遠慮がちに、それでもごもっともな意見を慧音が妹紅に言うと、
「大丈夫よ。再生できなくなるまで灰にしてやるわ。」
強気な妹紅はその頑固とも取れる決意を揺るがさない。
妹紅がここまでして彼女の宿敵、蓬莱山輝夜を滅ぼそうとしているのには、それなりの訳がある。
それは、満月が永遠亭一派により隠された事件。
それを解決した、一人の巫女と、一人の隙間妖怪。
そこまでは別に腹立たしいことではないのだが、問題は、満月が戻った後、そいつらをこの私、藤原妹
紅討伐に向かわせたこと。
永遠亭一派の中の人物を向かわせるならともかく、全く何も知らない奴らを騙して(というか真実を告
げずに)利用するとは、狡猾としか言いようが無い。
少々理不尽かもしれないが、誇りを持って永遠亭とわたり合って来た自分の腹を立てさせるには充分す
ぎた。
永遠亭と自分達とでは勢力の差がありすぎる、今はまだ期ではない、と反対する慧音を(お願い~、と
上目遣いで)説き伏せ、こうして永遠亭の前までやってきたのだ。
妹紅の頑固な決意に、慧音はお手上げのポーズをとってハァ、と息を吐き出した。
「そこまで決意が固ければ仕方ない、一暴れしてくるか。…それ相応のリスクもあるが。」
慧音の肯定+αの言葉に、妹紅は右手の人差し指を慧音の鼻面に突きつけ、
「そこ。マイナス発言禁止!」
顔に微笑を浮かべながら、凛々しい声を返した。
その微笑につられてか、慧音もふっと微笑を浮かべ、
「そうだな。すまん。」
頭を下げた。
「じゃあ、」
再び永遠亭に向かい直り、
「行きますか。」
2人は威風堂々、永遠亭へと足を踏み出した。
(何事も無ければいいが…なんだか、嫌な予感がする。)
慧音の思った、「それ相応のリスク」。
永遠亭の因幡達、一体一体の基本性能と自分たち2人の基本性能。その差は歴然としている。その因幡
達を統べる二匹の兎、鈴仙・U・イナバと因幡てゐすらも、二人は凌駕する。問題は、ことの元凶蓬莱
山輝夜とその付き人、八意永琳位だ。
しかし、それは一体一体での話。もしも徒党を組まれたら、いくら妹紅といえど、きつい戦いを強いら
れることになる。
それこそが、慧音の危惧していることなのだ。
(お前はどう思う、妹紅?)
もちろん答えなど返ってこない。
目の前で、意外と小さな妹紅の後姿が、その艶やかな髪を夜風に靡かせていた。
◆
初めて逢った時、私は歴史を見ることができると言っても、まだ幼かった。
一方彼女は、今と全く変わらない、少女だった。
友達も無く、半獣というだけで、里の人間達から迫害され続けてきた私は、彼女に育てられた。
当時迫害されていた私は人間不信に陥っていた。
事あるごとに反抗する私を見捨てることなく、根気良く接し続けてくれて彼女に、私は、感謝したい。
◆
「不死[火の鳥-鳳翼天翔-]!!」
エフィクトに火の鳥の雄大な翼を思わせる炎が展開され、その一部が目の前にある永遠亭の、年期の入
った土壁に向かい、不死鳥のごとく神速の勢いで突撃する。
「あっ、そんないきなり…」
時既に遅し、慧音の戒めが妹紅にとどく頃、2人の目の前の土壁は、無機質なものが融解する音と紅蓮
の炎の渦と共に解け去った後だった。
「何か言った、慧音?」
とぼけた顔でこちらを振り返る妹紅の顔には、既に笑いの色は無い。完全に臨戦態勢に入っている。
「…いや、別に。」
ここまでやってしまったら、覚悟を決めるしかない。
まだシューシューいっている壁に、自分のお気に入りのスカートをこがされないよう、細心の注意を払
いながら、永遠亭にいとも簡単に侵入。
「鈴仙様~!てゐ様~!侵入者です~~!!」
でもないか。
苦笑を浮かべながら、しかし彼女の思考は微塵たりとも冷静さを欠いてはいなかった。
「…安心しろ、殺しはしない。野符[武烈クライシス]。」
慧音が遣わせた数匹の遣い魔から発生する、渦のような弾幕。そちらの方に気を取られ過ぎたその因幡
は、慧音本体が放った弾に全く反応できずに、
「がっ、カハッ…」
どてっぱらに直撃した。もうこれで騒ぎがあまり広がらずに済む。多数対小数の戦術の基本は、相手に
混乱を与えることにある。ここで自分たちの存在を知らてしまっては、早いうちに混乱を解かれてしま
う。最下層レベルの弾幕を使ったのも、その為だった。なるたけ、輝夜と永琳に接触する寸前までその
手段をとっておきたい。
「不滅……」
え?
自分の真後ろで聞こえた嫌な予感の予兆とも言うべき声、バッ、と振り向いた慧音は目の前の光景を信
じたくなかった。その目に映ったのは、スペルカードを取り出し今まさに発動させんとする妹紅の姿。
愕然とし、
「ちょっ、待ってくれ、モコォ~~~~~~~!!」
慧音の叫びも虚しく、妹紅の背の炎が一気に膨れ上がり、
「フェニックスの尾!!」
一気に爆発。あたりかまわず炎の塊を撒き散らす。
慧音の作戦は、妹紅に告げられることなく崩れ去った。
「ちぃ!国符[三種の神器~鏡~]!!」
目の前に迫った妹紅の弾幕を、鏡を使用して反射させる。元々は自分の発生させた弾幕を反射させるト
リッキーな攻撃の為のものだが、こういう使用方法もあるのだ。
「妹紅!これでは作戦が…!!」
今となっては後の祭りだが、それでも慧音は妹紅に食って掛かった。
「いいのよ、これで。」
意外にも、妹紅は笑顔で返してきた。何がいいものか、これではみすみす勝機を捨てているようなもの
だ。そう言おうとして、
「邪魔するものがあったら、容赦なく灰燼に帰す。ただ、それだけよ。」
妹紅の言葉に、すべて封殺された。
慧音の口からクッ、という音が漏れ、
「あそこだ!!」
案の定、この騒ぎを聞きつけた因幡達が徒党を組んでやってきた。その中には、
「姫には絶対に、指一本触れさせないわっ!!」
「れ~せんちゃん、ガンバレ~。」
因幡達を統べる兎、鈴仙とてゐもいる。
杞憂に、終わって欲しかったのに。
◆
私は彼女と違って、朽ち逝く存在だ。
彼女は成長しないのに、私はする。
それは、別れが存在することを意味する。
だけど、悲しくは無い。
きっと、来世で逢えると信じているから。
絶対に。
◆
「…五月蝿い兎ね。」
因幡の部隊を見やりながら、妹紅が呟く。
「唯の兎かどうかは、自分の目で確かめなさい!!「懶惰[生神停止(マインドストッパー)]!!」
鈴仙の発生させた無数の遣い魔から、抜け道の無い迷路のごとき弾幕が放たれる。
その迷路を、
「この程度か!くらえ!!」
躊躇無く突っ切る慧音。
「国符[三種の神器~剣~]!!」
自分の掌に創造した剣、それで弾幕を一刀両断。
次々迫り来る弾幕を、妖夢顔負けの剣捌きで切り裂いていく。
「くそ!てゐ!!」
堪り兼ねた鈴仙が叫び、
「はいは~い![エンシェントデューパー]!!」
呼応するようにてゐが弾幕を発生させる。
レーザーが慧音を囲み、更に、幾重もの蒼い弾が慧音に向かっていく。
(くっ、しまった!!)
目の前に迫り来る弾、その弾が直撃する刹那、
「慧音!こっちだ!!」
唐突に轟いたその声に、半ば反射的にその声の方へ横っ飛び。
体を丸め、衝撃を吸収させながら、
「焼き尽くせ!蓬莱[凱風快晴 -フジヤマヴォルケイノ-]!!」
目の前で、灼熱の弾幕が展開された。その様はまるで、火山の噴火。遣い魔が収束しては爆ぜている。
その弾幕は、鈴仙とてゐの弾幕を全てかき消した。無論それだけではない。鈴仙とてゐの弾幕をかき消
してなお余る弾幕は、直接的にダメージを兎達に与える。
それは、絶大なものだった。
「ぐっ…まさか…こんなに力の差があるとは…!!」
「し、ししょぉ~~~!!」
その叫びを残し、その場にいた兎達は永遠亭の天井を突き破り、満天の星空に吸い込まれていった。
◆
彼女と出会って、初めての満月の夜。
私は、木の洞の中に身を隠していた。
彼女が、今日の私の姿を見たら、本当に私を見捨ててしまうかもしれない。
それが、怖かった。
(慧音?そこにいるの?)
急に、外から響いた彼女の優しい声。
顔が青ざめ、自然と涙が溢れて来た。
外にでる、というよりは彼女に姿を見られることを必死で拒絶する私を、無理やり外に引っ張り出し、
月明かりの下で私の姿を見て、一言、
(何でそこに隠れてたの?)
確かに私の妖怪の証、角と、尻尾を見たはずなのに。
目に湛えた涙が、零れ落ちた。
うれしかったんだ、その瞬間は、本当に。
◆
「なあ、妹紅。」
「ん?」
永遠亭の広すぎる廊下を、目的の人物を探しながら歩いていく慧音は、妹紅に話しかけた。
「なんで、そこまでして輝夜を殺したい?」
既に、何年も前からわかっている事実を、慧音は訊いた。
妹紅は、眉根を寄せ、
「…父様の、仇、だ。」
唇を噛締め、地の底から唸る様な声で、言葉を返す。
「…そうか。」
「?」
後になって、自分がなぜそんな事を訊いてしまったのだろう、と思う。
嘘。
本当は、答えは出ている。
「輝夜の存在を、歴史から消す。そうすれば、妹紅の言う父の仇はいなかった事になる。」
「…え?」
「つまり、妹紅が蓬莱人になることは無い、そういうことだ。」
「慧音?何を?」
「妹紅に、蓬莱の薬を服用してから今までの記憶全てを消し去る覚悟があるのなら、人間だった頃に戻
りたいのなら、輝夜は、私が消してもいい。」
「!!」
無益な殺生は、好きではない。それが、敵であっても。妹紅には、予想外のことだったろう。
妹紅は無表情になってしまった。多分、色々な感情が渦巻いているんだと思う。その所為で、どの種類
の感情も表に出せない、言うならば、混沌の表情。
「…でたわね。」
突如口を開き、妹紅がつむいだ言葉に、答えがか?と訊き返そうとしたが、
違った。
敵、だった。
「貴方達ね?私の弟子達を苛めてくれたのは。」
「…八意…永鈴……!!」
赤と紺の服に身を包んだ月の民は、廊下の奥で微笑を浮かべてこちらを見ていた。見る人によっては嘲
笑ととれるかもしれない。とにかく、決して良い感じを受けない笑みを浮かべている永琳は、再びその
嘲笑の形にゆがめた口を、開いた。
「どうする?私に殺されるか、姫に殺されるか。選ばせてあげる。」
速効で反応するのはもちろん妹紅。敵意むき出しの声で、
「貴方ごとき、10秒で灰に戻してあげるわ!」
スペルカードを取り出して、
「駄目だ。」
慧音に止められた。
「…なんでよ、慧音。」
不服そうに慧音を睨み、噛み付くように言う。
「妹紅だって、万全な状態で輝夜と戦いだろう?」
「そりゃまあそうだけど…」
「なら、ここは私に任せろ。」
「でも…でもッ……!!」
渋る妹紅の肩を強引に掴み、瞳を覗き込み、
「私を、信じられないのか?」
いつもよりも強い声で、瞳で、言った。
「……わかった…わ。」
その眼力に気圧されたのか、妹紅がついに折れ、話がついたところで、
「姫は、私の後ろの廊下の突き当たりの襖の中。いって、殺されてきなさい。」
永琳が口を挟んでくる。
先ほどまでの神妙な雰囲気は何処へやら、
「輝夜の次は、貴方よ、永琳!」
すれ違いざま、そう吐き捨てて、神速の速さで廊下を突き進んでいく。
各々の戦いが、幕を開ける時が来た。
◆
(なんでそんなにその姿を見られることを嫌うの、慧音?)
(ひぐっ…だって…里のみんなが、この、ぐずっ、つのと、しっぽのせいで、いじめてくる、から…こ
んな……)
(…ちょっと、目を瞑ってなさい。)
(…え?)
(良いものあげる。手を出して。)
私が目を開けたとき、私が差し出していた手の上には、紅いリボンがあった。
◆
「アハハ!天呪[アポロ13]!!」
「ふん!終符[幻想天皇]!!」
お互いの弾幕が入り乱れ、相殺している。いや、僅かに押されているのが慧音のほうか。
幾つか防ぎきれない弾幕が慧音に向かって飛んでくる。
しかし、その程度の弾幕は余裕を持って避けられる。結局のところ、五分五分。
「流石に、少しはやるようね!でも、これはどうかしら!!蘇活[生命遊戯 -ライフゲーム-]!!」
永琳のスペル発動に対し、慧音は、
(そろそろスペルの残りが少ない。後半戦に備え、ここは、気合避けだ。)
微塵たりとも冷静を欠いていない判断を下す。
「うおっ…と!」
顔面向かって飛んできた一つの弾を、すれすれで回避、したは良いが、一度弾幕から目が離れるとなか
なか避けられるものではない。次々迫り来る翡翠の弾幕、気合避けもここまでか、
「野符[GHQクライシス]!!!」
スペル発動。
一段目の遣い魔達から放たれる弾幕で、永琳の弾幕と相殺。
更に2,3段目の遣い魔から放たれる弾幕は、確実に永琳を捕らえていた。
「この程度の単純な弾幕、私の敵じゃないわ!!」
しかし永琳は余裕の表情で、避けようとし、
(かかった!!)
弾幕が屈折した。
まっすぐ、馬鹿正直に来る弾幕と信じ込んでいた永琳は、屈折する弾幕が集まってくる、密集地帯のど
真ん中にいた。
無論、回避できるわけが無い。
「ぐ…くそ!操神[オモイカネディバイス]…!」
互いの弾幕、赤と青、それらがぶつかり合い、轟音を轟かせ、辺りに硝煙を発生させる。
しばしその状態で硬直したかと思うと、遂に、2人の弾幕の要となる遣い魔が、大爆発を起こした。
物凄い轟風に耐え切れず、慧音と永琳は殆ど同時に、反対方向へぶっ飛ばされる。
濛々と立ち上っていた煙が、近くの窓から吹き込んでくる夜風に靡き、流されていく。その中に、
(八意永琳……噂に違わぬ強さだ…!)
(上白沢慧音……満月でもないのに、この強さは何!?)
二人が向き合い、立っていた。
2人の間を一陣の風が吹き抜け、それを合図とするように、2人は再び、戦闘を再開した。
◆
「ここ………かな?」
妹紅が行き着いた先、無限回廊が、終える扉。終えるはずの無いものが、終えているのだ。そのことに
多少の不気味さを覚えながら、誰も答えてくれない質問を喉から搾り出す。
―今まで進んできた廊下に分かれ道は無かった。十中八九ここだろう。―
いつもなら、慧音がそう的確な返答をしてくれる、筈だった。しかし、今、ここに慧音はいない。
自分のために道を切り開いてくれたのだ。自身が死ぬかもしれない、というリスクを押し殺してまで。
その慧音の心意気に答えなくてはいけない。
そういう思考が、義務感の様に妹紅の心を駆け巡る。
(絶対に、2人で、永遠亭から、堂々と脱出してやる。)
覚悟を決め、深々と深呼吸をし、目の前の扉を開いた。
◆
その日から、私は満月の日が楽しみになった。
彼女が角に巻いてくれた紅いリボン、それが、私たち2人の絆の象徴のように思えた。
だから、満月が来るたびに、それがあることを確認し、安堵していた。
もう、怖いものなど何も無い。
もう、彼女に迷惑などかけない。
証拠の無い確信を、一つの小さな決意を、私は抱いていた。
◆
「ふぅ、やっと来たわね?」
「私は貴方を待たせといた覚えは無いわ。…輝夜。」
その扉の向こうは、不思議な空間だった。
家の中のはずなのに、あたり一面満天の星空。月が、真正面に浮かんでいる。
満月。
そう、これは、満月の異変時に永琳が使った、密室術の改良版。その月に映るシルエット、月の姫、蓬
莱山輝夜が、
「そういえば、貴方のお守役の半獣娘はどうしたの?」
白々しく、嫌味の様に妹紅に訊ねた。
「今は、永琳と交戦中よ。」
端的に事実だけを告げる妹紅を厭きれた様な目つきで見やり、輝夜の目がふと、同情の色を帯びた。
「可哀想に。貴方の我侭で、むざむざ殺されに来るなんて、ねぇ?」
無論、本心から同情している訳でない。その証拠に、輝夜の口調には、どこか楽しんでいる様だった。
「…どういう意味よ?」
「まだ判らないの?仮定として考えてみなさい、満月の異変、貴方を討伐に行った人間と妖怪。それら
全てが…」
「だから、何なのよ!!」
「貴方達を誘き寄せる為の、罠、だったとしたら!」
「!!」
「貴方達に、勝機は無いのよ!!くらいなさい!神宝[ブリリアントドラゴンバレッタ]!!!」
いきなりのスペル発動。輝夜が発生させたその弾幕を、妹紅は、見たことが無かった。
「……難題、じゃない!!?」
遣い魔から放たれる鋭い弾幕と丸い弾幕。規則的と不規則的。相反する二つの弾幕が交差し、一つの壮
大な弾幕を形成する。
輝夜もさる事ながら、その弾幕を、ほぼ反射神経と勘だけで避け続ける妹紅もたいしたものだ。
「あら。意外とやるじゃないの。まあ、それ位やってくれないと、」
弾幕が途切れ、妹紅がここぞとばかりに攻撃を繰り出そうとした瞬間、
「張合いが、無いけどね!!」
一気に発生する弾幕の量が倍増。至近距離からの攻撃で一気に決めようとしていた妹紅は、完全に意表
を突かれた状態に陥った。
迫り来る五色の弾丸、それらをもろに体に受け、
「ぐっ、がっ…!」
体を突き抜ける鈍い感触と、肉が引き裂かれる鋭い感触。狂いそうなほどのその痛みもほんの一瞬。妹
紅の体が紅蓮の炎に包まれる。
「リザレクション!!」
咆哮と共に、妹紅の体が再生した。ぺっ、と口から血反吐の混じったつばを吐き出し、憎悪のこもった
目で輝夜を睨みつける。
「くそ!何なのよ、さっきの弾幕は!!」
妹紅の睨みを真正面から受け止め、輝夜は、
「難題の発展系、[神宝]よ。貴方は初見かもね。見せた覚え、無いから。」
馬鹿にした様な口調で返す。
その口調に、妹紅の中で、何かが繋がった。
そうか、そういうことか。要するに、私と慧音を確実に葬り去るため、私との戦いのときは絶対に[神
宝]は使わない。ずっと、輝夜は待っていたのだ。私を、絶対的な力で葬り去る時を。何百年もの間。
地面に這い蹲る私を侮蔑の目で見下し、愉悦に顔を歪め、思う存分弄ってから、葬る、その瞬間を。
(勿論、そうはさせない!!)
妹紅の中に芽生えたその憎悪でも恨みでもないその感情に突き動かされ、妹紅は、再び輝夜を灰燼に帰
す為、不死鳥のエフィクトを出現させた。
◆
「…は、はは、弾幕の切れが鈍ってきたわよ、半獣!」
「…ぐ、そういう貴様こそ弾幕の密度が薄いぞ!」
弾幕の応酬を続けながら、罵り合いも続けている。そろそろ、どちらの体力も限界が近い。先にそう分
析したのは、永琳だった。
(そろそろ決めないと、まずいわね。)
この慧音という半獣を、自分は見縊り過ぎたのかもしれない。だからこそ、ここまでの苦戦を強いられ
ているのだ。
決めた。
「あなたも、よくやった方ね。冥土の土産に、最大弾幕で葬ってあげる!秘術[天文密葬法]!!」
「なッ……!!」
慧音が驚くのも無理は無い、呼び出された数十匹もの遣い魔たち、それらが慧音を囲むように配置され、
「いくわよぉ~~!!」
永琳のその叫びと同時に、巨大な弾丸を遣い魔たちに向かって放つ。その弾丸の衝撃波に遣い魔達が悲
鳴を上げ、弾丸を次々と吐き出していく。その弾幕の真っ只中で、慧音は思考を巡らせていた。
(…私のスペルはもう残り少ないな。弾消しに使えるほど残っていない…)
「ハハ!万策尽きた、か!?」
こういう戦いは、先に油断した方の負けとなる。そして、永琳は今、私を倒したものと、完全に油断し
ている!
目の前に迫る蒼い巨弾、それを、
「国符[三種の神器~剣~]!!」
創造した剣で、
「ッハア!!」
気合一閃、ズン、と鈍い音、切先を突きたてた。その巨弾の勢いが完璧に殺され、こんどは、逆向きに
なった。つまり、慧音が、永琳に向かって突き進んでいる。
「っな!!そんな事したら…」
実は、遣い魔達は「蒼い色」に反応して弾幕を発生させていたのだ、そんな事をすれば、慧音は至近距
離からの弾幕をくらうことになる。
服が裂け、血が滲んできた。しかし、慧音の瞳の奥に煌々と光る勝利の確信は、未だ衰えない。そして、
とうとう遣い魔の囲いを、抜けた。
「ぐっ、く!」
ここまで来られると、弾幕の本当の威力のうち7,8割くらいが消滅する。蒼い巨弾を慧音向かって発射
し、慧音は、避けようともせずにその弾に突っ込んで来た。
(!!もうアレを抜けるだけで精一杯だったのね!)
勝利の確信、慧音の串刺しにした弾と永琳が発射した弾とがぶつかり合い、爆発を起こす。
「は、ははははは!!」
可笑しさがこみ上げてきて、たまらずに笑いが漏れてきた。そんな永琳の背中に、
激痛が、はしった。
「は、っぐぁ!」
背中には深い切り傷、何が起きたか判らない永琳の目に、
「今回は、私の勝ちだな。」
血の滴る剣をスペルに戻す慧音の姿を捕らえた。意識が闇の中へ閉じていく寸前、
(あれはダミー、囮か……!)
やっと、気がつき、永琳は気絶した。
「妹紅…やったぞ。いま助太刀に、行く、からな。」
この先に待っているはずの妹紅に、そう報告してから、悲鳴を上げる体を精神力で引っ張り、慧音は妹
紅のところへと向かう。
その先に、何が待っているかを知らずに。
◆
「リザ…レクション……!!」
「はは、もう五回目よ!私のスペルはまだ一枚目なのに!!」
まるで、次元が違った。輝夜はいまだ「ブリリアントドラゴンバレッタ」を継続している。難題ならあ
る程度避けられて、ほぼ互角に戦えていたのにそれがただ、ワンランクアップしただけで、ここまで差
がつくものとは。
自分が、甘かったのかもしれない。弾幕を避け続けながら、口を自嘲の形に歪める。私の我侭の所為で、
まんまと輝夜の罠にはまるとは。こんな事では、慧音に申し訳なくて顔を合わせられない。
目の前の弾丸を素手ではじき落として、自分が思ったことに、驚愕した。
慧音に申し訳ない、どころではない。自分の我侭に付き合わせ、あげくの果に永琳と戦わせてしまって
いる。もしかしたら、死んでしまうかもしれないのに。
「うふふ、そんなにあの半獣娘のことが心配かしら?」
いきなりの図星。
輝夜が弾幕の手を休め、問答に移った。
「永琳は仮にも蓬莱人よ。高々半獣ごときに倒せると思う?」
「うるさい!慧音は…慧音はッ……!!」
「絶対に負けない、かしら?」
「うッ……」
「そんなこと、何処に確信があるの?むしろ、私たちと同じ蓬莱人である永琳の方が勝つと思うけど?」
「………」
慧音が勝つ、と、信じたかった。いつも通りの強気な言葉で、慧音が勝つに決まってるじゃない、と反
論してやりたかった。しかし。輝夜の言う事にも、認めたくは無いが一理ある。そして。慧音が言った、
あの言葉。
―妹紅に、蓬莱の薬を服用してから今までの記憶全てを消し去る覚悟があるのなら、人間だった頃に戻
りたいのなら、輝夜は、私が消してもいい。―
その言葉が、頭の中を木霊の様に響いている。
でも。そんな事は、嫌だ。
その決意が、妹紅を突き動かした。
輝夜の懐に一気に飛び込み、
「私は!貴方を倒して、慧音と一緒にここを出る!!それが、私の選択肢だ!!」
決意の咆哮、
「滅罪[正直者の死]!!」
スペル発動。
穿つ弾幕、炙るレーザー。至近距離からのこれの回避は、ほぼ不可能に近い。
「そう。それが貴方の選択肢なのね。」
両手を広げ、虚空を見ながら弾幕を避けようともしない輝夜も、
「その選択肢、ボロボロにしてあげる!!」
スペル発動。
「神宝[サラマンダーシールド]!!」
あたり一面が、紅蓮の獄炎に覆い尽くされた。部屋中に展開された炎の弾幕は、妹紅の弾幕を、更には
妹紅までも飲み込んでいった。
全てが、終えた。かに見えた。
「輝夜…!貴…様アァ!!」
◆
その部屋の扉を開けた瞬間、悪夢のような光景が飛び込んできた。防戦一方の妹紅、嘲笑う輝夜。呆然
として、声を上げることすらできなかった。目の前で、妹紅が、窮地に立たされている。その現状を目
の当たりにしてもなお、慧音は動けなかった。
そして、遂に。
輝夜の炎の弾幕が、妹紅を、飲み込んだ。
輝夜の狂ったような、下卑た笑いを聞いて、慧音の中で、何かが切れた。
気がついたときには、輝夜の真正面に、立っていた。
「あら、惜しかったわね。もうちょっと早かったら妹紅と協力して私を倒せたかもしれない…の、に?」
慧音の体が、変化しつつあった。角が生え、尻尾も生える。知識と歴史の半獣、いや、「歴史喰らい」、
ワーハクタク。その象徴の姿だった。
「あらあら…これの所為かしらね。」
そんな慧音を見ても余裕の表情を保ったまま輝夜は、後ろの満月を指差し、言う。
「よくもッ!妹紅を!!」
輝夜の言葉も耳には入らない。慧音の逆鱗、スペル発動。
「転世[一条戻り橋]!!!」
往く弾幕と、帰す弾幕。それぞれの弾幕が、縦横無尽に飛び交い、輝夜を捕捉して、
「うふふ…難題[仏の御石の鉢 -砕けぬ意思-]。」
全てが、掻き消された。砕かれる橋、呆然とする慧音。その慧音に、レーザーが、照射された。
「貴方には、この程度で充分ね。」
照射されただけであって、発射された訳ではない。ただレーザーの軌道が示されただけなのだ。
「グッ…!!」
横っ飛びで回避するが、如何せんレーザーは速い。完璧に慧音の腹部を捕捉していたレーザーは、回避
運動があったにもかかわらず、慧音の右足を炙った。
「く、ああぁああぁああ……!」
苦痛の悲鳴を上げる慧音に輝夜は近づいていき、耳元で、囁いた。
途端、慧音の体から力が抜け、目が虚ろになった。
まるで、操り人形が糸を切られたときのように。
「じゃあね。難題[蓬莱の弾の枝 -虹色の弾幕-]。」
―妹紅はね。貴方の言った言葉を気にし過ぎてたみたいよ。その所為かしらね?私に負けたのは。―
輝夜の二つの言葉。それは確実に、慧音から気力を奪った。
私の言った言葉の所為で。
その所為で、妹紅は負けたのか。
迷惑はかけない、と、遠い日に誓ったはずなのに。
もはや、死のうが生きようがどうでもよかった。
避ける気力もわいてこない。
―バイバイ、妹紅。最後に一目、会いたかった……。―
虹色の弾幕が、慧音に次々とぶつかっていった。
◆
「あら、まだ息があるのね?流石は半獣。」
どこら辺が流石かはわからないが、輝夜は近くでボロボロになっている慧音に声をかける。しかし、答
えは返ってこない。ただ、その胸が呼吸に合わせて動いているだけ。それ以外に、これといった動きは
無い。
「……たい…」
慧音が、唐突に口を開いた。
「はい?」
輝夜が聞き返すと、
「死に…たい…」
虚ろな目が輝夜の姿を視認し、
「殺して…くれ。」
確かに、そういった。それを聞いた輝夜は、顔いっぱいに笑みを浮かべた。その笑みは、晴れ晴れとし
ていて、しかし、見るものを失望のどん底に突き落とすような、そんな笑みだった。
「うふふふふ…蓬莱人じゃないし、…殺してあげる。」
スペルカードを取り出して、発動させようとし、刹那、
「ふざ…けるな!!」
渾身の力でリザレクションをした妹紅が、慧音の前に立ちはだかっていた。
「…まだリザレクションできたのね。」
特に驚きも、これといった感想も抱かない輝夜に、妹紅は、ほぼ気力だけで立っている体に残された僅
かな力を振絞り、輝夜に抗っていた。
「慧音と、初めて会った…ときから決めて…いたんだ!絶対に、…護るって!!悲しい思いは、させないっ
て!!」
息が荒い。喋るのもいっぱいいっぱいな様だ。
「私たちは、朽ちない。でも、そっちの娘は、朽ち行く存在よ。そんなもの、護ってどうするの?」
押し殺した様な輝夜の声、再び、先ほどよりも強い声で、
「ふざけるな!!!」
叫んだ。
「来世で逢うと、約束した!慧音は、約束を破るような奴じゃない!!」
よく息が続いたものだと思う。蝋燭は燃え尽きる瞬間が一番激しいというかなんというか。
「そんなこと、根も葉もないじゃないのよ。」
転生など、あまり信じられる話ではない。そう思ったからこその、言葉だった。
「うるさいうるさいうるさいうるさい!!!決めたんだ、私は!」
そう叫び、一瞬の静寂、そして、
「フェニックス再誕!!!」
炎が、膨れ上がった。
「なッ…!まだこれほどの力が残って!?」
狼狽した言動とは裏腹に、その攻撃に逸早く体が反応、寸前で突っ込んできた不死鳥をかわす。
「でも、所詮は最後の足掻きね!」
そう妹紅に言おうとして、妹紅は、もうそこにはいなかった。慧音も。
「まさ、か!?」
先ほど通り過ぎた不死鳥たちを振り返ると、確かに最後尾の不死鳥、両翼を羽ばたかせる妹紅、その手
に抱えられた、慧音の姿を見た。不死鳥が、壁をぶち破り、
「…逃げられた、わね。」
誰かに言うわけでもなく、自身に、確認するように喋った。
壁穴から覗く本当の星空に、両翼を羽ばたかせる一匹の不死鳥が見えた。
◆
「……ね…けいね……起きなさい、慧音!!」
暗闇の中で、慧音は確かにその聞きなれた声を聞いた。どこか懐かしい、その声に誘われ、目を、開い
た。
「も…こう……?」
目の前にあったのは、その人、藤原妹紅の顔。慧音が目を覚ましたことに少なからず安心したのか、ほ
っとした笑みを漏らしていた。
「あ、はは、は……」
途端、堪え切れない感情がこみ上げてきた。涙が溢れてくる。
「慧音?」
訝しげに慧音の顔を覗き込む妹紅を眼前にし、
「結局、私は妹紅に迷惑かけてばかり、だ!結局、妹紅の邪魔をしてしまった、こんな…馬鹿な私に……
妹紅と一緒にいる資格など、…ないいんだ。もう…死んだ方が、マシだ…」
ぶちまけた。辺り構わず、本心を。
「慧音…」
何か言いかけた妹紅は、首を振ると、
ばちぃいいん!!
めちゃくちゃいい音がした。慧音は平手でおもいっきり殴られた頬を押さえ、驚いたように、というか
反応できないようで、妹紅を見つめている。
「慧音の馬鹿!!!」
ばっちぃいいいいん!!
もう一発、頬に平手打ち。さっきよりも強烈だった。叩かれた頬を押さえると、かなり熱をもっていた。
いや、それよりも。
涙を流しながら殴ってきた妹紅のほうに、驚いた。
「大体ね、私の所為でこんなことになったんだから慧音が謝る必要は何処にも無い、って言うか別に慧
音のことを迷惑だ、なんて思った事ないし、それに、あの言葉!輝夜の歴史を消すって言ってたけど、
絶対いや!そんで、一番肝心なとこが、」
一息、大きく息を吸ってから、
「慧音が死ぬ必要なんてどこにも無いのよ、馬鹿ああぁああ~~~~~~~~~~!!!」
言いたい事をすべて言い尽くしたらしい、そこまで言って言葉を切ると、
「慧音の、馬鹿ぁ~……」
とうとう嗚咽まで聞こえてきた。
「なんで、輝夜の歴史を消すことが、嫌なんだ?」
少々気後れしたが、思い切って訊いてみる事にした。
「ぐず、決まってるじゃない、…あなたに、逢えないからよぉ~~~!」
(やっぱり、私は馬鹿だ。妹紅に、いつも悲しい思いをさせてしまう。)
いつか、誓ったはずなのに。
私は何時もそれを破ってしまう。
だから。
優しく、泣きじゃくる妹紅を、抱き寄せた。
「約束するよ、妹紅。」
「……」
「朽ち果てるときまで、一緒にいるって。」
「…ぐずっ……」
「絶対に。」
「ひっく、約束、よ。」
「ああ。」
夜の風、いつもは冷ややかに感じる風が、なんだか温かく感じられた。
◆
(ねえ?)
彼女は、唐突に、そう私に話しかけてきた。
(なぁに?)
(そういえば、まだ名前聞いてなかったわね。あなた、名前は?)
(え?あ、うと、かみしらさわけいね。)
(へぇ、いい名前ね。私、藤原妹紅。よろしく、慧音ちゃん。)
(ふぇ、よろしく、もこうのおねえちゃん!)
◆
今日も、歴史は創られている。
創っているのは、人間、妖怪、森羅万象、そして貴方。
生きとし生けるもの、必ず歴史には刻まれる。
例え、その枠から外れていようとも。
今日も妹紅と慧音は日々を暮らす。
その日々がいつまで続くかは判らないが、それまで、この時間を大切にしよう、と妹紅と慧音は、互い
にひっそりと誓ったのだった。
完
何百年もの間、ずっと。
そして、ある満月の夜、私たちは出会った。
深い闇を照らす、暖かい月の光の下で。
360度、見渡す限りの竹林の中で。
何億といる人間、何億といる妖怪。
その中の、一人と一人が出会った。
それを、奇跡だと私は思う。
◆
「…もう一度訊くぞ、妹紅。本当にやるのか?」
「当たり前よ。もうアイツには愛想が尽きたわ。」
立ち並ぶ竹林の奥に、ひっそりと佇む永遠亭を眼前にし、2人の少女が会話を交わしていた。
片方は、皆さんご存知満月の夜になるとキャラの変わる半獣、上白沢慧音。
が、残念ながら今宵は満月ではない。
そして、もう片方は、蓬莱の人の形、藤原妹紅。
「…しかし、不死身同士が戦っても決着は永遠につかないと思うのだが。」
少々遠慮がちに、それでもごもっともな意見を慧音が妹紅に言うと、
「大丈夫よ。再生できなくなるまで灰にしてやるわ。」
強気な妹紅はその頑固とも取れる決意を揺るがさない。
妹紅がここまでして彼女の宿敵、蓬莱山輝夜を滅ぼそうとしているのには、それなりの訳がある。
それは、満月が永遠亭一派により隠された事件。
それを解決した、一人の巫女と、一人の隙間妖怪。
そこまでは別に腹立たしいことではないのだが、問題は、満月が戻った後、そいつらをこの私、藤原妹
紅討伐に向かわせたこと。
永遠亭一派の中の人物を向かわせるならともかく、全く何も知らない奴らを騙して(というか真実を告
げずに)利用するとは、狡猾としか言いようが無い。
少々理不尽かもしれないが、誇りを持って永遠亭とわたり合って来た自分の腹を立てさせるには充分す
ぎた。
永遠亭と自分達とでは勢力の差がありすぎる、今はまだ期ではない、と反対する慧音を(お願い~、と
上目遣いで)説き伏せ、こうして永遠亭の前までやってきたのだ。
妹紅の頑固な決意に、慧音はお手上げのポーズをとってハァ、と息を吐き出した。
「そこまで決意が固ければ仕方ない、一暴れしてくるか。…それ相応のリスクもあるが。」
慧音の肯定+αの言葉に、妹紅は右手の人差し指を慧音の鼻面に突きつけ、
「そこ。マイナス発言禁止!」
顔に微笑を浮かべながら、凛々しい声を返した。
その微笑につられてか、慧音もふっと微笑を浮かべ、
「そうだな。すまん。」
頭を下げた。
「じゃあ、」
再び永遠亭に向かい直り、
「行きますか。」
2人は威風堂々、永遠亭へと足を踏み出した。
(何事も無ければいいが…なんだか、嫌な予感がする。)
慧音の思った、「それ相応のリスク」。
永遠亭の因幡達、一体一体の基本性能と自分たち2人の基本性能。その差は歴然としている。その因幡
達を統べる二匹の兎、鈴仙・U・イナバと因幡てゐすらも、二人は凌駕する。問題は、ことの元凶蓬莱
山輝夜とその付き人、八意永琳位だ。
しかし、それは一体一体での話。もしも徒党を組まれたら、いくら妹紅といえど、きつい戦いを強いら
れることになる。
それこそが、慧音の危惧していることなのだ。
(お前はどう思う、妹紅?)
もちろん答えなど返ってこない。
目の前で、意外と小さな妹紅の後姿が、その艶やかな髪を夜風に靡かせていた。
◆
初めて逢った時、私は歴史を見ることができると言っても、まだ幼かった。
一方彼女は、今と全く変わらない、少女だった。
友達も無く、半獣というだけで、里の人間達から迫害され続けてきた私は、彼女に育てられた。
当時迫害されていた私は人間不信に陥っていた。
事あるごとに反抗する私を見捨てることなく、根気良く接し続けてくれて彼女に、私は、感謝したい。
◆
「不死[火の鳥-鳳翼天翔-]!!」
エフィクトに火の鳥の雄大な翼を思わせる炎が展開され、その一部が目の前にある永遠亭の、年期の入
った土壁に向かい、不死鳥のごとく神速の勢いで突撃する。
「あっ、そんないきなり…」
時既に遅し、慧音の戒めが妹紅にとどく頃、2人の目の前の土壁は、無機質なものが融解する音と紅蓮
の炎の渦と共に解け去った後だった。
「何か言った、慧音?」
とぼけた顔でこちらを振り返る妹紅の顔には、既に笑いの色は無い。完全に臨戦態勢に入っている。
「…いや、別に。」
ここまでやってしまったら、覚悟を決めるしかない。
まだシューシューいっている壁に、自分のお気に入りのスカートをこがされないよう、細心の注意を払
いながら、永遠亭にいとも簡単に侵入。
「鈴仙様~!てゐ様~!侵入者です~~!!」
でもないか。
苦笑を浮かべながら、しかし彼女の思考は微塵たりとも冷静さを欠いてはいなかった。
「…安心しろ、殺しはしない。野符[武烈クライシス]。」
慧音が遣わせた数匹の遣い魔から発生する、渦のような弾幕。そちらの方に気を取られ過ぎたその因幡
は、慧音本体が放った弾に全く反応できずに、
「がっ、カハッ…」
どてっぱらに直撃した。もうこれで騒ぎがあまり広がらずに済む。多数対小数の戦術の基本は、相手に
混乱を与えることにある。ここで自分たちの存在を知らてしまっては、早いうちに混乱を解かれてしま
う。最下層レベルの弾幕を使ったのも、その為だった。なるたけ、輝夜と永琳に接触する寸前までその
手段をとっておきたい。
「不滅……」
え?
自分の真後ろで聞こえた嫌な予感の予兆とも言うべき声、バッ、と振り向いた慧音は目の前の光景を信
じたくなかった。その目に映ったのは、スペルカードを取り出し今まさに発動させんとする妹紅の姿。
愕然とし、
「ちょっ、待ってくれ、モコォ~~~~~~~!!」
慧音の叫びも虚しく、妹紅の背の炎が一気に膨れ上がり、
「フェニックスの尾!!」
一気に爆発。あたりかまわず炎の塊を撒き散らす。
慧音の作戦は、妹紅に告げられることなく崩れ去った。
「ちぃ!国符[三種の神器~鏡~]!!」
目の前に迫った妹紅の弾幕を、鏡を使用して反射させる。元々は自分の発生させた弾幕を反射させるト
リッキーな攻撃の為のものだが、こういう使用方法もあるのだ。
「妹紅!これでは作戦が…!!」
今となっては後の祭りだが、それでも慧音は妹紅に食って掛かった。
「いいのよ、これで。」
意外にも、妹紅は笑顔で返してきた。何がいいものか、これではみすみす勝機を捨てているようなもの
だ。そう言おうとして、
「邪魔するものがあったら、容赦なく灰燼に帰す。ただ、それだけよ。」
妹紅の言葉に、すべて封殺された。
慧音の口からクッ、という音が漏れ、
「あそこだ!!」
案の定、この騒ぎを聞きつけた因幡達が徒党を組んでやってきた。その中には、
「姫には絶対に、指一本触れさせないわっ!!」
「れ~せんちゃん、ガンバレ~。」
因幡達を統べる兎、鈴仙とてゐもいる。
杞憂に、終わって欲しかったのに。
◆
私は彼女と違って、朽ち逝く存在だ。
彼女は成長しないのに、私はする。
それは、別れが存在することを意味する。
だけど、悲しくは無い。
きっと、来世で逢えると信じているから。
絶対に。
◆
「…五月蝿い兎ね。」
因幡の部隊を見やりながら、妹紅が呟く。
「唯の兎かどうかは、自分の目で確かめなさい!!「懶惰[生神停止(マインドストッパー)]!!」
鈴仙の発生させた無数の遣い魔から、抜け道の無い迷路のごとき弾幕が放たれる。
その迷路を、
「この程度か!くらえ!!」
躊躇無く突っ切る慧音。
「国符[三種の神器~剣~]!!」
自分の掌に創造した剣、それで弾幕を一刀両断。
次々迫り来る弾幕を、妖夢顔負けの剣捌きで切り裂いていく。
「くそ!てゐ!!」
堪り兼ねた鈴仙が叫び、
「はいは~い![エンシェントデューパー]!!」
呼応するようにてゐが弾幕を発生させる。
レーザーが慧音を囲み、更に、幾重もの蒼い弾が慧音に向かっていく。
(くっ、しまった!!)
目の前に迫り来る弾、その弾が直撃する刹那、
「慧音!こっちだ!!」
唐突に轟いたその声に、半ば反射的にその声の方へ横っ飛び。
体を丸め、衝撃を吸収させながら、
「焼き尽くせ!蓬莱[凱風快晴 -フジヤマヴォルケイノ-]!!」
目の前で、灼熱の弾幕が展開された。その様はまるで、火山の噴火。遣い魔が収束しては爆ぜている。
その弾幕は、鈴仙とてゐの弾幕を全てかき消した。無論それだけではない。鈴仙とてゐの弾幕をかき消
してなお余る弾幕は、直接的にダメージを兎達に与える。
それは、絶大なものだった。
「ぐっ…まさか…こんなに力の差があるとは…!!」
「し、ししょぉ~~~!!」
その叫びを残し、その場にいた兎達は永遠亭の天井を突き破り、満天の星空に吸い込まれていった。
◆
彼女と出会って、初めての満月の夜。
私は、木の洞の中に身を隠していた。
彼女が、今日の私の姿を見たら、本当に私を見捨ててしまうかもしれない。
それが、怖かった。
(慧音?そこにいるの?)
急に、外から響いた彼女の優しい声。
顔が青ざめ、自然と涙が溢れて来た。
外にでる、というよりは彼女に姿を見られることを必死で拒絶する私を、無理やり外に引っ張り出し、
月明かりの下で私の姿を見て、一言、
(何でそこに隠れてたの?)
確かに私の妖怪の証、角と、尻尾を見たはずなのに。
目に湛えた涙が、零れ落ちた。
うれしかったんだ、その瞬間は、本当に。
◆
「なあ、妹紅。」
「ん?」
永遠亭の広すぎる廊下を、目的の人物を探しながら歩いていく慧音は、妹紅に話しかけた。
「なんで、そこまでして輝夜を殺したい?」
既に、何年も前からわかっている事実を、慧音は訊いた。
妹紅は、眉根を寄せ、
「…父様の、仇、だ。」
唇を噛締め、地の底から唸る様な声で、言葉を返す。
「…そうか。」
「?」
後になって、自分がなぜそんな事を訊いてしまったのだろう、と思う。
嘘。
本当は、答えは出ている。
「輝夜の存在を、歴史から消す。そうすれば、妹紅の言う父の仇はいなかった事になる。」
「…え?」
「つまり、妹紅が蓬莱人になることは無い、そういうことだ。」
「慧音?何を?」
「妹紅に、蓬莱の薬を服用してから今までの記憶全てを消し去る覚悟があるのなら、人間だった頃に戻
りたいのなら、輝夜は、私が消してもいい。」
「!!」
無益な殺生は、好きではない。それが、敵であっても。妹紅には、予想外のことだったろう。
妹紅は無表情になってしまった。多分、色々な感情が渦巻いているんだと思う。その所為で、どの種類
の感情も表に出せない、言うならば、混沌の表情。
「…でたわね。」
突如口を開き、妹紅がつむいだ言葉に、答えがか?と訊き返そうとしたが、
違った。
敵、だった。
「貴方達ね?私の弟子達を苛めてくれたのは。」
「…八意…永鈴……!!」
赤と紺の服に身を包んだ月の民は、廊下の奥で微笑を浮かべてこちらを見ていた。見る人によっては嘲
笑ととれるかもしれない。とにかく、決して良い感じを受けない笑みを浮かべている永琳は、再びその
嘲笑の形にゆがめた口を、開いた。
「どうする?私に殺されるか、姫に殺されるか。選ばせてあげる。」
速効で反応するのはもちろん妹紅。敵意むき出しの声で、
「貴方ごとき、10秒で灰に戻してあげるわ!」
スペルカードを取り出して、
「駄目だ。」
慧音に止められた。
「…なんでよ、慧音。」
不服そうに慧音を睨み、噛み付くように言う。
「妹紅だって、万全な状態で輝夜と戦いだろう?」
「そりゃまあそうだけど…」
「なら、ここは私に任せろ。」
「でも…でもッ……!!」
渋る妹紅の肩を強引に掴み、瞳を覗き込み、
「私を、信じられないのか?」
いつもよりも強い声で、瞳で、言った。
「……わかった…わ。」
その眼力に気圧されたのか、妹紅がついに折れ、話がついたところで、
「姫は、私の後ろの廊下の突き当たりの襖の中。いって、殺されてきなさい。」
永琳が口を挟んでくる。
先ほどまでの神妙な雰囲気は何処へやら、
「輝夜の次は、貴方よ、永琳!」
すれ違いざま、そう吐き捨てて、神速の速さで廊下を突き進んでいく。
各々の戦いが、幕を開ける時が来た。
◆
(なんでそんなにその姿を見られることを嫌うの、慧音?)
(ひぐっ…だって…里のみんなが、この、ぐずっ、つのと、しっぽのせいで、いじめてくる、から…こ
んな……)
(…ちょっと、目を瞑ってなさい。)
(…え?)
(良いものあげる。手を出して。)
私が目を開けたとき、私が差し出していた手の上には、紅いリボンがあった。
◆
「アハハ!天呪[アポロ13]!!」
「ふん!終符[幻想天皇]!!」
お互いの弾幕が入り乱れ、相殺している。いや、僅かに押されているのが慧音のほうか。
幾つか防ぎきれない弾幕が慧音に向かって飛んでくる。
しかし、その程度の弾幕は余裕を持って避けられる。結局のところ、五分五分。
「流石に、少しはやるようね!でも、これはどうかしら!!蘇活[生命遊戯 -ライフゲーム-]!!」
永琳のスペル発動に対し、慧音は、
(そろそろスペルの残りが少ない。後半戦に備え、ここは、気合避けだ。)
微塵たりとも冷静を欠いていない判断を下す。
「うおっ…と!」
顔面向かって飛んできた一つの弾を、すれすれで回避、したは良いが、一度弾幕から目が離れるとなか
なか避けられるものではない。次々迫り来る翡翠の弾幕、気合避けもここまでか、
「野符[GHQクライシス]!!!」
スペル発動。
一段目の遣い魔達から放たれる弾幕で、永琳の弾幕と相殺。
更に2,3段目の遣い魔から放たれる弾幕は、確実に永琳を捕らえていた。
「この程度の単純な弾幕、私の敵じゃないわ!!」
しかし永琳は余裕の表情で、避けようとし、
(かかった!!)
弾幕が屈折した。
まっすぐ、馬鹿正直に来る弾幕と信じ込んでいた永琳は、屈折する弾幕が集まってくる、密集地帯のど
真ん中にいた。
無論、回避できるわけが無い。
「ぐ…くそ!操神[オモイカネディバイス]…!」
互いの弾幕、赤と青、それらがぶつかり合い、轟音を轟かせ、辺りに硝煙を発生させる。
しばしその状態で硬直したかと思うと、遂に、2人の弾幕の要となる遣い魔が、大爆発を起こした。
物凄い轟風に耐え切れず、慧音と永琳は殆ど同時に、反対方向へぶっ飛ばされる。
濛々と立ち上っていた煙が、近くの窓から吹き込んでくる夜風に靡き、流されていく。その中に、
(八意永琳……噂に違わぬ強さだ…!)
(上白沢慧音……満月でもないのに、この強さは何!?)
二人が向き合い、立っていた。
2人の間を一陣の風が吹き抜け、それを合図とするように、2人は再び、戦闘を再開した。
◆
「ここ………かな?」
妹紅が行き着いた先、無限回廊が、終える扉。終えるはずの無いものが、終えているのだ。そのことに
多少の不気味さを覚えながら、誰も答えてくれない質問を喉から搾り出す。
―今まで進んできた廊下に分かれ道は無かった。十中八九ここだろう。―
いつもなら、慧音がそう的確な返答をしてくれる、筈だった。しかし、今、ここに慧音はいない。
自分のために道を切り開いてくれたのだ。自身が死ぬかもしれない、というリスクを押し殺してまで。
その慧音の心意気に答えなくてはいけない。
そういう思考が、義務感の様に妹紅の心を駆け巡る。
(絶対に、2人で、永遠亭から、堂々と脱出してやる。)
覚悟を決め、深々と深呼吸をし、目の前の扉を開いた。
◆
その日から、私は満月の日が楽しみになった。
彼女が角に巻いてくれた紅いリボン、それが、私たち2人の絆の象徴のように思えた。
だから、満月が来るたびに、それがあることを確認し、安堵していた。
もう、怖いものなど何も無い。
もう、彼女に迷惑などかけない。
証拠の無い確信を、一つの小さな決意を、私は抱いていた。
◆
「ふぅ、やっと来たわね?」
「私は貴方を待たせといた覚えは無いわ。…輝夜。」
その扉の向こうは、不思議な空間だった。
家の中のはずなのに、あたり一面満天の星空。月が、真正面に浮かんでいる。
満月。
そう、これは、満月の異変時に永琳が使った、密室術の改良版。その月に映るシルエット、月の姫、蓬
莱山輝夜が、
「そういえば、貴方のお守役の半獣娘はどうしたの?」
白々しく、嫌味の様に妹紅に訊ねた。
「今は、永琳と交戦中よ。」
端的に事実だけを告げる妹紅を厭きれた様な目つきで見やり、輝夜の目がふと、同情の色を帯びた。
「可哀想に。貴方の我侭で、むざむざ殺されに来るなんて、ねぇ?」
無論、本心から同情している訳でない。その証拠に、輝夜の口調には、どこか楽しんでいる様だった。
「…どういう意味よ?」
「まだ判らないの?仮定として考えてみなさい、満月の異変、貴方を討伐に行った人間と妖怪。それら
全てが…」
「だから、何なのよ!!」
「貴方達を誘き寄せる為の、罠、だったとしたら!」
「!!」
「貴方達に、勝機は無いのよ!!くらいなさい!神宝[ブリリアントドラゴンバレッタ]!!!」
いきなりのスペル発動。輝夜が発生させたその弾幕を、妹紅は、見たことが無かった。
「……難題、じゃない!!?」
遣い魔から放たれる鋭い弾幕と丸い弾幕。規則的と不規則的。相反する二つの弾幕が交差し、一つの壮
大な弾幕を形成する。
輝夜もさる事ながら、その弾幕を、ほぼ反射神経と勘だけで避け続ける妹紅もたいしたものだ。
「あら。意外とやるじゃないの。まあ、それ位やってくれないと、」
弾幕が途切れ、妹紅がここぞとばかりに攻撃を繰り出そうとした瞬間、
「張合いが、無いけどね!!」
一気に発生する弾幕の量が倍増。至近距離からの攻撃で一気に決めようとしていた妹紅は、完全に意表
を突かれた状態に陥った。
迫り来る五色の弾丸、それらをもろに体に受け、
「ぐっ、がっ…!」
体を突き抜ける鈍い感触と、肉が引き裂かれる鋭い感触。狂いそうなほどのその痛みもほんの一瞬。妹
紅の体が紅蓮の炎に包まれる。
「リザレクション!!」
咆哮と共に、妹紅の体が再生した。ぺっ、と口から血反吐の混じったつばを吐き出し、憎悪のこもった
目で輝夜を睨みつける。
「くそ!何なのよ、さっきの弾幕は!!」
妹紅の睨みを真正面から受け止め、輝夜は、
「難題の発展系、[神宝]よ。貴方は初見かもね。見せた覚え、無いから。」
馬鹿にした様な口調で返す。
その口調に、妹紅の中で、何かが繋がった。
そうか、そういうことか。要するに、私と慧音を確実に葬り去るため、私との戦いのときは絶対に[神
宝]は使わない。ずっと、輝夜は待っていたのだ。私を、絶対的な力で葬り去る時を。何百年もの間。
地面に這い蹲る私を侮蔑の目で見下し、愉悦に顔を歪め、思う存分弄ってから、葬る、その瞬間を。
(勿論、そうはさせない!!)
妹紅の中に芽生えたその憎悪でも恨みでもないその感情に突き動かされ、妹紅は、再び輝夜を灰燼に帰
す為、不死鳥のエフィクトを出現させた。
◆
「…は、はは、弾幕の切れが鈍ってきたわよ、半獣!」
「…ぐ、そういう貴様こそ弾幕の密度が薄いぞ!」
弾幕の応酬を続けながら、罵り合いも続けている。そろそろ、どちらの体力も限界が近い。先にそう分
析したのは、永琳だった。
(そろそろ決めないと、まずいわね。)
この慧音という半獣を、自分は見縊り過ぎたのかもしれない。だからこそ、ここまでの苦戦を強いられ
ているのだ。
決めた。
「あなたも、よくやった方ね。冥土の土産に、最大弾幕で葬ってあげる!秘術[天文密葬法]!!」
「なッ……!!」
慧音が驚くのも無理は無い、呼び出された数十匹もの遣い魔たち、それらが慧音を囲むように配置され、
「いくわよぉ~~!!」
永琳のその叫びと同時に、巨大な弾丸を遣い魔たちに向かって放つ。その弾丸の衝撃波に遣い魔達が悲
鳴を上げ、弾丸を次々と吐き出していく。その弾幕の真っ只中で、慧音は思考を巡らせていた。
(…私のスペルはもう残り少ないな。弾消しに使えるほど残っていない…)
「ハハ!万策尽きた、か!?」
こういう戦いは、先に油断した方の負けとなる。そして、永琳は今、私を倒したものと、完全に油断し
ている!
目の前に迫る蒼い巨弾、それを、
「国符[三種の神器~剣~]!!」
創造した剣で、
「ッハア!!」
気合一閃、ズン、と鈍い音、切先を突きたてた。その巨弾の勢いが完璧に殺され、こんどは、逆向きに
なった。つまり、慧音が、永琳に向かって突き進んでいる。
「っな!!そんな事したら…」
実は、遣い魔達は「蒼い色」に反応して弾幕を発生させていたのだ、そんな事をすれば、慧音は至近距
離からの弾幕をくらうことになる。
服が裂け、血が滲んできた。しかし、慧音の瞳の奥に煌々と光る勝利の確信は、未だ衰えない。そして、
とうとう遣い魔の囲いを、抜けた。
「ぐっ、く!」
ここまで来られると、弾幕の本当の威力のうち7,8割くらいが消滅する。蒼い巨弾を慧音向かって発射
し、慧音は、避けようともせずにその弾に突っ込んで来た。
(!!もうアレを抜けるだけで精一杯だったのね!)
勝利の確信、慧音の串刺しにした弾と永琳が発射した弾とがぶつかり合い、爆発を起こす。
「は、ははははは!!」
可笑しさがこみ上げてきて、たまらずに笑いが漏れてきた。そんな永琳の背中に、
激痛が、はしった。
「は、っぐぁ!」
背中には深い切り傷、何が起きたか判らない永琳の目に、
「今回は、私の勝ちだな。」
血の滴る剣をスペルに戻す慧音の姿を捕らえた。意識が闇の中へ閉じていく寸前、
(あれはダミー、囮か……!)
やっと、気がつき、永琳は気絶した。
「妹紅…やったぞ。いま助太刀に、行く、からな。」
この先に待っているはずの妹紅に、そう報告してから、悲鳴を上げる体を精神力で引っ張り、慧音は妹
紅のところへと向かう。
その先に、何が待っているかを知らずに。
◆
「リザ…レクション……!!」
「はは、もう五回目よ!私のスペルはまだ一枚目なのに!!」
まるで、次元が違った。輝夜はいまだ「ブリリアントドラゴンバレッタ」を継続している。難題ならあ
る程度避けられて、ほぼ互角に戦えていたのにそれがただ、ワンランクアップしただけで、ここまで差
がつくものとは。
自分が、甘かったのかもしれない。弾幕を避け続けながら、口を自嘲の形に歪める。私の我侭の所為で、
まんまと輝夜の罠にはまるとは。こんな事では、慧音に申し訳なくて顔を合わせられない。
目の前の弾丸を素手ではじき落として、自分が思ったことに、驚愕した。
慧音に申し訳ない、どころではない。自分の我侭に付き合わせ、あげくの果に永琳と戦わせてしまって
いる。もしかしたら、死んでしまうかもしれないのに。
「うふふ、そんなにあの半獣娘のことが心配かしら?」
いきなりの図星。
輝夜が弾幕の手を休め、問答に移った。
「永琳は仮にも蓬莱人よ。高々半獣ごときに倒せると思う?」
「うるさい!慧音は…慧音はッ……!!」
「絶対に負けない、かしら?」
「うッ……」
「そんなこと、何処に確信があるの?むしろ、私たちと同じ蓬莱人である永琳の方が勝つと思うけど?」
「………」
慧音が勝つ、と、信じたかった。いつも通りの強気な言葉で、慧音が勝つに決まってるじゃない、と反
論してやりたかった。しかし。輝夜の言う事にも、認めたくは無いが一理ある。そして。慧音が言った、
あの言葉。
―妹紅に、蓬莱の薬を服用してから今までの記憶全てを消し去る覚悟があるのなら、人間だった頃に戻
りたいのなら、輝夜は、私が消してもいい。―
その言葉が、頭の中を木霊の様に響いている。
でも。そんな事は、嫌だ。
その決意が、妹紅を突き動かした。
輝夜の懐に一気に飛び込み、
「私は!貴方を倒して、慧音と一緒にここを出る!!それが、私の選択肢だ!!」
決意の咆哮、
「滅罪[正直者の死]!!」
スペル発動。
穿つ弾幕、炙るレーザー。至近距離からのこれの回避は、ほぼ不可能に近い。
「そう。それが貴方の選択肢なのね。」
両手を広げ、虚空を見ながら弾幕を避けようともしない輝夜も、
「その選択肢、ボロボロにしてあげる!!」
スペル発動。
「神宝[サラマンダーシールド]!!」
あたり一面が、紅蓮の獄炎に覆い尽くされた。部屋中に展開された炎の弾幕は、妹紅の弾幕を、更には
妹紅までも飲み込んでいった。
全てが、終えた。かに見えた。
「輝夜…!貴…様アァ!!」
◆
その部屋の扉を開けた瞬間、悪夢のような光景が飛び込んできた。防戦一方の妹紅、嘲笑う輝夜。呆然
として、声を上げることすらできなかった。目の前で、妹紅が、窮地に立たされている。その現状を目
の当たりにしてもなお、慧音は動けなかった。
そして、遂に。
輝夜の炎の弾幕が、妹紅を、飲み込んだ。
輝夜の狂ったような、下卑た笑いを聞いて、慧音の中で、何かが切れた。
気がついたときには、輝夜の真正面に、立っていた。
「あら、惜しかったわね。もうちょっと早かったら妹紅と協力して私を倒せたかもしれない…の、に?」
慧音の体が、変化しつつあった。角が生え、尻尾も生える。知識と歴史の半獣、いや、「歴史喰らい」、
ワーハクタク。その象徴の姿だった。
「あらあら…これの所為かしらね。」
そんな慧音を見ても余裕の表情を保ったまま輝夜は、後ろの満月を指差し、言う。
「よくもッ!妹紅を!!」
輝夜の言葉も耳には入らない。慧音の逆鱗、スペル発動。
「転世[一条戻り橋]!!!」
往く弾幕と、帰す弾幕。それぞれの弾幕が、縦横無尽に飛び交い、輝夜を捕捉して、
「うふふ…難題[仏の御石の鉢 -砕けぬ意思-]。」
全てが、掻き消された。砕かれる橋、呆然とする慧音。その慧音に、レーザーが、照射された。
「貴方には、この程度で充分ね。」
照射されただけであって、発射された訳ではない。ただレーザーの軌道が示されただけなのだ。
「グッ…!!」
横っ飛びで回避するが、如何せんレーザーは速い。完璧に慧音の腹部を捕捉していたレーザーは、回避
運動があったにもかかわらず、慧音の右足を炙った。
「く、ああぁああぁああ……!」
苦痛の悲鳴を上げる慧音に輝夜は近づいていき、耳元で、囁いた。
途端、慧音の体から力が抜け、目が虚ろになった。
まるで、操り人形が糸を切られたときのように。
「じゃあね。難題[蓬莱の弾の枝 -虹色の弾幕-]。」
―妹紅はね。貴方の言った言葉を気にし過ぎてたみたいよ。その所為かしらね?私に負けたのは。―
輝夜の二つの言葉。それは確実に、慧音から気力を奪った。
私の言った言葉の所為で。
その所為で、妹紅は負けたのか。
迷惑はかけない、と、遠い日に誓ったはずなのに。
もはや、死のうが生きようがどうでもよかった。
避ける気力もわいてこない。
―バイバイ、妹紅。最後に一目、会いたかった……。―
虹色の弾幕が、慧音に次々とぶつかっていった。
◆
「あら、まだ息があるのね?流石は半獣。」
どこら辺が流石かはわからないが、輝夜は近くでボロボロになっている慧音に声をかける。しかし、答
えは返ってこない。ただ、その胸が呼吸に合わせて動いているだけ。それ以外に、これといった動きは
無い。
「……たい…」
慧音が、唐突に口を開いた。
「はい?」
輝夜が聞き返すと、
「死に…たい…」
虚ろな目が輝夜の姿を視認し、
「殺して…くれ。」
確かに、そういった。それを聞いた輝夜は、顔いっぱいに笑みを浮かべた。その笑みは、晴れ晴れとし
ていて、しかし、見るものを失望のどん底に突き落とすような、そんな笑みだった。
「うふふふふ…蓬莱人じゃないし、…殺してあげる。」
スペルカードを取り出して、発動させようとし、刹那、
「ふざ…けるな!!」
渾身の力でリザレクションをした妹紅が、慧音の前に立ちはだかっていた。
「…まだリザレクションできたのね。」
特に驚きも、これといった感想も抱かない輝夜に、妹紅は、ほぼ気力だけで立っている体に残された僅
かな力を振絞り、輝夜に抗っていた。
「慧音と、初めて会った…ときから決めて…いたんだ!絶対に、…護るって!!悲しい思いは、させないっ
て!!」
息が荒い。喋るのもいっぱいいっぱいな様だ。
「私たちは、朽ちない。でも、そっちの娘は、朽ち行く存在よ。そんなもの、護ってどうするの?」
押し殺した様な輝夜の声、再び、先ほどよりも強い声で、
「ふざけるな!!!」
叫んだ。
「来世で逢うと、約束した!慧音は、約束を破るような奴じゃない!!」
よく息が続いたものだと思う。蝋燭は燃え尽きる瞬間が一番激しいというかなんというか。
「そんなこと、根も葉もないじゃないのよ。」
転生など、あまり信じられる話ではない。そう思ったからこその、言葉だった。
「うるさいうるさいうるさいうるさい!!!決めたんだ、私は!」
そう叫び、一瞬の静寂、そして、
「フェニックス再誕!!!」
炎が、膨れ上がった。
「なッ…!まだこれほどの力が残って!?」
狼狽した言動とは裏腹に、その攻撃に逸早く体が反応、寸前で突っ込んできた不死鳥をかわす。
「でも、所詮は最後の足掻きね!」
そう妹紅に言おうとして、妹紅は、もうそこにはいなかった。慧音も。
「まさ、か!?」
先ほど通り過ぎた不死鳥たちを振り返ると、確かに最後尾の不死鳥、両翼を羽ばたかせる妹紅、その手
に抱えられた、慧音の姿を見た。不死鳥が、壁をぶち破り、
「…逃げられた、わね。」
誰かに言うわけでもなく、自身に、確認するように喋った。
壁穴から覗く本当の星空に、両翼を羽ばたかせる一匹の不死鳥が見えた。
◆
「……ね…けいね……起きなさい、慧音!!」
暗闇の中で、慧音は確かにその聞きなれた声を聞いた。どこか懐かしい、その声に誘われ、目を、開い
た。
「も…こう……?」
目の前にあったのは、その人、藤原妹紅の顔。慧音が目を覚ましたことに少なからず安心したのか、ほ
っとした笑みを漏らしていた。
「あ、はは、は……」
途端、堪え切れない感情がこみ上げてきた。涙が溢れてくる。
「慧音?」
訝しげに慧音の顔を覗き込む妹紅を眼前にし、
「結局、私は妹紅に迷惑かけてばかり、だ!結局、妹紅の邪魔をしてしまった、こんな…馬鹿な私に……
妹紅と一緒にいる資格など、…ないいんだ。もう…死んだ方が、マシだ…」
ぶちまけた。辺り構わず、本心を。
「慧音…」
何か言いかけた妹紅は、首を振ると、
ばちぃいいん!!
めちゃくちゃいい音がした。慧音は平手でおもいっきり殴られた頬を押さえ、驚いたように、というか
反応できないようで、妹紅を見つめている。
「慧音の馬鹿!!!」
ばっちぃいいいいん!!
もう一発、頬に平手打ち。さっきよりも強烈だった。叩かれた頬を押さえると、かなり熱をもっていた。
いや、それよりも。
涙を流しながら殴ってきた妹紅のほうに、驚いた。
「大体ね、私の所為でこんなことになったんだから慧音が謝る必要は何処にも無い、って言うか別に慧
音のことを迷惑だ、なんて思った事ないし、それに、あの言葉!輝夜の歴史を消すって言ってたけど、
絶対いや!そんで、一番肝心なとこが、」
一息、大きく息を吸ってから、
「慧音が死ぬ必要なんてどこにも無いのよ、馬鹿ああぁああ~~~~~~~~~~!!!」
言いたい事をすべて言い尽くしたらしい、そこまで言って言葉を切ると、
「慧音の、馬鹿ぁ~……」
とうとう嗚咽まで聞こえてきた。
「なんで、輝夜の歴史を消すことが、嫌なんだ?」
少々気後れしたが、思い切って訊いてみる事にした。
「ぐず、決まってるじゃない、…あなたに、逢えないからよぉ~~~!」
(やっぱり、私は馬鹿だ。妹紅に、いつも悲しい思いをさせてしまう。)
いつか、誓ったはずなのに。
私は何時もそれを破ってしまう。
だから。
優しく、泣きじゃくる妹紅を、抱き寄せた。
「約束するよ、妹紅。」
「……」
「朽ち果てるときまで、一緒にいるって。」
「…ぐずっ……」
「絶対に。」
「ひっく、約束、よ。」
「ああ。」
夜の風、いつもは冷ややかに感じる風が、なんだか温かく感じられた。
◆
(ねえ?)
彼女は、唐突に、そう私に話しかけてきた。
(なぁに?)
(そういえば、まだ名前聞いてなかったわね。あなた、名前は?)
(え?あ、うと、かみしらさわけいね。)
(へぇ、いい名前ね。私、藤原妹紅。よろしく、慧音ちゃん。)
(ふぇ、よろしく、もこうのおねえちゃん!)
◆
今日も、歴史は創られている。
創っているのは、人間、妖怪、森羅万象、そして貴方。
生きとし生けるもの、必ず歴史には刻まれる。
例え、その枠から外れていようとも。
今日も妹紅と慧音は日々を暮らす。
その日々がいつまで続くかは判らないが、それまで、この時間を大切にしよう、と妹紅と慧音は、互い
にひっそりと誓ったのだった。
完
ちょっとだけ気になった点が一つ。
私も、文章作法で人の事をとやかく言えるレベルではないのですが、「」内の文末の句読点は通常つけない方が見栄えが良いかと思います。