*タイトルに深い意味はありません。
*このSSはフィクションであり、実在の人物・団体・地名・創作物とは何ら関係無い事をご了承ください。
*又、色々と実在する何かに似ているものも出現するかもしれませんが、それもオマージュです。
○4月2~3日前後(詳細な日時不明) 夜 紅魔館
「お呼びでしょうか?」
薄白く輝く月の光に照らされ、白く輝く部屋のバルコニーに、メイドが降り立った。
「咲夜、ドッペルゲンガーと呼ばれる存在に出会ったことはある?」
部屋の奥から響く声は、前置きその他を完全に省いていきなり本題に切り込んできた。
メイドの経験上、この様なストレートな話題の入り方をされる時は、話題そのものが非常につかみ所が無く、
主人の我侭といたずら心から来るものか、状況そのものがかなり切羽詰っている事が多い。
「残念ですが、まだその手の妖怪には遭遇しておりません。仮に遭遇してもさほど脅威になるとは……」
まずは当り障りの無い返答を返す、まだ自分が判断し、それを提案する段階ではない。
「ドッペルゲンガーが恐れられているのはね、それそのものの攻撃力や奇襲・隠匿性ではないのよ」
「と、申しますと?」
「自分と変わらないモノ……自分と全く同じ存在がいる……あるはずのないものがある。それこそが真の恐怖よ」
なかなか本題に入ろうとしない、それとも今のやり取りが既に本題なのだろうか?
今回の話題は少々厄介な物かも知れない、そういぶかしみながらも、頭の中では次に問われるであろう問題と、
その展開をどう取るか模索し始めている。
「……今ひとつ実感が湧きません。仮に私がその様な存在に出会っても、恐ろしく感じるのでしょうか?」
「その質問自体、私に投げかけること自体が間違いだと知るべきなのでしょうけどね……
まあ良いわ、今の言葉はこれを見たら撤回したくなるわよ」
言葉と共に、部屋の奥から一枚の紙が宙を舞い、意思を持つかのように自らメイド長の手に収まる。
闇を見通す青い瞳がゆっくりと紙に下りる。
一見では、それはかなりぼろぼろになった紙だとしか思えなかった。
何かの衝撃で一度バラバラに砕けたものを無理矢理くっつけたのだろう。
かなり歪な姿に変わっていたが、記された内容を把握するにはさほど問題にはならなかった。
最初はその内容が何を示すのかが解らなかった。
1秒……2秒……3秒……時間がやけにゆっくり進む。
その紙に記された内容が脳内に入らずに、なぜか拒否している。
しかし時間が進行すると、彼女の思考能力と判断能力が動き出し、その内容を判読して理解に成功した。
脳が理解してしまった。
「…………ひっ!」
言葉にならない言葉が喉を突き抜け、空気が抜けたような悲鳴と共に、メイドの瞳孔が大きく広がった。
○4月18日 午後1時 大田区蒲田区民ホール
ぷしゅーーーっ
乗客を降ろした後、空気の圧力音と共にドアが閉まってバスが発車した。
バスの排気ガスがその場に残された乗客を包んで拡散して行く。
その最悪のタイミングで深呼吸をしてしまい、排気ガスを思い切り吸い込んでしまった少女がむせ返る。
「けほっけほっ!」
「魔理沙、大丈夫?」
「な゛な゛ん゛だが喉が染み゛る゛ぜ」(けほっ!)
「はい浄化符、これで少しはましになるわ」
紅白色の服に身を包んだ少女が、黒ずくめにエプロン装備+奇妙な三角帽子を被った少女に一枚の御札を渡した。
すると、とたんに黒ずくめ少女の呼吸がゆっくりと落ちついたものになる。
「ふう……助かったぜ、さんきゅな」
「外世界がこんなにひどい空気だったなんて……ただでさえ奇妙な事ばかりなのに……」
「貴方達は、こっちの空気に慣れてないからかしらね? 私は平気なんだけど」
2人とは違い、慣れた様子のもう一人の女性は少し背が高い。
紺色のワンピースに、前面にエプロン、頭にカチューシャと文句なしにメイドさんしている。
「蒲田か、何も変わってないのね……」
「何か言ったか?」
「いえ、何も」
メイドさんが何かを呟いたが、続きを口にする事は無かった。
黒ずくめの少女もそれ以上問うつもりも無いらしく、そこで一旦話題が途切れる。
この周囲から隔絶した服装の少女達は今、大田区蒲田区民ホールの前に足を運んでいた。
たぶん説明するまでも無いが念の為。
この少女達は、我らがヒロインの博霊 霊夢、霧雨 魔理沙、十六夜 咲夜である。
3人が一同に会している事自体は別に珍しい事ではない。
もちろん、例によって彼女達が巫女装束(装束っぽいもの)であり、魔法使い(エプロン装備)だったり、
少々スカートの短い事を除けばメイド姿であるのも通常通り。
いつもと違う点を挙げるとすれば、今彼女達がいるこの場所の雰囲気が全く似合わない、食い違っていることだろう。
ここは霊夢が管理する博霊神社でもなければ、鮮血のように紅いお屋敷、紅魔館でもなく、
魔法の森の脇にひっそりと佇む霧雨邸でも無い、いや、どう見ても幻想郷には見えないだろう。
この場所はいわゆる機械文明と呼ばれる文明であり、博麗大結界の外部、それも東京と思われるいる場所にいる事である。
「ここよ、ここが例大祭の会場」
「会場って何よ会場って、例大祭は普通神社でやるものでしょ?」
「すごい人だかりだな、博霊神社とは規模が違うぜ」
「寂れた神社で悪かったわね」
区民ホールは人でごった返していた。
外から見るだけでも相当数の人間が出入りしているのが解る、それに、ただ人が多いだけではない。
この建物は異常だ。彼女達は既にこの周囲一帯を覆う程に発散されている怪しげな気配を察知してた。
「何よこの不気味な雰囲気は、こんなに妖気が濃ければレミィでなくても怪しむじゃない」
「ずいぶん小さな建物だな、それにしても、どれだけ人が入ってるんだ?」
「なんだかおどろおどろしいわ、入ったら二度と出てこれなそうな気がするんだけど……」
「賛成だ。正直な所、とっとと引き返す事を提案したいが」
霊夢と魔理沙が慎重に、いや、態度からして露骨にこれ以上は踏み込みたくないと語ってる。
始めて目の当たりにする異様な雰囲気に飲まれてしまい、いぶかしむ2人の心境を察したのか、咲夜が一喝する。
「ここまで来てしまった以上引き返す事は出来ないのよ。しっかりなさいな、腹を括りなさい」
「…………」
「…………」
とたんに沈黙してしまう2人。
平時は自分達の数倍以上の力を擁する相手に相対し、それを前にして平然とそれに立ち向かえる勇敢さも、
あまりにも異質過ぎる相手の前には怯んでしまうのだろうか?
その様子を見た咲夜は憮然たる面持ちで眉の間に皺を作る。
が、次の瞬間にはある一つの自分が体験が記憶の底から浮上し、すぐに表情を戻す。
自分が初めて幻想郷に来た時、博麗大結界の内部に入り込んだ時、今まで自分が暮らしていた世界とは違う、
あまりの異質な世界に戸惑いを隠せず、パニックになりかけていた事を思い返していたのだ。
慣れない世界は危険だ、世界は受動的にも能動的にも異物を排除するように出来ている。
魔理沙を結界の外に連れ出した後は、高層ビル群や街頭の宣伝をを見ただけで開いた口が塞がらなかったし、
霊夢は先程まで乗っていたバスの中で顔を真っ青に染めていた。
乗り物酔いかと思ったら、エンジンの振動音があまりにも不気味で気味悪かったとの事だ。
自分にはそれが当然の事であり、慣れていても、そのものを初めて体験したのであれば話は別だ。
ほんの僅かな事が、なんとも思わない些細な出来事が「そこ」では恐るべき異常事態だと受け止められかねない。
今の彼女達は丁度その逆の現象を味わっていたのだった。
このような時は、その当事者達にも解り易いように、その現象を「翻訳」する必要がある。
本質的な解決にはならないが、とりあえず事態は収拾できる。納得するのは後でもいい。
咲夜は一度軽く息を吸い込んで、ざわめく心を落ち着けた後、丁寧に言葉を選んでゆっくりと語りかけた。
「これは……この彼らの行動は人の本質の一種とも言えるわね。
複数の人間の共通する目的が、それを実現させようと集結して集まったりすると、
その場が保持するキャパシティを越えた行動ですら平然と行ってのけるの」
「つまり、その場の欲に目が眩んでいるって訳ね」
「度を越えた欲は自滅の元だぜ、大きいつづらが良いとは限らないのだが」
「その行動の結果として彼らが自らの所為で自滅する可能性すら有りえるわ、無いとも言えない。
だけどそれはなにもこちら側だけに限られた話ではないでしょう?」
「良くも悪くも彼らは人間なのね」
「……なんだかちょっと安心したぜ」
2人にいつもの表情が戻る、咲夜が心配するほど彼女達はヤワではない。
「さくやーさくやー」
不意に咲夜の胸元で揺れているブローチから声が聞こえる。
声の主は、彼女が愛しその心身共に仕える主人、レミリア・スカーレットの声だ。
「早く中に入ってよー、これじゃ何にも解らないよー」
「レミィ、偵察は大事よ。焦っちゃ駄目」
図書館の主こと司書長パチュリーの諭す声も聞こえる。
どうやら2人とも何かの方法を使ってこの光景を目の当たりにしているのだろう。
「レミィ……今日は新月だったかしら」
「おいおい、作戦本部がお子様で大丈夫なのか?」
吸血鬼は月の齢に左右される。
レミリアも新月時は力を失い、口調や行動が退行化してしまう。
吸血鬼が吸血鬼であるが為、逃れられない束縛であり、宿命である。
「それ以上失礼な口聞いたら、いまこの場に2人の惨殺死体が転がるわよ?」
「そして作戦は失敗に終わるのだな、君は司令官として失格だ」
「司令官は結界の中でしょが」
まあ、お互いの立場や信望するものが異なる以上、この様な対立が発生するのも仕方ない事ではある。
もっとも、この様な事もいつも通りであり、結論が出る事も無い。
いわばこれは彼女達がこの場に馴染む為の儀式と言っても良い。
暫く後、儀式こといつものやり取りも終わり、とりあえず事を進める事にしたようだ。
「とりあえず行くわよ、さっさと終わらせましょう」
「だけど、これじゃあ何人の人間が入っているのか一目じゃわからないわ。どこから手をつければ良いのかしら?」
「よし! ちょっくらマスタースパークで見晴らしを良くしてやr」
ゴスッ!
霊夢のメガトンパンチが魔理沙をドつき倒した。
「いてて……何をするんだ」
「それはこっちの台詞、符を出していきなり何をするつもりだ、あんたは」
「…………うう」
咲夜が両手で顔を覆い、嘆いていた。
「……こいつらと一緒にいると、隠密行動も何も無いわね。まあ、もともと正面から突っ込むつもりでいたのだけど……」
「先手を打って手を打つのは戦術の基本だが?」
「関係ない人まで巻き込んでどうする!?」
「戦闘に犠牲はつきものだ」
「ハイハイ、どつき漫才はそこまで、もうさっさと突入するわよ。まずは正攻法で」
これ以上は待てない、二人の首根っこ掴んで引きずりながら会場に入る事にした。
このまま好き放題にさせると、無限ループか、永久パターンを発生させて、延々と漫才が繰り返される事だろう。
さて、何故彼女達が「こちら側」に来ているのか?
普段博麗神社で茶でも啜ってのんびりとしている筈の彼女達が、何故「こちら側」の例大祭に姿を現したのか?
この謎の隠密行動が一体何を意味するのか?
それを知る為には、この事件を取り巻く時計の針を少々逆回転させてみなければならない。
○4月10日前後(詳細な日時不明) 昼下がり 博麗神社
場所は博麗神社の縁側。
皆、咲夜が持ち込んだお手製のお茶菓子に舌鼓を打ちながら、相談と言う名のおしゃべりに興じていた。
彼女達となじみ深い者が見れば、さほど珍しい光景ではないと思うだろう。
「……たかだかお祭りじゃないの、お祭りで何が起こるって言うの」
「巫女がお祭りを放置してどうするの」
「少なくとも巫女の吐く台詞ではないな」
「それにね、私はこの神社の巫女。ここを放って余所に行く事も出来ないわよ」
「放置しようがしまいが大して変わらん神社に見えるが」
「そんな物、放っておいてもたいした事にはならないと思うんだけど……」
何やら話の内容が厄介事なのだろう。元からめんどくさがりやの霊夢は明らかに乗り気ではないらしい、
すでに表情が「めんどくさい」と語っている。
「確かに、あなたの言う通り多分問題は無いわ、このままならね。
しかしこちら側との繋がりがある以上は何が原因でどんな事を起こすか解らない、従って調査せよ……と。
レミリア様もそこを懸念してらっしゃるの」
「危険な芽は速めにつぶせと?」
「そこまでは言わないわ。ただし様子は見に行かなければならないし、
危険な物であると解ったらそれこそ何らかの処置を取るべきでしょうね」
「良いじゃないか、たかだかお祭りなんだから騒がしいのも当然だ」
「でも、それは外の世界の話でしょう? 私の管轄外な上に筋違いな気がするんだけど」
「筋は通ってるわ、これを見なさい」
それは、ぼろぼろになって、あちこちが破れて張り合わせられている一枚のチラシだった。
霊夢と魔理沙がチラシに視線を移した瞬間、2人の目が大きく、丸く開かれた。
一見すれば、桜色の背景にコミカルなタッチで複数人が踊るように宙を舞っているイラストが描かれている。
しかし、一同の目を引き付けたそれは、チラシ上部に堂々と書かれていたタイトルだった。
それは……
『博霊神社例大祭』
と、あった。
・
・
・
2人の顔から血の気が引いた。ちなみに今日の陽気は暖かいので、寒さによるものではない。
「……何よこれは、悪夢か何かしら?」
思わず女言葉になってしまった魔理沙。
「何度見てもアレなんだけど……恐ろしい程私達にそっくりでしょ?」
咲夜の顔も強張っている。
このチラシに描かれている人物達は、良く見知った顔である。いや、見知っているどころでは無い。
問題は、そこに描かれている人物達。どう見てもこれは彼女達や、彼女達の知り合いにしか見えない。
レミリア、フラン、パチュリー、咲夜、門番(この時点で彼女達の記憶から名前が消失していた)等、
紅魔館の面々を始めとして、チルノやルーミア等々、見れば庭師や冥界の主まで実に様々な面々が顔を出している。
多少デフォルメが入っているとはいえ、これはどう見ても今この場にいる彼女達で、それ以外に受け取る事が難しい。
「……」
霊夢に至っては言葉すら出せない。
何かを喋ろうとして口を動かしてはいるが、ぱくぱくと金魚のように開閉するだけで声にして喋る事が出来ていない。
「たぶん双方の世界の類似作用か、世界の修復作用が奇妙な具合に働いた事による現象だとは思うけど……にしてm」
「調査が必要だな、しかも早急に」
「あなたが急ぐなんて珍しいわね、けどこれに関しては全くの同感よ」
咲夜の言葉を遮って2人が喋りだした、咲夜が知る限り、彼女達がこれほど逼迫した表情は見たことが無い。
「こんな面白……もとい、危険な事は放っておいちゃいけないぜ」
「一応祭られている立場にあるのだから悪い気はしないんだけどね、ちょっと見てみたい気もするわ」
前言撤回、全然逼迫などはしていなかったらしい。
○お八つ時 紅魔館
場所は紅魔館の応接室。
あれから3人は、紅魔館に場所を移して打ち合わせする事になった。
理由は、盗み聞き等による情報漏洩を恐れた為、情報のセキュリティが万全であるこの館に移動した次第である。
霊夢・魔理沙がケーキをパクつきながらレミリア達と相対している。
「つまり、その鏡を通してレミィが見ているって訳ね」
「正確には指示する立場よ、作戦参謀としてパチュリーも呼んでおいたわ」
「……ええと、目の前の厄介事を簡単に回避する方法は」
レミリアが指差した先では、ネグリジェ姿の少女が本を読みながら呟いていた。
「パチュリー君、何最初から無気力な事口走っているのだね君は」
「……この面子で事が素直に運ぶわけ無いわ。だから、予防線を張っておきたいの」
「消極的に馬鹿にされたような気がするが、気のせいか?」
「正解よ、災害発生器と災害ブースターが一緒くたになった貴女がメンバーにいる時点で既に破滅が見えているのに」
「誉め言葉として受け取っておくぜ。……してもう一つに聞きたい」
「私の肺活量とスリーサイズは極秘事項よ」
「何でまたこれだけの豪華なゲストがいらっしゃるのだね?」
・
・
・
「わは~おやつ美味しい~」
「あ、このアイスクリームお替り頂戴」
「あのぅ……桜餅とかは無いのでしょうか?」
説明を省いていたが、この応接室は無駄なまでにだだっ広い。
その広い空間でも所狭しと妖怪やら妖精等がひしめいている。
殆どは顔見知りであるが、実に様々な顔ぶれがそろっている。
「何故って? そりゃ、彼女達も当事者だからよ」
「正確に言えば、お手伝いさんかしら? その紙は元々破片としてあちこちに散らばっていたの」
「幻想郷全体から集めたのね」
騒ぎの元であるチラシを見ると、あちこちが破れて足りないところが歯抜けのようになって穴があいている。修復魔法でも
これ以上は直せなかったのだろう。それでも可能な限りは修復が試みられているようだが。
「……結界を越えた時に砕けちゃったのかしら?」
「吹き飛んで消えなかっただけでもましだな、しかし何で又全員を集めてここに閉じ込めているんだ」
過ぎ去った事を何時までも論議しても意味は無いと判断したのか、魔理沙が話題を別の方向に展開する。
それに対する回答はただの一言。
「口封じよ」
その場の雰囲気が凍った、ちなみにチルノ等の氷精の仕業ではない。
「ちょっと……」
「この場にみんなをまとめておけば、外部に情報が漏れずに済むでしょ」
「……そいつぁ、口封じではなくて情報管制と言うべきでしょ」
とまあ、多少のお茶濁しや悶着はあったものの、会議自体はおおむね穏やかな方向ではまとまっていった。
決議内容を箇条書きすると以下のようになる。
・結界内外のパワーバランスを保つ為にも、隠密性も考慮すると実行人数は少数精鋭とする。
・実行部隊は霊夢・魔理沙・咲夜の3人で行う。これは、3人が人間であり、外の世界でも怪しまれずに済む容姿の為。
・レミリアが司令官として指示を下し、パチュリーが補佐を含めた作戦参謀となる。
・指示は遠話用ブローチを介して行う。このブローチは一種の緊急避難ゲートの役割も果たすので、細心の注意を持って
取り扱うべし。
・戦闘行為は極力避けること、止む終えず弾幕行為を実行する際は、自衛の範囲にとどめるべし。
・その他多数のゲストにも遠見鏡を介して実況中継する、これは暇つぶし……情報を平等に公開するためである。
・おやつの値段に制限は無い。
かくして、前代未聞の結界越境威力偵察作戦が実行に移された。
目的は……お祭りに参加する為である。
○4月18日 午後1時半 会場内
結局、力任せの正面突破ではなく、まずは正規の手段で潜入する事になった。目立たないに越した事は無い。
参拝料として小冊子を購入する事となっていた為金銭が必要になったが、咲夜が何処からとも無く紙幣を調達していた。
「全部旧札だけど、使えるのか?」等と少々揉めていたが、それ以外はたいした障害も無く会場に潜入する事が出来た。
それも驚くくらいあっさりと。
思えばこれこそが、嵐の前の静けさだったのかもしれない。
後に起こる大騒動からの最後の警告として……
会場内は恐ろしい程の人でごった返していた。
そこらかしこで人の列が作られて、狭い通路内で行き交う人たちはお互いの体がぶつかり合っている。
しかし、それは彼らにとって当たり前であるとされているのか、気にすることも無い。
ぶっちゃけ、人間の密度が非常に高いと言う事なのだが。
「すごい熱気……」
「……何、ここは」
「何と言うか---お祭りどころか、邪教の祭典って感じがするんだが」
実に素直で自分の感性に素直な、全くもって遠慮の無い一言でぶった切る魔理沙。
もちろん参拝者達の立場など微塵のかけらほどにも気にも留めてない。
「さて、ではそろそろおっぱじめるとするか。レミリア、パチュ、覚悟は良いか?」
「まりしゃ~がんばってね~」
「まずは広範囲結界を展開しなさい。丁度箱型の建物だから、スムースに行くわ」
「はいよ、おっと」
フリフリのスカートを持ち上げて、中から八卦炉を取り出そうとした時、服がよじれて懐から御札が落ちた。
その瞬間、魔理沙を取り巻く世界が微妙に変化し、存在が露呈された。
簡易結界が解けて、周囲と魔理沙との均衡が崩れた。
魔理沙がこちら側の世界側に取り込まれた。
その瞬間、ざわりっ!!っと空間が震えるような振動と共に恐ろしい勢いで周囲の雰囲気が変わった。
周りの空気が一瞬にして別のものにすり変わる。
「おい、あの子のコスプレすげーぞ!!」
「気合入ってるな~萌え萌え♪」
「カメラ、カメラ! どこやったんだ?」
「魔理沙~こっち向いて~♪」
会場内の感情が、沸騰するお湯のようにぼこぼこと昂ぶって来る。
参拝者の心がざわざわと騒ぎ出し、騒ぎの焦点である魔理沙に注目が集まってくる。集団心理が動き出す。
興奮と言う名の激しい衝動が次々と周囲に飛び火して行く。
「やっほ~みんな元気しているか~? いえーい、ハロハロこんにちわ~♪」
……こんな状況でも、魔理沙はいつもの魔理沙。
手を振って周囲に愛想を振り撒きながらニコニコと笑っていた。
べしっ!ピタッ!
「何をやっているか、何を! 状況を理解しやがれ!」
顔を紅くした霊夢が予備のお札を投げて、魔理沙のオデコに貼り付けた。
すると、とたんに周囲が発していた熱が冷めていく。彼女達と、この周囲に律された境界が出来た。
すううう……と、潮が引くように周囲の騒音が音量を下げて、やがて消滅した。
もう魔理沙は結界内の人である。
「アレ……? 俺、何やってたんだっけ」
「な、なぁ。いま魔理沙そっくりの子がいなかったっけ?」
「被写体がいねぇ……」
「……?」
今まで自分が何をやっていたのかが理解できないような参拝者達。
状況は一瞬にして終息し、壊れた世界の戒律が元に修復されていた。
「……作った本人が言うのも難だけど、すごい効き目ね」
「ちょっとだけ見直したわ、伊達に博麗の巫女はやってないのね」
「さくやー、はやくしらべてよー」
「遊んでないで、調査に取り移りなさい。まったく……災害がブーストする前に片付けるわよ」
胸のブローチが光って指示を出してくる、その点滅具合はかなり激しく、指令側の不満を露骨に表していた。
これ以上ここにいても埒があかない、調査に取り掛かろう。
3人はそう心に誓うと、会場に散らばっていった。
(後編に続く)
*このSSはフィクションであり、実在の人物・団体・地名・創作物とは何ら関係無い事をご了承ください。
*又、色々と実在する何かに似ているものも出現するかもしれませんが、それもオマージュです。
○4月2~3日前後(詳細な日時不明) 夜 紅魔館
「お呼びでしょうか?」
薄白く輝く月の光に照らされ、白く輝く部屋のバルコニーに、メイドが降り立った。
「咲夜、ドッペルゲンガーと呼ばれる存在に出会ったことはある?」
部屋の奥から響く声は、前置きその他を完全に省いていきなり本題に切り込んできた。
メイドの経験上、この様なストレートな話題の入り方をされる時は、話題そのものが非常につかみ所が無く、
主人の我侭といたずら心から来るものか、状況そのものがかなり切羽詰っている事が多い。
「残念ですが、まだその手の妖怪には遭遇しておりません。仮に遭遇してもさほど脅威になるとは……」
まずは当り障りの無い返答を返す、まだ自分が判断し、それを提案する段階ではない。
「ドッペルゲンガーが恐れられているのはね、それそのものの攻撃力や奇襲・隠匿性ではないのよ」
「と、申しますと?」
「自分と変わらないモノ……自分と全く同じ存在がいる……あるはずのないものがある。それこそが真の恐怖よ」
なかなか本題に入ろうとしない、それとも今のやり取りが既に本題なのだろうか?
今回の話題は少々厄介な物かも知れない、そういぶかしみながらも、頭の中では次に問われるであろう問題と、
その展開をどう取るか模索し始めている。
「……今ひとつ実感が湧きません。仮に私がその様な存在に出会っても、恐ろしく感じるのでしょうか?」
「その質問自体、私に投げかけること自体が間違いだと知るべきなのでしょうけどね……
まあ良いわ、今の言葉はこれを見たら撤回したくなるわよ」
言葉と共に、部屋の奥から一枚の紙が宙を舞い、意思を持つかのように自らメイド長の手に収まる。
闇を見通す青い瞳がゆっくりと紙に下りる。
一見では、それはかなりぼろぼろになった紙だとしか思えなかった。
何かの衝撃で一度バラバラに砕けたものを無理矢理くっつけたのだろう。
かなり歪な姿に変わっていたが、記された内容を把握するにはさほど問題にはならなかった。
最初はその内容が何を示すのかが解らなかった。
1秒……2秒……3秒……時間がやけにゆっくり進む。
その紙に記された内容が脳内に入らずに、なぜか拒否している。
しかし時間が進行すると、彼女の思考能力と判断能力が動き出し、その内容を判読して理解に成功した。
脳が理解してしまった。
「…………ひっ!」
言葉にならない言葉が喉を突き抜け、空気が抜けたような悲鳴と共に、メイドの瞳孔が大きく広がった。
○4月18日 午後1時 大田区蒲田区民ホール
ぷしゅーーーっ
乗客を降ろした後、空気の圧力音と共にドアが閉まってバスが発車した。
バスの排気ガスがその場に残された乗客を包んで拡散して行く。
その最悪のタイミングで深呼吸をしてしまい、排気ガスを思い切り吸い込んでしまった少女がむせ返る。
「けほっけほっ!」
「魔理沙、大丈夫?」
「な゛な゛ん゛だが喉が染み゛る゛ぜ」(けほっ!)
「はい浄化符、これで少しはましになるわ」
紅白色の服に身を包んだ少女が、黒ずくめにエプロン装備+奇妙な三角帽子を被った少女に一枚の御札を渡した。
すると、とたんに黒ずくめ少女の呼吸がゆっくりと落ちついたものになる。
「ふう……助かったぜ、さんきゅな」
「外世界がこんなにひどい空気だったなんて……ただでさえ奇妙な事ばかりなのに……」
「貴方達は、こっちの空気に慣れてないからかしらね? 私は平気なんだけど」
2人とは違い、慣れた様子のもう一人の女性は少し背が高い。
紺色のワンピースに、前面にエプロン、頭にカチューシャと文句なしにメイドさんしている。
「蒲田か、何も変わってないのね……」
「何か言ったか?」
「いえ、何も」
メイドさんが何かを呟いたが、続きを口にする事は無かった。
黒ずくめの少女もそれ以上問うつもりも無いらしく、そこで一旦話題が途切れる。
この周囲から隔絶した服装の少女達は今、大田区蒲田区民ホールの前に足を運んでいた。
たぶん説明するまでも無いが念の為。
この少女達は、我らがヒロインの博霊 霊夢、霧雨 魔理沙、十六夜 咲夜である。
3人が一同に会している事自体は別に珍しい事ではない。
もちろん、例によって彼女達が巫女装束(装束っぽいもの)であり、魔法使い(エプロン装備)だったり、
少々スカートの短い事を除けばメイド姿であるのも通常通り。
いつもと違う点を挙げるとすれば、今彼女達がいるこの場所の雰囲気が全く似合わない、食い違っていることだろう。
ここは霊夢が管理する博霊神社でもなければ、鮮血のように紅いお屋敷、紅魔館でもなく、
魔法の森の脇にひっそりと佇む霧雨邸でも無い、いや、どう見ても幻想郷には見えないだろう。
この場所はいわゆる機械文明と呼ばれる文明であり、博麗大結界の外部、それも東京と思われるいる場所にいる事である。
「ここよ、ここが例大祭の会場」
「会場って何よ会場って、例大祭は普通神社でやるものでしょ?」
「すごい人だかりだな、博霊神社とは規模が違うぜ」
「寂れた神社で悪かったわね」
区民ホールは人でごった返していた。
外から見るだけでも相当数の人間が出入りしているのが解る、それに、ただ人が多いだけではない。
この建物は異常だ。彼女達は既にこの周囲一帯を覆う程に発散されている怪しげな気配を察知してた。
「何よこの不気味な雰囲気は、こんなに妖気が濃ければレミィでなくても怪しむじゃない」
「ずいぶん小さな建物だな、それにしても、どれだけ人が入ってるんだ?」
「なんだかおどろおどろしいわ、入ったら二度と出てこれなそうな気がするんだけど……」
「賛成だ。正直な所、とっとと引き返す事を提案したいが」
霊夢と魔理沙が慎重に、いや、態度からして露骨にこれ以上は踏み込みたくないと語ってる。
始めて目の当たりにする異様な雰囲気に飲まれてしまい、いぶかしむ2人の心境を察したのか、咲夜が一喝する。
「ここまで来てしまった以上引き返す事は出来ないのよ。しっかりなさいな、腹を括りなさい」
「…………」
「…………」
とたんに沈黙してしまう2人。
平時は自分達の数倍以上の力を擁する相手に相対し、それを前にして平然とそれに立ち向かえる勇敢さも、
あまりにも異質過ぎる相手の前には怯んでしまうのだろうか?
その様子を見た咲夜は憮然たる面持ちで眉の間に皺を作る。
が、次の瞬間にはある一つの自分が体験が記憶の底から浮上し、すぐに表情を戻す。
自分が初めて幻想郷に来た時、博麗大結界の内部に入り込んだ時、今まで自分が暮らしていた世界とは違う、
あまりの異質な世界に戸惑いを隠せず、パニックになりかけていた事を思い返していたのだ。
慣れない世界は危険だ、世界は受動的にも能動的にも異物を排除するように出来ている。
魔理沙を結界の外に連れ出した後は、高層ビル群や街頭の宣伝をを見ただけで開いた口が塞がらなかったし、
霊夢は先程まで乗っていたバスの中で顔を真っ青に染めていた。
乗り物酔いかと思ったら、エンジンの振動音があまりにも不気味で気味悪かったとの事だ。
自分にはそれが当然の事であり、慣れていても、そのものを初めて体験したのであれば話は別だ。
ほんの僅かな事が、なんとも思わない些細な出来事が「そこ」では恐るべき異常事態だと受け止められかねない。
今の彼女達は丁度その逆の現象を味わっていたのだった。
このような時は、その当事者達にも解り易いように、その現象を「翻訳」する必要がある。
本質的な解決にはならないが、とりあえず事態は収拾できる。納得するのは後でもいい。
咲夜は一度軽く息を吸い込んで、ざわめく心を落ち着けた後、丁寧に言葉を選んでゆっくりと語りかけた。
「これは……この彼らの行動は人の本質の一種とも言えるわね。
複数の人間の共通する目的が、それを実現させようと集結して集まったりすると、
その場が保持するキャパシティを越えた行動ですら平然と行ってのけるの」
「つまり、その場の欲に目が眩んでいるって訳ね」
「度を越えた欲は自滅の元だぜ、大きいつづらが良いとは限らないのだが」
「その行動の結果として彼らが自らの所為で自滅する可能性すら有りえるわ、無いとも言えない。
だけどそれはなにもこちら側だけに限られた話ではないでしょう?」
「良くも悪くも彼らは人間なのね」
「……なんだかちょっと安心したぜ」
2人にいつもの表情が戻る、咲夜が心配するほど彼女達はヤワではない。
「さくやーさくやー」
不意に咲夜の胸元で揺れているブローチから声が聞こえる。
声の主は、彼女が愛しその心身共に仕える主人、レミリア・スカーレットの声だ。
「早く中に入ってよー、これじゃ何にも解らないよー」
「レミィ、偵察は大事よ。焦っちゃ駄目」
図書館の主こと司書長パチュリーの諭す声も聞こえる。
どうやら2人とも何かの方法を使ってこの光景を目の当たりにしているのだろう。
「レミィ……今日は新月だったかしら」
「おいおい、作戦本部がお子様で大丈夫なのか?」
吸血鬼は月の齢に左右される。
レミリアも新月時は力を失い、口調や行動が退行化してしまう。
吸血鬼が吸血鬼であるが為、逃れられない束縛であり、宿命である。
「それ以上失礼な口聞いたら、いまこの場に2人の惨殺死体が転がるわよ?」
「そして作戦は失敗に終わるのだな、君は司令官として失格だ」
「司令官は結界の中でしょが」
まあ、お互いの立場や信望するものが異なる以上、この様な対立が発生するのも仕方ない事ではある。
もっとも、この様な事もいつも通りであり、結論が出る事も無い。
いわばこれは彼女達がこの場に馴染む為の儀式と言っても良い。
暫く後、儀式こといつものやり取りも終わり、とりあえず事を進める事にしたようだ。
「とりあえず行くわよ、さっさと終わらせましょう」
「だけど、これじゃあ何人の人間が入っているのか一目じゃわからないわ。どこから手をつければ良いのかしら?」
「よし! ちょっくらマスタースパークで見晴らしを良くしてやr」
ゴスッ!
霊夢のメガトンパンチが魔理沙をドつき倒した。
「いてて……何をするんだ」
「それはこっちの台詞、符を出していきなり何をするつもりだ、あんたは」
「…………うう」
咲夜が両手で顔を覆い、嘆いていた。
「……こいつらと一緒にいると、隠密行動も何も無いわね。まあ、もともと正面から突っ込むつもりでいたのだけど……」
「先手を打って手を打つのは戦術の基本だが?」
「関係ない人まで巻き込んでどうする!?」
「戦闘に犠牲はつきものだ」
「ハイハイ、どつき漫才はそこまで、もうさっさと突入するわよ。まずは正攻法で」
これ以上は待てない、二人の首根っこ掴んで引きずりながら会場に入る事にした。
このまま好き放題にさせると、無限ループか、永久パターンを発生させて、延々と漫才が繰り返される事だろう。
さて、何故彼女達が「こちら側」に来ているのか?
普段博麗神社で茶でも啜ってのんびりとしている筈の彼女達が、何故「こちら側」の例大祭に姿を現したのか?
この謎の隠密行動が一体何を意味するのか?
それを知る為には、この事件を取り巻く時計の針を少々逆回転させてみなければならない。
○4月10日前後(詳細な日時不明) 昼下がり 博麗神社
場所は博麗神社の縁側。
皆、咲夜が持ち込んだお手製のお茶菓子に舌鼓を打ちながら、相談と言う名のおしゃべりに興じていた。
彼女達となじみ深い者が見れば、さほど珍しい光景ではないと思うだろう。
「……たかだかお祭りじゃないの、お祭りで何が起こるって言うの」
「巫女がお祭りを放置してどうするの」
「少なくとも巫女の吐く台詞ではないな」
「それにね、私はこの神社の巫女。ここを放って余所に行く事も出来ないわよ」
「放置しようがしまいが大して変わらん神社に見えるが」
「そんな物、放っておいてもたいした事にはならないと思うんだけど……」
何やら話の内容が厄介事なのだろう。元からめんどくさがりやの霊夢は明らかに乗り気ではないらしい、
すでに表情が「めんどくさい」と語っている。
「確かに、あなたの言う通り多分問題は無いわ、このままならね。
しかしこちら側との繋がりがある以上は何が原因でどんな事を起こすか解らない、従って調査せよ……と。
レミリア様もそこを懸念してらっしゃるの」
「危険な芽は速めにつぶせと?」
「そこまでは言わないわ。ただし様子は見に行かなければならないし、
危険な物であると解ったらそれこそ何らかの処置を取るべきでしょうね」
「良いじゃないか、たかだかお祭りなんだから騒がしいのも当然だ」
「でも、それは外の世界の話でしょう? 私の管轄外な上に筋違いな気がするんだけど」
「筋は通ってるわ、これを見なさい」
それは、ぼろぼろになって、あちこちが破れて張り合わせられている一枚のチラシだった。
霊夢と魔理沙がチラシに視線を移した瞬間、2人の目が大きく、丸く開かれた。
一見すれば、桜色の背景にコミカルなタッチで複数人が踊るように宙を舞っているイラストが描かれている。
しかし、一同の目を引き付けたそれは、チラシ上部に堂々と書かれていたタイトルだった。
それは……
『博霊神社例大祭』
と、あった。
・
・
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2人の顔から血の気が引いた。ちなみに今日の陽気は暖かいので、寒さによるものではない。
「……何よこれは、悪夢か何かしら?」
思わず女言葉になってしまった魔理沙。
「何度見てもアレなんだけど……恐ろしい程私達にそっくりでしょ?」
咲夜の顔も強張っている。
このチラシに描かれている人物達は、良く見知った顔である。いや、見知っているどころでは無い。
問題は、そこに描かれている人物達。どう見てもこれは彼女達や、彼女達の知り合いにしか見えない。
レミリア、フラン、パチュリー、咲夜、門番(この時点で彼女達の記憶から名前が消失していた)等、
紅魔館の面々を始めとして、チルノやルーミア等々、見れば庭師や冥界の主まで実に様々な面々が顔を出している。
多少デフォルメが入っているとはいえ、これはどう見ても今この場にいる彼女達で、それ以外に受け取る事が難しい。
「……」
霊夢に至っては言葉すら出せない。
何かを喋ろうとして口を動かしてはいるが、ぱくぱくと金魚のように開閉するだけで声にして喋る事が出来ていない。
「たぶん双方の世界の類似作用か、世界の修復作用が奇妙な具合に働いた事による現象だとは思うけど……にしてm」
「調査が必要だな、しかも早急に」
「あなたが急ぐなんて珍しいわね、けどこれに関しては全くの同感よ」
咲夜の言葉を遮って2人が喋りだした、咲夜が知る限り、彼女達がこれほど逼迫した表情は見たことが無い。
「こんな面白……もとい、危険な事は放っておいちゃいけないぜ」
「一応祭られている立場にあるのだから悪い気はしないんだけどね、ちょっと見てみたい気もするわ」
前言撤回、全然逼迫などはしていなかったらしい。
○お八つ時 紅魔館
場所は紅魔館の応接室。
あれから3人は、紅魔館に場所を移して打ち合わせする事になった。
理由は、盗み聞き等による情報漏洩を恐れた為、情報のセキュリティが万全であるこの館に移動した次第である。
霊夢・魔理沙がケーキをパクつきながらレミリア達と相対している。
「つまり、その鏡を通してレミィが見ているって訳ね」
「正確には指示する立場よ、作戦参謀としてパチュリーも呼んでおいたわ」
「……ええと、目の前の厄介事を簡単に回避する方法は」
レミリアが指差した先では、ネグリジェ姿の少女が本を読みながら呟いていた。
「パチュリー君、何最初から無気力な事口走っているのだね君は」
「……この面子で事が素直に運ぶわけ無いわ。だから、予防線を張っておきたいの」
「消極的に馬鹿にされたような気がするが、気のせいか?」
「正解よ、災害発生器と災害ブースターが一緒くたになった貴女がメンバーにいる時点で既に破滅が見えているのに」
「誉め言葉として受け取っておくぜ。……してもう一つに聞きたい」
「私の肺活量とスリーサイズは極秘事項よ」
「何でまたこれだけの豪華なゲストがいらっしゃるのだね?」
・
・
・
「わは~おやつ美味しい~」
「あ、このアイスクリームお替り頂戴」
「あのぅ……桜餅とかは無いのでしょうか?」
説明を省いていたが、この応接室は無駄なまでにだだっ広い。
その広い空間でも所狭しと妖怪やら妖精等がひしめいている。
殆どは顔見知りであるが、実に様々な顔ぶれがそろっている。
「何故って? そりゃ、彼女達も当事者だからよ」
「正確に言えば、お手伝いさんかしら? その紙は元々破片としてあちこちに散らばっていたの」
「幻想郷全体から集めたのね」
騒ぎの元であるチラシを見ると、あちこちが破れて足りないところが歯抜けのようになって穴があいている。修復魔法でも
これ以上は直せなかったのだろう。それでも可能な限りは修復が試みられているようだが。
「……結界を越えた時に砕けちゃったのかしら?」
「吹き飛んで消えなかっただけでもましだな、しかし何で又全員を集めてここに閉じ込めているんだ」
過ぎ去った事を何時までも論議しても意味は無いと判断したのか、魔理沙が話題を別の方向に展開する。
それに対する回答はただの一言。
「口封じよ」
その場の雰囲気が凍った、ちなみにチルノ等の氷精の仕業ではない。
「ちょっと……」
「この場にみんなをまとめておけば、外部に情報が漏れずに済むでしょ」
「……そいつぁ、口封じではなくて情報管制と言うべきでしょ」
とまあ、多少のお茶濁しや悶着はあったものの、会議自体はおおむね穏やかな方向ではまとまっていった。
決議内容を箇条書きすると以下のようになる。
・結界内外のパワーバランスを保つ為にも、隠密性も考慮すると実行人数は少数精鋭とする。
・実行部隊は霊夢・魔理沙・咲夜の3人で行う。これは、3人が人間であり、外の世界でも怪しまれずに済む容姿の為。
・レミリアが司令官として指示を下し、パチュリーが補佐を含めた作戦参謀となる。
・指示は遠話用ブローチを介して行う。このブローチは一種の緊急避難ゲートの役割も果たすので、細心の注意を持って
取り扱うべし。
・戦闘行為は極力避けること、止む終えず弾幕行為を実行する際は、自衛の範囲にとどめるべし。
・その他多数のゲストにも遠見鏡を介して実況中継する、これは暇つぶし……情報を平等に公開するためである。
・おやつの値段に制限は無い。
かくして、前代未聞の結界越境威力偵察作戦が実行に移された。
目的は……お祭りに参加する為である。
○4月18日 午後1時半 会場内
結局、力任せの正面突破ではなく、まずは正規の手段で潜入する事になった。目立たないに越した事は無い。
参拝料として小冊子を購入する事となっていた為金銭が必要になったが、咲夜が何処からとも無く紙幣を調達していた。
「全部旧札だけど、使えるのか?」等と少々揉めていたが、それ以外はたいした障害も無く会場に潜入する事が出来た。
それも驚くくらいあっさりと。
思えばこれこそが、嵐の前の静けさだったのかもしれない。
後に起こる大騒動からの最後の警告として……
会場内は恐ろしい程の人でごった返していた。
そこらかしこで人の列が作られて、狭い通路内で行き交う人たちはお互いの体がぶつかり合っている。
しかし、それは彼らにとって当たり前であるとされているのか、気にすることも無い。
ぶっちゃけ、人間の密度が非常に高いと言う事なのだが。
「すごい熱気……」
「……何、ここは」
「何と言うか---お祭りどころか、邪教の祭典って感じがするんだが」
実に素直で自分の感性に素直な、全くもって遠慮の無い一言でぶった切る魔理沙。
もちろん参拝者達の立場など微塵のかけらほどにも気にも留めてない。
「さて、ではそろそろおっぱじめるとするか。レミリア、パチュ、覚悟は良いか?」
「まりしゃ~がんばってね~」
「まずは広範囲結界を展開しなさい。丁度箱型の建物だから、スムースに行くわ」
「はいよ、おっと」
フリフリのスカートを持ち上げて、中から八卦炉を取り出そうとした時、服がよじれて懐から御札が落ちた。
その瞬間、魔理沙を取り巻く世界が微妙に変化し、存在が露呈された。
簡易結界が解けて、周囲と魔理沙との均衡が崩れた。
魔理沙がこちら側の世界側に取り込まれた。
その瞬間、ざわりっ!!っと空間が震えるような振動と共に恐ろしい勢いで周囲の雰囲気が変わった。
周りの空気が一瞬にして別のものにすり変わる。
「おい、あの子のコスプレすげーぞ!!」
「気合入ってるな~萌え萌え♪」
「カメラ、カメラ! どこやったんだ?」
「魔理沙~こっち向いて~♪」
会場内の感情が、沸騰するお湯のようにぼこぼこと昂ぶって来る。
参拝者の心がざわざわと騒ぎ出し、騒ぎの焦点である魔理沙に注目が集まってくる。集団心理が動き出す。
興奮と言う名の激しい衝動が次々と周囲に飛び火して行く。
「やっほ~みんな元気しているか~? いえーい、ハロハロこんにちわ~♪」
……こんな状況でも、魔理沙はいつもの魔理沙。
手を振って周囲に愛想を振り撒きながらニコニコと笑っていた。
べしっ!ピタッ!
「何をやっているか、何を! 状況を理解しやがれ!」
顔を紅くした霊夢が予備のお札を投げて、魔理沙のオデコに貼り付けた。
すると、とたんに周囲が発していた熱が冷めていく。彼女達と、この周囲に律された境界が出来た。
すううう……と、潮が引くように周囲の騒音が音量を下げて、やがて消滅した。
もう魔理沙は結界内の人である。
「アレ……? 俺、何やってたんだっけ」
「な、なぁ。いま魔理沙そっくりの子がいなかったっけ?」
「被写体がいねぇ……」
「……?」
今まで自分が何をやっていたのかが理解できないような参拝者達。
状況は一瞬にして終息し、壊れた世界の戒律が元に修復されていた。
「……作った本人が言うのも難だけど、すごい効き目ね」
「ちょっとだけ見直したわ、伊達に博麗の巫女はやってないのね」
「さくやー、はやくしらべてよー」
「遊んでないで、調査に取り移りなさい。まったく……災害がブーストする前に片付けるわよ」
胸のブローチが光って指示を出してくる、その点滅具合はかなり激しく、指令側の不満を露骨に表していた。
これ以上ここにいても埒があかない、調査に取り掛かろう。
3人はそう心に誓うと、会場に散らばっていった。
(後編に続く)