ある日の昼下がり、十六夜咲夜は香霖堂を訪れていた。
主であるレミリアの言いつけで、新しいティーカップを購入するためだ。
「そうだなぁ…これなんかはどうかな?」
奥からティーカップを探しに行っていた、店主の森近霖之助が箱を持って戻ってくる。
その中には、少し古びているが品のあるティーカップが入っていた。
見た目も悪くなく状態も良いので、レミリアも気に入るだろうと思える物だった。
「んー…そうね、これならお嬢様も納得してくださると思いますわ」
咲夜が納得したように頷くと、霖之助は少し安心しながらティーカップを箱に戻した。
先程からいくつもティーカップを見せていたが、中々気に入る物がなかった為である。
「それはよかった。では、これで決まりかな」
「えぇ、それにしましょう」
後で文句を言われないように霖之助が確認を取るが、咲夜の返事も変わる事はなく、
提示されている代金を支払って帰ろうとした。
しかしそこで、ふと店内にある一本のナイフが目に入った。
「あら、このナイフは…?」
そのナイフは短剣に近い大きさで、小さめの宝石が柄に埋め込まれている以外は大した装飾もない、
至って普通のナイフの様だった。
どうしてこんな普通のナイフが気になったのかは分からないが、咲夜を惹き付ける何かが感じ取れた。
「あぁ、それかい?こないだ拾ったものでね、吸血鬼退治に使われていたらしい」
と、霖之助がナイフについて解説する。
それを聞いてなのかは分からないが、咲夜も興味を持ったようでナイフを手に取った。
「へぇ…吸血鬼退治、ですか」
「あまり君には似つかわしくないものかも知れないね、それは」
まじまじとナイフを見つめていた咲夜に、霖之助が言った。
確かに霖之助の言うとおりで、吸血鬼に仕えるメイドが吸血鬼退治に使用された短剣を所持している、
というのはなんとも滑稽に思えた。
「ふふ、そうですわね……っ…!?」
そう答えながらナイフを置こうとした瞬間、奇妙な感覚が咲夜を襲った。
立ちくらみを起こしたようになり、倒れかけそうになったところを霖之助が支える。
「おっと…大丈夫かい?」
「え、えぇ…ありがとうございます」
少し恥ずかしい所を見られてしまったと思い、珍しく顔を赤くしながら咲夜が言った。
「働き過ぎで、疲労が溜まっているのかも知れないね。あまり無理をするものではないよ」
「うーん、そうですわね…お心遣い、感謝しますわ」
言いながら立ち上がると、ナイフを元の場所へ戻した。
今度は先程のような感覚に襲われる事もなく、咲夜も疲れが溜まっているのかもしれないと思い、
今日は長めに休憩を取ろうと考える。
「少し休んでから帰った方が、いいんじゃないかな?」
「いえ、もう大丈夫ですわ。それでは、失礼します」
霖之助の勧めを丁重に断ると、咲夜は香霖堂を後にした。
その日の仕事が終わり、咲夜は一先ずの休憩に入る。
少しの仮眠を取ってから、再び仕事に取り掛かるのでほとんど身体を休める事はない。
自分の部屋のベッドを整えて寝る支度をしていると、机の上にナイフが置かれている事に気付く。
「ふぅ…あら?このナイフは…」
気になって確認してみると、それは昼間に香霖堂で見かけた物と同一の物だった。
あの時確かに、元の場所へ戻したはずなのだが、それが何故ここにあるのか。
疑問に思った咲夜だったが、今は夜が明ける直前という時間の為、返しに行こうと思っても、
香霖堂は開いていないだろう。
「…持ってきた覚えはないのだけど…」
そう言いながらナイフを手に取った瞬間、咲夜は強烈な衝撃に襲われた。
「うぐっ…!?」
突然の衝撃を受けてその場に崩れ落ち、苦しそうに胸を押さえる。
自分ではない何者かが、自分の身体を蝕み侵食していくのを感じた。
必死で抗おうとする咲夜だったが、その抵抗も虚しく咲夜の意識は何者かによって支配されていく。
「くっ、うぅっ…かはっ、はぁっ…」
『コロセ……アクマヲ…コロセ…』
苦しそうに息を吐き出しながら、自分が自分でなくなる感覚に必死で耐える。
そこに追い討ちを掛けるようにして、何者かの声が咲夜の心に直接語りかけてくる。
その声からは強い恨みや怨念が感じ取れた。
(この声は…一体…何者なの…?)
僅かに残っている咲夜の意識が、その声に尋ねる。
しかし返ってくるのは先程と同じ言葉だけで、何の情報も得られなかった。
(……そうか、これは…)
薄れ行く意識の中で、霖之助に聞いた話を思い出した咲夜はその正体に気付く。
だがそれに気付いただけでは事態を好転させる事は出来ず、咲夜の意識は完全に支配されてしまう。
(お嬢……様……)
最後まで主であるレミリアの身を案じながら、咲夜の意識はそこで途切れてしまうのだった。
咲夜に異変が起きているのとほぼ同時刻に、門番をしていた美鈴が休憩の為に館の中へ入ってくる。
門の前で眠っている事も多々ある美鈴だったが、一応休憩の時間は与えられているのだ。
「…ん…?」
館の中へ足を踏み入れた瞬間、美鈴は館内を巡っている気の流れに乱れが生じているのを感じた。
それは即ち、この紅魔館に住んでいる誰かに何らかの異常事態が起きているという事である。
美鈴は普段から、気の流れを読む事によって館に住む者たちの容態、特にパチュリーや咲夜が体調不良になっている事に
すぐ気づけるようにしているのだ。
「この乱れ…咲夜さんに何かあったんでしょうか」
気の流れが乱れている原因となっている人物を特定すると、様子を確認するために咲夜の部屋へと向かった。
「咲夜さーん」
扉をノックしながら、部屋の中にいる筈の咲夜に呼びかける。
しかし、暫く待っても返事は返ってこなかった。
「うーん…もう寝ちゃったのかなぁ」
咲夜の事は心配だったが、寝ているのなら無理に起こすのは良くないと思い、そのまま自分の部屋へ戻ろうとする。
ガチャッ。
その時、突然部屋の扉が開かれて中から咲夜が現れた。
「わっ…さ、咲夜さん?起きてたなら言ってくださいよ…吃驚したじゃないですか」
急に出てきた咲夜に驚きながら、美鈴がいつもの調子で話し掛けたが、咲夜は無言で美鈴を見ていた。
その瞳は妖しい輝きを放っていて、表情からは何を考えているのかを読み取る事は不可能だった。
「…咲夜さん、どうしたんですか?」
明らかに普段とは違う様子を不審に思い、警戒しながら尋ねる。
最初は体調不良かも知れないと思っていた美鈴も、咲夜の放つ異様な雰囲気と気の乱れですぐにそうではないと確信していた。
美鈴の声が聞こえていないのか、咲夜は突然、手に持っていたナイフを構えて美鈴に向かって襲い掛かった。
「わわっ!?」
突然襲い掛かられて驚いた美鈴だったが、いとも容易く咲夜の攻撃を受け流すとそのまま距離を取る。
相手が武器を持っていようと、武術の達人である美鈴にとって大した問題ではない。
対処の仕方もしっかり心得ている為、こうして突然襲い掛かられても自然に身体が反応し、対処する事ができるのだ。
「咲夜さんっ、どうしたんですかっ!?」
次の攻撃に備えて構えを取りながら、美鈴が咲夜に呼びかける。
しかしその表情からは何の感情も読み取れず、美鈴の呼び掛けに答える気配はなかった。
その代わりに、今度はナイフの投擲を織り交ぜながら美鈴に向かって距離をつめてくる。
「くぅっ…とにかく、咲夜さんを止めないと…彩雨っ!」
飛んできたナイフを七色の弾幕で相殺しながら、咲夜を止める手段はないかと思案する。
気絶させるにしても、先ずは相手に接近する必要があり、咲夜が相手ではそれも困難だった。
「………!」
美鈴があれこれ考えている内に、咲夜からの攻撃は激しさを増していた。
無尽蔵に飛んでくるナイフの群れを何とか凌いでいるが、考え事をする余裕はなくなってきている。
「こうなったら、多少無茶でもやるしかない!気符…『地龍天龍脚』!!」
美鈴がスペルカードを発動し、力強く踏み込むと、強烈な衝撃波が発生し飛んでくるナイフを弾き飛ばす!
しかし一瞬でナイフを全て弾き飛ばされても、咲夜は動じる事もなく両手でナイフを構えて応戦の体勢を整えていた。
「はぁぁぁっ!」
虹色に輝く闘気を纏いながら、咲夜に向けて高速の飛び蹴りを放つ!
普段の咲夜なら時間を止めて回避するが、それをしようとせずナイフで蹴りを防いでいた。
「…っ!?」
美鈴の渾身の一撃を受けて、無表情だった咲夜の表情に僅かな驚きが見えた。
いくら防御しようと、生身の人間が防ぎきれるものではなく、防御の上からでも相当のダメージを受けてしまう。
「ふっ…せぇあぁぁっ!」
咲夜に生じた隙を見逃さずに、回し蹴りを放った美鈴だったが咲夜は素早く体勢を立て直して後退した。
「…能力を使えないようですね…それなら、私にだって!」
時間を操る能力を使えない事が分かり、美鈴は俄然強気になって攻め立てる。
激しい攻撃に防戦一方になっていた咲夜だったが、次第に美鈴の動きについてきていた。
「なっ!?」
そして遂に完全に対応できるようになると同時に、美鈴の前から咲夜の姿が消える。
能力を発動し、時間を止めて移動したのだ。
蹴りを空振らせてバランスを崩してしまい、姿を消した事に驚いて隙が生じてしまう。
咲夜はその隙を見逃さず、すかさず蹴りを叩き込んだ。
「ぐっ…!」
華奢な身体からは想像出来ないほどの強烈な蹴りを受けて、美鈴が壁に叩きつけられて地面に崩れ落ちる。
何とか直撃は避けたものの、その威力は普段の咲夜を圧倒的に上回っていた。
「さ、咲夜さん…」
顔を上げて先程まで咲夜のいた場所を見るが、既に咲夜の姿はなくなっていたのだった。
咲夜が姿を消した後、二人の戦闘を見ていたメイド妖精の一人が、慌てた様子でレミリアに報告をしている。
起きていた他のメイド妖精達は、美鈴を部屋まで運びに行った。
「ふむ…面倒な事になったわね」
報告を聞いたレミリアが、顎に手を当てて対策を考える。
相手が咲夜という事もあり、強引に叩き伏せる訳にも行かない厄介な相手だった。
「恐らく、怨霊か何かに取り憑かれでもしたんでしょう。気配がするもの」
一緒に報告を聞いていたパチュリーが、咲夜がおかしくなった原因をそう推測した。
魔女であるパチュリーは、そういった存在にも敏感である為、彼女がそう言うのなら間違いではないだろう。
「怨霊、か…異変は解決したって言ったじゃない、どうしてまた」
以前に起こった怨霊が地上に出現した異変の事を思い出しながら、レミリアが尋ねた。
あの時はパチュリー達が、魔理沙と霊夢を誘導して解決に向かわせて、無事に解決していたのだ。
既に怨霊は地底へと再び戻されて、地上に出てこないようになっているにも関わらず、
こうして取り憑かれてしまう事態になった事に疑問を覚えるのは、当然の事だろう。
「さぁ、それは何とも…どこかで変な物を拾ったりでもしたのかもね」
レミリアが咲夜にティーカップを買いに行かせた事を思い出しながら、パチュリーがそう推理した。
古い道具、特によく使い込まれた物だった場合、持ち主の霊が宿る事もあるのだ。
その性質は様々だが、それ故に霊が怨霊となって、俗に言う呪われた道具となる事もある。
もちろんそれに触れるという事は、取り憑かれる可能性も高いのだ。
「なるほどね…」
レミリアが納得したように頷くと、メイド妖精に指示を出して地下にいる妹を呼びに行かせる。
妹の能力で、その呪われた道具とやらを破壊する為だ。
「それにしても、ティーカップでは無さそうだし…何に宿っているのかしら」
さすがのパチュリーであっても、咲夜の所持品のどれに怨霊が宿っているかまでは分からないようだ。
だが咲夜自身が、自分の私物などほとんど持っていない為、可能性を持つ物は限られている。
「一応、悪霊退治なら霊夢も呼んで起きましょうか…美鈴に呼びに行かせなさい」
敵が悪霊だとすれば、除霊などが得意な巫女を呼ぶのは無駄にはならないだろう。
霊夢もそういった荒事は得意分野だったので、保険としては十分だ。
別のメイド妖精に指示を出して、美鈴に霊夢を呼びに行くように仕向ける。
「後は目的と居場所か…待っているだけで、来てくれないかしらね」
「そんなすぐに来られても困るのよ、レミィ。分かってるの?」
まだ妹も霊夢も呼びに行ったばかりなので、この館にはレミリアとパチュリーしか満足に戦える者はいない。
二人掛かりで苦戦するという事はないだろうが、パチュリーは可能な限り動きたくはなかったし、
そもそも咲夜を倒すのではなく止める必要がある事も厄介だった。
「分かってるわよ、パチェ。でもね、どう転ぼうと上手く行くわ。そういう運命だもの」
「それはまた、随分と頼もしい事ね」
自信たっぷりといった様子で、レミリアが親友に答える。
その様子に飽きれながらも信頼しているパチュリーは、改めて咲夜への対策を考えるのだった。
レミリア達が話し合いをしている間、美鈴の前から姿を消した咲夜は館の中を探索していた。
そして探索を始めて数十分で、館内にある一番大きな扉を見つけると、立ち止まって扉を見上げる。
「……」
ギイィ…
突然、重く鈍い音を立てて扉が開かれた。まるで咲夜を、部屋の中へと誘い込むように。
周囲を警戒しながら、慎重に部屋の中へと入っていく。
部屋の中には窓がなく、吊るされているシャンデリアの明かりがあるだけだった。
「クク…遅かったわね、咲夜」
薄暗い部屋の奥に置かれた玉座に座っていたレミリアが、咲夜の姿を見て話し掛ける。
その声を聞いた咲夜は臨戦態勢を取りながら、玉座の方へと近付いていく。
(やっぱり取り憑かれてるみたいね…気配で分かるわ)
玉座の背後に隠れているパチュリーが、レミリアに聞こえるように言う。
魔法により姿を消している為、その存在は咲夜に気付かれていなかった。
「まったく、その程度の雑魚幽霊に取り憑かれるなんて…たるんでるんじゃない?」
パチュリーの言葉を聞いて、余裕の表情で話を続けながら、咲夜が近付いてくるのを待つ。
咲夜は何も答えず、周囲を警戒しながらゆっくりとレミリアに接近する。
そのままある程度の距離まで近付くと、能力を発動して一気にレミリアの前まで接近し、その身体をナイフで貫いた。
「ぐっ…!?」
(レミィっ…!?)
止まっていた時間が動き出し、レミリアが苦痛に顔を歪めた。それを察知したパチュリーも、思わずレミリアの名前を呼ぶ。
レミリアを貫いた咲夜だけが動じる事もなく、ただ無表情にナイフを突き立てていた。
正に一瞬の出来事だった。レミリアは何が起こったのかすら理解できないまま、咲夜の方へ倒れる。
そしてそのまま、ぴくりとも動かなくなってしまった。
「………」
完全に動かなくなった事を確認すると、咲夜はナイフを抜いて立ち去ろうとする。
しかしその時、倒れていたレミリアの身体がドロリ、と溶け出した。
「……!?」
無表情だった咲夜の表情が、僅かだが驚愕しているように見えた。
その間も、溶け出したレミリアの身体が咲夜に纏わりつき動きを封じて行く。
「ふっ、掛かったわね…パチェったら、便利な魔法を編み出した物だわ」
玉座より奥にある扉から、勝ち誇った様子でレミリアが現れた。当然、刺された後など残っていない。
それに合わせるように、玉座の後ろにいたパチュリーも顔を出した。
「後の掃除が面倒なのが難点ね」
「それは咲夜にやらせるわよ。それにしても、本当に刺されるとは思わなかったわね」
咲夜がナイフで貫いたレミリアは、パチュリーが作り出した土人形だったのだ。
吸血鬼を狙っている事からレミリアを狙う事は容易に想像できた為、囮として作成したものである。
「で、パチェ。何とかできるの、これ?」
取り憑かれている咲夜を指しながら、レミリアが尋ねる。しかしパチュリーはお手上げと言った様子で、
「怨霊退治は専門外よ。巫女が来るまで待つしかないわ」
と答える。魔法で取り憑いた幽霊に対処する事は不可能ではないが、パチュリーにはその術がない。
何とか抜け出そうとしている咲夜だったが、魔力を帯びた土が固まりどんどん身動きが取れなくなっていく。
「仕方ないわね…ま、このままでも問題ないでしょ……っと!?」
そう言ったレミリアが、パチュリーを抱えて慌てて飛びのいた。
咲夜が土を纏ったままの腕で、レミリアに攻撃を仕掛けてきたのだ。
不意を突かれて驚きながら咲夜を見ると、いつの間にか泥で地面に固定されていた足も動かせるようになっていた。
「ちょっとパチェ、どういう事よ!?」
「固まり切る前に外されたようね…とは言え、重みで動きは鈍っているわ」
大声で尋ねるレミリアに対し、冷静に状況を分析してパチュリーが答える。
恐らく時間を止めて、その間に腕と地面を固定する土を払ったのだろうと推測した。
「案外、能力を使いこなせてるみたい…アテが外れたわね」
そんな会話をしている間も、咲夜の攻撃は続いていた。パチュリーを抱えたまま攻撃をかわしながら、レミリアが対策を考える。
時間を止める能力は、まだ使ってきてはいないようだった。
「まったく、肝心なときにっ…」
毒づきながら、レミリアが飛び上がり咲夜から距離を取った。空中戦になれば、レミリアの方が有利だからだ。
一方の咲夜は空を飛ばず、腕を封じられている状態のままで周囲にナイフを展開させている。
「なんで腕を封じてるのに、ナイフが飛んでくるのよっ!」
「…ポルターガイストね。幽霊だし、出来ても不思議はないわ」
「あーっ、厄介ね、本当に!」
飛んでくるナイフの弾幕をかわし、時間を稼ぐ。その間にパチュリーは、魔法を唱える用意をしていた。
ナイフの弾幕はどんどん密度が上がっていき、次第に少しレミリアを掠めるようになっていく。
「くっ…!?」
「きゃあっ!」
飛んできたナイフの1本が羽根を掠めて、レミリアがバランスを崩してしまう。
突然の事にパチュリーも驚いてしまい、詠唱が途切れてしまった。
その隙を突いて、咲夜がナイフを動かし一斉にレミリアを狙う。
「ちぃっ…」
咲夜の操るナイフが二人を貫こうとした、その時──
バキィッ!
一瞬で、全てのナイフが粉々になっていた。
最初は何が起こったのか分からなかったが、扉の前に立っている人物の姿に気付くと、すぐに理解した。
「お姉さまったら情けないわね、飼い犬に手を噛まれるなんて」
扉の前に立って右手を突き出しているフランが、小馬鹿にした態度でレミリアに言った。
先程のナイフが粉々になったのは、フランのお陰であった為、レミリアは少し苛立ちながらも反論できなかった。
「助けられたわね、妹様に」
「そーね、情けないったらないわ」
軽口を叩きあいながら、咲夜の注意がフランへと向いている隙に体勢を立て直して移動する。
その間にパチュリーも『ジェリーフィッシュプリンセス』を発動し、自分の周囲に水の防御壁を作成していた。
「妹様、咲夜の持っているナイフを破壊できるかしら」
ひらひらと攻撃をかわしているフランに、パチュリーが尋ねる。
それはレミリアに抱えられている間、詠唱しながら咲夜を観察していたパチュリーが気づいた事だった。
「アレを壊せば良いの?それくらい余裕よ、余裕!」
「咲夜の手までふっ飛ばすんじゃないわよ」
言うと同時に、フランがナイフを破壊しようとするが、それを察知した咲夜の攻撃は更に激しくなる。
無数のナイフが高速でフラン目掛けて襲い掛かるが、
「邪魔させる訳ないでしょうが!紅符『不夜城レッド』!!」
レミリアが纏った赤い波動で、咲夜の放ったナイフは全て弾き返されて辺りに散らばった。
そしてその間にフランは右手を握り、咲夜の持っているナイフを粉々に破壊する。
「上手く行ったわね…これで心配もないでしょう」
ナイフを破壊され、咲夜がその場に倒れた。
一先ずの脅威は去った事を知り、パチュリーは安心したのだった。
「さて、と…後は霊夢に除霊してもらえば済むのかしら」
「それで問題ないでしょう、せっかく呼んだんだしね」
近付いて咲夜の様子を見ていたレミリアの言葉に、パチュリーが頷いた。
「もう終わり?つまんなーい」
予想以上にあっさり終わってしまい、フランは退屈そうにしている。
せっかくの遊ぶ機会だと思っていたものがあっさり片付いてしまったので、無理もないだろう。
「それなら、もうすぐ来るだろうし霊夢と遊んどけばいいわ」
「はーい」
霊夢の到着にどれ位掛かるかは分からなかったが、とりあえずそれで納得したのかフランが大人しくなる。
そんなやり取りをしている間に、咲夜の周りに黒いガス状の物が現れていた。
「っ!?レミィ、危ない!」
「え…うぐっ!?」
パチュリーが叫んだ時には既に手遅れで、ガス状の物は巨大な人の形になり、その黒い腕でレミリアをなぎ払い壁に叩きつけた。
突然の激しい衝撃をモロに受けて叩きつけられ、レミリアが地面に崩れ落ちる。
「お姉さま!」
「くっ、今日はとことんアテが外れる日ね…厄日だわ」
レミリアの事はフランに任せて、パチュリーは悪態を付きながら呪文の詠唱を開始した。
巨影から繰り出される大振りの攻撃を避けるのは容易かったが、当たってしまうと一溜まりも無いだろう。
「う、ぐ…くそ、ざけんじゃないわよ…!」
すぐに起き上がったレミリアだったが、少しふらついており相当のダメージを受けているようだった。
心配そうにしているフランに支えられながら、パチュリーの援護に向かおうとする。
「くっ、うわっ…これじゃ、詠唱が…」
少しずつ攻撃に鋭さが増してきて、パチュリーは避けるのがやっとの状態になってしまう。
なんとか詠唱を続けようとするが攻撃のたびに中断してしまう所為で、中々唱えきれなかった。
「うぐっ…げほっげほっ…!」
攻撃をかわしている内に運動量が多くなり過ぎてしまったのか、喘息の発作でパチュリーが動けなくなってしまう。
「パチェ!」
「パチュリーっ!?」
姉妹が発作で苦しむパチュリーを庇いに行こうとするが、距離がありすぎる為、到底間に合わない。
その間にも巨影の拳は一切容赦する事もなく、パチュリーへと迫っていた。
「陰陽…」
「破山砲!!」
攻撃がパチュリーに当たる瞬間、気に包まれた陰陽玉が巨影の腕に当たり消滅させる。
片腕が消滅した巨影はぐらりとよろめきながら、顔と思わしき部分を動かし攻撃を放った相手を探していた。
その場にいた三人も、何が起こったのかが分からず辺りを見回していた。
「んー、間一髪って所かしら」
「大丈夫ですか、皆さん!?」
ようやく到着した霊夢と美鈴の姿を部屋の入り口に見つけて、三人はようやく状況を理解する。
「…で、何よこれ。相手は咲夜じゃなかったの?」
「その筈だったんですけど…えーと」
陰陽玉を周囲に浮かせた霊夢が美鈴に尋ねても、事態を把握できていない美鈴にも何がなんだか分からなかった。
しかし相手が咲夜ではないと言うのは、霊夢にとってはやりやすい状況である。
「ま、いいわ…頼まれた以上、仕事はしっかりこなすわよ」
聞くだけ無駄だと分かると、霊夢はやる気満々といった様子で巨影と対峙する。
その間に、フランが発作で苦しむパチュリーを安全な場所へと連れ出していた。
失った腕はすぐに再生し、新たに現れた霊夢目掛けて振り下ろされる。
しかし霊夢はあっさりと回避し、そのまま一度距離を取った。
「レミリア、あんたも手伝いなさいよ!」
「分かってるわよ!美鈴、咲夜を奥の部屋に連れて行っといて!」
既に身体の再生を済ませている事を確認すると、霊夢がレミリアに向けて言う。
それに応えて臨戦態勢を取りながら、美鈴に指示を飛ばす。
「は、はいっ、了解です!」
慌てて返事をすると、巨影が霊夢達に気を取られている間に咲夜を奥の部屋へと運んで行く。
「よし…さっさと仕留めるわよ、霊夢!」
「言われなくても!」
咲夜の無事が確保された事を確認してから、回避に徹していた二人が攻撃を開始する。
ナイフが飛び回っていて更に巨影の攻撃も加わっていると言うのに、それらを全てかわして弾幕を打ち込んで行く。
二人の動きも息の合ったもので、連携がしっかり取れていた。
「パターンは見えたわ…一気に接近するから、援護よろしく!」
「えぇ、やるからには一撃で仕留めなさいよ!運命…『ミゼラブルフェイト』!!」
霊夢の言葉にレミリアが答えると、魔方陣から何本もの紅い鎖を召喚し、巨影の動きを拘束する。
抜け出そうともがいているが、魔力によって生成された鎖はそう簡単に千切れるはずもない。
その隙に霊夢が、ナイフの隙間を潜り抜けて一気に巨影へと接近した。
「よくやったわ、レミリア!はあぁぁぁぁっ…宝具!『陰陽鬼神玉』!!」
巨影の体内に陰陽玉を叩き込むと、霊力を注ぎ込んで巨大化させる。
霊気を帯びている陰陽玉の光に飲み込まれて、巨影の姿は一瞬の内に光の中へと消えていった。
「ふぅ…ま、こんなところね」
思いの外あっさりと巨影を消滅させた霊夢が、完全に消滅した事を確認して何事もなかったように言う。
巫女と言うだけあって霊の対処も手馴れたもので、その仕事ぶりは完璧な物だった。
「後はパチェと咲夜ね…二人とも、大丈夫かしら」
発作で倒れた友人と怨霊が離れてから気絶したままだった咲夜の事を思い、心配そうにレミリアが言った。
「一応、咲夜の方は私が診てあげるわ」
放っておいて帰る訳にも行かず、咲夜の容態も気になっている霊夢がそう申し出た。
霊夢にも相手が霊に憑かれているかどうか位は分かるので、無駄にはならないだろう。
「そう、じゃあお願いしましょう。私はパチェの様子を見てくるわ」
「はいはい、んじゃ後でね」
そうして、二人はそれぞれ咲夜とパチュリーの様子を見に行くのだった。
咲夜の一件から数日が過ぎた。
あれから咲夜の様子は特に異常もなく、以前と同じようにメイドの仕事をしっかりとこなしているようだ。
いつの間にかナイフが無くなっていた香霖堂では、霖之助が何事かと大慌てだったようだが、
様子を見に行った霊夢が事情を話すと納得したようで、特に問題になる事もなかった。
そしてようやく落ち着いたらしく、咲夜は博麗神社を訪れていた。
「先日はお世話になったわね、霊夢」
「あら、咲夜。もういいの?」
掃除の途中で休憩を取っていた霊夢が、お茶を啜りながら尋ねる。
「えぇ、お陰さまで」
相変わらずの様子だった霊夢に安心しながら、恭しく頭を下げる。
それから、手品のようにどこからか桐の箱を取り出した。
「ん、何よそれ?」
それに気付いた霊夢が、何なのか気になって尋ねる。
「お礼の品ですわ。どうぞ」
高そうな桐の箱を手渡されて、さすがの霊夢も少し戸惑っていた。
こんな箱に入れられているという事は、中身はきっと高価な物なのだろう。
「ありがと。…また随分と高そうね…で、中身は、と…」
戸惑っている事を気付かれないように振舞いながら、早速中身の確認をする為に箱から取り出すと、
中にはワインボトルが入っていた。
かなりの年季を感じさせるそれは、素人目で見ても高価だと分かる品だった。
「館にあるワインの中でも、選りすぐりの一品ですわ。きっと霊夢も気に入るはずよ」
「へぇ…あんたがそう言うなら、間違いなさそうね」
元々ワインをほとんど飲まない霊夢だったが、咲夜の言葉を聞くと安心して受け取った。
咲夜の見立ては確かで十分信頼に足るのだから、当然と言えば当然である。
これがもし、レミリアの選んだ品だ、とでも言われていたら飲むのは躊躇っていただろう。
「んじゃ、早速味見と行きますか。あんたも付き合いなさい」
完全に掃除の事など忘れて、霊夢が咲夜を誘いながらワインを抱えて奥へと入っていく。
咲夜は少しどうするか迷っていたようだったが、結局霊夢に付き合う事にした。
「…たまには、良いわよね」
世話になった手前断り難いと言うのもあり、仕事は一段落しているので少しくらいなら問題はないだろう、
という事もあっての判断だ。
「ちょっと咲夜、何やってんのよー?早く来ないとあけちゃうわよー」
「えぇ、すぐ参りますわ」
霊夢に呼ばれて、咲夜は心なしか嬉しそうに答える。
自分でもそれに気付いて微笑みながら、たまにはこういう息抜きの仕方も悪くはない、と思うのだった。
主であるレミリアの言いつけで、新しいティーカップを購入するためだ。
「そうだなぁ…これなんかはどうかな?」
奥からティーカップを探しに行っていた、店主の森近霖之助が箱を持って戻ってくる。
その中には、少し古びているが品のあるティーカップが入っていた。
見た目も悪くなく状態も良いので、レミリアも気に入るだろうと思える物だった。
「んー…そうね、これならお嬢様も納得してくださると思いますわ」
咲夜が納得したように頷くと、霖之助は少し安心しながらティーカップを箱に戻した。
先程からいくつもティーカップを見せていたが、中々気に入る物がなかった為である。
「それはよかった。では、これで決まりかな」
「えぇ、それにしましょう」
後で文句を言われないように霖之助が確認を取るが、咲夜の返事も変わる事はなく、
提示されている代金を支払って帰ろうとした。
しかしそこで、ふと店内にある一本のナイフが目に入った。
「あら、このナイフは…?」
そのナイフは短剣に近い大きさで、小さめの宝石が柄に埋め込まれている以外は大した装飾もない、
至って普通のナイフの様だった。
どうしてこんな普通のナイフが気になったのかは分からないが、咲夜を惹き付ける何かが感じ取れた。
「あぁ、それかい?こないだ拾ったものでね、吸血鬼退治に使われていたらしい」
と、霖之助がナイフについて解説する。
それを聞いてなのかは分からないが、咲夜も興味を持ったようでナイフを手に取った。
「へぇ…吸血鬼退治、ですか」
「あまり君には似つかわしくないものかも知れないね、それは」
まじまじとナイフを見つめていた咲夜に、霖之助が言った。
確かに霖之助の言うとおりで、吸血鬼に仕えるメイドが吸血鬼退治に使用された短剣を所持している、
というのはなんとも滑稽に思えた。
「ふふ、そうですわね……っ…!?」
そう答えながらナイフを置こうとした瞬間、奇妙な感覚が咲夜を襲った。
立ちくらみを起こしたようになり、倒れかけそうになったところを霖之助が支える。
「おっと…大丈夫かい?」
「え、えぇ…ありがとうございます」
少し恥ずかしい所を見られてしまったと思い、珍しく顔を赤くしながら咲夜が言った。
「働き過ぎで、疲労が溜まっているのかも知れないね。あまり無理をするものではないよ」
「うーん、そうですわね…お心遣い、感謝しますわ」
言いながら立ち上がると、ナイフを元の場所へ戻した。
今度は先程のような感覚に襲われる事もなく、咲夜も疲れが溜まっているのかもしれないと思い、
今日は長めに休憩を取ろうと考える。
「少し休んでから帰った方が、いいんじゃないかな?」
「いえ、もう大丈夫ですわ。それでは、失礼します」
霖之助の勧めを丁重に断ると、咲夜は香霖堂を後にした。
その日の仕事が終わり、咲夜は一先ずの休憩に入る。
少しの仮眠を取ってから、再び仕事に取り掛かるのでほとんど身体を休める事はない。
自分の部屋のベッドを整えて寝る支度をしていると、机の上にナイフが置かれている事に気付く。
「ふぅ…あら?このナイフは…」
気になって確認してみると、それは昼間に香霖堂で見かけた物と同一の物だった。
あの時確かに、元の場所へ戻したはずなのだが、それが何故ここにあるのか。
疑問に思った咲夜だったが、今は夜が明ける直前という時間の為、返しに行こうと思っても、
香霖堂は開いていないだろう。
「…持ってきた覚えはないのだけど…」
そう言いながらナイフを手に取った瞬間、咲夜は強烈な衝撃に襲われた。
「うぐっ…!?」
突然の衝撃を受けてその場に崩れ落ち、苦しそうに胸を押さえる。
自分ではない何者かが、自分の身体を蝕み侵食していくのを感じた。
必死で抗おうとする咲夜だったが、その抵抗も虚しく咲夜の意識は何者かによって支配されていく。
「くっ、うぅっ…かはっ、はぁっ…」
『コロセ……アクマヲ…コロセ…』
苦しそうに息を吐き出しながら、自分が自分でなくなる感覚に必死で耐える。
そこに追い討ちを掛けるようにして、何者かの声が咲夜の心に直接語りかけてくる。
その声からは強い恨みや怨念が感じ取れた。
(この声は…一体…何者なの…?)
僅かに残っている咲夜の意識が、その声に尋ねる。
しかし返ってくるのは先程と同じ言葉だけで、何の情報も得られなかった。
(……そうか、これは…)
薄れ行く意識の中で、霖之助に聞いた話を思い出した咲夜はその正体に気付く。
だがそれに気付いただけでは事態を好転させる事は出来ず、咲夜の意識は完全に支配されてしまう。
(お嬢……様……)
最後まで主であるレミリアの身を案じながら、咲夜の意識はそこで途切れてしまうのだった。
咲夜に異変が起きているのとほぼ同時刻に、門番をしていた美鈴が休憩の為に館の中へ入ってくる。
門の前で眠っている事も多々ある美鈴だったが、一応休憩の時間は与えられているのだ。
「…ん…?」
館の中へ足を踏み入れた瞬間、美鈴は館内を巡っている気の流れに乱れが生じているのを感じた。
それは即ち、この紅魔館に住んでいる誰かに何らかの異常事態が起きているという事である。
美鈴は普段から、気の流れを読む事によって館に住む者たちの容態、特にパチュリーや咲夜が体調不良になっている事に
すぐ気づけるようにしているのだ。
「この乱れ…咲夜さんに何かあったんでしょうか」
気の流れが乱れている原因となっている人物を特定すると、様子を確認するために咲夜の部屋へと向かった。
「咲夜さーん」
扉をノックしながら、部屋の中にいる筈の咲夜に呼びかける。
しかし、暫く待っても返事は返ってこなかった。
「うーん…もう寝ちゃったのかなぁ」
咲夜の事は心配だったが、寝ているのなら無理に起こすのは良くないと思い、そのまま自分の部屋へ戻ろうとする。
ガチャッ。
その時、突然部屋の扉が開かれて中から咲夜が現れた。
「わっ…さ、咲夜さん?起きてたなら言ってくださいよ…吃驚したじゃないですか」
急に出てきた咲夜に驚きながら、美鈴がいつもの調子で話し掛けたが、咲夜は無言で美鈴を見ていた。
その瞳は妖しい輝きを放っていて、表情からは何を考えているのかを読み取る事は不可能だった。
「…咲夜さん、どうしたんですか?」
明らかに普段とは違う様子を不審に思い、警戒しながら尋ねる。
最初は体調不良かも知れないと思っていた美鈴も、咲夜の放つ異様な雰囲気と気の乱れですぐにそうではないと確信していた。
美鈴の声が聞こえていないのか、咲夜は突然、手に持っていたナイフを構えて美鈴に向かって襲い掛かった。
「わわっ!?」
突然襲い掛かられて驚いた美鈴だったが、いとも容易く咲夜の攻撃を受け流すとそのまま距離を取る。
相手が武器を持っていようと、武術の達人である美鈴にとって大した問題ではない。
対処の仕方もしっかり心得ている為、こうして突然襲い掛かられても自然に身体が反応し、対処する事ができるのだ。
「咲夜さんっ、どうしたんですかっ!?」
次の攻撃に備えて構えを取りながら、美鈴が咲夜に呼びかける。
しかしその表情からは何の感情も読み取れず、美鈴の呼び掛けに答える気配はなかった。
その代わりに、今度はナイフの投擲を織り交ぜながら美鈴に向かって距離をつめてくる。
「くぅっ…とにかく、咲夜さんを止めないと…彩雨っ!」
飛んできたナイフを七色の弾幕で相殺しながら、咲夜を止める手段はないかと思案する。
気絶させるにしても、先ずは相手に接近する必要があり、咲夜が相手ではそれも困難だった。
「………!」
美鈴があれこれ考えている内に、咲夜からの攻撃は激しさを増していた。
無尽蔵に飛んでくるナイフの群れを何とか凌いでいるが、考え事をする余裕はなくなってきている。
「こうなったら、多少無茶でもやるしかない!気符…『地龍天龍脚』!!」
美鈴がスペルカードを発動し、力強く踏み込むと、強烈な衝撃波が発生し飛んでくるナイフを弾き飛ばす!
しかし一瞬でナイフを全て弾き飛ばされても、咲夜は動じる事もなく両手でナイフを構えて応戦の体勢を整えていた。
「はぁぁぁっ!」
虹色に輝く闘気を纏いながら、咲夜に向けて高速の飛び蹴りを放つ!
普段の咲夜なら時間を止めて回避するが、それをしようとせずナイフで蹴りを防いでいた。
「…っ!?」
美鈴の渾身の一撃を受けて、無表情だった咲夜の表情に僅かな驚きが見えた。
いくら防御しようと、生身の人間が防ぎきれるものではなく、防御の上からでも相当のダメージを受けてしまう。
「ふっ…せぇあぁぁっ!」
咲夜に生じた隙を見逃さずに、回し蹴りを放った美鈴だったが咲夜は素早く体勢を立て直して後退した。
「…能力を使えないようですね…それなら、私にだって!」
時間を操る能力を使えない事が分かり、美鈴は俄然強気になって攻め立てる。
激しい攻撃に防戦一方になっていた咲夜だったが、次第に美鈴の動きについてきていた。
「なっ!?」
そして遂に完全に対応できるようになると同時に、美鈴の前から咲夜の姿が消える。
能力を発動し、時間を止めて移動したのだ。
蹴りを空振らせてバランスを崩してしまい、姿を消した事に驚いて隙が生じてしまう。
咲夜はその隙を見逃さず、すかさず蹴りを叩き込んだ。
「ぐっ…!」
華奢な身体からは想像出来ないほどの強烈な蹴りを受けて、美鈴が壁に叩きつけられて地面に崩れ落ちる。
何とか直撃は避けたものの、その威力は普段の咲夜を圧倒的に上回っていた。
「さ、咲夜さん…」
顔を上げて先程まで咲夜のいた場所を見るが、既に咲夜の姿はなくなっていたのだった。
咲夜が姿を消した後、二人の戦闘を見ていたメイド妖精の一人が、慌てた様子でレミリアに報告をしている。
起きていた他のメイド妖精達は、美鈴を部屋まで運びに行った。
「ふむ…面倒な事になったわね」
報告を聞いたレミリアが、顎に手を当てて対策を考える。
相手が咲夜という事もあり、強引に叩き伏せる訳にも行かない厄介な相手だった。
「恐らく、怨霊か何かに取り憑かれでもしたんでしょう。気配がするもの」
一緒に報告を聞いていたパチュリーが、咲夜がおかしくなった原因をそう推測した。
魔女であるパチュリーは、そういった存在にも敏感である為、彼女がそう言うのなら間違いではないだろう。
「怨霊、か…異変は解決したって言ったじゃない、どうしてまた」
以前に起こった怨霊が地上に出現した異変の事を思い出しながら、レミリアが尋ねた。
あの時はパチュリー達が、魔理沙と霊夢を誘導して解決に向かわせて、無事に解決していたのだ。
既に怨霊は地底へと再び戻されて、地上に出てこないようになっているにも関わらず、
こうして取り憑かれてしまう事態になった事に疑問を覚えるのは、当然の事だろう。
「さぁ、それは何とも…どこかで変な物を拾ったりでもしたのかもね」
レミリアが咲夜にティーカップを買いに行かせた事を思い出しながら、パチュリーがそう推理した。
古い道具、特によく使い込まれた物だった場合、持ち主の霊が宿る事もあるのだ。
その性質は様々だが、それ故に霊が怨霊となって、俗に言う呪われた道具となる事もある。
もちろんそれに触れるという事は、取り憑かれる可能性も高いのだ。
「なるほどね…」
レミリアが納得したように頷くと、メイド妖精に指示を出して地下にいる妹を呼びに行かせる。
妹の能力で、その呪われた道具とやらを破壊する為だ。
「それにしても、ティーカップでは無さそうだし…何に宿っているのかしら」
さすがのパチュリーであっても、咲夜の所持品のどれに怨霊が宿っているかまでは分からないようだ。
だが咲夜自身が、自分の私物などほとんど持っていない為、可能性を持つ物は限られている。
「一応、悪霊退治なら霊夢も呼んで起きましょうか…美鈴に呼びに行かせなさい」
敵が悪霊だとすれば、除霊などが得意な巫女を呼ぶのは無駄にはならないだろう。
霊夢もそういった荒事は得意分野だったので、保険としては十分だ。
別のメイド妖精に指示を出して、美鈴に霊夢を呼びに行くように仕向ける。
「後は目的と居場所か…待っているだけで、来てくれないかしらね」
「そんなすぐに来られても困るのよ、レミィ。分かってるの?」
まだ妹も霊夢も呼びに行ったばかりなので、この館にはレミリアとパチュリーしか満足に戦える者はいない。
二人掛かりで苦戦するという事はないだろうが、パチュリーは可能な限り動きたくはなかったし、
そもそも咲夜を倒すのではなく止める必要がある事も厄介だった。
「分かってるわよ、パチェ。でもね、どう転ぼうと上手く行くわ。そういう運命だもの」
「それはまた、随分と頼もしい事ね」
自信たっぷりといった様子で、レミリアが親友に答える。
その様子に飽きれながらも信頼しているパチュリーは、改めて咲夜への対策を考えるのだった。
レミリア達が話し合いをしている間、美鈴の前から姿を消した咲夜は館の中を探索していた。
そして探索を始めて数十分で、館内にある一番大きな扉を見つけると、立ち止まって扉を見上げる。
「……」
ギイィ…
突然、重く鈍い音を立てて扉が開かれた。まるで咲夜を、部屋の中へと誘い込むように。
周囲を警戒しながら、慎重に部屋の中へと入っていく。
部屋の中には窓がなく、吊るされているシャンデリアの明かりがあるだけだった。
「クク…遅かったわね、咲夜」
薄暗い部屋の奥に置かれた玉座に座っていたレミリアが、咲夜の姿を見て話し掛ける。
その声を聞いた咲夜は臨戦態勢を取りながら、玉座の方へと近付いていく。
(やっぱり取り憑かれてるみたいね…気配で分かるわ)
玉座の背後に隠れているパチュリーが、レミリアに聞こえるように言う。
魔法により姿を消している為、その存在は咲夜に気付かれていなかった。
「まったく、その程度の雑魚幽霊に取り憑かれるなんて…たるんでるんじゃない?」
パチュリーの言葉を聞いて、余裕の表情で話を続けながら、咲夜が近付いてくるのを待つ。
咲夜は何も答えず、周囲を警戒しながらゆっくりとレミリアに接近する。
そのままある程度の距離まで近付くと、能力を発動して一気にレミリアの前まで接近し、その身体をナイフで貫いた。
「ぐっ…!?」
(レミィっ…!?)
止まっていた時間が動き出し、レミリアが苦痛に顔を歪めた。それを察知したパチュリーも、思わずレミリアの名前を呼ぶ。
レミリアを貫いた咲夜だけが動じる事もなく、ただ無表情にナイフを突き立てていた。
正に一瞬の出来事だった。レミリアは何が起こったのかすら理解できないまま、咲夜の方へ倒れる。
そしてそのまま、ぴくりとも動かなくなってしまった。
「………」
完全に動かなくなった事を確認すると、咲夜はナイフを抜いて立ち去ろうとする。
しかしその時、倒れていたレミリアの身体がドロリ、と溶け出した。
「……!?」
無表情だった咲夜の表情が、僅かだが驚愕しているように見えた。
その間も、溶け出したレミリアの身体が咲夜に纏わりつき動きを封じて行く。
「ふっ、掛かったわね…パチェったら、便利な魔法を編み出した物だわ」
玉座より奥にある扉から、勝ち誇った様子でレミリアが現れた。当然、刺された後など残っていない。
それに合わせるように、玉座の後ろにいたパチュリーも顔を出した。
「後の掃除が面倒なのが難点ね」
「それは咲夜にやらせるわよ。それにしても、本当に刺されるとは思わなかったわね」
咲夜がナイフで貫いたレミリアは、パチュリーが作り出した土人形だったのだ。
吸血鬼を狙っている事からレミリアを狙う事は容易に想像できた為、囮として作成したものである。
「で、パチェ。何とかできるの、これ?」
取り憑かれている咲夜を指しながら、レミリアが尋ねる。しかしパチュリーはお手上げと言った様子で、
「怨霊退治は専門外よ。巫女が来るまで待つしかないわ」
と答える。魔法で取り憑いた幽霊に対処する事は不可能ではないが、パチュリーにはその術がない。
何とか抜け出そうとしている咲夜だったが、魔力を帯びた土が固まりどんどん身動きが取れなくなっていく。
「仕方ないわね…ま、このままでも問題ないでしょ……っと!?」
そう言ったレミリアが、パチュリーを抱えて慌てて飛びのいた。
咲夜が土を纏ったままの腕で、レミリアに攻撃を仕掛けてきたのだ。
不意を突かれて驚きながら咲夜を見ると、いつの間にか泥で地面に固定されていた足も動かせるようになっていた。
「ちょっとパチェ、どういう事よ!?」
「固まり切る前に外されたようね…とは言え、重みで動きは鈍っているわ」
大声で尋ねるレミリアに対し、冷静に状況を分析してパチュリーが答える。
恐らく時間を止めて、その間に腕と地面を固定する土を払ったのだろうと推測した。
「案外、能力を使いこなせてるみたい…アテが外れたわね」
そんな会話をしている間も、咲夜の攻撃は続いていた。パチュリーを抱えたまま攻撃をかわしながら、レミリアが対策を考える。
時間を止める能力は、まだ使ってきてはいないようだった。
「まったく、肝心なときにっ…」
毒づきながら、レミリアが飛び上がり咲夜から距離を取った。空中戦になれば、レミリアの方が有利だからだ。
一方の咲夜は空を飛ばず、腕を封じられている状態のままで周囲にナイフを展開させている。
「なんで腕を封じてるのに、ナイフが飛んでくるのよっ!」
「…ポルターガイストね。幽霊だし、出来ても不思議はないわ」
「あーっ、厄介ね、本当に!」
飛んでくるナイフの弾幕をかわし、時間を稼ぐ。その間にパチュリーは、魔法を唱える用意をしていた。
ナイフの弾幕はどんどん密度が上がっていき、次第に少しレミリアを掠めるようになっていく。
「くっ…!?」
「きゃあっ!」
飛んできたナイフの1本が羽根を掠めて、レミリアがバランスを崩してしまう。
突然の事にパチュリーも驚いてしまい、詠唱が途切れてしまった。
その隙を突いて、咲夜がナイフを動かし一斉にレミリアを狙う。
「ちぃっ…」
咲夜の操るナイフが二人を貫こうとした、その時──
バキィッ!
一瞬で、全てのナイフが粉々になっていた。
最初は何が起こったのか分からなかったが、扉の前に立っている人物の姿に気付くと、すぐに理解した。
「お姉さまったら情けないわね、飼い犬に手を噛まれるなんて」
扉の前に立って右手を突き出しているフランが、小馬鹿にした態度でレミリアに言った。
先程のナイフが粉々になったのは、フランのお陰であった為、レミリアは少し苛立ちながらも反論できなかった。
「助けられたわね、妹様に」
「そーね、情けないったらないわ」
軽口を叩きあいながら、咲夜の注意がフランへと向いている隙に体勢を立て直して移動する。
その間にパチュリーも『ジェリーフィッシュプリンセス』を発動し、自分の周囲に水の防御壁を作成していた。
「妹様、咲夜の持っているナイフを破壊できるかしら」
ひらひらと攻撃をかわしているフランに、パチュリーが尋ねる。
それはレミリアに抱えられている間、詠唱しながら咲夜を観察していたパチュリーが気づいた事だった。
「アレを壊せば良いの?それくらい余裕よ、余裕!」
「咲夜の手までふっ飛ばすんじゃないわよ」
言うと同時に、フランがナイフを破壊しようとするが、それを察知した咲夜の攻撃は更に激しくなる。
無数のナイフが高速でフラン目掛けて襲い掛かるが、
「邪魔させる訳ないでしょうが!紅符『不夜城レッド』!!」
レミリアが纏った赤い波動で、咲夜の放ったナイフは全て弾き返されて辺りに散らばった。
そしてその間にフランは右手を握り、咲夜の持っているナイフを粉々に破壊する。
「上手く行ったわね…これで心配もないでしょう」
ナイフを破壊され、咲夜がその場に倒れた。
一先ずの脅威は去った事を知り、パチュリーは安心したのだった。
「さて、と…後は霊夢に除霊してもらえば済むのかしら」
「それで問題ないでしょう、せっかく呼んだんだしね」
近付いて咲夜の様子を見ていたレミリアの言葉に、パチュリーが頷いた。
「もう終わり?つまんなーい」
予想以上にあっさり終わってしまい、フランは退屈そうにしている。
せっかくの遊ぶ機会だと思っていたものがあっさり片付いてしまったので、無理もないだろう。
「それなら、もうすぐ来るだろうし霊夢と遊んどけばいいわ」
「はーい」
霊夢の到着にどれ位掛かるかは分からなかったが、とりあえずそれで納得したのかフランが大人しくなる。
そんなやり取りをしている間に、咲夜の周りに黒いガス状の物が現れていた。
「っ!?レミィ、危ない!」
「え…うぐっ!?」
パチュリーが叫んだ時には既に手遅れで、ガス状の物は巨大な人の形になり、その黒い腕でレミリアをなぎ払い壁に叩きつけた。
突然の激しい衝撃をモロに受けて叩きつけられ、レミリアが地面に崩れ落ちる。
「お姉さま!」
「くっ、今日はとことんアテが外れる日ね…厄日だわ」
レミリアの事はフランに任せて、パチュリーは悪態を付きながら呪文の詠唱を開始した。
巨影から繰り出される大振りの攻撃を避けるのは容易かったが、当たってしまうと一溜まりも無いだろう。
「う、ぐ…くそ、ざけんじゃないわよ…!」
すぐに起き上がったレミリアだったが、少しふらついており相当のダメージを受けているようだった。
心配そうにしているフランに支えられながら、パチュリーの援護に向かおうとする。
「くっ、うわっ…これじゃ、詠唱が…」
少しずつ攻撃に鋭さが増してきて、パチュリーは避けるのがやっとの状態になってしまう。
なんとか詠唱を続けようとするが攻撃のたびに中断してしまう所為で、中々唱えきれなかった。
「うぐっ…げほっげほっ…!」
攻撃をかわしている内に運動量が多くなり過ぎてしまったのか、喘息の発作でパチュリーが動けなくなってしまう。
「パチェ!」
「パチュリーっ!?」
姉妹が発作で苦しむパチュリーを庇いに行こうとするが、距離がありすぎる為、到底間に合わない。
その間にも巨影の拳は一切容赦する事もなく、パチュリーへと迫っていた。
「陰陽…」
「破山砲!!」
攻撃がパチュリーに当たる瞬間、気に包まれた陰陽玉が巨影の腕に当たり消滅させる。
片腕が消滅した巨影はぐらりとよろめきながら、顔と思わしき部分を動かし攻撃を放った相手を探していた。
その場にいた三人も、何が起こったのかが分からず辺りを見回していた。
「んー、間一髪って所かしら」
「大丈夫ですか、皆さん!?」
ようやく到着した霊夢と美鈴の姿を部屋の入り口に見つけて、三人はようやく状況を理解する。
「…で、何よこれ。相手は咲夜じゃなかったの?」
「その筈だったんですけど…えーと」
陰陽玉を周囲に浮かせた霊夢が美鈴に尋ねても、事態を把握できていない美鈴にも何がなんだか分からなかった。
しかし相手が咲夜ではないと言うのは、霊夢にとってはやりやすい状況である。
「ま、いいわ…頼まれた以上、仕事はしっかりこなすわよ」
聞くだけ無駄だと分かると、霊夢はやる気満々といった様子で巨影と対峙する。
その間に、フランが発作で苦しむパチュリーを安全な場所へと連れ出していた。
失った腕はすぐに再生し、新たに現れた霊夢目掛けて振り下ろされる。
しかし霊夢はあっさりと回避し、そのまま一度距離を取った。
「レミリア、あんたも手伝いなさいよ!」
「分かってるわよ!美鈴、咲夜を奥の部屋に連れて行っといて!」
既に身体の再生を済ませている事を確認すると、霊夢がレミリアに向けて言う。
それに応えて臨戦態勢を取りながら、美鈴に指示を飛ばす。
「は、はいっ、了解です!」
慌てて返事をすると、巨影が霊夢達に気を取られている間に咲夜を奥の部屋へと運んで行く。
「よし…さっさと仕留めるわよ、霊夢!」
「言われなくても!」
咲夜の無事が確保された事を確認してから、回避に徹していた二人が攻撃を開始する。
ナイフが飛び回っていて更に巨影の攻撃も加わっていると言うのに、それらを全てかわして弾幕を打ち込んで行く。
二人の動きも息の合ったもので、連携がしっかり取れていた。
「パターンは見えたわ…一気に接近するから、援護よろしく!」
「えぇ、やるからには一撃で仕留めなさいよ!運命…『ミゼラブルフェイト』!!」
霊夢の言葉にレミリアが答えると、魔方陣から何本もの紅い鎖を召喚し、巨影の動きを拘束する。
抜け出そうともがいているが、魔力によって生成された鎖はそう簡単に千切れるはずもない。
その隙に霊夢が、ナイフの隙間を潜り抜けて一気に巨影へと接近した。
「よくやったわ、レミリア!はあぁぁぁぁっ…宝具!『陰陽鬼神玉』!!」
巨影の体内に陰陽玉を叩き込むと、霊力を注ぎ込んで巨大化させる。
霊気を帯びている陰陽玉の光に飲み込まれて、巨影の姿は一瞬の内に光の中へと消えていった。
「ふぅ…ま、こんなところね」
思いの外あっさりと巨影を消滅させた霊夢が、完全に消滅した事を確認して何事もなかったように言う。
巫女と言うだけあって霊の対処も手馴れたもので、その仕事ぶりは完璧な物だった。
「後はパチェと咲夜ね…二人とも、大丈夫かしら」
発作で倒れた友人と怨霊が離れてから気絶したままだった咲夜の事を思い、心配そうにレミリアが言った。
「一応、咲夜の方は私が診てあげるわ」
放っておいて帰る訳にも行かず、咲夜の容態も気になっている霊夢がそう申し出た。
霊夢にも相手が霊に憑かれているかどうか位は分かるので、無駄にはならないだろう。
「そう、じゃあお願いしましょう。私はパチェの様子を見てくるわ」
「はいはい、んじゃ後でね」
そうして、二人はそれぞれ咲夜とパチュリーの様子を見に行くのだった。
咲夜の一件から数日が過ぎた。
あれから咲夜の様子は特に異常もなく、以前と同じようにメイドの仕事をしっかりとこなしているようだ。
いつの間にかナイフが無くなっていた香霖堂では、霖之助が何事かと大慌てだったようだが、
様子を見に行った霊夢が事情を話すと納得したようで、特に問題になる事もなかった。
そしてようやく落ち着いたらしく、咲夜は博麗神社を訪れていた。
「先日はお世話になったわね、霊夢」
「あら、咲夜。もういいの?」
掃除の途中で休憩を取っていた霊夢が、お茶を啜りながら尋ねる。
「えぇ、お陰さまで」
相変わらずの様子だった霊夢に安心しながら、恭しく頭を下げる。
それから、手品のようにどこからか桐の箱を取り出した。
「ん、何よそれ?」
それに気付いた霊夢が、何なのか気になって尋ねる。
「お礼の品ですわ。どうぞ」
高そうな桐の箱を手渡されて、さすがの霊夢も少し戸惑っていた。
こんな箱に入れられているという事は、中身はきっと高価な物なのだろう。
「ありがと。…また随分と高そうね…で、中身は、と…」
戸惑っている事を気付かれないように振舞いながら、早速中身の確認をする為に箱から取り出すと、
中にはワインボトルが入っていた。
かなりの年季を感じさせるそれは、素人目で見ても高価だと分かる品だった。
「館にあるワインの中でも、選りすぐりの一品ですわ。きっと霊夢も気に入るはずよ」
「へぇ…あんたがそう言うなら、間違いなさそうね」
元々ワインをほとんど飲まない霊夢だったが、咲夜の言葉を聞くと安心して受け取った。
咲夜の見立ては確かで十分信頼に足るのだから、当然と言えば当然である。
これがもし、レミリアの選んだ品だ、とでも言われていたら飲むのは躊躇っていただろう。
「んじゃ、早速味見と行きますか。あんたも付き合いなさい」
完全に掃除の事など忘れて、霊夢が咲夜を誘いながらワインを抱えて奥へと入っていく。
咲夜は少しどうするか迷っていたようだったが、結局霊夢に付き合う事にした。
「…たまには、良いわよね」
世話になった手前断り難いと言うのもあり、仕事は一段落しているので少しくらいなら問題はないだろう、
という事もあっての判断だ。
「ちょっと咲夜、何やってんのよー?早く来ないとあけちゃうわよー」
「えぇ、すぐ参りますわ」
霊夢に呼ばれて、咲夜は心なしか嬉しそうに答える。
自分でもそれに気付いて微笑みながら、たまにはこういう息抜きの仕方も悪くはない、と思うのだった。
ただ物語として何かが決定的に足りないような気がします。自分でもよーわからんです…
おもしろかったですよ!