紅魔館の調理場から漂う美味しそうな匂いは、時には人間から妖怪まで惹きつける。
お腹を空かせた者たちは、みんな大歓迎。
なぜなら、彼らはいつだって笑顔でお礼を言って帰っていくから。
「ふん、ふん、ふふん♪」
茹で上がった麺をしっかりと湯切りして、特製のスープに注ぐ。
それから葱をちらし、叉焼と半熟卵を盛り付ける。
最後に、数十種類の調味料から作った秘伝のタレを加えて、完成。
「よし、できた」私が声に出した瞬間、
――――バタン。
調理場の扉が突然開かれ、一人の少女が入ってきた。
「咲夜さん、大変です!」
彼女の名前は紅美鈴。この館で門番の仕事をしている。
背が高くて、普段着にチャイナドレスを愛用する、顔立ちの整った少女である。
「急に扉を開けないでよ美鈴。それで、どうしたのかしら?」理由はなんとなく分かるけれど一応、聞いてみる。
「さ、さっきまで私は外で花壇の手入れをしていたんですけど、その時――」
「ああ、御苦労さま。そう言えば、シクラメンの花はもう咲いていたかしら?」
「はい、咲いてましたよ! 綺麗なピンクや白が一面に広がっていて、とても素敵でした……って、それは置いといて、私が花壇の手入れをしていたところ、調理場の方から何やらただならぬ匂いが漂ってきたんです。なんというか、懐かしいような、親しみ深いような匂いが……」
美鈴はそこまで一気に言うと、ひと呼吸おいて、
「――とにかく、なんだか私が呼ばれたような気がして、大急ぎでここにやってきた訳です」
「なるほど……。ただならぬ匂いっていうのは、これのこと?」
私は、たった今作ったばかりの料理を美鈴の前に見せる。
「こ……これは……!」
美鈴が両目を大きく開き、あんぐりと口を開ける。
「これは、『ら・あ・め・ん』という料理よ。外の世界の本を見て作ったの」
美鈴は同じ表情と体勢のまま眼だけ私を見つめた。
その眼差しは真剣そのものである。
「……咲夜さん、私はなんだかこの料理とは無関係でないような気がします」
「そうね、私もなんとなくそう思うわ」
「あと、咲夜さんだけこっそり食べようなんてずるいと思います」
「ちゃんと美鈴の分もあるわよ」
私は軽く微笑んで美鈴に言った。
「美味しい……すごく、美味しいです。なんだか昔を思い出します。故郷の味ってやつでしょうか」
麺をひと口食べた美鈴が、うっとりした表情で感想を述べた。
「……故郷の味、ねぇ」
私も食べてみる。味には自信があった。
私はちょっとだけ(本当に、ちょっとだけ)猫舌なので、十分にふーふーして冷ましてから蓮華でスープを飲む。
ちょうどよい硬さの麺が豚骨と鶏がらのスープに合わさってとても美味しい。
でも、懐かしい気持ちを感じることはなかった。
美鈴の故郷と私の故郷は違うのかなぁ、
なんて思った。
「――そう言えば咲夜さん、最近外の世界の料理に凝ってますね」
美鈴が『らあめん』を食べながら私の方を見て言った。
その表情はとても幸せそうだ。
あんまり幸せそうなので、私もつい顔が綻びそうになる。
「あら、そうかしら?」
「この前もソバがどうとかって言ってなかったですか?」美鈴が首をかしげる。
「『お蕎麦』も『らあめん』も、幻想郷にだってあるんじゃないかしら」
「でも、外の世界の本を見て作ったんですよね?」
美鈴の言うことは――正しい。最近の私は外の料理に関心がある。
あちこちから材料を調達し、無い材料は他の物で代用して、料理を再現しては味見をする。
だけどこれまで一度も、美鈴のように料理に懐かしさを感じたことはない。
私の故郷は一体どこにあるのだろう。
これからずっと色んな料理を作り、何度も味見していけば、いつかは懐かしさを感じることができるのかしら?
それとも、私はもうとっくに故郷のことなんて忘れてしまっているの?
それとも初めから、故郷なんて無いのかもしれない。
「どうかしたんですか、咲夜さん?」
美鈴が心配そうな顔でこっちを見ている。
先ほどまでの嬉しそうな顔を、どうやら私が台無しにしてしまったらしい。
私はそんなに難しい顔をしていたのだろうか。
「あの、私はとても美味しかったと思いますけど……もしかして咲夜さんの口には合いませんでした?」
「ううん……美味しいわ、とっても美味しい。こんな料理、初めて食べたわ」
そう、初めて食べた。
私が思ったのは、そんな感想だった。
もしかしたら、過去に一度くらいは食べたことがあったかもしれない。
しかし、少なくとも味に懐かしさを感じるくらい、何度も食べたような感覚は得られなかった。
やっぱり、私が過去に住んでいた故郷の味とは違うみたいね。
――それとも記憶と一緒に味の感覚さえ忘れてしまったというの?
「二人とも私に隠れて一体なにをしているのかしら?」
食堂内に、訝るような声が響きわたった。
ここにきてようやく登場したのは、紅魔館の主であり私の主である、レミリア・スカーレットお嬢様。小さな深紅のドレスに身を包んだその正体は、500年以上生きている吸血鬼の末裔だ。
「私は逃げも隠れもしてませんよ、お嬢様」
「まあ、あなたはそうでしょうね」いつの間にか私たちの傍までやって来たお嬢様が言った。「ところで私の分は?」
「お嬢様の分なら、どうぞこちらに」
と言って私は側にあった、『らあめん』の器をお嬢様の前に置いた。
「ちょ、咲夜さんそれ私の分!」美鈴が慌てて器を取り返す。「まだ食べ終わってません!」
「……うちのメイドはいつから主人に食べかけの料理を出すようになったのかしらねぇ」お嬢様が呆れ果てたような顔で言った。
私は少し考えるようにしてから、
「――たった今ですね。私と半分こ、というのはいかがですか、お嬢様?」
こぼれないように器を添えながら、私は隣に座っているお嬢様の口に麺を運んだ。相手のタイミングを見計らって食べ物を口に持っていくのは以外と難しい。美鈴はというと、すでに食事を終えたらしく、先ほどから私たちのことをぼーっと見ていた。
「ふん、まあまあイケるわね」お嬢様がもぐもぐしながら感想を漏らした。
「お嬢様、喋るのは口の中が空になった後にして下さい」
その場合、私が絶え間なく食べ物を口にもっていくので、お嬢様は喋る暇がなくなってしまうけれど。
「ところで咲夜さん、お嬢様に新しい取り皿を持ってこないんですか?」
私たちの方を見ていた美鈴がポツリと言った。
そんな美鈴のちょっとした疑問にお嬢様は少したじろぐ。
「そ、そうよ咲夜、どうして取り皿を持ってこないのかしら……?」
私はきょとんとしてお嬢様の方を見た。
「いつもこうしてるじゃないですか」
「え゛、いつもこうやって食べさせてもらってるんですか?」
「い、いつもはやってないわ! たまによ、たまに!」
「たまに、こうやってるんですか?」
「ああ、もう、何だっていいわ。好きに解釈なさい!」
お嬢様はそっぽを向いて頬をふくらませてしまった。
私はそんなお嬢様の様子が可笑しくてしょうがなかった。
それからしばらくの間、三人で談笑をしていた。
新しく仕入れた紅茶がどうとか、月に行くための魔法の材料がどうとか。
お嬢様が食べ終わる頃には、話の話題は「外の世界の魔法」にうつっていた。
そんな中、食堂の扉が開いて、意外な人物が中へ入ってきた。
「あらパチュリー様、珍しいですね」
パチュリー・ノーレッジ。
お嬢様の友人であり、生れながらの魔法使いである。
喘息持ちで、普段はずっと図書館で本を読んでいるので、こういった場所にやってくることはあまりない。
「なんだか温かい飲み物が欲しくなって――」パチュリー様が気だるそうな、ぼんやりとした目で言った。
「一足遅かったわね、パチェ。もうスープくらいしか残ってないわ」
「なに、スープがあるの?」パチュリー様が私たちの前の椅子に腰かけて尋ねた。
「ちょっと味見させて頂戴」
「ええと、これはスープというか残り――」
パチュリー様は私が説明しようとする前に、蓮華で『らあめん』の残り汁を飲み始めた。
「なかなか美味しいじゃない」
「…………」
満足そうに言うパチュリー様の様子を見て、私はそれがスープではなく『らあめん』の残り汁であることを言いづらくなってしまった。
お嬢様も美鈴も、何も言わないままパチュリー様の方を見ていた。
「どうかしたの?」パチュリー様が不思議そうな顔で尋ねた。
(ちょっと咲夜さん。パチュリー様は、『らあめん』の残り汁を普通のスープだと思ってらっしゃいますよ?)
(そうよ咲夜、何だか見ていて可哀想だわ。何とかしなさい)
(そう言われましても、『らあめん』はもう残っていませんし……)
パチュリー様は早くもスープを飲みほしたらしい。
私の方をちらっと見て、それから私のポケットの方を少し見つめてから、顔を上げて尋ねた。
「ところで咲夜、このスープの名前は?」
(名前聞いてきましたよ、咲夜さん?)
(うまいこと誤魔化しなさい、咲夜)
お嬢様にそう言われ、仕方なく私は誤魔化すために話をでっち上げることにした。
私は嘘をつくことは好きではないけれど、嘘をつくことがあながち間違っているとは思わない。
嘘というものは、時と場合によって使い分けるものだ。
嘘をつくことで世界が幸せになるなら、それもいいのかもしれない、とさえ思う。
「ええと……これは『らめえん』という名の、外の世界に伝わるスープです」
私は笑顔を崩さないままパチュリー様の問いに答えた。
(咲夜さん、直球すぎです……)
(マズイわね、パチェが眉をしかめているわ)
「『らめえん』、聞いたことのないスープね。材料は何が入っているのかしら?」
「『らめえん』です」
「……聞いたことのない材料ね」
「『らめえん』は、古くから外の世界に伝わる幻の生物の一種で、大きさは数ミリから数十メートルにも及び、姿かたちはウミガメモドキによく似ているとか似ていないとか言われます。食べた者は3日以内に発狂して死にます」
(ちょ、咲夜さん適当に言ってません!?)
(さすがのパチェも気づくんじゃないかしら……)
「………………」
パチュリー様は一呼吸置いてから、
「――――美味しかったわ、また作って頂戴」
そう言って、満足気な様子で立ち上がった。
二人はパチュリー様の後ろ姿をハラハラしながら見送った。
「咄嗟の機転により、事なきを得ましたわ」
私はパチュリー様が完全に出て行ったのを確認してから呟いた。
「あなた適当に言ってただけじゃない」
「そうですよ、咲夜さん。パチュリー様以外だと、こうはいきませんよ?」
二人がそう言っているのに対し私は「パチュリー様は途中から気づいてましたよ」と言おうかどうか、少しだけ迷った。
私はパチュリー様が、私のポケットの辺りを見つめていたのを知っている。
私のポケットには、パチュリー様が来たときにこっそりと隠した二つの『お箸』が入っていた。
パチュリー様はそれを見て、最初からあれが『お箸』を使う料理であること、つまりただのスープではないことに気づいていたと思う。
でも、パチュリー様は満足して帰って下さったようなので、私はあえて何も言わなかった。
紅魔館の調理場で料理をしていると、音や匂いを嗅ぎつけた者たちが少しずつ集まって、
やがて小さなお食事会が開かれる。
館はお腹を空かせた者たちすべてを受け入れ、食事に誘う。
そのときの料理長はいつも私。
幻想郷から外の世界まであらゆるレシピを用いて、
彼らを満足させるのが私の役目。
「それにしても咲夜は、どうしてポケットにお箸なんか入れていたのかしら?」
パチュリーが不思議そうに呟いた。
おわり
お腹を空かせた者たちは、みんな大歓迎。
なぜなら、彼らはいつだって笑顔でお礼を言って帰っていくから。
「ふん、ふん、ふふん♪」
茹で上がった麺をしっかりと湯切りして、特製のスープに注ぐ。
それから葱をちらし、叉焼と半熟卵を盛り付ける。
最後に、数十種類の調味料から作った秘伝のタレを加えて、完成。
「よし、できた」私が声に出した瞬間、
――――バタン。
調理場の扉が突然開かれ、一人の少女が入ってきた。
「咲夜さん、大変です!」
彼女の名前は紅美鈴。この館で門番の仕事をしている。
背が高くて、普段着にチャイナドレスを愛用する、顔立ちの整った少女である。
「急に扉を開けないでよ美鈴。それで、どうしたのかしら?」理由はなんとなく分かるけれど一応、聞いてみる。
「さ、さっきまで私は外で花壇の手入れをしていたんですけど、その時――」
「ああ、御苦労さま。そう言えば、シクラメンの花はもう咲いていたかしら?」
「はい、咲いてましたよ! 綺麗なピンクや白が一面に広がっていて、とても素敵でした……って、それは置いといて、私が花壇の手入れをしていたところ、調理場の方から何やらただならぬ匂いが漂ってきたんです。なんというか、懐かしいような、親しみ深いような匂いが……」
美鈴はそこまで一気に言うと、ひと呼吸おいて、
「――とにかく、なんだか私が呼ばれたような気がして、大急ぎでここにやってきた訳です」
「なるほど……。ただならぬ匂いっていうのは、これのこと?」
私は、たった今作ったばかりの料理を美鈴の前に見せる。
「こ……これは……!」
美鈴が両目を大きく開き、あんぐりと口を開ける。
「これは、『ら・あ・め・ん』という料理よ。外の世界の本を見て作ったの」
美鈴は同じ表情と体勢のまま眼だけ私を見つめた。
その眼差しは真剣そのものである。
「……咲夜さん、私はなんだかこの料理とは無関係でないような気がします」
「そうね、私もなんとなくそう思うわ」
「あと、咲夜さんだけこっそり食べようなんてずるいと思います」
「ちゃんと美鈴の分もあるわよ」
私は軽く微笑んで美鈴に言った。
「美味しい……すごく、美味しいです。なんだか昔を思い出します。故郷の味ってやつでしょうか」
麺をひと口食べた美鈴が、うっとりした表情で感想を述べた。
「……故郷の味、ねぇ」
私も食べてみる。味には自信があった。
私はちょっとだけ(本当に、ちょっとだけ)猫舌なので、十分にふーふーして冷ましてから蓮華でスープを飲む。
ちょうどよい硬さの麺が豚骨と鶏がらのスープに合わさってとても美味しい。
でも、懐かしい気持ちを感じることはなかった。
美鈴の故郷と私の故郷は違うのかなぁ、
なんて思った。
「――そう言えば咲夜さん、最近外の世界の料理に凝ってますね」
美鈴が『らあめん』を食べながら私の方を見て言った。
その表情はとても幸せそうだ。
あんまり幸せそうなので、私もつい顔が綻びそうになる。
「あら、そうかしら?」
「この前もソバがどうとかって言ってなかったですか?」美鈴が首をかしげる。
「『お蕎麦』も『らあめん』も、幻想郷にだってあるんじゃないかしら」
「でも、外の世界の本を見て作ったんですよね?」
美鈴の言うことは――正しい。最近の私は外の料理に関心がある。
あちこちから材料を調達し、無い材料は他の物で代用して、料理を再現しては味見をする。
だけどこれまで一度も、美鈴のように料理に懐かしさを感じたことはない。
私の故郷は一体どこにあるのだろう。
これからずっと色んな料理を作り、何度も味見していけば、いつかは懐かしさを感じることができるのかしら?
それとも、私はもうとっくに故郷のことなんて忘れてしまっているの?
それとも初めから、故郷なんて無いのかもしれない。
「どうかしたんですか、咲夜さん?」
美鈴が心配そうな顔でこっちを見ている。
先ほどまでの嬉しそうな顔を、どうやら私が台無しにしてしまったらしい。
私はそんなに難しい顔をしていたのだろうか。
「あの、私はとても美味しかったと思いますけど……もしかして咲夜さんの口には合いませんでした?」
「ううん……美味しいわ、とっても美味しい。こんな料理、初めて食べたわ」
そう、初めて食べた。
私が思ったのは、そんな感想だった。
もしかしたら、過去に一度くらいは食べたことがあったかもしれない。
しかし、少なくとも味に懐かしさを感じるくらい、何度も食べたような感覚は得られなかった。
やっぱり、私が過去に住んでいた故郷の味とは違うみたいね。
――それとも記憶と一緒に味の感覚さえ忘れてしまったというの?
「二人とも私に隠れて一体なにをしているのかしら?」
食堂内に、訝るような声が響きわたった。
ここにきてようやく登場したのは、紅魔館の主であり私の主である、レミリア・スカーレットお嬢様。小さな深紅のドレスに身を包んだその正体は、500年以上生きている吸血鬼の末裔だ。
「私は逃げも隠れもしてませんよ、お嬢様」
「まあ、あなたはそうでしょうね」いつの間にか私たちの傍までやって来たお嬢様が言った。「ところで私の分は?」
「お嬢様の分なら、どうぞこちらに」
と言って私は側にあった、『らあめん』の器をお嬢様の前に置いた。
「ちょ、咲夜さんそれ私の分!」美鈴が慌てて器を取り返す。「まだ食べ終わってません!」
「……うちのメイドはいつから主人に食べかけの料理を出すようになったのかしらねぇ」お嬢様が呆れ果てたような顔で言った。
私は少し考えるようにしてから、
「――たった今ですね。私と半分こ、というのはいかがですか、お嬢様?」
こぼれないように器を添えながら、私は隣に座っているお嬢様の口に麺を運んだ。相手のタイミングを見計らって食べ物を口に持っていくのは以外と難しい。美鈴はというと、すでに食事を終えたらしく、先ほどから私たちのことをぼーっと見ていた。
「ふん、まあまあイケるわね」お嬢様がもぐもぐしながら感想を漏らした。
「お嬢様、喋るのは口の中が空になった後にして下さい」
その場合、私が絶え間なく食べ物を口にもっていくので、お嬢様は喋る暇がなくなってしまうけれど。
「ところで咲夜さん、お嬢様に新しい取り皿を持ってこないんですか?」
私たちの方を見ていた美鈴がポツリと言った。
そんな美鈴のちょっとした疑問にお嬢様は少したじろぐ。
「そ、そうよ咲夜、どうして取り皿を持ってこないのかしら……?」
私はきょとんとしてお嬢様の方を見た。
「いつもこうしてるじゃないですか」
「え゛、いつもこうやって食べさせてもらってるんですか?」
「い、いつもはやってないわ! たまによ、たまに!」
「たまに、こうやってるんですか?」
「ああ、もう、何だっていいわ。好きに解釈なさい!」
お嬢様はそっぽを向いて頬をふくらませてしまった。
私はそんなお嬢様の様子が可笑しくてしょうがなかった。
それからしばらくの間、三人で談笑をしていた。
新しく仕入れた紅茶がどうとか、月に行くための魔法の材料がどうとか。
お嬢様が食べ終わる頃には、話の話題は「外の世界の魔法」にうつっていた。
そんな中、食堂の扉が開いて、意外な人物が中へ入ってきた。
「あらパチュリー様、珍しいですね」
パチュリー・ノーレッジ。
お嬢様の友人であり、生れながらの魔法使いである。
喘息持ちで、普段はずっと図書館で本を読んでいるので、こういった場所にやってくることはあまりない。
「なんだか温かい飲み物が欲しくなって――」パチュリー様が気だるそうな、ぼんやりとした目で言った。
「一足遅かったわね、パチェ。もうスープくらいしか残ってないわ」
「なに、スープがあるの?」パチュリー様が私たちの前の椅子に腰かけて尋ねた。
「ちょっと味見させて頂戴」
「ええと、これはスープというか残り――」
パチュリー様は私が説明しようとする前に、蓮華で『らあめん』の残り汁を飲み始めた。
「なかなか美味しいじゃない」
「…………」
満足そうに言うパチュリー様の様子を見て、私はそれがスープではなく『らあめん』の残り汁であることを言いづらくなってしまった。
お嬢様も美鈴も、何も言わないままパチュリー様の方を見ていた。
「どうかしたの?」パチュリー様が不思議そうな顔で尋ねた。
(ちょっと咲夜さん。パチュリー様は、『らあめん』の残り汁を普通のスープだと思ってらっしゃいますよ?)
(そうよ咲夜、何だか見ていて可哀想だわ。何とかしなさい)
(そう言われましても、『らあめん』はもう残っていませんし……)
パチュリー様は早くもスープを飲みほしたらしい。
私の方をちらっと見て、それから私のポケットの方を少し見つめてから、顔を上げて尋ねた。
「ところで咲夜、このスープの名前は?」
(名前聞いてきましたよ、咲夜さん?)
(うまいこと誤魔化しなさい、咲夜)
お嬢様にそう言われ、仕方なく私は誤魔化すために話をでっち上げることにした。
私は嘘をつくことは好きではないけれど、嘘をつくことがあながち間違っているとは思わない。
嘘というものは、時と場合によって使い分けるものだ。
嘘をつくことで世界が幸せになるなら、それもいいのかもしれない、とさえ思う。
「ええと……これは『らめえん』という名の、外の世界に伝わるスープです」
私は笑顔を崩さないままパチュリー様の問いに答えた。
(咲夜さん、直球すぎです……)
(マズイわね、パチェが眉をしかめているわ)
「『らめえん』、聞いたことのないスープね。材料は何が入っているのかしら?」
「『らめえん』です」
「……聞いたことのない材料ね」
「『らめえん』は、古くから外の世界に伝わる幻の生物の一種で、大きさは数ミリから数十メートルにも及び、姿かたちはウミガメモドキによく似ているとか似ていないとか言われます。食べた者は3日以内に発狂して死にます」
(ちょ、咲夜さん適当に言ってません!?)
(さすがのパチェも気づくんじゃないかしら……)
「………………」
パチュリー様は一呼吸置いてから、
「――――美味しかったわ、また作って頂戴」
そう言って、満足気な様子で立ち上がった。
二人はパチュリー様の後ろ姿をハラハラしながら見送った。
「咄嗟の機転により、事なきを得ましたわ」
私はパチュリー様が完全に出て行ったのを確認してから呟いた。
「あなた適当に言ってただけじゃない」
「そうですよ、咲夜さん。パチュリー様以外だと、こうはいきませんよ?」
二人がそう言っているのに対し私は「パチュリー様は途中から気づいてましたよ」と言おうかどうか、少しだけ迷った。
私はパチュリー様が、私のポケットの辺りを見つめていたのを知っている。
私のポケットには、パチュリー様が来たときにこっそりと隠した二つの『お箸』が入っていた。
パチュリー様はそれを見て、最初からあれが『お箸』を使う料理であること、つまりただのスープではないことに気づいていたと思う。
でも、パチュリー様は満足して帰って下さったようなので、私はあえて何も言わなかった。
紅魔館の調理場で料理をしていると、音や匂いを嗅ぎつけた者たちが少しずつ集まって、
やがて小さなお食事会が開かれる。
館はお腹を空かせた者たちすべてを受け入れ、食事に誘う。
そのときの料理長はいつも私。
幻想郷から外の世界まであらゆるレシピを用いて、
彼らを満足させるのが私の役目。
「それにしても咲夜は、どうしてポケットにお箸なんか入れていたのかしら?」
パチュリーが不思議そうに呟いた。
おわり
クールに天然のパッチェさんかわいい。
パチュリーは結局解ってなかったんかいw
読んだら腹減って来た
>食べた者は3日以内に発狂して死にます
ちょっww
いやまさか、幻想郷に本当に「らめえん」があったとしたら、それを食したパチュリー様が一暴れしそうな予感が……ッ