少しだけ…思い出語りなんてしてみてもよろしいでしょうか。だってほら、こんなにも静かでいい夜じゃないですか。こんな夜には、少し昔のことに想いをはせてみたくはなりませんか。
私は物心ついたときから風祝として育てられました。私自身もそれは決して嫌だったり辛いようなことはなく、子供ながらに自分は他の子とは違うんだと小さな使命感のようなものを感じていました。だからでしょうか、子供のころから友達と遊んだりするより、自分から神奈子様のお手伝いやお世話をしたりしているほうが多かった気がします。友達が作れなかったりいなかったわけではないんですが、みんなには見えない神奈子様の姿が私にだけ見えたり、人にはない特別な力が自分にあると思うと、どうしてもなんだか距離を感じてしまって。
あ、でも向こうの生活もそれはそれで楽しかったんですよ。こっちに来るか残るかの選択を迫られた時も、ものすごく悩みましたし。でも、やっぱり私には神奈子様たちのいない生活や風祝でない自分はもう考えられなくて…。だから全部お別れしたんです。大好きだった両親とも、仲の良かったクラスメイトとも、あまり好きでなかった授業やテストとも、便利だった文明とも。
幻想郷に来て、最初に感じたのはそんなさみしさや不安感よりも使命感の方が上でした。やっと本格的に神奈子様や諏訪子様のお役に立てるんだと。お恥ずかしい話ですがその時、子供のころから自分は特別だと思っていた私は、私ならきっと上手くやれると、そんな慢心を抱いていたんです。
でも、幻想郷では私が起こせる力なんてささいなものでした。ここでは私なんか特別でもなんでもなかったんです。それを教えてくれたのが、霊夢さんでした。
正直言うと初めて霊夢さんを見たときは、すごくだらしないやる気のない人で、本当にこの人が幻想郷を管理する巫女なのかとそう思っちゃいました。でもあの日山にやってきた霊夢さんは自由気ままにフワフワと飛びながら、木の葉のようにひらひらと私の攻撃をかわし、圧倒的な実力で私を叩きのめしていきました。本当に恐ろしいほど強く、驚くほど自由で、信じられないくらい流麗でした。
その瞬間私の中の常識はすべて崩れ落ちたのです。この幻想郷では私は少し妖怪に立ち向かえる力があるだけの、ただの一少女でしかない。でもそう理解すると同時に、私の中には形容し難い爽快感のような開放感のようなものが溢れていました。
幻想郷では女の子が空を飛ぶことも、ちょっとした奇跡を起こせることも、人間が妖怪と張り合うことも、神様が姿を見せて普通に生活していることも…。
今まで周りとは違っていたすべてのことが、何も特別なことなんかじゃない。ここはすべてを受け入れる、その言葉の意味を本当に理解したとき、何故か頬を一滴の涙が流れました。何を隠すこともなく、何に距離を感じることもなく、ただの普通として、風祝の”東風谷早苗”として私を受け入れてくれる。そのことが何よりも嬉しく感じたのです。
それからというもの、私の頭の中は霊夢さんでいっぱいです。同じような立場にいて、初めて私を叩きのめした同じ歳ほどの少女。いつも気だるそうだけどここぞというときはすごく強くてかっこよくて。一緒にいてよく見てると実は結構可愛いところも多くて。
霊夢さんは幻想郷の博麗の巫女だけあって、私をただの”東風谷早苗”としてだけ見てくれる。私は、霊夢さんも私も何も変わらないと、初めて心の許せる最高の友達を見つけたような気分でした。何をしても霊夢さんのことばかり。この気持ちが恋心だと知るのに…そう時間はかかりませんでした。
あ、すいません。ちょっと長話になっちゃいましたね。お茶が冷めてしまってるでしょう、今淹れなおして参りますね。
話の続きですか?すいません…長々と話した割りに、実はオチは考えてないんです。だってこれは、きっと誰もが1度は体験すること。自分自身に奢りを抱いて、周りから距離を感じて、内心ずっと独りぼっちでいた少女の…少しだけ遅れてきた、ただの初恋のお話ですから。
すべて話し終えて、早苗が台所からお茶を淹れなおして部屋に戻ってくると、そこにはまだ顔を赤くしたままの霊夢が下を向いて座っていた。
「どうぞ、熱いから気をつけてくださいね」
早苗はそんな霊夢にかまわず淹れなおしてきたお茶を手渡した。お茶を受け取るために顔を上げた霊夢が恨めしそうに早苗を見る。
「あんたねぇ……どうしてそう恥ずかしい話を当事者に向かって言えるかな…」
「いいじゃないですか。全部本当のことなんですし」
「それが恥ずかしいっての」
早苗も少し顔を赤らめながらニコニコと霊夢の隣に座った。さっきよりも座る位置が近いことは勘のいい霊夢が気が付かないはずはないが、特にそのことに触れようとはしなかった。
「じゃあ、次霊夢さんの番です」
「はぁ?」
ニコニコと嬉しそうに言った早苗に、何言ってんだこいつと言わんばかりの表情で霊夢が聞き返した。
「女の子のお泊りの話題といえば恋バナじゃないですかぁ。もっと霊夢さんのことも知りたいですし、霊夢さんの初恋のお話聞かせてくださいよ」
「ちょ、嫌よ。何で私が」
「いいじゃないですか。私と霊夢さんしかいないんですし」
「そういう問題じゃないでしょう」
「じゃあ何で嫌なんですか?」
覗き込むように言ってきた早苗と目が合って、霊夢は誤魔化すようにお茶をすすった。お茶をすする音だけが静かな夜に響く。温かいお茶が全身を巡るように体を温めた。
しかしなおもまっすぐ霊夢を見続ける早苗とその場の沈黙に耐えかねて、霊夢が降参したように小さくぼそっとつぶやいた。
「私だって初恋だなんて言ったら、あんたがつけあがるだけでしょう」
言い切ってやけくそと言わんばかりに残ったお茶を一気にのどに流し込んだ。まだ熱かったお茶にやけどしそうになったが、今はそれよりも顔が熱い。
「…霊夢さん、私に負けないくらい恥ずかしいこと言ってません?」
「あぁ!もう!だから嫌だったのよ!」
ガンと湯のみを置いて抗議する霊夢であるが、今はむしろそういった行動は焼け石に水である。
「あはは。ねえ霊夢さん。もっと聞かせて下さい、霊夢さんのこと。もっと聞いてください私のこと。私まだまだ話足りないです」
「はぁ、まだ話すの?もう夜も遅いわよ」
湯のみを置いて手持ち無沙汰になっていた霊夢の手に、そっと早苗が自分のそれを重ねて置いた。肌寒い夜の空気に慣れた手が、優しいぬくもりに包まれていく。
「いいじゃないですか。だってほら、こんなにも静かで肌寒い夜は、明けるにはまだまだ時間がかかるのですから…」
静かにやさしくそう囁いた早苗の表情を見た霊夢は、どうせこの速い鼓動のままでは布団に入ったところで寝付けるはずもないと諦めて、ため息をつきながら3杯目の熱いお茶を淹れに台所へ向かったのだった。
結局この夜、明け方近くとも言えるような時間まで少女2人の談笑は尽きなかったとか。最終的に2人して力尽きるように眠り、半ば寄り添って寝てるような形となったとか。霊夢が先に目を覚まして、近すぎる早苗の寝顔に気絶しかけたのは次の日の昼も近くなった頃だとか。
「年頃の巫女2人寄れば、寝静まる夜もかしましい……ね」
晩酌でもしようと密かに表れて桃色の空気に当てられたスキマが、そっと閉じて誰にも気づかれることなく消えた。
>湯のみを置いて講義する霊夢
↑講義→抗議
あと東風屋→東風谷
です。
誰か塩くれ
感がいい→勘がいい、ではないかと。
やっぱりレイサナは良い。心が洗われる
レイサナはどっちも乙女で可愛いなぁ
「私だって初恋だって言ったら~」のくだりがとても可愛らしくていいですね。
淡々とした無駄のない文章は、こちらまでドキドキしてくるようでとても雰囲気があって素敵でした
そして、ソッと去っていった紫に大人の香りを感じました。