毎年冬になると、幽香が神社に居候してくる。
子供の頃からの、いわゆる恒例行事みたいなものだ。
いや……、毎年ではないか。数年間、来なかった期間がある。
正確には、私の方からあいつに一言「もう来るな」と言ったのだ。
その時の話は……、今はさほど関係ないかな。
それよりも、一度は顔も見せなくなった幽香が、再び神社にやって来ていることに目を向けよう。
ていうか、今目の前にいる。おこたで存分に温まっている。皮だけになったみかんが二つ、卓袱台に横たわっている。幸せそうな顔をしている。
何故幽香がここにいるのか。
そりゃ勿論、私が許可したからであって。
そもそも、幽香を神社から締め出したのは私のけじめみたいなものだった。
これから博麗の巫女として生きていかなければならない――。そんな気持ちの中、慕っていたとは言え、妖怪を神社にすんなりと招き入れ続けるのは、果たしてどうなのだろうと思ったからだ。
しかし、そんな私の一大決心とは裏腹に、妖怪たちは神社に寄り付くようになって。異変が起きて解決する度に、その数はどんどん増えていって。
気が付けば、人里からは『妖怪神社』呼ばわりよ。まったく、世の中上手くいかないもんだわ、とあの時ほど強く思ったことは他にはない。今のところは。
その内に馬鹿馬鹿しくなって、今に至るというわけだ。
「もう別に来てもいいわよ」と言った時の幽香の嬉しそうな顔といったらなかったわね。はしゃぐわ抱きつくわ終いには泣き出すわで本当に大変だった。
私は、そうやってぐずっている幽香の頭を撫でてあげたりしてたっけな。昔と立ち位置が逆になっていた気がして、とても不思議な感覚だったのをよく覚えている。
ただ、一つだけ条件を提示している。
その内容は「居候したいのならその間の食費は全額負担しろ」というものだ。
これは、博麗の巫女としての最後の意地みたいなものだった。……これを意地と呼ぶにはあまりにも情けない条件であることは、私も重々承知している。
それはもう痛いほどに、である。穴があったらぜひに入れて欲しかいくらいだ。
しかし幽香は、このとてもくだらない条件をあっさりと了承してくれたのだった……。今にして思えば、一妖怪の一体どこにそんな財力があるのか、甚だ疑問である。
よって、冬季限定だが博麗神社の経済状況は安定しているのであった。
後は参拝客が増えれば言うことないのだが。
……春になったら頑張ろう。冬はそのための準備期間に充てよう。この寒さを前に、わざわざここまでやって来る熱心な参拝客なんて見たことがない。
繰り返しになってしまうが、そういった経緯で幽香が只今絶賛居候中なのである。
幽香は私が淹れたお茶を一口啜ってから、三つめのみかんに手を伸ばす。「食べ過ぎよ」と釘を刺したかったのだが、このみかんも幽香が買ってきたものだ。私がとやかく言える立場ではなかった。
楽しそうに本日三回目のみかん剥きに勤しんでいる幽香を眺めながら、私はそろそろ本題に入ろうと思う。
幽香がウチに居候しに来る。それはいい。いや、本当は良くはないのだけれど百歩譲っていいことにしよう。そう結論を頭の中で一先ず出しておいて、私は幽香に対して浮かんだ疑問について考え始めたいと思う。
あれはちょっとした用事があって阿求の家に行った時のことだ。
その際に、阿求が代々編纂している幻想郷縁起を少しだけ見せてもらった。
勿論そこには幽香について書かれた項もあった。その中での記述と照らし合わせて、私は幽香に対して一つの疑問点を覚えるに至ったのだ。
幻想郷縁起では幽香についてこう記述されていた――。
――風見幽香は、一年中花が咲いている場所を求めて移動している。
春には春の花を、夏には夏の花を、秋には秋の花を、冬には冬の花を、と常に花を求めて活動しているのが風見幽香という妖怪の性質なのである。
だとすれば、私の目の前で本日三つ目のみかんを美味しそうに頬張っているこの幽香は、その記述とは異なる行動をしていることになるのではないだろうか。
確かに冬に咲く花はそう多くはない。だが、決して無いというわけでもない。
プリムラにハナキリン、キルタンサスやノースポール、サイネリア、ビオラ、カレンジュラ等々……。挙げてみればそれなりにあるのだ。
ちなみに、花に関しては小さい頃に幽香に教えられて覚えたものだ。
じっと幽香の顔を凝視してみる。眠くなってきたのか卓袱台に顎を乗せて欠伸している。その表情はかなり緩み切っており、いわゆるマヌケ面に相当するものだった。
……だけどちょっとだけ可愛いかも、と思ったりした自分がいる。絶対口にしてはやらないけれど。
素直に思ったことはそのままそっと胸の内にしまい込み、論点を元の方向へと修正しよう。
四季の花を求めて彷徨う妖怪が、何故神社に居候する必要があるのだろうか。
別に自惚れているわけでも自意識過剰でもないけれど、幽香が自分のことを好いてくれているのはわかっている。
幽香が神社に居候し始めたのは自分が子どもの頃からだ。よく覚えている。
しかし、だからといって冬にしか来ないというわけでもなかった。初めて会ったのは夏だったし、そうでなくても暇さえあれば季節を問わず遊びにやって来る奴だ。
さらに言えば、幽香には自宅がある。にも関わらず冬の間だけはここにやってくる。
ここを拠点に活動すると言うならば多少納得はいく。……それはそれで腑に落ちない点がいくつもあるが。
だが、ここが一番の疑問点なのだが、幽香は居候している間、買出し以外では神社から一歩も動かないのだ。
今まで幽香を花の妖怪たらしめた行動規範は、完全に崩されている。
花を愛でることこそ幽香の至上の喜びであるはずなのに、それを無視して私の所にやって来ている。
もし……、もしそのために無理をしているのかもしれないと考えると、何故か私はたまらなく嫌な気持ちになるのだ。気持ちが悪くなるのだ。
だから聞いてみることにした。
私は今にも眠りの海へ沈んでしまいそうな、だらしなく突っ伏している幽香の肩に手を伸ばして、少々激しくに揺すってやって無理矢理意識を引っ張り上げる。
自分が眠ってしまう寸前だったことに揺すられてから初めて気が付いたのか、勢いよくガバッと跳ね起きる。その拍子に「ふがっ!?」と変な声を上げたのは聞かなかった事にしておいてあげよう。
しかし、私の妨害によって一度は起こされるも、またすぐに船を漕ぎ始めた幽香に卓袱台を叩いてピシャリと一喝して、一つ咳払いを間に挟み思ったことを率直に伝えてみた。
それを聞いた幽香は、きょとんとした表情になった。
しばらく私と幽香の間に静寂が訪れた。
しかし待てども反応がなかったので、よもや目を開けたまま寝ているのではないだろうかと頭を叩きに立ち上がろうとした時、突然幽香が笑い出した。
今度は私が、きょとんとする番だった。
幽香が突然笑い出したものだから固まってしまったが、私はすぐ我に返って卓袱台を両手で叩き「こ、こっちはあんたを心配して聞いているの!」とがなる。思わず本音が出てしまって少し顔が熱くなる。
幽香も聞き流してくれればいいものを「心配してくれてありがとう」なんて言ってくるものだから、さらに温度が上昇する。絶対顔が赤くなっていると思い、幽香の顔を見ることが出来ずに俯いてしまう私。
そうやって俯いてしまった私に、幽香が質問に対する答えを告げる。意外な答えだった。予想外の答えに熱が冷めやらぬ顔のことを忘れて思わず顔を上げてしまった――。
――花なら、ちゃんと毎日見ているわよ。
幽香はそう言ったのだ。
当然、私はその答えを嘘だと思った。何故なら、この時期の神社の周辺に花は咲いていないからだ。
そう反論すると、また幽香は笑い出したのだ。口に手を当ててクスクスと。
私は何かおかしなことを言っているのか。余計に意味が分からなくなってきたと同時に、今度は募ってきたイライラで顔を赤く染めようとしたところで、幽香が言った。
「あなたという花を毎日見ているのよ」
それを聞いた私の顔がまた真っ赤になってしまった。イライラはどこかに吹き飛んでしまったんだけどなあ。
子供の頃からの、いわゆる恒例行事みたいなものだ。
いや……、毎年ではないか。数年間、来なかった期間がある。
正確には、私の方からあいつに一言「もう来るな」と言ったのだ。
その時の話は……、今はさほど関係ないかな。
それよりも、一度は顔も見せなくなった幽香が、再び神社にやって来ていることに目を向けよう。
ていうか、今目の前にいる。おこたで存分に温まっている。皮だけになったみかんが二つ、卓袱台に横たわっている。幸せそうな顔をしている。
何故幽香がここにいるのか。
そりゃ勿論、私が許可したからであって。
そもそも、幽香を神社から締め出したのは私のけじめみたいなものだった。
これから博麗の巫女として生きていかなければならない――。そんな気持ちの中、慕っていたとは言え、妖怪を神社にすんなりと招き入れ続けるのは、果たしてどうなのだろうと思ったからだ。
しかし、そんな私の一大決心とは裏腹に、妖怪たちは神社に寄り付くようになって。異変が起きて解決する度に、その数はどんどん増えていって。
気が付けば、人里からは『妖怪神社』呼ばわりよ。まったく、世の中上手くいかないもんだわ、とあの時ほど強く思ったことは他にはない。今のところは。
その内に馬鹿馬鹿しくなって、今に至るというわけだ。
「もう別に来てもいいわよ」と言った時の幽香の嬉しそうな顔といったらなかったわね。はしゃぐわ抱きつくわ終いには泣き出すわで本当に大変だった。
私は、そうやってぐずっている幽香の頭を撫でてあげたりしてたっけな。昔と立ち位置が逆になっていた気がして、とても不思議な感覚だったのをよく覚えている。
ただ、一つだけ条件を提示している。
その内容は「居候したいのならその間の食費は全額負担しろ」というものだ。
これは、博麗の巫女としての最後の意地みたいなものだった。……これを意地と呼ぶにはあまりにも情けない条件であることは、私も重々承知している。
それはもう痛いほどに、である。穴があったらぜひに入れて欲しかいくらいだ。
しかし幽香は、このとてもくだらない条件をあっさりと了承してくれたのだった……。今にして思えば、一妖怪の一体どこにそんな財力があるのか、甚だ疑問である。
よって、冬季限定だが博麗神社の経済状況は安定しているのであった。
後は参拝客が増えれば言うことないのだが。
……春になったら頑張ろう。冬はそのための準備期間に充てよう。この寒さを前に、わざわざここまでやって来る熱心な参拝客なんて見たことがない。
繰り返しになってしまうが、そういった経緯で幽香が只今絶賛居候中なのである。
幽香は私が淹れたお茶を一口啜ってから、三つめのみかんに手を伸ばす。「食べ過ぎよ」と釘を刺したかったのだが、このみかんも幽香が買ってきたものだ。私がとやかく言える立場ではなかった。
楽しそうに本日三回目のみかん剥きに勤しんでいる幽香を眺めながら、私はそろそろ本題に入ろうと思う。
幽香がウチに居候しに来る。それはいい。いや、本当は良くはないのだけれど百歩譲っていいことにしよう。そう結論を頭の中で一先ず出しておいて、私は幽香に対して浮かんだ疑問について考え始めたいと思う。
あれはちょっとした用事があって阿求の家に行った時のことだ。
その際に、阿求が代々編纂している幻想郷縁起を少しだけ見せてもらった。
勿論そこには幽香について書かれた項もあった。その中での記述と照らし合わせて、私は幽香に対して一つの疑問点を覚えるに至ったのだ。
幻想郷縁起では幽香についてこう記述されていた――。
――風見幽香は、一年中花が咲いている場所を求めて移動している。
春には春の花を、夏には夏の花を、秋には秋の花を、冬には冬の花を、と常に花を求めて活動しているのが風見幽香という妖怪の性質なのである。
だとすれば、私の目の前で本日三つ目のみかんを美味しそうに頬張っているこの幽香は、その記述とは異なる行動をしていることになるのではないだろうか。
確かに冬に咲く花はそう多くはない。だが、決して無いというわけでもない。
プリムラにハナキリン、キルタンサスやノースポール、サイネリア、ビオラ、カレンジュラ等々……。挙げてみればそれなりにあるのだ。
ちなみに、花に関しては小さい頃に幽香に教えられて覚えたものだ。
じっと幽香の顔を凝視してみる。眠くなってきたのか卓袱台に顎を乗せて欠伸している。その表情はかなり緩み切っており、いわゆるマヌケ面に相当するものだった。
……だけどちょっとだけ可愛いかも、と思ったりした自分がいる。絶対口にしてはやらないけれど。
素直に思ったことはそのままそっと胸の内にしまい込み、論点を元の方向へと修正しよう。
四季の花を求めて彷徨う妖怪が、何故神社に居候する必要があるのだろうか。
別に自惚れているわけでも自意識過剰でもないけれど、幽香が自分のことを好いてくれているのはわかっている。
幽香が神社に居候し始めたのは自分が子どもの頃からだ。よく覚えている。
しかし、だからといって冬にしか来ないというわけでもなかった。初めて会ったのは夏だったし、そうでなくても暇さえあれば季節を問わず遊びにやって来る奴だ。
さらに言えば、幽香には自宅がある。にも関わらず冬の間だけはここにやってくる。
ここを拠点に活動すると言うならば多少納得はいく。……それはそれで腑に落ちない点がいくつもあるが。
だが、ここが一番の疑問点なのだが、幽香は居候している間、買出し以外では神社から一歩も動かないのだ。
今まで幽香を花の妖怪たらしめた行動規範は、完全に崩されている。
花を愛でることこそ幽香の至上の喜びであるはずなのに、それを無視して私の所にやって来ている。
もし……、もしそのために無理をしているのかもしれないと考えると、何故か私はたまらなく嫌な気持ちになるのだ。気持ちが悪くなるのだ。
だから聞いてみることにした。
私は今にも眠りの海へ沈んでしまいそうな、だらしなく突っ伏している幽香の肩に手を伸ばして、少々激しくに揺すってやって無理矢理意識を引っ張り上げる。
自分が眠ってしまう寸前だったことに揺すられてから初めて気が付いたのか、勢いよくガバッと跳ね起きる。その拍子に「ふがっ!?」と変な声を上げたのは聞かなかった事にしておいてあげよう。
しかし、私の妨害によって一度は起こされるも、またすぐに船を漕ぎ始めた幽香に卓袱台を叩いてピシャリと一喝して、一つ咳払いを間に挟み思ったことを率直に伝えてみた。
それを聞いた幽香は、きょとんとした表情になった。
しばらく私と幽香の間に静寂が訪れた。
しかし待てども反応がなかったので、よもや目を開けたまま寝ているのではないだろうかと頭を叩きに立ち上がろうとした時、突然幽香が笑い出した。
今度は私が、きょとんとする番だった。
幽香が突然笑い出したものだから固まってしまったが、私はすぐ我に返って卓袱台を両手で叩き「こ、こっちはあんたを心配して聞いているの!」とがなる。思わず本音が出てしまって少し顔が熱くなる。
幽香も聞き流してくれればいいものを「心配してくれてありがとう」なんて言ってくるものだから、さらに温度が上昇する。絶対顔が赤くなっていると思い、幽香の顔を見ることが出来ずに俯いてしまう私。
そうやって俯いてしまった私に、幽香が質問に対する答えを告げる。意外な答えだった。予想外の答えに熱が冷めやらぬ顔のことを忘れて思わず顔を上げてしまった――。
――花なら、ちゃんと毎日見ているわよ。
幽香はそう言ったのだ。
当然、私はその答えを嘘だと思った。何故なら、この時期の神社の周辺に花は咲いていないからだ。
そう反論すると、また幽香は笑い出したのだ。口に手を当ててクスクスと。
私は何かおかしなことを言っているのか。余計に意味が分からなくなってきたと同時に、今度は募ってきたイライラで顔を赤く染めようとしたところで、幽香が言った。
「あなたという花を毎日見ているのよ」
それを聞いた私の顔がまた真っ赤になってしまった。イライラはどこかに吹き飛んでしまったんだけどなあ。
まだまだ平和には程遠いので幼女霊夢に御執心な幽香の過去話を披露するのだ!さぁ早く!
さぁさぁ、霊夢が幽香を神社から追い出した辺りの話とか、
子供のときのお話とかを所望したりしてみますよ。
オチがちょっと弱いのが残念なのと、この話は掌編にしとくのはもったいないと思った。
霊夢が子どもの頃から見守ってきたお姉さん幽香が素敵です。
美味しいSSご馳走様です。