月光を浴びて青々と輝き、まるで天を貫こうとしているのかと思うほど背を伸ばしている竹たちが集まり一つの広大な林を創っている。
その鬱蒼と生い茂る竹林の地べたを私は這いつくばりながら鮮血を吐き出していた。
死が濃密な血臭が辺りに漂わせながら近づいてくるのが分かる。
「私の勝ちね、妹紅」
煌めく星たちを無作為に散りばめた月夜。
そこに浮かぶ青白い上弦の月を背に、輝夜は艶やかな黒髪を夜風になびかせながら勝ち誇った表情で地に伏している私に向かって言い放つ。
「まだ、勝負は決まっていない!」
私はそれを否定しようと口にしたが痛みと喉に絡まる血の所為か小さな濁声しかでなく、輝夜の耳に届く前に消散してしまう。
私は悔しさのあまり、輝夜の顔を睨みつけるしかなかった。
何と情けない事だろう。その他に何もする事が出来ない自分に憤りを感じざるおえない。
本当に惨めだ。
「負け犬にしては反抗的な目ね……」
輝夜は私がもう何も出来ないと踏んでゆっくりと大地に降り立つ。
それに伴い竹の葉が宙を舞い踊り、また地に落ちていく。
警戒心などまるでない無防備の状態で私の元に近づいてくる輝夜。
「もう少し、痛めつけてあげた方が良かったかしら?」
腰を下ろし、私の顎を掴みながら冷笑を浮かべる輝夜。この女はいつも人を見下す時、このような表情を見せる。
私はそれが気にくわない。
今すぐにでもそのすかした冷たい顔面を焼き払ってやりたいけれど、今の私にそのような力は微塵にも残されていない。
正直、意識を保っているのが不思議なくらいだ。
しかし、体は正直だった。輝夜の顔が目と鼻の距離まで迫ると無意識のうち口内に溜まった血が入り混じった唾液を吐きかけていた。
輝夜の頬に直撃した唾液は何とも官能的に滴り落ちていく。
「……その頭を潰してもらいたいみたいね」
そう言って私を地面に叩きつけると故意なのかそれとも偶然なのか皮肉にもあの蓬莱の玉の枝を懐から取り出し振りかざす。
「死になさい!」
その甲高い怒声が聞こえた瞬間、私の意識は紺碧の闇に沈んでいくのだった。
私は誰よりも父上が好きだった。
無論、父上と会話など交わした覚えはない。
私のような幼子とは到底、住む世界が違うのだから至極当然の事だ。
だが、本当に誠実で誰よりもお優しい方であった事を私はハッキリと覚えている。
そんな父上だからこそ私は憧れと尊敬の念を抱き、心から慈愛の眼差しを注いでいた。
だが、あの女は私の愛した父上の愛を無下にするだけには飽きたらず、あろう事かその名誉に恥辱を与えたのだ。
私は父上に恥をかかせたあの女が許せなかった。
必ずや復讐すると決意し機会を待ち望んでいた。しかし、あの女はその後すぐに月に帰り二度と地上には戻ってこないと知った私は本人には復讐が叶わないと落胆した。
だが、私はその後、すぐにある噂を耳にしたのだ。
それは、あの女が行方をくらませる際に大切な人の為に残した薬がある、と言ったものであった。
早速、私はその噂の真偽を確かめる為、行動に移った。
腐っても貴族なだけはあり、その噂が真実である事を確かめるのにそう苦労しなかった。
あの女にとって大切な者とは帝の事であった。
しかし帝は「会うことも無いので、こぼれ落ちる涙に浮かんでいるような我が身にとって、この薬が何になろう」と言われ、少しでも月に近い、駿河国にある日の本で一番高い山であの女が献上した薬を燃やしてくるよう命じになられたのだ。
結局、その薬の正体や何故、帝はそれを燃やすよう命じになられたのかは分からなかった。
だが私はそれを聞いてあの女の大切な人に贈ったモノを奪う事で間接的ではあるが復讐を達成しようと考えたのだ。
今思えばそんな事が復讐になどなる筈がないと何故、気がつかなかったのか分からない。
その時の私はそれほどまでに冷静さを失っていたとみればそれまでだが、きっと父上を愛する私の心がそれを認めなかったのだろう。
私は長く伸ばしていた髪を切り男児のフリをして、駿河国に向かった。すぐに帝の勅命を受けた勅使の一団を見つける事ができ、私はその後を追って日の本で一番高い山に何の準備もなく登りだしたのだ。
やはり、その時の私は冷静さを失っていたのだろう。案の定、山中で行き倒れとなってしまった。
あの時ほど自分の浅はかさに憤りを感じた事はない。
そして、そんな浅はかな私を助けてくれたのが帝の勅命を承った勅使の束ね役を務めていた調岩笠という男であった。
それは良い意味で予想外であり、私はそのまま勅使の一団と何食わぬ顔で行動をともにし薬を奪う機会を窺う事にしたのだ。
だが、予想外はそれだけでは終わらなかった。
一日がかりで山の火口にたどり着いた私達の前に神を名乗る者が現れたのだ。
その者は「その不死の薬を火口に投げ込むと火山が活性化してしまう」と言い岩笠達を止めた。
仕方なく、岩笠達は別の山で薬を燃やす事に決め、その日は山中で野宿となった。
この時、私はその薬の正体が不死の妙薬である事を知り、その不死の妙薬を飲めばいつの日かあの女に直接復讐ができるかもしれない、そう考えた私は全員が寝静まった後、ある恐ろしい行動にでたのだ。
翌日、岩笠を除く勅使全員が服は黒こげで体の肉は熱でただれ落ちており誰が誰だか判断がつかないモノへと変わり果てていた。
岩笠はその殺伐とした恐ろしい光景を見ると予想通り私を連れて下山を始めた。そして、私はその下山途中、命の恩人である岩笠を後ろから蹴り飛ばし薬を奪った。
私に蹴り飛ばされた岩笠は岩石だらけの斜面を赤黒い血の足跡を残しながら落ちていった。
あの刹那、岩笠が見せた憎悪に満ちた眼差しは今も私の心を鷲掴みにするように締め付けてくる。
魔が差した、何て言い訳が通じないのは分かっている。
私は人が最もしてはいけない罪を犯した。
自分を比護する訳ではない、けれど私はそれほどの罪を犯してでもあの女に復讐してやりたかったのだ。
登山途中で岩笠や他の勅使達と交わした会話を今も度々、思い出す。
そして、その度に罪悪感が私の矮小な心を満たしていき、張り裂けそうになる。
哀れな女、そう呼ばれても仕方ない。
実際その通り、私は自分の思いばかり優先し、他人の命を摘んだ哀れで醜く穢れた女。
そして、生きた死人だ。
人間は全て自分がいずれ死ぬということを知っている。
だからこそ、生の意味を問いかけるのと同様に、死の意味を一生かけて問い続けるのだ。
自分の死、親しい者の死、他人の死、それらを必死に受容していく。
だが、私は自分の死がなくなってしまった。
親しい者も他人も私を置いていく。
それらを受容するのが息が詰まるように苦しい。
それは自業自得の苦しみだ。
臓物を引きずり出しても死死ねない。
頭を潰しても死なない。
無論、あの勅使達のように体を焼いても死んではくれない。
不死者になって初めて知った心の痛み。
私は永遠の時を歩く。
罪を重ね、恨まれ、忌み嫌われ、それでも歩みは止まらない。
それが私の贖罪なのだから。
その鬱蒼と生い茂る竹林の地べたを私は這いつくばりながら鮮血を吐き出していた。
死が濃密な血臭が辺りに漂わせながら近づいてくるのが分かる。
「私の勝ちね、妹紅」
煌めく星たちを無作為に散りばめた月夜。
そこに浮かぶ青白い上弦の月を背に、輝夜は艶やかな黒髪を夜風になびかせながら勝ち誇った表情で地に伏している私に向かって言い放つ。
「まだ、勝負は決まっていない!」
私はそれを否定しようと口にしたが痛みと喉に絡まる血の所為か小さな濁声しかでなく、輝夜の耳に届く前に消散してしまう。
私は悔しさのあまり、輝夜の顔を睨みつけるしかなかった。
何と情けない事だろう。その他に何もする事が出来ない自分に憤りを感じざるおえない。
本当に惨めだ。
「負け犬にしては反抗的な目ね……」
輝夜は私がもう何も出来ないと踏んでゆっくりと大地に降り立つ。
それに伴い竹の葉が宙を舞い踊り、また地に落ちていく。
警戒心などまるでない無防備の状態で私の元に近づいてくる輝夜。
「もう少し、痛めつけてあげた方が良かったかしら?」
腰を下ろし、私の顎を掴みながら冷笑を浮かべる輝夜。この女はいつも人を見下す時、このような表情を見せる。
私はそれが気にくわない。
今すぐにでもそのすかした冷たい顔面を焼き払ってやりたいけれど、今の私にそのような力は微塵にも残されていない。
正直、意識を保っているのが不思議なくらいだ。
しかし、体は正直だった。輝夜の顔が目と鼻の距離まで迫ると無意識のうち口内に溜まった血が入り混じった唾液を吐きかけていた。
輝夜の頬に直撃した唾液は何とも官能的に滴り落ちていく。
「……その頭を潰してもらいたいみたいね」
そう言って私を地面に叩きつけると故意なのかそれとも偶然なのか皮肉にもあの蓬莱の玉の枝を懐から取り出し振りかざす。
「死になさい!」
その甲高い怒声が聞こえた瞬間、私の意識は紺碧の闇に沈んでいくのだった。
私は誰よりも父上が好きだった。
無論、父上と会話など交わした覚えはない。
私のような幼子とは到底、住む世界が違うのだから至極当然の事だ。
だが、本当に誠実で誰よりもお優しい方であった事を私はハッキリと覚えている。
そんな父上だからこそ私は憧れと尊敬の念を抱き、心から慈愛の眼差しを注いでいた。
だが、あの女は私の愛した父上の愛を無下にするだけには飽きたらず、あろう事かその名誉に恥辱を与えたのだ。
私は父上に恥をかかせたあの女が許せなかった。
必ずや復讐すると決意し機会を待ち望んでいた。しかし、あの女はその後すぐに月に帰り二度と地上には戻ってこないと知った私は本人には復讐が叶わないと落胆した。
だが、私はその後、すぐにある噂を耳にしたのだ。
それは、あの女が行方をくらませる際に大切な人の為に残した薬がある、と言ったものであった。
早速、私はその噂の真偽を確かめる為、行動に移った。
腐っても貴族なだけはあり、その噂が真実である事を確かめるのにそう苦労しなかった。
あの女にとって大切な者とは帝の事であった。
しかし帝は「会うことも無いので、こぼれ落ちる涙に浮かんでいるような我が身にとって、この薬が何になろう」と言われ、少しでも月に近い、駿河国にある日の本で一番高い山であの女が献上した薬を燃やしてくるよう命じになられたのだ。
結局、その薬の正体や何故、帝はそれを燃やすよう命じになられたのかは分からなかった。
だが私はそれを聞いてあの女の大切な人に贈ったモノを奪う事で間接的ではあるが復讐を達成しようと考えたのだ。
今思えばそんな事が復讐になどなる筈がないと何故、気がつかなかったのか分からない。
その時の私はそれほどまでに冷静さを失っていたとみればそれまでだが、きっと父上を愛する私の心がそれを認めなかったのだろう。
私は長く伸ばしていた髪を切り男児のフリをして、駿河国に向かった。すぐに帝の勅命を受けた勅使の一団を見つける事ができ、私はその後を追って日の本で一番高い山に何の準備もなく登りだしたのだ。
やはり、その時の私は冷静さを失っていたのだろう。案の定、山中で行き倒れとなってしまった。
あの時ほど自分の浅はかさに憤りを感じた事はない。
そして、そんな浅はかな私を助けてくれたのが帝の勅命を承った勅使の束ね役を務めていた調岩笠という男であった。
それは良い意味で予想外であり、私はそのまま勅使の一団と何食わぬ顔で行動をともにし薬を奪う機会を窺う事にしたのだ。
だが、予想外はそれだけでは終わらなかった。
一日がかりで山の火口にたどり着いた私達の前に神を名乗る者が現れたのだ。
その者は「その不死の薬を火口に投げ込むと火山が活性化してしまう」と言い岩笠達を止めた。
仕方なく、岩笠達は別の山で薬を燃やす事に決め、その日は山中で野宿となった。
この時、私はその薬の正体が不死の妙薬である事を知り、その不死の妙薬を飲めばいつの日かあの女に直接復讐ができるかもしれない、そう考えた私は全員が寝静まった後、ある恐ろしい行動にでたのだ。
翌日、岩笠を除く勅使全員が服は黒こげで体の肉は熱でただれ落ちており誰が誰だか判断がつかないモノへと変わり果てていた。
岩笠はその殺伐とした恐ろしい光景を見ると予想通り私を連れて下山を始めた。そして、私はその下山途中、命の恩人である岩笠を後ろから蹴り飛ばし薬を奪った。
私に蹴り飛ばされた岩笠は岩石だらけの斜面を赤黒い血の足跡を残しながら落ちていった。
あの刹那、岩笠が見せた憎悪に満ちた眼差しは今も私の心を鷲掴みにするように締め付けてくる。
魔が差した、何て言い訳が通じないのは分かっている。
私は人が最もしてはいけない罪を犯した。
自分を比護する訳ではない、けれど私はそれほどの罪を犯してでもあの女に復讐してやりたかったのだ。
登山途中で岩笠や他の勅使達と交わした会話を今も度々、思い出す。
そして、その度に罪悪感が私の矮小な心を満たしていき、張り裂けそうになる。
哀れな女、そう呼ばれても仕方ない。
実際その通り、私は自分の思いばかり優先し、他人の命を摘んだ哀れで醜く穢れた女。
そして、生きた死人だ。
人間は全て自分がいずれ死ぬということを知っている。
だからこそ、生の意味を問いかけるのと同様に、死の意味を一生かけて問い続けるのだ。
自分の死、親しい者の死、他人の死、それらを必死に受容していく。
だが、私は自分の死がなくなってしまった。
親しい者も他人も私を置いていく。
それらを受容するのが息が詰まるように苦しい。
それは自業自得の苦しみだ。
臓物を引きずり出しても死死ねない。
頭を潰しても死なない。
無論、あの勅使達のように体を焼いても死んではくれない。
不死者になって初めて知った心の痛み。
私は永遠の時を歩く。
罪を重ね、恨まれ、忌み嫌われ、それでも歩みは止まらない。
それが私の贖罪なのだから。
臓物を引きずり出しても死死ねない ←すみません 死が1個多いです
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真意はどうであれ少なくとも迷惑行為であるのは自覚してください。
そして、これからはこのような行為をしないでもらいたい。
とりあえずメールアドレスを記載しておきますのでこの件について何か言いたいことがあるならどうぞ
こちらはいつでも待ってます。