Coolier - 新生・東方創想話

「生首」追跡取材事件

2011/02/20 00:30:00
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「生首が人里の上空を飛び回ってる?」

 鴉天狗の射命丸文は、川原で河童と大将棋をしている犬走椛からそんな話を聞いた。
 河童の河城にとりは、将棋盤を眺めてうんうん唸っていて、長考の最中だ。
 その間を埋める為に何気なく話した事であったが、文はその話に食いついた。

「ええ、大体一週間くらい前からですかね。夜中に変な光を放ちながら、何をするでもなくフラフラ飛んでます。他の見張りも見た事あるんじゃないですか」
「ちょっと椛、そんな面白そうな事隠してたの」

 椛はにとりが持ってきたキュウリの漬物を肴に、竹で自作した水筒に入っているお茶をぐびりとやって、

「別に隠してた訳じゃないですよ。教える理由も無いし」

 などと言う物だから、文としては何だか納得がいかない。

「むむ、上司に向かって何て態度」
「今はオフでしょ、何が上司ですか」

 文は「これだから最近の若者は」と言う常套句を口にした。
 もっとも、椛は非常に生真面目を絵に描いた様な天狗なので、公私問わずにこの様な態度を取る事は余り無い。では何故文にだけこう強く出るのかと言うと、その辺は誰に聞いても不明で、本人にしかわからないそうだ。
 天狗の仲間内では、文にだけ異常に打ち解けている様に見えるし、初めて目撃した者からは、異常に生意気で口の悪い部下だな、と見える。

「あー、ついに出ちゃいましたね。『最近の若い奴は』とか言ってると、何だかもう若くないみたいじゃありません?」
「良いのよ、別に若くないし。もっとも、そこまでの歳でも無いけれど」

 嘘である。文はそれなりに歳を取ってはいる。が、その割に同年代の妖怪にありがちな老人臭さが全くと言って良いほど見られず、常に若々しさを振りまいている。人(妖)生を楽しんでいるからだろうか。
 その辺りは霧の湖に居を構える吸血鬼に通じる物がある。
 バチンと駒の乾いた音が聞こえると、椛の視線は文から将棋盤へと戻った。
 入れ代わりに、にとりが文に話しかける。

「そういや、生首に絡まれた天狗もいるんだってねえ」
「嘘!? 聞いた事ありませんよ?」

 どうやら文の記者魂がむくむくと首をもたげて来ているようである。基本的に文は記者としての立場と天狗としての立場で、口調を使い分ける。
天狗としての文はそれなりに妖怪らしい風格を持った口調、取材の時は慇懃な口調、と言った感じだ。
 どうやらこれから取材モードに入るらしい。
 にとりはきゅうりをぽりぽりと齧りながら話を続ける。視線は盤面に落としたままだ。

「椛と業務の引継ぎした連中だよね。白狼天狗だよ」
「身近にそんなネタがあったとは盲点でした――しかし、それが伝わってこないのは一体? 私は天狗の中でもかなり耳が早い方なんですけれど」
「興味を持たれなきゃ情報なんて意味無いじゃん? 事実、今まで生首の話とか文さんは知らなかった訳で。耳を素通りしたって事もあるんじゃないかね」
「にとりさんは幻想郷住まいなのに現実主義者と言うか、耳が痛いですねこりゃ」
「耳が早かったり痛かったり大変ですね。永遠亭は耳鼻科もやってますよ。お勧めです」

 ぱち、と盤面に駒を置いて椛が言う。
 謹厳実直の見本みたいな声だが、話している内容はこれまた辛辣であった。

「口が減りませんねえ。例え話につっかかられても反応に困りますよ。で、その生首の情報って他に無いんですか? 是非写真に収めて独占記事にしたい物です」
「んー、他にそう言った話は聞きませんね。私から哨戒を引き継ぐ連中に聞いた方が速いんじゃないですか」

 それを聞いてにとりが怪訝な顔をした。
 椛の余りの無味乾燥っぷりに疑問を抱いたのである。

「やけに他人事だねえ」
「そりゃ、興味無いもの。にとりだってさっき興味を持たなきゃ情報なんて意味無いって言ったでしょ。実害が私達には無いから尚更だ」
「それもそうだ」

 言って再び長考に入る。妖怪の山は上下関係に厳しいが、組織と言う枷が無ければやはり妖怪、基本的に関係の無い事には興味を示さないのであろうか。
 しかし、その言葉を文は聞き逃さなかった。
 もう一つの情報に気づいたのだ。

「失礼、今何と? 『私達には』? もしかして、あなたから仕事を引きついだ天狗には『実害』があったんですか?」
「あったにはあったんですけど、これは別の話ですよ?」
「それは私で判断します」
「はぁ」



 椛が語った事は、大体この様な形になる。
 自分から仕事を引き継いだ白狼天狗は、そのまま見張りの業務についた。
 その日も人里に生首は現れていたようだが、今回は様子がおかしい。そう思って注視していると、その生首は妖怪の山に向かって飛んできた。
 当然、その天狗は警告と迎撃に向かった。
 間近で見てみると、そいつは3尺(約1メートル)もありそうな巨大な頭で、伸び放題の長髪、青白い肌、目玉の無い瞳、能面の様な表情をした男の首だと言う。
 だが、警告をしてもその生首はおかしな事を言うばかりで、さらに山の奥へ入り込もうとしたそうだ。
 仕方が無いので生首を斬りつけて手傷を負わせ撃退すると、こんな事を言い出したという。「私は弟を探しているだけなのに」と。
 結局その生首は、人里の方向に再び進路を変え、そのまま見えなくなった。
 また来るのではないかと警戒したものの、その夜は一向に何も無かったので、拍子抜けして仕事を終え、自宅に戻ったと言う。
 それだけなら単にトチ狂った妖怪(?)が山に入り込んだ、ただそれだけなのだが、自宅に帰った天狗の家の扉を、ドンドンと叩く音がする。
 何事かと思って出迎えると、白装束を身にまとった、これと言って特徴の無い平凡な人間の男が一人、扉の前に立っており、大層驚いた。
 妖怪の山にたった一人で入ってきて、天狗の自宅を訪れると言う奇行。
 いや、そもそもそれ以前によくも山から追い出されなかった物だ。見張りの連中は何をしていたのか、と憤慨していると相手はこう言う。

「あなたが斬った妖怪は、必ずあなた自身に不幸をもたらすでしょうな」

 と、壊れた柱時計が鳴らすような――リズムは一定だが音程がズレている様な、男かも女かもわからない声で、先日の生首についての糾弾を始めたとの事であった。
 その話は脈絡も何も無かったので「やかましい!」と言ってつまみ出そうとしたのだが、予期せぬ反撃にあったらしい。
 その天狗は翌日、全身打撲及び手足の粉砕骨折と言う重体で別の白狼天狗に発見され、今現在は永遠亭に入院中だと言う。



「それ本当ですか」
「ええ、見舞いに行った時に、人間にやられたなんて格好がつかないからできるだけ黙っててくれって。だからほとんど誰も知らないんだと思いますけど」

 にとりは腕組みをしながら唸っていたが、はた、と椛を見て突っ込んだ。

「喋ってるじゃん」
「『できるだけ』黙っててって聞いただけだし、喋るなとは言われてないし」
「それもそうだ」

 椛とにとりのやり取りは大体がこの様な感じである。
 よく会話が成立する物だと逆に感心しつつ、文は本格的にその事について調べる事を決めた。
 生首を追い返した翌日に人間が訪ねてきて天狗にケガを負わせた。一見バラバラの話だが、文はその生首と人間の間に何らかの関連性を見出したのだ。
 二人がどう思っているのかは……大体想像はつくが。椛はそこまでの事件性は無いと思っているので無関心なのだろう。では、にとりは?

「にとりさん」
「ひゅい?」
「あなたは今の話、どう思います?」
「どう、って……天狗が人間に負けた、とそう言う事でしょ?」
「よくわかりました。ありがとうございます」
「文さんは相変わらずよくわからない天狗だねえ」
「それはどうも。では私は取材に出かけてきますので、これで」

 それだけ言うと、文は空へ向けて飛び立った。
 当然、まず最初に取材するべきは事件の被害者本人である。
 しかし、この天狗が人間に暴行されて入院中と言う話、もし上層部に知れていて緘口令が敷かれていたのだとしたら、無闇に暴き立てるのは文自身が不利益を被る可能性があるのだが、基本的に文は後先考えない体当たり取材がウリだ。問題があったらその時はその時。
 口八丁手八丁でどうとでもなるだろう、と考えている。
 ともあれ、文は永遠亭へ向けて高速で飛行を開始した。





 永遠亭にたどり着くと、門が開いて文を鈴仙が出迎えた。

「どもども。清く正しい射命丸です」

 と半ば決め台詞になっている自己紹介をすると、鈴仙は黙って入り口を閉門する。
 文が再びノックをすると、今度は少しだけ門が開き、その隙間から鈴仙が顔を出して、シッ、シッ、と手を振った。
 それでも文は笑顔を絶やさず、

「清く、正しい、射命丸です」

 と、ゆっくり言い含める。
 鈴仙は頭痛を感じながら、眉間に皺を寄せ吐き捨てた。

「酷くやましい射命丸よ、あんたは」

 そう言って鈴仙が再び閉門しようとするので、文は門の隙間に下駄を突っ込んでそれを阻止した。みしり、と言う音とともに門が中途で止まる。
 嫌われているなあ、と思いつつ、文は門の隙間から弁解をした。

「あやややや、心外ですねえ。私は事実を基にした題材しか記事にしませんよ? 多少の誇張はありますけれども。それはともかく、中に入れて貰えません?」
「用件は?」
「見舞いです」
「嘘? あんたが見舞いに来る様な奴なんていたっけ?」
「こちらに白狼天狗が入院していると」
「……あー、あの天狗か。一応上司としてって事?」
「仰るとおりで」

 嘘も嘘、大嘘である。鬼がいたらブン殴られかねない。
 ただネタの裏取りと情報収集に来ただけで、労ったり元気付けたりする為に来た訳では決して無い。
 しかしこれ以上正当な理由は無いし、不自然でも無い。
 決して鈴仙が騙され易いとかそう言う訳ではないが、月から脱走してきて幾年月、この幻想郷で毒気が段々と抜けて来ているのであろう。
 月の民はそれを地上の穢れ、罪悪だと断罪するかもしれないが、これが穢れでおかしくなってしまったんだと言うなら大歓迎だと鈴仙は思っている。

「問題起こさないでよ」
「滅相も無い。仲間を見舞って、軽く世間話でもしてお暇するつもりですから」
「……それなら良いけど」

 ちょろい。文はこっそり拳をグッと握り締め、ガッツポーズをした。
 細かい具合やどんな怪我を負わされていたかは、例え鈴仙に聞けなくても、永琳に聞けばわかるだろう。
 消毒液の匂いがする部屋に通されると、鈴仙は「おかしなマネしたら叩き出すからね」と言い残し、病室を出て行った。
 寝台が二列、部屋の扉手前から奥までに並んでいる中から、椛の同僚である白狼天狗の少女の姿を探し、その姿を見つけると、カメラを片手に歩み寄る。
 ぐるぐるに巻かれた包帯が非常に痛ましい。手はギブスで完全に塞がっているし、足も固定されている。これでは寝返りをうつのも容易ではあるまい。
 
「お勤めご苦労様です」
「あっ、射命丸さん。お疲れ様です」

 白狼天狗はヤケに緊張した表情で述べた。
 おそらく、人間相手に失態を犯した天狗を、上司が視察に来た、或いは罰を与えに来た、とでも思っているのだろう。

「この度はとんだ事で」

 まるで相手が治療不可能な病にかかったか、死んでしまった様な言い草である。
 それを聞くと白狼天狗の少女は苦笑して緊張を緩めた。
 たった一言で相手の警戒心を解いてしまったのは射命丸の人徳か、それとも思った以上に面白い冗談だったのか。
 妖怪のセンスは、幻想郷縁起を記している稗田の人間でもまだまだわからない事が多い。

「どうやら公務では無いようですね。……ですよね?」
「当たり前でしょう? 記者として取材にやって参りました」

 射命丸文の取材は有名である。
 取材対象とあらば、例え人間だろうが下等な妖魔だろうが部下だろうが、敬語を以って慇懃に接する。ただ、言葉の内容は普段と変わりが無い為、慇懃無礼と相手にとられる事も多い。
 そうした取材への熱意や行動力は他の天狗よりあるくせに、仲間内では文の新聞は余り評価されていなかった。
 大抵は、途方も無い嘘八百を書き連ねたパルプフィクションも真っ青の代物か、河童の技術がああした、こうした、等とつまらない内容の二極が主流であるので、彼女の記事は異端でもあったのだ。
 しかし記事の内容は割と現実に即しており、且つ射命丸の偏った主観で書かれた物である為、現実味がありながら荒唐無稽でもあり面白く、情報のソースとしてでは無く、読み物としても光る物があると、人間や数少ない妖怪の定期購読者は語る。
 そして、今現在では地元である妖怪の山より、人里や関わりが絶たれていた地底の方が購読者が多いと言うおかしな分布図ができあがっているのだった。
 それでも白狼天狗は不安そうに身じろぎをした。
 文の飄々とした態度からは、彼女の言葉が真か嘘か、見極めるのが容易ではないのだ。

「人間相手に不覚を取ったのは聞いています。一体何があったんです?」
「はぁ、その、何と言いますか」

 どうも歯切れが悪い。上司として「さっさと話さないと折檻」等と命令したくなる衝動をぐっと抑え、辛抱強く相手から話を引き出していく。
 しかし話の内容は余り有意義な物では無かった。椛から聞いた話と大差が無いのだ。
 やられた時の話はどうだったかと言うと。

「それが相手に掴みかかった瞬間、物凄い衝撃で吹き飛ばされまして。朦朧とした所に、さらに打撃の様な物がどん、どん、どん、と。後の事は記憶に無いです。時間にしたらほんと刹那の内に、と言った感じで。気がついたらこの有様と言う訳です」

 それを聞いて文は「ふーむ」と顎に手をやり、考え込む。
 人間がそんな短い時間で天狗に大怪我を負わせる? 冗談としか思えないが、現にこの白狼天狗は重傷だ。何か「謂れ」のある強力な武器でも携行していたのでは無かろうか?
 そこら辺は未だに不明だ。しかし、この白狼天狗からこれ以上の情報は得られそうに無い。

「重ねて聞きますが、本当に何をされたかは不明なんですね?」
「……はい。後は、毎晩毎晩あの生首を夢に見るくらいで」

 何も隠す事など無い筈なのに、白狼天狗は歯切れの悪い返答で応じる。
 やはり人間にのされた、と言うのはショックが大きいらしい。

「見た事を全部、きっちりと話しては頂けません? 記事にする時もあなたの名前は伏せますし、不利益を被らせ無い事はお約束します」
「それは命令じゃないんですよね? 一記者に対する個人の返答と言う事で良いんですか?」
「勿論です」
「ならば、お断りします」
「では減給と言う事で」
「ちょっと待て」

 口論になりかけた所を、美しい声が制した。

「病室で騒がれては困りますわ、新聞記者さん」

 文はしかめっ面を即座に笑顔に戻し、声のした方を振り向く。
 そこにいるのは、月の賢者、八意永琳であった。どうやら回診に現れたらしい。

「どうも、清く正しい――」
「余り患者を刺激しないで下さるかしら」

 永琳は文の台詞を遮って――笑顔ではあるが――氷山にも等しい冷たい声で言い放った。その雰囲気から危険な物を感じた文は押し黙った。
 八意永琳は自分の研究や輝夜以外の事は余り気にしない人間だ。
 ただし、患者に危害を加えたりする者は絶対に許さないと言う。自分が受け持った患者が治らなかったり、死んだりする事が、どんな薬も作る事ができると言うプライドに触るのかもしれない。

「その子、記憶が混乱してるのよ。取材なら私が引き受けるわ。寝てた時のうわ言とかも全部覚えてるし」
「む、話が聞けるならこちらとしては文句ありませんよ。ご迷惑をおかけしました」
「ついては多分だけれど、関係したモノがあるわ。ついて来るかしら?」
「モチのロンです。それから、あなたは養生して早く仕事に復帰するように」

 文は白狼天狗の少女にそう声をかけ、永琳について病室を出た。
 長いような短いようなおかしな廊下である。どうやらこれはあの鈴仙の仕業で、波長をズラして云々、と言うのを文は聞いた事がある。病室と診察室以外の場所は、例え妖怪でも容易に辿り着けそうに無い構造だ。足音は永琳と文の物だけで、いくつものふすまを横目に、二人は歩き続けた。
 うぐいす張りの廊下と言う奴だろう。キュイ、キュイ、と言う音が響き続ける。
 時間の感覚も妙だ。既に一刻は歩き続けた様な気がするのに、永琳に訪ねるとまだ四半時も経っていないと言われた。
 ここ永遠亭は視覚だけでは無く、その名の通り時間の感覚さえ狂わせるのだ。進む距離は永遠に。過ぎる時間が永遠に。常人ならば気が狂って野垂れ死ぬのが関の山だ。事もあろうに家屋敷の中で、である。この空間で命を落とす者がいたら、さぞ奇妙な死に様であろう。
 博麗の巫女に関してのみその限りでは無いが、ここでは割愛する。
 文は痺れを切らしたように問いかけた。

「全く、こんな所を時間の感覚も無いまま歩かされちゃ堪りませんよ。私の気が狂ったらどうするんです」
「興味深いカルテが一枚増えるわね」
「人を実験動物みたいに言わないで下さい。で、事件に関係のあるモノって一体?」
「焦らない。まずはあの白狼天狗が言ってた事を整理したいと思わない?」

 それを聞いて、文はすかさず河城にとり作のペンと、長年の相棒であるメモ帖を取り出し、書き留める準備をした。

「で、彼女は一体何を見て、どうやってあんな事になったって言うんですか」
「そうねえ。カウンセリングと催眠で聞いた話に寄ると」
「今、相当不穏当な単語が出た気がするんですけれども。それに、カウン……何です?」
「カウンセリング。精神心理的な相談援助……まあ、わかりやすく言えば悩み相談よ」
「はあ……怪我人にお悩み相談とは、イマイチよくわかりませんけれども。それに催眠って、あなた本当に医者ですか?」
「人聞きの悪い事を言わないでもらいたいわ。催眠療法って言うのは、ちゃんとした治療法なのよ。例えば足を怪我した子がいて、その怪我は無事完治したとする。けれど、心の不安が原因で歩けない。そこで催眠を使って歩ける方に心理を誘導してあげる訳ね。それに私は厳密には医者じゃないわよ。趣味と実益を兼ねたお仕事」

 振り向きながら、少々気分を害した風に言う。勿論歩みはそのままだ。
 まだ先は長そうな雰囲気である。もしや本当に、永遠に歩き続けるハメになるのではと、文は不安に駆られた。
 不安を押し隠す為に手先を動かす。催眠療法とカウンセリングの話をメモッているのである。
 いつ何時、この話が役に立つかも分からない。天狗はタダでは転ばないのだ。
 ついでと言わんばかりに、先ほどの病室の件でまだ憤慨している様子の永琳へ向けて、文は軽口を重ねた。

「ご機嫌ナナメですねえ」
「誰の所為よ。それで話の続きだけれども。まず、どうやって負傷させられたのかと言う点については本当にわからないみたいね。推測とかはしてたみたいだけど――真実かどうかまでは何とも」
「はぁ、推測ですか……余り信頼できない情報は使わないと決めてるんですが」
「大丈夫よ、診察した結果と照らし合わせて考えたら、一応矛盾は無かったから。ちなみに、その白装束の男は、自らの事を『一』と名乗ったそうよ」

 文は怪訝な顔で聞き返した。

「いち?」
「一」

 そこで一息ついて、永琳はこれからが本題だ、とでも言う風に重々しく口を開く。

「さらに奇妙な点があるのよ」
「私ら妖怪ですから存在自体が奇妙なんですけどねえ」
「だから茶化すのを止めなさい。で、あの白狼天狗は素手でやられた可能性が高いわ」

 それを聞いてから数秒間、文はマヌケにもポカンと口を開けたままだったが、言葉の意味を理解するとペンを取り落としそうになった。
 天狗が、人間に。素手で重傷を負わされた。

「悪質な冗談は止めて欲しいのですが」
「だって他に考えられ無いもの。催眠で過去遡行を行ったら、相手は間違いなく丸腰だって言ってたわ」
「暗器を隠し持っていたとか」
「たかが隠し武器で天狗をあそこまで傷つけられるわけ無いでしょう。それに怪我をした箇所には、拳大に陥没した穴がいくつか発見されたわ」
「あやややや……それはつまり」
「そう、あの怪我は全て素手、それも鉄拳で負わされた物だと言う事ね」

 今度こそ文はペンを取り落とした。
 それに気づいた文は慌ててペンを拾いなおし、信じられない、と言った表情で永琳に問いかける。めげずに尚もペンを走らせるのはさすがとしか言い様が無い。
 妖怪は当然人間より頑丈である。天狗も例外ではない。それを、たった二つの拳で骨まで粉砕するような怪我を負わせられる物だろうか?
 永い時を生き抜き、研鑽を重ねてきた人間――例えば藤原妹紅――や、魔法で身体を強化している人間――聖白蓮――等なら、不可能では無いかもしれないが、それでも素手のみであそこまで破壊する事はちょっと難しいであろう。
 何よりその二人はちょっと特殊で、永遠の命を持った人間と、封印されていたとは言え、人間を止めた頭に『大』がつく魔法使いである。

「実はその人間、鬼じゃないんですか」
「白装束を着た、没個性のどこにでもいる人間の男、と見た本人が言ってたんだから間違い無いでしょうよ。しかも見張りに偵察なんてやってる天狗ならそう言う事にも聡いはずでしょ? それにあなたなら眼の前に鬼が現れたとして、人間と勘違いするかしら」
「どうやら予想以上に奇妙な事件みたいですね。スクープの匂いがします」
「たくましいわねえ。そのうち、痛い目に合うんじゃない」

 そこまで言うと、永琳は、とある障子の前で足を止めた。
 どうやら、ここが目的地と言う事らしい。
 そこを開くと、そこには木製の手術台の様な物があり、その上には青くきらめく氷の結晶、いや、塊が乗せられていた。
 そしてその中には、人間が閉じ込められていたのである。

「氷漬けの……人間ですか? しかし、白い着物なんか着て死化粧みたいですね」

 そこまで言って自身の発言の意味に気づく。
 白い着物? 白装束の、男。
 ようやく気づいたか、と言った風にふんと鼻を鳴らす永琳に、些か気持ち悪さを覚えながら文は言った。

「一体これは何なんです」
「見ての通り、特に際立った個性の無い、人間の男。白い着物を着た、ね」

 そんな事はとっくにわかっている。問題はその後だ。

「誰の仕業なんですか、これ」
「チルノよ。今、ちょっとした事情でここに入院してるわよ?」
「運の悪い奴ですねえ」
「それはこの氷漬けの御仁が? それとも、チルノが?」
「もちろん、チルノが、です」
「どうしてそう思うの?」
「何となくですね」

 そんな風に言葉を交換していると、永琳の表情が突如こわばった。いつも余裕たっぷりの彼女だが、滅多に見られない、驚愕の顔である。
 文は突然の変貌に「う?」と疑問符を投げかける事しかできなかった。
 永琳は数瞬の後、元の表情を取り戻したが、何か言い辛そうな事を言いあぐねているかの様に考え込んでいる。そしてチラチラと横目で文を見るので何事かと思い、文も永琳を見つめ返した。
 しかし、五秒、十秒と時間が経過しても、永琳は口を開かないので、何だか気味が悪い。
 文がそれに文句を言おうと口を開きかけた瞬間、永琳がやっと口を開いた。

「記者さん」
「なんでしょ?」
「あなたの新聞は助手か臨時の記者を雇っていたりする?」
「いや、一から十まで私個人でやっていますけれども」
「そう。変な事聞いてごめんなさいね」
「はぁ」



    ・・・・・・・・・・・
「では、あなたの後ろにいる人間は一体誰?」



 文が猛烈な速度で振り返ると、そこには永琳の言葉通り見知らぬ人間の男がいた。
 文自身は開いた障子の間に立っていた為、その男は廊下の真ん中に突っ立っていた事になる。
 屋敷の住人に案内されないと確実に迷う様な廊下に、白装束の人間が一人。
 それを見た瞬間、文は反射的な行動で団扇を横薙ぎに仰いだ。
 しまった、やってもうた、と思っても手遅れである。
 しかして廊下や部屋、障子やふすま等に影響は無かった。どういう造りなのか仕掛けかは理解の外だが、風はその男のみに襲い掛かったのである。
 閉鎖空間から、少し開いた障子と言うわずかな隙間に暴風を叩き付けた事により、空気は弾丸の様に圧縮されてその男を襲った。
 凄まじい風がゴウ、と唸ると同時に、男は吹っ飛んで廊下の反対側に衝突した。
 一瞬屋敷全体が鳴動したかの様な揺れが周囲を襲うものの、屋敷自体には損傷は無い。そちらは輝夜か永琳、もしくは鈴仙がおかしな仕掛けをしたのだろうと思えば、無理矢理納得できない事も無いが――男は少なくとも叩きつけられて潰れたトマトみたいになっていてもおかしくないはずだ。
 しかし白装束の男は五体満足で、且つしっかりとした様子で、フラつく事も無く立ち上がった。それはどんな無茶な理屈でも納得できない。妖怪が持つ独特の雰囲気も持っていない、人間である。

 妖怪が持つ気とは、夕暮れ時、つまり『逢魔が時』や丑三つ時に感じられるような――形容し難いが――大正、昭和等の懐かしい雰囲気の中にある、夏の夜の様な不気味な空気、とでも言えば分かるだろうか。
 言葉で言うと『ひゅうひゅうどろどろ』と言った感じのアレである。

 それが全く感じられない以上、この男が妖怪だとは思えないのだが、文はその思考を黙殺した。
 いつか無縁塚に落ちていたやけにブ厚い、レンガみたいな形をした小説にも書いてあったではないか。
 曰く『この世に不思議な事など何も無いのだよ。起こる事は起こるし、起こらない事は起こらないのだ』と。
 だとすれば眼の前の事は、確かに起こった事で事実なのであるから、そこに納得できる理由を当てはめるなら――彼が人間であると言う前提はうっちゃっておくべきだ。例え今は納得できなくとも、どこかに納得できる理由があるはずなのだ。
 不思議な事件が頻発する幻想郷で、不思議な事が起こっても理性的な考え方ができるのは、さすがは射命丸文である、と誰もが言うだろう。
 ともあれ、立ち上がった白装束の男は文を指してこう言った。

「あなたは私に苦痛を与えた」

 文はそれを聞いて心持ち身を引いた。
 話に聞いた通り、性別もわからないような、しかし淀みの無い、機械音声みたいな声である。
 年齢すらも、若者なのか、それなりの歳であるのか、よくわからない。

「それは、近いうちあなた自身を不幸にするでしょうな」

 それだけ言うと、部屋の中に入ってくる。
 どう言う事だ、と文は思った。仕入れた情報では、白装束の男は『生首』を傷つけた事を糾弾に来ていたはず。
 永琳はまるで彼がやって来るのが当たり前であったかのような口調で男に聞いた。

「どこのどちら様で?」
「それは私の事ですかな?」
「ええ、そうよ。どこから来たのかしら」

 男は、今始めて自分がここにいる事に気づいたみたいな、やや驚いた表情で答えた。

「私は『二』と読んでくだされば結構。『一、二、三……』の二です。どこから来たのかは良くわかりません」
「は?」
「ですから、自分にも良くわからないのです」
「外来人の方?」
「いいえ」

 返答を聞いて文と永琳は思わず顔を見合わせた。
 月の賢者と老獪な新聞記者に、同時にこの様な表情をさせるとは、その奇妙さは底が知れない。
 永琳は気を取り直し、質疑応答を再開した。

「ちょっと言ってる事がよくわかりませんわ」
「左様ですな。しかしそんな事はどうでも良いのです」
「……どうやってここまで?」

 永遠亭の不可思議な廊下の話をしているのである。
 この廊下はともすれば妖怪や妖精ですら迷う事がある。竹林より強力な瞳術が働いているのだろう。

「私は『彼』を迎えに来たのです。ならば私がここに来るのは当然でしょう」

 そう言って氷の塊の前に立つ。
 白装束の男が、二人。片方は氷漬けで、片方は忽然と姿を現した。
 しかしこの二人、見れば見るほどそっくりである。双子だとか、生き写し、だとかそう言う話では無く、フランドールがフォーオブアカインドを使った分身と、同じくらいの精密さで似て――否、同じ人物に見える。
 『似ている』と『同じ』はまさに似て非なる物だが、今回の件は二人が『同じ』としか見えない。
 文が氷漬けの男についての質問をした。この情報は抑えておかなければならない。

「ご兄弟か何かで?」
「私の家族です。兄ですな」
「だと思いました」
「何故です?」

 と聞かれると、文は返答に窮した。同じ顔で、同じ装束。恐らく声も同じなのだろう。
 これで関係性を見出さぬ方が不思議である。しかし相手は、不思議そうに聞いてくるので、何と言うか、相手の価値観や常識と言った歯車が自分達の常識と決定的に噛み合わずに、不協和音を奏でている、としか感じられない。
 イチャモンをつけられた様な形になった文はトンチンカンな答えを返すしか無かった。

「そんな気がしたもので」

 そこに永琳は絶妙の間で割って入った。

「もしかして、そこの氷漬けの方の名前は『一』と言いませんか?」
「そうです」
「『一』さんは家族を探していたそうですが」
「私も家族を探していました。まさかこの様な事になっているとは」
「問題はありませんわ。氷漬けになっているだけで、生きています。これなら治療できますし、また後日ここを訪ねて頂ければ『一』さんの蘇生は終了しているでしょう」

 永琳は営業用スマイルで言った。
 容姿端麗でスタイルも良く、気品もある女性が、笑顔で応対してくれるこの永遠亭に通う為に、わざと自傷行為をする人間もいる程だ。
 しかし、その笑顔に『二』と言う男はゴミでも見るかのような冷たい視線を向けると、部屋から出て行こうとした。
 ここで逃がしては情報がこれ以上取れない。慌てて文が質問をする。

「兄弟の再会で『めでたしめでたし』となった模様で何よりです。ところで、よろしければ私の取材を受けて頂きたいのですが」
「いやいや、とんでもない。お断りする」
「何か不足でも? まさか行方不明の三人目の兄弟がいらっしゃるとか」
「あなたは良くおわかりの様ですね」
「は?」
「他の家族を探し出さない事には、まだめでたしとは行きません」
「はぁ、『三』や『四』と言う弟がいたりとかするんですか」
「あなたの千里眼には感服致します。もしかして、あなたも私の家族の関係者で?」

 冗談で言っている風ではない。
 再び永琳と文は顔を見合わせた。
 当然、文は千里眼などと言う能力は持ち合わせていない。会話のノリで適当に話しただけである。しかし、『二』はそれが正しいと言う。
 文も永琳も、お互い途方も無い年月を生きているのだが、それまでの人(妖)生では経験しなかった、『常軌を逸した常識』で話をされている。
 所謂『宇宙人』である永琳ですら相手の事を理解できないのだから、これはもはや知性のある生き物の埒外にある感性だろう。
 どこからどう鴉天狗を見れば、自分の家族の関係者では無いかと言う考えに至るのだろうか。

「しかし氷漬けとは珍しい災難にあってしまった様ですな。私まで凍えてくるようです」
「ごもっとも」

 文は同感であるという意を表して頷いた。

「では彼の事はお任せします。私は用事が有る物で。そちらの記者さんは、不幸の訪れを待つとよろしい」

 『二』は、それだけ言って廊下へ消えた。
 しかし益々訳がわからない事になった。白狼天狗を痛めつけた『一』は、一体どこへ行ったのか?
 その事はまた後で検証するとして、文は永琳の見解を聴く事にした。

「人間でした?」
「ええ」
「本当に?」
「特に妖怪らしい気配は無かったでしょ」
「……今回は、どこへ行っても確定しているような、していない様な不明瞭な情報が多すぎる。出し惜しみは困りますよ。本当に不審な点は無かったんですか? 何か気づく事は無かったんですか?」

 文は珍しく焦れた調子で言い放った。いつも余裕の笑顔と皮肉で、相手をおちょくりながら取材を進めて行く文だが、さすがに今回は色々とおかしすぎると憤慨した。
 永琳の方はと言えば、もう関わりたくないと言わんばかりの表情で言った。

「見た目と言動以外に特に不審な点は無かったと思うわ」
「全く訳がわからない。他に何が有益な情報は無いんですか。このままじゃ、くたびれしか儲かりませんよ。それに彼曰く、私に不幸が訪れるらしいですからさっさと取材を終わらせておきたい」

 文はそう言って氷漬けの『一』を指先ででコン、と弾く。
 一体その指先にどれ程の力が込められていた物か、弾かれた部分は砕けて、部屋の中に小規模なダイヤモンドダストを発生させた。
 それを見て「おや?」と言う表情になると、文は気を取り直して永琳に話しかけた。

「そう言えばチルノさんが入院しているそうで」
「ええ」
「この『一』氏を氷漬けにしたのもチルノさんなんですよね? 一体どう言う事情なんで?」

 永琳は、妖精が治療目的でやって来るのはほとんど前例が無い、と前置きした上で、

「よくわからない生首に襲われたって」

 と言った。
 当然、驚いたのは文である。意外な所から意外な情報が姿を現した。
 ここで追っていた『生首』直接の情報が得られるとは。

「で、その後は?」
「その生首自体は追い返したらしいわね」
「もしかして、その後、この氷漬けの御仁が訪ねて来て襲われたのでは」
「そうよ。そう言えば、あなた何か知ってる風ね。今入院してる白狼天狗もそうだったし」
「その際に怪我でも?」
「冗談でしょ。妖精なんて放っておけば自然界の力を吸収してすぐに自然治癒するわ。それに相手が氷漬けでここにいる以上、チルノは『一』を撃退したのよ」
「あー、もう。本題は何なんですか。今回は誰も彼もが奥歯に物が挟まったような言い方をする」
「それがねえ。撃退したは良いんだけれど、それから夢を見るようになったって」
「はぁ」
「『生首』が自分をぼりぼりと食べる夢を毎日見るんだそうよ。恐ろしくて一睡もできないって駆け込んできたわ。ウドンゲの瞳術を使って、何とか治療中だけれども」

 そう言えば、白狼天狗も未だ生首を夢に見ると言っていた。
 白装束の男か生首かは定かでは無いが、チルノの話からして、おそらくそいつに蹂躙される夢だろう。

「他に何か気づいた事は?」
「何も」
「ウソだったら博麗の巫女をけしかけますよ」
「考えさせて頂戴」
「ふざけるな」

 しかし得られる情報はこれで本当に全てだったらしく、文は肩を落として永遠亭を後にした。
 辺りは既に真っ暗である。永遠亭に入った時は日が出ていたのに。永遠亭で過ごした時間はそれ程多くないはずだが、これも永遠亭のおかしな時間の流れの仕業か。
 わかった事は二つ。『生首』と白装束の男は、やはり何かの関係がある。
 もう一つは、そのどちらかに暴力行為や敵対行動をとった場合、なんらかの形で報復を受ける、と言う事か。チルノ然り、白狼天狗然り。
 竹林を抜けて、空に飛び立った文は妖怪の山と、竹林の中間辺りにある、人里上空の辺りまで来ていた。

「妖精も悪い夢を見ますか」

 と文は呟いて、何とは無しに人里を見下ろし――眼をむいた。
 何を発見したのか、急いで降り立つと闇に紛れたそれを探すべく、キョロキョロと視線を巡らせる。
 
 いた。

 人の胸ほどの高さを、宙に浮いた長髪の生首が、フワフワと里の外へ向かっていくのである。
 文は三十間(約100メートル)程の距離を保ち、その生首を見失わないよう、物陰に隠れつつ追跡を始めた。
 一応写真をパシャリと撮って、記事の材料になりそうな物を確保しておき、真相が謎のままでも記事の体裁は取れるか、と安堵する。この辺は筋金入りの記者である。
 そうして尾行を続ける内、文はとある場所で足を止めた。生首が突然消失したのである。
 消失地点のすぐ前方には、一軒の朽ちた家があるのだった。


 ◆


 文は自宅で新聞のゲラ刷りを確認していた。
 発行前に少数だけを印刷してもらい、紙面の校正を行っているのである。
 やはり真実をぼかして書くと、何だか画竜点晴を欠くなあ、等と今回の記事への不満を思う。
 大体の事はわかった物の、その芯である生首と白装束の男に関しては、完全に推測のみが書き連ねてあるのだ。
 やはり、屋台骨が無い。
 後にできる事は愛用のペンを鼻と唇の間に挟み頬杖をついて、核心となる奇禍が起きるのを待ち受けるのみだが――。

 ドンドン、と音がした。

(来た来た)

 自宅の扉を叩く音がするのである。
 しめしめ、と言った顔で、文は揉み手をしながら玄関の土間まで相手を出迎えに行った。これでようやく材料が揃うのだ。
 ぎい、と言う音がして、扉は勝手に開いた。施錠はしてあったはずだが、今更そんな事で驚きはしない。
 開いた扉の先には、やはりと言うか、白装束の男がいた。
 挨拶も用件も何も無く、男は喋り始めた。

「先日あなたは、無抵抗の私に――」
「あなたは『二』さんですか?」

 いきなり文は相手の言葉を遮った。
 その質問に、淀みなく相手は返答をする。

「左様」
「『一』さんは引き取りましたか?」
「勿論です」
「では、現在『一』さんはどちらに?」
「あなたには関係の無い事だ」
「そうはいかない。先日私は、生首が飛んでいるのを見ました」

 初めて、『二』を動揺が襲った。

「やはり無関係では無いようですね」

 と、文はにんまりと笑った。

「その生首を追いかけた所、『誰も使っていない廃屋』に消えるのを私は目撃しました。しかし、そこには何も無かったし誰もいなかった。永遠亭にも確認しましたが、氷漬けの『一』さんは治療前に忽然と消えてしまったそうです。あなたは一体何者なんですか、『二』さん。あなたは人間? 妖怪? それとも?」

 『二』は、困ったような雰囲気で立ち尽くしていた。
 長い様な、短い様な時間が経過した後、急に『二』は倒れた。耳を澄ませると寝息が聞こえる。この状況で突然寝入ったというのか。
 そして、奇妙な事にその体がみるみる消えていく。
 ああ、やっぱり、と文は思った。

 そして、眼の前には奇妙な生首が姿を現したのである。

「そうか、私は『飛頭蛮』だったのか」

 長い間はっきりしなかった様な意識が急に明瞭になったかの様な調子であった。
 文が言葉を続けた。

「通常時は人間と代わり無いが、夜になると胴体から首が離れて空中を飛び回る妖怪、それが『飛頭蛮』です。いや、盲点でした。飛頭蛮と言えば大陸に存在したと言われている妖怪ですが、この国では『ろくろ首』として伝わっていますから。そんなのが幻想郷にいるなんて思いもしませんでした。本来、首が離れた所には、胴体が残っているはずですが、デマだったみたいですね」

 自分が考え、そして見た事実を、確認するかのようにつらつらと言う。

「私にも事情があるのです。どうやら私に家族など存在しなかった様だ」
「白狼天狗に怪我を負わせたり、氷精に悪夢を見せたのもあなたなんですか?」
「ええ、よく覚えてはいないが、自分の事を調べているうちに、もう一人の『自分を探す自分』が発生してしまった様だな。私こそが『一』だったのだ」
「なるほどなるほど、あなたはこれからどうするのです?」
「現界へ戻りたいと思います。私はどうやら自分の事を忘れてしまった為に、自分と言う存在が曖昧になってしまったようだ」
「それで幻想郷にいた訳ですね。ろくろ首なんて有名な妖怪がここにいるのは変だと思いました。現界へ戻りたいなら、『博麗』と言う神社を訪ねなさい。きっと力になってくれます」

 そう言って、山の向こうに存在するであろう博麗神社を指差した。
 移動を始めようとする『一』に、文は、

「私が送ってあげましょう。風に乗ると楽ちんですよ」

 そう言って、神社の方角に団扇を振る。
 突風と言うよりは、強風と言った程度の風が発生し、それが博麗神社に向かって、びゅうびゅうと吹きすさぶ。

「面倒をおかけした」
「いえいえ、私は『清く正しい射命丸』ですから」

 そして風に乗って『一』は去って行った。
 文は「さて」と言うと、棚に大事にしまってあるカメラをひっつかみ、外に出て行った。
 奇妙な行動である。もう記事のネタは完璧になったはずだ。ならば次にやる事は新聞を完璧に仕上げる事では無いだろうか。
 文の顔には黒い笑みが張り付いていた。


 ◆


 文々。新聞 ―第××××号― □年 ♯季 ○の月、△日

 博麗の巫女、妖怪にビビッて腰を抜かす


 さてさて、博麗の巫女と言えば、妖怪退治の専門家、妖怪も避けて通る等の勇名が認知されているが、彼女も一人の女の子である、と言う事が発覚した。
 先日、私はとある生首の妖怪と知り合った。
 彼は幻想郷を出る為に博麗へ向かうと言っていたのだが、彼は普段ここでは見ない妖怪だ。 初対面且つ、予備知識の無い相手にどう対応するのかと、私は興味深々で取材に向かったのだが、神社では驚くべき場面が展開されていたのである。
 紅白巫女は、泣き叫びながら、尻餅をついていた。
 どうやら、腰が抜けて動けなかったようである。
 害意のある存在では無かったから良い様な物の、これでは博麗の巫女の威厳も無いに等しい。
 歳相応の女の子であると言えばそれまでではあるので、こちらが紅白巫女の本来の顔なのかもしれない。
 何とも可愛らしい面もあった物である。
 可愛い巫女を見たければ、一度彼女を盛大に驚かしてみてはどうか。



「うっがーーーー!!」

 くだんの巫女は、思い切り新聞を引き裂いた。
 気色の悪い生首が突然現れた事に驚いて、尻餅をついた所までは事実である。そこを写真に収められたらしい。
 平穏な日常を過ごしていて心の準備ができていない所にあんな物が出てきたら、驚きもする。と言うか、普通に怖い。
 だが、まるで完全に逃げ腰であったかの様に記事を捏造した、あの鴉天狗は許す事ができないと、博麗の巫女は陰陽玉を持ち出した。



 頑張れ射命丸。負けるな射命丸。
 様々な出来事を、真実を、紙面に現し、ペンで戦うのが新聞記者の使命なのだから。

 今まで(文々。新聞の)ご愛読、ありがとうございました!



 了(廃刊)
     陰陽玉

  ______________ 
    |  射命丸   /
    \( ・ω・)_/ <ナゼコンナコトニ…
      ヽ  /        
       ) ( 
      /__ヽ
    /     \
    ヽ      /

射命丸と言えば、事件の真っ只中にいの一番で現れてネタを仕入れていくと言うトップ屋の印象が強いですが、足で地道に情報を稼ぐ事だってあると思います。多分。
「この世に不思議な事など何も無いのだよ」と言うのは某京極堂の名文句です。
他にもオマージュはあるのですが、気づいたらニヤリとできる程度で。

もしかしたら射命丸が「らしくなかった」かもしれませんが、反省はしていません。
ありがとうございました。


※ 2/20反省しました。
>2.幻影火賊 ■2011/02/20 02:05:46
>同様→動揺では?
誤字の修正いたしました。
ありがとうございます。

※2014/6/22
反省しました。
他作品で指摘して頂いた言葉の間違いを訂正しました。
ありがとうございます。

※2015/8/22
読み直したら誤字があったり読み難かったりしたので、手直しと多少改稿を行いましたので反省しました。
ぶゃるゅーょ
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コメント



0.1000簡易評価
1.100奇声を発する程度の能力削除
やっぱ霊夢も女の子だなぁ…
2.90幻影火賊削除
同様→動揺では?
6.100アン・シャーリー削除
前作もすごかったですが、こちらも素晴らしいですね。
応援しております
10.80名前が無い程度の能力削除
ミスチーに昏いムーディな歌を歌って貰いたくなる話でした
読みやすかったです
13.100名前が無い程度の能力削除
文々。新聞休刊のお知らせ
14.70名前が無い程度の能力削除
新宿のオマージュかい。
15.100名前が無い程度の能力削除
京w極w堂w
そのセリフはいいんだけど…
文ちゃん、不思議の塊のアンタらみたいなのが言っちゃあお終いだw
16.100名前が無い程度の能力削除
永遠亭でのシーン、普通にホラーとして怖かった。
いや面白かったです!
23.80名前が無い程度の能力削除
えーりんマッドでドライだなーw