Coolier - 新生・東方創想話

憧れの人の弱点

2011/02/19 01:20:34
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紅魔館門番の仕事は、もちろん敵の迎撃である。
だから、私は今日も侵入者を撃退していたのだ。
それなのに、この状況は一体全体どういうことだろうか。

「うわあああああああああん!写真撮られちゃったよぉ!!!」

紅魔館全域に響き渡る少女の泣き声。
お嬢様でも、妹様でも、もちろんパチュリー様の声でもない。
メイド長、十六夜咲夜。完全で瀟洒なメイドの彼女が、今、私の胸で幼子のように泣きじゃくっているのだ。

「ふえええええええええん!めいりぃん!写真怖いよぉ!!!」

いつも叱られてばかりで、優しい言葉をかけてくれることはない上司。
それでも私は、咲夜さんのことが好きだった。
彼女は私にとっての憧れであり、胸がときめいてしまう存在なのだ。
その彼女が、こうして自分に抱きついてきている。
おまけに幼児退行気味になっている。


一体なぜこんなことになっているのか。
原因は、紅魔館にやってきた新聞記者、射命丸文にあった。





文さんが紅魔館にやって来たことを察知した私は、すぐさま彼女の動向を監視することにした。
どうやら彼女は紅魔館の庭園を撮影しにきたらしいのだが、そんなアポは一切無かった。
そのため私は、部下達に迎撃命令を下すことにしたのだ。

しかし、仮にも文さんは天狗の一族。
その速さはもちろんのこと、単純な力比べでも彼女に敵う者はいなかった。
撮影しながらということもあり、あまり攻撃姿勢ではなかったものの、一度風を巻き起こせば部下の妖精達は軽々と吹き飛んでしまう。
私もどうにか善戦したのだが、彼女を止めるには至らなかった。

そのまましばらく抗戦して、外の騒ぎが収まらないことを怒った咲夜さんが館から出てきた瞬間、それは起こってしまった。

文さんのカメラが、偶然にも無防備な咲夜さんの姿を写真の隅に捉えてしまったのである。
さすがの文さんも紅魔館の切り札でもある咲夜さんが出てきたことで、撤退を開始することにしたらしく、私はすぐさま追撃しようとして……

「うわああああああん!!!写真撮られたよぉ!!!!」

――咲夜さんの大声が、私の体をぴたりと止めたのだった。
最初は気のせいかと思ったのだが、その声は明らかに咲夜さんのものであり、私は慌てて彼女のところへと駆けつけることにした。

「咲夜さん、何があったんですか!?」

すると咲夜さんは、がばっと私の体に抱きついてきた。

「めいりぃん……私の魂取られちゃったよぉ……!」

まるで子供のようにわんわん泣いている咲夜さんに、私は動揺するばかり。
どうすればいいのかもわからず、とにかくその背中をさすり続けた。

やがて、お嬢様や妹様、パチュリー様に小悪魔さんまでもが、咲夜さんの様子を見に来るという大事に発展してしまった。





















そんな経緯があって現在に至るのである。

「美鈴……えぐ……写真……怖かったよぉ……」

泣き喚くことはなくなったものの、咲夜さんは今も私の胸に顔をうずめて、すんすんと泣いている。
言葉遣いが心なしか幼いのも、決して気のせいではないだろう。

「ふむふむ、要するに咲夜の幼児退行は文の写真が引き金になったわけね」
「そうだと思うんですが……」

さすがに騒ぎが大きくなりすぎた上に、このままでは咲夜さんの沽券に関わると判断したお嬢様は、まずメイド達を仕事に戻らせた。
次に庭園から咲夜さんの部屋に場所を移して、パチュリー様に原因究明をさせているところだった。

「で、パチェ、どうすれば咲夜は元に戻るわけ?」

お嬢様は苛立たしげに尋ねる。
あるいは焦っているのかもしれない。
咲夜さんのこんな事態は、お嬢様にとってもはじめてのことなのだろう。

「当然ながら専門外だけど……状況的に考えると、写真恐怖症ってところかな」
『写真恐怖症?』

私とお嬢様の声がハモる。
まったく聞いたことのない言葉だ。

「高所恐怖症とか対人恐怖症とかあるでしょ。おそらくそういう類じゃないかしら」
「なるほどね、でも、咲夜にそんな弱点があるなんて聞いたことないけど……」

咲夜さんはプライドの高い人だ。
そう簡単に弱点は見せたがらないだろうなと思う。
そもそも幻想郷では写真を撮るという行為自体、ほとんどない。
それこそ新聞記者の鴉天狗が訪ねてこない限りは。
だから、わざわざ周りにそういう弱点を教える必要性もなかったのだろう。

「うぅ……写真のお話しないでぇ……」

私の顔をうるうるとした瞳で見上げてくる咲夜さん。
な、なんてかわいいんだろう。
しかも咲夜さんの顔がこんなに間近にあるなんて。
私、鼻血が出そう……

「それでパチェ、結局どうすればいいの?」
「写真を取り返す、あるいは写真恐怖症を取り除く、そのあたりが候補かしらね」
「恐怖症、つまりトラウマよね。そういうのならさとりが詳しそうかも……」

お嬢様は、最近頻繁に交流している地霊殿の主の名前を挙げた。
さとり様は相手の意識を操り、トラウマを見せることができるという。
確かに詳しそうだし、何かわかるかもしれない。

「美鈴……私の写真……返して欲しいよぉ……」

咲夜さんがぎゅっと私の服を掴んで、震える声でそんなことを言った。
一瞬、部屋中が静まり返る。
このまま、さとり様に頼むという方向で進めていいのか、写真を取り返さなくていいのか、全員が迷ったのだ。

「こほん……とりあえず写真を先決に考える。それでダメなら、私からさとりに頼んでみるわ」
「それがいいかもね、どちらにしてもいずれは根本的な解決を考えなければいけないでしょうし」

お二人とも、咲夜さんの可愛すぎる懇願が無視できなかったようだ。
もちろん私もそうだけど。

「美鈴、お前に命じる。妖怪の山に行って、あの鴉天狗から写真を取り返してきなさい」
「りょ、了解です!」

久々にお嬢様から直々の命令を受けて、慌てて返事をする。


その返事を最後に、私達は一度解散ということになった。
私は善は急げとばかりにさっそく出発をしようとしたのだが。





ここで問題が発生した。

「いやっ!!美鈴と一緒じゃなきゃいやっ!!」

咲夜さんが私から離れようとしなかったのである。
絶対に逃がさないとばかりに、がっしり抱きついてくるのだ。
さすがに困った私は、図書館に戻りかけていたパチュリー様に相談することにした。

「なるほど、ずいぶん愛されているのね、美鈴」
「ぱ、パチュリー様、茶化さないでください!」
「あら、幼児退行といっても、好きな相手が変わったりはしないと思うわよ」
「え?」
「咲夜が美鈴のことを好きで、幼児退行によってその気持ちを素直に表しているのかもね」
「そ、そんな……」
「ふふ、顔が真っ赤」
「~~~~~~~っ、か、からかわないでください!!」

くすくすと楽しそうに笑うパチュリー様に、私は真っ赤になって怒った。
赤くなった理由が怒りではないことを、私自身もよくわかっていた。

「まぁそれはともかく、咲夜を連れて一緒にいけばいいんじゃない?」
「で、でもこれじゃあ、いざという時に闘えないですし……」
「ほら、咲夜ちゃん、美鈴お姉ちゃんが困ってるわよ」

パチュリー様は完全に子供を相手にするような口調になっていた。
でも、美鈴お姉ちゃんってなんかちょっといいかも。

「うぅ……でも、美鈴と一緒にいたいもん!」
「抱きつくのやめたら、一緒にいてもいいって。ねぇ、美鈴?」
「え?あ、あぁはい!だから咲夜さん、どうか離れてください」
「……ほんとに一緒?」
「はい、私と一緒にお出かけしましょう」
「……うん……わかった」

二人の言葉を聞いて、咲夜さんはようやく私の体を離してくれた。
でも、服を握るのはやめてくれなかった。

「ふぅ、じゃあ問題も解決したところで、さっさと行ってきなさい」
「は、はい……」
「身体能力とかは変わっていないから、咲夜は防衛本能で闘えると思うけど、まぁあなた門番だし、しっかり守るのよ」
「もちろんです!」
「ふふ、頼りになるナイトがいて、お姫様も安心かしら」
「な、なんでそういうことを言うんですかぁ!」

またも顔が真っ赤になってしまう。
咲夜さんも嬉しそうにこっちを見ているし、もうすごく恥ずかしい……。


それから、妙に楽しげなパチュリー様の背中を見送って、私は今度こそ妖怪の山に向けて出発し……

「美鈴、手繋ぎたいなぁ」

――出発しかけたのだが、咲夜さんの言うとおりに、手を繋いであげた。

大きな笑顔を浮かべるその表情に、私は思わずどきりとして、すぐにぶんぶんと頭を振って余計な考えを追い出す。
そうしてようやく私達は、紅魔館を出発した。




















妖怪の山に着くころには、既に陽が傾き始めていた。
パチュリー様は問題ないと言っていたが、さすがに夜になると咲夜さんの身が危ない。
私達はすぐに文さんの住処を探し始めた。


妖怪の山は広いし、家探しもそれなりに苦戦するかと思っていたのだが、文さんは天狗の中でも変わり者として有名らしく、出会う妖怪はみんな彼女の家を知っていたのだ。
おかげで、私達は早々と文さんの家にたどり着くことができた。

「あやややや、美鈴さんに咲夜さんでしたか。もしや、今日の件の御礼参りですかな?」
「い、いえそうではなくてですね……」

何と言ったら良いものかと、私は頭を悩ませていた。
咲夜さんは、写真を撮った張本人である文さんにすっかり怯えてしまっているし。

そんな私達の困った様子を察してくれたのか、文さんはふむ、とひとつ頷いた。

「お話でしたら中で窺いましょう。どうぞ」

それから、私達を部屋に招きいれてくれたのだ。
咲夜さんはちょっと嫌そうだったけど、私が手を引いてあげると、びくびくとしながら、私についてきた。
なんだかちょっと微笑ましい光景。
そんな私達を、文さんは不思議そうに見守っていた。










「なるほど……私の写真が原因というわけですか」

ここに至る経緯を文さんに軽く説明した。
正直私も良くわかっていないので、しどろもどろという感じではあったものの、彼女は頭の回転の速い人なので、すぐに理解してくれたようだ。

「そういうことでしたら、写真をお渡ししますよ」
「ほ、ほんとですか!?」

私は喜ぶと同時に、内心ほっとしていた。
文さんの性格からして、何かしら交渉を仕掛けてくると思っていたのだ。
それがこんなにあっさり――

「ただし、ひとつ条件がありますが」

あっさり行くわけないよね……。
私は半ば予想通りの結果に、軽くため息をついた。

「……えっと、その条件ってなんですか?」
「記事を一つ書かせていただきたいのです」

文さんの発言は少し意外なものだった。
てっきりお金とか、お嬢様への取材許可だと思ったのに。
私はその意味がわからずに、首を傾げた。

「紅魔館のメイド長、写真を撮られて幼児退行!?という見出しの記事をね」
「なっ……!?」
「悪い取引ではないでしょう。そちらは咲夜さんを元に戻したい。一方こちらは面白いネタを手に入れたい。でもこのネタはレミリアさんの逆鱗に触れかねませんから、予め許可を頂きたいのですよ」

文さんは意地の悪い笑みを浮かべてそう言った。
私は、少し顔を伏せて考える。


文さんは悪い取引ではないと言う。
確かにこちらとしては咲夜さんをこのままにしておくわけにはいかない。
しかし、それで今日のことを記事にされるのは非常にまずい気がする。

(いや、でも文さんの新聞か……)

彼女の書く記事はそもそも読まれない上に、ほとんど信用されていない。
咲夜さんを元に戻すことが出来れば、それこそ真偽は闇の中だ。
だったらこの交渉に乗るのはあり、か。


私は悩んだ挙句、結論を出した。

「文さん」
「なんですかな?」
「記事は……書かせるわけにはいきません」

交渉には乗らないという結論を。


実際、この交渉は間違いなく良い話だ思う。

だけど、例え誰が信じなくとも、咲夜さんが写真恐怖症を抱えているのは真実。
人に弱みを見せたがらない人なのだ。
もしも自分の弱点がみんなに知られたら、どう思うだろうか。

きっとすごく、辛いと思う。

そしてその辛さも、やはり誰にも見せないのだろう。
少なくとも私には、絶対に見せてくれない。
悔しいけど、咲夜さんにとって私はその程度の存在なのだ。
だからせめて、咲夜さんが辛い思いをしなくて済むようにしたい。

私は咲夜さんのナイト。
お姫様を守る役目を背負っている。
だから、この交渉には乗れない。

「あやややや、しかしそうなると、やはり写真はお返しできませんなぁ……」
「お願いします!この通りです!」

私は部屋の床に頭をつけて、土下座した。

この程度のこと、屈辱でもなんでもない。
大切な人のためなら、頭を下げることなんて容易いことだ。
私のプライドなんかどうでもいい。
咲夜さんのことだけは守ってあげたい。
私がプライドを捨てることで、咲夜さんのプライドを傷つけずに済むなら、いくらでも捨ててやる。

「め、美鈴さん、そんなことをされても困りますよ……」

文さんの困惑が、顔を伏せていてもよくわかる。

だけどここは譲れない。
彼女が許してくれるまで、私はてこでも動かない。


私が心の中でそんな決意を固めた時だった。
私の横で怯えていたはずの咲夜さんが、小さな声を上げたのは。

「……めないで」

初めはほんとに呟き程度の声。
私も文さんも気にも留めなかった。

「いじめないで……」

徐々にはっきりと、その声が聞こえ始める。

「いじめないで!美鈴をいじめないでっ!!」

それはついに叫びとなって、部屋全体に響き渡った。

何事かと、私は顔を上げて咲夜さんの方を見る。
文さんもぽかんとした顔をしていた。

「いじめちゃダメ!美鈴のこといじめるのはダメ!」
「い、いや、これはいじめているわけでは……」
「そ、そうなんです咲夜さん、私が自分の意思でやってることですから」

そう言いながらも、私は少し嬉しかった。
咲夜さんが私のことを気遣ってくれている。
そんな経験あんまりなかったから。
だから今の咲夜さんが普段と違うとしても、やっぱり嬉しいのだ。

いや、嬉しかったのだが……

「絶対ダメなの!!美鈴をいじめていいのは、私だけなんだからっ!!!」

その咲夜さんのものすごい発言によって、部屋の空気が固まった。

文さんはもちろん、私も唖然として咲夜さんを見ていた。
ぷっくりと可愛らしく頬を膨らませたその顔を。

「こんな人に頭下げちゃだめぇ!美鈴は私のものなんだからぁ……」

ちょっと涙目でそんなことを言うのだ。
それに加えて、私の体をぐっと掴んで起こそうとする。
土下座なんかしてはいけないという風に。


……えっと、どうしようこの状況。


「……ふふ……ふふふ……あっはっはっはっ!」
「ど、どうしたんですか文さん?」

文さんは、ちょっとびっくりするくらい大声で笑い始めた。

「はっはっはっ、いやいや面白い。実に面白いものを見せていただきました。ふふ、そうですね。美鈴さんは咲夜さんのものですよね」
「そうだよぉ!あんたなんかに美鈴は渡さないんだからぁ!!」

咲夜さんが私の前で膝立ちになって、大きく腕を広げてくれる。
それは嬉しいんだけど、言葉の裏にある意味を考えると、若干複雑なんですけど……。

「ふむ……いいでしょう。美鈴さん、写真は持って行って下さい」
「い、いいんですか!?」
「はい。なかなか面白いネタが見つかりましたから。レミリアさんにも怒られないようなね」
「そ、そうなんですか……?」
「ええ、とびっきりの特ダネですよ」

文さんはにこりと笑ってそう言った。
私は特ダネがなんなのかわからなかったけど、文さんがそっと差し出してくれた写真を素直に受け取ることにした。

「一応ネガも渡しておきます。咲夜さんが写っていたのはそれ一枚のはずですよ」
「あ、ありがとうございます!本当にありがとうございます!」

私は何度も頭を下げた。
そのたびに咲夜さんが「美鈴だめぇ!」と言うのだけれど、私は止めようとしなかった。
文さんはずっと楽しそうに笑っていた。

「では、これで失礼します。この借りは必ずお返しします」
「いえいえ、お気になさらず」

隣にいた咲夜さんは、私の服をぎゅっと掴んだまま、文さんにぺこっとお辞儀をした。
色々あったけど、こういうところを見るとやっぱり咲夜さんなんだなと思う。


最後にもう一度お別れを言って、ドアを閉めようとした時、文さんが一瞬だけにやりとしたように見えたのが気になった。
しかしもう外も暗くなっていたので、それを確かめることもできず、私は咲夜さんと手を繋いで紅魔館へと急いだ。




















紅魔館、咲夜さんの部屋。
私と咲夜さん、それにパチュリー様とお嬢様は再びこの部屋に集まっていた。

「写真を見たがらない?」
「はい、写真を見るのが怖いみたいで……」
「まぁ写真恐怖症なわけだし、当然と言えばそうかもね」

私はお二人に写真を取り返したことと、咲夜さんが写真を見ようとしないことを伝えていた。
もちろん文さんの家でどんなことがあったかは伏せておいた。

「写真を見れば、元に戻る可能性もあると思うんだけどね」
「パチェ、何か策はあるの?」
「ないこともない、こともなくはない」
「どっちなのよ、それ……」
「美鈴、ちょっと耳を貸しなさい」

ちょいちょい、と手招きするパチュリー様。
私はその言葉に従って、体を少し屈めて耳を近づけた。

「提案があるのよ、ごにょごにょ……」
「…………え、ええ!?絶対無理ですよ!!」
「いやいや、うまくいくと思うよ」
「だ、だってなんでそれで咲夜さんが写真を見るんですか!?」
「やるもやらないも貴方次第だけどね、まぁ気持ちを伝えるチャンスと思いなさい」
「お、お嬢様もいるのに!」
「私がいたらまずいのかしら?」

じろっとお嬢様がこちらを見るので、もう何も言えなくなってしまう。
しかしパチュリー様の提案をお二人の前で実行するのは……
で、でも確かにこんな機会でもないと、私の気持ちは永遠に――ええい、どうとでもなれ!

「さ、咲夜さん。あの、写真見てくれませんか?」
「うぅ……写真怖い……見たくないよぉ……」
「も、もし見てくれたら、そ、その、わわ、私が……」

む、むり。やっぱりこんなこと言えない!!

「美鈴お姉ちゃんが恋人になってくれるって」
「ちょ、ぱ、ぱちゅりぃさまぁ!?」

私の言葉を勝手に引き継がれてしまった。

「美鈴が私の恋人に!?」

それこそがパチュリー様の提案だった。
うわぁ、もう、こんなの絶対うまく行くわけない。
そりゃ確かに私は咲夜さんが好きだし、恋人になりたい。
でも咲夜さんが私のことを恋人にしたいなんて思うはずないのに!
パチュリー様は先に言っちゃうし、お嬢様の視線もめちゃくちゃ怖いし!
あぁ……誰か私を殺して……。

「じゃあ見る!写真見る!」
「……え?」

しかし意外にも、咲夜さんは受け入れてくれた。
それを見たパチュリー様がうんうんと頷いている。

「ほら、私の言ったとおりに――」
「美鈴が私の恋人になって、ずっといじめてもいいなら写真見るよ!」

再び、部屋の空気が一瞬固まった。
咲夜さんのちょっとやばい発言に、パチュリー様もお嬢様も凍り付いている。

せっかく文さんの家で起きたことを秘密にしていたのに、台無しになってしまった……。

「……わ、私の言ったとおりになった……のかな」
「美鈴……まさかこの私があなたに同情する日がくるとはね」
「お二人とも……ひどいです……」


ともあれ、咲夜さんが写真を見てくれるのは喜ばしいことだ。
私は自分の想いが捻じ曲がった方向で伝わっているようですごく微妙な気分なんだけど。

でも、いいんだ。今のでちょっとわかった。

咲夜さんの好きが、いじめる対象としての好きだったとしても、私は十分だってこと。

「じゃあ咲夜さん、この写真見てくれますか?」
「うん……でもね……美鈴も一緒に見てね……?」
「はい、もちろんそのつもりです」

お嬢様とパチュリー様は少しだけ私達から離れた。

そうして「せーの!」という掛け声と共に、私達は写真を見た。

写真の中心は紅魔館の庭園だ。
あの時、文さんが最後に捉えていた風景で間違いないだろう。
だけどその隅の方に、小さく咲夜さんが写っていた。
ナイフを今にも構えようとしているその姿が、少しだけ懐かしく思えた。

「……私だ……私の魂だ……」
「綺麗に写ってますよ、咲夜さん」
「うん……ありが……とう……」

瞬間、咲夜さんの体ががくっと崩れ落ちそうになって、慌てて私がそれを支えた。

何が起こったのかと思って、私は咲夜さんに呼びかける。
その顔は、どこか安らかな笑みを浮かべていた。

「どうやら意識を失ったみたいね、何らかの効果があったのかも」
「ほ、ほんとですか!?」
「まぁ起きるまでわからないけどね」

パチュリー様はそう言うけれど、咲夜さんは憑き物が落ちたみたいにとても綺麗な顔色をしていて、だから私はきっと元通りの咲夜さんになってくれるだろうなと思った。

「さて、ちょっと疲れたから私は図書館に帰るわね」
「助かったよパチェ。美鈴、咲夜が起きるまで側についているように」
「は、はいお嬢様!」

それだけ告げると、お二人とも咲夜さんの部屋から出て行った。

私は咲夜さんをベッドまで運ぶと、その体をゆっくりと横にして寝かせてあげた。
お嬢様の命令どおり、いや命令がなくても、咲夜さんが起きるまで側にいるつもりだった。

「咲夜さん……私、やっぱり咲夜さんのことが好きみたいです」

咲夜さんが私を信頼してくれて嬉しかった。
私を恋人にしたいと言ってくれた。
もちろんそれは幼い心の彼女がしたことで、恋人の意味もちょっとずれていたけど、それでも私はずっとドキドキしてしまっていた。
いじめる対象としての好きでもいい。
ほんとの恋人になれたら、もっといい。
でも、高望みはしない。
高嶺の花でいてくれれば、それでいい。

(今日はちょっと頑張りすぎたかな……)

さすがに疲れてしまった。
咲夜さんのためと思えばこれくらい何でもないのだけれど。
でも、咲夜さんがあまりにもすやすやと眠っているものだから。
私もなんだか眠くなってしまって。
私は、咲夜さんのベッドの側に座り込むと、上体をベッドに預けて、そのまま眠りに落ちていった。




















深夜の紅魔館。
ほとんどの住人は眠りについており、起きているのは見回りのメイドだけ。
そんな紅魔館の静寂を破るような悲鳴が、館中に響いた。

「い、いやああああああああああああ!!!!!」
「……ん……んあ、咲夜さん?起きたんですか?」
「な、なな、なんで美鈴がいるのよ!?」

咲夜さんの悲鳴は、あっという間に屋敷の人々を集めてしまい、お嬢様やパチュリー様が部屋へと入ってきた。

「咲夜、何があったの!?」
「お、お嬢様、めめ、美鈴が……」
「美鈴、貴様咲夜に何かしたのか!!」
「わ、私はただ命令どおりに側についていただけですよ!」

神槍を生み出したお嬢様に、私は必死で弁解した。
咲夜さんが悲鳴をあげるようなことは何もしていない、はずだ。
肝心の咲夜さんは、毛布にくるまって、ベッドの隅の方で顔だけ出しているし……。
もう何がなんだかわからない。

その様子をじっと見守っていたパチュリー様が、突然、ぽん、と手を叩いた。

「そうか、咲夜、記憶が残っているのね?」
「……っ!」
「なるほど、美鈴に対して自分がしたことを覚えていて、それが恥ずかしかったわけね」
「~~~~~~~~~~~~~っ!!!!!」

真っ赤になった顔を毛布にうずめてしまう咲夜さん。
その行動はどう考えても、パチュリー様の発言が図星だったということだ。

パチュリー様は、集まってきたメイド達になんでもないことを告げた。
お嬢様や私はいまいち状況が飲み込めていなかったが、とりあえず槍は消してくれた。

「え、えっと咲夜さん?」
「め、美鈴!忘れなさい!私がしたことも言ったことも全部忘れなさい!!」

きっとこちらを睨む咲夜さんは、もう赤すぎるくらい顔を赤くしていて、それがとても可愛らしかった。

「咲夜……はぁ、お前がそこまで美鈴のことを好きだとは……」
「ち、違うんですお嬢様!」
「美鈴と一緒じゃなきゃいや、とか言ってたね」
「ぱ、ぱちゅりー様まで!もうやめてください……」

咲夜さんは相当恥ずかしいらしく、ちょっと泣き始めてしまった。
そういう姿も可愛いと思うのは、私だけだろうか。

「レミィ、どうやら私達はお邪魔みたい」
「そのようね……美鈴、咲夜、なんでもいいけど仕事に支障が出ないようにしなさいね」

最後にそんな命令を残して、私達は二人、部屋に残されることになった。









私は複雑な気持ちで咲夜さんの方を見た。
ベッドの側に座ったままの状態なので、必然的に見上げる形になる。

「ねぇ、美鈴……」
「は、はい!」

咲夜さんの少し低い声が私の耳に届く。
この声は、普段だとお仕置きの前触れなので、私は若干身構えてしまった。

「……忘れてと言っても、忘れてくれないわよね」
「い、いえ、咲夜さんが忘れろと言うのでしたら今すぐにでも脳内から記憶の消去を」
「忘れなくていい!」

突然の大声に、びくっと体が震えた。
咲夜さんがそんな声を出すなんて珍しい。
一瞬、幼い咲夜さんに戻ってしまったのかと思った。

「……忘れなくていいから……私の気持ち、ちゃんと覚えておきなさい……」
「え、えっと気持ちって……?」
「っ……もう!美鈴はどうしてそう鈍感なのよっ!!」

咲夜さんに、ぐいっと首を掴まれた。
一瞬何が起きたのかわからず、抵抗しようとしたその時

私の唇に何かが重なった。

「これで……わかったでしょ」
「…………さ、咲夜さん……いま……」

キスをされたということに、しばらく気がつくことができなかった。

そう理解すると同時、顔がかぁーっと熱くなってくる。

「な、なんでキス!?」
「まだわからないの!?」
「だ、だって、私のこといつもお仕置きして、だから好きって言うのはいじめがいがあるってことだと思って、私はそれでもいいって」
「……バカ」

次の瞬間、私は床に倒されていて、私の体を取り囲むように大量のナイフが床に突き刺さっていた。
咲夜さんの能力だということを理解して、私は体を起こそうとしたのだけど。

私の上に、咲夜さんが乗っていて起き上がれなかった。

「好きだから、いじめたいのよ……」

私の耳元で咲夜さんが囁いた。
そくり、と肌が粟立つ。

「咲夜さん、それすごく歪んでますよ……?」
「そうかもね……そういう私は嫌い?」

咲夜さんの顔がちょうど私の真上に来る。
その顔はとても不安そうな、泣きそうな顔をしていて。
さっき少し泣いていたせいで、もう涙がこぼれそうになっていて。
だから私は微笑んで、こう呟いた。

「大好きですよ……」

高嶺の花でもいいと思ったのに。
恋人でなくてもいいと思ったのに。
こんなことされたら、もう止まれなくなってしまう。

(咲夜さんが可愛すぎるのが悪いんですからね……)

心の中で少しだけ文句を言って。

今度は私が強引に、咲夜さんの唇を奪った。












完全で瀟洒なメイド、十六夜咲夜。

そんな彼女にも弱点はある、

たとえばそれは写真が怖いということ。

たとえばそれは誰かを好きになる心。

私の憧れていた人にもそんな弱さがある。

だけど、そんなところも好きなのだ。

だって私が好きなのは、完全で瀟洒なメイドではなく

十六夜咲夜という、一人の少女なのだから。
どうもこんにちは、ビーンと申します。

東方スレ的キャラ紹介を見ていたら咲夜さんの項目に、写真に魂を取られると思っていると書いてあって、そんなかわいい設定あったような、なかったような、と思っていたらこんな作品が出来上がってました。
書いていると、咲夜さんの体まで小さくなったように錯覚してしまうのですが、そんなことはないんです。私の願望なんです。

咲夜さんのキャラが受け入れられるかどうか、若干不安もありますが、楽しんでいただけたら幸いです。
意見・指摘・感想など、遠慮なくお願いします。
ビーン
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コメント



0.2420簡易評価
2.100名前が無い程度の能力削除
とてもいいめーさくでした!
3.100奇声を発する程度の能力削除
ニヤニヤ…咲夜さん可愛いよ!
4.100名前が無い程度の能力削除
子供はストレートだな!
15.100名前が無い程度の能力削除
なんという独占欲
22.100名前が無い程度の能力削除
ど真ん中ストレート160kmな作品でした
25.100名前が無い程度の能力削除
ついちょっかい出しちゃうんだね。
それが愛なら仕方ないね。
26.100名前が無い程度の能力削除
咲夜さんが幼児退行なんて可愛いに決まってるじゃないですか!
文のその後の行動まで読みたかったな。
31.80teru削除
やはり咲夜さんは幼児化してもSなんでねー
32.100名前が無い程度の能力削除
文の特ダネの件はどうなったのか気になる。
58.90名前が無い程度の能力削除
姿はあのままで言動だけ幼児退行……ウッハナヂガ