Coolier - 新生・東方創想話

秘封倶楽部が監視されたり蓮子が夜這いをかけられたりするお話

2011/02/18 21:56:44
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「何だか視線を感じるの……」

 マエリベリー・ハーン(通称メリー)はブロンドの髪をなびかせて、隣を歩く宇佐見蓮子に呟きかける。

「視線って何の?」

 蓮子は驚いた様子もなくメリーに尋ねる。
 人間の? 動物の? 両生類の? 昆虫の?
 トンボの視線なら線がいっぱいありそうね、などと蓮子は笑い飛ばす。メリーも釣られるように、ふふふと笑いを零す。
 それでも、メリーの目元は微塵も綻ばない。蓮子はその一瞬の気迫に気圧される。笑い飛ばした口を閉ざし、ごくりと喉を鳴らす。

「監視されてるような、背中の毛が逆立つみたいな気味悪さを感じるの」
「へえ、メリーって背中の毛を処理してないのね」
「そういう意味じゃないわよ。ふざけないで……」
「何も私だって本気でふざけてないわよ。お堅くなってると、相手が気付かれたと察して警戒するわ。私たちは自然に、そう、自然な会話をしてるように振る舞うの。警戒されてみすみす逃がすのも癪だしね」

 メリーは納得しながらも、自分たちが監視の目から逃れるという発想に至らない蓮子に呆れて溜め息が漏れる。

「で、監視されてる相手がどんなのかはわかるわけ?」

 蓮子は心当たりがないかメリーに問う。

「たぶん……人間」
「たぶんって、何よ?」
「確信が持てないことを言うときに使う副詞」
「それは知ってる、むしろメリーより詳しいわ。だから、人間でなけりゃなんだって言うのよ」

 ここは二人が通う大学の構内。昼下がり、行き交う多くの人でごった返している中で感じる視線。それがいかに特異なものであるか、二人は重々承知している。

「この際、人間か人間でないかは関係ないかしらね。むしろ人間じゃないモノは大歓迎なんだけど」

 周りに人が溢れているというのに、いや人の波の中だからこそ、木葉は森の中に云々の言葉のごとく人で非ざるモノが紛れ込んでいるのか。
 蓮子とメリーは二人だけのオカルトサークル、秘封倶楽部として活動をしている。
 だから、人のようでいて人でないモノ――幽霊、妖精、妖怪、魔女、獣人、宇宙人、神仏、その他諸々には常に興味のベクトルが向いている。怪異の観測点が動かない『場の怪異』と比べ、自律行動を行う人外との遭遇は非常に少ない。それ故、多少の危険はあっても出逢ってみたいという考えは、オカルトサークルに限って言えばそう珍しくもない。
 例外的に地縛霊は人外の中でも遭遇しやすいため、駆け出しのオカルトサークルの初歩のステップとして心霊スポット巡りは欠かせないものとなっている。
 人間であるにしても、人知の範疇を超える奇異な能力を持っていることは想像に難くない。それこそ、蓮子とメリーのような……。

「気味が悪いのは、相手が人間かどうかわからないあやふやさじゃない。なぜ私たちの後を尾けているか、それがわからないことね」

 メリーは静かに頷いた。

「落とし物を届けてくれてる、というならありがたいけどね。まあ、そういうことでもないでしょうけど」

 もしそうなら、二人を見失わない内にすぐさま駆け寄るだろうし、追い付けない場合には学務に届ければいい話である。

「そうね。あるいはメリーの美貌の虜になってふらふらとついて来てしまったか」
「ちょっと、冗談は止めなさい」
「あながち冗談でもないんだけどね……」
「それなら蓮子だって、その、キリッとしてて整ってるし……でも時折見せる可愛いらしい表情とか仕種がたまらないし……」
「んもう、メリーったら……!」

 蓮子もまんざらでもないようである。
 この状況で惚気を披露するあたり流石である。

「はい、おふざけはここまで。どうにかして相手の素性を暴かないと」
「蓮子、別にそこまでする必要はないんじゃない?」
「尾行を振り切って今日だけしのいだって意味ないわ。私たちはこの大学に通ってるんだもの。奴さんはいつでも影で私たちを――メリーか私のどっちかだけかもしれないけど――眺めるチャンスがある。そんなのが続くのは嫌でしょう?」
「それもそうね……」

 人間であれ、人外であれそんなストーカー染みた輩は願い下げである。

「まずは休講掲示板に行くわよ」

 メリーは頭上にクエスチョンマークのバルーンを浮かばせた。
 様々な学部の学生が通る大通りの隅に、各学部の休講情報を載せるモニター掲示板が並んでいる。二人が眺めているのは教養科目の休講情報のモニター。教養科目は学部の区切りなく受講できるため、教養科目のモニターは全学部の学生が集まり一際賑わっている。
 しかし二人が注視するのは休講情報が映る画面ではなく、画面が切り替わるときに現れる、黒いスキマの画面だ。

「どう、メリー。それっぽいのはいそう?」
「一瞬だけじゃよく見えないわ」

 モニターの黒い画面を鏡代わりにするという蓮子の策は上手く行かなかったようである。

「でも、まだ視線は感じるから、どこかしらにはいると思うの。ねえ、蓮子。手鏡で後をちらって見るのはダメ?」
「ダーメ。露骨に後を見てたら気付かれるわ」
「じゃあ、どうすればいいの……」
「そうねえ……」

 蓮子は頭の中で新たな策を巡らせる。そして出した結論は――

「二手に分かれましょう。それでもしメリーが引き続き監視の目を感じるようなら私にメールなりで知らせて。そうしたら私はメリーを追いながら、尾行してる奴を後から探る」
「二手に分かれて、私が監視の目を感じなくなったとき。つまり蓮子が尾行されてた場合は同じように、私が尾行してる者を探ればいのね」
「その通り、ケータイのGPSがあれば互いの場所はわかるからね」
「でも、二手に分かれたからって必ずしもどっちかを尾行するとは限らないわ。相手が尾行をやめたらどうするの?」
「そのときはそのときね。次には違う策を練る」
「わかったわ。私は人文学部の方へ行く」
「そうね、なるべく自然な行き先のほうがいいわ。私は理学部棟に行くから。それじゃあ――」

 蓮子とメリーはそれぞれ違う行き先へ向かう。この日、金曜日は二人とも午後の一コマ目の後は講義がなく、暇を持て余していた。得体の知れない追跡者に戸惑いながらも、ちょうどいい、スリリングな暇潰しを楽しんでいた側面もあったようだ。
 だから、メリーは引き続き視線を背後に感じながらも、わくわくしていた。蓮子が私を追ってこの追跡者を暴いてくれる、そんな淡い期待を抱いていた。
 そして蓮子にメールを入れようとした矢先――

「……!」

 後ろに感じる気配がより間近に感じられた。メリーは楽観視し過ぎていた。メリーが一人になってから追跡者は着々を距離を詰めて来ていたのだった。

 振り返れば、すぐ目の前にいるほどに――





「あーしくったわー」

 蓮子は一人ぼやく。

「メールで連絡入れるより電話繋ぎっぱなしのほうが早く連絡取れたじゃないの」

 通話料割引サービスにでも入ってれば、そうしていただろうが、二人の持つ携帯電話はメーカーが違っているためにそうしたプランが選べなかった。次に買い替えるときはメーカーを揃えよう、蓮子はそう心の中で決める。
 そしてメールが届いた。新着メールが二件。
 ――来た!
 蓮子ははやる気持ちを抑えながらメールを開く。






『件名:犯して犯して撮られたい変態女だけどいい?? エッチしたいよ~!!』






「はっ、メリーはいつの間にこんな淫乱女に……って、んな訳ないでしょ!? こんなときに限ってどうして出会い系メールが来るのよ!」

 と心の中でノリツッコミを展開させながら、同時に届いたもう一通のメールも開く。

『件名:だれもついてこないみたいいまからそっちいく』

 本文はなく、件名だけでメッセージを済ませたようだ。
(すると、例の追跡者が追ってるのは私なのか、それともすでに尾行をやめたのか……)
 尾行されていても怪しまれることのないよう、平静を装って歩く。理学部棟に寄り、思い出したように図書館に向かう。ちょうど図書館に入ろうとしたところ、

「蓮子!」

 メリーが蓮子を呼び止めた。

「どうだった? 怪しい奴は見つかった?」
「いいえ。いないみたいだったわ。どこかいっちゃったのかしらねぇ。で、どうするのこの後」
「うーん、そうねえ……。特に予定もないんだけど」
「それなら蓮子の部屋でお酒飲まない?」
「宅飲みかあ。まあまあ経済的ね。いいんじゃないかしら。でもメリーから飲みを誘うのって珍しいわね」
「ま、まあ、たまにはそういうときもあるわ。さっきの変な視線の問題も片付いてないし、パァーっと飲んで気分を切り替えたいの」
「そっか。じゃあ、帰りがてらお酒買っていきましょうか」

 二人は大学近くのスーパーのお酒コーナーで酒の物色を始める。
 明日は休みだからと、メリーは度数の高い酒を中心にカゴに積めてゆく。
 蓮子の住まいの道すがらにある店で、品物の値段が良心的なため、周辺に住む学生がこぞって利用している。そのためレジが混むのが難点だが、それほど気になるというわけでもない。

「こんなの飲みきれるの?」
「大丈夫。私が飲めなくても蓮子が飲むから」
「それは大丈夫と言わないの。まあ、飲むけどさ……」

 会計を済ませ、自前の手提げに詰め込んでいく。
 手提げを持ちながらなんやかんや話しているうちに蓮子の住まいに到着。
 まだ日も落ちぬ時分から飲む気分にはならず、他愛も無い会話で間を繋ぐ。
 スーパーで買った惣菜をおかずに、レンジで温めた白米を食べる。夕食が終わると、静かに二人の飲み会は始まった。残った惣菜はそのまま酒のつまみに。
 始めの話題は最近のオカルト事情。新たな怪異スポットの発見の話から、オカルトサークルの情勢の話、オカルト雑誌の記事についての論評。積もる話はあれども、やがてネタは尽きてゆく。酔いの勢いも相まって、日常の愚痴の吐露が始まる。講義やゼミの愚痴に始まり、またほかのオカルトサークルの話題を蒸し返す。
 そしてメリーが思い出したように言う。

「そういえばさぁ、蓮子は成人式はどうするの?」
「ん、ああ。行くかどうか迷ってるのよね……」
 今は十一月の二十八を数える頃、あと二月もしないうちにその時期は巡ってくる。
「成人式自体は通ってた小学校の区分で分けられるんだけど、その後の同窓会は中学校単位なのよね。私、中学生は私立に行ったから居場所がないというか……小学校時代の友達もいるけど、みんなそっちのほうに行っちゃって式の後に遊ぶ人がいないのよ。せっかく集まるのに一緒に話せないんじゃ意味ないかなって」
「同窓会の後は各自で二次会あるんじゃない? そっちに混ざればいいんじゃないの」
「二次会なんてもっといやよ。集まって二次会やるくらいのコミュニティーは、それだけでもう完結してるの。中学生時代にできる結び付きは強いものだからね。机を並べて勉学に励み一緒に部活に汗を流して共に修学旅行で巡って肩を組んで受験戦争を戦い抜いて、小学生のだらだら過ごした六年とは雲泥の差なの。○○さんの小学生時代の友人でーす、なんつってずけずけと入る気にはならないわ。誘ってくれる人はいいだろうけど、ほかの人との距離が上手くつかめないで疎外感に苛まれるのは目に見えてるもの。女同士のコミュニティーはそこのところすっ……ごいシビアなの。誘う人だって私なんかより中学生時代の仲間といっぱい語りたいはずよ、だけど中学の仲間とばかり話してると私の立場がないものね、私にも話しかけてくれるだろうけど――そもそも同窓のメンバーが集まって話すことってったら思い出話よ、○○先生がどうだったとか懐古に浸ったり、○○がこっぴどく叱られてざまぁ見ろって思ったとせせら笑ったり、あの頃の武勇伝を自慢げに語ってみたり、好きだったあのコの話題できゃーきゃー騒いだり。小中と同じ学校の人だったら盛り上がれるけど、そうじゃない人はイマイチ乗り切れずに微妙な空気になってしまうわ。それでグループに分かれて話すようになったらもっといたたまれないわよ。それじゃそのメンツで集まった意味がないものね。そうなったら誘ってくれた人の面目まで潰してしまうわ。話の持っていきかたによってはどうにか場を冷ますことなく会話に加わっていけるだろうけど、そんな、一時的に場を取り繕うだけの会話で本当に楽しめるのかしらね。私は、そうとはどうしても思えないのよ。気を遣い気を遣われる、そんな空間は同窓の集まる場にはそぐわないもの」
「どれだけ気にしてるのよ……」

 蓮子の勢いに押されながらもメリーははっきりと言う。

「でも式だけでも出たほうがいいと思うの。一生に一度しかないんでしょ?」
「メリーだって、一生に一度もないでしょう」
「そうね。私のとこには二十歳にみんなで集まるという風習はない。でもだからこそ日本の成人式の風習には憧れるし、蓮子にもそれに参加してほしいとも思うの。私の分もね……」
「うっ……そう言われたらたまらないわね。わかったわ、式だけでも出るから。でも……」

 蓮子はすでに実家に、絶対に成人式には出ないと言い張り続けていた。今更それを撤回するのも気が進まないところである。
(家に帰らないで会場に直接いくのもありかな……それか誰か泊めてくれたり荷物を置かせてくれればありがたいけど)
 蓮子が成人式に参加するという意志表示を見せると、メリーは満足気に頷いた。

「色々考えてたら眠くなってきちゃった」
「先に寝てていいわ、蓮子。私もこの瓶を綺麗にしたら寝ようかしら」
「そうするわ、じゃあお休み、メリー」
「お休み、蓮子」

 蓮子は布団に潜ると、ストンと眠りに落ちた。その様子をメリーは怪しく見守っていた。

 それから少し間が空き、蓮子は奇妙な感覚に眠りを妨げられた。もぞもぞと何かが体の上を這うような感覚。少し肌寒く、ずるりと服を脱がされているようだ。
 酔いが残り上手く働かない頭でも、それが非常事態であることを察していた。

「ちょ……何すんのよ!?」

 蓮子は起きぬけに両手を突き出した。その手に押され、何者かは後ろに倒れ尻餅を搗いたようだ。急に動いたため、蓮子の頭に突き刺すような頭痛が走った。

「アイタタタタタ……」

 額に手を当てながら、尻餅を搗いてるその何某かを見やる。

「ねえ、これはどういうことなのかしら、メリー?」
「ええと、これはその……」
「説明を求めるわ。正直に答えて。メリーは一体、私に何をしようとしていたの?」

 メリーは少しの沈黙の後、意を決したように、

「成人となった蓮子の体の発達具合をチェケラッしてたの!」

 笑顔でサムズアップ。
 からの、げんこつで軽く頭を叩きながらのウインク、そしてチラリと見せる舌の先。

「てへっ!(ぺろり)」

 メリーの会心のてへぺろが炸裂した。

「何それ?」

 効かなかった。

「いいから表出ろコラァアアアアア!」

 戦いの火蓋は切って落とされた。
 そしてゴングが鳴り響く。壁ドンという名のゴングが。
 それは、明らかに試合終了の合図だった。

 それから一月余りが経った。

 成人式の前日、蓮子の姿は京都と東京を繋ぐ新幹線、ヒロシゲの車内にあった。蓮子と同様、成人式に合わせた里帰りと見られる若者が多く溢れている。自由席の車両は人が詰め込まれていたが、指定席に座る蓮子はその喧騒と無縁だった。指定席のチケットは蓮子の父親が用意したものだ。成人式に出るのなら往復の交通費は負担すると言われ、蓮子はそれに渋々応じることにしたのだった。
 父親とはそれ以外に話すことはなく、進んで父親と連絡を取ろうとは思わなかった。
 蓮子は自宅を出る際、スーツを一着鞄に入れた。大学の入学式で着たもので、その後バイトの面接くらいにしか使わなかったものである。入学式と同様、それを着て参加するつもりでいた。
 蓮子が諸々の感傷に浸っている間に、ヒロシゲは東京に到着していた。アナウンスにはっと我に返り下車。地下鉄を乗り継いで自宅の最寄駅に着くと、蓮子の祖母が車で迎えに来ていた。

「ただいま」
「まだ家に着いちゃいないよ」
「もう着いたようなものよ……安全運転さえしてくれればね?」

 ドライブがてら外食で夕飯を済ませ、家に着いたときには午後七時を回っていた。

「明日は早いから夜更かししちゃだめだよ」

 自分の部屋にこもる孫に、祖母はドア越しに語りかける。

「わかってるって」
「どうせ起きないだろうからお起こしにくるよ」
「うん、お願い」

 蓮子はなんとなく気分が落ち着かず、本棚から読まずに積んだままの本を選んで、ベッドの中で横になりながら読んだ。その内に本を放り出し、明かりも消さないままに眠りに落ちていた。

「起きなー! 朝ごはんできたよ!」

 祖母のノックに起こされ、蓮子はあくびをしながら体を起こす。栞を挟まぬうちに滑り落ちた本を恨めしく睨みながら布団をよけた。

「今いくー!」

 食卓に着き、テレビを見ながら箸を運ぶ。蓮子はニュース番組の左上に表示されてるデジタル時計を見た。

「あれ、早くない? もしかして二度寝タイムも用意してくれたの?」
「そんなわけあるかい。食べ終わって歯ぁ磨いたら――」
「磨いたら?」
「お母さんの部屋まで来な」

 祖母の言葉に、蓮子は箸を止めた。どうして、と目で問いかけるが祖母は答えない。その後は終始無言だった。祖母は一足先に食べ終わり、蓮子の母親の部屋に先に向かったようだった。

「母さんの部屋、ねぇ……」

 蓮子は流しに置いた食器を水に浸しながらぼやく。母親は蓮子が小学生の頃に亡くなっている。それ以来片手で数えられる程度しか足を踏み入れていない。
 意を決して部屋に入ると、祖母はタンスの一番下の段を引き出して平べったい紙の箱を取り出していた。

「何なの、それ?」
「開ければわかるさ」

 箱を開けるとそこにはさらに紙に包まれたものが入っていた。

「まさかこれって……」
「振袖だよ。お母さんのお下がりは嫌かい?」

 たとう紙を開き、振袖を見やる。薄桃色の地に牡丹の柄、その細やかな刺繍に蓮子は目を奪われる。

「これ、見たことあるような……」

 いつか母親と眺めたアルバムで見た記憶がある。そのとき着てみたいとも言ったかもしれない、朧気な記憶を辿り感慨に浸る。

「ほら、襦袢に着替えな。寝巻きの上に着るもんじゃないよ、これは」
「うん。でもこれ……」
「心配ないさ。おばあが着付けてやるからね。サイズだってぴったりだよ」





「全く何かおかしいと思ってたけど、やってくれたわね、メリー?」
「何のことかしら?」

 大学構内のカフェで蓮子とメリーは席を向かい合わせる。

「いつだったか、酒の席で私が成人式に行くよう言ってたでしょ。それと酔い潰れた私の服を脱がしてた……記憶が曖昧で夢かと思ってたけど、あれは本当にあったことだったのね」
「だから、体の発達具合を調べてたってちゃんと言ったじゃない」
「その記憶さえ曖昧なんだけどね。つーまーりー……」

 蓮子は紅茶を一口啜り間を置く。

「あの日、私たちを追ってたのはおばあで、メリーに私を成人式に行くように説得することを頼んだわけね。それに、私の体のサイズも調べるように言った。わざわざ京都まで、おばあもご足労様だわ……」
「おばあさまじゃないわよ」
「え?」

 どういうこと、と蓮子は訝しげに視線を送る。

「蓮子のお父さまよ」
「ばっ、そんなわけないでしょ! 親父がそんなこと……」
「私もびっくりしたわよ。前から蓮子に家族のこと聞いてもいい話は聞かなかったもの」
「で、なんて言ってたのよ、あの唐変木……」
「成人式に振袖を着せてあげたい、って。その振袖は蓮子のお母さまのものだからサイズが合うか心配だったのね。それで体のサイズも調べるよう言われたの。それに、これは特に強く頼まれたんだけど……」
「何を頼まれたの?」
「できるだけ蓮子に気付かれないように進めて欲しい、ってね。だから酒で思考が鈍ってる時に済ませるのが早いかなって」
「ああもう、まったく……」
「ああ、そうだわ。伝言を頼まれたのよ」
「ふーん」
「『おめでとう』と五文字だけ」
「素直じゃないわねぇ……」

 蓮子は空のティーカップを皿に載せる。カチと小さく音が響いた。蓮子は鞄を手に持ち席を立つ。

「それじゃあ、あいつにも伝えておいて……『ありがとう』って」

 蓮子は先に店の外へ向かう。メリーは蓮子に聞こえないように、

「素直じゃないわねぇ……子供みたい」

 小さく溜息を吐き、ミルクティーの最後の一口を飲み干した。

「まったく、誰に似たんだか……」

 メリーは空のティーカップを弄びながら、成人となった少女の背中を見つめていた。
読了感謝です。
秘封倶楽部監視隊のメンバーの智高です。
秘封倶楽部は成人になっても少女秘封倶楽部のままなのかなと、そんなことを考えながらつらつら書いていました。
楽しんでいただけたなら幸いです。
智高
http://www.pixiv.net/member.php?id=710520
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コメント



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5.70名前が無い程度の能力削除
ちょっと展開急すぎな気がしないでもない
9.80奇声を発する程度の能力削除
面白かったです
11.80名無し程度の能力削除
前半と後半の繋ぎが弱くて、中途半端かな、と思います。
まぁ秘封倶楽部は成人してもそのままであってほしいなぁ
13.90名前が無い程度の能力削除
ストーカーのくだりは必要だったかどうかわかりかねますが
いい話だと思いました
16.70名前が無い程度の能力削除
中途半端感がぬぐえないがいい話ごちそうさまでした
ほっこりした
30.50名前が無い程度の能力削除
唐突な運びではありましたが、よいお話でした。こういう親父さんは好きです。
32.70名前が無い程度の能力削除
もうちょっと後半の展開を伸ばした方が良かったかもしれない。
でも、良い秘封でした。
35.80名前が無い程度の能力削除
ちょっとミステリー風味もあって、なかなか良い秘封でした。
40.70sas削除
なんかもったいない、かな?
説明っぽくなりすぎてる気がした