■前作『ちゅっちゅの味はどんな味?』 の続編という設定です。
~あらすじ~
天下御免の妹様・フランドール・スカーレットは、そういうことに興味津々のお年頃。
ふとした好奇心から、キスの味を教えてと訊ねられた咲夜。言葉だけじゃよく分からないから、実演で教えてほしいとせがまれる。最愛の主の妹からのおねだりに、咲夜はもう大変なことになってしまって。
幸いにして、ことは未遂で済んだものの……ことの一部始終(やや誇張あり)を最愛の主・レミリアに見られてしまい、壮大な誤解をされたまま現在に至る。
それからというもの。レミリアは咲夜に一言も口も利いてくれない状態が続いている。
咲夜以外の相手だと普段どおり分け隔てなく振る舞ってくれるのに。咲夜に対してだけ、あからさまに避けている様子。
レミリアに構ってもらえず寂しさばかりが募っていく咲夜は、紅美鈴の部屋に夜な夜な押し入っては「おーよしよし」と慰めてもらう毎日だった。
あらすじおわり。
紅魔館のメイド長・十六夜咲夜は、連日の仕事がまったく手につかなくなってしまっていた。
不眠の夜の毎日。頭がぼーっとしていて、部下に指示を出している時もどこかうわの空で。
食器は壊してしまうし、歩けば柱や壁に頭をぶつけるし、なんでもないところで転んでしまうし、弾みでスカートの中身をフルオープンしてしまうし。
すっかり気落ちした咲夜の心は、穿いている下着のようにどこまでもブルーだった。
「ああ、ダメだ。私はもう、ダメなのよ」
覚束ない足取りで紅魔館の廊下をフラフラとさまよい歩きながら、ぶつぶつとうわ言のように呟いている咲夜。魂が抜けたようなその姿に、完璧で瀟洒と呼ばれた面影はどこにもない。
レミリアを泣かせてしまったことに、特に精神面でのダメージが大きかったようで。
とても『らしくない』彼女の姿に、部下の妖精メイドたちも心配そうに囁きあっている。「あらいけないわ。咲夜お姉さま、どうなさったのかしら?」と。
ふと曲がり角の蔭から誰かの視線を感じる。そこには咲夜にとって最愛の主・レミリアの姿があった。紅よりなお紅い真紅のジト目が、咲夜の姿をしっかりとらえている。
「お嬢様っ!」
レミリアの姿を見とめると、咲夜は一条の光に追いすがるように主の名を呼ぶ。だが主の名を呼んだ途端、レミリアはそっぽを向いてどこかに行ってしまった。
「そんなぁ……お嬢様ぁ……」
(……。まだ私、咲夜のこと怒ってるんだからね?)
がっくりと膝をついて力なく項垂れる咲夜を放置して、レミリアは心の中でそう呟くと、つーんとしたまま自分の部屋に帰っていった。
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レミリアの寝室。部屋の主が許した者以外の何人たりとも立ち入ることを許さない、永遠に紅い月の最後の領地にして完全なるプライベートルーム。
今夜もここには主以外誰の姿もなく、物音ひとつしない静けさに囲まれる中、部屋の主は独りそこに佇んでいた。
時間が経つことがこの上なく空白で、なお重いと感じる。
いつも隣にいてくれた咲夜。どんなときでもいつも一緒で、どんなわがままでも聞いてくれた。
家事も、掃除も、裁縫も、料理も、紅茶の腕前も、咲夜にかかれば超一流の腕前を見せてくれて。
寝る前になると、いつも絵本を読んで聞かせてくれた。
あの優しい声が耳に届くたび、ふんわりとした心地よさと胸踊るような思いに心が満たされていた。
どこに出しても恥ずかしくない、最高の従者、自慢のメイドだ。
その咲夜が、ここにいない。
咲夜のいない時間がこんなに寂しいものだったなんて。
まるで世界にぽっかり丸い空洞ができたみたいで。
「な、泣いてなんか、いないもん。だ、誰があんなやつのことなんか!」
妹のフランとあんなことをしていた。未遂で済んだとはいえ、自慢のメイドが大事な妹にちゅっちゅしようとしていた。
何でもない、何てことないと自分に言い聞かせているはずなのに。身体がちっとも言うことを聞いてくれない。
ぐじぐじと涙を拭っても、次から次へとあふれてくる。
フランと咲夜の一件以来、咲夜を遠ざけるようになってからというもの。レミリアはこんな調子の毎日を送っていた。
コンコン。扉をたたくノックの音がする。
ひょっとして咲夜かな……咲夜だったらいいなと、レミリアの脳裏に一抹の期待が浮かぶ。でも、寝室に訪れた来客は期待通りの相手ではなかった。
「お邪魔するわ」
主からの返答を待たずして扉が開けられた。部屋に入ってきたのはパチュリーだった。
普段着として着用している魔法衣とはちょっと異なる意匠のパジャマ姿。愛用の枕をむぎゅーと抱えていた。ノックの主が期待通りの相手ではなかったことに、レミリアはとても残念そうにしている。
誰とも会いたくない気分だったレミリアだけれど、紅魔館の主という立場上わがままを言うわけにもいかない。お姉ちゃんだから、もっともっとしっかりしなくちゃいけないんだから、と。
パチュリーは、ベッドの上で泣いていたレミリアと隣りあわせになる位置にゆっくりと腰かけるのだった。
「な、ナニしにやってきたのよ。こんな時間にお部屋にやってくるなんて、ふ、ふきんしんじゃない」
「ねぇレミィ。本当は咲夜のこと、とっくに許してあげてるんでしょ?」
「ば、バカいわないで。どうしてあんなハレンチな咲夜を許してあげないといけないのよ」
「心からそう思っているの? 本当に?」
「本当よっ」
「……本当の本当?」
「っ。本当の、本当なんだから!」
レミリアの隣に座ったパチュリーからの問いかけに対し、強情に言い切るレミリアを見てパチュリー。
「そうなの。いままで咲夜に遠慮してたからガマンを続けてきたんだけど、レミィがそこまで言うのなら、もうガマンする必要なんてないわけね」
「ガマン、してた……?」
「そうよ。この想いを隠し続けるのはもう大変だったんだから。本当のことを言うわ。私、レミィのことが欲しかったの」
「……えぇぇ!?」
パチュリーから意外な言葉を聞いて、レミリアは目を丸くする。
レミリアからの返事を待たず、パチュリーはレミリアに絡みついて、そのまま身体のいろんな場所を指先でくすぐっては悪戯をはじめた。
「ちょ、やぁっ。私は別にこんなことしたいわけじゃ……」
「愛しのレミィ。ひとつ質問するわ。私はレミィのことが好き。レミィは、私のこと好き?」
「ぱ、パチェのことはもちろん、す、好き……だよ?」
「じゃあ、ちゅっちゅ成立ね」
好き=ちゅっちゅ。証明終了。
とてもシンプルでわかりやすい理論だった。
いつになく強引で積極的なパチュリーを前に、レミリアの明晰さはすっかり為りを潜めていた。
「これからも私の好きなレミィでいてね? 大好きよ、ちゅっ」
さすがは知識の魔女といったところか。豊富にたくわえた知識を生かし、言葉巧みに語りかけ、妖しく微笑みながら、身体のツボを的確に責めてくるパチュリーを前に、レミリアはただ身悶える以外に術がない。
「やっぱり身体は正直さんね。私の指先ひとつでこんなにふるえちゃって、とても可愛い」
「やだやだ。どうしてこんなことするのよう!」
「レミィはお姉ちゃんなんだから、これくらいガマンしなさい?」
「うぅ……」
「ふふ、いい子ねレミィ。そういうところもまた可愛いわ」
姉としてのプライドを突かれると弱い。妹を持つ姉という矜持がもたげて、これくらいなんともないんだから! と片意地を張ってしまうからだ。
もちろんパチュリーは、そうしたことも全部わかった上でレミリアにちゅっちゅを迫っている。知識の魔女にとって、いまのレミリアを籠絡することなど難解な魔導書を紐解くよりたやすいこと。
「ねぇ知ってる? ちゅっちゅってね、お互いが好き同士ならいつかしなくちゃいけないことなのよ」
「そっ。そんなこと、ない、もんっ」
「だったら自分に嘘なんてつかないで。本当のことを白状しなさい」
「嘘……? 本当の……こと?」
「そうよ。つまりレミィは、咲夜のことが好きかどうかってこと」
「! あ、あんなやつのことなんか、知らないんだからっ」
レミリアがぶんぶんと首を振って否定するが、そんな彼女がムキになって意地を張るたび、パチュリーはここぞとばかりに執拗な責めを与え続ける。
これまでの反応を見て、レミリアに効くポイントは大体把握できていた。的確な指つかいに、レミリアの幼い身体はやがてじわじわ虜にされていく。
「ふぅん……じゃあ、レミィのことは私がもらっちゃうことになるけれど?」
「そっ、それはいやぁ!」
「じゃあ本当のことを言いなさい? レミィは本当は、誰のことが大好きなのか」
意固地になるレミリアを追い立てるように、パチュリーはレミリアの身体をくすぐり回す。
整体とマッサージ関係の本から得た知識をもとに、小悪魔のアドバイスを取り入れたテクニック。手練巧みに血行の良くなるツボばかりを刺激され、レミリアの身体がぽっぽと紅潮していく。
執拗に弄られ、弄りまわされ、自分が何をされているのかすら分からなくなる。
「っ。私は咲夜のことが大好き! 大好きだから、怒ったフリをしてただけなんだもん!!」
「よくできました」
限界寸前になるまで責め続けられて、レミリアはとうとう本心を吐露してしまう。
それを聞いてパチュリーは、やれやれと言いたげにレミリアを解放してあげる。
「だそうよ。咲夜?」
そう言って扉越しに向かって合図を送ると、部屋の入口の扉がゆっくりと開いた。
現れたのは咲夜だった。
「――お嬢様」
「咲夜……いまの話をずっと聞いていたの!?」
パチュリーにされていたあんなことやこんなこと。立ち聞きしていたことを責めようにも、しかし咲夜の表情は真剣そのもので。
咲夜は、幾晩も幾晩も考えて考え抜いて、それでも晴らせなかった想いをぶちまけた。
「お嬢様のいない毎日なんて、寂しくて死んでしまいそうでした。私にとって一番大切な方はレミリアお嬢様です。お嬢様のこと以外、何も考えられません!」
精いっぱいのカミングアウトを聞いて、レミリアの顔がスカーレットの瞳よりも紅くなっていく。咲夜もレミリアと同じく、こらえてきた涙が最愛の主を前にたまらずあふれでてしまい。
「「ごめんなさい!」」
「あれ……?」「えっ……?」
二人のそれはまったくの同時だった。ごめんなさいの言葉が見事にハモっていた。
時間能力を使ったわけでもないのに、二人の間を隔てる時間がほんの少しだけ静止したようだった。
そんな二人を傍で見ていたパチュリーがやれやれをして。
「これで分かったでしょ? あんた達はどこの誰が見ても相思相愛。紅白の巫女だって真っ赤になるアツアツのカップルよ。妹様との一件もただの事故。わかったのなら、さっさと仲直りしちゃいなさい」
レミリアも咲夜も、もうパチュリーの話など聞こえていなかった。
互いの目に映っているのは、お互いの顔だけ。パチュリーの影すらも最初から無かったかのようにシャットアウト。完全に二人だけの世界に入っていた。
本当にやれやれね、とパチュリーは呆れてため息をつく。
「じゃあ咲夜……仲直りの最初のお願い。この私に、ちゅっちゅの味を教えてくれる?」
「仰せのままに。お嬢様」
その言葉ひとつで、雲間から月が顔をのぞかせるように明るい笑顔になる。
えへへーと破願して、レミリアは咲夜の身体に抱きついた。そんな主の華奢な身体を咲夜は優しく受け止める。
いつもの威厳も瀟洒もどこへやら。
ギャラリーたちの目も憚らず、ちゅっちゅを始める主従カップルがここにいた。
「コホン。それじゃあ邪魔者は退散するわね。主従関係水入らず。たっぷりと仲睦まじいひとときを楽しみなさいな……こぁ、そんなところで覗きなんてやってないで、さっさと帰るわよ」
部屋の影から気配を殺しつつ、指をくわえながら様子を見ていた小悪魔をむんずと引っつかんで、パチュリーは部屋を出ようとした――まさにその時だった。
その場に居合わせた誰もが目を剥くような爆発音と衝撃が響きわたった。
せっかくケンカしていた二人が、元の鞘に納まるがごとく仲直りできた……はずだったのに。
いい空気だったのに、
その印を立てようと全力まっしぐらだった真っ只中に、
空気を読まず紅魔館に特攻をぶちかましてきた闖入者の姿があった。
「痛ててて……美鈴のやつ、もうちょっと手加減してくれよな」
レミリアの部屋の壁を突き抜けて現れたのは霧雨魔理沙。
どう考えてもこの場と空気にそぐわない、招かれざる黒白の魔法少女だった。
一同の注目を浴びる魔理沙は、てへっ☆ と擬音が聞こえてきそうな声でその場を誤魔化そうとしていた。壁は木っ端微塵に破壊され、外の景色が丸見えになってしまっている。
今夜はいちだんと月の綺麗な夜だった。
「魔理沙……あんたってやつは……」
咲夜の拳が光ってうなった。コランダムのような青赤の瞳、いや魔眼邪眼の類だった。サファイアのように蒼かった瞳の色がルビーのように真っ赤に燃えあがる。
どこから取り出したのか、無数の銀ナイフがギラリと光を放つ。
「咲夜さん! お取り込み中のところすみませんが、侵入者の撃退にご協力を!」
遅れて門番長・美鈴が現れ、魔理沙を倒す協力をと申し出た。
ぷるぷるぷる。般若のような形相の咲夜だった。今日この日のためにどれほどの心血を注ぎ、どれほど身を削る思いをしてきたのか。
それは当然のことだ。敬愛する主のために念入りにやってきた身体のお手入れ、身だしなみ、勝負パンツだってバッチリ決めてきたのに。
にもかかわらず。そのすべてを、あの黒白によって一瞬で台無しにされたのだから。
こいつだけは。
この黒白だけは。
「言われなくても! おのれ魔理沙あぁあぁああぁああ!!」
「ちょっ、おい。お前ら、待てって、うわあぁああぁあぁぁぁ…………」
こうして魔理沙は紅魔館の精鋭二人の手によって、幻想郷の裏側まで全力で追いかけ回される羽目になった。
かたや龍。かたや般若。気脈と時間を操る能力者を前にして逃げ果せる術はきっとない。多分ない。
……そして魔理沙がどうなったのかは、語るまでもない。
「ばかばかばかばか~っ!」
部屋にぽつんと取り残され、お預けを食らったレミリアは、ひとりですんすんと泣いていた。
ごちそうさまでした、いいぞもっとやれ!