バレンタインです。
古くはローマ皇帝の時代に聖ウァレンティヌスさんが、ええと、思い出せませんが、つまりはラブい記念日ですね。
忘れたんじゃないですよ。うっかり思い出せないだけですよ。
なんにせよ、私とナズーリンにとっては、お互いにチョコレートを渡しあって、気持ちを確かめあう日です。
ぶっちゃけ、完全に乗り遅れているので、ちょっと気がひけています。
ともあれ、やはりお菓子づくりは奥が深い。
こういうものは日々の研鑽が大事ですが、そもそも私たちは仏門の徒ですので、ばてれんのお菓子には縁遠かったりもします。
そんなわけで、私はほてほて歩いてお寺を出ていきました。
八意永琳さんの主催する手作りチョコレートナイトメア山篭り合宿に参加するためで、これに参加すると、恋人を喜ばせる最高のチョコレートができあがると言います。
(私たちはもう結婚しているから、恋人、というのも何か、気恥ずかしいですけどね)
なんて思いながら歩いていたら、うっかり道を間違えて白玉楼に迷いこんでしまって、エクトプラズム妖夢さんに不審者と間違われて斬られそうになりました。
◆ ◇ ◆
「胸の大きくなる薬をください」
「ありません」
合宿所の大きなキッチンでチョコレートを削っていると、紅魔館のメイドの咲夜さんと永琳さんが、なにやらもめている声が聞こえてきました。
それほど大きな声ではありませんでしたが、咲夜さんの方は、なんだか切羽詰ったような調子でした。
(お乳の悩みですか)
作業を続けながら、耳を傾けて声を聞きます。
永琳さんはその名も高き竹林の賢者で、公式テキストでありとあらゆる薬を作る程度の能力と書かれていますので、きっとお乳を大きくする薬も作れるでしょう。
お乳の小さい人の気持ちは、私にはわからないですが(私は大きいですので)、心からそれを願っていて、また解決する方法があるのなら、それに頼るのも悪くはないんじゃないかな、と私は思います。
外の世界では、見かけの大きさを求めるあまり乳房に異物を入れるのが流行っているとも聞きますし、そんなことをするよりは薬でどうにかなるならそちらの方がましではないでしょうか。
考えながらも休みなくチョコを削っていると、ボウル二杯分くらいになりました。ですが、まだまだ足りません。できれば、浴槽がチョコでいっぱいになるくらい溶かしたい。そしてナズーリンをそこに入れてチョコごと舐めまわしたい。
そうしていると、青い髪に桃のついた帽子をかぶったお嬢さんが、剣を振り回しながら私の横を駆け抜けていきました。
「胸の大きくなる薬をよこしなさい」
「ありません」
どうやらあのお嬢さんも、同じ目的だったみたいです。たしか、天人のお嬢さんでした。
チョコレートは作らないんでしょうか。
しばらくの間、静寂がキッチンを包みましたが、ややあってちょっと洒落にならないくらいの爆発音が聞こえてくるようになりました。
さすがに作業の手を休めて、永琳さんたちの方を見ると、ナイフとか岩とかアポロ13号とかが乱舞してキッチンをぼこぼこに破壊している最中でした。
「ひゃわぁぁぁぁぁ」
「あら、猫さん」
一匹の猫が、戦場と化したキッチンの弾幕の雨の中を逃げまわっています。
えっと、たしか八雲さんのところの、橙ちゃんでした。
私は虎ですので、種族的にとても親近感がわきます。
私は橙ちゃんをひょいとつかまえて、抱き上げてあげました。
「大丈夫ですよ。ここにいれば、宇宙船は落ちてきませんよ」
「う、うん、ありがとう」
橙ちゃんは涙目でしたが、それでもきちんとお礼を言うと、にっこり笑いました。
可愛い。はじめて会ったころのナズーリンのようです。
私はときめきを感じました。もちろん、ナズーリンはずっとずっと世界一可愛い女性ですが、でも何か、長年付き合っているうちにリミッターが外れたというか、自らの情欲に対して常識を振り返らないところが出てきたようで、仏門に帰依するものとしてはまずいのではないかと、近頃ちょっと思っているのです。
ぎゅううと抱きしめてしまったら、お乳の谷間に橙ちゃんの顔が埋まって、苦しくさせてしまいました。
「あっ、ごめんね」
「ぷはあ。ううん、藍様で慣れてるから、大丈夫です。でも、すごい。とらぱい、ジャスティス」
「はあ」
橙ちゃんもすぐに大きくなりますよ、と言うと、咲夜さんと天人のお嬢さんが、ギラリとした目でいきなりこちらを振り向きました。
この上ない殺気にさらされて、私は思わずふところから宝塔を取り出しかけました。
そのとき、
「隙ありっ」
と言って、八意先生が後ろから二人を射ぬいてくれました。
後頭部から額に抜けて矢が貫通しましたので、丈夫なおふたりも、しばらくは立ち上がってこないでしょう。
ちなみに宝塔はありませんでした。たぶん、部屋においてきたんだと思います。帰ったら探しましょう。
◆ ◇ ◆
「だいたいね、胸を大きくする薬なんて、飲んだところで効果は一時的なもので、あとあと虚しくなるだけなのよ」
数分後、起きてきた咲夜さんと天人さんをなんとかかんとか蜘蛛の蝶を捕獲する法、といったスペルカードで縛った上で正座させて、永琳さんはお説教をはじめました。
普段からナズーリンや聖のお説教を聞き慣れている私が聞いても、とても立派なお説教だと思いました。さすが竹林の賢者といったところです。
咲夜さんと天人のお嬢さんは、歯を食いしばってお説教を聞いていました。
はて、そういえば、私はあのお嬢さんの名前を知りません。
ここでお会いしたのも何かの縁。狭い幻想郷のことです、友人を作っておいて、損はないでしょう。
私はそばへ寄ると、お嬢さんに名前を尋ねました。
「何よ。比那名居天子、よ。友達になってよ。あっ、別に私が友達がいないってわけじゃないんだからね。いっぱいいるわよ。衣玖とか。ええと。とにかく、あんた私の友達になってもいいわよ」
「よろこんで」
しゃがんで目線を同じくして、微笑みます。
天子さんは顔を赤くして、そっぽを向いてしまいました。
照れ屋さんみたいです。
咲夜さんにも声をかけました。
「咲夜さん、ここでお会いできるとは思いませんでした。あなたとは良縁があるみたいですね。ふふ、お互い、想い人に素敵なチョコを贈れるように頑張りましょう」
「しろいー、マットのー、ジャーングールーにー」
「咲夜さん」
「うっさい、死ね。このとらぱい。この萌え萌え山月記。明和スライディング部隊」
永琳先生が、ビール瓶みたいなものを大きく振りかぶって咲夜さんの脳天に叩きつけました。
瓶は粉々に砕け散って、キラキラした破片になりました。
ギャグものですので、安心していましたが、ほんとうに大丈夫なんでしょうか。
「それにしても」
椅子に座って足を組むと、永琳さんは指をあごにあててなにやら考えはじめました。
咲夜さんと天子さんは服が破れていたりしてぼろぼろなのに、永琳さんには汚れひとつついていません。そも、宇宙船を降らせていたときから、彼女には一切の動揺が見られませんでした。眉ひとつ動かさずに人の脳髄を射ぬいていたのです。
さすが竹林の賢者、大物だなあ、と私は思いました。
「そんなに胸を大きくしたいのかしら」
「したいのよ!」
「したいわ!」
「したいです!」
答えたのは、三つの声でした。
私は驚きました。
咲夜さんと、天子さんと、そして橙ちゃん。
「橙ちゃん、あなたまで」
永琳さんも、これには驚いたようでした。
「えへへ……だって、藍様も紫様も、とても大きくて、立派なんです。ああいうふうになりたいです」
「でもねえ」
成長すれば大きくなるでしょうに、瞬きのような時間さえ、子どもは待てないのかしらね。
と言いながらも、永琳さんは考え込んで、結局奥から小さな瓶を持ち出してきました。
ドリンク剤くらいの大きさで、四つあって、ラベルが貼られていないので、何の薬かは知れません。
調理台の上にとんとんとそれを置くと、永琳さんは説明をはじめました。
「あなたたち四人に、それぞれひとつずつ選ばせてあげるわ。
ひとつは、お望みの胸が大きくなる薬。
ひとつは、成長する薬。橙ちゃんが飲めば、だいたいうちのうどんげくらいの年齢になるわ。
ひとつは、媚薬も兼ねた強力な惚れ薬。意中の相手に飲ませなさい。
最後のひとつは、秘密よ。でもこれがいちばん手間がかかっていて、私好みの効果があらわれます」
私はぽかんとしながら、私を除く三人はギラギラした目で、その話を聞いていました。
危なそうなことこの上ないですが、それでも、ひとつひとつが私たちの古来よりの夢を体現した代物です。
最後のひとつはどんな効果なんでしょうか。
「寅丸さん、どう? あなたにはどれも必要のないものだろうけど、参加するかしら。こちらとしても、ただで渡すのは面白くない。どうせなら楽しませてもらうわ」
と言って、くすくすと笑います。
銀色の髪が星の輝きのようで、髪よりも濃い色の瞳には青色が少し混じっています。それは小娘のいたずらっぽさと、大人の妖艶さを併せ持っているようで、賢者とは思えないほどのあけすけな笑顔には、奥底に魔力を秘めているような、不思議な魅力がありました。
私は思いました。やはり、お寺に閉じこもっていないで、外に出て活動するのは大事なことです。いろんな人の、様々な面を見ることができます。
それから、この人はこんな感じで人生の大事な場面を間違ってきたんだろうなあ、と思いました。
「うーん」
考えます。
私が薬を使うとしたら、チョコに混ぜて、ナズーリンに食べてもらうでしょう。すると、どんなことが起きるでしょうか。
シミュレーションしてみます。
……
1.ナズーリンの胸が大きくなった場合
→うおーーー!!! たぎるぜぇぇ!!!
2.ナズーリンが大人になった場合
→うおーーー!!! たぎるぜぇぇ!!!
3.ナズーリンが惚れ薬を飲んだ場合
→うおーーー!!! たぎるぜぇぇ!!!
4.ひみつの薬の場合
→うおーーー!!! とにかくたぎるぜぇぇ!!!
……
(問題無いですね)
あらゆる可能性を想定しましたが、輝かしい未来しか見えませんでした。
私はうなずくと、参加の意を表明しました。
それぞれ、じゅうぶんに検討して(といっても中身を知りようがないので、運任せでしかないわけですが)、思い思いの瓶を選びます。
私はチョコレートケーキを作って、それに瓶の中身を混ぜました。浴槽ナズーリンチョコフォンデュは、よく考えるとエッチすぎて規約的にアウトかもしれないので、別の機会にしましょう。
◆ ◇ ◆
「さすが、ご主人だね。とても美味しそうだよ」
「うふふ」
チョコレートケーキを渡すと、ナズーリンはにっこり笑って喜んでくれました。
小さな体を仕事の誇りでいっぱいにして、いつも少し気取ったようにして感情を隠しているけれど、その実、ほんとうは誰よりも感情が豊かで、優しくて、賢くて、可愛い女性なのです。
私はたぶん、ナズーリンがいなければ、ちょっともやっていけないでしょう。
ナズーリンが作ってくれたチョコレートを見ると、私は天地がひっくり返るほど驚いてしまいました。
詳しくは、作品集137『ナズーリンのバレンタイン』をお読みください。
その夜、私たちは同じ布団に入りました。いつもってわけじゃないですけど、やっぱりこういう日は、そうするもののような気がするのです。
ナズーリンは顔を赤くして、息を荒くしていました。
「ご、ご主人」
「はい……」
ナズーリンがそんなだと、私もよけい、恥ずかしくなってしまいます。
「ち、違うんだ。な、何なんだ。体が熱い。あと、かゆい。関節が、痛い。ちょっと、ごめん。どうなっているんだ」
見れば、顔といわず全身が赤くなって、汗をかいています。額に手を当てると、火のように熱くなっていました。私はおそろしくて、心臓が跳ね上がって止まりそうになりました。
「ナズーリン、ナズーリン! しっかりしてください、すぐ、聖を呼んできます!」
「いや、いや、一人にしないで」
私はナズーリンを、しっかりと抱きしめました。
ごりっ。
私のお腹に、なにやら、固いものが当たりました。
はて。
こんな感触は、はじめてです。
「ナズーリン、ちょっと、調べますよ」
「えっ」
私は手早くナズーリンを脱がせると、私とお揃いのパンツまで一気に引き下ろしました。
すると、中から驚くべきものが出てきたのです。
私もナズーリンも、それを見て、たっぷり十分間は固まってしまいました。
その間もそれは固まっていました。
ようやく、声を出せるようになると、
「こ、これは……」
「わ、わ、私の股間に、ち」
「ナズーリン!」
「……」
「……」
「私の股間に、大きくそそり立ったみすてぃあが!」
ふう、危ないところでした。
こんなこともあろうかと、事前に二人の間で通じる隠語を決めておいて良かった。
今ひとつ、把握できていないのですが、規約に触れるのは本意ではありません。
「何だって言うんだ! いくらチンコをみすてぃあと言い換えたからって、問題は何も解決しないじゃないか!」
「そうですねえ」
いつも冷静なナズーリンが、人が変わったように取り乱しています。
何事も、はじめての経験というのは勝手がわからないものです。
私とて、股間からみすてぃあが生えてしまったら、どうなるかわかりません。
「ナズーリン、とにかく、チンコをしまいなさい。どうやら永琳さんの薬が原因のようです。夜も遅いですが、しかたありません。ひとっ走り行って、中和剤をもらってきましょう」
「待て」
飛び出そうとした私を、ナズーリンが服をつかんで止めます。
最初の驚きから解放されて、多少落ち着いたようですが、目が据わっていてちょっと怖いです。
「心当たりあるんだ」
「ええ。私のチョコに、合宿所でもらった怪しげな薬が入っていたのです。申し訳ありませんでしたね、すぐに何とかしますので」
「治るの?」
「はあ、まあ、一時的なものだとは言っていましたが」
「そうなんだ」
「ええ。大事にはなりませんよ。では、行ってきます」
「待ってよ」
「はあ」
「……」
「……」
「ねえ、ご主人」
「はい」
「私、ずっと夢だったの」
「え」
その夜、私はあらんかぎりの声をあげました。
◆ ◇ ◆
後日、あの合宿の参加者の皆さんからお話を聞くと、何やら紅魔館のお嬢様がグンバツのレディーになって、永江の衣玖さんが松山せいじ先生の漫画に出てくるようなツインウェポンを装備したとのことでした。
皆さん、自分で飲まないでチョコに入れたんですね。
咲夜さんと天子さんは、泣き笑いのような表情になっていました。
橙ちゃんにも話を訊こうとすると、橙ちゃんはふう、と吐息をついて、物憂げな瞳で窓の外を見つめます。
「はじめてが二人がかりなんてね……」
とつぶやいたようでしたが、私は仏門の徒なので、聞かなかったことにしました。
「チョコが溶けるほど熱くなったんだね」
と、ナズーリンが嬉しそうに言うので、めったにしないことですが、主人としてたしなめておきました。
そう夢見るような瞳をされると、こちらも恥ずかしい。
私は後ろ手で腰をとんとんと叩きながら、永遠亭に向かいました。今度は代金を払うつもりですので、お財布には財宝をたくさん入れてあります。
さて、あの薬、在庫はあるんでしょうか。
~Happy End~
そんな気分。おもしろかったです。
アウトと言うなら、ここだけはアウトかなあと。
それはそれとして、グンバツレディーレミリアや、ツインウェポン衣玖さんの話も是非。
作者よ、本当に何があったんだw
それはそれとして、是非おぜうSideと衣玖さんSideも見てみたい
橙は…夜の方がいいだろうか
じゃねぇよwwwwwwww
おたくの魚住は凶暴ですね
笑わせてくれてありがとうございます。
うおーーー!!! たぎるぜぇぇ!!!
せめて一文字伏せよう。
・・・減点分の10点が欲しければ、紅魔館sideを書く作業に戻るんだ!
ねずみ は おおかみ に しんかした!
直接的な描写がなければ個人的にはセーフ・・・だと思います。
ただ自分はふたなりが苦手なので注意書きが欲しかったです・・・
この毘沙門天代理欲が駄々もれである。
なんやかんや言って皆自分に薬を使わないあたり、相手のことが一番なんだな
いい星ナズです(そして相変わらずの下ネタ)