迷いの竹林。
幻想郷で有名なスポットの一つ。
竹林を抜けた先には永遠亭と言う屋敷が存在し、腕利きの薬師から、永遠を生きるかぐや姫、月の兎や因幡の白兎など、世の理を超越した存在が雁首を揃えている。
尚且つ、まれにだがミスティアなる夜雀の妖怪が八つ目ウナギの屋台を営んでおり、付近ではホタルの妖怪が友や眷属を引き連れて跳梁している事が多いと言う。
妖怪の山程ではないが、バラエティに富んだラインナップであり、当然危険度は高い。
その為、何がしかの用事がある場合は――ほぼ医療に関する事であるが――案内人が必要である。
人里から得られる情報は、大体この様な物と考えて相違無い。
命蓮寺の境内で、聖が檀家から譲り受けたと言う『幻想郷縁起』のチェックを終え、ナズーリンは出発の準備を始めた。
他の仲間が動ければ良いのだが、命蓮寺の人員は他の業務に忙しい。
例えばムラサ船長は幽霊とは言え、元人間であるから、人里で食料品、日用品の調達及び檀家との繋ぎ等に走り回っている。
寅丸星は毘沙門天の代理人(妖?)なので、寺を離れる訳にはいかない。
雲井一輪や雲山等は地霊殿に、寺院を建てた事について挨拶回りに出かけているし、しばらくは帰ってこないだろう。
最近住み着いた「ぬえ」と言う妖怪は新参の癖にちっとも働かず、あっちをフラフラ、こっちをフラフラ、放蕩三昧である。
となれば彼女にお鉢が回ってくる。どうやら面倒な仕事はナズーリンの役目と相場が決まっている様だった。
これから彼女は、妖怪の巣窟に踏み入って薬師を連れて来なければならない。
迅速に、確実に。
聖白蓮は病に伏せっていた。
命蓮寺の象徴である魔法使いでも病気には勝てないらしいが、ただの風邪等で無い事は、見ればわかった。
星の話では、一見しただけで、明らかに異常が見て取れるらしい。無残な状況、とも言っている。
見舞いの一つでも、と考えたが、感染る病だとしたら危険だと、星が面会を謝絶した。
彼女はもしかしたら命に関わる病やもしれぬと考えているらしく、直接薬師に見てもらおう、と言う事になった。
それで治らなければ絶望的なのだが、噂によれば竹林に住む薬師の腕前は相当な物らしく、彼女に診てもらえるならば大抵の病はたちどころに治療してもらえるとの話だった。
ならば、人間の医師や薬師より評判の高い竹林の薬師を連れて来るべきだ、と言う結論に至り、先の事情からナズーリンがその役目と相成ったわけである。
ただし問題もあった。
無事に薬師を連れて来れるかどうかが、心許無いのである。
ナズーリンも並の妖怪や妖精にひけをとるつもりは無いが、出会う度に例の決闘ルールで闘っていては時間がかかりすぎるし、何でもありとなったら出てくる妖怪の数や強さにもよるが、最悪自分の命すら危うい。
幻想郷はただ空を飛ぶだけで妖怪や妖精に出くわす様な土地柄だから、妖怪の巣窟に足を踏み入れるとなれば、最早遭遇しない方が難しい。
何か方策は無い物かと考えた結果、幻想郷縁起にも記述されている案内人が頭に浮かんだ。
となれば話は簡単である。案内人の住まいは定かではないが、寺子屋の教師が顔見知りだと言う事位は聞いている。
ともあれ、ナズーリンは寺子屋を目指す事にし、地面を蹴って日も暮れつつある空に舞った。
寺子屋には既に子供達は残っていない。
本日の講義は既に終了しているらしかった。
その付近に帽子をかぶった女性を見つけ、ナズーリンは声をかけた。
「もし?」
外で戸締りを確認していた女性、上白沢慧音は振り返り、声の主がいない事を確認し、今度は中空を見てその姿を確認すると、警戒心を露にした。
既に空は赤く染まっている。この時間帯はこちら側とあちら側の境界が曖昧になる、時の狭間なのだ。
「あなたは妖怪だね? 私に何か用かな?」
「私はナズーリンと言う。見た目通りの妖怪だ。君は寺子屋の女教師殿だね? 頼みがあるのだが、時間はあるかね?」
初対面だと言うのに、何と言う遠慮の無さか。
それとも、聖の病はそこまで酷い物なのか。
ともあれ、礼儀や言葉使いに気を配っている余裕がナズーリンには無かった。
それが慧音に――妖怪だからと言う事もあるだろうが――警戒心を与えた理由だろう。
最も、慧音が『女教師』と言う表現が余り好きではなく、少し気分を害したのもあるかもしれない。
『女教師』と言う表現だと、何か劣情が湧き上がって来るわね、と隙間妖怪に言われた事があると言う理由だが。
最も友人には「事実なんだし良いんじゃない?」と言われた。
「私は上白沢慧音と言う。明日の講義の予習と準備をせねばならん。そんなに時間は取れない。勿論、あなたの目的如何では拒否させて頂く」
容貌や口調等を鑑みるに、肩書き通りの実直な教師のようだ、とナズーリンは思った。
だが、馴れ馴れしかったり、逆に排他的であるよりは圧倒的にやりやすいと言う物だ。
宝塔を手に入れた時は、飄々とした、何を考えているのかよく分からない道具屋の店主が相手で、交渉は難航し、尚且つかなりの金銭をふっかけられた。
その時の損失は、星が受けた喜捨から補填してくれたのだが、もしナズーリンのポケットマネーからの支出となっていたら、毘沙門天本人に直接交渉して、星の監視の配置換えをお願いしただろう。
「なに、時間は取らせない。ほんの少しで良い。竹林の薬師に面会したいんだ。ただ、私一人では不安でね。案内人とやらを頼ろうと思い、やって来た次第だ。些少だが礼金も払う」
ふわり、と地面に降り立ちながら、ナズーリンは慧音に用件を伝えた。
彼女に拒否されたら本当にたった一人で竹林を攻略せねばならない。
口調こそ尊大だが、彼女も必死なのだ。
こんなに彼女が焦らされる案件は、寅丸星が『宝塔』を無くして以来だろうか。
あの時も正直、頭が痛くて仕方なかったが、今回は聖の命は勿論、自分の命もかかっている。
頭は勿論、心臓まで握り絞められているような気分だ。
金を払うとまで言われ、慧音は彼の妖怪は本当に案内を求めているのだ、と言う事を察し、こう言った。
「薬師が必要、と言う事は病人か。竹林は本当に危険だ。君も妖怪ならわかるだろう?医術の心得がある者は里にもいる。それではダメなのか」
「或いはそれでも構わないのかもしれない。だが、仲間は聖の容態を見て、一刻を争うものだと判断した。ならば幻想郷で一番と名高い、竹林の薬師に会いたいと思うのは当然の帰結では?」
慧音は聖、と言う名を聞いてようやく彼女が何者か、と言う事に思い当たった。
先の未確認飛行物体改め宝船騒ぎにおいて、それは終息に至った時、宝船が再び上空に現れ、地上に降りて寺に姿を変えたと言う。
博麗の巫女や白黒魔法使い、守矢の風祝は、危うく魔界に閉じ込められる所だった、と宴会の席で話していた。
「と言う事はあなたは命蓮寺の? 人と妖怪に分け隔てなく接し、改宗も請け負っている尼がいると聞いたが…」
「察しの通りだ。聖は私達の恩人であり、希望でもある。彼女は、今死んではならない人間なんだよ」
「本当に妖怪と同居しているんだな…分かった、妹紅の自宅はこっちだ。ついて来ると良い」
慧音はそう言うと、ナズーリンを伴って人里の外れ、迷いの竹林に程近い所に存在する家を訪ねた。
「これは何とも」
失礼だとは思ったのだが、思わず声に出た。
案内人が住んでいると言う所は、家と言うよりは粗末な小屋だった。
空から見る限りでは廃屋以下にしか見えず、マタギが山に入る時に使う炭焼き小屋、と言われても違和感は無い。
家の横に置いてある屋台が、また何とも言えない異様な雰囲気を醸し出している。
その言葉が耳に届いたのか、慧音は苦笑して言った。
「人里に空き家があるから引っ越すか、さもなくば私の家に住め、と常々言っているのだがな。あいつは人付き合いが苦手だから、仕方無いと言えば仕方無いのかもしれん」
「…それはそれは。それで、あの薪割りをしている女性がそうなのかね?」
「ああ、彼女が竹林の案内をやっている。生業、と言う訳ではないが、失ったものを取り戻す作業の一つなのだろうね」
「なるほど」
慧音の語った内容は良く分からなかったが、聞くと長くなりそうだし、何より時間が無いので適当に同意しておいた。
この辺りの柔軟性が先の宝船騒ぎにおいて、博麗の巫女と交戦しておきながら、無事に寅丸星に宝塔を届けると言う超難題を成し遂げたナズーリンのクレバーさの一端である。
行住坐臥こんな感じなので、クレバー、と言うよりは素の性格かもしれないのだが。
事実、ぬえから「あんたっていつも冷めてるよねー。実は星の事もどうでも良かったりとか?」等と言われた事が幾度かあった。答えとしては半々である。確かに仕事だから、と言うのには違いないが、同時に長い付き合いで、この主人は自分が見ていないとまずい、と言う気持ちも持っている。しかし、星も仲間達も、聖を助け出してから随分と腑抜けてしまった。
幻想郷の人間が予想以上に妖怪に慣れており、好意的な者まで存在する、と言うのがあるだろう。
しかし、地底に封印される仲間、苦汁を飲んで毘沙門天の代理として働き続ける事を選んだ星。それらの一部始終を全て目撃していたナズーリンは、妖怪と人間が仲良くしているのもそれはそれで何とも言えない居心地の悪さがあった。
自分だけが世界から取り残されているような、苦しいような、悲しいような、焦りの様な、形容し難い気分を、誰にも相談せずに抱えているのである。
ともあれ、慧音が地面に降り立ったので、ナズーリンもそれに倣った。すると竹林の案内人であると言う女性、藤原妹紅は仏頂面で話しかけてきた。慧音が見ない妖怪を連れているのを訝しんでいるのだ。
「何だ、慧音か。おかしな奴を連れているようだけど、何か用かしら」
「ああ、彼女が永遠亭に案内を頼みたいそうだ」
妹紅がナズーリンを一瞥すると、ナズーリンは一礼し、用件を伝えた。
「へぇ、宝船の尼さんの所の妖怪だったのか。噂は聞いてる。でも正直、この時間帯に竹林は危ないよ? 妖怪だから大丈夫なんて事はない」
「それは重々承知しているつもりだ。そこを何とか」
「いや、別に断るつもりは無いのよ。危ないけどそれでも良いの?って確認しただけさ」
「構わないよ。急ぎなんだ」
「急ぎって、決闘する時間も惜しいの? 危険な相手に出会ったら、スペルカードルールで無理矢理一対一にでもしないと、護衛を務め切れる保証は無いよ」
「ああ、そこは気にしないでくれたまえ。自分の身は自分で守る。あなたに案内を頼むのは確実性を増す為と、迷わない為だね。しかし…その」
ナズーリンが妹紅を見て不安に思った事が一つだけある。
どう見ても人間なのだ。それも博麗の巫女や白黒魔法使いの様な特異性も無さそうな、並の人間にしか見えない。
「ああ、私みたいな人間が本当に案内をできるか不安なの?」
「いや、それは、まあ」
さすがにストレートに聞かれては返答に困る。
しかしその返答に対する答えは、彼女の想像の上を行っていた。
「大丈夫。私、人間じゃないし」
「は?」
他に言い様がある物か。
例えばだが、知り合った人間にいきなり「自分は、かめはめ波が撃てる」等と聞いたらどんな返答ができるだろう。
それこそ間の抜けた返答をするか、つまらない冗談として黙殺するか。或いは笑い飛ばして、その話は斬って捨てるか。
ナズーリンは前者の様である。
彼女の様などう見ても並の人間が、竹林の案内人兼護衛などができるのは、隠された秘術が使える、とか実は忍者の末裔だとかそう言うまともな理由かと思ったが。
私は人間じゃない、と来たものだ。
普通の人間じゃない、と言う比喩でも無かろう。それならもっと言い方がある。
それを聞いた慧音は咎める様な口調で妹紅に、
「妹紅、まだそんな事を言っているのか。お前は人間だ、間違い無く」
と彼女の言を否定した。
「確かにその通り、私は人間。でも人間とは違う。どちらも、ちゃんと受け入れようと思っているだけなんだよ。怒らないでくれ」
「しかし投げやりになっている様にしか聞こえなかったぞ」
「そんな事は無い。いつぞやの隙間妖怪が言っていたでしょう。幻想郷は全てを受け入れる、と。郷に入っては郷に従え。私も全てを受け入れて生きてみよう、と。そういう事」
慧音は、それを聞いて「……もっ、妹紅、成長したなあ」と言いながら涙ぐんでいる。
相当複雑な事情が妹紅にはある、とナズーリンにも推察できたが、これは部外者が口を出せるような問題では無さそうだ。
その後、妹紅は慧音と二言三言を交わし、ナズーリンに向き直った。
「よし、それじゃあ出発しましょう。待たせて済まなかったね、ナズーリン殿」
「殿、は結構だ。敬称はくすぐったくて適わない。藤原さんこそ、話の方はもう良いのかね?」
「ああ、もう話は終わったよ、ナズーリン。これで良いのかな? 慧音も明日の仕事に差し支えるから。帰りに気をつけてね」
「わかっているとも、私も妹紅の武運長久を祈ってるよ」
慧音が立ち去ろうとする所に、ナズーリンは尻尾に吊るしているカゴから財布を取り出し、急いで声をかけた。
「ああ、上白沢さん、これはお礼だ」
「いや、それは結構だ、ナズーリン殿。ただ道を教えただけで金を取る奴なんていないよ」
「いや、これは単に私の気が済まない、と言うだけだ。君が恩を売ろうとしている、等と思っている訳ではなく、私の個人的な主義なんだ。借りたり、貸したりするのは好きではないのでね。後で藤原さんと美味い物でも食べると良い」
そこまで言うなら、と慧音は少々の金子を受け取り、藤原邸(?)を後にした。
既に夕日は沈む寸前だ。これからは本格的に妖怪変化が跳梁を始める時間帯である。
そばに見える竹林は暗闇がわだかまるばかりで奥の様子を探る事もできない。
常人なら足踏みをする場面だが、妹紅はさして気にする事も無く歩みを進めていった。
「まず最初に言っておくよ。絶対に私から離れないように。ヘタすると、遭難する羽目になるからね」
「それは怖い」
大して恐ろしく無さそうな口調でナズーリンが言うと、妹紅は苦笑し、他の注意点を促した。
不自然な闇には近づかない。音が消えても慌てない。歌が聞こえて来たら速やかにその場を離れる。
迂闊に飛ばない。妖怪兎に声をかけられても信用しない、等々。
「やれやれ、覚悟はして来たが、注意する点が多すぎるな。これはしめてかからんと」
「それだけ危険って事よ。まあ、大抵の奴なら、私が即追い返すか滅する。妖怪も自分の命が大事だから、滅されるまで突っかかってくるとは思えないけど」
物凄い自信だ。
妹紅は今まで竹林についての話、ナズーリンや襲ってくる妖怪の命等について言及したが、一番大事な話をしていない。
自分の命の話である。
もし自分がやられたり、死んだなら、と言う点についてはまるで言及していないのだ。
慢心だとかそう言った類でも無く、あくまでも自然体のまま。
そもそも自分で「自分の命が一番大事」と言っているのに自分の命を無視して話を進めている。
それは妖怪に限った事ではないのだ。人間だって同じくらい、或いはそれ以上に自分の命を大事にしているはず。
(藤原妹紅の実力はそこまでの物か。それとも?)
竹林の中に存在する風雅な屋敷はそこに棲む者達を示しているのか、永遠亭と呼ばれている。
広い敷地の中にある庭園は、海や磯を模した造りで海景描写が多く、現代の庭園ほどの美しさ程ではない物の、屋敷の主の風格を克明に表していた。
永遠亭の庭園は現代における日本庭園のルーツとも言うべき造りなのである。
偶然か必然か、日本庭園には、蓬来式枯山水庭園等と言う名称の庭が存在すると言う事を知ったら、永遠亭の主はどんな顔をするだろうか。
そんな歴史の一部を切り取って存在しているようなこの永遠亭に、現在不穏な空気が流れている。
最も、屋敷の主、蓬莱山輝夜は、そんな事は微塵も気にした様子は無く、いつもの様に菓子等をつまみつつ、因幡の白兎と遊びに興じていた。
その空気が、おかしな事が起こっていると言う合図だったとしても、永遠を生きる者にはそんな事は些事でしか無いのである。
「古今東西!」
「イェーイ!」
「『胸の大きい人』!」
「小野塚小町!」
「はい誤答よ、てゐ。
私は『人』と言ったのよ」
「汚ぇ!」
山の手線ゲームである。
以前は物合わせ、双六、石投(いしなご)や雛(ひいな)遊び、銭打ち等、お姫様らしい遊びをしていた。
しかし輝夜が永い時間を過ごす間に、試行回数は膨大になり、最後にはどうすれば勝てるのか、文章にしたら数冊の本にまとめられる程に極めてしまった。
文々。新聞にも、遊びの話題が出た時に輝夜の話が寸評として掲載される事がある。
要するに、誰と遊んでも完勝してしまい面白く無いのである。
幾度目かの宴会の折、隙間妖怪に何か新しい遊びが無いものか、と相談した所、いくつかの遊具や、書を進呈してもらったり、手ぶらでできる遊びを教えてもらった。
ボードゲーム等にもハマっていたのだが、『ジュマンジ』と言うボードゲームで遊ぶに至り、明文は避けるが、凄惨な事態が起きた。
薬師、八意永琳は怒り心頭で輝夜を説教し、隙間妖怪に会わせろ、と博麗神社にカチコミをかける寸前まで行った。
それ以来彼女はボードゲームには触っていない。
「姫様、良い加減に私の話を聞いてくんないかな」
「あら、ダメよてゐ。私は毎日退屈なの。どんな遊びでも良いわ。私を楽しませ、勝つ事ができたら相談くらいは乗ってあげるけど」
「困るのは私達だけじゃなくて、師匠や姫様もそうなんだよ。なのに二人とも『姫に頼みなさい』『永琳に頼みなさい』、とこうだ。正直な所、今すぐにでも話を聞いてくれなきゃまずい」
それが二人が遊びに興じていた理由か。
しかし、竹林は因幡てゐにとっては庭の様な物であり、解決できない問題等、ほとんど起こらないはずだ。
その彼女が助けを求めている事態にも関わらず、薬師も姫も、関係無い、と言った風な態度を取っていた。
「幻想郷には問題解決の専門家がいるでしょ?」
「それが、八雲のは動きを見せてない。自宅がわかんないから、わざわざマヨヒガまで言って橙に確認して来た。紫ババアの方は寝っぱなし、狐の方は相も変わらず結界の点検維持に精を出してるんだそうだよ。博麗のは、カンだか何だか知らないが、私が出るまでも無い、と言ってる。この二人が動かないって事は、この件は大きな問題では無いって事らしい。だとしたら私達で解決しなきゃならない」
「白黒はどうしたのよ」
「シロクロ? 犬にどうにかできるような物でも無いと思うけれども」
「フフッ。犬か、確かにそうかもしれないわね。ではもう一匹の犬ならどうかしら」
「もう一匹?」
「吸血鬼の番犬よ」
「何が悲しくて、あんな連中に解決を頼まにゃならんの」
「じゃあ風見幽香を焚き付けて――」
「私の命は姫様と違って有限なんだから」
「じゃあやっぱり他に手段は無いわねぇ。鈴仙とイナバに任せるわよ、そう言うのは」
無責任な台詞だが、確かに永遠亭の人員で、輝夜と永琳にフリーハンドを約束されているのは、てゐと鈴仙・優曇華院・イナバだけである。
永琳は仕事の時くらいしか表に出ない。材料の調達すらも鈴仙に任せているフシがある。
輝夜も外に出るのは宴会とケンカ、後は妹紅にちょっかいを出しに行く時くらいだ。他の時間は姫らしく屋敷に納まって、今日の様に遊びに興じている。
よくよく考えれば、妹紅のいない所には足を運んでいないのがいかにも輝夜らしい。
「冗談じゃない。鈴仙は油断したのかどうか知らないけど、大怪我だ。相手は火気厳禁の舞台で火を使ってるし、消火器は故障中、火消しの連中は休業中と来てる」
「舞台も観客も全焼、全てが灰になるって言うのも面白そうじゃない?」
「ここは元々、私達兎のナワバリだし、慣れ親しんだ土地が荒らされるのは困る。部下の兎達は完全に怯えてるし、他の妖怪達もビビッて沈黙してる。竹林は完全に通行止めだよ」
「何とかなるんじゃない?」
「暢気だなあ。こっちは必死なんだけど」
「もう一人役者がいるじゃない。火気厳禁の舞台でも平気そうな、火薬庫みたいな女が」
「……あれ?」
「仮にも案内人を名乗っているんだから、突然そんな事を言う物ではないよ。不安になって来るじゃないか」
竹林の中は暗闇、と見せかけて何故か周辺だけは良く見える。その癖一定の距離から先は明かりがあっても見通せない。
霧の仕業か、妖怪達の気の成せる業か。
「いや、おかしいよ、今日の竹林は」
「笑い話かね?」
「そのおかしい、じゃなくて変だって意味。怪しい気配がほとんど感じられない。静か過ぎる」
「君が竹林に足を踏み入れたからでは?」
「それは無いな。物見高い妖怪の事だ。私と一緒にいるのが何者なのか、と言う事に興味を持つだろ。まして今日は普段見かけない妖怪を連れてる」
「何にせよ、邪魔が入らないのは良い事だ。飛べないのがちと面倒だがね」
「ああ、宙空は薬師の所にいる兎が、波長をズラしてるんだ。ヘタに飛ぶと前後不覚で竹林を叩き出される形になるか、無理矢理迷わされる。余程カンが鋭いか、対策でも無い限り、永遠に目的地まで辿り着けないでしょうね」
「恐ろしい兎もいた物だ」
「全く。光の位相を揃えて特定の方向に放射する事も可能らしいわ。隙間妖怪が『れーざー』とか言ってたね。何の話だか良くはわからないが、ナズーリンはわかる?」
「君とは気が合うな、としか言い様が無いね」
妹紅は人付き合いも会話も余り得意では無い方なのだが、不思議と口が軽い。
ナズーリンも余り無駄口を叩く方では無いのだが、今回はそうでも無い様だ。
お互い、他人と関わる時には一歩下がり、線を引くようなタイプだから、逆に話し易かったのかもしれない。
それに――――自分達はお前に臆して等いないぞ、と言う牽制も兼ねている。
「じゃあ、さっきから尾けて来てる奴がどんな奴かは?」
「一応、ね。いつの話かは、とうに忘れたが見た事がある」
「やっぱり気が合うようだね」
話が区切られた刹那、妖気と共に黒い影が後ろから突っ込んで来た。
ナズーリンと妹紅が左右に分かれてそれをかわすと、そいつは10間程先で砂煙を上げながら踏み止まって、振り向いた。
兜、鎧具足に刀を身に着けた足軽の様な姿で、大きな槍を構えている。
時折姿がボヤけているように見えるのだが、闇の所為か霧の所為か。
「幽霊…じゃないな。不思議な存在感だ。竹林にはあんな奴もいるのかね?」
「いや、ここら辺では……幻想郷では見た事無い奴だ。確かどこで見たんだっけなあ……陸奥(みちのく)かな?」
「奥羽の辺りだね。アラハバキとか言う神様の使いっ走り、だったと思うが」
「そうそう。良く知ってるね、ナズーリン」
「私も仏の使いっ走りと言えない事も無い。同類相憐れむ、と言う奴だね」
「なるほど。確か、『桃生(もむのふ)』とか言ったっけ」
「ああ、随分と懐かしくて厄介な奴が出て来た物だ。おまけに、見たまえ。敵意丸出しだ」
「とっとと帰れ、と言っても――」
「無駄だろうな」
二人が話している間にも、桃生はすり足で近寄ってくる。
本当に問答無用らしい。瞳の奥にも理知の光は、無い。
「ナズーリン、あなたは戦えそうかしら」
「勿論、と言いたい所だが、正直無理だな。同じ神や仏の使い走りと言っても、武の一族で、鬼染みた強さを誇る兵隊連中と、密偵の様な仕事をこなしている私では勝負にならないだろう。言うのを忘れていたが、私の得意技は失せ物探しなんだよ」
絶望的な言葉を吐き、苦笑しながらナズーリンは言った。
最後の一言には、何やら自嘲めいた物を感じるが、今はそれどころでは無かった。
せめて星から宝塔を借りてくれば何とかなったのかもしれないが、それは無い物ねだりと言う奴だ。
しかし、妹紅はそれを聞いて尚、臆する様子は無い。
それどころか、ナズーリンに向けて笑みを返したのだ。
(この状況で笑うか。本当に何者だ?)
「良いね。輝夜との殺し合いも楽しいが、それ以外で殺し合いをするのなんて何年、何十年ぶりだろう。何故こんな奴が竹林で弁慶みたいなマネをしているのかは気になるが……久々に鬼くらいの力を持つ奴と闘うのも面白い」
ナズーリンは、自分が妹紅を過小評価していた事を知った。
まるで本物の鬼と闘った事があるかのような……いや、事実あるのだろう。
だとすれば、藤原妹紅と言う人間は、本人の言う通り人間と言う枠に収まる存在では無い。
どちらにしろ、幻想郷で見かけなかった様な存在が、スペルカードルールで決闘をしてくれるとも思えない。
妹紅は指先でちょいちょい、と桃生を招いた。かかって来い、と言う合図だ。
誘いに乗ったのか、攻撃の好機と悟ったか、桃生が動いた。
先程と同じように、槍を突き出しながら突っ込んで来る。
その速度は突っ込む、と言うより最早すっ飛んできた、と言った方が正しいかもしれない。
風切音すらも凶器になりそうだ。神族の配下で武に生きた一族、桃生、と言うのは伊達では無いのだ。
それは先程よりも速く、鋭い。とても人間にかわせる速度では無い。
ナズーリンは串刺しになった妹紅、と言う残酷な結末を想像したが、妹紅はここでも予想を裏切った。
妹紅は、ナズーリンが瞬きした次の瞬間、桃生の横っ面に掌底を叩きつけていた。
当然桃生はバランスを崩し、横倒しになったまま地面を滑って行く。
「危なっ! 少し鈍ってるかな」
事も無げに妹紅は言うと、どこからか符を取り出し、追撃にかかる。
「陰陽五行汝を調伏する! 急々如律令!! 幻想の顕現を禁ずる!!」
五芒星の形に指で印を斬り、流れるような動作で符を飛ばす。
符は途中で燃え上がり、炎弾となって桃生を飲み込んだ。
ごおお、と言う空気が震えるような音とともに、一気に天まで昇ろうかと言う勢いで炎が燃え上がる。
炎上する桃生を背に、妹紅はナズーリンに向き直って、ぱんぱんと手をはたくと、再び笑顔を見せた。
ナズーリンは唖然とするしか無い。
相手の攻撃を見事にいなし、その隙を見逃さずに攻勢に転じたその手腕。
動きも、その動作が体に染み付いているのだろう。淀みも迷いも感じなかった。
慧音は妹紅が人間だと言っていた。しかし妹紅本人は人間では無いとも言っていた。
人間に今の様なマネができるだろうか?
炎を背に佇む妹紅はこの上なく美しく、ナズーリンからあらゆる言葉を奪った。
そしてそれは警告を与える為の時間をも奪い去ってしまった。
「っ!!」
先に想像した事は現実となった。
未だに赤く燃え盛る炎の中から、槍が投擲される。
それは妹紅の背から胸を貫き、槍の残り火は妹紅をも巻き込み始めたのだ。
「藤原さん!!」
悔やんでも、時既に遅し。
二つの火柱の一つから、焦げ臭い匂いを発しながら、桃生はのっそりと現れた。
そのダメージは軽い物では無いらしく、油汗をびっしりと流している。
妹紅がやられてしまった。ナズーリンが想定していた一番最悪の事態だ。
しかも、ナズーリンには炎の様子がおかしい事に気づいていた。
気づいていながら言葉を発せず、むざむざ妹紅がやられる様な事態を招いてしまった。
当然、次の標的は――。
「ちっ!!」
ナズーリンは慌てて超低空、地面から一寸も離れていない位置を滑る様に高速で後退する。
続いてダウジングロッドを構え、三度突っ込んできた桃生の正面にレーザーと弾を雨あられに撃ちまくった。
桃生は腰の太刀を抜き放ち、眼にも止まらぬ斬撃を一閃、二閃と繰り出し、頭部や急所狙いの致命打となる弾を弾き飛ばした。
だが、他の弾き切れない弾はどうしようも無く、腕に、足に、ダメージが蓄積されて行く。
狙った弾すらも防げなくなるのは時間の問題だ。
桃生の速度は相変わらず衰えてはいないが、些か足がもつれている様にも見える。
(殺れる!!)
賢将とも呼ばれるナズーリンに有り得ない――そして、有ってはならない戦慄の油断。
必殺を期して送り込まれていた弾幕に、わずかな隙が生じた。
ナズーリンの気が緩んだ瞬間、桃生が残った力を振り絞る様に身を屈め、ジャンプ一番、弾幕の少ない上方から襲い掛かってきた。
慌ててペンデュラムを展開し大玉を撃ち出すが、それも太刀で一閃されると、妖気の塵となって弾け飛んだ。
目の前に迫る刃は、酷くゆっくりと眼に焼きついた。
(な、しくじった!)
やられる。
病を患っている聖も、いつも失せ物を探している主人も、寺の仲間も残して。
ナズーリンは初めて仏以外の物に祈った。何でも良い、この状況を打開できる何か。
その祈りに応える者は、近くにいた。
「邪怪禁呪悪業を成す精魅、天地万物の理をもちて微塵と成す」
それはナズーリンの声でも、仲間の声でも無かった。
覚えのある声は火柱の中からだ。
「螢惑招来――パゼストバイフェニックス」
その声に呼応し、突如炎が鳳凰の形に姿を変え、その両翼から大量の弾が撃ち出された。
それは桃生と共に、ナズーリンを巻き込み、明後日の方向に押し流す。
吹っ飛ばされて転がるナズーリンは、急いで体勢を整えると、再び声を失った。
荒ぶる炎、顕現した鳳凰、それを背に立つ、妹紅を見たのだった。
何という激しい――そして美しい炎であるか。
「だ、大丈夫なのか?」
「うん、話はそいつを片付けてからにしよう」
妹紅はそう言って転がっている桃生へ眼をやった。
一度胸を貫かれる、と言う失態を犯したからか、妹紅の視線は、一層鋭く、冷たい。
桃生は再び立ち上がり、妹紅を睨み返すが、その瞳が翳った事を、ナズーリンは見逃さなかった。
その表情には迷いの色が浮かび始める。瞳の奥に宿る光は、怯えだった。
もしも、妖怪さとりが彼の心の声を聞いたならこの様な感じだろうか。「あんたを狙ったわけじゃない、そっちのネズミを狙ったんだ。おれはあんたに、ちょっかいなんか出す気はなかったんだ」と。
勿論、今更戦意を喪失しても見逃してもらえる様な状況では無い。
そもそも、妹紅が活動する竹林を荒らした時点で、桃生の命運は尽きていたのだ。
妹紅が一歩、歩みを前に進めると、桃生は腰が抜けたようにへたり込んだ。
「何もしないのか?」
と、妹紅は聞いた。
彼女の表情、発する炎は、その美しさをさらに引き立てている。
美しさと死は隣り合わせだと思わせるような炎。
冷徹な声で彼女は更に告げる。
「しなくても死ぬぞ」
桃生は太刀を握り締めて立ち上がり、獣の様な咆哮を放った。
自らを鼓舞している訳ではない。恐怖を抑え付ける為だ。
だが、それは彼の遺言、及び断末魔と同義だった。
咆哮した勢いで横に振りぬいた太刀は、妹紅の首筋に叩きつけられ、彼女の首は宙を舞った。
しかし、その口から――
「藤原妹紅の名において命ずる。出でよ」
妹紅の体は桃生の頭に手をかざして、宙に舞った頭はそれだけを口にする。
すると突如三本の爪が出現し、桃生の頭を吹き飛ばしてしまった。
血ともヘドロともつかないような色の液体、肉やその中身が激しく飛び散る。
それらは地面に落ちる前に、霧散し消えて無くなった。
ナズーリンは一部始終を見届けて、ようよう言った。
「藤原さん……もしや君は」
落ちた首に話かける。普通なら返事など返ってくるはずも無い。
しかし首は、痛たたた、と呻くとナズーリンの問いに答えた。
「そうだね、別に隠してた訳じゃないんだけど。説明する必要も無いかなー、って」
「不死身、か」
「そう言う事。この状態じゃ話しにくいし、土で汚れるし。頭を胴体に届けてくれるとありがたいんだけど」
妹紅の言葉に、ナズーリンは彼女の首を抱え、頭を探してフラフラしている胴体に手渡す。
その手が無理矢理切断された部分を接着させると、首の斬線はみるみる消え、出血も収まった。
非常識な再生を前にして、ナズーリンは上手く感想を伝える事ができなかった。
妹紅を貫いた槍も、今思い出せばどう見ても心臓をぶち抜いていた。
贔屓目に見ても致命傷である。吸血鬼だって、首を落とされるか心臓を杭で縫いとめれば眠りにつく。
贔屓目とかそう言う問題では無いかもしれないが。
それが今は傷一つ無い。少し目端が利く者なら推測は容易だろう。
「フフッ、あははははっ!」
ナズーリンが笑い始めたのを見て、妹紅はギョッとした。
大口を開けて笑う様なタイプでは無いと、妹紅は思っていたのだ。
だが、もし仮に「自分は、かめはめ波を撃てる」と言った普通の人間が、本当にかめはめ波を撃ったらどうだろうか。
驚きとかそういう次元では無く、それこそ、笑うしか無い。大爆笑でもおかしくあるまい。『笑うしか無い』と言う言葉の意味を、ナズーリンは今知った。
まして、不老不死と言うのは妖怪ですら手の届かない物だ。
「まあ、竹林が静かだった理由も多分あいつがいたからだろうし、これで邪魔者はいなくなったし。今まで沈黙していた妖精や妖怪も活動を再開するだろう。さしあたって、早くあなたの用事を済ませる為に、永遠亭に急ぐ事にしない?」
再び竹林の闇の中を歩き始め、しばらくしてから妹紅は口を開いた。
「しかし、あいつは結局なんだったんだろう」
「さて」
「だいぶ古い奴だから、幻想入りしてもおかしくないけれども」
「私はそうは思わないが」
「何故だい?」
「あいつが後の時代にどう言う影響を及ぼしたか知っているかね?」
「それ位は知っているさ。武士(もののふ)の語源となったんだろう。でもその武士も現代では廃れているらしい。益々幻想の住人と化してもおかしくなさそうだ」
「その通りだ。だが、思えば奴の存在は何だか不安定だった。感情の動きは最後までほとんど無かったし、会話もままならなかったようだ。おそらく、幻想入り『しかけていた』んだろう。武の一族と言う根幹を司る部分だけが幻想入りしていたようだな。竹林に顕現したは良いが、理性まではまだ外の世界にあった。それで竹林に留まり、誰彼構わずケンカを売り歩いていたのだろうよ」
「あなたの話は回りくどくて困るよ、ナズーリン。慧音の話を聞いてるみたいだ。単刀直入こそが全てだと思わない?」
「ふむ。確かにあいつは忘れ去られようとしていた。しかし、現代には恐らく、奴をギリギリ繋ぎ止める物があったと考えられるな」
「なんだいそりゃ」
「もう一つ、奴が関係していると言われている創作がある。あの桃太郎だ」
「ももたろう」
「おや、知らないのかね? 現代まで伝わっている有名な話だよ。桃から生まれた桃太郎。犬猿雉を引き連れ、鬼退治に向かう、と言う話さ。あの桃生は、その桃太郎のモデルかもしれぬ、と言う事らしい。わずかなりとも、桃生の要素が桃太郎として伝わっているから、幻想入りし損ねたのかもしれんな」
「なるほどなー。思えば初手で『禁』じ切れなかったのも、その辺が理由か。てっきり幻想入りしたばかりな物だと思っていたから詰めが甘かった。存在その物を禁じるべきだったね」
「君は恐ろしい女だな。奴があれ程の力を持っていても、最後はあっけない物だ」
「桃生(もむのふ)が、武士(もののふ)で桃太郎か。鬼退治をした英雄のモチーフになっただけあって、確かに鬼顔負けの力だったな。でも私は、大陸にいた事もあったし、この国じゃ基本的に隠遁生活だった。覚えていないだけかもしれないが、確実に知っている昔話は『竹取物語』位だよ」
「ほう? さっきの魔物を呼び出すおかしな術もそっちで習ったのかね?」
「良く知ってるなあ。習ったと言うか、手に入れたと言うか」
「不動明王の側近が、大陸の方でそんな術を研究していたと聞いた事があった物でね」
「仏門の情報網か。そういや仏教の密法や何かもそっちで習った」
「冗談では無さそうだな」
「オン、ナウマクサンマンダ、ボダナン、バサラ、ダン、カン、ってね」
「マントラも唱えられるのかい、君は? 聖に紹介したい位だよ。符術に加えて妖術、魔術、オマケに密法。不老不死と言うのは大した物だな」
「永く生きてるとヒマだしねえ」
とりとめの無い話をしながら、二人は歩みを進めていた。
と言うか、その様に毒にも薬にもならない世間話が話ができる等とは二人とも思っていなかった。
お互い、その生い立ちや生活から、通ずる物が多く、話題も腐るほどあったのだ。
打てば響くように答えが返ってくる。
この二人にしては珍しく、話が合うと言う奴だった。
会話のノリで「気が合う」等と言っていたのは割と真実に近いらしい。
そして歩く事さらに数分、彼女らの目の前に、立派な屋敷が現れた。
「着いたよ。ここが永遠亭。最低のお姫様と、最高の薬師を要する魔窟だ」
「些か悪意を感じる説明だが……含む所でもあるのかね?」
「昔は怨恨の対象で、今は生き甲斐を感じさせる場所、かしら? ま、今回はちょっと疲れたし、このまま帰るとするわ」
「そうか、今夜は本当に助かった。これは些少だがとっておいてくれ。遠慮はいらない」
ナズーリンは慧音に渡したのと同じように、財布を取り出し、妹紅に金子を握らせた。
妹紅は最初遠慮したものの、やはり慧音と同じように説得され、ポケットにそれを突っ込んだ。
「仕方ないなあ、それならナズーリンの仕事がひと段落したら、この金で一杯やらないか? 美味いウナギを食わせる店があるんだ」
「それは君の自宅にあった屋台かね。商売上手で羨ましい限りだよ」
「あれは知り合いの妖怪から預かってる屋台なのさ。置く場所が無いから、開店してない時は預かってくれ、だそうだよ。勝手なもんだ。味と雰囲気は悪くないんんだけどね」
「妖怪が商売をしているとは珍しい。是非ご相伴預かりたい物だ。君も里に寄ったら命蓮寺を訪ねてくれ。歓迎するよ」
「時間があったらそうさせてもらうよ。ああ、そうそう。帰りはここに住んでいる因幡の白兎に頼むと良い。それじゃあ失礼するよ」
妹紅が永遠亭から去ろうとすると、背中から別の声がかかった。
鈴の鳴る様な声、とはこう言う物だろうか。
気品と威厳に満ち溢れ、尚且つ声だけでその美しさが魂で理解できるような。
しかし、喋っている内容はどうかと言うと。
「おいでやす、もこはん」
妹紅はコケるしかなかった。
現れた輝夜につかつかと歩み寄り、胸に指をつきつけながら悪態をつく。
「何が『おいでやす』だ気持ち悪い」
「あらあらご挨拶ねえ。その汚い手をどけなさい。今の京風にお客様を歓迎してあげようと思ったのに」
「へえ?」
「はい、お茶漬け」
輝夜は言うなり、調理もしていない米と茶葉を妹紅に差し出し、投げつけた。
バラバラ、ばさっと言う音と共に、妹紅は無残な姿になった。
今のが決闘ルールなら勝負あり、である。決まり手は『京符・お茶漬けのレシピ』であろうか。
妹紅の美しい白い肌が、怒りで真っ赤に染まるのは数秒後の事だ。
ちなみに、お客にお茶漬けないしぶぶ漬けを差し出すのは、『帰れ』と言う意味である。
「あらら、これは節分だったかしら? 間違えてしまったみたい」
「節分なら豆だよバカ。私も炎を投げつけてやろうか」
「まあまあ、怒らないで妹紅。ミステイクって奴よ。私はお礼を言いに出てきたの」
お礼、と聞いて妹紅は投げつけようとしていた符を止めた。
ナズーリンは今のやり取り、事前に聞いた話から大体を察する。
「藤原さん、彼女が?」
「ああ、傲慢で下品で目つきも頭も悪く、手癖も悪いし、ついでに足も臭い。その上性格も最悪で他人の苦労なんかちっとも分かっちゃいない、永遠の姫様だ。黒髪は美しく見えるが、その実、あれはギトギトの油でヌチャヌチャしており、その髪の毛でとったダシスープにはノミやシラミが浮いてゲロ以下の――」
輝夜は再び茶葉を妹紅に投げつけた。
屋敷の中、輝夜の部屋に招かれた妹紅とナズーリンは、竹林での事を輝夜、永琳、因幡てゐに語った。
それ見た事かと輝夜が胸を張り、てゐにニヤついた顔を向ける。
「ね? 何とかなったでしょ?」
「あのねえ、姫様が自慢してどうするのさ。全くどうなる事かと思ったよ。ナズーリン、だっけ? それに妹紅、本当にありがとうございました」
「そうね、いくら荒事専門の下賎な人間とは言え、私達の面倒事を片付けてくれた事は事実だもの。お礼を言いたい、と言うのはそういう事よ」
輝夜はそう言うと、「姫」と言う肩書きに相応しい立ち居振る舞いで言った。
「此度は、私達永遠亭の為、ひいては竹林の為にその労を割いて頂き、真に感謝致します。つきましては、それを労うために酒宴等を催したいのですが、いかが致しましょう」
声、所作、その姿は文句無しに美しかった。妹紅が見惚れる程に。
これが本気で「姫」に徹した輝夜の姿なのだろう。
しかも、高慢ちきの輝夜と、人を食った様な言動と嘘で相手を振り回しているてゐが真摯に礼を述べている。
「ハルマゲドンか」
妹紅としては他に言い様が無かった。
輝夜と妹紅の殴り合いが始まったのを機に、ナズーリンは永琳に目的を伝えた。
「あなたが幻想郷最高と言われている薬師殿だね。先程紹介に預かったが、私はナズーリン、命蓮寺の丁稚と考えてもらえれば良い。実は診て頂きたい患者がいるのだ」
「わざわざここにやってくる人間や妖怪の用事は九分九厘それが目的だし、構わないわ。それで、私が命蓮寺まで行けば良いのかしら」
「本来なら本人を連れてくるべきだったのだろうが、私の主人の見立てでは動かすのも危険だ。確か『他人の眼に触れさせて良いような病状ではない』と言っていたな。大変申し訳ないが、寺まで出向いて頂け無いだろうか?」
「ええ、構わないわ。面倒事を片付けてくれたようだし、何より私の趣……仕事でもある訳だし。喜んで往診に向かわせて頂きます。ただ、今は助手が怪我で寝込んでいて準備が遅くなるだろうから、明日の早朝でも良いかしら?」
それを聞いて、ナズーリンはおかしな表情になった。
意味は「本当に大丈夫なのか、この薬師は」と言う顔である。
医者が「喜んで往診に行く」等と患者やその家族に発言する事は、はっきり言って無い。
永琳は通院して来た患者にも「いらっしゃいませ」と言ってしまう様な薬師なのだろうか。
しかし、人格と腕前とは無関係である。
ヤブ医者であれば、誰もが永琳を指して「幻想郷最高の薬師」等と言うはずが無い。
ナズーリンは諸々の事に眼を瞑り、「よろしくお願いします」とだけ言って、永遠亭を後にした。
命蓮寺に帰参し、星に薬師が訪ねて来る時間を伝えると、ナズーリンは食事も摂らず、布団に横になった。
どうやらムラサ船長が寝床の準備をしてくれていたらしい。気の利く事だ。
同時に疲労がどっと押し寄せてくる。
何と言う濃密な夜であった事か。
不死身の人間と知り合い、竹林で幻想になりかけた妖魔と戦い、薬師の屋敷についたかと思えば歓待を受ける。
尚、聞いた話では、あそこの姫はどうやら『なよ竹のかぐや姫』その人であるという。
妹紅の言っていた竹取物語の話は、そう言う事だったのかと納得した。
もっとも、そのかぐや姫は妹紅相手にマウントポジションでゲラゲラ笑っていたが。
人間と協力して戦いに臨んだのも何百年ぶりか。
幻想郷では人間と妖怪が折り合いをつけ、それなりに上手く共存している。
屋台を開いている妖怪もそう。聖白蓮が見たがっていた世界だ。
今回の事で、主の監視だとか、聖の為だとかを抜きにして、ナズーリンはこの地に愛着が湧いてきた。
妹紅の言っていた、隙間妖怪とやらの台詞を思い出す。
「幻想郷は全てを……何だったか」
――幻想郷は全てを受け入れる。それはそれは残酷な話ですわ。
ナズーリンはぎくり、と体を硬くした。
声が聞こえた様な気がする。しかし、聞こえて来たのは耳元からだ。
当然、そこには何もいない。
幻聴だったのだろうか、と思い直す。だが、ナズーリンはその声を聞けた事が妙に感慨深かった。自分はただの、お目付け役だと。妖怪である自分が仲間達のように人間と仲良くよろしくやる等、居心地が悪い。そう思って斜に構えていた自分の心境がいくらか整理され、ようやく幻想郷の住人として認められた。そんな感じがするのである。
彼女は布団を被って、笑顔をこぼした。
「面白いな。うん、面白い」
翌日の朝。
「せっ、先生! 聖の容態はどうなんですかぁ!!」
「落ち着きたまえよ、ご主人」
「風邪よ、心配無いわ」
「風邪!? そんなバカな! あんな無残な状態だと言うのにどこが風邪だと!? 顔はパンパンに膨れ上がり、熱も酷い! 不治の病だったらと思うと……ううっ!」
「まあ、ただの風邪では無いけれど。流行性耳下腺炎、でわかるかしら」
「やはり!! どう言ったご病気で!? 治るのですか!?」
「おたふく風邪よ」
ナズーリンは肘鉄は、寅丸星の鳩尾に的確に命中した様だった。
星はキラキラした胃液を口から噴出してのた打ち回った。
聖は5日程で完治したが、星は重症で、永琳のカルテによると『内臓破裂』。
全治までは約二ヶ月を要した。
幻想郷で有名なスポットの一つ。
竹林を抜けた先には永遠亭と言う屋敷が存在し、腕利きの薬師から、永遠を生きるかぐや姫、月の兎や因幡の白兎など、世の理を超越した存在が雁首を揃えている。
尚且つ、まれにだがミスティアなる夜雀の妖怪が八つ目ウナギの屋台を営んでおり、付近ではホタルの妖怪が友や眷属を引き連れて跳梁している事が多いと言う。
妖怪の山程ではないが、バラエティに富んだラインナップであり、当然危険度は高い。
その為、何がしかの用事がある場合は――ほぼ医療に関する事であるが――案内人が必要である。
人里から得られる情報は、大体この様な物と考えて相違無い。
命蓮寺の境内で、聖が檀家から譲り受けたと言う『幻想郷縁起』のチェックを終え、ナズーリンは出発の準備を始めた。
他の仲間が動ければ良いのだが、命蓮寺の人員は他の業務に忙しい。
例えばムラサ船長は幽霊とは言え、元人間であるから、人里で食料品、日用品の調達及び檀家との繋ぎ等に走り回っている。
寅丸星は毘沙門天の代理人(妖?)なので、寺を離れる訳にはいかない。
雲井一輪や雲山等は地霊殿に、寺院を建てた事について挨拶回りに出かけているし、しばらくは帰ってこないだろう。
最近住み着いた「ぬえ」と言う妖怪は新参の癖にちっとも働かず、あっちをフラフラ、こっちをフラフラ、放蕩三昧である。
となれば彼女にお鉢が回ってくる。どうやら面倒な仕事はナズーリンの役目と相場が決まっている様だった。
これから彼女は、妖怪の巣窟に踏み入って薬師を連れて来なければならない。
迅速に、確実に。
聖白蓮は病に伏せっていた。
命蓮寺の象徴である魔法使いでも病気には勝てないらしいが、ただの風邪等で無い事は、見ればわかった。
星の話では、一見しただけで、明らかに異常が見て取れるらしい。無残な状況、とも言っている。
見舞いの一つでも、と考えたが、感染る病だとしたら危険だと、星が面会を謝絶した。
彼女はもしかしたら命に関わる病やもしれぬと考えているらしく、直接薬師に見てもらおう、と言う事になった。
それで治らなければ絶望的なのだが、噂によれば竹林に住む薬師の腕前は相当な物らしく、彼女に診てもらえるならば大抵の病はたちどころに治療してもらえるとの話だった。
ならば、人間の医師や薬師より評判の高い竹林の薬師を連れて来るべきだ、と言う結論に至り、先の事情からナズーリンがその役目と相成ったわけである。
ただし問題もあった。
無事に薬師を連れて来れるかどうかが、心許無いのである。
ナズーリンも並の妖怪や妖精にひけをとるつもりは無いが、出会う度に例の決闘ルールで闘っていては時間がかかりすぎるし、何でもありとなったら出てくる妖怪の数や強さにもよるが、最悪自分の命すら危うい。
幻想郷はただ空を飛ぶだけで妖怪や妖精に出くわす様な土地柄だから、妖怪の巣窟に足を踏み入れるとなれば、最早遭遇しない方が難しい。
何か方策は無い物かと考えた結果、幻想郷縁起にも記述されている案内人が頭に浮かんだ。
となれば話は簡単である。案内人の住まいは定かではないが、寺子屋の教師が顔見知りだと言う事位は聞いている。
ともあれ、ナズーリンは寺子屋を目指す事にし、地面を蹴って日も暮れつつある空に舞った。
寺子屋には既に子供達は残っていない。
本日の講義は既に終了しているらしかった。
その付近に帽子をかぶった女性を見つけ、ナズーリンは声をかけた。
「もし?」
外で戸締りを確認していた女性、上白沢慧音は振り返り、声の主がいない事を確認し、今度は中空を見てその姿を確認すると、警戒心を露にした。
既に空は赤く染まっている。この時間帯はこちら側とあちら側の境界が曖昧になる、時の狭間なのだ。
「あなたは妖怪だね? 私に何か用かな?」
「私はナズーリンと言う。見た目通りの妖怪だ。君は寺子屋の女教師殿だね? 頼みがあるのだが、時間はあるかね?」
初対面だと言うのに、何と言う遠慮の無さか。
それとも、聖の病はそこまで酷い物なのか。
ともあれ、礼儀や言葉使いに気を配っている余裕がナズーリンには無かった。
それが慧音に――妖怪だからと言う事もあるだろうが――警戒心を与えた理由だろう。
最も、慧音が『女教師』と言う表現が余り好きではなく、少し気分を害したのもあるかもしれない。
『女教師』と言う表現だと、何か劣情が湧き上がって来るわね、と隙間妖怪に言われた事があると言う理由だが。
最も友人には「事実なんだし良いんじゃない?」と言われた。
「私は上白沢慧音と言う。明日の講義の予習と準備をせねばならん。そんなに時間は取れない。勿論、あなたの目的如何では拒否させて頂く」
容貌や口調等を鑑みるに、肩書き通りの実直な教師のようだ、とナズーリンは思った。
だが、馴れ馴れしかったり、逆に排他的であるよりは圧倒的にやりやすいと言う物だ。
宝塔を手に入れた時は、飄々とした、何を考えているのかよく分からない道具屋の店主が相手で、交渉は難航し、尚且つかなりの金銭をふっかけられた。
その時の損失は、星が受けた喜捨から補填してくれたのだが、もしナズーリンのポケットマネーからの支出となっていたら、毘沙門天本人に直接交渉して、星の監視の配置換えをお願いしただろう。
「なに、時間は取らせない。ほんの少しで良い。竹林の薬師に面会したいんだ。ただ、私一人では不安でね。案内人とやらを頼ろうと思い、やって来た次第だ。些少だが礼金も払う」
ふわり、と地面に降り立ちながら、ナズーリンは慧音に用件を伝えた。
彼女に拒否されたら本当にたった一人で竹林を攻略せねばならない。
口調こそ尊大だが、彼女も必死なのだ。
こんなに彼女が焦らされる案件は、寅丸星が『宝塔』を無くして以来だろうか。
あの時も正直、頭が痛くて仕方なかったが、今回は聖の命は勿論、自分の命もかかっている。
頭は勿論、心臓まで握り絞められているような気分だ。
金を払うとまで言われ、慧音は彼の妖怪は本当に案内を求めているのだ、と言う事を察し、こう言った。
「薬師が必要、と言う事は病人か。竹林は本当に危険だ。君も妖怪ならわかるだろう?医術の心得がある者は里にもいる。それではダメなのか」
「或いはそれでも構わないのかもしれない。だが、仲間は聖の容態を見て、一刻を争うものだと判断した。ならば幻想郷で一番と名高い、竹林の薬師に会いたいと思うのは当然の帰結では?」
慧音は聖、と言う名を聞いてようやく彼女が何者か、と言う事に思い当たった。
先の未確認飛行物体改め宝船騒ぎにおいて、それは終息に至った時、宝船が再び上空に現れ、地上に降りて寺に姿を変えたと言う。
博麗の巫女や白黒魔法使い、守矢の風祝は、危うく魔界に閉じ込められる所だった、と宴会の席で話していた。
「と言う事はあなたは命蓮寺の? 人と妖怪に分け隔てなく接し、改宗も請け負っている尼がいると聞いたが…」
「察しの通りだ。聖は私達の恩人であり、希望でもある。彼女は、今死んではならない人間なんだよ」
「本当に妖怪と同居しているんだな…分かった、妹紅の自宅はこっちだ。ついて来ると良い」
慧音はそう言うと、ナズーリンを伴って人里の外れ、迷いの竹林に程近い所に存在する家を訪ねた。
「これは何とも」
失礼だとは思ったのだが、思わず声に出た。
案内人が住んでいると言う所は、家と言うよりは粗末な小屋だった。
空から見る限りでは廃屋以下にしか見えず、マタギが山に入る時に使う炭焼き小屋、と言われても違和感は無い。
家の横に置いてある屋台が、また何とも言えない異様な雰囲気を醸し出している。
その言葉が耳に届いたのか、慧音は苦笑して言った。
「人里に空き家があるから引っ越すか、さもなくば私の家に住め、と常々言っているのだがな。あいつは人付き合いが苦手だから、仕方無いと言えば仕方無いのかもしれん」
「…それはそれは。それで、あの薪割りをしている女性がそうなのかね?」
「ああ、彼女が竹林の案内をやっている。生業、と言う訳ではないが、失ったものを取り戻す作業の一つなのだろうね」
「なるほど」
慧音の語った内容は良く分からなかったが、聞くと長くなりそうだし、何より時間が無いので適当に同意しておいた。
この辺りの柔軟性が先の宝船騒ぎにおいて、博麗の巫女と交戦しておきながら、無事に寅丸星に宝塔を届けると言う超難題を成し遂げたナズーリンのクレバーさの一端である。
行住坐臥こんな感じなので、クレバー、と言うよりは素の性格かもしれないのだが。
事実、ぬえから「あんたっていつも冷めてるよねー。実は星の事もどうでも良かったりとか?」等と言われた事が幾度かあった。答えとしては半々である。確かに仕事だから、と言うのには違いないが、同時に長い付き合いで、この主人は自分が見ていないとまずい、と言う気持ちも持っている。しかし、星も仲間達も、聖を助け出してから随分と腑抜けてしまった。
幻想郷の人間が予想以上に妖怪に慣れており、好意的な者まで存在する、と言うのがあるだろう。
しかし、地底に封印される仲間、苦汁を飲んで毘沙門天の代理として働き続ける事を選んだ星。それらの一部始終を全て目撃していたナズーリンは、妖怪と人間が仲良くしているのもそれはそれで何とも言えない居心地の悪さがあった。
自分だけが世界から取り残されているような、苦しいような、悲しいような、焦りの様な、形容し難い気分を、誰にも相談せずに抱えているのである。
ともあれ、慧音が地面に降り立ったので、ナズーリンもそれに倣った。すると竹林の案内人であると言う女性、藤原妹紅は仏頂面で話しかけてきた。慧音が見ない妖怪を連れているのを訝しんでいるのだ。
「何だ、慧音か。おかしな奴を連れているようだけど、何か用かしら」
「ああ、彼女が永遠亭に案内を頼みたいそうだ」
妹紅がナズーリンを一瞥すると、ナズーリンは一礼し、用件を伝えた。
「へぇ、宝船の尼さんの所の妖怪だったのか。噂は聞いてる。でも正直、この時間帯に竹林は危ないよ? 妖怪だから大丈夫なんて事はない」
「それは重々承知しているつもりだ。そこを何とか」
「いや、別に断るつもりは無いのよ。危ないけどそれでも良いの?って確認しただけさ」
「構わないよ。急ぎなんだ」
「急ぎって、決闘する時間も惜しいの? 危険な相手に出会ったら、スペルカードルールで無理矢理一対一にでもしないと、護衛を務め切れる保証は無いよ」
「ああ、そこは気にしないでくれたまえ。自分の身は自分で守る。あなたに案内を頼むのは確実性を増す為と、迷わない為だね。しかし…その」
ナズーリンが妹紅を見て不安に思った事が一つだけある。
どう見ても人間なのだ。それも博麗の巫女や白黒魔法使いの様な特異性も無さそうな、並の人間にしか見えない。
「ああ、私みたいな人間が本当に案内をできるか不安なの?」
「いや、それは、まあ」
さすがにストレートに聞かれては返答に困る。
しかしその返答に対する答えは、彼女の想像の上を行っていた。
「大丈夫。私、人間じゃないし」
「は?」
他に言い様がある物か。
例えばだが、知り合った人間にいきなり「自分は、かめはめ波が撃てる」等と聞いたらどんな返答ができるだろう。
それこそ間の抜けた返答をするか、つまらない冗談として黙殺するか。或いは笑い飛ばして、その話は斬って捨てるか。
ナズーリンは前者の様である。
彼女の様などう見ても並の人間が、竹林の案内人兼護衛などができるのは、隠された秘術が使える、とか実は忍者の末裔だとかそう言うまともな理由かと思ったが。
私は人間じゃない、と来たものだ。
普通の人間じゃない、と言う比喩でも無かろう。それならもっと言い方がある。
それを聞いた慧音は咎める様な口調で妹紅に、
「妹紅、まだそんな事を言っているのか。お前は人間だ、間違い無く」
と彼女の言を否定した。
「確かにその通り、私は人間。でも人間とは違う。どちらも、ちゃんと受け入れようと思っているだけなんだよ。怒らないでくれ」
「しかし投げやりになっている様にしか聞こえなかったぞ」
「そんな事は無い。いつぞやの隙間妖怪が言っていたでしょう。幻想郷は全てを受け入れる、と。郷に入っては郷に従え。私も全てを受け入れて生きてみよう、と。そういう事」
慧音は、それを聞いて「……もっ、妹紅、成長したなあ」と言いながら涙ぐんでいる。
相当複雑な事情が妹紅にはある、とナズーリンにも推察できたが、これは部外者が口を出せるような問題では無さそうだ。
その後、妹紅は慧音と二言三言を交わし、ナズーリンに向き直った。
「よし、それじゃあ出発しましょう。待たせて済まなかったね、ナズーリン殿」
「殿、は結構だ。敬称はくすぐったくて適わない。藤原さんこそ、話の方はもう良いのかね?」
「ああ、もう話は終わったよ、ナズーリン。これで良いのかな? 慧音も明日の仕事に差し支えるから。帰りに気をつけてね」
「わかっているとも、私も妹紅の武運長久を祈ってるよ」
慧音が立ち去ろうとする所に、ナズーリンは尻尾に吊るしているカゴから財布を取り出し、急いで声をかけた。
「ああ、上白沢さん、これはお礼だ」
「いや、それは結構だ、ナズーリン殿。ただ道を教えただけで金を取る奴なんていないよ」
「いや、これは単に私の気が済まない、と言うだけだ。君が恩を売ろうとしている、等と思っている訳ではなく、私の個人的な主義なんだ。借りたり、貸したりするのは好きではないのでね。後で藤原さんと美味い物でも食べると良い」
そこまで言うなら、と慧音は少々の金子を受け取り、藤原邸(?)を後にした。
既に夕日は沈む寸前だ。これからは本格的に妖怪変化が跳梁を始める時間帯である。
そばに見える竹林は暗闇がわだかまるばかりで奥の様子を探る事もできない。
常人なら足踏みをする場面だが、妹紅はさして気にする事も無く歩みを進めていった。
「まず最初に言っておくよ。絶対に私から離れないように。ヘタすると、遭難する羽目になるからね」
「それは怖い」
大して恐ろしく無さそうな口調でナズーリンが言うと、妹紅は苦笑し、他の注意点を促した。
不自然な闇には近づかない。音が消えても慌てない。歌が聞こえて来たら速やかにその場を離れる。
迂闊に飛ばない。妖怪兎に声をかけられても信用しない、等々。
「やれやれ、覚悟はして来たが、注意する点が多すぎるな。これはしめてかからんと」
「それだけ危険って事よ。まあ、大抵の奴なら、私が即追い返すか滅する。妖怪も自分の命が大事だから、滅されるまで突っかかってくるとは思えないけど」
物凄い自信だ。
妹紅は今まで竹林についての話、ナズーリンや襲ってくる妖怪の命等について言及したが、一番大事な話をしていない。
自分の命の話である。
もし自分がやられたり、死んだなら、と言う点についてはまるで言及していないのだ。
慢心だとかそう言った類でも無く、あくまでも自然体のまま。
そもそも自分で「自分の命が一番大事」と言っているのに自分の命を無視して話を進めている。
それは妖怪に限った事ではないのだ。人間だって同じくらい、或いはそれ以上に自分の命を大事にしているはず。
(藤原妹紅の実力はそこまでの物か。それとも?)
竹林の中に存在する風雅な屋敷はそこに棲む者達を示しているのか、永遠亭と呼ばれている。
広い敷地の中にある庭園は、海や磯を模した造りで海景描写が多く、現代の庭園ほどの美しさ程ではない物の、屋敷の主の風格を克明に表していた。
永遠亭の庭園は現代における日本庭園のルーツとも言うべき造りなのである。
偶然か必然か、日本庭園には、蓬来式枯山水庭園等と言う名称の庭が存在すると言う事を知ったら、永遠亭の主はどんな顔をするだろうか。
そんな歴史の一部を切り取って存在しているようなこの永遠亭に、現在不穏な空気が流れている。
最も、屋敷の主、蓬莱山輝夜は、そんな事は微塵も気にした様子は無く、いつもの様に菓子等をつまみつつ、因幡の白兎と遊びに興じていた。
その空気が、おかしな事が起こっていると言う合図だったとしても、永遠を生きる者にはそんな事は些事でしか無いのである。
「古今東西!」
「イェーイ!」
「『胸の大きい人』!」
「小野塚小町!」
「はい誤答よ、てゐ。
私は『人』と言ったのよ」
「汚ぇ!」
山の手線ゲームである。
以前は物合わせ、双六、石投(いしなご)や雛(ひいな)遊び、銭打ち等、お姫様らしい遊びをしていた。
しかし輝夜が永い時間を過ごす間に、試行回数は膨大になり、最後にはどうすれば勝てるのか、文章にしたら数冊の本にまとめられる程に極めてしまった。
文々。新聞にも、遊びの話題が出た時に輝夜の話が寸評として掲載される事がある。
要するに、誰と遊んでも完勝してしまい面白く無いのである。
幾度目かの宴会の折、隙間妖怪に何か新しい遊びが無いものか、と相談した所、いくつかの遊具や、書を進呈してもらったり、手ぶらでできる遊びを教えてもらった。
ボードゲーム等にもハマっていたのだが、『ジュマンジ』と言うボードゲームで遊ぶに至り、明文は避けるが、凄惨な事態が起きた。
薬師、八意永琳は怒り心頭で輝夜を説教し、隙間妖怪に会わせろ、と博麗神社にカチコミをかける寸前まで行った。
それ以来彼女はボードゲームには触っていない。
「姫様、良い加減に私の話を聞いてくんないかな」
「あら、ダメよてゐ。私は毎日退屈なの。どんな遊びでも良いわ。私を楽しませ、勝つ事ができたら相談くらいは乗ってあげるけど」
「困るのは私達だけじゃなくて、師匠や姫様もそうなんだよ。なのに二人とも『姫に頼みなさい』『永琳に頼みなさい』、とこうだ。正直な所、今すぐにでも話を聞いてくれなきゃまずい」
それが二人が遊びに興じていた理由か。
しかし、竹林は因幡てゐにとっては庭の様な物であり、解決できない問題等、ほとんど起こらないはずだ。
その彼女が助けを求めている事態にも関わらず、薬師も姫も、関係無い、と言った風な態度を取っていた。
「幻想郷には問題解決の専門家がいるでしょ?」
「それが、八雲のは動きを見せてない。自宅がわかんないから、わざわざマヨヒガまで言って橙に確認して来た。紫ババアの方は寝っぱなし、狐の方は相も変わらず結界の点検維持に精を出してるんだそうだよ。博麗のは、カンだか何だか知らないが、私が出るまでも無い、と言ってる。この二人が動かないって事は、この件は大きな問題では無いって事らしい。だとしたら私達で解決しなきゃならない」
「白黒はどうしたのよ」
「シロクロ? 犬にどうにかできるような物でも無いと思うけれども」
「フフッ。犬か、確かにそうかもしれないわね。ではもう一匹の犬ならどうかしら」
「もう一匹?」
「吸血鬼の番犬よ」
「何が悲しくて、あんな連中に解決を頼まにゃならんの」
「じゃあ風見幽香を焚き付けて――」
「私の命は姫様と違って有限なんだから」
「じゃあやっぱり他に手段は無いわねぇ。鈴仙とイナバに任せるわよ、そう言うのは」
無責任な台詞だが、確かに永遠亭の人員で、輝夜と永琳にフリーハンドを約束されているのは、てゐと鈴仙・優曇華院・イナバだけである。
永琳は仕事の時くらいしか表に出ない。材料の調達すらも鈴仙に任せているフシがある。
輝夜も外に出るのは宴会とケンカ、後は妹紅にちょっかいを出しに行く時くらいだ。他の時間は姫らしく屋敷に納まって、今日の様に遊びに興じている。
よくよく考えれば、妹紅のいない所には足を運んでいないのがいかにも輝夜らしい。
「冗談じゃない。鈴仙は油断したのかどうか知らないけど、大怪我だ。相手は火気厳禁の舞台で火を使ってるし、消火器は故障中、火消しの連中は休業中と来てる」
「舞台も観客も全焼、全てが灰になるって言うのも面白そうじゃない?」
「ここは元々、私達兎のナワバリだし、慣れ親しんだ土地が荒らされるのは困る。部下の兎達は完全に怯えてるし、他の妖怪達もビビッて沈黙してる。竹林は完全に通行止めだよ」
「何とかなるんじゃない?」
「暢気だなあ。こっちは必死なんだけど」
「もう一人役者がいるじゃない。火気厳禁の舞台でも平気そうな、火薬庫みたいな女が」
「……あれ?」
「仮にも案内人を名乗っているんだから、突然そんな事を言う物ではないよ。不安になって来るじゃないか」
竹林の中は暗闇、と見せかけて何故か周辺だけは良く見える。その癖一定の距離から先は明かりがあっても見通せない。
霧の仕業か、妖怪達の気の成せる業か。
「いや、おかしいよ、今日の竹林は」
「笑い話かね?」
「そのおかしい、じゃなくて変だって意味。怪しい気配がほとんど感じられない。静か過ぎる」
「君が竹林に足を踏み入れたからでは?」
「それは無いな。物見高い妖怪の事だ。私と一緒にいるのが何者なのか、と言う事に興味を持つだろ。まして今日は普段見かけない妖怪を連れてる」
「何にせよ、邪魔が入らないのは良い事だ。飛べないのがちと面倒だがね」
「ああ、宙空は薬師の所にいる兎が、波長をズラしてるんだ。ヘタに飛ぶと前後不覚で竹林を叩き出される形になるか、無理矢理迷わされる。余程カンが鋭いか、対策でも無い限り、永遠に目的地まで辿り着けないでしょうね」
「恐ろしい兎もいた物だ」
「全く。光の位相を揃えて特定の方向に放射する事も可能らしいわ。隙間妖怪が『れーざー』とか言ってたね。何の話だか良くはわからないが、ナズーリンはわかる?」
「君とは気が合うな、としか言い様が無いね」
妹紅は人付き合いも会話も余り得意では無い方なのだが、不思議と口が軽い。
ナズーリンも余り無駄口を叩く方では無いのだが、今回はそうでも無い様だ。
お互い、他人と関わる時には一歩下がり、線を引くようなタイプだから、逆に話し易かったのかもしれない。
それに――――自分達はお前に臆して等いないぞ、と言う牽制も兼ねている。
「じゃあ、さっきから尾けて来てる奴がどんな奴かは?」
「一応、ね。いつの話かは、とうに忘れたが見た事がある」
「やっぱり気が合うようだね」
話が区切られた刹那、妖気と共に黒い影が後ろから突っ込んで来た。
ナズーリンと妹紅が左右に分かれてそれをかわすと、そいつは10間程先で砂煙を上げながら踏み止まって、振り向いた。
兜、鎧具足に刀を身に着けた足軽の様な姿で、大きな槍を構えている。
時折姿がボヤけているように見えるのだが、闇の所為か霧の所為か。
「幽霊…じゃないな。不思議な存在感だ。竹林にはあんな奴もいるのかね?」
「いや、ここら辺では……幻想郷では見た事無い奴だ。確かどこで見たんだっけなあ……陸奥(みちのく)かな?」
「奥羽の辺りだね。アラハバキとか言う神様の使いっ走り、だったと思うが」
「そうそう。良く知ってるね、ナズーリン」
「私も仏の使いっ走りと言えない事も無い。同類相憐れむ、と言う奴だね」
「なるほど。確か、『桃生(もむのふ)』とか言ったっけ」
「ああ、随分と懐かしくて厄介な奴が出て来た物だ。おまけに、見たまえ。敵意丸出しだ」
「とっとと帰れ、と言っても――」
「無駄だろうな」
二人が話している間にも、桃生はすり足で近寄ってくる。
本当に問答無用らしい。瞳の奥にも理知の光は、無い。
「ナズーリン、あなたは戦えそうかしら」
「勿論、と言いたい所だが、正直無理だな。同じ神や仏の使い走りと言っても、武の一族で、鬼染みた強さを誇る兵隊連中と、密偵の様な仕事をこなしている私では勝負にならないだろう。言うのを忘れていたが、私の得意技は失せ物探しなんだよ」
絶望的な言葉を吐き、苦笑しながらナズーリンは言った。
最後の一言には、何やら自嘲めいた物を感じるが、今はそれどころでは無かった。
せめて星から宝塔を借りてくれば何とかなったのかもしれないが、それは無い物ねだりと言う奴だ。
しかし、妹紅はそれを聞いて尚、臆する様子は無い。
それどころか、ナズーリンに向けて笑みを返したのだ。
(この状況で笑うか。本当に何者だ?)
「良いね。輝夜との殺し合いも楽しいが、それ以外で殺し合いをするのなんて何年、何十年ぶりだろう。何故こんな奴が竹林で弁慶みたいなマネをしているのかは気になるが……久々に鬼くらいの力を持つ奴と闘うのも面白い」
ナズーリンは、自分が妹紅を過小評価していた事を知った。
まるで本物の鬼と闘った事があるかのような……いや、事実あるのだろう。
だとすれば、藤原妹紅と言う人間は、本人の言う通り人間と言う枠に収まる存在では無い。
どちらにしろ、幻想郷で見かけなかった様な存在が、スペルカードルールで決闘をしてくれるとも思えない。
妹紅は指先でちょいちょい、と桃生を招いた。かかって来い、と言う合図だ。
誘いに乗ったのか、攻撃の好機と悟ったか、桃生が動いた。
先程と同じように、槍を突き出しながら突っ込んで来る。
その速度は突っ込む、と言うより最早すっ飛んできた、と言った方が正しいかもしれない。
風切音すらも凶器になりそうだ。神族の配下で武に生きた一族、桃生、と言うのは伊達では無いのだ。
それは先程よりも速く、鋭い。とても人間にかわせる速度では無い。
ナズーリンは串刺しになった妹紅、と言う残酷な結末を想像したが、妹紅はここでも予想を裏切った。
妹紅は、ナズーリンが瞬きした次の瞬間、桃生の横っ面に掌底を叩きつけていた。
当然桃生はバランスを崩し、横倒しになったまま地面を滑って行く。
「危なっ! 少し鈍ってるかな」
事も無げに妹紅は言うと、どこからか符を取り出し、追撃にかかる。
「陰陽五行汝を調伏する! 急々如律令!! 幻想の顕現を禁ずる!!」
五芒星の形に指で印を斬り、流れるような動作で符を飛ばす。
符は途中で燃え上がり、炎弾となって桃生を飲み込んだ。
ごおお、と言う空気が震えるような音とともに、一気に天まで昇ろうかと言う勢いで炎が燃え上がる。
炎上する桃生を背に、妹紅はナズーリンに向き直って、ぱんぱんと手をはたくと、再び笑顔を見せた。
ナズーリンは唖然とするしか無い。
相手の攻撃を見事にいなし、その隙を見逃さずに攻勢に転じたその手腕。
動きも、その動作が体に染み付いているのだろう。淀みも迷いも感じなかった。
慧音は妹紅が人間だと言っていた。しかし妹紅本人は人間では無いとも言っていた。
人間に今の様なマネができるだろうか?
炎を背に佇む妹紅はこの上なく美しく、ナズーリンからあらゆる言葉を奪った。
そしてそれは警告を与える為の時間をも奪い去ってしまった。
「っ!!」
先に想像した事は現実となった。
未だに赤く燃え盛る炎の中から、槍が投擲される。
それは妹紅の背から胸を貫き、槍の残り火は妹紅をも巻き込み始めたのだ。
「藤原さん!!」
悔やんでも、時既に遅し。
二つの火柱の一つから、焦げ臭い匂いを発しながら、桃生はのっそりと現れた。
そのダメージは軽い物では無いらしく、油汗をびっしりと流している。
妹紅がやられてしまった。ナズーリンが想定していた一番最悪の事態だ。
しかも、ナズーリンには炎の様子がおかしい事に気づいていた。
気づいていながら言葉を発せず、むざむざ妹紅がやられる様な事態を招いてしまった。
当然、次の標的は――。
「ちっ!!」
ナズーリンは慌てて超低空、地面から一寸も離れていない位置を滑る様に高速で後退する。
続いてダウジングロッドを構え、三度突っ込んできた桃生の正面にレーザーと弾を雨あられに撃ちまくった。
桃生は腰の太刀を抜き放ち、眼にも止まらぬ斬撃を一閃、二閃と繰り出し、頭部や急所狙いの致命打となる弾を弾き飛ばした。
だが、他の弾き切れない弾はどうしようも無く、腕に、足に、ダメージが蓄積されて行く。
狙った弾すらも防げなくなるのは時間の問題だ。
桃生の速度は相変わらず衰えてはいないが、些か足がもつれている様にも見える。
(殺れる!!)
賢将とも呼ばれるナズーリンに有り得ない――そして、有ってはならない戦慄の油断。
必殺を期して送り込まれていた弾幕に、わずかな隙が生じた。
ナズーリンの気が緩んだ瞬間、桃生が残った力を振り絞る様に身を屈め、ジャンプ一番、弾幕の少ない上方から襲い掛かってきた。
慌ててペンデュラムを展開し大玉を撃ち出すが、それも太刀で一閃されると、妖気の塵となって弾け飛んだ。
目の前に迫る刃は、酷くゆっくりと眼に焼きついた。
(な、しくじった!)
やられる。
病を患っている聖も、いつも失せ物を探している主人も、寺の仲間も残して。
ナズーリンは初めて仏以外の物に祈った。何でも良い、この状況を打開できる何か。
その祈りに応える者は、近くにいた。
「邪怪禁呪悪業を成す精魅、天地万物の理をもちて微塵と成す」
それはナズーリンの声でも、仲間の声でも無かった。
覚えのある声は火柱の中からだ。
「螢惑招来――パゼストバイフェニックス」
その声に呼応し、突如炎が鳳凰の形に姿を変え、その両翼から大量の弾が撃ち出された。
それは桃生と共に、ナズーリンを巻き込み、明後日の方向に押し流す。
吹っ飛ばされて転がるナズーリンは、急いで体勢を整えると、再び声を失った。
荒ぶる炎、顕現した鳳凰、それを背に立つ、妹紅を見たのだった。
何という激しい――そして美しい炎であるか。
「だ、大丈夫なのか?」
「うん、話はそいつを片付けてからにしよう」
妹紅はそう言って転がっている桃生へ眼をやった。
一度胸を貫かれる、と言う失態を犯したからか、妹紅の視線は、一層鋭く、冷たい。
桃生は再び立ち上がり、妹紅を睨み返すが、その瞳が翳った事を、ナズーリンは見逃さなかった。
その表情には迷いの色が浮かび始める。瞳の奥に宿る光は、怯えだった。
もしも、妖怪さとりが彼の心の声を聞いたならこの様な感じだろうか。「あんたを狙ったわけじゃない、そっちのネズミを狙ったんだ。おれはあんたに、ちょっかいなんか出す気はなかったんだ」と。
勿論、今更戦意を喪失しても見逃してもらえる様な状況では無い。
そもそも、妹紅が活動する竹林を荒らした時点で、桃生の命運は尽きていたのだ。
妹紅が一歩、歩みを前に進めると、桃生は腰が抜けたようにへたり込んだ。
「何もしないのか?」
と、妹紅は聞いた。
彼女の表情、発する炎は、その美しさをさらに引き立てている。
美しさと死は隣り合わせだと思わせるような炎。
冷徹な声で彼女は更に告げる。
「しなくても死ぬぞ」
桃生は太刀を握り締めて立ち上がり、獣の様な咆哮を放った。
自らを鼓舞している訳ではない。恐怖を抑え付ける為だ。
だが、それは彼の遺言、及び断末魔と同義だった。
咆哮した勢いで横に振りぬいた太刀は、妹紅の首筋に叩きつけられ、彼女の首は宙を舞った。
しかし、その口から――
「藤原妹紅の名において命ずる。出でよ」
妹紅の体は桃生の頭に手をかざして、宙に舞った頭はそれだけを口にする。
すると突如三本の爪が出現し、桃生の頭を吹き飛ばしてしまった。
血ともヘドロともつかないような色の液体、肉やその中身が激しく飛び散る。
それらは地面に落ちる前に、霧散し消えて無くなった。
ナズーリンは一部始終を見届けて、ようよう言った。
「藤原さん……もしや君は」
落ちた首に話かける。普通なら返事など返ってくるはずも無い。
しかし首は、痛たたた、と呻くとナズーリンの問いに答えた。
「そうだね、別に隠してた訳じゃないんだけど。説明する必要も無いかなー、って」
「不死身、か」
「そう言う事。この状態じゃ話しにくいし、土で汚れるし。頭を胴体に届けてくれるとありがたいんだけど」
妹紅の言葉に、ナズーリンは彼女の首を抱え、頭を探してフラフラしている胴体に手渡す。
その手が無理矢理切断された部分を接着させると、首の斬線はみるみる消え、出血も収まった。
非常識な再生を前にして、ナズーリンは上手く感想を伝える事ができなかった。
妹紅を貫いた槍も、今思い出せばどう見ても心臓をぶち抜いていた。
贔屓目に見ても致命傷である。吸血鬼だって、首を落とされるか心臓を杭で縫いとめれば眠りにつく。
贔屓目とかそう言う問題では無いかもしれないが。
それが今は傷一つ無い。少し目端が利く者なら推測は容易だろう。
「フフッ、あははははっ!」
ナズーリンが笑い始めたのを見て、妹紅はギョッとした。
大口を開けて笑う様なタイプでは無いと、妹紅は思っていたのだ。
だが、もし仮に「自分は、かめはめ波を撃てる」と言った普通の人間が、本当にかめはめ波を撃ったらどうだろうか。
驚きとかそういう次元では無く、それこそ、笑うしか無い。大爆笑でもおかしくあるまい。『笑うしか無い』と言う言葉の意味を、ナズーリンは今知った。
まして、不老不死と言うのは妖怪ですら手の届かない物だ。
「まあ、竹林が静かだった理由も多分あいつがいたからだろうし、これで邪魔者はいなくなったし。今まで沈黙していた妖精や妖怪も活動を再開するだろう。さしあたって、早くあなたの用事を済ませる為に、永遠亭に急ぐ事にしない?」
再び竹林の闇の中を歩き始め、しばらくしてから妹紅は口を開いた。
「しかし、あいつは結局なんだったんだろう」
「さて」
「だいぶ古い奴だから、幻想入りしてもおかしくないけれども」
「私はそうは思わないが」
「何故だい?」
「あいつが後の時代にどう言う影響を及ぼしたか知っているかね?」
「それ位は知っているさ。武士(もののふ)の語源となったんだろう。でもその武士も現代では廃れているらしい。益々幻想の住人と化してもおかしくなさそうだ」
「その通りだ。だが、思えば奴の存在は何だか不安定だった。感情の動きは最後までほとんど無かったし、会話もままならなかったようだ。おそらく、幻想入り『しかけていた』んだろう。武の一族と言う根幹を司る部分だけが幻想入りしていたようだな。竹林に顕現したは良いが、理性まではまだ外の世界にあった。それで竹林に留まり、誰彼構わずケンカを売り歩いていたのだろうよ」
「あなたの話は回りくどくて困るよ、ナズーリン。慧音の話を聞いてるみたいだ。単刀直入こそが全てだと思わない?」
「ふむ。確かにあいつは忘れ去られようとしていた。しかし、現代には恐らく、奴をギリギリ繋ぎ止める物があったと考えられるな」
「なんだいそりゃ」
「もう一つ、奴が関係していると言われている創作がある。あの桃太郎だ」
「ももたろう」
「おや、知らないのかね? 現代まで伝わっている有名な話だよ。桃から生まれた桃太郎。犬猿雉を引き連れ、鬼退治に向かう、と言う話さ。あの桃生は、その桃太郎のモデルかもしれぬ、と言う事らしい。わずかなりとも、桃生の要素が桃太郎として伝わっているから、幻想入りし損ねたのかもしれんな」
「なるほどなー。思えば初手で『禁』じ切れなかったのも、その辺が理由か。てっきり幻想入りしたばかりな物だと思っていたから詰めが甘かった。存在その物を禁じるべきだったね」
「君は恐ろしい女だな。奴があれ程の力を持っていても、最後はあっけない物だ」
「桃生(もむのふ)が、武士(もののふ)で桃太郎か。鬼退治をした英雄のモチーフになっただけあって、確かに鬼顔負けの力だったな。でも私は、大陸にいた事もあったし、この国じゃ基本的に隠遁生活だった。覚えていないだけかもしれないが、確実に知っている昔話は『竹取物語』位だよ」
「ほう? さっきの魔物を呼び出すおかしな術もそっちで習ったのかね?」
「良く知ってるなあ。習ったと言うか、手に入れたと言うか」
「不動明王の側近が、大陸の方でそんな術を研究していたと聞いた事があった物でね」
「仏門の情報網か。そういや仏教の密法や何かもそっちで習った」
「冗談では無さそうだな」
「オン、ナウマクサンマンダ、ボダナン、バサラ、ダン、カン、ってね」
「マントラも唱えられるのかい、君は? 聖に紹介したい位だよ。符術に加えて妖術、魔術、オマケに密法。不老不死と言うのは大した物だな」
「永く生きてるとヒマだしねえ」
とりとめの無い話をしながら、二人は歩みを進めていた。
と言うか、その様に毒にも薬にもならない世間話が話ができる等とは二人とも思っていなかった。
お互い、その生い立ちや生活から、通ずる物が多く、話題も腐るほどあったのだ。
打てば響くように答えが返ってくる。
この二人にしては珍しく、話が合うと言う奴だった。
会話のノリで「気が合う」等と言っていたのは割と真実に近いらしい。
そして歩く事さらに数分、彼女らの目の前に、立派な屋敷が現れた。
「着いたよ。ここが永遠亭。最低のお姫様と、最高の薬師を要する魔窟だ」
「些か悪意を感じる説明だが……含む所でもあるのかね?」
「昔は怨恨の対象で、今は生き甲斐を感じさせる場所、かしら? ま、今回はちょっと疲れたし、このまま帰るとするわ」
「そうか、今夜は本当に助かった。これは些少だがとっておいてくれ。遠慮はいらない」
ナズーリンは慧音に渡したのと同じように、財布を取り出し、妹紅に金子を握らせた。
妹紅は最初遠慮したものの、やはり慧音と同じように説得され、ポケットにそれを突っ込んだ。
「仕方ないなあ、それならナズーリンの仕事がひと段落したら、この金で一杯やらないか? 美味いウナギを食わせる店があるんだ」
「それは君の自宅にあった屋台かね。商売上手で羨ましい限りだよ」
「あれは知り合いの妖怪から預かってる屋台なのさ。置く場所が無いから、開店してない時は預かってくれ、だそうだよ。勝手なもんだ。味と雰囲気は悪くないんんだけどね」
「妖怪が商売をしているとは珍しい。是非ご相伴預かりたい物だ。君も里に寄ったら命蓮寺を訪ねてくれ。歓迎するよ」
「時間があったらそうさせてもらうよ。ああ、そうそう。帰りはここに住んでいる因幡の白兎に頼むと良い。それじゃあ失礼するよ」
妹紅が永遠亭から去ろうとすると、背中から別の声がかかった。
鈴の鳴る様な声、とはこう言う物だろうか。
気品と威厳に満ち溢れ、尚且つ声だけでその美しさが魂で理解できるような。
しかし、喋っている内容はどうかと言うと。
「おいでやす、もこはん」
妹紅はコケるしかなかった。
現れた輝夜につかつかと歩み寄り、胸に指をつきつけながら悪態をつく。
「何が『おいでやす』だ気持ち悪い」
「あらあらご挨拶ねえ。その汚い手をどけなさい。今の京風にお客様を歓迎してあげようと思ったのに」
「へえ?」
「はい、お茶漬け」
輝夜は言うなり、調理もしていない米と茶葉を妹紅に差し出し、投げつけた。
バラバラ、ばさっと言う音と共に、妹紅は無残な姿になった。
今のが決闘ルールなら勝負あり、である。決まり手は『京符・お茶漬けのレシピ』であろうか。
妹紅の美しい白い肌が、怒りで真っ赤に染まるのは数秒後の事だ。
ちなみに、お客にお茶漬けないしぶぶ漬けを差し出すのは、『帰れ』と言う意味である。
「あらら、これは節分だったかしら? 間違えてしまったみたい」
「節分なら豆だよバカ。私も炎を投げつけてやろうか」
「まあまあ、怒らないで妹紅。ミステイクって奴よ。私はお礼を言いに出てきたの」
お礼、と聞いて妹紅は投げつけようとしていた符を止めた。
ナズーリンは今のやり取り、事前に聞いた話から大体を察する。
「藤原さん、彼女が?」
「ああ、傲慢で下品で目つきも頭も悪く、手癖も悪いし、ついでに足も臭い。その上性格も最悪で他人の苦労なんかちっとも分かっちゃいない、永遠の姫様だ。黒髪は美しく見えるが、その実、あれはギトギトの油でヌチャヌチャしており、その髪の毛でとったダシスープにはノミやシラミが浮いてゲロ以下の――」
輝夜は再び茶葉を妹紅に投げつけた。
屋敷の中、輝夜の部屋に招かれた妹紅とナズーリンは、竹林での事を輝夜、永琳、因幡てゐに語った。
それ見た事かと輝夜が胸を張り、てゐにニヤついた顔を向ける。
「ね? 何とかなったでしょ?」
「あのねえ、姫様が自慢してどうするのさ。全くどうなる事かと思ったよ。ナズーリン、だっけ? それに妹紅、本当にありがとうございました」
「そうね、いくら荒事専門の下賎な人間とは言え、私達の面倒事を片付けてくれた事は事実だもの。お礼を言いたい、と言うのはそういう事よ」
輝夜はそう言うと、「姫」と言う肩書きに相応しい立ち居振る舞いで言った。
「此度は、私達永遠亭の為、ひいては竹林の為にその労を割いて頂き、真に感謝致します。つきましては、それを労うために酒宴等を催したいのですが、いかが致しましょう」
声、所作、その姿は文句無しに美しかった。妹紅が見惚れる程に。
これが本気で「姫」に徹した輝夜の姿なのだろう。
しかも、高慢ちきの輝夜と、人を食った様な言動と嘘で相手を振り回しているてゐが真摯に礼を述べている。
「ハルマゲドンか」
妹紅としては他に言い様が無かった。
輝夜と妹紅の殴り合いが始まったのを機に、ナズーリンは永琳に目的を伝えた。
「あなたが幻想郷最高と言われている薬師殿だね。先程紹介に預かったが、私はナズーリン、命蓮寺の丁稚と考えてもらえれば良い。実は診て頂きたい患者がいるのだ」
「わざわざここにやってくる人間や妖怪の用事は九分九厘それが目的だし、構わないわ。それで、私が命蓮寺まで行けば良いのかしら」
「本来なら本人を連れてくるべきだったのだろうが、私の主人の見立てでは動かすのも危険だ。確か『他人の眼に触れさせて良いような病状ではない』と言っていたな。大変申し訳ないが、寺まで出向いて頂け無いだろうか?」
「ええ、構わないわ。面倒事を片付けてくれたようだし、何より私の趣……仕事でもある訳だし。喜んで往診に向かわせて頂きます。ただ、今は助手が怪我で寝込んでいて準備が遅くなるだろうから、明日の早朝でも良いかしら?」
それを聞いて、ナズーリンはおかしな表情になった。
意味は「本当に大丈夫なのか、この薬師は」と言う顔である。
医者が「喜んで往診に行く」等と患者やその家族に発言する事は、はっきり言って無い。
永琳は通院して来た患者にも「いらっしゃいませ」と言ってしまう様な薬師なのだろうか。
しかし、人格と腕前とは無関係である。
ヤブ医者であれば、誰もが永琳を指して「幻想郷最高の薬師」等と言うはずが無い。
ナズーリンは諸々の事に眼を瞑り、「よろしくお願いします」とだけ言って、永遠亭を後にした。
命蓮寺に帰参し、星に薬師が訪ねて来る時間を伝えると、ナズーリンは食事も摂らず、布団に横になった。
どうやらムラサ船長が寝床の準備をしてくれていたらしい。気の利く事だ。
同時に疲労がどっと押し寄せてくる。
何と言う濃密な夜であった事か。
不死身の人間と知り合い、竹林で幻想になりかけた妖魔と戦い、薬師の屋敷についたかと思えば歓待を受ける。
尚、聞いた話では、あそこの姫はどうやら『なよ竹のかぐや姫』その人であるという。
妹紅の言っていた竹取物語の話は、そう言う事だったのかと納得した。
もっとも、そのかぐや姫は妹紅相手にマウントポジションでゲラゲラ笑っていたが。
人間と協力して戦いに臨んだのも何百年ぶりか。
幻想郷では人間と妖怪が折り合いをつけ、それなりに上手く共存している。
屋台を開いている妖怪もそう。聖白蓮が見たがっていた世界だ。
今回の事で、主の監視だとか、聖の為だとかを抜きにして、ナズーリンはこの地に愛着が湧いてきた。
妹紅の言っていた、隙間妖怪とやらの台詞を思い出す。
「幻想郷は全てを……何だったか」
――幻想郷は全てを受け入れる。それはそれは残酷な話ですわ。
ナズーリンはぎくり、と体を硬くした。
声が聞こえた様な気がする。しかし、聞こえて来たのは耳元からだ。
当然、そこには何もいない。
幻聴だったのだろうか、と思い直す。だが、ナズーリンはその声を聞けた事が妙に感慨深かった。自分はただの、お目付け役だと。妖怪である自分が仲間達のように人間と仲良くよろしくやる等、居心地が悪い。そう思って斜に構えていた自分の心境がいくらか整理され、ようやく幻想郷の住人として認められた。そんな感じがするのである。
彼女は布団を被って、笑顔をこぼした。
「面白いな。うん、面白い」
翌日の朝。
「せっ、先生! 聖の容態はどうなんですかぁ!!」
「落ち着きたまえよ、ご主人」
「風邪よ、心配無いわ」
「風邪!? そんなバカな! あんな無残な状態だと言うのにどこが風邪だと!? 顔はパンパンに膨れ上がり、熱も酷い! 不治の病だったらと思うと……ううっ!」
「まあ、ただの風邪では無いけれど。流行性耳下腺炎、でわかるかしら」
「やはり!! どう言ったご病気で!? 治るのですか!?」
「おたふく風邪よ」
ナズーリンは肘鉄は、寅丸星の鳩尾に的確に命中した様だった。
星はキラキラした胃液を口から噴出してのた打ち回った。
聖は5日程で完治したが、星は重症で、永琳のカルテによると『内臓破裂』。
全治までは約二ヶ月を要した。
本当に素晴らしかったです。ありがとうございました。
そりないわwwww
しかしなるほど、この二人は気が合いそうだ
って、ジュマンジはダメだ。ジュマンジは絶対ダメだっ!
コアン某やらも使えるのかしら。
読み始める前はこういうオチだって察していたはずなのに、ナズーリンの描写に惹き込まれてすっかり頭から抜け落ちちまったぜい。
ジュマンジは心の持ちようで出目やイベントが変わってくるから、輝夜なら普通に圧勝しちゃいそう。逆に鈴仙は大惨事を引き起こす。ドンドコドンドコ。
「遊び方をしらないお客にルールは無用。油断してると兎鍋」
出目イカサマをしてウサ耳になってしまう姫様を想像しましたw
アト○スは分かっててやってるんだと思いますが、武士の語源とかアラハバキとかは実際の神話は結構違います。
その他は面白かったです。特にジュマンジが。ジャングルで彷徨うイナバ達を想像すると笑えますwww
カッコイイ妹紅と細かい戦闘の描写に引き付けられました。
しかしなんというドジッ虎……w