Coolier - 新生・東方創想話

Fate/scarlet night

2011/02/15 04:52:38
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運命の紅い夜


喜劇も終盤


少女は解放の時を迎える


吸血鬼の右手には、名高き主神の槍


この罪人を裁くには、役不足かもしれない


吸血鬼は躊躇なく右手を振り上げる


観劇者の悪魔たちは、この行方の分からない喜劇を固唾を呑んで見守っている




そして――


断頭台の刃は落とされた









~Fate/scarlet night~







霧が出ていた

霧と言っても、水蒸気に因る自然的なものではない
石炭の煤煙によって人工的に発生するスモッグに因るものだった
当然それは自然に良いものではない
しかしこれは、人間達の技術の進歩の証でもあった

霧の都
この街はそう揶揄されていた




少女が歩いていた
くすんだ鈍色の長髪
手入れは行き届いていない
体に纏っているぼろ雑巾のような布には、赤黒い染みが付いている

目を引く姿の少女は、ガス灯と月明かりが照らす、夜の街を闊歩していた

人通りは少女以外にない
街灯が作られ、明るくなったとしても、人間達は知っている
夜は自分達の時間ではないことを




少女の後ろを、何者かが付け回していた
その姿は、人間の女
しかし、普通の人間は夜に出歩かない
縦に細められたその眼と、舌舐めずりをする長い舌は、決して人間のものではなかった

人外
異形
化物
一般的に呼ばれる名は、妖怪

夜は彼らの時間だった

しかし、最近は人間たちの抵抗が激しい
妖怪に抗おうとする人間の意志により、技術が急激に進歩しているのである
その際たる物が、街灯である
闇に抗う、人間の明るき意志

光に弱い下級妖怪は、為す術もなく街から撤退するしかなかった

しかし、上級妖怪たちにそんなものは通用しない
現にこの妖怪は、街灯の下を何の苦もなく歩いていた

妖怪は久方ぶりに見つけた食事に歓喜していた
しかも相手は少女
人間の肉は若ければ若いほどうまい
ごくり、と喉を鳴らす
本当に久方ぶりの食事だ

この妖怪は人間に化けて、街に隠れ住んでいた
昼間は、人通りの少ない場所を狙い、人間を食らう
夜は、闇に紛れて、夜に出歩く無用心な人間を食らう
そんな生活を送っていた
しかし最近は物騒な事件が絶えないせいで、昼間にも人通りが少なくなり、夜にはまったく人が出歩かなくなってしまった

だからこれは、本当に久しぶりの食事
口からは涎が止まらない

先ほどから注意していたが、周囲に人の気配はない
この場には自分とあの少女しかいなかった
少女一人出歩くのはおかしいと思い、ずっと観察していた
人間たちの新手の罠かと思ったが、どうやら本当に無用心な少女のようだ

服から血の匂いがするのは、大方人を殺めてしまったのだろう
そして逃げ出してきた

あぁ、もうそういうことでいいじゃないか!
もう待ちきれない!

妖怪は恐るべき速度で音も無く少女に襲い掛かる
口は裂け、少女の頭を丸々飲み込めるぐらいに開いていた




この妖怪は頭がいい
人間の知性の数倍はあるだろう
罠の可能性を疑い、少女をすぐに殺さなかった
頭の悪い下級妖怪ならば、出会い頭に食い殺していただろう

しかし、この妖怪は一つ思い違いをしていた
この少女は、無用心ではなかった

夜に外を出歩くのは、無用心なやつか愚か者
そう決まっている

そしてこの少女は愚か者でもない




この少女は
異端だった




もちろんこの少女は人間
妖怪でもなんでもない

その証拠に、妖怪が襲い掛かった
妖怪には匂いで人間かどうかが分かる

この少女からは人間と血の匂いしかしない
だから襲い掛かった




妖怪の牙が少女に襲い掛かる
少女の後頭部に後1m

その牙が少女を貫くことは、決してない
その前に妖怪が死ぬのだから




妖怪の顔から突然血が吹き出た
深い切り傷が縦に一本
そして横にもう一つ
また縦に一つ
そして横
縦横縦横縦横縦横縦横縦横…

顔の肉が半分以上削ぎ落とされた所で突然それは止まる
血は吹き出たまま

同時に首が落ちた
血の噴水が湧き上がる

次に右腕が切り落とされる
次は左腕
胴体は3分割
最後に足が切り離された

そしてあとに残るのは、肉片と血だまり

恐るべきことはそれが一瞬のうちに終わったことだろう
妖怪は死んだことすら分かっていない
それぐらい一瞬の出来事だった

少女はその場から動いていない

その手には銀色に煌くナイフ

血はついていない

少女は振り向き妖怪を一瞥した後、姿が掻き消えた




この少女は人間だった

化け物じみた能力をもった、ただの人間
しかし、人間たちからは

異端

そう呼ばれていた




*  *


少女は生まれた


人の身には重すぎる因果を交えて


少女は育った


有り余る畏怖と侮蔑の目を向けられて


少女は知らない


親から子へ与えられるべき愛を


少女は分からない


生まれた意味も生きている理由も


少女は刃を振るう


やり場の無い怒りを人外に向けて




*  *  *


『切り裂きジャック再び!』

新聞の紙面には大見出しでそう書かれていた

切り裂きジャック
言わずと知れた、大量殺人鬼
この霧の都で今最も恐れられている人物
ジャック、と言うのは正式名称ではない
呼び方の定まっていない男性を指す名前である
犯行が始まって一ヶ月
未だこの人物の正体は掴まれていなかった




小さな部屋だった
周囲にあるものは、テーブルと椅子
テーブルの上には、散けたトランプと数冊の本が積まれていた
壁掛けには、先ほどの少女が着ていた血のついた布が掛けられている
後は古ぼけたベッド
それだけだった

部屋の窓からは光が差し、朝であることを示していた

路地裏の廃墟の一つ
少女はここに住んでいた

(…)

少女がベッドに腰掛けて、新聞を読んでいた

記事には昨夜起こった事件のことが書かれていた

昨夜の事件の詳細
犯行現場と、被害者の身元
そして死因

死因はいつも通りの、体をバラバラにする、といった残酷なものだった

(馬鹿らしい…)

しかし情報が出回るのだけは早い
さすがに同じような事件が数回起これば、皆注意し始めるのだろう




少女は溜息をついた

被害者の身元が、人間であることに

少女が先ほど殺した妖怪は、人間に化けていた
どうやら実際にいた人物らしい
おそらく妖怪が、殺した後に化けたのであろう

この事件の被害者たちは、皆妖怪だった
人間たちはそのことに気づいていなかった

バラバラの死体は集められ、供養されるだろう
殺人鬼に襲われた、哀れな犠牲者として
墓に入れられ、家族たちはそれを弔うだろう
その肉片は、妖怪のものだとも知らずに
本人は当の昔にその妖怪に食い殺されていることも知らずに




少女はもう一度溜息をついた

今度はもっと原型を留めたまま仕留めようか
いやいや、妖怪はしぶとい
首を切っても死なないやつもいる
あれぐらいやらないと始末できないのだ




人間たちのためになることをやってあげているのに、皆私を殺人鬼扱いする
仇を討ってあげているのに、私を加害者に仕立て上げる

異端は理解されない
どの時代も真理だった




(もういい…寝よう)




少女は新聞を放り投げた
新聞が宙を舞う

それが床に落ちることは、なかった

世界は色彩を失う
時間が止まる
あらゆる生き物たちは動きを止める
生が動きを、停止する
それは即ち死
今この瞬間、あらゆる生命は死亡していた

少女を除いて

新聞紙は空中にとどまり、動かない
重力という不変の法則さえ、意味を失っていた

少女の世界は、少女だけが決定権を持つ
超越した能力を持つこの少女は、間違いなく異端だった




少女はベッドに横になる
動く者がいない世界で、少女は眠りに落ちた




*  *  *  *


夢を、見た

少女はこれまで夢を見たことがなかった

だからこれは、少女が生まれて初めて最初に見る、夢

あの日の、夢










そこは薄汚い路地裏だった

少女が立っていた
現在とあまり変わらない、夢の中の少女の姿
服はぼろではなく、まだ新しいもの
髪はきちんと手入れされた、銀色の長髪
その姿は、良家のお嬢様を思わせた

(…ここはどこ?)

少女に記憶はない
周りには誰もいない
いるとすれば小汚ない鼠ぐらいだろう

(何故自分はこんなところにいるのだろう)

少女には分からない
自分の事が何もわからない

(…お腹が空いた)

少女は本能のままに動く
生理的欲求を満たすために

本能のままに動く少女の姿は、乳幼児を思わせる
今この瞬間、路地裏で生まれた赤ん坊といっても差し支えはない




足を動かす
声が聞こえる方向へ進む
少女は大通りに出た
人々が忙しなく動いている

(何をすればいいのだろう)

少女は行き交う人の流れを、何をするでもなくじっと見ていた

少女には分からない
何をどうすれば空腹を満たせるかさえ

行き交う人々は、少女の姿を見るなり例外なく嫌な顔をした
まるで小汚ない鼠を見たかのように

彼らには分かっていた
正常と、異端の違いが

少女には分からない
何故自分に侮蔑の目が向けられているか

(嫌だ…!)

少女はそんな目で見られるのが嫌で、その場から逃げ出した

少女が初めて他人に向けられた感情は、嫌悪だった




路地裏に戻る道の角で何かとぶつかった
思い切りぶつかったので少女は尻餅をついた

(痛い…何?)

顔を上げると、ぼろを着た中年の男が立っていた
頭は禿げ上がり、醜悪な顔をしていた

(…)

男は下卑た笑顔で少女を見ていた
まるで品定めをするかのように、じっくりと

男は少女の手を取り、立ち上がらせた
そしてそのまま手を引かれて歩かされる
少女は男のなすがままに、連れて行かれる
少女に危機感はない

(何処に行くのだろう)

その程度にしか考えていない

少女は何も分かっていない
生まれたての赤ん坊にそんなことが分かるはずもなかった




路地裏の廃屋の並びの一つで立ち止まる
男は少女を廃屋の中へ入らせた

廃屋の中には何もない
かろうじて毛布が一枚敷かれてあったぐらいか

(…)

ガチャリ、と
男はドアに鍵を掛けた
男は少女に襲いかかった

(!?)

少女を床に組み伏せて、服を剥ぎ取る

ここまでされて、やっと少女は理解する
自分はこれから何か嫌なことをされるのだと

(いやぁ…ッ!)

男は少女の体を貪ろうと手を伸ばす

少女には、その手が、悪魔の手に見えて


そして何より


その


下卑た笑顔が


嫌だ


嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌
嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌
嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌
嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌
嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌
嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌






世界が色彩を失う
時が止まる

男は少女に手を伸ばした状態で止まっていた

下卑た笑顔のまま

少女の手には、いつの間に握られたのか、銀色のナイフ

少女は本能のままに動いた




男の額にナイフを突き刺す
そのまま仰向けに押し倒す


少女は男に馬乗りになった
突き刺さったナイフをそのまま下に引く


その感触はケーキを切り分けるようにやわらかい
ナイフに血はつかない
液体も動きを止めていた


切った断面から見える中身は、決してケーキのようなきれいなものではない
男の顔はまだ笑っていた


少女は夢中になって、突き刺す
何度も何度も


眼を潰す
口元を滅多刺しにする
男の顔は段々と原形をとどめなくなっていった


汗でナイフが滑り、手から離れる
ナイフが床に落ちて、甲高い音を立てた


その音で少女は我に返った
同時に世界が動き出した


血が舞う
男に馬乗りになっていた少女は、その血を受けて後ろにひっくり返った


男が豚のような鳴き声の断末魔をあげて暴れている
血を振りまきながら


辺りを血で覆い尽くしたところで、男は激しく痙攣して、そのまま動かなくなった


少女はその様子を呆然として見ていた
やがて少女は、自分が何かやってはいけないことをやってしまったことに気付き、廃屋から逃げ出した


血だらけのまま






少女は無我夢中で走った
あの場から逃げなければいけない

走って

走って走って走って走って
路地裏を抜け、街から出て、森に入って

「はぁっ、はぁっ、…ぁっ…」

少女の足が悲鳴を上げて、体が崩れ落ちる

少女は森の中にいた
辺りは暗い


それは妖怪の時間
しかも場所は森
人間のテリトリーではない

そこに現れるは、血の匂いをぷんぷんと漂わせる少女
襲われないはずがなかった

少女の前には、人間の姿を模した妖獣
獣の耳と、鋭き牙と爪

妖獣は喜ぶ
豪華な食事、しかも探すまでもなく目の前に現れて、喜ばないはずがない
もちろんその顔は、

少女は妖獣の顔を見る




下卑た笑顔




(…だから、)


その顔が、


嫌いだと、
言っている




再び時が止まる


少女の両手には、ナイフ


躊躇なく顔面に突き刺す
刺す
皮膚を裂く
眼を潰す
喉を掻き切る
腹を切り裂く
臓物をぶち撒ける
筋を引き千切る






しばらくして少女は手を止めた
もはや元が何であったかも分からないぐらい、原型を留めていない




そして世界は動き出す

何かが壊れた音がした




紅が散る
辺り一面が血に染まる

少女の視界には、紅色と、死骸と、血だまり

(…)

少女はそれを冷めた眼で見ていた

少女は、もう逃げなかった




化物が誕生した

歯車が一つ、狂ってしまった

少女の時間が、止まったままだった










そこで夢は終わった

「ッはぁっ、はぁ、はぁ、…っ!」

呼吸は荒く、鼓動も早い
服が汗を吸って、異常に重たく気持ちが悪い

(今のは…)





今までにそれを見たことがない少女は、激しく動揺していた
今の出来事が理解できない
教えてくれる人もいない




窓からは朝日が差し込んでいる
世界は動き出していた

夢のその日からは、すでに数十年が経過している
少女の姿はその日から変わっていない

少女の成長は、止まっていた




(…)

少女は、しばらくその場から動けなかった




*  *  *  *  *


昼が数刻過ぎ、日も下がり始めたところでようやく少女は活動を再開した

窓からは橙色の日の光が差し込んでいる

黄昏時――

太陽と月の光が、同時に降り注ぐ

今宵の月は満月

妖怪たちの力が最も高まり、凶暴になる
街に現れる妖怪たちも増えるだろう

今夜は大仕事
切り裂きジャックの被害者はどれだけ増えるだろうか

その前に

少女は身支度をして外へ出た
てくてくと歩き出す
無論、時を止めて

行き先は、教会

色彩のない世界を歩いていった










無駄に重いドアを開ける
中に人はあまりいなかった
もうすぐ夜ということもあるだろう
早く帰らなければ妖怪に襲われてしまう

それでも教会に残り、祈りをあげ続けている人々
いったい何を祈っているのだろうか

欲望、はたまた単なる習慣からか
それとも、現在起こっている度し難き事件にか
人々は、壇上の聖者の像に祈りをあげる

最後尾の列の長椅子に腰をかける
少女は祈りをあげに来たのではない
ならば何ゆえこの場所に来たのか

本で得た知識によると、神は全てを見ているらしい
全てに救いを与えるとも書いてあった
ならばこの殺人鬼の奇怪な成り立ちも全てお見通しだろう

壇上の十字架に磔られた聖者の像を見る
いつものように少女は聖者に問う




ねぇ、神様
私に救いはいつ訪れるんですか

聖者は答えない

私はこんな祈りをあげることしかできない奴らよりもよっぽど人の役に立っているんじゃないんですか

聖者は少女を見ていない

まだ殺したりないんですか
後どれぐらい殺せばいいんですか
どうすれば私に救いは訪れるんですか

少女は神に見放されている

少女の気は狂い始めている
それでも必死に支えを見つけて生きていた






ふと視線を横に反らした



親子が座っていた
親が子に笑いかけ、子も 親に笑い返していた
笑顔の子供と少女の年齢は同じくらいだろうか

楽しそうだった
時が止まった世界でもその雰囲気は変わりない

(…)

何が楽しいのだろう
こんなにも世間では物騒な事件が起こっているのに

私はこんな表情を知らない
私に向けられるのはいつも汚らしい下卑た笑顔




ねぇあなたはなんでこんな笑顔を向けられているの?
どうずれば手に入るの?

少女は子供に問う

この子と私では何が違うんですか
この子は何か特別なことをしたんですか

少女は神に問う

この力がいけないんですか
何で私にはこんな力があるんですか
こんな力いらないからあの子と同じものをください

誰も答えない

異端なんてものに誰も関わりたくない




それともあなたを殺せば手に入るの?
あなたを殺せばその人はあなたの代わりに私に微笑んでくれるの?

ねぇ

そうなの?








ふと視界に映ったのは、自分の右手
それを見て少女は我に返った

自分は今何をしようとしていた

ほぼ無意識に動いた右手が、とても醜いものに見えた




不意に視線を感じた

(…あ)

壇上を見ると聖者がこちらを見ていた

忌まわしいものを見るような目つきで




あああ

嫌だ

そんな眼で見るな

周りをみると
その場にいた全員が少女を見ているような気がして

(…ぅ…ぁ)

汚らしいものを見るような、目つきで

(嫌だ…ッ!)

少女は弾かれる様に教会から逃げ出した










「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁ…」

路地裏に逃げ込み、息を整える

今日はいったい何なんだ
変なものばかり見る

心を落ち着かせて、時を動かす
今から廃屋に戻ればちょうどいい時間になるだろう

(…早く帰って、妖怪を殺そう)

少なくともその間は、何も考えずに済む

殺して解して裂いて、殺す

それが少女の存在意義だから






廃屋へと歩を進める

「お嬢ちゃん」

突然嗄れた老人特有の声がした

振り向くと黒いローブで全身を隠した人間が座っていた
顔はローブがかかっており、かろうじて見える皺だらけの口元は、何が面白いのか弧を描いている
老婆は手元に水晶を携えており、童話に出てくる魔女がそのまま体現したかのようだった
水晶の輝きが老婆の口元を妖しく照らし、不気味さを増大させていた

この場に人は少女と老婆しかいない
自分に話しかけているのだろうか

「…何?」

喋るなんてことを数十年していないので、声が出るか心配だったが大丈夫なようだ

「お嬢ちゃん。あんたもうすぐ死ぬよ」

突然老婆は死の宣告をする
まだ会って一分もたっていない自分に

占いか何かだろうか
それともただの気狂いか

どっちにしろいきなり死の宣告なんてものをする人間は、少々頭がおかしいのではないだろうか

「…あぁ、そう。ありがとう」

適当に返事を返しておく

こういうやつには関わらないほうがいいだろう
廃屋に向かって歩き出した






「紅い館には近寄らないことだねぇ」




そう言って

振り向いた先には、なにも残っていなかった
まるで魔法か何かのように、老婆はいなくなっていた


*  *  *  *  *  *


『紅い館には近寄らないことだねぇ』

(何だそれは)

本当に今日は変なものばかり見る
あまりにも理解できないことが多すぎる
少し心を落ち着けよう
幸い、時間など腐るほどあるのだから

少女は再び時を止めて街を歩いていた
時を止めた街は色彩を失っている

そもそもさっきの魔女はなんだったのか
いや、そんなものはどうでもいい
重要なのは、その言葉だ

紅い館

(そんな館、聞いたこともない)

この街にそんな建造物は建っていない

『お嬢ちゃん。あんたもうすぐ死ぬよ。』

死ぬ
考えたことも無かった
いつも殺してばかりだからだろうか
自分が死ぬという場面が見えない

だが、これだけは断言できる
自分は殺されるだろう
事故死などではなく、無惨に、惨たらしく、残酷に
今まで自分が奪ってきた命の様に

ふと考える
自分を殺すのは、一体誰なんだろう
まず、人間ではない
人間などに殺されてやるつもりは無い
十中八九妖怪だろう
しかしながら、自分より強い妖怪など見たことがない

少女のそれは傲慢でも何でもない
ただ事実だった

少女が見つけた妖怪は、一匹も例外なく殺した
例えその妖怪が、人を襲わない善良な妖怪だったとしても










思考の海から離脱する
そろそろいつもの廃屋に着くだろう
頭を上げて場所を確認する




世界は色彩を取り戻していていた
そもそもその場所は、街ではなかった

(!?)

自分は時を動かしていない
ここは何処だ
考え過ぎて道を通り過ぎてしまったのか
いや、それも無い
例え街の外に出ようと、こんな風景は見られない

少女の正面には広大な湖
霧がかっているため奥の方はよく見えない
月明かりが照らすその風景は、絵に描いたように幻想的だった
空気は澄み、間違っても少女の住んでいた街の薄汚れた空気ではなかった

(おかしい…私はいつ時を…そもそもここは…)

少女の疑問は絶えない
いくら人間離れした能力を持っていようと、元は人間
許容範囲を超えた事象に戸惑うのは、無理もない




少女は、現実から拒否された


あまりにも少女の存在が現実離れしていたから


少女の行き着く先は、幻想


少女は、知らずのうちに境界線を越えていた




周囲を見渡していた少女は、瞳にあるものを映して動きを止めた

少女の右方
湖の向こう側
まるで少女に見つけてもらうのを待っていたかのように霧が晴れている
その方向にあるのは、洋館
周囲の風景から酷く浮いた、異彩を放つ建造物

月明かりが照らしだす、その色は―――

(紅…色…)

『紅い館には近寄らないことだねぇ』

魔女の予言が、呪いのように繰り返された

自分は本当に、今日死ぬのかもしれない




*  *  *  *  *  *  *


(…どうしようか)

とは言ってみたものの、選択肢はそんなに無い

後ろを振り返る
あるのは、広大な森
今自分が歩いて来た道

ならばこの道を戻れば元の場所に帰れるんじゃないだろうか

…自分で考えてみたものの、全くそんな気がしない

なんというか、迷路に迷い込んだとでもいうのだろうか
そんな感じがする

そして迷路の出口は――

(…あの館)

さらに魔女の予言通りならば、あそこには私を殺すであろう異形がいる

(…)

少女の選択肢は一つしかなかった
もとより他に行く当てもない

それに、なにより切り裂きジャックとしての矜持が、少女を館へと向かわせた
少女の命を奪う死神に、己の力を示すために




――ここは幻想の郷
外の世界で幻想となったものたちが集う、箱庭の楽園

この少女が、どれだけ超越した能力を持っていようと、
ここでは井の中の蛙に過ぎない




少女は紅い館を目指して歩く

その姿は、さながら罪人が処刑場へ向かう様を彷彿とさせた










やっとのことで正面の門にたどり着く
少女が立っていた場所からはかなり離れていた
幾度となく休憩と出発を繰り返して、ようやく到達した

来る道中に何度か妖怪と出会った
無論時を止めた世界でだが
全員殺しておいた

能力を解除する
今頃は血を撒き散らして死骸になっているだろう

世界に色彩が戻った

目の前にそびえる洋館が禍々しい紅に染まる


連想するものは、血
少女が一番見慣れているもの

間近で見て分かったことがある
さっきも思ったが、この洋館、かなり周囲の景色から浮いている
まるで、この洋館だけ何処かから持ってきたかのよう

そう、まるで自分のように

それと、もう一つ
異常に窓が少ない
建築などの知識はないが、どう見てもおかしい
窓があったら何か不都合でもあるのだろうか




門は開いている
こんなにも大きな洋館なら、門番の一人や二人、いてもおかしくはないが

無人、というわけでもあるまい
誘われているのか

少女は躊躇いなく門を潜り抜ける




目の前に広がるのは、紅色の世界

外からでは見えなかったが、館に至る道には紅色の薔薇が植えられていた
それも一面
まるで、世界が血だらけになったよう
この館の主はどこまで紅色が好きなのだろう

趣味は悪いが、とても美しい幻想的な風景だった




紅色の薔薇庭園を抜けて、洋館の玄関扉に行き着く
扉の両側には、悪魔を象った像

血を思わせる紅
窓の少ない館
悪魔

本で得た知識の中に、一つだけ思い当たるものがあった
そしてそれはたぶん当たっている




少女は扉に手をかける

恐怖心はない
そんなものは化け物になってしまったときに無くしてしまった
あるのは、ただ――


少女は悪魔の巣窟に踏み込んだ




――罪人は死刑台に姿を現す










そして――




「ようこそ紅魔館へ」




声が響いた
鈴を振ったような幼い声
しかしながら威風堂々とした風格を伴った響き
この館の主が発したもので間違いないだろう


「何の用かな?御客人」


声のする方向
前方
大広間の階段を上がったそこには――




玉座に座りし童女の姿

身に纏うは緋色のイブニングドレス
端麗な顔立ち、白く透き通った肌、
軽いウェーブの入ったパウダーブルーの髪、深い紅をたたえる瞳
その姿は、いつか読んだ絵本に登場した王女を想起させた

そしてその背には、異形の翼




――処刑人も姿を現した




「どうした?本物の吸血鬼なんて吃驚して声も出せない?」




吸血鬼――

それは最大級の怪異
その名のとおり人間の血を主食とする
数ある妖怪の中でもトップクラスの能力を持つ種族
少女の元いた世界では、もはや伝説となっていて滅びたものと思われていた怪物

その能力は凄まじく、樹齢千年を超える大木を片手で持ち上げ、
恐るべき速度で空を駆け抜け、莫大な魔力を保有する、
といった反則級の力を併せ持った、最大級の魅力を持つ種族である

しかしその驚異的な力ゆえか弱点も最も多い

曰く、日光に弱く、川などの流れる水を越える事ができず、同様に雨も弱点とする

さらに――

銀の武器を恐れる

そしてこの少女の武器は図らずも銀のナイフ
これは果たして偶然か

少女はまるで最初から吸血鬼退治に来たかのようだった




「あぁ、そういえばまだ名前をいってなかったっけ。私の名前はレミ――」


「どうでもいい」


本当にどうでもいい


これから殺すものの名前など知るだけ無駄だ


魔女の予言だとか、ここに来た理由だとか、相手が誰だかなんてもう全部どうでもいい


私は切り裂きジャック


存在意義は、妖怪を殺すこと




羽織っていた外套を脱ぎ捨てて、銀のナイフを正面に構える


用件は一つ




「お前を殺しに来た」




――罪人は処刑人に刃を向けた




吸血鬼は少女の顔を見て、まるで信じられないものを見たかのような呆けた表情を見せた

しかしそれもほんの一瞬で、すぐにそれは嗜虐的な笑みに変わる

「おいおい」

周囲の空気が禍々しいものに変わる

「おいおいおいおいおい。あまり舐めた口を利くとブチ殺すぞ下等生物」

辺りに濃い妖気が放たれる
常人ならば失神するほどの重苦しい空気




――処刑人は罪人の無駄な抵抗に嘲笑を返す









偶然そこを立ち寄った観劇者の悪魔たちは、突然始まったおもしろそうな見世物に喜び勇んで席に座る
上演予定などは全く無かった
こういったサプライズな演出は悪魔が最も好むもの




出演者は、切り裂きジャックとスカーレットデビル
舞台は紅色に染まった洋館
完全に予想外な出来事なため、脚本も何も無い
全てアドリブで行われる、誰も展開を予想することができない演劇




緞帳もなければスポットライトもない


二人だけの特設舞台で、紅と銀の戯曲が静かに始まった




*  *  *  *  *  *  *  *


少女は時を止める
紅色の世界は色彩を失う

この勝負は少女が勝ったようなものだ
なにしろ今この瞬間、全ての生命は死亡しているのだ
いくら伝説の怪物といえども、少女の能力に干渉できる力はない
吸血鬼は嗜虐的な笑みのまま、彫刻品のように固まっている

少女は階段を上がりながら、吸血鬼の顔目掛けてナイフを投擲する

銀の直線を描いたナイフは、正確無比に吸血鬼の鼻っ柱に突き刺さった

少女は王女の玉座に行き着く

さぁどんな殺し方をしようか
この素晴らしい彫刻品を醜い傷で壊してやろう

まずは顔から
ナイフを下に引き、皮膚を裂く
あぁ、もうこれだけで美しかった顔が台無しだ

芸術品に傷をつける
背徳と快感が同時に押し寄せる

悪魔にふさわしい残虐な化粧を施してやろう
顔の肉を全部削いで、頭蓋骨だけにしてやる

体はこれ以上ないくらいにバラバラに
心臓は滅多刺しにしておいてやる










玉座の上には頭蓋骨と、滅多刺しの心臓
辺りに散らばる肉片

もはや少女にとって見慣れすぎた光景
吸血鬼が敵であろうとそれは変わりない

(…あっけない)

時を動かせば、瞬く間に血が噴出して死骸が出来上がるだろう
そうしてまた自分は、化け物としての地位を上げることになるのだろう

能力を解除する






――ここは幻想の郷
外の世界で幻想となったものたちが集う、箱庭の楽園

この場において、少女のそれはただの傲慢だった






世界に紅色が戻る




吸血鬼の肉片からは


いつまで経っても紅は散らなかった




「!?」

代わりに肉片が溶けて、白い霧のようなものに変わっていく

「あぁびっくりした!いきなりなんてことすんのよ!」

辺りから発せられる吸血鬼の声
肉片は全て霧に変わった

「あぁもうホントびっくりした…人間相手に肉片にされるなんて初めてだわ…」

時を止めて霧を切ってみるが、手ごたえなんてあるわけがない
少女はおとなしくこの霧から距離をとるしかなかった

「それにしても、瞬間移動でもしているのかしら?いや、そんなチャチなもんじゃあないわね…」

吸血鬼の声は飽くまでも穏やか
対して少女は見てわかるほどに動揺していた

「気付いたら肉片だったってことは、もしかして時でも止めているのかしら」


大当たりだ、化け物が


冷静になれ、私
あれだけバラバラにしてやったんだ
ダメージが0ってわけでもないだろう
ましてや弱点の銀の武器で心臓を貫いたんだ
それでダメージが0なら正真正銘の化け物だ
相手は霧の状態でダメージを回復しているのだろう
その証拠に攻撃をしてこない
吸血鬼はプライドが高いことで有名だ
そんなやつが自分を肉片にされて何もしてこない訳がない

恐らくもう一度人間態に戻って攻撃してくるだろう
そのときに回復ができないくらいの肉片にしてやろう




「それにしてもあなた吸血鬼ハンターだと思ったけど、違うのね。
ハンターなら心臓を体の近くに置いたりなんか絶対しないわ。すぐ復活されるから」

それを私に言うということは、もう肉片にされない自信でもあるのか

「あなたの正体を当てて見ましょうか」

うるさい
悪魔の戯言には耳を貸すな






「あなた外の世界から来たのでしょう」




――――




「その様子じゃなんでここに来たのか分かってないみたいね。教えてあげようか?」


聞くな


「お前は外の世界から要らないものとして判断されたんだよ」


「ここは外の世界から幻想になったものが集う場所」


「そう、私やお前みたいな化け物がね」


「大方お前はその能力のせいで人から煙たがられて孤独になって――」




「黙れぇッ!!」




「あら、図星?」

少女はもはや冷静でない
その顔は憤怒の色に染まっていた

「ははは、そう怒るなよ。何で分かったか教えてやろうか?」


黙れ黙れ黙れ黙れ殺す殺す殺す殺す


「その眼だよ」


何を言ってるんだこいつは


「そのドブ川のように腐った眼の色」


「そんな眼の色をしたやつを私は一人知ってるんだよ」


「そんな色になる理由もね」




殺ス
骨さえ砕いて細切れの肉片にしてやる
心臓は微塵切りにして焼却してやろう




「さーて、もうそろそろ戻れるかしら」

霧が散って、どこからともなく蝙蝠が大量に飛んできた

蝙蝠は玉座に集い、王女の姿を作り出す




コロス

時を止めて先ほどと同じようにナイフを放つ

銀の直線を描くナイフは、先ほどと同じ結果にはならなかった

「!?」

ナイフは吸血鬼の前に到達すると、肉が焼けた様な音を上げて溶けていった




どういうことだ
何が起こった




吸血鬼の周囲には、紅いオーラのようなものが発生していた
恐らくこのオーラに触れて溶けたのであろう




少女は吸血鬼に近づく

「ッつ!」

近づいただけで皮膚が焼け付く




近づけない
飛び道具も効かない

どうしようもない




どれだけ超越した能力を持っていようと、これが人間の限界
正真正銘の化け物には、歯が立たない




どうする
どうするんだ
冷静になれ
どう考えても、打開策が見つからない
逃げるか?
無理だ
殺す
ここで絶対にコロス
しかしどうしようもないではないか

そうだ
相手がオーラを解くまで逃げればいい
そして一瞬の隙を突いて時を止めて殺す
大丈夫だ
私には時が味方をしている

とりあえず距離を離して様子を見よう




十分に距離をとって、能力を解除する




同時に




腹部に衝撃を受けた




「ッが!?」






視認できない速度で、吸血鬼が少女目掛けて突撃した
人の動体視力では視認することもできない
視認したからといってどうこう出来るようなものでもない

少女も銃弾のような速度で吹き飛ぶ




入ってきた玄関扉を突き破り、地面に衝突する

「ッぐ!」

衝撃を受け止めきれず、転がり滑る




ちょうど薔薇庭園の中央で止まった

まるで始めからそれを狙ったかのように






少女は薔薇庭園の中央で仰向けに倒れていた

頭上には、いつのまにか色が変わっていた満月
輝かしい黄金から、禍々しい紅色へと

世界のほとんどが紅く染まっていた




*  *  *  *  *  *  *  *  *


「あら、手加減してあげたのに。死んじゃったかしら」

吸血鬼が平坦な調子でそう喋った




「…ッ!」

痛い

腹部が焼け付いたような鈍痛を感じる
腹に穴が開いてないことが不思議なくらいだった

痛覚は遅れてくるものなのだと身をもって知った

血を吐く
また新たに世界に紅が加わる

「あらあら、やっぱり人間は弱いわね。だから下等生物なんだよ」

妖怪退治で傷を負うなんて初めてのことだった
それもそうだ
いつもは、一方的に虐殺しているだけなのだから




『お嬢ちゃん。あんたもうすぐ死ぬよ』


死の宣告が呪いの様に繰り返される


死ぬ
私が?


突然死というものが身近に感じられる
少女の背後には、死神


やめろ
考えるな




吸血鬼がゆっくりと少女へと歩いてくる
それは地獄へのカウントダウン




嫌だ
こんなところで死にたくない
だって私はまだ何にもしていない




――あなたはいったい何がしたかったの?


煩い
黙れ


『お前は外の世界から要らないものとして判断されたんだよ』


『ここは外の世界から幻想になったものが集う場所』


『そう、私やお前みたいな化け物がね』


違う!私は人間だ!


――違わないわ。あなたは化け物。だからこんなところにいるんじゃない


黙れ黙れ黙れ黙れ!
喋るな!


『大方お前はその能力のせいで人から煙たがられて孤独になって――』


ああああああああああああああああああああぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ
もう黙れようるさいんだよ!


――怒ってるのが何よりの証拠じゃない。最初から分かってたんでしょ?
自分が人間ではなく化け物なんだって
だから妖怪を殺してた
自分は人間側だと思い込ませるために
殺して解して裂いて殺して、何か得たものはあったの?
何もないじゃない
あの日から何にも変わってないでしょう?




幼い日々を辿っていく

路地裏で生まれた
人々に嫌悪された
襲われた
殺した
妖怪に襲われた
殺した
数え切れないほど殺した

それだけ

それだけしか、なかった
死と嫌悪以外何もなかった




――ねぇ。生きてていいことあった?

思い出はそっと消えゆくだけ
甘く、虚ろなまどろみに、堕ちていく




――ねぇ


――来ない朝をどれだけ待つの?










いつの間にか腹部の痛みが消えていた
自分の能力が勝手に体の治癒力を早めたのだろう

本当に便利で、化け物みたいな能力だ

さぁ、さっさと時を止めて逃げよう
こいつには敵わない
人間が手を出していい相手ではなかったんだ
さぁ、早く逃げよう

――逃げてどうするの?
あなたは負けたわ。この吸血鬼に
妖怪も殺せないあなたは何を支えにして生きていくの?
もうあなたの存在意義は無くなったのよ




身体は死ぬことを拒否している
一秒でも長く生き延びろと私に訴えかけている

それでも、もう何もできなかった
一歩も動けない
能力さえも発動できなかった

心が、死を望んでしまったから




何かが壊れる音がした

それでも、構わなかった
この地獄のような現実から抜け出せるのならば










既に吸血鬼は少女の眼の前に到達している

だというのに少女は何も反応を示さない
気絶した様子でもない
少女は虚空を見つめたまま動かない
その様子は壊れてしまった人形を思わせた

「…何故泣いている」

人形の瞳から一筋の雫が落ちた
少女は声もなく泣いていた
それは決して痛みからではなく、恐怖心からでもない

その涙は、嘆き
心の中の慟哭が、瞳から静かに頬を伝わり落ちた

「……」

少女の瞳からは虚無が見えた
そこから流れ出るのは、壊れた心より出でる絶望

少女に生きる気力は無い
現実に、別れを告げていた


*  *  *  *  *  *  *  *  *  *


吸血鬼は抵抗しなくなった少女を、左手で髪をつかんで膝立ちにさせた

(似ている…)




似ていた

どうしようもなく似ていた

ドブ川が腐った様なその瞳の色が
壊れた心が
周囲から疎まれるその力が

なにより、終焉を望むその姿が

自分はこの少女によく似た境遇の者を知っている

異端というものは、すべからく孤独だ
理解されず、疎ましがられ、やがて孤独になる
そして心が壊れる
絶望しか映さないその瞳は、やがてドブ川の様に濁る




出る杭は打たれる

出過ぎた杭はもはや無視される




少女の生い立ちが容易に想像できる

異端として生まれ、孤独になり、心が壊れる
何故生きているかも分からなくなり、何かを殺すことでその事を考えないようにした
殺して解して裂いて殺して、狂ったように殺し続けた
やがて少女の存在が現実から拒否され、幻想のものとなる




目の前の少女を見る
少女に戦意はもはや無い
心が、死を望んでいるのだろう




吸血鬼は、この少女のことが手に取るように分かる

何故なら、この吸血鬼の妹もまた、異端だったから
彼女の妹は、生まれてすぐに幽閉された
すぐに処刑、というわけではない
孤独という毒で少しづつ心を壊して死に至らしめる
誰も異端などその手にかけたくないから


異端は救われない
誰も手を差し伸べない


孤独に、死を待ち望む
助けを求めるということすらも知らない
そんな妹を、助けたかった




彼女は一つ禁忌を犯したことがある


異端に、手を差し伸べた


最愛の妹に、彼女は手を差し伸べた


代償を支払ってまで




吸血鬼には、目の前の少女と、自分の妹が重なって見えた


しかし


目の前の少女は、救われない
救われる運命が、見えない
誰も手を差し伸べない
人間も、天使も、神も、誰も

この先の少女の運命は、死しかない
今、吸血鬼が殺さなかったとしても、少女は自分で死ぬだろう
今は、吸血鬼が殺してくれるのを待っているだけなのだ

少女は、死ぬ




(……)




運命が変わらない限り




*  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *


「見終わったかしら?走馬灯。」

少女のそれは果たして走馬灯と呼べたのか

始まりは唐突にして悲惨
訳の分からない力を持ったまま始まった
周囲からは、嫌悪、侮蔑、拒絶
そして惨劇

少女の生きた証は、夥しいほどの死だった
あらゆる生を、殺して解して裂いて、殺した
そんなことをしなければ、自己も保てないほど脆弱だった

「神様へのお祈りは済ませた?」

今更神に何を祈るというのか
神様はいつだって助けてくれない
神様なんて都合のいい現実逃避でしかない

少女は死ぬだろう
紅き吸血鬼に殺されて
惨たらしく、残酷に

(死んだら、どうなるのだろう)

死せば少女は地獄へ送られる
犯した罪に相応しい罰を与えられる




吸血鬼が右手に魔力を籠めると、紅き神槍が現れた
鋭き穂先が少女の首筋に当てられる
後は横に引くだけで、少女はこの地獄のような現実から解放されるだろう
痛みも、未練も、何も残さず

少女は吸血鬼を見る
紅き瞳に自分が映る
その姿はとてもみすぼらしく、ぼろ雑巾のように汚い

少女は、美しかった
何処で道を踏み外したらここまで酷い姿になれるのか




吸血鬼は紅き神槍を持った右手を振り上げる




吸血鬼に慈悲はなかった










(もし――)


少女は祈った
誰に?
誰でもいい




(もしも一つだけ願いがかなうなら――)


私の願いを聞いてくれるのならば




(もしも生まれ変わることができるのならば――)


今の世界に未練はない
自分は神に祝福されていないのだ
生まれてきては、いけなかった


少女は夢想する


時間を止めて見ていた、親子の姿を
共に笑いあっていた、あの姿を


少女はずっと夢見ていた


誰かが、手を差し伸べてくれるのを








吸血鬼は右手を降り下ろした








神は、少女の最後の願いでさえ、聞いてはくれなかった







何故なら、


目の前の悪魔が、


既に聞き入れてしまったから


*  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *


運命の紅い夜


吸血鬼は一つの運命を変えた


運命なんて、金魚すくいの網よりも薄いことを、この吸血鬼は知っている


運命を、変える


そんなこと、奇跡でもなんでもない


手を伸ばせば、それはいとも容易く変わるのだ


今までだって、そうしてきた


孤独に死を待つ、妹に


絶望を知った、知識と日陰の少女に


そして、これからも…










首と一緒に切られたであろう、鈍色の長髪が空中を舞う
髪は風に乗り、どこまでも飛んで行く

髪が切られた瞬間、自分の中から何かが抜け出ていった
まるで髪が何かを吸い取っていったかのように、体が軽くなった

首が刎ねられたからではない
紅き神槍に血は付いていない
首は繋がっていた

「え…」

口から疑問が漏れた


――さよならは、まだ来ない






「紅き吸血鬼に楯突いた、哀れな少女は死んだ」

自分は生きている
あの日から止まったままの自分の時間は、動き出していた

「そして今晩は。生まれたばかりのお嬢ちゃん」

それで理解する
自分は生まれ変わったのだと

運命が、変わった

少女の瞳は、輝きを取り戻していた




吸血鬼は言う

「神さえも見捨てた異端の少女よ。私はおまえが気に入った」

吸血鬼は続ける

「私の所有物となれ」


それは悪魔の囁き


「私の従者となり、その生を全うしろ」


生まれた意味を
人間としての扱いを


「私に尽くせ。私の為に刃を振るえ」


生きる理由を
その力の存在意義を


「為れば、下等生物に相応しい幸福を貴様に授けよう」


与えられるべき愛を




それは正しく悪魔の囁き

聞けば最後
目の前の悪魔に命を取られるだろう

しかし、この生まれたばかりの少女の命は、目の前の悪魔によってもたらされたものだった




「私と契約しろ」


悪魔の契約
それは決して破ることのできない掟
死する時まで永遠に体に絡み付く鎖

悪魔は、少女に手を差し伸べた

それは、少女の夢見ていた、救いの手

少女の願いは、悪魔によって叶えられた

少女に契約を拒む理由はなかった
願いは全て叶えられたのだから




少女は跪く
紅き吸血鬼に忠誠を誓う

差し伸べられた手を取る
吸血鬼の手は少女より小さい
その手は白く、氷の様に冷たい
紅き色彩を放つ鋭利な爪からは、幾百もの命を摘み取ってきたであろう禍々しさが宿っている

少女は、吸血鬼の手の甲に、唇を落とす




悪魔の契約を




紅き忠誠を




消えることのない傷を、永遠にその身に刻みつける

刻限は、死が二人を別つまで




――さよならは、まだ遠い








空には爛々と光る紅い月
紅い月は災厄の象徴
人は誰も出歩かない
本能で危険を察知しているのだ
外は悪魔達が蔓延っているのが分かるから


紅き薔薇が咲き乱れる薔薇庭園


その中央


悪魔の契約が完了した


周囲がざわつく
観劇者の悪魔達が同胞の誕生を祝う声だ
悪魔達は祝福する
神に祝福されない少女を

幻想郷は全てを受け入れる

神から見放された少女でさえも








「契約は完了した。さて、契約によりお前は主が付けた名を名乗らなければならない」

もとより名前などなかった
あったとすれば殺人鬼としての名前ぐらいか


吸血鬼は空を見上げる
紅き月――
満月の夜に吸血鬼に勝負を挑むとは、何とも愚かで浅はかであろう

少女を見る
くすんだ鈍色の髪
手入れをすれば元の輝きを取り戻すだろう
まだ少し濁りの残った群青色の瞳も、透き通るような空色に変わるだろう

未来の運命を見る
変わらない自分の姿
隣には美しく成長し、給仕服を纏った少女の姿
誰もこの少女が成長した姿とは思わないだろう

この少女は、例えるなら種だ
成長すれば美しき花を咲かせることができるだろう




私の隣に咲く、銀色の花
紅き月の夜に咲く、美しい花




運命を見る自分だけが、知ることができた




「決めたわ。お前の名は――――――










砂時計は時を刻み始めた


多すぎる紅色の砂と、少なすぎる銀色の砂を落としながら




《Fate/scarlet night》 is The End.
どうも、はじめまして。今回初投稿のカテキンといいます
こんなひどい厨二病ss読ませてしまって大変申し訳ございませんでした(タイトル見て読もうと思った方もごめんなさい
なぜこんな凄まじい厨二病ss投稿してしまったかと言うとですね、
受験が終わったテンションでですね、なにかしてやろうと思いましてですね、
前々から妄想していたおぜう様と咲夜さんの出会いをですね、書こうと思った所存でございます。
小説書くなんてお茶の子さいさいだぜフゥーーハハハh→自分の文才の無さにびっくりする→他の作品から良い!と思ったところをパク(オマージュする→深夜のテンションとあふれ出したリビドーと厨二病の赴くままにキーを打つ
その結果がこの長いだけの駄文です。えぇ、出来は気にしない。
タイトルはありそうでなかったので付けてみました。元ネタとはかすりもしない内容になりましたが。
読み返してみると本当に意味が分からないですね。魔女は何しに出てきたんだろう。自分でも分からない…。
ココマチガッテンゾカスとかの誤字報告やらココハコウシタホウガイイゾカスとかのアドバイスをもらえたら作者は泣いて喜びます。
それでは、こんなひどいssを読んでくれた皆さん(いるのか?)本当にありがとうございました!!


※修正いたしました
感想と誤字報告とアドバイス、どうもありがとうございます!!
こんな駄作に付き合っていただいて、本当にありがとうございました!!
カテキン
http://
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コメント



0.790簡易評価
1.無評価名前が無い程度の能力削除
後で読み返して点数付けようかなって思いますけどとりあえずパロ明記は必要っぽいんじゃないですかね!
8.70名前が無い程度の能力削除
自分もジャックザリッパー説を採用している人間なので、興味深かったです。
文章が淡々としていてある種の雰囲気は出てると思います。
しかし個人的にはある程度の上げ下げはあった方が良いかな、と思ったり。
18.90コチドリ削除
いつも心に厨二マインド。それが人間、それがオトコノコだ。

何事も中途半端はよろしくないと思うのです。その意味では物語の最後まで厨二描写を貫いた作者様は
胸を張っても良いと思いますよ。
そして厨二病を暴走させた作品を読んだ時に抱くある種のいたたまれなさ、それがこの作品にはない。
それは貴方が溢れ出すリビドーを濾過して上手く文章に変換した何よりの証拠だと思うのです。
少なくとも私はそう感じるし、だからこの物語は好ましい。

遅ればせながら、初投稿及び受験からの解放おめでとうございます。
あ、死を告げる老女=パチュリさん説が私の中では濃厚です。動機は当然『気まぐれ』だ。
23.100名前が無い程度の能力削除
こういう一風変わった設定は大好きです!
後お嬢様がカリスマ過ぎて泣けた
24.100名前が無い程度の能力削除
ハラハラドキドキしながら読ませていただきました。
いやぁ、面白かったです!
老女は美鈴の扮装かと思いきや、まだいなかったw
彼女たちがここからどのように美鈴と出会うのかも、見てみたいです。