ぐぅ。
「んー……」
特に行き先もなくふよふよと空を漂っていたルーミアは、自分の腹の音を聞いて小さく唸った。
そういえば、昨日は何も食べていなかった。
いつもはミスティアが営業している屋台が閉まった後に行けば、その日の余りものとかを2人で談笑しながらいただくのだが、何故か昨晩は大繁盛していたらしく――何でも多くの男性が屋台に集まり、『今年も貰えなかったなぁ、兄弟』『女将さん……沁みる歌を一つ頼むよ……』などと呟きながら、酒を飲み、飯を食い、しかしそこに活気など微塵も無く、終始どんよりとした空気で屋台の食糧を全て平らげた、とのこと――、『毎年年末とこの日は、何故か大繁盛するのよー』と、とても疲れた様子でカウンターに突っ伏すミスティアと、僅かに残ったお酒をちびちび飲むくらいしか出来なかったのだ。
さてどうしたものか、とぼんやり考えていると、視界の端に神社の姿を捉えた。
博麗神社だ。
あそこになら食糧があるかもしれないと考えたルーミアは一先ずそこを目指すことにした。
ルーミアは神社内に降り立ち、そこに巫女がいないことを確認するとすぐに小走りで神社の裏手へと回る。
「霊夢ー、お腹空いたー」
そこで畳の上で仰向けになっている霊夢を見つけたルーミアは、開口一番にそう言いながら靴を脱ぎ捨てて居間に入り、ぺたんと霊夢の側に座り込む。
霊夢は目を瞑っていたが寝ていたわけではないらしく、すぐ側まで寄ってきた気配に対して片目だけ開いて一瞥する。
そしてまた目を閉じると、ルーミアに背を向けるようにして寝返りを打つ。
「何にも無いわよ」
「えー」
霊夢の無常な宣告に、ルーミアはがっくりと肩を落とす。
「ウチに食糧を期待するなんて、愚考にも程があるわよ……はぁ……」
霊夢は自分でそう言い切れてしまうことに、大きくため息を吐いて今度はうつ伏せに体勢を変える。
穴があったら入りたい気分だった。
「……本当に無い? ご飯」
「……あったら私も食べたいわよ」
「うー……」
ミスティアの屋台でも、霊夢からも食糧を得ることが出来なかったルーミア。
こうなると、ルーミアの取るべき手段は一つになってしまう。
スッと力なく立ち上がったルーミアは、トボトボとした足取りで居間から出ようとする。
「しょうがないから食べられる人間でも探すー」
「待たんかい」
霊夢は、聞き捨てならない台詞を残して飛び立とうとするルーミアの足を、鋭敏な動作で鷲掴みにした。
片足を封じられ、予定調和的にバランスを崩したルーミアは、そのまま顔面を床に激突させた。
「いひゃい……」
強かに打ちつけた顔――特に鼻――を涙目になりながら抑えて、足を掴んだまま放さない霊夢へ抗議の声を上げる。
「何するのよー!」
「足を掴んだのよ。んで、今からとっ捕まえる」
霊夢は掴んだままのルーミアの足を引っ張り、自分の元まで引き寄せる。
そして後ろから抱くような形で動きを封じた。
案の定、ルーミアはバタバタと抵抗の動きを見せる。
「放せー!」
「人喰いしに行こうとしている妖怪を見逃す巫女がどこにいると……あら?」
霊夢はこの時ある事実に気付いた。
自分が今抱き寄せている身体の小ささ、柔らかさ、そして――。
「あんた、意外とあったかいのね。妖怪の中にも子供っぽい奴は体温高いとかあるのかしら?」
「え? え?」
「あぁー……何だか丁度いい温さ加減だわ。これはなおさら放すわけにはいかなくなったわね」
「ええっ!? は、放してよー!」
霊夢が自分を抱く力が強くなったことを感じ取ったルーミアは、縛めから解放されようと先程よりも強い抵抗を始めた。
腹が減っているというのに、食糧がないこんなところで巫女の暖房代わりにされるなんて真っ平御免であった。
しかし悲しいかな、どんなに抵抗しようとも霊夢の縛めが緩むことはなかった。
「こら、大人しくしなさい!」
「やだやだー! お腹空いたのー!」
「ちょっとだけ! ちょっとだけだから!」
「お腹空いた! お腹空いたー!」
「減るもんじゃないじゃないの!」
「うー!!」
「いったぁーーー!!!」
とうとうルーミアの我慢の限界が有頂天に達したのか、豪快に霊夢の腕に噛み付いてみせた。
これには流石の霊夢もたまらずにルーミアを解放せざるを得なかった。
縛めから見事抜け出したルーミアは霊夢から少し距離を置いて反転。歯を剥き出しにして霊夢に対する敵意を露にしている。
霊夢は見事な噛み跡が残っている腕をもう一方の無事な腕で抑えながら、ルーミアと向き合う。その目には涙が溜まっている。
「ちょ、ちょっと、落ち着きなさいって……ね?」
霊夢は、かなり危険な雰囲気を発しているルーミアを、宥めるように言葉を投げる。
状況は、予断を許さない事態である。
一つ選択を間違えれば、霊夢にとって痛い目だけでは済まないことになるだろう。
「う~~~~……!!」
一先ず落ち着くように促した言葉も、ルーミアにはまるで届いていないようだった。
恐らく今のルーミアには、ある一言を除いて届きはしないだろうことを、霊夢はすぐに理解した。
致し方なし、と霊夢は早速切り札のそのある一言をルーミアへと放つ。
「……ルーミア、わかったわ。食べ物をあげるから、それで手打ちにしてもらえないかしら……?」
文字通りの、餌で釣る。食い物で収拾をつけようなどとは、かなり情けない手段だが、ことルーミアに関しては効果は抜群な筈であった。
これでダメなら、問答無用で叩きのめす方向で対処しなければならない。
ルーミアの反応が、状況を大きく左右する。
ルーミアは――。
「う~~~……え? 食べ物? ご飯!?」
――あっさりと食い付いてくれた。
「霊夢ー、ご飯って何作るの? 早く食べたい」
ルーミアの、先程まで見せていた獣のような表情から一転、今は何ともほんわかした表情で霊夢の周りをぐるぐる周りながら、霊夢と共に台所へ向かっていた。
この変わり身の早さには、釣り人の霊夢も呆れ返ってしまったが、噛み付かれた腕から溢れる――と言ってもそこまでひどくはない――血をぺろぺろ舐めてもらったので、この際ルーミアの変心っぷりには目を瞑ることにした。霊夢にとってはこの上ない眼福であった。
「急かさなくとも、もう出来てるわよ」
「おぉー! 本当!?」
「ちょっと前に紫からお裾分けされた、外の世界の食べ物でね。えーと……お、あったあった」
冷暗所を覗き込んですぐに目的のものを見つけた霊夢は、それを取り出しルーミアに見せる。
案の定、ルーミアは「何だこれ?」といった顔をして小首を傾げる。
「これは『ぽっきぃ』っていう外の世界の食べ物よ」
「ぽっきぃ?」
二人で居間まで戻る。
霊夢が中身を取り出すと、細い棒状の物体が出てきた。
外箱に映っているものと同じものだ。
「いちご味なんですって」
「いちご!」
いちごとは全く思えない形をしているというのに、いちご味とはどういうことだ、とルーミアは興味津々にぽっきぃを見つめる。
「言っておくけど、半分こだからね」
「わかったー」
食べられるだけマシなのか、ルーミアは特に不満を口にすることなく頷く。
「ひい、ふう、みい……」
ルーミアの同意を確認した後、霊夢が本数を数え始めた。
その間、ルーミアはぽっきぃが入っていた長方形の外箱を持ち上げて、眺めていた。
箱には良く分からないことが書いてあって、外の人間はまさかこんなものを読まないと食べることが出来ないのかー、だとしたら面倒くさいなー、とルーミアは思った。
「……18本ね。良かったわ、二人できっかり9本ずつに分けられるわね」
「もう食べていい?」
「いいわよ」
「いただきまーす!」
GOサインが霊夢から下りたので、ルーミアは既に興味を失った外箱をテーブルに放り、早速ぽっきぃを手に取り口に運ぶ。
ポキッ――。
何とも小気味の良い音が響いた。
ぽりぽりと口に入った先端部分を咀嚼する。
「あ」
ルーミアの舌が、ある食べ物の味を想起させる。
「あら、確かにいちごの味がするわね」
隣で同じようにぽりぽりと食べていた霊夢がルーミアの思ったことを代弁してくれた。
「案外おいしいわね、ルーミア?」
「うん!」
満足そうなニコニコ顔で頷くルーミアに、霊夢も笑顔になる。
しばらく、ぽっきぃの折れる音が部屋を支配した。
ポキッ――。
ポリポリ……。
ポキッ――。
ポリポリ……。
ポキッ――。
ポリポリ……。
ポキッ――。
ポリポリ……。
ポリポリポリポリポリ。
ポキッ――。
「……」
一定のリズムで刻まれていた音に、一部急に異音が入った。
霊夢は気になって音の発生源――言うまでもないがルーミア――に目を向けると、リスみたいにぽっきぃを口に運んでいるルーミアがいた。
「随分可愛らしい食べ方しているわね……」
当の本人には自覚がないらしく、霊夢の言葉も届かずに、一心不乱にぽっきぃを食べ続けている。
ポリポリポリポリポリ。
ポリポリポリポリポリ。
「少ないんだから、もうちょっと味わって食べればいいのに」
ポリポリポリポリポリ。
霊夢の心配も案の定ルーミアの耳には念仏状態で、次のぽっきぃに手が伸びる。
ポリポリポリポリポリ。
「ま、いいけどさ」
どの道食べれば、食べ物はなくなる。
早いか遅いかの違いだけだし、霊夢自身が食事は長く楽しむものという考えなだけで、ルーミアはそうは思っていないのかもしれない。
ルーミアが満足していればそれでいいか、と霊夢も自分の分に再び手を伸ばした。
ポキッ――。
ポリポリ……。
「霊夢~~。私の分がもうないよ~~」
言わんこっちゃなかった。
「だから言ったじゃない。味わって食べなさいよって」
「聞いてないよ~」
そうだろうな、と言ってから霊夢も納得した。ルーミアは食べることに夢中で、霊夢の言葉は一切耳に入っていなかったろうから。
ルーミアはじーっと霊夢の分のぽっきぃを見つめている。
そしてじりじりと手を伸ばしていき、手中に収める手前で――。
ぺしっ。
「ダーメ」
霊夢によって払われた。
「あう」
「半分この約束でしょ? 私だってお腹空いているんだから」
霊夢のぽっきぃはあと2本残っていた。
その内の一本を手に取り、口に運ぶ。
ポキッ――。
霊夢はぽっきぃの半分くらいまでを口に含んで、ゆっくりと味わっている。
ルーミアはそれを恨めしそうに、羨ましそうに眺めていた。
ポリポリ……。
「……いよいよ残り一本ね」
「あー、ぅあー」
とうとう、霊夢の分も一本になってしまった。
霊夢がそれを手に取り、ルーミアは何を言っているのかわからない言葉で霊夢の手にあるぽっきぃを見上げる。
「つまりこれが、博麗神社に現在残っている最後の食糧と言っても過言ではない……むしろその通りか」
噛み締めるように呟く霊夢。
「れ、霊夢ぅ~」
「ダメと言ったらダメよ」
ルーミアの最後の抵抗をすげなく振り切り、ゆっくりとぽっきぃを口に近づけていく。
――ぱくっ。
そして口に咥える。
「あー! あー!」
ルーミアの抗議の声が上がる。
しかし、最早無駄である。最後のぽっきぃは予定通りに霊夢の口に到達した。後は最後のハーモニーを奏でて霊夢の歯によって砕かれる運命である。
すると、ここで霊夢は先程からもの欲しそうにぽっきぃを見つめていたルーミアに対して、これ見よがしな態度をとって見せた。
スッと、霊夢は両の腕を左右に真っ直ぐ伸ばす。
それは、ルーミアがよく見せるポーズだった。
まさしくルーミアに対する完全勝利宣言。
「それは……!」
このあからさまな霊夢の行動にルーミアは両手を畳につき、わなわなと震えた。
だが、同時に気が付いたのだ。
それは、あのポーズの第一人者(?)であるルーミアだからこそわかる、逆転の一手だった。
ルーミアはキッと顔を上げ、行動に移る。チャンスは、霊夢が余裕の笑みを湛えているこの瞬間しかなかった。
一方、何とも微妙な優越感に浸った霊夢は、さぁ今こそぽっきぃを手折る時、と伸ばしていた腕を戻しコーティングされていないスティック部分に手をつけようとしていた。
その刹那――。
「なっ!?」
――口をパックリと開けたルーミアが、霊夢の顔面めがけて飛び掛ってきたのだ。
――まさか、顔ごと食べる気!?
霊夢はルーミアのその姿にそう思ってしまったが、ルーミアの狙いは最後のぽっきぃただ一点である。
――ぱくっ。
霊夢の隙を突いた急襲作戦により、今、最後のぽっきぃ一本の端と端を、霊夢とルーミアが咥えている状態になった。
ルーミアは自身のポーズの弱点、両腕を広げるという動作を利用して、本来手を置くべき端を制圧してみせた。
博麗神社の居間に一瞬の静寂が訪れた。
ルーミアが動いた。
ぽりぽりぽりぽりぽり!
遅れて霊夢も動き出す。
ぽりぽりぽりぽりぽり!
このまま行けば押し負ける。霊夢はルーミアのスピードを見てそう感じた。
霊夢は己の愚行を後悔したが、こうなってしまった以上せめていちご部分の半分は食わすまい、と最後の抵抗を見せる。
だが、ぽっきぃが短くなって、霊夢は初めて気付く。
このまま行くと……このまま行くと――。
――お口とお口がくっついちゃうんじゃない!?
とんでもない事実に今更気付いた霊夢は、急ブレーキをかける。
だが、既にルーミアの唇は目前まで来ていた。
もう、回避は不可能である。
観念した霊夢と、夢中にぽっきぃを喰らうルーミア。
二人の最後の聖戦は、唇と唇が触れ合う音で幕を閉じたのだった――。
――ちゅっ。
「何だか……その、ごめんね?」
終戦の後、テーブルに突っ伏している霊夢を覗き込むように謝罪するルーミア。
「……いいのよ、別に。気にしてないわ。そう、気にしてなんてないわ……」
かなり気にしている、とルーミアは思った。
それがわかるくらいに、盛大に落ち込んでいる霊夢だった。
そして盛大にため息を吐いてから、顔を上げる。
「ふぅ……うん、大丈夫。もう気にしてないわ。それにしても、あんたの食い意地っぷりには完敗よ……」
「えへへ……」
霊夢としては褒めたつもりで言ったわけではないのだが、ルーミアには何故か好意的に受け取られたようだった。
「食べ物の恨みは恐ろしいってことだよ」
「公平に半分に分けたのに、おかしなこと言うわね」
そう指摘されて、ルーミアは悪戯っぽく舌を出して苦笑する。
「てへへ……面目ない。あ、そうそう」
「? 何よ」
ルーミアは悪戯っぽい笑みのまま、霊夢の耳元まで顔を近づけ――。
「霊夢の唇ね――」
「――いちごの味がしたよ」
――そう囁いてみせた。
霊夢は自分の体温が、その一言で一気に跳ね上がるのを感じた。
そして、今ならルーミアよりあったかいに違いない、と混乱しながらも思ったのだった。
「んー……」
特に行き先もなくふよふよと空を漂っていたルーミアは、自分の腹の音を聞いて小さく唸った。
そういえば、昨日は何も食べていなかった。
いつもはミスティアが営業している屋台が閉まった後に行けば、その日の余りものとかを2人で談笑しながらいただくのだが、何故か昨晩は大繁盛していたらしく――何でも多くの男性が屋台に集まり、『今年も貰えなかったなぁ、兄弟』『女将さん……沁みる歌を一つ頼むよ……』などと呟きながら、酒を飲み、飯を食い、しかしそこに活気など微塵も無く、終始どんよりとした空気で屋台の食糧を全て平らげた、とのこと――、『毎年年末とこの日は、何故か大繁盛するのよー』と、とても疲れた様子でカウンターに突っ伏すミスティアと、僅かに残ったお酒をちびちび飲むくらいしか出来なかったのだ。
さてどうしたものか、とぼんやり考えていると、視界の端に神社の姿を捉えた。
博麗神社だ。
あそこになら食糧があるかもしれないと考えたルーミアは一先ずそこを目指すことにした。
ルーミアは神社内に降り立ち、そこに巫女がいないことを確認するとすぐに小走りで神社の裏手へと回る。
「霊夢ー、お腹空いたー」
そこで畳の上で仰向けになっている霊夢を見つけたルーミアは、開口一番にそう言いながら靴を脱ぎ捨てて居間に入り、ぺたんと霊夢の側に座り込む。
霊夢は目を瞑っていたが寝ていたわけではないらしく、すぐ側まで寄ってきた気配に対して片目だけ開いて一瞥する。
そしてまた目を閉じると、ルーミアに背を向けるようにして寝返りを打つ。
「何にも無いわよ」
「えー」
霊夢の無常な宣告に、ルーミアはがっくりと肩を落とす。
「ウチに食糧を期待するなんて、愚考にも程があるわよ……はぁ……」
霊夢は自分でそう言い切れてしまうことに、大きくため息を吐いて今度はうつ伏せに体勢を変える。
穴があったら入りたい気分だった。
「……本当に無い? ご飯」
「……あったら私も食べたいわよ」
「うー……」
ミスティアの屋台でも、霊夢からも食糧を得ることが出来なかったルーミア。
こうなると、ルーミアの取るべき手段は一つになってしまう。
スッと力なく立ち上がったルーミアは、トボトボとした足取りで居間から出ようとする。
「しょうがないから食べられる人間でも探すー」
「待たんかい」
霊夢は、聞き捨てならない台詞を残して飛び立とうとするルーミアの足を、鋭敏な動作で鷲掴みにした。
片足を封じられ、予定調和的にバランスを崩したルーミアは、そのまま顔面を床に激突させた。
「いひゃい……」
強かに打ちつけた顔――特に鼻――を涙目になりながら抑えて、足を掴んだまま放さない霊夢へ抗議の声を上げる。
「何するのよー!」
「足を掴んだのよ。んで、今からとっ捕まえる」
霊夢は掴んだままのルーミアの足を引っ張り、自分の元まで引き寄せる。
そして後ろから抱くような形で動きを封じた。
案の定、ルーミアはバタバタと抵抗の動きを見せる。
「放せー!」
「人喰いしに行こうとしている妖怪を見逃す巫女がどこにいると……あら?」
霊夢はこの時ある事実に気付いた。
自分が今抱き寄せている身体の小ささ、柔らかさ、そして――。
「あんた、意外とあったかいのね。妖怪の中にも子供っぽい奴は体温高いとかあるのかしら?」
「え? え?」
「あぁー……何だか丁度いい温さ加減だわ。これはなおさら放すわけにはいかなくなったわね」
「ええっ!? は、放してよー!」
霊夢が自分を抱く力が強くなったことを感じ取ったルーミアは、縛めから解放されようと先程よりも強い抵抗を始めた。
腹が減っているというのに、食糧がないこんなところで巫女の暖房代わりにされるなんて真っ平御免であった。
しかし悲しいかな、どんなに抵抗しようとも霊夢の縛めが緩むことはなかった。
「こら、大人しくしなさい!」
「やだやだー! お腹空いたのー!」
「ちょっとだけ! ちょっとだけだから!」
「お腹空いた! お腹空いたー!」
「減るもんじゃないじゃないの!」
「うー!!」
「いったぁーーー!!!」
とうとうルーミアの我慢の限界が有頂天に達したのか、豪快に霊夢の腕に噛み付いてみせた。
これには流石の霊夢もたまらずにルーミアを解放せざるを得なかった。
縛めから見事抜け出したルーミアは霊夢から少し距離を置いて反転。歯を剥き出しにして霊夢に対する敵意を露にしている。
霊夢は見事な噛み跡が残っている腕をもう一方の無事な腕で抑えながら、ルーミアと向き合う。その目には涙が溜まっている。
「ちょ、ちょっと、落ち着きなさいって……ね?」
霊夢は、かなり危険な雰囲気を発しているルーミアを、宥めるように言葉を投げる。
状況は、予断を許さない事態である。
一つ選択を間違えれば、霊夢にとって痛い目だけでは済まないことになるだろう。
「う~~~~……!!」
一先ず落ち着くように促した言葉も、ルーミアにはまるで届いていないようだった。
恐らく今のルーミアには、ある一言を除いて届きはしないだろうことを、霊夢はすぐに理解した。
致し方なし、と霊夢は早速切り札のそのある一言をルーミアへと放つ。
「……ルーミア、わかったわ。食べ物をあげるから、それで手打ちにしてもらえないかしら……?」
文字通りの、餌で釣る。食い物で収拾をつけようなどとは、かなり情けない手段だが、ことルーミアに関しては効果は抜群な筈であった。
これでダメなら、問答無用で叩きのめす方向で対処しなければならない。
ルーミアの反応が、状況を大きく左右する。
ルーミアは――。
「う~~~……え? 食べ物? ご飯!?」
――あっさりと食い付いてくれた。
「霊夢ー、ご飯って何作るの? 早く食べたい」
ルーミアの、先程まで見せていた獣のような表情から一転、今は何ともほんわかした表情で霊夢の周りをぐるぐる周りながら、霊夢と共に台所へ向かっていた。
この変わり身の早さには、釣り人の霊夢も呆れ返ってしまったが、噛み付かれた腕から溢れる――と言ってもそこまでひどくはない――血をぺろぺろ舐めてもらったので、この際ルーミアの変心っぷりには目を瞑ることにした。霊夢にとってはこの上ない眼福であった。
「急かさなくとも、もう出来てるわよ」
「おぉー! 本当!?」
「ちょっと前に紫からお裾分けされた、外の世界の食べ物でね。えーと……お、あったあった」
冷暗所を覗き込んですぐに目的のものを見つけた霊夢は、それを取り出しルーミアに見せる。
案の定、ルーミアは「何だこれ?」といった顔をして小首を傾げる。
「これは『ぽっきぃ』っていう外の世界の食べ物よ」
「ぽっきぃ?」
二人で居間まで戻る。
霊夢が中身を取り出すと、細い棒状の物体が出てきた。
外箱に映っているものと同じものだ。
「いちご味なんですって」
「いちご!」
いちごとは全く思えない形をしているというのに、いちご味とはどういうことだ、とルーミアは興味津々にぽっきぃを見つめる。
「言っておくけど、半分こだからね」
「わかったー」
食べられるだけマシなのか、ルーミアは特に不満を口にすることなく頷く。
「ひい、ふう、みい……」
ルーミアの同意を確認した後、霊夢が本数を数え始めた。
その間、ルーミアはぽっきぃが入っていた長方形の外箱を持ち上げて、眺めていた。
箱には良く分からないことが書いてあって、外の人間はまさかこんなものを読まないと食べることが出来ないのかー、だとしたら面倒くさいなー、とルーミアは思った。
「……18本ね。良かったわ、二人できっかり9本ずつに分けられるわね」
「もう食べていい?」
「いいわよ」
「いただきまーす!」
GOサインが霊夢から下りたので、ルーミアは既に興味を失った外箱をテーブルに放り、早速ぽっきぃを手に取り口に運ぶ。
ポキッ――。
何とも小気味の良い音が響いた。
ぽりぽりと口に入った先端部分を咀嚼する。
「あ」
ルーミアの舌が、ある食べ物の味を想起させる。
「あら、確かにいちごの味がするわね」
隣で同じようにぽりぽりと食べていた霊夢がルーミアの思ったことを代弁してくれた。
「案外おいしいわね、ルーミア?」
「うん!」
満足そうなニコニコ顔で頷くルーミアに、霊夢も笑顔になる。
しばらく、ぽっきぃの折れる音が部屋を支配した。
ポキッ――。
ポリポリ……。
ポキッ――。
ポリポリ……。
ポキッ――。
ポリポリ……。
ポキッ――。
ポリポリ……。
ポリポリポリポリポリ。
ポキッ――。
「……」
一定のリズムで刻まれていた音に、一部急に異音が入った。
霊夢は気になって音の発生源――言うまでもないがルーミア――に目を向けると、リスみたいにぽっきぃを口に運んでいるルーミアがいた。
「随分可愛らしい食べ方しているわね……」
当の本人には自覚がないらしく、霊夢の言葉も届かずに、一心不乱にぽっきぃを食べ続けている。
ポリポリポリポリポリ。
ポリポリポリポリポリ。
「少ないんだから、もうちょっと味わって食べればいいのに」
ポリポリポリポリポリ。
霊夢の心配も案の定ルーミアの耳には念仏状態で、次のぽっきぃに手が伸びる。
ポリポリポリポリポリ。
「ま、いいけどさ」
どの道食べれば、食べ物はなくなる。
早いか遅いかの違いだけだし、霊夢自身が食事は長く楽しむものという考えなだけで、ルーミアはそうは思っていないのかもしれない。
ルーミアが満足していればそれでいいか、と霊夢も自分の分に再び手を伸ばした。
ポキッ――。
ポリポリ……。
「霊夢~~。私の分がもうないよ~~」
言わんこっちゃなかった。
「だから言ったじゃない。味わって食べなさいよって」
「聞いてないよ~」
そうだろうな、と言ってから霊夢も納得した。ルーミアは食べることに夢中で、霊夢の言葉は一切耳に入っていなかったろうから。
ルーミアはじーっと霊夢の分のぽっきぃを見つめている。
そしてじりじりと手を伸ばしていき、手中に収める手前で――。
ぺしっ。
「ダーメ」
霊夢によって払われた。
「あう」
「半分この約束でしょ? 私だってお腹空いているんだから」
霊夢のぽっきぃはあと2本残っていた。
その内の一本を手に取り、口に運ぶ。
ポキッ――。
霊夢はぽっきぃの半分くらいまでを口に含んで、ゆっくりと味わっている。
ルーミアはそれを恨めしそうに、羨ましそうに眺めていた。
ポリポリ……。
「……いよいよ残り一本ね」
「あー、ぅあー」
とうとう、霊夢の分も一本になってしまった。
霊夢がそれを手に取り、ルーミアは何を言っているのかわからない言葉で霊夢の手にあるぽっきぃを見上げる。
「つまりこれが、博麗神社に現在残っている最後の食糧と言っても過言ではない……むしろその通りか」
噛み締めるように呟く霊夢。
「れ、霊夢ぅ~」
「ダメと言ったらダメよ」
ルーミアの最後の抵抗をすげなく振り切り、ゆっくりとぽっきぃを口に近づけていく。
――ぱくっ。
そして口に咥える。
「あー! あー!」
ルーミアの抗議の声が上がる。
しかし、最早無駄である。最後のぽっきぃは予定通りに霊夢の口に到達した。後は最後のハーモニーを奏でて霊夢の歯によって砕かれる運命である。
すると、ここで霊夢は先程からもの欲しそうにぽっきぃを見つめていたルーミアに対して、これ見よがしな態度をとって見せた。
スッと、霊夢は両の腕を左右に真っ直ぐ伸ばす。
それは、ルーミアがよく見せるポーズだった。
まさしくルーミアに対する完全勝利宣言。
「それは……!」
このあからさまな霊夢の行動にルーミアは両手を畳につき、わなわなと震えた。
だが、同時に気が付いたのだ。
それは、あのポーズの第一人者(?)であるルーミアだからこそわかる、逆転の一手だった。
ルーミアはキッと顔を上げ、行動に移る。チャンスは、霊夢が余裕の笑みを湛えているこの瞬間しかなかった。
一方、何とも微妙な優越感に浸った霊夢は、さぁ今こそぽっきぃを手折る時、と伸ばしていた腕を戻しコーティングされていないスティック部分に手をつけようとしていた。
その刹那――。
「なっ!?」
――口をパックリと開けたルーミアが、霊夢の顔面めがけて飛び掛ってきたのだ。
――まさか、顔ごと食べる気!?
霊夢はルーミアのその姿にそう思ってしまったが、ルーミアの狙いは最後のぽっきぃただ一点である。
――ぱくっ。
霊夢の隙を突いた急襲作戦により、今、最後のぽっきぃ一本の端と端を、霊夢とルーミアが咥えている状態になった。
ルーミアは自身のポーズの弱点、両腕を広げるという動作を利用して、本来手を置くべき端を制圧してみせた。
博麗神社の居間に一瞬の静寂が訪れた。
ルーミアが動いた。
ぽりぽりぽりぽりぽり!
遅れて霊夢も動き出す。
ぽりぽりぽりぽりぽり!
このまま行けば押し負ける。霊夢はルーミアのスピードを見てそう感じた。
霊夢は己の愚行を後悔したが、こうなってしまった以上せめていちご部分の半分は食わすまい、と最後の抵抗を見せる。
だが、ぽっきぃが短くなって、霊夢は初めて気付く。
このまま行くと……このまま行くと――。
――お口とお口がくっついちゃうんじゃない!?
とんでもない事実に今更気付いた霊夢は、急ブレーキをかける。
だが、既にルーミアの唇は目前まで来ていた。
もう、回避は不可能である。
観念した霊夢と、夢中にぽっきぃを喰らうルーミア。
二人の最後の聖戦は、唇と唇が触れ合う音で幕を閉じたのだった――。
――ちゅっ。
「何だか……その、ごめんね?」
終戦の後、テーブルに突っ伏している霊夢を覗き込むように謝罪するルーミア。
「……いいのよ、別に。気にしてないわ。そう、気にしてなんてないわ……」
かなり気にしている、とルーミアは思った。
それがわかるくらいに、盛大に落ち込んでいる霊夢だった。
そして盛大にため息を吐いてから、顔を上げる。
「ふぅ……うん、大丈夫。もう気にしてないわ。それにしても、あんたの食い意地っぷりには完敗よ……」
「えへへ……」
霊夢としては褒めたつもりで言ったわけではないのだが、ルーミアには何故か好意的に受け取られたようだった。
「食べ物の恨みは恐ろしいってことだよ」
「公平に半分に分けたのに、おかしなこと言うわね」
そう指摘されて、ルーミアは悪戯っぽく舌を出して苦笑する。
「てへへ……面目ない。あ、そうそう」
「? 何よ」
ルーミアは悪戯っぽい笑みのまま、霊夢の耳元まで顔を近づけ――。
「霊夢の唇ね――」
「――いちごの味がしたよ」
――そう囁いてみせた。
霊夢は自分の体温が、その一言で一気に跳ね上がるのを感じた。
そして、今ならルーミアよりあったかいに違いない、と混乱しながらも思ったのだった。
次の作品に期待せざるを得ない
カレーの王〇様以上に甘口である事は言うまでも有りません。
ありがとう、ありがとう…!
ゆうかれいむ編が早く読みたいけど、他のキャラとの絡みも捨てがたい…
ゆうかれいむ編1→キャラA編→ゆうかれいむ編2→キャラB編→ゆ(ryとかどうだろう?
付き合う覚悟は完了した。待ってますぜ
ルーミアが可愛すぎて生きてるのがつらい
異変の時に必ず会ってるって認識があるからか、上手くやればどんな組み合わせでも違和感ない
パチュ霊夢
レイフラ
ゆゆれいむ
藍霊
れいもこ
ゆうかれいむ
霊雛
さとれいむ
燐霊
マイナーだが読みたくて仕方がない
誰か書かないかなあ(チラッ
ほのぼのちょっとダークかと思わせてかわいらしい霊夢が素敵ですね。
アンタは最高だ!
ルーミアの最後のセリフにやられましたね。
ルー霊ご馳走様です。
短い作品なのに私までお腹一杯になりましたw