命蓮寺の建立が整い、様々な人妖を招待し披露するのを控えた前夜。
寺の住職、聖白蓮の私室に、彼女の右腕であり信仰の偶像でもある寅丸星が訪れた。
既に寝巻へと着換えていた白蓮は星の突然の来訪に驚いたが、その表情から即座に室内へと誘う。
‘毘沙門天の弟子‘は、鋭い瞳に少しの陰りを宿していた。
「……どうしました、星?」
問いつつも、白蓮には凡その推測がついている。
ここ数日、時折星の表情が硬くなることがあった。
向けられているのは、当然、寺の住人ではない。
寺の建立に立ち合った者二名を見ていた。
(二名と言うよりは)――並び立つ彼女たちを緊張した面持ちで眺める星を、白蓮は記憶している。
「明日の話ですが……遍く人妖を招き入れることに、変更はありませんか?」
質問の響きと言うよりは、嘆願のそれ。
星の憂いの元も解っている。
彼女は聡く、仏法をはじめとした知識も豊富だ。
それ故に、起き得るかもしれない事態を恐れているようだった。
聖は、腕を伸ばし両の手で、星の左右の目頭に優しく触れた。
「星、コンコンさんの目になっているわ」
「その例えだと、元々はガオガオさんですか。……聖!」
「変更はありません。人に妖怪、以外のすべての方々にも、私たちを知ってもらいます」
気勢を削ぐ言葉にも怯まない星に、白蓮はきっぱりと言い切る。
「そも、あの方たちは寺院建立の立役者。
此方からお招きするのが筋と言うものでしょう。
私はそう考えますが、星、貴女は違うのですか?」
ずるい問い方だと思いながらも、白蓮は星の瞳を真っ直ぐに見詰めた。
筋とは通すべき義理だ。
『正義』を背負う星には首を縦に振れない質問。
諸々の心情を読みとり、白蓮は、敢えて応えを誘導した。
結局、暫くしても星からの返答はなかった。
「……寺に、貴女の杞憂に気付いている者は?」
珍しく頑なな態度を取る星に、白蓮は再び問う。
彼女の憂いを解っていることを伝え、しかし、杞憂と断じた。
そうでもしなければ、話が進まないと思ったからだ。
「恐らく、聖と私以外は……」
ばつの悪い表情を浮かべる星。
だからと言って、そのことを矛にして責めるほど、白蓮も幼くはない。
「一輪や雲山、村紗には、少し遠い話。
ぬえは、そもそも仏法を学び始めてから日が浅い。
ナズーリンがどうかと思いましたが……貴女がそう言うなら、気付いてはいないのでしょう」
しかし、事実を繰り返し、抑え込む程度には老獪だ。
「……私には、建立が始まる前にあの方たちと話をする機会がありました。
尤も、その時はおヒトリでしたが。
ともかく、僅かな時間とは言え、語らいの場を持ったのです。
警戒心を持たれていたのは事実でしょう。
けれど、それ以上の邪気は感じませんでしたし、何より、過ぎたことを連ねるような方には見えませんでした」
そう、星が危惧しているのは千数百年前の出来事だった。
それは或る意味、今でも続く観念を決定づけたものと言える。
だが、白蓮は、ましてや星も、当時においては関係がない。
当然の話だ。
彼女たちは、生まれてすらいなかったのだから。
「星、ですから、貴女の懸念は万に一つもあり得ないでしょう」
白蓮は、殊更強い言葉を使った。
星の憂いが自身に向けられていることを解っているからだ。
嬉しく思うと同時、相手に刃を向けかねない心情を危惧している。
数秒、視線が交錯した。
「……わかりました」
先に動いたのは星だった。
頷き、一礼の後、立ち上がる。
握った拳が、飲み込んだ言葉を語っていた。
白蓮は息を吐く――その直前に、再度鋭い視線が向けられた。
「億に一つでも、兆に一つでも、聖、貴女に刃が向けられるなら、私は戒めを破ります」
強い宣言。
それ以上に強い瞳。
共に伝えるのは、強固な意志。
『もう二度と、貴女を……――』。
大仰に溜息を吐き、白蓮は以降の問答を切り上げた。
「それはそうと、星」
「……なんですか?」
「明日の挨拶、私に任せてもらっていいんですね?」
「はぁ、まぁ、衣装も用意して頂いていると言うことですし」
「それはもう。さして難しいことでもありませんから、打ち合わせは直前にでも」
そして夜が明け、陽が昇り、また落ちる。
命蓮寺のお披露目と住人の自己紹介が始まった。
「いっけぇぇぇ星、ハイッパァァァ独鈷杵よぉぉぉぉ!」
「な、南無三っ!!」
騒ぐ人妖。
頬を朱に染める星。
白蓮は、場の雰囲気に笑む。
人ではなく妖でもない、‘彼女たち‘の視線を感じながら――。
お披露目会がただの宴会となりはて、少し経った頃。
奥に坐し、人妖の喧騒を楽しんでいた白蓮の元に、星が近づいてきた。
昨晩、或いはそれ以上に険しい表情をしている。
口を真一文字に結んでいた。
白蓮は、自身と対の位置――入口付近に視線を向けた。
「聖……」
「話でも、と言うところですか」
「……ええ」
「では、私の部屋にお招きください」
「な! 此処ならば――」
人妖が騒ぐこの場所なら、手を出されることはそうそうないだろう。
星の言いたいことは解っている。
だが、言葉の先を指で押し留め、白蓮は立ち上がった。
入口近くにいたはずの‘彼女たち‘は、もう星の後ろに移っていた。
『神速』。
陳腐な言葉が白蓮の頭に浮かぶ。
気配を消しての接近程度、人の身から脱して以来、どうと言うこともなく彼女自身にも出来た。
だから、‘彼女たち‘が容易にやってのけてのも驚きはしない。
それでも、そんな言葉が浮かんだのは、‘彼女たち‘が文字通りの存在だからだろう。
「――どうだと言うんだい、護法童子」
「や、神奈子よ。童子って容姿じゃないだろう」
「それもそうだな、諏訪子。こいつぁ悪かったね、多聞天」
星を挟み、白蓮と向き合うのは、八百万と呼ばれる神々の二柱、八坂神奈子と洩矢諏訪子だった。
言葉とは裏腹に可々と笑う神奈子。
呆れたように諏訪子が肩を竦める。
二柱の様子に、白蓮は不可思議なものを感じた。
(どうにも前と違うような……)――思いつつ、密かに星の目頭に触れ、白蓮は二柱に頭を下げる。
「ようこそいらっしゃいました、山の上の神々よ。
折いった話があるとのこと、あい解りました。
別室にご足労願いたいのですが、如何?」
白蓮は微笑んだ。
神奈子もまた笑む。
けれど、後者の目は、穏やかなものではなかった。
「他愛ない話なんだがな。
折角の誘いだ、受けようじゃないか。
それじゃあ案内を頼む、大魔法使い様よ」
神奈子が解りやすい揶揄を吐く。
頭を掻き、苦笑いを浮かべる諏訪子。
星の目頭を揉み解しながら、やはりと確信を抱いた。
出かける溜息を飲み込み、二柱と星に背を向け、白蓮は自室へと至る廊下に足を踏み出した。
さて、四名が後にした宴会場はどうなっているかと言うと――
「あれ、聖と星が何時の間にかいなくなっています……?」
「んぁほんとだ。でも、そう言うムラサと一輪もどっか行ってたじゃん」
「姐さんたちは知らないけど、私たちはそこでちゅっちゅしてふがぁぁぁ!?」
「おぉ、雲山がアッパーを覚えている……! 聖がついているなら、まぁ大丈夫だろう」
「おんや、かなすわがいないぜ。お前を残して帰る……訳ないか」
「魔理沙ひゃん! かなすわではないです、すわかなです!」
「酩酊しているな。これだけ密着していれば解りそうなものだが、僕は魔理沙じゃない」
「こら早苗! 抱くなら私を好きにして!」
「霊夢、貴女も大概に酔って……って、早苗、こんな所で脱ぎださないで! アリスお姉ちゃんは悲しいわ!?」
――概ね、何時も通りの惨状が繰り広げられている。
話を戻そう。
とは言え、廊下では何も起こらなかった。
神奈子が動きを見せたのは、部屋の前、障子を開く直前だった。
「此処から先はフタリにしてくれや」
ずいと身を乗り出して、星と白蓮の間に割り込む。
「――八坂神奈むぐ!?」
「星がいると不都合なことでも?」
「そう言う訳じゃないんだが。なに、此方も蛙は置いていく」
声を荒げようとする星の口を指で塞ぎ、白蓮は乾の神へと視線を向ける。
神奈子は神奈子で、手を伸ばし、諏訪子の頭を押さえていた。
けれど、白蓮には、その必要はないように思える。
先ほどと変わらず、坤の神は呆れた顔をしているだけだった。
「交換条件を願い出た訳ではありません」
「ならば参ろう、命蓮寺の住職よ」
「ええ。……星は」
『広間に戻ってくれても構いませんよ』――告げようとするも、白蓮は口を噤む。
緊張、焦燥、憤怒。
加えて、僅かばかりの宜しくない感情を瞳に宿す星。
言っても聞かないことは、恐らく、この場の誰にでも推測できるだろう。
思う白蓮の肩が、軽く叩かれた。
「うん、顔つきも体つきもいい虎だね。
何処ぞの寺のように、張り虎ではなさそうだ。
なぁ諏訪子、お前の必殺の鉄輪も通じなさそうじゃないか」
話を振られて肩を竦める諏訪子に、神奈子がウィンク一つを送る。
星から向けられる視線の意味を気付いていないのだろうか。
否、気付き、その上で評価しているのだ。
神奈子は、むしろ愉快気ですらある。
(どうにも厄介な方ですこと)――抱いた感想を胸に秘め、白蓮は、神奈子を自室へと誘った。
この時点で、白蓮は神奈子の目的に気が付いていた。
けれど、その先の真意までは掴めていない。
一つの動作も見逃していた。
白蓮が暗愚だからだろうか。否。神奈子が慣れ過ぎてしまっていたのだ。
正坐する白蓮。
胡坐をかく神奈子。
差し出した来客用の座布団は、丁重に断られた。
「どうにも堅苦しいのが苦手でな。
無礼は承知なんだが、許してくれ。
それに、こっちの方が、後々楽だろうしね」
あくまで、神奈子はにこやかに言う。
「避けやすいように、ですか?」
「なにをだい?」
「……いえ」
首を振り、白蓮は一度目を閉じる。
腹の探り合いをするために向かい合っている訳ではない。
なにはともあれ、神の目的を果たさせよう。
これは恐らく、意趣返し。
(先にそう言う視線を向けてきたのは神奈子さんの方ですが……)――浮かんだ非難を飲み込んで、白蓮は神奈子を真正面に見据える。
「それで、話と言うのは?」
神の目が、蛇のように細くなった。
「先刻も言ったが、他愛ない昔話さ。
愚痴と取ってもらっても構わん。
なぁ、毘沙門天を敬う者よ――」
白蓮は、膝の上に重ねていた両の手で、魔力を集める。
「――あの日あの時あの場所で、東南って助言はどう言う料簡だったんだい?」
そして、神奈子の後ろに陣を作った。
乾の神が『愚痴』を言ったと同時。
廊下に控えていた星は、身を起こし、跳ねようとした。
腰に下げている宝塔を使うつもりはない。
己の四肢が頼りだ。
毘沙門天の名を、神の血で染める訳にはいかなかった。
けれど――「縛!」――両脚を滾らせた僅かな間に、坤の神から邪魔が入る。
力ある言葉により、星の体を鉄の輪が締め付けた。
気を抜くと骨さえも砕かれそうだ。
ぎちり、と耳障りな音がする。
「ぐ、ぁ、ぉぉお……!」
だが、星の体は、両腕は、両脚は、神の力を上回った。
「雄々々っっ!!」
咆哮を上げる。
立ち止まってはいられない。
事は、一刻一秒を争うものと思えた。
「こいつぁ驚いた!
まさか私の鉄輪を千切るとはね。
武神の代理ってのは伊達じゃないってことかい」
だから、揶揄抜きで送られる称賛の声にも耳を傾けず、再び跳躍しようとした。
坤の神を捨て置く。
危険極まりない選択だと思いつつ、星には勝算があった。
『必殺』とまで称される攻撃を振り払えたのだ、次の手も切り抜けられよう。
加えて、自身が刃を振うべき者は奥にいる、此処で全力を出し切る訳にはいかない。
「だけども、こっちにゃ軍神の加護があるってね――縛っ!」
そう言った情報と状況が、結果として、星に誤った判断を下させた。
両腕に一つ。
両脚に一つ。
再度、鉄の輪が放たれた。
「雄々々、雄々々々々――!?」
咆哮。
力の変化に気付き、二度、上げる。
しかし、その時には既に遅く、星は地に伏していた。
「ぐぁ、が、我嗚呼々々々々っ!!」
感情の儘の声を上げつつ、武を司る星の頭は、自身が犯した失策に辿りつこうとしていた。
たった一つの発言により斯様な状況に陥ってしまったのだ。
嵌められた、と思う。
それでも這い進もうとする星の耳に、凛とした声が届く。
「聞け、毘沙門天の代理にして力強き賢獣、寅丸星!
汝がそも過ちは、我が友の真意を見抜けなかったこと!
言の葉による駆け引きの結果など、二の次よ!」
そう、星は『駆け引き』に敗れた。
坤の神が語る言葉とは、乾の神が発したもの。
『なぁ諏訪子、お前の必殺の鉄輪も通じなさそうじゃないか』。
何気ないものだったから、鵜呑みにしてしまっていた。
交わされた合図には、気付きもしなかった。
しかも、それら全ては星の力量を掴んだ上でのものだった――してやられたと言う他ない。
しかし、それがどうしたと言うのだろう。
悔やむのは後回しだ。
今はただ、前へ。
「耳を傾けよ、賢将の主にして聖白蓮の傍にいる者、寅丸星よ!
我が友八坂神奈子に刃を振うつもりは毛頭ない!
我が名、我が鉄輪に誓おうぞ!」
ただ、白蓮の元へ。
「あ、足りない?
んとえーと、あーうー……。
そうだ、早苗、早苗に誓おう!」
手を打つ諏訪子の宣言に、星は動きを止めた。
「話を伺いましょう」
「あの子への私たちの愛って、そんなに知れ渡っているんだ……」
「巫女や魔法使いの軽装に対し、風祝のなんと荷物を背負っていたことでしょうか」
道中はいざ知らず、足を止めての弾幕戦の際には二人に持っていてもらったそうな。
星は諏訪子を見上げる。
すると、四肢を締めていた輪が解かれた。
敵意がないことを視線で感じ取ったようだ。
尤も、それは互いに同じ。
「『刃を振うつもりはない』。
その言葉、信じましょう。
ですが、ならば何故、挑発されていたのですか?」
居住まいを正し、廊下に坐す星の肩に、諏訪子がぽんと手を置いた。
「神奈子の茶目っ気」
目をぱちくりとさせる星。
茶目っ気って貴女、どう言うつもりですかこの女郎。
汚い言葉が口から出るより先、諏訪子が微苦笑して、言った。
「確かに神奈子も大人げないんだがね。
ともかく、あんたの視線があいつに火を付けた。
……やっぱり大人げないな。私ゃ、あんたに同情するよ」
そして、漸く、星も白蓮と同じく、神奈子の目的に気付くのだった。
時を戻して、部屋の中。
白蓮が神奈子の後ろに張った陣は、捕縛用のものだった。
星の行動を予測して、乱暴な行いを止めるために設置した。
とは言え、力を練った時間は僅かなものであり、完全に防げるとは思っていない。
一秒でも足止めすれば、対象自身が『避ける』だろうと考えていた。
「ん、ちょいと外が騒がしいな。
鼠でも走り回って……あぁ、此処だと茶飯事か。
まぁいいや、話を続けさせてもらうよ」
しかし、結局は意味をなさなかった。
平然とした態度を崩さない神奈子に、白蓮は気付く。
全ては、眼前の軍神の掌の上。
茶番を演じさせられた。
「丁未の乱のことですね」
自身だけならば構わない。
だが、耳を打つ咆哮に、白蓮の瞳は鋭くなる。
神の目的は達せられただろう、ならば後は、早く切り上げさせるだけだ。
「神仏紛争とも称される、大臣蘇我氏と大連物部氏の争い」
「諸皇子たちもさね。特にほれ、厩戸のなにがし」
「戦の序盤は、廃仏派の物部氏が優勢でした」
「けれど、厩戸の祈祷により毘沙門天を始めとする四天王が口を出した、と」
「助言により東南へと退却した崇仏派はそこで態勢を立て直し勝利にこぎつけた……そう、伝え聞いています」
締めの言葉を強く発音し、白蓮は続ける。
「それで、料簡とは?」
「思慮、意見、発想、考え」
「助言を与えた方にお伺い下さい」
ぴしゃりと言い切る。
星に聞け、と言っているのではない。
毘沙門天本人に直接尋ねろと返している。
つまり、知ったこっちゃない、と答えているのも同じだった。
「尤も――」
跳ね付けるような言葉に、神の目が細くなり、口も上向きに歪んだ。
「――そんなことは、どうでものいいのではないですか?」
「や、知っているなら聞きたいなぁ、位には」
「あぁ、厄介な神様ですねぇ」
崩した口調に、神奈子の相好が崩れた。
「厄介とは失礼な。そも丁未の乱は神と仏の代理戦争としてウンヌンカンヌン」
「人間の権力争いでしょうよ。と言うか、ウンヌンカンヌンってなんですか」
「なんかもうこっちの考えばれちゃってるみたいだし、良いかなって」
ニカっ、と愛想のよい笑顔を見せる神奈子。
白蓮は片眉を吊り上げ、応える。
「貴方の目的は、星をからかうことでしょう?」
的中だった。
白蓮が予測していた通り、神奈子に千数百年前の出来事をぐちぐちと連ねる意思はなかった。
仮に本気で争う算段があったのであれば、こんな所までついてくる必要はない。
加えて、愛する風祝は神社に置いてきただろう。
因縁を付けるのが目的か、とも思ったが、それならば‘モリヤ‘の名を持つ諏訪子が出てくるのが筋と言うもの。
だから、神奈子の狙いはそんな所ではなく、星に対する意趣返し。
「うん」
「あっさりと、まぁ……」
「星から熱視線を送られていたからねぇ。萌えちゃった」
星の危惧、それゆえの鋭い視線。
神奈子は端から見抜いていた。
無論、諏訪子も。
(虎の瞳に神萌ゆる)――浮かんだ感想を白蓮が持て余していると、障子が勢いよく開かれた。
「八坂神奈子! 私をからかうのは構いませんが、それに聖を巻き込まないでください!」
諏訪子との問答を終え、神奈子の目的に気付いた星が部屋へと乗り込んできたのだ。
激昂する星。
微苦笑の諏訪子。
溜息を吐く白蓮。
三様の反応に、神奈子が可々と笑う。
「なぁ白蓮、可愛虎ちゃんからの熱ぅい瞳、応えるべきとは思わんか?」
「応え方に問題はありますが、ある程度は同意します」
「聖っ!?」
白蓮の返答に星の顎が落ちかける。
直前、諏訪子が星の手を取り、一歩二歩、神奈子と白蓮に近づいた。
話を終えたと腰を上げかけていた白蓮は、差し出された星を隣に座らせ、訝しげな視線を二柱へと送る。
神奈子が三度、笑った。
「我々神と仏は、或る意味、それぞれ妖怪たちよりも因縁が深い。
故に、星殿も私に疑いの視線を向けたのであろう。
此方の警戒心に気付いたのは、流石に武を司る者と感心する。
けれど、少し深読みをし過ぎたと思って頂きたい。
私が抱いた警戒は、綺麗なチャンネーと可愛虎ちゃんを始めとしたこの寺に、信仰を奪われないかと考えて」
崩れ出した言葉に、白蓮と星は胡乱気な視線を向ける。
「あー、神奈子、いいから本題に入って。今更だから」
「今更ってなんだ!?」
「いいから」
坤の神の的確な突っ込みに一瞬頬を膨らませ、乾の神は続けた。
「ごほん!
ともかく、腹に一物抱えたままでは酒も不味い。
ちょいと悪ふざけが過ぎた気がしないでもないが、昔のことで云々と言うつもりはない、と示したかったのだ」
神奈子が言い終えたと同時、諏訪子が帽子を外し、徳利と猪口を取り出した。
「ちょいと……?」
「元より警戒の念を発していたのは其方ですけれど」
「あーうー、ほんともうあんたらの言う通り、代わりに謝るよ」
星が首を捻り、
白蓮も思わず本音を零し、
諏訪子はぺこりと頭を下げた。
三様の反応に、神奈子がまたも笑う。
「つ、つまりだな」
「私たちを受け入れる、と」
「我々だけではない。……幻想郷は全てを受け入れる」
少し引きつっていることに気が付いたのは、諏訪子と白蓮だけだった。
「それがこの地、幻想郷の理だ――私たちの関係を気にしていた、どこぞの妖の受け売りだがね」
回りくどい所まで真似しなくてもいいんだけどなぁ、と傍らの諏訪子は思うのだった。
あ、さて。
問題を解決してからは宴会だ。
それもまた、この地の理と言えよう。
もっきゅもっきゅもっきゅ。
「くぁ、旨い! 面倒事の後の酒は格別だぁねぇ」
「神奈子さんが全ての元凶のような」
「ね。ごめんよ、星、白蓮」
呆れる星に諏訪子が頷く。
孤立無援の状態が続く神奈子。
そんな神の肩を、白蓮は優しく包む。
「いえいえ。私はもう気にしていませんよ」
にこ。
白蓮の満面の笑み。
しかし、神奈子は気が付かなかった。
のみならず、諏訪子も、星もまた、見抜けなかった。
白蓮の唇に、薄らとした紅のようなものが浮かんでいることに。
「あぁそうだ、この辺で一つ、芸を見せましょう」
「んぅ? でっかくなるのか?」
「それはまた今度」
神奈子の問いを綺麗に流し、白蓮は、星へと微笑みかけた。
「星、飲んでいますか?」
「は? えぇまぁ、こういう席ですから、ほどほどに」
「ほどほどではいけません。私の分も飲んでくださいな。あ、そーれ♪」
囃す白蓮を不可思議に思いつつ、がぶりがぶりと飲み込んでいく星。
「一気飲み?」
「さぁ……と言うか、何処にそんな量が」
「細かいことはいいじゃありませんか。あ、お酒は節度をもって飲みましょう」
首を傾げあう神々に微笑みつつ、白蓮は囃すのを続けていた。
もっきゅもっきゅ。
もっきゅもっきゅもっきゅ。
もっきゅもっきゅもっきゅもっきゅ!
そして、けぷ、と可愛らしい音が、星の口から零れた。
「おぉ、可愛虎ちゃんから酔虎へと変身か」
「や、それでも可愛いことに変わりなく……と言うか、芸かこれ」
「始まりはこれからですわ。貴女方は星を愛でるべきと捉える方々、ですので、お見せしましょう」
言って、白蓮は星の背に回り、耳に口を近づけ、囁く。
「殺生・邪淫・妄語・飲酒……ねぇ星、もう一つの五戒律は?」
ぼそりと返す星。
よく出来ました、と白蓮は星を抱く。
頭を一撫でし、その手で星の視線を神奈子へと導いた。
やり取りを見守っていた神奈子と導かれた星の視線が、交錯する――ばくんっ!
「なんだ今の音!?」
鼓動の激しい唸りに気付き声を上げたのは、傍らに座る諏訪子だ。
当の本人、つまり神奈子は何も出来ずにいる。
何か拙いと気付いた時には、手遅れだった。
今の神奈子の表情は、女のそれだった。
「聖の言う通り、ですね。
この度のいざこざ、何時までも引きずるものでもないでしょう。
当時のように神仏習合と言う訳ではありませんが、互いに研鑽し、高めあいましょう」
目を細め、微笑む星。
「しかし、ふふ、諏訪子さんの言葉ではありませんが、神奈子さん、あのような茶目っ気、貴女は意外と可愛らしい」
酔った星の様は、五戒になぞられる。
白蓮が促したのは、偸盗の戒律。
‘心を盗む‘。
「神奈子!? うっわ、目が虚ろに!」
別名、イケトラモード。
「高嶺の花って誰にも口説かれてこなかったのがこんな所で仇になるなんて!
神奈子の好みも自分より強い奴って厳しすぎるんだよこんちくしょう!
しかも、口説き文句が可愛いときたもんだ!
格好いいや綺麗ってのならともかく、その手のには慣れてないんだよ!
星、あんた、どんだけ口説き慣れてんだ――って、素かそれ! この天然じごろさん2め!」
1は‘蟲の王‘です。閑話休題。
星に詰め寄ろうとする諏訪子。
しかし、その袖を掴まれ、留まった。
顔を俯かせ、神奈子が震える手を伸ばしていた。
「神奈子、耐えたんだね!」
諏訪子が振り返り、快哉を上げる。
「あんたはやっぱり出来る子だ!」
「ええ、その、出来たみたい。ひっひっふーでいいのよね?」
「あぁうん、出産経験者は私だけですね。うぉぉぉぉぉい!?」
出来てません。
イタズラに微笑む星。
頬を朱に染める神奈子。
あらん限りに叫ぶ諏訪子。
「私は既に気にしていませんでしたが、これだけ騒げば星も溜飲を下げるでしょう」
三様の反応に、白蓮は笑み、ふと呟く。
「虎の瞳に神燃ゆる、と」
「白蓮! あんた、やっぱりただ者じゃないなぁこら!?」
「あぁそうだ、諏訪子」
「あんたに呼び捨てにされる覚えはない!」
「防音加工された部屋が、地下に」
「なんでんなもんがあるのかはともかく、がっぷり四つで目を覚まさせろと言うことですね。さんきゅーひじりん!」
<幕>
命蓮寺スキーだとちょっと納得行かないかもですな。
ぶっちゃけ意味が良くわからなかった。
神奈子様男前。そして乙女。面白かったです。
で、今回星はそれについて神奈子たちが何かいちゃもんつけてくるのでは、と危惧してたけど、結局全ては神奈子様のジョークに過ぎなかった、と。その発想がまずすごいなあ。
歴史好きならもっと楽しめただろうなと思うと、ちょっと残念。「丁未の乱」辺りの解説がもう少しあるとありがたかったです。
藍文の時も思ったけど、ここの星(と白蓮)のスペックは底知れないね!