「バレンタインデー‥‥ですか?」
「ええ。不覚にも去年は乗り遅れたけれど、二度もイベントへの参加を逃す手は無いわ。今年は私達がバレンタインの主役よ」
レミリアの私室。
いつものように主人に紅茶を出した咲夜は、レミリアに突然告げられた。
「今年のバレンタインデーは紅魔館の威信を賭けて盛り上げるわよ」と。
咲夜の記憶が正しければ、主役だとか盛り上げるだとか、そういう趣旨のイベントでは無かった筈だが‥‥。
「失礼ですがお嬢様。お嬢様はバレンタインについて、どう捉えておられるのですか?」
「何? あなた知らないの? それでよく年頃の女の子をやっていられるわね」
やれやれ、とレミリアは大袈裟に首を左右に振る。
「いい? バレンタインというのはね、強い力と権力を持つ者が、弱者に施しを与える日なのよ」
やっぱり全然違った。
そんな古代ローマのイベントみたいな愛の日があってたまるか。
「誰に聞いたんですかそれ」
「パチェと美鈴が言ってた」
「ああ、なるほど」
美鈴とパチュリー。
ソースがその二人だと聞いた瞬間から、一つも信用できない情報だと咲夜は悟った。
「友達の友達」や「先輩の先輩」から聞いた怖い話くらい信用できない。
パチュリー曰く「名前の由来は、無敵の戦士として今尚伝説に残るバレンダー氏なの。彼は自らの脚だけで世界を三日で一周し、腕の一振りで地形を変える程だったわ。世界に残る湖の内、およそ半数は彼の残した痕跡だと言われているわね。そのバレンダー氏が17歳の時、初めての戦で勝利を収めた日。それが2月の14日なのよ。つまり、バレンダー・ウィン・デー(Barender Win Day)ね」
美鈴曰く「バレンタインデーを上手く利用できた者は、世界すら手にすると言われています。それとは逆に、バレンタインが原因となって滅んだ国を、私はいくつも知っています。有力な支配者達は、バレンタイン専門の機関を有していたと聞きますよ。」
「そして、歴史の中心にはいつもチョコレート‥‥かのバレンダー卿がこよなく愛した菓子があったと言われているらしいわ」
「はぁ、なるほど」
咲夜は感心した。
よくもまあ、そこまで適当に話を作れるものだ。
それもレミリアの琴線に触れそうな、無敵の戦士や世界を手にするといったワードが織り交ぜてある。
「それで、お嬢様はどうなさろうとお考えで?」
「それなんだけどね、今日の夕食の時にでも会議を開こうと思っているのよ。メイドも含めて全員参加よ。準備よろしくね」
「畏まりました。では私はこれにて」
一礼してレミリアの部屋を後にして厨房へ向かう咲夜。
館内の全員が一度に食事。
普段はレミリアやフラン、パチュリーが食事を終えた後で順番に従者達が食事を摂っている。
そのため一度に用意する食事は少しずつで済むのだが、それを一度に済ませるとなると勝手が違ってくる。
思わぬ重労働を課せられたが、主人の命令ならば仕方が無い。
「レミリアお嬢様の命令により、今日は全員分の食事をまとめて作る事になりました! 各員決して手を抜かず、精一杯やり遂げましょう!」
「おおーーーっ!」
「っしゃーーーっ!」
厨房に響く歓声。
紅魔館の誇る鋼の精神力のメイド達は、逆境に強いのであった。
午後8時、咲夜達の頑張りにより食事の準備が整った。
「見事なものね。では食事にしましょうか。みんな、声を揃えてちょうだいね。せーの‥‥」
『いただきます!』
レミリアの号令に合わせて食事開始の合図。
紅魔館・血の掟「農家の人々への感謝の気持ちを忘れない」精神の賜物である。
「ん、これ美味しいわね。誰が作ったの?」
「はい! 私が!」
「そう。この調子で頑張ってちょうだいね」
「ありがたき幸せ! お嬢様の苦手な白いアスパラも入っています!」
「え、マジで」
「よかったね、お姉様。弱点が克服できて」
「妹様の苦手なピーマンも入っております!」
「え、マジで」
わいわいがやがや。
ちょっとしたパーティを髣髴とさせるような賑やかさで時間が流れてゆく。
ある程度皆の腹が満たされてきたところで、レミリアが本日の主題を告げる。
「‥‥というわけで、何かこう、他の連中を驚かせるようなアイデアは無いかしら」
先程咲夜にしたのと同じような説明を全員にする。
メイド達の多くは感心したような顔をしていたが、美鈴とパチュリーは俯いて肩を震わせていた。
「はい!」
「お、早いわね。じゃああなた」
「汗が冷えて寒くなってきたので、着替えてきてもよろしいでしょうか!」
「行ってらっしゃい。風邪ひかないでね」
そのメイドが席をたったのを皮切りに、他のメイドも着替えに向かう。
今日のご飯支度はそれほど過酷だったのだ。
「あら、咲夜は行かないの?」
「主人が食事中に席を立つわけには参りませんので」
「‥‥言いにくいから我慢してたけど、汗臭いからアンタも行ってきなさい」
「え?」
「服が汗吸い切れないで、背もたれとか濡れちゃってるじゃないの」
「で、では失礼します」
思わぬ指摘に顔を真っ赤にした咲夜が一瞬にしてその場からいなくなる。
たかが着替えに時間停止を使用。
無駄遣いも甚だしいが、それも無理は無い。
汗まみれを指摘されるという、乙女に有るまじき恥をかいたのだから。
お嫁に行けなくなってしまう。
その後メイド達の着替えを待ち、再び全員が揃ったのは20分後であった。
「それじゃ再開ね。何かあるかしら?」
「はい!」
「お、元気いいわね。どうぞ」
「チョコレートに爆薬を仕込んで配るのはどうでしょうか!」
「うん、いいわね。派手だし皆の記憶に残りそうね。却下で」
「はい!」
「はいどうぞ」
「爆薬にチョコレートを混ぜて配るのはどうでしょうか!」
「うん、意外性があっていいかもね。バカじゃないの?」
「はい! お嬢様!」
「はいはい?」
「配るのは勿体無いので、私達だけで食べちゃいましょうよ!」
「それもうイベントでもなんでも無いわよね。却下」
「そこをなんとか!」
「じゃあ咲夜に頼んで、明日のおやつはチョコにしてもらいましょうね」
「やったあ! お嬢様大好きです!」
「喜んでもらえて私も嬉しいわ。じゃあ次」
「はい!」
「はいそこ」
「えー、チョコレートとかけまして‥‥」
「なんでよ。なんで面白い事言おうとしてるのよ」
「爆薬の辺りからそういう空気だったじゃないですか」
「まあ、否定はできないわね」
「はい、お嬢様!」
「何かしら?」
「この子達、完全にふざけ始めてます!」
「うん、ちょっとそんな気はしてた。あなたは真面目ね。何か悩みがあったら思い詰める前に相談しなさいね」
その後数十分、妖精メイドによる大喜利の司会を続ける羽目になったレミリアであった。
「もういいでしょう? そろそろちゃんとした話し合いをしたいのだけれど」
「そうですね。流石にもう飽きてきましたね」
「満足です!」
「というわけで、改めて何かアイデアは無い?」
「はい!」
「はいそこ」
「我々の崇拝するレミリア様の威光を示すためには、なるべく多くの人妖を巻き込む必要があるかと思われます」
「いきなりスイッチ切り替わったわね。ちょっとビックリしちゃったわ」
「異議あり! スカーレット姉妹の魅力は既に幻想郷中に広く知れ渡っています。ここで敢えてひけらかす必要は無いと思います!」
「賛成! ここは限られた少人数の有力者との繋がりを強化しておくべきだ!」
レミリアは感動していた。
こんなに大勢の従者が、自分やフランのために意見を戦わせている光景に。
その姿はまさに忠義の士である。
否、それは既にわかっていた事だった。
だからこそレミリアは彼女達の運命を預かり、生涯をかけて守っていこうと誓っているのだから。
「そう! 今こそ幻想郷にレミリア様の力を見せ付ける時!」
「我々はその礎となって死にゆくのを厭うべきでは無い!」
「そんな事は百も承知です! ですが時期尚早だと言っているのです!」
「その通り! 引き返せない戦いだからこそ盤石の布陣で臨むべきだ!」
「え? 何? みんな何言ってるの?」
いつの間にか事態は、過激派vs穏健派の言い争いにまで発展していた。
「いえ、ですから幻想郷制覇に向けての話し合いを」
「いやいや、違う違う違う。今回はそういうのじゃないから。落ち着いてちょうだい」
「え? では他の勢力に玉砕覚悟で攻め込んだり、逆に攻め込まれて紅魔館を死守したりは‥‥」
「しないしない」
「はあ、わかりました」
危ない危ない。
あのままヒートアップしていたら、バレンタインにかこつけて幻想郷中に宣戦布告となるところだった。
血のバレンタインとでも言うつもりか。
ギャングじゃあるまいし。
「まあ途中から論点がおかしくなってたけど、対象が大勢か少数かっていうのはたしかに悩みどころね」
「そうですねぇ」
「フランはどう思う?」
「え? 私?」
「ええ、あなたもこの館の主だもの。意見を聞かせてちょうだい。たくさんの人達と関わりたい? 身近な人達との方がいい?」
以前起こした異変がきっかけで他者と触れ合うようになったフランドール。
相当に心配ではあったが、いざ蓋を開けてみれば、魔理沙や霊夢を始めとする個性的な面々。
そして忠誠心は溢れているものの、色々ぶっ飛んでいるメイド達との関わりで狂気的な側面は薄れてきていた。
今ならば交友関係を広げていっても問題は起こらないだろう。
「そんなにいきなり話を振られても、面白い事言えないよぉ」
「いやいや、そういうのはいいから」
狂気分が減った変わりに、教育によろしくないメイド成分が混入してしまったのが大きな問題だった。
「じゃあ、できれば知らない人達とも会ってみたいかな」
「そう。じゃあそうしましょうか。誰か、異存はあるかしら?」
「いえいえ滅相も無い」
「お二人の言葉は我々の全てに優先するんですよ」
「本当? じゃあ今度はカードで少し手加減してよ!」
「それは話が別です。次回もスッカラカンにして差し上げます」
「ぶぅ~」
「フラン、ゲームは公正だから楽しいのよ。私も運命操作はご法度にしてあるわ」
「その結果、目下私の120連勝中ですけどね! えへへへ!」
「うっさい。それより、対象は決まったから次は何をするか決めないと」
「無難に、チョコ配って回りましょうか?」
「無難すぎない? そんな地味なのじゃ、バレンダー卿に申し訳が立たないわ」
「ぶふぉ!」
「ごぶっ!」
瞬間、食後のお茶を楽しんでいた美鈴とパチュリーが噴き出した。
「な、何? 大丈夫?」
「だ、だいじょ‥‥げほっ! げほっ! 大丈夫よ‥‥」
「ぷふっ。ええ、なんでも無いですよ。くふっ、ふふ‥‥」
「大丈夫には見えないけど。主に頭とかが」
「失礼ね。ちょっとあれよ。そう、思い出し笑いよ」
「そうなの? それはそれでちょっと怖いけど。それより、あんた達は何か意見無いの?」
「そ、そうね。ぷふっ‥‥大勢を相手にするなら、紅魔館に招けばいいんじゃないかしら? ちょ、ちょっと美鈴、いい加減になさいよ‥‥んふふっ」
パチュリーはすぐに気を取り直して落ち着けたが、その隣では美鈴が未だにお腹を押さえて苦しそうに笑いを我慢している。
その姿を見ているとまた笑ってしまいそうだった。
「ここに招く、か。それなら格調高い館を見せ付ける事もできるし、願ったり叶ったりね。流石パチェ」
「ご、ごめんレミィ。今はあまり話しかけ‥‥ふふっ‥話しかけないでちょうだい」
「うん、何かわかんないけどそうするわ」
自分との戦いを始めた二人を放っておく事に決め、再び話し合いに戻る。
「で、招くのはいいけど、その後はどうしようかしら。咲夜、チョコレートのケーキでも焼いてくれる?」
「ケーキですか。大体どのくらいの量がいるでしょうね?」
「そうね。霊夢に魔理沙に、隙間妖怪も声かけとかなきゃ不貞腐れそうね。それに山の神社とか‥‥それからえーと‥‥」
「里に住んでいる者はどうしましょうか」
それなりの数になりそうだが、まあ許容範囲だろう。
その油断が咲夜に藪をつつかせた。
蛇どころか、龍が潜んでいるとも知らずに。
「あ、そうね。こうなったらパーッと全員に声かけましょうか」
「はい? 全員、というと?」
「全員は全員よ。里の人間全員」
「え!? い、いや。慧音とかの事だったんですが」
「あらそうなの? でもほら、せっかくだし。フランもきっと気に入る人間がいるでしょうし」
「前に聞いた怖い顔のおじさんに会ってみたいな!」
「そうね。彼も呼びましょうね。というわけで、幻想郷に住んでいる人数分のケーキを‥‥流石に厳しいわね」
「いえ! やりましょう! やりましょうとも! ねえみんな! 手伝ってくれるわね!?」
「いいですとも!」
「お任せあれ!」
「お聞きの通りです。何の問題もありません」
「そ、そう? ならいいけど‥‥あんたら、ちゃんと自分の体を大事になさいよ? 気合いと根性じゃ解決しない事もあるんだからね?」
「そんな物はありません。少なくとも、この十六夜咲夜の辞書の中には」
ふわりと優雅にお辞儀して見せる咲夜だったが、言葉だけを聞いていると何とも体育会系であった。
「じゃ、じゃあそういうわけで、よろしくね」
メイド衆のこのテンションの高まり具合だと、いつ幻想郷征服論が再燃してもおかしくない。
そう判断したレミリアは話に区切りを付けようとした。
「あ、あの、よろしいでしょうか」
それを引き止めたのは、一人の妖精メイドだった。
「あら、あなたはこの間の。どうしたのかしら?」
「は、はい。私なんかの意見を言わせて頂くのは恐縮ですが‥‥」
「そういう自分をこき下ろすような事は言わないでちょうだい。あなたを迎え入れた私が惨めになるでしょう?」
「は、はい! すみません!」
「何でも言ってご覧なさい? ただし、面白い事言い逃してました! とかだったら流石に引っぱたくけどね。割と強めに」
「いえ、そういうのじゃないですよ!」
その答えに数人の先輩メイド達が残念そうな顔をしたのをレミリアは見逃さなかった。
フランに流れ込んだ残念成分は連中の物に違いない。
「こないだパチュリー様にお借りした外の本に、ちょっと気になる事が載っていまして」
「ほほう。どんな事かしら?」
「それが、外の世界の本だったんですが、その本によると‥‥」
「いいじゃないそれ! 採用しましょう!」
「きょ、恐縮です」
「これなら咲夜の負担も減るわね」
「そうですね。正直命拾いした気がします」
流石の根性メイドも、代案を蹴ってまで無理をするほどヤンチャでは無かった。
「それじゃその方向で準備を開始しましょう! バレンダー氏の名の下に!」
『おおーーーっ!』
「ごぷっ!」
「ぐぶふぅ!」
結束を確かめる雄叫びと、紅茶を再び噴き出す音が紅魔館食堂に響いた。
時は流れ、バレンタインデー当日。
烏天狗に宣伝を依頼した効果もあり、全員とまではいかないものの、かなりの数の人妖が紅魔館に詰めかけていた。
人里の者達もほとんどの世帯が参加していた。
子供連れや老人、厳つい顔の男や、その男に纏わりつく山犬妖怪の姿もある。
その集団の先頭を引率するように歩く上白沢慧音が紅魔館の門前に立つ妖怪に挨拶する。
「今日はお招き感謝する。この通り、ほとんどの者がやってきたぞ」
「これはこれは。‥‥今日のパーティのメインディッシュがご到着ですか!」
列の先頭近くにいた小さな子供をガシッと抱きかかえる。
その刹那。
スコン!
「いったあ!」
「バカな事やってないで早く案内なさいな。その子怖がってるじゃないの。可哀想に」
その言葉通り、美鈴の腕の中の子供は半泣きの状態だ。
「いやいや、この子とはたまにこうして遊ぶんですよ。妖怪ごっこですね」
「ごっこも何も、リアル妖怪じゃないの。じゃあなんで怖がってるのよ」
「妖怪を目にする機会はあっても、目の前でナイフが頭に刺さる光景を目にする事は無いからだろうな。教育に悪いからやめてくれ」
多感な少年にとってはトラウマ級の光景である。
「あら、これは失礼。ごめんね僕。大丈夫よ。このお姉ちゃんはね‥‥えーと‥‥そう! 痛い事されるのが大好きなの!」
「いや、それはそれで教育に悪すぎるからな」
「そういう誤解されそうな発言を里の皆さんの前でするのは勘弁してください」
「ごほん。‥‥それでは皆様、ご案内しますわ」
気を取り直して門前から会場である中庭へと移動する。
この集団が最後の招待客であるため、美鈴も同行している。
「むむ? 何やら甘い匂いがするな」
「あら、流石半獣ね。それともお腹が空いてるだけかしら?」
「おおレミリアか。お招き感謝する。ちなみに答えは両方だ」
「そう。それじゃお腹を減らした白沢が暴れだす前に、始めましょうか」
よく見れば周りには紅白の巫女や白黒魔法使いを始め、見知った顔がいくつもある。
しかし食べ物が出ている様子は無かった。
「匂いはすれども姿は見えずだな」
「慌てない慌てない。咲夜」
「御意に」
咲夜は数人のメイドと共に中庭中央へある噴水へ移動し、レミリアに合図を出す。
「ご来場の人間、そして妖怪達! 今日は遠路はるばるよく来てくれた! 私の配下が素敵な時間を提供してくれる! それぞれ見知った顔、初めて見る顔、色々あるだろうが、この場では全員で語り合い、笑い合い、大いに楽しんでくれたまえ!」
レミリアの上品かつよく通る声が響き渡ったのを合図に、咲夜が噴水の操作をする。
その瞬間、会場からどよめきが起きた。
「これは‥‥チョコレートの噴水か」
「うちの誇る最高のメイドの一人がね、教えてくれたのよ。外の世界ではこうして流れるチョコレートを果物に付けて食べる事があるんですって」
「なるほど。しかし、大きな噴水といえどもこの人数では込み合いそうだな」
「私がそんな手抜かりをすると思う?」
「ちょこっと思う」
「チョコなだけに? だまらっしゃい」
「これは失礼」
「まあ見てなさいな」
レミリアがそう言って空を見上げる。
慧音もそれに習った。
「これは‥‥」
見上げた空は雲一つ無い晴天。
レミリアが日傘を手放せない程に。
にも関わらず、大粒の雨が降り始めた。
あっという間に本降りである。
ただし、二つだけ異変がある。
一つはその雨が極々局所的なものである事。
もう一つは‥‥
「チョコレートの雨か」
「なかなか幻想的でしょ? うちの知識人の手にかかれば簡単な事よ」
「地面に描かれた魔法陣で、上から下に、下から上にチョコレートが循環するようにしてあるの。ちなみに全然簡単な事じゃないわ。この魔法を構築するのに三日かかったもの」
「並の魔法使いじゃ三日で出来ないでしょう?」
「そうね」
「あなたがパチュリーか。私は上白沢慧音だ。この光景を見るに、噂に違わぬ使い手らしいな」
「よろしく。私の噂ねぇ。どんな?」
「‥‥あー、レミリア曰くだが、魔法の実力に比例して変な奴、と」
「そう。私もあなたの話は聞いているわ。歴史の知識では右に出る者がいないとか。できればゆっくり話がしたいわね。‥‥レミィをチョコの噴水に沈めた後にでも」
「吸血鬼のチョコレート漬けか。不老長寿にでもなれそうだな」
「私は食べたくないけどね」
「同感だ」
「あんたら本人の横で好き放題言うわね」
「ははは。それにしても、少し意外だったな」
「何がよ?」
「さっきの挨拶といい、噴水のアイデアといい、チョコの雨といい、部下や友人の功績を称えてばかりじゃないか」
「うん?」
「こんな機会だ。もっと自分の事を誇らしく語ると思っていたし、そうしてもバチは当たらないと思うが」
「ああ、そんな事?」
拍子抜けしたような顔でレミリアは言う。
「だって、最高の者達が周りにいるというのが私の誇りなんだもの。つまり皆が褒め称えられれば、それが私の喜びになるわけよ」
「はは、なるほどな」
「かと言って、私が称えられるのも嫌いなわけじゃないのよ? ほれほれ、遠慮せずに」
「あと10秒黙ってたら心の底から褒め称えたのにな」
「あら残念」
クスクスと笑いながら噴水やチョコの雨の方に視線を向ける。
チョコレートや果物の他にも数種類の料理や酒がメイド達によって振る舞われていた。
そこには多くの者の笑顔が見える。
普段参拝に行けない分、ここぞとばかりに老人に囲まれ拝み倒される博麗の巫女。
お気軽すぎる神々が信者と酒を酌み交わしている。
匂いに誘われ入水自殺しかける蛍の妖怪を必死で止める若者達。
盟友としての絆を深める人間と河童の相撲。
そして、はしゃぎ回る子供達の中に紛れる宝石のような羽を持つ少女。
「さあ、私達もあの輪に入りましょう! 甘味に飽きたら、お酒も料理もあるわ。今日が終わるまで、精一杯楽しむわよ! なんたって、今日はバレンタインデーなのだから!」
「どう? 楽しんでる?」
「それはもう、物凄く。甘い物が死ぬほど食べられるんだ。こんなに幸せな事は滅多に無いぞ」
「そう。私も楽しいわ。これも全ては彼のお陰なのね」
「彼? このイベントの企画者は女性だろう?」
「あら、あなた知らないの? バレンタインの由来となったあの人物を!」
「バレンタインの由来? ああ、たしか‥‥」
「そう! バレンダー卿その人よ!」
「ぶはっ!」
「ふぐっ!」
「バ、バレンダー? 何者だ? それは」
「ふふ、歴史の全てを知る白沢とは言え、漏らしている事はあるのね。いい? バレンダー氏というのは‥‥」
「というわけよ」
「‥‥いや、うん。説明されてもさっぱり思い出せん。そんな人物なら、忘れる筈が無いんだが」
「ふ、ふふ‥‥あははははは! も、もうダメ! 限界ですぅ!」
「ふふ‥‥くふふふふ! えふっ!えふっ!レ、レミィごめんなさい!あはははは!」
「く、苦しーっ! あはははは!」
「はあ、はあ‥‥こ、こんなに喘息の身が疎ましく感じた日は無いわ。ぷふふふ!」
「な、何? どうしたの?」
「いや、実はね、レミィ。あの話は真っ赤な嘘っていうか‥‥」
「パチュリー様が面白そうな事言ってたんで、とりあえず乗っかったというか‥‥」
「ほう、なるほどね」
紅魔館が笑いに包まれたその日。
二人だけは血のバレンタインを味わう事となった。
ほう…
ふぅ……
彼女を大事にするんだぞ…(がくっ
へぇ……。
相変わらずこの紅魔館は大好きだ。
ふーん……
↓このロリコンどもめ(笑)
つまり「従姉妹」とは名言されていない。「従兄弟」かもしれないってことだよ!
会話がすごくそれっぽくていいですね。
全作読ませていただきましたがファンになりました。
一々貴女の描く妖精メイド達が可愛いすぎるんですよ!もっとやって下さい!
賑やかで楽しそうです。
イトコか
…イトコか…
でも全体的に楽しめたので良し