紅魔館 朝
「咲夜ー、チョコレートってどうやって作るの?」
フランドール・スカーレットからそんな質問を受け、十六夜咲夜は目を丸くする。
「どうされたんですか、妹様。チョコ?」
「魔理沙の話ではさ、『ばれんたいんでー』とかゆう、チョコを渡すイベントがあるんでしょ。私も参加しようかと思って」
「ああ、バレンタインですか」
最近、幻想郷に広まった風習で、元は西洋のイベントらしい。山の巫女は「企業戦略の賜物」だとか言っていた。
「魔理沙に渡すんですか」
「んー、そんなちゃんと考えてないけどさ。とりあえずチョコって感じだし」
「まあ、間違いではないですが」
「でもできれば、ここのみんなには渡したいな」
「それは素敵ですわ」
それじゃあキッチンに行きましょうか、とフランドールを促す。
「失礼ながら、妹様からそのような相談をされるとは、思ってもみませんでした」
「地下室にこもる生活も、改善されてきたからさー、『外』にも興味が出てきちゃった」
歩きながらフランドールは言う。幻想郷に住む者が言う『外』は、大概は幻想郷の外の世界を指すのだが、フランドールの場合は紅魔館の外を指す。なにせこれまでの人生、地下で過ごす時間がほとんどだったのだから。
「こうやって、屋敷内なら自由に歩きまわれるようはなったからね、そろそろ『外』にも出してもらえるんじゃないかと、期待してみたり」
「お嬢様も、そろそろ出してあげてもいい、などとおっしゃっておりました」
「へえ、お姉さまが、ねぇ。出るとしたら、魔理沙が出してくれるんじゃないかと思っていたけど」
「お嬢様は、妹様が嫌いなわけではありませんから。むしろ、とても大事にしておられます」
「お姉さまに大事にされるほど、私は弱いつもりは無いんだけどね」
そう言って、フランドールは自嘲気味に笑った。
「まあ、気持ちはわかるよ。今は自分が危険すぎると今は自覚してるけど、あの頃はそんなこと、考えたことも無かったからね」
「お嬢様が過保護だったのもありますけどね」
「でも、魔理沙と遊んでるうちに、いろいろと学ばせてもらったよ」
フランドールは右手を前に出し、何かを握るようにして。
途中で止めた。
「壊したら、元に戻らない、とかね」
止めた右手を握り締めたが、何も起こらなかった。
「そんなこと、当たり前なのにね」
「当たり前のことほど、学ぶ機会は少ないものです」
「魔理沙はそういうことほど、教えてくれるんだよ」
なんとなくわかります、と咲夜は微笑む。
「で、まあ、チョコレートを贈ってみようかとね」
「その心は?」
「相手してもらった報酬だよ」
それを聞いて、咲夜はふふっと噴き出す。
「なにさ」
「いえ、別に」
「教えてよ。私は咲夜の主人の妹だよ」
「ふふッ、そうですわね。隠し事はよくありませんね」
こほん、と咲夜はわざとらしく咳払いをひとつ。
「先ほどの報酬という言葉」
「ああ、報酬だろ。見返りでもいい」
「それを贈りたいと思う心は、なんだと思います?」
「?」
「それを感謝というんです」
フランドールは目を丸くすると、ケラケラと笑い出す。
「なるほど、これが感謝か」
「ええ、感謝から、お返しをしたいと思うのです」
「へえ、私が人にいっぱしに感謝するなんて」
「ですから、私も驚いたんですよ。『贈る』だとか『作る』だとか、妹様から聞く日が来るとは」
「ん、まあ、魔が差したのさ」
キッチンの扉までやってきて、咲夜が開こうとするのをフランドールが牽制する。
どうやら自分で開けたかったらしい。
「らしくないのは、わかっているよ」
「しかし、すばらしいことです」
フランドールはニヒ、といたずらっぽく笑い。
それを見て、咲夜は再び微笑んだ。
キッチンの中は、原色だらけの異様な光景が広がっていた。壁や床になにやら付着している。
フランドールと咲夜が入り口で呆然と立っていると、部屋の隅からひょこりとパチュリー・ノーレッジが顔を覗かせた。
「あら、珍しい組み合わせね」
「……パチュリー、なにしてんの?」
「チョコレート作りよ」
したり顔で言うパチュリー。
この部屋のどこを見てチョコレートなどと言えたのか甚だ疑問だが、それもパチュリーだからという理由で解決してしまう。パチュリーはきょろきょろと首を動かしあたりを見る。
「この壁にくっついてるの、全部チョコなわけ?」
「まあ、そういうことね」
「なぜそんなところにいるんです?」
「ちょっとした避難よ」
「チョコ作りに避難って……」
「また何かの実験を兼ねましたか?」
「魔草と煮詰めて調合してみたんだけど」
さっき爆発しちゃってね、と机の上の鍋を指差す。そこからはきらきらとした煙が上がっている。
チョコが爆発云々以前に、チョコレート作りを『調合』と呼ぶ時点で色々ずれてしまっている。
「魔理沙に渡そうかと思ったんだけど、上手くいかないのよね。まあ、食べるのは魔理沙だし、多少害があっても平気なんだけど、できる限りは――」
「これって壊していいかしら?」
「できる限りゴミの出ないようにお願いします」
パチュリー製・得体の知れない鍋の中身を、フランドールは跡形も無く吹き飛ばした。
白玉楼 お昼前
「……紫様から、バレンタインを理由にチョコレート作りを命令されたが、特にいつもと変わらない気がする」
「……私もそう思ってました」
白玉楼の台所で、八雲藍と魂魄妖夢はため息を吐く。
いつも食事は藍や妖夢が作っているのだから、今日が特別というわけではない。しかし、バレンタインを理由に出された途端、一気にモチベーションが下がるのはなんなのだろう。
作業は既にチョコを溶かし終えて、型に流し込むだけである。トレイには一口サイズくらいの型がいくつも並べられているが、そのどれもがハート型である。
「……主人にハート型のチョコレートとは、何の悪い冗談だろう」
「何もそこまで言わなくても……」
「なんでよりによってハートなんだ。違和感が半端ない。鳥肌が……」
「そんなに!?」
うんざりした顔で愚痴りながら、チョコレートを流し込む藍。
「尊敬はしてるんだ、尊敬してるんだよ……。でもこういう形は違う。ハートじゃない。妖夢、わかるだろ?」
「いや、私は別に……」
「そうか……。いや、気にしないでくれ……」
そういう藍だが、尻尾はへたッと元気をなくし、帽子の上からでもわかるくらいに耳はたれている。おそらく、なにかこだわりがあるのだろう。八雲の妖怪は主従ともによくわからない。
何とか空気を変えようと、妖夢は話題を変えてみる。
「いやぁ、教えていただきありがとうございました。私、基本は和食なので、チョコ作りは初めてだったんですが、何とかなるものですね」
「うん? ああ、紫様がわざわざチョコレートの作り方を憑けてくれたからな」
「式神って、そんなこともできるんですか」
「らしいな、私にはできないが。紫様の実力あってこそだ」
「へー、やっぱり凄いんですね、紫様って」
「ああ、私の目標だよ」
藍は静かに微笑む。
「そんな、目標だなんて。藍さんも十分すごいですよ」
「ははは、ありがとう。でも、凄いかとか力があるとかじゃないんだ。目標に向かって精進することが大事なんだよ」
「あ、それはわかります。私も早く一人前になりたいです」
「一人前とは、何を持って一人前というんだ?」
「いや、そんな、何ってわけじゃないんですが……」
「……幽々子様に認めてもらえれば、十分です」
それを聞いて、藍は顔を崩す。
「ははッ、お互い、先は長いな」
「それでも、精進あるのみ、ですね」
「だな」
そこでちょうど、ハートの型全てにチョコを流し込む作業が終わった。鍋にはまだ、チョコが残っている。それを無言で見つめる妖夢。
「…………(ゴクッ)」
「どうした、妖夢」
藍に言われ、ハッと我に返る。
「あ、いえ、別に、そんなチョコ食べたいなだんて、これっぽっちも……ッ!」
「なんだ、食べないのか?」
「へ?」
そうか妖夢は甘いもの苦手か、などと一人ごちながら、なぜか油揚げを取り出す藍。
「え、食べるんですか」
「そりゃ、余ってるんだから、食べるだろ」
「いいんですか?」
「駄目な理由が無い。材料も多めに用意してあるしな、私たちも食べられるように」
「えっ? えっ?」
困惑する妖夢をよそに、藍は油揚げをつまむ。
「だいたい、私たちが作って、紫様たちだけで食べるなんて、そんなの癪だろう。これっぽっちしか残らなかったのは、少々残念だが、まあ、妖夢が食べないならこれでも十分だろ。チョコは食べたこと無いが、とりあえず油揚げに……」
「ちょっと待ったあああああぁぁぁ!!!」
妖夢の大声に、藍はビクッと体を強張せる。
「妖夢……?」
「わ、私も食べますッ! ちょっと待っててくださいッ!」
確か幽々子様のおやつのマシュマロが……、などぶつぶつ言いながら、台所から走り去る。
妖夢の去ったほうと鍋のチョコレートを交互に見た後、藍は少しだけ考える。
「………」
そして油揚げをチョコに浸そうと、ゆっくりと手を下ろし始めたところで、妖夢の鋭いけりが腹に入った。
「ごふぁッ!」
「待ってって言ったのに、なんで待ってくれないんですか! あと油揚げを直接チョコに浸そうとしないでください! 斬りますよ!」
「わ、悪かった……、すまない……」
藍が咳き込みながら顔を上げると、マシュマロだけでなくビスケットやクッキー、イチゴなんかを抱えた妖夢が、目を輝かせて立っていた。
「……妖夢、残念だが、そんな量のチョコはない」
「なら固めたやつを溶かし直します!」
そう言って型に入ったチョコを次々を鍋に放りこんでゆく。
「ちょ、妖夢ッ! お前それは駄目だろッ! おい、止まれッ!」
「フフフ……、幽々子様に邪魔されることなく食べられるなんて、年に何度あるか……、ウフウフフフアハハ……」
「落ち着け妖夢! 目の色おかしいぞ!」
「……なーにやってるのかしら」
台所の様子をスキマから見ていた八雲紫は呆れた顔で呟く。
「せっかく藍たちがチョコ作ってる間に内緒でチョコ用意しといて『紫様チョコできました』『あらありがとうこれお礼のチョコよ』『ありがとうございます大好き紫様ッ!』ってなるはずだったのに……」
「あなたの頭はどれだけ虫がよくできてるのよ」
隣に座る西行寺幽々子がいつもと変わらない微笑を携えて言う。
二人は白玉楼の縁側でくつろいでいた。
「あら、幽々子だって賛成してくれたじゃない。ちゃんと妖夢の分のチョコだって用意した……って食べてるし!」
「いいじゃない、あの子達だって食べてるんだから(ぽりぽり)」
「そうじゃないでしょ! あの子達にチョコを渡すっていうのが重要だったのに……」
「このトリュフチョコって美味しいわね」
幽々子は言いながら、箱に入ったチョコをヒョイパクヒョイパクと見る見る口に放り込んでいく。
「あなたにしても妖夢にしても、何で食べ物のことになるとブレーキ利かないのかしら……。まあ、妖夢に関しては、間違いなくあなたの影響でしょうけれど」
「あなたと藍にしたって、似たようなものよ」
「うちの藍は私と違ってしっかりしてるわよ」
「あなたもしっかりしなさいな」
そんなやり取りをしながらも、二人はのんびりと従者の様子を眺めていた。
妖怪の山 お昼過ぎ
「おや、鴉天狗のお二人さん、奇遇だねぇ」
「…………」
「あら、にとりに椛。相変わらず仲良いわねー、あんたたち」
「…………」
妖怪の山を二組の妖怪が顔をあわせる。
一組は鴉天狗の射命丸文と姫海棠はたて。二人とも両手にはチョコの詰まった袋を抱えている。
もう一組は犬走椛と河城にとり。椛は大量のチョコを両手に抱え、にとりはそこからチョコを抜き取ってはもしゃもしゃと食べている。
「何してるのさ、そんなにチョコ持って」
「お得意先にチョコ配ってんのよ。文が手伝えって言うから、まあ、ついでにね」
「お得意先って?」
「よくネタを回してくれる人とか、新聞置かせてもらってるお店だとか。私はともかく、文の分が大変なのよね」
「まあ、顔が広いと、どうしたってそうなるよね」
さっきから会話しているのは、はたてとにとりである。文と椛は一言も喋らない。
「あんたたちもチョコ配ってんの?」
「いんや、違うよ」
「じゃあ、椛の抱えてるチョコは?」
「全部もらったもんだよ、椛が」
「あんなにもらったの!? 椛、友達多そうだものね」
「ホント、ちょっとはあやかりたいよ」
「そう言ってそのチョコ食ってんの、あんたじゃない」
「ホント、感謝だよね」
そう言って、また椛の抱えるチョコからひとつ取り出す。
「……でさー」
「……うん」
二人はちらりと、さっきから押し黙っている相方を見る。
「…………」
「…………」
文と椛はお互いを睨みあったままである。一言も口を利かない、開かない。ただただ無表情だが、眼光だけは鋭い。火花が散る、などと熱い雰囲気は無く、むしろ空気は重っ苦しい。その空気は、はたてとにとりの肌にもまとわりついてくる。
二人は口論することが多く、こんな『喋らない』喧嘩は珍しい。しかし、仲の悪いことには変わりなく、これはこれで嫌なものである。
「……これから山の神社に行くところでさー」
「……神様に貢物というわけですか」
あはは、と乾いた笑いを漏らす二人。しかし、全く笑えない。
はたてが椛を見ても、椛はこちらを見ない。文より少し背が高い椛が無言で立っていると、それだけで威圧される。しかし、文も文で負けていない。そんな威圧感をなんでもないように、むしろ見下すようにして椛を見据えていた。
「……えーっと、そうね、とりあえずチョコあげよっか」
「……わーい、ありがとう天狗様ー」
はたてがチョコを差し出し、にとりが受け取ろうとしたそのとき、二人の手が止まった。それは別にお互いの意思が働いたわけではなく、その手をがっちりと掴まれたからだ。
「……えーと、文?」
「……椛さん?」
二人の手を掴んだのは、その隣に立つ二人。
はたてが驚きと恐怖にぎこちない動きで文を見ると、とてつもないプレッシャーを掛けながら文が睨んでいた。椛も同様ににとりを睨んでいる。
「…………」
はたてとにとりが目だけで会話する。とりあえず二人は手を引っ込めることにした。
「…………」
気まずい雰囲気があたりを流れる。
二人は視線をあちらこちらにさまよわせ、二人は視線を決してはずさない。連れがこんな調子なため、まともに話もできないはたてとにとり。正直、こんなパターンは初めてで、どうしたらいいものかわからない。下手を打てば、この二人の喧嘩に巻き込まれる可能性もある。
「……あ、あー、そろそろ、チョコ渡してこなくちゃなー」
「……えーっと、私も、将棋指しにいくところだったっけー」
「じゃあ、これで……」
「あ、うん、それじゃー……」
なにやらふわふわとした別れの挨拶を交わし、無言の二人を引っ張ってゆく。その間も、二人は睨み合ったままだった。
やっと椛が体を前に向けたとき、後頭部にガツンと何かがぶつかった。
おそらく文が去り際に何か投げつけたのだろう、ギラリと目を光らせ後ろを振り向いたが、誰もいない。
「どしたの?」
「いや、別に……」
いったい何を投げつけてきたのか、確認しようとあたりを見ると、小さな箱が落ちていた。
「にとり、それ……」
「ん? 何これ?」
にとりがひょいと拾い上げる。一応、包装されているが、特に何の飾りも無い。
「落し物かな? 開けてみようか」
「気をつけてね、何か嫌がらせがあるかも」
「? なにそれ?」
にとりが疑問に思いながら、箱の中身を取り出す。
「ん? チョコと……これは手紙、かな?」
次の瞬間、チョコと手紙はにとりの手から消えていた。椛が首だけ動かし、そのまま食べたのだ。
もしゃもしゃと手紙ごと咀嚼する椛。
「あーっ! ちょっと椛、それは流石にどうかと思うよ!」
「大丈夫だよ、食べ物を粗末にしてないから」
「さっきのチョコ、探してる人がいたらどうするんだよ!?」
「そこはほら、証拠隠滅ってことで」
「手紙まで食べちゃって、もしも今の手紙に思いの丈が綴られてたら、どうやって責任取るのさ!」
「それは困るね。食べといて正解だった」
「もー、文に会ってイライラするのはわかるけど、あんまり変なことしないでよ」
そう言ってため息を吐くにとりに、椛は蹴りを入れる。
「あいたッ! 私に当たんないでよ!」
「ゴメンゴメン」
にとりに足を蹴られながら、椛は妖怪の山を進む。
「文、さっき何投げつけたわけ?」
「あんたには関係ないでしょ」
「チョコレートでしょ? まぁたあんな渡し方して」
「うるさいわね、ほっといてよ」
妖怪の山の上を飛びながら、むすっとした顔で答える文。先ほどまでの剣呑とした雰囲気はなくなっている。
「今日は噛み付いてこなかったから、ご褒美よ」
「そんなこと言って、最初から渡す気だったくせに」
「なに勝手なこと言ってるのよ」
「チョコだって別に用意してたじゃない。手紙まで書いてたの、私知ってるのよ」
「……これ以上喋ると、いい加減怒るわよ」
「見られたくなかったら、机の上片付けときなさいよ。大丈夫、中身を見るような無粋な真似はしちゃいないわよ」
睨み付けてくる文に、はたてはため息を吐く。
「別にさ、向こうがあんたのこと嫌ってるからって、あんたまで嫌う必要はないと思うけど」
「そんなんじゃないわよ」
「向こうだって、心の底から嫌いって言うなら、いちいち噛み付いてこないと思うけどなー」
「違うって言ってるでしょ!」
チョコを取り出して投げつけるが、はたてはそれをキャッチして自分の持つ袋にしまう。
「いい加減、素直になったら?」
「うっさい、黙ってて」
「でさ、手紙にはなんて書いたの?」
きらきらと目を輝かせながら顔を近づけるはたて。そんなはたてに、文は一瞬たじろぐと、迷ったような素振りを見せたあと、懐から紙を取り出した。それは、文が渡したはずの手紙だった。
「ありゃ、なんで? 確かに出発前、チョコと一緒に入れてたのを見たのに」
「あれは写真よ。飲み会でにとりと仲良さそうにしてた椛を撮ったやつ。にとりに頼まれてたのよ」
「えー、渡してないのぉ? せっかく書いたのに」
「結局、馬鹿らしくなったからね」
そう言って、手紙を細切れにする。
「人生、まだ先は長いんだから、もう少しのんびりしたっていいでしょ?」
「幻想郷最速の名が泣くわよ」
ため息混じりに息を吐くはたてにチョコを投げつけながら、文は空を行く。
地霊殿 おやつどき
「チョコレートを作って欲しいですって?」
「「はいッ!」」
ここは地底、旧地獄の地霊殿。
らんらんとした目で答える火焔猫燐と霊烏路空の二人を前に、古明地さとりは少し驚いた様子を見せる。
「いいじゃないですかぁ、バレンタインなんですし」
「私、チョコって食べたことないですッ!」
「バレンタイン……?」
最近、地上からの文化が地底にも広まっている。二人の耳にも入ったのだろう。
「地上から来た黒白の……なんて名前だったっけ?」
「霧雨魔理沙だよ。あの魔法使いが今しがた来ましてね。『今日はチョコを貰える日なんだ』とか何とか」
さとりはふむ、と思案する。
「……そうね、バレンタインだものね。作ってあげるから、しばらく待ってなさい」
「「ありがとうございます!!」」
そんなやり取りが、2時間前。
二人は未だチョコを食べられずにいた。
「チョコって時間がかかるのかなぁ、お燐ちゃん……」
「さあねぇ、作ったことどころか食べたことも無いから、なんとも言えないさ」
「私、お腹減ったぁ」
「私だって減ってるよ。でも、さとり様が作ってくださってるんだから、我慢しな」
そんなことを言っていると、ちょうどさとりが現れた。手に持った皿にはたくさんのさまざまな種類のチョコレートが並んでいる。
「待たせたわね、できたわよ」
「「わあい! 大好きですさとり様!」」
机に置かれたチョコを早速食べようとした二人だったが、そこでさとりが待ちなさい、と鋭い声で言う。二人はびくりと体を強張せる。
「……実は、伝えなければいけないことがあるの」
「どうしたんですか、さとり様?」
「は、早く、食べたいですッ!」
お燐は不安げに微笑み、空にいたってはよだれを垂らさんばかりにチョコに目が釘付けだ。
「……私は、あなたたちのことを、とても大事に思っているわ」
「え、あ、そりゃあ、ありがとうございます」
「とっても光栄です」
そう言っている間も、空の目はチョコから離れない。
「だから、あなたたちのために、心を鬼にすることだってあるわ」
「えーっと、はい」
「だから、どんな厳しいことを言ったとしても、それはあなたたちのことを思っての言葉だと知っていて欲しいの」
「わかりました食べましょう」
お空は正直ね、とさとりが微笑む。そして、でもここからが重要でね、と続ける。
「人間の食べ物は、時として、動物に毒だわ。体の構造が違うもの。だから、私は今まで、あなたたちに安全なものをあげてきたわ」
「それってつまり……」
このタイミングでこの話が出てきたということは。
二人に嫌な予感が走る。冷たい汗が体を伝う。
「ここまで作っておいて悪いのだけど……あなたたちに、これを食べさせてあげることはできないの」
その言葉に、二人は絶句する。
ごめんなさいね、と申し訳無さそうに目を伏せるさとり。
「本当に悪いと思っているわ。あれだけ待たせておいて、結局食べさせてあげられないなんて。せめて、見せてあげるだけでもと思って、ここまで持ってきたのだけれど……」
しかし、そんなさとりの言葉は二人に届かない。
お燐は信じられないというように口をパクパクと動かし、空はよだれを垂らしながら固まっている。
「難しい話は抜きにするけど、猫にチョコを与えると、中毒症状が出るらしいのよ。固体によって様々だけど、だいたい一口食べれば死ぬ可能性もあるわね。烏はわからないけれど、体の構造が猫よりも離れているのだから、口にしないほうが良いでしょうね」
淡々と事務的に告げるさとり。顔は伏せているが、震えているようだ。
「……ひ、一口とは言わないです。せめて、一舐めだけでも……」
お燐も震えながら、さとりに懇願する。心なしか、目が潤んでいるようだ。
「駄目です。毒になるとわかった以上、口にすることは許しません」
うつむきながらも、きっぱりと答えるさとり。
「……妖怪変化した身ですし、普通の猫には毒でも、私たちならば食べられませんかねぇ」
「死なない保障が無いわ。死んだらどうするつもり。」
「うぅ……」
空はショックが大きすぎたのか、何も喋らない。
さとりも辛いのか、プルプルと震えている。
それを見てお燐は思う。
確かに、自分は猫だ。さとり様が食べられるものでも、自分たちには食べられないものがある。そんなことはわかっていたはずだ。なのに、そんな簡単なことにも頭が回らず、単なる好奇心と興味だけでさとり様に無理を言って作ってもらったのだ。さとり様は食べさせられないと知りながらも、それでも付き合ってくれたのだ。食べられないのは辛いが、食べさせてあげられないさとり様も同じくらいに辛いのだ。震えるくらいに!
お燐はすっと顔を上げ、そして言う。
「申し訳ありません、さとり様。無理を言ってわざわざ作っていただいたのに、食べられない私たちを、どうかお許しください。さとり様のお気持ちは、十分に伝わりました。だから、どうかそんな、自分を責めないでください」
そう言って、お燐は頭を下げた。それを見て、固まっていた空も頭を下げる。
「お燐……ッ」
そう言って、さとりは口元を押さえる。
「そんな……ッ、別に……ッ、私ッ……私に気を遣わなくても……ッ」
さらにうつむき、震えを大きくするさとり。
「さとり様ッ!」
それを見て、駆け寄ろうとするお燐。しかし
「……ふッ、あははッ、もう駄目ッ……苦しいッ……あははははッ!」
さとりは楽しげに笑い始めた。
「あははッ、お燐ったらッ……何を勘違いして……ッ」
「あのぉ、さとり様……?」
さとりのこの反応に、二人は目を丸くし、顔を見合わせる。
「あなたたちがあんまりにもショックを受けたものだから、おかしくてずっと我慢して震えてたのに、お燐ったらそれを、私が辛くて震えているのだと勘違いしてるんだもの」
言われて、自分の考えていたことが筒抜けだったことを思い出し、かあっと赤くなるお燐。
「それも、チョコなんかであんなに愕然とするなんて、ああ面白い」
「だって、あれだけ待たされたら、そりゃ楽しみに思いますよ」
「そうよねぇ、ごめんなさい。実は、あなたたちの期待を膨らますために、わざと待たせていたの」
「え?」
「ごめんなさいね、こんな意地悪なご主人様で」
今度は違う意味で固まる二人。あれだけ待たされたのも、目の前にチョコを持ってきたのも、全て仕組まれたいたものだったなんて。
そう思うと、ただただ悲しくなってくる。お燐はしゅん、とうつむいてしまう。
そこでさとりが、いまだくつくつと笑いながら言う。
「そんなにしょんぼりしないの。お詫びにチョコを食べさせてあげるから」
その言葉に二人は反応する。
「いいんですか?」
「私たち死んじゃうかもですよ?」
「確かに、猫や烏にチョコは有害でしょうけど、そこはほら、妖怪変化した身でしょう?猫と猫の妖怪じゃ、丈夫さが全然違うもの」
「えーっと、それじゃあ……」
「まあ、決して食べ過ぎないこと。これだけ守りなさい」
「大好きさとり様ッ!」
「愛してますッ!」
満面の笑みを浮かべ、チョコにありつこうとする二人。が、動きが止まる。
その理由は簡単。ありつくべきチョコが皿から消えていたからである。
「お姉ちゃん、チョコ食べていい?」
「あら、こいし、いつの間に? じゃあ、食べたのはあなたね」
「おいしかったよぉ」
いつの間にか、さとりの隣に古明地こいしが座っていた。手についたチョコをぺろぺろと舐めている。
「全部食べてしまったの? あんなにたくさんあったのに」
驚いたようにたずねるさとり。
「うん、とってもおいしかったよ。さすがお姉ちゃん」
「ふふっ、ありがとう。でも、お燐たちの分がなくなっちゃったわねぇ。材料もないし、また今度……って、きゃあっ!」
さとりがお燐とお空を見ると、二人は固まったまま泣いていた。ただ、さめざめと。
その心はさとりが読むまでもない。悲しみ以外の何物でもないだろう。
「そ、そんな泣くほどのことなの!」
「ははは、いいんですよ気にしないでください。さとり様に楽しんでいただいて、こいし様には満足していただいて。私たちは十分に幸せですから」
そう言って笑うお燐だったが、目が死んでいる。空にいたっては、心から打ち砕かれているらしく、からになった皿を見つめていた。
「な、泣かないで! ちょっと待ってなさい! なにかお菓子作ってきてあげる!」
「いいですよぉそんな」
「なにがいいかしら!? クッキー? ケーキ? アップルパイとかどう? こいし手伝いなさい!」
「えー、私もうおなかいっぱいだよぅ」
「いいから早くッ!」
とうとう声をあげて泣き出したペットのために、姉妹は台所へ急ぐ。
迷いの竹林 夕暮れ
「ほら妹紅。お前の分のチョコだ」
迷いの竹林の一角で、藤原妹紅にチョコを手渡すのは上白沢慧音。
「そんな、わざわざよかったのに」
「なに、ことはついでだ。寺小屋の子供たちに配っていたしな。ひとつくらい増えたってどうってことない」
「……そっか、ありがとう」
そう言って、慧音の手からチョコを受け取る妹紅。
次の瞬間、チョコが妹紅の肘から先もろとも消し飛んだ。
「んなっ、おい! 大丈夫か妹紅!」
「…………」
おろおろとうろたえる慧音を尻目に、うんざりした顔で自分の腕を見る妹紅。
「一先ず手当てを……」
「……あー、いいよ、すぐ直るから」
その言葉どおり、既に腕は再生し始めている。
どこにいるかな、とあたりを見渡すと、想像通りの人影を見つける。
「……いったい、何したいワケ?」
「えっ? いや、喧嘩を売りに来たんだけど、あまりにも甘い展開だったから思わず……」
そこにいたのは蓬莱山輝夜。きょとんとした顔で答える。どうやら退屈しのぎに『殺し合い』に来たらしい。
もっとも、輝夜と妹紅の殺し合いは、形こそ凄惨であれ、子供がじゃれあっている程度の意味しかないのだが。
「思わずで腕消されてたまるかッ! どんな密度の弾幕撃ってんだ!」
「ごめんなさい、甘ったるくて加減が……」
悪びれも無く吐き捨てる輝夜。ふっ、と鼻で笑う始末だ。
それを見て、今日はどんな風に殺してやろうか、など物騒なことを考える妹紅だったが、ひとまず慧音に謝っておく。
「ごめんな慧音、せっかく作ってきてくれたのに……」
「気にするな妹紅。チョコなどまた作ればいい」
「慧音……」
言葉どおり全く気にした風もなく笑う慧音を見て、ますます申し訳なくなってくる妹紅。
だが、そんなやり取りも半ばで、妹紅の横っ面がピチュンした。無論、撃ったのは輝夜だが、力をセーブしたのか頭が吹き飛ぶことは無く、代わりに顔面に思いっきりボールを当てられたような衝撃が走る。
「…………ッ」
「甘ったるかったのよ」
「……さっきも言ってたけどさ、それワケわかんねぇからッ!」
ぎゃーぎゃーと喚きながら弾幕を放つ二人。既に殺し合いは始まっている。
そんな二人を見て、仲がよくて何よりだ、などとおそろしく温かい目で見守る慧音だったが、足音が聞こえてそちらを振り向く。
「あ、こんなところにいましたか」
「……なんだ、鈴仙か」
鈴仙・U・イナバが走りよってきた。
「里の人ならば、追い返す必要があると思ったが、そんな心配はなかったか」
「珍しいですね、姫様たちが人前で殺し合いなんて」
「ん、まあ、流れでな」
何かあったのか? と慧音がたずねると、そうそう、と鈴仙が懐からチョコを取り出した。
「姫様に渡そうかと」
「わざわざここまで来たのか?」
「まあ、たしかに永遠亭で渡せばいいことだったんですが……」
「いや、気持ちはわかるよ」
ははは、と照れくさそうに笑う鈴仙に、慧音は優しく微笑んだ。
と、そこで鈴仙の手にあったチョコが撃ち抜かれた。
「えっ? えええっ!?」
「あー……」
驚く鈴仙に、なんとなく事情を察する慧音。弾が飛んできたほうへ目とやると、案の定妹紅だった。輝夜が絶句している。
「………ッ!」
「悪い。そこはかとなく、甘い空気が」
きりッとした表情で言うが、やってることは子供の仕返しそのものである。
「あなた、やっていいことと悪いことがあるでしょッ!」
「お前よくそんなこと言えたなッ!」
再び喚きながら殺し合いを始める二人。
「あ、あのーッ!」
しかし、鈴仙の大声でその殺し合いは中断する。
「イナバ、どうかした? 私は今からこの血も涙も無い人でなしを懲らしめなきゃいけないのだけど」
「だからそれ、全部お前のことだから。自覚無ぇのか」
「えーっと、妹紅さんにもチョコを作ってきたんですが……」
その言葉に驚く妹紅。鈴仙はもうひとつチョコを取り出す。
「私に? どうして」
「あ、いや、いつも姫様がお世話になってるからと、師匠が……」
「お世話してあげてるのよ」
「お前ちょっと黙れ」
「それで、姫様の分もなくなりましたし、よければこれを二人で分け――」
その瞬間、チョコは二人の弾幕を受けて跡形も無くなった。
「ひゃあッ!」
「てめえ、私のチョコを!」
「ちーがーいーまーすー。あれは私のチョコですー」
「ならなんで撃ってんだよ!」
「あなたこそなんで撃ったのよ!」
「結局なくなりましたけどねチョコ!」
二人に向かって声を張り上げる鈴仙だったが、二人には届いていないらしく取っ組み合っている。
もう殺し合いなどではなく、それこそ子供の喧嘩のようだったが、そこにゆらりと近づく人影が。
「いい加減にしろッ!」
ガツンッと二人の頭に衝撃が走る。
二人が人影を確認しようとすると、首根っこをつかまれ引きずり上げられた。
「お前ら……、鈴仙の作ったチョコをことごとく……恥ずかしくないのかッ!」
「……ッ!? ……?……ッ!?」
「えーっと、ゴメン慧音……?」
それは慧音だった。取っ組み合う二人にそれぞれ頭突きをかましたのだ。
そんな慧音を見て妹紅は怯み、輝夜は痛みと驚きで混乱しているようだった。
「鈴仙がお前たちにチョコを渡すために、わざわざそのためだけにここまで来たというのに、その渡すべきチョコをお前たちが駄目にしてどうするッ!」
「いやでも輝夜が先に……」
「どちらが先じゃない! 鈴仙の気持ちを考えろと言っているんだッ!」
持ち前の先生スキルで、自分よりもよっぽど長く生きているであろう二人を叱りつける。そんな慧音に輝夜が反抗する。
「あなたに関係ないじゃない! 引っ込んでなさいよ!」
「そもそも鈴仙がお前たちの喧嘩に関係ないだろうがッ! 私のチョコも消し飛ばしたお前が言うなッ!」
「痛いッ!」
輝夜に頭突きをかます慧音。何気にチョコのことは根に持っていたらしい。
輝夜は怒られることに免疫が無いのか、一撃で心が折れたようだ。頭突かれた部分を押さえ、プルプルと震えている。まさに、先生に怒られる生徒のようだ。
「ちょっと二人ともそこに座れ! そもそも、千年以上生きてきたお前たちが……」
くどくどと説教を始める慧音。二人は、割と自然に正座した。
その様子を呆気に取られて見ていた鈴仙だったが、がさッという物音が聞こえたためそちらを見る。
「んー、なんだか面白いことになってるね」
「てゐ!」
竹林の中から因幡てゐが顔を出す。
「こんなところにいたんだ。あれってどうしたの?」
「えーっと、いろいろあって……。って、てゐは何してるのよ」
「私? 永遠亭に来た人間を人里へ送ってきたところ。鈴仙も案内屋も見当たらないからさ、お師匠様に送って来いって」
「あちゃー、ごめんね。ありがとう」
「いや、いいよ」
そう言って、はい、と何か差し出してきた。
「何これ? チョコ?」
「そこで鴉天狗にもらったんだけどさ」
「鴉天狗に? 何で」
「まあ、ちょっとした人脈ですよ。で、私はこういうものはあんまり食べないようにしてるから、あげる」
「食べないようにって……ああ、健康のため? まあ、くれるならもらっておくけど」
そう言って、鈴仙はてゐからチョコを受け取った。
「じゃあ、これはいらないわね」
鈴仙は懐から別のチョコを取り出す。
「あれ? もしかして私の分?」
「そりゃ、作っとかなきゃ悪いじゃない。でも食べないんでしょ?」
鈴仙は、別段がっかりした様子も無く言う。
「いんや、もらうよ」
「食べないんじゃなかったの?」
「あんまり、なるべく、できる限り食べないだけだよ。必要に迫られれば、そりゃ食べるさ」
「必要に迫られたらって、あんた……」
まあいいわ、と月の兎から。
悪いね、と地上の兎に。
そして例の如く、二人の手にあるチョコは消え去った。
「……ええー……」
「……え、なに、どういうことなの鈴仙?」
てゐが警戒しながら、なんの冗談?とたずねてきたが、鈴仙はそれに答えず弾の出所を見る。
もちろんそこには輝夜と妹紅が。正座しながらも、体を捻らせてこちらを見ていた。
「あー、いえ、甘いにおいがした気がしたから……」
「……思わず撃っちまったってことで」
ひどく真面目な顔でそんなことを言う二人の頭上に、慧音の頭突きが炸裂した。
魔法の森 夜
「……何しに来たのかしら」
「たかりに来たぜ」
日の沈んだころ。アリス・マーガトロイドの家に霧雨魔理沙が訪ねてきた。とうの魔理沙は、サンタクロースのような大きな袋を肩に担いでいる。
「満面の笑みで何言ってるのよ」
アリスは椅子に座ったまま紅茶を口に含む。ドアの開閉など人形で済ませられるため、わざわざ立とうとはしない。
とりあえず邪魔するぜー、と魔理沙は部屋に入ってきた。袋を置いて、アリスと机をはさんで向かい側へ座る。
「今日一日、ずっと幻想郷を回った甲斐があったぜ。見ろよ、この大量のチョコを」
「そんなにどうするのよ。全部食べるつもりなの?」
「いんや、何も考えてない」
「なにそれ?」
「もらえるものはもらうけど、具体的には何にも考えてない。なにかいい案ないか?」
「とりあえず溶かしてホットチョコレートでも作ったら? 甘いもの好きでしょう?」
「こんなにあったら嫌いになっちまうぜ」
「ほんとに何でもらってきたんだか……」
呆れた顔で言うアリスに、魔理沙はひひひ、とわらう。
「ホントはお前からもいただくつもりだったんだけどな、あらためてこの量を見ると、もう十分だ」
「よくもそんなに集めたわね。いったいどこに行ってきたのよ」
「幻想郷ならだいたい回ったな。紅魔館、守矢神社、永遠亭に妙蓮寺。そうそう、地底にも行ってきたぜ」
「そんなに知り合いいたっけ?」
「お前と違って、顔が広いんだ」
「図々しいものね、あなた」
私にも紅茶出してくれよ、と言う魔理沙の前に、ふわふわと上海人形が飛んできた。カップを運んできたのだ。
「おう、気が利くじゃないか上海」
「うちの人形はいい子ばかりなの」
「それは何よりだ。しつけがいいんだなお母さん」
「当たり前でしょ、私を誰だと思っているの」
「七色の魔法使いだっけ」
「……まあ、そうね」
紅茶を一口。
「で、このチョコレート、ほんとにどうするつもりなの?」
「ん? ああ、そうだな……」
「置いていかれても迷惑なんだけど」
「おいおい、さとりかお前は。なんで考えてることわかるんだよ」
「不自然すぎるでしょ、話の振りが」
気まずそうにがりがりと頭をかく魔理沙を、じっと見据えるアリス。
「ま、いいじゃないか。一緒に食べようぜ」
「あなたがもらってきたんじゃない」
「別にチョコ嫌いってワケじゃないんだろ?」
「失礼ね。チョコよりよっぽどおいしいものが作れるっていうのに、何でわざわざ」
「お、ご馳走してくれるのか?」
期待に目を輝かせる魔理沙に、アリスは軽くため息を吐く。そして椅子から立ち上がった。
「もらったチョコ出しなさい。片っ端から溶かして作り直してあげるわ」
「おいおい、みんな手作りだぜ。悪いと思わないのか?」
「どうせ大半は盗ってきたんでしょう。それだけ集めといて、よく言うわ」
「おいおい、人聞きの悪い話だぜ。ちゃんと一人一人から、たかってきたってのに」
魔理沙が楽しそうにケラケラと笑う。
「そういえば、早苗に聞いたんだけどさ。」
「なあに?」
「幻想郷のバレンタインは、外のバレンタインと少し違うらしい」
「どういう風に?」
髪を後ろにまとめながら、アリスは魔理沙に尋ねる。
「ここじゃ、友達同士との交換だろ?」
「あんたは渡してないでしょう?」
「まあ、そこは置いといて」
魔理沙が苦笑しながら言う。
「外の世界では、そういうのとは別に、一番好きな人に贈るらしい」
「へえ、素敵ね。ただ数だけ集めてる誰かさんとは、大違いじゃない」
「だから最後にここに来たじゃないか」
その言葉に、アリスはきょとんとする。いつもクールに振舞うアリスには珍しい顔だ。
それを見て、魔理沙はいたずらが成功した子供のように笑う。
「ふーん、それはどういう意味かしら」
「たいした意味は無いぜ」
「たしかに」
「今さら過ぎて、たいした意味はないわね」
アリスは薄く笑う。
「そうそう、パチュリーがさー」
「あとで聞くから、チョコ持ってきなさい」
魔法の森の夜は更けてゆく。
妖夢が食べ物に執着する姿は斬新でした。
文頑張れ。
マリアリごちそうさまでした。