Coolier - 新生・東方創想話

それは幸せな日の一ページ

2011/02/14 01:35:12
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 二月は逃げる月と言うが、光陰矢の如し、本当にあっと言う間に時間はたっていくものだ。気がつくと今日は二月十三日、明日はいわゆるバレンタインデーである。
 気が付けば幻想郷でもこの風習は根付いてしまっていた。最初は違和感しかなかったのだが、不思議なもので今では、その時期になると自然と気が忙しくなってしまうのだから現金なものである。
 それにしても、あの小鬼に豆をぶつけまくって、節分と言っていたのが十日も前だとは、にわかに妹紅には信じられなかった。
 まさか、輪廻の枠から離れ得た身でありながら、こんな風に時の流れの速さに驚かされることになるとはね。思わず口元に苦笑を浮かべていた。
 それでも、そういうのも悪くない。そんな風に妹紅は考えられるようになっていた。だが、こんな風に考えられるようになったのも、ここ数年の話である。
 それもこれもあの夜の出会いせいだろう、と訳もなく感傷的になりかけたが、節分の時の巫女の痴態を思い出して一瞬にして興が冷めた。
 いや、だって、あれはない。改めて思い返しても、流石にどうかと思う。
 あの日、妹紅が『鬼は外』とばかりに鬼に豆を投げようとすると、どこからともなくあのおめでたい巫女が姿を見せたのだった。
 何の用だ。
 不審に思いながら豆をまいた瞬間、その疑念は氷解した。ああ、このために来たのか。
 巫女はがばりと口を開くと、妹紅が豆をまくそばから、受け止めていったのだった。ひとしきりバリボリとむさぼると、さももっとよこせと言わんばかりに、妹紅に向かって手招きをするのだった。
 その一種人間離れした行動に、妹紅は呆れるよりはむしろ感動すら覚えていた。
 一体どっちが妖怪なんだよ。
 別に君子というわけではないが、食欲の奴隷になっている鬼巫女に刃向かうほど愚かでもないので、妹紅は巫女が望むままに豆を投げてやった。
 公園で鳩に餌をあげているおじさんの気持ちってこんなものなんだろうなあ。あまりの衝撃にまともな思考が働かないまま、豆をまきながら妹紅は巫女の有様を眺めていた。
 その横で何ともバツが悪そうな小鬼の冷々としたジト目が印象的だった。
 全くおかしな巫女だよ。改めてそう思わざるをえなかった。しかし、妹紅はすぐにかぶりを振ると、小さく手を打つのだった。
 いや、だからか。ああだからこそ博麗の巫女でありながら妖怪に好かれるのだろう、そんな風に思い直していた。
 そういえば、と変人繋がりで妹紅は数日前のことを思い出していた。それは、例のごとく仇敵である蓬莱山輝夜とのやりとりのことである。 
 別に輝夜との出来事など妹紅は思い出したくもなかったのだが、その日はいつもと様子が違っていたから、少しだけ強く印象に残っていた。
 数日前の朝、妹紅が目を覚まして外に出ると、戸口に矢文が突き刺さっていた。これだけなら時折あることなのだが、文を開くと、その場には凛とした爽やかな甘酸っぱい香りが広がった。いつになく雅な輝夜の行為に、疑念を感じながら文面を読めば、中身は別になんてことのない、永遠亭に出向いてこいというもので、妹紅はそれを決闘のための果たし状だと認識していた。
 しかし、わざわざ和歌まで添えて、まどろっこしいことをする奴だと思ったが、挑まれれば受けるのはやぶさかではない。妹紅は意気揚々と永遠亭まで足を運ぶのだった。
 しかし、出向いた先での輝夜の行動は妹紅の予想範囲外だった。妹紅と顔を合わせた瞬間、輝夜はピンクの包装で丁寧にラッピングされた箱を投げつけてきた。
 不意をつかれ妹紅の顔面にクリーンヒットする箱。角が眉間にめり込んで、妹紅はあまりの痛みに悶絶してしまった。顔を押さえながら、妹紅が問答無用でフジヤマヴォルケイノで輝夜を吹っ飛ばしたところ、何故か泣かれた。
 さらに予想外の輝夜の反応に面食らってしまい、おろおろと宥めるのだが、駄々をこねたように泣き続ける輝夜の機嫌は、いっこうに直ることはなかった。しょうがないので妹紅は投げつけられた箱を渋々ながら持って帰ることにした。
 そうやって持って帰ってきた箱だが、当然妹紅はまだ開けてなかった。とりあえず部屋の隅に放り投げっぱなしである。
 しかし、妹紅にとってそんなものはどうでも良かった。今の妹紅の頭の中を占めているのは、慧音からのバレンタインチョコについてのことだけだった。
 それはもらえるとか、もらえないというような不安ではなかった。そのような心配は彼女にとって無意味なものである。彼女は、自分が当たり前のように慧音からチョコレートをもらえるものだと信じきっていた。
 一週間ほど前、人里に買い物に向かったときに、お徳用チョコレートの束を抱えた慧音とすれ違ったのだ。あれが全部自分のところにくるとなると、ちょっと多い気がするが、なあに心配はいらない。散々自慢したあげく、輝夜の目の前でバリバリと食ってやろう。どうせ永琳からの家族チョコか、よくて兎たちからの献上チョコぐらいしかもらえないだろうから、きっと泣いて羨ましがるに違いない。そんな妄想をするだけで、妹紅の口元からは自然と笑みがこぼれてくるのだった。
 そして翌朝、いつになく妹紅は早く目が覚めた。具体的に言えば、丑三つ時。それはまだ深夜だというつっこみはさておき、さすがに鶏よりも早く起きるのは気が逸りすぎである。さすがに当日とは言ってもこんな時間にチョコレートをもらいに来る奴などいるはずもない。仕方がないので、妹紅は意味もなくラジオ体操などをして時間を潰し始めるのだった。
 時間の流れに身を浸すというのは、妹紅にとって慣れっこのはずだった。それでも暁角が鳴り響き、そろそろ夜明けを感じ始めたころには、起きたときの熱気はどこへやら、妹紅は待ちくたびれて疲れてきていた。そして、その足下には、退屈を証明するかのように、踝まで埋まるほどの吸殻の山が出来てしまっていた。
 やっと朝か。妹紅は、差し込んできた曙光に向かって、一つ伸びをすると、身を奮い立たせるように頬を叩いた。じゃあ行きますかね。妹紅は慧音の寺子屋に向かうために、人里へと足を向けるのだった。
 しかしその道程にて、ふと妹紅は気がついてしまった。滅多に寺子屋に姿を現さない自分が、こういう日に、しかも誰よりも早く寺子屋の門の前に立っていたりしたら、その理由はあからさますぎる。いかにも自分が慧音にチョコレートを催促しにやってきたみたいじゃないか。事実その通りではあったが、さすがにそれはバツが悪いな。そう思い返した妹紅は一つ頭をかくと、再び踵を返し、竹林の我が家へと戻るのだった。
 そんなことを十数度ほど繰り返している間に、街道にも子供たちの姿が目立つようになってきた。その姿を見てようやく安心したのか、妹紅は慧音の寺子屋へと足を進めるのだった。
 それでもあまり早く行っては門の前にたって登校指導をしている慧音と鉢合わせになってしまっても気まずいので、のんびりと、それこそ牛のような歩みで向かうのだった。
 元気よく街道を駆け抜けていく子供たちの背中をぼんやり眺めながら、妹紅は自然と落ちてくる頬の緩みを抑えられなかった。
 すまんな子供たちよ、お前たちの大好きな慧音先生のチョコレートは私のものなのだ。そんな風に考えていた妹紅は、いかにも余裕綽々な風であった。
 門をくぐり、寺子屋の校舎のそばまで歩いていくと、慧音がいつものように教室で出席を取っていた。凜とした透明感のある声を聞くと、背筋がしゃんとする思いだった。その声に身をゆだねるようにして、惚けたように窓の外から慧音を眺めていた妹紅だったが、まさかこの後にとんでもないことが控えているなどとは、その時の妹紅はまったく思いも寄らなかった。
 そして、それは唐突にやってきた。慧音は体を屈ませると、足下にあった箱を教卓の上に置いた。その箱の中には、山のようにチョコレートが詰まっていた。そして、出席を取るかたわら、子供たちに一枚ずつ配っていくのだった。
 妹紅は最初、慧音が何をやっているかわからなかった。次に、それが冗談でやっているだけの行動だと思った。だが、子供たちの喜びようを見て、それが現実であると悟らねばならなくなったとき、妹紅に絶望が押し寄せてきた。
まさに青天の霹靂とはこういうことを言うのだろう。
 外側の包装は売ってあったそのままだが、綺麗に巻かれた薄桃色のリボンが、それがバレンタインのチョコレートであることをはっきりと主張していた。
 それが一枚、また一枚と慧音から子供たちに手渡されている様子を、瞬き一つせず妹紅はじっと凝視していた。
 妹紅の心中にあるのはたった一つの言葉だった。
『あのチョコレートは私のものなのに……』
 妹紅は思わず校舎ごと燃やしてやろうかと思ったが、後で慧音に怒られるどころではすまないだろうからさすがにそれはやめておいた。
 しかし、そうでもしないととても気が治まりそうになかった。それどころか悪ガキがもらった勢いで慧音に抱きついたりする様は、燃えたぎっている妹紅の嫉妬心に油をそそぎ込むようなものだった。
「ぱるぱるぱるぱる」
 横に緑眼の金髪美女がいつの間にか立っていたが、そんなことは妹紅の目には、全く映っていないようだった。
 これは一言言ってやらなければ気が済まない。そう思って妹紅は教室内に飛び込もうとして、ふと不安に駆られた。もしかしてあのチョコレートは生徒たちの分で、私のものじゃなかったのか? それを勝手に私のものだと思いこんで自爆したんじゃないか? そんな風に不安の虫が暴れ出したらもう止まらない。
 砂場に足を踏み入れたら、そこは一面蟻地獄で、後は落ちていくだけのように、ぐるぐると妹紅は思考の底に落ち込んでいくよりほかはなかった。
「帰ろう……」
 一言呟くと、夜明けの頃の元気はどこへやら、妹紅は捨てられた子猫のように小さく縮こまると、肩をがっくりと落として、とぼとぼと寺子屋を後にするのだった。
 妹紅が立ち去った後には、ぱるぱる言っている金髪の女性と、ツヤツヤした表情でその後ろ姿を眺める厄神だけが残ったのだった。
 そうして、現在妹紅は夜雀の屋台で飲んだくれている。
 結局あの後、妹紅は慧音に直接話しかけることも出来ず、さりとて子供を襲うわけにもいかないので、もやもやとしたままミスティアが経営している夜雀の屋台に足を向けたのだった。
「女将さん聞いてくれよう」
「はいはい、聞いてますから」
 そんな風にくだを巻いている妹紅に、女将さんは一升瓶からコップへと次から次に注いでくれたのだった。
 その一升瓶のラベルに書かれている文字は、上善水也。つまりただの水であったのだが。
「でも、妹紅さん。ちゃんと慧音先生に話をされたんですか?」
 妹紅が少し落ち着いてきたところを見計らって、女将さんが優しく諭すように言葉を投げかけてきた。
「ううん、してない」
 かたや妹紅は、まるで童女のようにちょこんと座ったまま、女将さんの言葉に小さく首を振るばかりであった。
 平時と異なる妹紅の愛らしい様子に、女将さんは半ば鼻を押さえるような格好で言葉を続けた。
「だったら、ちゃんと話をしないと」
「でも……」
 そんな風に嫌々する妹紅の姿に、ムッハーと言わんばかりで女将さんの息が荒くなっていた。そんな姿をキョトンとして妹紅は見上げているのだった。
「何でそんなに意気地がないんですか、男でしょ」
「いや、私は女……」
 しばらくブツブツと呟いて、一際大きな声で女将さんが声を張り上げたものだから、妹紅はその剣幕に気圧されていた。
「そんな細かいことはどうでもいいんです!」
 いや、さすがにそこはどうでも良くないだろう。妹紅は内心突っ込むのだが、激したような女将さんの態度に、まったくおくびにも出さなかった。
 それにしても今日の女将さんはやけに落ち着きがない。そんな風に妹紅が訝しみ始めたころ、女将さんは一つぽんと手を打った。
「じゃあ、今から行ってきたらどうですか」
「え!?」
 さも良いことを思いついたと言わんばかりの女将さんの表情に、妹紅は困惑していた。
「『え!?』じゃないですよ。思い立ったが吉日と言うじゃないですか。変に誤解したままうじうじ悩むよりも、はっきりさせた方が良いですよ」
「でも、もし私のがなかったら……」
「そんなことあるはずがないじゃないですか! きっと妹紅さんの誤解ですって」
 そんな風に女将さんに励まされて、それまで燻っていた妹紅の心の松明に火が灯ったようだった。自問自答を繰り返す。だんだんとやる気が湧いてきたようだった。
 しかし、そうやって元気を取り戻した妹紅とは裏腹に、目の前の女将さんの表情が曇っていくのが気になった。
「そうかな……、あれ、女将さん、どうかしたのか?」
「……え! 何がですか?」
 逆に妹紅に話を振られて、女将さんは慌てて居住まいを正して気をつけをする。
 その時、何か床に落ちたような音がしたのだが、カウンター越しにいた妹紅からはそれが何なのか確認することが出来なかった。
 軽く疑わしげな視線を送ってみたが、愛想笑いを浮かべた女将さんは、さも何事もなかったかのように首をかしげるのだった。
「いや、何か、女将さん落ちませんでした?」
「え、気のせいじゃないですか? それより妹紅さん行くんなら、早い方が良いですよ」
 妹紅の言葉をきっぱりと切り捨てると、急かすように女将さんは促すのだった。
「じゃ、じゃあ行ってくるよ……」
 口ではそう言いながらも、妹紅はなかなか席を立とうとしなかった。しかし、咎めるような女将さんの視線に渋々ながら立ち上がり掛けたその時だった。
「ああ、妹紅ここにいたのか」
「慧音!!」
 暖簾をくぐって現れたのは、上白沢慧音その人だった。
 先刻まで会いに行くかどうか悩んでいた本人が現れたことで、妹紅は頭の中が真っ白になってしまった。
 ふとカウンターに目をやると、女将さんが不自然な中腰の姿勢で固まっていた。
 不審に思って眺めていると女将さんと目があった。思わず愛想笑いを浮かべてしまう。だがそこに返ってきたのは気まずそうな視線だけだった。
 ただ、そんな表情も一瞬だけで、女将さんはすぐにしゃんとして慧音に正対すると、すぐに客商売の顔になって、席を勧めたのだった。
「ど、どうしたんだ、こんなところに来て」
 別に何か悪いことをしていたわけではなかったが、慧音に横に立たれて、妹紅は変にドギマギしていた。
 先程の女将さんのようにさっと切り替えられれば良かったのだが、そう簡単に態度を変えられるほど器用な性格ではなかった。
 そんな妹紅の姿を見て、変な奴だと言わんばかりに一笑に付すと、慧音は持っていた袋をずずっと妹紅に差し出した。
「え? これは……」
 唐突に渡された袋からは甘い香りがほのかに漂ってきていた。多分きっと間抜けな面を曝しているんだろうと思いながらも、妹紅は慧音に問い直すのだった。
 そんな妹紅の言葉に、さも当たり前と言わんばかりに慧音は口を開くのだった。
「お前にチョコを渡してなかったと思ってな」
 慧音が言うように袋の中には特大のチョコレートケーキが入っていた。
「慧音……これって」
「見てわからないか? 今日はバレンタインデーとやらだろう」
 そんなことは慧音に言われずともわかっていた。だが、わざわざ妹紅は確認したかったのだ。
 そして、その様子を複雑な表情で女将さんが眺めていた。
「お、おい、妹紅どうしたんだ」
「まったく、いちいち大袈裟なやつだなあ」
 しかし、事情がよくわかっていない慧音からすれば、感極まって号泣する妹紅の様子に戸惑うばかりであった。
「だって、慧音のチョコは私のもののはずなのに……」
「何だ、そんなことを気にしていたのか。仕方のない奴だなあ」
 妹紅の言葉を聞いてようやく慧音は得心したようだった。
「仕方なくないもん。私は嫌だったんだぞ」
「そっか、それは悪いことをしたな。だが、子供たちに配るのぐらい許してはくれないか?」
 慧音の言葉に妹紅は即答していた。
「やだ」
 だだっ子のように頬を膨らませる妹紅に、慧音は困ったように苦笑いを浮かべるよりほかはなかった。
「わかったわかった。それだったら来年からはちゃんと考えるよ。それでいいだろう?」
「……うん」
 慧音の言葉にようやく妹紅は小さく頷いた。安心したような妹紅の表情を眺めながら、慧音は悪戯っ子のような表情で口を浮かべた。
「だったら、お前も他の子から本命チョコはもらっては駄目ってことになるが……」
 そこまで言って口を噤んだ慧音を、妹紅は不安そうに見つめ返した。僅かな時間のはずなのに、それが永劫の時のようにも感じられた。
 不意に慧音が小さく首を動かした。
 それに釣られて、思わず妹紅の視線が逸れる。その先には、今の自分よりも切実そうな表情を浮かべた女将さんの姿がちらりと映った。
 なぜだろう。その表情がやけに心に焼き付いて離れなかった。
「……私は、寛容だからお前が誰からチョコを受け取っても許すよ」
 慧音がその言葉を発した瞬間、女将さんは心の底からほっとした表情を見せたのだった。その瞬間を、妹紅はしっかりと目の端にとらえていた。それはとても良い笑顔で、何故だか我が事のように嬉しかった。
 そんな二人を見て、慧音が愉しそうに唇の端をつり上げるのだが、その意図を妹紅は推し量ることが出来なかった。
「そんな、私にくれる奴なんて慧音以外いないから大丈夫だよ」
 だからこそ、笑い飛ばすように妹紅は慧音の言葉を一蹴するのだった。
 しかし、妹紅がそう言い放ったとき、カウンターに立つ女将さんの表情が、あからさまに曇った。
 され、何か悪いことを言ってしまったかな。そう思って見返すが、女将さんの顔には能面のような笑顔が張り付いており、内心を推し量ることは出来そうになかった。
 女将さんはやけに明るい声で慧音に席を勧めていた。
「慧音さん、座ってください。……飲み物、何にします?」
 そう言って注文を取るのだが、何故か慧音は席に着かなかった。それどころか、ずずっとカウンターを挟んで女将さんの方へ進み出た。
「えっ!?」
「そうそう、忘れるところだった」
 そう言うと慧音はカウンター越しに、女将さんの手を引っ張り上げた。
「あっ!」
「ほら、お前も妹紅に渡す物があるんだろう?」
 慧音が押さえている女将さんの手の先には、可愛らしいリボンでラッピングされた包みが握られていた。
 それが表にさらされたときの反応は、まさに三者三様だった。
 驚きと羞恥のために顔を真っ赤にして何も言えなくなっている女将さん。
 一つの仕事をやり遂げて満足した表情を浮かべている慧音。
 そして、突然の出来事に反応できずに妹紅は惚け続けていた。
 最初に口を開いたのは妹紅であった。
「……もしかして、私に?」
 少し困ったようにおずおずと口を開いた妹紅に、女将さんはビクっと背筋を伸ばした。 
「え、あ、うー。どうぞ! 妹紅さん」
 女将さんは顔を真っ赤にしながらも、勇気を振り絞るようにして妹紅へと包みを差し出した。
「あ、ありがとう」
 女将さんに負けないほど顔を赤くしながら、妹紅は受け取った。その様子を横で眺めていた慧音は、満足そうにうんうんと頷いていた。
 両手にチョコレートを抱えて、何とも言えない表情を浮かべながらニヤニヤしている妹紅を後目に、すすっと女将さんは慧音の方へ寄っていった。
「どうして、気付いたんですか?」
 手で弄びながら照れている妹紅を眺めながら、ぼそぼそと慧音に向かって女将さんが声をかけていた。
「ふふふ、秘密だよ」
「うー」
 はぐらかすように笑った慧音の表情は、良い女としか言い様がない表情を浮かべていた。女将さんは小さくため息をつくと、慧音に改めて座るように促すのだった。今度は慧音もあっさりと席に着くのだった。
「まあ、いいです。慧音さんも座ってください。冷やでいいですか?」
「ああ、すまないね。……おい、妹紅。惚けてないでお前も座れ」
「……あ、ああ。わかったよ慧音」
「じゃ、おつぎしますね」
「ありがとう」
 女将さんが、カウンターから二人のお猪口に純米吟醸をそそぎ入れる。
「では、バレンタインに乾杯」
「「乾杯」」
 慧音の発声に合わせて、猪口を掲げてお互いの顔を見合わせる。何となく気恥ずかしく、でもそれが何となく嬉しい一瞬のように妹紅に思われた。
 しばらく和気藹々と旨酒を酌み交わしていたが、ふと思い出したように慧音が口を開いた。
「ところで妹紅。お前の家に放り投げてあったピンクの箱、あれは何だ?」
 少しだけ冷ややかな声で慧音がそう問いかけてきた。
「ああ、あれか? なんか一昨日あたり輝夜に投げつけられたんだが、よくわからんからほったらかしてる」
「粗忽者! 帰ったらちゃんと開けなさい」
 なんということもなく答えたつもりだったが、いきなりものすごい剣幕で慧音に怒られて妹紅は面食らってしまった。
「どうしたんだよ慧音。いきなり大きな声を出して……」
「ほんとにお前は天然のジゴロだな。しかも鈍感ときている。少しは周りに気を配ってくれよ、頼むから」
 嘆き節で語る慧音の言葉の背後で、女将さんもまた大きく頷いていた。妹紅はさっぱり意味が分からないまま、とりあえず帰ったらすぐに包みを開けることを約束させられて、屋台を後にしたのだった。
 帰宅後、床に転がっていた包みを拾い上げると、渋々ながら開けてみることにした。
 年若い少女が好みそうな桃色の包装を解くと、味も素っ気もない小さな箱があった。その蓋を取るとそこには、元はハート型であっただろうと思われるチョコレートが、無惨にも粉々になった姿を晒していたのだった。
「あっちゃー」
 慧音の言っていた意味が少しだけ分かり、妹紅は頭を抱えていた。それとともにらしくないことをしてきた輝夜の顔が、何故か目の前に浮かんでくるのだった。
 ちょっとだけ罪悪感を感じながら、その欠片を口に入れて、妹紅は渋面を浮かべた。
「あいつ、塩と砂糖間違えやがった……」
 どうも、バレンタインに合わせて一本書いてみました。
 あまり季節ネタは好きではないというか、
 〆切に追われるようで嫌な気持ちになるので書きたくないのですが、
 今回は某所でとあるネタを見かけたので書かずにはいられませんでした。
 それは、
『「慧音のチョコは私のだけだから」と信じて疑わないもこたんだが、
 寺子屋の子供達にもチョコを配る慧音。
 絶望し子供にまでやきもちを焼くもこたん…
 このネタで誰かもこけーね話描きませんか?』
 すばらしいもこけーね妄想でした。
 ただ書き上がってみたら、何か全然違う流れになってしまったのは、
 きっとおかみすちーのせいだと言うことで、久我暁でした。
 ではまたお目にかかれる機会をば。

 追記
 子鬼を小鬼に修正。ご指摘ありがとうございます。
久我暁
http://bluecatfantasy.blog66.fc2.com/
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コメント



0.750簡易評価
1.100奇声を発する程度の能力削除
>その横で何ともバツが悪そうな子鬼
小鬼?
妹紅は本当にジゴロだなぁ…後、塩と砂糖を間違える姫様可愛いw
8.100名前が無い程度の能力削除
良いもこけね!
他キャラクターもいい感じでした。
16.100名前が無い程度の能力削除
ファンです