敬愛する毘沙門天様
ナズーリンです。定期報告以外でご連絡するのは、これが初めてです。あなたから拝命した任務を、私はまあ、無難にこなしていると思います。「あいつの従者となり、監視を行うこと」といった単純なご命令でしたが、私は優秀で機転のきく、器量よしの鼠ですので、上からの適当な指示にも抜かりなく応えることができます。
上述の「あいつ」とは、ご存知でしょうが、寅丸星のことです。虎の妖怪で、聖白蓮の紹介によりあなたの弟子となりました。多少どころかかなり、抜けたところがありますが、本質的にはとても優秀で、問題を起こすことの少ない方です。その分、時たま起こす問題は私の想像を越えるところがあって、尻拭いに苦労するのですが――やめておきましょう。いつもの報告で、細大漏らさずお伝えしている事柄ですし。彼女があなたの弟子となってしばらく経ちました。今のところ、道を踏み外すことなく、誠実に務めをこなしていることを、重ねて申し伝えておきます。
さて、あなたの弟子である寅丸星は、おそらくあなたが認めたであろう彼女の美点を今でもそのまま保持しており――虎色の特徴的な髪の毛、種族から由来する凛とした顔つきと、性格からくる柔和な表情、大きめの胸部にすらりとした肢体など――つまるところ、水際立った容貌の女性です。妖怪であることを隠しているため、色気づいた人間の餓鬼どもから言い寄られることも多々あり、そのたびに私が排除していますが――上述のとおり、抜けたところのある彼女ですので、ふと騙されやしないかと心配になります。もちろん、従者としての心配です。
毘沙門天様、何故私が好いてもいないあなたに向けてこうして定期報告以外の苦労をしているかというと、忌々しいことですが、相談をするためです。主従関係について、あなたのご意見を伺いたかったのです。私と寅丸星は(それが形の上だけでも)主従である以上、行動を共にする義務があり、今では一日の大半を共に過ごしています。当然、主従の分を守った付き合いを、私は心がけていますが、その主従の規律がこのところ微妙になってきて、何だかよくわからなくなっており――ええと、これではまるで、村紗船長のおしゃべりみたいだ。私は村紗のような物言いを、あまり好んでいない。場面によってはあれが正しい言い方なのかもしれないが、とにかく、慣れていないんだ。
主従の関係とは、どういうものを指すだろうか? お互いを知り、尊敬しあえる確かな関係で、けれど決して友達ではなく、対等でもない。主人は主人らしく従者に指示を与えるべきだし、従者はそれに応えることを誇りとすべきだ。それでこそ、うわべだけでないきちんとした信頼関係を築けると思う。私はそうしてやってきたし、これからも完璧に、その任を果たしてやる。けれど、私のご主人は、その完璧さからはみだそうとする。決まりきった主従関係の、おさまりのよい秩序に、何か異なったものを侵入させようとするんだ。いつもってわけじゃない。あれは少し前の、夕暮れのことだった。この国の夕暮れ――薄暮と言うらしい――の美しさを、毘沙門天様もよくご存知だと思う。私は柄にもなく、その美しさに魅了されて、子どもの頃以来の、奔放な想像力を頭の中で存分にふるっていたんだったが――要するに、ぼーっとしてたんだったが、そのとき、ご主人が言ったんだ。「ナズーリンは可愛いですね」。それから、「私にはあなたが絶対に必要です」って。信じられるだろうか。およそ、主従関係にはふさわしくない、無防備な台詞だよ。何だか私の頭から、薄衣が取り払われて、思いがけない感情が姿をあらわしたみたいで――とにかく、そのたった一度の、瞬間的な意思表示で、ご主人は私にとっての、薄暮の魅力を打ち破ってしまった。彼女の形のよい唇から言葉が漏れでたとき、ほんのわずかな間だったけど、手に手を重ねたとき――くそっ、やっぱり、村紗のおしゃべりみたいになるじゃないか。
とにかくそれ以来、ご主人にはわからないように努めているが、私は彼女との間にひそかな気詰まりを感じてしまうようになったんだ。ご主人がこれからもこんな馬鹿な真似をつづけるなら、私たちの関係はめちゃめちゃになってしまう。そんなのは嫌だ。めちゃめちゃになどしてはならないんだ。ああ、まったく、ご主人はどうして、穏当にしていられないのか! 今も、私の手の上には、彼女の手の温もりが感じられるように思う。厳密にはこれだって、穏当とは言えないんじゃないかって、不安になるんだ。それにもっと穏当を欠くと思うのは、その感覚が、一向に不愉快ではないということなんだ。毘沙門天様、恥ずかしながらお伝えしますが、私は今、あなたの助けを必要としている。ただの子鼠だったころ、あなたが私を助けてくれたように、今度も、助けてもらいたいと思っているんだ。悔しいことだけど。
あなたの忠実な部下
ナズーリン
ナズーリンです。定期報告以外でご連絡するのは、これが初めてです。あなたから拝命した任務を、私はまあ、無難にこなしていると思います。「あいつの従者となり、監視を行うこと」といった単純なご命令でしたが、私は優秀で機転のきく、器量よしの鼠ですので、上からの適当な指示にも抜かりなく応えることができます。
上述の「あいつ」とは、ご存知でしょうが、寅丸星のことです。虎の妖怪で、聖白蓮の紹介によりあなたの弟子となりました。多少どころかかなり、抜けたところがありますが、本質的にはとても優秀で、問題を起こすことの少ない方です。その分、時たま起こす問題は私の想像を越えるところがあって、尻拭いに苦労するのですが――やめておきましょう。いつもの報告で、細大漏らさずお伝えしている事柄ですし。彼女があなたの弟子となってしばらく経ちました。今のところ、道を踏み外すことなく、誠実に務めをこなしていることを、重ねて申し伝えておきます。
さて、あなたの弟子である寅丸星は、おそらくあなたが認めたであろう彼女の美点を今でもそのまま保持しており――虎色の特徴的な髪の毛、種族から由来する凛とした顔つきと、性格からくる柔和な表情、大きめの胸部にすらりとした肢体など――つまるところ、水際立った容貌の女性です。妖怪であることを隠しているため、色気づいた人間の餓鬼どもから言い寄られることも多々あり、そのたびに私が排除していますが――上述のとおり、抜けたところのある彼女ですので、ふと騙されやしないかと心配になります。もちろん、従者としての心配です。
毘沙門天様、何故私が好いてもいないあなたに向けてこうして定期報告以外の苦労をしているかというと、忌々しいことですが、相談をするためです。主従関係について、あなたのご意見を伺いたかったのです。私と寅丸星は(それが形の上だけでも)主従である以上、行動を共にする義務があり、今では一日の大半を共に過ごしています。当然、主従の分を守った付き合いを、私は心がけていますが、その主従の規律がこのところ微妙になってきて、何だかよくわからなくなっており――ええと、これではまるで、村紗船長のおしゃべりみたいだ。私は村紗のような物言いを、あまり好んでいない。場面によってはあれが正しい言い方なのかもしれないが、とにかく、慣れていないんだ。
主従の関係とは、どういうものを指すだろうか? お互いを知り、尊敬しあえる確かな関係で、けれど決して友達ではなく、対等でもない。主人は主人らしく従者に指示を与えるべきだし、従者はそれに応えることを誇りとすべきだ。それでこそ、うわべだけでないきちんとした信頼関係を築けると思う。私はそうしてやってきたし、これからも完璧に、その任を果たしてやる。けれど、私のご主人は、その完璧さからはみだそうとする。決まりきった主従関係の、おさまりのよい秩序に、何か異なったものを侵入させようとするんだ。いつもってわけじゃない。あれは少し前の、夕暮れのことだった。この国の夕暮れ――薄暮と言うらしい――の美しさを、毘沙門天様もよくご存知だと思う。私は柄にもなく、その美しさに魅了されて、子どもの頃以来の、奔放な想像力を頭の中で存分にふるっていたんだったが――要するに、ぼーっとしてたんだったが、そのとき、ご主人が言ったんだ。「ナズーリンは可愛いですね」。それから、「私にはあなたが絶対に必要です」って。信じられるだろうか。およそ、主従関係にはふさわしくない、無防備な台詞だよ。何だか私の頭から、薄衣が取り払われて、思いがけない感情が姿をあらわしたみたいで――とにかく、そのたった一度の、瞬間的な意思表示で、ご主人は私にとっての、薄暮の魅力を打ち破ってしまった。彼女の形のよい唇から言葉が漏れでたとき、ほんのわずかな間だったけど、手に手を重ねたとき――くそっ、やっぱり、村紗のおしゃべりみたいになるじゃないか。
とにかくそれ以来、ご主人にはわからないように努めているが、私は彼女との間にひそかな気詰まりを感じてしまうようになったんだ。ご主人がこれからもこんな馬鹿な真似をつづけるなら、私たちの関係はめちゃめちゃになってしまう。そんなのは嫌だ。めちゃめちゃになどしてはならないんだ。ああ、まったく、ご主人はどうして、穏当にしていられないのか! 今も、私の手の上には、彼女の手の温もりが感じられるように思う。厳密にはこれだって、穏当とは言えないんじゃないかって、不安になるんだ。それにもっと穏当を欠くと思うのは、その感覚が、一向に不愉快ではないということなんだ。毘沙門天様、恥ずかしながらお伝えしますが、私は今、あなたの助けを必要としている。ただの子鼠だったころ、あなたが私を助けてくれたように、今度も、助けてもらいたいと思っているんだ。悔しいことだけど。
あなたの忠実な部下
ナズーリン
と思ったら過去作で既に結婚していた件について