「ねぇ蓮子。エンパシーって、信じる?」
「共感性?」
「そう。共感性」
とある街の一角にあるカフェテラス。
彼女たちは向かい合うようにテーブルに座り、まったりとティータイムのひとときを過ごしていた。
メリーことマエリベリー・ハーンは、宇佐見蓮子に対してそう訊ねた。
共感性(エンパシー)とは。例えば友人関係の場合において、「どうして友人になったのか?」と訊ねると、「なんとなく」と答える場合が多いが、その「なんとなく」の正体が共感性なのだという。
その「なんとなく」がきっかけで出会いが生まれ、想いが育まれ、絆を結ぶものだ。
「うーん。それはたぶん、想いが通じ合う相手同士なら起こり得るかもね」
唐突に投げかけられた親友のその言葉に、しばし熟考したのちに。
宇佐見蓮子は、彼女からの問いかけに対してそう答えた。
期待通りの答えを返してくれたことに満足したようにメリーは微笑むと、紅茶の注がれたティーカップを傾ける。
「いわゆる運命の出会い。運命の赤い糸。それら数奇なご縁と呼ばれるもの」
名状しがたい、形なきもの。
それゆえに簡単に説明することが叶わないもの。それゆえに様々な名で呼ばれ、人々は様々なカタチを思い描き、様々な幻想を紡いできた。
「それはきっと、ロマンということかしら」
「ええ。きっと、そうとも言うはずよ」
「私たちがこんな関係になったことについては、どうなのかな?」
「どうかしら。少なくとも私も貴女も、生まれてから現在にいたるまで、いくつもの岐路があって、いくつもの分岐点があって。その中で私たちは数多の可能性の海を泳いでここまでやってきたと言えるわ」
「それってつまり」
――私たちもきっと、共感性によって惹かれあったのかしら、と。
環境、知識、技能、趣味、性別、生立ち、思想など。
近しい者は、互いに何かを感じあって惹かれあう。また一緒にいる時間が長いほど、互いに触れ合う機会が多いほど、行動や仕草、言葉づかい、無意識にやってしまう癖も似てくるもの。
コミュニティの中に、なにかしら共通項や共通意識が見出せるのはそういうことである。
秘封倶楽部という名のサークルに所属する二人の少女、蓮子とメリー。
彼女たちは、未来科学においてもおそらく解明されないであろう特殊な能力をその身体に秘めている。
蓮子の持つ『星を見ただけで今の時間が分かり、月を見ただけで今居る場所が分かる能力』。メリーの持つ『結界を見る能力』、または『結界を操る能力』。
それぞれが持ちあわせ、または呼びあっているもの。
時と場所を同じくして、モラトリアムの頃を過ごす彼女たちは、
世界にあまねく様々な出来事や思惑を知り、思い知ることになり、あるいは翻弄されたりと、多感な時代を過ごす。
そんな中でただひとつ――絶対にして揺るがない、確かな真実がある。
「私たちは、確かにここにいる」
まさに天文学的――星の数にも等しい確率の中で、彼女たちは出会うことができたから。
いまここに二人がいること自体、ひとつの奇蹟なのだといえることを。
「今日は、そのかけがえのない奇蹟とやらを祝福するのにうってつけの日ってことね」
「そういうこと。このことをバレンタインのおじさまに感謝しなくちゃいけないわ」
「「あ、あのねっ!」」
互いに紅茶を飲み干して、親友の二人が言葉を発するのはまったくの同時だった。
話を切り出すタイミングといい、席を立ち上がるタイミングといい、見事にハモりあった二人の声。
「ご、ごめん。お先にどうぞ」
「メリーこそ、お先にどうぞ」
譲りあいの精神を主張しあっても平行線を辿るだけだと知るまでに数分の時間を要し、二人はタイミングを合わせて、心の中で数をカウントすることにした。
いち、にの……さん!
「「ハッピーバレンタイン!」」
二人がまったくの同時に手渡しあったのは、まったく同じラッピングのチョコレートの包み箱だった。
「わ」「すごい偶然ね」
箱を開けると、これまたまったく同じデコレーションの手作りチョコレートが入っていた。
たったひとつ違う点は、メッセージカードに書かれた名前の部分だけ。
「「これもつまり、共感性っていうことかしら?」」
短かったけど良かった。