Coolier - 新生・東方創想話

いず いっと あ ぽいずん?

2011/02/12 13:42:15
最終更新
サイズ
33.93KB
ページ数
1
閲覧数
1417
評価数
4/28
POINT
1550
Rate
10.86

分類タグ

 猫は食べ物や珍しいものを見つけると飼い主のところにもってくる習性があるそうです。
 だからでしょうか、時折、猫科の妖怪である星は、散歩中に妙なものを拾ってきます。
 ほらほら、急いで門をくぐる足音が聞こえてきましたよ。

「ナズーリン! 人間の子供が花畑で迷子にっ!」
「コンパロ、コンパロ♪」

 脇に抱えられた人間の子供(?)らしき影を見て、ナズーリンは迷わずスリッパを主の脳天に叩きつけたのでした。


 めでぃたし めでぃたし。




 と、そこで終わるはずもなく。

「君は馬鹿か! いや、君は馬鹿だ!」

 正しい言葉遣いにうるさいナズーリンは、しっかりと断定形に言い直す。
 こういう気遣いこそ、できる部下には必要なのだ。

「ナズーリン、私に『君』とは何事ですか!」
「すまない、ご主人。ご主人の常識が狂っていないか試してみたんだ。若干馬鹿にしていたわけではない」
「そうですか、あなたの心意気みせていただきましたよ」

 平和ボケしすぎて、どこか違うネジまで緩んだのではないか。
 子供(?)を抱えた状態で胸を張る主人を見ているだけで、ナズーリンを神経性の頭痛が襲う。異変の残務処理もずいぶん前に終わり、日々善行を続けていくのんびりとした毎日で、緊張感どころか抜けてはいけないモノまで抜けたのではないかと心配になってくる。
 それでいて、ナズーリンよりは書類整理が速いのだから納得いかない。

「……ご主人、そんな細かいことは置いておいてだ。その子のことは知らないのか?」
「おや? あなたは有名人なのですか?」
「さあ? ねぇ、スーさん私たちってそんなに有名かな? そうでもないよね?」
「ほら、やっぱり普通の子供ですよ」
「……まて、ご主人。よーくみろ、よーくみてみろ。人間に不必要な情報というか条件がこれ見よがしに付随しているじゃないか」

 子供の回りを飛び跳ねる、スーさんといわれた人形。それを指差す。
 星もその指が示す先をじっと眺めて、ぱぁっと表情を明るくした。

「なるほど! 確かに人里ではあまり見ない色のドレスと髪の色!」
「君は馬鹿だな! いや、ご主人は馬鹿だ!」 
「馬鹿ではありません、どちらかというと毘沙門天の弟子よりの立ち居地です」

 同じ過ちは二度と繰り返さない。今度はちゃんと君の部分もご主人に言い換えるとはさすができる女、ナズーリン。
 けれどその主は自分の立場をまるで理解していない。
 命蓮寺がどういった場所であるか。幻想郷での配置や信仰のためを考えれば、最も連れ込んではいけない部類の『妖怪』である。愛らしい姿に騙されてはいけないのだ。

「教えてあげるよ、ご主人! その脇に抱えている『子供』はね、人形が変異した『メディスン・メランコリー』という名前の妖怪なんだ」
「め、めでぃすん、めらんこりぃっ……そんなっ!」

 人間に敵意を持つと有名な危険度の高い妖怪である。そんなものをこの人里近くの場所に連れ込めば一体どれほどの問題を引き起こすか。想像するまでもない。
 驚愕に目を見開く星は慎重に少女を地面に降ろした。腰よりも少し高い位置にある瞳が、いきなり態度を変えた星を不思議そうに無言で見上げるが、星は何も語らない。口を開かぬまま腰を下ろし、視線をメディスンの高さに合わせた。
 
「私としたことが、なんと言う過ちを……」
「わかったかい、ご主人……」
「ええ、あなたの指摘、痛み入ります」

 瞳を伏せてナズーリンと声を交わした後、星はゆっくりその両手を前へと伸ばした。
 何をされるのかわからないメディスンの瞳にはわずかな怯えが見え始め、

「すみません、所見だというのに自己紹介を忘れるとは、なんたる不覚。私はこの命蓮寺で毘沙門天の代理を務めております、寅丸星と申しま――」
「えい♪」

 ナズーリンは両手のダウジングロッドを大きく振りかぶって、迷うことなく振り下ろした。
 真横から星の脳天を狙い、笑顔とは裏腹のものすごい勢いで。
 ぶぉん、という風鳴りを残す先端は見事に金髪の中へと吸い込まれた。

「いたっ! ナズーリン、何をするのです! ダウジングロッドを人に向けて振ってはいけないとあれほど注意したではありませんか!」
「ご主人は人じゃなくて妖怪だからいいということだろう?」
「なるほど、それも一理あります」
「あるのかっ!」

 人間なら昏倒してもおかしくない勢いだったというのに、星は頭を軽くなでるだけで瞳に涙すら浮かべていない。とんでもない石頭である。いや、全身が頑丈だというべきか。
 ナズーリンを横目で注意したと思ったら、呆気にとられた様子のメディスンに向き直り

「あぁ、途切れてしまい申し訳ありません。名前まで言いましたっけ。そして今、私たちがいるこのお寺こそ、毘沙門天様の理想と、聖の理想、その二つを広めるための発信拠点で」
「えい♪」

 お寺の紹介まで行き着いたところで、すかさずナズーリンのカットが入った。

「痛いですよ、ナズーリン!」
「痛いように殴ってるんだから当たり前だろう」
「ナズーリン、聖だっていつも言っているでしょう? 他の者の痛みがわかる妖怪になりなさい、と。その手本となるべき私の弟子のあなたがその体たらくでどうするのです!」
「……では、ご主人は、毘沙門天様から預かった品々を簡単になくし、それを探してくれと笑顔で頼まれる部下の心の痛みをわかっているというのかな? 保管状況『最良』と虚偽報告書を作らされる私の頭痛の理由をしっかり意識してくれているんだろうね?」
「……え、と」
「……」
「あの、それは……」
「……」
「め、メディスンちゃん♪ 向こうで遊びま――」
「成敗っ!」

 部下の冷徹な視線から逃れようと視線を泳がせる星の脳天に、本日三回目のダウジングロッドが振り下ろされた。寺で生活するようになってからというもの、本来の使い道とは程遠い利用方法で大活躍し始めた便利アイテムである。
 しかし、寅の化身である星にとっては鼠族の力などどこ吹く風。
 失せ物の話題から逃げるために談笑を始めようとする始末。

「わかった、ご主人。君がどれほど間違っているか、はっきりさせようじゃないか!」

 こうなったら、毒を操る妖怪を易々と寺に入れてしまったことについて、絶対に頭の上がらない人物に叱ってもらうしかない。今は参拝客がいないから何もなく終わっていが、あの妖怪がよくわからにところに連れて来られた怒りを爆発させ、毒を散乱させる可能性だってあるのだから。

「……騒がしいですね、ナズーリン。お客様でしたら、失礼のないようにお出迎えしないと駄目でしょう?」

 噂をすればなんとやら。
 怒鳴り声を聞いたのだろうか。自室で控えていたはずの聖が庭に面した廊下に姿を見せる。
 これは丁度いい助け舟だと、ナズーリンは聖の方へ駆け寄り、今日の経緯をおおまかに説明した。
 星が妙なものを連れ帰ってきて困っていると。
 
「あらあらまぁまぁ……」

 ダウジングロッドが示す先、そこで向かい合い簡単な会話を交わす星とメディスン。
 その光景ですべてを理解したのか、聖は両手を軽く胸の前で合わせて苦笑する。

「仕方ないわねぇ、星は」
「そうなんだ、今日ばかりはしっかり苦言を述べてほしい」
「ナズーリンでは駄目なの?」
「ああ、精神的にも、物理的にも」
「そうね。だったら私が出るべきかしら」

 ナズーリンに控えめに手を振った後、聖は廊下から浮かび上がり徒歩くらいの速度で二人へと近づいていく。そして太陽を隠すように立って、その存在を気づかせてから。

「こら、星、駄目でしょ!」

 指を一本立て、どこぞの母親のように星を見下ろす。
 ずいぶんと優しい叱り方ではあるのだが、普段の聖はこれが精一杯なのだから仕方ない。それでも星には十分効果があったようで、わたわたと両手をばたつかせていた。
 そこで、もう一言あれば万事解決。
 もちろん、その内容は元居た場所へ帰してあげなさいと――

「お客様はまず客間か私の部屋に通さないと!」

 ――え?

「すみません、すぐ支度を!」

 ――あれぇ?

「私の部屋で構いませんからね、ほら、ナズーリンも、手伝って!」
「いや、あの、聖? だから、そこにいる妖怪は星が無理やり連れて……」
「お茶のある場所はわかるでしょう? すぐ支度してください」
「あ、うん。わか、った?」

 聖に命じられるままナズーリンは茶室へ向かって飛び。
 茶葉を選んで台所まで持っていく。
 そして、ふと手を止めたときに脳裏に浮かんだ疑問を掻き消すように頭を左右に振る。

「……私は正常、うん、私は正常だ! 間違ってない、絶対間違ってない!」

 こぽこぽ、とお茶を湯飲みに注ぎながら、休暇届を毘沙門天に申請しようと心に誓った。
 

 もちろん、内容欄は『心労による』で。



 ◇ ◇ ◇




「そうですか、やっとわかりました……」

 聖を対面として、三つの座布団が並び、各々がくつろいでいた。向かって左から順に星とナズーリンメディスンと並ぶ。命蓮寺組は正座で、もう一人のメディスンも正座を真似しようとしてはいたが、結局諦めて、腰を座布団の上に直接乗せたM字を畳の上に作った。
 そうやって場所を庭から聖の部屋に移した後、茶を配り終えたナズーリンは今度こそ理解してもらうために細かい内容を伝える。
 まず、メディスンがどのような妖怪であるから。
 人形から生まれたまだ毒を操る妖怪であり、まだ生まれて間もないため能力の加減ができないこと。人間を嫌い、人形を虐げる敵だと考えていることを当人であるメディスンに確認しながら話し、続けて命蓮寺における危険性の高さを説明する。人間が訪れる頻度の高い場所に彼女がいると、博麗の巫女が動き出す大事件になる可能性があると。そんな妖怪を星がうっかり『迷子』だと思って連れて来てしまったと、細部までしっかり。
 ここまでやれば誤解など生まれるはずがな――

「なるほど、つまり、毒を使って妖怪と人間、ましてや人形と人間の架け橋になりたいと考えていると、小さいのになんて立派な……」
「どうしてそうなったっ!」

 メディスンを前に、ハンカチまで持ち出して涙ぐみ始める。
 その涙につられて星までうんうんっと頷いているが、何かが間違っている。根本的な問題とかそんな生易しいものではなく、この場の価値観が別次元に飛び去っていた。

「私の話はどこに消えたっ! なんでご主人も共感してるんだ!」
「ねえねえ、新しい遊び?」
「……ああ、よかった君はまともなんだな……本当によかった」
「むー、苦しい」

 亜空間的なこの流れを奇妙に感じたのか、メディスンは隣にいたナズーリンのスカートを引っ張る。追い返すべき相手に安心感を覚えるという意味不明な事態に追い込まれたナズーリンは、メディスンの体を抱きしめて頬を摺り寄せた。

「そうか、聖! 私は確かに迷子を見つけた。けれどそれは行き先を見失ったのではなく、生きる道に悩み、苦悩する迷い子のことだったのですね!」

 誰がうまいこと言えと言った。
 しかも何故そんなに自慢げなのかと、ナズーリンは心の中で突っ込んだ。

「あなたの能力は宝物を吸い寄せる力がありますから、きっとこの子がその宝物。人類と妖怪の希望となる者だと示しているのではないかと私は推測します」
「私が、宝物?」
「そう、人間を嫌いになる必要なんてないのです。人形の開放だって、心許せる誰かがいればきっとかなえることが出来ます。もちろん、私も仲間となって力になりましょう」
「人形の開放……仲間……」
「待て、駄目だ! そっち側に行ってはいけない! あれは罠だっ!」
「はっ、わ、私は今何を……」

 いたいけな少女を不思議空間から救い出したナズーリンは、ふぅっとため息をつく。
 ただでさえおかしな理論でおなか一杯だと言うのにこれ以上危険分子を増やしてなるものか。
 
「聖っ! 星っ! いい加減にしてくれないかっ! 今日の事件はただ、この子を住処に帰してあげれば済むことだろう!」
「……それはわかっているのですが、ナズーリンが可愛かったから。毘沙門天代理としてはこのままからかうのも正義かなと」
「そうよね、仕方のないことだわ」

 もうやだ、おうち帰る。
 ナズーリンはショックのあまりだーっと目の幅の涙を流す。
 それをメディスンが『大丈夫?』と励ますというなんとも複雑な構図が完成してしまった。

「ここであったのも何かの縁ですし、メディスンちゃんだったかしら? 私としては少しくらい人間と仲良くして欲しいとは思うの。ほら、私だって人間だけど、星やナズーリンと仲良くできているでしょう?」
「……え、おばちゃん人間なの? 空飛んでたけど」
「そうよ。おばちゃんはね、普通の人よりもちょっとだけ強い人間なのよ」

 若い女性に対して禁句である『おばちゃん』も綺麗に受け流し、聖は身を乗り出してメディスンを撫でた。能力を知りながらも、躊躇なく手を伸ばしてやさしく触れてあげた。

「でも、私、手加減とかできないし……、むかっ、てなったらすぐ毒でちゃうし」
「その毒を変えてみればいいのです。いつまでも敵対し続けてどちらから消えてなくなるまでケンカするのは苦しいもの。誰かがあなたを恨んで、あなたの大切なものを壊しに来たらいやでしょう?」
「うん、やだ。スーさんは元気でいて欲しい」

 因果応報。
 人間を傷つける人形の開放方法では、いずれその罪が自分に返ってきてしまう。
 それを少しでも意識させるために聖は少しだけいじわるした。大切なものを失うことをイメージさせて、嫌悪感をはっきりと持たせる。
 別な選択肢を選ばせるための楔を打ち込んだのだ。

「じゃあ、その方法を考えましょう。毒を扱いながら、仲間を増やして人形の大切さを広める。そうすれば、誰も人形を馬鹿にしなくなりますよ」
「おばちゃんは本当にそう思う?」
「ええ、もちろん」
「じゃ、じゃあさ。おばちゃんも、一緒に?」
「悩みを打ち明けるのは友達の第一条件ですもの、この命蓮寺の誇りに掛けて協力することを誓いますわ」
「やったー! ねえ、スーさん! 聖おばちゃんが人形の解放に協力してくれるんだって!」

 両手を挙げて喜ぶメディスンの回りを楽しそうに人形が飛ぶ。
 聖も微笑を耐やさず、まるで子供を見るように愛しい眼差しを向けた。
 しかし、そのメディスンの物言いに納得できない従者が一人。

「メディスン! 聖に失礼ではありませんか! 『おばちゃん』など!」
「いいのよ、星、だって年上には違いないもの」
「いいえ、こういうことは早めに教えておいたほうがいいのです」

 聖の制止も聞かずナズーリン越しにメディスンを見下ろした。
 人との接触が限りなく少なく、何を失敗したのかわからないメディスンは首を傾げるばかりであったが、教育のためと星は鬼になる。

「いいですか。年齢差を考えなさい。あなたは生まれてから多く見積もっても二桁程度しか年を数えていない。けれどこちらにいる聖はその二桁上を行っているんですよ! 桁が違うんです、桁が! そんな聖を『おばちゃん』だなんて、世間のおばちゃんにも失礼です! ここは正確に『おばあちゃん』と呼ぶのがっ――」

 そこまで言いかけた星の体がスライドした。
 すーっと横に動いたかと思うった直後、いきなり加速した星の体は障子戸を突き破って廊下を超え、庭のちょうど中央尾あたりに、ぽてん、と落ちた。
 その発射位置には、なんだか妙な力を左手に集めている聖の姿が。

「……あらあら、ごめんなさいね♪ 怪我してない?」
「う、うん、平気、だよ?」

 教訓:他人に言われるとそうでもないけど、身内に言われると凄く腹が立つ言葉ってあるよね?
 それと同時に、星はメディスンに教えたのだ。
 その身をもって、大切な知識を与えた。

「ひ、聖、お姉ちゃん、って、人間だっけ?」
「そうよ。ちょっとだけ力の強いの人間」
 
 年上の女性の呼び方には気をつけろ。
 そしてもう一つ、聖はちょっとどころか、間違いなく規格外の人間である、と。

「まったく。ご主人は気の毒な特技を持って生まれてきたものだね」

 やっと復活したナズーリンは庭で気絶する主を見て、肩を竦め。

「っ! それよ、それなのですよ! ナズーリン!」
「えっ?」
「へっ?」

 ナズーリンとメディスンが不思議そうに顔を見合わせる中、聖は満面の笑みを浮かべたのだった。







「っ! 美味しい!」
「……へえ、味覚があるのか。妖精にあるのと同じような原理かな?」

 星の復活を待った後、客室へ移動した四名はまた先ほどと同じように対面で座った。さきほどと違うのは、各々の前にお茶請けが並んでいるということ。
 ナズーリンにはチーズを使った星特性の洋菓子。
 星と聖の前には人里から購入した煎餅。
 そして、メディスンの前には聖特性のチョコレートケーキ。

「味覚というのは、危険物が口の中に入るのを防ぐ効果もあると聞きます。メディスンの場合はその物質が毒かどうかを判別するために機能が備わっているのではないか。そう思ったので試しに」
「……ん、チョコレート毒成分は美味しいよ! お砂糖も甘いし」

 口の周りを黒く汚しながら、スプーンを高く掲げるその様子からは嘘をついているようには見えなかった。つまり聖の仮説はここに証明されたことになる。

「毒の感想が先に来るのがらしいというか、なんというか……」

 確かに、チョコレートに含まれる毒成分は動物たちにとって致命傷になりかねない。
 もうそろそろやってくるバレンタインデーという、人間たち用の催し物で好きな人にチョコを渡すというのがあるのだが、聖がそれを取り入れて実行したものだから。

「ナズーリン、私、あの黒い物体を見ていると胃のあたりが……」
「忘れろご主人、あの悪夢の日々を思い出すんじゃない」

 命蓮寺の獣属性、星、ナズーリン、ぬえが一週間ほど生死の境を彷徨うという地獄絵図が聖の手によってもたらされた。
 おかげで、二度と食卓にチョコレートが並ぶことはなくなったのだが、副作用としてチョコを見ただけで冷や汗が出るようになった二人であった。

「あの、聖、いきなりこんな間食を用意するとはどういった意味合いがあるのです?」
「わかりませんか、星? ナズーリンはどうです?」
「私にもわからないな、私の言葉で何か閃いたようには見えたけれど」

 なんだかんだ言いながら最速でチーズ菓子を食べ終えたナズーリンは口元をハンカチでふき取ってから腕を組んだ。畳の上に置きっぱなしの空になった皿をじっと見てもなんの考えも浮かんでこない。

「星、ナズーリン、このような言葉を聴いたことはありませんか。特に若い女性であれば聞いたことはあると思うのですが『美味しいものは体に毒』と」
「わかりますか? ナズーリン」
「……確か、美味しいものはついつい食べ過ぎてしまうという言葉かな?」

 たぶん、それ今の若い人あまり知らない。
 という心の声を必死で抑えて、ナズーリンは平静な声で答えた。
 毒というキーワードにメディスンがぴくりっと、身を震わせるもののその毒はメディスンが自由自在に操れるものとは似ても似つかない。
 何せ聖が口にしたのは葉風情というか、生活の中の風刺が入った言葉であって、メディスンとの共通点など『毒』という単語だけでしかない。
 
「まさか私の『気の毒』、という言葉で思いついたことというのは……それか?」
「ええ、もちろん。言葉は同じでも意味が異なる、毒でも相手を幸せにできるという証明でしょう? 言葉というのは魔法ですもの」
「聖が言うと妙な説得力があるから怖いね、さすが人間の魔法使いだ」
「それに加えて、毒でも物質的に相手を楽しませられるならより良い活用法になるでしょう。チョコレートが良い例ではありませんか」

 聖とナズーリンの顔を順番に眺め、メディスンは小首を傾げる。話が急に進みすぎる上に抽象的な内容もあって理解が難しいのかもしれない。

「えっと、ある対象には毒だけど、他には毒じゃないのを使って楽しませるの?」
「それは物質的な問題の方ですね、では、今夜から実践してみましょうか」
「私も微力ながら協力させていただきましょう」
「うん、やってみる」

 素直にこくりと頷く少女の妖怪を見て、ナズーリンは微笑みを浮かべながらも。
 聖と星のコンビプレイに一抹の不安を覚えるのだった。





 ネズミイヤーは地獄耳。
 とは言っても何部屋も距離を置いた会話を聞き取ることなどできはしない。しかしナズーリンには心強い同志たちがいる。直接聞こえずとも屋根裏を走るネズミが詳しい情報を教えてくれるのだ。

「そうそう、これで切る作業は終わりです。次にこれをあのお鍋の中に入れましょう」
「はーい、スーさんも手伝ってね」

 『美味しいものは体に毒』を再現するために料理を覚える。
 それがメディスンの課題となり、一週間ほど特訓を続けていた。
 そしてそのお披露目が今日であり、ナズーリンはそれにつき合わされているわけだ。 

「そうそう、ぐるぐる回して、もうすぐできますよ」
「あ、いけません。そこで興奮したらまた毒がっ!」
「あっ、ぁぁぁぁ……」
「……」
「……」

 長い、長い沈黙。
 そして厨房からの情報は途絶えて、廊下から星がゆっくり顔を出した。

「美味しくできましたよ~、ナズーリン!」
「嘘だっ!! そう思うならご主人が食べたらどうなんだ!」
「嫌ですっ!」

 そんなやり取りがさらに二週間ほど続き、メディスンは料理が少しだけできるようになった。
 ついつい食べ過ぎて体の毒になりかねないほどの腕前にはほど遠いがけれど、きっとそんなものはきっかけにしか過ぎないのだろうとナズーリンは考える。
 なんとなく、中庭の風景を眺めながら。

「一輪、何してるの?」
「物干し竿に洗濯物を干しているのですよ、冬の時期は外に干せる日が限られてしまいますからね」
「ふーん、スーさんと一緒に手伝ってあげようか」
「ふふ、ちゃんとできるでしょうか」
「あーっ! できるもんね、私、お料理だってできるんだもん!」
「本当? 今度私と雲山にも食べさせていただこうかしら」

 命蓮寺に連れてこられたときは、無邪気な中にも警戒心をわずかに持っていたはずだ。それがどうだろうか。雲山と取り合うようにして湿った衣服を掛けている。多少形がいびつなものもあるが、それもご愛嬌といったところか。
 ただ、この何気ない日常風景こそが大きな進展ではないだろうか。
 ナズーリンの持っていた知識ではあの妖怪は、ほんの一握りの妖怪としか友好的に接していなかった。そこから考えれば、命蓮寺の面々と友好を持てているのが彼女にとって大きな変化ではないかと。
 
「あの妖怪は閻魔様に叱られてから、人間と少しでも友好的に接しようとした。そんな噂を聞いたことがあるんです。ですから私はその背中を押してみただけ」
「ふう、で、妖怪にお優しい聖はこの後どうするつもりだい?」
「答えが必要ですか?」
「いいや、なんとなく聞いてみただけさ」

 いつの間にそこに立っていたのだろうか。ナズーリンの後ろから優しい声が降ってきた。その声はあの頃からずっと変わらない。村紗や一輪、見ず知らずの妖怪たちを救い歩き、人間と妖怪の共存を願っていた頃と同じ。
 ならば、星とナズーリンはどう動くべきかなど尋ねるまでもなかった。
 ぱんぱん、とわざとらしく服の埃を落とすしぐさをして見せたナズーリンは、『毒』の下準備を続ける。





『飲みすぎは体に毒』

 料理の次に聖が挑戦させたのは、相手にお酒を気分良く飲ませる方法だった。
 アルコール成分は摂取しすぎると人体に悪影響を及ぼすことをよく理解しているメディスンは、その聖の提案を快く引き受け何日か泊まっていくことになった。鈴蘭の畑のほうは、知り合いの花の妖怪にお願いするらしい。
 そうやって特訓を開始した直後、メディスンは奇妙な行動を取り始めた。

「はい、飲んで」
「うぇっ!?」

 最初の夜、聖、星、ナズーリンの他にお客役として村紗が練習の輪に加わったときのこと。設定は畳の上で行う宴会場として、お客である村紗にお酒をご馳走してあげてと聖が支持する。すると、メディスンはいきなり酒瓶を村紗の前に置いて飲め言いだした。
 大層な無茶振りである。
 なんでこれをいきなり差し出したかと聞いたら、

「だって量が多い方が嬉しいでしょ? その方が毒だって回りやすいし」

 なるほど、そういう考え方もあるのかとナズーリンが部屋の隅で納得していたら、聖が酒瓶の近くに置いてあった道具を持ってきてメディスンの手を取る。

「宴会というのはとても楽しい場所なの。だからお酒を少しずつ飲んで、少しでも長く気の合う仲間と語らっていたいものなのよ。だから、この小さなお猪口って道具にお酒を入れて楽しむのよ。結果的にその方が一杯お酒を飲むことになると思うわ」
「んー、じゃあそっちので練習してみる」

 大きな瓶から少しずつ、零れないように。丁寧に、優しく。そうやってお酌の仕方を教えられたメディスンは自然と相手の手の動きや表情を確認しながらお酒を注ぐようになった。命蓮寺の面々だけで小さな宴会を開いてみたときも、毒、つまりアルコールの回り具合を確認しつつ、少しでも長く飲ませるために適量を選んでいたのだ。
 それは毒を多く入れたいというメディスンの本能によるものだったのかもしれないが、間違いなく相手のことを考えた行動に他ならない。『どうぞ』などという言葉も混ぜればもっともっと効果的だと聖は日を重ねるごとに相手を立てる方法を教えていき、

 その結果。
 偶然、命蓮寺の中でお客である人間と鉢合わせしたときも。

「……」

 無言だ。
 口を真一文字に結び、声を出そうとはしない。
 けれど、頭を下げるようになった。
 なんとあのメディスンが人間に対し、スカートの指で掴みながら、可愛らしいく頭を下げるのだ。

「こ、こんにちは」

 メディスンの正体を知らぬものは、素直に挨拶し。

「え、えっ、ぇぇぇっ!?」

 正体を知るものは皆一様に驚愕し、身を引く。 
 それほどの変化だ。
 だが、それを一番驚いているのはメディスン本人ではないかと、自室でくつろぐナズーリンは思う。

「ほうほう、今度は声を出そうとした、か。報告ご苦労」

 廊下担当のネズミの報告を受けたナズーリンは、その日の様子を帳面に記録し始める。一番最初に挨拶をし始めた日からぱらぱらと流し読みするだけで、その違いがはっきりと見て取れる。
 あのお客をもてなす練習が、昼間会ったお客にも適用されはじめたのだ。
 相手の反応が面白いから、続ける。
 それの繰り返しが、メディスンに学習させ始めたのだ。

「この調子なら、いきなり人間に出会っでも攻撃することもなさそうだね」

 他の種族、人間と接する楽しさをメディスンが実感し始めたのだ。
 
「ふむ、この心地よさは子供の成長を見守る大人、といったところかな?」

 報告してくれたネズミの頭を撫でて、持ち場に戻す。
 その影が消えたのを確認してから、ナズーリンは廊下へと出た。清々しい気分のまま庭へと目を落とせば、雀と混ざって鴉が雪で遊んでいた。
 中庭の隅に残ったわずかな冬の落し物、もうすぐまた季節がやってくるのだろう。

「おやおや春くん、この忙しいときに君の来訪は勘弁して欲しいのだがね、従者として苦言を伝えておくよ」

 苦笑し、その暖かい風景を横目に星の部屋へと廊下を歩いていく。
 そして誰もいなくなった中、鴉が突付きすぎたせいか、雪が崩れて、

「それでは、私の来訪は歓迎していただいてもよろしいですかね?」

 雪の中から、角ばった帽子がいきなり飛び出た。
 と、思った次の瞬間、雪が中から弾け飛ぶ・
 
「メディスンさんが、毒を研究中とは……これは中々」

 いきなり現れた少女は、手帳とペンを手に妖しい笑みを浮かべていた。
 彼女の数多くの取材経験が、『これは行ける!』と少女の中で欲求として暴れ回っているせいだろう。
 これは絶対ものにする、と少女は心の中で決意し、そしてもう一つ。



 雪の中に隠れるのだけはやめよう。
 震えながら、そう心に決めた。




 ◇ ◇ ◇




 その日、メディスンは鈴蘭の畑に戻ることを聖たちに伝えた。
 さすがに何日も開けすぎては幽香に迷惑がかかると思ったのかもしれない。こういった気配りができるようになったのも、聖の教育の賜物か。

「スーさん、どうしたの? 鴉さんと遊んでるの?」

 その帰り道だった。
 森の中に差し掛かったときに、いきなりメディスンの人形に鴉が集まり始めた。食料を求めて襲いに来たという雰囲気ではない。
 歩く程度の速度で浮くその後ろをひょこひょこ付いてくるだけなのだから。

「うふふ、面白い。どうしたのかな、この子達。スーさんもわからない?」
「そうですな、きっと鴉たちはあなたとそのお連れに興味を持ったのでしょう」
「むー?」

 声がいきなり頭の上から降ってきて、メディスンは天を仰ぐ。
 けれど、そこには木々の枝が広がっているばかりで、声の主の姿はなかった。
 代わりにすぐ右横から声が続く。

「あ、すみません。こちらですよ、こちら」
「あら、いつかの新聞記者さん、そういえば鴉はあなたのお友達だったかしら?」
「というより、部下ですね。部下が興味を示すことは、もちろん私も興味津々ということをお伝えしておきましょう」
「え、じゃあ、私の記事を作ってくれるの?」
「ええ、あの異変のときはあまり気が乗りませんでしたが、今のあなたはとても魅力的ですし。ああ、もちろんネタ的に」
「むー、褒められてない気がする! でも、新聞作ってくれるならいいよ!」

 閻魔が出張ったあの事件のとき、メディスンと文は出会った。けれど時間の無駄ということで記事にすらしてもらえなかったのだ。 
 それでも、今回は文のほうから自分のことを記事にしたいと申し出てくれた。そのことに人形と一緒に飛び跳ねる。大きく揺れる服とリボンがその内心の映しているようだった。

「こっそり遠目から写真を取らせてもらったので、記事はすぐにでも作ることができると思いますよ。ネズミたちを撒くのには苦労しましたが」
「じゃあすぐ作って! 私っていう素敵な妖怪のことをみんなに知ってもらわないといけないもの!」
「そうですね、頑張らせていただきますよ」

 手帳とペンを取り出して、にこり、と微笑む。
 メディスンは知らない。
 他人と接する機会が限りなく少ない生まれたの妖怪であるため、この文の微笑が意味する、真の恐ろしさを理解しきれない。

「そうですね、では少しだけ記事用のインタビューをさせていただきましょうか。あ、そうそう、それと」
「ん? 何? 忘れ物?」
「いえいえ、『毒』というものの勉強中とお見受けするので、こちらからも一つ。ためになる毒を提案させていただこうかと」

 毒という話題が出たことで、メディスンは表情を明るくする。
 文の服を引っ張って、早く早くと急かしていた。

「そうですね、それではご説明させていただきましょう。人間と妖怪、そのすべてを巻き込んでしまう。恐ろしい毒の話を……」

 メディスンが真剣な顔で文を見上げる。
 それに応えて、文はゆっくりと、その毒の抽出方法について語り続けた。




 ◇ ◇ ◇




「ご主人、私たちは変わらないものだな」
「そうですね、私はいつかあなたが帰ってしまうと思いましたが……」
「ははは、そうでもないさ。毘沙門天様も気が利くお方でね、私のことを察してくれていたのさ」
「きっと、次の年も、また次の年も。きっと変わらないまま続くのです」

 緩やかな変化を受け入れれば、幻想郷ほどの楽園は存在しない。
 毘沙門天の下で働きいくつもの世界を見てきたナズーリンだからこそ、そう断言できる。妖怪が妖怪のまま、いや、妖怪であることを保ちながら、本来の性質以外のことをやってのける。
 それは本来の妖怪としては間違っているのかもしれない。
 けれど、この世界はすべてを受け入れるとどこかの胡散臭い妖怪は言う。

「変化のないことも、好ましいことではありませんか」

 庭から雪が消え、もう春の足音が聞こえてきそうな日和の中。
 星とナズーリンは共に並び、縁側に腰を下ろしていた。
 懐かしいあの頃のように。

「そうか、ご主人はそう言ってくれるのか」
「ええ、もちろんです。ほら、だってナズーリンは今のままがいいですから」
「ご主人……」

 そっと肩を抱き、正面を向くようにと込められる力。
 でもその力が心地よくて、ナズーリンは素直に従う。
 いつもと同じ、魅力的な笑顔を浮かべる主人をそっと見上げてナズーリンは耳を静かに倒し、

「ですから、昨日のことは気にしなくて良いのですよ。ナズーリン。確かにあなたの体の発育という観点から見れば何も変わっていないように見えます。カップサイズがメディスンに劣るのも致し方のないこと。それは一般的に幼児体系、まな板、大平原の小さな胸などと蔑まれ、貶められることもあるかもしれません。
 けれど、けれど私はあなたのそういったところが実に愛らしくおもえっ」
「えい♪」
「ナズーリン、ボディブローというのは後から効いてくるのでやめてください」
「なんだっ! 何なんだご主人はっ、実に馬鹿だ! それとも馬鹿を装って私が困っているのを楽しんでいるのか! そうなんだろうっ! 猫は獲物を弄ぶというじゃないかっ!」
「……つまり、ナズーリンは弄んで欲しいと?」
「そんなわけがかるかぁっ!」

 この主に何を期待したのかと、恥ずかしくなったナズーリンは両肩に置かれた手を荒々しく払いのけ、ふんっと鼻を鳴らす。
 ついでに背中を向けるのも忘れない。
 でも、くすくすという笑い声が聞こえてきて耳を引くつかせながら視線だけを後ろへ返す。

「何が可笑しい」
「いえいえ、昨晩、みんなでお風呂に入った後元気がなくなっていたようですから。いつものナズーリンに戻ってよかったと思いまして」
「見る目がないなご主人は、私はいつもどおりさ」
「そうですか?」
「そうとも」
「それじゃあ、そういうことにしておきましょう」

 星はぽんっと手を叩いて話は終わりだと合図を送る。
 その後はお茶だけを飲み、背を向けたままのナズーリンをじっと見つめていた。その視線にとうとう根気負けしたナズーリンは、咳払いをして再び庭の方へと向き直る。

「しかし、メディスンがあんなことを言い出すとは、意外だったよ。皆で風呂に入りたいなどと」
「聖の入れ知恵でしょうか。裸の付き合いという言葉も人間男性の中ではあるようですが」
「何も武器を持たず、裸一つで話し合うというのが言葉の由来かもしれないが、私たちにとってはその体自体が武器になりうるからね。人間である聖の発想ならそれも不自然じゃないということかい?」
「ええ、おそらくは。ナズーリンにとってはあまり面白くなかったかもしれませんが」
「ああ、雄にしてみれば艶かしい会話だとは思うがね」

 肩を竦め、はぁっと大袈裟にため息をつき自分の胸あたりを軽く触れた。
 それだけでわかる人は
察してあげて欲しい。
 周囲に戦闘力が高い面々しかいない中、一人際弱装備で立ち向かう勇者の姿を。そして仲間だと思っていた新参者すら、多少の膨らみを有していたという驚愕の事実を突きつけられた瞬間を。
 信じていたのに、裏切られた。
 そのショックはナズーリンを闇の世界に引き込むには十分過ぎて……

『あらあら、一輪。隠してどうするのですか?』
『姐さん、い、いけません! 親しき仲にも礼儀という言葉があるようにですねっ!』
『お風呂場に入るときはタオルを取る、常識だよね~、聖!』
『ムラサ船長までそのようなっ! 星、助け……どうしたのです?』
『いえ、何かまたここの部分が重くなったような気がして……』

 危うく暗黒の力に目覚めてしまいそうだった。
 主に、隣の主人のせいで。
 妖怪でありながらなぜ簡単に身体的特徴が変化するのだろうこの毘沙門天代理殿は。

「まあまあ、ナズーリン。あなたもネズミの妖怪の中ではとても魅力的な女性だと思いますよ?」
「微妙な取り繕い方をどうもありがとう」
「少なくとも私は大好きですし」
「……その言葉は軽々しく使うものではない。やっぱり馬鹿だな、ご主人は」
「あ、わかりました。今の馬鹿は褒め言葉ですね」
「さぁね、どうだか?」

 太陽が真上からほんの少し傾いた頃、二つの笑い声が中庭に響き鳥の声と混ざり合う。
 と、そんな声にまた別の音が混ざり合う。

「入り口のほうからでしょうか。ナズーリン?」
「ちょっと待ってくれ、今、同志が来てくれた」

 入り口の見張りを担当するネズミの一匹が庭を走り、ナズーリンの目の前にやってくる。
 高く、短い泣き声を何度も繰り返し、何かを必死で伝えようとしていた。

「な、何っ! メディスンが人間たちに取り囲まれているだとっ!」
「ナズーリン!」
「ああ、行くぞご主人!」

 恐れていたことが現実になった。
 星はナズーリンを掴むと、一足で高く飛び上がる。
 その視線の先、入り口に向けられた視線のところでは、メディスンの姿はない。

「くそっ! なんてことだっ!」

 ただ、小さな体を覆いつくす黒山の人だかりだけがそこにあった。




 ◇ ◇ ◇




 無事でいてくれと、ナズーリンは願う。
 ここまで、頑張ってきたのにその結果がこれでは報われないじゃないかと。

「投げろ、ご主人!」
「承知!」

 一秒でも、ほんの少しでも早く救出するためにナズーリンは望んだ。
 大きく振りかぶった星から放たれた鼠色の弾丸は人間たちの真横へと着弾し、激しい土煙を上げる。

「な、なんだっ!」
「ひ、な、ナズーリンさん!」

 人間たちはその形相に怯えて、一目散に逃げる。
 その行動からして、メディスンに何をしていたかなど語るまでもないのだろう。
 追撃し、一人でも捕らえようと一歩を踏み出そうとしたそのとき。

「みんな~、ばいば~い♪」
「……メディスン?」

 不自然なくらい上機嫌なメディスンの声に、思考回路が停止する。
 服装も乱れた様子はないし、汚れてもいない。
 変化があるとすれば、首から下げた小さな空き箱と。そこに入っている小銭くらいか。

「何をしているのです! 早く追わないと」
「待ってくれ、ご主人。何かおかしい。もしかしたらネズミの勘違いなのかもしれない」
「どうしたの? 二人とも、私のお手伝いでもしてくれるの?」
「……手伝い?」

 てっきりメディスンが襲われていると思った二人は顔を見合わせる。
 しかし無言で見詰め合っていても何も解決しない。
 ナズーリンはこほんっと咳払いをして、お金の箱を大事そうに抱えるメディスンに尋ねてみた。
 ここで何をしているのか、と。

「毒を配ってたの」

 笑顔で無差別殺人行為を自供した。
 というわけではない。
 聖の教育の一連の流れで、毒を使った交流を目指していたメディスンだ。おかしなことをするはずがない。

「ほら、これ♪」

 配っていたと思われる可愛らしい包み。
 それの残りをナズーリンは受け取る。
 ピンク色の包装紙で包まれ、真っ赤なリボンで縛られた物体からはなんだか甘いものの香りが漂っていて。

「チョコレート、かい?」
「うんうん、来てくれた人に配ってたの! みんな美味しいって食べてくれたよ!」
「……ナズーリン」
「う、そんな目でみないでくれご主人。私だって間違えることくらいある」

 それにしても大きな進歩だと二人は感心する。
 人間に対して物怖じせずにプレゼントまで配るとは、きっとそのお返しがこの箱に入っている小銭なのだろう。
 ただ、そうなると一つおかしなことが。

「人間があんな逃げ方をするから私も誤解を強めてしまった。堂々としてくれれば私だって」
「でも、ナズーリンすっごい怖い顔してたよ」
「う……それは、確かに」
「おやおや、うっかりさんですね」
「ご主人に言われたくはない」

 でも、納得できない。
 あの怯えようは本当に威嚇によるものだけとは考えられないナズーリンは、顎に手を当てて唸り声を上げた。

「メディスン、君はチョコレートだけを配っていたのかい?」
「違うよ」
「む?」

 ナズーリンの勘が告げている。
 ソレダ、と。

「ほら、新聞記者さんに言われて、これ配ってたんだ♪ すっごい猛毒なんだって」
「猛毒?」
「うん、子供には絶対にあげちゃ駄目だって言ってた」

 光沢のある、紙?

 メディスンが服の中から大事そうに取り出した手のひら大の紙切れを受け取ったナズーリンは何気なく視線を向ける。
 そして、見事に固まった。

「め、めでぃ、すん? いつ?」
「ん、昨日の夜♪ スーさんに協力してもらったの、それで、鴉天狗さんに渡して毒にしてもらったんだ♪」

 なんだろう、と。
 星もそのナズーリンの手元にある紙を覗き込んで、

「にゃ、にゃなぁぁぁっ!?」

 奇声を上げて後ずさる。
 顔を真っ赤にして、今だナズーリンが手にするその物体に対し、震える指を向けた。

「ふ、不潔ですっ、ナズーリンの変態!」
「誰が変態か!」

 それは写真だった。
 紛れもなく、間違いようもない。


 




 慌てる二人を前に、メディスンは不思議そうに首を傾げ、

「子供には目に毒な写真、っていってたけど。大人にも毒なのかな?」

 命蓮寺の面々が、あられもない姿で写った写真を何種類か手に持ちながら、じーっとそれを眺める。
 そこでナズーリンと星は慌ててこう叫んだのだった。



「子供は見るな!」
「子供は見ちゃいけません!」
 

 と。
 
 
「こほん……、ところでメディスン。誰の写真が一番人気だったのかな?」
「えっとね、ナズーリンのやつ」
「ふむ、なるほどなるほど」


 ・・・


「星、ナズーリンにチーズあげました?」
「いえ、何か?」
「なんだか妙に機嫌がいいのですが……」



 ☆ ☆ ☆



 昔の人間はあまりスタイルが良くなかったとか言うし、きっとみんなナズーリン好きかもね。
 ちなみに私は好きです。
 お付き合いありがとうございました。
pys
http://
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.1180簡易評価
2.100奇声を発する程度の能力削除
>奇声を上げて後ずさる
ピクッ
メディが可愛い!とても笑えて面白かったですw
4.100名前が無い程度の能力削除
なかなか素敵な言葉遊び
15.80名前が無い程度の能力削除
メディ可愛い。
20.90名前が無い程度の能力削除
これはいい短編。
楽しく読めました。苦労人のナズと純粋なメディがかわいいです。