「ではお嬢様、私は休憩に入らせて頂きますが、何かありましたらいつでもお呼びくださいね」
「ええ、ご苦労様」
レミリアの私室、ティータイムを終えたレミリアの傍に控えていた咲夜は主人に一礼し、部屋を立ち去る。
しゃなりしゃなり。
優雅な動作で曲がり角へ辿り着いた時であった。
窓を拭いている妖精メイドの一人と出会う。
数週間前に配属された新人であった。
「あ、メイド長。お疲れ様です」
「あなた、こんなところで何をしているの!?」
「え、ええ?」
彼女が戸惑うのも無理はない。
自分はただ与えられた仕事をこなしているだけだ。
確かにまだ未熟かも知れないが、それでも懸命に頑張っている。
出会い頭に怒られるような事をした覚えは無いのだが。
「な、何か不手際があったでしょうか?」
「時計を見てみなさい!」
「はい? えーと‥‥」
時計の針は13時を少し回ったところだ。
たかが窓拭きに時間をかけ過ぎだとメイド長は怒っているのだろうか?
不安を隠しきれず、咲夜の言葉を待つ妖精。
「ああもう! 早くいらっしゃい!」
じれったそうに言うが早いか、咲夜は後輩メイドの手を引っ掴み食堂へ駆け出す。
「メメメ、メイド長~! 私、まだ仕事が‥‥それに、廊下は走っちゃいけないんじゃないんですか?」
仕事は途中で投げ出さない。
有事の際を除き、廊下は決して走らない。
メイドとしてこの館に迎えられた際、渡された「紅魔館メイド・基本規約」に書かれているのだ。
しかし。
「それは基本規約でしょう? この紅魔館にはそれを上回る「紅魔館メイド・血の掟」が存在するの」
「血の掟、ですか?」
重々しいその響きに、新人メイドは息を呑む。
「そう。しっかり覚えておきなさい。まず一つ、お嬢様の言葉は全てに優先する」
「へ? は、はい」
それは当然だ。
彼女はまだ未熟であるが、レミリア・スカーレットとフランドール・スカーレットのために
全てを投げ打つ覚悟はできている。
敢えて掟で縛られる必要も無いくらいだ。
それが妖精の顔に表れていたのだろう。
後輩の心中を察した咲夜は微笑むと、更に言葉を続ける。
「そんな事はわかっている、って顔ね。頼りになる子が入ってきて、私も嬉しいわ」
「そ、そんな‥‥」
「では二つ目、凄く重要よ。心して聞きなさい」
「はい!」
「紅魔館メイド・血の掟第二項、それは‥‥」
ごくり。
緊張の面持ちで聞き入る新人メイド。
「ご飯も全てに優先するの。さあ、モタモタしてたら食いっぱぐれるわよ!」
「あ、メイド長! 遅いですよ!」
「ごめんなさい。ちょっとこの子に教育をね」
二人が食堂へ入ると、既に食事の準備が整っていた。
紅魔館での食事は全員が揃ってから食べ始めるのが暗黙のルールなのである。
「あら、今日のお昼はハムエッグね。美味しそうだわ。あなたも空いている席に‥‥ああ、ちょうど私の隣が空いてるから、座りなさい」
「はい!」
二人が席についたのを合図に、配膳担当メイドの号令が飛ぶ。
それに合わせて全員が声を揃えるのだ。
「いただきます!」と。
「あら、あなたはパン党なのね」
「あ、そういうわけでは無いですが、今日はパンの気分だったので」
本日のメニューはハムエッグという事もあり、主食は各自で選ぶ事になっていた。
ちなみに割合は7:3でご飯党が第一勢力となっている。
咲夜もご飯党であり、左手にはしっかりと小どんぶりが持たれている。
メイドの仕事は案外体力勝負なのだ。
「あ、アンタ新人の子よね? メイド長直々にエスコートしてもらえるなんて、羨ましいわねー」
「本当よねえ。って、そんなんで足りるの? もっと食べておかないと午後からへばるわよ?」
そう言われた新人メイドの皿には、しっかり厚切りの食パンが3枚鎮座しているのだが。
「あなた達が食べ過ぎなのよ。もっと自重なさいな」
フォローを入れる咲夜だが、既におかわりを済ませているため説得力は無い。
痩せの大食いとはよく言ったものである。
「それはさておきメイド長、前から言いたかったんですけど、いいですか?」
「何かしら。答えられる範囲でなら構わないわよ」
「そんなカッチカチに黄身が固まった目玉焼き、美味しいですか?」
「あ、私もそれ思ってました。ぱっさぱさじゃないですか。そんなの、人間の食べ物じゃないですよ」
瞬間、それまで和やかだった場の雰囲気が一変する。
「何を言っているの? そっちこそ、そんなドロドロした黄身の目玉焼きが好みだなんて理解に苦しむわね。気持ち悪くならないの?」
「いやいや、半熟の黄身に醤油をかけてご飯と共に口に運ぶ。その幸せがわからないなんて、どうかしてますよ」
「異議あり! 醤油とか有り得ないんですけど! 田舎者じゃあるまいし! 黄身は半熟で味付けは塩コショウ! これ一択じゃないの!」
喧々諤々。
一人のメイド妖精が発した言葉は、僅かな時間で食堂全体を巻き込む論争へ発展していった。
血の掟でご飯抜きが禁じられているくらいなのだ。
食事に対する意気込みは並大抵では無かった。
「いい?私が人間の身でありながら、ここまでの地位に上り詰める事ができたのも固焼きの目玉焼きに醤油という黄金の組み合わせを守り抜いてきたからなの。わかる?」
「おかしいですよ! いや、パンと組み合わせるなら固焼きもまだ許容できます! しかしあなたは根っからのご飯党じゃないですか! トロトロの黄身と醤油のハーモニーがわからないだなんて!」
「いや、おかしいのはあんたよ! しっかり黄身まで火を通した卵にケチャップ! それがジャスティス!」
「待ちなさい! それはあなたがパン党だから言える事よ! 目玉焼きはご飯のおかずなんだから、ケチャップはどうかと思うわ」
「何を仰いますか! 目玉焼きは昔からパンの相棒と決まっているんです! そうよね新人!」
「ふぇ!?」
空気に入り込めず、もごもごとパンを食べながら大人しくしていた筈なのに、何故か話に入れられてしまった。
しかし、周囲の目は今自分に向けられている。
あの尊敬するメイド長でさえも。
「あら、あなたは固焼きね。私と一緒じゃない。それに醤油もかかっているみたいだし」
「でもメイド長! この子はパン党です! 私達の味方じゃないですか!」
「いいえ。彼女はたまたま今日パンの気分だっただけ。この子はご飯も食べるのよ!」
メイド長が声高に言う。
その勝ち誇った顔を見て他のメイドたちはギリッと歯噛みする。
ああメイド長。
嬉しそうな顔をしないでください。
そんな顔をされると、言えなくなってしまうではないですか。
「メ、メイド長。お言葉ですが‥‥」
「ん? なあに?」
言うべきでは無いのかも知れない。
彼女は自分がマイノリティだという事を自覚しているのだ。
ここで何も言わなければ、全て丸く収まる。
しかしそれでいいのだろうか。
尊敬するメイド長に、苦楽を共にする同僚達に。
そして何より、自分に嘘を吐いていいのだろうか。
いや、よくない!
彼女は意を決して言い放った。
「これ、ウスターソースです」
「そ、そそそそそ、ソース!?」
「マジで!? マジで!?」
「私は塩コショウ派だが、醤油は許す。ケチャップも妥協しよう。だがソース、お前だけは認めん!」
新人メイドの一声に、周囲から困惑と非難の声が飛び交う。
だが彼女は自分自身を偽らない、そう決意をしたのだ。
「いいじゃないですか目玉焼きにソースかけてもぉ! 何なんですか! 何なんですか! 私が何か悪い事しましたか!? いいじゃないですか! 私が食べるんだからぁ!」
涙ながらに猛然と言い放つ新人の姿に、優しく微笑みながら先輩達は思った。
「この子なら、きっとすぐに紅魔館に馴染める筈だわ」と。
そして
「でもやっぱソースは無いわ」と。
新たな派閥の登場により、彼女達の戦いはエスカレートしていった。
後に「第638次 目玉焼き大戦」と呼ばれる戦いである。
つまりは日常茶飯事なのであった。
波乱の昼食も終わりを迎え、現在は食後のお茶の時間である。
優美さを重んじるこの館ではメイドも紅茶を嗜むのだ。
先程までの騒ぎが嘘のように、ゆったりと落ち着いた時間が流れていく。
「さってと‥‥それではメイド長。私達B班は先に仕事に戻りますね」
「あら早いわね」
「実はさっき妹様にばったり会いまして、カードゲームにお付き合いしてたんですよ。それでまあ、他の仕事があまり進んでないんですよね」
「そうだったの。それでフラン様には満足して頂けたのかしら?」
「こっちが20連勝くらいした辺りで、半泣きでお部屋に帰ってしまいました」
「あなた達そろそろ接待ゲーム覚えなさいよ」
「えへへへ‥‥では失礼します」
数人のメイドが食堂を出て行く。
それとほぼ同じタイミングで新人メイドも席を立つ。
「あら、あなたも?」
「はい。まだ窓の拭き掃除も途中ですので」
「そういえばそうだったわね。ああ、それじゃついでに頼みがあるから、一緒に行きましょう」
「はい、わかりました」
咲夜は少し冷めた紅茶を飲み干し、新人と共に先程の廊下へと歩を進めた。
「パチュリー様にお願いして、窓の曇りを防ぐ薬を調合してもらったのよ。だから窓を拭いた後に、こうして塗って欲しいの。多めに塗るといいらしいわ」
「わかりました!」
実演しながら説明する咲夜。
その姿を真剣に見ながら返事をする新人。
「それじゃよろしく頼むわね。‥‥って、あら、お嬢様?」
「ご苦労さん。ん? この妖精は確か、こないだ入った子だったかしら?」
咲夜の視線と背後から聞こえた声に振り返ると、そこにはこの館の主人が立っていた。
慌てて頭を下げる新人。
こうして目の前で対峙するのは、まだ二度目であった。
「はい。まだ環境には慣れていないようですが、それを差し引いてもとても優秀ですのよ」
「へえ、咲夜がそう言うなら本当に優秀なのね」
「きょ、恐縮です‥‥」
「なーに? 緊張してるの?」
「い、いえ‥‥」
緊張しない筈が無い。
敬愛する主が自分に言葉をかけてくれているのだから。
ガチガチに固まる新人をしばらく眺めていたレミリアだったが、やがて愉快そうに口を開く。
「咲夜、少しの間この子を借りてもいいかしら? ちょうど暇だったし、話し相手が欲しかったのよ。主人直々に新人の意識調査ってとこね」
「畏まりました」
「え? え?」
「ほら、いらっしゃい」
「ええええええ!?」
ズルズルとレミリアの私室に引き摺られていく新人。
その光景を見送った咲夜は、窓清掃の任を引き継いだのであった。
初めて入るレミリアの部屋。
基本的にはこの部屋の清掃や管理は咲夜が行い、一般の‥‥それも新人の自分が入れるような部屋では無い。
「さて、それじゃ座ってゆっくりお話でも‥‥ちょっとあんた、凄い顔になってるけどどうしたのよ!?」
ゆったりとしたイスに腰掛け、相手にも着席を促そうとしたレミリアの目が驚きで見開かれる。
緊張からか、新人メイドの顔色は白を通り越して青く、更にそれも通り越して緑色になってきていたのである。
「い、いえ、問題ありません。元からこういう感じです」
「それはそれで問題あると思うけど。まあ座りなさいな」
気を取り直し相手を座らせる。
顔色が元に戻ってくるのを待ち、レミリアは尋ねた。
「それで、どうかしら? ここの暮らしは」
「は、はい! こんな素晴らしいところに住まわせてもらえて、至極光栄です!」
「ふむふむ、それはよかったわ。あなたが働き始めて3週間くらいだったかしら?」
「はい!今日で丁度3週間になりました!」
新人は感激した。
自分のような末端のメイドの事を覚えていてくれたのだから。
「仕事はどう? 何か目標とかあるの?」
「私も早く咲夜さまみたいに立派になって、お嬢様のお役に立ちたいです!そのためにも粉骨砕身、頑張っていきたいと‥‥」
「ああ、やっぱりねえ」
「へ?」
「あなた、咲夜を目標にしてるのね。立ち姿から歩き方まで、どことなく真似しているのがわかったわ」
「は、はあ‥‥」
確かに、これまで礼儀作法とは無縁の暮らしを送ってきた自分は咲夜を真似る事で身振り手振りを覚えていった。
一目見ただけでその事が分かってしまうものなのか。
「あなたをここに招いた理由はそれなんだけどね。‥‥まあ単刀直入に言うけど、咲夜みたいにだなんて、ならなくていいわよ」
「は、はい?」
「まあ目標を持つのはいい事だけれど。何か他の目標にしておきなさいな」
「し、しかしお嬢様。メイド長の仕事は完璧です。私がその域まで達すれば、お嬢様にもっと貢献できます!」
反論する新人に少しビックリするレミリア。
先程までオドオドしていたのに、こんなにしっかり自分の意見を言えたのか。
流石は気合いとド根性の紅魔館メイドだと感心してしまう。
「そうね。咲夜の仕事は完璧。だからこそ、あなたが咲夜の真似をして、仮に近いレベルまで追い付けたとしても、越える事は決してできない。」
「それは‥‥」
「本物が存在する以上、劣化版に価値は無いわ。‥‥私の言いたい事、わかるかしら?」
真似事は所詮真似事に過ぎない。
本人を越える事など無い。
それならば自分はどうするべきなのか。
レミリアがどんな答えを求めているのか考え、新人は自分の考えを述べた。
「つまり咲夜さまを亡き者にして、私が取って代わる勢いで頑張れと‥‥」
「違うわよ。何でそんな物騒な話になるのよ」
「はて?」
心底不思議そうに首を傾げる新人を見てレミリアは溜め息。
この子、頭が強く無いのかも知れない。
それならば分かりやすく伝えるにはどうするか。
レミリアは立ち上がり、窓を開け放つ。
そして
「め~~り~~~~ん!ちょっといらっしゃ~~~い!」
よく響く声で外に向かって叫んだ。
少し待つと、主人の声を聞きつけた門番が窓際まで文字通りに飛んでくる。
「はいはい、何かご用でしょうか?」
「門番業務は休憩よ。その代わり、飲み物を3人分用意して私の部屋にいらっしゃい」
「3人分? おや、その子は新人の。わかりました」
「あ、ついでに何か軽くつまめる物も頼むわね」
「御意に」
「さて、美鈴が来るまで話はお休みよ。リラックスして待ってなさいな」
「は、はい」
当然リラックスなど出来る筈も無く、数分後に美鈴が部屋を訪れるまでガチガチに固まって時間の経過を待つのであった。
「ご苦労さん。それじゃ頂きましょうか。‥‥と、その前に。あなた、何か聞きたい事があるんじゃないかしら?」
美鈴の用意した飲み物と菓子を前に、レミリアが新人に問う。
図星をつかれた新人はハッとするが、素直に答える事にした。
「はい。お嬢様にお茶を用意するのは本来メイド長の仕事の筈です。どうしてわざわざ門番である美鈴さまに?」
「うんうん、予想通りの疑問ね。大変よろしい」
新人の反応にレミリアは満足そうに頷き、手にしたカップを置く。
「そうね、咲夜の紅茶は美味しいわ。だけど毎日同じ物ばかり飲んでいては飽きがくると思わない?」
「それは確かに‥‥」
「だから私は、退屈な時や気分転換をしたい時には、たまに美鈴に頼むのよ。この子は咲夜の知らない変わったお茶やお菓子を知っていたりするしね」
「なるほど」
「要は各々に違う得意分野があるという事ね。咲夜と美鈴、あなたはどちらが優れていると思う?」
「そんなの決められません!お二人ともそれぞれが素晴らしいお方だと思います!」
「そうね。で、それはあなた達一般メイドにも言えるわけよ」
「え?」
レミリアの言葉に新人はキョトンとする。
それに構わずレミリアは続ける。
「咲夜と美鈴どちらが上か決められないように、あなたと咲夜のどちらが優れているかだなんて誰にもわからないじゃない。それなのにあなたは咲夜と同じように在ろうとする。こんなに不思議な事は無いわ」
「し、しかし私なんかが‥‥」
「あら強情。そうね‥‥あなた、右手と左足、どっちが大事?」
突然変わった質問の内容に新人の頭はついていけなかった。
なんだこの質問は。
私があまりにお嬢様の意図を汲み取れないから、罰を与えられるのだろうか。
手か足か、どちらかをもぎ取られるのか。
「‥‥あなた今なんか怖い事考えてない? さっきから、どうしてそう発想がバイオレンスなのよ。あなたが考えているような事はしないから、気軽に答えなさいよ」
新人の表情を読み取ったレミリアが呆れたように告げる。
その言葉に安心した新人は改めて考えるも、よくよく考えれば難解な質問だ。
「足、ですかね。あ、でも手が一本になったらお洗濯が‥‥」
「選べないでしょう? どっちが無くなっても困ってしまうわよね」
「はい」
「それと同じなのよ。あなた達従者の一人一人が、この私レミリア・スカーレットを構成する大事な要素なの。それこそ自分の手足のようにね」
「お嬢様‥‥」
「だからもっと自信を持ちなさいな。咲夜のようにでは無く、あなたはあなたとしてこの私に仕えて頂戴」
レミリアの言葉に新人は涙が出そうになった。
美鈴も涙が出そうになったが、こちらは欠伸を噛み殺したからだった。
「それからもう一つ。あなたさっき、粉骨砕身で頑張るだなんて言ってたけど‥‥もっと気楽になさい。この館に招いた時に言ったでしょう? あなたはもう私のものなの。勝手に身を粉にされちゃ困るわよ」
「はい! 荒挽き程度に抑えて頑張ります!」
「何か嫌な表現だけど‥‥まあいいわ。さあ、そろそろお茶にしましょう。美鈴」
「はいはーい。今日は花の香りがするお茶を用意してみました。」
「あら、まともじゃないの。あんたの事だから、また何かわけわかんない物持ってくるかと思ったわ」
そう、美鈴がレミリアにお茶を淹れる際、最初の一杯はおかしな物を出してツッコミ待ちをする事が多いのである。
それも主従のスキンシップの一環であった。
「今日はお客がいますからね。お嬢様だけだったら迷わずドッキリを仕掛けてますよ」
「あんた、近いうちに絶対一度は叩きのめすからね」
「まあまあ。ほら、お茶請けはクッキーをくすねて参りましたよ」
「なんでくすねてくるのよ。堂々と受け取ってきなさいよ」
「だってほら、咲夜さんに気付かれずにこっそり貰っておけば、後でもう一回おやつにありつけるじゃないですか」
「あ、それもそうね。なかなか賢いじゃない。お主も悪よのう」
「いえいえ、お嬢様ほどでは。ふへへへへ」
「さ、あなたもほら。遠慮しないで楽しみなさい」
「は、はい!」
少し早めのティータイム。
新人メイドの顔には、先程まで見られなかった笑顔が浮かんでいる。
部屋の外に漏れる楽しそうな笑い声に、先輩メイド十六夜咲夜は安心したようにその場を立ち去るのであった。
「それでさー、小さい頃の咲夜ったらそれはもう泣いてばっかりでね。転んでは泣き、何か失敗しては泣きでさぁ」
「メ、メイド長にもそんな頃があったんですね」
「懐かしいですねえ。咲夜さんと言えば、あれ覚えてます? パジャマの上にスカート履いちゃって、気付かないでそのまま‥‥」
「ああ、そのまま一日過ごしたやつね! あの伝説の!」
ゲラゲラゲラ
そんな文字が合いそうな笑い声と共に聞こえてきた言葉に、立ち去った筈の咲夜は光の速さで部屋の前まで戻った。
迂闊だった!
部屋には自分の過去を知る者が二人と自分に憧れる者が一人。
過去の黒歴史を披露するのは必然では無いか!
しかし、ここで飛び込むのも如何なものか。
盗み聞きしていたようだし、後輩が紅魔館に打ち解ける機会だ。
少しくらい恥ずかしい思いをしても我慢してやろうではないか。
そう決めた咲夜は再びドアに背を向けて歩きだすが。
「あ、お嬢様。これも教えてあげていいですかね? 咲夜さんが実は10歳くらいまで‥‥ってやつ」
「10歳? ああ、アレね。いいんじゃない? 咲夜って実は10歳過ぎるまでおね」
バアアン!
乱暴に開け放たれるドア。
驚いた三人が見ると、そこには能面のように無表情を顔に貼り付けたメイド長、十六夜咲夜の姿が。
慄く三人。止まる時間。
「‥‥ところで美鈴。あなた、左の鼻から指を入れて右から出せるようになったそうね」
「あらお嬢様、その話をどこで? 苦労の末やっと取得した技ですよ」
「ふふ、流石美鈴。まあ紅魔館の従者たるもの、そのくらいはできないとね」
「えへへへへ」
「うふふふふ」
なんとも強引な話の逸らし方に呆れ、咲夜の怒りはすっかり収まった。
今咲夜の頭にあるのはただ一つ。
少し変わり者だが真面目で素直なこの後輩を支えて、守ってあげよう。
鼻と指を血で染めながら悔しそうに佇む彼女の姿を見て、そう決意するのであった。
「ええ、ご苦労様」
レミリアの私室、ティータイムを終えたレミリアの傍に控えていた咲夜は主人に一礼し、部屋を立ち去る。
しゃなりしゃなり。
優雅な動作で曲がり角へ辿り着いた時であった。
窓を拭いている妖精メイドの一人と出会う。
数週間前に配属された新人であった。
「あ、メイド長。お疲れ様です」
「あなた、こんなところで何をしているの!?」
「え、ええ?」
彼女が戸惑うのも無理はない。
自分はただ与えられた仕事をこなしているだけだ。
確かにまだ未熟かも知れないが、それでも懸命に頑張っている。
出会い頭に怒られるような事をした覚えは無いのだが。
「な、何か不手際があったでしょうか?」
「時計を見てみなさい!」
「はい? えーと‥‥」
時計の針は13時を少し回ったところだ。
たかが窓拭きに時間をかけ過ぎだとメイド長は怒っているのだろうか?
不安を隠しきれず、咲夜の言葉を待つ妖精。
「ああもう! 早くいらっしゃい!」
じれったそうに言うが早いか、咲夜は後輩メイドの手を引っ掴み食堂へ駆け出す。
「メメメ、メイド長~! 私、まだ仕事が‥‥それに、廊下は走っちゃいけないんじゃないんですか?」
仕事は途中で投げ出さない。
有事の際を除き、廊下は決して走らない。
メイドとしてこの館に迎えられた際、渡された「紅魔館メイド・基本規約」に書かれているのだ。
しかし。
「それは基本規約でしょう? この紅魔館にはそれを上回る「紅魔館メイド・血の掟」が存在するの」
「血の掟、ですか?」
重々しいその響きに、新人メイドは息を呑む。
「そう。しっかり覚えておきなさい。まず一つ、お嬢様の言葉は全てに優先する」
「へ? は、はい」
それは当然だ。
彼女はまだ未熟であるが、レミリア・スカーレットとフランドール・スカーレットのために
全てを投げ打つ覚悟はできている。
敢えて掟で縛られる必要も無いくらいだ。
それが妖精の顔に表れていたのだろう。
後輩の心中を察した咲夜は微笑むと、更に言葉を続ける。
「そんな事はわかっている、って顔ね。頼りになる子が入ってきて、私も嬉しいわ」
「そ、そんな‥‥」
「では二つ目、凄く重要よ。心して聞きなさい」
「はい!」
「紅魔館メイド・血の掟第二項、それは‥‥」
ごくり。
緊張の面持ちで聞き入る新人メイド。
「ご飯も全てに優先するの。さあ、モタモタしてたら食いっぱぐれるわよ!」
「あ、メイド長! 遅いですよ!」
「ごめんなさい。ちょっとこの子に教育をね」
二人が食堂へ入ると、既に食事の準備が整っていた。
紅魔館での食事は全員が揃ってから食べ始めるのが暗黙のルールなのである。
「あら、今日のお昼はハムエッグね。美味しそうだわ。あなたも空いている席に‥‥ああ、ちょうど私の隣が空いてるから、座りなさい」
「はい!」
二人が席についたのを合図に、配膳担当メイドの号令が飛ぶ。
それに合わせて全員が声を揃えるのだ。
「いただきます!」と。
「あら、あなたはパン党なのね」
「あ、そういうわけでは無いですが、今日はパンの気分だったので」
本日のメニューはハムエッグという事もあり、主食は各自で選ぶ事になっていた。
ちなみに割合は7:3でご飯党が第一勢力となっている。
咲夜もご飯党であり、左手にはしっかりと小どんぶりが持たれている。
メイドの仕事は案外体力勝負なのだ。
「あ、アンタ新人の子よね? メイド長直々にエスコートしてもらえるなんて、羨ましいわねー」
「本当よねえ。って、そんなんで足りるの? もっと食べておかないと午後からへばるわよ?」
そう言われた新人メイドの皿には、しっかり厚切りの食パンが3枚鎮座しているのだが。
「あなた達が食べ過ぎなのよ。もっと自重なさいな」
フォローを入れる咲夜だが、既におかわりを済ませているため説得力は無い。
痩せの大食いとはよく言ったものである。
「それはさておきメイド長、前から言いたかったんですけど、いいですか?」
「何かしら。答えられる範囲でなら構わないわよ」
「そんなカッチカチに黄身が固まった目玉焼き、美味しいですか?」
「あ、私もそれ思ってました。ぱっさぱさじゃないですか。そんなの、人間の食べ物じゃないですよ」
瞬間、それまで和やかだった場の雰囲気が一変する。
「何を言っているの? そっちこそ、そんなドロドロした黄身の目玉焼きが好みだなんて理解に苦しむわね。気持ち悪くならないの?」
「いやいや、半熟の黄身に醤油をかけてご飯と共に口に運ぶ。その幸せがわからないなんて、どうかしてますよ」
「異議あり! 醤油とか有り得ないんですけど! 田舎者じゃあるまいし! 黄身は半熟で味付けは塩コショウ! これ一択じゃないの!」
喧々諤々。
一人のメイド妖精が発した言葉は、僅かな時間で食堂全体を巻き込む論争へ発展していった。
血の掟でご飯抜きが禁じられているくらいなのだ。
食事に対する意気込みは並大抵では無かった。
「いい?私が人間の身でありながら、ここまでの地位に上り詰める事ができたのも固焼きの目玉焼きに醤油という黄金の組み合わせを守り抜いてきたからなの。わかる?」
「おかしいですよ! いや、パンと組み合わせるなら固焼きもまだ許容できます! しかしあなたは根っからのご飯党じゃないですか! トロトロの黄身と醤油のハーモニーがわからないだなんて!」
「いや、おかしいのはあんたよ! しっかり黄身まで火を通した卵にケチャップ! それがジャスティス!」
「待ちなさい! それはあなたがパン党だから言える事よ! 目玉焼きはご飯のおかずなんだから、ケチャップはどうかと思うわ」
「何を仰いますか! 目玉焼きは昔からパンの相棒と決まっているんです! そうよね新人!」
「ふぇ!?」
空気に入り込めず、もごもごとパンを食べながら大人しくしていた筈なのに、何故か話に入れられてしまった。
しかし、周囲の目は今自分に向けられている。
あの尊敬するメイド長でさえも。
「あら、あなたは固焼きね。私と一緒じゃない。それに醤油もかかっているみたいだし」
「でもメイド長! この子はパン党です! 私達の味方じゃないですか!」
「いいえ。彼女はたまたま今日パンの気分だっただけ。この子はご飯も食べるのよ!」
メイド長が声高に言う。
その勝ち誇った顔を見て他のメイドたちはギリッと歯噛みする。
ああメイド長。
嬉しそうな顔をしないでください。
そんな顔をされると、言えなくなってしまうではないですか。
「メ、メイド長。お言葉ですが‥‥」
「ん? なあに?」
言うべきでは無いのかも知れない。
彼女は自分がマイノリティだという事を自覚しているのだ。
ここで何も言わなければ、全て丸く収まる。
しかしそれでいいのだろうか。
尊敬するメイド長に、苦楽を共にする同僚達に。
そして何より、自分に嘘を吐いていいのだろうか。
いや、よくない!
彼女は意を決して言い放った。
「これ、ウスターソースです」
「そ、そそそそそ、ソース!?」
「マジで!? マジで!?」
「私は塩コショウ派だが、醤油は許す。ケチャップも妥協しよう。だがソース、お前だけは認めん!」
新人メイドの一声に、周囲から困惑と非難の声が飛び交う。
だが彼女は自分自身を偽らない、そう決意をしたのだ。
「いいじゃないですか目玉焼きにソースかけてもぉ! 何なんですか! 何なんですか! 私が何か悪い事しましたか!? いいじゃないですか! 私が食べるんだからぁ!」
涙ながらに猛然と言い放つ新人の姿に、優しく微笑みながら先輩達は思った。
「この子なら、きっとすぐに紅魔館に馴染める筈だわ」と。
そして
「でもやっぱソースは無いわ」と。
新たな派閥の登場により、彼女達の戦いはエスカレートしていった。
後に「第638次 目玉焼き大戦」と呼ばれる戦いである。
つまりは日常茶飯事なのであった。
波乱の昼食も終わりを迎え、現在は食後のお茶の時間である。
優美さを重んじるこの館ではメイドも紅茶を嗜むのだ。
先程までの騒ぎが嘘のように、ゆったりと落ち着いた時間が流れていく。
「さってと‥‥それではメイド長。私達B班は先に仕事に戻りますね」
「あら早いわね」
「実はさっき妹様にばったり会いまして、カードゲームにお付き合いしてたんですよ。それでまあ、他の仕事があまり進んでないんですよね」
「そうだったの。それでフラン様には満足して頂けたのかしら?」
「こっちが20連勝くらいした辺りで、半泣きでお部屋に帰ってしまいました」
「あなた達そろそろ接待ゲーム覚えなさいよ」
「えへへへ‥‥では失礼します」
数人のメイドが食堂を出て行く。
それとほぼ同じタイミングで新人メイドも席を立つ。
「あら、あなたも?」
「はい。まだ窓の拭き掃除も途中ですので」
「そういえばそうだったわね。ああ、それじゃついでに頼みがあるから、一緒に行きましょう」
「はい、わかりました」
咲夜は少し冷めた紅茶を飲み干し、新人と共に先程の廊下へと歩を進めた。
「パチュリー様にお願いして、窓の曇りを防ぐ薬を調合してもらったのよ。だから窓を拭いた後に、こうして塗って欲しいの。多めに塗るといいらしいわ」
「わかりました!」
実演しながら説明する咲夜。
その姿を真剣に見ながら返事をする新人。
「それじゃよろしく頼むわね。‥‥って、あら、お嬢様?」
「ご苦労さん。ん? この妖精は確か、こないだ入った子だったかしら?」
咲夜の視線と背後から聞こえた声に振り返ると、そこにはこの館の主人が立っていた。
慌てて頭を下げる新人。
こうして目の前で対峙するのは、まだ二度目であった。
「はい。まだ環境には慣れていないようですが、それを差し引いてもとても優秀ですのよ」
「へえ、咲夜がそう言うなら本当に優秀なのね」
「きょ、恐縮です‥‥」
「なーに? 緊張してるの?」
「い、いえ‥‥」
緊張しない筈が無い。
敬愛する主が自分に言葉をかけてくれているのだから。
ガチガチに固まる新人をしばらく眺めていたレミリアだったが、やがて愉快そうに口を開く。
「咲夜、少しの間この子を借りてもいいかしら? ちょうど暇だったし、話し相手が欲しかったのよ。主人直々に新人の意識調査ってとこね」
「畏まりました」
「え? え?」
「ほら、いらっしゃい」
「ええええええ!?」
ズルズルとレミリアの私室に引き摺られていく新人。
その光景を見送った咲夜は、窓清掃の任を引き継いだのであった。
初めて入るレミリアの部屋。
基本的にはこの部屋の清掃や管理は咲夜が行い、一般の‥‥それも新人の自分が入れるような部屋では無い。
「さて、それじゃ座ってゆっくりお話でも‥‥ちょっとあんた、凄い顔になってるけどどうしたのよ!?」
ゆったりとしたイスに腰掛け、相手にも着席を促そうとしたレミリアの目が驚きで見開かれる。
緊張からか、新人メイドの顔色は白を通り越して青く、更にそれも通り越して緑色になってきていたのである。
「い、いえ、問題ありません。元からこういう感じです」
「それはそれで問題あると思うけど。まあ座りなさいな」
気を取り直し相手を座らせる。
顔色が元に戻ってくるのを待ち、レミリアは尋ねた。
「それで、どうかしら? ここの暮らしは」
「は、はい! こんな素晴らしいところに住まわせてもらえて、至極光栄です!」
「ふむふむ、それはよかったわ。あなたが働き始めて3週間くらいだったかしら?」
「はい!今日で丁度3週間になりました!」
新人は感激した。
自分のような末端のメイドの事を覚えていてくれたのだから。
「仕事はどう? 何か目標とかあるの?」
「私も早く咲夜さまみたいに立派になって、お嬢様のお役に立ちたいです!そのためにも粉骨砕身、頑張っていきたいと‥‥」
「ああ、やっぱりねえ」
「へ?」
「あなた、咲夜を目標にしてるのね。立ち姿から歩き方まで、どことなく真似しているのがわかったわ」
「は、はあ‥‥」
確かに、これまで礼儀作法とは無縁の暮らしを送ってきた自分は咲夜を真似る事で身振り手振りを覚えていった。
一目見ただけでその事が分かってしまうものなのか。
「あなたをここに招いた理由はそれなんだけどね。‥‥まあ単刀直入に言うけど、咲夜みたいにだなんて、ならなくていいわよ」
「は、はい?」
「まあ目標を持つのはいい事だけれど。何か他の目標にしておきなさいな」
「し、しかしお嬢様。メイド長の仕事は完璧です。私がその域まで達すれば、お嬢様にもっと貢献できます!」
反論する新人に少しビックリするレミリア。
先程までオドオドしていたのに、こんなにしっかり自分の意見を言えたのか。
流石は気合いとド根性の紅魔館メイドだと感心してしまう。
「そうね。咲夜の仕事は完璧。だからこそ、あなたが咲夜の真似をして、仮に近いレベルまで追い付けたとしても、越える事は決してできない。」
「それは‥‥」
「本物が存在する以上、劣化版に価値は無いわ。‥‥私の言いたい事、わかるかしら?」
真似事は所詮真似事に過ぎない。
本人を越える事など無い。
それならば自分はどうするべきなのか。
レミリアがどんな答えを求めているのか考え、新人は自分の考えを述べた。
「つまり咲夜さまを亡き者にして、私が取って代わる勢いで頑張れと‥‥」
「違うわよ。何でそんな物騒な話になるのよ」
「はて?」
心底不思議そうに首を傾げる新人を見てレミリアは溜め息。
この子、頭が強く無いのかも知れない。
それならば分かりやすく伝えるにはどうするか。
レミリアは立ち上がり、窓を開け放つ。
そして
「め~~り~~~~ん!ちょっといらっしゃ~~~い!」
よく響く声で外に向かって叫んだ。
少し待つと、主人の声を聞きつけた門番が窓際まで文字通りに飛んでくる。
「はいはい、何かご用でしょうか?」
「門番業務は休憩よ。その代わり、飲み物を3人分用意して私の部屋にいらっしゃい」
「3人分? おや、その子は新人の。わかりました」
「あ、ついでに何か軽くつまめる物も頼むわね」
「御意に」
「さて、美鈴が来るまで話はお休みよ。リラックスして待ってなさいな」
「は、はい」
当然リラックスなど出来る筈も無く、数分後に美鈴が部屋を訪れるまでガチガチに固まって時間の経過を待つのであった。
「ご苦労さん。それじゃ頂きましょうか。‥‥と、その前に。あなた、何か聞きたい事があるんじゃないかしら?」
美鈴の用意した飲み物と菓子を前に、レミリアが新人に問う。
図星をつかれた新人はハッとするが、素直に答える事にした。
「はい。お嬢様にお茶を用意するのは本来メイド長の仕事の筈です。どうしてわざわざ門番である美鈴さまに?」
「うんうん、予想通りの疑問ね。大変よろしい」
新人の反応にレミリアは満足そうに頷き、手にしたカップを置く。
「そうね、咲夜の紅茶は美味しいわ。だけど毎日同じ物ばかり飲んでいては飽きがくると思わない?」
「それは確かに‥‥」
「だから私は、退屈な時や気分転換をしたい時には、たまに美鈴に頼むのよ。この子は咲夜の知らない変わったお茶やお菓子を知っていたりするしね」
「なるほど」
「要は各々に違う得意分野があるという事ね。咲夜と美鈴、あなたはどちらが優れていると思う?」
「そんなの決められません!お二人ともそれぞれが素晴らしいお方だと思います!」
「そうね。で、それはあなた達一般メイドにも言えるわけよ」
「え?」
レミリアの言葉に新人はキョトンとする。
それに構わずレミリアは続ける。
「咲夜と美鈴どちらが上か決められないように、あなたと咲夜のどちらが優れているかだなんて誰にもわからないじゃない。それなのにあなたは咲夜と同じように在ろうとする。こんなに不思議な事は無いわ」
「し、しかし私なんかが‥‥」
「あら強情。そうね‥‥あなた、右手と左足、どっちが大事?」
突然変わった質問の内容に新人の頭はついていけなかった。
なんだこの質問は。
私があまりにお嬢様の意図を汲み取れないから、罰を与えられるのだろうか。
手か足か、どちらかをもぎ取られるのか。
「‥‥あなた今なんか怖い事考えてない? さっきから、どうしてそう発想がバイオレンスなのよ。あなたが考えているような事はしないから、気軽に答えなさいよ」
新人の表情を読み取ったレミリアが呆れたように告げる。
その言葉に安心した新人は改めて考えるも、よくよく考えれば難解な質問だ。
「足、ですかね。あ、でも手が一本になったらお洗濯が‥‥」
「選べないでしょう? どっちが無くなっても困ってしまうわよね」
「はい」
「それと同じなのよ。あなた達従者の一人一人が、この私レミリア・スカーレットを構成する大事な要素なの。それこそ自分の手足のようにね」
「お嬢様‥‥」
「だからもっと自信を持ちなさいな。咲夜のようにでは無く、あなたはあなたとしてこの私に仕えて頂戴」
レミリアの言葉に新人は涙が出そうになった。
美鈴も涙が出そうになったが、こちらは欠伸を噛み殺したからだった。
「それからもう一つ。あなたさっき、粉骨砕身で頑張るだなんて言ってたけど‥‥もっと気楽になさい。この館に招いた時に言ったでしょう? あなたはもう私のものなの。勝手に身を粉にされちゃ困るわよ」
「はい! 荒挽き程度に抑えて頑張ります!」
「何か嫌な表現だけど‥‥まあいいわ。さあ、そろそろお茶にしましょう。美鈴」
「はいはーい。今日は花の香りがするお茶を用意してみました。」
「あら、まともじゃないの。あんたの事だから、また何かわけわかんない物持ってくるかと思ったわ」
そう、美鈴がレミリアにお茶を淹れる際、最初の一杯はおかしな物を出してツッコミ待ちをする事が多いのである。
それも主従のスキンシップの一環であった。
「今日はお客がいますからね。お嬢様だけだったら迷わずドッキリを仕掛けてますよ」
「あんた、近いうちに絶対一度は叩きのめすからね」
「まあまあ。ほら、お茶請けはクッキーをくすねて参りましたよ」
「なんでくすねてくるのよ。堂々と受け取ってきなさいよ」
「だってほら、咲夜さんに気付かれずにこっそり貰っておけば、後でもう一回おやつにありつけるじゃないですか」
「あ、それもそうね。なかなか賢いじゃない。お主も悪よのう」
「いえいえ、お嬢様ほどでは。ふへへへへ」
「さ、あなたもほら。遠慮しないで楽しみなさい」
「は、はい!」
少し早めのティータイム。
新人メイドの顔には、先程まで見られなかった笑顔が浮かんでいる。
部屋の外に漏れる楽しそうな笑い声に、先輩メイド十六夜咲夜は安心したようにその場を立ち去るのであった。
「それでさー、小さい頃の咲夜ったらそれはもう泣いてばっかりでね。転んでは泣き、何か失敗しては泣きでさぁ」
「メ、メイド長にもそんな頃があったんですね」
「懐かしいですねえ。咲夜さんと言えば、あれ覚えてます? パジャマの上にスカート履いちゃって、気付かないでそのまま‥‥」
「ああ、そのまま一日過ごしたやつね! あの伝説の!」
ゲラゲラゲラ
そんな文字が合いそうな笑い声と共に聞こえてきた言葉に、立ち去った筈の咲夜は光の速さで部屋の前まで戻った。
迂闊だった!
部屋には自分の過去を知る者が二人と自分に憧れる者が一人。
過去の黒歴史を披露するのは必然では無いか!
しかし、ここで飛び込むのも如何なものか。
盗み聞きしていたようだし、後輩が紅魔館に打ち解ける機会だ。
少しくらい恥ずかしい思いをしても我慢してやろうではないか。
そう決めた咲夜は再びドアに背を向けて歩きだすが。
「あ、お嬢様。これも教えてあげていいですかね? 咲夜さんが実は10歳くらいまで‥‥ってやつ」
「10歳? ああ、アレね。いいんじゃない? 咲夜って実は10歳過ぎるまでおね」
バアアン!
乱暴に開け放たれるドア。
驚いた三人が見ると、そこには能面のように無表情を顔に貼り付けたメイド長、十六夜咲夜の姿が。
慄く三人。止まる時間。
「‥‥ところで美鈴。あなた、左の鼻から指を入れて右から出せるようになったそうね」
「あらお嬢様、その話をどこで? 苦労の末やっと取得した技ですよ」
「ふふ、流石美鈴。まあ紅魔館の従者たるもの、そのくらいはできないとね」
「えへへへへ」
「うふふふふ」
なんとも強引な話の逸らし方に呆れ、咲夜の怒りはすっかり収まった。
今咲夜の頭にあるのはただ一つ。
少し変わり者だが真面目で素直なこの後輩を支えて、守ってあげよう。
鼻と指を血で染めながら悔しそうに佇む彼女の姿を見て、そう決意するのであった。
醤油が多数派と知ってショックでした
超萌ゑる
これだけがすっごい気になった。
しかし良い紅魔館。
塩コショウも捨てがたいが…
お嬢のカリスマが炸裂していて良かったです。
後輩さんもきっとうまくやっていけると思いました。
ソースならご飯にもパンにも会うのに‥これこそ全方位に隙のない正義じゃないですか!
にしても、
お嬢さまの主(あるじ)らしい威厳と気遣いも、
咲夜さんの上司らしい振る舞いも素敵でした。
爆発オチじゃなくて本当によかったwww
許せん!!
ちなみに私は固茹に醤油をかけてグチャグチャに混ぜるのが好きです。
塩コショウとかもやったが、やっぱ醤油が一番合うわ。
目玉焼きには塩コショウでお願いします。
ただ、新鮮な卵なればこそ、火を通さないで卵かけご飯にするのが、卵に対する礼儀ってもんだろう。
悪いな
俺は半熟にソース
これがジャスティスと信じてる
ほのぼのした雰囲気が素敵でした。
だがケチャップ、お前だけは絶対に許さん
目玉焼きの好みはまさしく十人十色!
いやー、いい紅魔館だw
・・・この新人メイドの話、シリーズ化希望しときますね
自分も生卵苦手なので黄身も割と火を通します
後輩ちゃん僕に下さいませんかねェ。
よろしいならば戦争だ。
でもやっぱソースは無いわ
そこだけ詳しく書いてほしいなとか
全体的に嫌いになるキャラが居なかった
みんな良い人、良かった
目玉焼き関係の話は正直飽きてる
東方と関係なく良くあるシュチュ過ぎて
目玉焼きには七味だと何度言ったら
何度でも言おう。
目玉焼きは半熟、そして……
め ん つ ゆ
だ。
卵は固まりかけに塩胡椒がいいなぁ
作中に出た食べ方を一通りやって全部好きな俺から言わせて貰えば…
う ま け りゃ い い
んだよ(゜□゜)
目玉焼きはマヨ醤油
紅魔館メイド、血の掟その1:お嬢様達の言葉はすべてに優先する。
その2:その1に反しない限り、食事はすべてに優先する。
その3:いかなる処罰を行おうとも、食事抜きを禁ずる。
食事優先志向、最高ですわw
そして、半熟醤油ご飯に一票w
まあ、この新人は大物になりますね。バイオレンスな方向に。
(ハムエッグにすればなお良し、高いハムよりプレスハム)
千切りキャベツとたくあんを添えてハチクマライスにして食べる
もちろん醤油です
いつみても美鈴とレミリアの話しはウケるw
私も食事しながら、討論してみたいなー
ちなみに!半熟の目玉焼きに醤油がいつもの私だが!今度ソースや塩胡椒なチャレンジしてみよう!
上司が良いなんて最高だわ