Coolier - 新生・東方創想話

地底大戦争 ~ 東方三人娘

2011/02/11 01:15:26
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 とにかく許せなかったのだ。
 どう考えたってあれはお姉様たちが悪い。みんなの前で、私の大切な友達をああも悪し様に扱うだなんて、これはもうブチ切れるしかないではないか。
 というようなことをふたりに愚痴ってみたのだが、どうもその反応は鈍かった。
「んー、犬も食わない? 馬に蹴られる? どっちにしろ余計な手出しだったのよね」
 意味がわからない。なにが言いたいの、こいし。
 だがそれを聞いてみたところで、いつも思いつきだけで動いてるこの子のことだ、まともな答えは返ってくるまい。
「みんなさあ、私のことなんだと思ってたのかな……くっくっ」
 ぬえはさっきからたまに思い出し笑いをしている。とてもそんな楽しい記憶が残る席ではなかったはずなのだが。
 昨日は私の、記念すべき499回目の誕生日だった。そのパーティーに、私は初めて自分のお友達を呼ぼうと思った。それなら歓迎するとお姉様は言った。咲夜もたいそう喜んでくれたように見えた。
「フランのお姉さんったら、『その面白い生き物はなに?』だって。その発想のほうが面白いっての」
 そう。いま思い出しても本当に腹が立つ。パーティーが始まって開口一番に、お姉様はぬえのことを謎の生物呼ばわりしたのだ。あんまりではないか。
 もっとひどいのが咲夜だ。あいつがあんなに底意地悪い女だとは思わなかった。
「一口ぐらい食べてみたかったかな。フランのお屋敷のお料理」
 こいしはつぶやく。それだけで私の腹立ちはどこかに行ってしまい、かわりに悔しさで胸が一杯になる。
 咲夜はこいしの分のお皿を用意してくれなかった。飲み物も食べ物も、こいしの席にだけは配られなかった。そんなひどい侮辱が許されるものだろうか。
 それでもこいしがなにも言わないものだから、かわりに私が抗議してみたのだが、咲夜はわざとらしく首をかしげたぐらいでまともに取り合ってくれなかった。
 つまりは、歓迎するつもりなどさらさらなかったのだ。私の呼んだ客など紅魔館の客として認めるつもりはないと、それを私に思い知らせるためにあんなお誕生会を開催してくれやがったのだ。
 なんたる恐るべき悪意。これがお姉様の、紅き悪魔の本気なのかと身震いするほどだった。
 謝ればよかったのだろうか。もう二度と、こっそり美鈴のおやつをつまみ食いしたり、パチュリーの秘密の日記を読んだりしませんと。戯れに咲夜の下着を着用してみたり、人前でお姉様のことを『あいつ』呼ばわりしたりしませんと、泣いて謝れば許してもらえたのだろうか。
 いや、そんなの逆効果だったろう。そんな卑屈な態度で、夜の支配者たる種族が名乗れるものか。五百歳という節目を迎える前にこの姉を越えてみろ、どうせ無理だろうけどな――というお姉様からの挑戦状だったに相違ない。
 よろしい、ならば戦争だ。
 とはいえ私ひとりでは、本気を出したみんなに勝てなどしない。仮にお姉様が不在だったとしても、咲夜か美鈴に足止めされているうちにパチュリーの儀式魔術が完成してしまえばそれまでだ。
 だけどもう私はひとりぼっちじゃない。こいしがいる。ぬえがいる。
 どうあれ、これは私のために用意されたパーティー。ならば主賓たる私が全力で盛り上げてやらなくてはなるまい。
 まずは禁忌の刃、レーヴァテインを抜き放ち、ホールの中央に置かれたバースデーケーキに盛大に入刀してやった。頬に飛び散った生クリームはカラメルシロップの味わい。さようなら、囚われのお姫様だった私。
 あの時点ではまだ、みんなきょとんとした顔をしていた。こんなに早く反撃されるなんて予想外だった? もう遅い。
 次なるスペル、禁弾スターボウブレイクを発動。瞬時に湧きだした光弾によって、紅魔館の大ホールはタピオカたっぷりのココナッツミルクと化した。
 正直、あれは室内でぶちかましていいスペルじゃなかった気もする。あの一撃で、居合わせた妖精メイドたちの過半数を粉砕してしまった。どうせそのうち生き返る連中とはいえ、ちょっと悪いことをしたかも。
「フランは優しいね。うちのペットなんか、暴れるたんびに仲間を巻き込んでもけろっとしてるよ」
 優しい? 私が? まさか。
 本当に私がただ心優しいだけの少女であったなら、数世紀にわたって屋敷に閉じ込められていたりするものか。お姉様はこんな怪物を解き放ってしまったことを後悔するべきなのだ。
 やがてホールの壁と天井は、内側からの弾圧に耐えきれずに弾け飛んだ。いったん上空に離脱して、月明かりに照らされた瓦礫の山を見下ろした。
 次の瞬間、私をとり囲むように無数の調味料が出現した。調味料?
 タバスコの瓶が、唐辛子と胡椒の缶が、マスタードと練りわさびのチューブが一斉に襲いかかってきた。咲夜め、ふざけやがって。お得意のナイフを使いなさいっての。
 とはいえ、匂いや刺激の強い食べ物は吸血鬼が大の苦手とするところだ。あんなのをまともに浴びたら戦うどころではない。私はすかさず全身を蝙蝠の群れに変化させ、香辛料弾幕を回避した。
 あのときパチュリーは、青く輝く魔方陣を展開して呪文を唱えていた。なにか水属性のスペルを使おうとしていたのだと思うけど……こいしが横から忍び寄って、顔に派手に胡椒をふりかけたせいで詠唱どころじゃなくなった。ナイス。
 この展開にお姉様はひどくうろたえていた。私たちのほうと、こいしたちのほうと、それからぬえのほうをきょろきょろと見回していた。
 なによあの態度は。ここまでのことを企んだのだから、もっと堂々としているべきじゃない?
 私は思わず……思わず、なにしたんだっけ。そうだ、それで思わず笑ってしまったんだった。私はあのとき、大笑いしていた。
 美鈴は泣いていた。もうおやめください、とか言って泣きわめいていた。
 やめろだなんていまさらすぎる。どうしてその前に、あんな馬鹿げた企みを教えてくれなかったの。しょせんあいつも紅魔の犬だった。いままで気を許してしまっていたことが悔しくて、少しだけ涙が出た。
「いやしかし、フランのとこの連中もバケモノぞろいだね。うちの寺といい勝負じゃない?」
 ぬえはしょっちゅう同居人の自慢をする。船長の料理がかわりばえしなくて飽きただとか、ご本尊が大食い屋でみっともないだとか、頼んでもないのにすごく楽しそうに聞かせてくれる。馬鹿みたい。
「フランにひとのこと言えないよね。言えないよね」
 うるさい、うるさい。ひとのこと言えないのはこいしのほうでしょ。
「あら。私、お姉ちゃんが大好きだもの」
 この一言にずきりと胸が痛む。どうしてそんな素直に大好きだなんて言えるの。こいしのお姉様はきっと素敵なひとなんだろう。うちの馬鹿姉なんかと違って。
「私は苦手だけどな、こいしのお姉さん。というかあのひと、身内以外に友達いないでしょ絶対」
「……うちのエントランスにも、そろそろ新しいお飾りが必要ね」
 こいしのつぶやきを聞きつけて、ぬえはそのそばまで飛び寄ってなにか文句を言いはじめた。喧嘩腰の挑発を涼しい顔で受け流しつつ、またよくわからない発言で切り返すこいし。ぬえがさらに熱くなる。
「飾れるものなら飾ってみなさい。ったく、あんたのお屋敷ってほんとに悪趣味よね。玄関先にとんでもないもの並べて」
「やめてよそんな言いかた。お姉ちゃんもペットたちも、あれにはすごく困ってるのよ。でも私の作品だから、みんな仕方なく放置してるだけなの」
 しばらくこいしと見つめ合い、そしてぬえはぷっと吹き出して、口元を押さえて笑いはじめた。一体いまのどこが笑えるネタなのか理解に苦しむ。でもぬえ的にはかなりのヒットだったらしい。
「ああもう、くっちゃべってる場合じゃない。行くわよ、ほら」
 勝手にどんどん飛んでいこうとするぬえにせき立てられて、こいしもぐんと速度を上げてあとを追いかけはじめた。
「じゃあフランが鬼ね……もとからだけど」
 吸血鬼だけに、って? つまんないわよ。勝手に決めるな。じゃなくて置いていかないで。このへんの道知らないんだから。
 待ってよ、ふたりとも。

――

 霧の湖のほとり、紅魔館。
 当主、レミリア・スカーレットは瓦礫の散乱する庭園に立ちつくして、じっと水面のかなたを見つめていた。
「認めて、あげるべきだったのかしら」
 そのつぶやきに答える者はいなかった。いつもならメイド長の咲夜あたりが相手をしてくれるのだろうけど、いま彼女はメイド妖精たちを仕切って館内を駆けまわっている真っ最中だった。
「フランのお友達として、歓迎してやるべきだったのかしら――あのモケーレを」
「もけえれ?」
 巫女が聞き返す。レミリアはそちらを向いた。
「モケーレよ。あんなわけのわからない生物、モケーレ以外にありえないわ」
 はあ、と気のない返答をした巫女・霊夢に対して、そばにいた魔法使い・パチュリーが淡々と告げる。
「モケーレ・ムベンベ。アフリカ奥地に生息していた幻獣ね。見る者によってその姿を変えるとも言われる未確認生物。この国でも、たしか別の固有名があったはずだけど」
「どっかで聞いた話ね。そのモケーレのせいで、ここんちがこんなに日当たり良くなっちゃったわけ?」
 ぴくりと眉を動かしたパチュリー。いつにも増して無愛想な態度で答える。
「いえ。破壊したのは妹様」
 おいこら、と軽くつっこんだ霊夢には目もくれず、パチュリーはレミリアに歩み寄った。
「それでどうするの。主がそんな態度では、みな勝手に動くわよ」
「わかってる、けどっ」
 うつむき、靴のつま先で地面をにじるレミリア。それを見て霊夢は頭の後ろで手を組んだ。
「私さあ、今日は別の予定があったんだけど。急に呼んどいてからに、来たら終わってるってどういうこと」
 この日の夜明け前、まだ就寝中だった霊夢は、パチュリーの派遣した使い魔によって無理やり叩き起こされた。
 なんでもするからとにかく来てくれ、という依頼を受けてやってきた彼女の目の前で、紅魔館の正門が派手に爆発した。
 昇りはじめた朝日に映える湖面を、門番がくるくる回りながら横切っていく。何度か水を切ってバウンドしたのち、その姿は湖畔の林に突き刺さって見えなくなった。
 続いて館のほうで、もくもくと黒い雲が湧き出した。暗雲は館の上空で楕円の形状をとり、その場から逃げるかのように明け方の空へ飛び去っていった。これが博麗霊夢の見た一部始終。
「夢、だったの……」
 は? と聞き返した霊夢に、レミリアは紅潮した顔を上げる。
「夢だったのよ。いつかフランと、普通のパーティーがしてみたかった。みんなでハッピーバースデーのひとつも歌ってやりたかった。馬鹿でしょう。笑いなさい!」
 真剣に見つめられて、霊夢は思わず目をそらす。
「知ったことか、あんたのファンタジーなんて」
「フン……まさに幻想の中の幻想ね。私も、あの子も」
 ふ、ふ、とレミリアは肩を震わせる。完全に自分の世界に入り込んでしまったらしく、その独白は止まらない。
「モケーレのほかに、もうひとりお友達が来ていたらしいわ。名前はたしか、『石ころ』ちゃん? そんな感じの」
 はあ、とあいづちを打ってみる霊夢。
「来てたらしい、ってどういうこと」
「知らないわ。あの子以外、誰にも見えないお友達だもの」
 ほとんど泣きべその表情で、しかし声色は冷静にレミリアは語る。
「石ころちゃんには、お姉さんがひとりいるんだそうよ。本当はとても優しい姉なんだけど、わけあって冷たい仕打ちを受けたせいで、石ころちゃんは少し気が変になってしまったんだそうよ――なんなの、その設定は」
 きしるような声でうなり、石ころをひとつ蹴飛ばすレミリア。霊夢は愛想笑いを浮かべ、じわじわとあとずさりをしている。レミリアが正気に戻ってしまう前に、このまま距離をとって退散しようという作戦らしい。
「ずっと閉じこめておけばよかったの? 夜遊びのひとつも知らないで、ひとりきりでお友達と遊んでいれば、それであの子は幸せだったというの?」
「違います、お嬢様」
 じゃりっと瓦礫を踏みしだいて、崩れかけた建物から女性が姿を現した。中華妖怪の美鈴――全身が包帯でぐるぐる巻きなので、エジプト妖怪と名乗ったほうが似合うかもしれない。
 うわっ、と霊夢がつい口を開く。
「よく生きてたわね。あんたどうやれば死ぬの」
「元気だけがとりえですから」
 ぐっと力こぶをつくってみせたあとに顔をしかめて、美鈴はレミリアに向き合う。
「お嬢様、それは違います。私にはわかります」
 目を丸くして見つめてくる主に、門番は力説する。
「あのとき、フラン様は本当にお怒りでした。うまくは言えないけど……私たちはきっと、あのかたの信じる大切な何かを、そうと知らずに踏みにじってしまったんです」
 レミリアは一度奥歯をかみしめる。
「馬鹿馬鹿しい。あんな狂気の沙汰に本気でつきあえと言うの」
 鋭くにらみつけるレミリア。だが美鈴は一歩も引かなかった。
「確かにこれまで、フラン様はご乱行を繰り返してきました。でもあのときは違う気配を感じたんです。単に気の迷いでも、気狂いでもない、確かな熱意を」
 なおもふたりは見つめあった。そしてレミリアは目を閉じて考え込む。しばしのち、静かに見開いた。
「信じてやれ、と言いたいのね。フランドール・スカーレットにとってはこの戦い、避けて通れぬ運命であったと。そう主張するのね」
 美鈴は深くうなずく。レミリアは日傘をぐっと握り直し、身を翻して再び湖面の彼方を見つめた。その顔に消沈の色はない。
「よろしい、ならば戦争だ……咲夜!」
 呼び声に応え、瞬時にして十六夜咲夜がレミリアのかたわらに出現した。これまで会話に混じるチャンスをうかがっていたのか。
「状況は?」
「守備隊の再編成、完了いたしました。館の修復は後回しですが、私ならいつでも動けます」
 笑みを浮かべるレミリア。もはやこの状況が楽しくなってきたらしい。集った者たちのほうへ、ゆっくりと振り向いてみせる。
「万人に畏怖されるべき我らの紅魔館が、今宵、なおも恐るべき敵襲を受けた。この事態、もはや異変と呼ぶべき」
 え~~、と嫌そうな顔をする霊夢。ちっとレミリアは舌打ち、指差す。
「自分の神社の時は異変あつかいしたでしょ。いいから手伝えっ」
 盛大にため息をついた霊夢を尻目に、レミリアは片手を掲げる。
「これより我々は、フランドール追撃戦を開始する。目標は……あー、どこ行ったの。わかる? パチェ」
 唐突な無茶振りに、あいもかわらずの無表情でパチュリーは答える。
「経緯はどうあれ、あの子は私たちに嫌われたと思いこんでいる。身に余る迫害を受けた妖怪の行き着く場所は、たったひとつ」
 眉を上げ、ほう、と感心した様子になる霊夢。それには無視を決め込み、パチュリーは告げる。
「敵勢力の所在は、地底よ」

――

「待ちなさい。妬ましいのよ、あなたたち!」
 突然、はるか下のほうから大声で呼びつけられた。何者?
「ああ、こっちの世界の番人みたいなやつよ。あいつも仕事熱心ねえ」
 そう説明して、ぬえは笑顔で手を振りながら降下していった。こいしも並んでついていく。私はあわててそのあとを追った。
「これはごきげんよう、古明地の妹様」
 番人だとかいうその女性が、こいしに向かってにこやかにご挨拶する。
「今日はお友達とご一緒? 本当に仲がいいみたいね畜生」
「あはっ。ありがと、パルスィ」
 こいしのほんわかした笑顔を食らって、彼女はちょっとだけ恥ずかしそうに顔を背けた。今度は隣に声をかける。
「ぬえもお久しぶり。地上ではうまくやってる?」
 ぬえはうんうんとうなずく。調子乗んなよ、と笑顔のままで女性はつぶやいた。なんだろうな、このひとは。
「はじめまして。私はパルスィ、橋姫よ」
 橋姫? どこにも橋なんてないけど。しかも姫だって。確かに、ペルシャあたりのお姫様っぽい風情のいでたちではあるけど。
 とりあえず私も自己紹介をする。パルスィとかいう彼女はじっとこちらをみつめ、ささやきかけてくる。
「あなたはあんまり、妬ましくない」
「ちょっとパルスィ、ひどいんじゃない」
 こいしは笑顔でぷんすかと怒ってみせた。器用なやつ。パルスィも笑ってそれを受け流した。いまのは地底流のジョークなのだろうか。
「もちろん冗談よ。あなたはとても、おいしそう」
「パル? それ浮気? 誰かさんに言いつけちゃうよ」
 ぬえも調子に乗って口出しを始めた。地底妖怪同士はずいぶんと仲がいいようだ。これから私も混ぜてもらえるのか、ちょっと不安になる。
「いやね、食欲的な意味でよ」
 パルスィはぐっと顔を近づけてきた。その緑眼がじっと私を見据える。ふと、この瞳の色に吸い込まれそうに錯覚してしまう。
 いつのまにか、彼女の両手は私の頬に添えられていた。振り払おうと思えばすぐにできるだろう。だけどどういうわけか目を離すことができなかった。
「そう、あなたの内側は古傷だらけ。あふれ出す狂気が瘡となって、なおも消せない希望の炎に焼かれ続けている……」
 心がざわつく。私の中で封じられていた何かが、いまにも叫びだそうとしている。
「悩みがあるのでしょう? では素直になりなさい。あなたが本当に憎いのは誰――」
 ぽかり。
 小気味良い殴打音と共に、不意にパルスィの姿が視界から消えた。
「どういう了見だい、こんな往来で堂々と」
 パルスィは後頭部を押さえてうずくまっている。もうひとり、明らかに初対面の女性が私たちのわきに立ちはだかっていた。
「ほーら来ちゃった、おっかない鬼ぃさんが」
「許してあげて。パルスィはただ、フランがあんまり美味しそうだから辛抱たまらなくなっただけなの」
 こいしとぬえ、ふたりがかりで割って入られて女性は驚きの顔つきになった。それから、からからと笑い出す。
「やるなら物陰でやりな。言っとくけどパルは激しいよ」
 彼女の額には立派な一本角が生えていた。鬼だ、文字通り。パルスィは憮然として彼女をにらみつけている。
「軽いご挨拶じゃないの。なんならあなたに譲るわ、勇儀」
 ふうむ、と唸って鬼女はあごに手を当て、間近で私を眺め回しはじめた。こいしはにこにこ、ぬえはにやにやしながらこちらを見守っている。
「あんた、血吸い鬼だね。赤い屋敷の吸血鬼といやあ、もしかしてあんたのことかい?」
 私は驚いて見つめ返した。どうして知っているの。
「やっぱりか! じゃあ萃香は知ってるな。私は勇儀。見ての通りあいつの同族だ」
 西瓜? 遊戯? 違うか。話の流れからして、いまのは誰かの名前なのだろう。そういえば前にお姉様から、東洋の鬼族と喧嘩したって話を聞いたけど。
 などと考えていたら、彼女は腕まくりをしてさらに一歩近寄り、身を乗り出してきた。ほとんど顔が触れ合いそうな距離だ。
「ここで会ったのも何かの縁。どうだい、これから私と……やらないか」
 獰猛な、そして情熱的な瞳で見つめてくる勇儀。さっきのパルスィとは違った意味で目が離せない。
 胸が高鳴る。ああ、お父様お母様。フランはこれから大人の階段をのぼってしまうみたいです。まさかエスコートが女性だとは思わなかったけど、これも彼女の言う通り何かの縁、運命なのかも――
 すぱこん、と景気のいい殴打音があたりに響きわたった。むっとした顔で勇儀は振り向く。その視線の先ではパルスィが拳を掲げ、ひきつった笑みを浮かべていた。
「なんだ、譲ってくれるんじゃ」
「そっちこそ物陰でやりなさい。ああもう、うらやましい。その単細胞がうらやましい!」
 パルスィは憤る。勇儀は困り顔。ぬえは腹を抱えて大笑いし始めた。こういうの夫婦漫才とかいうんだっけ。やっぱり地底界のお笑いは独特すぎてついていけないかも。
「ほんと、あいかわらず……ひひっ……だめ、死ぬ、こいし助けて」
 うずくまり、何度もせき込みながらぬえは痙攣している。この子はちょっと笑いの沸点が低すぎるんじゃなかろうか。
「フランはモテモテだね。私にも嫉妬病がうつっちゃいそう」
 いつのまにかすぐ近くに来ていたこいしが耳元でささやいた。顔近いんだけど。
 ぬえはまだうずくまっている。勇儀はそちらのほうに向き直った。
「しばらくぶりだね、ぬえ。ムラサたちは元気でやってる?」
「うん、みんな無意味に元気よ。というか張り切りすぎなのよねあいつ。気持ちは分かるんだけどさ。近頃あんまりかまってくれなくて、悔しいというか、妬ましいというか」
「おいおい、そこですねてちゃあんたらしくないよ」
「ふふん。だからね、こないだあいつらに、とっておきのいたずらを仕掛けてやったの。聞きたい? ねえ聞きたい?」
 やけにはしゃいで語り出すぬえ。勇儀は笑顔でそれを聞き流している。ぬえがこんなに懐いている相手が、お寺の連中とやら以外にもいたなんて意外だった。
 そのやりとりを手持ちぶさたで眺めていたところ、パルスィが話しかけてきた。
「フランドール。フランでいい? ようこそ地底へ。歓迎するわ一応」
 一応? なにそれ、嫌な言いかた。
 歓迎すると言いつつも、パルスィはどこか浮かない顔だった。心から喜んでくれてるようには見えない。
「だってあなた、ただの観光で来たのじゃないんでしょ。なにやらかしたのかは知らないけど、もう地上にはいられなくなったんじゃなくて?」
 またもパルスィは、あの吸い込まれそうな瞳で視線を送ってきた。まるで心が揺さぶられるみたい――いや、実際にそういう能力なのかも。この瞳をあまり長く見つめていては危険だ。
「ここは嫌われ者の楽園。つまはじき者たちの最後の砦。誰だろうと拒みはしないわ。でも本当に、こんなところに逃げこむのがあなたの望みだったというの」
 頭がぐらぐらしてきた。なんだっけ、私の……望み?
 私はただ、お友達とお誕生会を、お姉様たちに祝ってほしくて。でもあのせいで。みんなあれが悪いから。あれ? なんだか考えがまとまらない。
 とにかくもうお屋敷には戻れない。違う、戻りたくない、いや違う。私はもう、戻らないと決めたんだから!
「いやね。そんなに怒らないで」
 ふっと、パルスィは目を閉じて顔をそむけた。そのとたんに、さっきまでの言い知れない戸惑いがぴたりと収まった。苦笑いでパルスィは告げる。
「ごめんなさい。なんのつもりで来たのか知りたかっただけ。でも本当に強情さんなのね。悔しいけど私、あなたが気に入っちゃったみたい」
「駄目よパルスィ、つまみ食いなんて」
 急にこいしが横から割り込んできて、私の腕をぎゅっと抱きしめた。そんなにひっつかないでってば。
「気をつけてね。フランみたいな美少女さんは、ぼうっとしてると悪い妖怪にお持ち帰りされちゃうよ」
 なんだかこいしは不機嫌そうだった。パルスィは片手を軽く左右に振る。
「そんなんじゃありませんって。それで、誰がこの子をあずかるのかしら、妹様」
 妹様、と聞いて思わずびくりとなる。でもパルスィが話しかけてる相手はこいしだった。そういえば、こいしのお姉様は地底で一番偉い妖怪なんだっけ。
 そんなことを考えていたら、パルスィがこっちを向いた。
「歓迎すると言ったわ。まさか路上で暮らすつもり?」
 そうだ、私はもう妹様なんかじゃない。これからはただのフランドール。どうしよう、自分でお部屋探しなんかしたことないぞ。
「なんなら身元が落ち着くまでは、私が面倒を」
「だから駄目よ。フランは私のお友達なんだから、ちゃんと地霊殿にご招待しないと」
 こいしはいっそう強くしがみついてきた。パルスィは目をむく。
「うわずるい。そっちがお持ち帰り」
「ごめんねパルスィ。でも私のだもーん、あげないもーん」
 こいしは上機嫌で私の手を上下に振る。いい加減にしてよ、と振り払いたかったが、ちょっとそれはためらわれた。これから私が住む物件として、こいしのお屋敷が一番いいのだろうし。この子の所有物扱いされてるようで癪だけど、いまは好きにさせておこうか。
 ぬえは勇儀との話が終ったらしく、興味深げに私たちを観察していた。
「あーあ、ついにフランはこいしのペットか。南無南無……」
「失礼ね、ちゃんとしたお客様よ。ぬえもうち来る?」
 ぬえはびっくりして自分を指差す。
「いいの? あーでも、どうしよっかな。あんたんちって、お邪魔するのに抵抗あるのよ。お姉さん怖いし」
「そんなこと言わないで。フランがぬえの餌当番だから」
 ひくり、とぬえの頬が引きつる。
「いまなんて」
「ぬえはお姉ちゃんが苦手なのよね。だから私の」
「こいしの、なに。続きを言ってみ?」
 ペット、と口の形だけで答えるこいし。ぬえは無言で拳を振り上げ、私たちのそばに詰め寄ってきた。間近でにらみつけられてこいしは顔をそむける。
「ひどいわ、ほんの冗談なのに」
「ひどいのはそっちでしょ」
 唇の形を歪めて抗議するぬえに、まだそっぽを向いたままこいしは告げる。
「そんな扱いするわけないでしょ。ぬえには首輪が似合いそうだなーとか、それでちょっと恥ずかしそうにして、『こいし様ぁ』とか呼んでくれたら嬉しいなーとか、そんなこと思ってもいないわ」
 あのねえ、とまたも問いつめようとしたぬえに、こいしはぱっと花が咲くような笑顔を向ける。まだ私と片手をつないだまま、もう片方の手でぬえの手を取る。
「だからふたりまとめてご招待。来てくれるかな」
 私はなにも異存なし。ぬえは困り顔。
「むう……しょうがないな。お呼ばれされたげるから、光栄に思いなさい」
 含み笑うこいし。私たちの手を取ったままゆっくり宙に浮かび上がった。
「じゃあ行こっか。勇儀、パルスィ、またね」
 勇儀は軽く手を振り、笑顔で腕組みをした。パルスィは爪を噛むそぶりをしている。
「どこにでも行っちゃいなさい。みんな死ねばいいのに」
 なんだろう、かなりひどいことを言われているはずなのに、不思議と嫌な感じはしなかった。私がいっぱいに手を振ると、パルスィも苦笑いで手を振り返してくれた。
「こいし」
 背後から唐突に声がかかった。勇儀は腕組みしたまま告げる。
「よかったな」
「うん!」
 元気いっぱいに、そしてどこか恥ずかしそうにこいしは答える。よりいっそう強く私たちの手を握り、ぐいぐいと引っ張って飛び進み始めた。

 さほど時間もかからずに、私たちは地底の奥深くまでたどり着いた。地獄の底まで続いているというこの縦穴を、栓で塞ぐようにそびえたつ御殿、地霊殿。
 建物内に一歩足を踏み入れるなり、こいしが大声をあげた。
「あーっ! 誰か。ねえちょっと誰か」
 呼び声に答え、ばさばさと羽音をさせて一体の妖怪が階下から飛びあがってきた。鴉の翼を持つ女性。こいつが噂のペット妖怪か。
「おっかえりなさーい。珍しいですね、こいし様」
「ただいま。ねえちょっと、どうして片付けちゃったの」
 うにゅ? と言って鴉は不思議がる。やがて彼女はぽんと手を打った。
「ああ、こいし様の作品? あれ虫が湧いてきたから、さすがに焚いちゃいましょうってさとり様が、おりんに」
「うぬう、芸術を解さぬ凡俗どもめ……」
 不機嫌そうな顔のこいし。珍しい。そして彼女は鴉を指差した。
「おくう! 窯のほうから、新しいのを二、三体かっぱらってきて」
 いえっさー! と鴉は直立不動で敬礼する。そして振り向き、階段を降りようとしたところで誰かとはちあわせになった。
「駄目ですよこいし様。死体はおもちゃじゃないんです」
 またひとり、ここのペットらしき妖怪が階段を上がってきた。猫だ、猫耳だ。
 続けてこいしに何か言おうとしていた彼女だが、私たちを見て目を丸くする。
「ありゃ、新入りですか」
「ちがーう。お客様だから。ねえこいし」
 即座にぬえが抗議する。それにこいしが軽くうなずくと、猫はぺこりと頭を下げた。
「こりゃとんだ失礼を……ってあんた、ぬえじゃないか。なんの用?」
 ぬえはむっとした顔で、私に向かって聞えよがしにささやきかけてくる。
「んまー、聞きましたフランさん。ここのペットときたら、お客に向かって『あんた』呼ばわりですって。躾がなっていないのねえ」
 めっ、と言ってこいしも人差し指を立てる。猫はたちまち恐縮した態度になった。
「いやー、すいませんほんと。じゃあとっておきのお茶菓子出しちゃいますね。おくう、客間に案内してさしあげて」
 おくう、というのが鴉の名前らしい。ぽかんとしていまのやりとりを見守っていた彼女だが、はっと我に返って、階段を降りて行く猫に問いかける。
「おりーん、お客さんの部屋ってどっちだっけ」
「ああうん、悪かった。いいからじっとしてて」
「むっか。そんな言いかたないでしょ、おりんってば」
 またもばさばさと両翼を打ち鳴らし、鴉は猫を追いかけていった。ぬえの言う通りここの応対はまるでなってない。咲夜が一匹必要だ。
「ごめんねえ。お客さんなんてめったに来ないから、うち」
「そりゃそうでしょうとも」
 軽く答えたぬえ。彼女はきょろきょろとあたりを見回していたが、急にその動きがぴたりと止まった。同時に、とんとんと足音をさせてこのエントランスにやってくる人物がいた。
「おかえりこいし。お客様ですか」
「たっだいまー」
 言うが早いか、こいしはびゅんと飛んで彼女に抱きついた。ええと、このひとがこいしのお姉様よね。
「はじめまして。この地霊殿をあずかっている、古明地さとりです」
 いつも笑顔が絶えないこいしとは対照的に、なんだか眠たそうな目つきのひとだった。機嫌が悪いときのパチュリーみたいだな、なんて感想を抱く。
「パチュリー? もしかして、あのかたの友人の吸血鬼というのがあなた……ご本人ではないと。身内のかたでしたか」
 え、なに? 話の流れが唐突で、ちょっとついていけないぞこのひと。やっぱりこいしの同類だったか。
 さとりは難しそうな顔で私を見ていたが、やがてその視線を妹のほうに向けた。
「こいし。お友達は歓迎なんだけど、私たちのことを隠しておくのはどうかと」
 こいしは目をぱちくりさせて姉の表情をうかがったあと、こっちを向いて私の顔をじっと見つめた。どうしたの。
「フランこそどうしちゃったの。前に教えたよね、お姉ちゃんのことも」
 不思議がるこいし。意味がわかんないのはこっちなんだけど。
 しばらくこいしと見つめ合っていたら、さとりが急にぱんぱんと手を打った。すると、さっきのおりんとかいう猫が階下から顔を出した。
「あっ、はーい。まだ準備中ですけど、とりあえずみなさんこちらへ」
 ぞろぞろと下の階に案内される。いつものようにこいしはにこにこ、私はきょろきょろ。そしてぬえはなぜだかびくびくしていた。
 こぎれいな広間に私たちを案内して、すぐに猫は立ち去っていった。みんなで席について早々、さとりが口を開く。
「それほど長居はしません。ただ少しぐらい、妹の友人と話がしたいと思ってもいいでしょう?」
 彼女はぬえのほうを見ていた。ぬえは肩をすくめる。
「あの、いやあ……ほんとにやりづらいな」
「厄介だなんてそんな。本当に歓迎していますよ、ぬえさん」
 ぬえは上目遣いでさとりの表情をうかがっていた。相当に苦手意識があるらしい。そこにさとりが声をかける。
「もちろん知っています。あなたがたほどの妖怪の行方を、気にするなというほうが無理じゃないの」
 ふてくされた感じで、ぬえはちらちらとさとりの出方をうかがっていた。やがて意を決したらしく、その顔をまっすぐに見る。
「はっきり言うわ。こいしには悪いんだけど、あなたに関していい思い出がないの」
 さとりは目を細め、じっとぬえをにらみ返した。なんだか嫌な雰囲気。
「確かに、彼女とはあまり良い関係ではありませんでした。いまでも不満があります」
「あなたね、ムラサになんの恨みがあるっていうの」
 血気にはやるぬえと、まるで表情の変わらないさとり。なにか私の知らない話が勝手に進んでいる。このふたりの間では十分通じてるみたいだけど。
「あのかたの心は、いつも魔界の聖に囚われていました。あの船を自在に駆るほどの力、もっと地底のみなの役に立ててほしかったのに。結局最後までご自分の都合ばかり、それを快く思えというのですか」
 言い込められて、ぬえはより一層むすっとした態度になる。まだしばらくにらみ合っていたさとりだが、ふとその表情が和らいだ。
「あら。ではあなたも、あのかたの態度が気に入らなくて? それで手の込んだ悪ふざけを」
「うーっ、いいの。私のいたずらには愛があるんだから」
 さらに一言二言、さとりに対して文句をつけたぬえだったが、またよくわからない切り返しでやりこめられてしまった。
「もうやだこのひと……こいし助けて。あなた以外に止めらんないでしょ」
「ぬえがんば」
 救援要請をさらっと笑い飛ばすこいし。絶対にこの状況を楽しんでる。その隣ではさとりも微笑みを浮かべていた。笑ってると可愛いな。
「ありがとう。おふたりとも、遠慮せずにゆっくりして行ってくださいね」
 うん。やっぱりこいしのお姉様はいいひとだ。ぬえは気に入ってないみたいだけど。
 さとりはまたぬえのほうを向き、語りかける。
「皮肉などではありません。私のことはともかく、あなたたちはこいしを信頼してくれている。それがとても嬉しいんです」
 そしてしばらく無言が続く。うーん、これは居心地悪い。お菓子はまだかな。
「お菓子ですね。いまうちの猫が……いや鴉が……んもう。なにしてるの」
 失礼、と言ってさとりは席を立ち、足早にこの部屋を出て行ってしまった。どうしたんだろ。
 ぬえがほっと一息つく。
「疲れた……ごめんこいし、やっぱり私、この家には向いてないみたい」
「大丈夫よ。心底お姉ちゃんに忠誠を誓っちゃえば、かえって快感になるらしいから」
「うおいっ」
 ぬえはこいしをぶつまねをする。こいしは頭を抱えて私にすり寄ってきた。
「うわーん、ぬえがいじめるの。たすけてフラン」
 そんな棒読みで言われても。仲良くしなさいあんたたち。
 しばらくわいわい言いあっていたところでノックの音がした。扉を開けて妖怪たちが押し入ってくる。
「すいませーん、おまたせしましたー」
 鴉のおくうがクッキー満載の大皿を、猫のおりんがティーセットを持ってやってきた。待ってました、実はけっこうおなかがすいてた所だ。
 おりんが三人分の紅茶を注いでくれる。いい香り。紅魔館のお茶はいつも鉄臭いから、こういう普通のお茶は新鮮だ。
 そういえば、今後私のエネルギー補給はどうしよう。ここのペットから勝手に吸ったら怒られちゃうよね。
「それじゃあ、ぬえがフランの餌当番ってことで」
「あのねえ。でもまあ、フランのためだったら」
 あれ、いいの。いいなら吸っちゃうよ。
「うわ、本気で? 待って、あとで、いやそうじゃなくて」
 あとならいいんだ、と言ってみたらぬえはうつむいた。
「なんか私、身も心も食い物にされてない?」
 これを聞いてこいしはころころと笑う。私はくすくす笑い。ぬえはむきになってクッキーをむさぼり食べ始めた。
 ところでさっきから、ペットたち約二名がこちらの様子をじっと観察している。正確には私たちの手元と口元あたりを、じーっと物欲しそうな顔で見つめている。
 あー、一緒に食べる?
「喜んで!」
「悪いですにゃあ、おねだりしちゃったみたいで」
 言いながらおりんは、もうすでに自分たち用のお茶を用意しはじめていた。おくうは手を合わせ高らかに、いただきます、と宣言する。こいつら調子いいな。
 まるで遠慮というものが感じられない態度でお菓子をがっつきながら、おくうが尋ねてくる。
「ところで、どうやってこいし様とお友達になったの、ぬえとレプリカは」
 ん? この子もまたわけのわからないことを言う。地底妖怪とはたまに会話が成立しなくなるらしい。ぬえは軽く首をひねって考えこむ。
「んーと。前からこいしとは知りあってたけど、こうやってお呼ばれするぐらいになったのは最近よね」
 同意を求められ、こいしはうなずいてお茶を一口飲んだ。
「もとからぬえには興味あったのよ。だけどこの子いつも、ムラサがムラサがって言ってばっかりで、取り付くしまがなかったというか」
「うぇ、そこまでじゃないでしょ」
「自覚なしかあ。困ったものね」
 ちょっとむっとした顔で、それでもぬえは話を続ける。
「まあ、なんだ、私もいろいろあって、地上で落ち着き先を見つけてね。そのあとすぐかな、こいしとばったり出会って」
 音を立てずに、こいしはもう一口お茶をすする。
「偶然だと思ってた?」
 えっ、と言葉に詰まるぬえ。やがておそるおそる尋ねる。
「あの、こいしさん。私たち最初、あの巫女とか魔女の話で盛り上がったよね」
「うん。ぬえがとっちめられたの知ってたから。というか見てたから、その現場」
 にやーりとこいしは薄ら笑う。カップを持つぬえの手がかたかたと震えていた。
「怖えよこの女……」
「お茶もう一杯いかがすかー」
 場を取り繕うかのように、おりんが半ば強引におかわりのお茶を注ぐ。おくうは興味深げにこちらを見た。
「じゃあレプリカは? いつこいし様と……」
 は? だからなに言ってるの、この子。
「あなたの名前でしょ、レプリカ。え、違うの? 吸血鬼の区別がつかないよ」
 本当になんなのこいつ。なぜだか猛烈に腹が立ってきた。一発殴ってやりたいところだったけど、さっき会ったばかりのよそ様の使用人に手をあげるわけにもいかない。うん、私ってば大人よね。
 とりあえずは穏便に自己紹介してあげた。
「フランダース……フランドーラ? もう、フランでいいや。フランはどうして、えーと、なんだっけ」
「いいからあんた黙ってな」
「うわ。だからおりん、そういう言いかたってひどいと思うのよ」
 こいつらやかましいなあ。妙になれなれしいし。だけどそんな二匹を笑って見ているこいしとぬえを眺めていたら、私まで笑顔になってしまった。
 楽しいな、このお屋敷は。ずっとここに居てもいいのかな。

――

 どこまでも続く地底の縦穴を、二名の人間は猛速度で降下していた。
(交信強度はどんな感じだい?)
「ばっちりよ。あーでも、もう少し音絞ってほしいかも」
 いわゆる陰陽マークの刻まれた球体、陰陽玉が三個、霊夢の周囲をゆっくりと旋回している。そのひとつに彼女は語りかけた。
「というかそっち側、妙にひとが多くない?」
(ああ、なんか私らとは別のお客さんが来ちゃってて。霊夢は気にしなくていいから。今回もがっつりデータ取らせてもらうよ、我が盟友よ)
 通信相手、谷河童の河城にとりは上機嫌にそう答えた。一方、別の陰陽玉からも語りかけて来る者がいる。
(確か霊夢は、地底に出撃するの二度目なのよね。さていまの心境は?)
「うん、めんどくさい。なんでつきあわされてるの私」
(まあそう言わずに。あなたの活躍は注目度高いんだから)
 こちらも弾んだ声色で語る、烏天狗の姫海棠はたて。
(ふっふっ……ついに念願の独占スクープ。これであいつに一歩リードね!)
 ちっと舌打ち、霊夢は玉を小突くまねをする。
「高みの見物で調子に乗って。これだからブン屋ってのは」
(調子いい子ばっかりだからね、天狗って種族は。霊夢はなにやったってネタにされるんだから、もう諦めちゃいなよ)
 と、お気楽に口をはさむ神様、洩矢諏訪子。霊夢はやや声を落として彼女に問いかけた。
「手伝わせておいてアレなんだけど、ちょっと解せないかな。どうしてあんたが、この件にここまで首突っ込むのか」
 うむ、と言って諏訪子はひとつ咳払いする。
(大地を司るという私の神徳は、地の底深くまでも及ぶのだよ。地上にあって、地底を見守る神でもあるわけね、わたしゃ)
「はあ。でも下の連中、神様なんて信じてなさげだけど」
(そこはそれ、布教のやりかた次第かな。寄る辺なくして追われた者たちの気持ち、ちょっとはわかるつもりだから)
 はあ、とまた一息ついて、霊夢は下方を見やる。さっきまで並んで飛んでいたはずの咲夜とだいぶ距離が開いてしまっていた。やや加速しつつ問いかける。
「そこまで立派なおかたでしたっけ、あんたは。祟り神なんかやめて、地底の守り神にでもなったげたら」
 んぐっふっふ、と気味悪く笑う諏訪子。
(悪くないねえ、地底神ってのも。この機に乗じて、私だけの信者つくっちゃおっかなー。せいぜい油断してろ神奈子め……)
 こちらはこちらで、なにか黒い思惑があって今回の異変解決に手を貸しているらしい。そんなことかい、とぼやいて霊夢はなお速度を上げた。

 現時点で、あの紅魔館半壊事件からすでに一日以上が経過している。
 元来血の気の多い紅魔館住人が、今回ばかりは動き出すまでに時間がかかってしまった。その理由は、標的が地底にいると推測されたため。
 地上妖怪と地底妖怪は互いに不可侵・不干渉。それがここ数百年にわたって守られてきた掟であった。
 このうち不干渉条約のほうは最近になって撤廃され、者によっては頻繁に両世界を行き来している。しかし妖怪同士の不可侵条約はいまだ表立って破られてはいない。たまに無用の騒乱を招こうとする不良妖怪もいないではなかったが、そのつど大妖怪や神々の干渉によって大規模な衝突は避けられてきた。
 平たく言って、紅魔館の都合だけで全面戦争を始めては後が面倒なのだ。
 よって今回地底に赴くメンバーは、人間である霊夢と咲夜のみ。それを妖怪たちが地上からサポートする形式となった。このへんの事情は、少し前にもあった地底異変と大差ない。
 かつてその異変にも関与していたパチュリーは、支援用の術式を大至急構築。その一方で、同じ支援任務経験者のにとりに連絡を取り、霊夢のサポートを依頼した。
 その経過にて事件を聞きつけたはたてと、地底への近道を管理している諏訪子まで積極的に首を突っ込んできて、現在の状況に至る。
(すでにやつらのテリトリーよ。周囲に警戒して)
 冷静にパチュリーは告げる。その声は、咲夜に追随して浮遊する『本』から発せられていた。霊夢の陰陽玉と同様、こちらも数は三冊。
「では戦闘モードに切り替えますか」
(敵が見えてからでいいでしょう。連絡事項があれば、いまのうち)
 この魔導書はただの通信手段ではない。地上で待機している妖怪たちのパワーを地底まで伝達する、強力な弾幕砲台にして防護結界符。
 しかしながら、異変解決の主役はあくまで人間たちでなくてはならない。妖怪たちは単なる助っ人、ちょっと気合いの入った応援団にすぎない――という建前を守るため、交戦状態ではどれか一つのオプションしか機能しない仕様となっている。
(まだるっこしい。早く片づけましょう、咲夜)
 いらだちを隠さぬレミリアに、すました顔で咲夜は応える。
「素直にお戻りいただければいいんですが……あの妹様ですからね」
(なにを悠長な。これは報復よ。とっつかまえておしりぺんぺんしてやりなさい)
 通信の向こう側で、ぐっとこらえた息づかいがかすかに聞こえた。レミリア用でもパチュリー用でもない魔導書を咲夜はちらりと見る。だが特にそこからの反応はなかった。やがて霊夢が追いついてくる。
「おーい。やけに静かだと思わない?」
「そうね、誰かに見られている気配はするけど」
 ふたりは徐々に降下速度を緩める。いまだ敵影はなし。
(以前は、もっと上の方でも邪魔が入ったはずだけど)
 このパチュリーのつぶやきには、にとりが答える。
(あのときは地獄の窯が爆発寸前、怨霊が大発生してたからね。住人も気が立ってたんでしょ)
 では急ぎますか、と咲夜が身を乗り出した所で、これを制止する声がかかった。
(待って。見えたわ、接近中……橋姫よ!)
 興奮して告げるはたて。彼女が言い終えてすぐに、ほの暗い地の底から緑の光点がぐんと上昇してきた。
(おっと、あちらさんのお出迎えかな。悪いけど――)
「ええ。悪いけどぶっとばす」
(橋姫。個体名は水橋パルスィ。さほど脅威ではないけど、変則的な弾幕を使うから気をつけて)
「心得ましたわ、パチュリー様」
 霊夢はお札を、咲夜はナイフを手に取る。その人間たちと同じ高度、やや距離を取った位置まで上昇してきて、パルスィはふたりを見据えた。
「私の橋で逢い引きとはいい度胸ね。漏れなく破局させてあげるわ妬ましい」
 霊夢は片手をひらひらさせて答える。
「そんないいもんじゃないから。ここ通してくれない」
「だまらっしゃい。見えるわ、あなたたちの心には、お互いへの深い嫉妬心が……ううむ……特に見あたらないか」
 爪を噛む仕草でぶつぶつ言うパルスィ。
「なに。つまりお互い素直に認め合ってるってこと? 気持ち悪っ。もっと言葉にできない恨みつらみとかあるべきでしょ。ああ苛立たしい」
 よくわからぬ理由で憤りはじめたパルスィ。表情が引きつってきた霊夢。
「私はあんたが苛立たしい」
(仕方がないよ。縁切りが仕事だからね、この神は)
「神様だったのこいつ。疫病神の一種かな」
(うむ。汚れ仕事担当ってのは同じかな)
 話がそれてきた霊夢と諏訪子は放っておいて、咲夜はパルスィに問いかける。
「それで嫉妬の神様。このへんで、たいそう可愛らしい吸血鬼を見なかったかしら」
 パルスィはぴくりと眉を上げる。
「見たわ。お持ち帰りされちゃったけど。本当にずるいったら妹様は」
 この言葉に咲夜の目の色が変わる。
「では教えなさい、妹様の居場所を」
「そんなことも知らないの? あの子たちにいったいなんの用」
 咲夜は両手に合計六本のナイフを構え、警戒の面持ちでやや浮上した。いつでも打てる体勢だ。
「お仕置きに来ました。邪魔だてするというなら、まずあなたから」
 パルスィは無表情。その緑眼だけがぎらつきを増す。
「人間めが、言葉の重みを知りなさい。私たちはフランを仲間と認めた。あなたはいま、地底の全住人に喧嘩を売ったのよ」
 美鈴、とだけ咲夜は告げる。一拍の間をおいて、美鈴用の魔導書に刻まれた魔法陣が輝きはじめた。十六夜咲夜、戦闘モードに移行。支援妖怪は紅美鈴。
 これを見て霊夢は両者から距離を取った。はたてが不思議そうに尋ねる。
(ほっといてもいいの?)
「咲夜なら十分。私が行ったらあっちも加勢が来ちゃうでしょ。それってすごく嫌な気がするから」
 うんうんと同調するにとり。ほえー、とよくわかっていなそうな返事のはたて。
 にらみあう咲夜とパルスィだが、その静寂も長くは続かなかった。戦場の一角から泡のような光弾が沸きあがり、複雑な軌跡を描いて咲夜を追い込む。
 すかさず咲夜はナイフを投擲する。たった数本だったはずのその刃が、咲夜の腕の動きに追随して数十本にも分裂し、一斉に放射される。
 いかにも派手なこの一撃だが、実のところ第二撃へと続く囮に過ぎない。放たれたナイフのうち、どれひとつとしてパルスィを直接狙ってはいなかった。敵の逃げ道をふさぐだけの、布石の弾幕。
 パルスィはその場を微動だにしなかった。何本かのナイフがその身ぎりぎりをかすめて飛び去っていく。
 目標から目を離さず、咲夜は一気に距離をつめた。彼女の右脚が虹色の輝きに包まれる。
(鳳仙脚!)
 初めて通信先の美鈴が叫んだ。同時に咲夜は半身の構えとなり、スカートを翻して右脚を前へと突き出す。そこに無数の『気』の散弾が発生し、爆発的にパルスィへと襲いかかった。美鈴の支援があるいま、限定的ながら咲夜も同じ技を使用できる。
 これを避けようともせず、パルスィは無抵抗のまま全身を気弾の暴風によって打ち抜かれた。
 次の瞬間、咲夜は弾かれるように後方へ飛びのいた。その顔色に驚きを隠せない。
「どうなってるの……」
 パルスィは笑っていた。その衣服も肉体もまったく損傷を受けた様子がなく、張り付いたような薄ら笑いを浮かべていた。
 迫りくる光弾から大きく距離をとってかわし、咲夜は再びナイフを構える。
(待ってください。気配がおかしい)
「具体的には?」
 攻撃を取りやめて回避の機動に専念しつつ、ふたりはいくつか言葉を交わす。
 なるほどね、とつぶやいて咲夜は空中で動きを止めた。泡立つ弾幕が迫る。しかし命中の寸前、不意にその姿が消え去った。
「あらま。こういうの反則じゃなくて?」
 あいかわらず薄笑いのままのパルスィ。そのすぐ背後で、咲夜は彼女の首筋にナイフを突き刺していた。
「反則はどっちかしら……ねっ」
 素肌に深く刃が刺さっているというのに、パルスィの首からは一滴の血も流れていなかった。人間とは体のつくりが違うから――というレベルの問題ではない。
 躊躇なく、咲夜は獲物の頸部をえぐり裂いた。ばっくりと切り開かれたその傷口が、砂のようにさらさらと崩れ落ちはじめる。
「勘がいいのね。時間ぐらい稼がせてくれない?」
「やはり分身か。本体はどこ」
 問い詰める咲夜に対し、わざとらしいほどにっこりしてパルスィは告げる。
「力の差ぐらいわかってる。お遊びならともかく、まともにつきあっていられないわ、こんな化け物」
「ひとの話聞いてる?」
 いまやパルスィは、首の皮一枚で頭と胴がつながっている状態だった。うつろな瞳で咲夜を見つめ、最後にただ一言。
「後悔するがいい」
 それだけ言い残し、ぶちりと首がちぎれる。完全に生気を失った分身体は一気に細かな破片となって崩れ、地底から吹き上げる風に撒き散らされた。

「うっわ、容赦ないなあ」
 遠慮がちに近づいてきた霊夢を横目に、咲夜は手元でナイフをもてあそんでいる。
「これからどっちに向かうべきか、あなたの直感でわからないの」
「もしかして、言わなきゃ私もバラされちゃう?」
 咲夜は眉をひそめてみせた。おどけたそぶりで霊夢は答える。
「勘というか、間違いなくこの一番奥でしょ。やつらの本拠地だし」
 ふたりはうなずきあい、地の底深くを見つめる。そしてまたこの縦穴を急降下して進み始めた。
 びゅうびゅうという風音だけがこだまする。そこにかすかにまぎれて。
(さっきの、彼女……)
 はっきりしない口調で、通信先の美鈴がつぶやいた。咲夜はそれを無視して飛び続ける。
(さっきの彼女、フラン様を仲間だと言っていました)
 それで? とだけそっけなく答える咲夜。
(これでいいと思いますか。お屋敷を壊された仕返しだなんて、あのかたを連れ戻す口実でしょう)
 はっと息を吐いた咲夜。やや速度を落とし、霊夢から距離をとる。
「だとしても、お嬢様の意に従うだけよ。今回ばかりは職務怠慢なんて許されないんだから」
 ありゃあ、と笑って、冗談めかして美鈴は告げる。
(じゃあ私、ついに門番もクビですかね。守るべき門も吹き飛んじゃったし)
「笑い事じゃないでしょう。紅魔館のほかに、どこに私たちの居場所があるというの」
 やや間があって、ひとりごとのような口調で美鈴は言う。
(強いて言うなら、地底ぐらいかな)
 咲夜はいっそう厳しい顔つきになり、声のもとである魔導書をにらみつけた。
「まさか本当に、妹様の肩を持つつもり」
(わかりません。でも本当に、あのかたがそっちを選んだのなら)
 よしましょう、と告げて咲夜は会話を打ち切らせた。もう美鈴もこの話題に触れず、互いに無言のまま先行する霊夢を追いかけた。

――

 いつもお部屋にこもってばかりの私だけど、ほんのときたまお出かけすることもある。月の赤くて綺麗な晩などは、ふとお庭を散歩してみたくもなる。
 だいたいパチュリーはちょっと冷たいのだ、なんてことを考えながら夜空を見上げた。
 いつ図書館に行っても、ただ黙々と本を読みまくっているパチュリー。私も黙ってその横顔を見つめ続けていたのだけど、まるで目もくれない。
 だから、ねえパチュリーと話しかけてみた。ちらっとだけこっちを向いてくれたけど、またしばらくすると本のほうに目を向けてしまう。
 ねえパチュリー。私もパチュリーのこと、パチェって呼んでもいいかな、って聞いてみた。パチュリーはいつものおすまし顔で、好きにしなさいって答えた。
 だったら私のことも、フランって呼んでもいいよと言ってみた。あれはわりと勇気のいる告白だった。そのとき私の心臓はどっくんどっくん鳴っていたんだから間違いない。
 なのにパチュリーはうんと言ってくれなかった。フランドールはフランドールなのだから、フランドール以外とは呼べないというお答えだった。
 なによそれと抗議してみると、パチュリーは少し考えたあと、でも人前では妹様と呼んだほうがいいかしら、とかぬかしやがった。
 まったくふざけている。二度とパチュリーをパチェなんて呼ぶものかと心に決めたのだった。
 見上げてばかりいるのも飽きたので、軽く宙に浮き上がってみる。いつもの場所には、やっぱりいつもの背中があった。
 ここから見る美鈴はいつも後ろ姿。腕組みしてじっと湖を眺めているのか、目を閉じてなにか考え事をしているのか。
 あれ、もしかして寝てるのかなと思って、近くに行って美鈴と声をかけてみる。やっぱり寝ていなくて、なんですか妹様と返事をした。
 これにはちょっとイラっときてしまう。だめよ美鈴、これからは私をお嬢様と呼びなさい。
 すると美鈴は困った顔になって、あーとかうーとか言って考え込んだあと、でもそれではお嬢様がふたりで面倒ですねと言うのだった。
 面倒とは何事か。でもまあ、美鈴が困るというなら無理強いはしづらい。
 じゃあ私のこと、ああうん、私のことフランって呼んでもいいよ、と提案してみた。美鈴はなお困った顔になって、さっきより長く考え込んで、ではフラン様で、と中途半端な代案を出してきた。
 本当はただのフランでよかったのだけど、彼女としてはどうしても様をつけたいらしい。フラン様、フラン様。うん、妹様よりはましだけど。
 やはりここはお姉様でなくてはあてにならない。そう決心し、私はお姉様のお部屋まで飛んでいって窓を叩いた。お姉様はちょっとびっくりしたお顔で、どうしたのフランドール、入りなさいと言ってくれた。
 さっそくぎゅっと抱きつく。ねえお姉様、これからは私のこと、フランって呼んでもいいよ。
 お姉様はにっこり笑って、わかったわフランと言って優しく髪をなでてくれた。
 今夜はどうしたの。うん、お散歩中だったの。なにか面白いものでもみつけた。うん、美鈴ったらね、私のことフラン様なんて呼ぶのよ。それは無礼な門番ね、あとでお仕置きしないと。うん、ああ、うん、そうねお姉様……

 目が覚めた。
 なぜだか顔が涙でぐしゃぐしゃになっている。なにか夢を見ていた気もするけど、ええと、もう思い出せない。まあ夢なんてそんなものだ。
 さてどうしよう、また寝直そうか。でもそんな気分じゃないしなあ、などと考えながら身を起こしてみたところ、室内の光景に違和感があった。そうだ、ここは紅魔館じゃない。こいしのお屋敷、地霊殿だった。
 そのとき窓の外でなにかが光った。やや遅れて、どうん、と遠くから重い響きが聞こえて来る。雷? でも雨なんて降ってないぞ。
 このままひとりでぼやっとしていてもつまらない。みんなどこにいるんだろ。探すついでにここを探検してみるのも悪くない。
 ドアを開けてみる。すると私の目の前を、燃えさかる赤いかたまりがいくつか通り過ぎていった。これって怨霊とかいうやつだっけ。図書室によくいる毛玉みたいなものか。
 続いて、騒がしい足音と共に、何匹かの動物たちが猛ダッシュで廊下を駆けてきた。思わず身構えたが、そいつらは私に目もくれず走り去っていった。ちょっと、このお屋敷はペットを放し飼いにしすぎじゃないの。
「撤退、撤退! 総員撤退よ」
 動物たちのあとを追いかけるように、一体の妖精がこちらへ向かって飛んできた。そして私と目が合う。
「なにしてるの、早く逃げて。ここも危ないのよ」
 ぼろ切れを頭からかぶったその妖精は、あせった様子で早口でまくし立てる。どうしてこの子はお化けの格好なんかしてるんだろう。ハロウィンでもあるまいし。
 どどどどん、と続けざまに爆裂音が響いた。今度はけっこう近い。花火大会? そんなわけないか。誰か弾幕でもやってるのかな。
「寝ぼけてるの? おくうさんがまた暴れてる。巻き込まれるわよ」
 と言って彼女は私の手を取り、強引に廊下の奥へ引っ張って行こうとした。なによこいつ、生意気ね。
「おーい、フラン。起きちゃったか」
 無礼な妖精をにらみつけていたところで、私を呼ぶ声がかかった。ぬえだ。こちらへ飛び寄ってくる。
 目の前の妖精は、ぱっと手を離して気まずそうな顔になった。
「あらっ。もしかして、こいし様のお友達でした?」
「うん。私たちは大丈夫、先に行ってて」
 ぬえに声をかけられ、お化け妖精はぺこりと頭を下げる。そして振り向き、また撤退撤退と声をあげながら廊下の奥のほうへ飛び去って行った。
 ぬえは反対側に振り向き、いま自分が来た方向をじっと見つめていた。そちらからまた重い振動が伝わってくる。窓枠が鳴り、天井からホコリが降ってきた。
「もう少し待ったほうがいいかな。ったく、こいしがあんなに煽るから。あのカラスも場所をわきまえてほしいわ」
 鴉? そういえば、おくうがどうとかさっきの妖精も言っていたけど。これってあのおくうが遊んでいるのか。
「ここのペットたちじゃ、たぶん仕留めきれない。終わったら出るわよ。いくら霊夢でも疲れてるとこでしょ」
 霊夢? 霊夢が来てるの?
 うんとうなずき、ぬえはこちらを見る。いつもお気楽な彼女だけど、いまはなんだか緊張した顔つきだった。
「もうひとり、フランのとこのメイドさんもね。私たちに仕返しに来たんだって。パルスィが教えてくれた」
 咲夜まで! あのふたりが手を組んだとなれば、生半可な妖怪では軽く蹴散らされてしまうだろう。
 でも仕返しってなんなの。お屋敷を壊された仕返しってこと? もとはと言えば、お姉様たちがあんなひどい意地悪するからじゃないの。
「フラン?」
 ぬえはきょとんとして私の顔色をうかがった。そして困ったような苦笑いに。
「ま、売っちゃった喧嘩はきっちり買い戻さないとね」
 腕組みしてふわりと浮かびあがり、眉間にしわを寄せてぬえは考え事を始める。
「でもなあ……私の正体不明って、まだあのメイドに効くのかな。あっちの勝負はフランにお願いしたいんだけど」
 なにを言ってるんだろう。勝負? 私が、咲夜と。
「あれ、もしかしてやりづらい? 私が相手してもいいけど、霊夢は霊夢で手ごわいの知ってるでしょ」
 脚が震える、体に力が入らない。おかしいな、なにを迷ってるんだろう。
 あのとびっきりの人間たちが、これから私と遊んでくれる。それはすごく楽しいこと、だったはずなのに。なぜだか体がこわばってうまく動いてくれない。
 ぬえは腕組みを解き、私の前に降り立った。そしてまた顔をのぞきこんでくる。
「どうしちゃったの。らしくないよ、フラン」

――

 ぼろ切れを身にまとった妖精たちが、一斉に咲夜を取り囲んで旋回する。それぞれが続けざまに低速の光弾をばらまき、たちまち弾幕の檻が形成された。
「もうっ、きりがない!」
 咲夜はすかさず何本かのナイフを投擲する。霊力の込められた銀の刃があやまたず数体の妖精を射抜き、即座にその肉体がはじけ飛ぶ。
「にゃはっ。頑張るねぇ、お姉さん」
 火焔猫・燐は陽気に笑って片腕を掲げた。周囲に青白い炎が灯り、たったいま粉砕されたはずの妖精たちの姿となる。青ざめた顔色で、またのろのろと咲夜を追いかけはじめた。
(この復活速度……いくら妖精でも、ちょっと異常じゃないですか)
「知ってそうなひとに聞いて」
 あらゆる魔術に共通する二大原則とは。すなわち『姿が似れば性質も似る』『接したものは影響しあう』。
 死人のような化粧を施され、死者から剥ぎ取った衣服を身につけるこの妖精たちは、いまや心から亡者になりきっているのだ。死霊術に長けた妖怪ならば、これらを支配して無限の再生力を与えることも可能――と、パチュリーがこの場にいたなら解説しただろう。
 輪になって踊りながら、死霊妖精たちは徐々にその半径を縮めていく。間一髪のところで咲夜が離脱した直後、一斉に自爆した。燐が手を振り上げると即座に蘇り、またじわじわと獲物を取り囲む。
(どうにか本体を叩かないと。咲夜さん)
 すぐには答えず、咲夜はただ燐を凝視している。そんなことはわかってる、と言いたいらしい。
「……いっそバッサリやっちゃうか」
「聞こえてるよ。おっかないお姉さん」
(あの猫、体内にかなりの瘴気を溜め込んでいます。自爆でもされたらおおごとですよ)
 ごくわずかに咲夜は舌打った。優れた異能を持つ彼女といえど、種族としては脆弱な人間のひとりにすぎない。高濃度の瘴気をまともに浴びてしまったら命に関わるだろう。パルスィの時のように、時間を止めて直接攻撃するわけにはいかない。
 ならばここは正々堂々、弾幕勝負によって負けを認めさせるのみ。
 相手にとって回避不能な攻撃手段、あるいは撃破不能な防御手段を用いてしまったなら、もはやルールある決闘とはみなされない。時間停止が許されるのは、咲夜が一度攻撃のモーションを見せた直後のみ。問題はどうやってその隙を作るか。
 妖精たちの挙動を注意深く見定めながら、咲夜はちらりとだけ眼下に視線をやった。
「それ、それ、それぇ!」
 地獄鴉・空が吼える。彼女の右腕に装着された棒から続けざまに巨大な火球が射出され、それぞれが激しく火の粉を撒き散らす。霊夢はいったん後退してその弾道を見極め、大火球をぎりぎりのところで回避した。これで衣服に焦げ目がつかないのが不思議なほどである。
 即座に距離をつめながら、霊夢は数枚の札を投擲する。空中でいくつにも分裂した霊符が軌道を変え、一斉に標的へと襲いかかった。あわててもう一射した空だが、それでも打ち消しきれなかった札が一枚、彼女の頬をかすめて炸裂する。
「あぐっ……すごい。やっぱりすごいよ、赤いやつ!」
「色でしか見分けつかないの」
(おめでと。やっと早苗と区別してもらえたね)
 諏訪子が軽口を述べている間にも、空はエネルギーを収束して次なるスペルの準備動作に入っていた。霊夢は再び距離をとって、新たな札を取り出して念を込める。まさに一進一退の攻防。
「強くなった私の力、神様にも見せてあげるわ。焦熱、レーザーインプロージョン!」
 制御棒を高く掲げて空は叫ぶ。同時に霊夢めがけて、四方八方から灼熱の光線が照射された。
(ギリギリじゃまずい、いっぱいによけて)
 この忠告に無言で従い、レーザーの焦点から大きく距離をとる霊夢。次の瞬間、さきほどまで彼女がいた場所で爆発が巻き起こる。大小さまざまの火球が一斉に撒き散らされた。
「ったく、なんてものを――」
 なにか言いかけたところで、再び霊夢を中心に光線が突き刺さった。ぶれるように霊夢の姿が消えたと同時に、またも大爆発が起きる。
「やったか……」
「やられてないっ」
 爆炎が晴れると同時に、そこから霊符が飛来する。わ、わ、と情けない声をあげながら、かろうじて空はこれを回避した。体勢を立て直しながら制御棒に核力を込め、第三波の光線を放つ。霊夢は続けざまに札を投げつけた。爆裂と炸裂がぶつかり合う。互いに命中打はなし。
「なんてものをこさえてくれたのよ、この神様は」
 あーうー、とあやふやな返事の諏訪子。
(八咫烏の力、まさかここまで引き出せるとは。神奈子の目に狂いはなかったか)
「ひとごとみたいに言うな。なにか弱点とかないの」
 ないよ、と簡潔に答える諏訪子。責任取れ、と吐き捨てながら霊夢は必死で光線と火球の嵐をかわし続ける。正面からの撃ち合いはリスクが大きいと踏んで、このスペルがエネルギー切れになるまで回避に専念する方策だ。
 奇をてらわず、ひたすら大火力で押し続ける空。彼女の攻撃中は付け入る隙がない。チャンスがあるとしたらこの猛攻が止んだとき。
(霊夢さんも苦戦してる。いったん退きませんか)
 美鈴が小声で提案する。冗談っ、と言って咲夜は燐めがけてナイフの束を投げつけた。が、身を挺して盾となった妖精たちに阻まれてしまう。同時に咲夜の姿がその場から消え去った。
「そんな手品、何度も効くもんかい」
 燐は片手を頭上に掲げた。彼女の体内で練り上げられた瘴気が無数の針の形となって、螺旋を描くように全方位へと射出される。
 背後か、側面か、あるいは頭上か足元か。姿を消した咲夜がどの方向から襲ってこようとも、確実に迎撃できる一撃であったのだが。
「ありゃ。鬼ごっこ?」
 咲夜の姿は、燐のはるか足元のほうにあった。霊夢と空が交戦している領域の一角をかすめて、さらに下方、地霊殿のエントランス階に飛び去ろうとしている。それに追随して、三冊の魔導書も高速で咲夜のほうへ飛来して行く。さらにそのあとを燐が追いかける。
「待て待てーい」
「落ちろ、カトンボ!」
 ふわりふわりと攻撃をかわし続ける霊夢に対し、やけになって空は火球を乱射する。そのひとつが燐の目の前をかすめ、彼女は一瞬だけ視界を奪われた。
「ちょいと、おくう――」
 燐は絶句する。そのすぐ目の前には咲夜。上体をひねり、脇に構えた両手の間で七色のオーラが膨れ上がる。
(極彩掌!)
 前方に突き出された咲夜の両手から、色鮮やかな光弾が放出された。すばやく後方へ飛びのいた燐だが、見えない壁によって背中を受け止められてしまった。襲い来る攻撃をかわしきれず、何発か被弾する。
「ちっくしょう……おいで、ゾンビフェアリー!」
 呼び声に応え、妖精たちが次々と主のもとへ飛来してくる。だがそれらの行く手もまた、なにか透明な障壁によって遮られていた。
 いまや咲夜と燐は、閉鎖された空間にふたりきりで閉じ込められていた。妖精たちは咲夜めがけて必死に弾を撃ち込むが、結界はびくともしない。
「なんなのさ、こりゃ」
「アキレスと亀、ってご存知?」
 プライベートスクエア。咲夜の空間操作能力によって構築されたこの境界面では、あらゆる運動ベクトルが限りなくゼロに近づく。
 再び両手の間で気を練りながら、空気を蹴って咲夜は跳ぶ。至近距離で放たれた散弾を三角跳びでかわし、燐は爪を振るう。襲い来る衝撃波をバックステップで回避し、高く跳躍して咲夜はナイフを放つ。
 これも難なくよけた燐だったが、このナイフが壁で反射することまでは予想できなかった。背後から迫る刃を肩に受け、かすかに悲鳴を漏らす。
 同時に、咲夜は自ら結界を解除した。さきほど妖精たちが撃った弾――不可視の壁面にめりこんで、空中で静止していたその弾幕が、一斉に本来の運動速度を取り戻す。
 燐は跳ね起きるように前方へ飛んだ。その進路上に数本のナイフが飛来し、何十本にも分裂してばらばらの方向を向く。咲夜自身はすでに戦場から離脱していた。
「そして時は動き出す――」
 炸裂。前後からの弾幕に挟み込まれて、どこにも燐の逃げ場はなかった。
 全身をめった打ちにされ、衣服もずたずたにされて地霊殿へと墜落していく燐。妖精たちがあわてて彼女を追いかける。
(本当に、容赦ありませんね……)
「自業自得でしょ。卑怯とは言わせないわ」
 激しい戦いを演じていた咲夜よりも、なぜか美鈴のほうが息が上がっていた。まだ傷が癒えきっていない体で妖力を放出し続けた反動か。
 おりん! と上空から声がかかる。空は霊夢に背を向け、友に手を差しのべようとした。
「馬鹿っ、後ろっ」
 絞り出すように燐は叫ぶ。我に返り、振り向きかけた空の脇腹に霊夢の投じた札が突き刺さって破裂する。
 黒煙の尾を引きながら数十メートル落下して、空はなんとか体勢を立て直した。そのすぐそばに、妖精たちに肩を借りた燐が寄り添う。霊夢と咲夜が、両者を挟み込むような位置に飛来してくる。
「ごめん。私、肝心なとこで」
「あたいが足を引っ張っちゃうとは、こりゃ面目ない」
 にっと笑顔を作ってみせる燐。空もわずかに笑み、それから人間たちをにらみつけた。そこへ諏訪子が声をかける。
(そっちの猫、もう戦えないでしょ。素直に通しちゃくれないかな)
 空は霊夢の方を向いてこれに答える。その声はかすかに震えていた。
「神様。本当に……本当にフランをいじめに来たんですか」
(うぇ? まあ私はどうでもいいんだけど、なりゆき上ね)
 わずかにうつむいてから顔をあげ、いつになく真剣に空は語り出す。
「私、強くなりたかった。もっとずっと強くなって、それで、さとり様を泣かせるやつはみんなやっつけてやるんだって、あのとき決めたの」
「そう簡単に泣くの? あいつ」
 霊夢のつぶやきは黙殺し、空は右腕を高く掲げる。
「私たちの、ご主人様たちの、大切なお友達。誰だろうと手出しはさせない!」
 これまでにない熱気が空の全身を包む。彼女の胸元を飾る宝玉が真っ赤に輝き、耳障りな警告音を発しだす。洞穴全体に地鳴りが響き、大気がゆらめく。
 ひきつった表情で、燐は空中をあとずさった。
「あ、あ……あとで一緒に、さとり様に謝ろうねっ」
 それだけ言って、彼女は一匹の黒猫の姿に変身した。妖精たちを引き連れ、全速力で下方向、地霊殿の内部へと逃げ去って行く。
(撤退よ)(撤退です)
 諏訪子と美鈴が、それぞれのパートナーに告げる。
(まずいわ霊夢。アレが来る)
(この怒気は尋常じゃない。いまの彼女、身の破滅すら恐れていません)
 喧噪をよそに、ゆっくりと空はまぶたを開く。その瞳は黄金色に染まっていた。
「顕現せよ、荒ぶる地獄の太陽――サブタレイニアン・サン!」
 幾筋もの光芒を放って、爆発的に光球が膨れ上がる。すぐに縮小へと転じ、周囲のすべてを吸い込みはじめた。
 地霊殿のエントランスを飾るステンドグラスが次々と破れ、融解した飛沫となってあたり一面に飛び散る。外壁に亀裂が入り、はがれた欠片が飛礫となって光球に殺到し、高熱に耐えきれず蒸発する。
 声にならぬおたけびをあげる空。もはや彼女に周囲の状況など届いてはいない。より加速する吸引力によって、地霊殿の上層階が徐々に崩壊していく。
 むん、という諏訪子の気合いと共に、霊夢の陰陽玉がばちばちと電光を発する。そこから雷鳴を伴う無数の光の泡が放射された。空の身を包む巨大火球をわずかに押し返したが、すぐに拡散して吸い込まれてしまう。
 普段なら周囲一帯を薙ぎ払う威力があるこの技も、空の決死のスペルの前ではわずかな時間稼ぎにしかならなかった。
(退くわよ、急いで!)
 再び電光の泡が膨れ上がり、人間たちに襲いかかる瓦礫の雨をはじき返した。陰陽玉から聞こえる諏訪子の息づかいにノイズが混じり始めた。
(戻りましょう、咲夜さん。お願いです)
 否も応もない。荒れ狂うエネルギーの暴走の中、少女たちはただ必死に上へ上へと逃れるしかなかった。

(生きてるかーい。ふたりとも)
 にとりが呼びかける。返答の代わりに、げほんげほん、という咳払いがいくつか返ってきた。
(生きてるみたいね、恐るべきことに。本当に人間なのか疑わしいわ)
「お褒めにあずかり光栄です、パチュリー様」
「褒められてないっての」
 とりあえず軽口を叩きあう。霊夢も咲夜も、衣服は煤けているが五体無事だった。人類として反則級の特異能力を有するこの二名でなければ、今頃は地底の瓦礫に埋もれていただろう。
 まだあたりは煙に覆われており、視界ははっきりしない。はるか眼下ではようやっとあの暴走もおさまったらしいが、まだ近づくのは危険と思える。
(ちょっと作戦タイムにしないかい、パッチェさん)
(パチュリー・ノーレッジ)
 知ってらい、と軽くぼやいて、にとりは話を続ける。
(こっちの陰陽玉、ひとつ動作不良なんだよね。洩矢様のが、さっきので調子狂っちゃったみたいで)
 これを聞いて、険のある口調で咲夜が口を挟む。
「いまは先を急ぎたいわ。残りでどうにかならないの」
(あー、神様がいないときついよ。遠隔からでも復旧できそうなんだけど、霊力のリンクにちょっと時間かかるかも)
 わずかに沈黙ののち、今度はパチュリーが返答する。
(敵戦力は予想以上。こちらも術式を再構成したいところね。どこか潜伏できそうなポイントはあるかしら)
「ここらは岩場ばかりですが」
「もう少し上がれば、街っぽいところがなかったっけ」
 そう言って霊夢は上昇を始めた。不満げな顔色を隠さず、咲夜もそれに追随する。
「どの程度、時間を要する見込みですか」
(三時間ほどかしら)
(うん。それで間に合わす)
 これ以上異を唱えることもなく咲夜は黙り込んだ。なにあせってんの、と霊夢が声をかける。別に、と咲夜は答える。そこにパチュリーも声をかけた。
(地底妖怪たちの実力、あなたも思い知ったでしょう。いまは美鈴の回復を待つべき)
 さきほど、からくも人間たちが脱出に成功したのを見届けて、美鈴は一旦サポートを打ち切った。いまは紅魔館の仮設詰所にて休憩をとっている。
「まだ駆り出すおつもりですか。あんな半死人を」
(それが本人の望みだもの。使えるものは使わないと)
 人使い荒いわね、と横槍を入れた霊夢に、咲夜は不機嫌そうな視線を向ける。
「おとなしく寝ておきなさいって、言っておいたのよ私は」
 眉をひそめ、腕組みしたままの咲夜。あの馬鹿、とかすかにつぶやいた。
 しばし言葉少なに人間たちは飛び続ける。やがて縦穴の直径がぐんと広がり、すり鉢状の斜面となっている地点にたどり着いた。この稜線を越えれば、地底の大都市、旧都の街並みが見えてくるはず。
 地形のむこうを見渡すべく、人間たちは高度をあげた。そしてその表情に緊張が走る。
「祭りと喧嘩は派手なほど面白い。そうは思わないかい」
 びょうびょうと風が吹きすさぶ岩場にて、彼女は腰に手をあてて立ちはだかっていた。かつて妖怪山の四天王と呼ばれた鬼、星熊勇儀。
 その背後では配下の鬼たちが、あるいは雑多な地底妖怪たちがめいめいに陣取り、酒を酌み交わしていた。みな一斉に霊夢と咲夜を見る。その視線はおおむね好奇に満ちていた。
「出迎えご苦労……って、多すぎるわ!」
 両拳を握り、大げさに憤ってみせる霊夢。その様子にどっと笑いが巻き起こる。
「心配御無用。こいつらみんな、ただの野次馬さ」
 言いながら勇儀は浮上する。片手には、直径二尺はあろうかという大盃。なみなみと酒が注がれているそれを人間たちに向けて突き出した。
「あんたたちなら大歓迎。まずは一献、どうだい」
 言葉とは裏腹に、牙をむいて威嚇の表情を作る勇儀。その眼光からは、期待と興奮の感情がありありと読み取れた。
「悪いけど別のパーティーの予定があるの。また今度に願えるかしら」
 取り澄ました表情で、しかし油断なく咲夜は身構える。いよいよもって勇儀は満面の笑顔に。
「私の酒が飲めないって? 鬼の盃を断るとは、どういう意味かわかってるのかい」
 嘘を憎み、策を侮り、ただ強さを尊ぶ鬼たち。その倫理感は極めてシンプル。仲間か、さもなくば獲物か。
(あーあ。知らないよ、どうなっても)
「ひとごとじゃないっての。腹くくりなさい」
(星熊勇儀。強力な鬼よ)
「見ればわかります」
 突き放した言い方の咲夜に、少しかちんと来たらしい口調でパチュリーは補足する。
(その強さゆえ、鬼が本気を出すことは滅多にないの。彼女の場合、あの酒をこぼさずに戦うという制約を自らに……あれ?)
 この解説中に、勇儀は一度深く息を吐いた。盃の端に口をつけ、ひと息に中身を飲み干していく。あっという間に器は空になった。
「体の芯が疼くんだ。あんたたちのせいさ」
 陶酔して語り、盃を無造作に地の底へ放り投げる。その顔色が明らかに紅潮していた。彼女ほどの鬼が、この程度の酒で酩酊するなどありえない話なのだが。
「ふたりがかりでいい。これから私と――やらないか」

――

 大騒ぎだった。いろんな意味で。
 さっきから立て続けの大花火の締めに、ひときわ派手な轟音と揺れが私たちを襲い……気がついたら建物の屋根がなくなっていた。
 やけに広々としてしまったフロアの一角に、地霊殿のペットたちが集まってわいわい騒いでいた。その輪の中央には、精魂尽き果てた様子の猫と鴉が一匹ずつ。どうやらこの姿が、おりんおくうの本体だったらしい。
 声をかけようかと思ったけど、二匹は大急ぎで下の階に搬送されていってしまった。大丈夫なのかな。
「ご心配なく。ここには治療の得意な子もいますから」
 いつも通りの、淡々とした口調でさとりが声をかけてきた。こんな騒動でよく平然としていられる。
「騒ぎ立てても仕方ありません。建物の被害は……ううん、頭が痛いんだけど。さしたる怪我人も出ていませんし」
 落ち着いて語るさとり。だけど私のほうはちっとも落ち着かなかった。あのおくうが、おりんが、咲夜たちにひどい目にあわされた。どうして。誰のせいで。
「戦いは正当なものでした。痛手を負ってしまったのは、あの子たちの力不足、知恵不足ゆえ」
 突き放した言いかたに、ちょっと反抗心が芽生えてしまう。さとりはあの二匹が可愛くないのかな。
「可愛い子には旅させろというでしょう。なにごとも経験です。それよりも」
 言いかけて、さとりはゆっくりとあたりを見渡した。つられて私も同じ仕草をしてしまう。見知った顔は特になかった。みんなどこに行ったのか。
「こいしの行方は誰にもわかりません。ぬえさんは、私を見かけるなりどこかに行ってしまいました。本当に嫌われていますね」
 こいしの失踪癖は毎度のことだから、それほど気にはしてなかった。それにしたって、ぬえはどうしてあんなにさとりを避けるんだろう。いいお姉様なのに。
「ええと……本当にご存じないんですね、フランドールさん」
 急に顔を背けて、さとりは横目でちらちらとこっちを見た。変なの。地底に来て丸一日、こっちの住人がたまに意味不明なことを言い出すのにも慣れてきたけど。
「そう解釈しますか。まあ立ち話もなんです、下でご一緒にお茶でもどうでしょう」
 誘われちゃった。どうしよっかな。思えば昨日から彼女とはあまり会話がなかった。私たちの邪魔をしないように気を使っていたのかも。
 こいしの自慢のお姉様、古明地さとり。このひとに話を聞いてもらえば、私の胸騒ぎもおさまるかもしれない。

 しばらく無言でさとりについて歩く。昨日みんなでお茶した客間とは、別の所へ案内されるらしい。
「昨日の部屋は、いまので階層ごと吹き飛んでしまいました。ちょっと狭くなりますが――」
 ここまで言いかけて、さとりは通りすがりの妖精に声をかけた。呼びとめられたほうはびくりとして立ち止まった。
「ああ。悪いけど、お茶の用意をして書斎まで持ってきて……ええ。おりんがあの様子なのだし、かわりに働いてちょうだい」
 はいっ、と緊張した声色で答えて、ぺこりと頭を下げて妖精はすぐに飛び去って行った。あいつたしかさっきも会った子よね。私への態度と、さとりへの態度がえらく違ってるんだけど。
「恐れているのよ、私を」
 唐突にさとりはつぶやいた。ご主人様なんだから、配下に恐れられるのは誇るべきことだと思うけど。
「恐れられるより愛されたい、と言ったら笑いますか?」
 十分愛されてるじゃない、こいしに。
 いつもおすまし顔で、なに考えてるのかよくわからないこいしだけど、姉の話になるとやけに表情豊かになるんだから。あれをさとりにも見せてあげたい。
 さとりはちょっと驚きの顔で振り向いた。そして困ってるような恥ずかしがってるような、複雑なにやけ顔になる。
「それは見てみたいですね。ふふ、困った子」
 そしてまた前を向き、やや早足で歩みを進める。このひとはこのひとで、妹の話になると妙なリアクションが多くなるらしい。
 やがて書斎にたどりつく。四、五人も入ればいっぱいになってしまいそうな小部屋に、きっちり整頓された書棚が主の几帳面さを物語っていた。
 ちょっと蔵書が少ないように見えるけど、それは紅魔館の図書室が異常なだけか。日がら年じゅう読書に明け暮れている本の虫でもない限り、ひとりで読み切れる量なんてたかが知れてるんだし。
「比べられても困ります。フランドールさんの同居人なのでしたよね、あの知識の魔女は」
 それってパチュリーのこと? どうしてさとりが知ってるの。
「ご本人から……そう、聞いていませんか。直接の面識はありません。前に魔理沙さんがここに来た時、魔法の道具を通じてお話ししたぐらいで」
 ふうん。というか魔理沙とも知り合いだったんだ。どこにでも顔出すのね、あの泥棒魔女。こいしもぬえも、あいつと遊んだことがあるって言ってたし。
「人間を襲うことを喜びと感じる、それが私たちの本能ですから。活きのいいお客さんはいつでも歓迎なのだけど」
 言いながらさとりはふたつ分の席を引いて、そこに座るよう私を促した。ふたりきりで向かい合うと、彼女は真面目な顔になる。
「今回ばかりは、ただの遊びとも言っていられません。地上の妖怪たちが挑んできた代理戦争と呼んでいいでしょう」
 じっとこちらを見つめてくるさとり。つい目をそらしてしまった。
 あんまり考えたくないけど、もしかして迷惑なのかな私。こいしが勝手に連れてきたお友達のわけだし。お姉様も咲夜も、本気で私を退治するつもりみたいだし。
 ああ、と声を漏らして、さとりは大きく首を横に振る。
「そんなつもりじゃないの。最後まで聞いて」
 身を乗り出して、強い口調でさとりは語りかけてきた。うんうんとうなずいてみせてあげたけど、まだ深刻そうな顔をしている。
 そこへ、こんこんと部屋の扉がノックされた。
「どうぞ。御苦労さま」
 さっきの妖精が、お茶とお茶菓子一式を持ってやってきた。早いなあ。
 それにしても彼女、なんか異様なほど萎縮してるんだけど。さとりが難しい顔してるからかな。
「ん? そうね、作り置きのお茶をお客様に出すなんて……ああ、そういうこと。ならいいけど」
 まだちょっとおびえた目で、ちらりと妖精は私のほうを見た。さっきは助かったわ、と声をかけたら、びっくりした顔で口を開いた。
「あのっ……あなた、さとり様とふたりっきりで?」
 それがなに? と問い返してみたら、妖精は感嘆のため息と共に目を丸くした。直立の姿勢になって私に敬礼し、それから深々とさとりに頭を下げて、素早く部屋の前から去っていった。
 なんなの。あれも地底式コントの一種なのかな。
「いまの子、あなたを深く尊敬していましたよ。こんなところで私とつきあわされたら、とてもそんなに平気でいられないと」
 その言い分はよくわからないけど。ぬえといいさっきの子といい、地底の多くの者がさとりを畏怖しているのは事実のようだ。これが王者のカリスマってやつか。
 とりあえず飲み物に口をつける。実はわりと寝起きだったから、この冷えた麦茶がたまらない。あいつ、意外と使えるやつだったのかも。
 さとりはじっと私の様子を観察していた。どうしたの、いっしょにお茶しようよ。
「こいしの言っていた通りね。あなたはとても素敵なかた」
 くすりと笑むさとり。そういう顔は妹とそっくりだね。
 音もなく一口だけお茶をすすり、彼女はコップを置いて顔を上げた。
「いまさらだけど、フランドール、あなたを我が地霊殿の永遠の客人として迎え入れます」
 もったいぶった言い方に、ちょっと肩をすくめてしまう。永遠の客人、って聞こえはいいけどただの居候よね……つまりパチュリーと同じ身分か。
「地底の妖怪は、仲間と認めた者を決して裏切りません。迷惑かもしれないだなんて、そんな遠慮はかえって迷惑ですよ」
 そしてまた真剣な顔つきに戻る。
「地上でのいかなる行いも、ここでは罪に問われない定めです。だからこその相互不干渉。それをないがしろにして、私たちをやすやす打ち破れると考える地上の者たちの思い上がり。旧地獄の管理者として見過ごしてはおけません」
 ここまで一気に語り、さとりはわずかに目を伏した。
「けれど……本当にこれっきり、ご家族と縁を切ってしまうつもりですか。それがあなたの望みですか、フランドール」
 長々と聞かされたけど、結局なにを言いたいんだろう。本当に紅魔館に未練はないのか、って聞きたいのかな。
 そういえばこんな質問、前にも誰かにされたような。ええと、そうだ、昨日パルスィにも似たようなことを聞かれたんだった。
「あのかたも? そう、やっぱり気になるわよね」
 ぶつぶつ言うさとり、よく聞き取れなかったけど。
 ともかく私の答えは決まってる。もう地上には、お姉様の所には戻らない。あんなことがあって戻れるわけがない。
「そうですか。けれど……」
 けれど、なに。意見があるならはっきり言ってよ。
 そう問い詰めるとさとりはうなずいた。気を悪くしないでね、と前置きして、私の目をまっすぐ見ながら告げる。
「前にこいしは言っていました。あなたとお姉さんは、とても仲がよい姉妹だと」
 痛い。心臓が突き刺されるように痛む。胸がざわついてひどく耳鳴りがしてきた。頭の中でぐるぐると、いまのさとりの言葉が繰り返される。
 誰より素敵なお姉様、ずっとそう思っていた。そんなの口にするのも恥ずかしいけど。時に冷たくあしらわれても、495年間の幽閉を強いられてもなお、私のお姉様へのあこがれは止むことなかった。
 大事にされていると思ってた。何度も喧嘩だってしたけど、何年も口をきかなかったことだってあったけど。それでも私はお姉様にとって、特別に重要な存在なのだと信じてきた。
 認めてくれると思ってた。やっと暗いお部屋から出られた私に、やっとお友達ができたのだ。必ずやお姉様は喜んでくれると疑いもしなかった。だけど、だけど……
 ぐっと手をつかまれた。テーブル越しにさとりが、両手を伸ばして私の手を強く握っていた。
「嫌いになんて、なれませんよね」
 え?
「ずっと大切に思ってきた相手のことを、みんな忘れてしまおうだなんて無理な話。血を分けた姉妹ならなおさらね」
 ひっく、と思わずしゃっくりが出た。お姉様、とつぶやいてみる。とたんに視界が歪んだ。ぼやけてよく見えないけど、きっとさとりは優しく微笑んでいるのだろう。穏やかな声で語りかけてくる。
「どうしてあなたがこちらへ来たのか、詳しくは聞いていません。よかったら教えてもらえませんか」

――

 一歩。
 ゆったりとした動作で、勇儀は空中で足を踏み出した。そこから力の波紋が広がり、全方位に向けて濃密な弾幕が形成される。しかしまだ発射には至らない。
(ついに来た。しのいでよ、霊夢)
 にとりの声はかすれかけていた。卓越した技術者として名高い彼女であるが、単体の妖怪としてのパワーはさほどでもない。補助装置によって増幅した妖力を霊夢に送り続けてきたが、そろそろ疲労も限界に近い。
 無言で霊夢はうなずいた。彼女のあごから汗のしずくが一筋伝い落ちる。焦りや疲れもあるのだろうけど、それより純粋にここは暑すぎる。
 地上はそろそろ冬にさしかかる季節。地底にだって四季はある。あとひと月ふた月もしたら雪も降ろうかという時分に、この戦いの場だけは真夏以上の熱気に包まれていた。
 二歩。
 さきほど展開した弾を覆い隠すように、さらに大量の妖力弾が勇儀の周囲に配置される。球体状の弾幕壁に遮られ、もはや彼女の姿はほとんど目視できない。
 攻撃本番の前の、準備動作だけでもこの密度。まっとうな神経の持ち主なら、この致命的なエネルギーからできるだけ遠ざかろうとするだろう。近距離では避けがたい攻撃でも、間合いを大きく取れば対処できるかも、と考えるだろう。
 そのような臆病者の戦法、鬼には通用しない。
(離れてはだめっ。できるだけ近づいて)
 深遠なる知識の魔女らしくもない、焦りの声色でパチュリーが警告する。躊躇なく咲夜は弾幕領域に突撃して行く。
 三歩。
 必殺の一撃が放たれる。勇儀の足元を中心として爆発的に力場が拡散し、まばゆい光弾によって戦場のすべてが満たされた。回避も防御も不可能、ただ圧倒的な破壊の嵐が吹き荒れる。
 すべてを吹き飛ばすこの三歩目。逃げ込めるスペースといえば、一歩目、二歩目によって展開された弾幕のまっただなかしかない。
 遠巻きにこれを観戦していた妖怪たちも無事ではいられなかった。それなりに力のある者は、すでに自力で結界を張って身を守っている。力弱き者はその陰に隠れた。爆心地からは遠いので、みななんとか耐えている。
(ファイブシーズン!)
 咲夜の前方に浮遊する魔導書から、五色の波紋が一斉に放たれた。襲い来る妖弾の一部を打ち砕いて血路を開く。本当はもっと接近して、標的に直接このスペルを叩き込めたらかなりのダメージが期待できたのだが、いまは防御するのが精いっぱい。
 勇儀の姿が見えたと同時に、咲夜は銀の刃を投擲した。すぐさま時を止めて移動し、客観的には瞬時に勇儀の側面に回り込む。めまぐるしい高速機動にもかかわらず、パチュリーの魔導書が放つ元素弾はぴったりと標的を狙い続けている。
 勇儀はひょいと背伸びをして、眼球めがけて飛来してきたナイフを歯で受け止めた。べきりと噛み砕きつつ、両手を左右に向ける。
 気合いと共に、そこからおびただしい熱量が放射された。正確に狙いがついたわけでもなく、だいたい霊夢と咲夜がいたあたりを一掃する。
 弾幕の薄い地点をすでに確保していた咲夜は、どうにか熱線の雨を抜け去り勇儀の頭上に移動した。いっぽう、先の攻撃から脱するのに手間取っていた霊夢は、次なる一撃を真正面から受けるはめになった。
(オプティカル・カモフラージュ……)
 束になって襲い来る熱線に串刺しにされ、霊夢はこなごなに砕け散った――まるで割れた鏡のように。
(っはぁ……ごめん、これで打ち止め)
 にとりは通信先で息を荒くしている。上出来、と霊夢はつぶやき、すぐ頭上にいる勇儀を凝視する。
 いま粉砕されたほうの巫女は、河童の科学妖術によって生み出された幻影にすぎない、とは勇儀にもわかっていた。にやりと笑い、丹田に気を練りながら言い放つ。
「最高だよ、あんたたち。こんなに熱いのは何百年ぶりか」
 また一歩、勇儀は片足を踏み出した。凶悪な弾丸の群れが形成される。それを挟んで霊夢と咲夜はうなずきあった。
 パートナーたちの気力もすでに尽きかけている。次の一撃、なんとしても耐え凌いで一気に勝負を決めなければ、今度こそまとめて撃ち落とされてしまうだろう。
(戦いを楽しみたいのなら、あなたは盃を捨てるべきではなかった)
 パチュリーの声に、勇儀は持ちあげかけていた足を止めた。にとりも憔悴した声色で言葉をかける。
(こうなりゃもう遠慮なしですよ、星熊様)
「覚悟の上さ。どんと来いだ」
 強き妖怪は、それに見合った弱点を負っている。
 たとえば吸血鬼。彼らが苦手とするものは――家系によっても異なるが、有名どころは日光、流水、聖印、聖書、聖水、銀、白木、香草などなど。
 これら、人間にはどうということのない物品によって、吸血鬼は大いに痛手を負ってしまう。そうでもなければ強すぎるから。
 かつて、西洋人たちは心から吸血鬼を恐れた。あの恐ろしい化け物にもなにか弱点があってほしいと願った。それなら人の力でも対抗できるはずだと信じた。
 人間たちの信念の力に、妖怪たちは逆らえない。
 東洋の鬼たちもまた、強すぎるがゆえ心を縛られた者たち。彼らはなによりも卑怯を嫌う。策であるとわかっていても、罠があると知りつつも、いつだって正々堂々と戦わずにはいられない。それゆえ裏切られ、狩られ、地底へと追いやられた。
 二歩目。さきほどを上回る密度で追加の弾幕が配置される。もはや互いに声しか通らない。
「言っておくが、私ほど親切じゃないぞ、あいつらは」
(わかって言っているの? 彼女に加担する理由がどこにあるの)
 勇儀はまだ仕掛けない。思案するように、ゆっくりとパチュリーに対して問い返す。
「たったひとりきりの身内がさ、暗いところに閉じこもって出てこないんだと――そう嘆いているやつがいたら、なんと声をかけたらいい」
(そのうち戻って来るでしょう。気長に待ってあげましょう、と)
 ふたりの会話に口出しする者はなかった。続けて勇儀は語りかける。
「待ったんだろうさ、何百年と。心じゃ泣いていたんだろうさ」
(答えになってない。あなたはなぜ、私たちの前に立ちはだかるの)
 密集した弾幕の内側で、巨大な力が解放されようとしているのが誰にも感じ取れた。
「困り者のお嬢さんが、やっとこ目を覚ましてくれたんだ。どこにでも飛び出して行っちまおうっていうんだ。ど派手な花火で――送ってやろうや!」
 三歩目。すべてが破滅の光に満ちる。見物人たちはとっくにはるか遠くに撤退していた。好きこのんで地底の塵になりたい者などいない。
(戦闘モード完全開放。弐符、発動承認)
(ハンドオーバ正常。弾幕ブースト最大。姫、ばしっとやっちゃって)
 今回もなんとか即死エリアの内側にもぐりこんた霊夢と咲夜。そこへ、さきほどに倍する密度の弾幕、もはや弾の壁と化したエネルギー体が襲いかかる。
 人間と妖怪が対等に競える遊び、それが弾幕ごっこ。しかしこんな攻撃は遊びの域を超えている。もはや一方的な暴力でしかない。
 悪気はないのだ。鬼の頭領たる者が本気を出せばこうなってしまう、ただそれだけのこと。
(ほーい。姫海棠はたて、いっきまーす)
 陽気に乱入を宣言する鴉天狗。気負いなくこの状況を楽しんでいる。
(くらえ、天狗のサイコグラフィ!)
 はたて用の陰陽玉がまばゆい閃光を発した。空中に光の四角形が出現し、戦場すべてを包み込むほどに拡大していく。
 光線で描かれた図形はすぐさま消え去った。同時に、その内部に捕えられた弾もまた、ぱっとはじけてみな霧散した。
 人間たちを襲った絶対回避不能の弾幕は、瞬く間に一掃されていた。
(おわ、すっごい。いつもこのぐらい撮れたらなあ)
(ずるいよねその力。いつもやられちゃたまんない)
 勇儀は呵々大笑し、人間たちに両手を向ける。そこに。
(露払いご苦労。あとは鬼同士、吸血鬼たる私が決めてあげる)
 お嬢様っ、と嬉しげに呼ぶ咲夜。忠実な従者はいかなる時も主人を持ち上げることを忘れない。
「吸血鬼? あの子の身内かい? 萃香の知り合いだね」
(そう、私はレミリア。人呼んで――紅魔、スカーレットデビル)
 血の色の刃が、咲夜の魔導書から次々と射出される。それ自体は軽くかわした勇儀だが、続けて四方へ走った閃光に身を焼かれ、がはっ、と息を吐く。吐息が青白い霧となって咲夜にまとわりつこうとしたが、魔導書から吹き出した真っ赤な霧によって相殺された。
 勇儀とレミリア、二匹の鬼の叫びが戦場に響く。互いに三度、目もくらむ閃光をぶつけ合った。
 輝きが止む。さすがの勇儀も、がっくり肩を落として息を荒くしていた。そこへすかさず札とナイフが飛来する。身構えることもできずに打ちのめされる。
(悪いね、星熊勇儀。いつかサシでやろう)
 とどめの一撃。勇儀は両腕を広げ、両目を大きく見開いて、深紅の十字砲火を正面から受け止めた。
「お見事!」
 笑顔で勇儀は目を閉じる。その体がぐらりと仰向けに傾き、重力のままに引かれて落ちていく。満足げな高笑いを響かせながら、彼女の姿は地の底深くに消えていった。

 霊夢も咲夜もしばし呆然として、土煙に隠された大穴を見下ろしていた。
「ひとまず勝利……と呼んでいいのでしょうか」
 まだ油断なく下方向を警戒する咲夜に、パチュリーが声をかける。
(鬼の本気はそれ自体が反則。引け目を感じる必要はない)
「もうひと勝負だ、とか言って戻ってきたりして」
 冗談めかした口調の霊夢。縁起でもないっ、とおびえた様子で答えるにとり。
(さっきの観客もじきに戻ってくる。長居は無用だよ)
(現状での攻略続行は困難。態勢を整える必要があるわ)
 そしてしばし作戦タイムに。といっても、今回の計画立案はパチュリーとにとりが取り仕切っており、他の者が口をはさむ余地はほとんどない。
(地上まで戻ってる暇はないよね。潜伏場所を確保しないと)
(咲夜ひとりだけなら、隠密行動はどうとでもなるのだけど。そちらは?)
(霊夢ひとりだけなら、私の術でごまかせると思うけど。となると)
 ――ここは二手に。と言う声がぴったりと重なった。互いの姿は見えていないが、ふたりの参謀役の意志疎通に齟齬はない。
(決行は明朝、日の出と同時でいいかしら)
(うむ。じゃあ明日朝イチで……現地集合かな)
(ええ。二手から同時に、地霊殿へ再侵攻を仕掛ける)

――

 おおむね私の話が終わったとき、さとりはなんだか青ざめた顔色になっていた。どうしたの、具合でも悪くなった?
「悪くもなります……本当に、どういうつもりなの」
 彼女はグラスを手に取り、一息にお茶を飲んだ。それ私のなんだけど。
 はうっ、と可愛い悲鳴をあげるさとり。
「ごめ、ごめんなさい。落ち着け私、おちつけー」
 今度は顔を赤くして目を伏せた。何度か小さく咳払いしてからまじめな顔をあげる。なんだろこのひと、無理して威厳を演出しようとしてない? どこかの誰かみたい。
「虚勢ぐらい張らせてください。それで、もう一度聞かせて」
 さとりは妙に意気込んで身を乗り出してきた。
「あなたのお屋敷のかたは、こいしに対して、その存在に気づいていないかのように振る舞っていたと。そういうことですね」
 そう。まったくひどすぎる話だ。私自身が疎外されるならまだ理解できる。実際、幼い頃からいまに至るまで腫れ物扱いだったんだし。でもこいしがなにをしたというの。
 ふう、とさとりは息をついた、ひどく沈鬱そうにしている。それはそうか、たったひとりの姉妹があんな侮辱を受けたと聞いては、とても平気でいられないだろう。普通なら。
「……それで、ぬえさんもお客様扱いしてもらえなかったと。あなたのお姉さんから、まるで正体不明の生き物呼ばわりされていたと、そういうことですね」
 私はうなずいた。あれは本当に嫌な気分だった。あのときのぬえの表情といったら……
 ん? あのときどんな顔してたっけ、ぬえ。きっとすごく悲しそうにしていたに違いない。そう、ぬえはあのとき、ひどく悔しがっていたはず。
「信じていたお姉さんがたに、友人をないがしろにされたと思って、それで家出を決意したのね。ついでに弾幕をばら撒いてお屋敷を粉砕してきたと」
 さとりは視線を落とし、まだなにかひとりごとをつぶやいていた。話を聞いてもらえたのはいいけど、どうにも変な雰囲気になっちゃったな……とか思っていたら、またふと目が合う。
「これは本来あなたたちの事情。私が口出しすべきではないのでしょう。けれどいまは状況が状況です。もう少し聞かせてもらえませんか」
 なにやら回りくどい前置きだけど。私に言いづらいことでもあるの? ここまで打ち明けちゃったんだから、もうなんでも聞いてよ。
「そうですか。ではあのふたりの能力について、あなたはなにも聞いていないのですね」
 えーと、あのふたりっていうのは、こいしとぬえのことかな。能力? それがなにか関係あるの。
「誰であれ、なにかをなす程度の能力があるはずです。あなたたちのように特異な妖怪となれば、能力もそれ相応に特異なものとなる。お友達の力がなんなのか、気にはなりませんでしたか」
 関係ないでしょそんなの。私たちは私たちだもの。
 そう言ってみたら、さとりは驚いたような顔になった。
「えっ。いや、それでいいの? 例えばあなた自身、自分の力を疎ましく思ったことはありませんか。確かあなたには……」
 やめて欲しいな、そんな話。私にはなにもできやしなかった。お姉様に認めてもらうことも、咲夜たちを追い返すこともできなかった。
「そう。では例えを変えましょうか。もしも、あなたがいままで普通に会話していた相手が、実は他人の心を読み取ってしまう能力の持ち主だとしたら。そんな相手と顔を合わせていられますか、フランドール」
 また唐突な質問だなあ。言葉にしなくても思ってることが伝わるんなら、それは便利だよね。わざわざ『咲夜ー、お茶ー』とか呼ばなくても、お茶が欲しいなあ、と思った瞬間に用意されてそうだし。それでお茶以外のものが出てきたら嫌だけど。あいつならわざとやりそうだ。
 なんてことを漫然と考えていたら、ぽけーっとした目つきのさとりと目が合った。ちょっと、話の途中でどっか飛んでいかないでよ。こいしじゃあるまいし。
「いえ、気は確かです。じゃなくて、確かにこれはお持ち帰りしたくもなる……じゃなくて、ああもう!」
 突如として叫んださとりは、がたりと席を立ち、テーブルにのしかかって前のめりになった。有無を言わせず私の手を取って、さらにぐっと顔を近づけてくる。なに、なんなの。
「あなたに地底は似合いません。すぐに地上へお帰りなさい」
 思考が停止する。本格的にこのひとの言ってる意味がわからない。どういうこと。ずっとここに居てもいいって、あれは嘘だったの。
「嘘ではありません。でもいまは誤解を解くのが先でしょう。あなたはお姉さんのもとに戻るべき」
 嫌よ。絶対に嫌。いまさら帰れだなんて、帰れるわけがないじゃない。あれだけのことがあって。
「落ち着いて。あなたは思い違いをしているの、おそらくお姉さんも。顔を合わせて話し合えば、争う意味などないとわかるはずよ」
 そんなはずない。お姉様は私を許したりしない。パチュリーも咲夜も、絶対に私を許さない。だって私は、私は!
「……そう。ごめんなさい」
 握っていた手を離し、さとりは完全に席を立った。私に背を向け、この書斎の出入り口のほうを向く。
「追いつめるつもりはなかったの。けれど、私の存在自体があなたの精神によくないみたいね。悪い性分です、本当に」
 わずかに振り向いたさとり。なんだか悲しそうに微笑んでいる。
 その様子にちょっと後悔の念が湧いてきた。彼女は親身になって話を聞いてくれたというのに、取り乱してしまった自分が恥ずかしい。
 ゆっくりと部屋を出ていこうするさとりに追いつき、その手を取る。さっきの話、私が誤解してるってどういう意味?
「憶測ですべては語れません。ただ確実に言えることがひとつ」
 さとりはじっとこちらを見つめ返す。唇を軽く噛み、眉間にしわを寄せて言葉を紡ぐ。
「この騒ぎは、こいしとぬえさんの仕業でしょう」

「あれ、フランもいたんだあ」
 さとりは驚いた顔になり、びくりとして振り向いた。私もそちらを見る。
 こいしだった。いつのまにかドアが開いている。ノックぐらいしなさいよ。
「したってば……あ、気がつかないと意味ないよね。これはうっかり」
 またこいつは。ちゃんとノックしてたのなら、それが聞こえないはずないでしょうに。
「それより大事件だよ、お姉ちゃん」
「確かに大事件ね。あなたのせいで」
 さとりは怒りの視線を妹に向けていた。こいしは口をとがらせる。
「なによう。あのね、勇儀が人間に負けちゃったの。あの勇儀がだよ」
 勇儀、昨日の鬼か。彼女が戦ってくれたんだ、なにもできない私の代わりに。
 それを倒したというのは咲夜たちに違いない。どうして、鬼のくせに人間に負けるだなんて。
「あのかたのことです、好敵手に花を持たせただけでしょう」
「うー。でも今度のは、わりと本気出してたみたいで……」
 話が終わるのを待たず、さとりはこいしに詰め寄った。
「旧都の治安維持はあちらの管轄、私から関与することではありません。それよりこいし、説明してください」
 目に見えてぴりぴりしてきた姉の態度に、こいしはあからさまな作り笑いになって一歩あとずさる。
「あれぇ? お説教モードですか。いま忙しいからあとにして」
「こいし!」
 ヒステリックに叫ぶさとり。こんな叱りかたをするひとだとは思わなかった。なんか私までびくっとしてしまう。
 ちらりとこちらを見て、それからさとりは前に向き直る。こいしは上目遣いになっている。
「なに怒ってるの、お姉ちゃん」
「わからないとでも思いましたか。いえ、違う。私ならこの子をかくまうだろうと、そう考えてフランドールを連れてきたんですね」
 にぱっと満面の笑みになるこいし。
「うん。お姉ちゃんも気に入ってくれたよね、フランのこと」
 例によって話がぽんぽん飛んでいる。私はふたりの横に回って、さとりの表情を確かめてみた。彼女はぎゅっと目をつむり、ゆっくり見開いて顔を上げた。
「こいし……ペットとお友達は違うのよ」
「あたりまえでしょ。なに言ってるの」
「ではどうして力を隠していたの。私ならともかく、あなたにそんな必要ないでしょう」
 さとりに見据えられてこいしは首をかしげた。今度は反対側に首をひねり、私のほうを見て目をぱちぱちさせる。なんなのそのリアクション、本気で頭の足りない子にしか見えないんだけど。
 そのとき唐突に――なんの前触れもなく、こいしがいなくなった。
 え? と思わず声が出てしまう。見回してもどこにも姿が見えない。声をあげてその名を呼んでみる。
「私の力って、これのこと?」
 すぐ目の前にこいしが現れた。びっくりする。そんな私の顔色を、彼女はじっと観察している。
「……そういうこと、か。目を閉じてなきゃ、すぐわかったはずなのにね。困っちゃったな」
 至近距離から私と向き合い、しかし意味不明なことをこいしはつぶやく。だから顔近いってば。勝手に別世界に行かないでよ。私にもわかる話をして。
「いま見せてあげたでしょ。これが私の能力よ」
 いま消えたのが? と聞くと彼女はうなずいた。
「誰も私には気がつかないの。姿も声も、気配までみんな隠しちゃえるから。その相手だって選べるわ」
 いきなりなにを言い出すのかと思えば。自由に姿を消せる? それがこいしの能力……

「来ましたね。あちらにも聞いてみましょうか」
 さとりがつぶやいた。彼女は私たちから視線を外し、廊下のほうを見ている。そちらから聞き知った声が聞こえてきた。
「さとりー。ちょっとさとり、いるんでしょ」
 廊下からぬえが顔を出した。彼女は私とこいしを見てちょっとびっくり、そしてさとりを見てちょっと嫌そうな顔になる。
「なんだ、みんないたの」
「お邪魔で申し訳ありません。なんの用ですか」
 むっとした態度でずかずかと部屋に入ってきて、ぬえはさとりと向かい合う。
「作戦があるのよ。一応、あなたに許可取っておこうと」
 緊張した様子のぬえ。目を細めるさとり。
「ふむ……戦術的には悪くありませんけど。それを認めると思っていますか」
 ぬえは一度唇を歪めて、大口を開ける。
「じゃあほかにどうしろっての。このままじゃ引き下がれないわ。私だけじゃない、みんな仇討ちを望んでいるの。言わなくたってわかってるでしょ」
「ひとにかこつけるのはおやめなさい。あなたが率先して動いたからといって、あのかたの代役にはならないのですよ」
 ぬえは勢いよく息を吸い込んだ。徐々に顔色が紅潮していく。むきになってさとりに言い返す。
「べべ別に、あいつのためなんかじゃ……そんなの関係ないでしょ! 私はただ、あの人間どもが気に食わないだけよ」
 鼻息荒く、ぬえは拳を握ってさとりをにらみつける。にらまれたほうは動じたふうもない。
「わかりました。ではそのアイディアを、いまこの場で説明できますか、ぬえさん」
 ぬえは口をとがらせて腕組みする。初めからそう言いなさいよ、と愚痴ったあと、得意げに語り始めた。
「それはもちろん、私の正体不明を使うの」
 ぬえまでわけのわからないことを言い出した。正体不明? なにそれ、と聞いてみる。
「なにって、私の能力よ。まずはなにか幻覚を見せてやらないと、こっちも全力出せないからね。といっても、私自身を媒体にするのはもう効かないはず。あのメイドにはおととい見せたばっかりだし、それが私のまやかしの術だってのは、さすがにばれてるだろうし」
 そしてぬえは、自分の考えた作戦とやらをぺらぺらと語り出した。私は呆然としてそれを聞き流す。
 身を隠す力、そして幻を見せる力。それが、さとりの言っていたこいしとぬえの能力なのか。
 だと、すると。ざわっとした悪寒が背中を走る。そんなことができるんだとすると……嘘でしょ、ねえ。
 ふと、ぬえの口が止まった。私のほうを見つめる。
「フランはやっぱり、あいつらとは顔合わせづらいよね。ここにいてよ。私たちでなんとかする」
 なにを。なに勝手なこと言ってるの。それじゃあ、私のパーティーを台無しにしたのあなたたちなの? お姉様たちが怒るのも当たり前じゃない。
 は? ととぼけた様子のぬえ。
「いまさらどうしたの。なんかおかしいよ、フラン」
 うるさい、うるさい!
 わめき散らすとぬえは黙った。びっくりしたような顔で、まだなにか話しかけようとしてくる。
 やめてよそんな演技。なんでそんなひどいことしたの。あなたたちのせいで、私、お屋敷に帰れなくなっちゃったじゃない。
 涙がこぼれてきた。そんな顔を見られたくなくて背を向ける。
 騙したの? ふたりして私を。仲良くしてくれるふりをして、本当は陰で笑っていたの? そうなんでしょ。
 後ろから肩を叩かれたけど、思わずそれを振り払った。みんな嫌いよ、大嫌い!
 私は部屋を飛び出した。誰かが呼んでいる。聞きたくもない。
 私たち、お友達じゃなかったの? 全部ただのお友達ごっこだったの?

――

 草木も眠る丑三つ時。ひそやかに地の底へと降下する影がひとつ。
(そろそろ聞かせて、パチェ。なにか隠し事があるんでしょ)
 咲夜の周囲に浮かぶ魔導書の発する声だけが、薄暗い洞穴に響く。
(なぜそう思うのかしら)
(出撃は夜明けの予定じゃなかった? 作戦を変える意味がわからないわ)
 ふう、と軽く息をついたパチュリー。観念したように告げる。
(あの場で教えるにはリスクが大きかった。敵勢力に傍受されていた可能性があるから)
 すぐには返答がなかった。主の代わりに咲夜が口を差し挟む。
「盗聴対策、だったのですね。ではあの河童と立てた作戦自体……」
(ブラフのつもり、だったんだけど。もう無意味かしらね)
 すっと息を吸い込んだパチュリーは、これまでにない大声で周囲に呼びかける。
(これも聞こえているのかしら。そうでしょう、古明地こいし!)
 思わずみなが耳を澄ます。しかし依然として周囲は静寂に包まれたまま。
(……いないか。よし)
「あの、パチュリー様」
 おそるおそる進言しようとした咲夜より早く、レミリアが怒りの声をあげた。
(それで素直に答えるやつがいるか!)
「ぷっ……くくっ……」
 この場の誰のものでもない、くぐもった笑い声が暗闇に響く。
「何者っ」
(あれ。本当にいた?)
(大・成・功)
 くすくす、くすくすという含み笑いだけがどこからか聞こえてくる。物音を頼りに咲夜は一本のナイフを投げつけた。だがその刃は、空中で見えざる手によってつまみ取られた。
「ああもう、ひっかかっちゃった。さすがフランのご家族ね」
 真意の読めない微笑みとともに、古明地こいしが姿を現した。手元で咲夜のナイフをもてあそんでいる。
「あなたは?」
「女の子がこんなもの振り回しちゃ駄目よ、メイド長さん」
 目の前の妖怪をにらみつける咲夜。ただにこやかに立ちはだかる少女。
(地底の管理者、覚妖怪の古明地一族。あなたたちが黒幕ということね)
「んー。今回もお姉ちゃんは被害者だよ。パチュリー」
(あなたがフランのお友達かしら。面白い力があるのね、石ころちゃん)
 レミリアの言葉に、こいしは驚いたような顔になる。
「石ころ? もしかしてそれ、私のあだ名なの。ひどいわお姉様」
 この会話をよそに、じわじわと咲夜は彼我の距離をつめていく。わずかに前屈みとなり、腹の前で軽く腕を交差させる。彼女なら、この体勢から一瞬で武器を放つことができる。
「気に入りませんわ。まるで私たちのことを、よく知っているかのような口振り」
「知ってるわ。もう何度もお邪魔してるから。あなたたちのお屋敷にはね」
 眉間にしわを寄せ、威嚇の表情を作ってみせる咲夜。しかしこいしの微笑みは変わらない。なんの意味があるのか、空中でくるりとターンを決めてみせた。
 まるで隙だらけのようだが、だからこそ咲夜はうかつに手を出せないでいた。ついさきほどまで、自分たちの誰にも気取られずそばにいたという少女。かなりの力量の妖怪であるのは間違いないが、そのわりには、まったく威圧感がないことがかえって警戒を呼んでいた。
(聞かせてください、ええと、こいしさん)
 沈黙を破ったのは美鈴。なんとかサポートに戻ってからも言葉少なにしていた彼女だったが、ここでようやっと口を開いた。一言一言、確かめるようにこいしに問いかける。
(あなたは、フラン様の、お友達なんですよね)
「そのつもりだけど……あれ? あなたって、もしかして門番さん?」
 目を丸くし、大げさに口元に手を当てるこいし。それには取り合わず美鈴はさらに告げる。
(ではあなたのほうから、フラン様を説得してもらえませんか。地上に戻ってくれるようにと)
 こいしは答えず、ただきょとんとした顔つきでいた。美鈴は痛切に語りかける。
(ほんのいたずらのつもりだったんでしょう。こんな大騒ぎになるとは思っていなかったんでしょう。もう争う必要なんかないじゃない)
 頬に人差し指を当てて、こいしは首をかたむける。
「あなたたち、お仕置きしに来たんじゃなかったっけ。ごめんねって言えば許してくれるのかな」
 美鈴は口ごもる。彼女ひとりで結論を出せる問題でもあるまい。
「悪ふざけにしては度が過ぎてます。ちょっと覚悟してもらうわ」
 咲夜はより眼光鋭くこいしをにらみつけた。そこにパチュリーから声がかかる。
(待って、私も聞きたいわ。古明地こいし、なんの目的で妹様に近づいたの)
「そうねえ。もともとは、魔理沙に興味があったんだけど」
 意外な名前が出て、いぶかしむ顔つきになる咲夜。地上の者たちも同様の顔つきになっているだろう。
「あの子がよく、魔法使い仲間の図書館で泥棒してるって聞いてね。じゃあ私も冷やかしに行こうかなって思ったら……もっと面白い子を見つけちゃったの。秘密の地下室の、囚われのお嬢様」
(捕らえてなどいない)
 パチュリーは即座に反論する。
(彼女は優しい子。生まれ持った力を、自分自身の狂気を、誰より恐れるだけの分別があった)
「うそつき。怖がってたのはあなたたちでしょ」
(そう言ってそそのかしたのね。友情を餌に取り入って、あの子が私たちを憎むように仕向けたのね)
 ぷうっ、とこいしは頬を膨らませる。
「感じ悪いなあ、そういう言いかた。私が悪者みたいじゃない」
 彼女を取り巻く気配が一変する。これまでの、不気味なまでの存在感の希薄さとはうってかわって、とげとげしいオーラがその身を包んだ。
(よしてよパチェ、耳が痛いから)
 落ち着いた声でレミリアは語りだす。
(無力は認めるわ。あの子を傷つけないためには、誰にも触れさせず閉じこめておくしかないと、そう諦めかけていたわ。希望が見えてきたのは最近のこと)
「なにそれ、ひとごとみたいに。フランの気持ち考えたことある?」
 フン、と軽く吐き捨てるレミリア。
(わかるはずないでしょう、ひとの心なんて。私に見えたのは、妹の未来に待ち受ける破滅の運命だけ。あの子はいずれ、みずからの炎でおのれを焼き尽くすだろうと)
 ほわー、とため息を漏らし、気の抜けた声でこいしは答える。
「ばっかばかしい。わかるわけないでしょ、ひとの運命なんて。そんな理由で引きこもらせちゃったの? 朝も昼も夜も、何百年もずっとずっと」
「黙りなさい。何様のつもり」
 咲夜の怒りの視線を受け流し、あーあ、とこいしはため息をつく。
「謝ってあげるつもりだったんだけどなあ。気が変わっちゃったなあ」
 こいしの身を包むオーラが妖しくうごめき、徐々に周囲に拡散する。それを見て咲夜が一度指を鳴らすと、彼女の周りにいくつかの魔法陣が浮かび上がる。
「もうよろしいでしょう。こやつは妹様につく悪い虫。早く退治しないと」
(そう、ね。見極めてあげようじゃない。我が血族の友にふさわしい者か、否か)
 レミリアの魔導書から紅霧が噴出し、すぐ凝縮して大きな蝙蝠の形となった。両翼と顎をいっぱいに広げ、目前の敵を威嚇する。
「どうしてそう子供扱いするの。フランだって立派なレディなのよ。あなたたちみたいなわからず屋さんは――」
 薄暗い地底をさらに闇色に染める陽炎を放ち、こいしは両腕を高々と掲げる。
「無意識の弾幕に怯えて死ぬがいい!」

――

 同時刻。
 霊夢もまた地霊殿へと向けて移動していた。別ルートから侵攻を開始しているはずの咲夜と合流するべく、深い縦穴をひたすら降下していく。
 にとりの展開した迷彩結界によって、その声も姿も外部からは捉えられない。数時間前に勇儀と死闘を繰り広げた地点を、妨害を受けることもなくすんなり通過した。
「道中だってのに、妖精の一匹も出ないとは。こりゃ便利ねえ」
(過信は禁物だよ。だませるのは視覚と聴覚だけ。カンがいいやつならそのうち気づく)
 そこに横から諏訪子が口を出す。
(なら時間を止めるほうが有利よね。ほとんどテレポート能力じゃない)
(今回はそうでもないんですよ。本体からあんまり離れすぎると、オプションとのリンクが切れちゃうんで)
(ふむ。ならあの本を持って一緒に飛んでけば……あー、それだと地上のほうでオプションを見失っちゃうのか。めんどくさいな)
 などと陰陽玉同士でしゃべりあっている河童と神様。とても隠密行動の最中とは思えない。
「あんたたちのせいでみつかりそうだわ」
(問題なし。多少の物音なら、みんな環境ノイズとして拡散しちゃうからね。あ、これ魔理沙には内緒だよ)
(自分にも貸せって言い出すよね、あの子なら。そうだ霊夢、その魔理沙と早苗から伝言なんだけど)
 あ? とぞんざいに答える霊夢。だんだん苛立ちがつのってきたらしい。
(勝手に妖怪退治なんてずるいぜ。あとで問いつめるから覚悟してください、だってさ)
「知らないっての。代われるもんなら代わってやりたいわ。なんで私が」
 それはねえ、霊夢だからねえ、と通信先の二名はくすくす笑いあう。霊夢はいっそう不機嫌な態度になった。
 その一方で、はたては別の者に熱心に話しかけている。
(ほーう、あのメイドさんにそんな一面がねえ。主に絶対忠誠の氷の女、ってイメージだったけど。え? あっはは。いいのそんな情報流しちゃって。今度書いちゃうからね)
 彼女が会話している相手は、紅魔館から来たパチュリーの使い魔であった。地底経由の通信だけでは不安があるため、地上同士で連絡を取り合うためのつなぎ役として、昨日から諏訪子の神社に滞在していたのだが。
(やっぱりあの館はネタの宝庫だわ。今度お邪魔してもいい? そうだ、あなたの弾幕って見たことないのよね。文の記録にもなかったけど、どうなの。本当は使えるんでしょ……はあ? いいじゃないスペルのひとつやふたつぐらい、撮らせてくれても減るもんじゃなし)
「いいかげん黙らんかっ」
 ついに霊夢が怒り出した。ぶちぎれいむ、と諏訪子がかすかにつぶやく。
「ぶち切れもするわよ。ったく、違う天狗のほうがまだましだったかなー。いまから変更ってできるのかなー」
(うえっ。なにその、やめてよ、本気で傷つくから)
 急に態度を変えたはたての声のほうを横目で見て、霊夢はにやりと笑いかける。
「冗談よ。頼りにしたげるから、もっとまじめにやってちょうだい」
(やってるっての、このつんでれいむ)
 悔しげにぼそぼそ言うはたてを無視して霊夢は進行方向に向き直った。あいかわらず地底は薄暗く、この縦穴はごうごうと風音がうるさい。にとりの迷彩術も最大限の効果を発揮しており、誰も霊夢の存在には気づいていないようだが。
(え? 誰と……ああ、不思議ちゃんのほうね)
(あーうー。そう簡単にひっかかっちゃくれないか)
(まっずいなあ。あっちが読まれてたとなると、こっちも)
 地上にいる三名が突如として、霊夢には聞こえない誰かと会話をしはじめた。軽く抗議の声を上げると、諏訪子が答える。
(ああごめん。咲夜たちがね、もう勝負を始めちゃったんだって)
「ちょっと。先走りすぎでしょあいつら」
(それがねえ。うまく隠れてたつもりで、実はこっそりマークされてたっぽいのよね。警戒はしてたらしいんだけど)
 急ごう、と言って霊夢は降下速度を上げた。しばらくして、今度ははたてが声を上げる。
(待って。進路上、なにかいる)
「なにかってなによ」
(なによって、なにかとしか、あれは……)
 やや速度を落とした霊夢の目にも、そのなにかが見えてきた。人間よりは小さいサイズの、緑と茶色のツートンカラーの――円盤状の飛行物体。
「ユーフォー?」
 いわゆるUFOと呼ばれるものが、確かに霊夢の行く先に浮遊していた。進路をそらして迂回しようとした霊夢めがけて、猛速度で接近してくる。
「ニンゲンのニオイ……そこっ」
 底面を向けて、か細い少女の声を発しながら突撃をしかけるUFO。寸前のところで回避した霊夢だが、至近距離から弾をばらまかれて体勢を崩してしまった。
「そこらへんだね!」
 物陰からもう一機、樺色のUFOが飛び出してきた。こちらはだいぶ大きい。まだ反撃ができない霊夢に対し、糸のように跡を引く針状弾を幾重にも打ち出す。いずれも直撃コースではなかったが、進路も退路も封鎖されてしまった。
「やるしかない。にとり、これ解除して」
(了解っ……あん? ちょっと待って)
 どういうわけか、にとりの段取りがもたついていた。彼女らしくもないその様子に、どうしたの、と霊夢は尋ねる。その間にUFOたちは暗がりに隠れてしまった。
(こっちのモニターがさ、なんかわけわかんない表示になってるの。姫、さっきのやつ念写して)
 あいあいさー、という返答と共に、はたて用の陰陽玉がぱしゃりぱしゃりとシャッター音を鳴らす。
(うーん、露出不足ね。ほとんど真っ暗。もうちょい近づかないと)
「……使えない」
 思わず霊夢はぼやく。河童と天狗は恨みがましい声でうめいた。ふたりとも職人魂をいたく傷つけられてしまったらしい。
 さきほどの弾幕はもうすでに拡散してしまっているが、敵の所在が不明な以上はうかつに動けない。
(霊夢、変だよ、まわりを見て)
 諏訪子に促され、霊夢はあたりを見回して口元を引き締めた。
 日光の届かない地底といえど、普段ならそこかしこに光源があったはずだった。
 散在する住居の家明かり、あるいは洞穴に湧く光ゴケ、夜光虫。誰かの灯したかがり火に、熱を求めて群がる怨霊たち。
 しかしいつのまにか、それらの明かりがまったく見えなくなっていた。霊夢の周囲はことごとく深い暗雲に覆われている。陰陽玉の放つサーチライトだけが頼り。
 そこにもうひとつ、まぶしく輝く光球が飛び上がってきた。うねるような軌道で霊夢の周囲を旋回する。
「人間! いるのはわかってるんだからね。正体を見せなさい」
 霊夢はうなずく。無言のうちに、彼女の身を覆っていた迷彩結界が解除された。ほぼ同時に、光球のほうもぱっと拡散してその中身があらわとなる。
「やっぱり、あんたがモケーレか」

「もけえれ?」
 怪訝そうに眉間にしわを寄せる少女、封獣ぬえ。なんでもいいわ、と言い捨てて、手に持つ三叉槍をびしりと目前に向ける。
「霊夢のほうだったのね。今日こそ引導を渡してあげる。覚悟しろっ」
 ぴくりと霊夢の片眉が上がる。腕組みをして、いかにも面倒そうに言い返す。
「ずいぶん自信たっぷりだけど、今日は日が悪いんじゃない?」
 過去の対戦において、対等の条件ですら霊夢は二度もぬえを打ち負かしている。ましてやいまは地上からのサポートつき。趨勢は明らかなようだが。
「ぬぇっへっへ……我に秘策あり。さあ、どっからでもかかってこい」
 霊夢がさっと手を振ると、何本かの長い針がその手に出現した。威力重視の装備で短期決戦を挑む構えだ。
(待ってよ霊夢。のしちゃったら話が聞けないじゃない)
 突然口を挟んだはたての声に、ぬえはそちらの陰陽玉を見つめる。
「んん? えーと、あなたは天狗だっけ。ぱっとしないほうの」
(ぱっとしないとか言うな。いずれは私が、妖怪一番のジャーナリストとして名を上げるのよ)
 どうでもいいから、と霊夢がつぶやいたのには聞こえないふりをして、はたては早口で問いつめる。
(それでぬえ。フランドールとはどういう関係なの。こいしも関与しているのよね。あなたたちが共謀して彼女に家出をそそのかしたと、そういう解釈でいいのかしら、この異変は)
 ぬえは面食らって何度か目をまたたかせた。そして目を細め、手にした槍の柄で自分の肩をとんとんと叩く。
「そんないっぺんに聞かないでよ。質問のしかたが下手糞ね、地上一の新聞屋さん」
 きいっ、ときしり声をあげるはたて。その態度に満足してか、軽く含み笑うぬえ。
「ちょっとしたサプライズのつもりだったんだけど、まあなりゆきでね。フランも乗り気だと思ってたんだけどなあ……なんか本気で怒ってたみたい」
 はっと息をつき、呆れまじりの口調で霊夢は愚痴る。
「あれを野放しにしちゃいかんでしょ。おかげで私の仕事が増えた」
「なによ。あの子だってたまには外の空気吸ったほうがいいわ。こいしがなに考えてるかは知らないけど、私はこれでいいと思ってる」
 ぬえはむっとして霊夢をにらむ。霊夢もその視線を真っ向から返し、針を構えた右手を持ち上げた。
「話し合いはなにも生まないか……誰出る?」
(はいっ、今度は私。とっちめてやらないと気がすまないわ)
 いきり立つはたて。その様子にぬえも身構えて、霊夢からやや距離を置いた。
 高まる緊張。だがしかし、双方ともしばらく動かずに見つめ合ったままだった。
(にとり、なにしてるの。切り替えて)
 どういうわけか、いつまで待っても陰陽玉が戦闘モードに切り替わらないため、霊夢たちは対応が取れないでいた。
 はたてにせっつかれて、にとりはぶっきらぼうに問いかける。
(悪いけど聞かせてちょうだい。ぬえだったよね)
 陰陽玉のむこうの、聞き慣れない相手の声にぬえは眉を動かす。
「誰、あなた」
(誰でもいいよ。ぬえ。本当に友達だったら、こんなやりかたはないんじゃないか)
 またも不満げな顔つきになるぬえだったが、特に反論はなかった。
(あの吸血鬼姉妹のことはよく知らないけどさ、幻想郷に来てからずっと、お互いにひとりっきりの身内だったんだろ。それを騙して連れていって、地上と地底に引き裂くようなやりかた、どうしてこれでいいなんて言えるのさ)
 渋い顔になり、言葉につまるぬえ。これは答えづらい質問だったらしい。
「そんなつもり……私だって、できれば仲直りしてほしいわよ。話をこじらせたのはそっちでしょ」
(ふうん。悪事を認める気はさらさらないと。聞くだけ無駄だったかな)
 ひとりごとのようにつぶやくにとりに、ぬえは腰に手を当てて憤る。
「こんな力ずくで押しかけてきて、好き放題にしてくれて、誰だって怒るに決まってるでしょ。あなたたちなんかにフランは渡さない」
 唇を突きだして言い返すぬえに向けて、霊夢は片手で追い払う仕草をした。
「っとにもう。だから面倒なんだっての」
 はあ? と聞き返されて、面倒そうに霊夢は答える。
「あいつと約束してるの。いつでも遊んであげるって」
 フランと? と問うぬえ。うなずく霊夢。
「そのたびにこんなとこまで降りて来いって? もっと近場にしときなさい」
「なにその理屈。意味わかんない」
 むう、と霊夢はうなり、真剣な眼差しになって向かい合う。
「あんたたちが誰と遊ぼうと、私の知ったこっちゃないわ。でもね、あいつの帰りを待ってる家は、地上のあの屋敷だけなのよ」
 ぬえは一度目をそらし、やはり真顔になって見つめ返す。
「冗談じゃない。よくもよってたかって勇儀をやっつけてくれたわね。人間なんていつもそう。まことに狡く、傲岸不遜である。いざ――」
「待ちなさい、ぬえ!」
 南無三、と言いかけたぬえに上空から声がかかった。にらみ合う両者の頭上、立ち込める暗雲の中からひとりの女性が降下してくる。
「パルスィ!」
 その姿を見て、ぬえはにっと笑顔に変わる。わざとらしく嘆息してみせるパルスィ。
「なにを熱くなってるの。先走りすぎでしょう」
「ごめん、なんかもう待ちきれなくて」
「あなたの作戦でしょうに。とりあえずあれ、配っておいたから」
 再び出会った地底の番人を、霊夢は油断なく見つめる。
「なあに。ふたり順番にやられにきたの」
「なんの順番よ。そこはふたりまとめて、じゃなくて?」
「いやいや、手助けは無用だから」
 舌打ちして、こんガキャ、とかすかにささやいたパルスィ。うってかわって笑顔を作り、霊夢に語りかける。
「あれだけ暴れておいて、勝ち逃げなんて許すはずがないでしょう。警告してあげたはず。あなたは地底の全てを敵に回していると」
 にらみ合いつつも、軽く頬をひくつかせた霊夢。表情こそ笑顔のパルスィだが、その緑眼の奥では怒りの炎が燃え上がっているのが感じ取れた。
(ちょっと橋姫。聞き捨てならないんだけど)
 諏訪子が声をかける。パルスィはそちらに視線を向け、小首をかしげる。
「ああ、これは洩矢の。こんな巫女につきっきりで、ずいぶんとお暇みたいですこと」
(はぐらかさないで。もしかしてそれ、手加減しないぞって言ってる?)
 軽い言いかただが、その口調の裏には警戒心がうかがわれた。
 地底の妖怪は、その忌むべき性質ゆえ地上を追われた者たちである。手段を選ばないつもりなら、人間ひとりの抹殺などたやすいだろう。いかに弾幕戦が得意だろうと人は人。致死性の病や毒、呪いには勝てない。
(そっちにも言い分はあるんだろうけど、取り決めは守ってもらわないと)
「守らなければ、どうだというんです」
(言わせる気? 霊夢を通じて、私がそっちに降臨してやる。地底界はミシャグジどもで満ちることになるよ)
 よしなさいって、と霊夢が声をあげる。口元を手のひらで隠し、くっくっとパルスィは笑う。
「まあ恐ろしい、聞いてみただけなのに。お偉い神様はおっしゃることが違いますのねえ」
(うぎぎ……冗談だと思ってる? やると言ったらやる)
 まあまあ、とにとりが諏訪子をなだめる。どっちらけてきた雰囲気の一同のもとに、さらに声をかけながら飛び込んでくる者がひとり。
「ぬえさーん!」
 今度は下の方向から暗雲をつっきって、一体の妖精がぬえたちのそばに飛び寄っていった。ぼろ切れを身にまとったお化け妖精。
「すいません、こっちも準備、整いました」
 息を荒くしながら報告して、それからやっと霊夢の存在に気がついたらしい。はわわわわ、とか口走りながら空中をあとずさり、パルスィの後ろに隠れる。
「なんなのそいつは」
 霊夢の疑問には答えず、鼻で笑うぬえ。
「もう横槍はいいでしょ。さっさと勝負をつけようじゃない」
「その自信はどこから来るんだか」
 ぼやいてみせた霊夢に、ぬえはにたりと笑いかけた。
「聞いたわ。スペルカードのルールって、霊夢が考えたんでしょ」
 言いながらぬえは腕を組み、やや背を丸める。奇妙な形をした彼女の翼がうごめき、そこから奇妙な生き物が這い出てきた。蛇のような、それでいて鳥か獣のような、なんとも説明しがたいクリーチャーが二匹。
「弾幕ごっこは基本、一対一の勝負。ただし――」
 ぬえの生み出した怪生物、正体不明の種が、パルスィと妖精のほうにふよふよと飛んでいく。それらが彼女たちの腕に巻きついたとたん、ぽんっ、と音を立てて二名の姿が変化した。
 緑色の大きなUFO、それから青白い小さなUFOに。
「使い魔の召喚なら自由、なんだよね」
 ぱしん、とぬえは両手を打ち鳴らす。そのとたん、あたりを覆い囲んでいた黒い霧が一斉に晴れる。
 そこかしこにUFOが浮かんでいた。赤いもの、青いもの、緑のもの、大小さまざま。宙を舞って、あるいは岩陰に隠れて、上下左右あらゆる方向から霊夢たちを取り囲んでいる。その数、ゆうに数百機。
「さあ、私のしもべたち。今宵限りのUFOナイトパレード、開幕よ!」
 手にした三叉槍を高く掲げるぬえ。沸き起こる歓声。
 野太い声、甲高い声、あるいは言葉にならぬ鳴き声で、いまや未確認飛行物体と化した地底妖怪たちが口々に鬨の声をあげる。
 さすがの霊夢も緊張の顔つきになる。通信先の三名もみな絶句していた。ぬえの力を知ってはいたのだが、ここまでの兵力をそろえてくるとは誰も予想していなかった。
「生かして帰すつもり、ないってこと?」
「安心して。私には、死体をおもちゃにする趣味なんてないから」
 ぬえは翼を広げて軽く浮上し、今夜の主賓に矛先を突きつける。
「あなたの骨は、命蓮寺のお墓に埋めてあげる!」

――

 たいていお部屋にこもっている私だけど、たまにはお出かけすることだってある。こんな月のない夜には、時計塔のテラスから星空を眺めてみたくもなる。
 フラン、と背後から呼びかけられた。いつものあの子が来たらしい。お部屋の外で出くわすのは初めてかも。ちょっとびっくりしたけど、私は振り向かない。
 探しちゃったよフラン、今日は私のお友達を連れてきたの。なんて聞こえてくるけど無視、ガン無視決定である。
 だってどうせ、声のほうに振り返ってみたところで――そこには誰もいやしないのだから。
 ああ、でも本当にそう言いきれるのか。こうも優しく私を呼んでくれる相手に、こんな冷たい対応でいいのか。
 ひとりぼっちの私に同情して、地獄の底から会いに来てくれたという彼女、こいしちゃん。決して姿を見せることなく、私以外の誰にも聞こえない声で、いままであれこれとお話をしてくれた。というか一方的に聞かされた。
 なんでも、彼女にもお姉様がいるのだという。とても優しい姉なんだけど、わけあって突き放されてしまったせいで、こいしちゃんは心を閉ざしてしまったのだという――なんなの、その設定は。
 ごめんなさいお姉様。フランドールはとうとう本物の気狂いになってしまったみたいです。だけどまだ、こんなやつの実在をやすやすと認めてしまうほど、私の理性は崩壊しきっていないと信じたいの。
 くすくすと癇にさわる調子でこいしは笑う。まるでそばにいる誰かと笑いあってるみたいに。
 やっぱりフランは面白いわね、だって。馬鹿にしてる。それはつまり、私自身が私を馬鹿にしているということか。
 ただの幻聴だなんて思ってる? 認めちゃいなよ。あなたの可愛いお友達がここにいるんだって、素直に認めちゃいなさいよ、ね。
 寒くもないのに身が震えてきた。これは恐怖か、歓喜か。そう、いつでも私だけと仲良くしてくれる、私だけのお友達がすぐそこにいる……
 ありえない! そう叫んで振り返る。
 ほらね。やっぱり誰もいないじゃない。ここにいるのは私ひとり。あなたが私の妄想の産物だってのは明らかなの。もう出てこないで。
 ぬふっ、と誰かが吹き出した。ぬへっ、ぬはははは、という正体不明の爆笑があたりに響く。
 今度はなに。どうやら『こいし』とは別人格みたいだけど。そいつが新しいお友達なの。
 そうよ、ぬえっていうの。ねえ、ぬえ。
 こいしひどい、ほんとひどい。えーと、私はぬえ、よろしくねフラン。つっても見えてないのか。
 ぬっひゅっひゅ、とか気味悪く笑う『ぬえ』の息づかいが近づいてくる。思わず身構えてしまう。
 これはこいしのいたずらだから、と彼女は言う。私たちはちゃんと実在する妖怪よ。どうフラン、私の姿を見てみたくない?
 いいから消えろ、という言葉が出かかったけど喉元でこらえた。消えろと念じて簡単に消してしまえるほど、私の狂気はヤワじゃないのだろう。いまは対決の時、そう自分に言い聞かせてうなずく。
 でろーん、というかけ声と共に、まるで尋常ではないそれが姿を現した。
 でたらめに融合した人体の塊。老若男女、およそ十名ほどの人間が重なり溶け合ったなにかがそこにあった。それぞれに手足をうごめかせ、苦悶の表情で声なき声をあげている。
 見込みが甘かったのかもしれない。私の内なる狂気の権化が、これほどおぞましいビジュアルをもって出現するとは。
 のどがひりついて声が出ない。私もこのひとつに溶け合ってしまえば、きっとなにもかも忘れて楽になれるのだろう。
 焦りと諦めが同居する奇妙な感覚の中、しかし無意識のうちに右腕が前に出た。負けないで、勇気を出して――こいしが語りかけてくる。なに調子いいこと言ってるの、あなたが連れてきたんでしょ。
 掌握。この怪物の致命的な急所と呼ぶべき一点、『目』を、確かにこの右手の中につかみ取った。
 握りつぶす寸前、一瞬の躊躇が心によぎった。こいつもまた私の人格の一要素であるなら、つまりこれは私自身を破壊する行為。私が私を壊したら、さてあとになにが残る? そして誰もいなくなる。うん、それでいい。
 きゅっとして――
 ぽんっ、という間抜けな破裂音が響いた。もっとこう、ドカーン、ぐらいの爆発になると思ったんだけど。
 あの怪物は跡形もなく消え去っていた。かわりに、黒っぽい服の女の子がその場に尻餅をついていた。目をぱちぱち、あたりをきょろきょろ。あれ、あれ、とか言いながらなにかを探している。
 誰あなた、と聞いてみる。彼女はぎょっとした顔で私を見つめて、さっきのぬえの声で問い返してきた。
 潰された? 私の種が? 何者なの、フラン!
 何者と言われても、それはこっちが聞きたいんだけど。そう言ってにらみ返すと、彼女はしゅんとなってうなだれてしまった。またキズモノにされちゃった、とかなんとかつぶやいている。
 そのとき、背後からぎゅっと誰かが抱きついてきた。ふっと耳元に息を吹きかけられる。びっくりして振り払おうとしたけど、かなりの力でしがみつかれてふりほどけない。誰よ、ちょっと放して。
 何度か身を揺すったらようやっと解放してくれた。犯人は見たこともない女の子。わたしだよー、と聞き覚えのありすぎる声で笑いかけてくる。
 本当に……あなたが、こいしなの?
 こくこく、と笑顔で女の子はうなずく。それにあわせて頭の可愛い帽子も揺れる。彼女は私のほうに両手をさしのべ、ぎゅっと手を握ってきた。
 これでもまだ、私が妄想の産物だなんて思える? だなんて。ついに私、完全に発狂してしまったのね。
 だってフランが面白すぎるから、と笑いかけてくるこいしの手の温もりが、なぜだかとても心地よかった。
 ぬえも気を取り直したらしく、立ち上がってこちらに歩み寄ってきた。よく見るとあなた、その格好は冒険しすぎじゃない? そんなぴっちりした服でふとももなんか出して、うちの門番ぐらいじゃないとサマにならないでしょ。
 彼女は音をさせて息を吸い込み、顔を赤くして言い返してきた。だって一輪が似合う似合うって言うから、だいたいあなたのが子供っぽすぎるのよ、とかなんとか。
 えへんとひとつ咳払いして、ぬえも片手を差し出した。
 ただものじゃないのは認めてあげる。このぬえ様の友達にしてあげてもいいわよ……と、ずいぶん偉そうに胸をはっている。
 開いてる片手で、ぬえの手を取ってみた。この子の手もあったかいな。
 じゃあどこ行こっか、と言って笑うこいし。地上のことはわかんないしなあ、案内してよ、と言ってこっちを見るぬえ。
 困ったぞ、私だってお外のことはよく知らないし。いやそれどころじゃない。駄目よ、そんな勝手に。
 脱走したら怒られちゃうの? とこいしが聞いてくる。そんなの気にすること? とぬえは難しい顔になる。
 お姉様に迷惑かけないなら、別にいいと思うけど。でも私、ひとりでお屋敷から出たことないから。
 これを聞いてぬえは笑顔になる。こいしとなにやら目配せを交わして、ふわりとふたりは浮かび上がった。私はバンザイの格好で両手を持ち上げられる。
 それじゃあ行こっか、三人で。そうね、風の向くまま気の向くまま。
 おいでよ、フラン!

――

 地の底に閃光が走る。
 陰陽玉がぱしゃりと鳴って輝くと、空中に光の矩形が描かれる。霊夢の身を襲った弾幕は、たちまち光の粉塵となって散逸した。
 記者を生業とする鴉天狗たちの得意技、弾幕撮影術。その効果は単なる防御に留まらない。撮影範囲に捕らえられてしまった何機かのUFOが、たちまち幻術を破られてその正体をさらけ出した。
 低レベルの怨霊、妖精、あるいは地底生まれのひよっこ妖怪程度なら、一撃で妖力を奪いつくして昏倒させるだけの威力がこの技にはある。写真に撮られると魂を吸われる――すでに外世界では信じる者もない迷信が、いまだ幻想郷には根付いているのだから。
 攻撃と防御を兼ね備えた機動戦闘型の科学妖術、それが弾幕撮影。カメラを手にした鴉天狗はすべからく全力のスペルで撃退すべし、との暗黙の了解があるほどだ。
「ぬう、相性が悪い……次!」
 ぬえの指揮に従って、ひときわ大きな赤いUFOが小型UFOを引き連れて霊夢に突撃していった。これといって統制のとれた動きでもなく、それぞれがでたらめに妖弾をばらまく。
 霊夢は滑るような動きで弾幕の隙間をすり抜け、続けざまに封魔針を射出する。どういう理屈なのか、いくら投げつけても弾切れの心配はないらしい。
 再び陰陽玉が光る。そこらの雑魚とは違って、大型UFOは一撃では落ちなかった。アネゴのお礼参りじゃあ! タマとったらあワレえ! とか荒々しく叫んで、いっそう激しく弾を放出する。
「ほら、巻いて巻いて」
(巻くタイプのカメラじゃないんだけど……ほいきた。つっこんで!)
 攻撃のわずかな合間を見切って、霊夢は針を連射しながら突進する。鳴り響くシャッター音。
 無防備となった所をさらに狙い撃たれたUFOが、ついには派手に爆発した。おんどりゃ覚えときやあ! と言い捨てながら金棒を振り回し、名も知らぬ赤鬼が地の底に墜落していった。
 そちらには目もくれず、霊夢は素早くあたりを見回した。戦闘開始から数分、この短時間のうちにかなりのUFOを落としたはずなのだが、いまだ敵勢力は圧倒的多数。すぐには仕掛けてこず、霊夢の周囲を遠巻きにゆっくりと旋回している。
 そこからさらに外側で、ぬえは槍を振りかざして大声を上げる。
「ひるむな者ども。敵はひとりだ、かかれ、かかれぃ」
 これに応えて、今度は青いUFOたちが霊夢に向かっていった。オジキの無念、晴らしたるでえ! ワシもお供させてくれ、アニキ! などと声を掛け合いながら、力任せの弾幕をひたすらに撒き散らす。
 しかめっつらでその様子を見つめていたぬえの隣に、緑色の大UFOが接近してきた。
「だめね、ああいう男の弾幕は。華がないわ」
「うん……じゃあパル、次行ってくれる?」
 いいけど、と言ってパルスィUFOが浮上する。
「びしっとしなさい。あなただって伝説の妖怪でしょう。大将がそれじゃ、みんな不安になるわよ」
 ぬえは唇を結び、深くうなずく。緑のUFOはかすかに笑いの息づかいを漏らした。
 ぬえのもとから飛び上がって、パルスィは何名かの知り合いの名を呼んだ。彼女のもとに大型のUFOが集まり、言葉を交わし合う。
 しばし作戦会議となったパルスィたちとは別に、集まってわいわい言い合っている一団があった。いずれも小型の青白いUFOたち。霊夢がさほど苦も無く交戦相手を打ち倒したところで、入れ替わりにその前に立ちふさがり、円陣を組む。
「地上で鳴らした私たち墓場の妖精は、忌み嫌われて地下に潜った」
「しかし地底でくすぶってるような我々じゃあない」
「おやつしだいでなんでもやってのける命知らず。あたいら――」
 せーの、と少女たちが声を合わせる。
「特攻妖精、ゾンビフェアリーズ!」
 わあっと声をあげて、妖精UFOたちが霊夢のもとへ殺到する。腕を上げて身構えた霊夢だが、陰陽玉のほうからなにかを告げられて渋い顔になる。
 攻撃はせずに、敵のほうを向いたまま後退する霊夢。散発的に小弾を撃って追いかけてくるUFOたちから一定の距離を保って、その周囲を旋回するように逃げまわる。多数対一人の、逆鬼ごっこが始まった。
 ぬえはきょとんとした顔でパルスィのほうを見上げる。
「あの子たち、意外といけるんじゃない」
「無理ね。相手は冷静よ」
 われさきにと目標を追いかけるUFOの群れは、やがて霊夢の動きに誘導されてひとかたまりに密集するようになった。おもむろに霊夢は針を打ち出しはじめる。
 次々と撃破されていく妖精たち、いずれも死に際に反撃の大弾をばらまいていった。無秩序に放出された弾幕が、ほとんど先を見通せないほどに戦場を埋め尽くすが……フラッシュの一閃により、たちまちかき消される。
 ばらばらになったUFOの破片が寄り集まり、その肉体が再生されていく。そしてまた、てんで勝手に霊夢を追いかけ回しはじめた。
「あれじゃ時間稼ぎがいいところ。本来の主がいれば別なんでしょうけど。呼んで来なかったの?」
 叱責めいたパルスィの言葉に、ぬえはむくれ顔になる。
「猫と鴉には知らせてない。教えたら絶対無茶しちゃうからって、さとりが」
 そ。と簡潔に答えて、パルスィはまた仲間たちの輪に戻っていった。
 彼女の予想通り、それなりに粘ったゾンビフェアリーたちだが、針と撮影の洗礼を何度も受けやがて回復力を失ってしまった。やる気の失せてしまった者から地の底に散っていく。これでしばらくは復活不能だろう。
 最後までしつこく残った一機のUFOも、霊夢の一撃を受けて幻術を引き剥がされてしまった。いっぱいに涙を浮かべて、悔しげに霊夢をにらみつける。その視線をふさぐように、大UFOの集団が両者の間に降下してきた。
「やめときなさいそんな顔。弾幕ごっこは楽しくやらなくちゃ、ね」
 こくりとうなずき、満身創痍の妖精はよろめきながら離脱していった。それを見届けて霊夢が口を開く。
「どの口で言ってるんだか。あんたたちさあ、いい加減かったるいんだけど」
 そいつは失礼、と言って、パルスィとは違うUFOが前に出る。
「久しぶりだね人間。そっちの天狗さんも」
 あー、と言って首をかしげる霊夢。誰? とはたてのほうに尋ねる。
(見分けつくわけないでしょ、この状態で)
 ほう、と声を上げる樺色のUFO。
「ついさっきも会ったじゃない。ま、わかんないなら好都合」
 この会話の間に、その他のUFOは後方に撤退していった。ひとまずこの場はこの妖怪に任せるつもりらしい。
「退屈させちゃったなら悪いね。この遊び、まだいまいちわかってないやつもいるから」
「あんたにはわかるっての?」
 ふ、とUFOが息をつく。全く顔色が読めないので、どういう感情がこもった嘆息なのかはよくわからない。
「忘れてたはずなんだよね、人間への恨みなんか。いや、恨む必要もなかった。私たちの居場所はこっち側しかないんだから」
「ひとりごとの多い飛行物体だこと」
 ははっ、と笑って浮上するUFO。地底に充満する希薄な瘴気がそこに吸い寄せられて、大きな網の目をかたちづくる。
「きっと楽しかったの、本気で人間とやりあってたあのころが。思い出させてくれて感謝してるよ。博麗霊夢」
 名を呼ばれ、霊夢はぴくりと眉を上げる。
「あんたも鬼の同類か」
「お褒めにあずかり光栄ね。まあ楽しんでいってよ。まずはこのスペル――四天王、坂田金時の鉞(まさかり)!」

――

「さとり様、さとり様!」
 誰かがお部屋の外で騒いでいる。うるさいなあ、もう。
「ふたりとも、休んでなさいと言いましたよ」
 壁に寄りかかってうずくまった体勢のまま、私はぼうっとして外の会話を聞き流していた。あ、なんか顔がべちょべちょになってる。また知らないうちに泣いてたのかな。
「だって、どうして誰もいないんですか。みんなどこに行ったの」
 この姿勢はちょっと腰が痛くなってきたので、ごろんと床に横たわる。生暖かくて気持ち悪い。だいたいこのお部屋は蒸し暑すぎるのよ。
「また地上の連中が攻めてきたんですよね。妖精たちから聞きました」
「だったら、地霊殿は私たちが守らないと。もう元気だから、私だって戦え……」
 あぎがっ! みたいな妙な悶絶が響いた。だからうるさいってば。
「あらまあ。あなたほどの者が、どうして私なんかの弾に当たるのかしら」
「んぐっ……だって、寝てられるわけないもん。みんな、みんなが」
 そしておくうはおいおいと泣き出した。おくう? そうだ、さっきから騒いでるのは鴉のおくうだ。
「まともに動けないのは認めます。だけど、あたいらにもできることってなにかないんですか」
「ありません。いまは回復を待ちなさい」
 さとり様! とペットたちが呼びかける。どこかよそでやりなさいよ。私には孤独をかみしめる自由もないっていうの?
 ふうっ、と深いため息が聞こえた。
「せめて私を困らせないでちょうだい。いまのあなたたちでは戦力外。ここまで敵が来たなら逃げなさい、これは命令です」
 冷たく言い放つさとり。二匹ともやっと静かになってくれた。
「……そう。逆らうつもりね。言いたいことがあるなら、ここで言葉にしてみせて」
 いったいなんの話だろ。嫌だ、考えたくない。どうでもいい。
「だって、やっとこいし様にお友達ができたのに。馬鹿みたいにへらへらしてばっかりじゃなくて、すねたり怒ったりできるようになったのに」
 とにかく全身がだるい。目の前がぐるぐる回ってきたので目を閉じてみる。
「いままであたい、ぬえのやつのことを見下してました。あれだけ力があるくせに、人騒がせ以外に能がないろくでなし……でもいまは仲間のために、みんなの頭になって戦ってる。あたい、自分が情けなくて」
 なんにもする気が起きない。だからなにもしない。うん、なんにもしないでいるのは得意。いままでずっと、そうやって過ごしてきたんだもの。
 そもそも私、なんでこんなところにいるんだっけ。
 さっきさとりの書斎を飛び出して、あてもないけどとりあえず下に下に降りていったら、だんだんあたりが暑くなってきて……もうどうでもよくなってきて、そのへんの物置きで休むことにしたんだった。
 われながらなんたる無計画。どこへ逃げたって、どうせ変わりはしないのに。
「地上妖怪の手を借りた人間たちの実力、身をもって知ったはずでしょう。みなが力を合わせても、ここを守りきれる保証はありません」
「だったら!」
 いちいちうるさいってば。ちっくしょう、頭がガンガン痛む。お願いだから静かにして。
「だから、いまはフランドールのそばにいてあげて。あの子をひとりにはできない」
 うげ。吐き気がしてきた。比喩表現じゃなくて本当に、胃がむかむかして腹筋が痙攣しはじめた。
 やめてよ、ほっといて、いいからかまわないで。
 痛いよ、苦しいよ。誰か、誰か。
「フランドール!」
 ドアが開き、外の光が射し込んできた。さとりが駆け寄ってきて私を抱き起こす。あっ、と声を上げた彼女に、何度か体をゆさぶられる。
「……気持ちの問題、じゃなくて。これって」
 さとりは横を向いて大声で呼びつけた。
「おりん! 窯場に大団扇があったでしょう、あれをもってきて。おくうはなにか冷たい飲み物を。早く!」
 うろたえながらも、ばたばたと飛び去っていくペットたち。一方さとりは、私の両腕を持ち上げて服を脱がせはじめた。
 タイをほどかれて、かなり強引に上着をはぎ取られる。今度は仰向けに寝かせられて、ブラウスのボタンをはずされる。なに。これってなんのプレイ?
「応急処置です。いいから楽にして。どうしてもっと早く呼んでくれなかったの」
 そんなこと言われても。どうしちゃったんだろ私。このまま死んじゃうのかな。
「一時的なものでしょう。涼しくして水分をとればおさまるはず」
 言いながらさとりは私のおでこに手を当てた。ちょっとだけ冷たいかも。
「そう。あなたの場合、体調を崩した経験がほとんどないのね。早く気がつくべきでした」
 目を閉じて、しばらくさとりの手のひらの感触に意識を集中してみる。まだ世界がぐるぐる回ってる感じがする。
「……ごめんなさい。勘違いしていたのは私でした。状況が落ち着いたなら、詳しくお話したいのだけど」
 ペットたちがあわてて戻ってきた。すぐにさとりが指示を出す。
 横になったまま、ばっさばっさと大きな団扇であおがれる。軽く抱き起こされて冷たいお茶を飲まされる。すごく気持ちいい。
「あまりに異常だとは思いませんか、フランドール」
 だいぶ楽になってきたところで、さとりが尋ねてきた。どういうこと。
「夜の王、真の吸血鬼たるあなたが、この程度の暑さで熱中症にかかるだなんて。いまのあなたの体力は、ただの人間なみに低下しているようです」
 よくわからないけど、私は病気ってこと? それはそうか。妖怪だもの、心が弱れば体も弱る。
 そっと私を床に寝かせて、さとりはひざをはらって立ち上がった。
「ふたりとも。任務を与えます、拒否は認めません」
 二匹が緊張の顔つきになる。
「あなたたちはここに留まって、フランドールを守る最後の盾となりなさい。ただし無茶はしないこと。スペルはひとり一回だけ。いいわね」
 はいっ、と声をそろえて返事して、笑顔で視線をかわす二匹。なんでそんなに元気なの。あなたたちだって、まだあちこち傷だらけじゃないの。
「心配しないでフラン。こんな怪我へいちゃらよ」
「とどめ刺したのはあんただ! あ、どこ行くんです、さとり様」
 部屋を出かかったさとりが振り向く。その横顔は、さっきの二匹の表情とそっくりな、決意を秘めた不敵な笑みだった。
「教えてあげなくてはいけません。おごり高ぶった地上の者たちに、地底妖怪の恐ろしさをね」

――

 地の底に花が咲く。
 咲夜の投じたナイフが数百の刃となり、標的の周囲を完全に封鎖する。人っ子ひとり抜け出る隙間もない、球体状の刃の檻が一瞬のうちに形成された。
 そして時が動き出し、哀れな犠牲者をくまなく串刺しにする……かのように見えた。そのはずだった。
「ざーんねん」
 内向きに収縮し、交差して外向けの拡散に転じるナイフの壁。そのすぐかたわらにこいしの姿があった。押し寄せる弾幕を苦もなくすり抜けて、ぱちりとウィンクする。周辺にいくつもの炸裂が発生し、飛び散る弾丸が咲夜を襲う。
 いぶかしみながらも、咲夜はもう一度ナイフを投擲した。再び発生する刃の花に目をこらす。
「また消えた……」
 止まった時間の中、こいしの姿がどこにも見えなかった。
 タイムアップ。咲夜の主観では時が動き出したその瞬間、弾幕の檻の外側にこいしが出現した。
 彼女の能力が単純な透明化であるなら、この移動は説明がつかない。しかし覚妖怪は精神操作に特化した種族と聞く。そのなかで、彼女だけが特別にテレポート能力を有しているとは考えづらかった。
「原子の位置と速度は、同時に測定できないのよ」
「その手の講釈、私にしないでもらえるっ」
 みたび打つ。時を止める寸前、咲夜が腕を振りかぶった時点から、こいしの姿がぼやけはじめているのが目視できた。やはり、と確信のつぶやきが漏れる。
(化かされているわよ、咲夜)
「そのようですね」
 時が止まってからこいしが移動したのではない。咲夜が勝手に狙いを誤っていただけ。
 こいしの力によって咲夜は無意識のうちに知覚を乱され、目標の位置を誤認識させられていたのだろう。そう推測できた。
 いまは大きな蝙蝠の形状となっているレミリアの魔導書が、咲夜の盾になるように前に出て弾丸を放射しはじめる。これ以上スペルを継続しても無意味と判断し、攻撃パターンを変えてみる一手だ。
 こいしは無造作にこれをかわし、また両腕を高く掲げる。
「じゃあいくよ。受け取めて、私のハート!」
 宣言通り、ハート型をした妖弾が彼女の周囲に形成され、留まることなく撃ち出されはじめた。見る者を幻惑する不安定な軌道を描き、左右から咲夜を包み込む。
(対策は?)
 小声でささやくレミリアに、やはり小声でパチュリーが返す。
(パターン化は困難。特効属性もなし。持久戦あるのみね)
 聞かなきゃよかった、とぼやくレミリア。ちっと舌打ちするパチュリー。
(それだけ脅威ということよ。咲夜は回避に専念、攻撃はレミィが担当)
 途切れなく押し寄せるハート弾。被弾を恐れて不用意に後退すれば、弾幕の停滞する一帯に押し込まれて身動きがとれなくなる。かといって闇雲に前に出てもそれだけ攻撃は苛烈になる。
 ここでむやみに時間を止めるのは得策ではない。能力合戦になったら分が悪いことはさきほどのスペルで証明されている。
 咲夜が自由に時を操ってもいいのなら、こいしだって自由に身を隠していいことになる。それでは勝負にならないのでお互いに自重しているのだ。
 いまや咲夜の異能は封印されたも同然であった。
(激しいのね、あなたの愛は!)
 蝙蝠の姿でレミリアは叫ぶ。このスペルを一刻も早く中断させるべく、ありったけの粒状弾を浴びせかける。
「そうよ、恋に恋するお年頃なの」
(ならば奪ってみなさい、独占してみなさい、あの子を)
 怒鳴るように告げたレミリアの魔導書から赤いオーラがほとばしる。一筋の流れとなってこいしを撃つが、厚い弾幕に遮られてその身までは届かない。わずかの間、攻撃を打ち消す程度に留まった。
(なにを遊んでいるの)
 不機嫌そうにぼやくパチュリー。やはり苦い顔をしている咲夜のかたわらに寄り、ささやく。
(とにかくしのいでちょうだい。次はたぶん、このスペルの逆回しが来る。背後からの攻撃には……)
 ここで唐突に、こいしからの攻撃がぴたりと止んだ。同時にパチュリーが沈黙する。不審に思い、脇に目を向けて咲夜も絶句する。
「ずるいと思うわ、カンニングなんて」
 魔導書の表紙を裏からぶち抜いて、少女の爪の先が咲夜の目前に突きつけられていた。
 突然の出来事に戸惑いつつ、咲夜は反射的に飛び退きながらナイフを投じる。身をかがめてこいしはそれをかわす。
 ここまで咲夜につき従ってきた三冊の魔導書。いずれにも対弾幕防護の呪印が刻まれており、度重なる激戦にも問題なく耐えてきた。
 しかしながら、物質としての強度は普通の本と変わりがない。こいしは身を隠して咲夜のそばに忍び寄り、その純粋な身体能力だけで、ぶ厚い本を素手で貫通してみせたのだ。
(やって、くれたわね……)
 悔しげにパチュリーはうめく。まだこいしの右手によって貫かれたまま、ぱちぱちと火の粉を飛ばす。
(もう容赦はしない。戦闘モード、完全解放)
 それだけ告げて、魔導書は炎をあげて派手に燃え上がった。こいしは無造作にそれを投げ捨てる。特に火傷をした様子もない。
「いまだけの出会いを楽しみましょう。集まれ、みんなのハート!」
 今度は戦場一帯からハート弾が沸き上がり、こいしめがけて殺到しはじめた。さきほどのパチュリーの警告通り、咲夜は背後からの弾幕に襲われる。
 残された一冊、美鈴の魔導書が輝きだした。すぐさま咲夜は告げる。
「引っ込んでいなさい」
(どうしてっ。彼女は格闘を挑んできた。応戦する権利があるはずです)
「これはお嬢様と私の……くっ」
 おしゃべりしながらかわせるような弾幕ではない。背後から肩口に被弾し、咲夜は前方につんのめった。衣服が破れ、真白い肩があらわになる。完璧なる従者にあるまじき醜態。
(なに遊んでるの!)
 レミリアがカバーに入る。大きく翼を広げて咲夜の後方に飛来し、左右に紅霧を吹き出して攻撃を食い止めた。
 珍しく、強い口調で美鈴は問いかける。
(これは私たちみんなの戦い。違いますか)
「あなたは信用できないっ」
 言い捨てて、咲夜はこいしに向けてナイフを投じた。だが押し寄せる弾幕に阻まれてはじかれる。
 レミリアは口出しもせず、防壁を展開したまま様子をうかがっていた。咲夜は新たな武器を取りだし、二度、三度と投げる。そのたびにナイフの雨が降り注いだが、いずれもこいしに当たる寸前の所で防がれてしまった。
(なにヤケになってるんです。力を合わせましょう、咲夜さん)
 答えず、もう一度腕を振りかぶったところで、咲夜は標的を見失って動きを止めた。
 互いの攻撃が止む。またも身を隠したこいしの声だけが響く。
「なんだかつまんない。真面目にやってくれないかな」
 咲夜は歯噛みする。レミリアがすました声で代わりに答える。
(あら失礼……さっきからなんのつもり、咲夜)
 冷たく名を呼ばれ、咲夜の表情がこわばる。なにごとかをつぶやき、顔を上げて振り向いた。
「お嬢様こそ、どうして本気を出してくださらないんです。必ずや妹様を奪還する――それが、私たちの目的ではなかったのですか」
 レミリアの蝙蝠を見つめる咲夜、その瞳がわずかにうるんでいた。レミリアはふっと息をつく。
(口答えするの。そんなメイドを使ってる覚えはないんだけど)
 拳を握り、咲夜は腕を震わせる。
「誰よりもお嬢様が、妹様を案じていらしたのに。私たちだって決して、あのかたをのけ者になんてしていない」
(だからなに)
 ばさりと翼を開閉し、レミリアはゆっくりと上昇していく。
(それは独善というものよ。籠の中では息苦しいというのなら、その翼に羽ばたく力があるのなら、あの子は運命にあらがうべき)
 レミリアの目前にこいしが姿を現した。いつもの笑みを浮かべ、値定めるように見つめる。
「やっぱり素敵なお姉様。いっしょに踊ってくださる?」
(来なさい。熱い夜にしてあげる――ヴァンピリッシュナイト!)
 蝙蝠が数十体に分裂して大群を作る。すぐには襲いかからず、さらにその数を増しながらこいしに迫る。
 うっとりとしてそれを眺めていたこいしだが、はっと我に返ったそぶりで手を打つ。
「思いついちゃった。名付けて……紅夢、ブラッディーローズ!」
 勢いよく両腕を上げたこいし。その挙動にあわせて、鮮やかな血の色をした光球が渦巻くように放射される。
 さきほどまでの苛烈な弾幕に比べれば、これといって目立つ点もない地味な攻撃に見えた。レミリアの呼び出した蝙蝠たちは苦もなく弾の間をくぐり抜けていく。
 第二波。今度は青紫の光球が放たれる。それと前後して、さきほど第一波で撃ち出された弾の形状が変化する。撒き散らされた弾がそれぞれ拡大して、真っ赤な薔薇の花の形となった。
(素敵なブーケね!)
 なんとかこれをかわした蝙蝠たちが、素早く羽ばたいてこいしのもとへ飛びよろうとする。
「じゃあ受け取ってくれる?」
 今度は青い薔薇が咲く。その花びらに触れてしまったレミリアの分身たちは、即座に破裂して赤い霧に還元された。
 一瞬だけ、本体である魔導書があらわになったが、すぐに湧きだした蝙蝠によって覆い隠された。そこにまた赤い薔薇が迫る。レミリアはわずかに後退してこれをやり過ごす。
 赤と青、こいしの放出した種が交互に咲き乱れる。脈動するように開花する弾幕によって、レミリアは容易に敵に近づけないでいた。
(いくらお嬢様でも……咲夜さんっ)
 反応薄く、咲夜は呆然としてこの光景を見上げていた。
「どうしろっていうの」
 はい? と聞き返した美鈴に、棒読みのような口調で言い返す。
「お嬢様には勝ちに行く気なんてなかった。ただ妹様の真意が知りたかっただけ」
 蝙蝠の群れは、踊るように左右に往復して弾幕の薄い場所をくぐり抜けていく。この短時間で回避のコツをつかんだらしい。それに対応してこいしも攻撃パターンを変えた。赤と青の弾列が一体となって渦を巻く。
(だったらなおさら退けないでしょう。私に非があったならおわびします。でもいまは)
「いまは、なに。力づくでも連れ戻せというの。違うのよね、あなたの考えは」
 美鈴は口を閉ざして様子をうかがっている。咲夜は震える声でさらに言いつのる。
「認めるっていうの? 本当に出ていくつもりなの? 私……たちを、紅魔館を捨てるというの。美鈴!」
 表情を歪め、怒鳴るように咲夜は問い詰める。美鈴はなにも答えられずに沈黙を保った。
 猛烈な弾幕を放ちながらも、まるで緊張感のない顔つきでこのやりとりを眺めていたこいしがつぶやく。
「修羅場だなあ。ねえ、ペットたち喧嘩してるよ。止めないの?」
(ペットじゃないわ。あれは私の下僕)
 涼しい声色で答えるレミリア。猛攻をいなしきれずに、じりじりと後退させられていても余裕の態度を崩さない。
「どう違うのよっ」
 こいしの弾幕開花がいっそう加速する。回避のリズムを乱されて、レミリアは薔薇弾に正面から飲み込まれてしまった。唐揚げにされた蝙蝠たちが瞬時に蒸発し、盛大に血煙を上げる。
 もうっ、と軽く声を上げて、レミリアはまた新たな分身を生成した。彼女の妖力も無限ではない。このままではじきにスペルを破られる。
(ペットならば、飼い主がお世話しなくちゃいけないでしょう――)
 再び薔薇弾が襲いかかる。レミリアは一度、群れを大きく散開させてこれをかわした。
 そして蝙蝠たちが結集する。魔導書から続々と湧いてくる分身たちと合流し、一点に依り集まって濃密な集合体となった。寄せ合ってうごめくその塊の内部から、血の色の輝きが溢れ出す。
「下僕とは、主のためにつくす者!」
 両翼を広げて繭を脱ぎ捨て、レミリア・スカーレットが完全な姿を現した。大きく振りかぶった右手には赤く輝く槍が握られている。犬歯をむき出した笑顔でこいしをにらみつけ、一息に光の槍を投擲する。
 一面に咲いた花弁を破り散らして、一筋の光条がこいしに迫る。きょとんとしてそれを見つめる彼女の周囲に、球体状の障壁が発生して攻撃を受け止めた。
 一撃では終わらず、再びレミリアは神槍を形成して投げつけた。こいしの展開する盾を矛先でえぐり、激しく火花を散らす。
 咲夜は固唾を飲んで戦況をうかがっていた。美鈴は絞り出すような声で語りかける。
(私だって、お屋敷を離れたくなんかない。あなたの思いやりを裏切るのはつらい。けれど)
 咲夜は微動だにせず上方を見つめている。レミリアは振り向きもせず、渾身の力をこいしにぶつけ続ける。
「いつまで閉じこもっていられるかしら」
 こいしは両腕を前に向け、力を前方に集中させた。張り付いたような笑顔で問い返す。
「お姉様こそ、どれだけやせ我慢できるのかしら」
 レミリアのかたわらに浮かんでいる、輝く魔方陣が刻まれた魔道書。その表紙からは白煙がただよい出し、光の紋様の周囲がちりちりと焼け焦げている。
「なに心配ない。我が一党は精鋭ぞろい、おかげで前だけ向いていられる」
 こいしは頬をひきつらせた。彼女を守るバリアが拡大し、つきつけられた光線をはじき返す。
「後ろとか、自分の内側も気にしたほうがいいんじゃない」
「そんなもの、とっくに見飽きたっ」
 振りかぶり、またしても武器を出現させるレミリア。歯を食いしばり、それでも笑みを見せて槍をぶつける。
(行きましょう、咲夜さん。たとえ行く手が別れても、私たちの生きる道はひとつ)
 静かに目を閉じる咲夜。ひと息吸い込んで、しっかりと主の姿を見つめなおした。
「それがお嬢様のお望みならば」
(我ら、スカーレットのために)
 軽くうなずいて身をかがめ、風を巻いて咲夜は飛び上がる。その横にぴったりと美鈴の魔道書が追随し、まっすぐにレミリアの元を目指す。
 全身から煙を立ち昇らせているレミリアは、あざ笑うような顔つきでこいしを指さした。
「さあ、その無意識の力とやらで、私の運命を曲げてみなさい」
「いらない。放っといて。私はただ、私の世界を守るだけ」
 困惑、怯え、怒りと、こいしは様々に表情を変えて、でたらめに波形の乱れた弾幕を撃ち出す。
 再び振りかぶる姿勢を見せたレミリアだが、それはフェイント。全身をぱっと蝙蝠の群れに分裂させて一気に距離を詰め、薔薇弾が開花する寸前にその内側へ潜り込む。
(本気で言っているのなら――)
 こいしの目前で集結し、ふたたび人型をとったレミリア。その両腕は大きく左右に広げられて、爪の先は獲物の首筋へと向けられていた。ぐっと身を乗り出し、勢いよく両腕を閉じ合わせる。こいしは思わず目をつむる。
「寂しい子ね、あなたは」
 おそるおそる目を開けたこいし。ごく至近距離でレミリアと見つめ合った。レミリアは優しく微笑んで、こいしを抱き寄せたままささやきかける。
「こそこそ隠れてないで、次から堂々と遊びに来なさい。歓迎するわ、私なりに」
 驚いて目を丸くするこいし。みるみるうちに顔が赤くなる。何度か口を開け閉めしたが、まともな言葉にはならなかった。ぎこちなく顔を背けてうつむき、額をレミリアの肩に乗せる。
「……はい。お姉様」
 こいしの帽子を軽く叩いて顔をあげ、レミリアはただ一言命じた。
「やれ!」
 その背後に咲夜が迫る。脇に構えた右手から、鮮やかな七色の輝きが溢れ出す。
(華符、彩光――)
「蓮華掌!」
 咲夜は躊躇なく、主の背中に掌底をぶち当てた。しょせんは分身体に過ぎないレミリアの肉体は、あっけなく粉々に砕け散った。
 そのまま勢いは止まらず、咲夜の右手がこいしの正中を捉える。半回転だけ手首のひねりを加え、渾身の気を込めて打ち抜く。
 空中で大きくのけぞるこいし。打撃を受けた胸の反対側から彩光が噴出し、見るまに全身へと広がっていく。痛みすら感じていないのか、ただ呆然と虚空を見つめている。
「恋、しちゃったかも……」
 輝きが極大に達し、虹色の花火となって炸裂する。やがて洞穴に暗闇と静寂が戻ったとき、こいしの姿はもうどこにもなかった。

 美鈴の魔導書から光が失せた。本体が完全に意識を失ったらしい。動作の制御も失って、地底からの風に吹かれてふらふらとさまよい遠ざかっていく。
 レミリアの魔導書は表紙が焼け焦げて、ぶすぶすと黒煙を吹き出していた。
(彼女もまた、美しき使い手であった)
 本の角の方から、ぼっと火の手が上がった。すぐ全体に燃え広がっていく。咲夜は眉をひそめてそれに向かい合う。
「申し訳ありません。私が至らないばかりに」
(いい。存分に楽しめた。あとは好きにやりなさい)
 かしこまりました、と礼をする咲夜に見送られ、魔導書は燃え尽きながら地の底へと沈んでいった。

――

(にとり、弾幕ブーストだ)
 厳かに諏訪子が告げる。歯切れ悪くにとりは答える。
(危険です。陰陽玉の限界が)
(ナマ言ってる場合じゃない。いまだけでいい、なんとかもたせて)
 言い合っている間にも、小型UFOの編隊が押し寄せてきた。霊夢は必要最低限の機動で射撃を回避していく。さきほどから立て続けに敵のスペルを破ってのけた彼女が、こんな雑魚の群れに臆するものではない。
(れーむー、援護いる?)
 くたびれた声のはたて。ここまでの戦いで、彼女の撮影枚数はすでに百枚に近い。次の撮影までのチャージ時間が明らかに遅延してきていた。
 やはり疲労を感じさせる声色で、霊夢が一喝する。
「しゃきっとせんか。まだ待って、たぶん次がやばい」
 しばし手を出さずにUFOたちを誘導する霊夢。敵が出そろったところで大きく動いて切り返す。一気に射撃を浴びせかけ、反撃の弾を小刻みにかわしていくが、その最中にも新手がくる。
(限界なのはふたりとも一緒。けど敵さんには余力がある。ここで決めなくちゃあとがない)
 叱咤する諏訪子。黙り込むにとり。そのとき、敵軍をかきわけて大型UFOの集団が接近してきた。
 さきほどから四度にわたり、ひとり一枚ずつスペルを放っては撤退していった地底妖怪たち。いずれのスペルも、かつて妖怪退治で名をあげた伝説の侍の名を冠していた。
 UFOたちの中でも唯一見分けがつく、緑色の機体が声を上げる。
「さすがね霊夢。天下一の退治屋の腕前、みなが認めたみたいよ」
「ありがたくもない。私はちょいと、いたずらっ子どものおしおきを頼まれただけよ」
 小UFOたちが退散したところで大UFOたちが前に出て、パルスィをかばうような布陣を組む。
「簡単に言ってくれる。その自信たっぷりの鼻っ柱、へし折ってやりたくなるのは私だけ?」
 妖怪たちが気を溜めはじめた。静かに熱く、UFOたちの周囲で様々な色合いの炎がゆらめく。
「地底はいい所よ。気の知れた仲間が集まれば、おいしいお酒はどこでだって飲める」
「ならどこぞの魔法使いでも誘ってあげて。私は塩でも持ってくる」
 針を左手に持ち替えて、腰に差した玉串を抜く霊夢。その先の紙垂を軽く振ってみせた。妖怪たちの気炎がいきり立つ。
「だけどいくら浮かれ騒いでみても、拭いきれやしない怨念無念。祓えるものなら祓ってみなさい」
 怒りを押し殺すように告げたパルスィ。一転して、読み上げるような口調でスペルを宣言する。
「――毒盃、源朝臣頼光の神酒」
 UFOたちが一斉に高速の散弾を放つ。弾丸はすぐに減速して、降りしきる雪のようにじわじわと霊夢に迫る。
 はじめはぱらぱらと、散発的に小弾が行き交うだけだった。この程度の弾ならそのへんの妖精だって撃てる。
 しかし徐々に攻撃は勢いを増していく。細雪が粉雪に、やがて本降りとなり、視界もままならぬ大雪となる。その軌道も単純な直線だけではなく、微妙に、あるいは大きくカーブして、横から霊夢をなぎ倒そうとする弾が混じりはじめた。
「あれか、だんだん酔いが回ってくる感じ?」
(のんきなこと言ってない。にとり、さっさとやって)
 はたてが焦りの声をあげる。にとりはためらいがちに聞き返した。
(本当にいいの? 姫は霊夢の勝負が撮りたくて来たんだろ。最後まで、一緒に)
 はっと息をのんだはたて。絞り出すように語りだす。
(……ありがと。でもいいよ。こんなところで足引っ張れないわ。私だって、このチームの一員だもの)
 横殴りの弾幕が勢いを増す。やがて猛吹雪となるのも近い。いくら霊夢でも確実にかわし続けられるものではない。
 はたて用とにとり用、ふたつの陰陽玉が淡く光りだした。同期して点滅しながら明るさを増していく。
(パーティション連結。アロケーション正常。弾幕ブースト、最大っ)
 低速だがきわめて濃密な弾幕に包囲され、霊夢は身動きすら満足にとれない。そこへUFOたちが一斉に短刀弾の列を放つ。回避しようとするそぶりもなく、霊夢は薄く目を開いて迫る刃を待ち受けた。
(連写、ラピッドショット!)
 陰陽玉が続けざまに閃光を放つ。けたたましいシャッター音の連続と共に、長方形のフレームが次々と空中に出現する。光の図形が現れては消え、弾幕もUFOたちもまとめて飲み込んでいく。
 ぴきり、と嫌な音を立てて陰陽玉の表面に亀裂が入った。連続撮影が停止する。すかさず霊夢は玉串を振りかざす。
「夢想封印――浄」
 いくつもの大きな光球が発生し、散開して敵へと襲いかかった。一撃たりとも狙いを誤ることなく、無防備となった標的を続けざまに打ち据えていく。幻術を破られ、正体を暴かれた妖怪たちが、ひとり、またひとりと墜落していった。
 ノイズ混じりの音声で、にとりは穏やかに告げる。
(悪いけどここまでみたい。武運を祈ってるよ、我が盟友よ)
(いっぱい撮れたわ、私だけの写真。これであいつのこと悔しがらせて……)
 はたてが言い終わるよりも早く、ふたつの陰陽玉はその機能を停止した。警笛と共に白煙を吹き、ばらばらに分解しながら洞穴の闇に飲まれていく。霊夢は無言のまま紙垂を揺らし、散っていった者たちにしばし黙祷を捧げた。
「みんな! パルスィ!」
 涙声でぬえが呼ぶ。ここまでの戦い、離れたところでじっと見守っていた彼女だが、ついに抑えきれず仲間のもとへ飛び寄ろうとする。
「来るな!」
 ただひとり持ちこたえていたパルスィが、片手を横にあげてぬえを制止した。霊夢のほうを向いたまま振り向かず、感情を抑えた口調で告げる。
「王が詰んだら将棋はおしまい。まだ下がってなさい」
 言いながらも、彼女の肉体は徐々に塵となって崩壊していく。ひきつった声でぬえは言い返す。
「見てらんないよ。はじめから、私だけでやってれば」
 振り向くパルスィ。もはや手足が失われ、上半身しかない姿でぬえと向きあう。
「みんなあなたを信じて指揮を任せた。最後までやり遂げる責任があるの。続けなさい、あなたのための戦いを」
 最後に微笑んで、ついにパルスィの分身体は完全に消失した。ぬえは涙をこぼしてその名を呼んだ。
 ちなみに、彼女の本体はいまも自宅で勇儀の看護をしている。
(お取り込み中すまないけど、選手交代よ)
 諏訪子の声に、ぬえは空中をあとずさる。なにか言い返したそうに息を飲んだが、言葉が出てこなかった。
(正直みくびっていたわ。やっぱり怖いね、あなたたちの、その団結力)
 諏訪子の陰陽玉が妖しく光りはじめた。周囲の空間がゆがみ、様々に色彩が変化していく。
 不穏な気配を察知して、様子をうかがっていたUFOたちが群がってきた。すでに大型機の多くが落とされており、残存兵力は小型の機体がほとんど。ある者は無謀にも霊夢への体当たりを試みる。またある者は、せめて大将の盾となるべく横から割りこんで来る。
(まあ今日の所は、私のことだけでも覚えて行ってよ。いまは蛙の神様、洩矢の諏訪子。もっと古い呼びかたなら――)
 陰陽玉の発する気がよどみ、石の上に座する大蝦蟇の形となって霊夢を包み込む。
(土着神、御射軍神さま)
 ゆらめくオーラが無数の棘に変わり、それぞれが長大な剣となって発射された。
 霊夢に近づきすぎていたUFOたちが、即座に串刺しにされてはじけ飛んだ。さらに次々と撃ち出される大剣が、触れるものすべてを切り裂いていく。
 しもべたちがろくに抵抗もできず粉砕されていく中、ぬえはただ怯え、うろたえていた。使い魔が撃破されると本体もいくらかのダメージを受ける。軍勢の多くを失い、気力も体力も尽きかけた彼女に刃が迫る。
「やだよ……やめろってば!」
 ぬえはとっさに魔方陣を展開して身を守った。すると今度は電光が走り、まばゆい光の泡が彼女を覆い包んで破裂する。
 獣のようなおたけびを上げるぬえ。結界が拡大し、一時的に諏訪子の攻撃を押し返した。だがそれもつかの間、容赦なく刃の雨が降りかかる。かろうじてかわしたところで、また起きた爆発に巻き込まれて軽く吹き飛ばされた。そこにすかさず剣山が撃ちこまれる。
 息を荒くして涙ぐみ、それでもまっすぐに敵を見つめて、ぬえは身に迫る衝撃を待ち構えた。
「想起、レーヴァテイン」
 彼女の背後から、一筋の真っ赤な閃光が撃ち出された。まるで巨大な剣のように横薙ぎに走る。襲い来る刃をたやすくへし折り、まとめて打ち払う。
 ぬえは友の名を呼び、驚きと喜びの表情で振り返った。しかしすぐに苦々しい顔に変わる。
 無表情に自分の手のひらを見つめて、古明地さとりはつぶやいた。
「これがあの子のスペル……力強く、そして美しい」

 まだ生き残っていたUFOたちの間からざわめきがもれる。さとりだ、さとりだ、とひそひそ話し合う者。対照的に、さとり様だあ! と歓声を上げる者。
 意に介した様子もなく、さとりは片手を霊夢の方に向けた。
「こちらも選手交代、よろしいですね、地上の神よ」
 諏訪子が答えるよりも早く、ぬえが抗議の声を上げる。
「なに勝手に決めてるの」
「私なんかに助けられても困る、フランじゃなくて残念だと。結局彼女に頼るつもりですか。なんとかすると約束したのはあなたでしょう」
 冷たく見つめ返すさとり。おじけづくぬえ。
「これは、私の戦いなんだから。しゃしゃり出てこないで」
「どう戦うと……霊夢さんと一騎打ち? いまのあなたに勝ち目なんて……こうなったら全軍突撃? おやめなさい、神の力は思い知ったはずでしょう」
 次々と内心を言い当てられて、ぬえは地団駄踏むそぶりをする。
 このやりとりを霊夢たちは黙って眺めていた。変に手を出して、まとめてかかってこられても厄介である。相手が決まらなくては戦いの始めようもない。
 なおもさとりは問い詰める。
「いまさら後悔ですか? ここまで煽っておいて……負けるはずがなかった? そうね、指揮官がもっと有能なら、結果は違っていたかもしれません」
 ぬえは低い声でうなり歯ぎしりする。やれやれ、と言わんばかりにさとりは首をかしげる。
「私に敵意を向けてどうするの……ん?」
 眉をひそめるぬえを見て、さとりはわずかに笑みを浮かべた。
「ここは私を囮にして時間を稼ごう、と。はい正解。さっさとその結論に達しなさいね」
 そう言ってさとりが前に出ると、UFOたちは素早く道をあけた。不承不承ながらぬえは後退する。
「大きな事ばっかり言って。恥かくわよ」
「あら、あまり期待しないでちょうだい」
 言葉を交わしてすれ違い、さとりは霊夢の目前に立つ。脇に振りかぶる姿勢となったさとりに、霊夢は困ったような笑みで針の先を向けた。
「やりにくいのが出てきた。もう帰っていい?」
「あいかわらず考えが暴力的ね。お望み通り、私をいたぶってみなさい!」
 さとりの手から閃光の剣が伸びる。大きく振りかざして横から叩きつける。
 霊夢は素早く後退して、ぎりぎりの所でその切っ先をやり過ごした。剣の薙いだ軌道から妖力弾が撒き散らされる。隙間を縫って距離を詰める霊夢を狙い、再び大剣が振るわれる。
 霊夢は勢いを殺さずに突進し、すれ違いざまに針を投げつけた。互いに紙一重の所で攻撃をかわす。
 さとりが今度は真正面に閃光を放った。ビームを振り回すのではなく、方向を固定したまま自分自身が移動して霊夢を斬りつけようとする。
 霊夢はいったん側面に回り込んで待ちかまえ、剣が引き戻された瞬間を狙って射撃を浴びせかけた。もう一度剣を伸ばして相殺しようとしたさとりだが、わずかに間に合ずに被弾し、押し殺した悲鳴を上げる。
「うろおぼえのくせに、パターン記憶は完璧……だったらこれでっ」
 手の甲で空中をなでるように、さとりは片腕を高く掲げた。動作にあわせて空間がゆがみ、そこから色とりどりの光球が沸き上がる。一度上昇してから落下し、霊夢の頭上に降り注いだ。
「うわっ。これまずい、かも」
(なんだって?)
 聞き返した諏訪子に、頬をひきつらせて霊夢は答える。
「前はこのスペル、もっと上でよけてたはず。ぎりぎり弾が来ないあたりで」
 ふむう、と諏訪子はうなる。その間にも襲い来る弾を霊夢は器用にかわしていくが、いつまでも避け続けられる保証はない。攻撃に転じようにも、こう厚い弾幕に遮られては有効打になりそうもない。
(こりゃ負けてられないね。雨には雨を!)
 陰陽玉のまわりの空気がうねり、渦巻きを作り出す。やがて小型の竜巻というほどになり、そこから放出された光弾がさとりの光弾を抑え込んだ。雨雲と雨雲がぶつかって、両陣営の間に前線が作り出される。
(力比べで勝てるつもり? なにを企んでるのかな、地底の管理人さん)
 諏訪子の呼びかけに、さとりは苛立たしげに言葉を返す。
「聞きたいのはこちらです。うちの子を勝手に改造してくれて、それだけでは飽きたらず、こんな人間たちまで送り込んできて。地上の神々は地底の平和を乱したいのですか」
(平和? 地底の平和ねえ。それがそんなに大事なの)
 形勢は諏訪子に有利。徐々にさとりの弾幕を押しこんでいく。
(ようは諦めちゃったんでしょ。もう人間なんか知るもんかって、ふてくされて引きこもって。いずれは忘れ去られて、じわじわ滅んでいく道を選んだだけ)
 さとりは歯を食いしばって怒りの表情を作る。さきほどまでの無表情の仮面はどこかに捨ててしまったらしい。
「あなたになにがわかります!」
(わかるから言ってるの)
 気合と共に前線を押し返そうとしたさとりだが、諏訪子の弾幕はびくともしなかった。目の前に猛烈な風雨が押し寄せる。
(こんな古臭い神様には、外の世界じゃもう出番がない。私がこうして存在できているのは、がむしゃらに信仰を集めてくれた連れ合いのおかげ)
 ついに均衡が破れる。さとりはスペル中断を余儀なくされ、降りしきる光弾にさらされた。霊夢ほどの弾幕回避センスが誰にも備わっているものではない。
(遊びもなくて平和なだけなんて退屈でしょ。どう? あなたもいっちょ、私を信仰してみない?)
 吹きつける風雨に打たれ、さとりは何発か被弾して空中を転げまわった。それでも障壁を展開して体勢を立て直し、いったん霊夢たちから大きく距離をとる。
 息を整えている彼女の背後に、ぬえが接近してきた。
「使えないやつ。いいからどいて」
「そう心配せずとも。いいから見ていて――想起、フォーオブアカインド」
 宣言と同時にさとりの体が分裂した。フランドールの得意技、本体そっくりの分身を三体生み出すスペル。
 むっとして口をつぐんだぬえに見守られ、四名のさとりたちは霊夢のもとへ斬り込んでいった。
「本当に物真似が好きねえ」
「されたら嫌なことをする、それが私の流儀……ん?」
 遠巻きに牽制の弾を放っていたさとりたちが、一斉に小首をかしげた。彼女らのうちひとりが、霊夢に聞こえるような大声で言いだす。
「スペルだけならまだいいけど、ですか。フランドールの、ああ、本来の能力ね。それを警戒している」
 そちらに向けて霊夢は針を投じたが、軽く回避されて分身たちの反撃を受けた。さとりはなおも問いかける。
「あの子には確か……すべてを破壊する力、でしたっけ。あなたはその発動を見たことが……ある。具体的にはどんな力です」
(聞いてどうするの!)
 諏訪子が叫ぶ。陰陽玉がばちばちと電光を発して、そこから輝く泡が放たれた。
 さとりたちも一斉に散弾を放って泡を潰すが、やはり力量は諏訪子のほうが上。弾幕に飲まれた四体のうち、一体だけが防壁を展開して身を守った。残り三体は回避もせずに打撃を受けたが、まだ分身たちが消えるには至らない。
(耳を貸しちゃ駄目。いいから本体を叩こう)
 その言葉に反応してさとりたちは陣形を変える。一体が後ろに下がって、残り三体がその盾となる。
「目? 目とはなんです……そう、物事の焦点を意味する『目』。破壊のためには、対象の目を掌握する必要があると」
(霊夢、妖怪バスターだ)
 霊夢は無言で手を一振りする。そこには針の代わりに札が握られていた。
 再び電光がはじける。同時に霊夢にも札を撃ちこまれて、分身たちのうち一体が破裂した。
 素早く距離を詰める霊夢。その間にも彼女の手は休まらない。さらに分身の一体を粉砕し、背後に守られているさとりまでの道が開けた。殴り合いすら可能な間合いまで接近して、霊夢はとどめの札を振りかぶる。
 そのとき、さとりが予想外の行動に出た。片腕を伸ばして諏訪子の陰陽玉をつかみ、抱きしめるように胸元に引き寄せる。もう片方の手は、彼女の身に備わった覚妖怪独自の器官、『第三の目』を握っていた。
「私の目なら、ここにあるわけですが」
 涼しい顔で告げたさとりに、霊夢はしかめっ面になる。諏訪子もあきれて口を出す。
(自爆でもする気? 見え透いたはったりね)
「あんたね、命まで賭けること……」
 ここで霊夢の表情が凍り付いた。怯えた目つきで横に振り向く。その視線の先にあるものを確認してか、諏訪子も驚きの声をあげた。
 さとりは逃げ出していた。
 まだ一体だけ残っていた、ただの分身と思われていたほうのさとりが、傷ついた姿で一目散に遠くへ飛び去っていく。もう一体、霊夢の目の前のさとりが祈るように唱える。
「想起、ありとあらゆるものを――」
(……逃げて。霊夢逃げて!)
 ついさきほどまで、三体の分身を加えて合計四名になっていたさとり。そのうちひとりだけが背後に隠れて身を守り、ぺらぺらとおしゃべりまでしていた。
 だからといって、それが本体だという根拠にはならない。分身だって本体のふりをするぐらいはできる。
「――破壊する程度の能力!」
 ドカーン、などという子供じみた擬音では済まない、破滅的な衝撃が一面に走る。
 背後からの爆風を受けて、霊夢はきりもみしながら弾き飛ばされた。岩壁に叩きつけられる寸前で空気を蹴って減速し、なんとか踏みとどまる。
 せきこんでから顔を上げ、胸元を押さえて霊夢は振り向いた。
 いままで彼女が敵と向かい合っていた地点。その虚空には、もうなにも残されてはいなかった。

 力を使い切り、さとりは両目を閉じてゆっくりと落下していく。その名を呼びながらぬえが飛びより、抱きついた。
「ちょっと、しっかり!」
「あなた、私を嫌っていたんじゃなくて」
 淡々と告げたさとりの体を、ぬえは何度かゆさぶる。抱きかかえられたまま薄目を開け、さとりはおっくうそうに上体を起こした。
「通信装置は破壊できたけど、霊夢さんは健在です。あなたの出番よ」
 息をのみ、さとりから目をそらしたぬえ。震える声でつぶやく。
「本当に、私なら勝てるっていうの」
 さとりは無言でぬえを見つめ続けた。ややあって、ふと笑んで口を開く。
「……どうしても、気にくわない相手がいました」
 いぶかしんで、ぬえはさとりと目を合わせた。さとりは語り続ける。
「地底に封じられて幾百年。誰もがここを安住の地として、せめて楽しく暮らそうと思っていたのに――」
 さとりは顔をしかめて何度かせきこんだ。ぬえはその背を軽く叩く。
「なんの話よ」
「失礼。けれどひとりだけ、断じて現実を認めない者がいたのです。狂気じみた執念を燃やして、解放の日を待ち続けた妖怪が」
「それって……」
「妬ましかったのかしらね。諦めるということができない彼女が。けれどあなたは、その情熱にこそ惹かれたのでしょう。あなたもまた、地上での拒絶を受け入れきれなかった者だから」
 さとりは完全に身を起こした。よろめきながらも宙に浮き、どんと突き放すようにぬえの胸を押す。
「さあ。わずかな希望にすがって、精一杯あがいてみなさい。ぬえ!」
 ぬえはぶるりと身を震わせた。ぐっと噛みしめて歯鳴りを押さえ込む。そのまま振り向き、さとりに背を向ける。
「言われなくたって! ここでくじけちゃったら、あの子たちに合わせる顔がないじゃない」
 その眼前に、やっと立ち直った霊夢が飛来してきた。ぬえは槍を横にして掲げ、背後をかばう姿勢をとる。
「来たわね人間。覚悟はいい」
 そこに色とりどりのUFOが参集してくる。この戦いの開始時と比べたら、もはや貧弱としか呼べない勢力なのだが。
「重たいのよね。期待だとか、義理人情だとか」
 は? と聞き返すぬえに対して、霊夢は両手に札を構える。
「ここまでされちゃ、もうのんびりしてられないじゃない」
「いままでは余裕だったって? それ、挑発のつもり?」
 ぬえは槍をぐるりと回し、石突でどんと地面をつく仕草をする。一度ぎゅっと目をつむり、そして見上げた。
「お願いみんな。もう一度だけ力を貸して」
 感きわまったおたけびがいくつも地の底に響く。燃える瞳で霊夢をにらみつけ、ぬえは高く舞い上がった。
「者ども、我に続け!」
 命令通り、配下たちもぬえに続いて飛び上がる。
 色も大きさも様々だったUFOたち。だがその配色がめまぐるしく変化していく。赤、青、緑。ちかちかと色合いを変えて、やがて色相環のサイクルが同調する。
 同時にその大きさも変わっていく。小さなものは次第に拡大し、大きなものは逆に縮小して、すべてが均一のサイズになる。
 これまで、ぬえはしもべたちに行動の自由を与えていた。地底妖怪たちはみな勝手に戦い、勝手に撃破されていった。自主性を尊重したといえば聞こえはいいが、一軍の将としてそれは単なる責任逃れ。
 いまやすべての機体が同じ姿となり、まるで見分けがつかない。UFOたちはぬえの妖術によって統率され、その意識すら完全に支配されていた。
 色彩の変化がぴたりと止まる。目にも鮮やかな桃の色に。
「これが私の正体不明。恋のピンクUFO、襲来!」
 一分の乱れもなく円陣を組んで、旋回しながら降下してくるUFOを霊夢は見上げる。
「恋ねえ……誰かのまねがしたくなるのって、好意の表れなのかな」
 ぼやく霊夢。目前に緊密な弾幕が迫る。両手の札をいちどきに投擲して、彼女も弾幕の陣形を描いて迎え撃つ。
「博麗、弾幕結界!」

――

 やっぱり暑い。
 足元いっぱいに燃えさかる炎に照らされて、隠れるところもない。また倒れてしまうってほどではないけど、ちょっときついものがある。
 ついさっきまで、どんどんという爆音が頭上のほうで鳴っていた。きっとおくうのスペルだろう。
 なにしてるんだろな、私。あの子たちに守ってもらって、自分はここでお留守番で。お姉様が見たらなんと言うだろうか。
 でも仕方がない。いまはこうして浮いているだけでも精一杯。もうなんの力も湧いてくる気がしない。
「やっとお会いできましたね」
 声だけですぐわかったけど、それでも思わず見上げてしまう。咲夜が愚痴りながら降下してきた。
「まったく凶暴な動物どもでした。どうやって餌付けしたんです、妹様」
 なにその格好。
 咲夜の服はあちこち破けて、肩なんか大胆に丸出しだった。キャップは焼け焦げて、顔にはススがついている。ほかにも引っかき傷やら打ち傷やら。こいつがこんなになってるのは初めて見た。
「構っていられません。さあ、隠れんぼはおしまいですよ」
 うん。もうおしまいね。
 だいたい私は、なにをあんなに怒っていたのだろう。お姉様たちに、私のお友達を馬鹿にされたと思いこんで。でもそれはあのふたりのいたずらで。
 それがわかった時点で、私はさとりの言う通り地上へ帰るべきだったのだ。確かにお姉様たちとは顔が合わせづらいけど、こうして迎えも来てくれたことだし。
「一応うかがっておきます。おとなしくお屋敷に戻っていただけませんか」
 うん。ごめんなさい。
 上目遣いで咲夜の顔色をうかがってみる。彼女は唖然としてこちらを見つめていた。えっ? とか言って口元をひきつらせている。
「なんの冗談です。そんな演技で油断するとお思いですか」
 なんだろ、私なにか変なことを言ったかな。どうも咲夜は、ごめんなさいの一言では許してくれないらしい。
 お姉様にも謝るから。もうお友達を呼んだりしないから。ずっとお部屋でおとなしくしているから。許してちょうだい。
「……何者です。あなた、本当に妹様なの」
 指に挟んだナイフをこちらに向ける咲夜。その切っ先がぶるぶると震えていた。きしるような声で、早口でまくし立てる。
「私は決着をつけにきたのです。全力を尽くした結果なら、どうなろうとお嬢様は認めてくださる。私だって、それで笑って見送れます」
 どうして、嫌だよ。私にはもう帰るとこなんかないって言うの?
「そちらの選んだことでしょう。狭苦しい地下室から飛び立って、自由を得たかったのではないの」
 知らないわ。こんなところ、来たくて来たんじゃないもの。
 ひゅいっ、と妙な音をさせて咲夜は息を吸い込んだ。あごを震えさせて、目を見開いてにじり寄ってくる。思わずあとずさってしまう。
「本気でおっしゃっていますか。あなたのために、どれほどの者が尽力したことか、ご存じないとでも」
 言いながら、咲夜の目には涙が浮かんでいた。泣いてる? こいつが?
 そしてついに抑えきれなくなったらしい。涙がこぼれるその瞳からは、はっきりと憎しみすら感じ取れた。
「そんな半端な覚悟で、美鈴を殺すつもりでしたか!」

 ずいっ、とすすり上げて、顔もぬぐわずに咲夜は詰め寄ってくる。
「ご自分の力、制御できなかったとは言わせません。あと一歩違えば美鈴は死んでいた。あなたには明らかに殺意があった。違いますかっ」
「あー、そのくらいにしときなさいって」
 また聞き知った声がした。横目で振り向いてみる。
 霊夢だった。おなじみの紅白衣装はズタボロ。帯をたすき掛けにして無理やり身につけている。自慢のリボンもどこに行ったのか、吹き上がる熱風に黒髪を乱している。
「ひどい姿ね」
 咲夜の涙はもうぬぐわれていた。霊夢はむっとして手を振り、近寄ってくる。
「どっちがよ。ちょっとね、ここの家主を締め上げてきたところ」
 ここの、地霊殿の主。さとりのこと?
「聞いたわ。あんた、記憶が飛んでるんだって?」
 彼女の言ってる意味がわからない。咲夜もいまいち飲み込めていない様子だった。
「どういうこと」
「あれよ、記憶喪失ってやつ。この子はいろんなことを忘れちゃってる。それでつじつまが合わないところは、適当な憶測で埋め戻されてるんじゃないかー、って話」
 そう語って、霊夢は難しい顔でこちらを向く。
「あんたは今日になるまで、こいしとぬえの能力を知らなかったのよね」
 この質問にうなずいてみせたら、彼女もうんうんとうなずいた。そして人差し指で私をさす。
「じゃあもうひとつ。あんた自身が生まれ持った特殊能力、それはなに」
 ふたりとも真剣な顔で私の答えを待っていた。なんなの、そんなの知らないわ。私にはなにもできやしないのに。
「妹様っ、あなたには――」
「待って咲夜。ひとつ聞きたいんだけど」
 激昂しかけた咲夜を押しとどめつつ、霊夢は親指で私をさした。
「おとといの騒ぎで、この子が最後に使ったスペル。それはなに」
「なにって、ご本人に聞けばいいでしょう」
「いまは覚えてないはず。だからあんたに聞いた」
 落ち着いて霊夢は答えを待つ。不審がりながらも咲夜は告げた。
「フォーオブアカインド。それが?」
「……やっぱりか。回りくどいヒントねえ」
 腕組みし、ひとりで勝手に納得している霊夢。ねえ、またわけのわからない話はよしてよ。
「ひとつの陣営で、同時に切っていいスペルカードは一枚だけ。じゃないと弾幕美もへったくれもないでしょ」
 突然語り出した霊夢。私と咲夜に見守られる中、彼女は思い出したように言い続ける。
「次のスペルが使いたかったら、いま使ってるスペルは終わらせなくちゃいけないの。みんなそういうルールのもとに編み出した技なんだから」
 霊夢はお札を一枚取り出して、私に向けて振りかぶった。なにするの。
「フランドール。あんたはまだ、フォーオブアカインドを解除していない」
 わからない。なにを言っているのかわからない。
「分身が倒されても、本体が無事ならあのスペルは終わらないものね。ずっとそのままにしておきたかったんでしょ」
 頭がぐらぐらしてきた。視界が歪む、耳鳴りが酷い。やめて、もう黙って。
「いまのあんたは、分身たちと一緒に、記憶もパワーもなくしちゃった残りカスなのよ」
 前触れもなく、霊夢がお札を投げつけてきた。よけるすべもない、私の額に張り付いて燃え上がる。それっきり、世界が真っ白になった。

 禁忌「フォーオブアカインド」、スペルブレイク。

 美鈴は泣いていた。
 ぎゅっと私を抱きしめて、もうおやめください、とか言って泣きわめいていた。
 かまわず私は私に手を向けた。掌握。あとは潰すだけ。
 どいて美鈴、私を殺せない。あと一体、そいつさえ壊せばなにもかも忘れられるの。
 それでも美鈴が離れないものだから。たかが私の分身なんかにすがりついて、子供みたいに泣きじゃくっているものだから。世界がぐるぐる回って、すごく頭が痛むものだから。だから……
 とにかく許せなかったのだ。
 どう考えてもこれはお姉様たちが悪いと、そう思いこむしかなかった。
 認めてくれると思ってた。私にだって、私だけのお友達がいてくれたら、きっとお姉様に追いつけるはずだった。
 大事にしてくれると信じていた。お姉様たちなら、私の不思議な仲間をいつだって歓迎してくれるに違いなかった。
 だから誘った。こいしとぬえを、私のお誕生会に。
 ふたりと初めて出会ったあの夜みたいに、無意識と正体不明の力でみんなをびっくりさせてやろうと、そう言って招待したのだ。
 私の考えた作戦を、ふたりとも喜んで聞いてくれた。パーティーが始まってからも、見つめ合ってはくすくす笑いあって、いつ種明かしが始まるのかと待っていてくれた。
 けれどお姉様は、私のおままごとに付き合ってはくれなかった。誰もふたりを歓迎などしてくれなかった。ついに私が本物の気狂いになってしまったと、みんな信じ込んでいるみたいだった。
 どうしようもなく恥ずかしかった。私にはお友達を持つ資格なんかないと、口々に責められている気がした。
 だからレーヴァテインでケーキに入刀してやった。妖精メイドたちもろとも、大ホールを瓦礫の山に変えてやった。
 うろたえるお姉様の目の前で、私の分身を一体ずつ、高笑いしながら爆破してやった。そのたびに、私を苦しめる記憶が削り取られて行くのは快感ですらあった。
 それを最後まで引き留めてくれた美鈴まで、まとめて吹き飛ばしてしまった。
 私は逃げた。重荷になる記憶はなにもかも、もう存在しない分身たちに押しつけることにした。
 お姉様は私を傷つけ、苦しめようとしていると思い込むことにした。意地悪な姉たちにいじめられた、かわいそうなシンデレラ。そういう設定に陶酔した。
 ふたりが私をかばってくれた。ぬえは闇の力で私を朝の日差しから守ってくれた。こいしは行くあてもない私を地霊殿に招待してくれた。
 パルスィと勇儀はこころよく歓迎してくれた。おくうとおりんは自分の身も顧みずに戦ってくれた。さとりは親身になって話を聞いてくれた。手当てをしてくれた。
 みなが咲夜たちの行く手を阻み、そして敗れた。私にはなにもできなかった。違う、なにもしなかった。ただ嵐が過ぎ去るのを待っていた。
 そして私はまた逃げた。お姉様たちのせいにはできなくなって、今度はこいしとぬえに押しつけた。あの子たちのせいだ、自分は悪くない、そう決めつけることにした。
 だけどふたりとも、一言たりとも私を責めはしなかった。こいしはいつものように笑ってわがままを受け入れてくれた。ぬえは何度も心配してくれた、代わりに戦うと言ってくれた。
 どうしてそこまでつきあってくれたの? 決まってる。仲間だから、友達だから。
 とにかく許せなかったのだ。私はもう、私自身を許してはおけない。
 私のしたかったことは全部――ただのお友達ごっこだった。

――

 絶叫が響く。言葉にならぬ声をあげるフランドールの体に、膨大な妖気が集まり高まっていく。自ら囚われた枷から解放され、彼女本来の力が復活しつつあった。
 その様子に霊夢も咲夜も声をかけられないでいた。次なる挙動をじっとうかがっている。
 痙攣するように、フランドールは右腕をあげて手を開いた。ふたりの緊張が高まる。
 もしここで、彼女の破壊の力が闇雲に解放されたなら、周囲のあらゆるものが粉砕されるだろう。逃走も防御も無意味。そうならないことを祈るしかない。
 ぎこちなく、肘から先を内向きに曲げたフランドール。その手のひらが自分の胸に向けられた。
「妹様!」
「咲夜!」
 フランドールに飛びかかろうとしたところ、咲夜は霊夢に腕をつかまれて引き止められた。
 直後、地底を揺るがす衝撃が走る。
 霊夢の姿がぐにゃりとゆらいで消え去った。ほぼ同時に、咲夜の姿もぱっと消え去った。
 閃光ですべてが真っ白に染まる。爆音がとどろき、何重にも岩壁に反響して長い残響を生む。
 フランドールがいた場所から、大量の光弾が湧きだしてあたりにまき散らされた。そのまっただ中に人間たちが姿を現す。
「ご無事ですか!」
「無駄よ。あいつめ……自分自身を破壊した」
 放出は止まらない。弾源がさきほどの爆心地から広がり、脈動するように周囲一帯から光弾が生み出される。フランドールの姿はどこにもない。
「でもこのスペル、妹様の」
「似てるけど違う。ナントカの猫ってやつね。あれ、箱だっけ」
 咲夜は理解した。いまやフランドールという実体は破壊されて、不確定の物質波に還元されてしまったのだと。行き場を失ったエネルギーが波と粒の境界を越えて、弾幕という形で発散されているのだと。
「生きているけど死んでいる猫……誰がその箱を開けるの」
 霊夢は答えず、弾幕の回避に専念していた。咲夜は何度か瞬間移動して、攻撃をよけながら問い続ける。
「妹様はこのまま、永遠にただよい続けるしかないというの? この世界そのものから引きこもることが、あのかたの運命だったというの? 答えて、霊夢!」
「あんた、気がつかない?」
 まともに回避をしていないからこそ、咲夜は気がつかなかった。ふたりを襲う弾幕の性質が少しずつ変化している。
 フランドールに特有の、極度にパターン化された規則的な弾道ではない。流れるような、ゆらぐような軌道に攻撃が変わりつつあった。

――

 星さえ見えない虚無の宇宙。あたりは静寂。温度もない。上も下もない。
 けれどじくじくとした後悔の念だけが、世界を希薄に満たしていた。
 嫌だなあ。でもそのうちに、こんな感情も薄れてしまうのだろう。薄れて薄れて、やがて無に帰る。うん、それでいい。
「こんなとこにいたんだ。探しちゃったよフラン」
 背中から暖かい風が吹き付けてきた。
 やめてよ。嬉しくなっちゃうじゃない。本当は寒くて凍えきっていたんだって気がついちゃうじゃない。
「意地っ張り屋さんだね。あなたのこいしが遊びに来たよ」
 やめて、もう出てこないで。お願いだから消えてちょうだい。
 あの子が私なんかに会いに来てくれるわけがない。私の未練が生み出した幻影に違いない。
「まだそれやってるの? いいから、ほら」
 すぐ後ろでかがみこんで、笑い混じりに話しかけてくる。その声に安心してしまう。胸が締めつけられる。
 許してもらっていいはずがない。本当にひどいことしちゃったんだもの。
「そうね。フランひどい、ほんとひどい」
 ぱっと光が差し込んだ。暗闇に慣れた目にはまぶしすぎる。私たちを背後から照らして、ふたつの長い影ができる。そこにもうひとつの影が降り立った。
 思わず振り向く。こいしはくすくす笑っていた。ぬえはにやにや笑っていた。
 本当に? 本当に本物のふたりなの? どうしてこんな、誰もいなくなった世界にまで来てくれたの。
「こっちが聞きたいわ。正体不明でもないくせに、なんでこのダークスペースに存在できるの、ふたりとも」
「無意識の井戸の底、目を閉じて見える国。ここが私のお庭だもの」
 こいしはいつも通り、いや、いつも以上のにこにこ顔。この子の気持ちが読めない。
 ぬえはいらいらしてるみたいだった。やっぱり怒ってる、よね。
「もちろんよ。納得できるかっ」
 強い口調に背筋がびくりとしてしまう。
「霊夢のやつ、あんなスペルは反則でしょ明らかに。あいつってば自分のいいようにルール決めてない?」
 はあっ、と一息ついて、ぬえはさらにぶつくさ文句を述べる。
「ほんっと、あと一歩で罠にはめてやれたんだけど。見たかったなー、あいつの驚く顔」
「惜しかったよね。いい勝負してた」
 ぬえのぼやきが止まった。彼女はぎょっとしてこいしの顔色をうかがう。
「まさか、見てた」
「うん。ぬえかっこよかった、惚れ直しちゃった。ああん、私ってば浮気者……」
 両手を頬に当てて、こいしはくねくねと身をよじる。そのまま恍惚として独り語りを始めた。
 さらなる異世界に旅立ってしまった様子のこいしは放置して、ぬえはこちらに向き直る。
「悪かったわ、仲間外れにしちゃって。やっぱりフランが来なくちゃ始まらない」
 まっすぐに真剣な瞳で見つめられる。あれ? ぬえってこんな顔する子だっけ。
「私じゃなんにもできなかった。みんな力を貸してくれたのに、でもやっぱり人間にはかなわなかった。こんなに悔しいと思ったの千年ぶりよ」
 どうしてそんな話をするの。私のこと、怒ってるんじゃないの。
「それは……『大嫌い』なんて言われたのは、ちょっとショックだったけど。思い出してくれたんでしょ、いろいろと」
 ぐっと前に踏み出して、さらに身を乗り出してぬえは告げる。
「いまこそ逆襲の時よ。フラン、いっしょに戦おう」
 その不敵な笑顔がまぶしかった。こんな私のこと、まだ誘ってくれるの。
 だけどやっぱり、もう会えないよ。ひどい乱暴をしてしまったんだもの。お屋敷のみんなに。美鈴に。
 いつだって面倒をかけてばかり。私なんかと関わらないほうが、きっとみんな、お姉様だって幸せだから。
「熱かったなあ……ズギューンってハートを打ち抜かれちゃったの。あの門番さんのスペルで」
 あらぬほうを向いて、焦点の合わない目でひとりごとを続けているこいし。いま、なんて。
「ん? だから私ね、メイド長さんと門番さんのコンビに襲われちゃったの。だからってお姉様への想いは変わらないんだけど……やだ、言っちゃった、恥ずかしい」
「こいし? いつも以上に気持ち悪いんだけど。そろそろ帰ってきて」
 叱咤するぬえ。まだぼうっとしているこいし。
 どういうこと。会ったの? 美鈴、元気なの? 咲夜がすごく怒ってたから。
 そう尋ねると、こいしは急に真顔になって背筋を伸ばした。小首をかしげて、おすまし顔で微笑む。
「彼女とは、きちんと決着をつけないといけないわ」
「いまさらかっこつけても遅い」
「咲夜ちゃんったらね、なにもかも自分が面倒みるつもりでいるのよ。人間のくせに生意気ったら。門番さんもパチュリーも過保護よ。フランにはお姉様ってひとがいるのに」
 そしてこいしは、きらきらと輝くような瞳でこちらを見つめる。
「ねえフラン。私のこと、またお屋敷にご招待してもらえない? お願い、いいでしょ。ねっ、ねっ」
 この異様な熱意に逆らえる気がしない。曖昧にうなずいてみせたら、こいしは満面の笑みで片手を差しのべてきた。もう片方の手をぬえのほうにも差し出す。
「それじゃ、私たちの本気を見せつけてあげないと」
「勝手に仕切るな。ま、頼りにはしてあげる」
 ぬえはこいしと手をつなぎ、空いたほうの手を私に差し出した。
 いいのかな、この手を取る資格なんてあるのかな。まだ一言だって謝ってないのに。
 ふたりとも、本当にごめんね。私のいたずらのせいで。
「なに言ってんの。私たちのいたずらでしょ」
「いいから遊ぼ。とびっきりのおもちゃが待ってるわ」
 おそるおそるふたりの手を取ってみる。すごくあったかい。
 強く握ってみる。あったかいどころじゃなかった、熱い。胸の奥底から、熱い血が沸き出して全身にめぐる。
 どうしよう、涙が出そうだ。泣き顔なんてもう誰にも見られたくないのに。
 ぐっと上を向いてみると、いつのまにか天には血のように赤い月が浮かんでいた。
 そうだ。私が先頭に立てば、べそかいてるのがばれなくてすむじゃない。いまならあの月にも届きそうな気がする。
 両翼を広げ、両手を強く引いて、私は高く飛び上がる。
 行くわよ、ふたりとも!

――

 何度もパターンを変えて襲い来る弾幕を、人間たちは必死にかわし続けていた。
 彼女らの固有能力を駆使すれば、この戦場から逃げ出すことなどたやすいだろう。しかし、物質世界から消失してもなお揺れ動くフランドールの精神を把握するためには、その攻撃のただ中に身をおくしかなかった。
 唐突に、空間の一点に見えない力が集まりだした。さきほどフランドールが自爆した地点。ふたりは急いでそこから距離をとる。
 エネルギーの凝縮は止まらない。弾幕の生成が加速して、やがて空間に亀裂が入る。撒き散らされた弾をかき消して、少女たちが手をつないで飛び出してきた。
 三名はすぐに手を離して散開する。そこに霊夢が、呆れて笑うような調子で声をかけた。
「懲りないやつらね。どんなお仕置きなら観念するの」
「はっ。鵺の鳴く夜が恐ろしければ、この五体を引き裂いてみろ!」
 空中から出現させた槍をひっつかみ、ぬえは見得を切って矛先を霊夢に突きつける。そのやりとりを横目に、咲夜は冷静に声をかける。
「ご苦労様。あとは少々、帰り支度をするだけね」
「駄目よ、今夜は眠らせない。恋の年貢の納め時よ」
 こいしは上機嫌で指を横に振り、ウィンクを投げかける。
 フランドールは仲間ふたりよりも一段高い位置で、黙ってみなを見下ろしていた。そこに人間ふたりの視線が集まる。
「覚悟はお済みですか、妹様」
「さっさと決めてよね。ここに残るのか、上に戻るのか」
 顔を背けたフランドール。震える声で告げた。
「……帰るわ。もう終わりにしたいから」
 しばし沈黙が場を支配する。咲夜がなにか口を出そうとしたが、霊夢が片手をあげて押しとどめた。
「そっちのお友達は、まだ遊び足りないみたいだけど」
 フランドールは横目で人間たちをにらむ。
「なに勘違いしているの――」
 唇の端を片方だけ吊り上げ、牙をむき出して笑むフランドール。真紅の瞳に力を込めて言い放つ。
「あなたたちが、ゲームオーバーなのさ!」
 勢いよく前に突き出した両手から、大量の妖力弾が放たれた。ろくに狙いもつけず、あふれ出る力をひたすら叩きつける。
 こいしとぬえも笑って片手を前に出した。三名の攻撃が相乗しあい、高速・高密度の弾丸が一帯を制圧する。
「お相手しましょう!」
 咲夜は腕を振り回すようにしてナイフを投じた。その軌跡に沿って数十本の刃が発生し、同時に時が止まる。
「秘技、殺人ドール」
 さらにナイフが増殖する。微妙に向き先を変える数百の刃が、三体の獲物をまんべんなく狙い撃つ配置を取った。いかに人数が多くとも、スペルを宣言できる代表は一度にひとりだけ。残りの者はこの攻撃をまともに浴びることになる。
 しかしひとつ、彼女を警戒させる事実があった。凍り付いて止まった空間の中、またしてもこいしの姿が消えていた。
 タイムアップ。時は動き出す。
「させないってば」
 こいしが姿を現した。咲夜の目前、ナイフの群れの先頭に。
 両腕を広げ、障壁を展開して立ちふさがるこいし。だが焼け石に水。あっさりとバリアを破られた。
 このナイフも弾幕の一種。刃が突き刺さると同時に炸裂して、こいしの全身を打ちのめす。妖怪たちをまとめて襲うはずだった一撃を、ただひとり彼女が受け止めた。
「あなた……」
「やるじゃない!」
 すかさず霊夢が前に出る。まだ盛大に放たれている弾をかいくぐり、懐から紙片を取り出して眼前にかざす。
「これがとどめの――んあっ?」
 奇声をあげて目を丸くして、霊夢は自分の手元を凝視した。
 新聞紙。
 お札だと思って抜き放ったその紙束は、ごく一般的な新聞紙であった。
 ありえない。この場に到着した時点ではちゃんとお札があったのに。そもそも、用もない古新聞など持って来たはずがない。
 これは単なるまやかし、幻覚の一種に違いない――という理解に達するまでに、一瞬の隙が生じてしまった。
「かかったな!」
 ぬえが槍を投げつけた。その柄に巻きついている彼女の『種』と、霊夢の札に噛みついている『種』が互いに引きつけあう。狙い違わず、穂先が札をかすめて引き裂いた。
 突然の出来事に、さすがの霊夢も混乱してバランスを崩してしまう。曲芸じみた機動で急いで後退し、なんとか体勢を立て直す。
「馬鹿でしょう」
「うるさいわっ」
 ふたりは横目で視線を交わし、そろって前を見た。フランドールも黙って見つめ返した。
 空間が震える。湧き上がる熱気も忘れさせるほどに空気が張り詰め、高まったエネルギーがフランドールに向けて収束していく。
 そして衝撃が発せられた。破壊の波動が光弾の輪となって広がっていく。一撃では終わらず、弾幕の波紋が続けざまに放たれる。
 人間たちは身構える。フランドールが本気を出したのなら、この技で決着をつけに来ることは予想がついていた。むろんたやすく打ち破れるスペルではないが、このふたりならなんとか対抗できるはず。
 フランドールの隣にぬえが寄り添った。会心の笑みを投げかけて、力強くその手を取る。
「それじゃあ行こっか、三人で」
 光弾の列が輝きに包まれて、一筋の光線に変わった。すぐもとの弾に戻り、二列に整列しなおしてまた光の帯になる。
 光弾から光線へと変幻自在。執拗に形態を変えながら迫る弾幕を突破しきれず、人間たちは後退を余儀なくされる。
「そうね、たとえ火の中水の中」
 こいしも姿を現した。衣服さえ引き裂かれた傷だらけの姿で、それでも微笑んでフランドールの手を取る。
 弾幕が次々と開花をはじめた。ばらけた弾丸のひとつひとつが、色とりどりの大輪の薔薇となって咲き誇る。わずかな逃げ道すら封じながら、獲物を一点に追い込んでいく。
 フランドールはうなずき、まっすぐに前を向いた。その目に涙が浮かんだが、こぼれ落ちはしなかった。
「私たちなら、どこまでだって飛べるんだから!」
 完全に弾幕が閉じる。光弾の波が容赦なく人間たちに襲いかかり、その全身を洗っていった。
 何度も霊力の爆発が起こり、そして波が引く。ふたりはかろうじて肩を支え合い、燃えたぎる地獄の底へゆっくりと落ちていく。
「それが、答えなのですね」
「あんたたち……」
 がくりとうなだれて霊夢は崩れ落ちた。咲夜はそれをひっぱり上げ、三名のほうを見上げる。それっきり、ふたりの姿は灼熱のゆらめきの中に消え去った。

――

「そう。それがいいでしょう」
 さとりは微笑んでそう告げた。ごめんね、いろいろと。
「なにを謝ることがあるの。また来てちょうだい。待っています」
 うん、ありがと。
 いろんなことがあったけど、ここに来て彼女に会えて本当によかった。なんてことを思っていたら、さとりはちょっと困った顔で目を伏せた。
 そんな私たちのほうを、ぬえはつまらなそうな顔をして眺めていた。さとりはそちらを向く。
「あなたもよ。うちのペットが言っていました。今回はぬえのやつを見直したと」
「は? 見直すってなにをよ。腹立つわその言いかた」
 唇をとがらせて言い返すぬえ。どうしてそう喧嘩腰なのかな。さとりは動じたふうもなく、にやにやしてさらに語る。
「あのろくでなしの、能なしで根性なしのぬえが、ここまでやるやつだとは思わなかったと。おおむねそう感じていましたよ、うちの子たちは」
 ぬえ怒ってる、怒ってる。さとりも言いかたがきつくない?
「だからふたりとも、いつでも来てくださいね。みな喜びます」
「嬉しくない! だいたいあなたはどうなの。私と……」
 急に黙りこんだぬえ。への字口になり、上目遣いでさとりをにらむ。うなるような声でぼそりと言う。
「わかってるんでしょ」
「言葉で聞きたいことだってあります」
 平然と答えたさとりに、ぬえはすぐに言い返せなくてそっぽを向く。何度か身を震わせて、赤くなった顔を上げた。
「あなたみたいなへそ曲がりはね……どこぞのお寺で、聖のありがたーい説法でも聞かせてもらうといいわ!」
 ぬえはくるりと回って私たちに背を向けた。どこまでも高い吹き抜けを見上げて軽く浮かび上がり、手を差しのべる。
「さっさと帰ろ。こんなとこ、こいしがいないんじゃ用はない」
 あれ? どうしよう。断るのも悪いけど、ついていくのも悪いな。
「地上はもう朝方でしょう。お友達を灰にするつもり?」
 うげっ、と言ってぬえは顔をしかめる。そうなのか。こんな地下でさとりはよく時間がわかるなあ。
 しばらく迷っていたみたいだけど、ぬえはこれ以上地霊殿にいたくないらしい。さとりにあかんべえをして、私にはいっぱいに手を振ってから、ぐんぐんと縦穴を上っていった。やがて姿が見えなくなる。
 私も今度、あの子のいるお寺に行ってみようかな。これが教会だったら吸血鬼には鬼門だけど、仏教寺院なら問題あるまい、たぶん。お姉様もよく神社に行ってることだし。
「いつか私も呼んでくださいね。お誘いされてしまったので」
 唐突にさとりが言い出した。なんの話?
「その……ぬえさんの、お寺に」
 おお。そういえば、さとりにはひとの考えがなんでもわかるんだった。便利だな。
「私の力は便利だな、ですか。普通は嫌がるものですけど」
 そんなこと言われてもね、さとりが優しいってのは知ってるし。
 本人にしてみたら、自分でもめんどくさい能力なのかもしれないけど。こいしの無意識がどうたらって技のほうがよっぽど面倒なのよ、つきあわされるほうにとっては。
「こいしのほうが面倒だ、ですか。ところであの子は?」
 知らない。ふらっとどこかに行っちゃった。けっこうダメージ受けてたはずなんだけど。
 さとりは深刻そうな顔でひとつため息をついた。そんなに気にすることないよ。あの子が勝手に消えちゃうのはいつものことだし。気が向いたらまた、私かぬえに会いに来るはず。
 それに今度は、こっちから遊びに行ってもいいんだし。そう毎日顔を合わせなくたって、たとえ何年、何百年と会えなかったとしても、ふたりが私にくれた勇気に変わりはないもの。
 なんて思っていたら、真顔で正面から見つめられた。なに?
「ありがとう。よき友を持ちました、あの子は」
 さとりだって友達だよ。そう心の中で念じてみたら、彼女は恥ずかしそうにして微笑んだ。やっぱり可愛いな。

――

「よき友を持ったわ、あの子は」
「格好つけてないで手伝いなさい」
 本日も清々しい冬晴れ。しかしこの紅魔館の近辺だけは、パチュリーの召喚した白雲によって日光から遮られていた。
「そこっ、勝手に休憩しない! 私のお仕置きは手加減できないわよ」
 パチュリーに叱られて、メイド姿の妖精たちはあわてて作業に戻っていった。
 散乱する瓦礫を適当に拾い上げ、もとあったと思われる場所に積み上げる。また適当に拾って、適切な所に置きに行く。ひたすらその繰り返し。
「どうかと思うのよね。一城の主として、こんな些末な雑事は……」
「じゃあこれ、ホールの中央に」
 パチュリーは足元の鉄骨を指さした。大ホールの天井を飾っていた巨大なシャンデリア、その大部分が地中に埋もれていた。
 レミリアは殺意のこもった目で友をにらみつけたが、まるで効果なし。淡々とパチュリーは告げる。
「完全な復元は難しいけど、もとの八割もあれば素材は充分。日が暮れるまでに錬成陣を組みたいわ」
 レミリアは無言でシャンデリアの端に手をかけた。そのまま宙に浮き、気合いを込めて瓦礫の山から引き上げていく。
「うっかり手が滑って、パチェの上に落としちゃうかも」
「ついびっくりして、天候操作が解けてしまうかも」
 ちっとひとつ舌打って、レミリアは荷物を運んで飛び去っていった。
「意外と働き者よね……ひとのこと言えないけど」
 咲夜はまだ戻ってこない。美鈴は休養中、使い魔は派遣中。かといって妖精たちに任せていたら終わらない。仕方なしに、高等遊民たるこの二名が労働にいそしんでいるのであった。
 そういえば、と思い出し、パチュリーは自分のしもべに向けて思念で指令を飛ばす。

「ああ。もういいんじゃない? 霊夢は戻ってないけど、これ以上つきあってもらうこともないし」
 諏訪子の言葉に追随してにとりもうなずいた。ふたりに向けて、少女はぺこりと頭を下げる。
「ではお世話になりました。今後ともよろしく」
 そう告げて振り向きかけたところ、にとりが声をかける。
「せっかくだから、おみやげでも持っていきなよ。青物は嫌い? 胡瓜に茄子にトマト」
 あー、と言って紅魔館の小悪魔は考え込む。いずれの食材も、館の誰かなら食べるだろう。
「じゃあいただいちゃいましょうか。悪いですねえ」
「なんのなんの、ともに戦った仲じゃない。帰る前にうちのハウスに寄ってって」
「お疲れー。またいつでも来てよね。にとりも上がっちゃう?」
「いえ、またこちらに戻ります。霊夢にも挨拶しときたいし」
 そしてしばし三名は別れ際の雑談を交わした。話題は自然と、今回の事件についてになる。
「そういや洩矢様。ひとつ聞かせてほしいんですが」
「なあに、改まって」
 わずかに思案し、にとりは尋ねた。
「ぬえとやり合う前。姫が、自分が出るって言い出したとき。てっきり洩矢様が止めると思ってたんですけど。紅魔の援護が見込めない以上、そちらに出ていただくのが確実だったんじゃないかと」
 ふむ、と腕組む諏訪子。にやりと笑んで問い返す。
「今回の敗因は、私の判断ミスだって? 否定はできないけど」
「いや、そんなんじゃなくって、純粋に疑問がですね」
 あわてるにとり。笑みを浮かべたまま目を細める諏訪子。
「意地悪な神様ですねえ。あ、私の憶測を述べてもいいですか」
「おや。こあちゃんはどう思ったの」
 えへん、と小悪魔はわざとらしく胸を張る。
「天狗さんはちょっとあせっていました。もとは取材のためだけに参加したこの戦い、結果がどうなろうと高みの見物を決め込むつもりでいた。けれどいつのまにか、みなさんに対して仲間意識が生まれてしまった。自分の働きが期待されていると知ってしまった」
 ふたりがうなずいたのを確認して、小悪魔はさらにぺらぺらと話を続ける。
「あそこで神様が出ていたら、確かに勝ち目は上がったでしょう。でもそれでは天狗さんが、みなさんの添え物になってしまうのでは? 自分は言われたことだけやっていればいい、みたいに割り切ってしまうんじゃないでしょうか。そんなチームで、あの妹様たちに立ち向かえますかねえ、と」
 諏訪子は大きくうなずいた。にとりは拳を頬に当てて考え込む。
「……自分から働くのが姫のため、ってことか。そこまで考えてなかったな」
「結局むこうさんに一杯食わされちゃったけどね。これからのこと考えたら、まずまずの収穫かな」
 よっこいせ、と言って諏訪子も立ち上がった。ふたりを外まで見送るつもりらしい。なんの気なしににとりが尋ねる。
「これから、とは」
「おおっと、そこ気になるんだ? 聞いちゃったらふたりとも、もうこっちの派閥よ」
 声をひそめて笑ってみせた諏訪子に、やはり声をひそめて小悪魔が答える。
「私はご主人様に逆らえない身の上ですけど。それでよろしければ」
「いいけど。これは私の偉大なる計画の、ほんの第一歩にすぎないのだよ」
「それはそれは興味深い。して、最終目標は」
 むふっ、と含み笑って、諏訪子はにとりに視線を向けた。にとりはしゃがみこみ、足元の荷物を片付けはじめる。
「あー、私にゃ聞こえてません。つい小耳に挟んじゃうかもしれないけど、なんにも聞いてませんから」
 あっそう、とやや不機嫌に答えて、諏訪子もあらぬほうを見つめる。
「……多くの神が死んだこの時代こそ、再び私の王国を打ち立てる。真の洩矢の復活よ」
 うわあ、とにとりは苦い顔になる。小悪魔も眉をひそめた。
「天狗さんには聞かせられない話ですねえ。それで今回、地底を狙って?」
「ほかに候補地ないでしょ。あの子たちにも、弾幕を司る武神の加護が必要なの。山の信仰は神奈子が集めてるから、対抗するには私が地底かなと」
 真面目な顔で遠くを見やる諏訪子。そちらを見ることなく、にとりは手元の機材をいじりながらつぶやく。
「また戦でも始めようっての……あいや、ひとりごとです」
「それもお遊びのうちよ。だから本気になれる。もう私ばっかりぐずぐずしてられないから、ね」

――

 ぬえは追われていた。
 地霊殿を飛び立って、しばらくそこらを散策しながら帰途についた彼女。地上への出口に近づいてきたところで、思わぬ敵襲を受けてしまった。
「ご存じ紅魔館のメイド長、十六夜咲夜! 悪魔の犬、氷の女として悪名高い彼女の知られざる魅力を今回、我が花果子念報が密着取材いたしました……って感じでどう? 売れるネタじゃないのこれ」
 手にした電子カメラで何度も咲夜を撮影しながら、はたてはハイテンションでまくしたてる。表情も変えずに咲夜はぼやく。
「悪名高い、ってのはやめてちょうだい。これだから天狗は」
「大丈夫大丈夫、ちゃんと持ち上げて書いとくから。どこかの捏造新聞とは違うのよ」
「これはとんだ偏向新聞ね……っと」
 言い合うふたりの前方から、巨大な怪物が襲いかかってきた。目玉のついた触角と、昆虫のような足が何本もはえた謎の物体。
 しかしはたてのカメラが一閃し、すかさず咲夜のナイフが突き刺さる。それだけでモンスターはばらばらに砕け散った。
「近い、わね」
「むむ……見えたわ、この先の枝道を右に」
 さきほどの怪生物は、幻術によって偽装された単なる浮遊岩であった。本道をそれて枝道に向かったふたりめがけて、同様の怪物が群れをなして迫ってくる。顔をしかめて、咲夜は無言でナイフ弾を乱射する。
「彼女が追うは、かつて人間たちを震え上がらせたという怪異、封獣ぬえ! 幻想郷に移り住んでからも一向にいたずら癖は治まらず、かの紅魔館の妹君をかどわかして地底にかっさらう始末。さて十六夜氏は、この悪たれにお仕置きせよとの主命を果たせるのかっ」
 調子よくわめき散らしながら、はたては猛烈な速度で携帯端末のキーを叩いている。そこに薄闇のむこうから声がかかる。
「それもう済んだ話でしょ!」
 これ以上の逃亡は不可能と判断してか、来た道を向き直ったぬえにふたりは追いついた。
「だいたいあなた、どうして人間なんかの肩を持つの。私の扱いがひどくない」
「黙らっしゃい。報道者を侮辱したこと、後悔させてあげるわ。ペンは剣より強し!」
 怒りのはたてには構わず、咲夜は瞬時にぬえの側面に回り込んだ。
「負けっぱなしでは落とし前がつかないの。それにまだ、あなたの見極めがついていない」
 口元をひきつらせて、ぬえも咲夜に向き合った。地底最深部での決戦から数時間、さすがにまだ力が回復しきれていない。
「なんでそんなに元気なの。あなた本当に人間?」
 ふっと軽く笑ったぐらいにして、咲夜はナイフを振りかぶる。
 あの戦いのあと、彼女はすぐに地底を出て守矢神社に向かった。小悪魔に状況を伝えたのち、勝手についてきたはたてと共に、またすぐ地底にとって返した。
 客観的に見たら、咲夜はまったく休憩などとっていない。あくまで客観的には。
「紅魔のメイドは眠らない。さあ、霊夢をあれほど苦しめた力、私にも見せてちょうだい」

 同時刻、霊夢は運搬されていた。
 細い糸で胴体をぐるぐる巻きにされて、蓑虫のように吊り下げられて地上へと運ばれている途中であった。
「こらぁ! このっ、放しなさいよ、ちょっと」
「やだねえ、命は惜しいもの」
 土蜘蛛・黒谷ヤマメは霊夢を吊したまま、涼しい顔で洞穴を上へ上へと飛んでいく。その横から無邪気な声がかかる。
「ついでに鼻と口もふさいじゃうのはどうかな」
「うーん。腹で息ができる生き物だったらそうしたいけど」
 フランドールたちに撃破されたのち、咲夜と共に姿を消したかに見えた霊夢。すぐそばの死体置き場で気絶しているところを地霊殿の妖怪たちに発見された。お荷物になるので遺棄されてしまったらしい。
 このまま灼熱地獄に投げ込んでしまおうか。いや死体を熟成させて強力な怨霊に育てようか。いや殺さずきっちり洗脳してペットにしようか……などという意見が出されたが、どれもあとが面倒だという理由で没になり、無難に地上へと突っ返されることになった。
「ねえ霊夢、縛られると興奮するって本当? 個人の性癖によるとは思うんだけど」
「知りたきゃ代わってあげるから」
 姿を消したまま、こいしはくすくす笑い声を漏らす。
「やーだよ、命は惜しいもん」
「これこれ、あんまりからかわないの」
 怒りの形相で虚空をにらみつけている霊夢に、ヤマメが上から話しかける。
「地上についたらそのへんに転がしとくんで、あとは自分でなんとかしとくれ。この糸はそのうち溶けるから」
「どろどろのぬちゃぬちゃにね。霊夢はそっちが好きだった?」
 またもこいしは声だけで含み笑い、身動きできない獲物の耳元にささやきかける。
「ねえ霊夢。普段から馬鹿にしている妖怪に、こんな恥ずかしい目にあわされちゃうのってどんな気分? ねえねえ、いまどんな気持ち?」
 ぐるるるる、と獣じみたうなりをあげる霊夢。怒髪天を衝く怒りよって、満身創痍の肉体に活力が戻っていく。
「貴様ら……」
 霊夢の身を縛る糸巻きが、内部からの圧力によってきりきりときしむ。ぴんっ、ぴんっ、と風切音をさせて一本ずつ糸が切れていく。
「お、ええっ?」
 ヤマメはたかをくくっていた。人間の、しかも女子の腕力では、どうあがいても自分の糸から逃れられるはずがないと。
 だからこいしの執拗なからかいを笑って見ていられた。博麗霊夢の有する、なにものにも縛られないという能力を把握しきれていなかった。
「この……恨み……」
 さらにぶちぶちと糸が引きちぎられていく。こいしにはなんとなく、こうなる予想がついていた。予想できた上で、でもこのほうが面白い気がしたので、無抵抗の霊夢をひたすらおちょくってみたのだった。
「晴らさでおくべきか!」
 ついに完全に戒めを脱した霊夢。鬼をも滅する地獄の巫女、略して鬼巫女が、いまここに禍々しい産声をあげて誕生した。

――

 どこかうつろな瞳で、少女はひとつため息をついた。その背後から声がかかる。
「ちょいと。もっと火力上げな。あとがつっかえちゃうよ」
「ああ……うん」
 はっきりしない返事の空。その横に燐が飛来してくる。
「なんだい、まだ調子出てない? やっぱり窯が直るまで待とうか」
 空は無言で首を横に振り、右腕の制御棒に力を込めた。
 ふたりの眼下に浮かぶ火球がだんだんと明るさを増していく。その周囲に積み上げられた、粘土のブロックの壁から湯気が上がりだす。このまま加熱を続けて、日干し煉瓦を作成するという非常に退屈な作業。
「私さ……」
 それだけつぶやいて、空はまた押し黙る。ん? と燐は聞き返した。
「私さ、こんなんでいいのかな」
 うわずった声で言い、への字口になってしまった空。せっかく上がった火力がまた落ちてきた。
「ありゃ珍しい。おくうが反省してるとは」
「茶化さないで。おりんは悔しくないの? また人間どもに負けた。私たちの地霊殿を守れなかった」
「どの口で言ってるのかね。玄関も窯場も吹き飛ばしちゃったやつが」
 口調では厳しく問い詰める燐だが、その表情は曖昧な苦笑いのままだった。空は悔しげにうめき、深くうなだれてしまった。ふっとかすかに燐は嘆息する。
「ため息つきたいのはこっちのほう。大丈夫、おくうは強いよ。あたいが支えきれてなかっただけ」
 空は目を見開いて横を向く。
「なに言ってるの。私が、私がもっと――」
「よそ見しない。ほれ、仕事仕事」
 不満げな顔で下に向きなおり、空は火力の制御に集中する。
 日の光とは無縁の地底世界。当然ながら木材の入手は難しい。土砂や鉱石ならいくらでも採れるのだが、それを煉瓦や鉄鋼に加工するためには膨大な熱量が必要となる。
 唯一、灼熱地獄の上にそびえ立つ地霊殿だけが安定した高熱源を確保できる。最下層の窯場には工房が建ち並び、職人の技を持つペットたちがそこで生産活動に励んでいた。つい昨日までは。
 それを粉砕してしまった罰として、しばらく炉の代わりを務めることになった空。下から照らし出す光の中、ぼそぼそと語る。
「私じゃなくて、おりんが神様に選ばれてたらよかった。きっと最強になれたのに」
「冗談。そんなおっそろしい力、あんたじゃなくちゃ扱えないって」
 そうかな、とつぶやいて空はそっと眼を閉じる。
「そうさ。笑われちゃうよ。天下の霊烏路空様が、そんなうじうじ悩んでるなんてさ」
 声を上げて笑ってみせた燐だが、それが作り笑いなのは明らかだった。またしばらくふたりは黙りこんでしまう。
「どうしたらもっと強くなれるかな。みんなを守れるかな」
「そんないっぺんに強くなったやつなんか……ここにいるなあ。おくうは使いこなせてないだけでしょ。なにごとも修行よ、修行」
 修行? と言って空は目を開く。
「そ。いまのこれだって修行になってる。あんたさ、一気にパワー出すのは得意だけど、手加減しながらずっとは苦手でしょ」
 むむう、とうなって、空は自分の生み出した火球を見つめる。さきほどから光が強まったり弱まったり、まるで一定していない。
「……分解、融合、そして制御の力。制御さえ完璧なら、もう絶対に負けないよね!」
「簡単に言ってくれるねえ。でもま、それでこそおくうだ」
「いよっし。修行するぞ、修行するぞ修行するぞ!」
 張り切って大声を上げる空。足元の火力が見る間に増していく。まだ水分の抜けきっていない半生の煉瓦が、表面だけ焼き煉瓦に変わってヒビが入っていく。
「これ! やっぱりわかってないでしょあんた」

「オーライ。じゃんじゃん片づけちまいな」
 現場監督の指令に、おうっ、と作業員たちは答える。彼らみな、かつて地上を追われたはぐれ者たち。
 はぐれ天狗の操る風の術によって、あたりに散らばる瓦礫が一箇所に吹き集められる。はぐれ河童の放つ水流の刃によって、巨岩が切り刻まれて石材に加工される。はぐれ入道がそれを軽々と持ち上げて、大地に石畳を敷き詰めていく。
「勇儀さーん」
 身にまとうぼろ切れをなびかせて、一体の妖精が勇儀のもとに飛んできた。
「すいません、さとり様が本部でお呼びです。工事計画について詳しく聞きたいと」
 さとり、という名前が出ただけで、妖怪たちはやや緊張の顔つきとなった。勇儀は気にせず片手を上げて周囲に呼びかける。
「おう、ちょっくら出かけてくる。ここ敷き終わったら休憩でいいよ」
 立ち去る勇儀に妖精もついていく。
「あとパルスィさんも呼ばれてたんですけど。どこにいるんでしょ」
「あいつなら飯場で炊き出ししてたはずだ。会ったらなんかわけてもらいな」
 お化け妖精ははにかんで笑う。パルスィにおやつをおねだりする口実ができた。
「じゃあ急いで行ってきます」
 ぺこりと礼をして彼女は飛び去っていった。勇儀は通りすがりの妖怪たちに声をかけながら、悠々と歩いて現場本部に到着する。
「よっ。顔も出さないで呼びつけてくれて、いつも偉そうだねあんたは」
 天幕の下、退屈そうに読書にふけっていたさとりが、顔を上げて勇儀と目を合わせた。
「こちらから出向いてもいいのですけど……そう。わざと答えにくい話題を振って、私の反応をうかがってみただけ、と」
 勇儀は苦笑し、さとりの対面に椅子を置いてどっかりと座る。
「それで、なにが聞きたいって?」
 しばし両名は事務的な会話を交わす。さとりが何か質問をするたびに、勇儀は『ああ』とか『いや』とか簡潔に返事をする。こまごまと説明などしなくても、彼女が相手ならそれで事足りる。
「仕事が速いのですね。助かりますけど……」
「なんだい? 言えよ。私らの仲じゃないか」
 にやりと笑む勇儀に対し、さとりは顔をしかめてみせる。
「大変助かります、けれど、あなたがたに借りを作りたくはありません。なにが望みですか」
 勇儀は表情を変えず、目の前を指さす。
「あんたさ」
 言われてさとりは緊張の顔つきになる。勇儀は席を立ち、前屈みになって身を乗り出した。
「聞いたよ。地上の連中に一泡吹かせてやったんだって?」
「過大評価です。あれは幸運が重なっただけ」
「馬鹿言うな。まぐれでどうにかなる相手かい」
 まだ笑みを浮かべたまま目を見開き、厳しくさとりを見据える勇儀。
「熱かったんだろ。熱くさせられちまったんだろ、あいつらに」
 言いながら、彼女は遠慮なく両者の距離を詰めていく。さとりは動じない。いまにも取っ組み合おうかというほどに身を寄せて、至近距離でふたりは見つめ合う。
「昔のあんたは尖ってたよ。忘れちまったのかい? どれほどの屍の上にこの城を建てたのか。なぜ恐怖の瞳だなんて呼ばれているのか」
 ささやき声で、口調だけはいやに優しく勇儀は語りかける。
「調子が戻ったら私と勝負しな。それでこの貸しはチャラだ」
「無意味な戦いなどできません」
「加減はするさ。そうだね、負けたらあんたのペットになってやる」
「願い下げです」
 勇儀はじりじりと顔面を近づけていく。もはや鼻と鼻が触れあいそうな距離で、それでも頑として目をそらさないさとりを威嚇する。
「いいからつきあいな。きっと楽しませてやる、後悔はさせない」
 がたん! と大きな物音がした。勇儀は振り向く。さきほどまで彼女が座っていた椅子を、誰かが勢いよく蹴り倒した音だった。
「どういう……つもり」
 可愛らしいエプロン姿で、パルスィは呆然と立ち尽くしていた。その緑眼にじわりと涙が浮かぶ。
「ねえ、どういうつもりなの。説明して、勇儀!」
「じゃ、工事が済むまでに考えといてくれ」
 片手をあげてさとりに背を向け、勇儀はこの場から立ち去ろうとする。そこにパルスィが追いすがる。
「あいつがいいの? 私なんかよりあいつがいいって言うの。飽きたのね、もう飽きたんでしょ私に。はっきり言いなさいよ!」
 勇儀は目を細め、微妙なしかめっ面でだんだん早足になる。パルスィはいっそう熱くなって恨み言を述べ立てる。
 どこかほっとした顔つきで、さとりはその後ろ姿を眺めていた。ふたりの今後の関係についてはあまり心配していない。ああやって嫉妬心をアピールしてみせることが、パルスィにとっては最大の気晴らしなのだと理解していた。
「いつでも来てください」
 両名が驚きの顔で同時に振り返った。
「――と、約束しました。あの子たちに。遊び相手なら、あちらのほうが魅力的でしょう?」
 ゆったり歩いて天幕の外に出たさとり。洞穴のかなたの暗闇を見上げる。つられて勇儀たちも上を向いた。
 三名の間に、不意の無言が訪れる。しばし居心地の悪い沈黙ののち、思い出したように勇儀が告げる。
「そういや、あっちともつきあう約束してたんだった」
「こんの、浮気者がっ」

――

 夕闇に包まれた紅魔館。
 やっぱりいつものように、門前には彼女がたたずんでいた。
 すでに日も落ちて、その表情もよくわからなかったけど、私を見かけるなり手を振って大声で呼びかけてくる。
「おかえりなさーい」
 その目の前に降り立ってみる。いつもの笑顔で美鈴は手を差しのべた。
「大冒険でしたね。さ、お嬢様がお待ちかねですよ」
 あと一歩が踏み出せない。叱ってくれたほうが気が楽なのに。
 ごめんね、美鈴。本当にごめんね。
「なんですか、それ」
 手を引っ込めて、ちょっと首をひねった美鈴。笑顔に戻って、前屈みになって軽く両腕を広げた。
「おかえりなさい、フラン様」
 私は駆け寄り、その腕の中に飛び込んだ。ぎゅっと抱きついてみたら、優しく抱き返された。
 ただいま、美鈴!
――およそ一ヶ月後――

ムラサ「えー、ご乗客の皆様ー。本船はまもなく魔界に突入いたします。揺れますのでお近くの手すりにおつかまりください」

フラン(こちらアンノウン、こちらアンノウン。聞こえますかどーぞ)
こいし(はーい。こちらアンコンシャス。問題なく潜伏中よ)
ぬえ (こちらアンディファインド。ターゲットはすっかり油断しきってる模様。それにしても便利ね、この本)
フラン(パチュリーがね、もういらないって言うからもらってきたの……勝手に)
こいし(フランもシーフに転職ね。魔理沙が親方かな)
ぬえ (あいつってば意外にモテるのね。さっきから人間の男たちとしゃべってて。霊夢がそれ、気にしてないふりしてちらちら見てるのがおかしくって)
フラン(なんと。ここで負けては紅魔館の名折れ。咲夜はなにしてるの)
ぬえ (なんか早苗に絡まれてたけど。『お寺もいいけど今度は神社に来てくださいね』とかなんとか。営業妨害よねあれ)
フラン(ひとのこと言えない気がする。大丈夫なの? ぬえ、あとで叱られたりしない?)
ぬえ (ふん。恨み重なる人間どもが集まったこの機会、逃すわけにいかないわ。一応、責任者には断ってあるし)
こいし(がんばっておねだりしてたもんね、ぬえ)
フラン(?)
ぬえ (!)
こいし(ご住職様のお膝にちょこんと座って、うーんと背伸びして、『ねえ白蓮、面白いこと思いついたの。今度は迷惑かけないからぁ、ねえねえいいでしょ』って)
ぬえ (おい! ちょっとこいし。やめ、やめてよね、ひとの私生活のぞき見するの)
こいし(あ、そろそろ時間じゃない?)
フラン(行くわよ。ミッションスタート!)
ぬえ (聞けよこらぁ)

 空飛ぶ船、聖輦船の前方に異界へのゲートが開く。
 フランドールはその行く手に立ちふさがり、盛大に威嚇の弾幕を放った。
 驚いて騒ぎ出す乗客たちの目前、船の舳先に三名が姿を現す。

こいし「Ladies and Gentlemen!」
ぬえ 「恐れおののけ、人間どもよ――」
フラン「たったいま、この船は我々『エキストラ』が乗っ取った!」

――

 お疲れさまでした。
 本作は、作品集115、「名探偵魔理沙 ―毘沙門光明消失事件―」と同時進行のサイドストーリーです。
 が、これはこれとして独立したお話としています。(あとがき部分以外は)
 前作が未読のかたは、よろしければそちらもご一読お願いします。

 個人的な都合により、途中で書くのが止まっていた作品ですが、最後まで形にできてほっとしています。
 過去作に対してみなさんが寄せてくれた、多くの批評・激励がパワーの源です。本当にありがとうございます。

――

>>21
結局、フランの内面が書きたかったのか、バトルが書きたかったのか、
筋がはっきりしないままに書き進んでいたら、
もう書き直せないところまでストーリーが展開してしまいました。
はじめから話の中心をどちらか片方にしていれば、
もっと釈然とする流れになったと思います。
以後精進します。

>>23
それぞれ好き勝手な理由で動いてこそ幻想郷です。
納得してもらえる話になっていないとしたら、それは私の力不足です。
燐空コンビはもっと活躍させたかったのですが、これ以上広げたらもはや収集が……

>>25
テーマは絞れていません。
思うままに色々付け足していたら、自分でもよくわからなくなってしまいました。
かといって、ボツにして一から書きなおしても完成させられる自信がなく、
このまま完走させることにしました。

>>30
おお。
そもそも、「Ex三人娘」という発想自体、あなたの作品がなければ出てこなかったと思います。
この作品では、三名の内面に踏み込めていないという指摘はごもっともです。
現状の描写に気を取られてしまい、そこにいたるまでの動機が不明確なので、
展開が唐突な印象を与えてしまったのだと思います。
端的に言うなら、キャラクターへの愛が足りなかったのかなと。

>>31
ご期待に添えずすみません。
読者の視点を忘れて、作者の書きたいものを列挙するだけになっていました。
途中で主役が置いてきぼりになるのは致命的ですね…
プロットの段階から、どう見せるのかをもっと配慮するべきでした。

――

……言い訳の言葉ばかりになってしまいましたが、
応援してくださる方々には本当に勇気づけられました。感謝しています。
私なりに苦心してこれを書き上げた経験を、今後につなげていきたいです。
FoFo
http://
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0.2270簡易評価
3.100名前が無い程度の能力削除
圧巻でした。
世界がそこにあることを感じました。

壮大で熾烈にして繊細で優美な世界の創造者
狭い狭い幻想を果てしなく広く描きつつ、広い広い幻想を限りある書に綴り上げる者
やはり貴方妖怪ですね?いや、神ですか?

100点じゃ足りない世界、堪能させていただきました。
5.無評価名前が無い程度の能力削除
結局侵略された地底が一方的にボコボコになっただけやん
7.100名前が無い程度の能力削除
な、長ぇ!
と思っていながら最後まで読めました。
Ex三人娘の中でもいい作品でした。
12.100名前が無い程度の能力削除
EX三人娘の友情パワーっていいですねー
13.100名前が無い程度の能力削除
サイドストーリー来た!前作のあとがき見てから全裸で待ってました
やっぱりあなたの作品は、出てくるキャラクターがみんな魅力的だなあ
長さを気にせず話を楽しむことができました
長編お疲れさまでした。そしてありがとうございました

それにしてもうろおぼえのスターボウとか避けられる気がしない…
17.100名前が無い程度の能力削除
長ぇ

バトル描写の格好よさとか
仄かに香る百合の雰囲気だとか
フランちゃんモテすぎとか
こいしちゃん気が多すぎとか
聖に甘えるぬえ可愛いよぬえとか
にとりの姫呼びはやっぱり素敵だとか
レミリアの異常なカリスマとか
勇儀姐さん発言が紛らわしすぎとか
パルパル可愛いよとか
細かく語りたいとこは沢山あるけど
とりあえず面白かったです

あとこの作品でレミこいとさとフラの可能性に気付きました
ありがとうございます
19.100名前が無い程度の能力削除
世界を創る程度の能力者がまた一人……
20.50名前が無い程度の能力削除
なんだろう、この釈然としない感じ。
結局、こんな不安定な精神状態なら外に
出さない方が良いよね。
地底はやられ損、地上はどっちらけって感じで
フランドールに引っ掻き回されただけのみんなが可哀想だった。
22.20名前が無い程度の能力削除
フランの不始末を棚に上げた紅魔館を筆頭に、地上がそれぞれ好き勝手な理由で不可侵条約破って侵攻
地底側は突然の襲撃に対し物量と準備の差の前に各個に攻撃されて全く関係のない者たちまで傷つけられるも、うやむやになって終了
おりんくうとかかわいそうすぎる。紅魔館TUEEEEEEEEEEEEやりたいだけかよ
24.80名前が無い程度の能力削除
テーマ的には淀んでいるのを引っ掻き回すな感じなんでしょうか?
私的に状況がよく判らずそれぞれのキャラの心情が上手く伝わってきませんでした。
フランが可愛かったです。
27.100名前が無い程度の能力削除
おぉ、大作
29.80ムラサキ削除
大作ごちそうさまでした。
フランがこいしちゃんやぬえと友達になる所から、パーティーを友達とやるのが夢というフランの可愛い描写が見ていて面白かったです。
新参者のために翻弄する地底の皆やさとり様、それにぬえに対する評価の変化やこいしちゃんの飄々としながらも皆を動かす姿も素敵でした。
弾幕戦なんかも血生臭さが感じられず、互いに感じ合うような戦いで見ていて清清しかったです。
ただそれだけに内面描写、特にメインの三人娘同士の描写がかなり物足りなかったのが残念。
物語を追って行けばこの三人の友情が強いってことはとてもよくわかるのですが、それに対する互いの評価や想いをもっとみて見たかったです。
状況の流れもちと省き過ぎるところがあったのか(もしくは自分の読解力不足)、違和感やなぜその考えに至ったのか、特にレミリアが地底に戦争を仕掛けるまでのフランに対する葛藤をもう少し読んで見たかったです。
なので起から転に繋がる部分がちょっと早かった印象でした。
三人娘ちょっとわがままな感じの娘なだけで終わってしまったのも不満の一つ。この戦いを経ての三人娘の内面をもう少しみて見たかったです。
とはいえ、200kb越えでしたが時間を感じず読み進めるられ面白かったです。結でみんなの仲がとてもよい感じもEDの宴会みたいでほんわかする。
やっぱり三人娘の友情物語は面白いです
30.50名前が無い程度の能力削除
「名探偵魔理沙 ―毘沙門光明消失事件―」が大好きでとても楽しく読ませてもらって、ついにサイドストーリーの三人娘が主役の作品が出来たという事で
かなり楽しみにしてたんですが読み終わっての感想は「ちょっと期待していたものとは違ったかなぁ」でした。

前半部は展開や内容が好みでこの三人娘がこれから何をしてくれるのかとても楽しみだったのですが、
中盤、後半になるにつれて何だか読んでる作品が変わっていくような錯覚を覚えました。
言ってしまえば「読みたかったのはコレジャナイ!」という感じ。特に中盤は三人娘がかなり置いてけぼりで読むのが辛かった。
個人的には三人娘の描写を中心にした物語が見たいのであって、地霊殿VS紅魔館はどうでもよかったのですが、まぁ自分が変な期待をしていただけなのかな……。

ただ内容はともかく、やっぱりキャラの魅力や展開の作りは期待以上のものでその部分はとても楽しめました。総括してこの点数を。
あなたの大作は読み応えがあって本当に面白い!
32.100名前が無い程度の能力削除
大作ですね素晴らしい。
34.100名前が無い程度の能力削除
良かった。
これぐらいやりたい放題やらないと面白くない。
36.100名前が無い程度の能力削除
登場人物全てが存在感に溢れてる。風呂敷をしっかり広げてしっかり畳む。
そんなFoFo氏のSSが好きだ
前作に続いて面白く読ませていただきました。
今後のご活躍にも期待してます。次も面白いSS読ませてください!
40.80名前が無い程度の能力削除
全編通して文章自体に"自然さ"が足りない様に感じた。

例えるのならば、
一見棒読みでは無い様で、ある意味棒読みな役者の演技。
一見様になっているようで、動いてみると何所か素人臭を隠せない殺陣のシーン。
言葉の不適切というよりは、突き詰めた時の間の取り方が不適切。
違った言い方をするのならばあまりにも事務的。

すみません。素人の感じたことなので軽く流してくれても結構です。
ただ、世の中には読み手を唸らせる様な文を書くひともいます。自分が物足りなく感じたのも事実です。
42.100名前が無い程度の能力削除
これだけの文章量でも話の展開に引き込まれ全く退屈せず読めました、面白かったです
45.90名前が無い程度の能力削除
多少主題がぼけているところがあったようにも思います。
しかし、長編をしっかりまとめていると思いますし、なによりキャラの描写が上手い。

霊夢と咲夜のタッグはクールですね。魔理沙・早苗組と比べるとまた面白い。
個人的にFoFoさんの書く人間勢が好きなんで、彼女達メインの話を読めるとうれしいです。
46.100名前が無い程度の能力削除
楽しかった。この一言に尽きます。
47.100名前が無い程度の能力削除
月並みの言葉ですいませんが、面白かったです。
48.100名前が無い程度の能力削除
なぜ大ファンのFoFoさんの作品を今日まで見逃していたのか自分でも訳がわかりません。
作品はもちろん大満足です。文明ごっこもそうでしたが、大人数が同時進行で動きながら進んでゆくストーリー展開に大興奮でした。
あと唐突に出てきた特攻野郎ネタに思わずニヤリとさせられました。
50.100名前が無い程度の能力削除
もうなんというかすごいとしか表現できない自分が情けない。
本当に面白かったです。
52.90名前が無い程度の能力削除
面白かったです。かわいいですね、EX三人娘。
55.無評価名前が無い程度の能力削除
かませ要因に仕立て上げられたさとこい以外の地霊メンバーに合掌
57.100Admiral削除
こんなに長いのに一気に読み終えてしまいました。
フラこいぬえ三人娘は最高!ですね。
他のキャラクターの描写もとても素敵な仕上がりでした。どいつもこいつもカッコカワイイ!
特にレミリアのカリスマが半端ないですね。こいしちゃんが惚れちゃうのも納得です。
(レミこい…!新しい!このラインで続きが読みたいです><)
作者様、素敵なお話をありがとうございました!
67.100名前が無い程度の能力削除
生き生きとした三人娘が見れて幸せです。ありがとうございました!
70.90非現実世界に棲む者削除
作品自体は面白かったのだが、分かりにくい箇所が幾つかありました。
強いてあげるならどの辺がフランのセリフ(言葉にしているところ)なのかわかりづらかったです。
それに何と言うの?序盤の入りが突発的でイマイチ作品の主観が掴めなかったです。

否定的なコメントばかりですが、結構楽しめました。
では、失礼いたします。


あと、個人的にはレミリアとフランが仲直りするシーンが欲しかったです。
78.100名前が無い程度の能力削除