彼女の名前はイリ。もう百年以上も私や、お姉様の髪を散髪してくれる専門のメイドだ。他のメイド達もイリに散髪を頼んでいる。紅魔館の床屋さんといったところだろうか。
そして今日は私が散髪をしてもらう日。お姉様に髪が長いから切ってもらいなさいって言われてしまったのだ。それなら仕方がない。昔は時間はかかるし、なにより人に髪の毛を触られるのが嫌だったので大嫌いだったけれど、今は色々な愚痴を話したり、妖精メイド達と話した内容を私にも聞かせてくれたりもするから、イリに髪を切ってもらうのは好きだ。
ここに住む殆どを請け負うだけあって、イリはここに籠りきりなのである。だから彼女は髪を切りにきた人と沢山喋るのだという。そうしないと、情報が得られないらしい。
だからなのか、イリは沢山のことを知っていて、沢山のことを話してくれるから面白い。だからここへ来るこの時間は、私の大好きな時間なのである。頭もいいしね。頭がキレる人と話をするのは楽しい。
「お嬢様から連絡は受けておりました、フランドール様。ささ、早く済ませてしまいましょう。こちらにお座りください」
「あんがと」
私が座るにはちょっと大きすぎる椅子に腰をかけ、目の前に置かれた大きな鏡に映る自分とイリを見る。笑いながら私に大きな前掛けをかけてくれた。
イリの髪の毛は、髪を手入れする専門のメイドなだけあって、とってもキューティクルだ。セミロングでバランスよく切られた髪の毛は、イリが動くたびにさらりとゆれる。
「ねぇ、俺もイリみたいな髪の毛にしてよ。セミロング」
「申し訳ございません。フランドール様のサイドテールは変えるなと、お嬢様から命令されておりまして。フランドール様だって、ヘアバンドと取ればいくらでも綺麗なロングになるというのに、ずっとサイドテールで居るのは、気に入っておられるからでは?」
「んーん。言ってみただけだからいいよ」
失礼しますという声と共に、椅子が後ろに倒れた。
私は椅子を背中でよじ上って、洗面台に頭を預ける。
「湯加減どうですか?」
「大丈夫」
イリが優しい手つきで私の髪を洗う。わしゃわしゃと泡が立つと、ほんのりとレモンのいい匂いが漂ってきた。
「今日はレモンなんだね」
「はい、さっぱりして気持ちがいいですよ」
「うん、気持ちいい」
イリは椅子を起こすと私の髪の毛を拭いていく。
「かゆいとこはありますか?」
「んー無い」
本当は頭の左後ろ辺りがちょっとかゆかったけど、言わないでさりげなく自分で手を伸ばす。
すると私の手が頭に触れるよりも先にイリの手がかゆいところの近くに触れた。
「ここですか?」
「ははは、まいったね」
「私に嘘は通用しませんっていつも言ってるじゃないですか。ささ、遠慮なさらず」
「もうちょっと中央よりかな……そうそうそこ」
「最近やっと素直に言ってくれるようになったと思ってたのですが、残念です」
イリが手を放すと、私の髪の毛がぼわっと広がって、その後全部下がった髪の毛は、散り散りに広がってしまったりとまとまりが無い。
「なんでイリの髪の毛はそんなにすーっとしてるの?」
「フランドール様だって綺麗な髪の毛してますよ」
「お世辞は入らないっていつも言ってるじゃん」
「あはは、今度は私が怒られちゃいましたね。えーっとそうですねぇ、これもいつも言ってることですが、フランドール様、ちゃんとお風呂上がった後髪よく拭いてます?」
「ぎくり」
「知ってるんですよー。自然乾燥が一番楽とか言ってるの」
「ははは」
イリがはさみを手に髪の毛を持ち上げる。
「随分伸びましたねぇ」
「だからお姉様に髪切りなさいって言われちゃったんだけどね」
どのみち目に入って邪魔だったから、そろそろ切ろうかとは思ってたのだけれども。
「じゃあ、失礼しますね」
「よろしくね」
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
。 。 。
「この間さーお姉様が俺のデザート勝手に食べたのね」
「あらあら、でもつい先日お嬢様がいらしたときは、フランが私のデザートを勝手に食べたって言ってましたよ」
「その前に食べたのはあいつだし」
「はいはい」
「もー」
ちゃきちゃきと金属同士がぶつかる音が小刻みに聞こえてきて、それすらも心地いい。
鏡を見てたまに笑ってみたりしながら、今日は何を話そうかと考える。
「そういえばフランドール様、一つ聞きたいことがあるのですがよろしいでしょうか」
「なぁに?」
「フランドール様、今日ご自分のことを俺って言ってますよね。どうしたんですか?」
あぁ、そういえばそうだった。忘れてた。
「俺って言い始めてからイリのところに初めて来るもんね」
「そうですね」
くしで髪を上に伸ばして、はさみを入れる。ちゃきちゃきと音が鳴ると、頭の上から私の前に金色の髪の毛が降ってくる。それを前掛けの下から手で持ち上げて、電気にかざして光具合とかを見る。……やっぱりどうみても、イリの髪の方が全然質がいい。今度からはちゃんと頭を拭こう。
「魔理沙だよ。魔理沙」
「あぁ、魔理沙様」
イリはここに籠りきりだから、魔理沙を見たことが無い。それでも私がよく魔理沙の話をするから、人物像くらいは掴めているのだろう。
「魔理沙がさ、だぜって言うじゃん。ずーっと前にね、なんで、だぜって言うのって聞いたわけよ」
「そういえばなんででしょうね。なんて言われたんですか?」
「かっこいいだろ、そんでもって、強そうだろって」
そのときの魔理沙を思い浮かべて、少しノスタルジックにも似た気分に浸る。
「だからその精神を学んで、俺って言うことにしたんだ。かっこいいし、強そうでしょ?」
「うーん、なんだか男の子っぽいですね」
「魔理沙って元々男の子っぽいんだよ」
「そうみたいですね。でも結構乙女チックなところもある様に思いますよ。案外そういう人が一番乙女だったりするんです」
イリがはさみを持った手を下ろすと、今度は小さい三面鏡を持って、私の頭の後ろで開いた。
「とりあえずこれくらいの長さにしてみましたがどうです?」
「うん、ありがとう!」
三面鏡をたたんで、イリが今度は私の肩に手を置いた。そしていきなり強く肩を揉みだす。
「痛い痛い痛いって!」
「フランドール様は本の読み過ぎです。肩がものすごい凝ってます。レミリア様との比じゃないですよ」
「痛たたたたたたた痛いって! やめて!」
私が泣こうが喚こうがやめる気配のないイリの様子を見ながら、しばらく耐えていると、凝りが治ってきたのだろうか、最初とはうってかわって気持ちがいい。
「パチュリーなんてもっとだよ。もっとでしょ?」
「さぁ。パチュリー様はどうやらご自分で髪をばっさり切っているようなので、分からないんですよね」
「そうなんだ。パチュリーもイリに切ってもらえばいいのに」
「ずっと前に一度来られたことがあって、髪を切ろうとしても本を読むのをやめないので本は置いてくださいと申したところ、怒って外に出て行ってしまいまして。
それ以来ここへ来ることはありませんね」
「へぇーそんな二十四時間いつでも読んでるわけじゃないのに」
「まぁ人それぞれ考え方があるのでしょう」
イリがぽんと両手を肩に置くと、また椅子が後ろに倒れた。例のごとく私は頭が椅子から出るように、体を椅子の上まで持ち上げる。
こうしてまた髪を切った後に頭を洗うのだ。そうしないと、切った髪のカスが髪の毛の間に沢山挟まってて、ベッドとかに落ちてしまう。
「魔理沙がさ、死んじゃったとき、本当どうしようかと思ったよ」
「死んでしまったのですか。それは残念ですね……。フランドール様は魔理沙様のことを大変気に入られていたみたいですし」
「人間ってあっけないんだな、人間ってあんなに簡単に死んじゃうんだなって思った」
イリがシャワーを流して温度を調節し、熱くないかと聞いてきたので首を振るだけで答える。
「俺って言うフランドール・スカーレットを魔理沙が見たら、喜ぶかな」
「喜んでくれますよ。おそらく魔理沙様はそういうお方です」
「えへへ、そうかな。だといいな」
丁度いい温度のお湯が、私の頭を流れていく。イリの指の腹が当たって気持ちがいい。
「魔理沙に会いたいな」
「……左様でございますか」
イリは多く答えず、私の頭にレモンの匂いがするシャンプーを付けた。
「イリにも会わせてあげたかったな」
「会ってみたかったです」
シャンプーを流して、全ての行程が終了した。
椅子から立ち上がると、イリが小さい箒を使って私の服についた小さい髪のクズを払ってくれる。
「今日はありがとう! また伸びたらくるね」
「そのときはまたよろしくお願いします」
私はなんだか気分がよくなっていた。きっと今満面の笑顔だろう。何もかもが上手くいったような気分になって、意気揚々と飛び立った。
。 。 。
「お待ちください、フランドール様」
部屋を出る直前に、イリに呼び止められる。
「なあに?」
私は止まって、イリを見ながら答えた。イリはどこか得意げに目をつむっている。
「いつも言ってるじゃないですか。私に嘘は通用しません」
「ははは、まいったね。いつから気づいてたの?」
イリは髪を切る場所の横に備え付けられた、簡単なテーブルを私に勧めた。
三つの内の一つの椅子に腰かけると、イリがいつも好んで飲んでいるほうじ茶を注いでくれて、自分の分のコップも用意して椅子に座る。
「フランドール様の表情は、最初から何かをしてやろうって気で満ちあふれていました」
「えー、それだけ? それじゃあちっとも面白くない」
「そうですね。ではちょっとだけお話をしましょう。まぁそのつもりでお茶を淹れたんですけどね」
イリがずずずっとお茶をすするのを見て、私も真似をしてすする。紅茶じゃ絶対に出来ないな。
「まずフランドール様は、今日最初から私に嘘をつくおつもりでしたね」
「そうだね」
「人の話からしか情報を得ず、そしてその得た情報を他の人に話す私に間違えた情報を与えるとどうなるか、それを見て楽しみたかったというところでしょうか」
「うんうん。私前から気になってたんだ」
「そして一人称が俺になったなんてのも、当たり前のごとく最初から嘘」
ほうじ茶も結構おいしいな。
「最初におかしいと思ったのは、やはりかゆい場所が無いと言った嘘でしょうか。
あのときも言いましたが、最近ではようやくフランドール様がはっきり言ってくださっていたかゆい場所を、何故言わなかったのか」
「そんなに引っ掛かるところだったかな」
「私に嘘は通用しません。その一言が欲しかったんですね」
あーあ、もう完全に負けちゃったなぁ。
「そうだよ。よく分かったね」
「嘘は通用しないですよって得意げに言った人が、その直後に嘘で騙されたら面白いじゃないですか。失礼ながら、フランドール様はそういうお方です」
流石長い付き合いなだけはあるね。
「それと同時に、フランドール様はフェアに遊びをしたいと思っているお方でもあります。自分が一方的に不意打ちでそういうことをするんじゃつまらない。ヒントでもあったのでしょう、あのときの小さな嘘が」
もう私が口を挟む理由も無いので、静かに聞いている。
あぁ、やっぱりイリと話をするのは楽しい。
「一人称が俺になったという小さな嘘を会話中にばらまいて、まずは様子見をしたのでしょう。私の中の魔理沙様を聞き出す探りでもあったのでしょうけど。正直そのときは本当に俺になったのだと思いましたわ。
そして私が気づいていないようだったので、大きな嘘を入れてきた」
食べますかと、手が伸ばせる範囲に置いてあった焼き菓子を渡してくれたので素直に食べる。
固くやかれたキャラメル味のそれはとってもオイシかった。流石咲夜。
「人間は、何かの拍子で死んでしまうものです。ですので私も魔理沙様が死んだことを別に最初から疑ってたわけでは無いんですよ。気づいてしまっただけなんです」
「なんで気づいたのかな。聞かせて欲しいな」
イリがお茶を飲んで喉を潤す。
「本当にただ、なんとなくです。これがもし嘘だったらと考えたときに、フランドール様の喜ぶ顔が目に浮かびまして。
今日の会話を思い出してみたところ、つじつまが合ってしまった。そして何より、帰るフランドール様のご機嫌っぷりは、ただ髪をきってさっぱりしただけとは言いがたい雰囲気でしたので」
それを聞いて、一瞬きょとんとすると、私は盛大に笑い出した。
「あはははは、なーんだ。付き合いの長さが仇になっちゃっただけか」
「はい。ミステリー小説のようにいかなくて申し訳ございません」
「いやいやイリはいい探偵になれるよ。犯人の気持ちをよく理解しようとするのも立派な推理だって」
「恐縮です」
私は立ち上がってくるりと回った。
「あーやっぱりイリと話すのはとっても楽しい! また来るよ!」
「今後こういうことはナシでお願いしますよ」
「分かってるって。今日はごめんなさい。でも楽しかった。ありがとうね!」
手を前で重ね、礼儀正しく頭を下げるイリに背を向けて、かなり弾んだ気持ちで部屋を出る。
嘘を見抜かれて嬉しくなるのも変な話だろうけど、私はこういうやつなんだ。
イリが私の謎掛けとは言いがたい謎掛けを、解いてくれたのが嬉しい。
廊下にある窓を見ると、遮光カーテンの隙間から太陽の光が漏れているのが見える。今日はいい天気だな。図書館に居れば、きっと魔理沙がやってくる。そしたらイリのところに連れてってあげよう。この話を魔理沙にしたら、多分沢山笑ってくれるな。
私は今日の今後のことを楽しみに思いながら、スキップで図書館へと向かっていった。
そして今日は私が散髪をしてもらう日。お姉様に髪が長いから切ってもらいなさいって言われてしまったのだ。それなら仕方がない。昔は時間はかかるし、なにより人に髪の毛を触られるのが嫌だったので大嫌いだったけれど、今は色々な愚痴を話したり、妖精メイド達と話した内容を私にも聞かせてくれたりもするから、イリに髪を切ってもらうのは好きだ。
ここに住む殆どを請け負うだけあって、イリはここに籠りきりなのである。だから彼女は髪を切りにきた人と沢山喋るのだという。そうしないと、情報が得られないらしい。
だからなのか、イリは沢山のことを知っていて、沢山のことを話してくれるから面白い。だからここへ来るこの時間は、私の大好きな時間なのである。頭もいいしね。頭がキレる人と話をするのは楽しい。
「お嬢様から連絡は受けておりました、フランドール様。ささ、早く済ませてしまいましょう。こちらにお座りください」
「あんがと」
私が座るにはちょっと大きすぎる椅子に腰をかけ、目の前に置かれた大きな鏡に映る自分とイリを見る。笑いながら私に大きな前掛けをかけてくれた。
イリの髪の毛は、髪を手入れする専門のメイドなだけあって、とってもキューティクルだ。セミロングでバランスよく切られた髪の毛は、イリが動くたびにさらりとゆれる。
「ねぇ、俺もイリみたいな髪の毛にしてよ。セミロング」
「申し訳ございません。フランドール様のサイドテールは変えるなと、お嬢様から命令されておりまして。フランドール様だって、ヘアバンドと取ればいくらでも綺麗なロングになるというのに、ずっとサイドテールで居るのは、気に入っておられるからでは?」
「んーん。言ってみただけだからいいよ」
失礼しますという声と共に、椅子が後ろに倒れた。
私は椅子を背中でよじ上って、洗面台に頭を預ける。
「湯加減どうですか?」
「大丈夫」
イリが優しい手つきで私の髪を洗う。わしゃわしゃと泡が立つと、ほんのりとレモンのいい匂いが漂ってきた。
「今日はレモンなんだね」
「はい、さっぱりして気持ちがいいですよ」
「うん、気持ちいい」
イリは椅子を起こすと私の髪の毛を拭いていく。
「かゆいとこはありますか?」
「んー無い」
本当は頭の左後ろ辺りがちょっとかゆかったけど、言わないでさりげなく自分で手を伸ばす。
すると私の手が頭に触れるよりも先にイリの手がかゆいところの近くに触れた。
「ここですか?」
「ははは、まいったね」
「私に嘘は通用しませんっていつも言ってるじゃないですか。ささ、遠慮なさらず」
「もうちょっと中央よりかな……そうそうそこ」
「最近やっと素直に言ってくれるようになったと思ってたのですが、残念です」
イリが手を放すと、私の髪の毛がぼわっと広がって、その後全部下がった髪の毛は、散り散りに広がってしまったりとまとまりが無い。
「なんでイリの髪の毛はそんなにすーっとしてるの?」
「フランドール様だって綺麗な髪の毛してますよ」
「お世辞は入らないっていつも言ってるじゃん」
「あはは、今度は私が怒られちゃいましたね。えーっとそうですねぇ、これもいつも言ってることですが、フランドール様、ちゃんとお風呂上がった後髪よく拭いてます?」
「ぎくり」
「知ってるんですよー。自然乾燥が一番楽とか言ってるの」
「ははは」
イリがはさみを手に髪の毛を持ち上げる。
「随分伸びましたねぇ」
「だからお姉様に髪切りなさいって言われちゃったんだけどね」
どのみち目に入って邪魔だったから、そろそろ切ろうかとは思ってたのだけれども。
「じゃあ、失礼しますね」
「よろしくね」
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
。 。 。
「この間さーお姉様が俺のデザート勝手に食べたのね」
「あらあら、でもつい先日お嬢様がいらしたときは、フランが私のデザートを勝手に食べたって言ってましたよ」
「その前に食べたのはあいつだし」
「はいはい」
「もー」
ちゃきちゃきと金属同士がぶつかる音が小刻みに聞こえてきて、それすらも心地いい。
鏡を見てたまに笑ってみたりしながら、今日は何を話そうかと考える。
「そういえばフランドール様、一つ聞きたいことがあるのですがよろしいでしょうか」
「なぁに?」
「フランドール様、今日ご自分のことを俺って言ってますよね。どうしたんですか?」
あぁ、そういえばそうだった。忘れてた。
「俺って言い始めてからイリのところに初めて来るもんね」
「そうですね」
くしで髪を上に伸ばして、はさみを入れる。ちゃきちゃきと音が鳴ると、頭の上から私の前に金色の髪の毛が降ってくる。それを前掛けの下から手で持ち上げて、電気にかざして光具合とかを見る。……やっぱりどうみても、イリの髪の方が全然質がいい。今度からはちゃんと頭を拭こう。
「魔理沙だよ。魔理沙」
「あぁ、魔理沙様」
イリはここに籠りきりだから、魔理沙を見たことが無い。それでも私がよく魔理沙の話をするから、人物像くらいは掴めているのだろう。
「魔理沙がさ、だぜって言うじゃん。ずーっと前にね、なんで、だぜって言うのって聞いたわけよ」
「そういえばなんででしょうね。なんて言われたんですか?」
「かっこいいだろ、そんでもって、強そうだろって」
そのときの魔理沙を思い浮かべて、少しノスタルジックにも似た気分に浸る。
「だからその精神を学んで、俺って言うことにしたんだ。かっこいいし、強そうでしょ?」
「うーん、なんだか男の子っぽいですね」
「魔理沙って元々男の子っぽいんだよ」
「そうみたいですね。でも結構乙女チックなところもある様に思いますよ。案外そういう人が一番乙女だったりするんです」
イリがはさみを持った手を下ろすと、今度は小さい三面鏡を持って、私の頭の後ろで開いた。
「とりあえずこれくらいの長さにしてみましたがどうです?」
「うん、ありがとう!」
三面鏡をたたんで、イリが今度は私の肩に手を置いた。そしていきなり強く肩を揉みだす。
「痛い痛い痛いって!」
「フランドール様は本の読み過ぎです。肩がものすごい凝ってます。レミリア様との比じゃないですよ」
「痛たたたたたたた痛いって! やめて!」
私が泣こうが喚こうがやめる気配のないイリの様子を見ながら、しばらく耐えていると、凝りが治ってきたのだろうか、最初とはうってかわって気持ちがいい。
「パチュリーなんてもっとだよ。もっとでしょ?」
「さぁ。パチュリー様はどうやらご自分で髪をばっさり切っているようなので、分からないんですよね」
「そうなんだ。パチュリーもイリに切ってもらえばいいのに」
「ずっと前に一度来られたことがあって、髪を切ろうとしても本を読むのをやめないので本は置いてくださいと申したところ、怒って外に出て行ってしまいまして。
それ以来ここへ来ることはありませんね」
「へぇーそんな二十四時間いつでも読んでるわけじゃないのに」
「まぁ人それぞれ考え方があるのでしょう」
イリがぽんと両手を肩に置くと、また椅子が後ろに倒れた。例のごとく私は頭が椅子から出るように、体を椅子の上まで持ち上げる。
こうしてまた髪を切った後に頭を洗うのだ。そうしないと、切った髪のカスが髪の毛の間に沢山挟まってて、ベッドとかに落ちてしまう。
「魔理沙がさ、死んじゃったとき、本当どうしようかと思ったよ」
「死んでしまったのですか。それは残念ですね……。フランドール様は魔理沙様のことを大変気に入られていたみたいですし」
「人間ってあっけないんだな、人間ってあんなに簡単に死んじゃうんだなって思った」
イリがシャワーを流して温度を調節し、熱くないかと聞いてきたので首を振るだけで答える。
「俺って言うフランドール・スカーレットを魔理沙が見たら、喜ぶかな」
「喜んでくれますよ。おそらく魔理沙様はそういうお方です」
「えへへ、そうかな。だといいな」
丁度いい温度のお湯が、私の頭を流れていく。イリの指の腹が当たって気持ちがいい。
「魔理沙に会いたいな」
「……左様でございますか」
イリは多く答えず、私の頭にレモンの匂いがするシャンプーを付けた。
「イリにも会わせてあげたかったな」
「会ってみたかったです」
シャンプーを流して、全ての行程が終了した。
椅子から立ち上がると、イリが小さい箒を使って私の服についた小さい髪のクズを払ってくれる。
「今日はありがとう! また伸びたらくるね」
「そのときはまたよろしくお願いします」
私はなんだか気分がよくなっていた。きっと今満面の笑顔だろう。何もかもが上手くいったような気分になって、意気揚々と飛び立った。
。 。 。
「お待ちください、フランドール様」
部屋を出る直前に、イリに呼び止められる。
「なあに?」
私は止まって、イリを見ながら答えた。イリはどこか得意げに目をつむっている。
「いつも言ってるじゃないですか。私に嘘は通用しません」
「ははは、まいったね。いつから気づいてたの?」
イリは髪を切る場所の横に備え付けられた、簡単なテーブルを私に勧めた。
三つの内の一つの椅子に腰かけると、イリがいつも好んで飲んでいるほうじ茶を注いでくれて、自分の分のコップも用意して椅子に座る。
「フランドール様の表情は、最初から何かをしてやろうって気で満ちあふれていました」
「えー、それだけ? それじゃあちっとも面白くない」
「そうですね。ではちょっとだけお話をしましょう。まぁそのつもりでお茶を淹れたんですけどね」
イリがずずずっとお茶をすするのを見て、私も真似をしてすする。紅茶じゃ絶対に出来ないな。
「まずフランドール様は、今日最初から私に嘘をつくおつもりでしたね」
「そうだね」
「人の話からしか情報を得ず、そしてその得た情報を他の人に話す私に間違えた情報を与えるとどうなるか、それを見て楽しみたかったというところでしょうか」
「うんうん。私前から気になってたんだ」
「そして一人称が俺になったなんてのも、当たり前のごとく最初から嘘」
ほうじ茶も結構おいしいな。
「最初におかしいと思ったのは、やはりかゆい場所が無いと言った嘘でしょうか。
あのときも言いましたが、最近ではようやくフランドール様がはっきり言ってくださっていたかゆい場所を、何故言わなかったのか」
「そんなに引っ掛かるところだったかな」
「私に嘘は通用しません。その一言が欲しかったんですね」
あーあ、もう完全に負けちゃったなぁ。
「そうだよ。よく分かったね」
「嘘は通用しないですよって得意げに言った人が、その直後に嘘で騙されたら面白いじゃないですか。失礼ながら、フランドール様はそういうお方です」
流石長い付き合いなだけはあるね。
「それと同時に、フランドール様はフェアに遊びをしたいと思っているお方でもあります。自分が一方的に不意打ちでそういうことをするんじゃつまらない。ヒントでもあったのでしょう、あのときの小さな嘘が」
もう私が口を挟む理由も無いので、静かに聞いている。
あぁ、やっぱりイリと話をするのは楽しい。
「一人称が俺になったという小さな嘘を会話中にばらまいて、まずは様子見をしたのでしょう。私の中の魔理沙様を聞き出す探りでもあったのでしょうけど。正直そのときは本当に俺になったのだと思いましたわ。
そして私が気づいていないようだったので、大きな嘘を入れてきた」
食べますかと、手が伸ばせる範囲に置いてあった焼き菓子を渡してくれたので素直に食べる。
固くやかれたキャラメル味のそれはとってもオイシかった。流石咲夜。
「人間は、何かの拍子で死んでしまうものです。ですので私も魔理沙様が死んだことを別に最初から疑ってたわけでは無いんですよ。気づいてしまっただけなんです」
「なんで気づいたのかな。聞かせて欲しいな」
イリがお茶を飲んで喉を潤す。
「本当にただ、なんとなくです。これがもし嘘だったらと考えたときに、フランドール様の喜ぶ顔が目に浮かびまして。
今日の会話を思い出してみたところ、つじつまが合ってしまった。そして何より、帰るフランドール様のご機嫌っぷりは、ただ髪をきってさっぱりしただけとは言いがたい雰囲気でしたので」
それを聞いて、一瞬きょとんとすると、私は盛大に笑い出した。
「あはははは、なーんだ。付き合いの長さが仇になっちゃっただけか」
「はい。ミステリー小説のようにいかなくて申し訳ございません」
「いやいやイリはいい探偵になれるよ。犯人の気持ちをよく理解しようとするのも立派な推理だって」
「恐縮です」
私は立ち上がってくるりと回った。
「あーやっぱりイリと話すのはとっても楽しい! また来るよ!」
「今後こういうことはナシでお願いしますよ」
「分かってるって。今日はごめんなさい。でも楽しかった。ありがとうね!」
手を前で重ね、礼儀正しく頭を下げるイリに背を向けて、かなり弾んだ気持ちで部屋を出る。
嘘を見抜かれて嬉しくなるのも変な話だろうけど、私はこういうやつなんだ。
イリが私の謎掛けとは言いがたい謎掛けを、解いてくれたのが嬉しい。
廊下にある窓を見ると、遮光カーテンの隙間から太陽の光が漏れているのが見える。今日はいい天気だな。図書館に居れば、きっと魔理沙がやってくる。そしたらイリのところに連れてってあげよう。この話を魔理沙にしたら、多分沢山笑ってくれるな。
私は今日の今後のことを楽しみに思いながら、スキップで図書館へと向かっていった。
オリキャラもいい味出してます
>奇声を発する程度の能力様
いやー最初は大阪弁だったんですけど、さすがに自重しました。大阪弁フランも可愛いと思うんですけどね。
>8様
ありがとうございます。オリキャラのイリちゃんはずっと私の脳内にあったメイド妖精さんです。
フランちゃんはきっと嘘つき。
>12様
ぜっっっっっったい可愛い。フランドールならロングでもかわいいしセミロングもショートも似合うと思う。
>ぴよこ様
フランちゃんは幻想郷の誰よりも生活を楽しんでる。というより、楽しもうとしているという無駄な脳内設定。