この作品は作品集136にある「巫女と門番のドキ☆ドキ同棲生活」の続きです。
博麗神社
それは幻想郷の東の端の端、幻想郷と外の世界との境界に位置する神社であり、人里から遠く離れた山奥にある。そこには幻想郷と外の世界との往来を遮断する『博麗大結界』を管理する一人の巫女が住んでいた。彼女は楽園の素敵な巫女として悠々自適な暮らしをしていたのだが…
「れいむー、朝よー。早く起きなさーい!」
「…あによ、うるさいわね…むにゃ……zzz」
居間のほうから聞こえた声に霊夢は半分眠りながら文句を言った。その声の主はなかなか起きてこない霊夢にしびれを切らし、すたすたと寝室までやってきて、スパーンと勢いよくと障子を開け放った。
「ほら、霊夢起きて」
「…うへへ、お賽銭いっぱぁい……zzz」
「…なんちゅう欲望まみれの夢、見てるんだか…」
声の主は霊夢をゆさゆさと揺すって起こしていたが、あまりに煩悩まみれの夢を見ている霊夢におもいっきりため息をついた。が、次の瞬間、なにか思いついたのか、にやりとわらってふとんの端をつかみ一気に剥ぎ取った。
「こらっ!霊夢起きろっ!!」
「きゃぁああ!!?…さっ、さむっ!!」
急にふとんを剥ぎ取られた霊夢はがたがたと震えながら、ふとんを持ってにやにや笑っている赤毛の妖怪をキッとにらみつけた。
「おはよう、霊夢。目は覚めたかしら?」
「なにすんのよ美鈴!!ふとん返しなさい!!」
「ダーメ♪返したら絶対また寝るに決まってるもの。それにきょうはいい天気だから干しちゃわないとね。」
赤毛の妖怪こと美鈴は霊夢からふとんを遠ざけつつ、いたずらっぽく笑っている。朝から元気な彼女に対していまだ寒さに震えている霊夢は、その様子に少し理不尽さを感じた。
「…なんであんたは朝からそんなに元気なのよ…、寒くないの?」
「そりゃ、鍛えてるからね。ちょっとやそっとの寒さくらいなんともないわ。」
そういってニカッと笑う美鈴に霊夢は手を前にかざしてうぅ~、と唸りはじめた。
美鈴は急に唸り出した霊夢を不思議そうに見ている。
「どうかした?急に唸りだして…」
「…いや、…ただ、ちょっとまぶしかっただけよ…」
「??」
そんなに日差し強かったかしら、と外を見ている美鈴に見えないように、霊夢は軽く深呼吸した。その頬は少しだけ紅く染まっている。
(…さすがに、あんたの笑顔がまぶしかった、なんてキザなことはいえないわ…)
霊夢は軽く頬を叩いて、先ほどの考えを無理やり追い出し、まだ外の様子を窺っている美鈴を呼び戻した。
「ほら、いつまでも外見てないで朝ごはんにしましょ。」
「はいはい。…って霊夢がいつまでも起きてこないから朝ごはんにできなかったんでしょ!?」
「あ~、はいはい、悪かったわよ。もう起きたからいいでしょ。」
「まったく…明日はちゃんと起きなさいよ。」
「は~い。」
美鈴の少し前を歩く霊夢に注意するが、気のない返事しか返さない霊夢についため息をついてしまう。明日もまた起こさなきゃいけないんだろうな~、と遠くを見つめる美鈴だったが、なんだかんだでこうした日常のやりとりを楽しんでいるので、その口元には笑みを浮かべていた。
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美鈴が紅魔館を辞めて博麗神社にやってきて、もう一週間が経った。
霊夢は初め、そこまで美鈴の活躍に期待していなかった。というのも美鈴の紅魔館での仕事っぷりを知っていたからだ。なぜ知っていたかというとよく宴会で、酔った咲夜の愚痴を聞かされていたからだった。その内容の6割が美鈴の愚痴で、しかも同じ内容の話を延々と聞かされたのだからたまったもんじゃない。
…ちなみに、残り3割が妖精メイド、1割がパチュリーについてだった。主であるレミリアの愚痴を言わなかったのはさすがね、と霊夢は密かに感心していた。
というわけで、きっと同じようにサボって昼寝でもするだろうと予想していた霊夢だったが、それに反して美鈴はよく働いていた。料理に洗濯、境内の掃除と今まで霊夢がやっていたことをすべてこなしていた。一度、美鈴にそのことについて聞いてみたら、
「ああ、だって門番ってものすごく暇なのよ。こっちに来てから襲撃者なんて滅多に現れないし、お客さんだって一週間に1人来れば多いほうだし…。…例外として黒白がいるけど、アイツはいつくるかわからないし…。」
美鈴は笑いながらそういったが、黒白と言ったときに若干顔が引きつっていたのでおもわず心の中で同情してしまった。美鈴は一度ブルッと身震いしてから話を続けた。
「ま、その点ここはやることがたくさんあるし、話し相手もいるから昼寝してる暇がないのよ」
そういって微笑む美鈴に霊夢は、そう、じゃあこれからもがんばってね、と声をかけたのだった。
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「どうかしたの?何か考え事?」
心配そうな美鈴の声に霊夢はハッと我に返り、慌てて首を振った。
「ううん、なんでもない。ただここ一週間のことを考えてただけよ」
「?…ああそっか。私がここにきて、もう一週間も経つのね…」
美鈴は霊夢にごはんを渡しながらその言葉に思い出したようにそう呟いた。
霊夢はそれを受け取ると、さっさと食べはじめようとしたが…
「あ、こら!揃っていただきますしてからでしょ!!」
「…あ~、わかったわよ。」
美鈴に軽く叱られてしまった。基本的におおらかな性格の美鈴だが、なぜかあいさつだけは徹底しているのだ。本人いわく、あいさつはマナーであり、相手とのコミュニケーションとして大事なこと、とのこと。まあ、そんなこともあり、二人は揃っていただきます、といってから朝食を食べ始めた。
しばらくはのんびりと食事をしていた二人だったが、不意に美鈴が話を切り出した。
「そうだ。霊夢、今日これから人里に行かない?お米とか野菜がもう切れかけてるのよ。」
「ん、まあ、別にいいけど…。でも、私が行かなくてもアンタひとりで十分なんじゃないの?」
「こういうのは1人より2人のほうが絶対楽しいに決まってるもんなのよ」
「そんなもんかしらね~…」
「そんなもんよ。それじゃ朝ごはん終わってちょっとしたら出かけましょうか。」
美鈴の言葉にいまいち納得できない霊夢だったが、そういうものなんだろう、と自分に言い聞かせて納得することにした。その後は買い物の予定について少しばかり話しながら食事を続けた。
「ごちそうさま。…ふう、やっぱり美鈴って料理上手よね。」
「あら、ありがとう。…でも霊夢だって結構上手だと思うわよ。」
「まあ、これでも長いこと1人暮らししてたしね。そこそこ自信はあるわよ。…でも美鈴には勝てる気がしないわ。」
やっぱり経験の差かしら、となにやらぶつぶつと呟いている霊夢に美鈴は普段とは違う妖しげな雰囲気を出しながらにじりよった。
「…それもあるでしょうけど、やっぱり一番は…」
「な、なによ…」
異様な雰囲気に霊夢は後ずさりながらも答えが気になるのか、美鈴のつぎの言葉に耳を傾けている。その様子に美鈴は一拍おいてから…
「…たくさん愛をこめてるからね…。」
「あっ、あいっっ!!?」
爆弾を投下した。直接爆撃をくらった霊夢は顔を真っ赤にして、あ、あい、って愛よね…。いやでも哀かもしれないし…ああもうなんなのよ、…ものすごく混乱していた。美鈴はというといつもの雰囲気に戻って楽しげに霊夢を眺めていた。
「…ま、冗談なんだけどね。」
「は!?じょ、じょうだん!!?」
しれっ、と冗談だと言った美鈴に霊夢は一瞬で元の世界に戻ってきて、真っ赤な顔のまま美鈴をにらみつける。が、どうかした?なんて言わんばかりの表情を返されてしまい、うっ、と言葉に詰まってしまう。そこで霊夢は…
「ご、ごちそうさま!!」
「あ!ちょっと!」
食器を持って、さっさと逃げることにした。なにやら後ろのほうから呼ぶ声が聞こえたが霊夢は気にすることなくダッシュで台所のほうへ消えていった。
一人残された美鈴は先ほどの余裕の表情とは打って変わって少し真剣な顔をして、ぼそっ、と呟いた。
「…半分は本気だったんだけどな…」
そう呟いた美鈴は恥ずかしかったのか軽く頬を紅く染めて、頭をぽりぽりと掻く。…二つの青い瞳は霊夢が去ったほうをじっと優しげに見つめていた。
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「…全く、ああいう冗談はやめてほしいわ。」
寝室へと戻った霊夢は先ほどのやり取りを思い出し、はあっ、とため息をついた。まだ少し頬が紅い。頭を軽く振って思考をリセットしようとしたが、なかなかうまくいかず、ついいろいろと考えてしまう。
(……冗談なんかじゃなかったらよかったのに…)
不意にそんな考えが頭をよぎり、霊夢はがばっと頭を抱え、おもいっきり身悶えた。
(ち、ちがうわよ!これじゃあまるで私が美鈴のことす、好きみたいじゃない!そんなのありえないわ!だって美鈴は妖怪だし、それ以前に女の子同士じゃない!私にそっちのケはないもの!)
だれに突っ込まれたわけでもないのに自分自身にものすごい勢いで言い訳を始めた霊夢。あーでもないこーでもないと延々と言い訳を続けていたが、やがて考えるのに疲れたのかバタッとふとんに倒れこもうと思ったが、そこにあったはずのふとんは影も形もなかった。
(…おのれ、美鈴の仕業か…)
そういえば朝起こされたときに持ってかれたな、と思い出した霊夢はしかたなく巫女服に着替え始めた。慣れた手つきで着替えていく霊夢だったが帯をぎゅっと締めたときになにか違和感を感じた。ん?と首をかしげてもう一度締めなおすが
やはりなにかが違う。念のためもう一度締めなおしたときについに気づいてしまった。
(あ、あれ?え?う、うそでしょ?…前よりきつくなってる!?)
霊夢の顔から一気に血の気が引く。な、なんで?と若干涙目になりながらこうなった原因を考えると思い当たることがいくつもあった。
1、 美鈴の手料理の食べ過ぎ
2、 家事や境内の掃除はほとんど美鈴まかせ
3、 最近異変も起こってない
4、 移動手段は全部 飛行 or スキマ
…だれがどうみても運動不足だった。がしかし、これらから霊夢が導き出した答えは…
(…………………おのれ、…美鈴のしわざかぁぁぁあああ!!!)
…なぜか美鈴のせいになった…。完全なやつあたりだが負のオーラを纏った霊夢がそれに気づくはずもなく、ただふらふらとした足取りで美鈴のもとへ向かうのだった。
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脅威が迫っているとは知らずに美鈴は縁側で緑茶をすすっていた。あ~、やっぱり緑茶はいいわね~。などと満足げに呟く美鈴。その周りだけ時間がゆっくり流れているようだった。が、そんな空間も後ろから近づいてくる足音によって破壊されることになる。
「でかける仕度はできたかしら?れい…むぅぅっっ!!?」
「…………」
後ろから聞こえた足音に振り返りながら声をかけた美鈴だったが、そこにいた霊夢のただならぬ様子に思わず声が裏返ってしまう。しばらく二人の間に沈黙が続いたが、この状況を何とかしたい美鈴はおそるおそる口を開いた。
「…え~と、…な、なにかあったの?」
「…ッ!」
美鈴の問いかけにピクリと反応する霊夢。あ、やば…。地雷踏んだ…?と冷や汗を流す美鈴だったが、時すでに遅し。霊夢の怒気がどんどん膨らんでいく。それを感じ取った美鈴はどうしたものかしら、とどうにか怒りを静めようと模索するも、霊夢がなにやら話し始めたのでとりあえず黙って聞くことにした。
「……なにかあったかですって?…ええ、あったわよ。そりゃもうとっても大変なことが起こったわ。乙女の危機ってやつよ…。だから…」
わなわなと震えながら小さな声で喋る霊夢。乙女の危機?と首をかしげる美鈴だったが、ぶわっと一気に膨らんだ怒気に素早く反応し、瞬時に裏庭へと駆け出す。すると次の瞬間、追尾機能をもつ無数の弾幕が次々に美鈴に襲い掛かった。
「…覚悟しなさい。美鈴。」
「い、いきなりなにすんのよ!!あぶないでしょ!」
紙一重でかわしながら怒鳴りつける美鈴だったが、まるで聞こえてないかのように霊夢は攻撃を続ける。その目は正気を失っており、あんたのせいで体重が…、とか、なんであんたはそのままなのよ…とかなにやら呪文のようにぶつぶつと呟いていた。
「…ふふっ。まだ始まったばかりよ…。さあ、次行くわよ。霊符『夢想封印 散』!」
「い、いやぁぁぁあああ!!!」
鬼神と化した霊夢になすすべもなく、弾幕ごっこと言う名の処刑はしばらく続くのだった。
~~~~~少女弾幕中~~~~~
一時間後…
「…うぅっ、なんでこんな目に……。」
霊夢の弾幕と小言の嵐をいやというほど喰らった美鈴は身も心もボロボロになり、裏庭にへたりと座り込みしくしくと泣き崩れていた。霊夢はというと一通りストレスを発散できたのか今は正気に戻っており、さすがにやりすぎた自覚はあるのか縁側に座りばつが悪そうにしている。
「…あ~、その、え~とい、いきなり攻撃したのは悪かったと思ってるわ。だから、その、……ご、ごめん、なさい…。」
しゅんとなって謝っている霊夢に美鈴は一度すんっと鼻を鳴らしてから立ち上がり、軽く砂を払い落としてから霊夢に近づいてその額に一発でこピンをした。いたっ、と悲鳴を上げ額を押さえる霊夢にニコッと笑いかける。
「これで許してあげる。…それで?何でいきなり襲ってきたか訳を教えてくれる?」
「うっ…。そ、それは…」
隣に座って、教えてくれるまでここを動かないといった様子の美鈴につい霊夢は言いよどんでしまう。どうしても言えないようなこと?、と深刻そうな顔をし始めた美鈴にそんなことない!と霊夢は慌てて否定する。だが、やはり恥ずかしいのか、俯いたまま訳を告げ始めた。
「…実は、その、……………………ったの。」
「…あの、声が小さすぎて聞こえないんだけど…」
申し訳なさそうに聞き返す美鈴に、霊夢はがばっと立ち上がり美鈴のほうに向き直ると今度はやけくそ気味に大声で告げた。…真っ赤な顔のオプション付で…
「だ、だからっ!ふとったって言ったの!!なんども言わせないで!」
「………………は?」
一瞬何を言われたかわからなかった美鈴はただ呆然と、決して視線を合わせようとしない霊夢を見つめていた。が、何も言わない美鈴が気になるのか、ちらちら様子を窺ってくる霊夢がなんだかおかしくて美鈴はプッと吹き出してしまった。
だんだんと霊夢が言ったことも理解でき、それもあわせてなんだか無性におかしくなった美鈴はおもいっきり笑い出した。
「あ、あはははははっ!!ふ、ふとったって、ふふふっ!はははははっ!!」
「な、なによっ!!私がふとったのがそんなにおかしいっていうの!!?」
「ち、ちがうちがう!なんか、そ、そんな理由で散々攻撃されたのかとおもったらなんかもう、おかしくって!あは、あはははははは!!!」
どうにもツボに入ったらしく笑いが止みそうにない美鈴。とはいえ、霊夢にとっては一大事なので笑われていい気はしない。だんだんとまた怒りが膨らんでいくのにいっこうに気づかない美鈴に、霊夢は満面の笑みで最後通告をした。
「…そんなに元気ならさっきの続きでもしましょうか?」
「いえ、けっこうです。すみませんでした。」
さっきまで爆笑していたのがうそのように一瞬で真顔に戻り謝る美鈴。敬語になるくらい嫌なのか、どんだけ怖いのよ私…と若干自己嫌悪する霊夢だった。うなだれている霊夢に美鈴は微笑みながら優しく声をかけた。
「そんなに気にすることないんじゃない?見た感じふとったようには見えないし…。」
「…そうかしら?…いや、だめよ。ここで妥協したら次からも同じことの繰り返しになるわ。ここでやつの、…脂肪の進行を食い止めねば!」
ぐっ、とコブシをにぎりしめそう高らかに宣言する霊夢におお、その心意気や良し、と感心した美鈴は霊夢のために一肌脱ぐことにした。
「そういうことならいいダイエット法を教えてあげるわ。」
「ホントに!?」
「ええ。…その名も太極拳!!」
「…えぇ~…」
ダイエット法と聞いて目を輝かせていた霊夢だったが、それが太極拳だとわかると露骨に不満そうな顔をした。しかしいまは藁にも縋りたかったのでしぶしぶ習うことにした。
「…まあ、それでいいわ。」
「………なんかテンション下がったわね…。まあいいけど…。とりあえず明日からでいいわよね。」
「なんでよ?今からでもいいじゃない。」
せっかく決意したのだからいますぐにでも始めたかったのでさっさと教えなさいよ、と食い下がる霊夢だったが美鈴にジト目で見られ、それから美鈴はまずボロボロの自分を指差し、次に荒れ果てた庭を指差した。
「…わかったかしら?」
「……はい、ごめんなさい。ちゃんと片付けておきます…。」
美鈴の言いたいことがよくわかったので素直に謝る霊夢。ま、これも運動になるわよね…と前向きに考えて泣きそうになるのを我慢する。
「あ、今日はもう買い物に行けないから明日に延期ね。で、材料がないから晩御飯は野菜炒めだけだから。」
いつのまにか室内に戻った美鈴からの宣告に力なく頷く霊夢だった。
…泣くの我慢できないかも…
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翌日
昨日からの約束通り二人は人里へとやってきていた。そこは多くの人々が行き交い活気に溢れている。右からは主婦たちの人々の井戸端会議が、左からはお客を呼び込む商人の威勢の良い掛け声が聞こえてくる。そんな生き生きとした空気につられたのか、ややテンションが高い美鈴。それとは対照的に霊夢はひざに手をつき、息を切らしてぐったりしていた。
「どうしたのよ?これから買い物だっていうのにへばっちゃって。」
ここからが本番よ!、と元気いっぱいに胸を張る美鈴に霊夢は、はあ、はあ、と呼吸を整えてから怒鳴りかかった。
「どうしたのじゃないわよ!!神社からここまで徒歩で来ればへばるにきまってるでしょ!!おかげでいつもの倍、時間かかったわ…ッ!!げほっ、げほっ!」
「ほらほら、いっぺんに喋るから…。」
「だ、誰のせいだと…ごほっ、思ってんのよ…。」
いっきに怒鳴ったせいでむせる霊夢。その背中を美鈴は苦笑しながら優しくさする。
「こういうちいさなことをコツコツと積み重ねることがダイエットに効果的なのよ。」
「…どこがちいさなことよ…。あんたを基準にしないでよね…。……はあっ、まあいいわ。それで?まずどの店に行くの?」
神社から人里までの道のりをちいさなことと言い切る美鈴に呆れる霊夢。小さくため息をついてから、いつまでもここにいてもしょうがないからさっさと行きましょ、と気持ちを切り替えて美鈴に呼びかければ、それもそうね、とにこやかな声が返ってくる。
「ん~、とりあえずは八百屋と米屋ってところかしら。で、そのあとは適当にぶらぶらと店を見て回るってのでどう?」
「いいけど…。でもそれならぶらぶらしてから買い物したほうが楽じゃない?荷物持ったままじゃたいへんでしょ。」
「まあそうなんだけど、でもそれだと安売りの野菜とかが買えないかもしれないのよ。もうあっというまに売り切れちゃうからね。」
「…なんだかやけに所帯染みてるわね…。」
頬に手を当てながら主婦みたいなことを言う美鈴に苦笑しつつ、ふと霊夢はあることに気づいた。
「あれ?たしか米屋と八百屋ってここからだと逆方向じゃなかったかしら?行って戻ってじゃ二度手間になるわね…。」
「ああ、そういえばそうだったわ。どうしよっか?」
「なら二手に分かれましょう。そのほうが効率いいでしょ。」
「え~、せっかくいっしょに来たのに…」
「さっさと用事すませたほうがぶらぶらする時間が増えるわよ。」
「ん~、…まあしょうがないか。じゃあそうしましょう。」
霊夢の提案に渋々といった感じに了承する美鈴。だがやっぱり不満なのかまだなにかいいたげな表情をしている。そんな美鈴を華麗にスルーしながら話を続ける。
「たしか中間ぐらいに茶屋があったはずだから買い終わったらそこで合流しましょう。」
「…は~い。わかりました~。」
「ほら、そんなことで拗ねないの。はいお金。」
「…ん。じゃあ霊夢は野菜のほうお願いね。女の子に重いもの持たせる訳にはいかないから。」
「は!?お、女の子って…あ、あんただって女じゃない!」
「じゃ、またあとでね~。」
「あ、ちょ、ちょっと!」
さっきまで拗ねていたかと思ったらいきなりさらっと殺し文句を残して米屋へと走り去っていく美鈴。動揺していた霊夢は引き止めることもできずにただその背中を見送るしかできなかった。
しばらく呆然としていたが、はっ、と我に返った霊夢は、いつか絶対仕返ししてやる!と心に誓い八百屋へと足を向けるのだった。
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特に問題もなく買い物を終えた霊夢は大根やら白菜やらが入った紙袋を抱え、今夜は鍋にでもしましょうか、と晩御飯のことを考えながら茶屋に向かって歩いていた。
すると突然冷たい突風が吹きつけ霊夢はおもわず立ち止まってしまう。道行く人々の中で佇んでいると不意に霊夢は自分が一人ぼっちになったような錯覚を覚えた。さっきまで美鈴といっしょだったからか、なおさら孤独を感じる。
なんだか無性に美鈴に会いたくなった霊夢はブルッと身震いをして、足を速めるのだった。
角を曲がったところでようやく目的の茶屋が目に入った。そこにはすでに美鈴の姿があり、横に米を置いてまったりとお茶を飲んでいた。その姿にほっ、と安堵の息を漏らし声をかけようと口を開いたが美鈴の後ろから現れた人影に気付き口を噤んでしまう。
おもわず物陰に隠れた霊夢は二人の様子を窺うため少しずつ近づいていった。なんとか二人の声が聞こえるぐらいまで近づいた霊夢は人影の正体を確認するため物陰から顔を出し覗き込んだ。
(…ってなんで私は隠れてるのよ…。ん?…あれは、慧音!?なんで美鈴といっしょにいるの?)
そう、人影の正体は上白沢慧音。知識と歴史の半獣と呼ばれ人里で寺子屋の教師をしている。そんな彼女と美鈴がなぜいっしょにいるのかは知らないが、楽しげに談笑している二人の様子からしてただの知り合いというわけではなさそうだった。
話している内容のすべては聞き取れなかったが慧音の話に楽しげに耳を傾けている美鈴を見ていると
‘ チクリ ’
霊夢の胸に鈍い痛みが走った。
(な、なにかしらいまのは…。…気のせい、よね…。)
一瞬のことだったので霊夢自身何が起こったのかわからず、気のせいとしか考えられなかった。だが霊夢の胸にはもやもやとした何かが残り、なんだか落ち着かない気分にさせられた。
霊夢が自分と葛藤していると不意に二人の話し声が止み、どうかしたのかと覗き込むと慧音がなにやら真剣な顔をしていた。霊夢は思考を中断し、二人に注意を向ける。
すると慧音は意を決したように語り始めた。
「…美鈴、頼む…。うちに来てくれないか?」
その言葉に美鈴はピクリと反応し考え込み始め、慧音はそれを祈るような視線で見つめている。霊夢は困惑しながら慧音の言葉を反芻していた。
(…え?うちに来る?…ってことは美鈴が慧音の家に行くってこと?神社から出て行くってこと!?…嫌、そんなの嫌!!)
お願い美鈴行かないで!と叫びたいのを何とか堪えぎゅっと目を瞑り美鈴の答えを待った。しばらくそうしているとやがて考えがまとまったのか美鈴は静かに答えを出した。
「……わかったわ。…で、いつ行けばいいかしら?」
「ほ、本当か!?ありがとう!!ああ、それなら追って連絡するから…。」
…が、美鈴の答えは霊夢が望むものではなかった。
‘ ドサッ ’
ショックのあまり霊夢は抱えていた野菜を落としたが、運良くか運悪くか、慧音がガタッと椅子から乗り出した音と重なり二人は気づかなかったようだった。
霊夢は野菜には目もくれず、全速力で人里を飛び立った。その顔色は蒼白で、血の気が引いておりさっきとは比べ物にならないほどズキズキと響く胸の痛みに耐えるように胸を押さえていた。
彼女が飛び去った物陰には放り出された野菜と、涙で濡れた痕が残っていた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
霊夢はひたすら全速力で飛び続けた。先ほど聞いた二人の会話を振り切るように。美鈴の答えを振り切るように…。
川を越え、森を越え、神社が目に入ったところでようやく減速し始め、ふわっと風を巻き上げながら境内に着地した。神社は静寂に満ちており物音一つしない、霊夢は力無い足取りで玄関に向かった。
「……ただいま……」
霊夢が放った音はただ空気を震わせるだけで、シーンとした静寂が返ってくるだけだった。いつもなら美鈴が明るく優しい声で、おかえり、と迎えてくれるのだが当然声が返ってくることはなく、そのことが霊夢の胸をひどくしめつける。
(…少し前まではこれが当たり前だったのにな…)
霊夢は自嘲気味に笑い、居間へと向かう。ただその笑顔はとても寂しげでいまにも壊れそうだった。
居間に着いた霊夢はひとまず緑茶を淹れる。温かい緑茶の香りに少しだけ気分が落ち着く。美鈴もこれが好きだったわね、となにげなく思い返しそのことにはっとする。
(…また私美鈴のこと考えてる…)
いつも私が美鈴のこと考えてるみたいじゃない、と自分につっこみをいれながら頬を染める霊夢だったが、美鈴がいなくなることを思い出し胸が重くなる。
また泣き出しそうになった霊夢はだれもいないにも関わらず誰にも見えないように卓袱台に突っ伏し顔を隠した。
(…私、いつからこんなに弱くなったんだろ…。一人になるのがこんなに怖いなんて…、…美鈴…)
ついに堪えきれなくなった霊夢の瞳から雫がこぼれ卓袱台に染み込んでいく。音を立てずに肩を震わせて泣き続ける霊夢。やがて、泣き疲れたのかそのまま眠りについてしまう。
「……行かないで…、美鈴。……一人に、しないで…。」
彼女の切なる願いは誰にも知られず、ただ部屋に溶け込むだけだった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
サラサラ…
誰かが霊夢の髪を撫でている。それはとても優しく慈しむような手つきだった。霊夢はそれがとても心地よくてなすがままにされまどろんでいる。
サラサラ…
誰かが霊夢の髪を撫でている。ふと霊夢は疑問に思った。いまうちにはだれもいないはずだと。それでもこの暖かさを手放したくないのでなすがままにされまどろんでいる。
サラサラ…
誰かが霊夢の髪を撫でている。…やっぱりおかしい。そう思った霊夢は後ろ髪を引かれながらも目を覚ますため意識を浮上させていった。ゆっくり目を開けると…
「…おはよう、霊夢。目は覚めたかしら?」
美鈴が覗き込むようにこちらを見ている。霊夢は目覚めたばかりだからか、それとも美鈴の存在を感じていたのかまったく慌てることもなくふにゃっとした笑顔を返す。
「…おはよう、美鈴。」
と、そこで霊夢は違和感を覚えた。なぜ美鈴は覗き込むようにしているのか、なぜ美鈴の向こうに天井が見えるのか、なぜ仰向けで寝ているのか、…なぜ後頭部にやわらかいものがあるのか。
段々と現状を把握してきた霊夢の顔は沸騰したかのように一気に真っ赤になる。
そう、いわゆる膝枕状態である。
「な、ななななんでこんなっ…へぶっ!」
「はいはい急に起き上がらないの。」
がばっと起き上がろうとした霊夢の頭を押さえ、膝の上に戻す美鈴。少しの間じたばた抵抗していた霊夢だったがやがて諦めたのかおとなしくなった。
霊夢の抵抗が止んだのを見計らって美鈴は心配そうな表情に少しの怒りを込めて話し出した。
「もう、どうして茶屋に来なかったのよ。なかなか来ないから何かあったのかと思ってすっごく心配したし、気を探ったら人里にいないし、あちこち探し回ったんだから。」
「……………茶屋になら行ったわよ。」
「え?」
「……そこであんたと慧音が話してるの…聞いた。」
「…あ~、聞かれちゃったか。」
そっか、それで怒って帰っちゃったのか、となにやら納得したように頷く美鈴。霊夢は顔を曇らせ目を伏せている。
「ごめんね。霊夢に話しておくべきだったわね、慧音に誘われてたこと。」
「………………」
「三ヶ月ぐらい前から誘われてたんだけど、ほら、そのときはまだ門番だったわけだし…。」
「……美鈴は平気なの?」
「へ?」
「だから、私と離れても平気なの?って聞いてるの!!」
「…え~と、なんでそんな話に?」
「だって慧音のところに行くんでしょ!?だったらうちから出て行くってことじゃない!!」
「………はい?」
なにやらお互いの認識にズレがあるようで会話が噛み合わない。そんなことに気づく様子もない霊夢はどんどんヒートアップしていき、美鈴はぽかんとしている。
「勝手にやって来て勝手にどっかに行っちゃうの?散々私のペースを狂わせといて他の人がきたらはい、サヨナラ?」
「…あの、霊夢?」
「そんなの絶対許さないわよ!人の心にずかずか入ってきて、そのまま住み着いて!…いままで一人でも大丈夫だったのにもう一人じゃいられなくして!」
「…………」
「…絶対離さないから。…絶対、誰にもわたさ、ないんだから…。」
「れいむっ!!」
「…っ!!」
感情が昂ぶりすぎたのかもうほとんど泣きながら喋る霊夢を美鈴はぎゅっと力強く包み込むように抱きしめる。急に抱きしめられて驚いたものの、すぐにその暖かさにしがみつき泣きじゃくり始める。
しばらくそうしていた二人だったが霊夢が落ち着いたのを確認すると美鈴はぽつりぽつりと話し始めた。
「落ち着いた?」
「…うん。」
「ふふ、そんなにしがみつかなくてもどこにも行ったりしないわよ。」
「うそ…」
「うそなんかじゃないわよ。ここから出て行ったりしないわ。」
「だって慧音のところに行くって…」
「あれはただ寺子屋の臨時教師を頼まれただけよ。」
「………………え?」
ピシッと固まり微動だにしない霊夢。思考もフリーズしているようで口がポカンと半開きのままである。
「勝手に仕事を引き受けたことに怒って帰っちゃったのかと思ってたけど…、…違ったみたいね。」
「…な、…あ、……え?」
「だから寺子屋で一日だけ教師をするだけ。慧音といっしょに暮らすわけじゃないわ。全部霊夢の勘違い。」
「……かんちがい?」
「そ。だから神社から出て行ったりしないわ。……それにしても霊夢ったらそんなに私のことが大好きだったのね。」
「………え?」
「誰にもわたさないだなんて…。さすがの私でも照れちゃうわ。」
「…い」
「い?」
「いやぁぁぁぁぁああああああああ!!!!!!!」
勘違いだったのね、とほっと安堵の息を漏らす霊夢だったが、意地悪そうな表情を浮かべ、けれども嬉しそうに告げた美鈴の言葉にさっきまで自分が何を口走っていたのかが一気にフラッシュバックする。
そのあまりの恥ずかしさに首筋まで真っ赤にした霊夢は絶叫を上げ、バッと美鈴から離れ部屋の隅にうずくまってしまう。
さすがにからかいすぎたか、と若干焦った美鈴は急いで霊夢を宥めるも耳を塞ぎ、壁に向かって、あれは夢、そう夢よ。とぶつぶつ繰り返す霊夢には全く効果がないのだった。
…結局霊夢が現実に戻ってくるまで一時間ほど宥め続けたのだった。
~~~~~一時間後~~~~~
ようやく現実に帰ってきた霊夢は卓袱台をはさみ美鈴と向かい合って座り緑茶を飲んでいた。まだ少し恥ずかしいのか耳が紅く染まっている。美鈴は平然としているようにみえるが霊夢と目を合わせようとせず、どこか気恥ずかしい空気が漂っていた。
そんな空気を打ち消そうと美鈴はおもむろに口を開いた。
「え、え~と。きょ、今日の晩御飯何にしましょうか?」
「そ、そうね。大根とか買ったから鍋にでも…って、あ。」
「ど、どうしたの?」
「…全部人里においてきちゃった…。」
「あ~…。」
置いてきた理由が理由なだけに二人とも口を噤んでしまい、再び沈黙が流れる。つい先ほどのやりとりを思い出してしまい顔を赤らめる霊夢。思い返しているとふと美鈴の言葉に疑問を覚えた霊夢は美鈴に確かめることにした。
「ねえ美鈴。」
「なにかしら。」
「慧音に誘われてたのって三ヶ月前からっていってたわよね?」
「ええそうね。」
「それって当然うちにくる前よね。なんで慧音のところに行かなかったの?」
「それは、霊夢が一人で大変そうだからって前にいったじゃない。」
「それはそうだけど、それなら慧音だってそうじゃない。ほかにも一人暮らしなんて山ほどいるし…」
「それは…」
珍しくうろたえる美鈴に少しだけドキッとする霊夢だったが、今は追究が先だと思い直し美鈴の言葉を待つ。
やがて観念したのか、はあっと軽くため息をついてから語り始めた。
「…実は前から霊夢のことが気になってたのよ。」
「え!?」
「異変の時にね、遠くから飛んでくる二人組がきて、ああこれがレミリアお嬢様の言ってた侵入者か…と思って観察させてもらったわけよ。」
「…戦いながらそんなことしてたの?」
「ええまあね。それで、片方の黒白の魔法使いはやけに元気でいかにもヒーローって感じだったんだけど、もう片方の紅白の巫女はなんだかつまらなさそうな醒めた瞳をしてたのよ。」
「…悪かったわね、つまらなさそうで。」
「拗ねない拗ねない。で、なんでそんな瞳してるのかなってずっと気になってたのよ。それこそ寝ても醒めても。おかげで寝不足になって昼寝の回数が増えちゃったわよ。」
「人のせいにしないでよ。もとからでしょ、あんたの昼寝は。」
「まあそうなんだけど。で、確か二回目の宴会だったかな。その瞳のわけに気づいたのも、…それが気になってたわけも。」
「…なんだったの?」
「…似てたのよ。霊夢が、昔の私に…。」
「…私が美鈴に似てる?」
ええ、と頷き一口緑茶をすする美鈴。霊夢はというと自分と美鈴を見比べて似ている点を探すが全く見当もつかないようだった。
そういう意味じゃないわよ、と苦笑してから話を再開した。
「そう、…あれは私と同じ独りに慣れた瞳だったわ。」
「っ!!」
「誰もある一線からは近づけないし、誰にも心を開かない。…いや、開けないかな。」
「………………」
「私はあまり強くないから周りに合わせることで誰も近づけなかったし、霊夢は、そうね、他人に対して無関心でいることで誰も近づけなかったってところね。手段は真逆でもやってることは一緒。」
「………………」
「でもそれもいつか限界がくるのよ。ずっと独りでいると心が壊れ始めるの。」
「……そんなこと、ない。」
「いいえ、そうなるのよ。……わたしが、そうだったから。」
「えっ!?」
「…ひどかったわよ、あのときは。人だろうが妖怪だろうが手当たりしだい襲い掛かってたからね。」
「そんな…。」
「それで、何年か経った頃に一人の少女…いや、幼女かな…に出会ったのよ。当然襲い掛かったんだけど、気がついたら私のほうがボロボロになって倒れてて。その子にやられたって気づいた時にはさすがに死を覚悟したけどなぜか気に入られちゃってね、それからあれよあれよと門番生活が始まっちゃったのよ。」
「………………」
「…ま、そのおかげで私は心を取り戻せたってわけ。まあ、身の上話はこのへんにして、と。」
「…美鈴?」
不意に話を止め、美鈴は霊夢の隣までやってくるときゅっと霊夢の手を握り、真剣なまなざしで瞳を見つめた。霊夢はその瞳に射抜かれたように動けない。
「私が霊夢のところにきたのは私が助けてもらったように、霊夢のことを独りから解放したかったから。」
「………………」
「…こう思うのは私の自己満足なのかもしれない。霊夢にとっては余計なお世話なのかもしれない。」
「………美鈴。」
「でも…、それでも私は霊夢に独りでいてほしくない。霊夢を支えてあげたい。…守りたい!」
「っ!…めい、りん…」
「だから霊夢、私と一緒に……っ!?」
それまで静かに聴いていた霊夢が突然抱きついてきたため、美鈴の言葉は最後まで紡がれることはなかった。どうしたのか、と狼狽していた美鈴だったが胸元から聞こえるすすり泣きに、黙ってそっと抱きしめて背中をさすってあげる。
霊夢は美鈴に抱きついたまましゃくりあげながらたどたどしく告げ始める。
「…先代の、お母さんが死んでから、ずっと独りだったの。」
「うん」
「…それでも、わたしははくれいの、みこ、だから、だれにも弱いところを見せちゃ、いけなくて…」
「うん」
「…みんなわたしのこと、博麗の巫女として見て、誰も、私自身を見てくれなくて…」
「うん」
「…ずっと、強がってたけど、ほんとうは、さびしかった…」
「…うん」
「…だから、美鈴はいっしょに、いてくれる?」
「…ええ、ずっといっしょに。霊夢が嫌って言うまで、ずっと…」
そう自分の決意を伝えるかのようにぎゅっと腕に力を込めて抱きしめる美鈴。そんな思いが伝わったのか霊夢は安心しきった表情を浮かべ、美鈴の胸を枕にしたまま眠ってしまう。その様子に少しだけ困ったように笑い髪を撫でる。
するとくすぐったかったのか霊夢は少しだけ身じろいだ。かわいいなぁ、と小声で呟いた美鈴は指で髪をよけてそっと額に口付けを落とすのだった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
翌朝
‘ チュンチュン ’
どこか遠くから鳥のさえずりが聞こえる。それはとてもかすかなものだったが夢現な霊夢にはやけにうるさく感じた。ぼんやりと目を覚ました霊夢は障子の隙間から漏れ出す日の光に顔をしかめつつ現状の把握を始めた。
(…え~と、なんで布団で寝てるのかしら?たしか昨日は美鈴の……っ!?)
昨日美鈴の胸の中で眠ったことを思い出した霊夢はいまさら慌てだし、顔を赤らめている。と、そこで美鈴がいないことに気づく。いつもならもう起こしにくる時間のはずだがそんな気配は全く感じられなかった。
(なんで起こしに来ないのかしら?…まさか!?)
急に不安になった霊夢はがばっと布団を跳ね除けて美鈴を探し始める。昨日の今日でいなくなるわけはないのだが焦っている霊夢は気づかない。
まずは普段美鈴が寝ている部屋の戸を開ける。が、すでに布団はたたまれておりとっくに起きているようだった。
続いて台所に駆け込んだが今朝使った形跡はなく、洗い終わった食器がきれいに並べられている。
さらにトイレや風呂場も探したがそのどちらにも見当たらない。次第に霊夢は焦りが募り不安に押しつぶされそうになる。
(どこっ?…どこなの美鈴!?)
するとそのとき裏庭のほうからバサッという物音が聞こえた。その音を拾った霊夢はすぐさま裏庭へと駆け出す。室内を一直線に駆け抜け裏庭に面している居間の戸を開けるとそこには…
「あら。おはよう、霊夢。よく眠れた?」
洗濯物を干している美鈴の姿があった。ようやくみつけたその姿に安堵の息を漏らしながらもキッとにらみつける。そして寝巻きなのも裸足なのも気にも留めず裏庭に駆け出し、いきなりにらみつけられて頭に疑問符を浮かべている美鈴に抱きついた。
「ちょ、ど、どうしたのよ霊夢!」
あまりに突然すぎる抱擁にうろたえる美鈴だったが、霊夢が小さく震えているのに気付きぎゅっと抱き寄せる。
「…大丈夫よ、どこにも行ったりしないわ。約束したでしょ、…ずっといっしょにいるって。」
「……うん。」
美鈴の温もりを感じ落ち着いたのかそっと離れていく。お互いに言葉を交わさず静かな時間が過ぎる。聞こえるのは風の音だけ。数十秒ほどそうしていただろうかふと思い出したかのように霊夢が口を開く。
「おはよう、美鈴。」
「…おはよう、霊夢。」
ただ挨拶を交わすだけ、ただそれだけでも二人はお互いに確かな繋がりを感じられた。それから顔を見合わせふふっと笑いあう。
「…なんだか変な感じね。」
「そ、そうね…。」
いままでの言動にいまさらながら照れ出したのか二人の間に妙に気恥ずかしい空気が流れ始めた。決して居心地が悪いわけではないがなんだか落ち着かないような感じ。そんな空気に当てられたのか霊夢はそわそわしながら話し出した。
「ね、ねえ美鈴。」
「な、なにかしら?」
「さっきのって、プ、プロポーズよね?」
「ええっ!!?」
「だ、だって、ずっといっしょにいるって…。」
「え、あ、あれはそういうんじゃなくてただ霊夢が心配で…。や、でも、全くそういう気がないかって言われたら嘘になるけど…。」
いきなりのプロポーズ発言に慌てふためきしどろもどろになる美鈴に悪戯心を刺激された霊夢は、にやりと笑ってから以前美鈴がやったような妖しげな雰囲気を纏って美鈴に接近する。
「ふ~ん、そっか…美鈴は私のことなんとも思ってないんだ…。」
「や、そ、そんなことはないわよっ。」
「それじゃ証拠みせて。」
「っ!!?」
そういって目を瞑り少し上向きに顔を突き出す霊夢にバッと顔をそらす美鈴。その顔は紅く染まっており、そのようすを薄目で見ていた霊夢はにやにや笑いを噛み殺しながら、美鈴って押しと不意打ちに弱いのね、と美鈴の新たな一面を心にメモをとっていた。
もちろん霊夢も本気でキスしようなんて考えてないのでそろそろ許してあげようかとゆっくり目を開くと…
‘ チュッ ’
目の前に真っ赤な美鈴の顔があった。霊夢は何が起こったのか頭がついていかずただゆっくりと離れていく美鈴の顔を眺めることしかできなかった。
「…こ、これでいいでしょ…。」
「な、な、な…」
美鈴の恥ずかしげな声に少しだけ回復する霊夢の思考。唇に残るしっとりと湿った感触、耳の中で響く吸い付くような音、紅い顔のまま視線を彷徨わせる美鈴。つまり…
…そう、キスされたのだ。
そのことに気付いた瞬間霊夢はボッと火が点いたかのように真っ赤になった。頭からシュウシュウと湯気が出てる幻覚が見えるほどである。
完全に思考回路がショートしたようで口をぱくぱくさせたまま微動だにしない。
「ちょっと、霊夢大丈夫?」
ただならぬ様子の霊夢に心配になりゆさゆさと揺すってみるが全く反応がない。どうしたものかしら、と頭を悩ませていると突然すぐそばの木陰ががさがさっと奇妙な揺れ方をした。すぐさま気を張り巡らせるとやはりその木陰から妖気が感じられた。
うわぁ、あの気はまさか、とほぼ確信に近いいやな予感を感じた美鈴はそのまま見なかった振りをしたかったが、後々大変なことになるのでしかたなく木陰に向かい気弾を放った。すると…
「おっと、いきなり撃ってくるなんてひどいじゃないですか。」
木陰から現れたのは…
「…こんにちは、文さん。」
「はいどうも。毎度お馴染み、清く正しい射命丸です。」
『文々。新聞』の発行者である射命丸文だった。これはすっごくまずいことになったわ、と考えを巡らせる。もしさっきのが見られてたら明日には幻想郷中に知られることになる。
まあ、私としては別にかまわないんだけど…、とも思ったが霊夢がそうとは限らないのですぐにその考えは捨てる。内心冷や汗を掻きながら文の言葉を待つと…
「…いやぁ、今日はたまたまこの近くを飛んでたんですけどまさかこんな大、大、大スクープに出会えるとは!」
…ばっちり見られてたようだった。これはもうだめね、と早々にあきらめる美鈴。霊夢がショートしていなければ死に物狂いで止めにかかるのだろうが、あいにく今は美鈴の腕の中で煙を吐いていた。
文はというとすでに明日の新聞の一面記事の見出しを考えているようだった。
「『博麗の巫女熱愛発覚!!お相手はなんと紅魔館の元門番!!』…ん~、少しありきたりですかね…。『博麗霊夢、白昼堂々路上キス!!彼女のハートを射止めたのはまさかまさかの紅美鈴!!』…そもそも路上じゃないですし…」
あ~でもないこ~でもないと頭を悩ませているようだったが、『熱愛!!』や、『キス!!』の単語にピクリと反応している人物に気付いていないようだった。
そうとは知らずにのんきに見出しを考えていた文ははっと名案を思いついたのか美鈴に話題を振ってきた。
「せっかくですからなにかいい案があれば受け付けますよ!こう、ズバッとインパクトがあればなおいいんですけど…。」
「え~っと、本人に決めさせますか?普通…。」
あまりの無茶振りにおもわず閉口してしまう美鈴だったがそんなことおかまいなしにキラキラした目で催促してくる。
「ほらほらなんでもいいんですよ!こう、変化球っぽいのもそれはそれで魅力的ですね!!」
「え~~~っと、じゃあ…」
「じゃあ、『鴉天狗の変死体発見!!人通りの少ない脇道でいったいなにが!!』…なんてどうかしら?」
「おおっ!それはまたダーティーな……って、え?」
突如聞こえた閻魔様すら震え上がらせるようなこの世のものとは思えないほどドスの効いた声に文は身を竦ませる。恐る恐る声のするほうを見るもとてもじゃないが美鈴が発したとは思えない。そこから少しだけ視点を下にずらすとそこには…
…悪鬼羅刹…もとい霊夢がいた。
「ひぃぃぃいいい!!!?」
「…文、…あんた、死ぬ覚悟はできてるんでしょうね~…」
「ひぃぃい!?め、美鈴さん!た、助けてください!!」
「…あ~、無理。」
あっさりと文を見捨てることにした美鈴になんとか霊夢を説得してもらうため半泣きになりながら頼み込む。
「そ、そんな!?そこをなんとか!」
「…ん~、しょうがないわね。お~い、れいむ~。」
「あ゛!!?なによ!!」
「…殺しちゃだめよ。」
「それで譲歩案!!?」
「…わかったわ、殺さなきゃいいのね。…こ、ろ、さ、な、きゃ、…ね。」
「むしろ悪化してる!!?」
あっさりと美鈴の言うことをきいたかとおもいきや、余計に事態が悪化することになった。…このままじゃ明日の陽の目は見られない、そう悟った文はカメラをぎゅっと抱えて一目散に逃げ出した。さすが幻想郷最速なだけあってあっというまに見えなくなる。
すぐさま追跡するため飛び立とうとした霊夢を美鈴が呼び止める。
「霊夢!」
「なによ!早くしなきゃあいつ見失っちゃうじゃない!!」
憤る霊夢に優しい笑みを向けながら頭をそっと撫でる。
「いってらっしゃい。」
「……いってきます!」
霊夢は少し照れながら、それでも嬉しそうに返事をする。それから軽やかに飛び上がり文の消えた方角へと飛び去っていった。
美鈴はしばらく霊夢が飛んでいったほうをみつめていたが、ふと洗濯物を干している途中だったことを思い出し再び干し始める。
(お昼でも作って待っててあげようかしら。…なにがいいかな~)
そんなことを考えていると自然と笑みが零れる。美鈴はふふ~んと上機嫌に鼻歌を歌いながら霊夢の帰りを待つのだった。
博麗神社
それは幻想郷の東の端の端、幻想郷と外の世界との境界に位置する神社であり、人里から遠く離れた山奥にある。そこには幻想郷と外の世界との往来を遮断する『博麗大結界』を管理する一人の巫女が住んでいた。彼女は楽園の素敵な巫女として悠々自適な暮らしをしていたのだが…
「れいむー、朝よー。早く起きなさーい!」
「…あによ、うるさいわね…むにゃ……zzz」
居間のほうから聞こえた声に霊夢は半分眠りながら文句を言った。その声の主はなかなか起きてこない霊夢にしびれを切らし、すたすたと寝室までやってきて、スパーンと勢いよくと障子を開け放った。
「ほら、霊夢起きて」
「…うへへ、お賽銭いっぱぁい……zzz」
「…なんちゅう欲望まみれの夢、見てるんだか…」
声の主は霊夢をゆさゆさと揺すって起こしていたが、あまりに煩悩まみれの夢を見ている霊夢におもいっきりため息をついた。が、次の瞬間、なにか思いついたのか、にやりとわらってふとんの端をつかみ一気に剥ぎ取った。
「こらっ!霊夢起きろっ!!」
「きゃぁああ!!?…さっ、さむっ!!」
急にふとんを剥ぎ取られた霊夢はがたがたと震えながら、ふとんを持ってにやにや笑っている赤毛の妖怪をキッとにらみつけた。
「おはよう、霊夢。目は覚めたかしら?」
「なにすんのよ美鈴!!ふとん返しなさい!!」
「ダーメ♪返したら絶対また寝るに決まってるもの。それにきょうはいい天気だから干しちゃわないとね。」
赤毛の妖怪こと美鈴は霊夢からふとんを遠ざけつつ、いたずらっぽく笑っている。朝から元気な彼女に対していまだ寒さに震えている霊夢は、その様子に少し理不尽さを感じた。
「…なんであんたは朝からそんなに元気なのよ…、寒くないの?」
「そりゃ、鍛えてるからね。ちょっとやそっとの寒さくらいなんともないわ。」
そういってニカッと笑う美鈴に霊夢は手を前にかざしてうぅ~、と唸りはじめた。
美鈴は急に唸り出した霊夢を不思議そうに見ている。
「どうかした?急に唸りだして…」
「…いや、…ただ、ちょっとまぶしかっただけよ…」
「??」
そんなに日差し強かったかしら、と外を見ている美鈴に見えないように、霊夢は軽く深呼吸した。その頬は少しだけ紅く染まっている。
(…さすがに、あんたの笑顔がまぶしかった、なんてキザなことはいえないわ…)
霊夢は軽く頬を叩いて、先ほどの考えを無理やり追い出し、まだ外の様子を窺っている美鈴を呼び戻した。
「ほら、いつまでも外見てないで朝ごはんにしましょ。」
「はいはい。…って霊夢がいつまでも起きてこないから朝ごはんにできなかったんでしょ!?」
「あ~、はいはい、悪かったわよ。もう起きたからいいでしょ。」
「まったく…明日はちゃんと起きなさいよ。」
「は~い。」
美鈴の少し前を歩く霊夢に注意するが、気のない返事しか返さない霊夢についため息をついてしまう。明日もまた起こさなきゃいけないんだろうな~、と遠くを見つめる美鈴だったが、なんだかんだでこうした日常のやりとりを楽しんでいるので、その口元には笑みを浮かべていた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
美鈴が紅魔館を辞めて博麗神社にやってきて、もう一週間が経った。
霊夢は初め、そこまで美鈴の活躍に期待していなかった。というのも美鈴の紅魔館での仕事っぷりを知っていたからだ。なぜ知っていたかというとよく宴会で、酔った咲夜の愚痴を聞かされていたからだった。その内容の6割が美鈴の愚痴で、しかも同じ内容の話を延々と聞かされたのだからたまったもんじゃない。
…ちなみに、残り3割が妖精メイド、1割がパチュリーについてだった。主であるレミリアの愚痴を言わなかったのはさすがね、と霊夢は密かに感心していた。
というわけで、きっと同じようにサボって昼寝でもするだろうと予想していた霊夢だったが、それに反して美鈴はよく働いていた。料理に洗濯、境内の掃除と今まで霊夢がやっていたことをすべてこなしていた。一度、美鈴にそのことについて聞いてみたら、
「ああ、だって門番ってものすごく暇なのよ。こっちに来てから襲撃者なんて滅多に現れないし、お客さんだって一週間に1人来れば多いほうだし…。…例外として黒白がいるけど、アイツはいつくるかわからないし…。」
美鈴は笑いながらそういったが、黒白と言ったときに若干顔が引きつっていたのでおもわず心の中で同情してしまった。美鈴は一度ブルッと身震いしてから話を続けた。
「ま、その点ここはやることがたくさんあるし、話し相手もいるから昼寝してる暇がないのよ」
そういって微笑む美鈴に霊夢は、そう、じゃあこれからもがんばってね、と声をかけたのだった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「どうかしたの?何か考え事?」
心配そうな美鈴の声に霊夢はハッと我に返り、慌てて首を振った。
「ううん、なんでもない。ただここ一週間のことを考えてただけよ」
「?…ああそっか。私がここにきて、もう一週間も経つのね…」
美鈴は霊夢にごはんを渡しながらその言葉に思い出したようにそう呟いた。
霊夢はそれを受け取ると、さっさと食べはじめようとしたが…
「あ、こら!揃っていただきますしてからでしょ!!」
「…あ~、わかったわよ。」
美鈴に軽く叱られてしまった。基本的におおらかな性格の美鈴だが、なぜかあいさつだけは徹底しているのだ。本人いわく、あいさつはマナーであり、相手とのコミュニケーションとして大事なこと、とのこと。まあ、そんなこともあり、二人は揃っていただきます、といってから朝食を食べ始めた。
しばらくはのんびりと食事をしていた二人だったが、不意に美鈴が話を切り出した。
「そうだ。霊夢、今日これから人里に行かない?お米とか野菜がもう切れかけてるのよ。」
「ん、まあ、別にいいけど…。でも、私が行かなくてもアンタひとりで十分なんじゃないの?」
「こういうのは1人より2人のほうが絶対楽しいに決まってるもんなのよ」
「そんなもんかしらね~…」
「そんなもんよ。それじゃ朝ごはん終わってちょっとしたら出かけましょうか。」
美鈴の言葉にいまいち納得できない霊夢だったが、そういうものなんだろう、と自分に言い聞かせて納得することにした。その後は買い物の予定について少しばかり話しながら食事を続けた。
「ごちそうさま。…ふう、やっぱり美鈴って料理上手よね。」
「あら、ありがとう。…でも霊夢だって結構上手だと思うわよ。」
「まあ、これでも長いこと1人暮らししてたしね。そこそこ自信はあるわよ。…でも美鈴には勝てる気がしないわ。」
やっぱり経験の差かしら、となにやらぶつぶつと呟いている霊夢に美鈴は普段とは違う妖しげな雰囲気を出しながらにじりよった。
「…それもあるでしょうけど、やっぱり一番は…」
「な、なによ…」
異様な雰囲気に霊夢は後ずさりながらも答えが気になるのか、美鈴のつぎの言葉に耳を傾けている。その様子に美鈴は一拍おいてから…
「…たくさん愛をこめてるからね…。」
「あっ、あいっっ!!?」
爆弾を投下した。直接爆撃をくらった霊夢は顔を真っ赤にして、あ、あい、って愛よね…。いやでも哀かもしれないし…ああもうなんなのよ、…ものすごく混乱していた。美鈴はというといつもの雰囲気に戻って楽しげに霊夢を眺めていた。
「…ま、冗談なんだけどね。」
「は!?じょ、じょうだん!!?」
しれっ、と冗談だと言った美鈴に霊夢は一瞬で元の世界に戻ってきて、真っ赤な顔のまま美鈴をにらみつける。が、どうかした?なんて言わんばかりの表情を返されてしまい、うっ、と言葉に詰まってしまう。そこで霊夢は…
「ご、ごちそうさま!!」
「あ!ちょっと!」
食器を持って、さっさと逃げることにした。なにやら後ろのほうから呼ぶ声が聞こえたが霊夢は気にすることなくダッシュで台所のほうへ消えていった。
一人残された美鈴は先ほどの余裕の表情とは打って変わって少し真剣な顔をして、ぼそっ、と呟いた。
「…半分は本気だったんだけどな…」
そう呟いた美鈴は恥ずかしかったのか軽く頬を紅く染めて、頭をぽりぽりと掻く。…二つの青い瞳は霊夢が去ったほうをじっと優しげに見つめていた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「…全く、ああいう冗談はやめてほしいわ。」
寝室へと戻った霊夢は先ほどのやり取りを思い出し、はあっ、とため息をついた。まだ少し頬が紅い。頭を軽く振って思考をリセットしようとしたが、なかなかうまくいかず、ついいろいろと考えてしまう。
(……冗談なんかじゃなかったらよかったのに…)
不意にそんな考えが頭をよぎり、霊夢はがばっと頭を抱え、おもいっきり身悶えた。
(ち、ちがうわよ!これじゃあまるで私が美鈴のことす、好きみたいじゃない!そんなのありえないわ!だって美鈴は妖怪だし、それ以前に女の子同士じゃない!私にそっちのケはないもの!)
だれに突っ込まれたわけでもないのに自分自身にものすごい勢いで言い訳を始めた霊夢。あーでもないこーでもないと延々と言い訳を続けていたが、やがて考えるのに疲れたのかバタッとふとんに倒れこもうと思ったが、そこにあったはずのふとんは影も形もなかった。
(…おのれ、美鈴の仕業か…)
そういえば朝起こされたときに持ってかれたな、と思い出した霊夢はしかたなく巫女服に着替え始めた。慣れた手つきで着替えていく霊夢だったが帯をぎゅっと締めたときになにか違和感を感じた。ん?と首をかしげてもう一度締めなおすが
やはりなにかが違う。念のためもう一度締めなおしたときについに気づいてしまった。
(あ、あれ?え?う、うそでしょ?…前よりきつくなってる!?)
霊夢の顔から一気に血の気が引く。な、なんで?と若干涙目になりながらこうなった原因を考えると思い当たることがいくつもあった。
1、 美鈴の手料理の食べ過ぎ
2、 家事や境内の掃除はほとんど美鈴まかせ
3、 最近異変も起こってない
4、 移動手段は全部 飛行 or スキマ
…だれがどうみても運動不足だった。がしかし、これらから霊夢が導き出した答えは…
(…………………おのれ、…美鈴のしわざかぁぁぁあああ!!!)
…なぜか美鈴のせいになった…。完全なやつあたりだが負のオーラを纏った霊夢がそれに気づくはずもなく、ただふらふらとした足取りで美鈴のもとへ向かうのだった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
脅威が迫っているとは知らずに美鈴は縁側で緑茶をすすっていた。あ~、やっぱり緑茶はいいわね~。などと満足げに呟く美鈴。その周りだけ時間がゆっくり流れているようだった。が、そんな空間も後ろから近づいてくる足音によって破壊されることになる。
「でかける仕度はできたかしら?れい…むぅぅっっ!!?」
「…………」
後ろから聞こえた足音に振り返りながら声をかけた美鈴だったが、そこにいた霊夢のただならぬ様子に思わず声が裏返ってしまう。しばらく二人の間に沈黙が続いたが、この状況を何とかしたい美鈴はおそるおそる口を開いた。
「…え~と、…な、なにかあったの?」
「…ッ!」
美鈴の問いかけにピクリと反応する霊夢。あ、やば…。地雷踏んだ…?と冷や汗を流す美鈴だったが、時すでに遅し。霊夢の怒気がどんどん膨らんでいく。それを感じ取った美鈴はどうしたものかしら、とどうにか怒りを静めようと模索するも、霊夢がなにやら話し始めたのでとりあえず黙って聞くことにした。
「……なにかあったかですって?…ええ、あったわよ。そりゃもうとっても大変なことが起こったわ。乙女の危機ってやつよ…。だから…」
わなわなと震えながら小さな声で喋る霊夢。乙女の危機?と首をかしげる美鈴だったが、ぶわっと一気に膨らんだ怒気に素早く反応し、瞬時に裏庭へと駆け出す。すると次の瞬間、追尾機能をもつ無数の弾幕が次々に美鈴に襲い掛かった。
「…覚悟しなさい。美鈴。」
「い、いきなりなにすんのよ!!あぶないでしょ!」
紙一重でかわしながら怒鳴りつける美鈴だったが、まるで聞こえてないかのように霊夢は攻撃を続ける。その目は正気を失っており、あんたのせいで体重が…、とか、なんであんたはそのままなのよ…とかなにやら呪文のようにぶつぶつと呟いていた。
「…ふふっ。まだ始まったばかりよ…。さあ、次行くわよ。霊符『夢想封印 散』!」
「い、いやぁぁぁあああ!!!」
鬼神と化した霊夢になすすべもなく、弾幕ごっこと言う名の処刑はしばらく続くのだった。
~~~~~少女弾幕中~~~~~
一時間後…
「…うぅっ、なんでこんな目に……。」
霊夢の弾幕と小言の嵐をいやというほど喰らった美鈴は身も心もボロボロになり、裏庭にへたりと座り込みしくしくと泣き崩れていた。霊夢はというと一通りストレスを発散できたのか今は正気に戻っており、さすがにやりすぎた自覚はあるのか縁側に座りばつが悪そうにしている。
「…あ~、その、え~とい、いきなり攻撃したのは悪かったと思ってるわ。だから、その、……ご、ごめん、なさい…。」
しゅんとなって謝っている霊夢に美鈴は一度すんっと鼻を鳴らしてから立ち上がり、軽く砂を払い落としてから霊夢に近づいてその額に一発でこピンをした。いたっ、と悲鳴を上げ額を押さえる霊夢にニコッと笑いかける。
「これで許してあげる。…それで?何でいきなり襲ってきたか訳を教えてくれる?」
「うっ…。そ、それは…」
隣に座って、教えてくれるまでここを動かないといった様子の美鈴につい霊夢は言いよどんでしまう。どうしても言えないようなこと?、と深刻そうな顔をし始めた美鈴にそんなことない!と霊夢は慌てて否定する。だが、やはり恥ずかしいのか、俯いたまま訳を告げ始めた。
「…実は、その、……………………ったの。」
「…あの、声が小さすぎて聞こえないんだけど…」
申し訳なさそうに聞き返す美鈴に、霊夢はがばっと立ち上がり美鈴のほうに向き直ると今度はやけくそ気味に大声で告げた。…真っ赤な顔のオプション付で…
「だ、だからっ!ふとったって言ったの!!なんども言わせないで!」
「………………は?」
一瞬何を言われたかわからなかった美鈴はただ呆然と、決して視線を合わせようとしない霊夢を見つめていた。が、何も言わない美鈴が気になるのか、ちらちら様子を窺ってくる霊夢がなんだかおかしくて美鈴はプッと吹き出してしまった。
だんだんと霊夢が言ったことも理解でき、それもあわせてなんだか無性におかしくなった美鈴はおもいっきり笑い出した。
「あ、あはははははっ!!ふ、ふとったって、ふふふっ!はははははっ!!」
「な、なによっ!!私がふとったのがそんなにおかしいっていうの!!?」
「ち、ちがうちがう!なんか、そ、そんな理由で散々攻撃されたのかとおもったらなんかもう、おかしくって!あは、あはははははは!!!」
どうにもツボに入ったらしく笑いが止みそうにない美鈴。とはいえ、霊夢にとっては一大事なので笑われていい気はしない。だんだんとまた怒りが膨らんでいくのにいっこうに気づかない美鈴に、霊夢は満面の笑みで最後通告をした。
「…そんなに元気ならさっきの続きでもしましょうか?」
「いえ、けっこうです。すみませんでした。」
さっきまで爆笑していたのがうそのように一瞬で真顔に戻り謝る美鈴。敬語になるくらい嫌なのか、どんだけ怖いのよ私…と若干自己嫌悪する霊夢だった。うなだれている霊夢に美鈴は微笑みながら優しく声をかけた。
「そんなに気にすることないんじゃない?見た感じふとったようには見えないし…。」
「…そうかしら?…いや、だめよ。ここで妥協したら次からも同じことの繰り返しになるわ。ここでやつの、…脂肪の進行を食い止めねば!」
ぐっ、とコブシをにぎりしめそう高らかに宣言する霊夢におお、その心意気や良し、と感心した美鈴は霊夢のために一肌脱ぐことにした。
「そういうことならいいダイエット法を教えてあげるわ。」
「ホントに!?」
「ええ。…その名も太極拳!!」
「…えぇ~…」
ダイエット法と聞いて目を輝かせていた霊夢だったが、それが太極拳だとわかると露骨に不満そうな顔をした。しかしいまは藁にも縋りたかったのでしぶしぶ習うことにした。
「…まあ、それでいいわ。」
「………なんかテンション下がったわね…。まあいいけど…。とりあえず明日からでいいわよね。」
「なんでよ?今からでもいいじゃない。」
せっかく決意したのだからいますぐにでも始めたかったのでさっさと教えなさいよ、と食い下がる霊夢だったが美鈴にジト目で見られ、それから美鈴はまずボロボロの自分を指差し、次に荒れ果てた庭を指差した。
「…わかったかしら?」
「……はい、ごめんなさい。ちゃんと片付けておきます…。」
美鈴の言いたいことがよくわかったので素直に謝る霊夢。ま、これも運動になるわよね…と前向きに考えて泣きそうになるのを我慢する。
「あ、今日はもう買い物に行けないから明日に延期ね。で、材料がないから晩御飯は野菜炒めだけだから。」
いつのまにか室内に戻った美鈴からの宣告に力なく頷く霊夢だった。
…泣くの我慢できないかも…
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
翌日
昨日からの約束通り二人は人里へとやってきていた。そこは多くの人々が行き交い活気に溢れている。右からは主婦たちの人々の井戸端会議が、左からはお客を呼び込む商人の威勢の良い掛け声が聞こえてくる。そんな生き生きとした空気につられたのか、ややテンションが高い美鈴。それとは対照的に霊夢はひざに手をつき、息を切らしてぐったりしていた。
「どうしたのよ?これから買い物だっていうのにへばっちゃって。」
ここからが本番よ!、と元気いっぱいに胸を張る美鈴に霊夢は、はあ、はあ、と呼吸を整えてから怒鳴りかかった。
「どうしたのじゃないわよ!!神社からここまで徒歩で来ればへばるにきまってるでしょ!!おかげでいつもの倍、時間かかったわ…ッ!!げほっ、げほっ!」
「ほらほら、いっぺんに喋るから…。」
「だ、誰のせいだと…ごほっ、思ってんのよ…。」
いっきに怒鳴ったせいでむせる霊夢。その背中を美鈴は苦笑しながら優しくさする。
「こういうちいさなことをコツコツと積み重ねることがダイエットに効果的なのよ。」
「…どこがちいさなことよ…。あんたを基準にしないでよね…。……はあっ、まあいいわ。それで?まずどの店に行くの?」
神社から人里までの道のりをちいさなことと言い切る美鈴に呆れる霊夢。小さくため息をついてから、いつまでもここにいてもしょうがないからさっさと行きましょ、と気持ちを切り替えて美鈴に呼びかければ、それもそうね、とにこやかな声が返ってくる。
「ん~、とりあえずは八百屋と米屋ってところかしら。で、そのあとは適当にぶらぶらと店を見て回るってのでどう?」
「いいけど…。でもそれならぶらぶらしてから買い物したほうが楽じゃない?荷物持ったままじゃたいへんでしょ。」
「まあそうなんだけど、でもそれだと安売りの野菜とかが買えないかもしれないのよ。もうあっというまに売り切れちゃうからね。」
「…なんだかやけに所帯染みてるわね…。」
頬に手を当てながら主婦みたいなことを言う美鈴に苦笑しつつ、ふと霊夢はあることに気づいた。
「あれ?たしか米屋と八百屋ってここからだと逆方向じゃなかったかしら?行って戻ってじゃ二度手間になるわね…。」
「ああ、そういえばそうだったわ。どうしよっか?」
「なら二手に分かれましょう。そのほうが効率いいでしょ。」
「え~、せっかくいっしょに来たのに…」
「さっさと用事すませたほうがぶらぶらする時間が増えるわよ。」
「ん~、…まあしょうがないか。じゃあそうしましょう。」
霊夢の提案に渋々といった感じに了承する美鈴。だがやっぱり不満なのかまだなにかいいたげな表情をしている。そんな美鈴を華麗にスルーしながら話を続ける。
「たしか中間ぐらいに茶屋があったはずだから買い終わったらそこで合流しましょう。」
「…は~い。わかりました~。」
「ほら、そんなことで拗ねないの。はいお金。」
「…ん。じゃあ霊夢は野菜のほうお願いね。女の子に重いもの持たせる訳にはいかないから。」
「は!?お、女の子って…あ、あんただって女じゃない!」
「じゃ、またあとでね~。」
「あ、ちょ、ちょっと!」
さっきまで拗ねていたかと思ったらいきなりさらっと殺し文句を残して米屋へと走り去っていく美鈴。動揺していた霊夢は引き止めることもできずにただその背中を見送るしかできなかった。
しばらく呆然としていたが、はっ、と我に返った霊夢は、いつか絶対仕返ししてやる!と心に誓い八百屋へと足を向けるのだった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
特に問題もなく買い物を終えた霊夢は大根やら白菜やらが入った紙袋を抱え、今夜は鍋にでもしましょうか、と晩御飯のことを考えながら茶屋に向かって歩いていた。
すると突然冷たい突風が吹きつけ霊夢はおもわず立ち止まってしまう。道行く人々の中で佇んでいると不意に霊夢は自分が一人ぼっちになったような錯覚を覚えた。さっきまで美鈴といっしょだったからか、なおさら孤独を感じる。
なんだか無性に美鈴に会いたくなった霊夢はブルッと身震いをして、足を速めるのだった。
角を曲がったところでようやく目的の茶屋が目に入った。そこにはすでに美鈴の姿があり、横に米を置いてまったりとお茶を飲んでいた。その姿にほっ、と安堵の息を漏らし声をかけようと口を開いたが美鈴の後ろから現れた人影に気付き口を噤んでしまう。
おもわず物陰に隠れた霊夢は二人の様子を窺うため少しずつ近づいていった。なんとか二人の声が聞こえるぐらいまで近づいた霊夢は人影の正体を確認するため物陰から顔を出し覗き込んだ。
(…ってなんで私は隠れてるのよ…。ん?…あれは、慧音!?なんで美鈴といっしょにいるの?)
そう、人影の正体は上白沢慧音。知識と歴史の半獣と呼ばれ人里で寺子屋の教師をしている。そんな彼女と美鈴がなぜいっしょにいるのかは知らないが、楽しげに談笑している二人の様子からしてただの知り合いというわけではなさそうだった。
話している内容のすべては聞き取れなかったが慧音の話に楽しげに耳を傾けている美鈴を見ていると
‘ チクリ ’
霊夢の胸に鈍い痛みが走った。
(な、なにかしらいまのは…。…気のせい、よね…。)
一瞬のことだったので霊夢自身何が起こったのかわからず、気のせいとしか考えられなかった。だが霊夢の胸にはもやもやとした何かが残り、なんだか落ち着かない気分にさせられた。
霊夢が自分と葛藤していると不意に二人の話し声が止み、どうかしたのかと覗き込むと慧音がなにやら真剣な顔をしていた。霊夢は思考を中断し、二人に注意を向ける。
すると慧音は意を決したように語り始めた。
「…美鈴、頼む…。うちに来てくれないか?」
その言葉に美鈴はピクリと反応し考え込み始め、慧音はそれを祈るような視線で見つめている。霊夢は困惑しながら慧音の言葉を反芻していた。
(…え?うちに来る?…ってことは美鈴が慧音の家に行くってこと?神社から出て行くってこと!?…嫌、そんなの嫌!!)
お願い美鈴行かないで!と叫びたいのを何とか堪えぎゅっと目を瞑り美鈴の答えを待った。しばらくそうしているとやがて考えがまとまったのか美鈴は静かに答えを出した。
「……わかったわ。…で、いつ行けばいいかしら?」
「ほ、本当か!?ありがとう!!ああ、それなら追って連絡するから…。」
…が、美鈴の答えは霊夢が望むものではなかった。
‘ ドサッ ’
ショックのあまり霊夢は抱えていた野菜を落としたが、運良くか運悪くか、慧音がガタッと椅子から乗り出した音と重なり二人は気づかなかったようだった。
霊夢は野菜には目もくれず、全速力で人里を飛び立った。その顔色は蒼白で、血の気が引いておりさっきとは比べ物にならないほどズキズキと響く胸の痛みに耐えるように胸を押さえていた。
彼女が飛び去った物陰には放り出された野菜と、涙で濡れた痕が残っていた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
霊夢はひたすら全速力で飛び続けた。先ほど聞いた二人の会話を振り切るように。美鈴の答えを振り切るように…。
川を越え、森を越え、神社が目に入ったところでようやく減速し始め、ふわっと風を巻き上げながら境内に着地した。神社は静寂に満ちており物音一つしない、霊夢は力無い足取りで玄関に向かった。
「……ただいま……」
霊夢が放った音はただ空気を震わせるだけで、シーンとした静寂が返ってくるだけだった。いつもなら美鈴が明るく優しい声で、おかえり、と迎えてくれるのだが当然声が返ってくることはなく、そのことが霊夢の胸をひどくしめつける。
(…少し前まではこれが当たり前だったのにな…)
霊夢は自嘲気味に笑い、居間へと向かう。ただその笑顔はとても寂しげでいまにも壊れそうだった。
居間に着いた霊夢はひとまず緑茶を淹れる。温かい緑茶の香りに少しだけ気分が落ち着く。美鈴もこれが好きだったわね、となにげなく思い返しそのことにはっとする。
(…また私美鈴のこと考えてる…)
いつも私が美鈴のこと考えてるみたいじゃない、と自分につっこみをいれながら頬を染める霊夢だったが、美鈴がいなくなることを思い出し胸が重くなる。
また泣き出しそうになった霊夢はだれもいないにも関わらず誰にも見えないように卓袱台に突っ伏し顔を隠した。
(…私、いつからこんなに弱くなったんだろ…。一人になるのがこんなに怖いなんて…、…美鈴…)
ついに堪えきれなくなった霊夢の瞳から雫がこぼれ卓袱台に染み込んでいく。音を立てずに肩を震わせて泣き続ける霊夢。やがて、泣き疲れたのかそのまま眠りについてしまう。
「……行かないで…、美鈴。……一人に、しないで…。」
彼女の切なる願いは誰にも知られず、ただ部屋に溶け込むだけだった。
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サラサラ…
誰かが霊夢の髪を撫でている。それはとても優しく慈しむような手つきだった。霊夢はそれがとても心地よくてなすがままにされまどろんでいる。
サラサラ…
誰かが霊夢の髪を撫でている。ふと霊夢は疑問に思った。いまうちにはだれもいないはずだと。それでもこの暖かさを手放したくないのでなすがままにされまどろんでいる。
サラサラ…
誰かが霊夢の髪を撫でている。…やっぱりおかしい。そう思った霊夢は後ろ髪を引かれながらも目を覚ますため意識を浮上させていった。ゆっくり目を開けると…
「…おはよう、霊夢。目は覚めたかしら?」
美鈴が覗き込むようにこちらを見ている。霊夢は目覚めたばかりだからか、それとも美鈴の存在を感じていたのかまったく慌てることもなくふにゃっとした笑顔を返す。
「…おはよう、美鈴。」
と、そこで霊夢は違和感を覚えた。なぜ美鈴は覗き込むようにしているのか、なぜ美鈴の向こうに天井が見えるのか、なぜ仰向けで寝ているのか、…なぜ後頭部にやわらかいものがあるのか。
段々と現状を把握してきた霊夢の顔は沸騰したかのように一気に真っ赤になる。
そう、いわゆる膝枕状態である。
「な、ななななんでこんなっ…へぶっ!」
「はいはい急に起き上がらないの。」
がばっと起き上がろうとした霊夢の頭を押さえ、膝の上に戻す美鈴。少しの間じたばた抵抗していた霊夢だったがやがて諦めたのかおとなしくなった。
霊夢の抵抗が止んだのを見計らって美鈴は心配そうな表情に少しの怒りを込めて話し出した。
「もう、どうして茶屋に来なかったのよ。なかなか来ないから何かあったのかと思ってすっごく心配したし、気を探ったら人里にいないし、あちこち探し回ったんだから。」
「……………茶屋になら行ったわよ。」
「え?」
「……そこであんたと慧音が話してるの…聞いた。」
「…あ~、聞かれちゃったか。」
そっか、それで怒って帰っちゃったのか、となにやら納得したように頷く美鈴。霊夢は顔を曇らせ目を伏せている。
「ごめんね。霊夢に話しておくべきだったわね、慧音に誘われてたこと。」
「………………」
「三ヶ月ぐらい前から誘われてたんだけど、ほら、そのときはまだ門番だったわけだし…。」
「……美鈴は平気なの?」
「へ?」
「だから、私と離れても平気なの?って聞いてるの!!」
「…え~と、なんでそんな話に?」
「だって慧音のところに行くんでしょ!?だったらうちから出て行くってことじゃない!!」
「………はい?」
なにやらお互いの認識にズレがあるようで会話が噛み合わない。そんなことに気づく様子もない霊夢はどんどんヒートアップしていき、美鈴はぽかんとしている。
「勝手にやって来て勝手にどっかに行っちゃうの?散々私のペースを狂わせといて他の人がきたらはい、サヨナラ?」
「…あの、霊夢?」
「そんなの絶対許さないわよ!人の心にずかずか入ってきて、そのまま住み着いて!…いままで一人でも大丈夫だったのにもう一人じゃいられなくして!」
「…………」
「…絶対離さないから。…絶対、誰にもわたさ、ないんだから…。」
「れいむっ!!」
「…っ!!」
感情が昂ぶりすぎたのかもうほとんど泣きながら喋る霊夢を美鈴はぎゅっと力強く包み込むように抱きしめる。急に抱きしめられて驚いたものの、すぐにその暖かさにしがみつき泣きじゃくり始める。
しばらくそうしていた二人だったが霊夢が落ち着いたのを確認すると美鈴はぽつりぽつりと話し始めた。
「落ち着いた?」
「…うん。」
「ふふ、そんなにしがみつかなくてもどこにも行ったりしないわよ。」
「うそ…」
「うそなんかじゃないわよ。ここから出て行ったりしないわ。」
「だって慧音のところに行くって…」
「あれはただ寺子屋の臨時教師を頼まれただけよ。」
「………………え?」
ピシッと固まり微動だにしない霊夢。思考もフリーズしているようで口がポカンと半開きのままである。
「勝手に仕事を引き受けたことに怒って帰っちゃったのかと思ってたけど…、…違ったみたいね。」
「…な、…あ、……え?」
「だから寺子屋で一日だけ教師をするだけ。慧音といっしょに暮らすわけじゃないわ。全部霊夢の勘違い。」
「……かんちがい?」
「そ。だから神社から出て行ったりしないわ。……それにしても霊夢ったらそんなに私のことが大好きだったのね。」
「………え?」
「誰にもわたさないだなんて…。さすがの私でも照れちゃうわ。」
「…い」
「い?」
「いやぁぁぁぁぁああああああああ!!!!!!!」
勘違いだったのね、とほっと安堵の息を漏らす霊夢だったが、意地悪そうな表情を浮かべ、けれども嬉しそうに告げた美鈴の言葉にさっきまで自分が何を口走っていたのかが一気にフラッシュバックする。
そのあまりの恥ずかしさに首筋まで真っ赤にした霊夢は絶叫を上げ、バッと美鈴から離れ部屋の隅にうずくまってしまう。
さすがにからかいすぎたか、と若干焦った美鈴は急いで霊夢を宥めるも耳を塞ぎ、壁に向かって、あれは夢、そう夢よ。とぶつぶつ繰り返す霊夢には全く効果がないのだった。
…結局霊夢が現実に戻ってくるまで一時間ほど宥め続けたのだった。
~~~~~一時間後~~~~~
ようやく現実に帰ってきた霊夢は卓袱台をはさみ美鈴と向かい合って座り緑茶を飲んでいた。まだ少し恥ずかしいのか耳が紅く染まっている。美鈴は平然としているようにみえるが霊夢と目を合わせようとせず、どこか気恥ずかしい空気が漂っていた。
そんな空気を打ち消そうと美鈴はおもむろに口を開いた。
「え、え~と。きょ、今日の晩御飯何にしましょうか?」
「そ、そうね。大根とか買ったから鍋にでも…って、あ。」
「ど、どうしたの?」
「…全部人里においてきちゃった…。」
「あ~…。」
置いてきた理由が理由なだけに二人とも口を噤んでしまい、再び沈黙が流れる。つい先ほどのやりとりを思い出してしまい顔を赤らめる霊夢。思い返しているとふと美鈴の言葉に疑問を覚えた霊夢は美鈴に確かめることにした。
「ねえ美鈴。」
「なにかしら。」
「慧音に誘われてたのって三ヶ月前からっていってたわよね?」
「ええそうね。」
「それって当然うちにくる前よね。なんで慧音のところに行かなかったの?」
「それは、霊夢が一人で大変そうだからって前にいったじゃない。」
「それはそうだけど、それなら慧音だってそうじゃない。ほかにも一人暮らしなんて山ほどいるし…」
「それは…」
珍しくうろたえる美鈴に少しだけドキッとする霊夢だったが、今は追究が先だと思い直し美鈴の言葉を待つ。
やがて観念したのか、はあっと軽くため息をついてから語り始めた。
「…実は前から霊夢のことが気になってたのよ。」
「え!?」
「異変の時にね、遠くから飛んでくる二人組がきて、ああこれがレミリアお嬢様の言ってた侵入者か…と思って観察させてもらったわけよ。」
「…戦いながらそんなことしてたの?」
「ええまあね。それで、片方の黒白の魔法使いはやけに元気でいかにもヒーローって感じだったんだけど、もう片方の紅白の巫女はなんだかつまらなさそうな醒めた瞳をしてたのよ。」
「…悪かったわね、つまらなさそうで。」
「拗ねない拗ねない。で、なんでそんな瞳してるのかなってずっと気になってたのよ。それこそ寝ても醒めても。おかげで寝不足になって昼寝の回数が増えちゃったわよ。」
「人のせいにしないでよ。もとからでしょ、あんたの昼寝は。」
「まあそうなんだけど。で、確か二回目の宴会だったかな。その瞳のわけに気づいたのも、…それが気になってたわけも。」
「…なんだったの?」
「…似てたのよ。霊夢が、昔の私に…。」
「…私が美鈴に似てる?」
ええ、と頷き一口緑茶をすする美鈴。霊夢はというと自分と美鈴を見比べて似ている点を探すが全く見当もつかないようだった。
そういう意味じゃないわよ、と苦笑してから話を再開した。
「そう、…あれは私と同じ独りに慣れた瞳だったわ。」
「っ!!」
「誰もある一線からは近づけないし、誰にも心を開かない。…いや、開けないかな。」
「………………」
「私はあまり強くないから周りに合わせることで誰も近づけなかったし、霊夢は、そうね、他人に対して無関心でいることで誰も近づけなかったってところね。手段は真逆でもやってることは一緒。」
「………………」
「でもそれもいつか限界がくるのよ。ずっと独りでいると心が壊れ始めるの。」
「……そんなこと、ない。」
「いいえ、そうなるのよ。……わたしが、そうだったから。」
「えっ!?」
「…ひどかったわよ、あのときは。人だろうが妖怪だろうが手当たりしだい襲い掛かってたからね。」
「そんな…。」
「それで、何年か経った頃に一人の少女…いや、幼女かな…に出会ったのよ。当然襲い掛かったんだけど、気がついたら私のほうがボロボロになって倒れてて。その子にやられたって気づいた時にはさすがに死を覚悟したけどなぜか気に入られちゃってね、それからあれよあれよと門番生活が始まっちゃったのよ。」
「………………」
「…ま、そのおかげで私は心を取り戻せたってわけ。まあ、身の上話はこのへんにして、と。」
「…美鈴?」
不意に話を止め、美鈴は霊夢の隣までやってくるときゅっと霊夢の手を握り、真剣なまなざしで瞳を見つめた。霊夢はその瞳に射抜かれたように動けない。
「私が霊夢のところにきたのは私が助けてもらったように、霊夢のことを独りから解放したかったから。」
「………………」
「…こう思うのは私の自己満足なのかもしれない。霊夢にとっては余計なお世話なのかもしれない。」
「………美鈴。」
「でも…、それでも私は霊夢に独りでいてほしくない。霊夢を支えてあげたい。…守りたい!」
「っ!…めい、りん…」
「だから霊夢、私と一緒に……っ!?」
それまで静かに聴いていた霊夢が突然抱きついてきたため、美鈴の言葉は最後まで紡がれることはなかった。どうしたのか、と狼狽していた美鈴だったが胸元から聞こえるすすり泣きに、黙ってそっと抱きしめて背中をさすってあげる。
霊夢は美鈴に抱きついたまましゃくりあげながらたどたどしく告げ始める。
「…先代の、お母さんが死んでから、ずっと独りだったの。」
「うん」
「…それでも、わたしははくれいの、みこ、だから、だれにも弱いところを見せちゃ、いけなくて…」
「うん」
「…みんなわたしのこと、博麗の巫女として見て、誰も、私自身を見てくれなくて…」
「うん」
「…ずっと、強がってたけど、ほんとうは、さびしかった…」
「…うん」
「…だから、美鈴はいっしょに、いてくれる?」
「…ええ、ずっといっしょに。霊夢が嫌って言うまで、ずっと…」
そう自分の決意を伝えるかのようにぎゅっと腕に力を込めて抱きしめる美鈴。そんな思いが伝わったのか霊夢は安心しきった表情を浮かべ、美鈴の胸を枕にしたまま眠ってしまう。その様子に少しだけ困ったように笑い髪を撫でる。
するとくすぐったかったのか霊夢は少しだけ身じろいだ。かわいいなぁ、と小声で呟いた美鈴は指で髪をよけてそっと額に口付けを落とすのだった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
翌朝
‘ チュンチュン ’
どこか遠くから鳥のさえずりが聞こえる。それはとてもかすかなものだったが夢現な霊夢にはやけにうるさく感じた。ぼんやりと目を覚ました霊夢は障子の隙間から漏れ出す日の光に顔をしかめつつ現状の把握を始めた。
(…え~と、なんで布団で寝てるのかしら?たしか昨日は美鈴の……っ!?)
昨日美鈴の胸の中で眠ったことを思い出した霊夢はいまさら慌てだし、顔を赤らめている。と、そこで美鈴がいないことに気づく。いつもならもう起こしにくる時間のはずだがそんな気配は全く感じられなかった。
(なんで起こしに来ないのかしら?…まさか!?)
急に不安になった霊夢はがばっと布団を跳ね除けて美鈴を探し始める。昨日の今日でいなくなるわけはないのだが焦っている霊夢は気づかない。
まずは普段美鈴が寝ている部屋の戸を開ける。が、すでに布団はたたまれておりとっくに起きているようだった。
続いて台所に駆け込んだが今朝使った形跡はなく、洗い終わった食器がきれいに並べられている。
さらにトイレや風呂場も探したがそのどちらにも見当たらない。次第に霊夢は焦りが募り不安に押しつぶされそうになる。
(どこっ?…どこなの美鈴!?)
するとそのとき裏庭のほうからバサッという物音が聞こえた。その音を拾った霊夢はすぐさま裏庭へと駆け出す。室内を一直線に駆け抜け裏庭に面している居間の戸を開けるとそこには…
「あら。おはよう、霊夢。よく眠れた?」
洗濯物を干している美鈴の姿があった。ようやくみつけたその姿に安堵の息を漏らしながらもキッとにらみつける。そして寝巻きなのも裸足なのも気にも留めず裏庭に駆け出し、いきなりにらみつけられて頭に疑問符を浮かべている美鈴に抱きついた。
「ちょ、ど、どうしたのよ霊夢!」
あまりに突然すぎる抱擁にうろたえる美鈴だったが、霊夢が小さく震えているのに気付きぎゅっと抱き寄せる。
「…大丈夫よ、どこにも行ったりしないわ。約束したでしょ、…ずっといっしょにいるって。」
「……うん。」
美鈴の温もりを感じ落ち着いたのかそっと離れていく。お互いに言葉を交わさず静かな時間が過ぎる。聞こえるのは風の音だけ。数十秒ほどそうしていただろうかふと思い出したかのように霊夢が口を開く。
「おはよう、美鈴。」
「…おはよう、霊夢。」
ただ挨拶を交わすだけ、ただそれだけでも二人はお互いに確かな繋がりを感じられた。それから顔を見合わせふふっと笑いあう。
「…なんだか変な感じね。」
「そ、そうね…。」
いままでの言動にいまさらながら照れ出したのか二人の間に妙に気恥ずかしい空気が流れ始めた。決して居心地が悪いわけではないがなんだか落ち着かないような感じ。そんな空気に当てられたのか霊夢はそわそわしながら話し出した。
「ね、ねえ美鈴。」
「な、なにかしら?」
「さっきのって、プ、プロポーズよね?」
「ええっ!!?」
「だ、だって、ずっといっしょにいるって…。」
「え、あ、あれはそういうんじゃなくてただ霊夢が心配で…。や、でも、全くそういう気がないかって言われたら嘘になるけど…。」
いきなりのプロポーズ発言に慌てふためきしどろもどろになる美鈴に悪戯心を刺激された霊夢は、にやりと笑ってから以前美鈴がやったような妖しげな雰囲気を纏って美鈴に接近する。
「ふ~ん、そっか…美鈴は私のことなんとも思ってないんだ…。」
「や、そ、そんなことはないわよっ。」
「それじゃ証拠みせて。」
「っ!!?」
そういって目を瞑り少し上向きに顔を突き出す霊夢にバッと顔をそらす美鈴。その顔は紅く染まっており、そのようすを薄目で見ていた霊夢はにやにや笑いを噛み殺しながら、美鈴って押しと不意打ちに弱いのね、と美鈴の新たな一面を心にメモをとっていた。
もちろん霊夢も本気でキスしようなんて考えてないのでそろそろ許してあげようかとゆっくり目を開くと…
‘ チュッ ’
目の前に真っ赤な美鈴の顔があった。霊夢は何が起こったのか頭がついていかずただゆっくりと離れていく美鈴の顔を眺めることしかできなかった。
「…こ、これでいいでしょ…。」
「な、な、な…」
美鈴の恥ずかしげな声に少しだけ回復する霊夢の思考。唇に残るしっとりと湿った感触、耳の中で響く吸い付くような音、紅い顔のまま視線を彷徨わせる美鈴。つまり…
…そう、キスされたのだ。
そのことに気付いた瞬間霊夢はボッと火が点いたかのように真っ赤になった。頭からシュウシュウと湯気が出てる幻覚が見えるほどである。
完全に思考回路がショートしたようで口をぱくぱくさせたまま微動だにしない。
「ちょっと、霊夢大丈夫?」
ただならぬ様子の霊夢に心配になりゆさゆさと揺すってみるが全く反応がない。どうしたものかしら、と頭を悩ませていると突然すぐそばの木陰ががさがさっと奇妙な揺れ方をした。すぐさま気を張り巡らせるとやはりその木陰から妖気が感じられた。
うわぁ、あの気はまさか、とほぼ確信に近いいやな予感を感じた美鈴はそのまま見なかった振りをしたかったが、後々大変なことになるのでしかたなく木陰に向かい気弾を放った。すると…
「おっと、いきなり撃ってくるなんてひどいじゃないですか。」
木陰から現れたのは…
「…こんにちは、文さん。」
「はいどうも。毎度お馴染み、清く正しい射命丸です。」
『文々。新聞』の発行者である射命丸文だった。これはすっごくまずいことになったわ、と考えを巡らせる。もしさっきのが見られてたら明日には幻想郷中に知られることになる。
まあ、私としては別にかまわないんだけど…、とも思ったが霊夢がそうとは限らないのですぐにその考えは捨てる。内心冷や汗を掻きながら文の言葉を待つと…
「…いやぁ、今日はたまたまこの近くを飛んでたんですけどまさかこんな大、大、大スクープに出会えるとは!」
…ばっちり見られてたようだった。これはもうだめね、と早々にあきらめる美鈴。霊夢がショートしていなければ死に物狂いで止めにかかるのだろうが、あいにく今は美鈴の腕の中で煙を吐いていた。
文はというとすでに明日の新聞の一面記事の見出しを考えているようだった。
「『博麗の巫女熱愛発覚!!お相手はなんと紅魔館の元門番!!』…ん~、少しありきたりですかね…。『博麗霊夢、白昼堂々路上キス!!彼女のハートを射止めたのはまさかまさかの紅美鈴!!』…そもそも路上じゃないですし…」
あ~でもないこ~でもないと頭を悩ませているようだったが、『熱愛!!』や、『キス!!』の単語にピクリと反応している人物に気付いていないようだった。
そうとは知らずにのんきに見出しを考えていた文ははっと名案を思いついたのか美鈴に話題を振ってきた。
「せっかくですからなにかいい案があれば受け付けますよ!こう、ズバッとインパクトがあればなおいいんですけど…。」
「え~っと、本人に決めさせますか?普通…。」
あまりの無茶振りにおもわず閉口してしまう美鈴だったがそんなことおかまいなしにキラキラした目で催促してくる。
「ほらほらなんでもいいんですよ!こう、変化球っぽいのもそれはそれで魅力的ですね!!」
「え~~~っと、じゃあ…」
「じゃあ、『鴉天狗の変死体発見!!人通りの少ない脇道でいったいなにが!!』…なんてどうかしら?」
「おおっ!それはまたダーティーな……って、え?」
突如聞こえた閻魔様すら震え上がらせるようなこの世のものとは思えないほどドスの効いた声に文は身を竦ませる。恐る恐る声のするほうを見るもとてもじゃないが美鈴が発したとは思えない。そこから少しだけ視点を下にずらすとそこには…
…悪鬼羅刹…もとい霊夢がいた。
「ひぃぃぃいいい!!!?」
「…文、…あんた、死ぬ覚悟はできてるんでしょうね~…」
「ひぃぃい!?め、美鈴さん!た、助けてください!!」
「…あ~、無理。」
あっさりと文を見捨てることにした美鈴になんとか霊夢を説得してもらうため半泣きになりながら頼み込む。
「そ、そんな!?そこをなんとか!」
「…ん~、しょうがないわね。お~い、れいむ~。」
「あ゛!!?なによ!!」
「…殺しちゃだめよ。」
「それで譲歩案!!?」
「…わかったわ、殺さなきゃいいのね。…こ、ろ、さ、な、きゃ、…ね。」
「むしろ悪化してる!!?」
あっさりと美鈴の言うことをきいたかとおもいきや、余計に事態が悪化することになった。…このままじゃ明日の陽の目は見られない、そう悟った文はカメラをぎゅっと抱えて一目散に逃げ出した。さすが幻想郷最速なだけあってあっというまに見えなくなる。
すぐさま追跡するため飛び立とうとした霊夢を美鈴が呼び止める。
「霊夢!」
「なによ!早くしなきゃあいつ見失っちゃうじゃない!!」
憤る霊夢に優しい笑みを向けながら頭をそっと撫でる。
「いってらっしゃい。」
「……いってきます!」
霊夢は少し照れながら、それでも嬉しそうに返事をする。それから軽やかに飛び上がり文の消えた方角へと飛び去っていった。
美鈴はしばらく霊夢が飛んでいったほうをみつめていたが、ふと洗濯物を干している途中だったことを思い出し再び干し始める。
(お昼でも作って待っててあげようかしら。…なにがいいかな~)
そんなことを考えていると自然と笑みが零れる。美鈴はふふ~んと上機嫌に鼻歌を歌いながら霊夢の帰りを待つのだった。
乙女な霊夢がかわいすぎるwww
ごちそうさまでした
もう次回辺りで押し倒しちゃうんじゃないかな、霊夢が
めーれいむちゅっちゅ!
続きを所望してもよろしいでしょうか?