Coolier - 新生・東方創想話

テニスの王女様達へ2

2011/02/07 13:48:07
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 ぬいぐるみや人形に囲まれた部屋で、幼い少女と赤いメイド服を着た女性が向かい合っている。
少女は目に涙を浮かべて怒っている様子で、女性はやや狼狽しているようにみえた。
 「どうして……に行く……駄目なの!?」
 「それは……には……早い……それに……」
 二人の主張はそれぞれが一方通行で、交わることはなく、とうとう少女が泣きだしてしまう。
 「もういい! 夢子お姉ちゃんなんて嫌い!」
 軽蔑の言葉を吐き、後はただ嗚咽し、可愛らしい瞳からポロポロと涙を零し、女性は悲しそうな顔を浮かべ、無言で部屋を出て行った。



 「はぁっ、はぁっ……!」
 ベッドから上半身を起こして荒く呼吸するアリス。額からも汗が流れており、右手で拭いながら
周囲を見渡す。部屋の様子はあの時と全く変わっていない。誰かが毎日綺麗に掃除してくれていたので
あろう、綺麗なままだ。
 「夢、か……」
 ネグリジェが汗でベタつき、肌にくっつく。いつもなら汗を拭いて着替えたりするのだが
今日に限ってはそういう気が起きない。 なにせ、今さっき見た夢のおかげですっかり気力を削がれて
しまっていたからだ。
 魔界にも朝は来る。魔界神・神綺がその気になれば24時間常に夜のように暗い世界も、その逆もできるのだ。
二度寝をする気にはなれない、かといって起きるには少々早い。読書でもして時間を潰していようか、とベッドの横に置かれた読みかけの本に手を伸ばそうとすると――。
 「んっ?」
 窓から一瞬何かが見えた気がして、視線を移すと、門の前で誰かが立っている。ここの門に縁のある者といえば――。
 「サラお姉ちゃん?」
 ピンクの髪のポニーテールを揺らし、屈伸運動をしている。魔界の門番である彼女は配下のバケバケと時間ごとに交代をとっているが基本的には四六時中門の前に佇み、魔界に異常がないかをじっと見渡しているのだ。自分が幼い頃からずっとその光景は変わっていない。そしてこれからもそうであろう。懐かしさとどこか安心した気持ちが胸に去来し、無意識にベッドから降り、衣装棚に手を伸ばす。



 「サラお姉ちゃんっ」 
 着替えを終えたアリスは外に出て、一人外を見渡すサラに声をかけた。
 「ん? アリスか。おはよう」
 振り返りにこりと笑う。顔色を見る限り疲労はほとんどなさそうに見える。そういえば彼女が疲れているという顔は小さい頃からでも見たことはほとんどない。
 「いつも大変だね。よければ代わるよ?」
 里帰りすることは滅多になく、姉達を手伝えるのもこういう時ぐらいしかない。しかしサラは首を振る。
 「いいっていいって。見張りっていってもほとんどあの日以降はこれといった事件も侵入者もいないんだしさ」
 頭の後ろで両手を組み、あっけらかんと言う。異常がないのは結構だが少し暇を持て余しているようなのは小さく欠伸をしている様子を見て明らかだ。くすっと自然に笑みが漏れる。そこへ神殿の入り口から足音が耳に入り、二人とも音の方へ顔を向けた。
 「あら、アリス。サラがさぼってないかお姉ちゃんの代わりに見に来てくれたの?」
 白い帽子を被り、人間の世界でいうセーラー服に似た服を着た少女が妹達の姿を見てにこりと微笑む。
 「姉さん」
 「ルイズお姉ちゃんっ」
 いつもは家族で一番遅く起きる彼女の出現に目を丸くする。まさかこの後魔界に大地震でも起きるのか? 
二人の怪訝そうな顔を見てルイズは頬を膨らまし、二人の頭に手を置き、軽くグリグリする。
 「うきゃっ!」
 「ひゃうっ!」
 もちろん本気どころか痛みも感じないほどの力加減であり、むしろスキンシップに近い行為である。しばらく妹二人を弄って満足したのか、手を離すと目を細めた。
 「よーし、それじゃあ罰として二人とも走りこみ。あ、門番は私がやっとくから問題ないわよ?」
 「えっ? で、でもルイズ姉さん――」
 「いいからいいから。昔はよくアリスと外で遊んでたでしょ?」
 おそらくは二人の会話が聞こえていたのだろう。この姉は昔から妙なところで地獄耳を発揮してきた。そして
『二人して気分転換してきなさい』とやや遠まわしに言っている。
 「魔界の門番は呑気に欠伸しているなんて知られたら侵入者が増えそうだし」
 そしてチクリと一言入れるのも忘れていない。さすがであった。
 「むう……。ま、いいや。んじゃアリス、行こっか」
 「あ……うん」
 タタッと小走りに走り出す二人の背中に「2時間したらご飯だからそれまでに帰ってきなさいよ」というルイズの声と柔らかく届いた。



 魔界とは魔界神である神綺の創りだす世界。その気になれば明日どころか10分後にでも今までの景色がガラっと変わり大きな変貌を遂げるのも可能な世界だ。外の世界で感心を持ったものがあれば即座に魔界に生み出す。だからこそ外の世界のような大都会も広がっている。魔界で育ったアリスさえも知らない文化が生まれていることだってあるのだ。
 ただ、神殿はそういった都会からは離れていて、どちらかというと山や海などの自然に囲まれている。神綺いわく「家族ですぐにピクニックや遊びに行ける様に」とのことで、幼少時によく山や海に遊びにいったものだ。
 などと昔を思い出しながらサラと肩を並べて走っていたら、いつの間にか砂浜に着いていた。
 「小休止しよっか」
 サラの言葉に頷き、足を止めて休めそうな場所を探す。するとサラが「おお」と声を上げて指を指すと、大人が3人は乗れそうな丸岩があり、アリスも「あっ」と声を出す。
 「懐かしいなー、海で遊んでた時に遊び疲れたアリスがここでへばりつくようにして眠ってたんだよね。可愛くて可笑しくてみんなで起こす前に笑っちゃっててさ」
 恥ずかしい思い出を指摘されたのか、顔を赤くして俯いてしまうアリス。だがサラは気にも止めずに岩のベンチに腰掛けるとアリスを手招きし、アリスも黙ってサラの隣に座った。
 
 ザー、ザーと波が押しては引いてを繰り返す。外の世界に行ったことはわからないが、よく色んな世界を歩くルイズが「本物の海そのもの」と評した辺り、本当に海なのだろう。神でありながらヘタな人間よりもずっと人間らしいと言われている神綺。神らしからぬと時々言われることもあったが、アリスはそんな母――神綺が大好きで、今もそれは変わらない。おそらくそれはこれからも同じだろう。
 「でも、よかったよ」
 サラの言葉に何を? と聞こうとして、口が止まる。少し真剣な表情になっていたから。
 「昔みたいな笑顔が見れて。随分と成長してるものだから私達のこと忘れてないかとか心配してた」
 「そんな……。ううん、やっぱりここは落ち着くわ。お母さんもお姉ちゃんもいて、小さい頃と変わってなくて」
 いつか帰ってくる場所。それがあるのは幸せなことだ。
 「ありがと。……にしてもテニスっていうのも懐かしいね、小さい頃に少しやったぐらいだけど」
 「うん……」
 話によると外のテニス漫画に影響力を持つ上級妖怪や母を含めた神が夢中になり互いにそれを話題にするうちにじゃあ実際にしてみようかということから大会が開かれることになったのだが――。
 (それだけ?)
 そうとは思えない。なぜなら優勝しても何のメリットもない催しにあの霊夢が、しかも文句もいわずに参加することになったのだから。
それがなければ自分も参加はおそらくしなかっただろう。
 (テニス……。霊夢、まさか――)
 「おーい、アリス」
 そこで思考は中断された。ぼけーっとしているように見えたのだろう、サラが声をかけてきたからだ。 
 「どうした? 疲れちゃった?」
 「ううん……ぼーっとしてただけ」
 何でもないと笑顔を見せ、白い靄のように残っていた思考を離散させる。まだ確信は持てないのだから。
 「そう? でも向こうではインドア派だって聞いてたから無理はしないでよ」
 「ん……わかった」
 実際、アリスはそれなりに疲労を抱えていたが傍らのサラにはそれが全く感じられない。やはり門番として相応の体力がついているのだろう。そういえばこの姉がバテている姿は小さい頃の記憶にもないな……と思ってると、サラが岩から降りてアリスに背中を向けて軽く屈んだ。
 「そろそろ朝ご飯ね……ほら」
 自分で背中をポンと叩き、声をかけてくるサラ。アリスは最初何だかよくわからずにサラの背中を見てきょとんとしていたが、すぐに彼女が何を考えているのかがわかると気恥ずかしさから顔を真っ赤にして首を横に振った。
 「い、いいわよ、子供じゃないんだしっ……!」
 「まあまあ。アリスをへばらせたら私がみんなに怒られるし、ここはお姉ちゃんの顔を立てるために……ね?」
 ちらりと振り向くと、ニンマリと微笑み。こうなるとこちらが折れない限りは動いてくれそうにない。まるでサラの方が子供のようにも見えるが、それを言っても笑い飛ばされそうなのでここは素直に了承することにした。
 「仕方ないな……んしょ」 
 肩にしがみつくと、サラの方からアリスの腿へと手を伸ばし、そのまま一気に上げていく。「きゃっ!」と思わず声を上げるとサラが小さく笑った。
 「うんうん、アリスが素直でお姉ちゃんも助かるわ♪」
 「ぅ……も、もう、サラお姉ちゃんったら……」
 恥ずかしさのあまり背中に顔を埋めてしまう。サラは久しぶりにアリスが甘えてきたのがよほど嬉しかったようで、鼻唄を交えながらのんびりと歩いている。
 「しっかしアリスも大きくなったねー、背ももう私やユキ、マイと変わらないじゃないの。こりゃあ追い抜かれるのも時間の問題かー」
 「背は伸びたけど……まだまだみんなには敵わないと思うよ?」
 
 魔界神のもとで育ったが、アリスは純粋な魔界人ではなく元は人間だ。純粋な魔界人は「創られた」段階からすでに体は成長することはなく、現に姉達の姿はアリスの幼少時の頃と全く変わっていない。なお、アリスの生い立ちに関しては神綺は「その時期が来たら話す」と言い、夢子達もそれに従い口を閉ざしている。
 だが、アリスにとっては自分の生まれ等はどうでもよかった。人間よりも人間らしい魔界の神とその娘達との暮らしは何不自由なく幸せなもので、彼女達は本当の家族以上の家族と呼べる存在だったからだ。
 姉達から魔法や料理等も教えてもらいすくすくと成長していったアリス。いつ頃からか、姉達が彼女の目標になっていた。
 弱い顔を見せず、常に堂々と門を守るサラ。
 様々な世界を渡り歩き、多種多様の文化に精通するルイズ。
 魔法の師匠であるユキとマイ。
 そして、自分のことよりも家族のために常に行動する夢子。
 アリスは今でも彼女達が目標なのだ。

 「謙遜を……ま、そこも可愛いんだけどね」
 「……本当なのに」
 はいはい、と聞き流されることに僅かな反抗心が芽生えるが、おんぶされている状態で言ってもまさに子供の意地っぱりにしか見えないのでこれ以上は言えなかった。今後もきっと姉達や母には頭が上がらないのだろうな、と心の中で苦笑いしつつ、懐かしい気持ちでサラにしがみついていた。


 門の前では、ユキとマイが二人が戻ってくるのを今か今かと待っており、それをルイズがたしなめているという微笑ましい光景が。
 「全く、サラみたいな体力馬鹿と違ってアリスはデリケートなのに。もしアリスがぐったりしてたら
サラだけ朝飯抜きだな」
 唇を尖らせて辛辣な言葉を吐くマイ。
 「あー……アリスと散歩だなんて羨ましいぜ」
 それとは反対に羨望の言葉を口にし、地団駄を踏んでいるユキ。双子である二人の、正反対の性格が
見えてとれる発言を耳にし、ルイズは目を細める。二人の主張は確かにカードの表と裏のごとく正反対だが、その本質は同じであるからだ。
 (二人とも、アリスが可愛くて仕方がないのねー)
 アリスに魔術の手ほどきをしたこの二人は、ある意味では姉妹で最もアリスとの繋がりは深いといえる。普段は底抜けに明るいユキも、意地っ張りなマイも、アリスが魔界を去って10日ほどは元気がなかった。いわゆる「妹離れ」に一番時間がかかったのも彼女達だろう。
 「まあ……夢子に怒られるから、もうすぐにでも来るでしょう」
 ひとしきり可笑しそうに笑った後、ルイズはのんびりと神殿内へ戻っていく。それでも心配なのか、二人は相変わらず悶々とアリス達の帰りを待っていた。
 「そうだ、マイ」
 「あーん?」
 「大会ではダブルスになるけど、よろしく頼む」
 ふん、と鼻を鳴らすマイ。一見仲が悪そうにも見えるがこうみえて二人の息のよさは魔界の誰もが認めており、なおかつあの事件以来さらなる修行を積んだ二人だけあってそのコンビネーションの底はまだ誰も知らないほどだ。
 「アリスにもまだまだ私達は現役だってこと、見せるチャンスだし。な?」
 「……」
 無言で首を縦に動かす。言葉には出ずとも魔法の先生役だった者として、姉としての並々ならぬ
プライドを燃やしている。確かに、しばらく見ない間に予想を大きく超えるほど成長していた。自分達の教えてきた魔法を完全に習得したばかりではなく自分自身での戦法を見つけ、モノにしている。正直、一対一でアリスと戦ったら勝てる可能性は非常に低いだろう。物覚えは早かったが、まさかあっという間に自分達を追い抜いていくとは……嬉しい反面、自分自身が情けなくも思える。複雑な姉心である。変にプライドが高いゆえにアリスに対しては面倒見がよかったマイはそれをことさら強く感じていた。反対に、ユキはそれほどコンプレックスには感じず、単純にまだまだやれるぞという
意気込みでいっぱいだったのだが。
 
 「あれ……ユキにマイ?」
 ようやく神殿が見え始めて数歩歩いたところ、サラが気づく。どうやらまだ自分達には気づいていないようだ。
 「アリス。そろそろ降りた方がいいよ?」
 気づかぬうちに、と気を利かせてくれ、それにアリスも頷く。サラが腰を落とし、それに従いゆっくりと降り、地に足をつける。
 「きっとアリスを心配して来てくれたんだろうね」
 後は私に小言を言いに、と付け加え笑う。相変わらず疲れを一切感じさせない笑顔だ。アリスもどこか照れくささを感じて、黙ったまま並んで歩く。姉妹とはいえ、いや、姉妹だからこその照れかもしれない。嬉しいと思う反面、ちょっぴり恥ずかしい甘酸っぱさ。噛み締める間はなく、二人の姿に気がついたのか向こうの方から走ってきた。
 「サラ、アリスはお前みたいな体力馬鹿じゃないんだから遠くまで引っ張り回すなよ」
 開口一番、マイが棘を指すようにサラに注意を促す。
 「マイお姉ちゃん、私は大丈夫だから……ね?」
 そこへアリスが間に入り、心配いらないと笑顔を向けると、マイは頬を染めながらも「ならいい」と
あっさりと引いてみせる。昔から姉達が言い争い等になり、自分が間に入ると不思議と丸く収まるのを知っている。妹にみともない姿は見せられないという姉の面子が刺激されるのだろうか。
 「さ、早くご飯にしようぜ、冷めたら夢子姉さん怒るぞー? あ、手洗いとうがいをしてからな」
 とにかく、不毛な姉妹喧嘩は未然に防いだ。ユキの促しに頷きながら一同は神殿へと入っていった。



 命蓮寺の庭地で、一人素振りをしている少女がいた。聖輦船の船長、村紗だ。普通の素振りに見えるが、一つだけ従来とは違ったもの、それはラケットの握り方だ。グリップを逆手で握り振る姿はまるで獲物を狙う殺し屋のナイフを髣髴とさせ、妖しくきらめく。
 「精進してますね、水蜜」
 一定のリズムを保ち空を切っていたラケットの動きが止まる。村紗の視線の先には縁側で穏やかに微笑む白蓮の姿が映っていた。
 「朝ごはん、できましたよ。早くおいでなさい」
 「はいっ」
 「それにしても、すっかりその持ち方が様になりましたね」
 「そうですか?」
 敬愛する人物に賞賛され嬉しかったのだろう、それほど疲労は溜まっていないのに村紗の顔が赤くなっている。実は朝練の一番の楽しみがこれだ。こうして白蓮と二人きりの時間……といってもほんの十分あるかないかわからないが、貴重な時間を過ごすことができるからだ。
 「はい。水蜜、何だか海賊みたいで凛々しいですわ」
 聖輦船の船長というのは村紗にとってはただの肩書きではなく、誇り高い称号だ。故にみんなといる場合は「ムラサ」という呼称を大事にしているし、白蓮も彼女の意思を汲んで「ムラサ」と呼んでいる。しかし、こうして二人きりの時だけは二人が出会った当初のように、「水蜜」と呼ぶ。キャプテン・ムラサから一人の村紗水蜜という少女に戻ることができる。ささやかな二人だけの秘密。帽子を取ると、黒髪が風でしなやかに揺れる。
 「り、凛々しいだなんて……」
 「嘘は言いませんよ? ……さ、そろそろ行きましょうか。今朝はゴーヤ料理ですよ」
 先ほどの可憐な表情から一転し、村紗の表情が曇った。



 アリス達が食堂に入ると、すでに神綺、夢子、ルイズが自席に腰掛けていた。並べられた洋風の食事からは食欲をそそる匂いがたちこめ、今運んできたばかりといわんばかりだ。
 「お帰りなさい」
 にっこりと微笑む神綺。それを皮切りにルイズ、夢子も頷く。
 「ただいまー。待たせてごめん」
 ひょうひょうとサラが謝罪し、ルイズの隣に腰掛ける。続いてユキとマイも座り、最後に
アリスが夢子と神綺の間に座る。
 「みんな揃ったわね。それじゃ……いただきます」
 「いただきます」
 神綺の後に続くように、今度は姉妹全員の声が重なった。各々ナイフやフォークを手に取り、出来立ての食事に手を伸ばす。ユキとマイが談笑し、時折サラやアリスに話を振り、それにサラがあっけらかんと答えたりアリスが少し考えた後に返事をし、時々ルイズが話に入り、話題をいきなり変えてきて混乱する一堂。彼女らを見てくすっと笑う神綺にほんの僅かの、一瞬だけだが頬を緩ませる夢子。
 かつては当たり前のように広がっていた団欒の時間。昔は食事が終わるとサラに外へ遊びに行こうと手を引かれ、アリスは私達と勉強するんだとユキとマイが待ったをかけていた。
 「今日が抽選会だったわね……夢子ちゃん、行ってきてくれる?」
 一同が食事を終え、一息ついたのを見計らい神綺が夢子に声をかける。トーナメントの組み合わせを決める抽選会が今日の午後、紅魔館で行われるのだ。くじを引くのは各チームのキャプテンか監督ということで夢子に白羽の矢が立つ。
 「はい、構いませんよ」
 「お姉ちゃん、紅魔館の場所知ってるの?」
 「いえ……だけど、有名な場所みたいだからすぐにわかるでしょう」
 そう言って自身の食器を持ち、調理場へと向かう夢子慌ててついていくアリス。もちろん自分の食器を
持ちながら。
 「それなら、案内するわ」
 「……いいの?」
 トレイを持ったまま夢子の足が止まる。そこへルイズも助け舟を出した。
 「いいんじゃないの? 片付けは私達がやっとくから、行っといで」
 「……ありがとうございます、姉さん。それでは準備をしてまいりますね――」
 「あ、私も――それじゃみんな、行って来るね」
 二人の姿が食堂から完全に見えなくなると、マイが口を開いた。
 「やれやれ。鬼の夢子姉さんもアリスには勝てない、か」
 「妬かないのマイちゃん。夢子ちゃんも普段は気を張ってばかりだから――」
 神綺にたしなめられ、マイのため息が小さく消えた。

 「ふーん……」
 眼前にそびえ立つ吸血鬼の住む館、紅魔館を目にして、夢子が腕を組む。魔界の神殿には劣るが、
それを差し引いてもなかなかに立派な館だ、と品定めをしているようにみえる。
 「お姉ちゃん?」
 「ああ、ごめんなさいね。魔界暮らしが長かったからこういうのが珍しくて……中に入りましょうか」
 「う、うん。そうだね」
 今日が抽選会とあってか門は完全に開放されており、門番も会場の警備にでも回されたのか姿がない。逆をいえば侵入し放題なのだが、抽選会に参加する人妖の多くは相応の実力者でありそのメンバーの中で騒ぎを起こそうとする命知らずはまずいないだろう。エントランスでは妖精メイドの集団が来客を挟むように左右に分かれて訪れた人妖に規律の取れた会釈を交わして歓迎している。アリス達が来ても同様に応対をするメイド達であったが、夢子はそこで立ち止まった。
 「ご苦労様。みんないい連携が取れていますわね。きっといい指導者がいるのね」
 訪れる来客のほとんどはメイド達に対して声をかけることはなかったので、彼女達の驚きは当然。思わず顔を上げ、まじまじと夢子を見つめている。
 「お辞儀の角度も完璧だし……あ、でもそこのあなた、少しだけ自信がなさそうにしていたわね。
動きは悪くないんだし、もっと自信を持ってもいいのよ?」
 左の列の三人目、ショートの青髪のメイドに向けてにっこりと話しかけるその姿に嫌味やお世辞といったものはなく、純粋に評価し、その上でアドバイスをしている。第三者から見ればみんな同じような動きで同じような顔でお辞儀をしているように見えるし、人によってはいちいちメイド風情を気にすることはない。メイド達だけでなくアリスもこれには感心せざるを得なかった。 
 「は、はい。ありがとうございます!」
 アドバイスをもらった青髪のメイドは尊敬の眼差しを向け再度頭を下げる。夢子は「いいえ。それじゃあ頑張って」と声をかけ、ゆっくりと歩いていき、アリスも慌てて後に続く。
 しかし夢子の姿が見えなくなるまでメイド達はずっと彼女の背中に敬愛の目を向けていたのであった。

 抽選会場は二階のホールにあった。人の数はまばらで、すでに組み合わせが決まって帰ってしまった者か、まだ来ていない者がいるのだろう。白いテーブルにくじが入った赤い箱が置かれ、そこには大会で主審を務める四季映姫が一人座って不正がないか目を光らせていた。そんな中で今まさに映姫にくじを渡して結果を待つ者がいた。ピンクの短い髪に小柄な体型。映姫とは知り合いのようで何か話をしているようでもあった。
 やがて話が終わったらしく少女がくるりと踵を返し、映姫のもとへ向かうアリス達とすれ違った。
 「あっ……」
 少女が出て行った後、アリスは気づく。あの子は確か――。
 「さとり……地霊殿の主、古明地さとり――」
 地霊殿チームで確か監督を務めていると聞いた。心の読める彼女が監督を務めるということは
相手の心もわかってしまうというところで相当厄介だ。なおかつ地霊殿自体に実力者が多いのでまさに
鬼に金棒、いや、本当に鬼がいるので洒落にもならない。
 「ということはパルスィも……」
 「アリス、行くわよ」
 夢子に促されてはっとし、映姫のもとへ向かう。
 「ようこそ。それでは箱の中から一枚紙を取ってくださいね」
 一言普通にそう喋っただけなのに、アリスの背筋に冷たいものが走る。穏やかに笑っているように
見えるのに、こちらの心を覗き込まれているような嫌な感覚。
 『不正はなしですよ?』
 そんなことは言っていないはずなのに頭の中に響いてくる。もしここで何かしらしようとするものならばたちまち暴かれて出場資格は取り上げられ、そして裁きを受けることになるだろう。
 そんな閻魔のプレッシャーにも一切顔色を変えることなく夢子が右手を箱に突っ込む。すぐに抜き取ると一枚の白い紙が摘まれており、ゆっくりと映姫に手渡す。
 「――よろしい。結果は後日お知らせします。では行ってよし」
 「はい」
 夢子共々映姫に頭を下げて一礼し、アリスは内心夢子にしがみつきたくなるほどの恐怖を抱えながら
ホールを後にした。階段を下りる際、恐々と夢子に話しかける。
 「はあ……お姉ちゃん、よく閻魔を前にして平気だったわね。心臓に悪かったわ」
 「私が一番恐れるのは閻魔に裁かれることではないわ」
 息を吐くアリスの肩に手を置き、毅然と答える夢子。長い間魔界の神のもとに身を置いている彼女にはそういったものも恐怖の対象にはなりえないのか。
 門を出て外に出ようとすると再びメイド一同と顔を合わせる。みんな夢子を見て一瞬頬を染めたがすぐに表情を繕うと先ほどよりも一層統率の取れたお辞儀をして二人を見送った。夢子はあえて彼女何も答えずに通り過ぎていく。これはメイド同士でしかわからない何かがあるのだろうか、とアリスは内心考えたが深く考えてもわかるはずはなく、夢子とともに帰路に着いた。
 「あの館……あの子達のリーダーは相当優れたメイドなんでしょうね。一度会ってみたいかも」
 最後にもう一度紅魔館に振り向くと、夢子が呟いたがそれはほのかに赤くなった夕焼け空に吸い込まれるように消えていった。
 しかし、その言葉は確かに届いていた。それは翌日の夜、組み合わせが決まったことの通知が各々のもとに届けられたこと――。

 リビングルーム内にて先ほど届いたトーナメントの組み合わせを広げて、アリス達が目を凝らす。霊夢、魔理沙のチームは別ブロックで決勝まで行かないと当たることはない。いきなり当たることはなくて少し安心したところでサラが声を出す。
 「おっ、私達の相手ってのはこの銀髪連合ってのかい」
 続いてユキが口を合わせる。
 「ははっ、確かに写真見るとみんな銀髪だな」
 トーナメント表と別に送られた選手名鑑を交互に見ているサラの横からちらっと覗く。
 
 藤原妹紅(キャプテン)
 十六夜咲夜
 魂魄妖夢
 鈴仙・優曇華院・イナバ

 監督 森近霖之助

 メンバーの紹介と顔を見て初戦から強そうなところと当たったなと表情を曇らせたのに気づいたマイが
アリスを肘で突く。
 「どうしたどうしたアリス。まさかびびってんの?」
 そりゃ……と言い、姉達に対戦相手のことを念入りに説明する。この中で幻想郷の人妖の存在を知っているのは自分だけなのだ。誰がどんな能力を持っているか等を話し、油断できない相手だということを教える。事実、幻想郷の中でも実力はかなりある面子なのだ。ただし監督は除く。だが、説明を終えて長女のルイズが言い出したのはとんでもないことだった。
 
 「よし、それならこの試合は私達だけでやりましょうか。アリスは大船に乗ったつもりで
私達の試合を観てなさい」
 目を細めてにっこりと。しかしぴしゃりと言い切るように。ぽん、ぽんと両手を合わせる。アリスが答えあぐねていると呼応するようにユキ達が身を乗り出す。
 「そうそう、手始めに私ら魔界の力を見せ付けてびびらせてやるんだ」
 「張り切るのはいいがユキ、足は引っ張るなよ」
 「門番仕事ばかりで最近たるんでたからねー、体」
 言葉を挟む暇がなく、半ば強引な形で進んでいく展開におろおろするアリスに神綺が近づく。
一同は盛り上がっているようで気づいていないのを見計らい、そっと耳元で囁く。
 「うふふ……みんな、あなたにいいところを見せたいのよ。ここはお姉ちゃん達の顔を立てる
つもりでまかせておいてあげたらどうかしら?」
 母にこう言われてしまったら反論の余地はない。アリスは盛り上がる姉達の姿を見ながら
どうなることやらと心の中で頭を抱えるのであった。その中で一人、夢子だけが静かに相手チームの
ある選手の写真を見ていた。

 「十六夜咲夜、紅魔館のメイド長か……」
 
最初のサラとアリスのシーンを書いていくうちにもっと魔界とアリスの話を書いてみたくなる→早速構想して土台を完成させて書き出す

今更テイルズオブファンタジアをプレイ→「東方キャラ総出演でテイルズもの書いてみようか」とネタを集めてキャストなどを選考

結果→完成が一ヶ月ほど遅れる。

はい、覚えている人がいたらすみませんでした。魔界メインの作品と東方テイルズなる企画を
同時進行でやってしまってて遅れました。山は越えたので次回はもうちょっとだけ早くできると思います。目標は月に2回更新。進行してるのも完成したら発表する予定。
初戦の相手はリクエストで送られたチームに決め、次回は1回戦の試合を全て書くのでボリュームは多めになりますよ。では近いうちに。
テツ
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コメント



0.470簡易評価
6.100名前が無い程度の能力削除
やはり夢子さん、自分と似ている存在が気になるようで。
続きを期待しています。
18.70名前が無い程度の能力削除
まずは二作目完成おめでとうございます。前回から読んでいるものです。そして感想と言うか思ったことを。魔界のアリス視点のお話は実に微笑ましく、人数の多い姉妹の末っ子はこんな感じなのだろうなと思えました。しかし途中に入っている命蓮寺メンバーの話が、突然すぎるのと、合間に挟む意味が分かりませんでした。なにか意図があればすみません。後、銀髪連合ですが、優曇華って髪色が薄紫、若しくはピンクじゃないでしょうか?勿論私見で人によって見方は違いますが疑問に思いました。長々と書いてしまいましたが、次回も頑張って下さい!。