※途中で文字が白い部分があります。北山猛邦「踊るジョーカー」のネタバレであるため隠しました。
その部分を読み飛ばしてもなんら支障はないのでご安心下さい。ネタバレしても構わないという方のみドラッグしてください。
太字は事件の核心に触れているので、あとがき又はコメントから読む場合は一気にスクロールする事をおすすめします。
1 姫海棠はたて、ブログに記事を載せる
ひきこもりって何よ。
「ひきこもり」を広辞苑で引いても何も出てこないけど、「ひきこもる」を引いてみると「外に出ないで閉じこもる」と書かれている。
この文の中にある「外」をひきこもりにとっての意味として引き伸ばしてみると、それは文字通り家の外だったり、対人関係を形成する場だったりする。で、「出ないで閉じこもっている」から、要するに心がそういう場を恐れていてあまり外出をしない、あるいは体が拒絶反応を起こす、そういう人妖をひきこもりと呼ぶ。
で、どうすればひきこもりを脱出できるのかというと、ケースバイケースとしか言いようがない。
「ひきこもりの数だけ、ひきこもりがある」って言っていたのは、柴田よしきの「朝顔はまだ咲かない」だったかな。的を得てるよね。これ妖怪とかにもあてはまるもん。幻想郷ひきこもり連合の人数はそんなにいないけど、みんな置かれてる環境とか原因が全然違うし。
それに、そもそも脱出する気があるのかという問題もある。
例えば私の場合、親の虐待が原因で対人関係を形成できるような朗らかな性格にならなくて、友人と呼べるような存在は二人くらいしかいないし、その上天狗のお偉いさん方が「虐待をする親の元など早く離れなくてはならん!」と無理矢理私と両親と別居させ、挙句の果てには生活費として毎月いくらか両親から送金されてくる――もちろん法的に――ので、なんだかもうひきこもりへの螺旋階段を北山猛邦「踊るジョーカー」よろしくゴロゴロと転がっていき、勢いが止まったところで見上げてみるとなんだか遠くまで来てしまったなあと感慨に耽って胡坐をかけるほどどうしようもない。
ちなみに私が胡坐を解く気は今のところ、ない。
きっかけがあれば変わるかもしれないけど、私は変わらない方に賭ける。
それにひきこもりライフも、慣れればそんなに苦労はしないんだよね。幻想郷ひきこもり連合の連中を見てると、そこまで不自由を感じてる人はあまりいないし。
要するに何が言いたいのかというと、私がひきこもりを脱する必要をパーセンテージで表すと、0%に漸近するって事。
2 姫海棠はたて、コメントを読む
なんて話を丁寧と慇懃というオブラートでやさしく包んで文章化しブログにて公開した結果、翌朝にそれなりのコメントを貰う事に成功した。
一件目。でかだんす☆ふらんさん。
だよねーヽ(・∀・)ノ ♪
495年くらいひきこもってるけど、いちいち外に出て対人関係築く必要なんて感じたことないもん☆゚.+゚o(>Д<。*)ノ゚+.★
人間も妖怪も吸血鬼もみんなひきこもればいいのにね゚。*゚+(嬉*'艸`*)+゚*。゚
みんな何をそんなに急いじゃってるんだろ(*-ω-)?
コミュニケーションなんてネット上でもできるのにね(ノ∀`;)
これからも幻想郷ひきこもり連合の一員として頑張りましょー(*≧∇≦*)!!!
二件目。s,ayaさん。
何御託並べてるんですかそれで正当化したつもりですか言い訳はいりませんからさっさとドア開けてコミュ力築きなさい妖怪の山で幻想郷ひきこもり連合に参加してるのはあなただけなんですよそれがどれだけ天狗全体の外聞を傷つけてると思ってるんですかいいですか私ともみーがあなたの部屋を訪れなくなったらあなた確実に重症になって取り返しのつかない事になりますよ分かってるんですか私だってこんな事言いたくないんですよでもあなたと関わってるだけで上司がプレッシャーかけてくるんですよこれ結構きついんですよストレス溜まるんですよそれを分かってくださいよいいですか分かりましたね明日はなんとしてでも連れ出しますから覚悟決めておきなさい
三件目。燦然かつ炯炯と輝く夜さん。
気が向いた時に外に出られればそれでいいんじゃないかな、と私は思う。
はーたんは私と一緒かそれ以上ひきこもってるから言うまでもないね。
現に私もそうしてなんとかなってるし。
四件目。もみーの木さん。
実に面白い。
何が興味深いかというと、君は「ひきこもりから脱出する必要はない」と主張しつつ、ひきこもりに関して色々と調べを進めているんだ。
柴田よしき「朝顔はまだ咲かない」も、北山猛邦「踊るジョーカー」も「ひきこもり探偵」というジャンル。この調子なら恐らく坂木司のひきこもり探偵シリーズも読んでいるだろうね。いや驚いた。その類の本を読んでいるとは思わなかった。
そして、それら本のカタルシスは大体が「ひきこもりからの脱出」。
さて、君は一体どちらに属しているんだろう?
明日、君の部屋を訪ねて、その時にじっくりと話を聞かせてもらうとしよう。
五件目。紫の非没義道魔女さん。
なんとまあ禍根になりそうな記事を……いや、既に手遅れか。
社会に属していないに等しい私達は、別にひきこもりのままでもいいんじゃないかと思うんだけど、はーたんは妖怪の山という社会に所属していて、それに泰然と対応するってのはとても難しい事だから、この記事は残念ながら卓見とはいえないのよね。今回の記事に対しては幻想郷ひきこもり連合として力になれそうもないわ。ごめんなさい。
でも、誰かとコミュニケーションをするというのもなかなか乙なものよ。
無理に迎合しろとは言わないけど、トライするだけしてみたら?
3 姫海棠はたて、朝食を摂ろうとする
総括すると「ひきこもりでいい:中立:ひきこもりを脱すべし=1:2:2」で若干「脱ひきこもり」に分がある。ように見える。
けどちょっと待って欲しい。幻想郷ひきこもり連合の一人が「脱ひきこもりすべし」と言っているのは一体全体どういう事よ。いや一般論を言えば確かにそうなるけど……けど……。
あーもう。こんなことに腐心していてもしゃーない。しまいには私の存在そのものが天狗社会へのアンチテーゼになりかねる。もう手遅れとは言わせない。何はともあれ、このまま現状維持するのが最善の選択だ。
っていうか今日文と椛来るんじゃん。っていうかいつ来るかくらい書きなさいよ。まだ朝ごはん食べてないし。
食事をしながらあの二人のどちらかと相見えるのはちょっと失礼だなあ。というか嫌だ。文は新聞のゲラ片手にくどくど説教してくるだろうし、椛は聞いたところで何の得になるのか分からない古今東西の薀蓄を延々と語りかねない。そんな中でご飯を食べるのは金輪際御免だ。
というわけで勢いよく冷蔵庫の扉を開けたら、食パンがなかった。パンがなければご飯を食べればいいじゃない。というわけで今度は炊飯ジャーを開けてみたら、こちらも空っぽだった。
……そうだ。寒くて外に出るのが億劫になって「まあ明日買いに行けばいいや」という惰性を際限なく繰り返しているうちにこんな事になっちゃったんだった。
パンがなければご飯を食べればいい。ご飯がなければパンを食べればいい。じゃあ、両方なければ?
買いにいけばいいよね。
朝六時半、一月中旬。
……うん。こんな真冬の凄然とした中で新聞配るとか哨戒するとかパンやご飯を買いに行くとかマジありえない。
マジありえない事をひきこもりが進んでやる可能性は0%に漸近する。
それに、家にいる天狗が何か物を買いに行くより、外にいる天狗が物を買いに行った方がエネルギー効率がいいに決まってる。
というわけで、やや不本意だけどスペードのエースを使う他ないみたいだ。
私は携帯電話のボタンを押した。
2コールで出た。電話をかけておいてなんだけど、何もこんなところで最速を目指さなくてもいいと思う。
『はいこちら文々。新聞!』
どうしたんだろう。今日の烏は冬なのにやけに活きがいい。
そういえば烏という鳥は一年中見る気がする。関係があるんだろうか。
「もしもし」
『ああ、間違い電話ですね。さようなら』
「待てコラ」
忌々しげな舌打ちが聞こえた。まあ、いつものやりとりだ。
『なんですか。今あなたに構ってる暇じゃないんです』
「何かあったの?」
『新聞見てないんですか? もう少し社会に目を向けるのに積極的になってもいいと思うんですがね』
そこまで言われる筋合いは……ある。
「読んでなくて悪かったわね」
『とっとと読んでください。それと、昨日と今日の写真を片っ端から念写してください。誰のものでも構いません』
……?
変な要求だ。
こんなに逼迫しているなんて、一体何事だろ?
「いいよ。その代わり、パンかご飯買ってきて」
『……は?』
いやいや、そんな素っ頓狂にならなくても。
「だから。パンかご飯買ってきて」
沈黙。一秒、二秒、三びょ
『……分かりました』
あれ。簡単に折れた。と同時に電話も切れた。
なんなんだ。
とりあえず文が来るまで念写をしよう。
銀色の携帯に検索ワード入力する。「射命丸文」「1/13」と入力して、決定ボタンを押す。思念で作られていた画像がデータに置き換えられ、携帯に一覧が表示された。どれを用意すればいいのやら。ご苦労な事に、昨日も朝から方々に飛び回って取材していたみたいだ。寺子屋の新春初登校。上白沢慧音さんが、子供達を暖かい笑顔で迎えている。これかな。いやこれだとしたらはタイムラグがありすぎる。もっと後ろのかな。
それなりにせわしなく十字キーを動かしているんだけど、なかなか先に進まない。他にもアルカイック・スマイルで冬の花――白い花だ。そんなに大きくはない――と共に写っている風見幽香さんの写真や、ミスティア・ローレライさんが屋台でチルノさんやルーミアさん達に透明な魚の刺身を振舞って乾杯している写真――ここまで刺身を薄く切るとは、フグだろうか――、やけに大きいキノコが多い鍋を魔理沙さんとアリスさんがつつきあっている写真――随分大きいキノコだ。見ていて圧倒される――……何の変哲もない写真ばっか。というかどうして食事の写真が多いのよ。お腹空くじゃん。嫌がらせか。
そろそろ投げ出したくなってきたところで、物騒な写真に辿り着いた。竹林の中を天狗達がマスクや手袋をつけて何かしている。なにこれ。警察支部が現場検証してるみたい。
それ以降の写真も、変な写真ばかりだった。焼けた和服。弓と矢。ほんとにもう、なんなのよ。
……そういえば、文が『新聞読め』って言ってたっけ。そっちに何か書いてあるはず。
5 文々。新聞一面
昨日未明、蓬莱山輝夜さん(年齢不詳)が突然炎に包まれた。夜の散歩から永遠亭への帰路についていたところ、竹林の影から点火された矢が放たれ、不幸にも輝夜さんに命中。火は瞬く間に広がろうとしたが、輝夜さんは冷静に服を脱ぎ捨て、火鼠の皮衣で叩いて鎮火したため、事なきを得た。
幸いにも目立った外傷が無かった輝夜さんは、そのまま矢が放たれた方向へ接近したが、その場には何者かの気配はなかった。代わりに弓と矢、そして点火用の油とマッチがその場に置かれており、輝夜さんは論理的に考えた。これが好敵手である藤原妹紅さんの襲撃だったら、マッチがあるのはおかしい(藤原妹紅さんは、炎を自由自在に操る事ができる)。自分以外の何者かが私を狙っていた、と。
不気味な悪寒が走るのを感じた輝夜さんは、その場に落ちていたものを全て回収し、永遠亭へと急いだ。その後すぐに服を纏い妖怪の山警察支部へ電話した。
警察支部は直ちに捜査本部を設置し、現場検証、凶器の出所の捜索にあたった。現場検証では大した成果は得られなかったようだが、凶器の出所は判明した。永遠亭の武器庫から弓矢がなくなっていた事から、なんと犯人は大胆不敵にも永遠亭から八意永琳さんの弓矢を盗んで凶行に及んだらしい。
幻想郷全体としても一新聞としても、暗愚な犯人を跋扈させておくわけにはいかない。妖怪の山警察支部及び文々。新聞では、随時情報を募集中である。
6 姫海棠はたて、朝食を摂る
表裏しかない文々。新聞──一晩で新聞を作るためには、どうしても厚さが犠牲になる──を古新聞入れに放り込んだ。裏面には輝夜さんのインタビューがいかにも裏面の穴埋めをしていますという様相を呈していた。幻想郷ひきこもり連合であるのに散歩したとたんにこれはひどいんじゃないかだの、私は不愉快だ不愉快な時にはストレスを発散したいストレスを発散するには妹紅との決闘が一番だよって首を洗って待っていろ妹紅だのととりとめのない事が書かていたけど、語るに及ばないためカット。
それにしても、こんないいかげんな新聞が幻想郷で唯一幻想郷全土に配られているのかと考えると幻滅する。もうちょい組織的に新聞を作ればいいのに。そういえば新聞大会ではみんな数人一組で参加してるけど、あれは多人数部門と個人部門に分けるべきだと思う。私はそもそも新聞作ってないから関係ないけど。
なんてことを考えてたらチャイムが鳴らされた。ただ一度だけピーンポーンと鳴るのではなくピーンポーンピーンポーンピーンポーンピーンポーンと、いっそのこと連打してくれた方がありがたい鳴らし方をしてくる。こんな陰湿な鳴らし方をする天狗は一人しかいない。
やかましいのでドアを開けると、当たり前だけど見慣れた顔があった。今日は髪が長いものの、耳がとがっていない。寒いからしまっているのだろう。その割には半袖シャツにミニスカートにハイソックスだけで行動しているのは常軌を逸しているとしか言いようがなく、そういう天狗に近付くのは幻想郷ひきこもり連合としては真っ向から御免被りたいのだけれど、私の数少ないリア友だから拒むに拒めない。
まあ、嫌いかと聞かれると、そうでもないと答えるけどさ。
「おはよう、文」
「おはようございます、はたて」
「買ってきてくれてありがと」
「私もね、誰かに話したかったのです」
「……?」
「とにかく、上がりますよ」
割と慣れたやりとりだけど、今日の文は全体的に少し変だ。どこがどうなっている、というのはちょっと説明し辛いけど……。
文はピーナッツクリームコッペパンと六枚切の食パン一斤をテーブルの上に置くと、目を閉じて指先でコツコツとテーブルを叩き始めた。音を立てる間隔が短いから相当イライラしているんだろう。
「……どうしたの?」
「朝食がまだなんでしょう。食べ終えたら話します」
……気味悪い。
触らぬ神に祟りなし。かつ早めに済ませた方がいいだろうから、焼かなくてもいいコッペパンを食べる。
食べている間、文は突然目を見開いて文花帖を開いたり、溜息を吐いて閉じたりしていた。
最後の一片を飲み込むと同時に、文の口が開かれる。
「捜査が打ち切られました」
「は」
いや。
いやいや。
いやいやいや。
何言ってんのこの烏天狗。
「まさか。警察支部に捕まえられない相手なんて……」
妖怪の山警察支部とは、幻想郷で万が一犯罪が起きたときに備えて結成された有志の集団で、その「万が一」が起きた時には蜂の巣一つ分の蜂ほどの人数はあろうかという数の天狗が聞き込みで情報を収集、さらに河童は指紋やルミノール反応、どのような魔法が使われたか、スキマは使われていないか、などなど数々の科学捜査を展開し、犯人を追い詰めていく。文もその一員だ。捜査しながら新聞を作るという謎の平行作業能力をフルに活用している。というか本当は取材だけしていて捜査には協力していないんじゃないかと疑っているんだけど、真実は闇の中だ。
とにかく、その妖怪の山警察支部が、犯人を逃がすなんてありえない。
「そうじゃないんです」
「じゃあ何よ」
「八意永琳さんが、捜索を止めてくれと」
「……はぁ?」
ええっと、八意永琳さんは確か輝夜さんの従者だけど、実際には輝夜さんは永琳さんに頭が上がらないんだっけ。
……わけがわからない。
「で、上がそれを承認しちゃったの?」
「そうです。正確に言うと、永琳さんが上に直接かけあって捜査を停止させたそうです」
「いつ?」
「そうですね、あなたに電話をかける直前ですから、六時くらいですか。これから人里周辺に証言を取りにいくところだったんですが、出鼻を挫かれました」
昨日の夜ではなく、今日の朝。不自然だ。
「……なんで?」
「電話で当たってみましたが、ノーコメントを貫いています。上はとにかく捜査はするなの一点張りで、警察支部は逆らう事が叶わない」
コーヒー貰いますよ、と言って文は立ち上がった。目からは少し疲労の色が窺える。徹夜したんだろうなあ。
「ねえ、輝夜さんが襲われたのって何時頃?」
「十一時半頃だそうですよ」
「そう。弓矢とかからは何か見つかったの?」
「指紋は永琳さんと輝夜さんの分しか検出されませんでした。手袋をつけて触った痕跡がありましたが、私は手袋の種類までは把握していません。周囲からは足跡すら検出されませんでした」
「ふーん……」
中々用意周到だ。これじゃあ警察支部といえどもかなり犯人の検挙にはかなり時間が必要になるだろう。
文が台所からコーヒーを二杯持って来た。ありがたく頂戴する。
やっぱり寒いときはこういうのに限る。
「輝夜さんってさ、ライバルがいたじゃん」
「妹紅さんは犯人じゃありませんよ」
「マッチの事?」
「それもありますが、アリバイがあります。妹紅さんはその時間、永遠亭にいました」
「え」
「急患を永遠亭に搬送していたそうです。そこで兎たちと歓談しているうちに輝夜さんが帰ってきました」
敵地のど真ん中で歓談する好敵手というのも考え物だけど、それはそれ。これはこれ。
……じゃあ、残るは。
「永遠亭の誰かがやったってことは……」
「ありえませんね。兎たちはほとんどが就寝していましたが、一部の起きている兎は誰かが外に出たのを目撃、及び物音を聴いていません。幹部クラスの三人――うどんげさん、てゐさん、永琳さんの三人は急患の容態について会議していたそうです」
「じゃあ外部犯?」
「恐らく。何者かが鍵を盗んでから弓矢を持ち出し、輝夜さんを狙い撃ちしたというのが警察支部の見解です」
「鍵、あったんだ」
「あったそうですが、永遠亭に忍び込めば誰でも持ち出せる状態でした」
「犯人は永遠亭に詳しいのかな」
「少なくとも、一度はお世話になった者でしょうね。あの一団は最近来たばかりですし、患者として運び込まれたか、密かに忍び込んだか」
「あ、異変で永遠亭に押し入った連中いたじゃん。そいつらじゃない?」
「霊夢さんの生活リズムはそれはそれは規則正しくてですね、日の入りの二時間後に寝て、日の出と共に起きるんですよ。それに異変以外で動こうとしないあの巫女が、進んで事件を起こすなんて考えられません。紫さんは冬眠中です」
「じゃああれは? 月都万象展は?」
「あなたはひきこもっているから分からないでしょうが、あのイベント会場から鍵のある部屋に辿り着くなんてありえませんよ。永遠亭もそこまで無用心じゃありません」
ひきこもりで悪うござんした。
それに、と文は啖呵を切る。
「それらの問題が解決したとこで、永琳さんが捜査を打ち切らせてしまえばおしまいです。まあ、捜査が打ち切られたのは警察支部だけなので、私は単独で動く気ですが」
「じゃあさ、輝夜さんとか、あるいは幹部の妖怪達に聞いてみれば?」
「どうでしょうね、永琳さんが会談を許してくれるか……」
……あれ?
「文、言ってなかったっけ」
「何ですか?」
「私、輝夜さんのネッ友だよ」
「ああ! そうでしたね!」
文の目が爛々と耀き始めた。この迸る記者魂が、私には少しうらやましい。
「まあ、起きてればの話だけど」
二人でパソコン前に移動し、チャットのアイコンをダブルクリックする。
参加者、三名。
7 幻想郷ひきこもり連合チャットルーム
はーたんさんが入室しました。
はーたん:おはよ~
でかだんす☆ふらん:゚+.(ノ*・ω・)ノ❤ฺ*.オハヨオォォ☆゚・:*❤ฺ
絢爛と輝く夜:おはー
はーたん:あ、いたいた輝
絢爛と輝く夜:おや、何か妖怪
はーたん:新聞読んだよ
はーたん:大変だったんだって?
絢爛と輝く夜:たいしたこといないさー
でかだんす☆ふらん:??? 何かあったの? (o'-'o) ?
はーたん:昨日ね、輝が襲われたのよ
でかだんす☆ふらん:エエー!?∑(((((゚д゚;ノ)ノ
絢爛と輝く夜:だいじょぶよ。もうこんな事起こらないから
はーたん:え?
はーたん:なんかしたの?
絢爛と輝く夜:どーだろうね
はーたん:気になる!
絢爛と輝く夜:ひ
絢爛と輝く夜:み
絢爛と輝く夜:つ
はーたん:けちんぼー
でかだんす☆ふらん:話にツイテイケナイ……┃電柱┃_・)ジー
絢爛と輝く夜:新聞読めー
絢爛と輝く夜:まあいいじゃん>はーたん
絢爛と輝く夜:それじゃ、あたしそろそろ朝ごはんだから抜けるね
はーたん:最後に一つだけ
はーたん:ブン屋がそっち行こうとしてる。注意
絢爛と輝く夜:ういうい。取材拒否する
絢爛と輝く夜:ばいばい~
でかだんす☆ふらん:(*`・Д・)ノ))イッテラッチャィナ・゜+:・☆ミ
はーたん:ばーい
絢爛と輝く夜さんが退出しました。
はーたん:ふらーん
でかだんす☆ふらん:ん? (*´▽`)o┏━┓~~且o(´ー`*)♪
はーたん:AQどした?
でかだんす☆ふらん:≡φ( ̄。 ̄;)ノ ̄≡ 仕事中!
はーたん:そっか
でかだんす☆ふらん:眠い……(。´-ω-)_ウトウト
はーたん:ふらん吸血鬼っしょ? そろそろ寝たら?
でかだんす☆ふらん:ソースル……寝室|p´д`*)p<オヤシュミ♪
はーたん:おやすみ~
でかだんす☆ふらんさんが退出しました。
はーたん:AQ、仕事がんば
はーたん:私も抜けるね それじゃ
はーたんさんが退出しました。
8 姫海棠はたて宅が騒がしい
途中のブン屋のくだりで文が「何私の今後の行動予測してんですかというか何『インタビューに答えるのはやめておけ』っていうニュアンスにしてるんですか私は疫病神ですかあなたの方がよほど疫病神ですよというかもっと掘り下げなさいよ事件の真相に迫りなさいよちょっと聞いてるんですかはたてはたてはたはたはたHAAAAAAAAA!」とか言ってきたが輝夜さんが退出したあたりで黙り込んだ。
それにしても、ますます謎が深まってしまった。
まあ、苦労するのは文であって、私とはほとんど関係ない。
「あーもう、やってられませんね」
文が毒づく。
事件が起きた時間と場所を考えると、人里の住民や野良妖怪からの証言を取るのは難しいだろう。
そして永遠亭側も取材拒否。これじゃあ八方塞だ。
「少し休んだら? 徹夜でしょ?」
「こんなにモヤモヤしているのに休めるませんよ」
文はまた文花帖とにらめっこを始めた。
体に障るのに。
「変な意地張らなくても」
「ひきこもりのあなたにはアウトドア新聞記者のもどかしさは分からないでしょうね」
「うん、わかんない」
文の眉間に皺が寄った。口調が厳しくなる。
「いい加減外に出なさい」
「一応出てるよ。食材とか漫画とか買いにいってるもん」
今度は盛大な舌打ちが聞こえた。
「そう言ってる割にはさっき私にパンを買わせたじゃないですか!」
「こんな寒い中買い物に行くとかマジありえないでしょ! もう少しあったかくなってから行こうと思ってたの!」
「じゃあ朝食を我慢すればよかったでしょう!」
「やあ、朝から随分と派手に喧嘩してるじゃないか。五月蝿い事この上ない」
玄関方面から仲裁する気がまるでなくそれでいて無駄に滔々とした声が聴こえた。
もはや誰だと聞くまでもない。この声この口調、そして私のリア友は文を除けば犬走椛一人しかいない。
「何物音一つ立てずに入ってきてるのよ」
「君達が気付かなかっただけだろう。私はごく普通に鍵を隠し場所から拝借しただけだ」
それ以前にチャイムを鳴らせと言いたい。
犬走椛。下っ端哨戒天狗。常に形容したくない微笑みが顔に張り付いており、剣道を初め読書漫画音楽映画ゲームドラマ絵画手芸弓道英語数学手品将棋チェスビリヤードピタゴラスイッチと様々な方面に手を染めていてその多芸多趣味ぶりではおよそ知らない事はないと思われる。
新聞大会に顔を出す事はないけど、前後の号で何のつながりもない雑誌「八面美人」を出版している。ちなみにその姿は家庭用プリンターでコピーした紙をホチキスで留めただけという非常に安っぽい外見で購入意欲を激減させているんだけど、何故かそれなりに購読する人がいる。具体的に言うと一桁くらい。
「ちゃんと戻しておいてよ」
「分かってるさ」
鍵をくるくると回してポケットにしまう。その様子を見て文が尋ねる。
「椛、あなた哨戒はどうしました」
「今日は非番だよ」
文がまた舌打ちした。今日で何度目だろう。
「今日はいい事がまるで起こりませんね。捜査が打ち切られた上にもみーが襲来するとは」
「文がここに来るのがいけないんだ。文のような悠々自適としているグウタラ中間管理職はいつでも休みを取れるからいいだろうけどね、真面目で品行方正な我々官憲はそうそう休みを取れないんだよ」
「官憲を自称するなら警察支部にでも入ることですね。それと減らず口を叩く暇があったら玄関から外へ出て鍵を元の場所へ戻し、そのまま永遠に帰ってこないで下さい」
「断固拒否する。というか文は昨日の事件の取材のためにどこかに行っているべきだろう? ここで油を売っていないで、廃棄物と化す新聞のためにせっせと情報収集した方がいいと思うね」
「あやややや、新聞というものは元来そういうものでしょう。というかあなたが唯一初号から通読者している癖によくそんな事が言えますね」
「別に君の事が好きなわけじゃないさ。知識を仕入れるのが好きなだけだ」
「……そうですか」
文がやや伏目がちになって黙る。
そして椛は文には目もくれず、勝手にコーヒーを作っている。
……やれやれ。
「はいはいストーップ。文は徹夜でしょ。用がないなら帰って寝たら? 果報は寝て待てって言うし」
「……そうしましょう。ではせいぜい数少ない休日を無駄に過ごす事を祈っていますよ、もみー」
「とっとと帰って眠りに就くんだね。そして目覚めるな」
文は窓を力なく開け、そのまま風もなく飛び去った。心なしかか、椛に対して吐いた台詞も元気が無かった気がする。
「全く、窓を閉めろと言いたいね」
この狼は多少の気遣いというものを少しくらい身に着けてもいいんじゃないかと思う。
お互いにコーヒーを啜りながら、捜査が打ち切られた事と事件の伸展はなさそうな事をそれとなく話すと、椛はまだ知らなかったらしくて目を丸くしていた。にとりさんに頼んだ新型の携帯については「家に置いてきた」と言われた。なんてこった。
「極めて不可解な事件になってきたね。是非とも探偵を呼ぶべきだ」
「うん。ちなみに誰を?」
「御手洗潔、と言いたいところだけど、これつながりでドルリー・レーンかな」
そう言って椛は頭陀袋から「八面美人」を差し出した。
「今読んだほうがいい?」
「どちらでも構わない」
「じゃあ読む」
表紙に目を向ける。兎の写真の上に、『「X&Yの悲劇」特集』と書かれている。
9 八面美人「X&Yの悲劇」特集
今回特集するにあたって、「なぜXの悲劇とYの悲劇の特集だけで、ドルリー・レーン四部作の特集にしないのか」という疑問に答えなければならない。
非常に単純な理由だ。書店にも古本屋にも「Zの悲劇」と「ドルリー・レーン最後の事件」が売っていなかった。売っていないものは仕方がない。そんなわけでこんな事態になってしまった次第である。まあ読者諸君には、私がそういう天狗であり、これはそういう雑誌だという事が分かっているであろうから今更どうこういう事はないだろうと思う。
まずはXの悲劇のあらすじから紹介しよう。
20世紀のニューヨーク。ロングストリートという株式仲介人が、電車内で毒殺された。凶器はコルク球に刺さった無数の針に塗られたニコチン。警察は犯人を検挙する事ができず、以前世話になったシェイクスピア劇の名優ドルリー・レーンに事件の捜索を依頼する。そこに一通の手紙が届き、事件は伸展するかと思われたが、その手紙の送り主が殺害され、事件はさらに複雑化していく。
「Yの悲劇」の知名度に押されがちなこの作品であるが、ミステリとしての出来は「Yの悲劇」に負けず劣らずの名作である。事件自体の筋道がしっかりしている(しっかりしすぎているのが、知名度の点で負けている原因だろう)ので、初心者にはうってつけの作品だと思う。唯一問題があるとすれば、登場人物が多すぎるという点があるが。
Yの悲劇に移ろう。
「きちがいハッター家」と呼ばれる有名な一家があり、その家の主人であるヨーク・ハッターが失踪、その後自殺した。それ以降、ハッター家では恐ろしい惨劇が繰り返される……ドルリー・レーンは赴き、再び推理する。
この作品の魅力はなんといっても「誰も考えなかった真相」に辿り着くことであろう。しかもそこに辿り着くまでに遭遇する事件の数々が何を示しているのかが分からず――例えば、毒殺未遂の真の目的や、突然起こる火事など――、それがいっそうページを捲る手を進め、読者はどうあがいても真相に辿り着く事はできない。本格ミステリの醍醐味をこれでもかと味わいつくす事ができる。昨今の本格ミステリはこの作品があったからここまで発展したと言っても過言ではない。
現に、これらの作品は世界各国のミステリ作家に影響を与えている。日本だけを見てみてもそれは顕著なもので、法月綸太郎、有栖川有栖、北村薫、夏樹静子、麻耶雄嵩、古野まほろなど、挙げ始めるときりがない。
またエラリー・クイーンは「ミステリ的弄りやすさ」が高いのも特徴だろう。例えば国名シリーズとYの悲劇がその典型である。「Yの悲劇」の「Y」の部分を変えるだけでそれは読者を惹きつける大きな指針になるし、国名シリーズは
10 姫海棠はたてはどちら側か
「ねえ、特集とか書いておきながら段々遠ざかってない?」
椛は肩をすくめてやれやれとこぼした。正直言ってこの仕草はものすごくウザい。
「仕方ないだろう。私は書評を書けるほどこの分野に卓越しているわけじゃないんだ。文字数が足りないから、どうしてもエラリー・クイーンの二人についてへと話がシフトしてしまう。ちなみにエラリー・クイーンは二人でひとりの作家なんだ」
「ふーん……『八面美人』、よく続くわ」
「褒め言葉として受け取っておこう」
なぜそうなる。
「そういえばはたて、質問の答えは用意できたかい」
「質問?」
「『君はどちら側に属しているのか』という質問だ。ブログのコメントに書いただろう」
そういえば、そんな質問もあった気がする。
「……ひきこもり側だよ、私は」
「いや違うね。私なりの意見を言わせて貰うと、君は変わりつつある」
……そんなことはない。
「変わっていないのだとしたら、一体なぜひきこもり探偵の小説を読み、ブログにあんな事を書いた? 少なくとも君は前進しているといるよ、きっとね。実に素晴らしい事だ」
いや、そんなことは、ない。
きっと、ない。
「……私がひきこもりを脱するのを確立で表すと、0%に漸近するって書いたでしょ?」
「限りなくゼロに近くても、完全なゼロじゃないだろう」
「でも」
反論しようとしたら、椛がおもむろに立ち上がった。
そのまま玄関の方へ向かう。
「別に君を洗脳するつもりはない。ただ、もし君がひきこもりからどこか別の方向へ行こうとしているのなら、私達は惜しげもなく力を貸すだろうね。そうだ、こうしよう。君があの事件を解決できたら、にとりから預かった携帯を君に渡そう」
「はあ!?」
「言いたいのはそれだけだ。それじゃ」
「ちょっと!!」
椛は言いたい事だけ言って、半ば強引にドアを閉めた。しっかり鍵をかけて。
残ったのは飲みかけのコーヒー。ちゃんと飲んでけよ、もう。
仕方なく、飲み干した。酸っぱい。
11 姫海棠はたて、昼食を作る
私とて自炊していないわけじゃないよ。朝は軽めだけど、昼食と夕食はそれはもう料理の神様の磐鹿六雁命もびっくりの勢いで作るよ。
ごめん嘘ついた。普通に慎ましく作る。
気温もそれなりにあったかくなってきたから、そろそろ出ても大丈夫っしょ。外に出るとやっぱり寒いけど、食料がないから仕方ない。
念のため言っておくけど、私は坂木司「青空の卵」の探偵鳥井真一よろしくある程度なら外出できる。 ただ、文と椛以外の人妖との対人関係の形成という壁は、なかなか突破できそうにない。
というわけで体温という多大な犠牲を払って鱈、檸檬、小松菜、その他ムニエルに必要な材料を買ってきた。ついでに夕食用のポトフの具と朝食用のパンとお米も。これでしばらく安心できる。ただもうしばらく外に出たくなくなった。寒いのなんのって。
食品類を冷蔵庫にしまい、早速下準備をする。
鱈を切り分け、塩コショウを染み込ませてから、十五分ほど寝かせる。
寝かせている間に考える。
輝夜さんを襲った火矢。
捜査を停止させた永琳さん。
「もうこんな事起こらない」と言った輝。
パッと見、この三つがこの事件の怪しい点だ。
これで、答えを導き出せるのか? というか椛は解決できるという確証を持っているのか?
……何もしないというものアレだ。料理しながら考えよう。
と思ってぼんやりしていたら、ついつい考えすぎてムニエルに少し焦げ目が付いた。食べられないことはないけど。
代わりに、ある程度考えはまとまった。
携帯を取り出し、文と椛にメールを投げる。
「事件解決の兆候。直ちに集合されたし」
ものの数秒で返信が来た。
「あと五分寝かせて」
「将棋が終わったら行く」
なんだかんだで二人揃って来るらしい。
12 姫海棠はたてのひきこもりディテクティブ
なんで「安楽椅子」探偵なんだろう。安楽椅子である必要はあるのか。
と思って色々考えてみたら「ひきこもり探偵」とか「骨折中探偵」とか「服役中探偵」といったあまりイメージのよろしくない単語ばかり出てきて思考を放棄した。安楽椅子探偵という命名がいかに柔らかでなじみやすい事か。でも各々インパクトはある。ネタ帳にメモった。
塩コショウの味が鱈に染み渡るまでの刹那ともいえる間にもかかわらず文は寝不足の頭を抱え、椛を引っ張ってきた。やや仏頂面なので、負けたかもしくは局の途中で無理矢理連れてきたか。どちらにせよご愁傷様。
とりあえず私は昼食を食べたい。
「ムニエル食べる?」
「ネタも魚も鮮度が命なんですけどね」
「遠慮しておこう」
冷たいなあ。
「で、どういう事ですか」
「何が?」
「とぼけないでください。事件ですよ」
「ああ……」
文がテーブルで音を立て始めた。
「こんな事を言うのもなんだが、まさか本当に答えを得るとは思わなかった」
椛が唐突に打ち明ける。なんてやつだ。なんとかなったからいいものの。
さて、本題に入ろう。
「実はさ、わかった事に興奮して勢いでメールを送信したはいいんだけど、やっぱり言うべきかどうか迷ってるんだよね」
我ながら我侭な理由だと思う。
でも、こうすることで交渉の上で優位に立てる。
文が舌打ちした。眉間に皺が寄ってる。
悪いけど、何か小言を言われる前に先手を打たせてもらうよ。
「それでさ、一つお願いがあるんだけど。私が言った事、二人とも記事にしないでもらえる?」
「は」
一転して呆けた声が聞こえた。
「私は構わないけどね」
椛は垢抜けて承諾してくれた。
あとは、文が折れてくれるかどうか。
「……いいでしょう。どうせ手がかりがないんです。最初から記事にできなかったものと考えましょう」
よし成功。
こういう交渉術をフットインザドアって言うんだっけか。違うか。
「じゃあ、説明するよ。あの夜、一体何があったのか。
この事件の真相を明らかにするために、まずこの事件の不自然な点を整理するよ。
①輝夜さんが狙われた。
②事件の翌朝、永琳さんが捜査を打ち切らせた。
③輝が『もうこんな事起こらない』と言った。
この三つを解決すれば、答えを導き出せる。
②と③、それと明らかになっている事を合わせると、警察支部でも追い詰める事ができないスピードで永遠亭側が事件を解決に向かわせた、という事が分かってくる。
これが何を意味しているのか? 事件を解決させたという事は、解決できる理由を握っている事になる。永遠亭側が持ちえる理由とは何か。物的証拠を挙げてから犯人を追及するというのも考えられるけど、それなら警察支部に引き渡した方が手っ取り早い。というか警察支部に電話せずに解決するはず。この線は捨てていい。
物的証拠以外に犯人を特定する条件とは何か。考えられるのは、犯人側から永遠亭、または永遠亭側から犯人側にかけあい、永遠亭側はその理由を承諾した上で警察支部の捜査を止めたというルートを辿ったという事になる。三つ目の輝の台詞からもこれは裏づけできるね。オーケー?」
「まあいいでしょう」
「間違いは見つからないね」
「じゃあ続けるよ。この推察から、犯人はここまで周到な計画を練って見事成功を収めたのに、一体なぜ罪を告白したのか? という疑問が生じる。残念だけど、これに対して明確な答えは今のところ出せないんだよね」
「は」
文が唖然とした。キレられる前に口を挟んでおく。
「まあ待ってよ。結局のところこの疑問も答えに近づくから。今はひとまず置いておくよ。
この事件にはまだ疑問点がある。一つ目の輝夜さんが狙われたって事ね。
そもそも幻想郷ひきこもり連合に参加している輝夜さんが出歩く事はそんなにないから、犯人に対して動機を作らせる機会はほとんどないだろうし、もし仮に動機が作られていたとしても、ここまで周到に計画を用意して、たまにしか出歩かない輝夜さんが外に出る機会を待つっていうのは相当の労力がいる。
その労力の割には、やった事は火のついた矢を命中させて服を一着駄目にしただけ。これだけ頭の冴える人妖なら、もっと壮大な嫌がらせができたはずなのに、それをしていない。矛盾してる。何かおかしい。
だから、輝夜さんを狙う理由を詳しく考えてみるよ。
まず、ライバルであり一番嫌がらせをしそうな妹紅さん。
これはマッチとアリバイによって無実が証明されてる。よって除外。
次に、誰かの私怨という可能性。
これが一番濃厚な線なんだけど、実は考えられない。これはいくつかに分けてじっくり考えていくよ。
Ⅰ輝夜さんが私怨を与えた事を覚えている場合。
点火された矢があった場所を見た時点で、輝夜さんは冷静に考えてる。「妹紅さんの襲撃でない」と分かった輝夜さんは、次にこの「誰かに私怨を与えていた」という事を思い出して自力で解決しようとするはず。よって考えられない。
Ⅱ事件当初、誰かに私怨を与えていた事を忘れていて、その後思い出した場合。
この場合「事件の処理を永琳さんにさせている」という点がちょっとおかしい。犯人にとって私怨があるのはあくまで輝夜さんであって、永琳さんに頭が上がらない輝夜さんが、永琳さんを巻き込めるとは思えない。
そこで、新たな仮説を立てる事ができる。それが三つ目。
Ⅲ輝夜さんが私怨を与えていた事を思い出し、警察支部に電話をかけるのを忘れつつ直接犯人に謝りに行き、永琳さんがその処理をするために永遠亭から電話をかけた場合。
これなら一見完全無欠に見えるんだけど、実はこれにも否定する材料がある。事件が起きてから永琳さんが電話をかけるまでのタイムラグね。事件が起きたのは十一時半、永琳さんが電話してから戒厳令が威力を発揮したのは六時。六時間半のタイムラグがある。この間に思い出したのなら、輝夜さんが思い出してから犯人に謝って、そのついでに電話をかける事もできたはず。直接赴かずに、電話で謝ったとしてもね。なのに、永琳さんが電話して解決してる。まだ日も昇っていないから捜査が行われない事は容易に分かるのに、何故か切羽詰ってる。これで、どちらかというと疑わしい方に属するといえる。
Ⅳ永遠亭に対する嫌がらせとして、輝夜さんを狙った場合。
弓矢をやすやすと盗みだせる犯人なら、輝夜さんに何かをぶつけるより、何か他の物を盗んだ方が遥かに嫌がらせになるから、これも疑わしい。弓矢とか全部盗めるし。
Ⅴ永遠亭全体が輝夜さんに対して嫌がらせをした場合。
これなら永琳さんが捜査をやめさせたのにも、弓矢を盗み出せたのにも納得がいくんだけど、さっき言ったタイムラグの問題、そして輝夜さんである輝は、チャットで『もうこんな事起こらない』って言ってた。永遠亭全体が輝夜さんに対して恨みを抱いているのなら、再度こういう事が起こる可能性がある。にもかかわらず輝はチャットで『もうこんな事起こらない』と言った。矛盾してる。よってこの可能性も破棄していい」
「それは初耳だね」
あ、そういえば椛には言ってなかった。
「ああ、ごめんごめん」
「まあいいや、続けて」
「うん。
Ⅵ永遠亭の一部が輝夜さんに対して嫌がらせをした場合。
これは『一部の起きている兎は、誰かが外に出たのを目撃していない』という事から、これは否定できる。仮にその起きている兎達が犯人だったとしても、犯人以外の兎全員のうち、誰か眠れない兎がいる可能性を否定できない以上、誰かに音や姿を確認される恐れがある行動は取れないはず。
さて、ここまで色々な可能性を否定してきたわけだけど……他の場合が何か考えられる?」
「思いつきません」
「ないね」
よろしい。
「という事はだよ。輝夜さんが夜道で狙われる理由は存在しないんだよね」
「ほう、面白い」
椛の尻尾が揺れた。
「ははあ、なるほど」
今度は文が纏める。
「犯人の本当の目的は、『輝夜さんに対して矢を放つ』という事ではなかったという意味になりますね」
「そう。そうなのよ」
でもね、と一押し。
「ここまで推理を進めてくると、逆に『犯人の本当の目的はなんだったのか?』という疑問をぶつけちゃってそれ以上進めなくなっちゃうんだよね」
「じゃあどうするんですか」
文が憤る。この煽りは二回目だから無理もないか。
「発想を転換すればいいんだよ」
「は……?」
「だから、『犯人の目的はなんだったのか』じゃなくて、『輝夜さんに矢を放つ事で何が引き起こされるか』を考えればいいんだよ」
文が二回、椛が一回瞬きをした。
「……輝夜さんが迷惑しますね」
「それもあるね。でもさっきその線は証明したじゃん。他には?」
「警察支部が動くね。自堕落な天狗の暇が潰れる」
「うん、それも考えたけど、暇はここまで迷惑をかけなくても潰せるよね」
「結論があるなら先に言って欲しいんですけどね」
そうしよう。
椛は薄ら笑いを浮かべているけど、文はまた舌打ちしかねない。
「うん。輝夜さんに矢を放って、それが警察支部に報告されると、幻想郷で唯一全域に配布されている文々。新聞の取材の目がその事件に向かうんだよ」
文はそれが何の関係があるのだとでも言いたそうな顔をしている。
私もそう言いたかった。
Yの悲劇のあらすじと、鱈のムニエルを目にするまでは。
「文が発行してる文々。新聞は、一人で作っているという特性上、スピード面を考えるとどうしても裏表しかないチラシ上になる。つまり、一つ大事件が起これば、新聞全面がその記事になる。そしてそれは、事件が起こった当日は、どんな事があろうと取材の目がその事件にしか向かっていない事を意味してる。
ありがとね、椛。Yの悲劇特集の『真の目的』っていう記述を見てなければここまでたどり着けなかったよ」
「礼には及ばない」
「もしかして犯人はこれを狙っているんじゃないかという考えに達したはいいけど、それ以上進むのは無理そうで諦めかけた。
でも、鱈を見て、魚つながりで天啓を授かったよ。昨日、マスコミの目を事件に向かわせて、かつ新聞が変わる事で得をする可能性がある一味がいた。店を構えているミスティア・ローレライさん達が、ほとんど透明に切られた白身魚の刺身を食べてる」
「……まさか!」
「そう。フグの毒だよ」
フグの旬は冬。そしてあの写真に写っている刺身は透明だった。フグの身は独特の固さを持っているため、刺身として出される魚ではトップクラスに一枚一枚が薄くなる。
刺身だけでは問題はないだろう。でも、刺身の後に内臓を食べると、中毒が起こり、人間なら簡単に死ぬ。妖怪なら死ぬ事はないだろうが、病院送りになるくらいの毒は持っているかもしれない。
念写では、ミスティアさん達は刺身を食べている写真しかない。そして、その写真は乾杯をしていた。
つまり、フグの刺身を食べている直前に文が取材をし、文はミスティアさん達が内臓を食べる前にその場を去った、という事だ。
ミスティアさんが得をする事はあるか。もし次の日の朝までに何か事件が起こり、文々。新聞が全面書き換えられ、かつその文の取材の目がそちらに向けば、「店でフグの中毒が起こった」という事実が表沙汰に出なくなる。
「この事と、さっき言った『犯人側から永遠亭側に接触があった』という推理を照らし合わせると、事件の全貌が分かる。
昨日の夜、ミスティアさん達がフグを食べ始めた。その途中で文が取材をして、その場を去った。
その後、ミスティアさん達はフグの内臓を食べて中毒を起こした。
元気だった一部の仲間達が、中毒者を永遠亭に運ぶ。結果として妹紅さんが急患を搬送するという形になり、妹紅さんのアリバイが確定する。
永琳さん達がミスティアさん達から事情を聞き、なんとか店の不祥事が外に漏れないかと相談する。
月の頭脳が策を弄する。輝夜さんが実際に散歩に出ていたかどうかは分からないけど、手袋をつけ、弓矢、マッチ、油を持ち出し、輝夜さんを狙い撃つ。
永琳さんは凶器類を捨てて、輝夜さんに事情を説明し、二人で永遠亭に帰って警察支部に電話する。
一部の妖怪は夜に起きてるけど、大体の妖怪、そして人間から証言を取るためには翌朝まで待たなきゃいけない。
そして文は、そいつらが起きる前に文々。新聞を配り終える。
文々。新聞が配られたのを確認した永琳さんは、天狗の上層部にかけあって捜査を中断させる。ここでどんな駆け引きがあったのかは、ちょっと想像したくないけどね。
結果、解いてはならない謎が残って終わる。仮に私達みたいに真相にたどり着いた人がいたとしても、多分もう完全に解毒が終わって、証拠は完全に消滅。
で、今に至るってわけ」
ちょっと喋るのに疲れたからコーヒーを飲んだ。今度は酸っぱくない。
文はなんだか複雑そうな表情をしていて、椛はすました顔をしている。
何を思っているんだろう。
「さて、帰りますか」
「私もそうしよう」
「え」
この反応には流石に驚いた。
「言ったでしょう、『最初から記事にできなかったものと考える』と。私は帰って寝ます」
声がちょっと不機嫌だ。
本音は悔しいのかもしれない。
こちらが声を掛ける間もなく窓を開けて飛び去っていった。
椛と二人、ぽつねんと残る。
「ああそうだ、携帯持って来たよ」
「あ。ありがと」
携帯が宙を舞って私の掌中に収まる。
じっくりと観察する。注文どおり、イエローとオレンジのタイル張りに、赤いハートのワンポイント。
でも、この黒い丸はなんだろう?
「ねえ、この黒い丸は何?」
「ああ、カメラだよ」
「カメラぁ?」
にとりさんは私の念写能力を知らないんだろうか。
そんなもの、必要ないのに。
「そんなに嫌そうな顔をしないでくれ。別にあって損するものでもないだろう」
「でも、使わないよこれ」
「新聞でも作ればいい。『屋台「みすてぃあ」のフグ料理特集!』とかね。コミュニケーション能力を発達させる訓練にもなって一石二鳥じゃないか」
「新聞……」
新聞。新聞ねえ……。
「さて、私はまた将棋をしに行くわけだけど……もう一度言っておこう。もし君がひきこもりからどこか別の方向へ行こうとしているのなら、私達は惜しげもなく力を貸す」
「……」
「それじゃ、また会おう」
そう言い残して、椛は玄関から出て行った。
携帯電話をじっと見る。メモリーカードを今までの携帯と入れ替え、電源を入れる。
カメラ機能を起動して、開け放された窓の外を撮ってみる。
写っているのは、見飽きた峰巒。でも、これは念写したものじゃない。私が撮ったものだ。
新聞を作るためには、取材しなきゃいけない。写真も撮らなきゃいけない。
冷ややかな風が吹き込んでくる窓を、勢いよく閉めた。
……うん、新聞を作るってのは、悪くないかもしれない。
でも、こんな凄然とした中で新聞を配るとか哨戒するとか取材しに行くとか、マジありえない。
マジありえない事をひきこもりがやる可能性は、0%に漸近する。
私、姫海棠はたては、こうして今日もひきこもる。
後になって分かったことだが、この時漸近線が少し動いていたらしい。
世界観が独特というか、なにか題材とした本があってソレに重ねたのかなっていう風には思いました。
椛の辺りが特に。
話の肝としては事件の真相。ミステリー作品って読まないのですが、謎解きが面白いって感覚が少しだけ分かりましたw
人によっては細かい所が気になるかもしれませんが、私は面白く読めました。ありがとうございましたー。
用意ですね
面白かったです。
こんな関係の三人もいいですね。
>国名シリーズは
ここで途切れてるのは仕様でしょうか?
とても面白かったです!
べてる→食べてる?
はたてはキャラクターというか使い道がいまいちわからなかったけど、この話読んですごい納得できた。そっかあ、ひきこもりポジだもんなぁ。
こういう日常系ミステリはめっちゃ肌にあいますわ。面白かったです。
誤字報告を。
「ここまで推理を進めくると、逆に『犯人の本当の目的はなんだったのか?』という疑問
→「ここまで推理を進めると、逆に『犯人の本当の目的はなんだったのか?』という疑問
でしょうか。
輝夜に火を放ってでもミスティアの言うことを聞いてあげるって不自然では?
永琳がよほどお人よしなのか、何かミスティアに借りでもあったのか
なんでそんなお願いを聞きいれたのかは知らないけど、なんにしてもまた似たようなお願いされたら聞くかもしれないのでは?
二度と無いって言いきれるのは、輝夜がそういう役回りを本気で嫌がって抗議したか、永琳が何度も同じ手を使いたくないと思ったのかどっちかかな、と
でも、輝夜が嫌がっても永琳に頭が上がらないなまたやりそうだし、同じ手を使いたくないとか考えるぐらい頭働かせてるならそもそも自作自演を疑われる可能性が高いこんな作戦を実行するとは思えないし
私はそう感じたわけですよ
ありがとうございます。修正しました。
>>6さん
途切れてるのは仕様です。フグに関しては、あくまではたての憶測なので。
>>10さん
ありがとうございます。修正しました。
>>即奏さん
ありがとうございます。修正しました。
>>16,>>19さん
なるほど。確かに言われてみれば仰る通り、自作自演を疑われる可能性が高い作戦でした。
結果的に文が動き出そうとしていた以上、この作戦では少しでも疑われる余地を残すわけにはいきませんでしたね。
完全に私のミスです。次回に活かそうと思います。
貴重なご意見、ありがとうございました。
何はともあれGJで御座います!
はたて嬢の出てくる作品は初読みだったのですが、読むのが本当に楽しかったです。
3人の関係とかももう、こう、やったー!って感じで。はい。
あと、ふく刺し食べたい。
そこだけモヤモヤする。
そそわでミステリを書いてくれている作家さんはもれなく感謝しています。
引きこもりのはたてがかっこよく推理を決めるともCOOL!ですね。しかし、上の愚迂多良童子さんも
おっしゃっているように、ミスティアは永琳をどうやって説得したのか気になりました
伏線を散りばめた事件、天狗たちのやりとり、はたてが新聞を発行するまでのきっかっけ、など様々な見どころがあり、単純に事件だけを描いただけではないところが面白かったです。
また、永遠亭が事件から手を引いた時点で永遠亭の誰かが犯人だなと思いましたが、あんな真相だとは思いもよりませんでした。