とある晴れた昼下がり、昼食と食後のティータイムを終えたレミリアは暇を持て余していた。
友人は手がけている研究が大詰めで相手にしてくれず、妹は健全な吸血鬼らしくこの時間は眠っている。
こうなれば、次のティータイムまでひたすらソリティア攻略にでも励もうか。
そんなどうしようもない考えが頭を過ぎった時だった。
「お嬢様、切らせてしまった調味料があるので里まで出かけるのですが、ご入用の物はありませんか?」
その言葉は退屈なレミリアにとって救いの言葉であった。
少なくとも、トランプを相手に不毛な時間を過ごすのは回避できそうだ。
「たまには私も付いていくわ」
「はい?しかし、何のイベントも無い人里は特別楽しい場所ではありませんが・・」
「いいのよ。時間が潰せれば構わないわ」
「承知しました。では、日傘を準備しますね」
人里に顔を出す機会は少ない。
年に何度か行われる祭りを見物に行くくらいだろうか。
楽しめるかどうかはさておき、新鮮味はあるだろう。
レミリアは咲夜と共に、人間達の暮らす里へと飛び立った。
空へ飛び上がった直後に美鈴が
「お嬢様ー!お出かけするならお土産期待してますねー!」
と声を張り上げていたが、はてさて、財布の紐は咲夜が握っているのだ。
可愛い従者の願いは叶えてやりたいが、勝率は高くないだろう。
それでもレミリアは美鈴に向かって親指を立てながら
「任せときなさい!」
門前の従者は嬉しそうに満面の笑みを浮かべていたが、レミリアの横ではもう一人の従者が対照的な苦い顔をしていた。
人里に到着したレミリアは、僅かな期待を胸に抱きながら歩いていた。
この誇り高き吸血鬼が人里に降臨・・
自慢では無いが私は以前大規模な異変を起こし、幻想郷の主要人物である博麗の巫女と一戦交えた事もあるのだ。
人々はどんな反応を見せるだろうか。
好奇心溢れる目で見てくるだろうか?恐怖に慄くだろうか?
或いは憧れの眼差しを向けてくる者もいるのでは無いだろうか?
どのような反応でも面白い。
今日は特別に相手をしてやろうではないか。
そのために日傘は自分で持ち、咲夜の邪魔にならぬよう配慮してあるのだ。
そんな事を考えながら闊歩するレミリアに最初に投げかけられた言葉は・・
ドンッ
「お嬢ちゃん、どこ見て歩いてんだ。気を付けなよ」
おじさんの平凡な注意だった。
「な、なんですって?」
自分を恐れるどころか、お嬢ちゃん扱いされ、更には怒られてしまった。
プライドの高いレミリアは不機嫌な表情を隠そうともしていない。
ちなみに今回の事故、完全にレミリアの過失である。
「おいおい。人にぶつかったら謝るもんだぜ?」
そんなレミリアの様子におじさんも黙ってはいない。
しかし、レミリアも黙っていない。
「・・ごめんなさい」
レミリアは自分の非をきちんと認められる淑女だったのだ。
「おう、素直でよろしい。じゃあな、この先も気を付けなよ」
「ちょ、ちょっと待って!」
ニヒルに笑い立ち去ろうとするおじさんを呼び止めるレミリア。
「あなた、私を誰か知らないのかしら?私はレミリア。レミリア・スカーレットよ」
「ほう、レミリアね。ご丁寧にどうも。俺は三島ってもんだ。この道の先で雑貨屋をやってるから、よかったら買い物してってくれ」
「種族は吸血鬼なのだけれど・・」
「へぇ、吸血鬼を見るのは初めてだな」
「あの・・紅魔館、知ってるでしょう?
ほら、湖の近くにある赤い、大きな建物。あそこの主が私なのよ」
「ほう!紅魔館に住んでる吸血鬼ってえと・・あんたが霧の異変起こして巫女様とやりあった?」
「そうそう!それ私よ!私!」
やはり私は有名だったんだ!
これでこの男の態度も・・
「次に何かやらかす時は、もっと大人しいのにしてくれよ。あんな異変だと、客が出歩かなくなってな。売り上げが落ちたせいで、かあちゃんもカンカンでよう・・参ったぜ。」
あるぇー?
そんな軽い感じなの?
思ってたのと違う・・
「ちょっとだけ珍しいものを見た」程度のおじさんの反応に、レミリアは困惑を隠せない。
その時、先を歩いていた咲夜があまりに遅いレミリアを不思議に思い戻ってきた。
「お嬢様、どうかなさいましたか?」
「あ、咲夜。この男なんだけれど・・」
「おや、紅魔館って言うからもしかしてと思ったけど、やっぱり咲夜ちゃんも来てたのかい」
「あら、三島さんのご主人。こんにちは。前に買った櫛、大変重宝してますのよ」
「だろう?あ、そういや注文してくれた手鏡だがもう少しかかりそうなんだ。すまねえな」
「いえいえ、お気になさらず。人気商品ですもの・・」
「・・・・・」
なんとこのおじさん、既に紅魔館の住人と顔見知りであった。
しかも話の内容から察するに、咲夜はお得意様なのだろう。
「では三島さん、また後日」
「おう、咲夜ちゃんに、えーと・・レミリアちゃんだったか。またな」
思わぬ展開に言葉が出ないレミリアであったが、どうしても一つだけ確認したい事があった。
「ねえ、あなた吸血鬼が怖くないの?」
「吸血鬼だろうが悪魔だろうが、妖怪は妖怪だろう?
そんなのより万引き犯の方が怖いね、俺は。」
「あ、かあちゃんが一番怖いな」と小声で付け足し、今度こそおじさんは去っていった。
この瞬間、おじさんの中での脅威は
おじさんの妻>万引き>大規模異変を起こした吸血鬼
である事が確定した。
凄くショッキングな事実である。
「ふふ、三島さんたら・・さて、お嬢様、行きましょうか」
どうやらショックを受けていたのはレミリアだけらしく、咲夜はおじさんの恐妻家ネタに微笑んでいた。
里に着いた時の淡い期待を打ち砕かれたレミリアは、咲夜の後を大人しく歩いて行くのであった。
「お待たせ致しました」
店から出てきた咲夜は目当ての調味料と、その他の生活用品をいくつか入れた袋を抱えていた。
レミリアも店内に入ろうとしたのだが「特売日のため大変危険」と説得され外で待っている事となったのだ。
咲夜の言葉を裏付けるように、扉越しに見える店内は多くの人で賑わって・・否、暴動のようになっていた。
単騎突入していった咲夜も、髪は乱れ、服はクシャクシャになっている。
特売という戦場では、能力の使用はフェアでは無いらしい。
一方、レミリアは一軒の店先に佇んでいた。
「どうかなさいました?」
「いえ、この店なんだけど、魚もいないのに大きな水槽があるじゃない?」
「ああ、ここはお豆腐屋さんですよ」
「・・なんだ」
咲夜の説明に、レミリアはつまらなそうに答える。
「そういえば紅魔館の食事にお豆腐を出したことはありませんでしたね。買っていきますか?」
「いらないわ。何だか見た目が貧相だし、美味しい物には見えないわ」
「お嬢様、失礼ですよ」
「大丈夫よ。店の中には誰もいないし、聞いてる奴なんて・・わひゃあああ!?」
咲夜の苦言に答えながら振り向いたレミリアの目に映ったもの。
それは、身の丈190cm程はあるであろう、筋骨隆々の大男だった。
鋭い眼光、鼻の下に蓄えた立派な髭・・その威圧感により、ただでさえ体格のいい男が二回りは大きく見える。
レミリアが悲鳴をあげたのも仕方の無い話であった。
「・・貧相な食い物だ?・・ふん、食わず嫌いのお子様にうちの豆腐を売るつもりは無い・・
邪魔だから退いてもらおう・・」
店主は気分を害したようだが、それ以上食って掛かる事はせず、のしのしと店内に入っていく。
しかし、本日二度目の子供扱いにレミリアが黙っていられなかった。
「ちょっとあなた。私が誰だか・・」
「・・紅魔館の吸血鬼だろう?そっちの銀髪の娘は知っているからな・・」
「す、すみません岩佐さん」
どうやらこちらも顔見知りだったようだ。
紅魔館の食事に豆腐が上った事は無いものの、咲夜がオフの時の個人的な食事には食べているらしい。
レミリアが思っている以上に、咲夜の顔は広かったようである。
主人の非礼を詫び咲夜が頭を下げている最中だった。
「どうも!毎度お馴染み射命丸です!・・って、レミリアさんに咲夜さんじゃないですか。
咲夜さんはともかく、レミリアさんがこんな所にいるのは珍しいですね。」
射命丸文が颯爽と空から舞い降りた。
ついでに風圧で砂埃が舞い上がった。
「・・ブン屋、気を付けろ。売り物が台無しになるだろうが」
「あややや、これは失礼!」
「・・それで、なんであんたがここに?新聞配達の時間では無いでしょう?号外?」
文々。新聞が配達される時間は、何か事件が起きて号外が発行されていない限りは、大半が早朝か夕方である。
レミリアは事件の気配に期待して尋ねたのだが・・
「いえいえ、今日はこちらのご店主に取材のお礼を!
ご主人!あの記事、評判がよかったんですよー!これ、つまらない物ですがどうぞ!」
確かに文は荷物を小脇に抱えていた。
店主に荷物を渡すその笑顔は、営業スマイルでは無く、心からの感謝が感じられる。
「変に気を回すんじゃねえよ・・大体あれはお前が勝手に・・」
「ですから、そのお詫びも兼ねてです!美味しいんですよー、天狗印の酒まんじゅう!」
「・・まあ、もらえる物はもらっとくか。ありがとうよ・・」
店主は見かけによらず甘党らしい。
「で、取材とかお礼とか、一体なんなの?」
「あややや!咲夜さん、こちらのご主人の武勇伝をお知りでない!?」
「武勇伝?」
「私も知らないわ」
「なんとなんと!それではこれを差し上げましょう!先週の号外です!」
「・・おい」
「いいじゃないですか、ご主人!もっと知ってもらうべきですよ!」
「えー、何々?『お手柄!妖怪を退治した岩佐豆腐店店主、八雲紫から特別表彰!』・・ですって?」
「よ、妖怪退治?」
「その通り!こちらの岩佐さん、里を襲う脅威に勇敢にも挑みかかり、何と返り討ちにしてしまったのです!
いやあ、あの時はかっこよかったですねえ!」
「何?あなた現場にいたの?」
「はい!よろしければ詳しくお話ししますが?」
「そうね。聞いておこうかしら」
「おい・・」
「いいじゃないですか!これは9日前の事でした・・」
その日、里の守護者である上白沢慧音が里で新しく開く予定の店の店主代理として、博麗神社まで地鎮祭の依頼に来ていた。
久し振りに新しい店が開店するという事で、取材のため文もその場に居合わせた。
「では、日取りはそれで決定だな」
「構わないわ。店主さんに伝えておいて頂戴」
「ところで、何のお店なんですか?」
「うむ、なんでも、ステーキハウスとかいうらしい。厚めに切った肉を客の目の前の鉄板で焼くんだそうだ。」
「それは・・美味しそうね。すごく」
「そうそう、巫女様にはお祓いの代金の他に、お客第2号としてご馳走したいと言っていたぞ」
「わっしょい!・・ん?2号なの?」
「記念すべき第1号は、苦労をかけてきた自分の奥方だそうだ」
「うへえ、熱い熱い」
「うーん、その美談、もうちょっと詳しく聞ければいい記事になりそうですね!」
「めでたい事だから止めはしないが・・惚気話を1時間近くは聞かされる事になると思うぞ」
「う・・それは独り身には辛いかも知れませんね・・」
「はははは、覚悟しておく事だ。それでは私はそろそろお暇しよう」
「あら、もう一杯くらいお茶淹れてあげようと思ったのに」
「あまり里を空けておくのも心配だからな。またの機会にしよう」
「そう?それじゃ・・」
霊夢が見送りのため立ち上がろうとした瞬間、境内の方から叫び声が聞こえた。
「け、慧音さーん!巫女様ー!」
「何事だ!?」
慌てて表へ出てみると、里の若者が一人、息も絶え絶えで駆けてきた。
里から博麗神社までの道程は険しく、それを示すように若者の衣服はズタズタ、露出している肌も細かい傷が無数についている。
しかしその事も意に介さず、途切れ途切れながらも若者は言葉を紡ぐ。
「け、慧音さんが出かけたすぐ後に・・山犬の妖怪が徒党を組んで・・里に・・何人か、怪我もして・・」
「何だって!?わかった、すぐに戻る!霊夢、すまないが・・」
「わかってる。里で人間が襲われたなら、私も動かないとならないわ」
「あなたも戻りましょう。帰りは私が運びます」
言うが早いか飛び立った三人であったが、胸中に不安が沸く。
里の中で人間を襲ってはならない・・それはこの幻想郷に住む妖怪なら知っていなければならないルールだ。
時折タブーを犯す者もいるが、多くは知能が低く最低限のルールさえ把握していない者。
そんな妖怪は実力も知れたもので、慧音が容易く撃退できている。
だが今回の件では、里の守護者が離れる隙を待っていたかのようなタイミングである。
更に集団行動をしているとなれば、ある程度の知能は持っていると考えられる。
つまり、一定以上の実力のある妖怪が、以前から狙っていたのか慧音の不在を偶然知ったのか、ともあれ里に襲撃をかけてきたのだ。
霊夢と慧音の脳裏に、最悪の事態が思い浮かぶ。
先程の若者の足では苦労したであろう距離だが、今回は空を飛んでいる。
すぐに里を視認できる距離へと辿り着いた。
まだ里の様子はわからないが、皆の無事を祈りながら高度を下げていく。
間も無く、里の入り口付近へと辿り着いたが、ここで三人は異変に気が付く。
その光景は、想像を遙かに超えた凄惨なものだった。
「待ちやがれオラァ!コラァーーーーッ!」
「だ、誰かぁ~!助けて~~!」
霊夢の目に飛び込んで来たのは、霊夢より少し若い娘を追い回す屈強な男の姿だった。
手にはすりこぎのような武器も握られている。
「ちょ、ちょっと待ってよ!山犬の妖怪って聞いたわよ!?
何あれ!熊の妖怪じゃないの!」
「落ち着け霊夢!よく見ろ!」
「何!?違うの!?じゃあ・・マウンテンゴリラの妖怪!?そんなの退治した事無いわよ!」
「違う!ほら、じゃあ追いかけられてる方を見てみろ」
「ん!?んんんん・・?」
必死の形相で逃げる少女。
よく見れば、その頭には人間とは形状の違う三角形の耳が乗っており、尻の辺りからはふわふわの尾が出ている。
どことなく、文の部下である白狼天狗を連想させる容姿だ。
「・・え?じゃあ、何?あっちが人間で・・そっちが妖怪?」
「うむ、彼は豆腐屋を営んでいる岩佐さんだな。・・む?」
すっかり落ち着いた慧音が辺りを見ると、木の根元にさっきの少女と似た容姿の少女が四人、目を回して倒れていた。
「・・あれ、最後の一匹なんだ」
霊夢は自分の役割も忘れ、凄まじい光景に見入っていた。
その時、ついに山犬妖怪の少女が大木に行く手を阻まれ追い詰められた。
「う、うわ・・うわああああ!」
「ちょっ!?」
苦し紛れに少女は弾幕を放つ。
その行動に霊夢は声を荒げる。
放たれた弾幕はお世辞にも綺麗とは言えず、そのほとんどが見当違いの方向に飛んでいった。
が、一発だけ岩佐さんの体を目掛け飛来、直撃した。
霊夢の当たり判定でも確実に一機減っていたであろう程のジャストミート。
慌てて霊夢と慧音が駆け寄ろうとするが・・
「散弾ではなぁ!」
弾は岩佐さんの衣服を破いたに止まったのであった。
「ど、どこが散弾よ!おっきいのが一発、モロに当たったじゃないの!」
霊夢がツッコミを入れた刹那、男の太い腕が少女の襟を捕らえ、そのまま上空に放り投げた。
「キャイン!キャインキャイン!」
そのまま哀れにも地面に落下した少女は目を回し、仲間達と同じ姿となった。
「岩佐さん!」
「ん・・慧音先生か。それに・・博麗の巫女様、か?」
最後の一匹を仲間と同じ場所に纏め、岩佐さんがこちらに気が付いた。
霊夢の姿を確認するように、鋭い眼光を向けてくる。超怖い。
霊夢はちょっと泣きそうになった。
「助かりました!私が長く空けてしまったばかりに・・申し訳ない!」
「先生は里の用事で出かけたんだ・・落ち度は無いさ・・」
頭を下げる慧音に対し落ち着いた声で答える岩佐さん。
でも顔は怖い。
「う、うーん・・」
そうこうしている内に、山犬妖怪達が目を覚ました。
「キャイン!キャイン!」
岩佐さんを視界に捉えるなり、体と尻尾を丸めて固まる一団。
すっかりトラウマである。
その後何とか落ち着かせ、話を聞く事になった。
山犬達は自然と全員正座をしていた。
話を聞くところによると、彼女達は姉妹らしい。
数日前から母犬が病にかかり動けなくなり、まだ狩りを知らない娘達だけでは食料も獲れない。
空腹と弱っていく母親の姿に耐え切れず、人里で食料を盗み出そうとしたところ、偶然声をかけてきた住人がおり、盗みが発覚したと思い込んでパニックに。
店先の肉だけでも、と銜えて逃げ出そうとした時、近くの店から自分達より凶悪な妖怪・・もとい岩佐さんが飛び出してきたと言う。
「怪我をさせたって聞いたけど?」
「その連中はかすり傷らしい・・心配は無い・・」
「声をかけられた時にびっくりして、思わず引っ掻いちゃって・・」
「あと、逃げてる間に何人かにぶつかって転ばせちゃったり・・」
「なるほどねえ・・」
腕を組んでため息を吐く霊夢。
ようやく落ち着いたらしい。
「・・巫女様」
「ひゃい!?」
せっかく落ち着いたのに、再び心拍数が急上昇である。
「この連中・・退治は勘弁してやれねえか?」
「え?でも・・」
「・・・・・」
「はい、それでいいと思います」
岩佐さんとしては、雨に濡れる子犬のように縋る視線を送ったつもりだが、霊夢には獲物を上空からロックオンする猛禽類のようにしか見えなかった。
完全に脅迫である。
「・・というわけだ。お前達、岩佐さんに感謝するんだぞ。それから、二度とこんな事はしないように」
「はい!それはもう!」
「肝に銘じました!」
「むしろ、肝が潰れた気がします!」
そそくさとその場を離れようとする山犬妖怪の姉妹達。
だが・・
「・・おい」
「「「「「ふぁい!?」」」」」
「しばらく待っていろ。いいな?・・巫女様」
「ふぁい!?」
「こいつらが逃げないよう、見張ってて欲しい・・」
「合点!」
呼び止められた妖怪達は身を縮ませ、時が過ぎるのを待った。
なんだろう。ひょっとして、気が変わったのか。
もしや、自分達は食べられてしまうんでは無いだろうか。
ああ、お母さん・・
岩佐さんが戻ってくるまで、彼女達は動けなかった。
何故か霊夢も動けなかった。
文はちょっとだけ怖い顔に慣れてきた。
「待たせたな・・」
永遠にも感じられる時が終わり、岩佐さんが戻ってきた。
その手には、大きな麻袋が抱えられている。
「持っていけ・・」
「え?」
ドスンと置かれた袋を山犬の一匹が恐る恐る開けると、その中には先程途中で落としてしまった肉が入っていた。
「これ・・」
「妖怪の食いかけなんぞ、誰も食わんだろう・・置いてあっても腐るだけだ・・」
「あ、あれ?他にも何か・・」
その肉の下にも、いくつかの大きな肉や川魚が入っていた。
大きな袋がパンパンになる程に。
「また食い詰めて同じ事をされても迷惑なんでな・・それと、薬も入ってる。人間の物だから、効くかどうかは保障できんがな・・」
「でも・・でも、私達お金・・」
「いらん」
「だけど・・」
「しつこい」
「はい!すみません!」
尻尾をピンと立てて萎縮する妖怪。
慌てて袋を閉め直し、立ち去ろうとするが・・
「あの!」
「・・なんだ」
「このご恩は忘れません!一生忘れません!」
口々に感謝の言葉を口にし、ペコペコ頭を下げる姉妹達。
岩佐さんが追い払うように何度か手を振ったところで、ようやく森の中へ消えていった。
「ふう・・それじゃあ先生、帰ろうや・・巫女様も、ご足労頂いてすまなかった・・」
「あ、いえ。別に・・はい」
しどろもどろになる霊夢。
だが、そんな彼女と対照的に、ハキハキとした声が飛び込んでくる。
「いや~!感動しました!私、文々。新聞を発行しています、毎度お馴染み清く正しい射命丸です!今回の件、是非とも記事にさせてください!いいですか!?いいですよね!?それでは!」
言うが早いか・・というか、言いながら文は飛び去った。
ぽかんと空を見上げる岩佐さん。
その姿は熊牧場の熊のようで、ちょっとだけ可愛いと霊夢は思った。
その後、文の新聞は幻想郷中を駆け巡った。
守り人が誰もいない状況で妖怪を追い払い、また温情を与えて人間と妖怪の橋渡しにもなったという事実は妖怪の賢者の知るところにもなり、幻想郷の秩序を守ったという功績を紫直々に称え、感謝の意を表した。
その時も岩佐さんは怖い顔だったので、流石の紫もちょっぴり笑顔が引きつった。
こうして彼は、幻想郷の時の人となったのである。
「と、こんなところですね」
「それは・・凄いわね・・」
文から一連の流れを聞いたレミリアは、素直に彼の行動を賞賛した。
弱い立場である筈の者が強者に立ち向かい、更には打ち倒した相手の事情を知るや施しを与える。
それは人間として・・否、妖怪も含め生物として誇り高き行動である。
レミリアは彼に対し尊敬の念すら覚えていた。
「つまんねえ話を長々としやがって・・」
岩佐さんは文を睨みつけながら、照れ隠しなのだろうか、天狗印の酒まんじゅうを貪っていた。
そんな、自らの行動を決してひけらかさない姿にもレミリアは好感を抱いていた。
「あややや、ご立腹ですか?でもですね、今日はまだ帰るわけにはいかないのです!
お礼の品を持ってこちらに向かう途中、情報が入りましてねえ・・」
文が手帳をわざとらしく確認する。
内容は既に頭に入っているに違いない。
「ご主人、この豆腐屋でアルバイトを雇い始めたとか?」
「ぶふっ!」
文の言葉を聞いた瞬間、岩佐さんの口からまんじゅうの弾幕が放たれた。
「だ、誰にそれを・・知らん!俺は知らんぞ・・そろそろ帰れ!」
「えへへー、私の新聞はネタの確かさが売りなんですよ」
「だから・・」
岩佐さんが文を追い払おうとしている最中、可愛らしい声が響く。
「てんちょ~、お水汲んできました~」
「大豆買ってきましたぁ」
声の出所に目を向けると、そこには頭から三角の耳を生やし、尻尾をピョコピョコとさせながら荷物を抱えて走ってくる二人の少女。
「あらら~?これはこれは。どうやら本当だったみたいですね?」
「むぅ・・」
「どういう事?」
「さっきの話には後日談があってですね、今日はその裏付け調査も目的の一つだったんですよ」
「後日談?」
「はい!食料と薬を持ち帰った彼女達は、無事に元の生活に戻れましてね。早速恩を返しにきたわけです。なんと!姉妹が交代で一日に1人か2人、お店の手伝いに来てるんですよ!」
「へえ。妖怪が人間の店で・・」
「更に更に!恩返しにも関わらず、そこはこのご主人のお人よしなところ!なんと、お給金を支払っているそうなんです!」
「ま、また食うに困って悪さをされても厄介だと思っただけだ・・それに、こいつらは雀の涙ほどの金でこき使ってやってるんだ・・」
「おっと、今裏が取れました!やはり賃金を支払っていたのは真実だったんですね!く~っ!またまたいい記事の書けそうな予感!それでは失礼!」
ネタを仕入れた最速天狗は、あっという間に見えなくなってしまった。
岩佐さんはもう諦めたのか、深いため息を吐いて、キャイキャイ騒ぐ山犬妖怪達から材料を受け取る。
咲夜はその光景を微笑ましく思っていたが、レミリアの頭には別の考えが浮かんでいた。
これほどの男が作る食べ物、一体どんなに美味しく、どれだけの価値があるだろうか。
そして自分はどれだけ愚かな事を言ってしまったのか。
こんなに気高き岩佐さんの事を何も知らず、豆腐を食べもせず、見た目が貧相だと切って捨てた。
それは、同じく気高くあるべき筈の吸血鬼として許されるのだろうか?
断じて許されない!例え誰が許しても、このレミリア・スカーレット自身が許せない!
それを悟った後のレミリアの行動は早かった。
出来上がって冷やしていた豆腐を切る岩佐さんに対し、正面から向き直った。
「ご主人。先程は軽率な発言をしてしまった。許して欲しい。このレミリア・スカーレット、誠心誠意謝罪する。この通りだ!」
咲夜は絶句した。
プライドの高さに定評のあるレミリアが、まさか豆腐屋の店主に頭を下げるとは。
それと同時に誇らしくもあった。
自分の仕える主は、自らに非があるのを知りながら、それを押し通すような人物では無かったのだ。
だが咲夜は知らなかった。
さっきもレミリアはぶつかったおじさん、三島さんに謝っていた事を。
案外謝る主であった。
「・・・・・」
岩佐さんは黙ってこちらを見ている。
許して貰えなかったのだろうか?
それも当然かも知れない。
もしも私が吸血鬼としての在り方を、見ず知らずの者に否定されたら・・簡単に許す事ができるかは疑問だ。
だからこそレミリアは未だ頭を上げない。
とにかく自分の誠意を伝えたい。
例え許されなくとも、彼を敬う気持ちだけは・・
「・・嬢ちゃん、面上げな・・」
「っ!」
いよいよ判決の時来たる。
レミリアが神妙な面持ちで顔を上げると・・
「はぐっ?もぐもぐ・・」
切り立てなのであろう、豆腐が一切れ飛んできた。
思わずパクッと受け止める。
「こ、これは・・!」
岩佐さんは何も言わない。
豆腐を切り分ける作業に戻っている。
だが、その口元に僅かに浮かぶ笑みと、そして何より・・
「おいひい・・」
レミリアの頬を涙が伝う。
この甘露なる味わい・・これだけのものを味わわせてくれたのだ。
自分の気持ちは伝わり、そして赦されたのだ。
ならば、その恩義に報いるために自分が取るべき行動は何か?
そんなもの決まっている。
「咲夜!豆腐を買っていくわよ!今日はこの素晴らしき出会いを記念して、豆腐パーティよ!」
「畏まりました、お嬢様」
咲夜は優しい微笑を浮かべながら答える。
この時、咲夜の頭には、ある一つの言葉が浮かんでいた。
今日はカレーが食べたかったんだけどなあ・・・と。
【おまけ】
夕食で豆腐をたっぷり堪能したレミリアは、自室に美鈴を呼び出していた。
「お嬢様!紅美鈴、参りました!」
「あいよ」
仰々しい口調を装っているものの、美鈴にはレミリアの用事がわかっているだろう。
それを知っているため、レミリアは何とも気軽な返事をする。
対する美鈴もその応答を気にする事無く、ヒョイッと入ってくる。
「豆腐はどうだった?私の推薦だったんだけど」
「ええ、すっごい美味しかったですよ」
「でしょ?もう、職人の心構えからして違ったもの」
しばらく夕食談義に花を咲かせる主従。
話に一区切りついた頃、レミリアは身を屈め小さく手招きをする。
「ふふふ、近こう寄れ」
「ははっ!してお嬢様・・例の物は・・」
「ここに・・」
「おぉ・・」
今度は声を潜め、以前読んだ時代活劇マンガを真似ての会話。
咲夜も素晴らしい従者だが、こういったノリは美鈴の方が付き合ってくれる。
「うひゃあ!可愛い!だけどちょっと高そうですね」
「そうねえ、結構したわね。でもあんた、こういうの好きでしょ?」
「大好きです!ありがとうございまーす!」
レミリアが選んだお土産は、例の雑貨店で選んだ置き時計。
可愛らしい装飾が施されているそれは、美鈴の好みにピッタリ一致。
更に数日前、愛用の時計が再起不能になったとの愚痴をメイドの一人にこぼしているのを偶然にも聞いていたのだ。
「お嬢様、私の時計の事知っててくださったんですね。」
「そうよー。私に隠し事はできないんだからね」
「わあ怖い。でも、そんなお嬢様が大好きですー」
「わはは、もっと褒めろもっと褒めろ」
主人に対しギュッと抱き付きスキンシップを図る美鈴。
こうした気楽で楽しい付き合いができるからこそ、美鈴のために危険を冒してお土産の一つも与えたくなるのだ。
そう、危険を冒して。
「大事にしなさいよ?大変だったんだからね」
「それはそれは!」
「感覚の鋭いあの咲夜の目を掻い潜って、財布から小銭をちょろまかす事数十回、やっと買えたのよ」
「それはそれは・・」
「どしたの?」
「お嬢様・・咲夜さん、しっかり毎回レシート持ち帰って、家計簿付けてるんですが、その対策は・・バッチリですよね?」
「え?」
「え?」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・怒るかしら?」
「多分怒りますね・・」
「私の分も同じの買ったんだけど、もっと怒るかな?」
「憤怒しますね・・」
「うむむ・・」
「あ、咲夜さんには何か無いんですか?少しは機嫌よくなるかも!」
「あ!あるわよ!こんな事もあろうかと・・どうよ、これ!」
「うっ・・」
「喋るのよ、これ!」
「ううっ!」
レミリアの手には、妙に腹の立つ顔の人形が妙に腹の立つ声で
「ゴメ~ンね~」
と喋るだけの、安っぽいオモチャが。
「・・なんか、私は何もされて無いのに腹が立ってきました」
「でしょうね。商品名、イラダチくんだったもの」
「まずいですね」
「まずいわよ」
グシャグシャに握り締められた家計簿とレシートを持つ咲夜がレミリアの部屋をノックするまで、30秒。
二人がひたすら謝り倒すまで、45秒。
イラダチくんが咲夜の導火線に点火するまで、1分30秒。
明日のレミリアと美鈴の食事が3食全て何も塗ってない食パンに決定されるまで、2分。
紅魔館は今日も平和です。
後、最後の所がデュラララのあの部分で素敵でした!
あと、自らの非礼を詫びるレミリアもよかった。
そして最後がw
幻想卿にいそうな感じでw 山犬達が小悪党で岩佐さんが豆腐屋無双で成敗する とかいう
感じじゃなかったのがポイント高いです ラストがまたいい感じですねw
楽しい作品をありがとうございます
>レミリアは彼に対し尊敬の意すら覚えていた。
覚えるのは尊敬の念ですよね、多分。
直しておきます。
>2さん
ありがとうございます。
せっかく褒めて貰ったのにデュラララ知らないという罠・・
ひょっとしてあれですかね?イラダチくん!
>3さん
ありがとうございます!
レミリアのカリスマは、周囲を圧倒するようなんじゃなくて、周りが自然とついていきたくなるタイプだと思います。
だとするならば、自分の中の筋を通すためには小さなプライドを捨ててみてもいいんではないかと勝手なカリスマ像を作ってみました。
>4さん
個人的には「散弾ではなぁ!」の辺りが岩佐無双と悪ふざけのピークで、やりすぎかしらと不安もあったんで、ちょうどいいみたいでよかったですw
ありがとうございました。
なんか、コメントとか評価もらちゃって嬉し恥ずかしですね。
みなさんありがとうございます。
とにかく、岩佐のおっちゃんが良い味を出してました。
何しろ、幻想郷の人里は見方によっては「妖怪を生かすための生命維持装置」
と捉えられないこともない。そんな所に好き好んで住むやつは……
やはり非常識な暮らしを楽しめるぐらい、パワフルでなくっちゃね。
人間は妖怪を恐れていないといけないんじゃないかとも思いますけど、毎日恐怖を感じてたら精神が保たないし、人里にも妖怪を恐れないぐらい気の強い人がいてもいいですね。
大変面白かったです、幻想郷の住人は凄まじくたくましいな。
ちょっとしたアドバイスですが、「・・・」ではなく三点リーダーを二つ合わせて「……」の方が良いですよ。
それと、「!」や「?」の後はスペースを一つ入れた方が良いです。
や~楽しみが増えました。
凄く自己主張してるはずのオリキャラが何故か自然に感じる……良いセンスだと思います。
また期待してます。
笑えるww
オリキャラの村人さん達も、幻想郷ならこれくらいで自然でしょうし、
なにより適度にカリスマ適度にブレイクなお嬢様が可愛かったです
目覚まし騒動から来ました。イラダチくんw
豆腐が食べたくなりました。
犬妖怪の下りが楽しかったのでこの点数!
ところどころ爆笑してしまった、文句なしです。
非があると思えばあやまる
正しいカリスマですね
うん、こんな住人たちだったら、確実に妖精は「危険度:極低」、チルノでも「危険度:低」ですわw
霊夢、岩佐さんに惚れろ!w
作者アッシマーとブラン少佐好きすぎだろwww
いい話しぶちこわしww
あとおまけが濃すぎるw
おまけだけで小ネタ作れそう
なんでイラダチくんなんてわけわからん物を買うんだよww