「お姉ちゃ~ん、まだ起きてる?」
ノックの後に聞こえたあどけない声。
「えぇ、起きてるわよ。入りなさい」
緊張と恐怖を押し隠し、努めて冷静に応える。私の威厳が怯えをよしとしない。そもそも怯えること自体がまずおかしいんだけど。
扉が開けばそこにはフラン。我が愛しの妹。
「ごめんね、こんな時間に。今日のこと謝っておこうと思って」
わざわざ謝りに来るなんて殊勝な心がけね。でも私は首を傾げざるをえない。
「何のことかしら?」
「どうしても外せない用事があったから、お姉ちゃんと遊べなくて本当にごめんね」
「あぁ、なんだ」
私は今日一緒に遊んでやる約束をしてたんだけど、急にフランの都合が悪くなったということでその予定は流れてしまった。
しかし偉大なる姉はそんな事でいちいち妹に不満を覚えたりはしない。紅魔館の当主は寛大な心をお持ちなのよ。
申し訳無さそうに「今日は遊べないの」と告げられた直後こそ、「いやマジ助かったわ。徴兵令で戦地に赴く直前に戦争自体が終わったような気分だわ」なんて思ったけど、特にビビってたわけじゃないし。
多少の安堵はあったかもしれないけど、決してビビってたわけじゃないし。
フランとの遊びって言ったらそりゃあもう命懸け。でもビビってたわけじゃないし。
大事なことだから三回言ったわよ?
「べつに気にしなくていいわ」
「ううん、気にするよ。だってお姉ちゃん、いつも私と遊ぶの楽しみにしてくれてたんだもん」
それは『私で遊ぶ』の間違いでしょ。口には出さないけど。
「もっと早く用事が済んだら良かったんだけど、やっぱり結構時間掛かっちゃって」
ナイスよ。その用事とやら、ナイスよ!
「でも大丈夫。明日からは毎日遊べるからね」
「あら、嬉しいわね」
やめて下さい。死んでしまいます。
「べつにお姉ちゃんのこと嫌いになったとか、そういうわけじゃないよ。本当だよ? どっちかって言うと……えへへ。ううん、何でもない。何も言ってないよ! 本当に何でも無いから」
頬を染めて照れ笑いを浮かべる妹の姿に微笑みながら、私は思った。
どっちかって言うと、大嫌いなのかしら。
「あ、そうだ。昨日のお料理でシチューあったよね」
「あったわね」
「どうだった?」
尋ねられて思い出す。あのゴミのようなシチューを。
咲夜は何をやっていたのかしら。
「あれはひどかったわね。具はブツ切りで口に収まらないし、味付けも大雑把でまともな食べ物じゃなか――」
「私が作ったんだけど」
「具の大きさが食材の本来の旨味を際立たせてて、大いなる味付けは大いなる私に実にベリーマッチだったわね」
死亡フラグ回避ッ! さぁ、今取り出したそのレーヴァテインはしまいなさい。
「そっかぁ、良かった。口に合わなかったらどうしようって思ってたんだけど、これで一安心だね」
「そんなの気にしなくて良いのよ。家族なんだから」
だから早くレーヴァテインをしまいなさい。
「掃除とか洗濯とかは出来ないし、私の取り柄って言ったらこれくらいしか無いから」
残念ながら料理もダメだわ。ところでレーヴァテインしまって。お願い。大事なことは何回でも念じるわ。
「それに、お姉ちゃんはいつも私のお料理を美味しそうに食べてくれるんだもん。私だって頑張っちゃうよ!」
「当然じゃない」
いつも首にレーヴァテインあてられながら食べるあなたの料理は最高よ。
「ところでお姉ちゃん、さっき洗濯しようとして見つけたんだけど」
洗濯出来ないって言ったわよね!?
思わず口に出そうになったけどフランの背中からチラッと見えてるレーヴァテインのようなものがそれをギリギリで押しとどめてくれた。
まぁ良いわ。どうせ見つかって困るものなんて無いし。
「このリボン、お姉ちゃんのじゃないよね。誰の?」
困ったわ。
「あ、わかった! 霊夢のリボンでしょう? 臭いでわかるもん」
「……そうね。その通りよ」
流石は吸血鬼、鼻が利くわね。色んな意味で。
「やっぱりー。それで、どうしてお姉ちゃんが持ってるの?」
ここで選択を間違えれば命に関わる。どうする、私。
現実時間にして僅か零コンマ三秒、しかしこの間に行われた私の思考速度は光を超える。
そして導き出した解こそ、たった一つの冴えた返答ってやつよ。
「ちょっと霊夢との弾幕で腕をケガしちゃったから、包帯代わりに借りたのよ」
一周回って無難な答えになったわ。
「えぇっ、お姉ちゃんケガしたの!? 大丈夫?」
「もちろんよ。結構大きな傷だったけど、吸血鬼の回復力をもってすればもう何とも無いわね」
「そっか。大したこと無くて良かったぁ」
こんなに真剣に心配してくれるなんて、何だかちょっと後ろめたいかも。
本当はナニしてたかなんて言えないわね。……べつにやらしいことじゃなくてよ?
「そういえばぁ、最近お姉ちゃん部屋にいないこと多いよね」
「そうかしら。確かに図書館で勉強するようにはなったけど」
新しいスペルカードの名前を考えるためにね。次のスペルカードでも皆の期待を裏切らない、最高にクールなセンスを見せつけてあげるわ。
「図書館で勉強? あぁ、パチュリーと一緒にね。へー、そう」
えっ、何その反応。目が据わってるわよフラン。わかりやすく言うと、怖いわよフランドールさん。
「でもパチュリーっておとなしいっていうより、暗いよね。あんなのと話してたら、お姉ちゃんまで暗い性格になっちゃうよ?」
姉の友人に対してよくもそこまで言えたものね。ていうかあなたもしょっちゅう本貸して貰ってるじゃない。
とにかくこういうところはビシッと躾けておかないと。
「フラン、言葉遣いがなってないわね」
「ハァ?」
「あまり私の友人を悪く言わないであげて頂戴。彼女も好きで根暗なわけじゃないのよ」
よーし、言ってやったわ。ビシッとね。
……ごめんなさいパチュリー。でもあなたならわかってくれるって信じてる。
そしてフラン、レーヴァテイン刺さってる。先端がちょっと刺さってる。お腹チクチクするからやめて。
「お姉ちゃん、昔は私の話ちゃんと聞いてくれてたのに、最近はあんまり聞いてくれないよね」
だって家族が地下に引きこもってたりなんかしたら、ちゃんと話を聞くなり何とかしてあげなきゃそりゃあ世間様に叩かれちゃうじゃない。
ついこの前だって「やったー! 遂にゲームのプレイ時間が四百万時間超えたよ!」なんて喜んでたし。どんだけやり込むのよ。
まぁ私がそのゲームをハードごとグングニルで粉砕してあげたおかげでようやく外に出るようになったけど。
「このお礼はたっぷりするからね」なんて嬉しいこと言ってくれちゃって、ようやく私の想いが伝わったのね。
「それに、私の優先度が下がってない? 異変に行くのも、咲夜と一緒に行こうって言うし」
せっかく引きこもりが解消されたのに、いつまでも私が構ってばかりいたら独り立ち出来ないでしょ?
サポート的にも咲夜の能力の方が便利だし……なーんてバカ正直に言おうものなら数秒後には消し炭になってる運命が見えたわ。
別の選択肢を――
「あんなやつ、どうせお姉ちゃんのこと何もわかってないんだから!」
あ、無いわ。攻略出来ないわ。どうあがいても消し炭だわ。
「お姉ちゃんのことを世界で一番よくわかってるのは私なの! 他の誰でも無い、ワタシ!」
……ふ、ふふふふ、くふふふふぬふ。
もう、フランったら興奮しちゃってぇ、うふふ。衝撃波で私の部屋、もうボロボロじゃない。いけない子ね。うふふ。
ムキになってるところが可愛いわ。抱きしめちゃおうかしら。
「よしよし」
はふん、良い匂い。どんなに強がっても体つきは華奢なんだから、うふふ。
「あ……ごめん。怒鳴っちゃって。お姉ちゃんがそういうところで鈍いのは昔からだもんね。わかってるよ」
おとなしくなっちゃって。ホント不器用な子なんだからぁ。うふふふふ。
…………ハッ、私はいったい何を。
あれ、運命が変わってる? 消し炭エンド回避!? 良くやったわ、現実逃避中の私!
「それはそうと、今日はご飯どうしたの?」
「ちょっと気分変えて外に行ったわね」
咲夜と二人で人里の甘味処巡りなんかしてみたわ。
でも何故かやたらまわりからジロジロ見られるというか、妙な視線を感じたような……気のせいかしら。
「そっか、外食したんだ。それで、一人でご飯食べたの?」
あ、まずい。また目が据わってる。バカ正直に言ったら消し炭フラグ復活だわ。
「えぇ、お忍びで息抜きみたいなものよ」
「ふーん、一人で食べに行ったんだぁ」
ん? フラン、急に私の胸に顔を近付けてどうしちゃったの? やだ恥ずかしい。
「やっぱり咲夜の臭いがする。お姉ちゃんの嘘つきィ!」
今の怒号で私の部屋の天井が崩れかけたわ。
「ねぇ、どうしてそんな嘘つくの? お姉ちゃん、今まで私に嘘ついたこと無かったのに!」
ごめんなさい。それ、気のせいよ。
「そっかぁ、やっぱり咲夜と行ってたんだぁ。へぇ~、食べさせ合いっことかしたの? それは良かったねぇッ!」
私何も言ってないんだけど。勝手に話進めないで、ちょっ、お願い。
「お姉ちゃんは優しくてカッコ良くて、でもちょっと雰囲気に流されやすいところがあるのはわかってた」
あ、それはよく言われるわね。ついこの前もまた美鈴から言われたわ。
「でも、お姉ちゃんはきっといつか、絶対私の気持ちをわかってくれるって思ってたから……ッ、ずっと我慢してたんだよ!?」
もの凄い剣幕ね。まるで鬼の形相だわ。あ、この子吸血鬼だわ。そして私もだわ。
「それなのに……私に隠れて浮気って、どういうこと!? 信じられない!!」
まず付き合ってないわよ私たち。
「やっぱりあの女がいけないのね。従者だとかいってお姉ちゃんに擦り寄って来るけど、結局は赤の他人じゃない」
「そんな事ないわ。紅魔館に住む者は皆私たちの家族――」
「咲夜なんかにはお姉ちゃんを渡さない。渡すもんか!」
話、聞こうね。
「たとえ幽霊になって出てきても、始末すれば良いんだもんね」
「ちちちちょっと待って! それはどういう意味かしら?」
「ん? どういう意味って、そのままの意味に決まってるじゃない」
「ま、まさか」
「たとえ話よ」
「……そのまま過ぎるわ」
心臓止まっちゃうかと思った。
「お姉ちゃん、もう逃がさない。そのためなら手段を選ばない」
「私を拘束するつもり? 悪いことは言わないわ。やめておきなさい。ケガじゃ済まないわよ」
いくらフランでも、私が本気で相手をすれば敵わないことぐらいわかってる筈。
出来ることなら妹の体をエグるようなことはしたくないんだけど。
「今日は皆にお姉ちゃんの恥ずかしい秘密をバラしてきたよ。三日前のオネショの件から、初恋の相手への告白のセリフに至るまで、赤裸々に」
社会的に殺しに来たわ!
「急な用事ってもしかしてそそそそれそれれれれ」
「うん、もっと早く済むかなって思ってたんだけど、幻想郷のあっちこっちで言いふらしてたら丸一日かかっちゃった。てへっ」
「てへっ、じゃないッ!!」
ナイスじゃない。全然ナイスじゃないわよッ!?
「だぁってぇ、お姉ちゃんには他の女なんていらないもん。お姉ちゃんの傍にあんなやつらがいたら、お姉ちゃんが腐っちゃうわ。お姉ちゃんを護れるのは私だけ。お姉ちゃんは私だけ見てればいいの。それが最高の幸せなんだから」
「狂ってる。あなた狂ってるわッ」
「……どうして? どうしてそんな事言うの?」
「どうしてって」
「お姉ちゃんはそんな事言わない! 私を傷つけるようなこと絶対に言わないもん! そんなのお姉ちゃんじゃないッ!!」
魔力爆発。私の部屋が無くなっちゃったわ。
「あーそっかぁ。あいつと料理食べたからきっと毒されちゃってるんだ。だったら早くそれを取り除かないと」
あなたが普段食べてる食事は誰が作ったと思ってるの。
「あぁ、でも料理を食べたってことは、口の中もあいつに毒されてるんだよね。食道も、胃の中も、内蔵がどんどんあいつに毒されていくんだ。じゃあ――」
今取り出したの何? それ何? 石鹸水?
「私が綺麗にしてあげなくちゃね」
「そんなもの流し込まれたら文字通り泡吹いて倒れちゃうわよ!?」
「上手いこと言ってもダ・メ」
「ふぎゅ」
「うふふ、可愛いねぇ」
ほっぺた鷲掴みされた顔って可愛いのかしら。もう口とかタコさん状態よ。
ていうか凄い握力。流石私の妹ね。
あ、やばい、口開いちゃう。開いちゃう開いちゃ開いち……開いちゃったわ。
「さぁ、汚物は消毒だよ」
>ナイスじゃない。全然ナイスじゃないわよッ!?
↑そしてこの伏線回収のしかたw
ビターンビターンwwwwwwwwwwwww
原作をそんなに崩してないのがいいね。
の所をkwsk
全くデレてないし、そもそも愛されてもいないじゃねーかw
正論ですね。
元ネタ久しぶり聞こうかなwww
と思ったが、
>>ゲームをハードごとぶっ壊したら
アンタもなかなか酷ぇことしてるじゃあありませんかwww
>>社会的に殺しにきたわ!
そしてまさかの搦手!!
半生どころじゃないじゃまいか
フランちゃん…
分かっててやってるフランの行動とレミリアのツッコミに笑ったww
そのCDは聴いたことがありませんが、病んでる女の子の怖さというものが伝わってきてゾッとしました。
面白かったです。
レミリアの突っ込みがよかったw
ゲーム壊された恨みは恐ろしい
腹筋がきゅっとしてどかーんされました
石鹸水飲んだら嘔吐するよ!結局洗えないじゃないかフランちゃん!